にとり1



溶け行かぬ第三者(10スレ目>>606)


 ~溶け行かぬ第三者~

「……」

 仄暗い安息に、たった一人で沈んでいる。
 並び立つ者はなく、寄り添う者もない。

 安息は、彼処にはなかった。
 彼らが求めた調和は、決して心地良いものではなかったから。

 遠く響く囃子の音が、決して交わらない処に○○は居る。
 年に一度の村祭りの日。
 村人達は総出で飲めや歌えやの騒ぎを演じている。

 信仰の失われた其処には、本来在るべき「神との交わり」の姿が在ろう筈もなく。
 その光景の片隅にすら、自分を置いておきたくなかった。

 だから今佇むのは、既に日の落ちた妖怪の山の麓―――静かに流れていく、川の辺。

「……」

 星明かり月明かりだけを頼り、川面を眺めながらの耽考。

 幼年から、ずっとそうだった。
 気付けば周囲と全く違う行動をとり、気付けば形成された集団から大きく外れていた。

 それが外界であろうが幻想郷であろうが、関係のない事だった。
 求められるものは、何処でも変わらなかった。

 もちろん、一切の関わりを断って生きていた筈はない。
 ただ、過剰に迎合する必要がないと常々思っていただけ。

 ―――淋しいと思った事がなかったと言えば、それは偽りだ。
 だがそれ以外の生き方を選べない。

 それが彼にとって、自分という最も本来的な生き方だったのだから。

「…………」

 だから今日も、一人で佇んでいるはずだった。


「お、○○だ」


 それが初めて崩れたのは、誰かが並び立つ事を許したのは。
 何時の事だったのだろうか。


「……にとりか」


 背後から掛けられた声に、感情そのままの音をもって応ずる。
 対し、暗がりから現れた外見ほとんどが蒼一色の少女―――
 谷カッパの河城にとり。この山の住人にして、○○の恋人
 ―――が非難じみた声を挙げた。

「何だよ、シケたカオして」
「……たまにはね」
「せっかく会えたのにつれないなー……だいたい年中シケてるくせに」
「酷い話だ」
「あんたがね。全く……ずーっとこの調子なんだから」

 呆れたような腕組みも、もう幾度見た事か。
 それがあたかも、自身の一部の様に安堵感を与えていた。

 ふっと息を吐き、河原に仰向けに寝転ぶ。
 帽子と、甲羅ともリュックとも付かぬ物を放り出し、にとりもそれに倣った。

 二人寄り添い、見上げるは満天の星々。

「……」
「……」

 二人分の沈黙に、どちらからとも無くおずおずと触れ合う指先。
 視界一杯に、零れそうなほどの煌き。
 この光景も、もう幾度見た事か。

「……危ないよ? こんな時間こんなトコ……しかも一人」
「……お前が居るよ」
「ばか……」

 ぽつりと漏らした心配気な言葉も、温かい。
 まどろみのような無感覚とは異なる安息に背を預けた。

「運が良かった」
「え?」
「たまたま出てみたら逢えたなんて……さ」
「……もうちょっと気の利いた台詞欲しかったなぁ」
「ご愛嬌」
「どこがだ、朴念仁」

 そんなどうと言う事もない会話が、今は何故だか心地良くて。
 沈んだ心もゆっくりと溶けて行くよう。

「でも」
「うん?」
「……その、決めた逢引じゃないのに逢えたのは……感謝してもいいかな、色々」
「そうだね。感謝、だ」



 そして、溶けた先にある心が示した。
 自身が、にとりの接近を許した理由―――


「―――主にお前に」
「……ホント、あんたは相変わらず……」

 いつの間にか、その手はしっかりと繋がれている。
 確かめるように、言葉を紡いだ。

「そういうお前は相変わらず人間観察かな?」
「もちろん。どっかの朴念仁観察よりよっぽど楽しいね」
「……最低だ」
「だって今日も村でお祭りやるっていうからわざわざ下りてきたのに、―――」

