修羅場?5
6スレ目 >>744
酒樽、酒樽、さかだる。
己の視覚に伝わってくる情報は、一面の酒樽。薄暗い大部屋は樽ばかり。よほどの物好
きでなければ、ただの殺風景な場所。
中身といえば、古き伝統を守って造り続けた透明の宝。心と身体に夢と悦を与えたもう
良質の酒。自分で言うのも変な話だけど、自身と自負の為。
「今日の仕込みはこの程度かな。次は、と」
「私に酒を注ぐ時間」
部屋に響く少女の声。辺りを見渡しても、酒樽。九十九神でも宿ったのかと思いたい所
だけど、生憎とコレの持ち主を知ってしまっている。
「どこだ、萃香。入る時は挨拶しろって毎回言ってるだろうに」
呼びかけると、視界に上下逆の童顔。天井の木材に足をひっかけ、器用に身体を揺らし
て遊んでいる。
「かたい事言わないでよ、毎回なんだから」
「なら、そろそろ覚えてもらいたいよ。……でだ」
ぶら下がりで身体が逆なら受ける重力も逆。上着がめくれて白い帯が堂々と存在を主張
している。残念ながらその先にある物は主張以前の話。
「胸のサラシが見えてるぞ」
「みせてるの」
「あのなぁ……大概にしてくれ」
額を抱えて嘆息する俺をケラケラと悪意なく笑い、地に降りてすぐさま蔵を出て行く萃
香。そのまま廊下を直進すれば居間があり、いつも彼女はそこで勝手に寛ぎはじめる。
案の定、蔵を閉めて戻ると、卓袱台のそばで寝転がっていた。毎度のこと。
「ねね、仕事は終わりでしょ? 一杯いこうよ。あ、十本でも百本でもいいよ!」
「勘弁」
俺も休憩の為に座り、卓袱台に片肘をつく。ただ、表情は休まらない。
「少しぐらいなら味見って事で問題ないさ、酒に詳しい鬼に味見してもらって意見貰える
のは非常にありがたい。ただ、呑まれ続けたら客に出す品が減る一方だ」
「うんうん、私が認めるぐらい良くなったよ、あんたの酒は。それに、お得意様ならここ
にいるじゃない。ほらほら」
ありもしない胸を張られても、苦笑にしか変換できない。
「金を支払ってくれないお得意様は、ご遠慮願いたいのですが?」
「だ~か~らっ、お礼は"私"でするって言ってるじゃん。手伝いだろうが材料萃めだろう
が、夜のお供だろうが、ね。どーせ夜に関しちゃ経験ないでしょ? 楽しいよぉ~?」
擦り寄ってきた萃香が勢い良くおぶさってくる。首筋の生暖かい息がくすぐったい。
豊かさが無い故に伝わってくる"ふたつ"の感触が、精神に支障をきたしそうで……
「なぁにしてるんですか、萃香さんっ」
開かれている障子が広々と見える庭から、萃香を咎める大きな響き。鬼娘を睨め付ける
少女の語気は冷静を装っているが、強い。
「ん~? なによ鴉、い・い・こ・と、してるに決まって──」
「してないしてない」
頭に血が昇りきってしまいそうなので萃香から離れ、庭から来た客人を迎えいれる。
「ようこそ、文さん」
「さんはいいですよ、文で結構です。それでは、本日はよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる文。途端、何が気に入らないのか萃香の表情が曇る。普段は、どんな
時であれニヤけているか笑っているかのどちらかなので、珍しい事だ。
「萃香には伝えて無かったっけ。今日は"しゅざい"というのを受けるって約束だったんだ
よ。新聞にウチの酒を載せてくれるんだってさ」
「取材? 鴉の出鱈目新聞に?」
「むっ、出鱈目は余計です。説明しますと……最近人里の方々や妖怪の間でも非常に人気
を得ている芋焼酎『夢語り』と造り手のお兄さんを我が文々。新聞で特集するのです」
