ルナチャイルド2
Megalith 2010/11/03
気付けば、雨は止んでいた。
何時止んだのかは定かでないが、かなり風も雨も強かったのは覚えてる。
どうも俺もうたた寝していたらしい。
もう帰ってしまったか、と一つ息をついて、周囲を見回す。
霧の湖に近いこの家は、嵐の中辛うじて持ちこたえる事が出来た。
結構危なかったと言うのは事実で、それなりに対策してなければ屋根は吹っ飛んでいたかもしれない。
保って良かったと思うが、そう言う時に限って奴が来ているもんだ。
ギシギシと家が揺れると震えたまましがみついたまま動きやしない。
そのまま人の服の裾を掴んだまま寝始めるお陰で、服が伸びた。
起こしてやるのも気が引けるが、俺の傍で寝られるのも癪。
だが、嵐の中に怯えた様子で何時までも起きてられてても面倒臭い。
開き直って俺も軽く休む事にした。
――そこまでは覚えているが。
「……ったく、何処行きやがった。雨が止んだからいい加減帰ったか?」
ばさ、と上着を羽織り、窓を開ける。
白い服、金髪をくるんと巻いた羽根を持つ少女の姿が遠くに見える。
泉の畔に腰掛けているようだ。
「面倒臭ェ」
毒づきながら、軋む扉を開けた。
「……♪」
近づくと聞こえる歌声。
何を歌っているのかは解らないが、掠れたような小さな歌声だ。
「お世辞にも上手いたぁ言えたもんじゃ無ェな」
歌声が途切れる。
「目が覚めたの?」
今気付いた、とでも言うように彼女、
ルナチャイルドは俺の方に視線を向けた。
皮肉がさらっと無視されて多少イラつく所、彼女は俺の方に飛んできて俺の上着のボタンを閉じ始めた。
「何すんだって」
「人間だと、寒くてずっと目覚めない事もあるって」
余計な事だけ覚えてやがる。
「気にすんな。こん程度なら精々風邪引いて寝込むだけだろうが。それで、何してた?」
止めるのも面倒で、そのままにさせてやって問いかけた。
すると、彼女は何処か遠い目をして空を見上げて呟く。
「月、出てたから」
全く以て困ったものだ。
妖精なんざ最初から困ったものだとは思うが。
「一人月見とは風流な事で。酒も持たずに行くもんじゃないと思うがな」
「何時も飲んでるように見えるの?」
「朝は珈琲で夜は酒。何か間違ってるか?」
この程度の軽口と皮肉の応酬ももう慣れてきたもの。
その程度には俺も此処に染まってきたと言う事か。
軽く嘆息しつつ、彼女が座っていたあたりに腰掛けて。
「……此処からか」
空を、月を見上げる。
「あ、ちょっと」
後を追うように、横に腰掛ける妖精は何処か不満そうで。
「皮肉だけ言って相手にしないつもり?」
「どうせ放っておいても座るだろうからな」
はっ、と笑い飛ばす。
「……そう、ね」
微かに頷いて、座る
ルナチャイルド。
「で」
ふぅー、と息を付く。
「何時もならとっくに噛みついてるお前が粛々と辛気臭いツラして座ってるのは何か理由でもあんのか」
問うと、視線を俺の方に向けて何か言おうとするかのように口をぱくぱくとさせていた。
端的に言ってしまえば、様子がおかしい。
だからと言って、心配する気にゃなれんし心配する気も無い。
俺は人間でこいつは妖精、余程気に食わなければコイツは俺を置いて空に飛んで行ってしまえば良い。
そもそも外の世界でも殆ど友人の居なかった俺に付き纏う時点で相当の変わり者だ。
「気付いて、たの?」
その一言を絞り出すように、ゆっくりと呟く
ルナチャイルド。
「気付いて無い訳が無いだろうが、馬鹿。大体幾らボロ屋って言ってもお前が怯えるもんじゃないだろうが」
そう。
妖精は、自然の具現であるなら、そもそも台風に”怯える”必要など何処にも無い。
なぜならそれが、自然の力そのものであるから、彼女等は知っている筈だから。
行動が制限されて嫌な顔をする事こそあれど。
「……別に」
それが、怖かった、訳じゃ、無い。
声無く口をそう動かして、瞳を閉じた。
――しん。
周囲から、音が消える。
ルナの能力か。
無音の世界に月と湖、俺とルナ。
それだけがただ存在し、他は何も無くなったかのような感覚すら感じる。
――ざわ。
無音の空間から、元の世界に引き戻されて耳の感覚が一瞬麻痺する。
「……私は、まだ」
ルナが口を開く。
「まだ、妖精、かな」
まだ?
