三月精2
新ろだ612
「○○おはよーっ!今日も天気がいいねー」
特大元気な声で、僕に話しかけてきた女の子達。
彼女達は、一見小さな子供にしか見えないけど、実は妖精の少女達。
3人(?)合わせて、「
三月精」と呼ばれているらしい。
普通、人間と妖精が関わり合うことは、まれである。
僕とこの子達が知り合ったのも全くの偶然だった。
それは半年前、珍しい野草を探しに魔法の森に入った時の事。
人間が1人で歩くには危険と言われる魔法の森。
しかし、少し入るくらいなら問題ないはずだった。
何度もこの森に入っていて油断していた僕は、少し深く森に入りすぎてしまった。
行きなれたルートは、森の木々が変化した事により、全く分からなくなってしまった。
妖怪に遭遇するのを避けて昼間に入ったとはいえ、そろそろ日が傾き始めていた。
夜になってしまえば、妖怪の天下である。人間がこの森で生存する確率は格段に下がる。
それでも僕は、木々の間に身を潜め、朝までやり過ごすしかない。
目の前に突然何かが現れた。
森の奥から現れたわけではなく、瞬間移動したかのごとく、突然に目の前に現れたのだ。
それは3人の少女だった。
背中に羽が生えているのを見るに、おそらく妖精だろうと思った。
僕は驚いたが、それは向こうも同じだったらしい。何故か3人とも顔を赤くして固まっていた。
しばらくして、真ん中の赤い服を着た金髪の少女が口を開いた。
「あの、お兄さん…もしかして迷子になったの?」
どうやら、この子等は危険な存在ではないようだ。
一応警戒しつつも、僕は彼女の問いに「ああ」と答えた。
次に話しかけてきたのは青服の黒髪の少女。
「この森は知っての通り、夜は危険です。よろしければ、私達の家で一晩休んでいってはいかがでしょうか?」
僕には断る理由がなかった。
本当に危険な妖怪だったら、会話の成立なしに襲われているだろうから。
仮にこれが僕を油断させる為の手だったとしても、どのみち森に残っている方が危険だった。
「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうよ」
3人いたうちの1人、白い服のカールをかけた少女は、一言も発せず、最初に会った時のまま固まっていた。
僕の返事で、かろうじてコクコクとうなずいた。
「私はサニーミルクっていうの。じゃあ、私の手を握って。
私の能力で、あんたの存在を他の妖怪に気づかせないようにするから」
「私はスターサファイアと申します。私は他の生き物の存在を感じることが出来ます。
危険な妖怪が来ても、すぐに分かります」
金髪の子、サニーミルクと、黒髪の子、スターサファイアはそう言った。
「あ、あの、わ、わ、わ……」
カールの子はやっとしゃべったかと思ったら、しどろもどろだ。
「何やってんのルナ。あ、この子はルナチャイルド。音を消すことが出来るの。
これで私達の姿は完全に危険から守られるわ」
カール髪の子、ルナチャイルドはまたもコクコクとうなずくだけだった。
彼女達の言ったとおり、危険なはずの魔法の森で、僕達は何者にも襲われなかった。
妖精といえば、イタズラを仕掛けるだけのものだと思ってたのに、こんな凄い力を持っているなんて。
しばらく森の中を歩いた後、1本の大木の前にたどり着いた。
「ここが私達の家よ。木の中にあるの」
「本来なら、私達の家は自然と同化していて、人間には気づかれません。
今回は特別です」
「………」
相変わらず、ルナだけ無口だった。静かな子なんだろうか?
