さとり2
23スレ目 >>245 うpろだ350
「○○、お茶が良い?それとも珈琲の方が良い?」
私の問いに彼は少し考えた後珈琲と答えた。
だが彼は答えを口には出してはいない。何故答えを知り得たのか。それは私の忌むべき力、人の心を読める力の性である。
この力を持ったばかりに私に対する風当たりは酷いものであった。人間、果ては妖怪にまで疎まれる程である。
生まれて一度もこれを快く思った事など無い。が、この○○だけは別だった。
○○、一見するとごく普通の人間なのだが――地下に普通の人間がいる事自体普通では無いのだが――しかし彼は問題を一つ抱えていた。
先天的な病気なのか、後天的に生じた障害なのか。それは私の知る所では無いのだが、彼は声を出す事が出来なかった。
心を読める、そんな力を持ったと知った時彼は酷く驚いていたのを私は良く覚えている。
こんな反応をされるのはもう慣れている。が次に彼が心で思った事は予想外であった。
君は凄い、ならこれは分かる?、人と話が出来てとても嬉しい、君ともっと会話がしたい。
私に対する賞賛、そして嬉々とした言葉。恐れや侮蔑はあれど、このような言葉が出てくるとは驚きだった。
話を進めていく内に彼の地上での話も聞くことが出来た。
声が出せないそれは嫌と発する事が出来ず、反論も出来ず、他者に都合の良い解釈をされる。上の世界は自分には生き辛い世界だったと。
話終わると彼の目には涙が浮かんでいた。私はハンカチを彼に渡すと
「しばらくここに住んでみない?貴方が良ければの話だけど」
何故こんな事を言ったのかは良く覚えていない。あの時から惹かれていたのだろうか。
少し考えた後彼は首を縦に振り。お願いしますと心の中でつぶやいた。
こうして○○はしばらく地霊殿に滞在する事になった。
その間、どこへ行くにも私は彼に付いて回った。私の力抜きではまともにコミュニケーションを取れないからだ。
私を必要としてくれる○○、誰からも必要とされなかった私。私が彼に好意を抱くのにそう時間はかからなかった。
珈琲の入ったカップを彼の前に置くと、彼と向き合うように私もイスに座った。
美味しそうに珈琲を飲む○○、私は彼にある質問をしてみる。
「ねぇ、ここに住んで一ヶ月程経つけど…地上に帰りたいと思った事は無い?」
すぐに一度も無いよ、と返事が帰ってきた。
「そう…両親の事とか恋しいと思わない?」
これはすぐに返事が返って来なかった。目を伏せ、少し考えているようだ。
恋しいと思う、けれどもうこれだけ時間が経っているなら死んだと思っている筈。
何よりもさとり抜きでの生活は考えられない。
「……最後の部分、私は人と話をする為に必要という事なの?それとも…」
言うより早く、違うそう意味ではなく、ずっと傍にいて欲しい。地上に帰るにしても君も一緒に連れて行きたい。
そう返事が返ってきた。彼の顔が仄かに赤みがかっている。
私もその返事の性で顔が真っ赤になってしまった。飼っている連中が見ているのならきっと囃し立てられるだろう。
何とも言えない雰囲気が場を支配してしまっている。
「………あ、珈琲もう一杯いる?」
何か一言をと思って出た言葉がこれだった。
さとりのいれた珈琲なら何杯でも。彼がそう答える。
「馬鹿」
「でも…そう言ってくれる相手がいるっていうのは嬉しい事ね」
言える相手がいて僕も嬉しいよ。また彼が。
クスっと少し笑うとまた私は部屋を後にした、愛しの彼に珈琲をいれてあげる為に。
23スレ目 >>557 うpろだ393
猫のお燐を膝に乗せながら部屋で本を読んでいると、扉の開く音。
何事かと思って見ると、トレイを持った○○だった。
「……何をしているの」
「お、お茶をおもちしました」
○○が持っていたトレイのカップを二つ、たどたどしい手つきでテーブルに置く。
