ハーレム?14



新ろだ192


 ここは幻想郷の博麗神社。
 今日も今日とて宴会が行われている。
 騒ぐことが好きな連中が集まっている中、一人少し離れたところでちびちびと酒を飲む男がいた。
 彼の名は○○。外の世界からきた外来人でここの住人たちを気に入り外界に戻ることをせず、この幻想の地で骨を埋めようと決意した。
 彼も騒ぐことは嫌いではないのだが酒の席ではちょっと距離を置いている節がある。
 そんな○○に二人の少女が近づいた。

「○○、飲んでる?」
「ああ、そこそこにな」
「そのわりには杯が空いてないぜ?」

 紅白の腋の開いた独特の巫女服と白黒の魔女のような格好をしている。
 博麗霊夢と霧雨魔理沙だ。

「あんまり酒は強くないんだ。自分のペースで飲みたいんだよ」
「まぁ、無理に飲んでも楽しくはないからね」
「でもそれじゃつまらないんだぜ。一回自分の限界を知るのもいいと思うぜ」
「でもなぁ、飲み過ぎると記憶が飛んじゃうから……その時の俺の行動を知る人はみな口を噤むから……」
「へぇ、面白いこと聞いたわ」
「そうだな。へべれけになった○○か。ちょっと見てみたいな」
「やべ、やぶへびだったか。じゃ俺は別のところで飲んでるから。じゃっ!」
「魔理沙!!」
「言われるまでもないぜっ!」

 霊夢の呼び声で○○を羽交い絞めにする魔理沙。

「んふふ……さぁ覚悟しなさい。だぁいじょうぶ、ここには医者も居るから大事にはならないわ」
「ちょっ、待て、誰か助けて……ってみんな無視!?」

 一同考えは同じなのかニヤニヤとしている者、すまなそうな顔でこちらを見ている者、誰一人止めようとはしなかった。
 精一杯の抵抗として口を固く閉じ首を振る○○。

「んもぅ、いい加減観念しなさいよ。こうなったら……」
「んぶっ!?」

 霊夢は○○の顔を掴んで口移しで口内に酒を流しこむ。
 こくりこくりと喉が動き、酒を飲み込まされているのが分かる。
 ぷはっと息をつき霊夢は○○を見つめる。

「ふぅ、どう? ○○?」

 問いかけに答えず、だんだんと顔が赤くなり力尽きたように○○はぐったりと魔理沙に体重を預けてしまう。

「お、おいっ! 大丈夫かっ!?」
「た、大変っ! まさかこんなことになるなんてっ!?」

 自分たちを基準にしていたためか○○が酒に弱いという可能性を忘れていたのだ。
 慌ただしくなる中、むくりと○○は起き上がった。
 どうやら大丈夫だと分かり一安心する少女達だが、○○の目が完全に座っていることに気が付くべきだった。

「……れいむぅ」
「え? なに○○、うむぅっ!?」

 ○○は霊夢を抱きしめると唇を重ね合わせた。
 急なことに霊夢は目を白黒させるが、状況はさらに悪化し始めた。

(えっ!? そ、そんなっ! し、舌が入ってくるぅ!)

 ぴちゃぴちゃくちゅくちゅと水っぽい音が聞こえ時折霊夢の身体がひくんと震える。

(う、うそ……○○ってこんなにキスがうまいの……?)

「ちゅ……ちゅぷ、んん……はぁ、んっ」

 最初は流されるままだった霊夢も○○の背中に腕を回してしがみつく。
 ○○も頬に掌を当てて彼女をもう片方の腕で抱きしめる。
 そんな二人の様子をギャラリーは赤面しつつも目が離せなかった。

――ちゅっ……ちゅぱっ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぷ……ちゅぷ……

(ふあぁ……らめぇ、らめなのぉ……このままじゃ、○○に全部吸われちゃうよぉ……)

 そう考えていてもむしろこの心地よさに流されていたいという欲求が勝り、腕の力を強めて○○に更にしがみつく。
 その姿はもっとしてと哀願しているようだ。

「あむ……はぁ、む……んっ、ちゅ、ちゅく……んふぅ……ちゅぷっ、あむ……ちゅっ、――んんぅっ……!」

 びくびくっと霊夢の身体が震えると腕の力が抜け崩れ落ちるように倒れこむ。
 その顔は赤く呼吸が荒い。目の焦点が結ばれていなく唇が艶めいているのが妖しい魅力を醸し出している。
 周囲の野次馬はそろってこう思った。

(さ、最強の酔っ払いが降臨した!!)

