雛1



7スレ目>>752


「雛さん!一目見たときから好きでした!新しもの好きって見られるかもしれないけど、
そんなことない!厄とか全部ひっくるめて君が好きなんだ!」

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うpろだ274・276


くるくる。くるくる。
その人は、踊っていた。木漏れ日の差し込む小ぢんまりとした、森の中に出来た広場。
くるくる。くるくる。
ただただ、踊っていた。楽しげに、笑顔を浮かべて、くるくると踊っていた。
なのに、悲しげな表情をしていたのはどうしてだろう。

「こんにちは。何処から来たのかな」

木の陰から踊る様子を眺めていた僕に、その人は声をかけてきた。
こっそり、ばれないように覗いていたのに何でだろう。

「隠れたって分かるよ。何日も前からずっと見てたね」
「あは、ばれちゃいましたか。別に変な気は無いんですけどね」
「襲っちゃうとか? それは酷いなぁ」
「ちちち違いますよっ。僕はただ…あなたがきれいだなぁって、踊ってるのがきれいだなぁって」
「あら、それはありがとう。まさかきれいだ何て言われるなんてね」

肩をすくめてその人は微笑する。その仕草が嫌に自虐的なことに僕は気づいた。
まるで自分を卑下しているような、そんな仕草。
僕の視線に気付くと、その人は右手を伸ばしてきた。

「私は鍵山雛。あなたの名前は?」

僕はその手をそっと握った。
氷のように冷たい、小さな手だった。






それから雛と僕は何度も逢瀬を重ねた。
あの木漏れ日の広場で、水の音が涼しい川原で、遠くまで望める崖の上で、時には僕の住んでいる里で。
何処にいても、彼女は浮いていて、どこか疎ましい視線を受けていた。
彼女が帰った後、その理由を尋ねると誰もが首をひねってこう答えた。

「あいつがいるとなんだか嫌なんだよ」

漠然と、誰もが答える。
彼女は何もしていないのに、里に近づくなと言う。
それを雛に伝えると、彼女は薄く笑いながら「仕方ないね」と言った。

「君も、私に近づかない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「どうしてもだよ」

有無を言わせず山の中に戻って行く彼女の背中を、僕は見つめることしかできなかった。ここで、彼女を引き止めていればどうなっていただろう。
そんなことを考える事も、僕には許されなかった。
その夜、里を大きな地震が襲った。






家が崩れた。寺子屋も崩れた。何人も怪我をした。
――死んだ人も居た。
僕の知った人もその中にいて、それを聞いた時には僕はその悲運に涙した。
そんな時だった。雛が久しぶりに里を訪れた。
山の中には、温泉がある。そこで疲れを癒すといい。
果物や、山菜の取れるところもある。足りない食べ物はそこで補うといい。
その言葉に、久方ぶりに雛に会えたことに感激した僕は、止める彼女を説き伏せて里の中心へと入っていった。
ほんの少しだけ、嬉しそうな笑みを浮かべて僕の後を小走りについてくる雛を待っていたのは、感謝の言葉でも何でもなくて。
とても冷たい仕打ちだった。

「づっ…!」
「雛! 何するんですか、みんな!?」
「何もなんだもないだろう。そいつが里に来てから地震が起こったんだ」
「そいつが不幸を呼び込んだんだよ」
「出て行って!」

次々と皆は罵声を浴びせる。僕が雛をかばっても、投げられる石が彼女に当たってしまう。
堪らなくなって雛は走り出す。今来た道を外れて、深い山の中へ。逃げるように、走ってゆく。

「雛……」
「行くな、○○」
「どうして!? 止めないで下さい」
「少ない男手のお前が居なくなったら里はどうなる」
「~~~~っ!」
「それに、あの疫病神はお前のことを大切に想っているらしいしな。
 お前が居ればここにはもう来ないだろう」
「どうして…そんなことが分かるんですか……」
「わざわざ好きな人を不幸にする間抜けは居るまい」

「雛…………」
もう遠く、見えなくなったその背を見えないかと、背伸びしてみても。
見えるのはただ、薄く立ちこめる霧だけで、なのにもう二度と会えないようなそんな気がした。






西へ東へ、力仕事に明け暮れて疲れ果てた僕は、先の地震でぼろ屋となった家へと帰った。
そこで、ぽつりと灯る灯を見つけた。半ば崩れた玄関の前でたたずむ影は、雛のものだった。

「○○……来ちゃった…」
「雛……こんなに冷えて…。とにかく、中に入って。風邪引くから」
「うん」

囲炉裏端にちょこんと座る雛。下から火に照らされて、その表情を伺いにくい。
熱い茶を入れた湯飲みを片手に、雛はぽつりぽつりと語りだす。

「あのね……私ね、本当に疫病神なの」
「それは言葉のあやでしょう? 疫病神なんて――」
「居るよ、疫病神。私のことなんだ…」
「あ、あはは、雛? 冗談にしても面白くないですよ…?」
「違うの、本当なの。里に地震が来たのだって私のせいなの……」
「雛――」
「でも! でも、私はそんなことしたくて生きてるんじゃないの」
「……………………」
「それだけ言いたかったの。今まで有難う、大好き」

