蓮子2
新ろだ443
タタンタタン
東京に向かう列車の中。
私は彼と向かい合って座っていた。
正確には、向き合ってはいない。
彼は窓の外を、私は彼の方を見ている。
「スゲー、スゲーよ蓮子!」
「子供じゃないんだから、騒がないの」
少しだけ身を乗り出し、窓に顔を向け、声を大きくしている。
ここは公共の場だ。
もう少し声のボリュームを下げても罰はあたるまい。
「蓮子は二回目なんだよな?
この列車で東京に行くの」
そう、東京に行くのはこれが二回目。
以前メリーと共に旧江戸の大地を踏んだのが一回目だ。
あの時、何故東京に行くことになったかはもう覚えてない。
けれど、今回の旅にはちゃんと理由がある。
「ええ、二回目よ。
でも、東京より京都のほうが何倍も都会よ?」
「お、蓮子これ食べないの? もらいっ!」
聞いてないし。
それに、最後に食べようと思っていた唐揚げをとられた。
はぁ、なんで私はこんな奴に惚れたんだろう?
事の発端は二週間前、メリーとのいつもの喫茶店での会話の時。
いつも通り、メリーの夢の話を聞かされていた時だった。
適当に聞き流していたら、突如メリーが、
『それで、どうなの蓮子? ○○のこと好きなんでしょ?』
何が、それでなのかわからない。
お陰で飲んでいたお茶を吹き出してしまったではないか。
なんという失態。
『どうなの? 好きなんでしょ?』
続くメリーの攻撃。
避け続けるのは簡単だが、これでは埒が明かない。
初めてではないこの話題に私は疲れきっていた。
だから、思いきって言うことにした。
それが、発端になった。
その後のメリーは、言っては悪いけど絵に描いたようにウザかった。
○○のことについてとことん尋問を受けた私の残機はゼロ。
構わずに暴走するメリー。
最早何の議論しているかわからない議論の末に出た結論が、
『デートに誘いなさい』
勘弁して欲しい。
まともなデートになるわけがない。
別に一回もデートをしたことがないとかそういうわけじゃない。
彼と一緒にいるだけで挙動不審になってしまうのだ。
そのせいでいつも彼に辛くあたり、迷惑をかけてしまう。
そのせいで、彼に嫌われる。
それが怖い。
そんな私の気も知らずに、
『彼鈍感だからねぇ。一回のデートであなたの好意に気付くのは無理そうね』
議論は進んでいた。
そして、
『そうだ! 二人で旅行に行けばいいじゃない!
丁度来週はゴールデンウィークなんだし。
三日くらい二人で遊んできなさいよ』
無理難題をふっかけられた。
当然拒否した。
一回のデートならまだしも、二人で旅行なんて。
彼との時間を楽しむ前に私がどうにかなってしまう。
行かないと、断固拒否したがメリーが許すはずもなく、
『いい? 本気で彼が好きならこれはチャンスと思いなさい?』
結局メリーの説得に私が折れる形で、二泊三日の旅に出ることになった。
行き先は東京。
以前も乗ったヒロシゲ36号での旅。
そして今、
「だからね、この新幹線はね最初、東京と京都だけじゃなく、鎌倉にも駅を作る予定だったらしいよ?」
「へぇ、蓮子は物知りだな」
「当然よ」
なんとか上手くやれてる。
心臓は相変わらずバクバクだけど、なんとかやっていける。
「可愛くて物知りなんて、完璧だなお前」
「!!」
ボンって効果音がしたかも。
「な、な、なにいって、いってるのよ!?」
「いや、だから可愛くて「二度も言うな!!」うぉ!?」
ほら、いくら上手くやっても、彼の鈍い一言で台無しだ。
「どうした、顔真っ赤にして」
額をくっつけてくる。
近い近い近い近い近い。
「熱はないな。本当、いきなりどうした?」
誰のせいだとお思いで?
