分類不能7

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 当方、幻想郷に来まして数ヶ月となります。
 私、散歩が趣味なのですが、ついフラフラと山道に入ってしまい、道が分からなくなり―

 ―気付けば何処かの神社の前に、博麗神社の前に辿り着いておりました。

 ここは何処なのか、と問うてみて返って来た答えに私は少々混乱致しましたが、今ではその非常識を受け入れております。
 東北にこんな地があるとは。そもそも田舎住みの私にとって変わった事は、化学文明が消え去った事ぐらいでした。

 文明の利器と呼べるような物は何一つありはせず、来た当初は困惑し切っておりました。
 頼みの綱である携帯電話も、数時間音楽を流した所であえなくダウン。時計にさえ使えなくなりました。

 いや、電話や音楽の無い環境にも、次第に慣れ始めたと言えばそうなのですが・・・。



 「ねーねー何それ何が入ってるのー?」

 ・・・一向にこのチビっ娘達には慣れる事は出来ないようです・・・。
 チビっ娘達と言うのは、ご覧の通り妖精さん達。買い物に出かければ足を引っ掛けられ、水を飲もうと思えば
溶けないぐらい大量の塩が突っ込んであったり、はたまた崖から突き落とされたこともありました。
 いや、悪戯に気付かない、と言うより、気付けない私も私なのですが・・・。

 して、今日も、格好の悪戯相手とされて私は、妖精さん達に絡まれている訳なのでして・・・。

 「あぁ、うるさい・・・。良いだろ、別に何が入ってても!」
 「あたいが気になるって言うんだから、さっさと見せなさいよ!」
 「や、やめなよチルノちゃん・・・」

 聞く所によると、現在私に絡んでらっしゃるのは氷精のチルノさん。そして困惑した表情でチルノさんを静止しようと
してらっしゃるのが大妖精さん。チルノさんのご友人としては、是非ともこの凶行を止めて頂きたい所。

 「た・だ・の・買い物だ! 珍しい物なんか何も入っちゃいねぇっつーの!」

 さっさと追い払ってお茶で一息入れたい。そんな思惑が頭の片隅にあった私は、つい声高に叫んでしまいます。
まあ、大抵いつも叫ぶのですが、完全に舐められている私が叫んだところで効果はありません。

 そもそも、妖精さん達と言うのは、「人間でも退治出来る」が命題として挙げられるくらいの弱小な存在のはずなのです。

 ですが、私見た目も中身も女の子の妖精さんに手を上げる気にもなれず、人間とは違う何かとして区分する事も出来ず・・・。
 そんな訳で、こんな風にいつもからかわれているのでありました。

 「いーいーかーらー・・・、見せなさいっ!!」

 手元、遣いに頼まれていた品が収まった袋の辺りに、冷たい空気が流れます。
 あぁ、いつもの事です。いつもの事なんですが、いつもこんな風に袋ごと中身を冷凍されて、遣いを頼まれた私は
家主さんに怒られたりしまう訳なのです。

 ―ですが、今日は少々勝手が違いました。

 「冷凍何かの出来上がr」
 「あら。おイタはいけないわねぇ、妖精さん?」
 「あ・・・あれ?」

 私の手には袋の代わりに、凍った花束が収まっていました。私、花の知識なぞからっきしなのですが、
この花々が美しいものである事だけは分かりました。
 聞き覚えのある声の方を見てみれば、そこには柔らかな微笑を携えた緑髪の美しい女性が、いえ、妖怪さんが立っていました。

 風見幽香。花を司る妖怪さんだそうです。私には何処をどう見てもただの女性にしか見えないのですが、幻想郷中の皆が
畏怖するほどの強い妖怪さんなんだそうな。一部除くらしいですけど。

 かく言う私、阿求さん著、幻想郷縁起の内容と博麗の巫女さんの口からしか妖怪さんの事を知らないものでして。
 以前話す機会のあった八雲藍さんや、現在の様に幽香さんを前にしても、これと言って何の感慨も湧かないのです。

 まあ、皆が皆びっくりするほどの美人さんだなぁ、とかは思ったりしますけどね。

 「あんまりイジメちゃ、ダメよ?」
 「チ、チルノちゃん・・・」
 「ふ、ふん。今日はこのくらいにしておいてあげるわ!!」
 「そうしなさいな」

 おぉ、妖精さん達が慌てて去って行きます。私には分かりませんが、
幽香さんからは強者のオーラなるモノでも出ているのでしょうか?
 幽香さんの日傘の向こうに妖精さん達を見送りながら、私はため息一つ洩らします。

 「貴方も。妖精くらい、自分で追い払えるようになりなさいな」
 「あー、はい。善処・・・出来たらそうしますね」

 罰悪く私が呟くと、幽香さんはニッコリと微笑みました。

 「・・・そうじゃないと。貴方イジメ甲斐が無くて面白くないもの・・・」
 「俺にそう言う気は無い・・・と、思いますよ?」

 何だか拍子抜けした様に、幽香さんはあはは、と空笑い。私、何かおかしな事言いました?

 「そう言う事じゃないわ。にしても、貴方は面白い人だこと」
 「面白いかどうかは分かりません。どちらかと言えば俺、ツッコミ役の方が・・・」
 「さて、私はこれで失礼するわ。それと、その花は持って行きなさい」

 フッ、と幽香さんが手をかざすと、手の中の花束はすっかり氷が消えて綺麗に成っていました。

 「え、良いんですか?」
 「花は誰かに愛で慈しまれるべきだもの。貴方の所なら、その子達も美しく在れるでしょう。それに」

 幽香さんは私に背を向けると、日傘の向こうで小さく言いました。

 「女性と言うものに、花を貰って喜ばない者は居ないわ」

 強い風が吹き、遅咲きの桜吹雪が目の前に舞ったかと思うと、そこに幽香さんの姿は在りませんでした。
 


 「・・・怒られっかなぁ」

 私を遣いに出した主の家。それが目の前に在りました。
 正確に言うと目の前にはお賽銭箱。そしてその中身は空っぽ。

 傍から見れば貧相と言うか貧乏と言うか、そんなイメージが付きまといそうですが、
実際そんなことはありません。現に、私と家主さん二人分で十分に食べて行けているのですから。

 私は境内でウロウロしながら、どう断って出て行くかを考えておりました。
 何せ、半刻で帰って来ると断ったものを、もはや逢魔ヶ刻であります。何刻経ったやら、
時計も無いと時間さえ分かったものではありません。

 「今回で何回目だ・・・。いや、迷った訳じゃないんだよ・・・。ほら、妖精とか色々が・・・」

 誰に言う訳でもなく、お賽銭箱の前でフラリフラリと言い訳の口上を述べ続ける私。
 一端の男、と言えるような歳でもありませんが、一応の見た目に反してかなり情けない姿でありました。

 「あら、良い花ね。お花でも摘んでたのかしら」
 「そう、そうなん・・・なん・・・d」

 金属音でも聴こえて来そうなぎこちなさで、私はゆっくりと振り返ります。

 「ずぅー・・・いッぶん、と、ごゆっくりぃーなお散歩でしたわねぇ・・・」
 「あは、あはははは。いや、これにゃ、わけっ訳が」

 何度目でしょうか、これには訳が、なんて言い訳しても、大した訳で無いのはもう分かり切っています。
もはや修羅の如く怒りを露にしている博麗霊夢さん、そう、ここの神社の巫女さんに言い訳なんて通じるはずも無いのでありました。

 「へぇ、お花摘みなんて少女趣味全開ね」
 「いや、あの、なんだ、あはははは」

 とりあえず、この場をやり過ごすしかありません。もし選択肢を誤れば恐ろしい制裁が待っているに違いありません・・・!

