勇儀4



新ろだ784(新ろだ776続き)



 誰かと一緒に行動する、というのは苦手なことだった。
 隣にいる誰かのことを気遣えるほど、器用な人間ではなかったからだ。

 まして恋愛沙汰など、自分にとっては無縁なものだと思っていた。
 そういったことは誰か別の人に任せておけばいい。
 今までそう決め付けていた。


 それが今となってはどうだろうか。
 こんなにも愛しい人がすぐ隣にいて、
 離れることがとても辛く感じていたなんて。

 確かに初めは辛かった。
 酒は苦手だ。 しかし自分からそれを言い出して拒むこともできなかった。
 せっかくの少なかった読書の時間を削られてしまう、と思うこともあった。
 けれどもそれはいつの間にか逆転していた。
 彼女は大体、決まった時間にやってくる。
 その時間が近づくたびに、そわそわと落ち着かない気分になっていた。

 そんな彼女は、今自分の横で腕を組んでいる。


「あの、ちょっと恥ずかしいんだけどさ」
「この方が恋人らしく見えるじゃないか」

 そういって勇儀は組んだ腕をグイっと寄せる。
 恋人、という言葉に彼はちょっとどきまぎしたようにして
 少し視線をそらす。

「…けどさ、もう1日くらい、お前の家にいてもよかったんじゃないのか?」
「仕方ないさ。 ほとんど押しかけてきたようなもんだし。
 さらに都合が悪いことに、すでに今日の宿も取ってあるしね」

 初日の宿とは別のホテルを、予めツアーの主催者に取っておくように頼んでおいた。
 露天風呂であることを書いておきながら、混浴であることを伏せた
 主催者の意図的な罠を考える限り、
 本日の宿も何かしろの罠が待ち構えているんだろう、と思っていた。

「先に荷物を予約しておいた部屋においてから、
 今日はいろんなところへ回ろうと」
「なんだか同じような建物ばっかだけど、大丈夫か?」

 道に迷ってないかと不安に思った彼女が、彼の持っているメモを見る。

「目立つ看板があるっていうから…ほら、あそこだ」

 指差した先には青い大きな看板を横につけたホテルだった。



 ――やはりな。
 確かに罠はあった。
 部屋もそんなに狭いわけじゃない。
 窓から見える街の景色も悪いわけじゃあない。
 ただ一つ言うことがあれば、どういうわけだか、この部屋には
 大きなベッドが「ひとつ」しかなかったことだった。

「なんとなく、こんな気はしていたけど…」
「まぁ気にするな。 そのときになったら考えればいいさ」

 落胆する彼の背中を、勇儀が叩く。
 この気持ちにひと段落つけるために大きなため息をついた後、今の手荷物を確認する。
 彼女の我が侭な注文にも多少は耐えられるほど、財布は今は蓄えがある。
「二人で楽しんで来い」と餞別を贈ってくれた親の顔が思い浮かぶ。

「…そうだな。
 じゃあ行こうか」
「おーう」




 ついた先は大きなショッピングモールだった。
 いろんな店をまわるという手段もあったが、自分の覚えている街の景色は
 何年か前のものだったから、正直なところ不安だった。
 ここでなら、外の世界の大方の物は見てまわれるだろうという、○○なりの考えだった。

「なんだこりゃ…」
「あー、言うなれば屋内立体商店街?」
「……わかったような、わからないような」
「とにかく、外の世界のものだったら大体ここに揃っているわけだ。
 何か欲しいものはある?」
「お酒、だな」

 返す言葉を失った。 いかにも彼女らしい答えだ。
 思わず困ったように鼻の頭をかいてしまう。
 その様子を見た彼女があわてて付け加えるように言う。

「いや、さ、どんなお酒があるのかな、っていうのは一番気になることであって
 他にもいろんな気になるものはあるからさ」
「ごめんごめん、勇儀」


 このショッピングモールは自分が幻想郷へ行く前に何度か行ったことがあった。
 ただ、自分にとって楽しめるような店は少なく、
 どちらかというと女性向けのお店が多かった。
 だからこのような機会にはちょうどよかった。