雛が、体を乗り出す。僕の頬に手を添えて、そっと唇をつけた。柔らかい、冷たい感触。
雛の頬には幾筋も光る涙が流れていて、でも口元はやさしく笑っていて。
その光景に僕はただ圧倒されるだけで、土間を降りて闇の中に消えてゆく雛を見送ることしか出来なかった。


「さよなら、○○。幸せに生きて…………」





あれから一年近くが経ち、里は復興した。
死んでしまった人はもう戻っては来ないけれど、丁重に葬られた。
怪我をしてしまってもいつかは癒える。崩れてしまった家もその内建て直せる。
だけど、心に付いた疵はどうやって癒せばいいのだろう。
里が元の姿に戻るにつれ、僕の心はどうしようもない喪失感に満たされていった。

「雛…、今何をしてますか……?」

この空の続く場所にいるのだろうか。
蒼く突き抜けた天を見上げても、光が目を突き刺すだけで見えるのは雲だけだった。
視線を下ろすと、活気に満ちた通りが見える。
雛に酷い仕打ちをしたとは、思えないその明るさは、きっと雛のおかげなのだろう。
理由も何も分からないけれど、きっとそうなのだろう。

「○○、聞いてくれ。今年は嫌に作物の出来がいいんだ」
「地震で水路も崩れたのに?」
「ああ、不思議だろ」

言われると、何処もかしこも活気に溢れている。
畦道を子どもが走り、井戸端ではお局様が噂話に花を咲かせ、
市場へ足を向ければむせっかえるばかりの明るさだ。
笑い声と、笑顔。里は以前よりも元気になっていた。

――ふっ……と、思う。

いくらなんでも、これはおかしい。
人は成長する生き物だとはいえ、ここまで一気に成長するものだろうか。

「まさかっ――」
「あ、おいっ、○○!?」

僕は走り出した。そびえ立つ山の中へ。
雛の居る、妖怪の山の中へ。






くるくる。くるくる。
その人は踊っていた。木漏れ日の中で、笑みを浮かべながら。
くるくる。くるくる。
ただただ、踊る。僕は、初めて会ったあの日のように木陰に隠れて、それを見ていた。

「こんにちは。……また会えるとは思ってなかったよ」

ああ、雛の声だ。
泣きそうになるのを堪えながら木の陰から出る。
恨めしげに、僕を見る雛の姿がそこにあった。

「さよならって言ったよね…。不幸になるよって」
「不幸ですか。僕の不幸は――」
「黙りなさい」

凛とした声。僕を圧倒する何かをはらんだ声。
雛は語る。
自分が本当に疫病神であること。
人々の厄を集めて、その身に纏うことで人々の不幸を減らしていること。
それ故、雛の周りでは不幸がたくさん起こるということ。

「だから、近づかないでと、言ったの」
「雛、一度遠くからでいいんです。里の復興ぶりを見て下さい。きっと驚きますから」
「ええ、わかったわ。だから早く――」
「分かってますよ。じゃあ、また」

踵を返す。雛に背を向ける。一年前と全てが逆なことに気づいた。
後ろから雛の声がする。大きな声で、叫んでいる。

「早く行って」

そうしないと、あなたを不幸にしてしまうから。
厄まみれになっても人を気遣う優しさ。僕は彼女こそ幸せになるべきじゃないかと、思った。






「すごい……」
「でしょう? 皆、頑張ったんですよ」
「うん、よく分かる」

丘の上から、里の様子を眺める。里はすっかり元通り……というよりも、別の姿に進化したとも言える。
草の上に腰を下ろした雛の横で、僕は答える。
でも、すぐに雛はまた立ち上がる。お尻の草を手の平で払って、山の方へと歩き始める。
その手を僕は握る。細い、人形のような腕だった。

「離して。帰らなきゃ」
「離しません。あと、雛。伝えたいことがあるんです」
「私のことが好き……とか?」
「あらら、ばれちゃってましたか。まあ、そうなんです」

くるり、雛が振り返る。
細められた瞳から、光の筋が伝っている。
僕はその光をすくって、雛の体を抱きしめた。

「大丈夫、僕は不幸になったりしません。雛が居ますから」
「だけど……」
「里だって大丈夫です。僕はね、こう思うんです
 あの大きな地震は厄の先払いだったんだって」
「先払い……ね」
「そうです。あれから、時間がそれなりに経ったとはいえ、里の復興振りは少しおかしいでしょう?
 きっと厄がなくなりすぎたんです。だから、あの復興なんだと思うんです。
 きっと、大丈夫ですよ」

かたかたと、雛の身体が震える。
僕の手の上に、その手を重ねて呟く。

「でも、私自身の厄もあるのよ…?」
「それくらい、僕が引き受けますよ。神様の役に立てるなんて、光栄です」
「あはは、それ冗談のつもり?」
「親父ギャグですみませんね」

