こいし2
新ろだ2-226
緑が生い茂る大地。
花々は咲き乱れ、鳥は囀り、生物は生を謳歌する。 風が草木をそよそよと揺らす。
そんな風景。 そんな世界。 自分が知るはずもなかった理想郷。
「だがそれをキャンバスに描ききるだけの力量は、自分にはないのであった、まる」
そう自嘲気味に漏らす青年。
彼が今居る場所は幻想郷の博麗神社の境内。
そこで彼がしているのは、鳥居から見える風景をキャンバスに描くということである。
しばらく構図に悩んでいると、不意に横から尋ねられる。
「貴方も暇ねぇ、絵なんて書いてる暇があったら境内の掃除でも手伝ってもらいたいもんだわ」
「絵を描くのは自分の生きがいだからね、それにここに尋ねて来る人自体も少ないだろうに」
「生きがいねぇ……私には理解出来ないことね。 それに、掃除は誰かのためにやることではないわよ」
「そりゃごもっともで。 もう少しでイメージが湧きそうだからそうしたら手伝うよ」
そう彼女、霊夢におどけて言う。
霊夢はそれ程期待してもいなかったのか、こちらに興味を無くすとすぐに境内へと戻っていった。
外の世界では暇さえあれば絵を描いていた青年――○○は、ある日突然神隠しにあって幻想郷へとやってきた。
彼が他の来訪者と違って幸運だったのは、たまたま博麗神社の麓へと出られたからであろう。
そうでなければ他の例に漏れず物言わぬ死体となってしまっていたはずだ。
訳もわからず混乱しながらも神社への階段を登ると、お茶を飲んでいる紅白の巫女と出会ってこの世界についての説明を受けた。
初めは信じようともしていなかったが、彼女が普通に空を飛んでいるのを見ては嫌でも信じざるを得なかった。
しかし、混乱したのは初めだけでこの世界のことを知れば知るほど、彼の中での想像力は掻き立てられた。
当然であろう、此処には外の世界ではけっして見ることの出来ないものに溢れていたのだから。
そして霊夢からの、外の世界に戻るか? という問いかけに彼は首を振る。
そうして人里で住み込みながら、神社へと赴き筆を走らせるのが最近の彼の日課になっていた。
「ふぅ……それにしても、やっぱりまだまだ表現が足りてないよなぁ。
もっとこの風景の感動を形にしたいんだが……――うん?」
少し休憩を挟もうと筆を置いてキャンバスを眺めていると不意に違和感を感じる。
――はて? なんだろう?
そう思って回りを見渡すと、隣に置いておいた湯飲みがなくなっている。
霊夢が持っていったかな? とも思ったが、そんな素振りはなかったはずだ。
何処かに転がってしまったかな……そう思って再度湯飲みが置いてあった場所を見ると……
「……うーん、痴呆症にでもなったか」
そう自嘲気味に呟いた。
湯飲みは初めに置いていたはずの場所に、しっかり鎮座していたのだ。
――ちょっと集中し過ぎたのかね……
最近こういったことが多い。
なので彼は気分を切り替えようと、霊夢の手伝いをするために境内へと向かうことにした。
彼はこの時まだ気付いてはいなかった。
彼は、一人ではなかったということに。 彼の絵をずっと一緒に見ていた、彼女が居たのだということに。
「あら? 一段落したのかしら?」
「あぁ、ちょっとさすがに根を詰めすぎたみたいだからね。 気分転換がてら、掃除を手伝わせてもらうよ」
「殊勝な心掛けねぇ。 あ、素敵な賽銭箱はあっちよ?」
「掃除だけじゃなく賽銭まで要求ですかあんたは……」
「掃除は私に対しての気持ち、賽銭は神様に対しての気持ちでしょう。 何もおかしいことはないわ」
そう笑いながら返してくる彼女に苦笑しながら、縁側にキャンバスを置き霊夢と共に境内を掃除する。
しばらくそうしていると、不意に置いてあったキャンバスに目が行った。
「あれ……取れちゃったか」
絵の上に汚れないようにと乗っけていた布がいつの間にか取れている。
再度乗せようとしたところ霊夢が呟く。
「あら? 気付いてなかったの? さっきから熱心にあの子が見てたけども」
「あの子?」
おかしなことを言う、此処には霊夢と自分しか居ないはずなのに……
そう思っていると、目の前に突然女の子が現れた。
つい一瞬前まで確かにそこには誰も居なかった。 そのはずだったが……
いきなりの事態に混乱していると、その女の子が霊夢に話しかける。
「こんにちは、霊夢。 良い天気ね」
「そうね、こんな日は掃除もはかどるわ。
ところで、さっきから後ろで見てたけどもそんなにあの絵面白かった?」
「あら、霊夢は気付いていたのね。 えぇ、とても面白かったわよ。
筆を握っては唸りっぱなしで全く進まずに、独り言を呟いている様とかね」
「あぁ、絵が面白かったわけではないのね……まぁあんたらしいわ」
普通に現れた子と談笑する霊夢に、置いていかれていた思考が追いついて慌てて尋ねる。
「ちょ、ちょっと霊夢。 この子は何時から此処に?