僕達は木の幹に開いているドアを普通に開けて、家の中に入った。
彼女達、三月精がふるまってくれた料理は、普通に人間が食べるものと一緒で、すごくおいしかった。
テーブルやイス、カップ等の調度品も、人間と変わらないものだった。
妖精の生活が意外と文化的だったのを知った。
ルナがメガネをかけて読んでいるのは、あの文々。新聞だ。
「ねえ、今度はあなたの事教えてよ!」
サニーが聞いてきたので、僕は自分が寺子屋の教師見習いである事を話した。
サニーもスターも目を輝かせて、僕の話を聞いていた。
ただ1人、ルナだけは興味がないという風に、新聞を読んでいた。
しかし、顔をチラチラ覗かせて、僕のほうを見ている。
「ん?」と僕がそれに気づくと、あわてた様に目をそらした。
サニーは?顔だったが、スターは「ふーん」というふうに、何故かニヤニヤしていた。
「私達も寺子屋に通えるかな?」
いやぁ、人間の寺子屋に、妖精が通うのは無理じゃないかな…と僕が言うと、
スターはまたもニヤニヤし、
「それが、そうでもないんですよ。あなたは知らないかもしれませんが、
寺子屋を管理している人は、人間、妖怪問わず顔が広いんですよ。
私達が頼めば、通わせてくれると思いますよ。実際、人間に近い妖怪や妖精が
既に寺子屋に通ってますし」
その言葉を聞いて、僕は驚いた。あんな身近な場所に、人外の存在が隠れていたなんて。
寺子屋を管理している人といえば、上白沢先生だ。
学びたいという人がいれば、無償で学ばせてくれる器量の良さで通っている人なだけに、
案外その話もまんざらではなさそうだな、と思った。
「そうだね。君達の話を信じるよ。僕からもあの人に君達が寺子屋に
来れるように頼んでみる」
と僕が言うと、サニーはキラキラと目を輝かせて
「ホント?いやったあぁ!お兄さんありがとう!」
と全身で喜びを表現した。
「ありがとうございます」
スターはサニーと対照的に静かに微笑んだ。
横の方でガタタッ!と大きな音がした。
音をした方を見れば、ルナが大喜びで新聞を放り出し、立ち上がった音だった。
僕がそっちを見ているのに気が付いたルナは、顔を真っ赤にしてそそくさと新聞を拾い、
席に着いた。
「どうしたの?ルナ。今日は様子が変だよ?いつもより嫌に静かというか…」
またも不思議な顔をするサニーに、三度ニヤニヤ顔をするスター。
三月精の家に止めてもらった翌日。僕は三月精に案内されて森の外に出ることが出来た。
寺子屋に戻ると、もちろん上白沢先生が待っていて、こっぴどく叱られた。
しかし、小言より大事なことがあるらしい。先生は話を切り出した。
今度、寺子屋に3人の妖精がやってくるので、僕がその子の担当教師になって欲しいという事だった。
あれ?僕が三月精に会ったのが昨日で、寺子屋の話をしたのも昨日。
いくらなんでも、話が伝わるのが早い気がするんだけど…。
「私は色んな所にコネがあってね。三月精が寺子屋に通いたいという話はすでに聞いてるよ。
妖精はイタズラ好きだが、それ以外には人間には無害だ。ほとんど普通の子供と変わらない。
君だったら大丈夫だと思う。まぁ、よろしく頼むよ」
と、上白沢先生は涼しげな顔でそう言った。
これが、僕と三月精の出会い。
今では、この子達は僕の家にやってきて、一緒に寺子屋に通うようになった。
羽は隠しているので、本当に彼女は人間の少女のようにしか見えない。
「○○~~、肩車してよ、肩車!」
サニーがピョーンとジャンプして僕の肩に乗ってくる。
ふにふにした柔らかなふとももの感触が、僕の両耳に触れている。
僕が困っているのを見て、スターはちょっと機嫌が悪そうだ。
「ちょっとサニー。○○さんが困ってるわよ。早く降りなさい」
「ええー、いいじゃん少しくらい。その先の角まででいいからぁー」
僕と2人のやり取りを静かに聞いているルナ。
でも、何となーく羨ましそうにしているのに見えるのは気のせいだろうか?