雛の体を一層強く抱きしめる。
僕を見上げる雛の瞳には、もう涙はなかった。
笑って、笑って。ただ笑って。
本当に幸せはそこにあった。僕の手の中に。

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うpろだ275


雛に会えない日々が続く。
人々の厄をその身に引き受ける彼女が里に近付けば、その厄は人々に戻ってしまう。
先の地震のような悲劇が、再び起きてしまうのだ。
まともな奴なら、彼女に近付こうともしないだろう。

だが、俺は知っている。彼女の愁いを帯びた笑顔を。
俺は知っている。彼女の細く冷たい指先を。温かい心を。
俺は知っている。俺と話しているときに見せてくれた、嬉しそうな笑顔を。
俺は知っている。彼女は人間が大好きで――
――でも憎まれることを受け入れてしまう、諦観と諦めが彼女を支配してしまっていることを。

だが、俺に何が出来る?
彼女が里に来れば、里はいつか壊滅してしまうし
俺が彼女に会いに行けば、いつか俺は彼女の厄で命を落とすだろう。
そんな事は、俺も彼女も望みはしない。
俺は紅魔館の主のように、運命を操ることなんて出来はしない。ただ神に恋したちっぽけな人間なのだ。


暫らくして、里はあの大地震から復興した。
過去の不幸を忘れるように、今の幸福をかみ締めるように、皆が祭りに興じる。
誰も、今の幸福を彼女が厄を持ち去った結果だなんて思いもしない。

「ねぇアナタ。祭りで暗い顔をしてどうするの?」

うるさい、放っておいてくれ。どうせ君も彼女を厄介払いする人間なんだろう?

「無視とはいい根性ね。人形の方が礼儀正しいわ」

周囲に踊る人形達。その完成された一つ一つに目を奪われる。
あぁ、あの人形師の魔法使いか、と毎年祭りにやってくる金髪の少女に視線を移した。

「あー、マーガトロイドさんでしたっけ?すいません。考え事をしていたもので」

少女は「あっそ」とだけ言い残し、祭りの喧騒に戻っていった。
人形に射的をやらせたり、杏飴を持ってこさせたり、人形劇を披露したり…
いいな、人形は。主人に従っていれば悩みも厄もありはしないのだろう。
――厄?
アイディアを思いついた俺は、人形師に向かって駆け出していた。

「マ ー ガ ト ロ イ ド さ ん っ ! 俺 を 弟 子 に し て く れ っ ! !」



彼に会わなくなって暫らくの時が過ぎた。
人に嫌われるなんていつもの事、彼もただ本当の事に気付いただけ。
だから、きっと彼は私のことを嫌いになったのだろう。
思えば、私と心を通わせ合ってしまった事が彼の最大の厄だったのだろう。
だが、きっともうその厄は払われた。厄の内容は解らなくても、彼の厄がここに、私の側にあり続ける。

くるくると くるくると 厄を纏わせて
寂しくても くるくると くるくると
彼の厄は ここにあるのだから

彼がいつも私を見ていた木陰。
あぁ、やっぱりダメだ。そんな事で自分を誤魔化せはしない。
私は、彼の厄に惹かれたわけじゃない。彼自身に惹かれたのだから。
上手く回れない。心が回らなければ、身体も回らない。
込上げる寂しさが溢れ、私の頬を濡らす。
あぁ、あと何度この惨めな気持ちを思い出せばいいの
あぁ、誰がこの私の厄を祓ってくれるの

「……流し雛、見に行かなくちゃ」

いいんだ、ずっとこうしてきたんだから
ずっとこうしていればいい

あの地震の直後は流し雛が増えたものの、最近はめっきり減ってきた。
里の厄は、随分減ってきたということなのだろう。
だが、今年の流し雛を手に取ると、奇妙なほどに出来がいい。
金持ちが大厄にでも見舞われたのかと思ったが、そんな事はない。厄自体は些細なものだった。
しかも、よく見れば全ての流し雛の出来が素晴しいのだ。

不思議だ。この流し雛を見ていると何故か心が落ち着く。
くるくると くるくると 厄を纏わせて

ふと、流し雛の中に手紙を持った人形がいることに気付いた。
彼そっくりの人形。
私はその手紙を手に取った。

『雛、久しぶりだね。
俺は馬鹿だから雛が疫病神と呼ばれたって、俺が厄まみれになったって構わないって思ってた。
だけど、それじゃお互いに不幸になっちまう。
でもさ、俺にとって最大の厄は雛と全ての繋がりが絶たれちまうことなんだ。
馬鹿なりに考えてさ、雛と繋がれる方法を考えたんだ。それがこれ。

俺、人形職人になったよ。俺が生きている限り、雛に俺の作品を送り続ける。

時と場所は違っていても、これなら雛と一つの線で繋がっていられる。
流し雛を作り続ける限り、俺は雛と一緒にいられるんだ
雛は、どうか俺の流し雛から俺を感じてもらえると嬉しい。
それじゃ、また次の流し雛で』