 そうこうしているうちに○○は魔理沙を陥落し次に近くにいた咲夜をも撃墜した。
 のちに彼女はこう語る。

『私は最初何をされたのか分からなかった。……頭がどうにかなりそうだったわ。
 ……超スピードとかそんな単純なものじゃなかったわ。まるで私がいつもしている時を止めたかのように……
 いえ、それ以上の恐ろしいものの片鱗を味わったわ……』
 それ以上彼女は語ることができなかった。身体が震えて顔が桜色に染まっているのはあの時のことを思い出しているからだろうか。(取材者 射命丸文)

 一歩ずつゆっくりと近づいてくる○○に対し戦慄を覚える幻想郷の少女達。
 幽々子が思い出したように叫ぶ。

「紫! スキマよ! 彼をスキマに閉じ込めるのよ!!」
「そ、そうね! ごめんなさい○○!」

 足元に開いたスキマに吸い込まれる○○。
 これで一安心と思った瞬間紫は後ろから抱きしめられた。

「ふふふ……ひどいなぁ、ゆかりんは。そんなに俺を独り占めしたかったのかい?」
「そ、そんな……ありえない……」

 彼は紫の後ろのスキマから上半身を出し彼女の背後から抱きしめる形になっている。
 その姿はまるで第12使途から這い出てきた初○機のよう。この酔っ払い恐るべし。
 背筋に指を這わして首筋に息を吹きかける○○にぞくぞくっと身体を震わせ、甘い声をあげる紫。

「かわいいなぁ……ゆかりんは。そんなに気持ちいいのかい?」
「あぁ……いいの……私、そこ、弱いのぉ」

 身もだえる彼女には普段の威厳はまったくなかった。
 耳を甘噛みされ、首を反らされてキスをされる。
 お互いの顔が逆になるような格好だが全然苦にしていない。
 某決戦兵器のようにきっかり5分キスをされて、あっさりスキマ妖怪は撃墜された。意外にウブらしい。

 新たな獲物を求めて再起動する○○を見て幽々子は悲しげな声を出す。

「ああ、もうお終いよ……○○によって幻想郷は桃色ピンク空間に変えられてしまうのね……」
「幽々子様……」
「……でもそれも悪くないかもね」
「みょん!?」



 あっは~ん♪



 次に○○が記憶を取り戻したのは布団の中だった。
 頭が痛み、やはり記憶がない。
 霊夢にむりやり酒を飲まされたところまでは覚えているのだが……
 と、自分の上に誰かが眠っているのに気がついた。
 布団を捲り自分の胸元を見ると漆黒の髪が呼吸に合わせて揺れている。
 体中にキスマークがつけられ、下着姿に袖だけという何とも扇情的だ。
 ○○が目を白黒させていると寒さで身震いした霊夢が目を覚ました。

「……おはよ」
「おはよう。で、何でそんな恰好で俺の布団の中にいるの?」
「……昨日のこと覚えてないの? あんなに情熱的にしてくれたのに……?」
「えぇええっ!?」
「……まぁ覚えていないならいいわ。ただ、責任はとってね♪」
(お、俺は何をしてしまったんだ!?)

 その後あの宴会に参加していたメンバーに話を聞こうとしても顔を赤くして逃げて行ってしまう。
 そして酒の席で新たなルールが加わった。

『○○を決して潰させないこと』と……


新ろだ235,236,237


「待ってなさい、○○……うふふ」
 暗い地下室にともる、小さな明かり。
 照らされた彼女の口の端が僅かに上がる。
 その笑みに滲むのは、果たして。




「……うわっ」
「どうかしたの、○○?」
 永遠亭の廊下にて。
 師範からいつものように掃除を仰せつかり、
 てゐに昼過ぎにお菓子を作る事を条件に手伝いを頼んでいた。

「いや、何か急に寒気が……戸は一応全部閉めたはずなんだけど」
「ふーん……風邪?」
「かもしれないね。診療目的で来た誰かのが感染った――なんて結構ある話だし」
「○○、あんまり無茶はしないでね」
「…へ?」
 僕が真意を問うのと同時、彼女はぴょんと高く飛び……
「ぐぇっ」
 僕の背中に飛び乗ってきた。落ちないようにするためか手は首に絡められている。
 傍から見れば背負っているように見えるのだろうか。いやしかし今はそんなことよりも
「く、首がしま、る」
「あ、ごめんごめん。でもほんと風邪とかひかないでね?」
 もそもそと背後で体勢を整える感じがしたかと思うと、僕の肩に首を乗せるように彼女がすり寄ってくる。
「どうしてさ」
 僅かに香る甘い匂いと背中に感じる感触に戸惑いを覚えながら問いを口にする。

「だって○○が寝込むとお菓子くれるのがいなくなるじゃない」
 返ってきた答えは案の定、と言った所。
 盛大に溜息が漏れ出る。そろそろ彼女の対応にも慣れなきゃ。

「なるべく気をつけるよ……掃除の手伝い、ありがとね」
「どういたしまして。約束のブツ、忘れないでね」
「はいはい…なるべくてゐ好みのモノを入れておくよ」
「ふふ、ありがと。だから○○って好き!」
 頬にやわらかい感触。
 僕の動きが硬直した隙に彼女は僕の背から降り、廊下を走りだしていた。
「また後でねー!」




「何そんなとこでぼーっと突っ立ってるの?」
「うわぁっ!?」
「きゃっ」
 半ば思考停止状態で肩を叩かれた為、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 後ろで僅かな振動。振り返ってみれば……
「あ、ああ、鈴仙か。ごめん、ちょっと考え事してて……大丈夫?」