というかこの子は誰なのさ?」
「あぁ、○○はまだ会ったことが……というか意識したことがなかったのね。
この子は――」
説明しようとする霊夢を遮って、何処かふわふわした感じの子が話し出した。
「こんにちは、○○。 初めまして……で良いんだよね。 実際にお喋りするのは初めてだし。
私は古明地こいし、地底の妖怪で覚よ」
「あ、ああ初めまして。 ○○っていう人里の人間だ。
実際にっていうのは一体……それに覚ってどんな妖怪なんだ?」
「覚っていうのは相手の考えていることが読める妖怪なの。
私はお姉ちゃんと違って、瞳を閉ざしているから心を読むことは出来ないんだけどもね。
後、随分前から私○○の絵を描いているところを隣で見てたのよ。
たまにお茶とかももらったりしたわ」
そう言って、胸の辺りに付いている丸い目玉状のアクセサリを触る。
「そうなのか……全然気付かなかった」
「あぁそれはしょうがないわ。 こいしは無意識で行動しているから、滅多なことでは普通の人じゃ認識出来ないのよ」
私は普通に見えるけどね――そう霊夢は付け足した。
成る程、最近のことやさっきの湯飲みのことなどはこいしがしていたことだったのか、と納得する。
しかし……ということは、だ。
「……ってことは俺が描きながらぶつぶつ呟いているところとか、全部見られてたってことだよな……」
そう心持ち、気落ちしながらも尋ねてみる。
「うん、何度も何度もぼそぼそ言ってるのとかすっごい見てて楽しかったよー」
「……orz」
そんな良い笑顔で答えられたら打ちひしがれるしか出来ませんって、えぇ。
はぁ……恥ずかしいなぁ。
「ところで、今日はもう貴方は絵を描かないの?」
掃除も終わり縁側で三人で和んでいると不意にこいしに尋ねられる。
「あぁ、とりあえずは今日はお終いかな。
急いで描き上げたいものがあるわけでもないし」
「そう……残念。 楽しいものがまた見られると思ったのに」
本当に絵を見るのが楽しみだったのか、口を尖らせて立ち上がるこいし。
「あら? もう行くのかしら?」
「うん、またその辺りをふらふらしてくるわ。 また寄るからその時はお茶飲ましてねー」
「お賽銭入れないなら来るな!」
そう霊夢と会話しながら立ち去ろうとしているこいしに声を掛ける。
「もう行くのか、それじゃあ――またね、こいし」
「……また?」
何故か不思議そうな顔でこちらに振り返る。
はて? 何か変なこと言ったかな……
「あぁ、また絵を描いているところを見に来るんだろう?
その時俺は気付かないかもしれないけども、出来れば声掛けてもらえると嬉しいな。 感想とかももらいたいし」
そう伝える。 するとこいしは少し驚いた様な顔をしていたが、すぐに満面の笑みに変わる。
「――うん! その時は絶対貴方にもわかるようにするからね!」
そうして初めの時と同じ様に、一瞬でこいしは視界から消えた。
自分が消えた様に見えるだけで実際は居るのかもしれないが、判らなかった。
しかし……大分嬉しそうだったけども恥ずかしがりやなのかねぇ……
「さて、俺もそろそろ帰るかな。 もう少ししたら暗くなっちまう」
「あぁ、夕飯ぐらいは食べていきなさいな。 掃除も手伝ってもらっちゃったしね。
帰り送るぐらいは……護符渡すぐらいはしてあげるわよ」
「ありがたいがそこは面倒くさがらないでくれよ……」
――冗談よ冗談、くすりとそんな風に笑って霊夢が神社の中へと入っていく。
そうして自分も付いていく。
さて――明日はどんな絵を描こうか。
そんなことを考えながら。
……あれ? こいしちゃんのお話書こうと思ったんだけど霊夢のがメインに近いかこれ?