「ほらサニー。曲がり角だよ。降りて降りて」
「はーーい」
曲がり角まで来て、名残惜しそうに降りるサニー。
「うふふ…えいっ!」
今度は僕の左腕にスターが飛びついてきた。
これでもかと胸を思いっきり押し付けてくる。
妖精がブラとかを着けるとか言う話は聞いたことがない。
という訳で服の布1枚を隔てて、胸の先のぽっちりした物が、僕の腕に当たっているわけで…。
さすがに心拍数が急上昇です。
「あの……スターさん、何か当たってませんか……」
かろうじて僕が言うと、
「こういう時、どう答えるのか分かってますよ。当ててるんです」
そ、そうですか……。
もうスターを引き離すのは無理そうだ。
他にもスターは、色々僕にアピールを仕掛けてくる。
何もないところで盛大に転んで、スカートがめくれてパンツが丸見えになっていたこともあったが
あれもおそらくわざとだろうな。
気が付けば、ルナは僕の右側にいて、軽く手を繋いでいた。
ほんと、これくらいの慎み深さがあったらいいのになぁ。
「ああーっ!スターもルナもずるい!私も私も!」
さっき肩車してあげたのに、満足していなかったらしいサニーが、
すごい勢いで僕の背中に飛びついてきた。今度はおんぶをご所望らしい。
毎日の通学は、たいだいこんな状況である。
寺子屋の授業中は、さすがに三月精も静かだ。
もっとも、勉強嫌いのサニーだけは当初は能力を使って姿を消し、
教室から脱走していた事もあった。
まぁ、今では真面目に授業を受けているが。
以前、僕は彼女らに勉強したい理由を聞いたことがある。
自然の具現である妖精が、人間の学問を学んで何がしたいのかを。
「そりゃ、決まってるじゃん!○○に会いたいか……ムグッ!?」
そう答えようとするサニーの口を慌てて塞いだのはルナ。
代わりにスターが答えた。
「私達のお仕事の技術レベルを引き上げたいからですよ。
妖精の知識だけでは、自然に関係する事しか出来ませんし、
河童のように人間の科学を有効利用したいというのもあります」
へえー、意外と色々考えてるんだなぁ、と僕が感心していると、
「仕事っていっても、私達悪戯しかしてないじゃない」
ルナが一言突っ込んだ。
自宅の入浴の時間が、騒がしい三月精から開放される癒しの時間である。
そのはずだったのだが…。
お湯を沸かし、湯船につかった時、おかしな事に気づいた。
お湯の一部が、円形に切り取られて穴が開いていた。
まるで、透明人間がそこにいるかのように。
まさか、まさか。
「ふっ、ふっ、ふっ……待っていたぞ○○ーーー!!」
突如声が響き、ざばぁっと音がしてサニーが僕の目の前に現れた。
消える能力で、僕が湯船に入る前に侵入していたらしい。
サニーが立ち上がった事で、その幼い肢体が惜しげもなく僕の前に晒される。
僕の顔の位置的に、サニーの下半身が僕の顔の数センチ間近にあるので、つまり…。
見えたっ!!
もとい、見てない、見てない。すぐに顔をそらしたので。いや、0.5秒くらいは見てしまったかもしれないが。
「ちょ、サニー、せめて隠せ!こっちが恥ずかしいよ」
「え、何で?お風呂は裸の付き合いだよ?堂々と入ろうや」
とても妖精の女の子が言うセリフとは思えない。
ガララッ。
「○○さん、背中を流しに来ましたー」
間髪入れず、スターとルナも扉を開けて風呂場に入ってきた。
2人とも一応身体を隠していた。
ルナはバスタオルだったが、スターは自らの手で。
スターさん、何故バスタオルを着けないんですか……?