「……あんた鈍すぎよ……」
「ん? 何か言ったか?」
筋金入りの鈍感男ね。
『間もなく東京です~』
車内に響き渡るアナウンス。
京都を出発して五十二分。
東京まで後一分。
「蓮子は二回目なんだよな。東京に行くの」
「うん、そうだけど?」
相変わらず窓の外を見ながらそんなことを言う。
「じゃあ、エスコート頼むぜ。迷子になっちまうかもしれないからな」
「バカ。普通逆でしょ?」
それもそうだな、と言って立ち上がる彼。
よいしょ、と言いながらこちらを向く。
「じゃあ、行こうぜ蓮子」
差し出された手の意味を理解する前に、こちらの手を取られた。
「え? え? ちょっと!?」
手を握ったまま列車を後にする。
手を握ったまま改札を出たら、そこは首都東京。
二度目の来訪。
一回目と比べて記憶と違うところがあるけれど、ここは間違いなく東京だ。
けど、今は他に気にすべきことがある。
「ちょっと、いきなり何を……」
「お前言ったろ? 男がエスコートするもんだって。
だからさ、そうしようと思ったわけだ」
「だからって、初めて東京に来るあなたにエスコートできるわけないでしょ?」
「あれ、言ってなかったけ。俺、生まれは東京なんだよ」
ここで発覚する以外な事実。
「けど」
「大丈夫さ。変わったところは多少あるだろうけど、別の世界になったとかじゃないんだから」
根拠があるわけじゃないけれど、なぜか不安だ。
「行こうぜ!」
そう言って歩き出す。
手は握ったままだ。
あとがき?
なんか書いてたら長くなった
話のモデルはCD「卯酉東海道 ~ Retrospective 53 minutes」についてる冊子のショートストーリー。
ネタバレ等は考慮してないのであしからず
ちなみに修正版です
あとがき!?
新ろだ468
「で、月面ツアーにはいつ行くんだ?」
「あんたは気が早いわね。でもそれ、いつの話よ」
大学構内のカフェにで私と○○は向かい合って座っていた。
「唐突に思い出してな。そしたら行きたくなった」
どれくらい前だったか。
このカフェで月面ツアーの話をメリーとしたのを思い出す。
最も今ここにメリーは居ないけど。
「そうねぇ、行くならお団子持って行きましょうか」
「満月の日とか良さそうだよな」
「新月の日も捨てがたいわ」
いいわね、月面ツアー。
広大な黒い空間にはロマンがあって、そこに彼と二人っきり。
本気で考えていいかもね、月面ツアー。
「でも、ま。あの値段じゃどうにもできないんだけどな」
「そうなのよねぇ」
コーヒーを飲みながら燃えかかった野望の炎を鎮火する。
そういえば幾らくらいの予算がいるんだっけ。
「でも、残念だよな。三人で宇宙に行けると思ったのに」
……そう、三人でね。
「そう……、ね」
そう、三人で。
彼に悪気が無いのは百も承知している。
鈍感でデリカシーが無くて純粋で。
だから、こういう時にどんな顔をすればいいのかわからない。
彼を責めるのはお門違い。
じゃあ、メリーは?