言動を見る限り、話に聞く地上のメイドの真似事をしているらしい。
そういう事はしなくていいと言ったのに、とお燐を撫でながら思う。
しかし、よくよく考えてみればこれは好機なのかもしれない。
○○が私に近づいてくる事はあまりない。私以外とは仲良くやっているのに。
初めは私の能力を恐れているのだろうと思い、諦めていた。
しかし、ふと彼の心を読んだとき、別の理由である事が分かった。
私がこの地霊殿の主である事から、自分の事を構っている暇も無いくらいに忙しいと思っているらしい。
その為、私に迷惑がかからないように距離を置くようにしている、という彼なりの気遣いらしく、私を恐れている訳ではないらしい。
恐れられていないならば、私も彼と仲良くなっておきたい。素直で良い子なのは見て分かる。
ただ、機がやってこなかった。
その彼が、自ら私に近づいてきている。
それに、せっかくの彼の好意を無碍にするのは気が引ける。
「……ありがとう」
私が言うと、少しはにかんだような笑顔で会釈したあと、そのまま立ち去ろうとする。
もちろん、このまま終わらせる訳にはいかない。
「一緒に飲みましょうか」
私が言うと、○○は驚いたような顔で振り向いて、首を横に振った。
彼からしてみれば当然の反応なのだろうか。
しかし、私からすればその反応は納得がいかない。
「……飲まないの?」
「僕の分がないから……」
「じゃあ、カップが二つあるのは何故かしら?」
と、聞くと○○は私の膝の上にいる、二又の尾を持つ黒猫をじっと見つめた。
なるほど。
「お燐の分も入れてきてくれたのね」
「うん」
「なら、言うべきだったかしら。お燐はお茶飲めないのよね、猫舌だし」
「にゃ!?」
お燐が尻尾を立てて抗議を申し立ててくるが、身体を撫でて宥める。
それでも尚、にゃあにゃあと鳴くので無視する事にした。
言いたい事があるなら人の姿になればいい。心は読めるが、猫の言葉では私には通じない。
私は猫ではないから。
「あ、そうなんだ……」
「余ったお茶が勿体ないわ。だから、一緒に飲みましょう」
「で、でも……」
「従者は主の言葉に忠実でなければならないのよ」
○○が何を考えて躊躇しているのか、心を読む必要も無いくらいに分かる。
メイドの真似事で、主と飲むべきではないと考えている。
しかし、ここは地霊殿。地上とは違うルールが存在する。
主は私なのだから、ルールを決めるのは私である、としておこう。
……○○が首を傾げている。言葉が難しすぎて理解出来なかったようだ。
一人で空回りしていたような空気になり、少し恥ずかしい。
「えぇと、あなたは私の言うことを絶対に聞かなくてはダメなのよ」
「……そうなの?」
「あなたのご主人様は、今は私でしょう?」
「うん」
「ご主人様の言うことは絶対なのよ。だから、一緒に飲みましょう?」
「え、あ、うん……」
釈然としていない様子だが、納得はしてくれたようだ。
膝の上の黒猫が未だに何かを訴えてきているらしいが、私の心には届かないので身体を撫でておく。
まぁ、お燐がお茶を飲める事は知っているが、今回は機が無かったという事にしてもらおう。
カップを持ち、口に運ぶ――前に味を期待させる香りが鼻腔を擽る。カップを覗くと、濁りの無い紅色の液体がゆらゆらと揺れている。
お茶、と言うよりは紅茶だった。やはり、地上の
紅魔館のメイドが元らしい。
別段、嫌いでもないので気にはしない。
今度こそカップを口に持っていく。
「どう……ですか?」
紅茶を喉に通して、カップを皿の上に戻す。
そして、心配そうな表情の○○を見据える。
出来る限り、優しい笑みを浮かべながら。
「……美味しいわ」
そう言ってあげると、○○はぱっと嬉しそうな表情に変わった。
心がざわつく。今まで弱々しく刺激されていたある欲求が、急に強い衝撃を受けて暴れまわる。