新ろだ2-325
ここは幻想郷の旧地獄、地霊殿。
よく忘れられるが、元は立派に地獄になっていたところである。
「さとりさまー。空は暇ですー」
「あたいもー」
「あなた達は……でもまぁ、確かに暇ね」
暇を嘆いている三人の少女。
地獄鴉の長、お空
死体運びの火車、お燐
そして地霊殿の主、さとり。
主、とは言っても地霊殿の管理なんて掃除以外特にやる事もない。
閑話休題、平平凡凡に暮らしていた。
そんな時、さとりの前に死神の使いが飛んで来て、一枚の紙を置いて行った。
「あら、これは…?」
『地霊殿の主様へ』
そう表面に綴られた封筒だった。
「さとりさま!さとりさま!早く開けてみましょう!」
「こりゃぁ何が入ってるんだろうねぇ」
お空とお燐も興味津津なようだ。
退屈だった毎日にいつもと違う事が起きれば、誰でも心なしかワクワクするものだ。
さとりは丁寧に封をとり、中身を読み上げる。
『緊急連絡
現地獄において、大規模な事故が発生しました。
地獄のほぼ全てが使用不能になり、大変苦しい状況です。
このままでは地獄の亡者が反乱を起こすかもしれません。
よって、旧地獄である地霊殿に、全ての亡者を移転させます。
なのであなたたちは、一ヶ月以内に地霊殿の地獄としての機能を回復させて下さい。
閻魔
四季映姫・ヤマザナドゥ』
「「「は?」」」
「あ、あの?さとりさま?いったいぜんたい何がどうなって?」
「そ、そうですよ!大体地獄の建設を一ヶ月とか無理がありすぎますよ!てゆーか地霊殿って旧灼熱地獄だし!」
「……ちょっと電話してくるわ」
危機感を募らせたさとりは黒いオーラを出しながら受話器を取り、電話をかけた。
プルルルル、という呼び出し音の数が1回、2回と増えていき、さとりのイライラも回数に比例して増えていった。
8回になったところで留守番電話サービスに接続された。
「これだから上の奴らは……!朝の10時なんだから電話の応対くらいまともにしなさいよあの給料泥棒共……!」
「さとりさま……怖い……」
「オーラが凄い事になってるねぇ……」
ガシャン!と乱暴に受話器を電話に戻し、さとりは真剣な表情で二匹のペットに語りかけた。
「二人共喜びなさい。ただいまより地霊殿は厳戒体制になります。暇なんて言ってられなくなるわ」
「えーっと、つまり……」
「あたい達で……地獄の修復を……?灼熱地獄以外のも全部?一ヶ月で?」
「全部ではないけれど、大体そうよ。地獄の亡者が暴れる前に止めなくてはいけないから」
「無理じゃね?」
「あたいもそう思います。冗談抜きで」
「やる、やらないの問題ではないわ。もしできなければ、この地霊殿は何らかの形で処分されるでしょう」
「処分、と言うと?」
「主の交代、とかかしらね。地霊殿は所詮下請けだし」
「そんなの、理不尽じゃないですか!さとりさまは何も悪い事してないのに!」
「大なり小なり組織の中で暮らすとは、そういうことよ。だから、精一杯頑張りましょ?」
「は、はい!あたいに出来る事ならなんでも!」
「私も頑張ります!何でも言って下さい!」
「そうね…冗談抜きで頑張ってもらうわ。じゃないと絶対に無理だし」
「さて…こいし?居るんでしょ?」
さとりは近場の空間に語りかけた。
すると、突然少女が何も無い空間から出てきた。
「……おねぇちゃん……あのね……私でよかったら……」
「助けてちょうだい、こいし。今あなたが必要なの」
言いづらそうにしているこいしと呼ばれた白髪の女の子に、さとりは頭を下げた。
「……うん!私、手伝うよ!あんまり役に立てないかもだけど、頑張る!」
こいしは、普段さとりとあまり喋らない。
別に姉妹仲が悪いわけではないのだが、こいしの胸の閉じた第三の瞳が二人の距離を物語っていた。
しかし、こいしはいつも自分が姉に迷惑をかけてばかりで申し訳なく、何か恩返しがしたいと思っていた。
姉のピンチを助けられるかもしれないと思い、勇気を振り絞って助力を買って出たのだ。
