椛4



新ろだ811



「椛」
「何ですか、○○さん」
「キスしよう」
「ふぇ!?」
「キスしよう、キス」
「なななななな何を突然言うんですか!?」
「駄目?」
「駄目って言うか……こ、ここ里の中ですよ!?」
「だねぇ」
「だねぇ、じゃないですよ!み、見られちゃうじゃないですか……」
「あ、見られると興奮するタイプ?」
「バカな事言わないで下さい!?」

「キスしたいなぁ」
「大声で言わないで下さい!!」
「何で駄目なのさ?」
「だ、だから……さ、里の中ですってば……」
「恥ずかしい?」
「そ、それは当然です」
「ふーん」
「ふーん、て……」

「椛」
「は、はい?」
「キスする」
「で、ですから……」
「決めた、キスする」
「……○○さん?」
「俺がそう決めた、だからキスする」
「で、でも……」
「椛」
「……はい」
「キス、するからな」
「……………………はぃ」

「んむ……」
「ちゅ……」(あぁ……見られてるよぅ)
「椛……舌出して」
「んむ……ふぁい……」(こんな人が一杯いる所で……キスしちゃってる)
「ん……」
「はむ……んちゅ……」(恥ずかしいのに……恥ずかしいのに……)
「ん……はむ……」
「んうぅ……」(歯、舐められてる……よぅ)


「おい、お前等……」


「いやー、怒られたねぇ」
「少しは反省してください!あんなに怒った慧音さんなんて初めてですよ!」
「怒ってたというか、照れてた気もするけどね」
「そりゃあんな所であんな……」
「濃厚なキスしてたら誰でも照れるか?」
「分かっててやってるんですね……」
「勿論、だって恥ずかしがる椛の顔が可愛くてしょうがないんだもん」
「うぅ……悪趣味です」

「で、どうする?」
「……何がですか?」
「『休憩』していく?」
「な!?」
「嫌なら無理強いはしないよ」
「……うぅ」
「どうすんの?」
「……分かってて聞いてますよね」
「当然」
「……いぢわるです」
「よーし、れっつごー」
「……はぅぅ」




あれ おれは なにを かいて るんだ ろ う


新ろだ873


「ぶぇっくしょい!」
「うわ。私に飛ばさないで下さいよ。……風邪ですか?」
「ああ、うん……どうなのかな。最近急に冷え込んだし、ね」
「まったく……貴方は人間なんですから。
 もうちょっと体調とか、気をつけてくださいね?」
「そういうなら夜中の二時に"滝に修行に行きますよ"とか、
 俺を叩き起こさなくてもいいと思うんだけど」
「だって……そうでもしないと貴方、
 ろくに修行に付き合ってくれないじゃないですか」
「面倒だもの」
「私と並んで歩けるようになりたいって言ったのはどこのどなたですか」
「椛の隣の俺様です」
「……からかってるんですか?」
「ごめんなさい」
「もう……ああ言ってくれた時は――すごく格好よかったのに」
「今は?」
「まるでダメなお兄さんですね」
「素敵な評価をありがとう」
「自覚があるならもっとしゃんとしてください」
「春になったらな」
「半年先じゃないですか!」
「だって寒いの苦手」
「動けば温まります。ああもう、貴方って人は」
「……怒った顔もかわいいなー」
「なっ、何をいきなり言い出すんですか!」
「思った事を正直に。嫌?」
「嫌なわけじゃ……ないですけど」
「なら問題ないじゃない――それ」
「きゃっ!?」
「つーかまーえたー」
「ちょ、ちょっとどこ掴んで――きゃうっ」
「こうしていれば二人で暖まれるだろう」
「そういう問題じゃないでしょう。離してくださいっ」
「ああこら暴れるんじゃない。色々と危険なことになっても知らんよ」
「貴方程度の力、私なら――危険?」
「うむ。さて問題。俺の右手と左手、今までどこを触っていた?」
「……背中と腰――まさか!」
「ふっふ。嫌なら暴れるでないよ」
「貴方……家に戻ったら、覚悟してくださいね」
「それは床の上的な意味で?嬉しいなぁ……」
「違ーう!」


