キスメ1




旧うpろだ1449


早朝、里の共同井戸で水を汲もうとしたら、なんか釣瓶の中に変な奴が入っていた。
暫し唖然呆然。向こうさんも同じ心境だったらしく、無言で見つめ合うこと数秒、
突然、桶に隠れるような動作と同時に、こちらに向けて弾を撃ち出してきた。
当然避けられるはずもなく、見事に顔面に命中。痛い。
更に立て続けに撃とうとしてきたので、偶然持ってきてた飴玉を即座に相手の口に放り込む。
驚いて目を白黒させていた少女だが、直ぐに蕩けたような笑顔になって落ち着いた。……楽だ。

……さて、改めて飴を頬張っている緑髪の少女を見てみよう。
里の子どもではないようだし、弾を撃てるぐらいだから間違いなく妖怪だろう。
となると、なんでこんな朝っぱら、しかも井戸の中などに居たのか。
というわけで訊いてみた。

「そこに井戸があるから」

哲学的……なようでそんなこともない回答だった。
というかこいつ釣瓶落としだし、単に種族的な習性だろうな。

そのまま釣瓶を引き上げようとしている奇妙な体勢で雑談すること数分。
好い加減腕が痛くなってきたのと、そろそろ里の人達が起きてきそうな時間帯なので、この妖怪に帰ることを勧めた。
朝っぱらから妖怪と話してるのを見られたら、流石に変な顔されるだろうし。
すると妖怪、そのまま釣瓶を落としてくれと言った。
いくら何でもいきなり手を放すわけにもいかず、スルスルとゆっくり縄を降ろしていく。
暫くして引き上げると、何故か妖怪の姿は見えず、桶もいつものサイズに戻っていた。
……井戸に横穴空けたんじゃないだろうな。



それからというもの、朝に水を汲み上げる度に何故か彼奴が引き上げられてくるので、
そのまま井戸端会議に突入することが毎朝の日課となってしまった。
さて、キスメとかいうこの妖怪、普段は地底(というと最近巫女が行ったとか噂があるアレだろう)やら洞窟やらに居るらしく、
あんまり明るいところが得意ではないようで、よく目をシバシバさせていたが。
そこまでして(しかも井戸から)上がってくることもないだろうに、とも思ったのだが、
本人楽しそうなので何も言わないでおいている。俺も話し相手が増えるのに吝かではない。
とはいえ、流石に井戸から来るのは自重すべきだろうと思い、彼奴にそれとなく伝えてみた。
すると何故かションボリした様子で帰って行ってしまった。

次の日、井戸に行っても彼奴と会うことはなかった。






彼奴の顔を見なくなって一週間ぐらい経っただろうか。
若干の寂しさは感じたものの、まあ人間と妖怪の関係などそんなものだと思い直した。
思い直したのだけれども。



 ごすっっ

家の近くを散歩中、突然頭に激痛が走った。すげぇ鈍い音付きで。
悶絶しそうになるのを気合いで耐えて辺りを見回す。と、見覚えのある桶が転がっていた。
そしてそこから見覚えのある奴がヒョッコリと顔を出したので、無言で近づいて拳骨をくれてやった。

泣かれた。

やばい。なんかやばい。兎に角やばい。
手を挙げてしまった俺も悪いが、先にぶつかってきたのは向こうだ。
しかし相手は(見た目は)少女、泣かれた時点でこちらの負けは確定である。
取り敢えず泣きやんでくれと、土下座せん程の勢いで懇願。
すると妖怪、こんな条件を出してくれやがった。

「おんぶしてくれたら許す」

何故おんぶ……と思ったが、口答えできる立場でもないので了承。
御要望通りにいきたいところだが、どうも桶から出るつもりは無いようなので桶ごと背負い込むことにした。
……なんかおんぶしてる気がしないなぁ。端から見れば桶担いでるようにしか見えんだろうし。
それはともかく、背中に乗った途端、此奴が妙に嬉しそうなのが気になるんだが……
って、髪引っ張るなっ! 舵取りのつもりかっ! 俺は乗り物じゃねぇ!

そういや最近姿が見えなかった理由を聞いていなかった。
どうもあの時の俺の台詞を、自分が怒られたのだと受け取ったらしい。
別に怒ったつもりは無かったのだが、まあ言葉を解釈する際に誤解はつきものだ。
そこら辺も踏まえて、経路が井戸からでなければ普通に問題ないことを伝えると、何やら別の秘策が有るなどと言う。
何故里に来るためだけに策が必要なのか疑問だったが、大したことでもないだろうと思い、何の追求もしなかった。

そんなこんなで、桶を担いだまま家まで戻ってきてしまった。
キスメが興味深げに体を乗り出す。そう言えば此奴が俺の家まで来たのは初めてか。
時折吟味するように見回したり頷いたりするので、ちょっと気味悪く感じたが、
楽しそうな感情が背中で発散されまくっているので非常に訊きづらい。
どうしたもんかと迷っていると頭をポンポン叩かれた。どうも此所で降ろせとのことらしい。
降ろしてやると、今日は帰るとだけ言って、来た道を戻っていってしまった。
見事な釣瓶ホッピングだった。桶が壊れなければいいんだが。






次の朝、家の前に井戸ができていた。

ええ、勿論絶句したともさ。
昨日まで何もなかった軒先に、石造りの見事な井戸が出現するなどと誰が想像するだろうか。
そしてこれまた丈夫そうな縄が備え付けられている。引き上げてくださいと言わんばかりの自己主張っぷりだ。
かなりオチが読めていたが仕方ないので引き上げると、桶の中にはやっぱり彼奴の姿があった。
思わず拳骨をくれてやるところだったが、前回のこともあるので踏みとどまった。

さて、どうして人の家の真ん前に井戸を掘るなんて暴挙……いや、行動に出たのか尋ねるとしようか。
確かに俺の家は里の外れにあるし、わざわざ里の井戸まで行く必要は無くなるけどな。
まさか此奴が掘ったわけでもないだろうし、相当の準備が要ったと思うのだが……

「こうすれば絶対毎日会えるから、頑張った」

……返答に困ること言ってくれるじゃないか。
取り敢えずどうやって掘ったのか聞くと、地底の鬼に頼み込んだのだと言う。
頼まれて直ぐに作ってしまうその鬼もアレだが、頼む方も命知らずなこったな。
鬼とお前じゃ妖怪の格が違うだろうに、機嫌損ねたらどうするつもりだったんだ?
そう言ってやったら、キスメの奴、両の頬に手を当てて桶に隠れてしまった。
どうやら恥ずかしがっているようだが、勘違いしているようなので言っておきたい。褒めてねぇよ。

まあその他にも言いたいことは有ったが、家の前に井戸があるというこの現状。
わざわざ外で雑談する必要もないので、さっさと家に上げてしまうことにした。
何か家に招かれることが非常に嬉しいらしく、跳んだり跳ねたりしながら家に駆け込んでしまった。
やっぱり桶ホッピングだった。桶から出るつもり毛頭無いな、彼奴。

……早くしろって? 全く、言われなくても直ぐ行くよ。






ある日妖怪と出会った、それだけの話。
それで何かが変わることも無く、日々は何事もなく過ぎていく。
只、何事もない毎日に、僅かな楽しみが増えたのは確かだ。
釣瓶を上げれば、そこに彼奴の笑顔がある。

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最終更新:2010年05月09日 15:30