萃香8
新ろだ787
秋の長雨とよく言ったものでここ幻想郷でも長い長い雨が降っていた。
誰かを訪ねる予定も無ければ、誰かを迎える予定も無い。この天気にいきなりこの家へ来る酔狂な奴もいないだろう。
つまりぽっかりと時間があいた。
俺はそのまま大の字になって寝た。何も考えず、ただ天井のどこでもない所を見つめながら。
部屋には雨音だけが満ちていた。
どれだけ時間がたったのだろうか、左手の人差し指に感触があった。誰かの指の感触。
目をやるといつか見た少女のような鬼がいた。
鬼は寝そべりながら俺の指を摘んでいて、俺のほうをちらりと見た。
「あ、お邪魔してるよ」
「君は?いつかの、梅雨明けの宴会にいた?」
「夏祭りも十五夜の月見にもいた」
何も知らないのならあどけない少女にしか見えない。
だが彼女は鬼だと言う事は何度となく聞いた。酒の席が好きでよく人里などで見かける珍しい鬼だと。
彼女はもう俺の指を見ている。
「気づかなかった?」
「いや、全然」
「そう。残念だけど、正直でよろしい」
指を痛くない程度に右にねじられ、左にねじられ。
「雨が降ってたから勝手に雨宿りさせてもらってるから」
彼女はどこから、いつのまに、なぜ俺の指を、雨宿り?
ああ、雨か。雨音がする。ざーっと雨が降っている。
「そう」
視界には薄暗い部屋に俺の左肩、腕、手、俺の人差し指だけを握りこむ彼女の小さな手、その横にある角の生えた金色の髪。
時の流れが止まったような感覚。
部屋には雨音だけが満ちていた。
彼女は指1本じゃ物足りなかったらしく中指、薬指へと指を絡めてきた。
そしてついに俺の手の上に拳をおくと、拳の中に3本の指を入れた。
「驚かないんだ」
「何に」
「いろいろ、だけど。私にとか」
「…君の名前は?」
指の腹に爪を立てられた。痛い。
「伊吹萃香、萃香でいいから。今度は忘れないで」
「うん。忘れないよ。萃香」
爪は引っ込み、今度はお互いの指の腹を擦り始める。
「うん、それでいい」
今度、とは以前に名前を聞いたのだろうか覚えてない。
彼女、萃香はまた俺の指に集中し始めた。
また沈黙が二人を包む。
部屋には雨音だけが満ちていた。
雨音が浅くなってきたようだ。彼女が口を開く。
「雨、弱くなってきた」
「そうみたいだね」
「ずっと、降ってればいいのに」
「帰れなくなるよ」
彼女の手が軽くなった気がした。
「…もう行くね」
「…そう」
拳が開かれる。彼女の方はまだ俺の指から目を離さない。
彼女がだんだん薄くなる。指にはかすかな感触しか残ってない。
思わず握り返してしまう。
「…なに?」
「…また雨が降ったら雨宿りをしに来ればいい」
彼女が顔を向けた。
「待ってるよ。萃香」
彼女が消える瞬間、驚いたような照れてるような複雑な表情をしていたのを覚えている。
雨音はもう聞こえない。雨雲も少し休憩しているのだろう。
今のうちに明日の食料を買いだめしとこうか。それと幾らかばかりの彼女が好きそうなお酒を。
秋の長雨と言うくらいだ。彼女はまた来るだろう
部屋に雨音だけ満ちる、その時に。
蛇足
文「それが二人のなり染めだったんですか~」
萃香「惚れたら負けって言うけど、家に誘ったのは俺からなんだから、もう引き分けよね」
俺「う~~ん」
萃香「ほら、認めた」
文「酒の呑みすぎで唸ってるようにも見えますけど、認めましたね。これで記事にも箔がつくってものです」
俺「う~~ん」
俺がいて彼女がいてまぁまぁ幸せ
新ろだ1001
節分だ。鬼を追っ払って幸福を他の家と奪い合う日だ。
○○「…ところがどっこいうちは違うんだな~…」
そう、この男、○○の節分は一味もふた味も違った。
その掛け声は・・・
○○「鬼はー内ー!福はー…お好きなようにー!」
萃香「ゴロ悪!!」
窓から豆を放り投げ続ける○○を見て、家の中で酒を飲む集めるかが思わず言った
萃香「いや別に私に気を使わなくたって…行事みたいなものだし…」