 その途端、嬉々として会話のペースを上げるにとり。


 彼女が口にする人間観察の内容は、ほぼ決まっている。

 里の子供達が遊んでいる光景。
 畑仕事に精を出す男たち。
 織物屋での商い。
 寺子屋。
 宴会。
 そして、昨年の今日、行われていた村祭り。


 その光景は、○○のすぐ傍に。
 手の触れる位置に存在しつつも、
 結局は溶け込めずに過ごしていた日常そのものだった。


「あ~あ、あんな楽しそうなのに何で混じらないのかねぇ」
「……」


 それを、にとりは見つめ続けていた。
 厳重に張り巡らせた光学迷彩の中から。
 ○○と出会う前から。
 ずっとずっと、一人で。


「……」
「あ、あれ? ○○? ねぇ?」


 人間は盟友。
 彼女は常々そう口にしている。

 しかし現実はどうだ。

 人間と妖怪は、本来的に相容れない存在。
 それを、決して交わる事の叶わない場所から。
 溶け合うことなく眺め続ける、永遠の第三者。
 それが、河城にとりという少女と、人間達との関係の本質に他ならない―――


「ち、ちょっと!!何、泣いて……」
「……あ」


 なんという哀しさ。
 なんという悲しさ。

 諦めている自分とは違う。
 彼女は、未だ信じている。
 自身は、溶け合える筈もない彼等の盟友なのだと。

 それがゆえ、彼女は、
 既に裏切られたも同然の信頼を育み続けているのに他ならない―――!!


「……泣いてないよ」
「いや、でも私が何か」
「違う、そもそも泣いてない」


 それきり沈黙。
 にとりはと言えば、自分が○○の気分を害したのかと慌てに慌てている。

「ね、ねぇ……何か、気に障る事……」

 答えたい。

 彼女は我が身と似ている、と強く思う。
 ここまで近付く事を許せたからこそ、この感覚を閉じ込めたくはない。

 胸を張れる事実は一つ。

 しかしその反面、自身がここで思うことをぶち撒けてしまえば、どうなるか。
 曝け出せ、と叫ぶ己の己が必ずにとりを傷付けるだろう。
 自分達は非なるものながら似ている、溶け込めない者達なのだと。
 そう知ってしまえば、これまで信じてきたものが無惨に砕け散る。
 彼女はきっと、大きな心の柱をひとつ失ってしまう事だろう。

