小傘2



多々良のたらたら驚かせ日記(新ろだ775)



~多々良のたらたら驚かせ日記~

△△月 XX日
巫女も魔法使いも驚いてくれない。
もう人間は化け傘なんかじゃ驚いてくれないのかしら・・
ううん、こんな事でくじけちゃだめ!
今度こそいいエモノを見つけるかんね!


△△月 XX日
見つけた・・見つけたよ!フフフ、いい反応してくれる人間がっ!
身なりはごく普通の男の人。ちょっとひ弱そうな感じ。
こんな人気の居ない道をとぼとぼと歩くなんて馬鹿ねえ
まあそういう人を狙ってここを選んだんだけどね、正解だったわ。
私が飛び出したら「わっ!びっくりした!」だって あはははー爽快~
それを聞けただけで満足してさっさと退散して次のターゲットを探したけど
結局今日の収穫はさっきの人だけだったけどねー
でも久々に人間の悲鳴聞けただけでも良し♪


△△月 XX日
今日も同じ林道でターゲットを探してたんだけど・・
ちょっと驚いた事があって(私が驚く側なんて・・ぐすん)
昨日驚かせた人、同じ場所に居たのよね。
あんな怖い目にあったら普通もう寄り付かないと思うんだけど・・
でも辺りをキョロキョロしていたから、また私が出ると思って警戒しているのかしら。
この林道を通らなきゃいけない理由でもあるのかなあ。
でもその人はその場所から動かないし、もうさっぱり分からないわー
もしかして私に驚かされたい、さでずむさん?
でもこういう人を驚かせてもねえ・・何かが違うのよねえ・・
この日は結局どうしていいか分からないまま1日が終わっちゃった。


△△月 XX日
なんとなくまたあそこへ行ってみたら、やっぱり居たのよ~彼が。
本当に行動読めないし気になるから、驚かせついでにいっそ聞いちゃえ!と
背後から近づいて肩をポンっと叩いて耳元で、うらめしや~と言ってやったわ。
そしたら振り向いて一瞬驚いたと思ったらすぐに落ち着きを取り戻して
私から話しかける前に向こうから話しかけてきたの。
正直驚いたわ(また私が・・ぐすん)
「君は・・前もここで僕を驚かせたよね?」と言ってきたのよね。
まさか根に持って私を退治するつもりだったのかと一瞬よぎったけど
それよりもっと驚くような事を言ってきたわ

彼は突然自分を名乗ったかと思ったら、次は私の名前を聞いてきたのよー
私も突然で焦りつつ答えてしまったけど、慌ててその場を離れちゃった・・
別に逃げてきたわけじゃないのよー、どうしていいか分からなくなったのと
名前を聞かれたのって初めてだから何だか急に恥ずかしくなって・・
ん?これを逃げたと言うのかな、どっちでもいいや~
あと、彼の名前は○○と言った。一応覚えておこうカナ・・。


△△月 XX日
またあそこに居るのかな・・と覗いてみたけど、
今日はどうやら来なかったみたい~。流石に毎日ってわけじゃないのね。
まあ当然か~人間は私みたいにずっと暇なわけじゃないしねえ。
でも、もうどうせ驚かれないだろうってはずなのに
どうして私は見に行っちゃったんだろう?
今日はいつものように他のエモノを探すのに精を出すことにした。
でも合間にちょこちょこいつもの場所に彼が居ないか確認しちゃう私。
どうして気になっちゃうのかなーふしぎだわ~


△△月 XX日
今日もついつい覗きに行ったら、今日は○○くんがいたわ~
やっぱり何か辺りを気にしてるようだった、まさか私を待ってる・・なんてことはないよねえ。
どうしよう、今さら驚かせても驚かなさそうだしのぅ
暇だし、お話だけでもしてみようかな、と。(ああ・・私らしくないわぁ)
今度こそ私から話しかけてやろうと、近づいて人間らしい挨拶をしてみたぜよ
そしたら○○くんはもちろん驚く様子も全くなく、にっこりと挨拶を返してくれたぞい?
くぅ、そんなに爽やかに返されると堪えるわーん
前に聞きそびれた事をことを聞いた。いつもここに居るけど、どうして?とね~

そしたら「一度多々良さんとお話してみたくて」と言った。えぇ~?
私、妖怪なのに?世の中には変わった人間がいるのねえ。
あと、名前で呼ばれるのに慣れてなくて、なんだろう、すこし恥ずかしい。
私も○○くんと呼べばいいのかな?
そうよね、私を名前で呼んでくれてるのにそうしないと失礼よね。
他愛も無い話をしながら呼んで見ようと考えてたけど
恥ずかしくてなかなかその名前で呼べず、ずっと「キミ」としか言えなかったダヨ

でも○○くんが帰る時間になって、別れの挨拶の時に
「多々良さん今日は話相手になってくれてありがとう」と言われた時に
気にしないで、またね○○くん。と自然に出て自分でもびっくり(また・・ぐすん)しちゃったわ