 たくさんある店の中で、かわいらしいぬいぐるみや小物が並ぶお店で
 ひときわ目立つ、大きな熊のぬいぐるみの前で
 勇儀は無意識に立ち止まった。

「もしかして、アレ欲しい?」
「え? あ、ああ」

 鳩が豆鉄砲を食らったような生返事だった。

「でもあれ大きいよな。 
 持って帰るの大変じゃないか?」
「そこは大丈夫。
 この住所に届けてもらうようにすれば、全部主催者側が送ってくれるって」

 ○○は1枚のメモを取り出して見せる。
 彼女自身はわからなかったが、彼にはわかった。
 その住所は現実には存在しない場所だということが。

「お店の人に頼んでくるから、あそこのベンチで待ってなよ」
「待てよ○○。 私は別に欲しいなんて一言も」
「え、欲しくないの?」
「………欲しいけど」

 ほんの小さな声で彼女は答える。
 その声を聞いた彼はにんまりとした顔でお店の奥へ消えていった。

「まったく、意地悪なヤツだ」

 彼がレジで店員と話している最中、ベンチに座っている勇儀は
 一人つぶやいた。




 その大きなぬいぐるみ以外にもたくさんのものを買ってまわった。
 彼女自身が最初に提案したお酒はもちろんのこと、
 綺麗なガラス細工や、彼が何冊か買った本など。
 全て主催者側に送ってもらうように頼んでしまったので
 手荷物の重さを感じることはなかったが、
 あれだけ入っていた財布の中身がごっそりと消えてるのを見て
 相当買い込んだということを実感していた。

 ショッピングモールからホテルへ行くまでの途中の道。
 ○○は道に浮かぶ白いものを見つける。

「お、ユキムシだ」
「ユキムシ?」
「ほら、そこらへんに飛んでる、あの白いの」

 名前の通り、雪のような白い色をした虫が何匹か飛んでいることに気づく。

「へぇ、確かに雪みたいだ」
「それだけじゃないんだよねぇ」

 わざとらしく彼は語尾をあげる。
 そこから一呼吸おいて、説明を始める。

「見た目も雪みたいなんだけど、この虫が出る頃に
 初雪が降るんだよね」
「本物の雪が?」

 興味を示した彼女がユキムシに手を伸ばす。
 ――アブラムシの一種だということは黙っておいたほうがいいだろう。
 そう思った彼は、それ以上何も説明しないことにした。


 今日の宿へ戻る。
 もちろん、あの時懸念していた問題は解決しておらず
 それどころか買い物へ行く前よりも
 心なしか、ベッドがやや小さくなっていたような気がしていた。

「しっかし、どうしようかな。
 ソファーとかも無いしなぁ…」

 彼は小さくなったかもしれないベッドを見て、頭を少しかきむしる。
 そうしたところで問題が解決しないのはわかっていたけれども。
 彼自身が出した答えは、考えることの放棄、保留。
 結局何も解決しないままだった。

「…とりあえず着替えるか。
 クローゼットに浴衣があるから、それに着替えてくる」

 そそくさと自分の分の浴衣をクローゼットから引っ張り出して
 バスルームへ逃げるようにして入る。
 ――この話題を出すのは避けたかったが、避けては通れないな。


「勇儀、もう入っていいかな」
「いいよー」

 おそるおそるバスルームのドアを開ける。
 やはり彼女は和装が似合う。
 彼女の女性の象徴たる胸部の豊かな膨らみがいつもよりも目立つ。
 無意識にそこへ自分に視線が集中していたことに気づき、さっとそらす。

「さてと、それじゃあ飲むとしようか、○○」
「えっ? 全部送ったはずじゃあ…」
「細かいことを気にするんじゃないよ。
 ここ数日、ゆっくり飲むチャンスなんてなかったんだからさ」

 彼の返答を待つ前に、二つのグラスに酒を注いでいく。
 二つのグラス全体が琥珀色になったところで、彼女は手招きをする。 




「しっかし、すごいもんだな。
 しばらく見ない間に街は変わっちまって…」

 グラスいっぱいの液体をグイっと飲み干した後、勇儀が言う。
 彼女の言う『しばらく見ない間』というのは、人間の持つ意味とは違うのだろう。

「なんだか夜だってのに明るすぎるしさ」
「でも、ああいうのも悪くないんじゃない?」

 彼は窓の外の景色を指差す。
 他の建物から漏れる光や、街灯、車のライトの
 白光、橙色、水色が黒一面の夜の景色に
 尾をひくように動いている。

「…なるほどねぇ」
「でしょ?」

 彼女に合わせるように、彼はグラスを傾ける。
 大きく傾けるものの、飲む量は僅かだ。
 開けた瓶の中身を減らしているのはほとんど彼女の技だった。


「そういえば、お前に兄弟とかっていないのか?」
「上に一人、年子の兄弟がいるけど」
「…萃香が言ってたんだけどさ、
 ○○に似たヤツを彼岸で見たっていうんだけど」
「……そりゃなんの冗談だ?」

 酒の影響もあってか、口調がやや乱れる。

「いや、その似たヤツっていうのがな。
 よくサボってる死神と仲良くしてるのを見たって言うからさ…」


 ――まさか、な。
 自分と似た人なんて世の中に三人はいるという迷信みたいな言葉もある。
 単なる偶然だろう、そう思っておくことにした。


 微量ながらの酒の影響もあって、その夜はよく舌がまわった。
 ○○の父は髪がそろそろピンチだとか、母は背が低いだのなんだの。
 いつものように他愛も無い話をたくさんした。
 ただ、どこまで、どんなことを話したかは覚えていない。
 そこもいつものように途中で酔いに負けてつぶれてしまったんだろう。