本当に馬鹿ね。私のことなんか忘れてしまえばいいのに。
また、出尽くしたと思っていた涙が頬を伝った。
でも、気持ちのいい涙だった。

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うpろだ296・329・340・348・362・363


一人佇む秋の川岸、流れてくるのは紅葉と雛人形・・・雛人形?
不思議に思い、拾い上げようとしたら、
「触っちゃダメ。」
制止された。
あれ・・・誰の声だろう?と周りを見回すと、一人の少女が居た。
「何時の間に・・・?」
思わずつぶやくと、少女が答える。
「これでも八百万分の一だからね。」
そう答えて、少女はひょいと屈み、雛人形を拾い上げる。
「んー、ご苦労様。」
そう言って雛人形に頬擦りしている。
なんだか、親子みたいで微笑ましい。
「えっと・・・その雛人形は君の?」
「んー、確かに流し雛は流された時から私の物だけど、触っちゃダメって言ったのは流し雛が流し雛だからだよ。」
「流し雛ってその雛人形の事だよね?」
「あらら、知らないのか。ここらの人間にはちゃんと教えたつもりだったんだけどな。雛の術を伝えるのも私の役目。教えてあげよう。」
少女はそう言って河岸を駆けて来る。
河岸で無闇に走ると・・・
「あっ。」
やぱりこけた。
何となく罪悪感を感じて側に行って手を差し伸べる。
「ほら。」
今気付いたが、少女の周りに何やらもやもやした物が渦巻いている。
これが「八百万分の一」の意味だろうか。
「ありがと。」
頭を振って僕の手を取り起き上がる、と同時に少女は
「ひゃっ。」
と悲鳴を上げて飛びのく。
何か悪い事でもしたのだろうか・・・。
リアクションに困って呆然としてると少女は、
「あれ・・・どうして。」
と言って不思議そうにこちらを見ている。
「貴方は・・・人間じゃない?でも・・・貴方は誰?」
れっきとした人間のつもりなのだが・・・とりあえず聞かれたから答える。
「僕は○○、君の名前も聞いても良いかな?」
「あ、ごめんなさい。私は鍵山 雛、厄神です。流し雛に乗せられた厄を集めるのが仕事なの。だからそれ以上近づかないで。貴方が人間でも見えるでしょう、この渦巻いてる厄が。雛人形に託す事で人が捨てた、冷たく濁った汚い思念。余り近づくと移るわよ?」
なるほど、さっきの反応の得心が行った。
そして生まれる素朴な疑問。
「厄を集めても君は平気なの?厄神だから?」
「そうね・・・厄神だから平気なのか、平気だから厄神なのかはわからないわ。でも、事実として私が見張って、人間が近づかなければ問題は無いのよ。」
雛は当然のようにそう言う。でも、それ故に、
「それじゃ、君は一人じゃないか。」
「仕方ないでしょう?こんな冷たくて汚い厄にまみれた存在が人と共に在るわけには行かないんだから。」
悲しい事を当然の事として受け入れている。その事が・・・寧ろ悲しい。だから、
「あ、こら近づいちゃダメだって。あ・・・それ以上近づいたら。」
そう言って雛はぎゅっと目を閉じる。
どんな悲惨な運命が待っているのだろうか。
もしかしたら死ぬのかもしれない。
でも、特に生きる事に執着する理由も無いしな。神様に覚えていてもらえるならそれもまた良い人生の終わり方じゃないか。
覚悟を決めて、一歩踏み出す。
…何も起こらない。
拍子抜けしてしまう。さっきの覚悟は一体なんだったんだ。
雛はまだ目を閉じている。
その頬に手を添え、ビクッと体を振るわせた雛に言う。
「優しくて暖かい、そういう人だろう?君は。」



とりあえず、雛の家で世話になる事になった。
一つは純粋に寝る場所に困っていたからだ。この幻想郷という土地に踏み込んでしまったのは全くの偶然である。
別に、帰りたいとは思わないのだけれど、この地に知り合いなど居るはずも無く、好意に甘える事にしたのだ。
もう一つは・・・あんな脆い雛を見せられて、放っていけるはずが無いじゃないか。
「○○~、何処?」
「此処に居るよ。」
台所から雛が顔を出す。
「ちょっと、野菜とお米が足りないから・・・あれ、誰だったかな?」
「誰だったかな、って僕はもっとわからないよ。」
「うん、とりあえず麓に豊穣の神様が居るからそこで貰ってきてくれないかな。」
「了解。」
雛から簡単な地図を貰い、山を降りる。