新ろだ2-003


 朝の日差しで目が覚める。
 明け方は日中でも一番寒い時間帯であり、まして冬の明け方だと尚更。
 まだ温かい布団をもそもそと肩から羽織りながら、とりあえずお茶を淹れるために湯を沸かすことにする。
 竃に火をくべ、沸騰しつつある水がこぽこぽと泡を立てる音を聞く間も結局布団から体が離れることはなかった。
 磁石と鉄のように布団を巻きつけてくっついたまま、しばらくすると湯が沸いた。
 茶葉と急須と湯呑みを取り出そうと布団を引っさげてのそのそと動く。
 はっきり言って動き辛かったが、寒いよりはましなので食器棚から目的のものを取り出し、いつも以上に手早くお茶を淹れる。
 それほどまでに寒かった。尋常じゃない寒さだった。

 淹れ立てのお茶を飲んでいると、玄関の扉が開く音が聞こえた。

「おはようございま……」

 来訪者である白狼天狗の彼女と目が合う。
 気まずい雰囲気が流れたような気がしたが気にしないことにする。
 大方亀の甲羅のように布団を背負っている自分を見て閉口しているのだろう。
 その表情は呆れているのだろうか、哀れんでいるのだろうか。
 言及されるのも嫌だったので適当に誤魔化しておくことにした。

「お茶」
「え……あ、はい。いただきます」

 彼女の目が点から元に戻ったのは一声掛けてから数瞬経った後だった。
 投げ掛けられた言葉の意味を理解した彼女は首肯する。
 その返事を聞いて、先程と同じように布団を被ったまま食器棚まで移動し、彼女の分の湯呑みを取り出す。
 湯の量は二人がお茶を飲む分には十二分にある。
 また同様に、茶葉を淹れた急須の中にお湯を注ぎ、最後の一滴まで注いだところで彼女に湯呑みを渡した。

「……寒いんですか?」
「まあ、寒い。椛はそうでもなさそうだ。流石白狼天狗」
「何が流石なのかは分かりませんが、私もそれなりには寒いです」
「そうか。でも、今はぬくい」
「布団被ってますからねえ」

 湯気が立ち昇るお茶に息を吹きかけながらそう問い掛ける椛。
 そういう所作一つ一つがどうにもいじらしくて可愛らしい。
 一口だけ口に含み、ほっと白い息を吐く姿を見ているとなんだかこちらまで和んでくるものだから不思議だ。
 しかし、椛はお茶を少し口にしただけでぼうっとこちらを眺めている。
 やはりこの恰好が奇妙なのだろうか。
 だが今の自分には何よりも温かさが足りない。
 いくら椛のお願いでもこの布団を剥ぐことは何人たりとも不可能だった。
 閑話休題。
 取り敢えず、椛の茫然自失とした状態を覚醒させてみることにする。

「椛」
「ひゃい!? な、なんですか」
「いくら椛でもそんなに見つめたって目から光線が出て布団は焼き切れない、はず」
「いや、別にあなたの布団を剥ごうだなんて思ってないですって。しかも目から光線が出るってちょっと信じちゃってますよね」
「白狼天狗だからできるかもしれない」
「そんな神様みたいなこと言われても」
「何言ってるんだ椛。神奈子や諏訪子だって目から光線なんて出せるはずない」
「……とりあえず、あなたの中の白狼天狗がもの凄いイメージだってことが分かりました」
「冗談は兎も角、そんなに呆けてどうした」
「何でもないです。ただやっぱりあったかそうだなって」

 確かに椛は普段通りの服装を身に纏っているとはいえ、機動性に優れた装束のせいか耐寒性は二の次らしい。
 山の冬場にもある程度はもつよう設計されているのだろうが、今日の寒波はもしかしたらそれを凌ぐものかもしれない。
 よく見たら湯呑みを持つ手もほんの少し震えているのが分かった。
 気付いてやれなかったことに少しだけ罪悪感を感じる。