もっと駄目だ。
悪いのは彼でもなくメリーでもなく私自身。
ちょっとしたことで、嫉妬して怒って心配をかけてしまう。
片思い中の大学生が悪いのだ。
こんな私が……、
「おい、どうした」
鬱の思考を断ち切って彼を見る。
純粋な瞳は真っ直ぐに私を見ている。
「……ごめん、用事思い出したからもう帰るね」
「え?」
私は最低だ。
正面から向き合いきれなくて逃げようとする。
もう駄目かもね。
「ごめん、それじゃバイバイ」
「あ、おい!」
私の腕を捕まえようとした彼の腕よりも私の動きのほうが数秒速かった。
逃げたくない。
けど、そろそろ限界かもしれない。
明日は早い。
今日はもう眠ってしまおう。
「どうしたんだよ、蓮子の奴……」
蓮子が出て行った扉を見続ける。
最近変だぞあいつ。
「あら、あなた、またやらかしたのね」
「うぉぉぉ!?」
と、そこへ背後から声がした。
「本当に鈍いのね、あなた」
「……その前に普通に登場してくれ」
神出鬼没なんてお前は妖怪か。
「そんなことより、追いかけなくていいの?」
「……とりあえず、頭に乗せている顔と腕を退かせよ」
「あらあら、蓮子泣いているわよ?」
「……どうすりゃいいんだよ……」
俺だってあいつが泣いているのは見たくない。
できるなら、今から追いかけて慰めてやりたい。
けど、無理なんだよな。
なんなんだろう。
「ふふ、お互い不器用なのね」
「? なんだよ?」
立ち上がり横に座るメリー。
「耳を貸して頂戴」
「ん?」
「えーとね、ゴニョゴニョ」
「ふむふむ、……はあっ!?」
「頑張りなさい。それじゃまたね」
爆弾的な提案を残して去って行くメリー。
あの発言、思い出しただけでも顔が赤くなっちまう。
もっと別に方法があるだろうに。
あんなの断っちまえば良かったのに。
なんで断れなかったんだろうな。
なんでだろうね。
暗い気分を背負って、部屋の片隅でうずくまっている。
部屋の電気は何もつけていない。
まだ日が出ているとはいえ、灯が何も無いと流石に暗い。
「…………」
加速していくマイナスの思考。
「…………」
鬱は駄目だ。
「…………」
かといって、他の思考で現れるのは彼のことだけ。
「…………」
会いたい。
「…………」
会って、また話をしたい。
「…………」
けど、会ったら、また何かの拍子に。
「…………」
ループする自分に嫌気がさしてきた。
「…………」
そこへ、聞きなれたメロディが部屋を満たす。
「…………」
鬱陶しい。
気だるく手を伸ばし、机の上にある携帯を手に取る。
「…………あ」
着信画面。
そこに刻まれた名前は……、
「もしもし、お、蓮子か」
「……何よ」
「今から謝りに行こうと思ってな」
「いらないわ。悪いのは私だもの」
「いや、そう言うなって」
「何で謝りに来るのよ」
「俺自身デリカシーが無いのは百も承知だからな。何かまた変なこと言っちまったのかなって」
「……別に言ってないわよ。勝手に勘違いして怒った私が悪いだけ」
「それでも原因の一端に俺が関わってるわけだ」
「いいわよ別に。とにかく家に来ないで」
「そりゃ無理だ」
「は?」
ピーンポーン
「あ、あんた……」
「今から大学まで引き返したくはないからな」
ガチャ
「あ」
「よう」
案の定、扉の向こうに最低な顔をした蓮子がいた。
そんなに俺に謝られるのが嫌か。ま、関係ないけどな。
「なんで、来たのよ……」
予想通りの質問。
淀みなくその質問の答えを返す。
「謝ろうと思ってな」
こいつは自分が悪いと言った。
けど、その自分が悪いと言った理由には、少なからず俺が関わっている。
それを、謝りに来た。
「いらないよ、そんなの」
知るか、バカ。
「蓮子」
ちょっとだけ癪だけど、メリーの言うとおりにしてやるか。
暗い部屋の中。
蓮子の元へ一歩ずつ歩み寄る。
「ごめん」
言いながら、抱きしめた。
「ふぇ?」
これこそがメリーの作戦。
『抱き寄せて、耳元で、好きだって言うの。その後キスでもすれば一発よ』
多少台詞が変わっているが、問題は無いだろう。
第一あいつの作戦は俺が蓮子に謝ってない。
「本当にごめんな。俺の言葉がお前をこんなにしちまって、ごめん」
震え、強張っていた肩が落ち着きを取り戻す。
徐々に体の力が抜けていき、俺に全身を託すような感じになってきた。
「謝らなくていいのに……、本当に、バカ……」
声は震えている。
けど。
うん。
いつも通りの蓮子だ。
「ああ、ごめん」
「いいって言ったでしょ、バカ」
いつもなら、すぐに言い返すけど。
今は、これで良いのかもしれない。
あとがきかもしれない何か
書きたくなったから書いた。別にいいよね。
「大空魔術 ~ Magical Astronomy」一部ネタを拝借しました。
新ろだ521
月も昇り、星が顔を出した時間。
私、○○はただいま、就寝中の宇佐見蓮子氏の隣に居ます。
何で、こうなったのか……。
思い出しても後悔しか生まない……。
それは、今日のお昼の話だった。
蓮子が用事でいつもより、早く帰宅し、今日のサークル活動は無しだった。
かといって、いつも三人で夜まで活動している俺にとって、家への直帰という選択肢は選び難いモノだった。
そこへ、
「あら、○○じゃない」
「丁度いいわ、少しお茶しない? 小腹が空いてきたのよ」
家に帰っても退屈なだけ。
俺は二つ返事でオーケーを出した。
……それが、仇になった……。
「○○さ、王様ゲームって知ってるかしら?」
「ん? ああ、知ってるけど、それがどうかしたか?」
突然に尋ねてくるメリー。
紅茶を啜りながら、彼女の問いに答えた。
「いや、面白そうだなって。だってそうでしょ?