 ―――似ていながらも、本質を異にする。
 信じている君が眩しくて、壊れて欲しくなくて。
 そう、強く強く思い続けている。

 だからきっと、自分はこんな生き方を選ぶのだろう―――


「―――ま、ちょっと色々思い出してね……」
「……ごめんね……嫌な事つついて……」


 この偽りも、もう幾度―――

 上体だけを起こすと、心配そうにこちらを覗きこんでいるにとりの顔があった。

「俺こそごめんな……さ、終わり。」

 ○○は片腕だけ動かし、無言で彼女の肩を抱き寄せる。

「ん……」

 ただ肩を抱き寄せただけ。
 それでも男にはない柔らかさを感じ取れる。
 「抱き潰す」という表現が決して過剰ではない程の心地。

 この感覚は確かさなのか。
 それとも儚さなのか。
 どちらなのだろう。

「にとり……」

「っ……○、○……ちょっと、苦しいけど……あったかい……」

 いつの間にか、正面から彼女を抱きしめていた。
 両腕に込めた力に、確かに伝わる命証。
 にとりは○○の胸に顔を埋め、甘えねだるようにぐりぐりと動かしている。

 あぁ、あの柔らかさ―――いや、この感覚全ては両価だ。
 相反する価値が、性質が、同居している事の表れ。

 サラサラとした髪を静かに撫でる。
 にとりの表情を窺い知る事は出来ないが、きっと目を細めて幸せそうにしているのだろう。

 それを、周囲全てから隔絶するように。
 守り慈しむように。

 いつまでも、抱き締め続けていた。


 彼女に残酷な事実は見せられない。
 決して気付かせる訳にはいかない。

 この感覚を味わうのは、自分だけでいい。
 溶け込めない苦痛を味わうのは、自分だけでいい。
 溶け込めて居ない事実を知るのは、自分だけでいい―――

 この少女の無垢な信頼―――人間と河童は古来よりの盟友である―――を守る。

 裏切られる事こそ必定であるのならば、自分が裏切らせない。
 それが何かを偽る事であって。
 いつかそれが彼女に知れ、断ち切られる事になろうとも。


 ―――彼女を深く愛している。
 ―――同時に深く愛された。
 だからここまで許した。
 だから彼女を守りたい。

 それこそがたった一つ、溶け行かぬ第三者たる自分が胸を張れる事実―――

 この信頼に応えるべきは、名も知れぬ彼等ではなく。
 今ここでにとりを抱きしめている、自分自身以外にない。

 自分ではない誰か何かが、呼びかけた気がした。
 ―――溶け込めなくても、幸福は在るんだよ。と。

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うpろだ532


コンコンコン
軽い音に気がついたのは、寝ようとしながらも寝れなくて、ボーっとしていたからだ。
寝ようとしているのに寝れないときって、よくあることだ。

コンコンコン
尚も音は続く。
……無視していてもこのまま続きそうだったので、応えることにした。
「あーーぃ、今出るから、待ってくれぃ」

寝癖が立ってないかな、とか妙なことを考えながら、ドアを開けた。
「あ――あの、」
「ん?」

眠気が溜まっている目で、視線を下げる。
背中にバッグを背負い、水色の服を着て、その服と似たような青い色をした髪をした少女が立っていた。
今現在の時間を確認、午前の二時。
これは何らかの事件に巻き込まれるフラグが立ちそうだ、が。

「で、こんな時間に俺ん所に来る理由は、なんぞや?」
見捨てずに匿うのが人情。ここで見捨てては、男ではない。
――はぁ、俺も長生きできそうも無いなぁ。

「いぇ、お宅のきゅうり畑にあるきゅうりがあまりにも美味しそうなので、食べたくなっt」
「帰れ」

心配した俺が馬鹿だった。
こんな時間帯にきゅうりを求めてくるのは、あまりにもあまりだろう?
ドアを閉めようとして――阻止された。
いきなりのドアに対するタックルによって、だ。

「……おい、きゅうり少女。何故、俺のドアにタックルするんだ」
「人の話は、最後まで聞いてください……!! それに私には『河城 にとり』という名前があります!!」
「そうか、俺の名前は〇〇だ。満足か? 満足だな。では、またいつか――来世にでも」

こんな夜中に話を最後まで聞く奴は、馬鹿な奴か優しい奴だけだろう。
残念ながら、俺は見た目通り少々馬鹿だが、そこまで馬鹿じゃないし、優しくも無い。
そして、少女の力は見た目通りか弱く、ドアを閉めてロック完了するのに五秒と掛からなかった。

「さっ……最後まで、話をっ――」
「きゅうりは、勝手に食べてもいいから。じゃあな」

それだけ言って、ベッドに潜った。
あーー、結構、長い時間話し込んでいた為に布団が冷めてるぅ……寒いよぉ。




ぐすん、ぐすん……うっ、かり、ぐすん
軽い音が気になっているのは、寝ようとしているのにこれが自分の責任のせいかと思ったら、寝ようと思っても寝れないからだ。
こんな状態で寝れる奴の図太い奴が――いるわけねぇか。