 どうやら僕が変な声を上げたために彼女は尻餅をついてしまっていたようだった。
 起こすために手を差し出す。
「ありがとう、○○。何とも無いわ」
「ごめんね、僕のせいで転んじゃったみたいになって」
「そうね、何度呼びかけても反応が無かったから肩を叩いたらこれだもの」
 可笑しそうに笑う鈴仙。
「メンボクナイ」
「もういいわ。次からは気をつけてね?」
 そのまますたすたと廊下を数歩程進んだ所で、思い出したようにターン。
「そうそう、師匠が呼んでたわ。診療所までおいでなさい、だってさ」
「師範が? わかった。ありがとね、鈴仙」
 腕につけた時計に目をやる。
 まだおやつの時間まで結構ある。大丈夫かな。

「それじゃ、また後で」
 鈴仙を見送ってから床で光るものに気づく。
「これは……ボタン?」
 どうやらさっき転んだ時に取れたらしい。
 渡そうと思って廊下を見ると、既に鈴仙はいなかった。
「後で渡そっと」




「あら○○じゃない」
「姫様。どうかしたんですか?」
 襖から首から先だけ出してきょろきょろしていたこの館の当主は、
 僕を見るなり嬉しそうな顔をして
「ちょっと付き合ってよ」
 にゅっと出てきた手で自分の後ろをくいくいと指す。
 隙間を覗いてみると奥にはテレビに映ったゲーム画面。
 脇には姫様ご愛用のこたつデラックス(冷蔵庫等周囲に敷設済み)。
「私一人じゃちょっとクリアできなくてね。
 協力プレイも出来る奴だからちょっと手伝って」
 (そういえば最近ゲーム、してなかったな……でも)

 目の前にある誘惑を断ち切るべく、首を振る。
「そうしたいのは山々なんですが、師範に呼び出しを食らってて」
「あー……えーりんがね。うん、わかったわ」
「助かります。終わってまだ余裕があったらお邪魔しますね」
「期待しないで待ってるわ」
 そのまま襖から首と手が引っ込められ、戸が閉まる。

「おっと、早くしなきゃ……」
 のんびりしていたせいで叱られてはかなわない。
 僕は診療所への道を小走りで急ぐことにした。




「師範。○○です」
「あら、早かったわね。いらっしゃい」
「失礼します」
 "年代物"の障子戸をなるべく静かに開け、同様に閉める。

「鈴仙から伝言を受けて来たんですけど、何か御用でしょうか?」
「ええ、その事なんだけど」
 そこで一旦言葉を区切ると、師範は椅子を回してこちらを向いた。
「ちょっと里までお使いを頼めないかしら。
 長に薬の調合頼まれてたのはいいんだけど、届けるのを忘れてて」
 少し困ったような顔をして微笑む師範。
「それくらいならお安い御用です。
 あ、でもお昼終わってからでいいですか?」
「それくらいなら構わないわ。
 そろそろいい時間だし、支度お願いね」
「分かりました。それじゃ出来上がったら呼びますね」





 御飯の後の諸々の用事を片付けた後。
「それじゃ、行ってきます」
「気をつけてね。あまり遅くならないように」
「わかってますよ。それじゃ」
 皆に見送られて、僕は永遠亭を後にした。





「……行ったわね?」
「行きましたね」
「てゐ、念のためにウサギ達を見張りに」
「らじゃ!」

 くるくると丸められていた紙を永琳が壁に貼り付ける。
 そこにはでかでかと"クリスマスに如何に○○に迫るか"と書かれていた。
 食卓を作戦テーブルに早変わりさせ、永遠亭の4人が顔を並べる。

「さて、今日はクリスマスなわけだけれども」
 だん、とテーブルに手をつく永琳。
 残る三名もいつになく緊迫した面持ちである。

「作戦会議よ」




───────



「それじゃあ長さま、そろそろお暇しますね」
「もう少しゆるりとなされてもよろしいのですが」
「それもいいんですけどね……晩御飯の支度をしないとなので」
「そうですか。それではまたの機会にお茶でも」
「はい、その時はよろしくお願いします」


 がらがら、と戸を閉める。
「ふぅ、すっかり遅くなっちゃったな」
 向こうの世界にいた頃から愛用している時計に目をやる。
 既に六時過ぎを指している。
 永遠亭を出てから四時間といった所。

「早く戻らないと、支度間に合わないな」
 来る前よりは幾分か軽くなったバッグを背負いなおし、
 僕は来た道を走り始めた。








「お師匠様」
 てゐがひそひそと耳打ちをする。
「○○が……よし、会議はここまでね。各自健闘を祈るわ」
 撤収!とばかりに壁に貼り付けていた紙を剥がし、炉に放り込む。
 ゆらゆらと燃えていく紙の塊が灰に変わり、風に乗って消えた頃。
 ○○が帰ってきた。


