ハーレム?11



うpろだ1322、1389


「唐突だけど○○、一つ聞いていいか?」


「本当に唐突だな」


「気にするな。それで聞くが、胸は大きい方と小さい方どっちが好みだ?」


「………また随分な質問だな。何で急にそんな事聞いてくるんだよ?」


「実は今日、仕事の仲間内で貧乳派と巨乳派による論争が起きたんだ」


(………何でそんな論争が起こるんだろう?)


「そして数時間の間激しい意見のぶつかり合いとなったんだが、結局平行線のままでな」


(数時間………力を注ぐべき部分を明らかに間違ってる)


「そこで日頃から多種多様な美女美少女に接しているお前の意見を聞こうと思った訳だ」


「それは個人の趣味趣向の話だから僕の意見も何もないと思うんだけど……」


「とにかく答えろ! お前が答えないと話が進まないんだ」


「強引な奴………あくまでも個人的な意見だからな? 僕は…」

























友人とそんな会話をした翌日、僕は買い物に行くため人里へと向かっていた。


「こ、こんにちは、○○さん」


その道中、何の前触れもなく妖夢さんと遭遇した。
ほぼ必ずと言っていいほど幽々子さんの傍にいる妖夢さんが一人で出歩いているのは結構珍しい。
幽々子さんから買い物か何かを頼まれたのだろうか?


「妖夢さん、こんにちは………ん?」


そんな訳で挨拶を返したのだが、妖夢さんの様子がどうにもおかしい。
まるでペンキでも塗りたくったかように真っ赤になっている顔。
そわそわとしていて落ち着きがなく、時折こちらの方を向いては目が合いそうになると顔を逸らす。
いつもの彼女とはまるで別人のようだ。


「………………○○さん」


一体どうしたんだろうと思いながらしばらく待っていると、妖夢さんの方から声をかけてきた。
真っ直ぐ向けられた顔は依然として赤いままだが、その表情は何かを決意したかのように真剣そのもの。
しかし、その瞳は清廉潔白な彼女からは考えられないほどに艶のあるものだった。


(妖夢さん、こんな顔もするんだ……)


普段の妖夢さんとはあまりにもかけ離れたこの姿。
僕はまるで金縛りにでもあったかのように身動きがとれなくなってしまう。
それを知ってか知らずか、妖夢さんは次なる行動に出た。
自由自在に刀を振り回せるとはとても思えない小さな手を伸ばし、僕の右手を掴む。
そしておもむろに自身の方へ引き寄せると、僅かなの躊躇の後にそこへ押し当て………え?


「よ、よよよよ妖夢さん?!」


何? 何だ? 一体何が起こったんだ?
何で僕は妖夢さんの胸を触ってるんだ?
何で妖夢さんは僕に胸を触らせてるんだ?
もしかしてこれは夢?
しかしこの掌から伝わってくる僅かだが確かな柔らかさは? 温かさは?
もうなにがなんだか全然わからない。


「……○○さん。○○さんが好きなら、私は……」


って、なんか妖夢さんが聞いてしまったら後戻り出来なくなりそうな事を言おうとしてる!?


「あらあら、随分と大胆な事してるのね」


えっ、大胆? そんな言葉で済むようなレベルじゃないですよ!
大体、妖夢さんの事を一番よく知ってるのは貴女じゃないですか!
そんな暢気な事言ってる場合じゃない事くらい解るでしょうに!
そもそもなんでいつもと変わらない笑顔でいられるんですか幽々子さ………


「………もしかして、幽々子さんですか?」

「もしかしなくてもそうよ、○○」


その瞬間、僕は血の気が引いていくと言う比喩表現が現実的に起こりえる現象だと知った。
こういった状況を何も知らない第三者に見られた場合、
それまでの経緯がどのようなものであろうとも99%以上は男性側が悪いとみなされる。
しかも幽々子さんは妖夢さんにとって仕えるべき唯一の主。
つまり僕はこの状況を一番見られてはいけない人物に見られてしまったのである。
だが、意外なことに幽々子が矛先を向けたのは僕ではなく妖夢さんの方だった。