「あ?」
意味が解らず、問い返す。
「私は、妖精のままで、居られる、かな」
全く言っている意味が解らない。
何を言っているんだか解らん、このちんちくりん。
「妖精の中では、私みたいなの、珍しいみたいだから」
「確かにお前みたいな静かなのは珍しい方だと思うがな」
だが。
「妖精以外だったら何だってんだ、お前は」
「……」
俯いて、湖面を見るルナ。
「妖怪、とか」
「……は?」
急に唖然とするような言葉が飛び出して呆れる。
増長してんのか、それとも真剣に捉えてるのか。
前者だったら頭をぐりぐりしてやるか、デコピンして帽子吹っ飛ばしてやる程度で済む。
だが、困った事に後者のようだ。
「アイデンティティに悩む妖精が居るか、とは思うがな」
ああ、煙草が吸いたい。
昔は吸っていたが、此処に来てからは全く吸えて居ない。
カートンで持っている時に飛ばされれば…いやそれでもすぐ消えて終わりか。
ルナはルナで、軽く息を呑んで俺の顔を見つめている。
「けどな」
こう言う間を持たせるのは苦手だ。
だから煙草が欲しいものだったんだが。
「んなどん臭いちんちくりんな妖怪が居るか」
ぺし。
「あうっ」
額に軽くデコピンをぶつけてやって、笑いながら。
「もう、妖怪は外見じゃないって……」
まだ何か反駁しようとしているルナの手を引いて、そのまま身体を滑らせる。
2メートル下は、煌めく黒。
「えっ、ちょっ」
「落ちるし濡れるぜ、注意しろよ!」
足が浸るくらいまでの浅瀬になっている場所なのは良く知っている。
「わぁっ!?」
しがみついてくるルナをしっかりと抱え、ばしゃんっ、と音を立ててしっかり湖面を踏みしめた。
「びっくりしたぁ……」
「やっぱり冷てェな。ほれ。」
ルナの靴を外してやって、そっと湖面に下ろす。
スカートを軽くたくしあげて、濡れないようにしているルナ。
「……濡れちゃうじゃないの」
くす。
面倒そうな口調なのに、口元は笑みを浮かべて彼女は呟く。
湖面に映る月はぽっかりと丸く、その黄金は闇を飲みこみそうで。
ぱさ――。
白いスカートが湖面に浮かび、微かな黒と艶やかさに呑まれた。
「でも、気は晴れたろ?」
「ええ。誰かの突拍子の無い行動のお陰でね」
月下、湖上で笑い合う。
俺には似合うものでもないが、コイツには良く似合う。
「ねぇ、○○」
俺の名前を呼んで、彼女は手を差し出した。
「そのついで。一曲、踊って?」
「お断りだ。外の世界に居た時から踊りなんて覚えちゃいないからな」
一瞬だけ、静寂が訪れ。
その間に彼女の手を強く引き、身体を抱きとめる。
「その代わりと言っちゃなんだが」
そのまま、唇にそっとキスを落として。
「こいつだったら、幾らでもくれてやれるがどうする?」
にやにやと笑うと、ぷぅ、と真っ赤な餅が膨れたように。
「自分勝手」
一言呟くルナは、俺を見上げたまま。
「お前に言われたくはないな」
そのまま二人、瞳を閉じて再度唇を寄せた。
意識を焼いて、蕩けさせて行く焔のような心の熱。
足の冷たさが、幻想から現へと、唇と身体の温もりが、現から幻想へと。
間断ない幻想と現との狭間を回帰させられる。
「――っ、はぁ」
吐息は心の冷たさを溶かす太陽。
「っ、……う」
唇を離したルナが、足りない、とでも言うように唇を寄せてくる様子が愛しくて。
「愛してる」
ぽそ、と耳元で囁いて、再度唇を奪い直す。
月夜に、影は重なったまま。
何時終わるともしれず、ただ互いを奪い合っていた。
Megalith 2010/12/10
疲れた体を引きずって、自宅へと戻る。
朝に畑で、昼に寺子屋。
もう大方採り終えて、冬に入るので畑は明日から休み。