簡単な説明をしてくれた文の言葉に反応したのか、萃香の眼光が鋭くなった。ここまで
機嫌の悪い萃香は初めてだ、空気が重い。
「……お・に・い・さ・ん。だって? 随分と親しい呼び方ね」
眉間の皺が更に深くなり、音は低く太くなる。
「はい、以前ちょっとした事で知り合いまして。それから仲良くさせて貰ってまして、そ
のツテではあるのですが、お兄さんのお酒の人気が……って!」
文が息を詰まらせたかのように、口が止まる。同時に俺の身体も即席の石像と化した。
一寸先は顔。
宙に浮いた萃香の顔面が目の前にある。少しでも動けば……違う。既に鼻の先端同士は
触れている。
「ねぇ、こんな鴉の小娘におにぃ~さぁ~ん、なんて言われて嬉しいワケ?」
「こ、こむすめって……」
萃香のジト目が妙な恐怖を与えてくる。明らかに怒っている。萃香の気分を損ねる事
をしたなら素直に謝るが、思い当たる節がない。
「う、嬉しいっていうか……悪い気はしないよ。その前に、顔が近すぎる」
「近寄ってるんだから当然じゃない。ふぅん、悪い気はしないかぁ~」
この距離でまじまじと凝視されると落ち着かない。相手はヒトでなくとも女の子なんだ。
これが男でも、別の意味で落ち着かないが……考えたくもない。
「と、とにかく離れて下さい! 今日はお兄さんにいろいろと用事があるので、萃香さんは
お引取り下さいっ」
文の怒っているだろう気迫は居間中に伝わるが、萃香で視界が満たされていて文の表情
を窺い知る事ができない。
「とりあえず、萃香。悪いが今日は先約ありだ」
「……どのぐらいかかるの?」
ふと、今までの物々しから一変、普段に近いそれに戻った。気がする。
「そんなにかからないと思うけど」
「そう。なら、いいかな」
萃香の笑顔。
「ただしっ、代わりに晩酌に付き合ってよね、"兄さん"?」
「は?」
身体が密着し、少し冷たくて、それでも気が緩む気持ちよさがある細い両腕が首元を優
しく覆う。
上唇だけが触れた。かすかな酒の香りが鼻腔を伝う。
なんだろう。気分が、白い。
「ちょ……えぇ!?」
文の驚く声で我に返る。ただ、状況が状況だけに二の句が告げない。
全身を凍らせる俺を笑う萃香は近場の襖を抜けて既に家の外にいた。
「それじゃ、また後でね兄さん。霊夢のとこ行くから、お酒よろしく~」
「待ってください! いきなりあんな、き、キキキ、キスなんてぇ! それに"兄さん"て
なんなんですかぁぁぁぁっ」
「ん? だって、悪い気しないんでしょ? ならいいじゃん」
と踵を返さずに文の怒りをいなし、そのまま空へと飛び立ってしまった。
なんという破天荒な……しかし、やはりあれは、キス……キスって確か、接吻……
「お兄さん? お兄さんっ」
「あっとと、すまない」
「もぉ~、今萃香さんのこと考えてましたね?」
文が膨れている。正直に不謹慎な思考だったと反省。
「いや、まぁ……毎度ながら騒がしい奴だなってね。えっと……取材はどうしようか。今
日は店休みにしてあるし、余裕はあるよ」
「え? そうなんですか!? じ、じゃあ、えええっと、この周囲でも景色のいいスポット
が結構あるんですよ。二人でゆっくり歩きながら、お話聞かせてもらえませんか? 息抜
きにもなりますし、どうでしょうか」
瞳を輝かせて迫ってくる文。その勢いに気圧されそうな感じだけど、断る話でもない。
むしろ、ありがたい話じゃないか。
「わかった、お願いするよ」
「はい、お任せ下さい」