ニア  ・1.妖精を理由に何とか言い訳。
   ・2.迷子になったとどうにか言い訳。
   ・3.花を理由にとりあえず言い訳。
   ・4.あい きゃん ふらい

 ニア 3.花を理由にとりあえず言い訳。

 「君に花でも送ろうかと思ってその辺フラフラしてたら迷ってこんな時間になっちゃったんだごめんなさいでもとりあえずこれ受け取ってくれ!!」

 息継ぎ無しです。勢いだけで最後まで言ってやりました。流石の霊夢さんも、いきなりの事で目をパチクリさせてらっしゃいます。
 勿論、何か特別な意志や恋情なんかが隠れている訳ではありません。いえ、そうでもないと言えば分かりませんが。

 「・・・あー、仕方ないわね、今回だけよ?」
 「え」
 「今回だけ許してあげる。そう言ってるのよ」
 「あ・・・う、うん!」
 「ほら、夕飯は出来てるからさっさと上がって食べなさいな。冷えちゃってるけどね」
 「はーい!」

 私は外で遊び呆けて来た子供のように家の中へ入ると、用意されたご飯へ早速箸を向けるのでありました。



 「・・・ふーん、随分季節外れな花も混ざってるのね・・・。あいつ、何処で遊んでたのかしら・・・?」

 霊夢はジャンルが滅茶苦茶に突っ込んである花をそれぞれ見、いくつかの花を見て頬をほのかに淡く染めた。

 「桔梗に薔薇に、忘れな草やら何やら・・・」

 霊夢は一本ずつそれらを抜き、香りを味わうと、早々に家の中に戻って行った彼を見、ため息をついた。
 幽香の密かな計らい、かもしれない。だが、それは彼も霊夢も知る由など無いのであった。

 「・・・偶然、だよね?」

7スレ目 >>46

───────────────続───────────────────────────────────────────


 当方、現在買い物中であります。
 宴会の準備だとか珍しく紅茶が飲みたいとか、やっぱり博麗の巫女さんからの注文でありました。
 居候の身としては、従わない訳にも行かないのでありまして・・・。

 「この巨大な箱は何なんだい?」
 「ゲーム機です」
 「・・・暖房器具の間違いじゃないかい?」
 「まあ、下手な電気ストーブよりは発熱するんじゃないでしょうか。ゲーム機ですけど」
 「ふむ・・・。外界の物はやはり面白いね」

 外界の物や、それ以外の珍しい物や珍しい者が集まる場所、香霖堂に私は居りました。
 宴会準備の買い物がてら、私は良くここで珍しい物を見て回っているのです。

 ここの店主さんであり、人間としても珍しいタイプ(半妖だそうですが)の霖之助さんを前に、
私は外界から流れ着いて来た色々な物について語り合っておりました。

 「それ・・・じゃあ、これは何だろう? 妙な名前だが、勝ち鬨の声でも上げる時に使うのかな?」
 「何処のプロレスラーですか。それもゲーム機です」
 「おぉ、興味深い。一度使ってみたいものだ」

 私にとっては、幻想郷に来る前に見た品を改めてここで目にしているだけの事。
 珍しくも何とも無いのですが、幻想郷の方々が外界の物を珍しく見ている、と言うのは中々新鮮です。

 それを言えば、私も幻想郷の人からはそう言う目で見られている訳なのですが。

 「それでは、俺はそろそろお暇しますね。紅茶、ありがとうございました」
 「気にする事は無いよ。また、いつでもおいで。そして是非とも外界の物について教えてもらいたい」
 「はい」

 確かに私も、未知の物に興味を抱かない訳ではありません。
 しかし、所用がある時以外でここに来たいか、と問われれば首を縦に振るのは難しいかもしれません。

 私は埃っぽい店内から、明るい陽光の満ちる外へと出て行きました。



 活気と陽気に溢れる人里の道。テクテクと歩いていると、一度見れば忘れられない方が歩いてらっしゃいました。

 「またお遣いかな? 貴方も大変ね」
 「いえ、居候として当然の事をやってるだけですから」

 あぁ、その尻尾を存分モフってみたい。私の目の前には、私と同じかそれより少し高い身長の女性、
八雲藍さんが立っていました。九本の美しい尻尾はそれぞれ凛と立ち、時折流れる風にゆらゆらと揺れています。
 
 ・・・あぁ、辛抱たまんねぇ。今すぐそいつにm

 「どうかした?」
 「もfげっふ何でもありません!」
 「おかしな子だな? ・・・まあ、気を張りすぎる必要は無いよ。辛かったらちゃんと言えば、霊夢だって聞き分けてくれるはずだ」
 「あはは、大丈夫ですよ」
 「無理はしちゃ駄目だからね」

 一通り世間話をすると、私は帰路へ向けて歩き出しました。
 藍さんは優しい人だなぁ、とか、あの尻尾に包まって寝てみたいなぁ、とか邪な事を考えながら。

 藍さんだけでなく、ここでは様々な妖怪さんに会うことが出来ます。何故か女性の方が多いような気がするのは、
実際私の気のせいでしょう。
 藍さんの式神の橙さんや、昼間からお酒を煽る萃香さん、先日会った幽香さんや、薬売り兎の鈴仙さんなど、
人里なのに色々な妖怪さんと出会います。そして一様に皆さん美人さんだったりします。

 一番の妖怪スポットが博麗神社と言うのは、少々皮肉かもしれませんが。

 そして私が博麗神社に居候していると言う身であるからか、妖怪さん側からも自分の知名度は高いようでして。

 「あ、噂の人発見です」
 「・・・噂になってるんですか?」
 「妖怪を恐れない人間として、主にお昼のティータイム辺りでですね」
 「噂と言うか世間話だね、それは・・・」

 今度は鴉天狗の新聞記者、射命丸文さんです。私が幻想郷に来て数日くらいの間、ひたすらインタビューされていた気がします。
 妖怪さんと言うのは寿命も長いそうで、ちょっとの変化でもすぐに話の種にするそうなのです。そして、鴉天狗と来れば
その最たる者らしく・・・。

 「どうですか、どなたかとの進展はありますかっ」
 「無いですよっ! だから、俺はそんな節操の無い人間じゃありませんってば!」
 「ふふふ、どうかしら? まあ、いつでも新聞にオメデタネタを入れる準備は出来てますから・・・」
 「しつこいっ!」

 こんな風に、色恋沙汰でも無いかと会う度に聞かれる訳なのです。プライバシーもヘッタクレも御座いません。

 「まあ、貴方が良ければ私がお相手でも良いですよ?」
 「へ」

 目の前で鴉天狗さんがニッコリと笑いました。数テンポ遅れてようやくその意図に気付き、私は顔を赤らめてしまいます。

 「んなッ・・・!」
 「ふふ、じょーうだーんでーす。それでは、またの機会に」

 ビュウと一陣の風と共に、彼女は青空へと飛び立って行きました。
 ・・・やれやれ、人里に来ると毎回こんな感じな気がします。

 早く帰ってゆっくりお茶が飲みたい。そんな心持ちで、私はまた歩き始めるのでした。



 乱暴な風が頬を叩き、支えの少ない体を揺さぶって行きます。
 体を支えているのは、私自身の両腕だけ。やっとの思いで下を覗き見れば、鋭い針葉樹の群れが遥か下に顔を覗かせています。