「ただいまー」
「あ、お帰り○○」
 僕を出迎えてくれたのは、玄関でウサギ達と戯れるてゐだった。
「ただいま、てゐ。他の皆は?」
 わしわしとてゐの頭を撫でながら尋ねる。
 くすぐったそうにしながらも彼女は教えてくれた。

「んぅー…。鈴仙は多分部屋、姫様はいつも通り。
 お師匠様はまた地下室で実験でもやってるんじゃないかな?」
「そか。あ、晩御飯何がいい?」
「○○が作ってくれるのならなんでも」
「了解。それじゃ、また後でね」

「○○!」
 不意に呼びかけられて振り返る。
「めりーくりすます!……でいいんだっけ?」
「合ってるよ、てゐ。メリークリスマス」






「鈴仙、いるー? 入るよー?」
 取り立てて気にするような間柄でもない。
 そのままがらりと戸を開けようと手をかけたところで、
 部屋の中からガタガタッと慌しい音がした。
「……鈴仙?」
 音がするからにはいるのだろうけど、返事がない。
 不思議に思いながらも戸を開ける。

「あ、やっぱりいた」
「な、何かしら○○」
 こたつを背に不自然な格好をして座っている鈴仙。
「何かすごい音がしたけど、どうかしたの?」
「何でもないわ。片付けの途中だったのよ」
 居住まいを正しながら、
「何の用かしら?」
 と、改めてこっちを見る。
 "出来れば早く出て行って欲しい"オーラを滲ませつつ。

「あ、えーと、うん」
 いきなり入ったのはマズかったかな。
 とりあえずの用件を済ませるため、ポケットに入れておいたモノを二つ取り出す。
「はい、これ」
「?」
「プレゼント……ってわけじゃないんだけど。
 昼前に転んだ時に、ボタン取れてたから」

 差し出したのは、取れていたボタンと、新しいボタンセット。
 さっきお使いに出ていた時についでに買ってきたものだ。
「良かったら使ってね」

「……」
 驚いた顔のまま固まる鈴仙。
「気に入らなかった?」
 もうちょっとお洒落なのが本当は良かったんだけど。
 里に出かけた時の僕の財布事情では結構一杯一杯だったのだ。
 少し無理してでも買えばよかったかな、と内心後悔。

「全然、そんなこと、ない、よ」
 おずおずと手を差し伸べ、ボタンを受け取る鈴仙。
「そう。よかった」
 そのままくるりとターン。
「それじゃあ晩御飯の支度があるから、また後で」
「……うん」

 顔が見えない位置だったので彼女の表情までは窺えなかったけど、
 受け取ってくれたってことは大丈夫なんだろう、とりあえずは。





「姫様、失礼します」
「おかえり○○」
 こちらを振り向きもせず、画面を食い入るように見つめている姫様。
「そりゃ、ああこっちじゃない向こうだってばあーっ!」
 どうやら負けたらしい。コントローラーを投げ出し、畳に大の字に転がる。
 どれどれ、と部屋の中に入り画面を眺める。
 どうやら僕も知っている……というよりはクリアした経験のある潜入モノのようだった。
 気を取り直したのか再びがばっと起き上がり、ゲームを再開。
「姫様、姫様」
「……何よ」
 まだ多少は引きずっているのか、ぶすっとした顔を向けてくる。
 助言を――なるべくわかりやすく――するべく、
 姫様の後ろに回り、同じ視点を確保。
 簡単に言えば頭が二つ並んでいる感じである。

「…、何のマネかしら」
「あ、ちょっとアドバイスをしようと……お邪魔です?」
「別に。それで、どうすればいいの?」
「えっと、まずは隣のマップに。
 そこの建物の屋上に見張りがいますから何とか黙らせてください。
 で、次はそこの角を――」


「いよっし、クリア!」
 拙いナビながらも姫様は無事クリア。
 ぱちぱちと手を叩いて祝福。
「おめでとうございます」
「○○のおかげだわー、ありがと!」
 零れるような笑顔がとりあえずのご褒美ということにしておこう。

 (姫様にも一応聞いておこうかな)
「姫様、今日の晩御飯何かリクエストあります?」
「晩御飯…今日はクリスマスよね」
「そうなりますね」
「それに見合うようなものなら何でもいいわ」
「わかりました。元よりそのつもりだったので助かります」

 姫様の肩から手を離し、部屋を出ようと立ち上がる。
「あ……」
「どうかしました?」
「何でもない。御飯楽しみにしてるわね」
「腕によりをかけますよ」
 力こぶを作るポーズをとっておどけて見せ、
 僕は部屋を後にした。





 師範の部屋を訪ねてみると、聞いていた通りに地下室への蓋が開いていた。
 そこまで深いものでもないので声を張り上げれば届くだろう。多分。
「師範、いますかー?」

 ちょっと待ってみたけど返事がない。
 (声、小さかったかな?)
 息を吸いなおし、もう一度。
「しーはー「そんなに大声出さなくても聞こえてるわ」」
 何故か後ろから声がして。
 びっくりしてフチにかけていた手がズレる。
 (やば、落ち――!)