そんな疑問が浮かんだが、まともな答えが返ってこないのは分かっているので、黙っていた。
僕はスターの姿に思わず息を飲んだ。
サニーと同じく、成長していないとはいえ、少しふくらんでいる小さな胸。
ウエストは細くひきしまって折れてしまいそう。
下腹部はふっくらしていて芸術品みたいな美しさだ。
それを手だけで隠しているもんだから、明らかに隠れていない部分の方が多い。
もしスター達が僕と同じくらいの年の子だったら、理性が崩壊していたかもしれない。
今の状況でも、やばい事には変わりないが。
かくて僕の安息の場である風呂場も禁断の地と化したのだった。
もちろん、僕のベッドにも3人は入り込んでくる。
とは言っても、僕の隣にこれるのは2人までなので、
毎回ジャンケンで3人の位置が決まる。
いつも、ルナがジャンケンで負けるので一番外側だが、
今夜は何の幸運か、僕の隣をゲットしたのはルナだった。
3人の寝つきは驚くほど早い。5分とたたずに寝息が聞こえてくる。
これで、本当に僕に安息の時間が訪れる。
「○○さん……好きぃ……」
隣にいたルナがこんな寝言を発して、僕はドキっとした。
やっぱり、3人は僕の事が好きなんだ。
それが、単に男性への憧れなのか、本当の恋なのかは僕には分からない。
だいたい、人間と妖精の恋がどうなるかなんて、もっと分からない。
でも、この大事な時間は崩したくない。
もしこの世に神がいるのなら、願いを聞き届けたまえ。
願わくば、この愛らしい三月精に大いなる幸あれと。
~~~FIN~~~
新ろだ671
朝、窓から差し込む光と、胸の上にある微かな重みに目を覚ました。
変わらない日常的なその目覚めに、眠たい目を擦り視線を下げていく。
すると、腕の中、漏れ込んだ光から顔を背けるように、その柔らかい頬を押し付ける姿を見つけた。
白い肌に映える太陽みたいな金糸の髪が少しだけくすぐったい。
同時に、安らかな寝息を立てるそれを何だか可愛らしく思って、気づけばその頬を撫でていた。
「……ん、ぁ……おはよ」
くすぐったそうな声が小さな唇の端っこから漏れてくる。
そして、彼女は少し照れたように微笑むと――、
「昨日は激しかったね……」
「いや、何もしてないから」
そんな風に、お馬鹿なことを言い出すのだ。
目の前には少しだけ不満そうな顔。この突っ込みはお気に召さなかったらしい。
でも仕方あるまい。何せこちらも寝起きなのだ。
それに言い訳ではあるけれど、体温の高い彼女のおかげで、今も布団の中には眠りの魔法がかけられている。
だから――、
「あれ、また寝ちゃうの? おねぼうさんだね」
「…………サニーに言われたくないな」
布団の中にある小さな寝姿。
サニーミルクの温もりを抱きながら、もう一度瞳を閉じてしまう。
春の陽気も相成って、すぐにでも眠ってしまえそうだった。
―― 。
そこへ降ってきた微かな感触に、微かにまぶたを開く。
目の前には頬に赤みを交えた微笑みが滲んでいる。
「ダメだよ、今日はみんなでお出掛けなんだから」
「……わかったよ」
言いながら、胸の上からどいてくれないサニーを見やる。
どこか期待した瞳は微かな羞恥に潤んでいた。
まだ歯も磨いていないけれど、仕方無い。
「おはよう、サニー」
抱き寄せた小さな身体に囁いて、本日二度目となる『おはよう』をする。
その時彼女が見せた笑顔は、このまま抱きしめて眠ってしまいたいくらいに可愛らしいのであった。
/
朝食の匂いに目とお腹がようやく目覚めだす。
カリカリに焼けたベーコンと卵、そして香ばしい小麦の焼ける香り。
「今日はパンだなぁ」
今朝も元気なサニーに手を引かれつつ、俺はぼんやりと呟いてみる。
ああ、洋食ということは、今日の朝食はあの子が当番か。
そんなことを思いながら、足は真っ直ぐと洗面台へと向かっていく。
その際、先導する小さな姿をさり気なく追い抜いていくことを忘れない。
そうして大鏡を前に顔へ冷水を浴びせて歯を磨けば、いつもどおりの朝が始まった。
「もう、こういうのは女の子が先じゃない?」