さとりは、そんな成長した妹の姿を見て不覚にも涙腺が緩みかけた。
「有難う、こいし。さて、早速だけど役割を分担するわよ。
お空は灼熱地獄の修復。使える場所とエネルギーには限りがあるから難しいかもしれないけど……
熱のプロフェッショナルであるあなたを信じてるわ。
次、お燐は地獄の亡者を一時収容施設に運んでもらうわ。いつまでも壊れた地獄においては置けないし。
手の届くところで管理するわ。こっちもかなりのハイペースでやらないと間に合わないわね。大変だろうけど、お願い。
こいしは、針山地獄の建設。支給されてる針が使い物になるかどうか……多分予算との勝負になるわ。お願いね。
さて、質問はあるかしら?」
「あのー、ハイペースってどの位ですかね?」
「さぁ?向こうの人数が分からないと行動しようがないわ」
「ですよねー……」
「こいし。あなたは針山地獄の件は大体一週間と半週でケリをつけて。他にも仕事は山積みだから。
一応むこうに助っ人を用意しているわ。私の数少ない友人で、○○って名前よ。困ったら彼に聞きなさい。」
「う、うん、私頑張る!(○○…かぁ…どんな人なんだろ…怖い人じゃないといいなぁ)」
「そして、仕事で困った事、行き詰った事があったら私に連絡しなさい。一応旧地獄中にサードアイネットワークを張り巡らせてるから」
「分かりました!」
「じゃあ、早速それぞれの仕事場に行ってちょうだい。解散!」
こうして、一ヶ月に及ぶ地霊殿デスマーチが始まった……
新ろだ2-326(***新ろだ2-325続き)
ここは旧地獄の中の空きスペース。
ここに針山地獄が建設される予定の更地だ。
そんな場所にポツンと建つ事務所に、こいしは足を踏み入れた。
「おじゃまします……」
そろそろと入って来たこいしを出迎えたのは、メガネをかけた青年だった。ここにいる、という事は獄卒だろう。
「えーと……あなたが○○さんですか?」
「はい。ああ、あなたがさとりさんの妹のこいしさんですね。敬語はいいですよ。自分の事も○○で構いません。」
「じゃあ、よろしくね。○○。(よかった、怖い人じゃないみたい)」
「はい。では早速ですが、今回の針山地獄建設の説明をします。しっかり聞いて下さい」
「う、うん」
「まず、設計です。どのような形にするのかですね。今回はかなり予算が無い中でやるので、これが一番キツイと思います」
「その予算っていくらぐらいなの?」
「現地獄の三分の一ですね。これで現地獄より狭い所で同レベルの針山地獄を作らねばなりません」
こいしは事の重大さをなんとなく理解したのか、冷や汗をかいていた。
「で、出来るの?そんな事…」
「やるしかありませんね。次ですが工事です。まぁこれは獄卒使えば大丈夫ですから」
「どのくらいかかると思う?」
「最低一週間は要りますね」
「私、おねぇちゃんに一週間と半週以内に終わらせてっていわれてるの。大丈夫かなぁ」
「一週間と半週か……厳しいですが、さとりさんの期待に答えるためになんとか頑張りましょう。それで、最後に安全確認で終わりです。」
「うう、これだけの事を二週間でやるのかぁ……うん、ガンバろ」
「とりあえず設計ですね。針の材質が問題なんですよ」
「どういう事?」
「ここに一本あるコレが今回支給された針なんですが……ちょっと見てて下さい」
○○はそう言うと3メートルはあるであろう針をとりだした。
「この豚肉なんですが」
○○は豚肉を針先に押し付けた。
豚肉は針の上でブヨブヨするばかりで一向に刺さらない。
それどころか豚肉が当たっていた部分が欠け始めた。
「全然刺さらないね……しかもちょっと欠けちゃったし……」
「そうなんです。とにかくオンボロでこんなのでは地獄の亡者を貫くなどとてもとても……」
「どうしよう…新しい針には変えられないんだよね?」
「はい。予算の都合上変えられても更にオンボロのものにしか変えられないでしょうね」
「うう、早速問題発生かぁ……」
