レイラ1
13スレ目>>46 うpろだ937
小高い丘に穏やかな風が吹き抜ける。その風は、冬と言うには少し暖かいもので、どこか心地良かった。
耳を澄ませば、風に乗って様々な綺麗な音色が聞こえてくる。
幽霊楽団。
丘の下の方では、ルナサ、メルラン、リリカの三人がいつものように演奏しており、多くの妖怪や妖精がそれに聞き入っている。
その中には、スキマ妖怪や花の妖怪、生意気な氷精などの、よく見知った顔もいた。
俺はこの天然のコンサート場とも言うべき場所の最上段から、その光景を眺めていた。
「……ふふっ」
不意に、俺の隣にいた人物が笑みを漏らした。
その人物の名は、
レイラ・プリズムリバー。俺が愛し、愛されることを誓った女性。
車椅子に座った彼女の、その幾重にも皺の刻まれた顔を見てみれば、優しい笑みを湛えていた。
「どうした、レイラ?」
俺の素直な問いに、彼女は目を閉じて答えた。
「いえね。そういえば、ここはあなたと初めて出会った場所だな、って思って」
「なるほど、そう言えばそうだな」
彼女の言葉に、遠い過去を思い出す。
偶然通りかかったときに聞いた、歌と楽器の調べ。
音楽なんて興味のなかった俺が、柄にもなく聞き惚れてしまったこと。
そして、それから彼女らとの交流が始まったこと。
「それに、あなたが不器用な告白をしてくれたのも、この場所ね」
口に手を当て、おかしそうに笑う。
その手にも、顔と同じように、多くの皺が刻まれていた。
「ほっとけ。それを言えば、最初に俺の誕生日を祝ってくれたときなんか、どれだけお前が顔を真っ赤にしてたと思ってんだ」
「そうね。今では懐かしい思い出だわ」
感慨深そうに遠くを眺めるレイラ。
その年老いた横顔を見ると、自分との時間の差を感じずにはいられなかった。
「……ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」
「何だ? 言ってみろ」
どこか不安そうに問う。その様子はいつもとは少し違っていた。
やがて、彼女は何かを決心したのか、その言葉を紡いだ。
「……私は、あなたに何かを残せたかしら?」
「どういう意味だ?」
「私は、あなたに色んなものをもらったわ。たくさんの思い出。たくさんの贈り物。そして、たくさんの愛。
けれど……、私はあなたに何かをあげることが出来た? 私と時間の進みの違う、妖怪であるあなたに……」
こちらへ視線を向ける彼女の姿は、今までに見たこともないような悲しい様をしていた。
俺はそれを見て、胸が締め付けられるのを感じずにはいられなかった。
「私はもうすぐ、あなたを置いて死んでしまうわ。そのことは怖くない。さんざん、あなたと話し合って決めたことだから。
でも……、与えられるばかりで、あなたに何もあげられないこと、あなたに何も残してあげられないことが怖いの……」
それは彼女の悲痛な叫びだった。この様子では、彼女はこのことを長い間悩んでいたに違いない。
それに気づいてあげられなかった。俺は最低の野郎だ……。
気まずい沈黙が辺りを覆う。俺には、風に乗って相変わらず聞こえてくる演奏がひどく場違いなものであるように思えた。
その沈黙を破ったのは、再び紡がれた彼女の言葉だった。
「……ごめんなさい。変なことを言って……。さ、演奏もそろそろ終わる頃だし、姉さんたちのところへ行きましょう」
彼女はその視線をもう一度、遠くの方へ向けた。
そんな彼女を見て、本当に変わらないな、なんて思う。
彼女はどんなに年を取っても、俺の知るレイラだった。
優しくて、引っ込み思案で、でも自分のために誰かが悲しむのを嫌う、俺の愛するレイラだった。
だから、言ってやりたかった。俺だって、彼女に色んなものをもらってるってことを。
俺は彼女の正面に回って、膝を折り、彼女の手を取った。
その手は皺のせいか、ざらざらとしていたが、愛おしい暖かさを持っていた。
「ごめん、お前がそんなに苦しんでたことに気づかなくて。でも、聞いて欲しいことがあるんだ」
「えっ……」
「俺も色んなものをもらったよ。思い出。家族。愛情。特に一番大きなものは、生きる楽しみ、かな」
「生きる……楽しみ?」
「ああ。レイラと会う前は、ただ生きてるだけで、そこに何の価値も感じなかった。けど、レイラと会ってからは違う。
話すだけで、側にいるだけで、幸せな気持ちになれた。それは、きっとレイラがいなくなっても変わらない。
陳腐な言葉だけどさ、俺の中にレイラは、ちゃんといるからな」
「あ……」
それは俺の本音。俺の思い。
多分、いや絶対に、今の俺は最高の笑顔を見せているだろう。
だって、今の俺はこんなにも良い気分なのだから。
「……ありがとう、そう言ってくれて」
ようやく彼女の顔に笑顔が戻った。
そんな今の俺たちに言葉は要らない。
俺は彼女の唇に、自分のそれをそっと合わせた。
「○○! もう、時間だよ! こんなところで寝てないで、早く起きて!」
「別に寝てない。目を閉じて、考え事をしていただけだ」
目を開ければ、そこにはおなじみの顔、メルランが。
その後ろには、ルナサとリリカの姿も。
「今日の演奏は紅魔館でやるんだ。いつものように気ままにやるわけにもいかない。マネージャーのお前がいないと困る」
「わかってるって。すぐに支度するから、外で待っててくれ」
ルナサの言葉に答え、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「あんまり待たせないでね」
そんなリリカの言葉と共に、三人は外へと出て行った。
それを見届けた俺は側に置いてあった上着に袖を通し、多くの写真立てが飾られてある棚の前に立った。
そこにあるのは、たくさんの思い出。多くの友人達や家族に祝福された結婚式や、あるいは、普段の何気ない日常を収めたもの。
俺はその中にある、今と変わらない姿の俺と妙齢のレイラが二人で並んで立っている写真に目を向けた。
「いってきます、レイラ」
そう一言告げた俺は、三人の待つ穏やかな陽の当たる外へと向かって行った。
最終更新:2010年06月04日 02:57