○○「馬鹿お前、それで鬼が出ていく呪いが発生したらどうするつもりだ、俺はお前と酒が飲めないんだぞ?」
萃香「フフン、そんな呪いごときで私が○○から離れることになると思うかい?」
○○「微塵たりともおもわねぇ、ところが念には念を入れる必要がある」
豆をまき終わったのか、部屋の隅の新しい一升瓶を持ってきて○○が自分用の杯に酒を注ぐ
萃香「ん?私のこと信用してないのかい?鬼はうそを言わないよ?」
○○「それもちゃんとわかってる、だけど人間は弱いからいつも不安なのさ」
○○と萃香は酒をなみなみ注いだ杯を一気に飲みほした
○○「大体お前が出て行ったら俺の短い人生のうちお前と一緒に飲める時間が少なくなるだろう、もったいない」
萃香「お、うれしいこと言ってくれるねぇ…」
そう言って萃香はそばにあったご自慢の瓢箪、伊吹瓢を口にくわえて中の酒を一気に飲み干す
萃香「ぷはぁ…ん」
○○「おぅ」
そして黙って差し出した瓢箪を○○が受け取り、同じく一気に飲む
○○「ふぅ…うめえや…」
萃香「ねぇ○○…」
○○「ん?なんだ萃香」
萃香「私たちはもうさ、言葉で言わなくても相手が何言おうとしてるかわかるようになってきたじゃん」
○○「おう」
萃香「でもさ、言葉で言わないと、実感とかそういうのがわかないことってあるよね、だから言うよ…○○、私はあんたのことが大好きだ」
○○「いうとおもったぜ、言われなくても伝わるけどいわれてみればいい気分になるな」
萃香「ああ、ちょいと恥ずかしいが、それよりも満足感でいっぱいだね」
そう言って萃香は、そのわずかな恥ずかしさをもいい酒の肴というかのように、また喉をならし酒を飲んだ
○○は、その萃香の姿を見つめながら、おいしそうに杯の酒を飲みほした
Megalith 2012/02/04
萃香「ったく、紫をたたき起こしてまで外の世界まで逃げてきちゃったよ」
萃香「さすがに幻想郷の全員から炒り豆弾幕食らったら体持たないって…」
萃香「あーでもよかったぁ 今年も豆まきしない人間が外の世界にいるおかげで一休みできる」
萃香「おっ邪魔しまーす」バキッ
萃香「やっべ鍵壊しちゃった…後で萃めて直さないと」
萃香「…って、あれ」
○○「…!!」
萃香「なんだ、居たなら返事してほしかったなぁ」
○○「…う…あ…」
萃香「よーっす ちょと休憩させて」
○○「…あ…あい」
萃香「よっこらせっと」
○○「…」
萃香「そんな顔しないでよー 休憩したら出ていくから」
○○「…そ、そう。ですか。」
萃香「お酒とかある?」
○○「なな、ない、ないで、す」
萃香「おいおい…もしかしてビビってる?」
○○「ひっ…」
萃香「…うーん、そこまで怖がらせる気はないんだけどなぁ」
○○「…」
萃香「…あ。外の世界じゃこれって居直り強盗と同類にされちゃうんだった」
萃香「ごめんごめん、迷惑かけたくないしもう行くよ」
○○「あ…」ガタッ
萃香「んじゃ。たまには豆まきしなよー?」
○○「ま、ま…まっ…!」グラッ
萃香「おっと!」ガシッ
○○「まっ…待っ…て…」
萃香「……あんた…細い…つか、細すぎない?」
○○「…」
萃香「子供のころから人付き合いがうまくいかなくて、就職もうまくいかなくて」
萃香「自分が情けなくて惨めで、他人からの視線が怖くなってきて、ずっとこの部屋で閉じこもってたと…」
萃香「なるほど、そういうことか」
○○「…」
萃香「今まで気づかなかったなぁ。毎年この時期になると豆まきしてない家にお邪魔するんだけど」
○○「…」
萃香「…あの…やっぱり私がいると迷惑かな…?」
○○「ひっ…」
萃香「…えっと、落ち着いて、ゆっくり話して。催促したりしないから」
○○「…め…めいわくじゃ…ない…です…」
萃香「汗凄いよ?大丈夫?」
○○「あ…あの…話すの…久しぶりで…」
○○「家族以外…女の人と…話したこと…ない…」