そういえば、「またね」とも私言っちゃったけど、
私はまた○○くんとお話したいって事なんだろうか・・うーん分からない~!


~~~~~~~~~~~~~~~


△△月 XX日
今日もいつもの場所で○○くんとお話をした。
あれからずっと毎日来てくれ、毎日お話するようになった。
○○くんって本当に面白いわ~、もう人を驚かすのがどうでもよくなるくらいに・・
もっと○○くんの事も知りたいし、外の世界のお話もとても興味深いし
今は一緒にお話するほうが楽しいなぁ~
ああ・・驚かせた人を記録する為の日記のはずなのに・・
おかしいっ!○○くんのせいで私の日課に狂いがぁ~!


△△月 XX日
今日は珍しく来なかった。やっぱり人間は忙しいのかな?
なので今日は久々に誰かを驚かせに行こうとあちこち周ったけど・・
どうもやる気が出なかった・・。こんな事初めてだわ。


△△月 XX日
今日も来ない。どうしたんだろう?急に忙しくなったのかな?
仕方ないから今日も色々な人を驚かせて、わりと驚いてくれる人も居たけど
なんだろう、いつものような爽快な気分にならなかったなあ。
○○くんの事が気になるセイ?うーん、私、○○くんが居ないとダメなのかな・・


△△月 XX日
今日も居ない。本当にどうしたんだろう・・ちょっと心配になってきたわ。
そこでふと、自分が何故人を驚かせるのが生きがいとしてきたのか今になって振り返った。
そう、私は人に忘れられて・・雨風に飛ばされてるうちに妖怪になったんだっけ・・
今回も・・?私は忘れられてしまった・・?
それとももう飽きられてしまったのかな?
嫌だよー、もうそんな思いをするの。
こんな思いをするくらいなら、私は最初のように人を驚かせ続けたほうが良かったのかしら・・

…ああ!だめだめ、そんな「ぽじてぶ」じゃ、いけないいけない
私らしくないわ!そう、きっと忙しいのよ。
明日も来なかったら○○くんの家に行ってみようかな?かな?


△△月 XX日
今日も来なかったから、昨日冗談で言ったつもりだったけど
一度○○くんの家に行ってみようかと思ったでやんすよ
どの辺に住んでるかはお話してる時に(さりげなく)聞いているから
最近こっち(幻想郷)にきて最近建てた小屋に住んでると言ってたから
それらしいの探したらすぐ見つけたわ。ふふふ

本来わざわざここまでして人を驚かせに行こうと思わないから、
人の家に訪問するのはすこし抵抗があったわ。
むふう慣れない事はするもんじゃないな

ノックをするべきかと思ったけどドアが開いていたので勝手に入っちゃった。
で、部屋は真っ暗。でも人の気配はしたから居るのは間違いないからそのまま奥へ入っていった。
そしたらベッドで寝てる○○くんが居た。居らっしゃった。

ここで思いっきり驚かせてやるのも一興ならぬ一驚かしらと思った・・・のだけれど、
そうしようとした時に○○くんが寝返りうって顔が見えて手が止まった

何故かというと、とても苦しそうで、顔が真っ赤になっていたからなのよ。
おでこに手を当てるとすごく熱かった。そういえば聞いたことがあるわ
人間って体が弱く、雨に当たったりしてると風邪や病気になりやすいって。
じゃあずっと来なかったのはこの病気で寝込んでたから・・?
そういえば雨の日も嵐の日も、私に会いにきてくれてたなぁ。
傘も意味を成さないくらいの大嵐の日も・・。
○○くんは人間の中でも体の弱い方だったのね
あれってそういう人にとってはかなり無茶な行為だったんじゃ・・
それにしても風邪ってここまで酷くない・・よね?それほどかなり無理してたってこと?
これだけ弱っていたんじゃ、医者も呼べないし薬も自分で買いに行けないじゃないのー

待ってて、私が薬を調達してくるから
…私はそう言って家を出た

どうして一人の人間にそんな事をする義理があるのかその時は疑問だったけど
今はこれだけははっきりしている。
○○くんは私にとって必要な人だって!
そしてまた元気な○○くんと一緒におしゃべりしたいから!
あとやっぱり責任も感じてたんだろうなぁ私


ああ言って飛び出しといて、実際どうやって薬を調達するつもりか全く考えて無かった私。
人里に来てはみたけど・・化け妖怪の私に売ってくれなさそうだし、
そもそもお金なんてあるわけない・・

薬屋の前で途方に暮れてたら、一人の銀髪の女の人が話しかけてきた。

妖怪の私が薬屋の前でウロウロしていたのが気になったらしい。
どうやら彼女は自作の漢方薬を薬屋に調達する途中だと言った。
で、事情を話したらその人は、「これですぐ良くなる筈」と言い、その1つを譲ってくれた。
しかもお金もいらないから早く行きなさい、と言ってくれた。

どうして?と聞きたかったけど、今はそんな事を聞く余裕もなかったから
お礼だけ言って○○くんのもとに戻って薬を飲ませてあげた。

「小傘、ありがとう」と、掠れてたけど久しぶりに○○くんの声が聞けた嬉しさと
いつの間にか「多々良さん」から「小傘」になっていたのが恥ずかしく、なんだか嬉しかった。

これですぐ良くなる・・のかな?
…そういえば、○○くんは私の事をどう思ってるんだろう。