 気がつくと、散々問題視していたベッドの上にいた。
 頭に氷を叩かれるような、ガンガンとした痛みがある。
 さらにベッドの上で寝ていた自分と、彼女が向き合うようにして寝ていた事に気づく。
 寝起き特有のぼっとしたものに頭が支配されていたため
 慌てて視線を外に向けるまでに数秒の時間がかかる。

 ベッドから降りようとしたときに、袖を引っ張られる感覚を感じた。
 彼女の仕業だった。
 つかまれた袖をどうにかしようと試行錯誤するも、どうにもならなかった。
 仕方なく寝ていたときと同じように、向き合うような姿勢になって
 再びベッドにもぐる。
 勇儀の微かな寝息が顔にかかる。
 視界に写る彼女の寝顔と相重なって、心臓やら何やらがドクンと一気に跳ね上がる。
 少々残念なことに、彼は袖をつかまれた腕と逆の腕で
 ぎゅっと抱きしめるくらいしかできなかったが。




 ---以下、チラシの裏----------

 なかなかグダってきてます。
 中の人は新型インフルの影響によって
 自宅強制養生中です。
 本人は養生が必要ないほど元気なんだけどね!!

 ---以上、チラシの裏終わり---


新ろだ797(新ろだ784続き)



「いや、すまなかった、反省もしている。後悔もしている」

 ひりひりとする頭を抑えながら、謝罪の言葉を述べる。
 事の顛末は以下の通りだった。
 ぎゅっと抱きしめた後、暫時経ってから目を覚まし、
 その状況に気づいた勇儀は咄嗟に
 彼の顔面にそれは大層豪快に頭突きをぶちかました。
 角がついている彼女だったら、今頃○○の頭に
 ぽっかりと大きな穴が開いていただろうけども。


「こっちもなんだ、その。
 別にされるのが悪いと思ってるわけじゃないんだが…」

 ばつが悪そうにして彼女も答える。
 部屋の中で、互いの乾いた、苦しい笑い声が響いた。

 テーブルの上には何本か空になった酒瓶がある。
 記憶の限りを辿っていっても、どこまで飲んだかどうかは覚えていない。


「もっと、今度から考えてやるようにしろよな?」
「え、それってつまり…」

 それ以上、このことついて聞いても、勇儀は何も言わなかった。



 今日は旅行の最終日。
 初日と同じように、電車に揺られてただ帰るだけ。
 それ以外は駅に行くまでにほんの少し、徒歩で行くだけだった。


「しっかし、もう帰るのかぁ」
「もっと懐が暖かかったら、もう何日かは延ばすことができたんだけどね」
「ん、いやいや、そういう意味で言ったわけじゃないさ。
 来年もあるんだろう?」

 午前中、まだ朝の比較的、新鮮な空気が残っている道にて。
 雲ひとつ無いほどの晴天で、陽光はぽかぽかとして暖かかったが、
 肌を包み込む空気の冷たさが、朝の日差しの暖かさに勝っていた。


「そういえば、あの虫、見なくなったな」
「ああ、ユキムシのこと?」

 昨日まで道路を飛び交っていた白い影が嘘のように消えている。
 それに気づいてからしばらくして、別の白い影が空から降りてきた。


「お、初雪」

 無感動に○○は言う。
 それとは逆に興奮した様子で勇儀は話しかける。

「こんな時期から雪が降るなんてすごいな!
 なぁなぁ、やっぱりここって冬になると」
「残念ながらとても寒いだけで愉快なことは何ひとつないよ」

 きっぱりと一言。

「…あー、もっと雪が積もればでっかい雪像とか見れるんだけどね。
 十月に限定されたツアーじゃちょっと厳しいかぁ」
「雪像? そりゃ気になるね。
 今度スキマ妖怪に直談判してみたら?」

 ○○は生返事で終わらせておくことにした。
 本当に直談判したら、そのままシベリア辺りに送られて
 木を数える仕事に従事させられそうな気がしてきたからだ。



 初雪が降り始めてから数十分と経たない内に、駅につく。
 乗る電車の種類は初日と違うため、半日もすれば
 出発地点だった場所につく。

 彼女も流石に大体の景色に見慣れたのだろうか。
 行きのときと違って、質問責めにするようなことはなかった。
 揺れる車内の音だけが規則的に、周りの空気を包み込むようにして鳴り続けていた。