萃香「…」
○○「…」
萃香「…この部屋」
○○「…」
萃香「引きこもってる割に綺麗好きじゃない。無気力ってわけじゃないんだね」
○○「…」
萃香「…でも、すごく暗い。」
○○「…」
萃香「窓を閉め切って、光が入らないようにしてるせいじゃない」
○○「…」
萃香「…わかる?部屋の隅の、あの天井と壁の隙間」
○○「…?」
ジーッ
○○「ひっ…!?」
萃香「それと、そこの押入れの向こう」
ガサッ
○○「あ…あ…!」
萃香「おっと、手をどけて」
○○「え…?」
ギョロッ
○○「ああああ…!」
萃香「これはちょっと厄がたまりすぎてないかな?どれもこれも人型になるぐらいまで…」
○○「あああああああああああああ!!!」ガタッ
萃香「わっ!?」
○○「ああああああああ!わああああああ!!」バタバタ
萃香「ちょっ、落ち着いて!」ガシッ
○○「ああああああ、がっ、ごほっげほっ!」バタッ
萃香「うわわわ…大変なことしちゃったぞ私…」
○○「はぁはぁはぁはぁはぁ…」
萃香「今度は過呼吸…かな?ああもう幻想郷だとこんな神経質な子いないから困っちゃうな…」
萃香「えっと…呼吸が萃まりすぎてるから、少しずつ散らしていけば」サスサス
○○「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
萃香「よし…」サスサス
○○「あ…う…」
萃香「…落ち着いた?」
○○「…あ…あり…ありが…と…う…」
萃香「…」
○○「はぁ…はぁ…」
萃香「…ごめん」
○○「…」
萃香「…今のは、私のせい」
○○「…な、なん…」
萃香「…君にも厄が見えるように、萃めた霊感を君に注ぎ込んだんだ」
○○「え…!?」
萃香「ああ今は大丈夫!また全部抜き取ったから見えないはずだよ」
○○「…い…いいったい…なんだ…」
萃香「今日は何の日でしょーか?」
○○「…」
萃香「ちくたくちくたく」
○○「あ…」
萃香「答えは?」
○○「…わからない」
萃香「え゙?」
○○「…今日が…何の日か…興味ない…から」
萃香「あ、ああ、まぁ、そうだよね、引きこもってんだから仕方ないね」
萃香「今日は旧暦のお正月。節分の日。そして私は、それから逃げてきたの」
○○「…どうして…逃げてるの…?」
萃香「…それはね、…私が、鬼、だから…」
○○「…!?」
萃香「でも、私は別に悪いことをしに来たんじゃないんだ!あ、さっきのは…事故…だけど…本当にごめん」
○○「…」
萃香「豆まきから追われてさ、ちょっと休憩したかったんだよ。それだけ」
○○「…」
萃香「…それだけだったんだけどなぁ…」
○○「…」
萃香「さっきの見たと思うけど、君そのうち死んじゃうよ?」
○○「…」
萃香「ため込んだ厄が知らず知らずに君をむしばんで、やがては命までも失う」
○○「…」
萃香「…死んだ方がマシって顔してる」
○○「う…」
萃香「残念だけど、死後の世界ってのは本当にあるんだ」
萃香「死んだら閻魔様に裁かれる。少なくともこの世界じゃそうなってる」
萃香「…君がこのまま死んだら、たぶん地獄行きだ。今よりもっと辛くなる」
○○「…」
萃香「…」
○○「…鬼は…人をいじめる?」
萃香「…それだけじゃなく、食べるために人をさらったりするよ」
○○「…楽しむために…?」
萃香「むしろあれだ、鬼って残酷だし、私も普段はもっとひどいよ ぶっちゃけ弱い人間に興味ないし」
○○「…」
萃香「…じゃあなんで今日はこんな親身なんだって話だけど…」
萃香「一つは気まぐれ。たまたま通りかかったから」
萃香「もう一つはあれかな…君の心」
○○「…こころ」
萃香「大体こーやって引きこもってる人間ってのは、自分は悪くない世の中が悪いって考えなんだけどさ」
萃香「君は今まで迷惑をかけてきた人たちに、本気で申し訳なく思ってる」
萃香「今の自分を本気で何とかしたいと思ってる」