王となった者が、奴隷に対して好きな命令を出すのよ?
しかもそれは、絶対服従。
面白そうじゃない、王様ゲーム」
「……、まあ、合ってるけどさ」
でも、何だろう?
この背筋に走る悪寒は。
防衛本能が、ここから逃げろ! って命令しているような……。
「そういうわけで、はい」
そう言って、メリーが取り出したのは、あみだくじだった。
大学ノートの一ページ分を丸まる全部使った、豪快なあみだくじ。
なるほど……、そういうことか。
「やらないぞ。第一、二人でやっても面白くない」
「あら、二人でやるからこそ緊張感が倍増してより面白くなるんじゃない」
「王様ゲームの醍醐味はだな」
「王様がどんな命令を出すか、でしょ?」
……。
「あんまり反抗しないほうがいいわよ?」
「なんでさ」
ゾクゾクと、嫌な予感しかしない。
「あなたの部屋にある、アレのこと。蓮子に言っちゃうわよ?」
「!?!?」
何故、アレのことを知っているんだ、こいつは。
メリーを部屋に入れたことは無いし、机のガードは完璧のはずだ。
アレが、俺以外の人間の目に映ったことは無いはずだ……!
「言われたくないわよね~。好きな子には嫌われたくないもんね~」
「…………この野郎」
ニヤニヤと、蔑むような、楽しむような眼のメリー。
多分……何言っても、無駄なんだろうな……。
「さあ、速くこのくじをひきなさいな?」
「……はぁ、わかったよ……」
結局、俺が折れる形になったわけだ。
くじは、確か……、右を選んだ気がするぞ。
「…………げっ」
「あ~ら、残念♪」
折られた紙の下には、
『奴隷』
と。
「じゃあ、私が王様ね」
「うぎぎ……」
心底楽しそうな表情のメリー。
気付くのが遅すぎた気がするけど、こいつは絶対にサディストだと思うんだ……。
「んーー、よし」
口に指をあてて、考える仕草をしている。
神様、どうか、メリーを自重させてください……!
困ったときの神頼み。
信仰心ゼロの俺の願いは……、
「蓮子に、夜這いをかけてきなさい」
聞き届けてもらえなかったようだ。
「はぁ。私のチャンスを潰してまで、あなたを尊重してあげてるんだから、このチャンスをしっかりモノにしなさいよ?」
「ん? あ、ああ」
哀しそうだったのは気のせいじゃ無いはずだ。
……何はともあれ、それが発端だった。
ちなみに、
「逃げたらわかるわよ。もし、逃げたら……わかってるわね……?」
逃げ道は閉ざされた。
そして、現在。
案の定、回想は後悔しかしなかった。
というかメリー、何でアレのことを知っているんだ……?
ゴソッ
「!?」
「ん……、うん……」
やばい、起きたか……!?
「……スゥスゥ……」
何だ……、寝返りか……。
それにしても、夜這いね……。
やり方も指定されてたっけ。
『蓮子を起こした後に、押し倒して両手を押さえつけて、耳元で、夜這いに来たぞ、って』
実行しなかった場合……言うまでも無いだろう。
あいつ……、俺の部屋に盗聴器とか監視カメラとか仕掛けてないだろうな……?