「とりあえずこの問題について考えましょう。現地獄の設計図はありますから」
「そうだね……(大変そうだなぁ……)」
~二時間後~
「うー……まるでアイデアが出てこない……」
「そもそもこいしさんは初めてですしね。いきなり出来る方が怖いですよ」
「うう、どーしよー……」
~四時間後~
「うー……」
「こいしさん、気晴らしに外に出て来ては?此処にいても煮詰まるばっかりですよ?」
「そうだね……ちょっと行ってくる」
「はい」
~少女散歩中~
「はぁ……どうしよう。折角おねぇちゃんに期待されてるのに……」
「あ、こいしさまー」
「あ、お燐。そっちはどう?」
「まだ今日のノルマの三分の一も終わってません……」
よくみればお燐の顔が少々青ざめていた。
「だよね……こっちも全く進まなくてさ……」
「でもまぁ、さとりさまのためですからね。頑張らないと」
「……そうだね。とにかく頑張らないと。じゃね、お燐」
「はい、こいしさま。また後で。」
~六時間後~
「おかえりなさい、こいしさん」
「ただいま、○○。なんか思いついた?」
「……さっぱりですね。」
「だよねー……」
~八時間後~
「ZZZ……」
「毛布でもかけておきますか……」
「ふぅ……」
「あー、現地獄の設計図役に立たねぇー!誰だよこんな見栄えばっかりの地獄作ったの!」
「大体構造を無駄に複雑にしすぎだっつーの!中身ボロボロじゃねーか!そらいつか事故るに決まってんだろ!」
「結局一から書き直しだよ畜生!現地獄の設計者死ね!死んでるけど死ね!」
「ん……?」
「ああ、起こしちゃったかな。こいしさんは寝てて良いですよ。まだ夜ですから。」
「……○○、あんまり、無理しちゃ、駄目……だよ……?ZZZ……」
「有難うございます。無理はしないようにしますよ。」
~十時間後~
「ZZZ……」
「あ゛ー、疲れた。どうすっかなぁ……」
ピピピピピ!
「さとりさんからか……」
ガチャッ
『そっちはどう?』
『正直難しいですね……最初の課題で躓いてます』
『まぁもう少し時間はあるから……それよりこいしは迷惑かけてないかしら?』
『ちゃんと脳味噌振り絞って考えてくれてますよ。今は寝ちゃってますけど』
『そう……まぁあなたならやってくれるでしょう。期待してるわ』
『全力でお答えしますとも。できるだけね。ちなみに他の所の状況は?』
『お空は部屋に籠りっぱなしで構造計算してるわ。進歩率は7%ぐらいね。お燐は今日のノルマの半分を終えたところよ。』
『でも凄くきつそうだから多分あのペースは続かないわね』
『了解しました。こっちも出来る限り早く終わらせます』
『お願いね。それじゃ』
ガチャッ
「さて、頑張んないとなぁ!」
~十四時間後~
「ぐぁーー……やっと針の改修の基礎設計が出来てきた…もう外明け方だな……」
「ん……○○……?」
「ああ、こいしさん。まだ寝てていいですよ。時間になったら起こしますから」
「○○……まだ仕事してたの?目のクマが酷いよ……?」
「まぁ、一応」
「じゃあ私もする」
「でも寝てないと明日、いやもう今日か。持ちませんよ?」
「私妖怪だから体強いの。だから大丈夫。それより○○にまかせっきりにはできないよ」
「……有難うございます。では、そこの次の針の設計図に、改修後の変更点を文字で書き込んで下さい。」
「うん!」
~十六時間後~
「結局針を回転させて刺突性を上げるのと、針の外側を薄い金属で覆う案で決定かな?」
「ですね。いやー、助かりました。針を回転させる発想は無かったです」
「えへへ……。私も役に立った?」
「はい、百人力でしたよ」
こいしはうつらうつら船を漕ぎながら半目で椅子に座っている。
支えてあげなければ今にも椅子から転げ落ちてしまいそうだ。
「ありがと……よし、これでおねぇちゃんの役にもたてたか……n……ZZZ」
「……眠っちゃったか。ホント有難うございました、こいしさん」
「さて、発注しないとなぁ」
ピリリリリ!