 その静寂を破ったのは、比較的おしゃべりな勇儀ではなく
 ○○だった。

「なぁ、勇儀」
「ん?」
「結構、真面目な話があるんだけどさ…」


「俺の爺ちゃんってさ、90歳くらいで亡くなったんだよね。
 その死んじゃう前日まですごい元気だったのにさ。
 それでも大往生って言われてたんだよ」
「…うん」


 いつもの彼女も、いつもの彼と違う神妙な面持ちにあわせて
 相槌を打つ程度に自分の反応を抑えている。


「んでさ、妖怪とか、天狗とか、鬼とかってさ。
 それよりも何倍も、何十倍も長生きするんだろ?」
「……そうだな」
「で…さ。 ここまできたら、俺の言いたいこと、わかる?」
「なんとなく、な」


 そこからまたしばらく、線路の上を走り、揺れる車内の音だけがまた響く。


「勇儀にとってはそんなに遠くない内に、
 どうしても避けられないものがある、って思うんだよね」
「…○○、お前はどうしたいんだ?」
「うーん…。 わからないな」
「じゃあ、私のお願いを聞いてくれるか?」


 向かいあわせになっていた座席を立って
 勇儀は○○の隣に座った。


「お前はそのままでいい。
 私は鬼で、お前は人間。 根本的な違いはそれだけ。
 無理して背伸びして、お互いに合わせようとしなくていい」
「いいのか? 本当に。
 多分…その…置いていく、ことになると、思う、けど」



 ○○の口調が次第に弱まっていき、視線がだんだん落ちていく。
 それに気づいた彼女が、彼の顔を両手で押さえて
 自分のほうへ向けさせる。



「だから、そう悲しい方向へ考えるんじゃないよ」


 そう言うと、彼の視線を押さえつけていた彼女の手は
 彼の頬を撫でる、優しい手へと変わる。




「いずれ、別れるってことはお互いわかってるんだったらさ。
 寂しくならないように、たくさん思い出を作ろうよ。
 今日までの旅行とか、今まで飲みあったときみたいにさ。
 そのほうがずっと、いいだろ?」
「…うん、そうだな」
「だろ?」


 彼女の声色が一気に変わる。
 女性らしい、労わりの気持ちのこもった声から
 いつもの彼女らしい、豪放磊落な感じの声だ。



「なんだよ、辛気臭い話始めるから、どんなことかと思ったらさぁ!」
「お、俺にとってはすっごい真面目な話だったんだぞ!!」

 顔を赤くして怒る彼の横で、ケラケラと大声をあげて笑う。


「ま、それだけ私のこと考えていてくれたんだね。
 ありがとう」

 屈託のない最高の笑顔で、勇儀は答えた。








 自宅の玄関を見るのは、もう何ヶ月ぶりかのような気さえしてきた。
 ここはいつも自分が住んでいた家のはずなのに、どういうわけだか
 懐かしくさえ感じる。

「ただいま」

 返事は当然ない。
 居間の座椅子、テーブル、中身のスカスカな本棚。
 部屋の片隅に、紫色の包装紙で包まれた大小いくつかの箱が置かれてある。
 主催者側が配送してくれたものだ。
 恐らく、包装紙の趣味がやたらに悪いのは、主催者の趣味なのだろう。

 一番大きな箱は、多分大きなぬいぐるみが入っているだろう。
 これでもかというほど殺風景な部屋に、あのファンシーなぬいぐるみが
 置かれると思うと、滑稽で、少し不安な点もあった。

 その次の、ひときわ重量感のある箱は、大量に買った外の世界のお酒類だ。
 種類も量もそれなり以上に買い込んでいたことを改めて実感する。
 ――大丈夫だろうか。

 他の細々とした箱を一つ一つ確認していく。
 実家からいくつか持ち出してきたSF小説。
 小さく綺麗なガラス細工。
 ヒビもキズも無いことに安心する。

 最後に、一番重要な、小さい箱の中身を確認する。



「お邪魔するよー」



 玄関の引き戸を盛大に開ける。
 いつも聞きなれた声と、開けられた戸の、バンという音が鳴る。
 それに驚いたように、背筋を一度振るわせた後に 
 彼女にそれが見つからないように、他の箱の間に隠しておく。

「んー、やっぱり角がないと落ち着かないねぇ」

 旅行の前にどうにかしてもらっていた額の角は元通りになっていた。
 角をさするようにして彼女は言う。


「おお、旅先で買ったもの、届いてたのかい」


 真っ先に飛びついたのはやはり酒の入った箱だった。
 いかにも彼女らしい。


「勇儀、ちょっと…」

 どれを飲もうかと選別する彼女を呼び止める。



「これさ、つけてみてくれないかな」
「何だい、こりゃ」

 彼が渡したものは、銀色と青色が綺麗に輝くネックレスだった。
 と言っても、その輝きは宝石や貴金属の持つ特有の美しい光沢ではなく
 安っぽいような感じが見て取れた。