あれほどに山を染め上げた紅葉はもう散って、今は裸の枝を晒している。
「諸行無常か。」
「生生流転よ、私はいつでも豊穣だけどね。」
不思議な匂いのする女の子だ。文字で表すなら・・・生焼き芋?
しかし、なんとなく浮かない顔をしている。
「秋 穣子よ。そろそろ冬が近いからあまり人には会いたくないのだけれど・・・何の用?」
「あの、雛・・・厄神の使いで来ました。野菜とお米を少し分けていただけないかと。」
穣子はちょっと驚いたような表情をして、そしてにやりと笑う。
「なるほど、雛と暮らしてるのか。通りで此処まで来られたわけだね。」
「えっと・・・それはどういう?」
「穣は実りであり、身の利である。だから人は此処には来られないはずだったんだけどね。
まぁ、そういうことさ。後は自分で考えな。」
そう言って食べ物を包んでくれた。
「有難うございます。」
釈然としない部分もあるが、聞いても答えてくれそうにないし、とりあえず退散する事にする。
「苦労するわよ~。」
穣子の声が後ろから聞こえる。何か勘違いしているのではなかろうか。
「はぁ・・・雛にもついに春がねぇ。残念ながら私は年中秋だから縁がない話ね。」


「ただいま。」
「お帰りなさい。」
雛が駆け出してくる。そんなに走ると・・・。
「ひゃっ。」
やっぱりこけた。
予想していた事なので、支えてやる。
「あ・・・ごめんなさい。これ、すぐ料理するね。」
顔を真っ赤にして、そう言って野菜を抱えて台所に戻っていった。
さて、さっきの穣子の言葉の意味でも考えてみるとするか。
身の利だから此処には来られない?
うーん、解らんな。
「はい、出来ました。」
いつの間にか眠っていたらしい。
雛の持つお盆には一人分の食事が乗っている。
「どうぞ、召し上がれ。」
「頂きます・・・今日も美味しいな。」
「厄を司るって事はね、逆に厄を排除する事も出来るのよ。」
照れ隠しにそんな事を言っているが、これはどう見ても本人の腕による所が大きい。
「本当に、食べてくれてよかったわ。」
なんだか感慨深げに言う。これだけの料理なら心配する事も無かろうと思うのだが。
「初めて見た時は、生きる事なんてどうでも良い、って感じが漂っていたから・・・。」
そんなに悲壮な気配を漂わせていたのだろうか。
「そんなに酷かったのか?別に死にたいとかじゃ無かったんだけどな。」
「うん、そういう感じじゃないの。厄も全然憑いてなかったしね。なんていえば良いかな
執着するって事がごっそり抜け落ちてる感じだった。」
執着が・・・なるほど、穣子が言ってたのはそういうことか。
色々と解決して気分がいい。
「雛は食べないの?」
「前にも言ったけど、私は食べなくてもいいのよ。これでも神様だからね。」
うん、それは前に聞いた。けれど、今日聞きたいのはそういうことじゃないんだ。
「食べられないの?」
「そういうわけでもないの。だから台所があるんだけどね。」
「じゃあ、何で食べないの?」
「○○が食べてるの見てるほうが楽しいからね。」
ちょっと驚かされた。その答えは想定外だ。
「じゃあ、僕は雛が食べてる所が見たいな。」
そう言って、ジャガイモをつまんで差し出す。
「えっと」とか「あの」とか言って困惑している姿も可愛い。
驚かされたから仕返しだ。
「ほら。」
促す。雛は意を決したように目を瞑って口を開ける。
食べさせてやると、目を瞑ったまま咀嚼して、そして台所へ駆けて行く。
「○○の馬鹿。」




冬が終わって春が来て、雪が解けて川になる。
川は全てを運び行く。人も物も厄もそして、時には大切な物も。

「雛、ほら、こっちだよ。」
山の斜面を雛の手を引いて行く。
この林を抜ければ、そこには
「わっ、凄い。」
雪解け水で出来た河原に並ぶ梅の木、今日まさにその蕾が開いていた。
梅の木の横に立ち、見上げる。
冬篭りをしている間はどうしても気分が沈みがちになるが、
こうして、生命を直に感じると、淀んだ気持ちも晴れる。
それは雛も同じなようで、
「ひゃっ、まだ冷たいね。」
と言いながら、川の水を掬っている。
「そりゃ、雪解け水だからな。」
「わかってるよ、それくらい。」
他愛もないやり取り、でも自然と自分の顔がほころんでいるのが解る。
雛を連れて来てよかった。そう、思う。
なんだか、最近雛は一人でふさぎこんでいる事が増えた気がする。
声をかけると「なんでもないよ」と言って誤魔化すけど、
何か悩みがあるのは明らかだ。
それだけに、こうして、はしゃいでいる雛を見るのは、嬉しい。