何はともあれ、蓮子に向き直る。
それにしても、こいつ……、可愛いな。
いつも、活発で元気な子ってイメージがあったんだけど、こうしてみると、女の子なんだなあって思う。
出るところは出てるし、部屋も女の子っぽい。顔の作りは細やかで繊細だ。
反射的に頬や髪を触っていた。
「ん……ぅん」
ともあれ、こいつを起こさなきゃな。
「おい、蓮子、蓮子」
「うん…………うーん……○○……何で……?」
軽く揺すった眼を覚ます蓮子。
眠りは浅かったようだ。
後は、行動あるのみ。
もう羞恥心は捨てちまえ……!!
「んー…………わっ!?」
予想通り、驚いた表情の蓮子。
えーと、押し倒して、両手を押さえつけて。
「夜這いに来た」
可能な限り、甘い声で囁く。
ここまで来たら自棄だな。
「え? 夜這い? ○○が? え? え?」
状況が理解できてないようだ。
どれ、もう一度。
「だから、夜這いに来たんだよ……」
「えーと……何で……?」
努めて冷静を保とうとしているが、顔は真っ赤だし、声も若干だが震えている。
相当動揺しているな。
「何でか……。蓮子が好きだから……かな?」
「ふぇ!?」
あれ? 何言ってんだ、俺?
頭は急激に冷やされる。
対して、蓮子は更に動揺している。
「え、あ、その……、えーと」
言え。
何かを。
言うんだ。
「……なーんてな。冗談だ」
ヘタレ、って誰かに言われた気がした。
構うか。
急いては事を仕損じる。
焦ることなんてないんだ。
そう、焦ることなんて……、
「え? 冗談?」
「そ、冗談」
「……何だ……冗談なんだ……」
「ん? 何か言ったか?」
とても大事なことを聞き逃した気がする。
「ううん、いや、なんでも無いわ」
「そっか」
「そう」
いつもの蓮子だ。
「それでさ……」
「ん?」
何やら、また顔が赤くなった気がするが。
「今日はこの後、どうするの……?」
「あー、そうだ。帰るの面倒だ……」
蓮子の家と俺の家は、決して近い場所には無い。
むしろ遠い部類に入る。
「じゃあさ、泊まっていかない?」
「へ?」
間抜けな声が出た。
泊まっていけと、申しますか。
このお嬢さんは。
「うん、布団は一つしかないけど……。あ、一緒に寝ればいいか」
「はへ!?」
いや、歓喜するほどに素晴らしい提案ですけど。
ただ、俺の理性が色々と……。
「嫌?」
「うっ」
上目遣いで言うのは、反則だと思う。
「私と一緒に寝たくないの……?」
「う、い、いや、それは……」
駄目だ……限界かも……。
「……くっ」
「くっ?」
何だ?
「あはははは、騙されてる、騙されてる」
「へ?」
突如、腹を抱えて笑い出した蓮子。
騙した……?
「さっきのお返しだよー」
「くっ、こいつ……」
蓮子は、舌を出し、片目を瞑りながら言った。
「でもさ、泊まっていかないかってのは本当。さすがに一緒には寝ないけどね。毛布くらいなら貸すよ?」
「あ、ああ」
もうなし崩しの状態だ。
それに今日は疲れた。
メリーの王様ゲームで、蓮子への夜這いで、そして蓮子からのしっぺ返しで。
そうだな。
このまま毛布を借りて眠ってしまえば、理性と戦う必要も無い。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
どこから出したのか、結構大きな毛布に包まる。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
電気を消し、暗闇に落ちる。
部屋はカーテンの間からの月光だけが照らしていた。
この暖かい夜。
少しだけ、蓮子との距離が縮まった気がした。
あとがき
メリーはドSだと思うのは俺だけかな。
新ろだ528
「まいったわね……」
とある田舎町。
私、宇佐見蓮子はものの見事に迷子になっていた。
「あいつのメアド……、聞いておけば良かったわ……」
何故、私が田舎の町にいるのか。
それもこれも、メリーのせいだ。
半年くらい前かな。
我らが
秘封倶楽部に新しいメンバーの○○が入ってきたのは。
まあ、そいつの歓迎会を含めた合宿をしよう、っていうのが今回の目的。
まったく、半年もしてから、メリーはいきなり何を言い出すんだろう。
……おっと、いけないいけない。
なんでも人のせいにするのは、浅ましい人間のすることね。
とにかく、私は、メリーの言い出した○○の歓迎合宿に来ていて、そこで迷子になったということだ。
「本当……まいったわ」
何というか、あいつ、○○とは話し辛い、というか落ち着いていられない。
嫌い、いやむしろ、もっと仲良くなりたいのだけれども……。
何故?