 現在、私は高い高い崖端に掴まり、今にも落下せんばかりの絶体絶命のピンチに陥っております。
 絶対と絶体では意味が違うとか、この際どうでも良いのです。

 目下数メートルならまだ救いがあります。でも、明らかに地面とは数十メートル以上離れています。
 落ちたらと思うと・・・。グロテスクなオブジェが、大きな針葉樹の天辺に飾られる事に成るでしょう。

 ・・・また、妖精さんの悪戯です。でも、今回ばかりは洒落に成らないかもしれません。

 「・・・なぁ、助けて、くれないか?」
 「何で?」

 見た事の無い妖精さん。見た感じ普段目にする妖精さんより随分小さく、妖精として生まれたばかりなのでしょうか。
 相手は二人ですが、ケラケラと笑うばかりで、助けてくれるような気配はこれっぽっちもありません。

 「俺、人間だからさ。飛べないし・・・。落ちたら、死んじゃうんだよ」
 「へぇ、死ぬんだ」

 尚更、ケラケラ笑いが響きます。殊更、ケラケラ笑いが癇に障ります。
 冷たい何かが背筋を這うような感覚。心臓は恐怖に鼓動を早め、掴まる手には薄っすら汗が滲み始めました。

 「それで、死ぬって何?」
 「それは・・・」
 「死ぬ? 死んじゃうの? 壊れるって事? 玩具みたいね? あはははははは」

 声を揃えて笑う二人の妖精さん。まるで「楽しい」と言う感情以外が欠如しているかのようです。
 今更思い出しました。妖精さん達には、死と言う概念が存在しない。あったとしても、理解はとても薄いのです。

 「つまんないから、早く落ちてみてよ」

 私の掴まる手に、妖精さん達が蹴りを入れます。
 大した力では無いのですが、人間のデコピンよりは痛く、手にかかる力が次第に薄れて行きます。

 痛い。もう、力が入らなく・・・。

 ・・・死ぬ? こんな所で?

 

 分岐ルートへ・・・?

7スレ目 >>52

───────────────続───────────────────────────────────────────

 
 当方、現在死の淵を覗いています。
 
 真下には、地獄の針の山さながらの針葉樹の群れ。落ちればまず即死でしょう。
 何故こうなったかは分かりませ…いえ、分かっています。全部自分の不注意と間抜けさが生んだ事です。

 死、と言うモノを身近に感じた事が無かったので、これが初めての命の危機と言うものなのでしょう。
 妖精や妖怪を恐れていなかった私への、罰と言うものなのかもしれません。

 汗ばんだ手はそろそろ力も抜け始め、限界が近いことが分かりました。
 それを察してか、満面の笑顔で妖精さんの一人は私に問います。

 「落ちるー?」

 ケラケラ。目の前で妖精さん達は心の底から楽しそうに笑います。子供は無邪気で残酷、
そんなフレーズが頭を過ぎりました。残酷なのは、何も知らないから。
 掴まる手から、妖精さん達の足が離れました。お陰で多少は持ちそうですが、危険な状況には変わりありません。

 「何やってんのよ」

 崖が邪魔で見えませんが、天の助けか地獄の使者か、聞き覚えのある凛とした声が響きます。

 「…チルノ?」
 「あれ、何だかあんた達楽しそうな事してんのね」
 「何よ、あんた」

 終わった。私の頭の中は彼女のスペルカードの名の様にパーフェクトフリーズしてしまいました。
 間違い無く、落とされる。きっと氷漬けにされて粉々に成るんだ。

 小さな妖精お二人さんを退けて、チルノさんは堂々と私を見下ろしました。色々見えそうでつい私は目を逸らします。

 「でもね…」

 チルノさんのスカートの翻る音が聞こえたかと思うと、直後に痛烈な悲鳴と爆音。
 何が起こったか分からずに呆けていると、頭上を氷漬けになった妖精さん二人が飛んで行きます。
 
 妖精に死は無いとは聞いているものの、あんな状態で復活出来るのでしょうか。氷塊と化した二人は
そのまま針葉樹林の中へ消え、見えなくなりました。南無、合掌。

 「あたいの目が黒い内は、あんたをあたい以外の誰かの玩具にはさせないよ!!」

 気付けば、目の前には力強い瞳を称えたチルノさんが立っていました。力強いのは結構なんですが、
目のやり場に困る立ち位置なのでどうにかして頂きたい。

 「…とっ、とりあえず助けてくれると嬉しいんだが」
 「このあたいに助けてもらえるなんて。光栄に思いなさいよ!」
 「わ、分かったから」

 見えなくても良い物のせいで手が余計滑りそうです。

 何とか助け上げて貰い、チルノさんを前にへたり込む私。情けないにも限度があります。
 そんな私を目の前に、エヘンプイと威張り散らすチルノさん。

 「分かってると思うけど、あんたはあたいのモンなんだからね! あたい以外の誰にも悪戯されちゃダメよ!?」
 「善処します…」

 何だかツッコミ所満載のチルノさんの台詞でしたが、変にツッコミを入れるとチルノさんが氷解しかねません。
 大体、歩いてれば足を引っ掛けられ、道を進めば迷わせられる私がチルノさん以外に悪戯されないなど、
相当無茶な相談であります。そうでなくても妖怪さん達からはからかわれるし・・・。

 「…ところで、何で助けてくれたんだ?」
 「何でって・・・。あんたがあんな所から落ちたら死んじゃうじゃない。それとも落ちたかったの? ゆーきゃんふらい?」
 「死…。うん、そうだよな」

 驚きました。チルノさんは死と言う概念について正しい理解を持っているようです。

 「…別に俺が死んでもお前は困らないんじゃ?」

 つい悪戯心が浮かんでしまい、ここぞとばかりに切り返してみます。

 「え、あ、いや。あたいは別にあんたが気になるから助けたとかそう言う訳じゃなくて…。あの、その……」

 数秒もしない内にメルトダウンしてしまいそうです。高速増殖炉より性質が悪いので、
私は真っ赤になったチルノさんに早速冷却水を投入してあげました。

 「分かってる分かってる。遊び相手や悪戯相手が減ったら、誰だって面白くないよな」
 「そ…そうなのよ!! 分かってんじゃない!!」

 ははは、と私は笑うと、チルノさんの頭を撫でてあげます。声にならない猫のような声を出しながら、
チルノさんはまた真っ赤になって押し黙ってしまいました。

 「ありがとな」
 「…うん」



 「へぇ、そうだったの。妖精の気紛れとは言え、命拾いしたわね」
 「あぁ。ホントだな」
 「…で、お遣いに頼んだ物は一緒に氷漬けにされたと」
 「…あはは。これはその、あの、ゆ、許しt…」

 事情を説明してひとしきり霊夢さんを納得させた後、ふと見れば手には氷漬けの品々が。
 一度は許そうかと思った霊夢さんでしたが、遣いに頼んだ物品がこうなってしまっていては、
怒髪天に成っても仕方ありません。

 もしかしたら、あのまま素直に落ちていた方が良かったのかもしれません。
 落ちていれば、ナイフのように鋭いサマーソルトを喰らうことも無かったはずです。

 でも、今更仕方ありません。

 「あんた、徳はあるようだけど運は無いみたいだね」

 強烈な衝撃と薄れ行く意識の中、船頭に扮した死神さんがそう言っていたような気がしました。



 それから一週間も経ったある日のこと…。

 「号外だよー。これを逃したら次の新聞の発行は遠いわー」
 「自分で言うなよ。んじゃ、貰っておきます」
 「うふふ、ちゃんと目を通しておいて下さいね」

 随分な浮かれ様で、新聞をビシリと私の目の前に突き出す文さん。

 「あー、はいはい。」

 私は軽返事で新聞を受け取ると、家の中へ引っ込みました。
 …ちゃんと目を通しておいて、との事ですが…。何か、大事な事でも書いてあるのでしょうか?