「椛」
「はい?」

 湯呑みを一旦その辺に置いて椛を呼び掛ける。
 言葉にするのもあれだったので布団の隙間から片手だけ出して、ちょいちょいと手招きをした。
 視線を自分の方に向けていた椛がその意図を図り知ると、少し照れ笑いしながらも目の前にやってくる。
 そして、外気を覆う寒気を遮るために椛を抱き締める形で彼女ごと布団にくるまった。

「えへへ」
「椛、冷たい。やっぱりお引き取り願う」
「駄目です。誘った責任くらい取って下さい」
「おお、でも尻尾はふかふかしてる。じゃあこのままいていいぞ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 それで満足いったのか、椛は布団の隙間から湯呑みを取り、口をつけると嬉しそうに白い息を吐いた。

「これ、いいですね」
「耐寒性もある。何より椛を近くで感じられる」
「特に後者は外せません。私にとってはあなたの匂いに包まれているようで幸せです」

 そう言って椛は布団に鼻を押し当て深く息を吸う。
 少し冷めてしまったお茶を飲み干し、同じように椛の頭に鼻を押し当てる。
 女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、なんとなく胸が高鳴った。

「椛はいい抱き枕だな。柔らかいし、抱き心地もいいし、いい匂いもする」
「んぅ……お茶飲み終わりましたし、もっと抱き締めてもいいんですよ?」

 そう言って頬ずりする椛。その頬すら柔らかい。
 あまりに抱き心地がいいのでこのまま二度寝に講じてもいいくらいだ。

「椛は甘えんぼうだな」

 頭を撫でてやるとそれを嬉しそうに享受する。
 その笑顔を見てまた癒されながらも、しばらくの間はこうしてまったりと抱き締め合って過ごすことにした。


新ろだ2-256



椛「王手」

ぴしり と角が王の退路を塞いだ。これで0勝10敗か

〇〇「もしも脱衣将棋なら完全に生まれたままの姿だな」
椛「麻雀じゃないんですから」
〇〇「ぬうううう……もう一戦じゃあっ!」

これでも、将棋に関しては村で一度も負けたことは無い。しかし椛が相手ではまるで歯がたたん
くやしいのぉ くやしいのぉ

椛「またですか。何回やっても同じだと思いますけど。それに仕事もありますし」
〇〇「ま、待て、わかった! もしも次負けたら好きなだけ椛の仕事を手伝うから、もう一戦つきあってくれぇ!」
椛「好きなだけ、ですね。取り消しはききませんよ」

にやり、と口元に浮かんだ笑みを俺は見逃さなかった
あれ。この娘ってわんこ天狗じゃなかったっけ? なにその狼みたいな目

椛「それじゃこうしましょう。あなたが負けて働く年数は、あなたの場の駒で決めます」

うわー 凄いギャンブル臭がするよー。ざわ……ざわ…… だよー。しかも負ける前提で話が進んでるよー

椛「95年からマイナスで、王が残れば-30年、飛車角が-10年ずつ。金は-7年ずつ、銀は-5年
  香車と桂馬は-3年ずつで、歩は-1年ずつ。いいですね?」
〇〇「手持ちは?」
椛「無効です。場に出てる駒だけを数えます。それじゃ、始めましょうか」