「考えてても仕方ないか……」
とりあえず、集合場所の旅館に戻ろう。
何かあったらそこで落ち合う予定だしね。
「お、蓮子ー!」
地図を頼りに旅館へ歩いていたら、丁度、あいつの声が聞こえた。
「あれ、○○」
「よう、迷子になったと思ったんで本気で焦ったよ。いや、再会できて良かった」
「そうね。路頭に迷うのも嫌だしね、それじゃ行きましょうか」
メリーは私二人に境界を探して来いと言った。
あの子は一人で何をやっているのか。
「そうだな。じゃ、向こうに行こうぜ」
「はいはい」
言いながら歩き出す。
「それにてもさ、何で私たちのサークルに入ったの?」
常々思っていた疑問を口にする。
「ん~、面白そうだから……じゃあ駄目か?」
「駄目ね。もっとまともな参加理由を作りなさいよ?」
落ち着かない自分。
何故か動悸が速くなる。
「参加理由って作る物じゃないよな……」
困ったように頭をかく○○。
「まあ、そうだけどさ」
それから会話はしばらく切れた。
歩く音だけ。
互いに喋らず、ひたすら無言。
いつもなら、沈黙に耐え切れずに言葉を発していたかもしれない。
でも、この沈黙は心地良い。
隣に○○がいて、私は一緒に歩いている。
それがこんなにも、気持ち良いものだなんんて。
メリーと一緒に歩いていても味わえない感覚。
何かしらね、これは?
「あ、おい! 蓮子!!」
「え?」
あ、油断してた。
気付いたときは遅かった。
道路の向こう側にある三色の光は赤い。
私自身はすでに車道の真ん中まで、知らずの内に歩いていた。
そして、プァー、というクラクションの音。
迫る鉄の塊。
まとめると、私は死にかけようとしていた。
別に、死ぬとは思わなかった。
目の前にあるのは普通の乗用車で、決して巨大なダンプカーじゃない。
だから、悪くても骨折くらいで済むと思う。
でも、それでも、嫌だった。
せっかく、気持ち良く○○と歩いていたのに。
せっかく、皆で合宿に来たのに。
せっかく、せっかく、せっかく。
それなのに、こんな情けない形で、嫌な思い出変わってしまうなんて。
「蓮子!!」
○○の声が聞こえた気がした。
それだけ。
後、一秒もしたら私は跳ね飛ばされているんだろうな。
ほら、一秒。
そうして、私は跳ね飛ばされ――――
「え?」
――――ることはなかった。
私は、○○の腕の中にいた。
○○に抱きかかえられる形の私。
何で……?
ドクンドクン
「あ」
同時に理解した。
何で○○といると普通でいられなかったのかを。
それはそうだ。
知らないことは理解できない。
迫る凶器。
それでも、今は。
この心地良さに身を委ねよう。
温もりを全身に感じながら、ゆっくりと眼を閉じた。
「――ん」
「お、起きたか」
眼を覚ますと、見知らぬ天井……。
ではなく、見知った顔があった。
「ここは……?」
「病院だよ。お前が気を失ってからさ、万が一を考えてこっちに連れてきた」
「そうなの……」
○○にはほとんど怪我が無かった。
「ったく、何で庇った俺じゃなくて、庇われたお前が気を失ってんだよ」
「ごめん…………」
出た言葉はボソッとしたものだった。
「ま、いいや。これに懲りたらしっかりと信号を守るように」
「…………ねぇ」
「何だ?」
多分……、無意識だった。
体が脳と関係なく動いて――――、
「……っ」
「ん……」
一瞬だけ。
「ありがとう」
「…………」
想いが触れた。
最終更新:2010年06月24日 21:17