「本当はもっと時間とお金に余裕があれば、いいもの買えたんだけどね」
「○○、これ、どのタイミングで買ったんだ?」
「あのぬいぐるみを買いに行ったとき、こっそりと、な」


 勇儀は渡された玩具のネックレスとまじまじと見つめている。
 反面、渡した○○は申し訳なさそうな表情だった。


「こんなものしか用意できなくて、本当にごめん」
「……そんなことないよ、すごく嬉しい」


 押し殺したような声で言った後に、勇儀は飛びかかるように 
 ○○に抱きついてきた。
 その勢いでおもいっきり倒される。


「ちょ、くる、苦しいから、緩めて、もう少し緩めて!」
「いいじゃないか、こういうのもさ」



 ――ああ、確かに悪くないかも。
 朝のときのように、ぎゅっと抱きしめてみる。
 ほのかに甘い香りがしたような気がした。








 -----以下、蛇足---------

 グダった旅行ネタもこれで終わりです。
 最後まで付き合ってくださった人がいるかどうかはわかりませんが
 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

 -----以下、蛇足終わり-----------



新ろだ964


現在の時刻、夜半過ぎ。地上の宴会が終わる時刻を考えると……

「……そろそろか」

――ドガッ

「おッす○○、呑みに来たぞ~!」
「またか姐さん……つーか扉壊すな」

今日もまた玄関の扉を直す仕事が始まるよ……





「ふぃ~、終了っと」
「ほいお疲れさん」

扉の修理を終えた俺の前に、並々と酒が注がれた杯が置かれる。

「そら、飲みな」
「まぁいただきますよ」

一口で飲み干すと、程よい辛さが喉を過ぎていく感覚がある。
俺の呑みっぷりを満足したように見つめると、今度は自前の盆のような杯に酒を注ぎこみ、

「――クッ、ぷはぁっと」

一口に飲み干した。

「……相変わらず良い呑みっぷりで」
「鬼ならこれぐらいの量は普通さ。ほら、お前も続けて続けて」

そう言って、またこちらの杯を酒で満たし始める。
いや、そうは言ってもまぁ……

「これ以上は遠慮しとく。姐さんが飲んじまっていいよ」
「そうかい? んじゃ遠慮なく」

そう言って、本当に遠慮なく杯を……ってそれ俺の飲んでたやつ……

「うんうまいうまい」

この人のことだし間接キスとか欠片も気にしてないんだろうなぁ。
……はぁ。
しかし宴会帰りの女が男の家に上がりこむってのはどうなんだろうな……
まぁ人間と鬼じゃあ万が一にも間違いは起きないけどな。起きるのはプチ宴会ぐらいで、

「――クッゴクッゴクッ、ぷはーー! やっぱり酒は最高だね!」
「…………」

ホントどれだけ飲むつもりなんだろうな、この御仁は。
飲んでるのは自分で持ち込んだ酒だから別に構わんけど。
うちの酒の貯蔵量も決して少なくはないが、鬼の手にかかればあって無いようなもんだし。

「うまそうに飲んでるとこ悪いが姐さん、そろそろよしといた方が良いんじゃないか?」
「うぁ? なんでよ」
「なんでよって……別に飲むのを止めるわけじゃないんだが、
 鬼の四天王ともあろう方がこんな何処の馬の骨かも知れん人間の家で飲んでるのはどうかってことだよ」
「元だよ、元。それに素性なんてとっくに知れてるだろう。
 不幸にも地底に迷い込んだ外来人で、しかもそのまま居着くことを決めた変わり者さ」
「いや、そりゃそうだけどさ」

随分と前の話だが、俺は外の世界からこの幻想郷に迷い込んだ。
しかもそこは地底という幻想郷でも忌み嫌われた場所。
不幸中の幸いか、目の前の人――いや鬼、星熊勇儀に拾われたことで事なきを得ることができた。
鬼は人間を攫うものらしいが彼女曰く、「勝負も無しに攫ったりなんかしないさ。天狗じゃあるまいし」とのことだ。
そんなわけで特に何か手出しされることも無く、むしろ色々と面倒を見てくれて、
手頃な住居や適当な職を紹介してくれたりと、この地底でこれまで生きてこれたのは全て彼女のおかげだった。
地上に行けば外に帰れるという話を聞いた後もこの地に留まっている理由には、
ここが気に入っているということ以上に、彼女への恩義を返したいという気持ちが多分に含まれている。

だからこそ、この家に姐さんが上がり込むのをお断りする次第だ。
旧都は気の良い奴が多いけど、鬼のお偉いさんが人間の家に入り浸ってるなんて聞いたら流石に変な顔するだろうし。

「ともかくだな姐さん、このまま飲み続けるというのは姐さんの世間体という奴がだな……」
「ぬ~……」
「姐さん?」

いや、なんでそこで機嫌を悪くなされますか?