ぴしり

〇〇「しかし、どう負けても王が取られるわけだから-30年は確定じゃないか?」

ぴしり

椛「ええ、そのとおりですね」

ぴしり

〇〇「しかし、ここで何十年も何して働けばいいんだ?」

ぴしり

椛「そうですね。私のご飯を作ったり、お風呂を沸かしたり……」

ぴしり

〇〇「俺の飯は正直微妙な味だぞ」

ぴしり

椛「私が教えてあげますよ」

ぴしり

〇〇「ははは、俺は家政婦になるのか」

ぴしり

椛「家政婦というより、婿入りなんてどうですか?」

ぴしり

〇〇「なんだそりゃ」

ぴしり

椛「私は本気ですよ」

ぴしり

〇〇「……マジ?」

ぴしり

椛「はい」

ぴしり

〇〇「俺でいいのか?」

ぴしり

椛「あなたがいいんです」

ぴしり

〇〇「物好きだな、椛は」

ぴしり

椛「私もそう思います」


ぴしり ぴしり ぴしり ぴしり
ぴしり ぴしり ぴしり…………


〇〇「……じゃあ椛、言ってくれ」

ぴしり

椛「はい
  ……〇〇さん、私と 結婚してください
  そして、王手です」

ぴしり

〇〇「至らないところは多々あるが、そんな俺でよければ、喜んで
   そして、投了だ」


苦笑いして、椛の手をとる。こんな小さな手が、あんな強手だとはどうしても思えない

椛「〇〇さん、やっぱり弱いです」
〇〇「こんな時だけ本気出しおって、このわんこが」

板に広がる大軍勢。俺の王はたった一人、その包囲網にさらされていた


Megalith 2010/11/22



とある秋の日の昼下がり。

俺は悶々としていた。

足りないのだ。
そう。



もふもふが。



何を莫迦な事をと笑う奴は、一度手近にいる動物を(もし触らせてくれたのならば、だが)しばらく撫でてくるといい。
普通の奴ならその場を離れるのが心苦しくなっているだろう。

それが、もふもふの威力、いや、脅威と言ってもいい。

とにかく、だ。
俺はもふもふしたくてしたくて仕方ないのだ。
近くの草むらに住み着いている野良犬が、餌でも探しに行っているのか今日は生憎と見当たらない。
あいつはなぜだか俺の姿が見えると餌を貰えもしないというのに寄ってきては触らせてくれる。
何かを期待している風でも無く、ただ、俺が撫でている間はじっとそのままでいるのだ。

当初は不思議な事もあるものだと思ったのだが、そのうちにそれが当たり前になってしまった。

ともかく。
今日はそいつがいない。
よって、今日の俺のもふもふめーたーはは下がり切っていた。

「うああー!」

ごろごろ。
ごろごろ。

思わず畳の上を転がる。
初期の禁断症状がさらに悪化する前触れだ。

何かもふもふしたものを触りたい。
俺の髪?
そんなもん触って何が面白いんだ。

それから小一時間。
まだ転がっていた。
だんだん間隔が短くなって行く。

たまらず叫んでいた。

「もふもふしてぇーーーーーー!」

がらり、と家の戸が開いたのはその時だった。

我に返って見てみると、女の子がいた。
見た目14か15かそこら。
パリッとした上着に袴、透き通るような銀色の髪、頭には何か赤い小さな帽子がちょこんと乗っている。

そして、ある意味一番目立つ耳。

呆気に取られていると、彼女が口を開いた。

「もふもふをご所望ですか?」

開口一番がそれだ。
俺は自分の口がだらしなく開いたままだと気づくのに、しばらくの時間を要していた。

そもそも、誰だ?
少なくともこんな女の子の知り合いなど俺の記憶の中には少なくともまだいない。

まるで主人の命令を待つように、ぴこぴこと動く耳と、後ろから見え隠れしている見事な尻尾…

…尻尾?

なるほど。
これは夢だな。
いくらここが幻想郷とは言え、俺みたいな奴の所へわざわざこんな事を言うためにこんな可愛らしい妖怪が来るだって?

冗談にも程がある。
よって、これは夢だ。

寝ちまおう。

俺はもう一度押し入れから布団を引っ張り出して潜り込んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! ほ、ほら、もふもふ尻尾ですよ? 耳もぴこぴこですよっ!?」