快活な笑顔で頷き、右腕にしがみついてくる。柔らかい双丘が二の腕を挟み、否応もな
く意識させられてしまう。
「あの、文。ちょっと」
「ささ、行きましょうお兄さん!」
聞いてない。これは、腕放せって言っても駄目かもしれない。
今日は萃香といい文といい、人の調子を狂わせてくれる。精神的によくない。
◆◆◆
「──ということで、芋はこの品種を使ってる。造り方の詳細は、企業秘密かな」
「えーっ、そこが独占取材の醍醐味なんですけど……まぁ、仕方ないですね」
酒造方法まで新聞に載ってしまうと商売にならないから、苦笑交じりにコメントは
控えさせてもらった。文も笑って諦めてくれた辺り、理解してくれている。
「さてと、到着だ。悪いね、俺の我侭聞いてくれて」
長く長く続く階段を昇りきった所で立ち止まり、文に礼を言う。一通りの取材の後、
色々とお勧めの絶景スポットを紹介してもらう予定だったが、位置的に近かった事もあっ
て博麗神社に直行したのだ。やはり、酒は大勢で囲むモノだし、もうすぐ日が暮れる。時
刻も丁度ころあいじゃなかろうか。
先程の、萃香と文の険悪に思えた雰囲気の建前、少々心配ではあるのだけど。。
「もう、謝らないで下さいお兄さん。さっきの事心配してるみたいですけど、あんなの普
段の会話と変わりありませんし、天狗も鬼もあれで怒るような器じゃないですよ」
疑うべき事柄は全く無いぞ、とにこやかにウィンクを見せてくれる。案じていた事が晴
れたか、自分も気分が和らいだ。文の笑顔を見たのも、和らぐ要員の一つだろう。
「わかった、ありがとう」
「あ、でも……我侭を聞いてあげたわけですし、貸しが一つ、ですよ。今度は私の我侭も
聞いて下さいね」
「俺にできる事なら」
文と手を繋ぎ、神社の奥へと向かう。一緒に歩く文は随分と嬉しそうだ。
地も天も鬼灯色に染まる先、神社の奥に明かりが見える。卓袱台と片手で数える程度の
家具があるだけの質素な和室。敷き詰められた畳の良き匂いを纏っているだろう空間に二
つの、憩いを楽しむ人の形。
「おーい、久方ぶり。萃香、ちゃんと酒持って来たぞー」
挨拶をすると、萃香と茶を啜っていたもう一人が顔をこちらに向ける。巫女の少女は目
を丸くし、パタパタとこちらに駆け寄ってきた。
「珍しいわねぇ、あんたが来るなんて。私、あんたのトコのお酒好きなんだよねぇ~」
結構な勢いで来るもんだから体当たりでもしてくるのかと思いきや、酒だけかすめ取ら
れ、「あっ」と無意識の言葉が出た時には、霊夢は部屋で瓶を開ける準備をしていた。
俺達が立つ位置と部屋の距離は、少なくとも三間は離れているのだが……
「……どう考えても今の速度に納得がいかないんですが」
「知らぬが仏、ということにしとこう」
呆然と霊夢の笑顔を見つめる文の肩を軽く叩く。同じく俺も、鏡を見たら相当苦い顔を
しているかもしれない。そのまま頭の上で閑古鳥を鳴かせてても仕方がないので、さっさ
と部屋に上がらせてもらった。
既に一本目の半分が消えていた。霊夢も萃香も出来上がっている。
「霊夢さん、今のはどう考えても礼儀知らずです。貰い物にはそれ相応の──」
「はいはい、五月蝿い鴉ね。大丈夫よ、ねぇ? 私とあんたの仲なんだから」
先ほどの見事な酒掠め取りを注意する文を適当に流す霊夢。悪ぶれた素振りもなく、俺
に返答を求めてくる。
「ん? 親しく想われてるなら、ありがたいけど」
「え……」
素直に返答したのに、霊夢はこちらを見つめたまま口を空回せている。
「どうした?」
「霊夢さん、顔赤いんですよ」
