天子1
うpろだ1167
比那名居天子。その性、わがままにて。
俺が天子と会ったのはそもそもの原因は、俺がなんとなく計画した海外旅行だった。そして俺は、俗に言う魔のトライアングルを突っ切
るという、ちょっと面白そうな航空便に乗った。
するとどうだろうか。魔のトライアングルはどうやら俺の世界と現実世界との間にある歪みの一つであったらしく、目出度く飛行機が雲
に入った直後機器系統は狂い、飛行機が雲を抜けたと思ったら俺は幻想郷に入り込んでいた。今だからこそ考えられる仮説を言うならば、
あの飛行機の乗客の中で最も幻想に近かったのがこの俺だったのだろうと、そう思っている。
天人の生活に退屈し、普段から楽しい事を探している天子が俺みたいな楽しいモノを見過ごすはずなどなかった。結果として俺は天子に
拾われ、それ「今から貴方は私の子分だ」やら「家に来なさい」やら言われ、なし崩し的に天子の家で生活する事になった。
その翌日、天子は俺の事を皆に見せて回った。見せながら、「これが外の世界の人間だ」やら「こいつは私の子分なのよ」やら言ってい
た。俺は「そうなのか?」という相手の問いに対して、コクリと頷くぐらいの心の余裕しかまだ持ち合わせていなかった。
天子はわがままだ。それに気づいたのは二日目からだった。単純なおつかいから代行で何かをしたりなど、俺が出来る範囲での事を色々
と命令された。しかし天子には恩がある、言う事を聞かないわけにはいかなかった。そしてそんなこんなで天界で一年間、天子の子分とし
て生活した。
正直一年間も天子のわがままに付き合い続けたのは恩だけではない。俺は天子に惚れていた。見かけは正直可愛いし、わがままな所も度
が過ぎなければ可愛いもんだ。でも、同時に俺は薄々と気付いていた。天子の美貌があれば引く手数多だろう。そしてその中で俺の手を取
ってくれる可能性は、少しもないのだという事に。
手の届かない愛しい人の近くにいるのは、これ以上は辛い……。
だから俺は、天界を脱出する事にした。
俺の脱出に衣玖さんは快く協力してくれた。もちろん、脱出などという名目ではなく「ちょっと他の所にも行ってみたい」という建前で
頼んだのだ。空も飛べない非力な俺にとって、衣玖さんの手助けは必須だった。
そうして辿り着いた博麗神社で、俺は博麗大結界とそれを管理する大妖怪・八雲紫の存在を知った。俺はすぐに帰してくれと頼んだが、
どうやら八雲紫は今定期的な長期睡眠を取っている最中らしく、すぐに帰る事は出来ないらしい。しょうがなく俺は博麗神社に住ませても
らう事にした。
最悪な予感ほどよく当たるものだ。終わった。何もかも。天界を脱出したことも意味がなくなった。博麗神社に突如としてやって来た来
客は、天子と衣玖さんだったのだ。
衣玖さんに手助けを請えば、天子にバレるのが早くなるというリスクがあるのはわかっていた。だが衣玖さんの手助けは俺にとって必須
だったし、なおかつすぐに帰れると考えていたのでリスクを超えるだけのリターンがあると思っていた。まあ……それも撃ち砕かれたが。
天子特有のズカズカという足音が近くまで聞こえてくる。俺は身震いのままに近くの押入れに身を潜めた。
「衣玖ーホントにここに○○がいるのー?」
「彼が大きな動きをしていなければ、恐らくはここに」
「……ふーん…………」
二人が部屋に入って来た。内心、いつバレるのかとヒヤヒヤして呼吸もままならない。
「…………衣玖、ちょっと席を外してくれない? 一人になりたい」
「? わかりました。ですが、くれぐれもご注意を。総領娘様、彼もただの人間とはいえ男ですので……」
「わかってるわよ。……………………それで、そこにいるんでしょ? ○○」
天子が言った直後、押入れの中がグラグラと震え始めた。その凶悪なまでの力に押入れは決壊、俺はそのまま天子の足元に転がり落ちる
事になった。
「………………あー…………えっと……」
とりあえず倒れたままではアレなので、ボロボロになった服を叩きながら立つだけ立ってみる。体の節々がギシギシしてちょっと痛い。
「…………なんで、私の前からいなくなったの?」
天子は俯きながらプルプルと震えている。彼女は博麗神社を倒壊させるほどの地震を起こせる能力を持っている。マズイ。何か言い訳を
しなければ……。
「いや、えっと…………うん。ちょっと迷惑かなーって」
「迷惑なんかじゃない。○○は私の言う事聞いてくれた……迷惑なわけがないよ……」
「いや、あー…………俺ただの人間だから天界で生活するのはちょっと変でしょ」
「何のために○○を皆に会わせて回ったと思ってるの? 皆○○の事気に入ってくれてたんだよ?」
「………………あー……」
駄目だ。これ以上は言い訳が思いつかない……。
「…………私の事、嫌になったの?」
「そんなっことはっ……ない……よ……」
「じゃあなんで私の前からいなくなったのよ!」
天子の声が俺を攻め立てる。これは、小っ恥ずかしいが本当の事を言わなきゃいけないのか……?