「ゆ、幽々子、これはその…「まったく、妖夢ッたら油断も隙もないわね」…ひぅ!」


即座に僕の手を離し、凄く動揺しながら幽々子さんに弁解を始める妖夢さん。
しかし、幽々子さんは言い訳など許さないと言わんばかりに一刀両断。
いつもと同じほんわかとした笑顔が今は果てしなく怖い。


「悪かったわね、○○。妖夢が迷惑をかけたみたいで」


得体の知れない恐怖によって妖夢さんが完全硬直した後、
幽々子さんは空恐ろしい笑顔を浮かべながらこちらに謝罪してきた。
それを見ただけで背筋が凍りついてしまう。


「い、いえ、別に気にしてませんから」

「そうはいかないわ。従者の不始末は主人である私の責任なんだから」

「でも、役得もあり…「何か言ったかしら?」…何でもありません」


余計な事をいいかけた僕は即座に謝罪。
半端な発言は死を招くと本能が告げていた。


「とにかく、今回のお詫びは後日必ずさせてもらうから」


幽々子さんは硬直している妖夢さんの首をグワシッ! と掴み、そのまま空へと舞い上がる。
その体勢だと妖夢さんの生命に間違いなく危険が生じるだろうがツッコまない。
僕だって命は惜しいのだ。
そんな事を思っていると、ふと幽々子さんがこちらの方を振り向いた。


「本当なら私が妖夢の後押ししてあげないといけないんだけど、私もまだ諦めたわけじゃないのよね」

「えっ、何をですか?」

「だから○○、今度会ったらゆっくりと良さを教えてあげるわ。期待しててね」


イマイチよく解らない事を言いながら今度こそ飛び去っていく幽々子さん。
最後のは一体どういう意味だったんだろう?




















思いがけないハプニングに遭遇した後、僕は改めて人里へと向かっていた。


「やっほ~、○○~」


その道中、何の前触れもなく萃香と遭遇した。
相変わらず昼間から酒を飲んでいるらしく、既に出来上がっているのか顔が真っ赤だ。
でも、何となく酔っ払っているのとは違う気がするのはどうしてだろう?


「やぁ、萃香。こんな所で会うなんて珍しいね」

「実は○○を探してたんだ。一緒に飲もうと思ってね」


人懐っこい感じの笑顔を浮かべた萃香はどこからともなくそれを取り出した。
いつもながら一体どこから出てくるのだろうと思う。
まぁ、そんな疑問はどうでもいい。
今考慮すべきなのは萃香の取り出したそれ……封の切られていない瓶についてなのだから。


「前にも言ったと思うけど、僕じゃ萃香のお酒は飲めないよ」


一応言っておくが、僕はお酒に強い方である。
仕事仲間と飲んだりしたときも酔い潰れるような事はまずない。
だが、それはあくまでも一般的な人間を基準とした場合。
人外の方々、まして幻想郷一の酒豪である萃香など比較にもならないのだ。
それを知らずに過去彼女の用意した酒を飲んだ僕は地獄を見たのだから。


「大丈夫。自分用に持ってきたお酒は別にあるから」


僕の返答は予想済みだったのか、別の瓶を取り出す萃香。
どうやら今回は僕が飲めるお酒を別に用意してくれていたらしい。
萃香にしては珍しく気が利いてるな。


「そういう事なら喜んで付き合うよ。
 でも、今から買い物に行かないといけないからその後でいいかい?」

「うん、いいよ」


そう言って両手に持っていた瓶を何処かにしまう萃香。
なんだか今日の萃香はみょん…妙に素直だな。
いつもなら『ダメ! 今すぐ飲む!』とか言って駄々をこねる所なのに。
そんな事を考えている隙に萃香は僕の目の前から消えていた。


「あれ? ちょっ…おっと!」


次の瞬間、背中に大きな何かが圧し掛かってきたような衝撃を受ける。
と言うか考えるまでもなく萃香だ。
いきなりの事に焦ったが、それでも飛び乗ってきた萃香を落とすわけにはいかない。
僕は素早く背中に手を回して彼女を抱えあげる。


「おいおい、いきなり飛び乗ってきたら危ないだろ?」

「えへへ。それじゃあ買い物にしゅっぱ~つ!」


何故か萃香をおんぶする羽目になってしまった。
しかもこのまま人里まで行けと?
確かに萃香はそれほど重くないけど、それでも人里までとなるとかなり距離が………


「ほらほら、早く行こうよ○○♪」


そんな笑顔で言われたら降りろなんて言えないじゃないか。
オマケにがっちり手を回してきて、意地でも離れないって感じだ。
何がそんなに嬉しいのか解らないけどこのまま行くしかないみたいだな、これは。