「……なぁ、その『姐さん』って呼び方止めないか? うちの若い衆じゃあるまいし……」
「そうは言ってもなぁ。命の恩人だし」

ホントならこうやってタメ口で話すのだって勘弁したいぐらいなんだけど、
完全敬語だと「気持ち悪い!」とか言って姐さん怒るからなぁ……そこは妥協するしかない。

「私は元山の四天王として周りの世話をしたり、この旧都の顔役みたいなことをやってるだけで、
 うちの若い衆ならともかく、お前さんなら名前で呼んでくれて構わないんだよ?」
「いや、実際この呼び方がしっくりきてるからな。変えるつもりはない」

そう言うとまた姐さんの眉間にシワが寄った。
いやだから機嫌悪くされても困るんだってば。

「だいたい、鬼ってのはひ弱な人間からすれば平身低頭してブルブル震えるような相手だぞ。
 そんな相手を名前で呼ぼうだなんておこがましいにも程がある」
「そんなこと言って、萃香のことは名前で呼んでるじゃないか」
「いや、あれは……」

あの鬼っ娘は中身まで見た目相応だからな……
偶に長く生きてきた者特有の全てを見透かしたような言動をするけど、言い方がアレだから腹が立つんだよなぁ。
……なんか思い出したら腹立ってきた。

「私と萃香の違いか……」

と、想像上の萃香の額に肉マークをつけていると、姐さんは徐に自分の胸を持ち上げ――って、

「ちょ、待て待て待て!! 姐さんいきなり何を!?」
「いや、この胸切り落としたら○○が私のことを名前で呼んでくれるようになるかなぁって」
「いやいやその発想はおかしい」

思考が飛躍しすぎだ。
てか自分と萃香の違いで真っ先にそこを思いつくってのは、萃香に対してかなり失礼じゃないか?
あとその、無造作な手つきによる物理的変形は、男にとって目の毒というか保養というか。

「やっぱり○○も胸が気になるか。となれば、やはり切るしかないな」
「いやいやいやいや、健全な男だったら気になるのは当然であって胸に罪は無い。
 あと俺は有るのも無いのも好きなだけで、胸で差別する男じゃねーよ。
 わざわざ有るのに無いほうがいいなーと考える程貧乳好きじゃねぇし」
「どっちも好きねぇ。優柔不断というか節操無しというか」
「うるせぇやい。逆に聞くけど、姐さんは自分の巨乳は嫌いなのだったりするのか?」
「う~ん、重たいから面倒なときは多かったりするけど……別に切りたい程嫌いってわけでもないねぇ」

嫌いではない、か。なら切らない方向に誘導可能だな

「それにまぁ……いつか○○とゴニョゴニョする時役立つかもしれないし……」
「? 良く聞こえなかったが」
「と、とにかく! 私の胸が惜しければ私のことを名前で呼ぶようにしろ!」
「自分の胸を質にしてそんな要求する奴は初めてだよ……」

色々と新しすぎる。
新しすぎて誰もやらない。

「ふっふっふ、鬼は冗談なんか言わないさね。そら、返事はどうだい?」
「要求を飲もう」
「返答早いね!?」

そりゃまぁ悩むこと無いだろ常考。

「姐さんに胸切るなんて大怪我させるわけにはいかないからな」
「あぁそんな理由……私としてはもっとこう、ね?」
「?」
「いや、なんでもないよ」

そう落ち込まれると凄く困るんだが。
なんか変なこと言ったんじゃないかと気になってしまう。

「……よしっ!」
「はい?」

落ち込んでた姐さんがいきなりこちらと顔を突き合わせてきた。
俺が面食らっていると、

「名前」
「え……」
「だから名前だよ。要求飲んだっていうなら一度呼んでみせてみな」

って、突き合わせてくるどころかこちらを押し倒しに来てるような……

「ちょ、ちょい待て姐さん」
「勇儀」
「勇儀……さん」
「さん付けするな」
「…………勇儀」

慣れない呼び方に思わず照れくさくなってしまう。
こちらの言葉をジッと待っていた勇儀は、

「やっと呼んでくれたね」

こちらが見惚れてしまう程に魅力的な笑顔を浮かべた。

「これで一歩前進、といったところかな」
「ん? 何がだ?」
「こっちの話さ。……と、どれ」

勇儀はこちらから離れると近くの酒瓶を手繰り寄せ、

「よーし、◯◯が名前で呼んでくれて目出度いから飲み直すよ!!」
「おいおい、そんなんで一喜一憂することないだろ。てか飲むのは止めてくれってば」
「男が細かいこと気にすんない。そら、ガンガン飲みな!」