ただの恩人ってだけならちょっと寂しいかも~

私?・・私は・・


△△月 XX日
いくら薬を飲んだと言っても1日で治るわけがないと思いつつ
いつもの場所へきちゃったん~てへへん
夕方までずっと木陰で休んでウトウトっとしていたら
隣に誰かが座ったような気配がした。
○○くんだった。おおう!?またも私がびっくらこい! 

うそーもう良くなったの?あの薬・・凄すぎない?
もう大丈夫なの?と聞くと「小傘のおかげで~」って言うから、
いやいや実はね~と
丁度いいから薬を譲ってくれた人の話をしたのだ。

そしてらその人に直接会ってお礼をしたいって言うから
私、思わず大きな声で「だ、だめぇ!」って言っちゃった~
どうしてって聞かれたけど答えれるはずなかった・・

だって・・あの人、とっても美人だったもの・・ぐすん・・

お礼は私が○○くんの分も言っておいたからと、上手くなんとかごまかしたわ。てへへん
これから、また○○くんとこうしてお話出来るんだと思うと、とても胸が躍る~
私、やっぱり○○くんが居ないとダメみたいね・・ううむ、
やっぱこれって・・好きになっちゃったってことなのかしらん


△△月 XX日
今日はどこか一緒に出かけようって○○くんが言ったので
私はまた驚いてしまった。(何度目・・?ぐすん)
私みたいな妖怪と一緒に歩いたら・・○○くんに変な噂たっちゃうよ?といくらと言っても
そんなの気にしない!と返すばかり。
薬を持ってきてくれたお礼もしたいそうで、何か1つ買ってくれるみたい
嬉しいナァ。○○くんと一緒に、デ・・デートだなんて、キャァー

で、何を買ってくれたのかと言うとぉ、
おそろいのペンダント2つを1つずつ♪
ああ・・嬉しいナァ、買い物なんて初めてだし、デートも初めてだし、
しかも二人でおそろいのなんて・・なんだろうこの嬉しい気持ち。テレリテレリ

ペンダント、私着け方が分かんないから○○くんに着けてもらったんだけど
その時、彼の両腕が私の首の後ろに回して、しかも体が密着しそうな距離になったから
私思わず、ぎゅっ・・ってしちゃったら、○○くん今までにないくらい驚いてたんだよっ
なるほどなるほど。○○くんにはこうすれば良いのか!
今まで人を驚かせて快感を覚えてきたけど、ここまで良い気分になったのは初めてかも!
もしかして、私はこうやって驚かせるのが向いていたり?
こういう方法で次はどうやって驚かせようかを考えると眠れなくなったわ~


△△月 XX日
よし、今日は夜ずっと一人で考えた驚かせ技を実行しちゃうぞ、と。
作戦1:『もう驚かそうとしないと思ってて油断してる○○くんを
背後からそぉ~っと近づいてぎゅっ♪とする』
よし、そこから続けて作戦2へとコンボを繋ぐ・・!
『耳元に囁くように だーれだ♪』これで2ヒットコンボね!
動揺した声で「こ・・小傘?」だって あはははー楽しいー


△△月 XX日
今日も同じようにして、最後にとっておきの技を考えてきたんだけど・・
今度は私がまた驚かされた・・(うう・・)
昨日と同じように後ろから抱き付いて、耳元で囁こうとしたら
逆に「小傘、好きだ」って囁かれて・・
私が驚いてると・・次の瞬間、私の口に・・キ・・キスをををを~~!

びっくりした、本当にびっくりした、逃げ出しそうになった、
おのれ、あんなカウンター攻撃は聞いてないぞっ
だって・・だって・・私が今日しようと思った驚かせ技は
囁いた後、ほっぺにちゅーする程度の予定だったのに
…こんな予想外な事を逆にされるなんて・・!

あわわわわどうしようどうしようってなって私固まっちゃって
○○くんが必死に謝ってるのを見て我に返ったけど、
何で謝ってるのか聞いたら、どうやら私の目から涙が出てるらしく、
泣かせてしまったと思ったみたい。
たぶんこれは嬉しかった涙なのかなあ

その後ぎこちなくいつものように会話して、
なんとか落ち着いたけど、ずっとドキドキが止まらず・・・
日記書いてる今でもドキドキしているわ・・。

どうしよう、明日は返事しなきゃ!
答えは出てるのにどうしてその場で返せなかったんだろう・・
結局一番動揺しまくりは私なのね~


△△月 XX日
私は後ろから○○くんに抱きつく。ここまでは昨日と同じ
そして私は言った。

「○○くん、私も大好きっ」

あああ、今書いてる自分が恥ずかしいよぉ~~~~
そしたら○○くんは安心したように喜んでくれて
その顔がいとおしくて、私はそのいとおしい口を今度は私から塞いでやった、えへ

ちゅっちゅ、と、昨日より長く・・○○くんが抜け出そうとするまでいつまでも・・
でも○○くんは全然抜け出そうとしないのじゃ。
○○くんはそのまま正面に向いてきつく抱き寄せてきた、うう恥ずかしいけど
私もそれに応じて強くぎゅっと抱きしめた。ああ・・ずっとこのままで居たい・・
…今○○くんの顔を見れる自身が無い・・ならずっとこのまま・・
長い長いキスのあと、ようやく離れた、でも目を合わせれない・・
○○くんはそんな事を気にせずジッと私を見つめていた。
ああ、やっぱり私は○○くんの下手に回るのね~ ぐすん

○○くん・・これからもずっと一緒に居てくれる?