「大丈夫?」
 階段を転げ落ちるなんてことは実際にはなく、
 師範に抱きしめられるような形で助けられていた。
 半ばパニックのままの僕を宥めるように、抱きしめる腕に力が入る。
「だいじょうぶ、です」
 転げ落ちる恐怖とはまた別の意味でパニックになりそうな思考を無理やりねじ伏せつつ、なんとか言葉を口にする。

「それで、何の用かしら」
 抱きしめたまま、尋ねられた。

 全身を包み込むような感触、優しい匂い。
 くらくらする、と言っても差し支えない位には緊張している。
「えっと、薬を届けましたの報告をしにきました」
 そんな状況で口を開いたものだから日本語が少々おかしい。
 くす、と後ろで笑い声。
「そう、ありがとう、○○。でも」
「?」
「不用心なのは修行が足りないわね」
「……精進します」

 ようやく落ち着いてきたのを見計らって。
「あの、師範」
「なぁに?」
「晩御飯の支度がありますので」
「あら、そういえばそうだったわね」
 ようやく腕から開放される。

「その、失礼します」
 静かに戸をしめた。
 多分顔は真っ赤になっているのだろう。




───────



「御馳走様でした」
 他お粗末様、お腹一杯、師匠止めてください、等々。
 思い思いに食後の言葉を口にし、席を立つ。

 片付けをしようと食器をに手を出したところで師範に止められた。
 曰く「明日でもいいじゃない」と。
 逆らってはいけないような気がしたので大人しく従うことにした。
 さすがに出しっぱなしは匂いとかが出るので
 ウサギ達の手も借りて台所まで戻したけれど。



 (後片付けは明日に回して正解だったかな……)
 クリスマス、という事も手伝ってか、
 皆は時折神社で開かれる宴会ばりにお酒を飲んでいた。
 当然付き合うはめになったのは言うまでもなく。



「せめてお風呂位は済ませて寝よう……」
 一旦自分の部屋へ行き、着替え等を引っ掴み。
 そのままベッドにダイブしたい気持ちを堪え、
 ややふらつく足取りでお風呂場へと向かうことにした。


「はふー……いいお湯」
 湯船に身体をひたし、目を細める。
 お風呂というものはいいものである。
 伸びが出来るほど広ければ尚ベター。
「嗚呼……溶けるー……」

 一日の疲れを取るべく伸び伸びと浸かっていた僕の耳に、
 カラカラ、と戸の開くありえない音が聞こえた。

「気持ちよさそうね……私も入ろうかな」
「ひ、ひひひひめさま!?」
 後ろから聞こえた、その声は改めて思い返せば、よく聞く姫様の声で。
 (なんで姫様がこんな所にっていうか僕入ってる、入ってるのに!)

 後ろを振り向くことが出来ないまま、
 湯を身体にかける音や、僕の元まで歩いてくる足音を、
 ただ黙って聞いていることしか出来なかった。
 そんなガチガチになっていた僕の緊張をほぐしたのもまた、姫様だったわけだけれども。

「とーう」
「わぷっ」
 派手な水音と目の前に起こる飛沫。
 どうやら湯船にダイブをかましたらしい。

「いきなり何を……」
 湯煙が薄れ始め、そこに見えたのは――
「うふふふ、○○、一緒にお風呂入りましょー!」
 どこからどう見てもへべれけに酔っ払った……水着を着用した姫様の姿だった。
 ちなみにポーズは仁王立ち。
 がくり、と音がしそうな勢いで、僕はずっこけた。
「どうしたの、○○?」
 千鳥足そのものの足取りでふらふらと僕の元まで歩み寄り、
 ずっこけたままの僕に馬乗りになる。
「えへへへー、捕まえた」
 ややうつろな瞳、わきわきと握る両手。
 どう見ても危険な匂いしかしない。
「あの、その、姫、様?」
「んー?」
「一体何をなさるおつもりで」
「ハダカの男女がすることなんて一つでしょー?」
 だめだ、目が据わっている。

「私のものになりなさい、○「ごめんなさいっ」」
 姫様が後ろに頭をぶつけない程度に後ろへと押しのけ。
 脱兎のごとく逃げ出すことにした。

 僕にはまだ、そういうことは早すぎる。
 ごめんなさい、姫様。


 湯船にぷかぷかと浮かんだまま、頬を膨らませる。
「むー……逃げられた」
 素面ではさすがに恥ずかしかったので、
 お酒の勢いに任せて○○を押し倒してみたものの、
 逆にそれが災いしてこのザマ。
「やっぱり本の知識だけじゃだめね。現実はいつだって厳しい、か」
 むくりと身を起こす。
「まあ、いいわ。時間はまだ――」
 ○○が逃げていった扉を見つめる。
「――たっぷりと、あるもの」





 やや疲れた顔になりつつ、廊下をとろとろと歩む。 
「あれ、てゐ」
「○○。お風呂あがり?」
 廊下でてゐと遭遇した。
「あー……、うん。そう、だね」
 先ほどの事を思い出し、あわてて振り払う。
 他の誰かになんて決して喋れない。