 「あら、新聞ね。丁度良いわ、掃除に欲しかった所なのよ」
 「ん。じゃあ、はい」

 霊夢さんに新聞を手渡すと、飲みかけのお茶を手に縁側へ。新聞の中身も気になりましたが、
最近お遣いに走らせられっ放しでゆっくり一息入れる暇も無かったのです。
 縁側に群れる猫の群れに和みながら、ほふぅと一つため息をつく私。

 「ふぃー。最近、ようやく緑茶の良さも分かって来た感じ……」
 「ねぇ」
 「ん。何、どうかした?」

 掃除をしていたはずの霊夢さんが、いつの間にか私の背後に立っていました。
 何だか不気味なほどに笑顔で、あの時の妖精さんのように恐ろしい気配がありました。

 「これ」
 「…新聞?」

 新聞を受け取り、一面記事を見れば、何だか見覚えのある妖精さんの姿と…私の姿。
 あの時の、助けてもらった時の、撫でてあげた時の写真のようです。それだけなら微笑ましい光景で
済むのでしょうが、煽り文句に「氷精、人間に懐柔す!?」とデカデカと刻まれておりました。

 「…あんた、そういう事してたのね……」
 「ちょまっ、勘違い!! 誤解にも程があr」

 プツン。

 「…あんた、徳は増えたようだけど運はからっきしだね」

 今度は随分はっきりと、呆れたように笑う死神さんの姿が見えた気がしました。



 「ねーねー、大ちゃん」
 「なぁに? チルノちゃん」
 「これ…。何て読むの?」
 「これ?  これは『カイジュウ』だけど…」

 文々。新聞を手にしながら、チルノさんはその言葉を聞いて何を思ったかエヘンプイ。

 「怪獣…。あたいったら最強ね!!」
 「…怪獣と懐柔は、同音異義なんだけどなぁ…。でもまあ、楽しそうだしいっか」

 そんな事も知らず、楽しそうにハシャぎ続けるチルノさんなのでした。



 Good Ending No.⑨
 今度はこのキャラを崖から飛び下りさせてみよう!!


7スレ目 >>60

───────────────続───────────────────────────────────────────

 

 当方、現在死と言うものの片鱗を垣間見ております。

 妖精さん達は私を逃がすつもりは無いらしく、執拗に私の手を蹴り続けております。
 もう、ダメかも。弱気な考えは体の外側にも影響し、手の力はどんどん緩んで行きます。

 この相手が多少知識のある妖精程度であれば、飄々と論を並べてかわせた事でありましょう。
 しかし、この子達は「無知」なのです。何も知らないと言う事は、とても良い事で悪い事。
 
 どんなに猛々しく鋭い、言葉と言うナイフを持っていても、刃が通らなければ何の意も為さないのです。

 「ねーねー、そろそろ飽きたよー?」
 「それじゃ、落っこちて貰いましょー♪」

 もう…力が…。

 死にたくない。そんな意志は目の前の妖精さんには通じません。
 助けてくれ。そんな思いは目の前の妖精さんには通じません。
 誰か助けて。そんな想いは誰にも届くことはありません。

 …死ぬんだな、俺。
 こんな、異郷の地で。誰に見つかる事も無く、一人で―

 「バイバイ♪」
 「あ」

 ―今までより強く、蹴りの衝撃が私の手に伝わります。
 それと同時に、脱力感と浮遊感。目の前の楽しそうな笑顔が、段々と離れて行きます。

 辞世の句も、遺言も、遺品さえ、何も残せはしませんでした。
 在るのは、ただ自分が死ぬ、と言う絶望と深い虚無だけ。

 『ちゃんと、無事に帰って来るのよ?』

 一瞬、頭の中で再生された彼女の声。
 あはは、せめて霊夢くらいにはお別れ、言いたかったな―

 ―衝撃。




 『あんた、運は良いようだけど…。このままじゃ、向こうには渡せないね』

 全身の倦怠感と、頭に感じる違和感で目を覚ましました。
 まず視界に入ったのは、空高くを飛び交うトンビ。遅れて聴こえるカラスの鳴き声。そして森に響くカッコウの音色。

 「・・・ぃ・・・ぅ?」

 生きてる? そう呟いたつもりが、掠れた声しか出て来ません。
 せめて起き上がろうとした瞬間、全身に走る鈍痛。

 見れば、視界の中に、木片の突き刺さった右腕と、ズタズタに引き裂け血の滲んだ自身の服が映っていました。

 カクン、と頭を地面に戻し、違和感にゲホンと一つ咳き込みます。内臓でも傷付いたのでしょうか、口の中に鉄臭い味。
 助かったのは良いにしろ、これでは何処かの妖怪さんの食卓に上がるのを待つ事しか出来ませんね…。

 右腕に痛みはありません。恐らく、無事だった脳が頑張って働いていてくれているのでしょう。多分、
麻酔と同じ役割の何かが分泌されているのでしょう。そうでなければ、こんなに深々と刺さった木片に、痛みを感じない訳がありません。
 痛みは無いにしろ、体は満足に動いてはくれないのですが。

 何故助かったのでしょう…? 真上には、たくさんの木々の姿。
 服に引っ掛かったたくさんの木の枝や木の葉を見る限り、運良く木々に衝撃を和らげて貰った、としか言えません。

 ―運が良いな、俺は。

 自嘲気味に笑ってみますが、聴こえて来るのは喉の奥に血が溢れる音だけ。
 その内、出血多量か衰弱かでもして死ぬのでしょう。そして、その後は…。

 その後は…?

 ゾッと背筋に走る悪寒。誰にも見つからず、このままここで朽ちて行くのでしょうか?
 それとも誰とも知れぬ妖怪さんに見つかり食べられてしまうのか、それとも森の動物の餌食になるのか。

 そんな事より、ずっと嫌な事―

 ―ここで、誰にも知られずに死んで行くなんて、絶対に嫌だ…!!

 ズキリ。体に響く痛みを堪え、何とか立ち上がってみます。
 五体は満足。幸いにも何処も折れてない。切れた頭から流れて来た血を拭い、右腕をかばいながら一歩足を進めてみます。

 …歩ける。まだ、私は元気。
 そうだ、折角拾った命を、無為になんか出来ない。

 何より、あの言葉に、救ってくれた霊夢に報いる事が出来ぬまま生を終えるなんて、出来はしない・・・!!