「ひぇ!? ち、ちょっと! 真面目に答えないでよっ。もう、冗談通じないなぁ」
「あ、今の表情カワイイですよぉ~。一枚撮っちゃおうかな」
「なによこのカラスッ」
がわざとらしく撮影器を向けるにやけた文を、キッと睨み付ける霊夢。
「いいぞ~もっとやれぇ~。かわゆ~い霊夢きたいあげぇ~」
「萃香、煽るなよ」
瓢箪をぐるぐると振り回して楽しんでいる萃香。面白可笑しい事が好きなのは構わない
が、火に油を注ぐのも好きなのが困りモノ。
「文もそのぐらいにしてくれ。俺の酒をマズく呑んで欲しくはないぞ」
険悪な雰囲気で呑む酒は美味くない。誰がそんな状況で飲みたがる。
「はぁ~い。折角カワイイ霊夢さんの顔が撮れると思ったのに」
「あまり悪乗りすると後がこわ──ってうぉっ!」
注意を促すも後の祭り。霊夢の周囲は大量の陰陽玉が宙を泳いでいる。俺も文も青ざめ
て喉が絞まった。殺意に満ちた鋭い眼光が涙すら流させてくれない。
さすがの萃香も、顔が引きつった。
「あんたら人の事おちょくるのもいい加減に……」
「かわいい霊夢が見れると聞いてスキマを歩いて来たわよぉ」
緊張感皆無の声と共に現れる空間の亀裂。まさかこんな噴火直前の火山にくるのか!?
「……あら?」
割れ目のできた天井から逆さまに顔を出す紫。好奇心で霊夢を見に来たはずが、そこに
いるのは──人の鬼。
「ムッコロス」
「え? えぇっ? ちょ、れいむ!? いやあああぁぁぁぁ、いたいたいたたたたたぁぁぁぁい!!」
剛速球でぶん投げられた陰陽玉が紫ごとスキマに吸収され、間抜けた断末魔が響く。
「うわぁ~……」
文から漏れる、複雑に表現の混じった音。意味するのはおぞましさか、おそろしさか。
「あ~、スッキリした。何か食べる物あったかな」
一転、清々しく背伸びをして御勝手に向かう霊夢。怒りの矛先が明後日? の方向に向け
られたので救われたものの……ご愁傷様。
「へ……へびぃだわ……ガクッ」
服も身体もボロボロでて天井から畳へ落下する紫。痛々しい傷はないものの、服が破れ
て見え隠れする白い肌のせいで、目のやり場に困る。
「何言ってんのよ、紫。狙ってたクセに。好きモノだね」
卓袱台に片肘に当ててため息をつく萃香。
「これが私の逝きるみちぃ~、でも流石に、やりすぎちゃったかも」
「何が面白いのかサッパリわかりませんけど……『衝撃。晩酌の惨事』とでも銘打って記
事のネタにしようかな。れいむ~、あいよ~、ギャーの構図で」
「あら嬉しい、また私の記事? もうちょっと服が破けてた方がいいかしら?」
ふざけているのか本気なのか、自分の太股部分に空いた穴を自ら裂こうとし始めたので
「やめて下さいよ」と制止した。これ以上露出されたら、正気がどうのって状態から逸脱
しそうで怖い。このまま劣情に流され続けたら、森近さんの店で見た本の"大盗賊の男が胸
の大きな女性に水泳の飛び込み"をする図を地でやってしまいそう。
「とりあえず、ここで紫に倒れられてるのも放置っぽくて見た目悪いな。隣の部屋に運ば
せてもらいますよ。ちょっと失礼」
「優しくしてねぇ」
ゆっくりと紫を抱き上げる。途端、首元に両腕を絡められてぎゅっと寄り添われ、漂う
妖艶な女性の色香に意識が引き込まれそうになり、眩暈に似た感覚に陥った。
「何遊んでるんですか、紫さん。怪我人は安静に休んでて下さいよ」
言うが早いか、文が隣の部屋で布団の準備を始めていた。これ幸いと紫を布団に横たわ
らせ、強引に毛布を被せた。
「少しの間静かにしてて下さい。大丈夫、酒はちゃんと残しておきますから」