「?」
「気にしないで、何でもない。 てゐは、まだ寝ないの?」
「まだちょっとやる事があるから」
 手に提げたカバンには何やら色々入っているようだった。
 毎度のイタズラか何かだろうか。
「そう。夜は冷え込むから気をつけてね」
「うん、○○もね……あ、そうだ」
 何かを閃いたような顔。
 僕が疑問の声を出すよりも早く、ぎゅっ、と抱きつかれた。
「えっと、てゐ?」
「えへへ。メリークリスマス! おやすみ!」
 カバンをくるくると回しながら、彼女は廊下の角に消えた。
 顔と耳と尻尾が少し赤かったのはきっと夕食時のお酒のせいだろう。






「○○」
 不意に背後から呼び止められた。
「師範、ですか」
 出来れば今は会いたくなかった。
 結構細かい事でも気が付く師範のことだから
 会話の端々から姫様とのことを気づかれてしまうかもしれない。
 主に手を出した(正確には出されたんだけど)と知ったら何をされるか。

「何よその疲れた顔は。……こっちいらっしゃい」
 診療所兼私室の戸から顔を出し、くいくいと手招き。
 ここで逃げても怪しまれるだけだと腹をくくり、
 師範の後に続くことにした。


 普段の煌々と明かりのついているイメージとは違い、
 今はデスクに乗せられた小さなランプの明かりだけが
 診療所を照らしていた。
 デスクの上にはお酒が一本。グラスが二つ。
「ちょっと付き合ってよ」
 特別な夜をお洒落に楽しもう、ということらしい。

「たまにはこういう飲みもいいわね」
「そう、です、ね」
 二人っきりで飲む緊張半分、さっきの事がバレないか恐怖半分。
 まともに顔を見ることもできず、俯きながらちびちび飲む。
「あ、美味しい」
 普段飲むようなお酒とは違った、深い味わいを感じる。
「ふふ、私のとっておきだもの」
 思わず顔を上げてしまったけれど、嬉しそうに笑う師範の顔をモロに見てしまった。
 普段見るような笑顔とはまた別の、とても"綺麗な"笑顔。
 どくん、と心臓が跳ねるのを抑えるように、慌ててまた下を向く。


 俯いた視界に見えたものは、師範の細く長い手だった。
 くい、と顔を持ち上げられる。
「あ、あの……し、師範?」
「永琳よ。今はそう呼んで」
 先ほど飲んだお酒のせいなのか、それともこの空気のせいなのか、やけに身体が熱い。
「師、範……」
 がたん、という椅子の倒れる音。
 知らずに迫って来ていた師範に押し倒される。
 床に身体を強かにぶつけた。とても痛い。
 けど、視線が逸らせない。
「永琳って呼んでって、言ったでしょ?」
 師範の呼気が荒く、艶っぽくなっている。
 ずりずりと後ずさりをすることで抵抗及び脱出を試みたものの、
 廊下まで出た所で壁についてしまった。
 (あれ、これって結構マズい状況なんじゃ)
 少し落ち着いてきた思考と同時に諦観の念も持ち上がってくる。
 熱っぽい視線をこちらへ向けながらじわじわと迫り来る師範の顔を見ながら、
 覚悟を決め、目を瞑ろうとしたその時。

「だ、駄目です!」
 という叫び声が聞こえたのと、首根っこを掴まれたのがほぼ同時。
 気づいたときにはずるずると引きずられて廊下を爆走していた。

「あらあら、逃げられちゃった」
 結構本気で――お酒に薬もちょっと混ぜて――迫ってみたのだけれど。
 思わぬ邪魔が入った。
「うどんげもスミに置けないわね。まあ――」
 少しだけ怪しげな笑みが零れる。
「――彼をモノにするのはまたの機会ね。ふふふ」






 永遠亭からちょっと離れた竹林の中。
「こ、ここまでくればもう、大丈夫、ね」
 息も絶え絶え、と言った調子の鈴仙。
 対する僕は、というと。
 引きずられている最中にあちこちぶつけたり引っ掛けたりで
 結構ボロボロだったりする。
「○○、○○ー?生きてるー?」
「……川の向こうにおじいちゃんが見えた位には、生きてるよ」
 引きずられるままだった体勢をどうにか立て直し、近くの岩に体を預ける。
「ご、ごめんなさい。貴方の事まで気が回らなくて」
 申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる鈴仙。
 別にいいよ、と手を振ってやめさせる。

 二人並んで座ってぽつぽつと話す。
「でも、これでよかったの?」
「……何が?」 
 探るような間。
「いやほら、僕としては助かったけど、これって師範への反抗なわけじゃない」
「ゔ」
 翌日以降、師範が彼女に対して何かしらしそうだなというのは、
 まだ付き合いの浅い僕ですら分かること。