~~~~~~~~~~

△△月 XX日
あれからずっと二人で甘い時間を過ごすようになった。
けど今日、おかしな感覚に陥った。

今日も、○○くんをいつものように抱きつこうとしたら、
何度か○○くんの身体をすり抜けたような感覚に・・・
彼のっていうより私の体が薄れているような気がした。
実際はすり抜けてはいなく、ただそんな気がしただけなんだけど・・
なんだろう・・嫌な予感がする・・
でも心配させないようにいつものように○○くんと遊んだ


△△月 XX日
夢を見た。私がまだ妖怪になる前の、傘の私が人間に置いていかれる夢。
それであの感覚に陥ったのか分かった。いや・・分かってしまった・・
そうだ・・私、消えようとしてるんだ・・

私を選んでくれる人が出来たから?もう無念を晴らしたから?
私はこのまま消えて幸せなの?

私はふらふらと考え事をしながらその辺をうろついていた
○○くん、今日もいつもの場所で待ってるのだろうなあ
でも今会うと、、私、たぶん泣いちゃう。そんな姿を○○くんに見られたくない

気がついたら私は人里付近に来ていた。人がたくさん歩いているけど
目立つはずの私がその人達の反応が薄い。
風に飛ばされてるただの傘にしか見えないような反応だった。
もう・・誰にも私に気づけないのかな・・
もう○○くんも私がただの傘にしか見えなくなってるのかな・・?
それを思うとますます会いに行くのが怖くなっていた。

とぼとぼ歩いていると突然後ろから誰かが声を掛けてきた。
一瞬○○くんかと思って大きな声で返事して振り向いたら
こないだ薬を譲ってくれた、あの銀髪の美人さんだった。

私が見えるの?と答えると。彼女は、
「見えないけど、その地味な傘に見覚えと確かな違和感があったから」と言った

その違和感はどういう事なのかと聞くと、彼女は私の胸元に指を差して言った
「そのペンダント、大切なものなんでしょ?」
私がしてるペンダントだけははっきり見えているようだった。私が頷くと続けて彼女は言う
「あなたはどういう経緯でそんな状態になったかは解らないけれど、
 そのペンダントだけは諦めていないようよ?よっぽどの強い念が込められてるわね。
 貴女がまだここに留まりたいなら、そのペンダントのように強く想い、そして願いなさい」

そう言われて私は気づいた。
そうだ・・・私は・・

そうか、そうだったのね、このペンダント、、
いつか○○くんに私が妖怪になった経緯を話したんだった。
だからきっとこのおそろいのペンダントを買ってくれたんだ。

いつまでも○○くんと私が一緒で居れるように・・
きっと○○くんは最初から私の事・・


私はペンダントを強く握り締め。叫んだ。




「私は○○くんがが死ぬまでずっと・・ずっと傍にいたい!」

ずっとずっと・・





そう強く願った瞬間、薄れていた自分の存在感が強くなった気がした。

もう・・大丈夫・・。私に新しい目標が出来た。

○○くんと一緒にいれなくなる無念が出来る前に
自分で自分の存在の意味を作り出したんだわ
これって凄いことだよね・・?

たぶんその無念で私がまた生まれたとしても、
それはきっと私は私で無くなっていただろう。

私はすぐにでも○○くんに会いに行こうと飛び出そうとしたが、
2度も救ってくれた銀髪の人に名前を伺ったけど、
「ただの通りすがりの薬師よ」とだけ返してどこかへと帰っていった。

私は心から「ありがとう・・」とだけ残し、彼の元へ向かった。



ちょっと遅くなったけど、○○くんはいつもの場所でいつもの笑顔で私を待っていてくれてた。

私は○○くんに正面から飛びつき抱きしめてキスをした。


○○くん、
雨も嵐も、私があなたの傘となって一生守るから、
だから、
これからもずっとずっと傍にいるからね!


多々良 小傘



新ろだ848



 ぽつぽつと音を立て、雫が電車の窓を伝わる。
――どうやら雨が降り始めたらしい。天気予報では深夜までは降らないと言っていたはずだが、ハズレとなったようだ。
「どうすっかなぁ……」
 思わず愚痴がこぼれた。無駄な荷物は持ちたくなかったから傘は持っていないし、折りたたみ傘なんて持ち併せてはいない。
 しかも悪いことは重なるもので、今日はやけに気温が低い。「冬ですよ-」とでも雪女がハッスルしすぎたのだろうかという程だ。
オマケにうちの居候は「そんな何時鳴るか分からないもの持ってたらこっちが驚いちゃうよ」との訳の分からない理由で携帯電話を持っていない。
 要するに電車から降り、駅から自宅へ向かう過程で濡れ鼠になるのはほぼ確定されたわけだ。