「いっちゃうの? 寂しいわ……こういう時は、お粥を食べさせてくれたり、手厚く看病し
てくれたりするのが殿方ではなくて?」
怪しい微笑を浮かべ、俺の手の甲を指でなぞる刺激がまた脳内を揺さぶる。
が、文の咳込みで我に返り、部屋から出て襖を閉めた。
「あまり、あの人に遊ばれてると取り返しがつかなくなりますよ? お兄さんでも、何とな
くはわかるでしょ?」
「なんとなく……そうだな、なんとなくわかる」
寧ろ──わからないなら、あの膨よかな桃色世界に飛び込んでしまっただろう。
己の助平根性を反省していた所にお盆を持った霊夢が戻ってきた。
「漬物ぐらいしかなかったけど、十分よね。それじゃ、続けましょう」
「はい、そうですね。ささ、お兄さんも座って下さいっ」
文に肩を押され、卓袱台に湯飲みが差し出される。杯やら徳利といった洒落たものよ
りは、コレでぐいっと呑む方が俺達らしいやり方だ。
「そうそう、あんたも私みたいに豪快に呑みなさいよ」
「お前に合わせられるわけないだろ……豪快さの比が違う」
胡坐をかいた足に萃香の頭が寝転がってくる。随分と酒悦を堪能しているようで、悪態
はついているものの、嬉しい姿。
「仕方ないなぁ、私が呑ませてやろうか。口移しで」
「おふざけがすぎるぞっ」
足元で接吻の真似をする萃香の角を握ってやると「ひゃん」と素っ頓狂な音が出た。ふ
ざけている時の"まいどのこと"。
「うわ、気持ちわるっ」
「亜空間にバラまくぞ鴉」
◆◆◆
開けた神社の庭を通り過ぎる風は、軽くこめかみに来る痛みを緩和してくれる。他の面
子は部屋で騒ぎ立てながら未だに楽しむ声が漏れている。目を盗んで外に逃げれたのは運
が良かった。
鳥居の先に広がる暗き藍を纏った木々と大地、その天井に浮かぶ白き光の点。人の手に
も、妖怪でさえも作る事はできないだろう絶世の絵画。
──くっさい考えだな、柄にもない。
少々、勢い良く呑み過ぎてしまった……あいつらのペースに流された自分が悪い。
「なに仏頂面してんのよ。今日のデキは気に入らなかったって所?」
近づいてくる足音。少々おどけた声色の霊夢。
「涼んでるだけ。他のみんなは?」
振り向かず、景色を眺めたまま訊き返す。
「ま~だドンチャンやってるわよ。萃香と紫が詠いだして五月蝿いから出てきたの」
「そうか」
足音が自分の真後ろで止まった。霊夢の手のひらが背中をさする。
「また、大きくなったね」
「どうだろう……酒樽って重いのも結構あるから、自然と鍛えられてるのかもしれない。
なんだ、俺の肉体美を目に焼き付けたいのか?」
「冗談。そんなゲテモノ見たらお酒戻しちゃうじゃないの」
霊夢に皮肉を倍返しされて、少々顔が引きつる。酷い言い様だ。
「そんなに気持ち悪いか俺は……」
「わざわざ見る物でもないでしょう。そうね、鍛えられてるって言うなら」
霊夢は俺の腕を掴み、自分に振り向かせた。「持ち上げてみて」と、両手を左右水平に
広げ、人の十字架になった。
「私ぐらいなら簡単でしょう?」
「酒樽に比べたら、霊夢ぐらい朝飯前……」
ささっと手軽く十字架霊夢を持とうと、両の腋を支えようとして、気付いた。そうだ、
霊夢の服装って……
「腰は触らないでよ」
「……わかってて言ってるだろ」
「はやくやってみせて。それとも、できないって言い訳でもする?」
頭にきた。直接肌に触れないよう気を使おうとしたのが莫迦らしい。
「それこそ、冗談はやめてくれ」
手を宛がい勢い良く担ぎ上げた。力を入れすぎたか、霊夢の身体が少し浮きすぎてしま