「でも、あれは――」
 仕方ないじゃない、と言葉を濁す。
 膝に顔を埋め、だんまりモードに入ってしまった。
「えっと……」
 かけるべき言葉を必死に探す。
「鈴仙だって僕のことを……その、助けようとしてやってくれたんだろうし。ありがとね」
 隣でわずかな反応。
「あと、もし何か罰でも受けるなら僕も行く。
 ……押しを拒めずにああなったわけだしね」
 あはは、とほほをかく。

 肩にこつん、と何かがあたる。
 鈴仙の頭のようだった。
「○○は、優しいね」
「そんなことない。ただちょっと」
「ちょっと?」
「ちょっと、気が弱いだけで」
 時々思わずにはいられない。
 "もっとはっきりYesやNoが言えればいいのに"と。
「それでよくトラブルに巻き込まれてるもんね、○○は」
 ……もっとも、その思いを実現出来たためしはない。
 深く溜息。もっと強くならなくちゃ。
「頑張らさせていただきます」

「そろそろ帰ろうか」
「そうだね」

 酔いも程ほどに抜け、寒さに終われるように、
 僕たちは手を繋いで家へと戻った。




───────



「ん゙ー……ん」
 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音に何とか反応する。
 昨夜の騒ぎの疲れから、もしかしたら、と思ってはいたものの。
 (無事に起きれて良かった……)
 ほっと胸をなでおろした。

 朝御飯の支度をしていると、ぞろぞろと皆起きてくる。
 共通しているのは一様に眠そうな顔――鈴仙とてゐに至ってはクマが――をしていた事。
 姫様が眠そうなのはいつもの事(むしろ起きて来た事に驚き)だけど、
 割と規則正しい生活をしている残り三人までもが眠そうなのはちょっと意外。

 (昨日のお酒の影響かな?)
 と、ひとまずの結論を出し、
 作りかけの料理へと視線を戻した。



 御飯も一部を除いて――鈴仙が船をこいで机に頭をぶつけた以外は――問題なく終わり、
 それぞれの部屋へと戻っていった。

 ウサギ達にも手伝ってもらって、昨日の分もあわせて山となった食器を片付け、
 僕もひとまず自分の部屋へと戻った。






「姫様、いますか?」
「いるわよー」
 いつも通りの気怠げな返事に、僅かばかりの安堵を覚えつつ
 姫様の部屋にお邪魔する。

「何か用かしら」
 珍しくゲームを一旦止めてこちらを向いて問いかけてくる。
 (こうしてしゃんとしていれば可愛……って何考えてるんだ)

「メリークリスマス、ということで、はい、どうぞ」
 後ろ手に持っていた包みを差し出す。
 ちなみに中身はスキマ妖怪こと八雲紫さん経由で調達してきた、
 姫様が欲しがっていたゲームタイトル3本立てである。
 無遠慮にばりばりと包み紙を破っていた姫様だったけど、
 中身のモノが何かわかるなり、瞳に喜色が射した。
 こちらに改めて向き直ると、タックルに近いような勢いで抱きつかれた。
「ありがとう○○!」
 僅かに後ろにたたらを踏みつつもなんとかふんばり、姫様を引き剥がす。
「その、まだ他の皆にも渡すものがありますので。
 ……また後でそれ、一緒にやりましょうね」
 ちょっとどころではなく不満そうな顔を浮かべていたけれども、
 すぐにソレ打ち消して、姫様はにっこりと微笑む。
「ええ、待ってる」







「師範、失礼します」
 戸を開けて入ると薬を調合している師範の姿が見えた。
「ちょっと待ってね。 ……これでいいわ」
 毒々しい緑の泡立っていたフラスコの中身が
 どんどん青く澄んだ色に変わっていく。
 成功したのだろうか。

「それで、何かしら?」
「大したものではないんですけど、師範にはこれを。
 ……クリスマスプレゼント、です」
 師範へ箱をおずおずと差し出す。
 無言で受け取り、静かにラッピングを外していく師範を眺める。

「あら……」
 中に入っているものを取り出し、肩にかけるとふわりと一回転した。
 表が濃紺、裏が深紅という、不思議な色合いのショール。
 どうやって染めているのかは未だに理解できないけれど、
 霖之助さんに頼み込んで譲ってもらった一品である。
「素敵ね」

「師範、結構そのままの格好で動き回るから……寒いかと思って」
 自分のチョイスに喜んでもらえたことが嬉しくて、
 頬が思わず緩んでしまう。
 師範の顔も普段見ないような……僅かに頬を染めた微笑を浮かべている。

「よければその、使ってくださいね。
 それではまた後で」
「待ちなさい」
 ちょっとどきどきしてしまったことを隠そうと回れ右をしたあたりで止められた。

 再び回れ右をすると、先ほどの青い薬を瓶に移し、僕に投げて寄越した。
「お返しのプレゼントよ」
「これは……?」

 よく効く傷薬とかの類だろうか。
「正直に言ってしまえば媚薬ね」
 本当は私用に作るつもりだったんだけど、とぼやく師範。
「……ほわっつ?」
「だから、相手を"その気"にさせてしまう薬よ。
 効果はどんなカタブツでもイチコロ、なくらいかしら」
 何を言っているんだろうこの人は。