 それからの私は、大分必死であったと思います。
 諦めの色をだだ流し始めた足を叱責し、血の気の失せ始めた右腕を励まし、喉から溢れる血を飲み込み、ただ前へ。

 人里の近くであった事が、ただ幸いであったと思います。
 妖怪らしい妖怪も居らず、うろつくのは小さな獣くらい。そうでなければ私はどちら様かの食卓上です。

 歩いていて覚えているのは、疼き始めた全身の痛みや圧迫感、苦しみを只管に耐えたこと。

 誰に見つかったとか、そう言う事は全く覚えておりません。ですが、これらは正しいと言えます。

 私が無事、現在ここに居る、と言う事は。
 人里の知識人、慧音さんのお宅を経て、永遠亭にお世話になっている、と言う事は。



 「いやぁー、あっはっはっ。豪気な若者だよ、全く!」
 「あでっ、いだっ、あだっ!」

 快活な笑い声が響き、包帯ぐるぐる巻きの右腕をベシンベシンと叩かれます。いや、響きますから痛いですから。

 「妹紅。この子は怪我人なんだからもうちょっと静かにしてなさい」
 「あはは、ごめんよ」

 カラカラと陽気に笑う健康マニアの焼き鳥屋、藤原妹紅さん。その横で呆れたようにため息をつくのは、
知識と歴史の半獣、上白沢慧音さん。妹紅さんは初めてお会いするのですが、いやぁ、何ともカッコ良い方ですな。
 女性なのに漢気がある、と感じてしまったのは失礼に当たるのでしょうか?

 「その辺でのたれてても私が見つけてあげたのに、自分で歩いて人里近くまで来るとはねぇ。見上げた子だよ」
 「伊達に博麗神社に住んでいると言う訳ではなさそうだな」
 「いや、えーと、あはは…」

 何か慧音さんと妹紅さんにベクトルの違う誤解をされている気がします…。
 と言うか、私が必死の思いで歩いて来た道程は徒労であったと言う事ですか…。

 「さて、しばらくここで安静にして居て貰うけど…。あ、ウドンゲ。この子がここに居るって事、巫女に伝えてきて貰えないかしら?」

 永遠亭の薬師、八意永琳さんは、カルテに何やら書き込みつつ、机の脇に控えていた鈴仙さんに遣いを頼みます。
 何だか鈴仙さんはさっきから下を向きっ放しで、私に一瞥も下さらないのは、何か不満でもあっての事なのでしょうか?

 永琳さんに声をかけられてやっと顔を上げますが、鈴仙さんが返事をするより早く慧音さんが口を開きます。

 「いや、既に私の方で、里の者に伝えるように頼んであるから心配しなくて良い」
 「あら。なら、その内心配してお見舞いにでも来るでしょう」

 永琳さんはカルテを鈴仙さんに手渡すと、私に向かってニコリと微笑みました。

 「それじゃ、一週間くらいは養生してなさい。薬をちゃんと飲めば、すぐ良くなるはずよ。それと」

 今度は鈴仙さんに向き直り、こちらから顔は見えませんが、恐らく微笑んで言いました。

 「ウドンゲ。この子の看病はしばらく貴方がしてあげなさい」
 「は…師匠?」
 「分かったわね? 包帯を取り替える時とか、薬の時間だけで良いから」
 「…分かり、ました」

 嫌悪感と言うか何と言うか、鈴仙さんは妙に含みのある返事をしました。私、何か鈴仙さんの気に障るような事したでしょうか?

 「さて、診療も終わった事だし、怪我人以外は出て行きなさいな」



 それから一日二日も経った頃でしょうか。

 亭中の兎さんが私の顔を見に来たり、ここの主である蓬莱山輝夜さんが物珍しげに色々聞いて来たり、
妖怪兎の因幡てゐさんが私を騙し危うく妙な薬を飲まされそうになったり。
 退屈しないのは結構なのですが、私は一応怪我人です。是非とも労わって頂きたい。

 けれど、顔は良く合わせど、鈴仙さんと交える会話は一向にありませんでした。

 「はい。終わりましたよ」
 「あ、はい。ありがとうございます」

 何処か倦怠期のカップルのような余所余所しいやり取り。
 実際、鈴仙さんに包帯を替えて貰っただけなのですが、話す事も無ければ顔も合わせず。どうにも居心地は良くないです。

 「それじゃ、私はこれで」
 「あの」

 去って行こうとする鈴仙さんの背に、私はつい声をかけました。

 「…何でしょう?」
 「いえ…。俺、何か貴方に失礼な事しましたか? 何だか、貴方に避けられてる気がして」
 「……」

 …何か、聞いてはいけない事だったんでしょうか?
 問いに答える事も無く、鈴仙さんは戸口の前で立ち止まったまま押し黙っています。

 「…貴方は、悪くないですよ。ただ…」
 「……?」
 「ただ、私が弱虫なだけなんですから…」

 どう言う、意味だろう?
 私が口を開こうとした瞬間、それを遮るように鈴仙さんが口を開きました。

 「気にしないで下さい。退屈させちゃいますよね、黙ってちゃ」
 「…無理はしちゃ良くないですよ?」
 「いえいえ、大丈夫です。…なんて、看病されてる方に心配されてたら私も世話無いですね」

 鈴仙さんは何かを堪えるように空笑うと、「また来ますから」と一言残し、長い長い廊下へと出て行きました。

 「…うーん」

 残された私は枕に頭を戻し、ただ天井を見上げて唸るばかりでした。




 『おぉ、ちょっとばかし徳が増えたかな? あんた、あんまり他人を心配させちゃいけないよ』

 夢と現の境界で、何処かで見た誰かにそう言われた気がしました。


 「んー…」

 ムクリと体を起こします。まだ少々体は痛みますが、動けない事もありません。

 流石は永遠亭の薬師さん、と言った所です。何だかただの人間とは思えない雰囲気の方ですが、何か秘密でも
あったりするのでしょうか?
 兎角、その薬師さんのお薬のお陰で、短期間に大分回復した、と言うのは確かです。

 「……」

 窓から差し込む陽光は、暖簾に遮られて部屋を薄く彩ります。
 物思いに耽る少年が一人、とでも言った所でしょうか。これが美しい少女なら映えたでしょうが、生憎私はただの青ガキです。

 …霊夢、来ないなぁ。
 心配させ過ぎて、呆れられたのかも。だから来ないのかも。

 無理を押してでも、会いに行こうかな。
 自分で会いに来てくれないかな。いや、でも霊夢はこうと決めたら動きそうにないし…。

 何でこんなに気になるのやら。そもそも、あの霊夢に好意を抱いたって、無駄なんじゃないか…?
 博麗の巫女は何にも捕らわれず、何に流される事も無く、ただ奔放に。ただ自由に。ただ思うままに。

 淡い想いの弾丸は、掴み所の無い大きな結界に遮られ、被弾する事はきっと無い。

 「つってもまあ、逢いたいんだけど」

 声に出してみれば、よっぽどその想いは強くなった気がした。
 無事で帰れ。彼女は確かにそう言った。だけど、無事じゃなかった。治って来てはいるけど、大怪我した。

 ―だから、謝らなきゃ。




 「…あら、お帰り」
 「ただいま」

 お賽銭箱の前で霊夢さんは眠っていましたが、私が帰って来た事に気付きフッと目を開けます。

 逢いたかった、霊夢。けれど、その想いを口にする事は出来ません。
 彼女との何か大切な結界が、それで壊れてしまう気がするから……。

 「…無事、みたいね」
 「ああ。この通り、ピンピンしてるよ。心配させたなら、悪かったな」
 「いいえ…無事で、良かったわ」

 五体が満足で傷一つ無い事をアピールすると、霊夢さんは静かに微笑みました。

 「そうそう。貴方の気に入ってたお茶淹れておいたから、飲むと良いわ」
 「ありがとう。飲ませて貰うよ」

 縁側に回り、ちゃぶ台を見れば淹れたばかりのお茶が湯気を上げていました。
 …何で湯気なんて上がっているんでしょう? 淹れっ放しだったら、冷えているものではないのでしょうか。