 ◆
 ホームに降りると予想以上の寒気が顔を撫でた。雨でさらに気温が下がったのだろう。
改札の列を抜けると、サラリーマン達が駅の入り口で傘を広げロータリーに消えていくのが見えた。
普段なら全くうらやましいとは思わないその光景が今は酷くうらやましい。妬ましいと言っても良いほどだ。
 かといって妬みで天候が操れるわけでもない。こういうときはとっとと帰って風呂に入るに限る。
パーカーのフードを被り、決死の逃“帰”行をしようとした矢先、妙な物が見えた。
 それはひどく悪趣味な紫の番傘だ。そんな奇っ怪な傘を差している奴は俺の知る限り一人しかいない――多々良小傘だ。
「急に雨が降ってきてさ、傘持って行かなかったから、○○」
「まぁな」
「だから私が迎えにきたの。驚いた?」
「あぁ」
 正直なところ、驚いたというよりはありがたかった。
けれども「ありがとな」とコイツに、特に得意げな「ふふーん」とでも言いたげな顔をしている時に言うのは癪だった。
「で、俺の傘は?」
「わたし」
「あ?」
「化け傘の相合い傘。洒落が効いてるでしょ」
 ちょっと待ってくれよ、と思わず言いそうになる。駅から自宅――といってもアパートだけれども――までは以外に距離がある。
徒歩15分ってな具合だ。そんな距離をこのハイセンスな傘で、しかも相合い傘で歩けと、このお嬢さんはおっしゃる。
 割と長く黙っていたせいか、小傘は少々頬を膨らませた。
「だってさ、○○がわたし以外の傘を使うとかさ、嫌だったんだもん」
「畜生め、そう言われたら俺がそうせざるをえないの知ってて言ってるだろ、お前」
「ふふーん」そう言って小笠は舌を出す。その姿はえらく様になっていた。流石化け傘といったところか。
「帰るぞ」
「うん」

 ◆
 駅では気付かなかったが、よく見るとコイツは結構な薄着だった。確か雨が降り始めたのはホームに着く少し前。
ということは、コイツは殊勝なことに振り出した時点で慌てて家を出たことになる。
「なぁ」
「ん?」
「寒くないのか?」
うーん、と少し悩むような仕草をしてから小傘は続けた。
「わたし妖怪だからさ、あんまり寒くない」
「嘘をこきやがれ、寒くないならどうしてさっきから小刻みに震えたり、肘をピッタリと腋にあててやがる」
そういってジャンパーを掛けてやる。なけなしの金を出して買った一張羅、防寒性能は折り紙付きだ。
「別に寒く無いったら。それにわたしに掛けちゃったらさ、○○はどうするの? ○○寒がりじゃない」
「ユニ○ロのヒート○ック着てるから寒くねぇよ」
「嘘つき、ジャンパー脱ぐ前から小刻みに震えたり、肘をピッタリと腋に当ててるくせに」
「うるせぇ」
 良いこと思いついた、と言い小傘は俺の方に身を寄せた。
「こうすればお互いに寒くないでしょ?それに今○○を驚かせたしね」
「恥ずかしくないのかよ……」
「別にー。誰も見てないし」
 コイツには敵わないなァと改めて思う。普段はこっちが手玉に取っているのに、こんなときだけは楽々と手玉に取られてしまう。
女、特にコイツは本当に、本当の本当に卑怯だ。
「そういえば○○、そのビニール何買ったの?」
「あぁ、駅前でさ、ゆずが安く売ってたから買ってきた」
「ゆず湯にでもする?」
「まぁな、そのつもりだしな。……そういえば豆腐あったっけか?」
「うん。湯豆腐でもするの?」
「折角ゆずがあるしな。もしかしてもう飯作っちまった?」
「ううん、まだ。お風呂は沸かしてあるけど、ゆずは後から入れればいいし」
「ならいいや、悪趣味な傘とは言え折角迎えに来てくれたんだ。今日は俺が飯作るわ」
「別に気にしなくてもいいのにー」
「気にしてるとかさ、そういうのじゃねぇんだよ」
「というと?」
「お前に驚かされっぱなしなのが気にいらない。だから飯でお前を驚かすことに決めた、今」
 プッ、と隣で吹き出すのが聞こえた。何を笑っていやがる。
「だ、だってさ、突然『お前に驚かされっぱなしなのが気に入らない、キリッ!』とかさ、くっ、臭すぎだよ」
 どうやら堪えきれなくなったのだろう。アハハと声に出して小傘は笑い始めた。
「うるせぇなァ、世の中ってのはギブアンドテイクで出来てんだよ。驚かせた奴は驚かされなきゃいけないし、
『○○以外に差されたくなーい、キャピッ!』なんてくっせぇ台詞を吐きやがるアホ傘にはそういうくっせぇことを返さなきゃいけないんだよ」
「じゃあさ、これも『ぎぶあんどていく』って奴だよね?」
 そう言うと、小傘は顔をすっと俺の頬に寄せてきた。髪が触れる感触。ふわっとする女の子独特の匂い。そして柔らかで暖かな感触。
「っせーな。これでいいんだろ?」
 お返しに小傘の頭を抱き、髪をかき分ける。そのあらわになった額に先ほど小傘が俺にしたことと同じことをする。
「うん!」