「まったくもう、仕方がな……あれ?」


苦笑しながらも了承の意を伝えようとしたその時、背中にかかっていた重さが消える。
驚いて振り向くと、つい今の今おんぶしたばかりの萃香が忽然と姿を消してしまっていた。


「萃香? 何処行った?」


慌てて辺りを見回してみるが、萃香の影も形も見えない。
能力を使って霧になったのかとも思ったが、それにしてはあまりにも不自然。
そもそも萃香は何も言わずに消えてしまうような真似は絶対にしないはず。
あんなに嬉しそうにしてたんだし、尚更だ。


「あら、○○さん。こんにちは」

「え?」


誰かが僕を呼ぶ声。
萃香を探していた僕は反射的にそちらの方を向く。
そこにいたのは萃香ではなく、紅魔館メイド長の咲夜さんだった。


「あっ、咲夜さん。どうも、こんにちは」


レミリアさんの御付である彼女が一人で外出しているのは珍しい。
何か用事でも頼まれたんだろうか?
って、妖夢さんの時も同じ事考えてたな。


「こんな所で会うなんて奇遇ですね」


完全で瀟洒という二つ名に相応しい素敵な笑顔の咲夜さん。
その笑顔に流されてつい世間話に興じてしまいそうになるが、萃香の事を思い出し我に返る。


「咲夜さん、萃香を見ませんでした?」

「…あら、どうかなさったんですか?」


ん? 一瞬咲夜さんの顔が強張ったような気がしたけど、気のせいかな?


「実はついさっきまで一緒にいたんですけど、急に何処かに行ってしまったみたいで」

「そうなんですか。○○さんを放っておくなんて、もう本当に生きる価値のない屑なんですね」

「え?」

「そんな薄情な鬼の事なんて忘れてしまった方が○○さんのためですよ」


何だか萃香に対して棘…どころではなく確実に悪意の篭った発言をしている咲夜さん。
前の宴会の時はそんな感じしなかったんだけど、咲夜さんって萃香のこと嫌いなのかな?


「いや、でもそういう訳には……」

「あんなアル中にまで優しく接するなんて、さすがは○○さんです。でも……」


そう言って咲夜さんは何故かこちらに接近してくる。
僕は何となく身の危険を感じて距離を取ろうとするも、気付けば抱きつかれ地面に押し倒されていた。
勢いよく倒れこんだので背中がちょっと痛い。
いや、気にするべきところはそこじゃない。


「あの、咲夜さん?」

「○○さん。今はその優しさを私だけに向けてください」


僕の言葉をスルーして事態をどんどん進めていく咲夜さん。
その表情は先に出会った妖夢さんの見せたそれと酷似していた。
そして彼女は僕の服に手を掛けて素肌を……って、ちょっと?!


「咲夜さん?! いくらなんでもまずいですって!」

「うふふっ、愛する二人の前には些細な事です」


真昼間でいつ人が通るとも知れない道のど真ん中での暴挙の何処が些細な問題ですか!
それに愛する2人って何です?!
別に咲夜さんの事は嫌いじゃありませんけど、だからって愛す……違う違う! 問題はそこじゃない!
混乱して冷静さを失うな!


「と、とにかく離れてください!!!」


何とかこの状態を打開せんと必死にもがくが、一向に咲夜さんを引き剥がす事が出来ない。
それどころか咲夜さんはより一層身体を密着させてきており、
これでもかと言わんばかりに女性特有の柔らかさやら何やらを意識させられ続けていた。
やばい、妖夢の比じゃないぞこれは!