「よいしょ」と機械を抱えた女の子が山から降りてくる。
「あら、鍵山さん、こんにちは・・・げ、人間?」
「河童の方ですね。始めまして。」
雛がそう言うと女の子は、ちょっと不思議な顔をした。
「あれ・・・あ、そうかあれは去年の夏だったっけ。ところでその人間は?」
「○○です。今は雛の家で・・・。」
「ふーん、私は河城にとり、エンジニアさ。雛は色々複雑な子だけど大事にしてやって欲しいね。」
「そ、そんなんじゃないですよ。」
雛は真っ赤になって訂正する。そんな必死に訂正しなくてもいいのに。
「今日はこの光学迷彩を人里で使ってみようと思ってね。そうだ、ちょっと試運転してみようか。」
そういうと、にとりは身に付けていた機械のスイッチを入れる。
「どうよ、見事に私の姿がみえなくなったでしょう。」
自慢そうに言う。
確かに姿は見えなくなった。
しかし、これで人里に行くのはあまりオススメできないと思う。
雛も必死で笑いを堪えている。
「あの・・・これ、試運転しました?」
「当然さ、河童の皆も完璧だって褒めてくれたよ。」
「えっとですね・・・完璧な、水の迷彩です。陸に上がったら寧ろ目立ちますよ、それじゃ。」
そう、光学迷彩に包まれたにとりは、完璧な水の塊に見えた。
おそらく試運転は川の中でやったのだろう。
「うーん、ダメかぁ。解った、改良してくるさ。」
そう言ってにとりは機械を持って引き返す、途中で一度振り返った。
「○○君、秋になったら雛は全部忘れちゃうけど、それでも過去は無かった事にはならないんだよ。
今の一瞬は間違いなく雛と君の物なんだ。盟友からの助言だよ?」
雛の顔からさっと血の気が引く。


「どういうことなんだよ、雛!」
思わず大声を出してしまう。
そうなのではないかと疑っていた事を突きつけられたことで感情が抑えられない。
「一度もそんな事言わなかったじゃないか。」
雛が悪いわけでも無い。全く気付かなかったわけでも、無い。
「ごめんなさい・・・」
そう言って雛は、はらりと涙を零す。
「言ったら嫌われてしまうかと思って。たとえ、忘れてしまう事が厄神のサダメだとしても、
私は貴方と一緒に居たかった。だから・・・。」
嗚咽する声が胸を刺す。
決して雛を悲しませたかった訳じゃないんだ。ただ、話してくれなかった事が悔しかっただけで。
そっと、雛を抱きしめ、言う。
「大丈夫、僕が何とかするから。」




厄は人の想いの集合であり、記憶もまた人の想いの集合である。
人にとって大きな意味を持つその差は、しかし神々には何の意味もない。
そして、雛は言った。神々に厄を返すのは遺された想いが神の下へ帰るその日だと。
その日までに雛を厄神の定から解放すべく、あらゆる知識を求めた。
神社、紅魔館、魔法の森、永遠亭、果ては冥界や彼岸すら訪れ、
そして、終に得た解が幻想の境界に頼る事だった。

「ここが・・・幻想の境界、八雲紫の住処。」
幻想郷随一の魔法使い達の助力を得て踏み込んだ空間は、
残暑の幻想郷とはうって変わって、冷たく、淀んでいた。
突然、目の前に現れる一軒家。
ごくり、と唾を飲み込み、覚悟を決め、踏み出す。

「おや、こんな所にこんな人間が。」
声をかけて来たのは九本の黄金色に輝く尻尾を持った少女だった。
「こんな人間とは、どんな人間の事だ?」
「厄も穣も要らないくせに神を望む、そんな人間さ。」
パチェの話を思い出す。八雲藍、紫の式神か。
「貴女の主に用がある。通して貰いたい。」
「紫様は昼間はお休みですわ。」
「夜まで待てば会えるのか?」
「紫様は興味の無い相手とは会わないし、私は護衛でもある。
紫様が望まないのに会わせる訳が無い。」
「興味をもたれるにはどうすれば良い?」
「式である私を打ち破れば、あるいは興味をもたれるかもしれない。
しかし、私は強い。ただの人間ごときに負けはしない。」
「僕もそう思う。ただの人間に九尾の妖狐は倒せない。」
「ならば帰るが良い。此処で引き返すならば私も手出しはしない。」
「そういう訳にもいかない。さっきも言ったが僕は貴女の主に用があるんだ。」
そう言って、すっと手を上げる。
手筈通りなら・・・

『アグニレイディアンス』
渦巻く炎が藍を取り囲む。
「狐は金獣、火克金、弱点を突けば最強の妖獣も大したことは無い。」
そう言ってパチェが現れる。
「何故、今この空間は紫様の式である私の管理下にあるはず。」
「ただの人間が此処にどうやって入ってきたと思うの?
手を貸した者がいるのは必然でしょう。」
「まぁ、この空間を維持しているのは紫様だから・・・。」
喘息を抑えて断続的にスペルを唱えながら、パチェが言う。
「何をしているの、早く行きなさい。」
パチェの声に押されるように走り出す。