「やだよ、髪を梳かしたり、時間掛かるだろう?」
後ろで待っていたサニーと交代しながら、膨らんだ頬をつついてやる。
うん、やわっこい。
目の前の不満顔とは対照的に、横目に見た鏡の中にはご機嫌顔の自分が映る。
少し間抜けかもしれない。
よく見ればほら、歯磨き粉が口の端に残ってたし。
「だらしないんだから、もう」
気づいたその瞬間、胸に手が添えられる。
そして、小さな温もりは唇に、したいときにするのが彼女の作法らしい。
「ほら、もう取れたからさっさと出てよね、せまっくるしい」
口元から消えた歯磨き粉の代わりに、その苦味に歪んだ顔を目の前に見つけた。
微かに滲んだ頬の朱色が、やっぱり可愛らしい。
「朝から大胆だね」
「…………ばか」
追い出された廊下にて、呟いた声には消え入りそうな言葉が返される。
うん、やっぱり可愛いね。
/
扉代わりのブルーのカーテンを抜けると、朝の空きっ腹を刺激する匂いが迎え入れてくれた。
キッチンの前面にあるガラス窓から差し込む日差しが、起きたばかりの身には少し眩しい。
そして、光りあふるるキッチンの中、可愛らしい背中を見つけられるというのはきっと幸せというものなのだろう。
「おはよう、スター」
その後ろ姿に見惚れつつも、慣れた風に挨拶は出来る。
言葉と同時に、星降る夜を溶かし込んだような煌く黒髪が微かに揺れた。
そして、湯気の昇る鍋の火を調節して、スターサファイアはようやくその笑顔を向けてくれる。
「おはよう、ねぼすけさん」
呆れているようだけど、それでいてやわらかい言葉。
そして、微かな笑み。
それが、心の中に温かいものを抱かせる。
「今日の当番はスターだったね」
「ええ、昨日よりも美味しい洋食ですわ」
少しだけ意地悪な言葉、昨日の当番は俺なのだ。
「……手厳しいね」
「ふふ、がんばってね……あら?」
――きゅう。
二人して笑う朝。恥ずかしいことに、腹の虫が鳴り響く。
次いで聞こえてきた溜息は、何だか少し優しげに。
「もう、しょうがないなぁ……歯は磨いてきた?」
「……うん」
「それじゃあ……はい、味見」
言葉と共に腕を引かれて、子供くらいの背丈の彼女と視線を合わせる。
そして、半ば座り込むような格好で、俺は差し出された小皿に口をつけた。
「ん、おいしい」
味の調ったコーンスープに、そんな言葉を返す。
同時に、何となく気づいていた展開も、何事も無く受け入れた。
―― 。
「ほんと、今日もいい味に出来たみたい」
わざとらしく用意された悪戯っぽい微笑みに、濡れた唇を気にする。
きっとそれは、スープと一緒に味見をされたせい。
離れる間際、唇をなぞった舌は小さな悪戯なのだろう。
彼女は、少しだけずるい。
小さな可愛らしい手を頬に添えられたまま、息のかかるほど近くにある顔を見て、そんなことを思う。
言外のおねだりだ。気づいてあげないと小さく拗ねる。
「……ん、ちゅっ」
「おはよう、スター」
『おはよう』は必ずこちらから、歯を磨いた後で。
それが、素直になりきれない彼女との決まりごと。
まぁ、それも――、
「ん、おはよう」
この笑顔の為ならば、別段、面倒だとは思わない。
きっと、そんなところも彼女の魅力なのだろう。
まったく、敵わないな。
/
元は三人掛けのテーブルを、今は四人が囲んでいた。
故に、手狭となったそこへ、隣りに座るサニーは大っぴらに身を寄せて、反対側ではスターがさり気なく食器を寄せている。
そして――、
「ほら、あーん」
「きちんと野菜も食べないとダメですよ」
差し出された二つのフォーク、うずらの卵とプチトマト。
その奥に、少しだけ不機嫌そうな顔が覗いている。
「ええっと……ルナ?」
「――何よ」
それは微かな月明かり。
半月みたいに細められた瞳を向けていてもなお可愛らしい姿。
ルナチャイルドはその視線と同じくらいに不機嫌そうな言葉をこぼす。
まぁ、何となく理由は分かっているのだけれど――、
「やきもちね」
「やきもちだわ」
洗面所から出てきたサニーの声に、スターの言葉が重なって、