い、小さく驚く声が聞こえた。
自分の手のひらに伝わる生々しい柔らかさ。こと、先刻の萃香や文の時とは違って自ら
触れている事実が、どうにも穏やかになれない。
「さぁ、わかっただろ」
「一応、認めてあげる」
「そりゃどーも。酒樽と霊夢じゃ重さが違いすぎるしな、当たり前のこ、と……」
二の腕の力を緩め、霊夢の身体を降ろす……が、肝心の身体がない。見上げれば、同じ
位置に"足を付けず停滞する"姿。
「何、してんだ?」
「……」
無言。
先ほどまでの人を挑発する顔は消え、物悲しい瞳に貫かれる。こんな表情、今まで一度
も見せた事がない。
「れいむ……?」
「くぉの」
は? なんだそのやたらデカい玉は。
「酒樽ぶぁかぁぁぁ!」
「ふぉああああああっ!!」
顔面殴打、加えて強打。わけがわからないまま吹き飛び、気付いたら先ほどの場所から
かなりの距離を吹き飛ばされていた。酔いは完全にさめたが、非常に強烈な一撃のせいで
更に頭の中が混沌。視界が歪んで気持ち悪い……
霊夢がこちらに歩いてくる。一歩一歩が地響きを立てているかのよう。まずい、次また
殴られたら、三途の川まで吹き飛ばされる。
とはいっても、こちらは立つのがやっとでどうこうするのは無理。
霊夢が俺の目の前で立ち止まった。顔も歪んで見えたままだが、どう考えても滅茶苦茶
に怒ってる。理由が全くわからないけど、尋常じゃなく怒ってる。
終わった……か?
「ねぇ、痛かった? 物凄い痛かったでしょう?」
「洒落に……ならん」
冷えた霊夢の手のひらが、盛大に腫れた俺の頬を包む。更に痛い。
「は・ん・と・し」
「はんとし? あだだだだだだっ」
なんのことかさっぱりわからないだけなのに、頬を抓られた。酷すぎる……
「私も痛かったのよ、半年」
「……?」
軽く、胸板を叩かれる。力は、全然入っていない。ただ、許されたという気はしない。
なんで怒られたり殴られたり許されてなかったりと、身に覚えの無い事ばかりなんだ。
「まったく。酒だの酒樽だのって熱中するのはいいけど、人のこと完全放置になる性格ど
うにかしなさいよ」
「は? つまり、俺が足繁く霊夢に会いに来いと」
「違うわよ! ほら、ここは神社なんだしあんたの酒を奉納しにくるのが筋じゃない?
一週間に一度……いえ、三日に一本は必要ね」
「んなことしたら店が潰れる」
萃香といい霊夢といい……いや、この周辺の連中全員、大酒呑みが多すぎる。紅魔館の
連中も、冥界の連中も、そしてこいつらも。
なんでこう、やたらめったらとタダ酒を欲しがるか。金を払えと小一時間。
「ふぅん。あんたが酒以外でどう落とし前つけるわけ?」
「あのなぁ、落とし前って俺は何も──」
手に、デカ玉。
「……ミミソロエテキッチリ」
「よろしい」
脅迫もいいとこだ、酷すぎる。
こうなれば、萃香のように妙ちくりんな話を持ち出して呆れさせて、話を無かった事に
すればいいだけだ。頬は麻痺してるが脳味噌はまだ生きている。
「よし、お詫びは"俺"でしよう。酒はもちろん晩酌から食事まで。夜のお供だってしてや
ろう。どうせ夜に関しちゃ経験ないだろ? 愉しい夜伽にしてやるぜ?」
知り合いの魔理沙っぽく悪びれて、今日萃香に言われた台詞を改変して謳ってみせた。
これで呆れて部屋に戻るだろう。
こんな助平な話すれば、お約束の二つ返事なんて来るわけがない。
「それ、本気で言ってるなら……」
失敗した。
デカ玉が出てる。霊夢の背後から赤い空気が漂ってる。霊夢の周囲がゴゴゴゴゴゴって
唸ってるように見える……!