 「…まあ、良いか」

 縁側にお茶を持って行き、麗らかな陽射しを浴びながら一息。
 ふと、木片の突き刺さっていた右腕を見る為に服の袖をまくってみます。

 まだちゃんと治ってはいませんが、生活する分には問題無いと永琳さんがおっしゃっていたのと、
そろそろ動いても大丈夫との事で、帰っても良い事になりました。
 
 痛々しい傷跡が、そこには残っています。永琳さんが言うには、傷跡をすっかり消す事も出来るとの事でしたが、
自信の不注意が生んだ出来事の戒めとして、何の手もつけないでおくことに決めたのです。
 傷跡に静かに触れてみると、ジクリと小さな痛みが蘇ります。

 「ってて…」
 「…無事じゃ、ないじゃない」

 え、と聴こえた声に振り返ってみれば、霊夢さんがすぐ後ろに立っていました。
 物音一つ立てずにどうやってここへ、などと疑問も浮かびましたが、それよりも彼女の様子が気になります。
 拳は強く握られ、下を向いたまま、何かに耐えているかのように震えて…。

 「あ…。いや、ほら、生活する分には問題無いって永琳さんも……」
 「…ってんのよ」

 俯いたまま、霊夢さんは何かを呟きます。しかし、その言葉はあまりにも小さく聞き取れません。

 「…霊m」
 「私がどれだけ心配したと思ってんのよ!!」

 大きな声と同時に、額に大きな衝撃。 
 目の前がフラッシュアウトしたかと思うと、熱いお茶を頭から被って私は庭に、陰陽玉と一緒に転がっていました。

 「っあち…いで…」
 「あんた…ねぇ!! 私がっ…どれ……だけ…ぇ……」

 気付けば、霊夢さんは私にしがみ付いて泣いていました。

 「あんたが…あんたが傷だらけの所なんて見たくなかったのよ…。だから、無傷で帰ってきた時、すごく安心した。
だけど、傷跡、残ってるんじゃない…治ってなんか、ないじゃ…ない……!」

 ギュウ、と私の服を掴む彼女の手の力が増します。

 そんなに、心配してたのか。そんな事さえ分からずに、俺は何度も霊夢を心配させていたのか。
 
 自分の事ばかり考えて、彼女の事なんて気にかけていなかった。彼女の事を深く知ろうとしなかったから、
どれほど心配しているかなんて気付かなかった。なんて、滑稽な話なんだろう。

 私の胸で小さく揺れる霊夢さんの肩を、静かに抱きしめてあげました。

 「…ごめん」
 「…謝って済むなら、博麗の巫女は、幻想郷に私は要らないのよ…」

 冗談に聴こえなくて、私は霊夢さんの頭を撫でてあげました。風に揺れる黒髪からは、ほのかに良い香りが漂います。

 「…また、心配させたら、タダじゃ置かないんだからね…」
 「…うん、善処す…」

 つい、いつもの癖で出て来た、アバウトな受け答えでの逃げ。それを、霊夢さんは許してはくれませんでした。

 「ダメ。絶対…じゃなきゃ、いや」
 「…ああ、約束する。絶対に、守るよ」

 弱すぎる自分自身を強くするキッカケ。そして、彼女を知り、もっと近付く為の努力。
 知らなかった彼女の弱さ、彼女の小さな肩を抱いて今更気付いたこと。

 自分には努力が足りないのだと、ようやく気付きました。



 Good Ending No.1!!
 何だかフラグが回収し切れてないぞ、頑張れ少年!!


7スレ目 >>64

───────────────続───────────────────────────────────────────
 当方、現在宴会の準備の真っ只中であります。

 怪我も無事に治癒し、右腕に傷跡は残っていますが、私生活には全く支障は無くなりました。
 これを支障と言うかは分かりませんが、宴会の準備を丸投げにされている現状が支障でしょうか。

 「あんた大分家空けてたんだから、今日ある宴会の準備しなさい。ペナルティよ、ペナルティ」

 だそうです。ごもっとも。
 と言う訳で、ロクに料理も出来ないのに台所に放り込まれた訳ですが…。

 「……何を、すりゃ、良い、んだ」

 右手に包丁を、左手に大根を。傾かざる、計りの天秤。

 違うよ。そんな事言ってる場合じゃないよ。大体、料理スキルと言うモノは私には発現していません。
 私にRPGを低レベル極限攻略するような趣味が無いのと同じく、教えも無しに料理をする度胸も御座いません。

 「…何やってんのよ。それ、刺身包丁よ? それで大根切るの?」

 いつの間にか居間から出て来た霊夢さんが、私の持った刺身包丁とやらを指差して怪訝な顔をしていました。

 「あー…えーと、だな…。俺、料理出来ないんだよ…」
 「…結局私が作るのね。料理くらい、習ってるモンじゃないの?」
 「…ははは」
 「…はぁ」

 霊夢さんはため息と共に私を押し退けると、ゴソゴソと台所の隠しを探って調理器具を探します。

 「それは刺身包丁。お刺身とか作る時に使うの。柳刃包丁とか蛸引包丁って言ったりもするらしいけど。あと、
これは出刃包丁…。ってこれくらいは知ってるわよね? で、これが薄刃包丁で、大抵野菜を切る時に…」

 説明を聞きながら、ふと思いました。
 私って本当に無知だなぁ、と。無知なのは良い事でもありますが、人として悪い事の方が明らかに多いです…。

 …故郷で、少しは家事一般の事を学べば良かった…。

 「ほら、切り方教えてあげるから。はい、こっち使いなさい」
 「あ…。うん」
 「野菜はまずいいから。お肉お肉ー」

 受け取った包丁を覚束無い手付きで持ちながら、冷暗庫に向かって行く霊夢さんの背中を見送ります。
 …良いなぁ、なんか。こう、家庭的な娘と言うか何と言うか…。こう言う所も、女性の魅力の一つですよね…。

 …いかんいかん。包丁を持ったまま呆けていては、あからさまに不審者です。

 「お肉! メインディッシュー!!」

 ペカー、とか効果音が聴こえて来そうです。冷暗所から持って来た肉を天高く掲げ、まるで子供のようにハシャぐ霊夢さん。
 まあ、子供と言ってしまえば子供なのかもしれませんが。兎角、すっごく楽しそう。思わず頬が緩みます。

 「良い!? いっつも食べる前に皆に盗られちゃうんだから、今回は確保よ確保!!」
 「え。何、俺も出るん?」
 「当たり前でしょ。今日は色々晴らすわよ、色々!」

 その色々が何なのかは知った事ではありませんが、抵抗は無意味のようです。騒ぎの輪に入れないので、
宴会とあればいつも私は縁側で一人寂しく熱燗を煽っているのです。そこ、寂しいとか言っちゃダメです。
 まあ、居候の身が何をごちゃごちゃ、と言われてしまえば、それまでなのですが…。