萃香「…でも、体が思うように動かないし声もうまく出せなくなってる」
萃香「そんな自分が外に出ても、他人のうまくやっていける自信が持てない」
萃香「これもすべて自分が今まで先延ばしにしてきたせいだからと自分を憎む」
○○「」
萃香「…そしてまた最初に戻る」
萃香「際限ないじゃんね、そんなことしてたら」
○○「…なんでわかったの」
萃香「ごめん さっき君が落ち着くまでに日記帳見ちった」
○○「…」
萃香「勝手にすればいい…といってもいいんだけど、せっかくやる気になってるなら」
萃香「ま…ちょっと手助けしてあげようかなぁとか考えたのさ」
○○「…手助けって…何するの…」
萃香「うーんとねえ…」
萃香「まずは君を掻っ攫う」
○○「え…」
萃香「私の身の回りの世話をしてほしいかな ほら、私見たとおり大雑把な奴だしさ」
○○「…女の人の…家に…?」
萃香「お…女…の家…とは言えないかなぁ酒しかないし…たはは」
○○「…」
萃香「んで、私の故郷で人と交流してもらうよ」
○○「っ…」
萃香「大丈夫だって、ここと違って、人が向こうからやってくるからさ」
○○「…」
萃香「そんなとこかなぁ」
○○「…あの…」
萃香「何?」
○○「…」
萃香「?」
○○「…同情?」
萃香「同情されるのは嫌い?」
○○「…いや」
萃香「…そっか。ごめん」
○○「ちがう その"いや"じゃない」
萃香「…」
○○「…可哀そうぶられるのが辛い」
○○「…可哀そうだと思った…?」
萃香「いんや 君がどうしてこうなったかなんて全く知らないもん どうでもいい」
○○「…」
萃香「でも、あの日記帳…日付は数か月前から最近まで」
萃香「その間ずーっと、この部屋で自分を責め続けてきた」
萃香「責め続けて、自分をなんとかしたくて、恩返しがしたい」
萃香「私は君が、義理を大事にする誠実な人間だと思っている」
○○「…」
萃香「人間が元気ないと鬼も立ち往かないからねー」
萃香「頼られたら応えてあげたくなる 鬼の甲斐性ってやつかね はは」
○○「…」
萃香「…手ぬぐいとかどこかなっと…あ、これか」
○○「…」
萃香「涙、拭きなよ」
○○「…うん…」
○○「もう…帰れない…?」
萃香「場合によるかなぁ。とりあえず帰りたくなったら帰っていいよ」
○○「…いい 帰らなくてもいい」
萃香「いいの?」
○○「父さんも…母さんも…死んだ」
萃香「…」
○○「…親戚もいない…友達もいない…」
○○「…帰る場所は自分で決める」
萃香「よく言った」
○○「…」
萃香「なんだ、ちょっと背中を押せばちゃんと歩けるじゃないか」
萃香「さっきの厄が逃げてったのかな?まぁ言ったことはひるがえさないけど」
○○「…」
萃香「いやぁ、節分から逃げた先で人間を攫うことになるとは思わなかった」
萃香「なかなかどうして、成り行きってのは面白いもんだね」
○○「…」
萃香「…君が一生懸命自分の力で生きて、人の中に溶け込んで心の底から笑うこと」
萃香「それが一番の恩返しになるよ」
○○「…恩を返したい」
萃香「うんうん」
○○「…」
萃香「…」
○○「…」ジッ
萃香「…な、なにさ?」
○○「…名前」
萃香「…あー名乗ってなかったね」
萃香「私は鬼の伊吹萃香」
○○「…○○」
萃香「○○か。いい名前じゃん」
○○「…」クスッ
萃香「やっと笑ったね」
○○「あ…」
萃香「いいことだ!」ニカッ
○○「…///」
萃香「…私が鬼って言っても疑わないよね。なんで?」
○○「…鬼でも構わないって思ったから」
○○「…それが本当だったら面白いから」
萃香「その発想が面白いよ。君ならうまくやっていけるかもね」
○○「…」
萃香「さぁて、そろそろ節分も終わるし帰らなくちゃ そのうちあっちへのスキマが開く」
○○「…」
萃香「歩ける?」
○○「…っ」ヨロヨロ
萃香「ちょっときつそうかな…そらっ!」ヒョイッ
○○「うわっ…!?」