「違うわよ!」
荒げられた声がテーブルに置かれたティーカップの水面を微かに揺らす。
可愛い頬に赤みが差しているのは、少しはそれもあったということなのだろう。
そう思うと、やっぱり少し嬉しく思ってしまう。
「まぁ、やきもちルナは置いといて、」
「――んぐ」
「今日のお出掛けについて話しましょう?」
「――むぐ」
うずらの卵とプチトマトを口に押し込まれつつ、その言葉に耳を傾ける。
「……違うもん、ばか」
微かに聞こえた可愛らしい呟きはきちんと心の中にしまっておこう。
後でちゃんと構ってあげないと、あのお姫様はへそを曲げてしまうから。
そんな意地っ張りなところも、うん、やっぱり可愛いのである。
/
お出掛けは結局ピクニックに決まって、行き先はサニーの希望でよく日のあたる森の広場となった。
大きめの白いピクニックシートには言いだしっぺのサニーが作ったお弁当。
水筒にはスターが淹れた紅茶が揺れて、ルナの焼いたクッキーがその傍らに添えられる。
本日快晴。絶好のピクニック日和であった。
「はー、いいお天気! お日様気持ち良いー!」
「少し眩しすぎないかしら、お肌が焼けちゃいそう」
「ルナは白過ぎよ、それに、ピクニックはお天気が一番!」
「輝くのなら月のほうが好きだわ」
「夜じゃピクニックにならないじゃないの」
「別に、それはまた風流で良いじゃない」
耳の傍には、そんないつもの軽い口喧嘩。
平和で平穏な日々のひとつ。
今、俺にとって一番大切なもの。
幸せなんだな。そんなことを、不意に思ってしまう。
そんな午後だった。
そんな、ピクニックだったのだ。
「どちらでもいいわよね?」
そして、二人の口喧嘩に添えられた言葉は顎の下から。
視線を下ろした先に、いつの間にやらスターがちょこんと座っている。
「あーっ! スター、何してるのよ、ずるい!!」
「サニーはお日様が一番でしょう? なら、良いじゃない」
「お日様もそいつもいっしょがいいもの!」
口論の最中、背中を強く抱きしめられて体が揺れる。
同時に、腕の中からはきゃあ、と小さく可愛らしい声が漏れ聞こえた。
珍しいスターの声に、少しだけときめいたりもする。
不意打ちに弱いのだ、この子は。
「ふふー、背中あったかーい。お日様の匂いー」
「もう、サニーは乱暴なんだから」
背中にある柔らかな感触に、頬を押し付けられているのだと気づく。
なんとも気に入られたものだ。
そして、眼下では負けじと俺の右腕を抱き寄せる姿。
二人からはそれぞれ違う、それでいて甘いのは同じのいい匂いがした。
それは、劣情というよりは安らぎを覚える香り。しあわせのかけら。
お日様の暖かさと二人分の体温に、醒ましたはずの眠気がやってくる。
それを呼び覚ましたのは――、
「……ふん」
一人距離を置いた彼女の視線であった。
「えーと、ルナ?」
「別に!!」
まだ何も言っていない。
相当に不機嫌であるようだ。
「またやきもちね」
「素直にこっち来ればいいのに」
そこへ、サニーとスターの言葉が重なって、ルナの頬はますます膨れていく。
まずいなぁ。
「ルナ――」
「別にってば!!」
「――ん、分かったからこっちにおいで。一緒にひなたぼっこしよう」
「…………むぅ」
小さな唇が結ばれる。
不機嫌はまだ治っていないようだけれど、とりあえずは傍に来てくれた。
そして、背中にあったサニーの身体を持ち上げて胸の上に置いた後、その小さな姿を、空いた左腕に誘う。
やっぱり、四人一緒がうれしいから。
「やっぱり、いっしょに昼寝ってのは気持ち良いなぁ」
「寝るの好きだもんね、あなた」
「ねぼすけさんだものね」
「寝てばかりのぐーたらよね」
酷い言いようだ。
こんなにも暖かかったら、誰って目蓋も重くなるだろうに。
「だって三人ともあったかいし、いい匂いがするからさ」
「…………ばか」
「…………えっち」
「…………ふん」
ありゃあ、何か失敗したかな。
三人共に言葉を失くして黙り込んでしまう。
そしてそのまま、寝転がった身体を胸の上と両腕からぎゅっと抱きしめられる。
