毛玉1
1スレ目 >>614
流れるような銀髪をそっと掻き分ける。
その裏に隠れた顔は……意外と、と言っては失礼だが、整った顔(かんばせ)だった。
日に当たらないから抜けるように白く、造作はあどけなく、幼い少女そのものだった。
見とれていたのだと思う。
ずっとその顔を見つめていると、腕の中で彼女は赤くなって縮こまっていた。
「……」
見ないで、と意志を込めたのだろう。しかし声にならなかった。
彼女は声を出せない。身体構造上の問題で、声を出す器官がないのだ。
「……なぁ」
「……?」
少し上を向いて、目線を逸らして。それで覚悟を決めて、俺は言った。
「キスするぞ」
「……!?」
色素の薄い唇を奪う。口を開かせ、舌を指し込み、蹂躙する。
何度も、何度も、何度も。執拗に、張り付くように。
……どれくらいそうしていただろうか。
白く輝く毛が邪魔で、思わず手で除けた拍子に、両腕の束縛が一瞬解けた。
彼女はそれで、はっと気付いたように俺の腕の中から抜け出したのだ。
しかしキスで体力を奪われていたのだろう、バランスを崩して落ちた。
地面に落ちたスイカ大の毛玉。もう少し髪の毛が分厚ければ、まるでモップの毛先だろう。
「ほら、暴れるな……勝手に逃げたお仕置きだ。もう一度、するぞ?」
ことさら威圧的な口調になるのは男の支配欲という奴だろう。
しかし、その声を聞いても、手を伸ばして抱え直しても、彼女は抵抗しなかった。
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4スレ目 >>791(うpろだ0040)
ある日、俺はふと気紛れに散歩に出てみた。
こんな暑い日に外出るのも我ながらどうかとは思ったが、あまり部屋に閉じこもっているのも不健康だ。
たまにはこういうことがあっても良いのかもしれない。
人通りの多い、ビルの合間を歩く。
予想通り暑いが、近くのコンビニでミネラルウォーター買ってたし大丈夫だろう。
……ん?
今、路地の隅っこに小さな影が見えた気がした。
目的があって歩いているのなら素通りする所だが、今日の俺は暇だったため好奇心が勝った。
足を向けてみる。
毛の塊……だが、猫か何かだろうか。
腰を落としてじっと見てみる。
いや違う。猫とか犬とかじゃない、もっと違う何というのか……とりあえず、『毛玉』と呼ぶことにしよう。
何の捻りもないネーミングセンスだったが、そうとしか呼べない外見だったのだから仕方ない。
毛玉は何やら弱っているようだった。
荒い息をついて、俺がつんつん指で突っついても大きなリアクションはない。
……ふむ、もしかしたら……
俺はおもむろに掌にミネラルウォーターを注ぎ、毛玉の前に差し出してみる。
毛玉はそれを一目見た後、心なしか瞳に逡巡の色を浮かべて……ゆっくりと、水を舐めた。
毛玉の息が少し落ち着く。
やはり脱水症状だったか。まぁ暑いしなぁ、この辺。
その後、大人しくなった毛玉を抱えて部屋に連れて戻った。
毛がかなり汚れていたので風呂に連れて行ってお湯攻め。
最初は嫌がってたが、俺のテクニシャンな指捌きに、そのうち毛玉は大人しくなった。
……軽く汚れを流したところで本格的に洗浄を開始する。
俺の使ってるシャンプー&リンスで構わないだろうか。まぁいっか。
タオルで水気を取った後、ドライヤーが無かったので扇風機で乾かすことにする。
始めて見るであろう文明の利器に毛玉は不思議そうに扇風機に合わせて体を動かしていた。
少し微笑ましくなった。
夕刻となり、そろそろ夕食の時間だ。
毛玉は何を食うのか普通に悩んだが、とりあえず俺の晩飯を小皿に分けて差し出してみた。
恐る恐るながらも美味そうに食ってたので、とりあえずこれで良いのだろう。
……駄目だったらその時はその時だ。んなもん、ググッても見つからないしな。
俺の座椅子の上にタオルを乗せて、そこに毛玉を運ぶ。
毛玉は色々あって疲れていたのか、すぐに眠り始めた。
……灯りを消し、俺もベッドに横になる。
ミ〃彡
~ Ξ ゚д゚ミ ケダマ in ソトセカイ
彡ノノミ
毛玉と同居を始めて数日経った。
そろそろ毛玉も俺という人間に慣れてきたのか、よく纏わりついてくるようになった。
クーラーを付けていたら構わないが、切ったら暑い。
今日は少々暇だったので何となく一日、ヤツの生態や行動を観察してみた。
毛玉の行動様式は猫に似ていた。
部屋の中をうろうろしたり、ベッドの上で寝てたり、軽くカーテンを引いた窓の傍で日光浴してたり。
そのくせ、生物的には少々不思議な事も多かった。