「自力じゃどうしようも無い時に使ってみるのもアリかしらね」
「いや、だから、その」
 瓶を手の中で持て余しながら、どうしたものかと悩む。
 思い悩んでいるうちに傍に来ていた師範が、

「……私だったら、そんなモノなしでもいつでも歓迎よ?」

 なんて艶っぽく耳元で囁いたものだから。

 我に返った時には自室に戻っていた。
 ほうほうの体で逃げ出した……みたい。靴が片方見当たらない。
 (捨てたら怒られるから、勿体無いからとかじゃないからね)
 と、自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟きながら、
 右手にちゃっかり握り締めたままになっていた薬瓶を
 日の目を浴びることが無いように丁寧に箪笥の奥へとしまい込んだ。







「あ、てゐ、いたいた」
 部屋に行ってもいなかったので探し回っていたところ、
 廊下できょろきょろしているてゐをようやく見つけた。
「○○ー、探したよー」
「僕も探してたんだけど……部屋にもいなかったし」
「ありゃ、入れ違いか……私も部屋まで行ったけどいなくて」
 お互いに探していたらしい。微妙な苦笑いを二人して浮かべる。

「はい、これ。クリスマスプレゼント」
 てゐ用の包みを差し出す。
「開けていい?」
「どうぞ」
「それじゃ遠慮なく」
 なんていいつつも丁寧に包み紙を剥がしていく。
 ちなみに彼女に宛てたのはマフラーである。
 メインカラーが白、両端のボンボンは淡いピンク。
 プレゼントの中身を確認すると、
 無言で彼女は自分の首に巻きつけ、外見を確かめている。

「……どう?」
「うん、素敵! ありがとね」
 えへへ、と恥ずかしそうに微笑むてゐ。

「あ、そうだ!」
 ちょっと待ってね、と懐をごそごそと漁り、
 小さな袋を取り出した。
「これは、○○へのクリスマスプレゼント」
 目で開けてもいいか、とサイン。
 返ってきたのは満面の笑顔と頷き。
 リボンを解いて中から出てきたのは――
「これは……」
 ――木彫りの人形。……きっと手作り。
 そこはかとなく頼りなさそうな笑顔を浮かべているあたり、
 きっと僕に間違いなさそうだ。
「ごめんね、時間が無くってそれくらいしか間に合わなかったの」
 申し訳なさそうに耳を垂れる。
「そんなことないよ! ありがとう、大事に部屋に飾るね」
 手作りの品物特有の温かさを噛み締めつつ、
 てゐの頭を撫で回してから部屋へと戻った。







 鈴仙へのプレゼントを手に、さていくかと意気込んでいると扉がノックされた。

「どうぞ、開いてます」
 反射的にプレゼントを布団の下に滑らせつつノックに応える。
 おずおずと言った感じで入ってきたのは鈴仙だった。
「お邪魔、します」
「珍しいね、鈴仙が僕の部屋まで来るなんて」

 視線があちこち泳いでいる。
「その、渡すものがあったから」
 そして蚊の鳴くような声。
 どう見ても挙動不審である。

「……これ」
 差し出されたのは、手編みのマフラー。
 若干ふぞろいな面もあるけれど、確かにマフラーだ。
「クリスマス、プレゼント」
「僕に?」
 返事の代わりに頷きが返される。

 マフラーを受け取り、首に巻いてみる。
 もこもことした感触がとても心地よかった。
「……うん、ありがとう。外出とかの時に使わせてもらうね」
 知らずのうちに顔が笑顔になる。


「あ、ちょっと待って」
 用が済んだから、と出て行こうとする鈴仙を呼び止め、
 布団の下に突っ込んでいた袋を取り出す。
「これは僕からの……うわっと」
 ゆっくりと差し出した袋を半ば引っ手繰る様に取られた。
 鈴仙はというと、自分の行動に少し驚いた様な顔をし、
「その、ありがとう。師匠に呼ばれてるから、後で見るね」
 気まずそうに、そう言うと、僕の部屋から出て行った。

「……何か嫌われるようなこと、したかな……」
 袋を差し出していた手をしばらく見つめ、ため息をついた。





「……はぁ」
 自室に戻るなり、盛大に溜息をついた。
 閉めた戸に寄りかかるようにずるずると座り込む。

「……○○、びっくりしてたなぁ」
 引っ手繰るようにして受け取った袋を見つめる。
「後で謝らなきゃ」
 よし、と大きく頷いた。

「わぁ……綺麗」
 ○○からのクリスマスプレゼントは、小さなタイピンだった。
 控えめなグリーンのガラスのようなものがキラキラと輝いている。
 試しに自分のネクタイに付けてみたけれど、
 中々にいい感じだった。
「♪」
 付けていったら○○は喜ぶだろうか。

 そんなことを考えながら、私は師匠の部屋へと用事を済ませるために
 半ばスキップ交じりで歩き出した。



最終更新:2010年06月05日 08:39