「咲夜さん、お願いですから離れてください!」


急速に消滅しつつある理性を必死に奮い立たせる僕。
男として情けないけど、腕力で勝てない以上は何とか言葉で説得するしかない。


「それは無理です。予定とは少々違いましたが、こんなチャンスは滅多にありませんので」


しかし、完全にトリップしている様子の咲夜さんには全く通じなかった。


「予定?! それにチャンスって何ですか?!」

「据え膳食わぬは何とやらです。それではいただ…「○○から離れろッ!」…ッ!」


もはやこれまでと諦めた瞬間の出来事だった。
咲夜さんの欲情にまみれた瞳が一転して鋭さを帯び、いきなり僕の上から飛びのく。
直後に僕の真上を通過していく紅蓮の火の玉。
咲夜さんが離れるのが僅かでも遅ければ、それはきっと彼女に命中していたであろう。


「○○、大丈夫!?」


そして火の玉が飛んできた方を向くと、
そこには僕の(ついでにスレ的な意味の)危機を救って恩人、萃香が立っていた。


「ああ。萃香、ありがと…って、ナイフ刺さってるぞ?!」


が、萃香は僕とは違った意味で危機的な状態だった。
簡単に言うと全身のいたるところにナイフがぶっ刺さっていたのである。
しかしこのナイフ……もしかして、萃香を何処かにやったのは咲夜さん?


「これくらい平気だよ、○○。それにしてもやってくれたな」


そんな僕の心配に笑顔で答える萃香だが、
その顔は咲夜さんを見ると同時にたった一つの感情のみを宿したものへと変化。
ついでに口調まで威圧感たっぷりなものに変わっていた。


「あらあら、せっかく○○さんと二人っきりだったのに。無粋な鬼だこと」


まるで萃香に呼応するかのように咲夜さんの様子もまた変化する。
僕を押し倒していたときの名残など微塵も感じさせない氷のような冷たい表情。
しかしながらその本質は萃香と同じ……すなわち『相手に対する絶対的な怒り』のみ。


「最初に邪魔をしたのはそっちだろう?
 しかも白昼堂々○○に無理矢理関係を迫るという暴挙。
 そんな浅ましい女には○○の傍にいる資格などない」

「あら、自分に色気の欠片もないからと言って僻むのは見苦しいわよ。
 貴女じゃ精々、兄にじゃれついてるうっとおしい妹ですものね。
 単に成長が足りてないだけのチビ鬼さん?」

「日頃から見栄を張って真実を偽ってるような奴に言われたくないね。虚乳メイド」

「………そう、どうやらお仕置きが必要みたいね」

「………人間風情が調子に乗るなよ」


そこで言葉のやり取りは終わった。
代わりに飛び交い始めるのは大量のナイフと火球、そして弾幕。
加速していく事態は留まるところを知らず、ついに一般人の踏み込める領域を飛び越えてしまった。


「………………早く人里に行こう」


そんな人外の争いを目の前にして僕が事はたった一つ。
自分がいなくなった場合に起こるであろうリスクを無視し、全力で立ち去る事だけだった。




















早々に脱出を計り人里へと向かった僕だったが、それから後がまた大変だった。
まるで狙ったかのようなタイミングでチルノやらルーミアやらてゐやら輝夜さんやらと次々に遭遇。
オマケに全員が全員と言うわけではないものの、大半が妖夢さんや咲夜さんのような暴走状態だった。
おかげでここに至るまでに多大なる精神的疲労を負う羽目になってしまった。


「………あぁ、やっぱりお店閉まってる」


それでもどうにか里に到着した僕だったのだが、到着時間は予定よりも大幅に遅れていた。
当然買い物をするはずだった店の営業時間は過ぎ去っており、もはや手遅れ。
無理を言えばお店を空けてもらえるかもしれないが、さすがにそれは気が引ける。


「それにしても、どうやって帰ろう?」


そして目的が果たせなかった事以上に問題なのが帰路だ。
既に時刻は夕方から夜へと差し掛かっており、今人里を出たとしても帰り着くのは真夜中。
妖怪の領域でもある夜間の外出は僕のような一般人にしてみれば死を意味していた。
いくらなんでも自分から妖怪達のご飯になりにいくつもりはない。


「こんばんわ、○○さん」


どうしたものかと途方に暮れていたそんな時、思いもよらない人物から声をかけられた。
四季映姫・ヤマザナドゥ様である。


「どうも、こんばんわ」


反射的に挨拶を返したものの、僕は意外な人物の登場に驚いていた。
閻魔という役職上、常に多忙な日々を送っている映姫様。
そんな映姫様がこんな時間に人里にいるなんて考えもしなかったからだ。


「今日はお仕事はお休みなんですか?」

「ええ。大切な用事が出来たので今日から一週間休みを取ったんです」


映姫様の答えで更に驚く。
あの仕事熱心な映姫様が一週間も休みを取るなんて、余程大切な用事なんだろう。
どんな用事か聞いたら失礼かな。


「ところで○○さん。一つ質問をしてもよろしいですか?」

「えっ? あ、はい、どうぞ」


ん、また随分と唐突だな。
映姫様が僕に質問って一体なんだろう?