トイレに行かない。食べ物に好き嫌いがない。
綺麗好きなのか、風呂に入ってると一緒に入ってくる。
声を聞いたことがない。
浮いてる。むしろ飛んでる。
何とも不思議な生き物である。
でも、ま……いっか。
そう気にするほどのことでもあるまい。
毛玉を膝に乗せて、頭を撫でながらそんな感じで結論付けてみる。
ミ〃彡
~ Ξ ゚д゚ミ ゲンソウ ノ イキモノ デスカラ
彡ノノミ
夏風邪をひいた。
夏風邪は⑨がひくと言うか、クーラーをガンガンかけて寝て寝冷えたり、夏バテたりしてるとなるらしい。
じゃあ現代日本人はほとんど⑨か? と聞かれれば少し悩んでしまう。
否定できないのが哀しい所だというか、こんなこと考えてる俺も大概いっぱいいっぱいなようだ。
とは言え、メシを作る気力も無ければベッドから動こうとする気力もない。
強いて言うならメシを作ってくれる友達は近所に住んでない。
彼女? 居るワケねぇだろうがこのダラズ。
というワケで、腹は減ってるもののモノが無いという危機的状況だったわけだが……
毛玉、頼むから布団にもぐりこむのはやめてくれ。ただでさえ暑いんだから。
暑さが何時レベルアップして熱さに変わってもおかしくないぞ。
だがまぁ、心配してくれてるっぽいのは感じたが。
少しだけ気力が湧いた。
とりあえず冷蔵庫に残ってた冷や飯でもおかゆにするか……
ミ〃彡
~ Ξ ゚д゚ミ ナツカゼ チュウイ
彡ノノミ
部屋でレポート制作に四苦八苦していると、毛玉が膝に乗っかってくる。
まぁ重みをあまり感じないし邪魔でもないから問題はないんだが……
少しその平和っぷりに大人げなくヤツアタリしたくなったので、
レポートのお供にと買っておいた焼酎を手に取って差し出してみる。
いや飲むなよ毛玉。
普通嫌がって逃げるだろうが。
そこからは何と言うか……酷いことになった。
酔っ払った毛玉が部屋の中を縦横無尽に飛び回ってたことだけは覚えている。
自業自得だが泣きたくなった。レポートどころではない。
ちなみにその晩、俺の最後の記憶は……
ヘナップもうごめんなさいホントもうやりません。
と、頬に毛玉がメリ込む感触だった。
ミ〃彡
~ Ξ ゚д゚ミ コノ ケ フェチガ!
彡ノノミ
最近、毛玉が物憂げにボーッとしているのを見る。
同居を始めた当初はあれだけ纏わり付いていたのに、今ではベッドの上で寝ている時間がほとんどだ。
最初は体調が悪いのかと思っていたが、メシはしっかり食ってたので体調は問題なかろう。
ならば、この変化は一体何なのか……
今まであまり考えようとしなかったが、今日は敢えて少し踏み込んで考えてみた。
毛玉はどう見ても、こちらの世界に居る生き物ではない。
そもそも、常に空中を浮遊する毛玉な生き物が居たら教えてもらいたいものだ。
もしかすると、毛玉が本来『居るべき場所』は俺の部屋ではないのかもしれない。
……そして、その場所を思い出したのかもしれない。
再び毛玉を見てみてば、ヤツは窓の外をじっと見つめている気がした。
もしかすると、もしかするかな。
外を見つめたままの毛玉を撫でつつ、ふとそんな事を思った。
ミ〃彡
~ Ξ ゚д゚ミ ワカレ ハ トウトツニ
彡ノノミ
ある日、メシの材料を買い込んで戻ると毛玉は居なくなっていた。
代わりにベッドの上に置かれていたのは、小さな小さな『P』という文字の書かれた赤い物体。
手に取ってみたら、スゥッと溶けるように消えてしまった。
それで悟った。悟ってしまった。
毛玉は去ってしまったのだと。
きっと先の物体は、ヤツなりの置き土産だったのだろう。
そのままそうしていても仕方ないので、買い込んで来た材料で晩飯を作った。
ほんの少しだけ量が多く、無意識の内に毛玉の分まで作ってた自分に気付いた。
小皿に取り分け、誰も居ない向かい側に置き……改めて夕飯を食べる。
少し味気なかった。
ミ〃彡
~ Ξ ゚д゚ミ オモイデ ハ キエナイ
彡ノノミ
翌日、普段出ることの少ないベランダに出てみた。
片手には毛玉と出会ったあの日、コンビニで買ったミネラルウォーター。
軽く煽り、ビルの隙間から射す夕陽を見つめてみる。
夕陽の中、小さく毛玉の影が見えた気がした。
一度目を擦ると、そこには何もなかった。
毛玉を思い出し、再びミネラルウォーターを煽った。
ただの水のはずなのに、少しだけしょっぱく感じた。
そのしょっぱさの分だけ、強くなれた気がした。
今はただ祈ろう。
毛玉が、自らの居るべき場所に戻れるように。
暑い夏の日の一時、俺は確かに……毛玉と会った。
最終更新:2010年05月08日 22:12