逆に言っちゃ寺子屋の手伝いだのの時間が増える訳で。
食えてるだけマシだと正直思うが、それはそれで疲れるものもある。
子供連中は冬だろうがなんだろうが構わず騒ぎまくる。
教師役の慧音の頭突きが叩きこまれて納まるまでどうにもならない時もある。
俺としては非常に勘弁願いたい、時たま俺にまで叩きこむのはどうなのよ。
確かに子供の世話はあまり得意って訳じゃあ無いが妙に好かれるし。
そんなこんなで子供が寝付くまでの世話だのろくでも無い事になってクソ遅くなった。
木枯らしが吹き始める前とは言え寒いもんは寒い。
「ったく……」
一人ごちながら家の扉を開ける。
「あら、お帰りなさい、遅かったじゃない」
「帰れ」
思わず目の前に居た金髪に白い服の妖精に一言。
更に隠していた酒瓶を勝手に開けられていた。
妖精は悪戯好きって話だが、少なくともコイツ等のは下手な子どもの悪戯よりタチ悪い。
少なくともガキは酒瓶を勝手に開けて飲んで顔を真っ赤にしてるなんてこたぁ無い。
「連れないなぁ、もう。ちょっと味見してただけだからあなたの分は残ってるのに」
「そう言う問題じゃねぇってんだ、ったく」
軽く己の額を抑えながら、囲炉裏の傍に座る。
ぱち、ぱちと軽く薪の爆ぜる音が聞こえていて。
熱く灯った明かりの中、湯の中に鈍く光る銀の器が見える
「熱燗か?」
「ええ。夜は冷え込んで来るようになってきたから」
「よし許す」
「本当に現金なものね。これを持って帰っちゃおうかしら」
くすくすと笑うルナが、鍋を鉤に引っ掛けて居て。
「それは絶対許さねぇけどな。今夜は寝かさないぜ?」
杯を手に取り差し出すと、ルナが器を傾けて注ぐ。
熱い酒の香りが鼻に響いて、あまり俺自身酒に強くない所為でくらっと来る。
「夜だから眠れない、とでも言いたいのかしら。もう少し上手い口説き文句は無いの?」
ルナが囀るのを聞きながら、一杯煽る。
味は別に嫌いでは無いので、酔うのも早いが飲むのも早い。
「やかましいガキんちょ。それはもう少しマトモな身体をしてから言いな」
干してから言いきると、先程のようにルナが俺の杯に酒を注ぐ。
してやったりと思ってルナの顔を見ると、逆に何処かしてやったり、と言うような顔をされて見上げられた。
「あら、私の体が子供っぽいの解ってキスしたり身体を抱いたりしてるの? 外の世界ではそう言う人の事をロリコンって言うんだっけ」
おい誰だ外の世界でンなもん忘れて幻想郷に放りこんだ奴ぁ……。
軽く額を抑えてため息をつく
大方外の世界から流れて来たのを拾ったんだろう。
誰だか解らん分、余計にタチが悪い。
「煩い幼女。本当に可愛くねぇよなぁ、そう言う所は」
話をぶった切って、軽く視線を逸らして杯を煽る。
そんな俺を見ながら面白そうにくすくすと笑うルナ。
杯に酒を注ぎながら、俺をじ、と見上げて悪戯を思いついた子供のような表情で囁いた。
「可愛くないって言って、あんなに愛してるとか言う癖に」
妖精ってのは本当に年齢だのが解らないから困る。
むしろ、年齢とか言う概念が無いからというのもあるんだろうが。
もう大分外は寒くなってきているはずだが、暑くなってきた。
「バカヤロ、そう言う意味じゃねぇってんだよ、もう少し外見相応になれっての」
もう一杯飲み干して、杯を置く。
ふぅ、と一つ息をついて、くら、と微かに視界が歪む。
「全く妖精に何を求めてるのかしらね?」
ルナの声が耳に響き、熱くなった身体に沁み渡る。
何処か安堵出来るような声に、呟いて身体を任せた。
「――枕」
「あ、もう…言えばいいのに、もう酔ったって」