 「ほら、包丁ちゃんと持って」
 「は、はいっ」
 「そうじゃない。それじゃあ手ぇ切っちゃうわよ」

 手取り足取り。頭の中は、外の景色のように桜色に成りかけていました。春告精さんが蒼穹の下、
桜の花びらと共に楽しそうにくるくると舞っています。主に私の脳内で。

 勿論、そんなものでは集中力も何もあったものでは無い訳でして…。

 「違うっ。それじゃお肉が痛んじゃうでしょ。引き切るのよ、引き切る!」
 「分かるかっ! ちょっ、待った、手本見せてくれって!」
 「あー、仕方ないわね」

 私の背後に回り、霊夢さんはわざわざ私の手を取って一緒に肉を切ります。
 自分、こんな経験ありません。更に霊夢さん、こう言う事に抵抗を持っていらっしゃらないご様子。
 
 小言にアドバイスを交えつつ、霊夢さんはスピーディーに肉を切って行きます。
 私はされるがままに霊夢さんの動きに付き従い、肉の塊が切れるのをただ眺めているだけであります。

 …背中が。

 「こうやるの。分かった?」
 「あ、あぁ」

 あ、あの。申し訳ないのですけれどもね、その、胸が。胸が当たってるんですよね、私のね、背中にですね。

 「れっ、霊夢、さん?」
 「何よ。どうしたの? …さっきから、妙に動きがカクカクしてない?」
 「いやっ、あの…」

 か、確信犯じゃないんですか、霊夢さん…? いや、こう言う場合は故意犯ですね…。皆さん、
確信犯の使い方間違ってますよね…。って、かっ、関係あらへんやないか全然!
 何も言えずに小さくなっている私に、知ってか知らずか、霊夢さんは手元に野菜を押し付けて来ます。

 「ほら、次は野菜。切り方教えてあげるから。宴会に間に合わなくなっちゃうわよ」
 「お、おうともさね! 頑張りますぜ姉御!!」
 「え? な、何よ、急に」

 …これはこれで良いかもしれないです。と言うか、良い。最高。ザ・ベストです。
 背中に当たるほんの少しの感覚なのに、私はそれから逃げられず、と言うか逃げる気なんて起こるはずも無く、
思う存分小さな膨らみを堪能するのでありました。





 
 「ふぃ。何とか、成ったかな?」

 私と霊夢さんの目の前には、一人では間違い無く食べ切れない量の、中々に豪華絢爛な料理が並んでいました。
 東洋的料理が多いですが、西洋風の物も混じっている所を見ると、和洋折衷的文化が幻想郷に息づいている事が分かります。

 ちなみに、私が作ったのは汁物数点。汁物を作る程度の能力、ですか? 情けないのも程々にしましょうよ、私。

 「…食材たくさんダメにしておいて、何が何とか成ったー、よ。もう」
 「あはは…。努力するよ…」

 台所を振り返れば、傭兵部隊が通り過ぎた戦場跡のようになった流しが。
 …過去には戻れません。だから、振り返らない。ここに、幻想郷に住むと決めたあの時から、そう決めたんです…!!

 格好悪い? ごもっともに御座います。

 「さーて、そろそろ皆も集まってくる頃かしらね」
 「なあ…。俺、いつもみたいに引っ込んでて良いだろ? 間違い無くアガるし、それに迷惑かかr…」
 「拒否権は御座いませんっ」

 キッパリと言い切る霊夢さん。以前は、こんなに私に関わって来ようとはしなかったような…。

 「うぅ…」
 「…別に良いのよ、誰かの迷惑に成ったって。ロクなの居ないんだし。それに、あんたは私にとっちゃ迷惑じゃないしね」
 「…そうか。んじゃ、出ない訳には行かないな」
 「素直でよろしいっ」

 ニコリと微笑むと、霊夢さんは「お酒とか調達して来るから、留守番お願いね」と縁側から足早に出て行きました。

 「……ふぅ。」
 「呼ばれて飛び出てじゃじxy」
 「うわぁ!? よっ、呼んでません!!」

 縁側でお茶の香りでも楽しもうかと腰を上げた瞬間、目の前に現れたのは境界を操るスキマ妖怪、八雲紫さん。
 一体どうなっているのか、重力に逆らってでもいるのでしょうか。逆さに黒い穴から現れたのに、髪の毛が真上に伸びています。
 …形容し難いですが、要は逆さなのに普通の状態、と言う事です。要しても、良く分かりませんね…。これで幻想郷の賢者と
呼ばれているのだから驚きです。人は見た目によらぬ、とは正にこの事。

 そう、初めてお会いした時から、この方は常識外れでした。大体、初対面の相手を、自身すら理解の及ばぬイカレた空間に
突き落とすってどうなんですか。まあ、今ここで語るべき事では無いので、いずれ然るべき時に…。

 「霊夢とヨロシクやってるかしらぁ?」
 「や、やってません! どどどっ、どう言う意味ですか!!」
 「え? 私は霊夢と仲良くしてるか、って言う意味で聞いたんだけど…。もしかして、卑猥な想像しちゃったのかしら? やぁねぇ」
 「ッ…!!」

 少々ニヤけて俯く私。何を隠そう、胸が背中に当たっていた先程の事を思い出してしまったのです。

 「まあ、心配する必要は無いわよね。さっきも、随分仲良しこよしにお料理してたみたいだものね」

 バッ、と顔を上げ真っ赤になる私。み、見てたのですかやめてー。やーめーてー。プーラーイーバーシーがー。

 「花も恥らう若き少年、って所かしら? もう、エロエロですわ」
 「だっ、誰ですか話振って来たのは!!」
 「誰かしら。若いってエロいわぁ」
 「…あぁ、もう、誰でしょうねアハハハハ…」

 乾いた笑いを洩らしながらくずおれる私。何と言うか、この方が見ているかもしれない、と疑えば、
何処にでもこの方の目があるような疑心暗鬼に襲われてしまう気がします。怖い。いや、怖いと言うかむしろ恐いです。
 
 「さて、宴会まで時間もあるようだし、霊夢も都合良く居ないし、ちょっとお話をしましょうか」
 「…お話、ですか?」

 どんなとんでもない話が飛び出して来るのでしょう。私はくずおれたまま顔だけ上げ、ジト目で紫さんを見ました。

 「別に、貴方をからかおうって訳じゃないの。ただ、気をつけて欲しい事があるのよ」
 「…気をつけて欲しい事、ですか?」
 「ええ」

 先に比べて、随分真面目な雰囲気です。とは言え、紫さんはいつも不可解な笑みを浮かべていらっしゃるので判断し難いですが。
 私は体勢を直し、つい癖で正座すると、紫さんに向き直りました。

 「そうね。貴方は少し、徳を得すぎたかもしれない、と言う事」
 「…徳を得すぎた、と言うと?」
 「徳とは、人と関わり合い、互いに信用し、他人との繋がりで増えるもの。まあ、貴方はまだ死とは関わりが薄いでしょうけど、
人間として生きている以上、いつか絶対に使う大事なものなの」

 徳。あまり聞いた事の無い単語です。良く分からなくて、私は首を傾げました。

 「今は分からなくても良い。いずれ、分かる時が来るから。でもね…これから話す事は、今後にとって、とても大事な事」
 「…はい」

 ゴクリ。自分の唾を飲み下ろす時間さえ、とても長く感じられました。
 私は一体、どんな大変なものを持ちすぎてしまったと言うのでしょうか…?