目の前に酒で満たされた杯が置かれて、俺は思わず苦笑する。
名前で呼ぶかどうかで機嫌を悪くしたと思ったら、今度はこんなに楽しそうな笑顔を向けてくる。
俺が勇儀のことを本当に理解するにはまだ随分と時間が掛かりそうだ。
やれやれ……この人に恩返しできる日は何時になったら来るのかね。



新ろだ2-293


星熊勇儀に、ベタベタ、ちやほや、迫られたいという三大欲求が爆発した結果がこれだよ。


「いい加減離してくれよ勇儀。暑っ苦しいたらありゃしない」
「まあそう言わんでおくれよ。こうしてると酒が美味くてたまらないんだ」

今俺の体はすっぽり勇儀の体の中に収まっている。背中を預けた状態だ。
彼女はというと俺の頭に顎を乗せて、時折酒やつまみを口にしている。
この状態だと相手の顔はさっぱり見えないが、上機嫌なのは手に取るようにわかる。
もっとも、こうしている時の勇儀の機嫌が良くなかった試しは、一度としてないのだけど。
でも勘違いしないで貰いたいが、こんな体勢に甘んじているのは俺が特別小さいからでは決してない。
むしろ俺の身長は、現代の成人男性の平均よりもちょろっと高い位だ。
つまり勇儀が大きすぎるのだ。流石は鬼である。

「ほら、○○! 角煮美味そうだぞ、角煮」
「……いや、俺はいいよ。勇儀が食べな」
「そうかい? ○○は男にしては小さいんだから、もっと沢山食べなきゃ駄目だよ。大きくならなきゃさ」
「鬼の基準と一緒にするなって。それに成長期もとっくに終わってるよ」

はっはっは、冗談だよ、と豪快に笑う勇儀。
なんだかなぁ。俺は、もうとっくに成人を迎えて早数年なんだけど。これではまるで子供扱いだ。いや愛玩動物か?
誰かに見られたら恥ずかしくて死ねるなぁ。こうして触れ合っていること自体は、悪くないんだけど。

勇儀は、こうしたスキンシップを非常に好む。
頭を撫でる、手を繋ぐ、腕を絡める、抱きつくなんてのは序の口だ。
俗に言う「あーん」をしたりさせようとしたり、膝枕を要求してきたり(普通逆だろ!)
うっかり頬にご飯粒なぞ付けてしまえば舐め取られるので最善の注意が必要だ。
一番困ったのは前回の宴会で酒をこぼしてしまった時だ。あれには参った。
酒浸しになってしまった俺の手に、「勿体無い」と言いながら吸い付いて来た日には、流石に本気で怒った。
あの時の勇儀はいつにも増して満足そうだった。周囲の視線もいつにも増して痛かった。
そんなことを思い返していると、勇儀が軽く咳払いをした。顔を上げると空になった赤い盃をふらふら揺らしているのが目に付いた。
何を要求してるかは誰だって分かる。酌をして欲しいのだ。自分のペースで好きなように飲んだらいいと思うのだが
どうやら彼女にとって、俺に酌をしてもらうことは、非常に重要な意味を持つらしい。妙なこだわりだと思う。
橋姫さん曰く、これも「彼女の甘え方」なのだそうだ。
何だか気恥ずかしいので無視するという手もあるが、捨てられた子犬の様な目で見られるのは勘弁なので素直に注いであげることにした。

「おっ、気が利くねぇ」と、白々しい反応を返してくる。わしゃわしゃと嬉しそうに頭を撫でてくる。
これがなければ、もうちょっと要求に応えてやろうという気にもなるんだけどなぁ。
もうちょっと男のプライドを立ててくれてもいいんじゃないかい、勇儀さんや。

そのまんま思ったことを口に出してみた。
「あれ、何か気に入らなかったかい? この体勢なんか男冥利に尽きると思ってたんだがねぇ」
言うなり、ふくよかなかたまりを俺の背中に押し付けてくる。
顔が熱くなるのを感じる。勇儀が俺の顔を覗き込もうとする。
「ほら、お前さんもこうやって楽しめるじゃないか」囁く。声が艶やかだ。
「それともお前さんの手で好きにしたかったかい?」体を優しく撫でられる。
「したいなら、別に構わないよ。ほら、こっち向きな」

追いうちをかけられた頃には、俺はすっかり茹蛸になってしまっていた。

「あっはっはっは! これ位で真っ赤になってるようじゃあ、まだまだだね。
 男ならもうちょっと色に強くなってもいいんじゃないかい、○○さんや」
「……悪かったな、弱くて」
「そんなに怒らないでおくれよ。まあ、だからといって、色街なんかで修行されても困るんだけどねぇ。
 ○○は、そんな初心なところも可愛いからさ」