一応は、このままで居てくれるらしい。失言には気をつけないと。
ああ、それにしても――、
「……寝ちゃった?」
すごく、
「……優しい顔してる」
心地のいい、
「……ほんと、気持ち良さそう」
日、だ――、
「おやすみなさい」
/
気づけば日も落ちて、空は夕焼け色に夜を滲ませていく。
「それじゃあ、」
「おやすみなさい」
目の前には小さなパジャマ姿がふたつ、唇を寄せていた。
それを前に、『おやすみなさい』を順番に重ねていく。
日も落ちたくらい空。
「また明日、ね」
眠たげな瞳を揺らしつつ、サニーがふらふらと自室へと戻っていく。
「夜更かししたら駄目よ?」
その姿に忍び笑いを零しつつ、スターは赤みの差した頬を隠すように背を向けた。
「……よし、ルナ?」
そして、振り向いて呼びかけた名前。
それは、誰も居ないリビングへと虚しく響いて消えていく。
「あちゃあ、大分ご機嫌斜めだったからなぁ」
呟きはまいった風に。
さて、今日は彼女の番なのだが、どうしたものかな。
/
遠い空、手の届かない場所で太陽の光を反転させる月が輝いていた。
それは夜を溶かし込み、淡い青を滲ませた光を寝室の窓から溢れさせる。
雲を抜けてようやく届いたその光を目蓋の裏に見つけたとき、小さな重みを胸の上に感じた。
「――ぁ」
小さな指先が掛け布団に沈み込む。
その上で、金糸のように煌く髪が、月光を纏い美しく輝いていた。
漏れ聞こえた小さな声は、きっと目が合ってしまったからだろう。
部屋の中を淡い群青色に染め上げる月明かりの下、月の光の妖精だというのに、その頬の色は月のそれとは微かに違う。
ベッドから寝顔でも覗き込むようにして、ルナチャイルドはそこにいた。
「やっと来た」
「……だって」
曇りかけた表情を前に、その小さな身体を抱き寄せる。
今日は、彼女の番だったから、
「恥かしがり屋で意地っ張り、そいでやきもちやき」
「うるさい、ばか」
「可愛いよ」
「…………ばか」
伏せてしまった顔に微笑みながら、その顔を上げてもらう。
誰も見てないとき、それが恥かしがり屋なルナとの決まりごと。
だから――、
「最初はおはよう、ルナ」
ちゅ、そんな音と共に、揺れる瞳を閉じさせる。
「次に、おやすみなさい、ルナ」
「……ん、ふ」
ちゅ、同じ音色でベッドへと傾ける。
「最後に、ルナが可愛いからもう一回」
「ば、か……もう、ほんとにばか」
三回目の後、今度はルナの方から四回目。
「それじゃあ、寝ましょうかね」
「……ん」
狭いベッドだったから、一緒に寝るのは一人だけ。
毎日順番に、かわりばんこ。特権は一番最後まで眠っていてもいいこと。
そして――、
「明日は一番に、おはようってするから」
「うん」
一番最初に、キスされちゃうこと。らしい。
なんだか照れるけど、それ以上に嬉しい。
さぁ、この可愛い姿を抱き寄せて瞳を閉じれば――、
「それじゃあ、また明日」
再び、愛しい妖精達との朝がやってくる。
/
「あのさー」
「うん?」
一夜明けて、朝食の折、サニーが唐突に言う。
「あなたってさ、結構駄目人間だよね」
「――ぶっ」
なんてことを言いますかこの娘っこは。
「いや、だってさ、迷い込んでから働きもせず、」
「毎日妖精と遊んで……キスをして、」
「毎晩可愛いとか好きとか囁いて……」
「う、ぐぅ」
「確かそれって、ロリコ――、」
「ロリコンじゃないよ」
だって、愛しい彼女達は妖精だもの。
「それにしたって、三人一緒にでしょう?」
「うわ、今思えば駄目人間だー」
「ぬ、ぐぅ」
言い返せませんでした。
「まぁ、ね?」
「……うん?」
そうして顔を伏せたとき、頭の上から照れたような声が聞こえてくる。
「そんなあなたでも、」
「一緒に居てあげるわよ……」
「……ずっと、ね?」
三人の妖精達の小さな胸の中に抱き寄せられながら、
あぁ、やっぱり幸せなんだ。
そんなことを、思った。
さぁ、今日もいつもと同じ、幸せな日々が始まっていく。
了
最終更新:2010年07月31日 00:08