彼女は必死に俺がくるまっている布団を引っ剥がそうとしてくる。
だーかーらー、これ夢なんだからせめて寝させろって。

「もうー…」

なぜか見えもしないのに、彼女が頬を膨らませている表情が見えるような。

何かがもぞもぞと俺の布団に入ってきた。
そしてぴっとり俺にくっつくと、
「くふふー♪」
とかいう声が聞こえてきた。

その子の香りが布団に充満する。
いい匂いだなぁ…
てか、年頃の女の子が男の布団に入って来るか普通。

あー、そうか。
妖怪か。

彼女は俺に対して背中を向ける体勢。
俺の胸のあたりに自分の頭を擦り付けているようだ。
そして腹の辺りでは彼女の尻尾がふわふわ当たっている。

くぅっ、夢だってのにやけに感触がありやがる。
まぁいいや。
気持ちいいし。

それに、この子の匂いは…
何と言うか、落ち着く。
うん、落ち着くな。
何の気なしに彼女を抱き寄せると、甘い香りがより一層強くなる。

ふむ。

俺はそのまま、夢の中に───。



ぱちりと目を覚ますと、俺は一人布団の中にいた。
やけに鮮明な夢だったなぁ。

ふと気づくと、布団のそばに何かが丸くなっている。
いつもの野良犬じゃないか。
何時の間に入ってきたのか、すぅすぅと気分良さそうに寝息を立てていた。

さっきまでの夢のせいか妙に独りが寂しくなった俺は、自分の座布団を持ってきてそいつを上に乗せてやった。
その間も目を覚ますことなく寝たまんま。
暢気なもんだなぁ。

そして、なぜかそいつからは、夢の中で嗅いだ、あの子の匂いがした。

ような気がした。

まさか。

不意に、野良犬がぱちりと目を開く。

そしてじいっと俺を見つめている。

あー、わかったわかった。
いそいそと台所に何か喰うものを探しに行こうと───

わう!

一声上げた次の瞬間。



───とまぁ、これが母さんとの馴れ初め、だったのかな?
「えー、何さそれ…」

椛は俺たちの横でくすくす笑っている。

息子はあきれ顔。
いくら自分の母親が妖怪だとは言え、それはないだろう、とでも言いたげだ。

息子の髪の色と目元は俺から、細い面立ちや耳などは椛から受け継がれている。
自慢じゃないが、いい息子だとは思う。
しかし、親の馴れ初めを聞きに来ておいてその反応はどうなのだろうか。

いいか、こんな風にここではどんな事が起こっても不思議じゃない。
お前だって何時かは好きな子ができるだろうが、俺と椛みたいな出会い方かもしれん。
そんな機会はいつ来るかわからんから、そうと気づいた次の瞬間から必死で喰らいつけ。
逃げられたら逃げられたで仕方ない。
だが、確実に捕まられるように自分を磨いておけ。

…え? 俺?
…そりゃこんな可愛い嫁さんを貰えたんだ。
それなりに磨いてた、って事にしておくさ。

俺を見る息子が、どんどんジト目になっていく…

まぁ、いいさ。
それもまた人生だ。



───そうだろ、椛?




こんな馴れ初めがあってもおかしくないよね!


Megalith 2012/05/08


Q.丁寧に扱えば扱うほど離れていくものは?
A.椛のしっぽ

 桜舞う春の終わりが近づき、夏が今か今かと出番を待っている今日この頃。
 気温がじわじわと上がり始め、獣達は冬毛から夏毛へと生え変わっていく。白狼天狗もこの例外ではない。この時期手入れを怠るとあっという間に家中毛だらけになってしまう。そのため毎日丁寧にブラッシングしなければならない。
 今朝は椛が寝坊して、ブラッシングする暇もなく慌てて彼女が仕事に行ってしまったので、今晩は特に念入りにしなければならない。
 ならないのだが。

「椛、逃げるな」
「そう言われましても……」

 正座をした犬走椛のしっぽは、彼女の困った表情とは裏腹にぶんぶん激しく振られている。毛がその勢いで抜け落ち、辺りを舞う。思わずくしゃみが出そうになる。
 なんとか暴れまわるしっぽを手で捕まえても、まるでウナギのようにするりと手から滑り落ちてしまう。

「習性ですから。あなたも心臓の鼓動を止めることなんてできないでしょう」

 そう言われるとどうしようもない。止められないなら仕方がない。
 ならばとブラシを遮二無二振りかざし、強引にほぐしてみる。
 逃げられた。駄目だった。

「力任せにするのはやめてください」

 丁寧にしても駄目。力任せにしても駄目。わがままである。
 わがままな娘にはお仕置きを。
 椛を後ろから強引に押し倒し、ふさふさしっぽを根本からぐっと鷲掴みにする。