萃香「本当に軽いなぁ こりゃ身の回りの世話より先に筋肉つけないとダメかなー?」
○○「…鬼ってすごい」
萃香「褒めんなよー照れるじゃんかよー♪」
○○「…」クスッ
萃香「さて、準備はいいかな?忘れ物はない?」
○○「…新しく始めるなら、何もないほうがいい」
萃香「その意気やよし!」
○○「…さようなら…」
萃香「…うん。さようならだ」
萃香「そして…ようこそ、幻想の世界へ!」
▲7六歩 (Megalith 2012/03/03)
「今日は飲まねえって。わかってんだろ?」
自分でもまず間違いなく断られるな、と思っていても誘わずには居られない。
一人で飲む酒も悪くはないが、二人で飲む酒とは比べ物にならない。
「辛気臭いねえ」
「お前が今つまんでるつまみも明日にかかってんだよ」
まったく、人がまるでたかりに来たような言い方を。
私は酒を提供しこいつはつまみを提供するwin-winな関係だ。こいつが酒を飲まないのはこいつの勝手なだけである。
一応こいつの説明なんかをしておくと、こいつは数年前だったか十数年前だったか、こちらに哀れにも攫われてきたいわゆる外来人だ。
一般的に外来人がこちらでの生活を決心した時、一番の武器は外来仕様の知識だ。
科学やら文学やら、(私に言わせてみれば、胡散臭い代物ばかりであったりするのだが)人それぞれ持っていた知識をこちら仕様にチューンアップしていく。
こいつもその例外に漏れてはいないのだが、その生活の術はこの幻想郷の人間はおろか、妖怪まで足しても奇異なものであった。
彼は元の世界では奨励会員、というものであったらしい。興味も無いので深く聴いたことはないが、年中将棋ばかり指している連中だそうだ。
そんなことをいうと年中酒ばかり飲んでるお前に言われたくはない、などと苦言を呈される。鬼にとって酒は血液のようなものなのに。
幻想郷にもそんな将棋狂は私の能力を持ってしても萃められないほどいて、特にそんな連中の多い妖怪の山ではプロ組織と称した団体もある。
こいつは元の世界での経験を生かし、瞬く間にその組織の上まで駆け上がっていった。
話を聞く限りそれは結果的に収入につながったのであって、当初それで食っていくつもりはなかったそうだ。
それを考える前に妖怪の山で天狗相手に将棋指していたって、いつか死ぬぞお前。私以上の無計画さだ。
まあとにかくこいつはそんなちゃらんぽらんな奴なんだが、私自身将棋にまあ興味がないわけでもないし、つまみは美味いし、話はまあ聞けないこともないのでよく付き合っている。
もっとも酒を持ちかけてもこいつはたいがい断るのだが。
んで、こいつのいう明日というのはその組織のタイトル戦で、参加してる妖怪共と比べ生活の保障のないこいつはいつだって必死というわけだ。
なんだかんだであんま食わんでやってける妖怪どもは命賭けてるような奴は少ないし、プロ組織と称しながらも兼業の奴も多い。
一番必死なこいつが食っていけるようになれたのはそういった事情もある。
そんなこんなで今や下手な里人なんかよりも高収入だったりもするのだが、
「元の世界で得た貯金を片っ端から下ろして支えているようなもので、すでにかなり研究されてて胃がキリキリしっぱなし」
なんて宣っており、なかなか気苦労は耐えないようである。愉快愉快。
「あ、このごま豆腐美味いね」
「俺のお手製だからな。数少ない研究時間を削って作った血と涙入りだ。ついでにいうと俺の夕飯のおかずにしようと思ってたやつだ」
「なんでそういうこというかねえ、まったく」
それだけ必死とあって、タイトル戦の前日となるとやはり研究に余念がない。
妖怪相手にも顔が知れ別段悪い印象ももたれていないものの、やはりこちらで積み上げてきた時間は少ないために研究を付き合う相手はあまりいない。
こいつは「手の内を晒さない作戦」なんて言ってるが、いいかげん妖怪友達作れよー。酒飲むときも寂しいぞー。