かり、ぐすん、ぐずっ――うぅぅぅ、かりっ、ぐす
尚も音は続く。
……無視していられるわけも無く、いつの間にか布団から出ていた。
「あーーー、もぅ、目的は何だよ」

泣き止ませる為にはどうしようかと真剣に考えながら、ドアを開けた。
「――あ」
「――ほぅ、さっきから『かり』の部分が気になっていたのだが、こういう訳か」

眠気が溜まっている目で、視線を下げる。
やはり、先程の少女がドアの前で座り込みながら泣いていた――食い掛けのきゅうりを片手に持ちながら。
ちょっと呆れたが、泣いてる表情は演技ではなく、本当に泣いてるようだった。片手にきゅうりだが。

「……まぁ、いいや。外は寒いから、家入れ。家出きゅうり少女」
「だから、私の名前は、にとりだって!!」




「で、俺は事情聴取を行おうと思うのだが。カツ丼は必要か?」
「いつの間に私が犯罪者!? 私、何もやってませんよ!?」
罪のない青年の安眠を妨害、及びきゅうり窃盗罪と言うものがあるが、今回は見逃そう。

「よし、お前さんの言いたいことを聞いたら、俺は寝よう。
さぁ、早く用件を述べるんだ。三文字以内で」
「えぇ、解りまs――三文字以内?」
「三文字以内限定言語承諾機構が、俺の中で産声を上げてるんだ。しょうがないだろ」
「へ、変な機構が付いてるんですね……」

必死に言葉を考えてる少女を見ながら、俺は思った。
色々と難しい年頃だから、家出とかってしちゃったのだろうか、と。
それに機構なのに産声はおかしいだろ、という突っ込みはないのかよ。

お? 何か三文字を思い浮かんだらしい、少女が真面目な顔でこちらを見やった。

「言ってみ?」
「かっぱ!!」
「HAHAHA!! よし、俺も三文字かつアメリカンに返してやろう――KA☆E☆RE」
「なっ、なんでですかっ!?」

一瞬でも期待した俺が駄目だったようだ。
ってか、何故にかっぱよ?
しょうがない、聞いてやるか。俺も気前が良いな、うん。

「で、なんで『かっぱ』なんだ?」
「えと、私こと『河城 にとり』は、実を言うとかっぱなんです!!」
「――――――――――――――――――よし、解った解った。よく解ったよ。
 さて、いきなりで悪いが、今日は俺の家で寝なよ。明日、いい病院に連れて行ってあげよう」
「そんな信じてない目で見ないでください!!
 最後まで、話を聞いてくださいよぉ……」

いや、ここまで話を聞いてる俺の努力も認めて欲しいものだが。
――だが、ここで泣かれるのも困るので、話に乗ることにした。

「で、(自称)かっぱ少女よ。お前さんが、もし、かっぱだとしたら、色々と矛盾点が出てくる」
「……ふぁい?」
「一つ、かっぱの頭には皿があるということ。
 二つ、かっぱの力は強大であるということ。。さっきのタックルで、俺のドアが吹き飛ぶくらいにだ。
 三つ、かっぱがこんなに可愛いはずが無いということだ。
 ただ、俺は妖怪についての専門家と言うわけでもないから、偏見もあるんだろうが」
「えっと、それについてでしゅが――」


そっからの話は、あまりに長いんで省略させてもらったが、要約するとこうだ。
とある人間の迎撃に向かったのだが、弾幕勝負で惨敗をした。
気絶をしてしまい、目を覚ましたときには下流にまで流されており、その折に帽子を失くしてしまったらしい。
その帽子が俺の言う『かっぱの皿』の役割を担う為のもので、それがないと力を発揮できないということだ。
だから、帽子がないと下級の妖怪にも太刀打ちできない為、元の家にも戻れず、俺に帽子捜索を頼んだ――ってところか。
しかし――何故か三つ目の質問に対する話はされなかった、ちっ。

「そうかそうか、よく解った。君は、将来、大物の小説家になれるぞ♪」
「あ――――いえ、他の人に頼みます。ごめんなさい、変なことを言ってしまって」

俺の助けは、完璧に無いと思ったようだ。
ペコ、と礼儀正しく頭を下げて、家から出て行こうとする(自称)かっぱ少女。
ドアを開けて、仕方なさそうに微笑みながら、家から去ろうとする。
その姿は……なんだか、悔しくなってくる。俺が何の役も立たない奴という思いが、胸の中でグルグルと周る。