男のプライドを立てるつもりは一切ない様だった。

「ま、冗談置いといてさ。男のプライドって言うなら、お前さんの男らしいところも見せてくれなくっちゃさ」

確かにそれを言われると耳が痛い。
しかしこの鬼に、俺が男らしさで勝てる要素を何か一つでも持っているだろうか。
いや流石にそんなことを言ったら色んな意味で怒られる。卑屈になってはいかんぞ○○。
ちょっと主導権を握ってやれば、案外勇儀は途端に乙女らしくなるかも知れない。
あ、それは十分ありえそう。そう考えると何だか勇気が湧いて来た。汚名返上のチャンスはすぐそこにある。

「よし、わかった。見せようじゃないか」
「ほほう、そいつは面白いじゃないか。どうやって見せてくれるんだい」

俺はゆっくりと勇儀に向き直った。

「お?」
「勇儀、目をつぶれ」
「え?」
「いいから、目をつぶれ」
「え、え? ちょいと待っておくれよ。それって、まさか……」

思った通りだ。勇儀の顔が目に見えて赤く染まる。
恥ずかしいのはこちらも同じだが、彼女の反応のお陰で余裕が出てきた。

「勇儀が考えてる通りだ」
「はは、ま、まいったな。まさか○○からしてくれるなんて、夢にも思ってなかったよ」

にやけるのを抑えるのに精一杯といった風である。あれ、少し予想と違う反応になって来たな。

「失礼なやっちゃな。ほら早く」
「わ、わかった。ん……」

もう少し抵抗してくるかと思ったが、すんなり目をつぶった。
俺は勇儀の肩に手をかけた。少しだけ、ピクっと震えたのがわかった。
彼女の一瞬の震えが俺の心臓に何十倍となって伝わったのか、心臓が爆発を始めた。
さっき出てきた余裕なんて露となってあっさりどこかへ消えてしまった。
しかし勇儀はどうだ。どうだこの表情は。
「まだかな。まだかな?」と浮き浮きしたオーラが目に見える。すでに嬉しくてたまらないといった表情だ。
まるで親からの餌を待っている雛鳥のようだ。
あまりの緊張に意思が折れかけたが、この笑顔を裏切るなんて俺には出来やしない。
覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。勇儀もそれに呼応して身構える。

そして、俺はキスをした。



勇儀の角に――――


「ぷはぁ、どうだ、俺だってな。やるときはやるんだぞ」

大きな仕事をやり遂げた様な清清しい気分だった。勇儀も俺の男振りに満足してくれたことだろう。
しかし、彼女は今まで見たこともない様なしらけた顔をしていた。

「え、なにその表情」
「それはこっちの台詞だよ! お前さんの方こそ、何でそんなに自慢げなんだよ!」
「な、何だよ。これじゃ不満だってのか!?」
「不満に決まってるじゃないか。こういう時は普通口にするもんだろ。これじゃ期待した私が馬鹿みたいじゃないのさ……」
「くくくく口にって、お前、そういうのは好きな男にしてもらえよ!馬鹿!」

全く何を言っているんだ、この鬼は。空気に耐え切れなくなり、酒を呷る。
次に目にした彼女の顔は、今まで見たこともない、様々な感情が入り混じった
俺の語彙では説明しようのないとにかく何とも形容し難い表情をしていた。とてつもないショックを受けていることは確かな様だった。

「お、お前さんねぇ!男と女が一つ屋根の下に住んでて、ここまでして
 どうして私に他に好きな男がいるなんて思えるのさ!私が好きな男は○○しかいないよ!」

説明し忘れていたが、ここは勇儀の借りている長屋の一室である。同時に俺の部屋でもある。
地底に流れ着き、勇儀に拾われ、しばらくは面倒を見て貰いつつも一人で暮らしていたが
人間がここで暮らすには一人は危険すぎる、ということで勇儀から同じ部屋に住むことを勧められ
二つ返事で承諾して今に至るのであった。

いや、今はそんなことはどうでもいい。
今、なんて言った、こいつは。
俺の事が好き? そんな馬鹿な。精々ペット程度の扱いだとしか思っていなかったのに。
またも、顔が茹蛸の様になるのを感じた。

「え、え、ちょっと待って。それってまさか……」
「なんだい」
「俺のことが好きって……こと?」
「どうやったらそれ以外の意味に聞こえるんだい!なんなんだお前さんの鈍さは!」

俺の頭はすっかり混乱していたのだ。どうか許してもらいたい。

「○○、私はよ~くわかったよ」
「な、何が?」
「徹底的に実力行使しなきゃ、お前さんはわかっちゃくれないってことがさ」
「ゆっ……、!?」

その日の俺達は、初めて尽くしだった。
最終的に男のプライドは少しだけ取り戻せたかもしれない。



最終更新:2010年10月16日 23:26