一度目を瞑って深呼吸。乱れた精神を統一する。主として、情けない所を見せてはいけない。
心を落ち着けた所で、目を開ける。
私の一言が嬉しかったらしく、眩しいくらいの笑顔で紅茶を飲んでいる。
あぁ、もう。愛しい。
精神統一なんてただの気休めだった。気を抜いてしまえばすぐに頭に手が伸びそうになる。
頭を撫でてあげたい。それだけなのだけれど、彼の頭に手を置いた瞬間に主としての風格が崩れる気がしてならない。
彼の前だけでならばそれでも構わないのだけれど、膝の上には不貞腐れているお燐がいる。
お燐には見せられない。
ある意味、お燐が最後の防壁となっている。お燐がいなくなったとしても、空やこいしが部屋に入ってくるかもしれない。
空はともかく、こいしに見られるのだけは避けなければならない。恥ずかしいどころではない。
でも、紅茶は美味しかったのだから、彼の頭を撫でてあげたい。
そう。これはご褒美。だから、彼に触れる事は断じておかしな事ではない。主として当然のこと。
むしろ、問題なのは褒める事もしない主。主としてではなく、心持つべき者としてやり直すべきだと思う。
その時、お燐が私の膝から飛び降りた。
仕事でも思い出したのかと思って、視線で後を追うと、扉の前で一度振り返る。
もちろん、目が合った。
『さとり様も何だかんだで○○とじゃれ合いたいんですね』
お燐が、心を通じて私に言ってきた。
違う。断じて違う。私は○○から美味しい紅茶を頂いたのだから、それに対する褒美をあげなければならない。しかし、それを言っても彼は首を振るだろうし、それに言葉だけでは誠意が無い。主としてあるべき姿に加えて、生きとし生ける者として当たり前の誠意を示す必要がある。その為に、欲の無い彼に対して頭を撫でてあげる事で、彼に対する私の愛情を示す事が出来るのだし、何より私のペット達が私より○○と仲が良いというのが気に食わない。だから私は彼ともっと仲良くなりたいので頭を撫でる。
ハッとして、我に返ると、お燐はニヤニヤしながら私を見ていた。猫なのに。
私が咄嗟に顔を逸らして、ようやく部屋から出て行った。
恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。
先ほどの仕返しと言う事なのだろうか。今度膝の上に乗ってきたら倍にして返してやろう。
まさか他人に心を読まれる事がこんなに恥ずかしい事だなんて思いもしなかった。
川があったら飛び込みたい。こいしがいたら泣きつきたい。
お燐がいなくなり、部屋は私と○○の二人だけになってしまう。
○○は訝しげに私を見ている。どうやら、今の私は顔が赤いらしい。
頭を撫でて気を逸らす。念願が叶ったというのに、感慨なんて全く無かった。
「そ、外に出たらどうかしら?」
「えっ?」
一人にして欲しい、とまで思ってしまう。少し心を落ち着けたい。
○○と二人きり。ゆっくり話が出来る、本来ならば喜ぶべき一時。しかし、お燐のせいでどうすればいいかわからなくなってしまっている。
また機会はあるのだろうか。その機会はいつになるのだろうか。
分からないから、もっと一緒にいたい。しかし、今は一人にして欲しい。
「ずっと中にいては不健康だわ。たまには外に出て思いっきり遊んできなさい」
ついにはこんな言葉まで出てしまう。気持ちとは裏腹の言葉。だけど、私の気持ちそのままの言葉。
心を読む側が、こんなに心を乱されるのは情けないかもしれない。しかし、落ち着けるには時間が必要。
○○もまだ私と一緒にいたいのだろうか。何だか寂しそうな目で私を見ている。
そんな目で見ないで欲しい。罪悪感に心が支配される。
しかし、次の言葉で我に返る事になる。
「じゃあ、さとり様も外に出ないと」