あぁ――どうにも、俺は本当に馬鹿野郎のようだ。


「――――なぁ、にとり。一つだけ言っていいか?」
「ぐずっ、な゛んですか……?」

あー、もう涙で顔がグジャグジャだよ。
反省しよう。もうちょっとソフトに物事を言わねばな。

「お前さんが妖怪の『かっぱ』ならば、誰かにそれを頼むのは止めとけ」
「な゛んでですか?」

……俺の話を聞くんだな。あんなに酷いことを言ったのに。無視されると思ってた。
そんな感想を胸に仕舞いながら、あまり働いてない頭で、にとりの問いに応える。

「力の無い珍しい妖怪が、人間に助けを求める?
 絶対に騙されて捕まるのがオチだ。
 そしたら、解剖されるか、金目のものとして売りさばかれるか、慰み者にされるかもしれねぇぞ?」
「『慰み者』? えっと、慰められるんだったら、良いことじゃないの?」

……伝説上の『かっぱ』さんは、性知識に疎いようだ。

「あーーー、えーっと? ゴホン、まぁ、十中八九、お前さんは酷いことされるってことだ」
「人間は――優しいんじゃないの……?」
「優しい人間もいる。だけど、世の中には自分の欲求を満たそうとする人間の方が一杯いるってことさ」
「じゃあ、〇〇さんは……?」

上目遣いに俺を見上げるにとり。
そんな答えが一つしかない問いをするな馬鹿。

「残念ながら、俺も欲求を満たす人間の方だよ」
「――っ!!」


俺としたことが、また相手を誤解させるようなことを言ってしまったか。
いい加減、こう言う紛らわしい物言いを好むのは止めるべきだなぁ。
だから、なるべくソフトに

「早く帽子を見つけて、かっぱだという証拠を見せて貰いたいからな。
 帽子を探すのは明日だ。良かったらでいいが、今日は家に泊まらないか?」

ポカンとするにとり。
自分の予想とは違う言葉にパニックを起こしているようだった(この時の表情が好きで、紛らわしい言い方を好むわけだが)。
俺の言葉を咀嚼して、もぐもぐごっくんしたようだ。

「えーーっと、あの、その……お邪魔でなければ」
「はいはい、俺のベッドを使いな。大丈夫、襲わないから」


ソファに横になる。
あーぁ、我ながら、馬鹿な奴だな。

――――――――――だけど、俺が馬鹿な奴で良かったかもな。

そんな幻想を胸に、睡魔の誘惑に負けて眠り込m


「でっ、でも、嫁入り前の娘が男の人と寝るとか、えと、しかも、男の人のベッドで寝るなんて、あの」
「……」
「えっと、私も一介の妖怪ですが、まだ未婚ですし、その、そう言うことは全然やったこともないですし――」
「…………あのな」
「だっ、だけど、助けて貰った身ですし、その、私みたいなかっぱで良ければ、あの、その」
「あんまり中途半端な知識を出してないで、寝るぞぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!」

俺のベッドの前で、もじもじしてるにとりがいじらしくて、ベッドに押し倒した。
そして、気付いた。

「えっ、えっと、あの――あ、の」
「あー、スマン。眠たくて、ついつい暴走してしまったんだ。あはははははは」

「寝るぞ」とか叫びながら、女性を押し倒すんじゃただの変態じゃん、とか。
しかも、襲わないと言った五秒後の話だし、とか。
『それ』を意識させないように、優しい父性の表情を取りながら、一言。

「おやすみ」
「えと、おっ、おやすみッス」

優しく布団をにとりにかぶせながら、何気ない顔でソファに寝転ぶ。
「ふぁぁあ、明日の為にも早めに寝るか」
さりげない動作により、何気ない様子を醸し出す為にあくびと共に独り言を呟いて、猫のように丸まった。