「ちょ、ちょっとやめっ」

 異論は全て却下。
 握られてもふさふさ揺れ続けるしっぽをそのまま強引にブラッシング。
 数度、ブラシを通しただけでブラシが毛まみれになってしまった。実にけしからんしっぽだ。

「そ、そんな、あ、こら……」

 さらなるブラッシングの要求なのか、それとも拒絶しているのか判別が付き難い声を椛が上げているが、これも無視。
 ブラッシング。
 とにかくブラッシング。
 ひたすらブラッシング。



 小一時間後。
 抜け毛を出しきりしっぽはかなりボリュームが減った。椛の精神も削れた。
 恍惚とした表情を浮かべ、身体はすっかり伸びきっている。口の端からはよだれが垂れていた。なんかエロい。
 このまま放置していては白狼天狗とはいえ風邪をひくかもしれないので、布団を敷いて寝かせてあげた。
 自分はなんて気遣いのできる男なんだろう。



 翌日、彼女は口を利いてくれなかった。
 しっぽは揺れていた。


Megalith 2014/03/18


 俺の好きなモノは何か。そう聞かれれば、すぐに一つだけ答えられることがある。
 だが、その言葉を口にする度に笑われる。一人として例外は無く、皆同じ顔をするのだ。
 意外だ、とそう言われることも珍しくも無い。顔に似合わないとでも言いたいのだろうか、失礼な。

 ――――いいじゃないか、もふもふが好きだって言っても。


 「あの」


 ほら、こんなにも頭の触り心地がいいのに、何が悪いと言うのか。
 いつまでもこうしてもふもふしていたいくらいだ。白く毛並みの揃った、素晴らしいもふもふだ。
 よく手入れされているのか、艶があって健康的。光に反射して輝いて見える程なのだ。


 「………あの」

 「何?」


 そんな触り心地のいいものが目の前にあるのなら、触ってみたくなるのが人の真理というもの。
 もふもふが好きなら尚更だ。この手がもふもふに伸びていくのを止められない。止めろと言われても止めない。
 願うならいつまでも触っていたいんだ。手放すことすらも、実に惜しいと思うくらいなのだ。


 「満足ですか?」

 「うん」

 「…………そうですか」


 こうしてもふもふを触り続けることに意味がある。今、この瞬間が幸福に満ちている。
 手の疲れなど気にならない。日が暮れても、月が昇っても、もう一度日が昇ろうともずっとこうしていたい。
 最高だ。ああ最高だ。いつまでもこのままでいられたらいいのにと、本気で考え続けているのだ。


 「飽きませんか?」

 「全然」


 飽きる?馬鹿な、そんなことがあるわけないだろう。夢に出てくるまでなのに、決してそんなことは無い。
 もしそうなったときどうなるかなんて、想像もつかない。もふもふが無いなんてことを認めたりしない。
 俺の中心はもふもふで成り立っている、と言っても過言ではない。何処までも強く根付いているのだ。


 「好きだからね」

 「えっ!?」


 ………何故驚いた顔をするんだ。椛も今までの奴らと同じだったのか?そうなら、俺は少し悲しい。
 いや待て、ちょっと違うか。その割には、どこかそわそわとしている。落ち着きが全く無くなっている。 
 先程からして一転、よそよそしい態度に変わってしまった。なんとも言えない表情をした白狼天狗は何処へ行ったのか。


 「そ、そんなこと言われても――――――」

 「もふもふが」

 「………」 


 自分の思いを伝えたら、また表情を変えてきた。実に忙しいことだ。百面相か何かだろうか。
 睨まれても困る。何か悪いことでもしたかと聞かれても、何も思いつかない。ただ、もふもふしていただけだ。
 今と昔が変わったわけでもない。ずっと同じことをし続けてきたのに、どうしてこうも恨むような視線を受けねばならぬのか。