そんなことを無責任に言ったりはするものの、物理的な力の差がある妖怪と友誼を結ぶのは難しく、将棋の強い奴なんて条件を兼ねるのはなお難しい。
だいたい将棋指しなんて人妖問わずコミュニケーション力足んねえんだ。そんでもって鈍感なんだ。言ってやった言ってやった。
そんでまあ、優しい優しい萃香様は酒だけでなく研究なんかもつきあってあげてるわけである。
気の向いたときしか口は挟まないし、そもそも私にはなんか掛かってるわけでもないので身のあるものになってるとは思わないが、こいつのそういうときの嬉しそうな顔はバレバレようふふ。
「明日はどうなの、勝てそうなの」
「微妙」
「いっつもそれじゃん」
「いつだって勝負は微妙なんだよ」
明日はあるタイトル戦の挑戦者を決定する三本勝負の第一局目。
流石に私も明日でタイトルが決まるというような日に転がり込んだりはしない。空気の読める鬼なのだ。
一度それを口に出してみたがきゅうりを一週間食べていない河童の表情と八雲紫の笑顔をかけあわせたような顔でこっちを見てきた。
二度とあの顔はやめてもらいたいのでとりあえずもう口には出さない。
まあでもなんだかんだで相手はしてくれる奴である。つまみに豆を使わない心遣いとかいい嫁さんになるぞ。
ただまあ色々鈍感なのはいただけない。酒は飲めよ。空気読めよ。
「ところで」
そう、こいつは鈍感なのだ。まったく将棋指しというものは。将棋の駒みたいな顔の形しやがって。この野郎。
「俺が来るちょっと前にすごい将棋指しがいたらしいんだが、萃香は知ってるか」
「なんだそりゃ。なんで私に聞くんだ、そんなもん」
「いや、その人の話をいろんな人に聞いてみてるんだけど文さんが萃香に聞けって。やっぱ長く生きてるから?」
「乙女に歳の話は禁句だって」
「いやー、なんでも中盤の差し回しが正確で、相手が攻めれば攻めるほど嵌っていく強靭な受けが持ち味だったそうで」
「聞けよおい」
「しかも形成不明の終盤でハッとするような手を思いつく終盤力。いやー、一度指してみたいね、憧れの相手だね」
「聞けよおい」
そう、こいつは鈍感なのだ。
妖怪の山のプロ組織であるから、当然タイトル戦の会場はたいがい妖怪の山である。
一身上の都合で私は妖怪の山にはおおっぴらに顔が出しづらい。というわけでこっそり覗かせて頂いているが、当然あいつは気づいたことはない。
というわけで私はタイトル戦の前日に転がり込んできてしかも応援にも来ないという不名誉な呼ばれ方をしてしまっている。
まあ来たのかと聞かれていない以上ウソはついていない。あいつが勝手に決めつけているだけだ。
相手は居飛車党の本格派。あいつは振り飛車党だから戦型は読めている。流行の角道をあけた中飛車だろう。
両者席に付き、お決まりの儀式が行われる。
あいつはいつもどおり、いやいつにもまして緊張しているのが見て取れる。いい加減慣れろ。貫禄ねえぞ。
その後大したトラブルもなく(うっかり格下側が上座に座るハプニングがあったが)対局は始まった。
大方の予想通り戦型は角道をあけた中飛車で、昨日私が研究に付き合った場面までスルスルと進む。
昼飯前まで時間は進み、形成不明とされている局面まで進んだ。
次の一手予想なんかが解説会の方では行われている。だが、この場面はあいつの研究手が披露される場面だ。
この中で次の一手を読めるのは私とあいつくらい、というのは存外気分がいい。
昼食休憩が終わり少し考えた後、やはり例の研究手を放った。
相手の手が止まる。どうやら、ここで大きく時間を使う腹を決めたようだ。
一時間と少しを経過したところで、相手がようやく動く。
だが、それは研究範囲だ。ついでにいうとそれは萃香ちゃんが三十秒で指した手だぜ。
研究範囲ということもあって大きく時間を使わずに対応する。
結局、渾身の研究手の成果もあり、無事快勝した。
「おかえりー」
「俺の家だぞ」