「…………わかった。言うよ。ただ……この事を聞いたらもう俺の事は忘れてくれ。俺は外の世界に帰る。天子も前のように暮らす。つま
らないかもしれないけど……頼むよ」
「………………」
「俺は天子の事が好きだ」
俺の言葉に天子は少しビクッとした。しかしその顔は依然俯いたままだ。やっぱり「子分の分際で」と怒っているのだろうか。
「一目惚れって言われちゃそれまでだけどな。だから一年間天子の傍で生活してた。でも……気づいたんだよ。天子は美人だし可愛い。だ
から色んな所からお誘いが来てもおかしくない。
そう……俺がいくら頑張ったって天子は俺には振り向かない。運命の女神は俺に微笑まない。天使は俺に笑いかけない。そんなことわか
ってるんだ。俺はあくまで天子の子分。その程度の身分だって…………でも、自分の感情ばっかりは誤魔化せない。だから出て行く事にし
た。ただ、そういう事だよ」
これまで溜っていたいた何かがどっと溢れだした。天子への想いも、この現実への悔しさも、全部、全部。
「だから俺は元居た世界に帰る。これ以上天子の近くにいるのは辛いから。天子――手の届かない愛しい人。顔を合わせるのも、これで最
後になるな。…………さよなら、だ」
「――さよならになんかしない」
天子が顔を上げた。目尻には涙が、そしてその顔はそのまま――。
「……んっ!?」
キス、された。
「…………なに……え……? 何で……?」
「………………」
気づけばいつの間にか俺と天子は抱き合う形になっている。どういう事かはよくわからないけれど……え……?
「どうして私が子分なんてものを取ったと思う?」
「いや、それはただの暇つぶしだろ?」
「最初はそうだった。でもね、私飽きっぽいの。一時の暇つぶし程度で一年間も一緒にいたりしないの」
「…………え……え? ど、どういうこと?」
俺の質問に天子は腕を緩め、顔を見せたかと思うと俺の目の前ズイッと寄って来た。
「私も○○の事が好きだってことよ」
そして、二度目のキス。
正直もうわけがわからなかった。けど、煩悩は忠実に働いていた。気がつくと俺は天子を押し倒し、今まさにその服に手をかけようとし
ている最中だった。
「――うおっとっ!」
ギリギリで理性を繋ぎとめる。しかし押し倒した天子の姿は魅惑的で、このままじゃあ理性が崩壊するのも時間の問題だった。
「私じゃ……嫌……?」
「いやっそんなことはないけど…………」
「あーもーはっきりしてよ! …………折角勇気を出したのに……」
寂しげに言う天子の声。それだけで、俺の理性は刈り取られた。もう、ダメだ。
「……俺で良いのか? 天子ならもっと上の男だって狙えるだろ? それに、俺みたいなただの人間を……」
「もういいじゃないそう言うのは。○○は私が好き、私も○○が好き。それで……それだけで、十分……」
そのまま俺と天子は崩れるように横になった。
その後、天子の服を脱がそうとした瞬間に衣玖さんが帰って来て、襲っていると勘違いされてビリビリ攻撃をされたのは、色んな意味で
忘れ難い思い出だ。
そんなこんなで。
「あーもーまた失敗したー! 衣玖ーここどうするのか教えてー」
「ここですか? ここはほぐすように掻き混ぜてですね……」
目出度く俺は天子の夫として比那名居家に帰って来たわけだ。今はちょうど天子が衣玖さんに料理を教わっている。なんでも「愛妻料理
の一つも作れなくてどうするの! ○○はそれでいいの!?」と言うのが天子の弁だ。正直俺は「別に良いよ」と言ったのだが、本人が納
得できないらしく結局衣玖さんに教えてもらう事になった。
「――よしっ出来たっ! はい○○これっ!」
「うおっ……これまた個性的な……」
緑色の味噌汁なぞ飲んだことないんだが。あれか、これは実は青汁ですっていうオチですか。
一縷の望みをかけて衣玖さんの方を見るが、ニッコリ笑っていた。笑ってはいるが「食えよ」オーラがヒシヒシと感じられる。怖い。
「…………おし! 俺も男だ。ここは一気に――!」
…………ゴクリ。
「――あーちょっと○○大丈夫!?」
「あら、ダメでしたか」
「いや衣玖そんなに落ち着いてないで早く手当てを――」
俺たちの幻想郷は、今日もおおむね平和だった。
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最終更新:2010年05月11日 22:11