 ◆
 雨の日も悪くないな、と何となく思えてきたのはその日からなのかもしれない。
結局のところ、その悪趣味な傘はまだ俺の隣にいる。もう何ヶ月たったのかも分からない。
ただ、一つだけ確実なことがあるとしたら、俺はコイツを絶対に誰にも渡さないし、忘れもしないということだ。



新ろだ931


朝飯を食べてから夜に降り積もった雪掻きをしていたら昼になってしまった。
腹の虫を抑えつつ昼飯はどうしようかと考えながら家に入ると、小傘が背を丸めて炬燵で何やら熱心に書いている。
小傘に声を掛けると、短い悲鳴を上げてから書いていたものを隠すようにしてこちらを振り向いた。
怪しい。そう思って覗き込むが、小傘に阻まれてよく見えない。
素早く左右に動いて見ようとする。しかし、小傘もそれに合わせて身を動かす。
しばらくそうしていた後、自分の腹の虫が大きく鳴った。
まぁ人を驚かす準備でもしているのだろう。今のところは勘弁してやろうと捨て台詞を吐いて炬燵に潜り込む。
さて昼飯はどうしようか。雪掻きで冷えた手を摩りながら考えていると、
小傘は書いていた物を炬燵の中に隠して、「里に行きたい」と言ってきた。
寒いのであまり外に出たくは無いのだが…
なかなか答えが返ってこないのに痺れを切らして「ねーねー」と言い出す。
まぁたまには良いかと思って了承し、外に出る準備をする。
準備をしている最中、やたらとウキウキソワソワとしている小傘を不思議に思いながら、何処で食べようかと考えていた。

雪のせいもあってか昼間の人里はいつもより静かであった。
適当な飯屋に入り、二人して少し遅めの昼飯のうどんを啜る。
うどんを啜りながらルンルン言っている小傘に、何か良い事でもあったのかと聞けば、
「今日は特別な日なんだって」と返ってくる。
何かの記念日だったかと言うと、「誰かと一緒に甘い物食べる日よ」なんてニコニコ顔で言ってきた。
誰が作ったのかは知らないが甘い物くらい一人で食べればいいだろう。
そんなことを思いながらうどんを食べ終え、勘定をして店を出る。
外の寒さに身を縮こまらせながら小傘に甘い物は何がいいかと聞く。
目を見開いて「いいの?」と言う小傘に食べたいのだろうと言うと、顎に指を当てて考え始めた。
しばらくすると決まったのか一度大きく頷いて、「お団子とお饅頭いっぱい!」と言った。いっぱいか。

団子屋と饅頭屋を回り、寒い中饅頭屋の前に置かれたベンチに並んで座る。
膝の上に団子と饅頭の包みを広げて目を輝かせている小傘に、
夜食べれなくなっても知らないぞと言って餡子団子を一本取る。
それを聞いているのかいないのか、幸せそうに饅頭を食べる小傘を横目に目の前の通りに目を向けた。
日が傾き始めたこともあってか自分達が来たときより人通りが多くなっている。
しかし、なにやら男女の組み合わせが目立つ。
小傘が言うように誰かと一緒に甘い物食べる日なのだろうか。
甘い物好きがいるものだなと思いながら餡子団子を食べ終える。
次に饅頭でも食べるかと包みを見ると、影も形もなくなっていた。
満足そうに最後であろう饅頭を食べている小傘を見ながら、
どこぞの亡霊といい勝負ができそうだなどと思った。

人が多くなり始めた里を出て家に戻り、さっさと炬燵に潜る。
小傘も向かい側に潜りしばらく静かにしていたあと、思い出したかのように炬燵の中を弄り始めた。
何かと思っていると、「あった」と炬燵の中から一枚の紙を取り出して開いて見せた。
そこには可愛らしいな唐傘お化けが一匹。どうやら昼に隠していたものらしい。
これでは人は驚かせないだろうと言えば、「そんなことないわ」と言って小傘は紙で顔を覆って立ち上がり、
ケタケタ笑いながらこちらに近づいてくる。
どうしたものかと思ったが、黙って成り行きを見守る。
すると、隣にストンと座って顔を紙で覆ったままこちらを覗き込んで来た。
黙って紙に描かれた唐傘お化けの目を見つめていると、
急に紙が取り払われ小傘の顔が視界いっぱいに近づき、すぐにまた離れていった。
小傘はまた顔を紙で覆い、「驚いた?」と小さく聞いてくる。
一拍置いて唇を舐め、甘いと答えると小傘は向かい側に戻って頭から炬燵に入っていってしまった。



新ろだ2-297



 里での奉公先の爺様から大量に頂いた大福餅を、日ごろ世話になっている命蓮寺の面々にお裾分けし、自分もいただいていると玄関先から
 「うらめしや~」 などとふざけた挨拶が聞こえてきた。「こんにちは」のつもりか。