 「………いいです、もういいんです。期待した私が馬鹿でした」

 「なんで拗ねてるの?」

 「気にしないでください」


 だが、そこまで言われて気にするなと言う方が無理だ。自分だけ置いてけぼりにしていくと言うのか。
 とは言えども、こうして拗ねてしまった以上、何をしようとも答えてくれることは無いだろう。
 犬走椛とここまで付き合って来たから分かる。一度へそを曲げたら、すぐに戻ってはくれないのだから。


 「ふぅん、まあいいけど」

 「……………ふん」


 でも、もふもふするのは止めない。それとこれとは話が違う、もふもふとは関係ない。
 ピーンと真っ直ぐ耳が伸びていようと、更に険しい顔をされようと、射抜くような目で見られても気にしない。
 それ以上は無いと知っているから、そんなものは何処と吹く風。涼しい顔をしていればいいのだ。
 わざわざ椛の心を推し量る必要はない。そんなに難しいことをしなくても、すぐ傍に証拠があるのだから。


 「そういえば―――尻尾、凄いね?」

 「………気のせいです」

 「さっきからずっと荒ぶってるよ?」

 「………目が悪いんですよ、医者なら私が連れていってあげます」


 先程から、尻尾が右に左にと振り子のように往復を繰り返している。まるで生き物のように、せわしなく動き続けていた。
 何かを伝えたいかのように、示さんが如く暴れる。そうだ、ずっと椛の頭を撫で続けている時からそうだった。
 もふもふし続けてからずっと、その尻尾は止まったりはしなかった。ずっと見ていたんだから、間違いなど無い。


 「心配してくれるんだ」

 「あなたみたいないい加減な人でも………ちょっとは気になりますから」

 「酷い言われようだ」

 「………これくらいでいいんですっ」


 椛が叫ぶと共に、その尻尾も連動して更に勢いを上げる。もうひとつのもふもふが振れ、動き続けた。
 頭隠してなんとやら、という諺が頭をよぎったが、もはや隠すも何も無い状況とも言えてしまうくらいだ。
 なんというか。全く素直じゃない。そんな顔をしても、心の内側で思っていることと違っているのは分かるから。


 「………ふん」

 「拗ねないでよ。はい、よしよし」

 「馬鹿にしないでください!もう!」



 もふもふが大好きなのは、俺だけじゃないってことは。


うpロダが使えないようなのでこちらに。

久しぶりにmegalithを使ってみた。

なんとも言えない懐かしい気持ち。




Megalith2014/04/02


「……」
「……」

沈黙する二人、理由は単純だ

「……ゲッホゲホ」
「……」

看病をしているが二人の会話が続かないと言うだけである

「……なぁ椛」
「……何?」
「仕事有るんじゃなかったか?」
「貴方が気にすることじゃないわ、大人しく寝てて」
「は、はい……」
「……」
「……」

またしても沈黙が訪れる。

「ひ、暇じゃないか?」
「いいえ、全然」

会話が続かなくなりそうなので無理やり繋げようと努力する

「……まだ怒ってたり?」
「はぁ……昨日の事はもういいって言ったじゃない」
「でもその所為で書類が水浸しに……」
「分かってるなら今度からしないこと、いい?」
「ぬぅ……」

自分に非があるので何も言い返せない

「あ、あれから何か言われたのか?」
「いいえ、やったのは私じゃないから特には」
「でも重要な書類だったんだろ?」
「えぇ、昨日徹夜で仕上げた奴だから。期日は今日までだったし」
「……」ガバッ

布団を勢いよく引っぺがし起き上がる

「冗談半分で驚かしてすいませんでしたぁー!」
「いきなりどうしたの?頭がついにおかしくなった?」
「いや、その口ぶりからするとまだ怒ってるんじゃないかなぁと……」
「だからその事に関しては全然怒ってないって言ってるじゃない」
「一体何が気に食わないんだ?」
「……ひとつ聞くけど、どうして貴方は今日寝込んでるのかしら?」
「朝から熱があったからだけど……」
「その熱の原因に心当たりは?」
「……んだよ、気が付いてたのか」
「当たり前じゃない、いつも馬鹿みたいに元気なくせに今日に限って大人しいんだもの」
「じゃあ今日空元気だったら気が付かなかったのか?」
「新聞受けに水浸しの筈の書類が無かったら気が付かなかったかもねぇ」
「あー……失敗かァ」
「失敗も何も書類が台無しになったの知ってる人って貴方しか居ないじゃない」
「……よく考えればそうだな」
「まさか気が付いて無かったの?」

