神奈子4
新ろだ2-178
「それでは出かけてまいります、神奈子様、諏訪子様」
縁側に座る神奈子の隣で帽子の手入れをしていたら、早苗がやってきた。
最近は早苗も幻想郷に慣れてきたのか、来たばかりの頃より明るくなった気がする。
「早苗ったら、最近元気だね。かっこいい男の子でもいた?」
「もう、諏訪子様ったら。博麗神社の霊夢さんのところに行くだけですよ」
困ったように笑う早苗。……うん、からかっては見たけど、この感じはまだだね。
「昔の私みたいに、いい人を見つけなよ~?
思い出すなあ、普段は『諏訪子様』って呼ぶんだけど、オフの時には『ケロちゃん』、
二人っきりの時には愛情を込めて『諏訪子』って囁いてくれてね……」
「諏訪子、そのへんにしときなさい」
半分のろけの思い出話を続けようとした私に、神奈子が釘をさしてきた。
「何よ~、じゃあ神奈子のコイバナ聞かせてよ、早苗の参考になるように」
「……うるさいな、そんなものあるわけないだろう」
「じゃ、じゃあ行ってきますね!」
このままじゃいつまで経っても出られないと思ったか、早苗は飛んでいってしまった。
何となく話の腰を折られたようになって、私も神奈子も黙って座りなおす。
――とはいえ、まだ終わらせるつもりはないんだけどね。
「……で、どうなの、コイバナは」
「何もないと言ったはずだけど」
「そっか、現在進行形で発生中だから、まだ話せる段階じゃないよね」
「なっ……!」
「ほら、噂をすれば」
裏手の方から回ってきたのは、○○だった。
外の世界から迷い込んできたところを神奈子が見つけてきた人間だ。
「神奈子様、掃除終わりました!」
「あ、ああ、ご苦労だった」
嬉しそうに話す○○と、ぎこちなく答える神奈子。
○○が来てから、幾度となく繰り返されてきた光景。
「今日は間欠泉地下センターの視察にいらっしゃるんですよね。その、一緒に行ってもいいですか?」
「ん?ああ、いや、ちょっとどうなるかわからないな」
「そうですか…………もしよければ、出発する時には、教えてくださいね!」
少し肩を落としたのもつかの間、○○は笑顔で去っていく。
彼は神奈子に一目惚れしたようで、よく懐いている。
まあ、神奈子もちょっと固いところがあるけど美人だし、
『フランクな神様』をスタンスにしてからはそうとっつきにくいわけでもないから、わからなくもない。
意外なのは、さして特徴のない○○に神奈子も惚れているらしいということ。
何かがツボに入った、ってことなのか、こればっかりは数百年付き合ってる私にもわからない。
「『一緒に行ってもいいですか』だって。よかったじゃない」
「……さっきからうるさい。だいたい私は別に何も――」
一方で、数百年付き合っているからこそわかることもある。
「……神奈子さあ、最近何かあった?」
「何か?それは――」
神奈子の○○に関することへの態度が、以前よりも妙に頑ななのだ。
具体的には数ヵ月前から。そう――
「神無月に出雲行ってから、なんか変だよ」
「う……」
「何か言われた?」
日本中の神が出雲に集まる10月、神無月。
守矢神社からということで一緒に行く時、私は極力神奈子を立てるようにしている。
表向きの祭神が私を負かした神奈子だから、というだけじゃなく、
出雲が神奈子にとって、人間でいうところの実家のようなものだからだ。
連絡らしい連絡も取っていない実家に年に一度だけ帰るというのは、
私には想像するしかないけれど、あんまり楽しいことばかりじゃなさそうだ。
「……言われたことはいつもと同じ。『縁結びの神社に連なる身なんだから、いい加減に相手を見つけなさい』とさ」
「いつものことじゃん、数百年前から――あ」
そっか、去年までと違って○○がいるんだ。
「――私は、本当に○○のことが好きなんだろうか。
数百年せっつかれてきたのに従おうとして、○○を巻き込もうとしてるだけなのでは」
あ、○○が好きだってことは一応認めるんだ……じゃなくて。
「出雲には黙っておいて、幻想郷でイチャイチャすれば?」
「そんな、○○を日陰の身にするような真似ができるわけないだろう!」
「……そういうセリフが出るなら、多分神奈子は本当に○○が好きなんだと思うよ」
実際黙ってたってばれるものじゃなし、別にいいような気もするけど。
とは言え。
「迷うのもいいけどさ、あんまり迷ってると、○○の時間がなくなっちゃうよ?」
私達には無限とも言える時間があるけれど、ね。
「……そうだな」
「ちゃんと想いを伝えれば、数百年経って子孫が元気にしてるのを見る幸せもあるって」
「ああ、それは諏訪子と早苗見てるとわかる……って子孫!?い、いきなりそんな」
あはは、神奈子ったら乙女なんだから。
「出雲絡みで何かあったら、神奈子が守ってあげればいいって」
「……うん。すまないね、こういうことに限っては、諏訪子の方が上手だな」
「ちょっと、限ってはって何よ?」
だいたい上手って言っても0か1かの差で、私だって広く軽く百戦錬磨、ってわけじゃない。
……聞かされてたのろけが自分の先祖の話だって知ったら、早苗どう思うかなあ。
「よし、○○と一緒に間欠泉地下センターに行ってくる」
立ち上がる神奈子。どこからかオンバシラが飛んできて、背中に装着される。
正装……らしい。
「諏訪子、オンバシラずれてない?」
「……うん、大丈夫みたいだよ」
何か他のものがずれてる気もするけどね。
「じゃあ行ってくるわ。……おーい、○○ー!」
吹っ切れたのか、神奈子は堂々と歩いて行った。
これで少しは何かあるかもしれない。
……ただ、どうも神奈子も○○も自分の片思いだと思ってる節があるんだよね。
「たぶん、進展するのにはまた時間かかるんだろうなあ」
聞こえないように独り言を言いながら、私は友人の後ろ姿を見送った。
避難所>>29
神奈子「どうした○○、もう酔ったか?」
○○「……っ、い、いいえ、まだ……まだ」
神奈子「そうか。……私は酔ったよ」
○○「か、神奈子様?」
神奈子「ちょっと、背中にもたれさせてくれ」
「ふふ、高い身長もたくましい身体つきも、軍神としては誇らしいが」
「……惚れた男に甘えるには、不便なものね」
「諏訪子くらい小さくとは言わないまでも、早苗くらい華奢なら」
「背中におぶさって、運んでもらったりできるのになあ……」
「zzz……」
早苗「神奈子様、眠ってしまわれたんですね。……じゃ、○○さんは肩の方を。
私は脚の方を持ち上げますから。せーのっ」
○○「――もっと、力強くなりたいな」
早苗「神様は努力する人間の姿が好きですし、女の子は自分のために頑張ってくれる男の子の姿が好きです。
神奈子様は両方ですから。だいじょうぶ、少しずつ頑張って鍛えていけばオッケーですよ。
守矢神社の神徳を以て保証しちゃいます」
○○「…………ありがとう、早苗さん」
最終更新:2024年07月24日 00:36