『ここから、本音↓』

(あっ、危ねぇ!! 心臓がバクバク言ってやがる――!!)
ガゥッ!! バゥッ!! とか、俺の中にいるワイルドウルフが、にとりに食いつくところだった……俺自重しろ。
いや、押し倒してしまった弾みに……さりげなく胸に触れていただなんて、考えるな、考えるなよ、事故だ、事故、事故、そぅ、事故!!
あれは、不可抗力によって起こったために俺は弾劾される必要は無く、にとりも意識してないようだし、大丈夫。
よし、寝るぞ……寝るんだ、寝なければならない、あれは事故だ……しかし、胸は小さめだったな。どのくらいだろ? A~Bが妥当か?
って、考えるな!! 駄目だ、大丈夫。触れてない。触れてない。あれは、ジョークだ。アメリカンなジョークなんだ。
深呼吸だ、ふっ、ふっ、はぁー。ふっ、ふっ、はぁー。自重って、五回唱えるんだ。自重、自重、自重、じちょ(ry

結局、俺は一度も眠れなかった。




「…………あれ?」
ここはどこだっけ?
近くに巫女と魔女が通ったと言う情報を聞いて、迎撃のために出て行って、すぐにやられて――
「起きたか?」
そうだ、帽子を探す為に〇〇さんの手を借りようとしたんだ。

「あぁぁ、私としたことが、客である身なのに家主さんよりも、遅く起きてしまってすみませ……あれ?」
「どうした、にとり」
「〇〇さん、目が赤いですよ?」
「知らん、気のせいだ。気にするな」

一睡もしてないような目で、そんなことを言われても気になりますよ。
見たところ、ご飯の準備をしているらしい。

「あの……」
「今日は、お前の帽子を探すために弁当にしたのだがな。
 探しに行くのは、俺だけだ。にとりはお留守番」
「なっ、なんでですか?」
「お前さんは、今現在、弱ってんだろ?
 知り合いの妖怪にでもばれたら、家に容易に入られて大事なものも盗まれるんじゃねぇの?」

発明品とかしかないが、開発中のスペルカードとかが盗まれたら洒落にならない。
今はまだ良いかもしれないが、あまり長居はしてられない――。

「まぁ、そう言うわけだ。一応、昼食は作っておいた。
 夕食時には帰るから、その時に夕食は作る。
 暇潰しの為の本とかは、本棚を参照。ドアがノックされても出るなよ。
 後は、風呂とかは勝手に使ってもらっても構わん。んじゃ、行ってくる」
「えっ? ちょっと、待って――」

言い終わってから走り出すまでの時間は、コンマ一秒を切っていただろう。
すぐさま姿が見えなくなった。

「えっと、いってらっしゃーい」
一応、手を振るが、どうにも届いてるとは思えない。
手を振るのをやめ、自分の食事の準備をし始める。
おにぎりと、味噌汁と、卵焼きと、魚という日本食風の朝食。
見た目や、匂いからして、美味しそうな感覚が舌に生まれる。

卵焼きの味がやはり美味しい、と素直な感想を持ちながら考え事をしていた。
――しかし、〇〇さんは私を一人残して、何かを盗まれる心配などしてないのだろうか?
一人暮らしなのだ、なにかと大事なものもあるだろう。
まぁ、そういう心配を私に対して抱いてないと思うのが、何よりも嬉しいのだが。

上機嫌に味噌汁を飲みながら、ふと、頭の中で何かが引っかかった。
言うなれば、魚の骨をとり忘れたために喉に骨が刺さってしまった時のような感触。
何かを忘れてる、何かを、何を――あぁ、そう言えば、

私は、一度でも彼に対して、自分の帽子の特徴を言った記憶が無い――。
「ちょっ、〇〇さーーーん!!!」




~続く~

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最終更新:2010年05月09日 22:24