 「おいしそうなにおいがする~」と、ひょっこりと小傘が顔を出す。

「その挨拶は流行らないし流行らせない」
 というこちらの意見を意にも介さず、最後の一つを手にした俺をこの化け傘は「ずるいずるい」とぽかぽかと殴ってくる。

 さすがに少し痛くなってきたし、自宅にまだたくさんあるのでくれてやると即座に笑顔になって食べ始めた。現金な奴だ。

 台所から現れた星様がよく冷えた麦茶の入った湯飲みを小傘の傍に置く。

 それを見た小傘は大福の咀嚼を止め、茶を飲み始めた。妖怪とは言え、今年の暑さはこたえるようだ。

 すぐさま小傘の湯飲みは空になる。傍に置かれた薬缶から自分の分をつぎ、ついでだからと小傘の分も注いでやると、飲み終えてすぐにまた
 大福をむさぼり始めた小傘に「ふぁいふぁふぉ」とだらしなく礼を言われた。

「日本語を話せ。ここは幻想郷だ」自分も茶をすする。

 だらしないやっちゃめ、と静かに憤慨していると、聖様が頬に手を当て「あらあら」なんて言いそうな表情でこちらを眺めている。




「○○さんと小傘ちゃんはいつ見ても『らぶらぶ』ですねぇ」




 とんでもない発言に小傘は大福を喉に詰まらせ、俺は「ぶふぉあ」とでも形容するような音、もとい声を発して茶を噴きだした。

「なんてことを仰るんですか貴女は!」

 絶え絶えの息を整え、なんとか言葉にする。顔が真っ赤なのが自分でもわかるが、咽たせいだ。そうったらそうだ。

 当の聖様はきょとん、とした顔で

「男性と女性の仲が非常に良い様をそう呼ぶのでは?」

 などと仰る。どこソースだそれは。だいたいわかるが。

「間違ってはいませんが…」


「おやおや不服かい?」

 見れば、どこからともなく現れたネズ公…もといナズーリンが、にやにやといやらしい笑みをこちらに向けている。

 どうやらソースはこのネズミらしい。ぬえかと思ったが、ハズレのようだ。

「私としては気を利かせたつもりだがね。いい加減、寺ではち合わせるたびに流れる微妙な空気に飽きていたんだよ」

 この野郎(女だが)、余計なことを。とんだ賢将様だなまったく。

 一刻も早くこの場を後にしたかったが、あのリアクションの後では何をしても負けという感じがした。

 とりあえず、とすすった麦茶は、心なしかさっきより味を感じなかった。

 この辺りになってようやく、小傘が復活した。







 結局、その後増えた一輪様とぬえ、ナズーリンによる「この二人は初々しいなぁニヤニヤ」的な空気に負け、いつもより早くお暇することにした。
 悔しいが致しかたない。

 もっともその原因は、ちらちらと小傘を窺う俺と、ちらちらと俺を窺う小傘にあったのだが。

 大福の礼にと椀一杯の佃煮をいただいたが、腐る前に食いきれるだろうか。などの心配をしていたら、後ろから聞き覚えのある下駄の音がした。


「付いてくるなよ化け傘」

 さっきの気恥ずかしさから、そっけなく、というより拒絶気味に声を出してしまう。嬉しいくせに。


「私の家もこっちなのよ」

 そう返されてはもう何も言えない。黙って歩くとやがて小傘に追いつかれ、並んで歩く形になった。

 からんころん、という互いの下駄の音だけがしばらく響いていたが、やがて小傘が口を開く。


「…らぶらぶ、だってさ」




「嫌じゃ、ないのか?」訊く。
「…意外とそうでもなかった」応えられる。




 顔中真っ赤なくせに、満面の笑みを浮かべてそんなことを言いよる。

 ああでも、こいつのこと馬鹿にはできない。

 俺だってきっと今、鏡も見れないくらい真っ赤なのだから。




 しばらく歩いていたが、ふと口を開いた。

「らぶらぶ、だったらさ」言いながら手を出す。もちろん顔は真っ赤だ。

「手とか繋ぐんじゃないかな」

 一瞬のきょとん、とした顔から、一転してこの世の幸福を全て受け取ったような顔をして腕に抱きついてきた。誰がそこまでしろと。

 しかし、このころころと変わる表情が非常に、その、なんだ、可愛い。

 そう伝えてやると、もともと赤かった顔をさらに真っ赤にし、それを隠すように強く腕に抱きついてきた。

 見ると耳まで真っ赤で、暑いのに大変だな、などと他人事のように思っていた。

 ちなみに、例の傘は器用なことに俺を避けるように持っている。さすが妖怪…なのか?