「人の、言葉の揚げ足取る事に、意識傾け過ぎだ、ばーか」
頭を軽く膝に預ける。
驚いた様子のルナを見上げ、してやったりと笑ってやる。
ぷぅ、と膨れたような顔をした彼女はすぐに微笑み、俺の髪に触れた。
「甘えんぼ?」
「煩いっての」
そのまま瞳を閉じる。
心地よい闇が、視界を閉ざした。
そのまま、静寂が時を満たす。
さらさら、と微かに撫でられる感覚に身を委ねていると、ルナが微かな声で囁いた。
「……ねぇ。帰らなくて良かったの? あなたの故郷に」
ふるさと――そう、彼女は呟いた。
確かに、俺は外の世界の産まれで、外の世界に変える方法を見つけた。
ある妖怪へと頼み、外の世界へと出る事。
その妖怪とも話をし、それが事実であることを理解した。
その上で、幻想郷に残る、と俺は言った。
その妖怪――紫と言ったか、そいつは「そう」と笑い、お帰りはあちら、と指すように傘を家の方に向けた。
噛みしめるように言葉を聞いて目を開き、
ルナチャイルドを見上げる。
何処か不安そうに揺れている瞳を見て、こいつの馬鹿正直さと、ルナに教えたであろう紫の悪辣さを呪った。
頬に手を伸ばして、そっと触れてやる。
柔らかいマシュマロのような肌触りを指先で味わいながら、言葉を続けた。
「知ってるか。男の故郷ってのは、惚れた女のいる所だ、ってな」
そう、だからこそ。
ここが、俺の”ふるさと”だ。
ルナが驚いたような表情を浮かべる。
そのまま、彼女は一度瞳を閉じた。
つ、と閉じた瞳から頬を伝う滴がぽつ、と俺の額に落ちた。
「……今の口説き文句、くらい……素敵な言葉、何時も言ってくれれば、いいのに」
微かに潤んだ瞳のままの真っ赤なルナの顔が映る。
口元は確かに笑顔を浮かべて居て。
その表情は、まごうことなき月の女神のよう。
「クサ過ぎるからあんまり好きじゃなくてな」
言って、ルナの頬をもう一度優しく撫でた。
すると彼女がこちらに顔を寄せるように。
視界が彼女の笑顔で埋まって行く。
「――ちゅ、っ」
ルナからの口づけ。
暖かく、湿った彼女の味わいが脳を焼いて行く。
酒精の所為か、それを離さないと言うように、顔をしっかりと捕まえた。
「んむ、っ」
逆にされるとは思っていなかったのか、ルナが微かに抵抗する。
そのまま唇を押しつけるようにし、唇をなぞるように舌でなぞった。
「っ、はぁ……っ」
一度唇を離し、身体を起こす。
呆けた表情のままの
ルナチャイルドの身体を抱き寄せると、もう一度唇を奪う。
「っ、んっ」
今度は抵抗することなく、受け入れられて。
その瞳、身体を抱き締めたまま――。
When the time tears drop down,but there is no sadness but love.
――月のしずくが落ちる時は、哀しみの現れだけではないから。
We can't sleep at night because the moonlight make us happy.
――こんなに素敵な満月の下では、夜だから眠れない。
避難所>>65
サニー&スター「「トリックオアトリート!」
○○「やっぱり来たか。はいお菓子」
サニー「ありがとー!」
スター「これでトリートをもらったわ……二人分、ね!」
○○「!?」
サニー「ルナ! 今よ!」
ルナ「ト、トリック!」
ちゅ
ルナ「――きゅぅ……」
サニー「ちょっと、キスした方が倒れてどうすんの!
えーい、退却よ退却!」
スター「じゃあねお兄さん、1ヶ月後には3倍返しだからね?」
○○「いや、それはバレンタインだろ……」
○○「――なんかドキドキしてきた」
最終更新:2024年07月25日 23:29