俺オワタ。
「なんてね。驚いた?」
騙されたのは俺の方だったらしい。霊夢の周りには、見えた物は一切ない。
大きくため息をつき、うな垂れる。霊夢に小さく笑われた。
「……心臓に悪い、最悪心臓麻痺で死ぬ所だった。って、自業自得か」
「そんな見え透いた嘘をつくからよ。私がそれでいいって言ったらどうしてた?」
「謝って素直に酒瓶出したろうな」
「でしょうね。でも、面白くないなぁ」
指を下唇に当て、空を見て耽る。
「ほんの少しだけ。夜の一片だけ、しよっか」
霊夢が俺に身を委ねて来る。抱いた俺の腕に流れ込む、最良の絹の生地と錯覚してしま
う肌の感触。霊夢全体が絹と言った方がいいのかもしれない。
「これで許してあげるから、感謝してよ」
瞳を瞑る。これがどんな意を介するのか、いくらなんでもわかる。
「わ、わかった……」
──何をたじろいでいるんだ、俺は。ちょっと、くっつけるだけじゃないか。相手は赤
の他人じゃないし、霊夢なら高嶺の花みたいな話だろ、周りの男達にしたら。それにこれ
は霊夢に許しを得る行為だ、まったく、まったく問題ない!
「霊夢……失礼」
「うん」
小さな返答を合図に目を閉じ、意を決して唇を押し付けた……
……? 霊夢にしちゃなんか小さいような気が。まぁ、女の子だしな。
って、俺の方が押し付けられてないか?
目を開けて、全て把握。
「おぅあっ!?」
抱き合っていた対象を突き放す。霊夢に"角"が生えてるわけがない!!
「何すんだ萃香!!」
「私とした時は破天荒なやつ~とか言っておきながら、霊夢とは心臓高鳴らせてしちゃう
わけ? 扱い方の差別が気に入らないなぁ~?」
うっ、聞こえてたのか……破天荒って罵ったのを。
「これは、なんだ。霊夢に悪い事をしたお詫びってやつでな、他意は……って、そっちは
そっちで何やってるんですか紫さん」
もう片方の夢の方はといえば、紫と壮絶な愛情劇を演じていた。ただ、紫が霊夢の口を
強引に吸い上げているように見えて、苦しそうだが。いや、これは苦しい。
「んー! んんーっ!!」
「あの、紫さん? そのぐらいにしないと霊夢が」
蛸の吸盤よろしく、軽快な音と共に二人が離れた。名残惜しそうな紫と苦い顔で咳き込
み続ける霊夢の対照的なこと。
「もう、いい所だったのよ? あ、代わりに貴方が情熱を下さる?」
「全力で断ります」
「その前に私が許さないよ、紫」
「なぁに? 萃香まで。ないがしろにするなんて悲しいわ」
どこが悲しいのか、クスクスと笑っている。
「と、とりあえず萃香……どう言えばわからないんだけど、その」
「はいはい、あんたは嘘ついてないよ。ただ、もっと私の見方を改めて欲しいなぁ?」
霊夢と同じように、萃香が俺の腕の中へ入ってくる。さっきので、舌が絡む程分厚くキ
スをしてしまったからか、緊張感もへったくれもなくなってしまった。
「善処するよ、萃香が満足するまでなんなりと」
「じゃあ、もう一回しよ」
また、押し付けられる。首に絡められた両腕で固定され、押し付け合いになった。
「熱いわねぇ……私の身体まで熱くなりそう。昔を思い出すわぶっ!」
勝手に身悶えしてた紫が倒れた。
鬼がいる。
「萃香も……アンタも……!! 三途の川に旅立つ前の命乞いをする準備はOK?」
「う、わぁ……霊夢、人から道外れちゃってるよ……」
夜叉になった。
そして、もう一人……
「み、見ましたよ。全部見ちゃいましたよ!! お兄さんも! 萃香さんも!!」
「あ、文。待て、ちゃんと全部説明するからとりあえずその扇はしまって──」
俺と一緒にいた萃香の身体が、ない。逃げられた……
「いっぺん冥界に逝ってこぉぉぉい!!」
「破廉恥なのはよくありませぇぇん!!」
玉と風っておい、死ぬって、なんでこんなひど アーッ!!