ガチャッ
『さとりさん、丁度いい所に!玉鋼って発注できます?』
『ええ、出来るわよ。……なるほど。薄くて性能のいい金属で針をコーティングすると。』
『そういう事です。お願いしますね。』
『分かったわ。それで、連絡した要件なのだけれど……』
『何ですか?』
『……今日のノルマを終えた所で、お燐が倒れたわ』
『……』
『過労ね。後一週間は安静にしてないとダメみたい』
『……つまり』
『思ってる通りよ。明日から仕事が増えるわ』
『ノルマは?』
『お燐の二分の一でいいわ。残りは私がなんとかする』
『分かりました。さとりさんも頑張りすぎて倒れないで下さいね。あなたが倒れたら総崩れですよ』
『分かってるわ。ありがと。…ごめんなさいね、たくさん仕事押し付けて』
『さとりさんも一回自分の心読んだなら分かるでしょ?自分はピンチになればなるほど……』
『興奮するドM……だったかしら?』
『なんでそうなるんですか!天然ですか!?狙ってますよね!?』
『フフッ……まぁどちらでもあまり変わらないけど……ちょっと安心したわ。こいしは?』
『夜中に仕事したせいでお疲れのようで。仮眠所でぐっすりですね』
『あの子も頑張ってくれているのね……』
『ホント有難いかぎりですよ』
『それじゃあ仕事は増えるけど、なんとかお願いね』
『はい』
ガチャッ
「……よし、俺も寝るかぁ!」
「明日はお燐さんのノルマからかなぁ……ZZZ」
「ZZZ……おねぇちゃん……○○……私、頑張る……ZZZ」
ーーー地霊殿の稼働予定日まであと、28日
新ろだ2-330
空に丸く、月が出ていた。
宵闇にはとても明るくて、一瞬目が眩む。
頭には鈍痛、どう考えても飲み過ぎた結果だ。
仲秋の名月。
神社の宴会で鬼に捕まって、酒を飲まされた後は何も覚えちゃいない。
大して酒に強い訳でもないのに、鬼の酒に付き合う方が阿呆臭い。
とは言えいい奴らだし、誘いを断る訳にも行くまい。
「あ。目、醒めた?」
ふと俺を覗き込む少女の姿が見える。
古明地こいし。
「残念、そのまま目を覚まさなかったら地霊殿の壁に飾ってあげようと思ってたのに」
「それは、勘弁して頂きたい所だな。……ここは?」
帽子を外した彼女の姿が薄闇の中ぼんやりと見える。
物騒な発言をさらっと流しながら、軽く頭を動かそうとする。
「ひゃっ」
こいしが何故か身悶えし、声を上げた。
頭に触れる絹の感覚、程良い柔らかさの枕。
「動いちゃダメだってばー」
こいしは少しむくれた声でじと、とまるで彼女の姉のような視線を向け、俺の頭を動かないように軽く押さえた。
こう言う所を見ると、普段はそうでなくとも似ているところがある姉妹だなと思う。
「って言ってもな」
むしろ、それと解ったのなら俺は動きたくない。
「折角膝枕してあげてるんだから」
そう呟くと彼女は、そっと俺の頭の上に掌を乗せた。
「神社からここまでは?」
俺の家だと聞かされて、出てきた言葉はそれだった。
膝枕をされた状態で、彼女を見上げたまま尋ねる。
「お空に運んでもらったよ。それで、お空には戻って貰って、後はわたし一人がここに居残り。もう結構な時間経ってるから、もしかしたらお姉ちゃんも潰された頃かもね」
何処か面白そうに、俺を見下ろして笑うこいし。
「鬼二人に?」
「うん。あなたを酔い潰した後、お姉ちゃんを引きこんでたから。あの人たちならお姉ちゃんも気を遣う事もないしね」
そりゃ大変だ。
「幾ら妖怪って言っても……」
鬼相手の飲み比べとか、相手が悪過ぎる気しかしない。
「相手が悪いよね。……それに、実はお姉ちゃんよりわたしの方が強いから」
こいしの上気した頬。
仄かに赤くそまったそれは、普段は子供っぽい彼女の外見を何処か大人のように見せて。
鼓動が微かに早くなる。
見惚れて視線を逸らせない。
頬が熱くなる。
「どしたの、まだ醒めて無いの? 真っ赤だよ?」
覗き込む彼女の顔から、視線を逸らす事が出来ない。