 そのままの歩きづらい恰好で、しかし振りほどくこともせずしばらく歩いていると、人通りの少ない小道で今度は小傘が口を開いた。

「ら、らぶらぶだったらさ!」言いながら小傘が離れ、向かい合い、見つめ合う。

「ちゅ、ちゅーとかするんじゃない」

 かな、とは言わせなかった。

 んむ、とおおよそ言葉ではない何かを発しながら、小傘が目を瞑るのが分かった。




 歩きにくい恰好であっても前には進むもので、いつの間にか自宅が目前というところまで進んでおり、今日はお別れ、という空気が出来ていた。

 小傘がさみしそうに体を離すのを捕まえ、

「聖様から頂いたんだ」と佃煮の入った椀を見せつける。

 突然の行動に驚いていたようだが、気にせずたたみかける。

「大福もいっぱいある。一人じゃ処理しきれないんだ」

 ここまで言えば、もう誰でも理解するだろう。


「仕方ない。手伝ってあげましょうか」


 なんだか生意気な顔をして言う恋人を見ながら、さて布団は二組あったかな、いやむしろ無いほうがいいかな、などと考えを巡らせ、家の中へ入った。


Megalith 2010/10/22


「ふう……」

 香霖堂でいつものアルバイトを始めて、数時間。
 一息ついて窓の外を見ると、いつの間にか雨が降っている。
 結構な大雨だ。

「やれやれ、ひどい雨だね」
「あ、森近さん」
「今日はもう上がっていいよ。今の内ならまだ帰れるだろう」

 お礼を言い、荷物を手早くまとめる。
 いつもより早く帰ったら、家で待ってる小傘は驚くかもなあ。

「ああ、○○」
「はい」

 玄関を出ようとしたところで、声をかけられた。

「傘、ないだろう?次に来た時返してくれれば構わないから、使うといい」
「ありがとうございます、じゃあ、お言葉に甘えて」

 全力で走らないといけないと思っていたので、非常にありがたい。
 俺は借りた傘を広げると、香霖堂を出た。





 背中から吹きつけてくる風と雨を傘で防ぎながら、人里の大きな通りを進んでいく。
 道の両脇では、軒先で雨宿りをしている人の姿がちらほらと見える。

「……おや?」

 視界に見覚えのある茄子色が飛び込んできた。
 向こうから歩いてくるのは、小傘だ。
 こちらに向けられた傘は、閉じられているのか目玉が見えないし、小傘の顔も隠れているが、あの色は間違いない。
 迎えに来てくれたんだろうか。

「おーい、小傘」

 声を上げて呼ぶと、予想通り傘の下から小傘が現れた。
 すぐに駆け寄ろうと思ったが、どこか様子がおかしい。
 俺を見つめる小傘の顔は、驚愕に凍りついている。

「……傘」
「え?」

 茄子色の傘がばさりと音を立てて地面に落ち……ない。
 下駄を履いた足で着地したそれは目を開き、こっちを見ている。
 心なしかその目は潤んでいるような……いや、雨だよな?

「私じゃない、傘……」
「あの、小傘さん?」
「私、いらない子なの…………?」

 傘の方はともかく、小傘の眼がうるんでいるのは間違いようもなく涙のせいだ。
 なんだかとてもまずい。

「うわああああああん!!」

 飛びついてきた小傘の勢いで、手に持っていた傘を落としてしまう。

「やだあ、捨てないでえ、捨てないでよう!」

 泣きながらすがりついてくる小傘に、俺は立ちつくすことしかできない。

「なんでもするからあ、ひぐっ、うっ、もう、え゛うっ、忘れ傘に戻るのはいやなの、ぐずっ、お願い、だからあ!」
「小傘……」
「○○、うぐっ、○○の、傘で、いさせて、おね、お願い、んっ、○○……」

 おそらく、雨宿りしつつこちらを見るともなしに見ている人達からすれば俺は、
 「年端もいかない少女をたぶらかした上捨てようとして、昼間から修羅場を演じているダメ男」とか、
 そんな感じなのだろう。だがそんなことはどうでもいい。

 小傘に、俺が小傘を捨てると思われている。それだけは御免だった。

「あ……」

 ぎゅっと小傘を抱きしめる。冷たい雨の中でも、小傘の身体は温かい。

「捨てないよ」
「○○……」
「捨てない。絶対に」
「…………うん」

 命綱をつかむように、小傘の小さな手が俺の服をきつく握りしめる。

「俺は小傘のことが好きだから。だからずっと、小傘は俺のものだ」
「……うん………………うん!」

 まだ降り続いている雨の中、俺達は抱き合い続けた。





「すみませーん」
「おや、○○かい?」

 香霖堂の戸を叩くと、森近さんの声が聞こえた。

「何か忘れ物かな?」
「その、迎えが来てくれたので傘を返しに」
「明日来てくれた時で構わなかったんだが……」

 戸が開く。俺と小傘の姿を見た森近さんは一瞬面食らったような顔をしていたが、
 すぐにいつも通りの落ち着いた表情に戻り、腕に下げていた傘を受け取ってくれた。 




「店主さん、ちょっとだけ驚いてたねっ」
「ああ、ちょっとだけな」

 人里の中から香霖堂へ、そして今。
 降り続く雨の中、俺と小傘はずっと相合傘で歩いている。
 いや、正確には歩いているのは俺だけだ。相合傘というのも正確じゃないかもしれない。

「普段絶対驚いたりしなさそうな人なのになあ」
「えへへ、ちょっと嬉しいな」

 俺は小傘を、いわゆるお姫様だっこで抱きかかえている。
 小傘は傘を両手で支え、二人の身体が濡れないようにしている。
 傘は大きいし、小傘がぴったりと俺にくっついているので、雨に打たれることはない。

「……へっくしゅっ!」

 とはいえ、さっき人里で雨に当たっていたので少し冷える。

「○○、大丈夫?……くちゅん」

 腕の中の小傘がつられるようにくしゃみをした。

「よーし、風邪引かないうちに急いで帰るぞ。しっかりくっついてろよ」
「はーい!」

 小傘を抱える腕に力を入れ、俺は全速力で走り出した。


最終更新:2011年01月09日 12:50