「この記事の内容は本当ですか?」


そう言って映姫様が差し出してきたのは今日付けの文々。新聞だった。
その一面にデカデカと掲載されている記事を見て僕は絶句。


『驚愕! 外界人○○さんは貧乳フェチ?!』


見も蓋もないどころか侮辱罪で訴えてもよさそうな見出しで始まっているその記事。
それは驚くべき事に昨日友人としていた会話をさらに脚色したものだった。
しかしどこからこの話を聞きつけたのか知らないけど、いくらなんでもあんまりだ。
大きな胸なんて胸じゃない? 貧乳はステータス? 貧乳こそ究極にして至高の存在?
見出しの段階で既にアレなのに、書かれてる内容なんてまるっきり僕の事変態扱いしてるじゃないか。
しかもこの辺の発言は全部僕じゃなくてアイツなのに……


「○○さん。それでどうなんですか?」


おっと、悲観してる場合じゃなかった。
今はまず確実に誤解しているであろう映姫様に真実を説明しないと。
万が一肯定でもしようものなら徹夜でお説教されかねない。


「あのですね、映姫様。
 率直に言いますとこの記事は射命丸さんが面白おかしく大げさに書き散らしているだけです。
 確かに僕がスレンダーな体型の方が好みというのは事実ですが、
 だからと言ってここに書かれているような事は断じてありません」

「そんな事はどうでもいいのです。
 いえ、本当はどうでもよくないのですが、今は置いておきます。
 私が聞いているのはこの記事の一番最後に書かれている一文についてです」

「最後の一文?」


映姫様の言葉を受けて僕は記事の一番最後を見る。
そして再び言葉を失った。


『なお、○○さんは現在恋人募集中。
 御本人のコメントとして『僕と付き合ってくれるという人はいつでもどこでも大歓迎!』との事です』


確かに今の僕には恋人なんていないけど、だからってこんな事は一言も言ってないぞ?
てかなんだこのアホ丸出しなコメントは。
射命丸さん、僕に何か恨みでもあるんですか?


「これは完全に射命丸さんの捏造です。僕はこんな台詞を口にした覚えなんてありません」


ここは完全に事実無根なのでキッパリと否定しておく。


「そう、なんですか………」


が、僕の答えに何故か落ち込んでしまう映姫様。
そして落ち込んだまま、まるで一縷の望みでもかけているかのような目でこちらを見つめてくる。


「ですが、○○さん自身恋人が欲しいと思っている事は間違いではありませんよね?」

「……それはまぁ、やっぱり恋人は欲しいですよ」


懇願するかのような映姫様にクラッときた僕は、おそらく映姫様が望んでいるであろう答えを返した。
もっともこれは嘘ではない。
何しろ昨日僕と話していたアイツにさえも恋人がいるのだ。
この歳になって独り身なのはいい加減に寂しいというか空しい。


「そうですか。それを聞いて安心しました」


今度は一転して嬉しそうな笑顔になる映姫様。
それにしてもどうして僕の言葉でここまで一喜一憂するんだ?
今日の映姫様はどこかおかしい……ハッ、まさか映姫様まで妖夢さん達みたいに?!


「それでは○○さん、行きましょうか」


いつの間にか僕の腕を掴んでいる映姫様。
マズイ、このまま良からぬ場所にでも連れて行かれたら今度こそ本当にアウトだ!!!
何が何でも断らなければ!!!