そーらを じゆうに とっべましたー はい! じゆうらっかー
【次回・3種3様 看病の仕方】
※続きません
6スレ目 >>945
幽々子様が縁側で桜を見ながら茶を啜っていると、背後から抱きしめる。すると幽々子様は
「うふふ。春の匂い、感じる?」
『春爛漫ですよ。とてもやわらかな匂いです』
と、うなじを嗅ぐ。
「口説いているつもりなの?」
『しばらくこのままで…』
ドタドタッ!バタバタ!
「こここ、こんな昼間から何をしてるんですか!!イチャイチャしないでください!」
庭師登場。
「あらあら妖夢、春のお話をしていただけよー?」
「とにかく!二人とも離れてくださいっ!貴方も貴方です。幽々子様と談笑してないで、私の仕事を手伝ってください!」
「妖夢も大胆ねー。そんなに二人っきりになりたいのぉ?」
「そ、そんなわけないです!!とにかく失礼します。ほら、行きますよ」
『はーい』
7スレ目 >>243
ある晴れた日のこと。縁側であぐらかいてぼんやりとひなたぼっこをしていると…
(のしっ…)
猫形態の橙が、あぐらの中にもぐりこんできた。
そしてそのまま膝にアゴまで乗せてすやすやと寝息をたてはじめる。
さて困った。身動きが取れなくなったぞ。
このままではきっと日が暮れるまで寝ているかもしれない。
まあ、いいか、こんな日があっても。と、のほほん決め込んでいると…
(ガシャン…)
と、湯のみ茶碗の割れる音。
音のした方を振りかえると、藍が恐ろしい形相で睨んでいるではないか。
(ゴゴゴゴゴゴ…)
あぁ、なんとも禍禍しい妖気を放たれて、とってもお怒りのご様子です。
藍「(ぼそぼそ…)…って、言ったくせに!」
○「おk、藍。時に落ち着け(´<_`;) これはだな…」
うああ、身の危険をこれでもかと言うほど感じるぜ。
チックショウ。弁解しようにも橙はとっくに屋根の上にとんずらしてるし!
藍「『俺の膝はいつもお前の為にあけておく』って言ったくせに!」(うω;`)
(少女殴打中。しばらくお待ちください。)ピチューン…
翌日…
藍「(あぁ…流石にやりすぎた…)」
藍様、猛省中。
藍「(そうだよな…私が選んだ○だもの、橙が○になつくのも当然だよな…
うん、むしろ橙に冷たかったら、その方が許せない。)」
藍の手にはヤゴコロ印の傷薬と、ガーゼと包帯があった。
昨日あの後、わざわざ永遠亭まで貰いに行っていたようだ。
さて、その頃俺はというと…
紫「橙と藍から聞いてるわよ。」
○「う゛…もしかして…」
紫「あなたの傍の寝心地を試させなさい♪」
(ぼふっ!)
○「あぁ!なぜこんな所にフトンが!?」
紫「細かい事は気にしない~♪」
○「わ、私の腕枕なんかより、藍の尻尾の方がモフモフして気持ち良いよ!」
紫「気持ちよいのと、寝心地いいのは別物よ。そして、それを決めるのはわ・た・し。」
(むぎゅっ…ばふっ!)
紫に抱きつかれ(同時に眠気、抵抗する力の境界を操作)て、フトンに押し倒された
まさにそのとき、昨日も感じたあの攻撃的な妖気ががが。。。
(ゴゴゴゴゴ…)
藍「お前と言う奴は…」
○「おk、藍。話し合おう、な?(´<_`;)」
紫「ぐうぐう…(zzz…)」
最終更新:2010年06月06日 20:42