家の中に駆け込み、順に座敷を開けていく。
どんな人なのかパチェに聞いてなかったのを思い出し、後悔する。
しかし、ここに住んでるのは藍と紫の二人だと聞いたから、残った一人が紫だろう。
最奥にある最後の座敷。覚悟を決めて、襖を開ける。
居た。畳の上で、こちらに背を向け、寝ている。
思わず声をかけるのをためらう。
「ん・・・。」
寝返りを打ち、こちらを向く。
少女のようなその姿からは幻想郷の全てを操ると言われている事など想像も出来ない。
じっと見ていると、紫はおもむろに起き上がり、眠そうな目を擦りながら言う。
「まだ夜には早いんじゃない?藍。」
ようやく、本来の目的を思い出し、声をかける。
「あの、紫さんですね。」
びくっ、と体を震わせて見上げてくる。
「え、あ、なんで。藍が・・・。」
寝起きに声をかけて混乱させただろうか。落ち着くまで少し待つ。
「うー・・・藍以外には寝顔見せた事無かったのに。」
ふるふると頭を振って、ようやく焦点の合った目でこっちを見る。
「貴方・・・○○?」
「あれ、何故名前を?」
「幻想郷の境界は全て私の管理下にあるわ。そこを越えた人間を知っているのは必然。」
「ならば、僕の望みも解っている?」
「鍵山雛を解放したいのね。それは知ってるわ。」
「貴女なら可能だと聞きました。」
「で、どうしたいの?彼女は本当にそれを望んでいるの?」
「解らない。でも雛にあんな涙を流させるのは僕は、嫌だ。」
「そう、ならば宣言なさい。幻想は残酷に全てを受け入れるわ。」
「鍵山雛を厄神から解放して下さい。一人の少女として生きられるように、
1年ごとに無くなる記憶に涙せずともよいように。」



「雛っ」
この家に帰ってくるのは・・・あの春の日以来だから6ヶ月ぶりだろうか。
「○○、本当に○○なの?」
懐かしい、そして愛しい姿を思わず抱きしめる。
「ん・・・苦しいよ。」
「ごめん。」
慌てて手を離す。
「もう会えないかと思った。嫌われちゃったのかと思った。」
そう言って泣く雛の頭を撫でながら、これまでの事を順に話す。

幻想今日中を廻ったこと。パチェに紫の事を聞いた事。そして、紫に会った事。
僕は、夢中で話していて気がつかなかった。
話していくうちに暗くなっていく雛の表情に。
もう二度と泣かせない為に解を求めたというのに。

「だから、もう雛は厄を受け渡す役目をしなくても良いし、
1年ごとに記憶を失う事も無いんだ・・・雛?」
ようやく雛の変化に気付く。
「それで、その紫さんはどうなるの?」
「ん?」
予想外の反応に一瞬理解が追いつかない。
「確かにその人の力で厄を見張る事が出来るかもしれない。
でも、厄を見張るって事は常に厄と共にあるって事なんだよ?
私はそれに慣れてる。○○も居る。それなのに紫さんにそれを押し付けるの?
そんなの、私は嫌。」
「じゃあ、どうするんだよ。」
雛の言う事は解る。人の厄を引き受ける、その特性ゆえ人の痛みにより敏感なんだろう。
(彼女はそれで満足するの?)
(幻想は残酷に全てを受け入れるわ)
紫の言った、その言葉の意味を今理解する。
「私は、私の責任で厄を天と地へ返します。」
「それじゃあ雛の記憶は・・・いやそれでも行くんだね。」
「うん、私にはあなたが居る。もし、私を想い続けてくれるなら、
あの秋の日の河原でまた会いましょう。きっと、想いは残るから・・・。」
そういうと雛は一人山を登って行った。
追いかけるべきだったのかもしれない。でも、その時、僕は動けなかった。


一人佇む秋の川岸、流れていくのは紅葉と・・・。
「○○っ。」
「雛?何で名前を・・・。」
「全部覚えてるよ、○○と会った日のことも、あの冬の日のことも、春の梅の木も
そして、私のことが好きだといってくれたあの日のことも。」






後日談とか

藍「紫様、あの人間は正解にたどり着けなかったのに、何故『厄』と『記憶』の境界を引いてあげたんです?」
紫「ん・・・パチュリーがね、必死の形相で式の落ちた黒コゲの貴女を連れて来てそうしろって。」
パ「私はそんな必死の形相はしてないわ。」
紫「あら、そう?でも、まぁ仕方ないわね。彼、あの子に似てたしね。なんて名前だったかしら?」
パ「う、何よ。貴女だってあんなに取り乱して、○○と何があったのかしらね。」
紫「あら、そんなに隙間に落ちたいのかしら?」
パ「貴女の隙間の弱点は既に研究済みよ。」


○「雛、博麗神社の神様って何してるんだ?」
雛「さぁ・・・良く解らないのよね。実は何もしてないんじゃない?」
○「! ちょっと出かけてくるよ。」
数時間後
○「ただいま。」
雛「何しに行ってたの?」
○「ちょっと博麗神社に行ってきた。」
雛「まさか・・・」
○「山にもっとありがたい神様がおわすから神社を明け渡せって行ってきた。」
雛「ちょっと、そんなことしたら巫女がやってくるんじゃない?」
○「んー、どっちでもよさそうな感じだったけど。」
雛「仕方ないわね。迎え撃つ準備をするわよ。」