「あの、映姫様? お気持ちはありがたいのですが僕はもう家に帰らないといけませんので…」

「はい。ですから私が○○さんのお家まで送っていきますよ」

「……え?」

「この時間だと○○さんお一人で帰るのは危険ですから。あっ、それともご迷惑ですか?」

「い、いえ! そんな事ありませんよ!」


映姫様の厚意を勝手に邪推して変な事を………完全に疑心暗鬼に陥っていたな。
すみません、映姫様。
僕の家に着いたらキチンと謝罪させていただきます。


「それじゃあ映姫様、申し訳ないですけどよろしくお願いします」

「いえいえ、お気になさらないでください。それでは行きますよ」


そんな訳で僕は映姫様に手を引かれ、闇に染まっていく空へと舞い上がった。
何にしても無事に帰りつけそうで良かった良かった。

























きっと、そんな暢気な事を考えていた所為だろう。


「そうですよ、○○さん。気にする必要なんて何処にもないんですからね……フフッ………」


映姫様がまるで獲物を捕らえた肉食獣のような笑みでこんな事を口走っていたのに、僕は全く気付かなかった。



────────


人里で偶然出会った映姫様の厚意に甘え、僕は自宅へと送って貰っていた。
大切な用事のために休暇を取ったという映姫様に余計な面倒をかけてしまい、
僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そう、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが………


「映姫様。一つお聞きしたい事があるんですけど、いいですか?」


どうしても腑に落ちない、というか聞かずにはいられない事がある。


「どうしてこの状態で飛んでるんでしょう?」


それは現在の僕達の状態…というか体勢。
人里から出発した当初はただ手を繋いでいるだけだったのに、
いつの間にやら真正面から抱き合うような格好で空を飛んでいるのだ。
おかげで映姫様の綺麗な顔がすぐ目の前に迫っており、
また映姫様の身体がこれ以上ないほど密着しているため、僕は邪念を鎮めるので大変だった。


「この方が安定するんですよ」


微笑みながらさも当然の事のように言う映姫様だが、
自力で飛ぶ事の出来ない僕でもそれはありえないと思う。
どう考えても手だけ引いてもらっていた時のほうが飛びやすいはずだ。
とは言え送って貰っている以上、映姫様の行動に文句をつけるわけにはいかなかった。
映姫様がそう言うのならばそうなのだろうと納得するしかないのである。


「きゃ♪」

「ッ!!!」


そう、咄嗟に身体を押し付けられたりあわやキスされそうになったとしても耐えるしかないのだ。


「ゴメンなさい○○さん。何だか急にバランスが崩れてしまって♪」

「い、いえ。大丈夫です」


映姫様、そう言いながらも悲鳴とか台詞とかが妙にワザとらしい気がするのは何故ですか?




















結局そのままの状態で運ばれる事約三十分。
何とか自宅まで耐え切る事が出来たものの、精神的疲労はピークに達していた。
出来る事なら今すぐにでも布団に入って泥のように眠りたい。
だが、その前にわざわざここまで送ってくれた映姫様にお礼を言わないと。


「映姫様、わざわざ送っていただいてありがとうございました」

「気にしないでください、○○さん」


ああ、映姫様の笑顔が眩しい。
こんなにも温かくて純粋な笑顔の出来る人がワザとあんな事をするはずないじゃないか。
そもそも街で会った時だって、映姫様が他の人みたいに変な暴走してるんじゃないかって勘ぐったし。
僕は心の中で映姫様に対する勝手な想像への謝罪を行った。


「……あれ?」


と、ここで僕は足元のある物に気がついた。
それは僕が外出前に描けておいた南京錠の存在。
その鍵が何故か真っ二つにされた状態で転がっていたのである。


「どうかしましたか?」

「いえ、その……これが」


とりあえずボロボロになったそれを拾い上げ、映姫様にも見せた。
周囲に人が住んでいないため、僕は万が一を考えて必ずこの鍵を掛けてから外出している。
それが壊されていると言う事はつまり、何者かが僕の家に無断で侵入したという事だ。
いや、もしかしたら未だに僕の家の中に居座っている可能性だってある。


「有罪です」

「え?」


そんな感じの説明を終えた後、映姫様のそんな呟きが聞こえてきた。


「○○さんの家に忍び込むなど言語道断ッ!
 そのような不貞の輩はこの四季映姫・ヤマザナドゥの名において見過ごすわけにいきません!!!」

「え、映姫様? ちょっ、落ち着いてください」

「落ち着け? 落ち着けですって!? 何を言ってるんですか○○さん!!!
 誰とも知れぬ者が○○さんの家に不法侵入したのですよ?!
 これが落ち着いていられるわけ無いじゃないですか!!!
 ○○さんの家に無断で進入するなど、どんな理由があっても許されません!
 それにもし家の中を物色でもされていたらどうするんです?!
 いえ、間違いなく物色されているでしょう。
 何しろ○○さんの私物という超激レアアイテムの宝庫、見逃す手はありませんよ!!!」