お、にやけてるにやけてる。事情知らなかったら変人だな。いや知ってても変人だ。
「勝ったぜ」
「そう。そりゃめでたい。ま、おひとつ」
「しゃあねえなあ」
勝った日はだいたいこいつも酒に付き合ってくれる。
負けた日は流石に私も顔は出さない。どんな勝負でも負けは尋常じゃなく悔しいし、そこでヘラヘラしているような奴は強くはなれない。
それにしても、私の能力をただの人間であるこいつが見破れないのは仕方ないとして、勝った日にだけ居るって事実だけでも私が見にいってるっていうのわからないもんかねえ。
「いやー、ところであの例の憧れの棋士だけど、現役時代は何百年も前だって聞いてよー、なにがちょっとだよ天狗どもめ」
「人間のちょっとが短すぎるんだよ」
「で、時期ちょっと絞ったけどやっぱり知らない?」
「何百年前って条件は絞ったとは言わない」
「えーと、あとすげー酒飲みだって聞いた。酒飲んでても異様に強くて、一度だけ素面で指したときはものすごい強かったって」
「幻想郷の妖怪なんてみんな酒豪さね」
「いやいや、種族は鬼だったこともあって妖怪基準でもすごい酒飲みだったって。棋譜何枚か新たにみっけたんだけど、それが強くて強くてさ、これはもう俺の憧れ度合いが増したね。これは信仰だねもはや。たとえばこの手なんだけどなにが凄いって……」
そう、こいつは鈍感なのだ。
初めての投稿のちょっとした短編。
練習場代わりみたいにしてごめんなさい。
△3四歩(Megalith 2012/03/20,▲7六歩から続き)
はて。
あの鬼っ娘はどこいったか。
それなりの決意をして家を覗いたのだが、見当たらない。
いつも入り浸ってるくせに間の悪いやつだ。
決断には時間がいる。
もしからかわれでもしたら、棋士の職業病だなどと言うつもりではあるが、自分自身これが生来の性格であるということは自認している。
まあそういうわけで、今までいくらでもチャンスがあったにも関わらず自ら逃してきたのだから相手を攻めるのは酷だろうとは思うものの、なんとなく上手く躱されたような気がする。
いつもいるからいるだろう、というのは流石に驕りだろうか。
まあ大した色男でもないし、話がうまいわけでもない。収入もまあ人並みにはあるつもりだが、気にするような相手とは思えない。
とはいえ、おおむね俺が勝った日の晩には家で待ち受けてたのも事実だ。
あいつは自由奔放を気取っているが、なぜか未だに遠慮するところがある。というか、俺がそれに気付いていないと思ってるフシがある。
まあ確かに生きてる時間なんてのは文字通り桁違いだろうが、頭一つで食ってる相手をアホの子のように扱うのはどうなんだ。たまには怒っちゃうぞ。
家にあがり灯をつけるもののやはり見当たらない。
一応戸棚から酒を持ってくるものの別段酒が好きなわけでもない。一人酒のペースは遅々としたものだ。
そういえば、酒も大して好きでないし、煙草もやらんなんていったら酷い顔で退屈で人間は死ねないのか、なんてのたまっていたこともあった。
それがあの大酒飲みの鬼だけならともかく、こと酒に関しては幻想郷の総意のようにも感じる。肩身の狭いことだ。逆じゃねえのか、普通。
別に飲めないわけじゃないが特段強いわけでもなく、定期的に呼ばれる宴会において150%の確率(一度酔い潰れてからまた酔い潰れさせられる確率が50%の意)で潰されるのは幻想郷の悪癖と断じたい。
いや、俺が稀有な天狗社会に半分属してる人間って立ち位置のせいでもあるのだが。
禁酒党なんかがあればぜひ参加したいが、あの鬼娘とちょっと洒落にならない対立を生みそうで困る。
「あれ、帰ってたの」
噂をすれば、という奴だろうか。
「勝ったんだな」
「おう」
形式的な問いに、形式的な返事。
「そんでもって、ちょっと大切な話がある」
「将棋の勝敗より?」
「それほどではないかも」
ちょっと軽口すぎかなあ。落ち着いたあと怒られるかも。