椛が呆れ顔で言う

「あ、あぁ……」
「考えついたら一直線、随分貴方らしい行動ね」

我ながら何故そんな簡単な事に気が付かなかったのだろうか……謎だ

「でもよぉ、天狗のお仕事休んでまで看病に来なくてよかったんじゃないか?」
「貴方だけが苦労して私が楽するのって好きじゃない、理由はそれだけよ」

淡々と言う椛に何も言えなくなる

「書類をわざわざ持ち帰った時点で何かあるとは思ってたのよ、そこまで私の仕事に深く踏み込んでこないでしょ?」
「そこでばれてたのか……」
「気が付かない人は天然か真性のお馬鹿さんだと思うのだけれど……」
「気が付くことに気が付かなかった俺は真性のお馬鹿さんかい?」
「その通りよ。しかも体調崩してるし、磨きがかかってるわ」

どうやら頭の良さ部門では氷精に並ぶらしい、嬉しくなんて無いやい!

「寝てた甲斐があったのかしらね、午前中より元気じゃない」
「そだな、微妙だけど熱も下がってるんじゃないかなぁと」
「調べてみるわ、少しじっとしてて」

椛の顔が急接近する。キス以外で接近するのは初かもしれない

「んー……微妙な所ね」
「微妙って……」
「朝昼共に食べていないし、そろそろお腹減ってきた頃合いかしら?」

図星だ。先程の会話中にも何回か鳴ってしまっている

「よっと……食材あったかなぁ」

立ち上がると椛がこちらを見て一言

「病人は大人しく寝ててくださいね?」
「……はい」

威圧感を感じそっと布団を被って横たわった

~少女料理中~

トントントン 

「うぅん……おぉ、寝てたか」
「ぐっすりとね、料理が少し冷めちゃったかも」
「温め直さなくていいのか?」
「貴方猫舌でしょ?熱すぎても食べられないじゃない」
「折角作ってくれたんだしと思ってな、お節介だったか」
「こんな料理にわざわざどうも」

謙遜しているが俺はここまでの料理を作れない……と言っても簡単な雑炊だが

「「いただきます」」

二人同時に言ってから食べ終わるまで終始無言だった

「ふぃー食った食った、意外と腹に来るんだな」
「流石に完食するとは思ってなかったわ……」
「もしかして明日の分とかあったり……?」
「分かってるなら明日の分作らなくて良さそうね」

だって美味しいんだもん!などと言っても作ってもらえなさそうである

「食器はどうする?」
「明日あたりにゃ治ってるだろうから片づけなくていいわ」
「分かったわ、じゃあ私そろそろ帰るわね」
「おぅ、わざわざどうも」

荷物を纏め終わると出入り口に向かう

「見舞い、ありがとな」
「長引かせない為にも今日は早めに寝るのよ?」
「わーってるって、ぶり返しちゃ敵わんからな」
「じゃあまたね」
「おう」

と、扉に手をかけた椛がいきなりこちらを向いた

「ん?どうした、何かわs」

顔が急接近して唇同士が触れ合う
そのまま暫く抱きつくように背中に手を回し唇を味わった後、すっと顔が遠のく

「ありがとね……書類の事とかすごく嬉しかった」
「……お、おぅ」

普段見ないような優しい笑顔で椛は言った

「じゃあまたね」

彼女が出ていくまで少しばかり呆けていた、それくらい彼女の笑顔が新鮮だったから

「可愛かった……なぁ」

譫言の様に言いつつ、布団に帰った




そんなある日の午後
クーデレ大好きです
超好きです
ク ー デ レ 超 好 き で す
以上

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最終更新:2014年07月04日 21:27