げ、激レア…何だって?
映姫様の口から物凄く違和感のある単語が……いや、きっと疲れてる所為で聞き間違えたんだ。
そうに違いないという事で納得しておこう。


「あの、映姫様? 僕の私物なんて盗んでもどうしようもないですよ?」

「何を暢気な事を言ってるんです!!!
 もしも犯人が盗み出した○○さんの私物で善からぬ事をしていたらどうするんです!!!
 そんな羨ましい事断じて認められません! 私だっていつも我慢しているのに!!!」


あ、あれ? 映姫様がさらにトンでもない事を口走った気が……いや、これもきっと聞き違いだ。
今日の僕はどうしようもないくらいに疲れているし、うん、きっとそうに違いない。
清廉潔白を地でいく映姫様が日頃から変態じみた犯罪行為を妄想しているなんてありえない。


「とにかくまずは犯人に繋がる証拠を見つける事が先決ですね。○○さん、行きますよ」


などと軽く現実逃避している間に家へ突入しようとしている映姫様。
それに気付いた僕は慌てて映姫様を止める。


「映姫様、それは危険ですよ! まだ犯人が家の中に居るかもしれないのに……」

「それこそ好都合と言うものです。
 神聖な聖域を汚した屑がどんな目にあうのか、魂の奥深くにまで刻み込んであげます。
 安易な死など絶対に与えてやるものですか!!!」


だが、今の映姫様にはそんな制止など無意味だった。
むしろ犯人が居た方がいいとまで言い放つ始末。
それ、絶対に閻魔様が言っていい台詞じゃないですよ。


「○○さんの家に侵入した不届き者!!! 居るのならば出てきなさい!!!」


そうこうしている間に映姫様は玄関の扉を開け放って家内に突入してしまった。
仕方なく覚悟を決めた僕も映姫様の後について自宅へと足を踏み入れると、


「お、お帰りなさいませ、○○さん」

「「………………は?」」


何故か三つ指ついて待機していた妖夢さんを前にして言葉を失ってしまうのだった。




















全く予想だにしていなかった人物の登場にしばし放心状態だった僕と映姫様。
妖夢さんの呼びかけで我に返った後、彼女に事情の説明をお願いした。


「……なるほど、そういう事だったんですか」

「お騒がせして申し訳ありませんでした」


正座して深々と頭を下げる妖夢さん。
当たり前だが、南京錠を破壊したのは彼女だった。
その理由を要約すると、

『白玉楼に強制連行された妖夢さんは今日の件で幽々子さんと盛大な喧嘩を繰り広げた。
 その後カッとなって勢いのまま家出したものの、行く当てがなかったのでとりあえず僕の家に。
 しかし鍵が掛かっていて中に入れなかったのでやむを得ず』

との事。
どうして最後がやむを得ずに繋がるのかはさておき、
入った後は鍵を壊してしまったお詫びに掃除や洗濯などの家事をしてくれていたらしい。
しかし、妖夢さんが幽々子さんと喧嘩するとは驚きだ。
今日の事は2人にとってそんなにも大きな問題だったのか。


「ですが、器物破損と住居不法侵入に変わりはありません」


僕の横で映姫様が無表情で言い放つ。
先程までの興奮状態から一転して氷のように冷たく感じられる映姫様。
自分に向けられているわけではないと解っているのに、一言一言聞く度に反応してしまう。


「映姫様。妖夢さんなら知らない間柄でもないですし、僕はもう気にしてませんから」

「○○さん。罪は罪です」

「でも掃除や洗濯とかの家事をしてくれた訳ですし、それでチャラという事にはなりませんか?」

「………………○○さんがそう言うのでしたら仕方ないですね」


明らかに納得していない感じの映姫様だったが、最終的には僕の意見を尊重してくれた。


「ありがとうございます、映姫様」

「ッ!? べ、別にお礼を言われるような事ではありません」


とりあえず笑顔でお礼を述べると、顔を真っ赤にして思いっきり目を逸らされてしまった。
もしかして照れたのかな?
普段は凛とした雰囲気で格好いいけど、こういう仕草は素直に可愛らしいと思う。
まぁ、可愛いなんて口にすると怒られそうだから実際には言わないけど。