その発言は、私の心を抉るには充分すぎた。
昔はこいし共々、外に出ていた。
心を読むという事が、どれほどまでに他人の内側を土足で上がりこみ、暴れまわり、汚される事なのかも知らずに。
それに気付いた時は、周囲は私たちを敵とみなしていた。
私は人と接するのをやめる事で何とか心まで壊れるのを回避できた。
しかし、こいしは耐えられなかった。心を閉ざし、人に認知される事を避けた。
今は改善されてきているが、初めは私が相手でさえも変わりなかった。
「あ……ごめんなさい」
表情に出てしまっていたのか、○○が謝ってくる。
責めている。何気ない一言が私を傷付けてしまった、と自分を責めている。
「気にしてないわ。だからあなたも気にしないの」
「で、でも……」
こんな言葉で話が終わるとは思わなかったが、やはり終わらない。彼は先の言葉を言おうとする。
しかし、それ以上は言葉にならなかった。目に涙を溜めて、俯く。
外で私に対する周りの目を知ったのだろう。彼が聞いた話では、やはり私はあまり好ましく思われてはいないらしい。
だからこそ、余計に自分の軽率さを責めているのだろう。
なんて声をかけてあげればいいのか分からない私に、○○はぽつりと呟くように先の言葉を紡いだ。
「心を読まれるから近付くなって、言われた」
「……仕方の無いことね」
「どうして? 心読まれたからって、さとり様はひどい事しないのに」
「それは……」
「さとり様は、本当は優しいのに、みんな……」
そこまで言ったところで、彼の目からとうとう涙が溢れた。
零れる涙を拭おうともせず、真っ直ぐに私を見つめながら。
この環境に慣れてしまった私の代わりに、泣いている。
自分の事でもないのに、自分の事のように嘆いている。
「――――」
椅子から降りて、小さな身体を抱きしめる。
私の為に泣く必要なんかない。
その涙は、私のような妖怪に流すべきではない。
「……○○」
「……っ……」
抱きしめる腕に力を込める。
ようやく、私の背中に手を回して、胸に顔を埋めてくれた。
「……ありがとう。でも、大丈夫よ」
まだ嗚咽を漏らす○○の頭を優しく撫でながら、語りかける。
「確かに、私は恐れられているかもしれない。人妖、両方に」
彼の腕に力が込められる。
そんなことない、と否定する彼の優しさに愛しくなる。
「でも、ここのペットたちは皆、私を慕ってくれている。私の事を分かってくれている」
○○が顔を上げて、涙で赤く腫れた目で見つめてくる。
自分も、と訴える様子に微笑ましくなる。
「もちろん、あなたもよ」
彼はまだ誰にも開けられずに、自分の心に閉まっておきたい事が無いから。
だから分からない。心を読まれるという事が、心ある者にとってどんなに恐怖であるか。
だからこそ、私の為に泣いてくれる。優しすぎるが故に。
「私には、あなたたちがいるから大丈夫」
そして、その優しさに甘えてしまう私。
私に抱きしめさせてくれる、唯一の人間。
言葉だけでは物足りなくなり、自分の心を伝えるように一層強く抱きしめた。
彼の涙が止まるまで。
どれくらいの間そうしていたのだろうか。
胸の中の嗚咽が聞こえなくなった事に気付き、○○の顔を覗き込む。
泣き疲れたのだろうか。安らかな表情で、規則正しい寝息を立てていた。
起こさないように抱き上げて、椅子に戻る。
私の為に泣いてくれたその優しさに、私は何を返せるのだろうか。
「…………」
――まだ、考えなくていい。
この子がいる限り、返す機会はいくらでもあるのだから。
今はただ、この子と一緒に歩んでいこう。道を踏み外さないように、しっかりと手を繋いでいけばいい。
ふと、テーブルの上のカップが目に入った。
それを手に取って口へと運ぶ。
既に冷めていたが、私の心を温めるのには充分だった。
最終更新:2010年06月24日 20:50