――こつ。
身体を屈めたこいしの額と寝ている俺の額が緩くぶつかる。
「熱がある訳じゃないよね」
ある訳が無い、あるとすれば。
「……」
「本当にどうしたの? 言ってくれないと、解らないよ。わたしは、心が読めないんだから」
知っている、それは口に出さないで。
「こいし」
呼びかけると額を離して、微かに首を傾げるこいし。
微かに痛む頭に顔を軽く顰めながら、膝の上から頭を起こし、立ち上がる。
「あ。もう、大丈夫なの?」
何処か残念そうな声を出す彼女の姿を脇目に何も言葉を返さず、代わりに近くに転がっていた帽子を被せてやった。
「ありがと。それと、何を言いかけてたの?」
ぽすん、と帽子を被せられて上目に問いかけるこいし。
「……」
上手い言葉が出て来ない。
見惚れてた、と素直に言えばいいのか、それとも、酒に酔ってただけだ、と気にした様子もなく返せばいいのか。
「ねぇ」
不安そうに、こいしが俺を上目遣いに見上げた。
――自分でも、何かを意識していた訳ではない。
むしろ、何も意識していないからこその行動なのだろう。
「っきゃ――」
気付けば、こいしの細い身体を強く抱きしめていた。
勢いでさっき被せてやった帽子がまた落ちる。
「……すまん、つい、抑えられなくて」
熱を持った頬、高揚する意識。
「……」
驚き、竦み上がったこいしが俺を丸い目で見上げていた。
ああ、これはきっと俺の手を振りきって逃げてしまうのだろうな、と直感的に思う。
でも。
彼女がここで嫌、と言ったらみすみす手を離してしまうのか?
昏い欲望が深層に生える。
離さない、離したくない、いや。
ここで拒絶されて、彼女に命を奪われたとしても。
俺は人間で、彼女は妖怪、殺す事など造作もない筈だ。
なのにこの手は、彼女の体を抱き締め続ける事をやめようとしない。
渇望している、この少女からの俺に向けられる事の無いであろう感情を。
拒絶したかのように、竦んだこいしの身体を――。
「……寂しいの?」
ぽつり。
俺を見上げたまま、こいしはそう呟いた。
「寂しいだなんて」
思ったことも、無かった。
これはただ怖いだけ、こうやって抱き締めた事の拒絶が。
「でも」
なら何で、身体が震えているのかな。
そう呟いて、こいしは身体の力を抜いて、そっと預けるように持たせかかってきた。
「……あ」
俺の腕から力が抜け、こいしをそっと支えてるような状態になる。
「私には、あなたの心の中は解らないから。……解らないから」
一度俯いて、ぽそぽそとこいしが呟く声が聞こえる。
「だから」
しっかりとした声が聞こえたかと思うと目の前には、見上げたこいしの顔。
「……ちゅ、っ」
「っ!?」
全身の血液が沸騰しそうなほどに熱い感覚が全身を走り抜ける。
何をされているか気付くまで、一瞬以上の思考を要した。
その思考ですら淡く、柔らかく押しつけられた唇に白へと焦がされていく。
吐息が、呼吸が、ただただ熱く、甘い。
「だから、こうやって伝えるしか、無いんだよ。好き、だって」
そっと唇を離して、彼女は微笑む。
「……っ、はぁ、こいしっ」
やっと解った。
寂しい、と思ったのは月を見て、己を知ったから。
外の世界で馴染む事が出来ず孤独でしか居れなかった昔の己自身。
幻想郷では異邦人でしかない全く特殊な力の無い現在の己自身。
何れかの力を持った他の妖怪や、無意識を操る程度の能力を持ったこいし。
自分自身が何もかもから隔絶されていた気がして。
だから。
「俺は、寂しかったん、だな」
言葉にすると、こいしは微かに頷いて胸元にぎゅ、と抱きついてきた。
「解ったんだね。……ところで、答えは?」
強く抱きついたまま、赤く上気した頬で見上げられる。
「ああ、目を閉じろ」
微かに笑って目を閉じたこいしの唇に、緩く口付けた。
「こいし、お前が好きだ」
淡く唇を重ね、瞳を覗き込むと彼女は満面の笑顔を浮かべた。
最終更新:2010年10月16日 23:36