「それでは○○さん、私は夕食の準備をしてきますね」

「あ、僕がやるからいいですよ」

「いえ、後は温めるだけですから。
 それに私は今日から居候の身なのですから、お気遣いは無用ですよ」


そう言って台所に向かう妖夢さ……ん、居候の身?
ひょっとして妖夢さん、このまま僕の家に住むつもりなのか?


「あの、妖夢さ…「貴女が○○さんの家に住むなど、断じて認めるわけにはいきません!!!」……ん」


僕の台詞を掻き消して妖夢さんに詰め寄る映姫様。
さっきまでの冷徹さが一転し、表で騒いでいた時のように熱を帯びていた。


「これは私と○○さんの問題ですので、別に四季様に認めていただく必要はありません」


しかしながら妖夢さんは怯まない。
幽々子さんが相手だった時とは比べ物にならない程の覇気を放ちながら映姫様と対峙している。


「○○さんの身の安全を考慮した上での至極真っ当な意見です!!!」

「身の安全を考えたのならば、私が一緒に居た方がより効果的だと思いますが?」

「戯言を! 二人きりという状況を利用してか弱い○○さんを襲おうという魂胆が見え見えです!」

「お、襲うなんて破廉恥な事言わないでください!!! 私はただこの機会に既成事実を…」

「同じ事です!!! そんな抜け駆け許しません!!!」


何だか男として情けなくなってくる2人の言い争いだが、この流れは非常に危険だ。
このままヒートアップしていけば間違いなく萃香と咲夜さんの二の舞になってしまう。
この二人に暴れられたら僕の家なんかひとたまりも無いだろうし、それ以前に僕の命が危ない。


「ふ、二人とも冷静に、ね? とにかく落ち着いて話し合いましょうよ」


僕は可能な限りの笑みを浮かべて2人の説得に入る。
結論を先延ばしにするだけのような気もするけど、まずは2人を落ち着かせないと。


「○○さん! ○○さんは同居を認めるというのですか?!」

「○○さん! ○○さんは私に出て行けというんですか?!」


しかし、余計な横槍は自らの死期を早めるだけの結果となってしまった。
二人の矛先が揃って僕の方に向けられ、何の覚悟も出来ぬまま究極の選択を突きつけられてしまう。


「「どうなんですか!? ハッキリしてくださいッ!!!」


どうして僕が責められないといけないんだろう、と心の底から思う。
だが、こうなってしまった以上は理不尽な現実を嘆いても意味が無い。
この状況を切り抜ける返しを考えなくては。
何か無いのか? 全てが丸く収まるようなアイデアは……


「それなら私達皆で○○の家に泊まればいいんだよ」

「……は?」


えっ、何で萃香がここにいるんだ?
萃香は咲夜さんと殺し合いスレスレの弾幕ごっこをしてたはずでは?
ハッ、まさか咲夜さんを亡き者に?!


「全員一緒ならば不用意な抜け駆けは出来ません。
 もちろん不満は残りますが、○○さんと一つ屋根の下という状況を考えれば妥協できるレベルです」


あっ、咲夜さん死んでなかったんだ。
よかったよかった……じゃなくて、何で咲夜さんと萃香が揃ってここに?!
全然気配とか感じなかったけど、いつの間に入ってきたんだ?!
それに映姫様も妖夢さんもどうして驚いてないんですか?!


「そういう事ならば仕方ありません」

「不本意ですが、ここは引き下がった方が良さそうですね」


すっかりパニックな僕をそっちのけで4人は話を進める。
そして僕が我に返ったとき、僕にとって最悪と言って過言ではない条件で話がまとまっていた。
いや、ひとえに最悪というよりは天国と地獄のせめぎ合いという方が正しいかな。


「そういう訳だからさ、○○。今日は宜しくね~」

「「「宜しくお願いしますね、○○さん」」」

「………………はい」


とにもかくにも、こうして僕の長い夜が始まったのだった。





続く


最終更新:2010年06月05日 00:15