「結婚しよう」
「萃香様へのプロポーズがそれほどでないと申すか」
即怒られた。
「で、なんでまた急に」
たしかに、と自分でも思う。
それなりの期間付き合ってきたし、あんまり大きな声では言えないが関係もある。
今更といえば今更だし、遅すぎるといえば遅すぎる。
せめてきっかけでもありゃあなあ、という考えを先延ばしにする理由にしていたと気付いた、というのがきっかけといえばきっかけかも知れない。
案外カッコつけなのだ、俺は。タイトルの1個や2個で跳び上がるようじゃ大成できん。
それでも。
「こういうのは、その大事なんだよ。形式とかそういうのが、なんとなく」
結局のところ、切欠なんか不要なのだ。
愛があれば、なんてクサいことは言わないものの所帯染みすぎていたのも事実だ。
事実婚というのはそんなに好きではない。もっとも、萃香を縛りつけたいという俺の独善的な考えにすぎんのかも知れないが。
「へえー、このいたいけな女の子をそんな目で見てたんだ」
「この期に及んでんな事抜かしやがるか」
なんだこの余裕。どこでバレたかなあ。そんな不審だったか、俺。
「で、懐のものを大人しく出しな」
畜生人里に居る所を見られてたか。
「返事をまだ聞いてねえぞ」
「なんだよー、わかってるんでしょ?無粋だなあ」
「一応聞いときたいんだよ、悪いか」
こういうところがイマイチ小者臭いと言われる由縁だろうか。
いや男ならわかってくれるはずだたぶん。相手が海千山千の萃香とあればなおのこと。
「なんか小っ恥ずかしいなー」
言われる側なのになぜか俺も緊張してくる。いや、さっきまで緊張していなかったわけではないが。
「うん、愛してるよ。ふつつかものですが、よろしくおねがいします」
「こ、こちらこそ」
「さ、金目の物だせだせ。にひひ」
随分急かすなあ。そんな楽しみにしてたのか。それともあれか。流石に酒に変えたら怒るぞ。
もっとも酒代ごとき困らすつもりは毛頭ないが。
「うっわー、随分でかいね。三ヶ月分じゃ足らないでしょ、これ」
「向こう三ヶ月全勝したらこんなもんにはなるだろ、たぶん」
棋士なんぞ自信家でないとやってけない。というか、全勝するつもりで指さない棋士なんざおらん。
まあ、多分に願掛けの気持ちもあるが。
「うっわー、うっわー、うっわー、初めてだよ、こんなの」
はしゃいでいるようにも見える。これが見れるなら惜しくない。いや、もともと惜しいなんて気持ちはなかった。たぶんないんじゃない
かな。ま、ちょっとはあるな。
「嵌めてくれるかい?」
萃香の左手をとって、ゆっくりと嵌めようとする。指輪が震えているのがわかるが止められない。
「ちょっと、しっかりしてよー」
「うるせー」
ああ、やっぱりこんな軽口を叩き合える相手はいい。
本当によかったと思う。
「その」
「なんだ、他になんかあったっけか。こっちの風習には疎いからな。あ、いやあっちの風習に詳しいわけじゃないが」
「言い訳っぽいなあ、なんか。ま、信じたげるけど。あんたモテなさそうだし。その……指きりげんまん、してくれるかな?」
あ、なんかむっちゃ可愛い。
「その、生きてる間は私のことだけ、みててくれるよね?」
俺をタダで独占しようなどなんて独善的なんだ許せん。
交換条件くらいは飲んでもらわんとな。
「萃香もな」
「もちろん。鬼は嘘をつかないのさ。嘘つきは許さないからね。……それじゃ、指きりげんまん、嘘ついたら、針千本のーます。ゆびきった」
「ほい」
儀式を終える。書類とかなんとかあるかは知らんが、まあ婚約の儀式の代わりみたいなもんだろう。
「そんで、式はどうしようかな、えへへへ」
「ニヤけすぎだろ、気持ち悪いなあ」
鬼の腕力でなくても将棋盤は十分凶器だと思うんだ。
なんか小っ恥ずかしいものを書いてしまった気がする。
もうお嫁にいけない。
最終更新:2012年03月21日 21:53