という訳で、今回のラスボスは雛です。
二面で出てる?あれはきっと・・・雛の配下の雛人形でしょう。

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うpろだ503


「また、会いに来てもいいか?」
「……あなた、私の話聞いてなかったの?」
迷い込んだ森で出会った厄神様は、呆れ顔でそう言った。
「もう一度言うけど、私に近づいた者は誰もが不幸になる。そうね、例えば……」
前を歩く雛の後ろを少し離れてついていく。そして、

「石もないのに転んだり」

何も無いところで突然転び、

「いきなり何かに襲われたり」

突いてもいない藪から蛇に跳びかかられ、

「変なものが降ってきたり、ね」

何処かから飛んできた氷が頭に当たった。

「あ、くそ、こっちくんな!」
「とまぁ、厄に憑かれるとこんな風に悪いことばかり起きるわけ」
タンコブを擦りながら蛇を相手に悪戦苦闘している俺を、雛は可笑しそうに眺める。
気付けば、雛の周囲を漂っている靄のようなものが、俺の周りにも集まってきていた。
「ほら、この短時間でもうそんなに厄に憑かれちゃってる。
 だけどまだ最悪じゃない。だって最大の厄災は、あなたの目の前に存在しているから」
ようやっと蛇を追い払った俺の耳に、彼女の言葉が届く。
告げる言葉はあっさりと。その表情は、どこか自虐めいたもので。
「あなたの一番の不幸は、こうして私に会っちゃったことだからね」


「そんなことはない」


え? と呟く彼女に対して、自然と口が開いていた。
「君みたいな可愛い神様に会えて不幸だなんてことは有り得ない。断言してもいい」
キョトンとしていた雛は再びの呆れ顔になって、
「あのね、私の所為でそんな目に遭ってるのよ? なんでそんなことが言えるかな」
「こんな目に遭うのは厄のせいであって君のせいじゃないし、
 大体君の仕事が厄を集めることなら、そこに文句をつけるのは筋違いだろ」
「原因が私にあることには変わりないわよ。判らない人間ね」
いい? と雛は言葉を続ける。
「今はこれだけの事で済んでるけど、下手したら死ぬような災厄が降りかかるかもしれない。
 そうなった時にあなたに何が出来るの? 死んじゃってから後悔しても遅いのよ」
その言葉にはこちらを脅している風な様子は無い。むしろ諭しているかのようだ。
まったく、優しい神様だ。その心遣いを無碍にするのは気が引けるが、ここで引くわけにはいかない。

「君が厄を集めてくれても、不幸な事故なんてものは誰にだって起こりえるさ。単に確率の違いだけだ」
「それこそただの開き直りね。それにこれは確率どころか確実なこと。
 確実に起きる厄災に自ら近づくなんて、無謀もいいとこだと思うけど」
「だったら死なない程度の不幸だけに遭うようにするさ。その程度の努力なら俺でも出来る」
「そんなの無理だと思うけどなぁ……。ほんと、変な人間」
雛は可笑しそうにくすくすと笑った。確かに馬鹿なことを言っているな、俺は。

一頻り笑うと、雛は観念したかのように溜め息を漏らした。
「判った、いいわよ。私はこの近くに住んでるから運が良ければ会えると思うわ。
 まぁ私に会いにくるって時点で、運が良いも何もないんだけどね」
「構わないのか?」
「だってあなた、追い払ってもまた来そうなんだもの。
 そもそも私は人間の為に厄を集めるけど、本当にそれだけなの。警告はしてもその後のことは自己責任、ってこと」
それはそうだろう。むしろこちらとしては断られなくて御の字、といったところだ。
「何があっても自業自得、それが判ってるなら来て構わないわよ。そのときはお茶と厄茶ぐらいなら出してあげる」
「後者のが非常に気になるが遠慮する。嫌な予感しかしないし」
美味しいのに、と雛は笑うが本当にそれは飲み物か? できれば冗談であってほしい。

「それじゃ、縁があったらまた……本当は無いほうがあなたの為だけどね」
告げて去ろうとする彼女の背中に、最後に一つ。
「雛」
「何?」
「俺は君と一緒に居たくなった。その気持ちに嘘も偽りも無い」
「……どうしようもない馬鹿ね。早死にするわよ、ほんと」
雛は薄く笑って歩き出す。と、一瞬だけ歩を止めて、
「でも……少し嬉しいかな。そんな風に言ってもらえたのは初めてだから」
何事か呟いてからそのまま森の奥、暗闇の中へ消えていった。










あの日以来、俺は度々雛に会いに行っている。
そして会いに行く度に、彼女は笑いながら決まってこう言うんだ。

「また不幸になりに来たの?」

だけど彼女は気付いていない。
その笑顔が見れる限り、俺は決して不幸なんかじゃないってことに。

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最終更新:2011年02月26日 22:54