 「つまり…」

 そして紫さんは不気味な笑みを更に不気味に引きつらすと、重々しく、そして、長い間を空けて口を開き―
 ―唐突に、見た事も無い明るく満面の笑みを浮かべて首を傾げ、サラリとこう言ってのけました。

 「貴方はモテすぎるって事♪」

 ………へ?

 「…へ?」
 「だからぁ、貴方はモテすぎるんだって私は言ってるんですよぉー」
 「へ?」
 「だーからぁー、貴方はモテすぎだって私は言ってるんでs」
 「え?」
 「聞け」

 へ? これで三回目か四回目くらいの呟きを脳内で洩らすと、私は青白い閃光に包まれて勢い良く壁まで吹っ飛びました。
 加減して下さっていたのか、叩きつけられはしたものの息が詰まった程度で、体への直接的ダメージはありませんでした。

 …ですが、精神に多大な影響が出てしまったようです。
 逆さまになった家の中の風景を呆然と見ながら、私は五回目の呟きを口に出しました。
 
 「……へ?」
 「落ち着きなさい」

 真横に黒い亀裂が入ったかと思うと、瞬きもしていないのに私は一瞬で紫さんの近くまで移動させられていました。

 「はっ、え、俺が、モテる? 嘘でしょ? 嘘だといってよバーニィ?」
 「下手で優しい嘘なんてつかないわ。良いから、落ち着きましょう」
 「素数を数えて?」
 「今度は強めにしてもう一発あげましょうか?」
 「ごめんなさい」

 ようやく正気(?)に戻った私は、素数を数え…てもあまり効果が無いようなので深呼吸を試みます。
 …ふぅ。ジト目の紫さんの目の前ですが気にもせず、一回二回と深く息を吸い、吐く。

 …私がモテる? はは、随分おかしな話じゃないですか。でも少し待ってみましょう。ツッコミは話を聞いてからでも、
遅くはないような気がします。あはは、ふぅ。まず、まず落ち着きましょう。クールになれ、クールになるんだt…。

 脳内会議、終了。

 「…嘘でしょう!?」

 うつ伏せで倒れていた私は勢い良く起き上がると、即座に紫さんへ疑問をぶつけます。

 「いいえ。貴方、色々と行動するもんだから女の子の注意を惹いちゃってるのよ。異変が無きゃ誰も動かないような幻想郷、
貴方みたいに好き勝手に歩き回るタイプの男の子が現れたらどうなるかしら? 女の子なら誰だって気になるでしょう?
貴方散歩とか趣味らしいし、出歩いてるウチの藍や橙まで、人当たりの良い青年だ、だの、優しくて良い人だよ、なんて
ふざけた事をのたまうようになっちゃったじゃないの!」

 ぷりぷりと、多分怒ったようにおっしゃる紫さん。いや、怒っていると言うよりは楽しそうに見えますけど。
 しかし、私はまだ上手く事が飲み込めず、モゴモゴと言葉を紡ぎます。

 「…あぅ…。いや、で、でもまだ…納得が…」
 「貴方は納得出来なくても、実際そうなの。貴方、尽くすタイプみたいだし。つい優しくしちゃうでしょ、女の子には?」
 「え、えぇ、まあ、多分それなりには…」

 とりあえず、会った事のある方には、大抵人当たり良く接してるつもりですが…。
 …その程度で、どうにかなるものなんでしょうか。そもそも、男女で差をつけてるつもりは無い…と、思います。

 「だから、気が無くても気は惹いちゃうの。自覚は無くても、事実!!」
 「…なんてこったい」
 「それでね」

 紫さんは本当に楽しそうに笑いながら、言葉を続けます。

 「…女の子が恐い生き物だって事、貴方は知ってるかしらぁ?」
 「…ええ、まあ」

 表情が一転。不気味すぎる笑顔に切り替わり、まるで阿修羅のよう。しかし、私は紫さんから目を逸らさずに肯定します。
 女の子は、女性は恐いです。それがどう言う意味にしろ、往々にしてこの幻想郷にも通じる事でしょう。

 「そう…。貴方に、女性経験がどれだけあるかは知らないけど…。こう言う事は自覚出来る内にしておいて、
厄介事には首を突っ込まない方が良いわよ? 幻想郷の女の子達は、怒ると恐いですわ♪ 勘違いが勘違いを生んで、
大変な事に…なんてね」
 「…はぁ」

 助言しているつもりなんでしょうが、その不気味な笑みの裏に隠れた楽しそうな魂胆が見え見えですよ、紫さん…。

 「兎にも角にも、もし貴方が誰かを選ぶなら…。相応の覚悟は必要だと思うの」

 自覚が無いと、どう応えて良いのか分からなくなります。そもそも、この程度でモテている、と判断出来るのでしょうか。
とは言え、紫さんも自覚が無いからとおっしゃってますし…。

 「…あんまり下手な行動はしないでおく事ね。あ、でも変に態度変えるのもよろしくないわね、うふふ」
 「はい…」

 この人絶対楽しんでますよね…。
 とは言え、この方がおっしゃられてる事はあながち間違ってもおりません。

 自分の行動がそう言う誤解を生んでいたのだとすれば、少々自重せねば……。

 「まあ、修羅場って言うのも見てみたいんだけど」
 「…面白がってますよね、紫さん…?」
 「ええ。ここでは滅多に無い事だし、物珍しさならバッチリだもの」

 ダメだ、この人…。早く何とかしないと…。
 ではなく。もう少し自身の身の振り方を考えるべきかな。とは言え、お遣いや用事、散歩とか、外に出ない訳には行かないし…。

 「そろそろ、皆が来るわ。ふふ、宴会が楽しみねぇー」

 …そうだ、今日は宴会の矢面に立たされるのでした。
 そうなれば、どちらにしろ皆さんと会話せざるを得ません。おまけに宴の席、お酒のせいで何が起こるか分かったものではなく。

 …胃が痛くなって来ました。
 何も、起きなければ良いな…。そう切に願う、逢魔ヶ時の宴会前なのでした。




 分岐ルートへ…。

 一番攻略が難しいのは実は紫さんなのでは、と思う今日この頃でした。




7スレ目 >>74

───────────────続───────────────────────────────────────────

 当方…。あれ、当方? 当方、何処に居るんでしょう?

 春爛漫、お花見でもしようと散歩に出ようとした訳ですが。釣り道具を手渡され、
「夕食の魚お願いね?」と針とお札を手にした霊夢さんに脅され、そして―

 ―そして、ここは何処なんでしょうか?

 とりあえず言える事は、ここが極低温空間だと言う事。

 寒くて、仕方ない。芯が暖かければまだ良いのですが、どうやら私の体温は相当低く
成ってしまっている様子。まずい、かもしれません。頭が、回らなくなって来ました。

 「ななな、何で俺、こんな所に居るん…だっけ…」

 歯と歯がぶつかり合い、カチカチと耳障りな音を奏で続けます。水滴と水流の響きは、そんな疑問に
答えてくれるはずもありはしません。
 周りは薄ら明るく、季節外れにも程がある氷柱、そして足元に薄く張った冷たい水の流れ。

 どう考えても、数ヶ月前にタイムスリップしたようにしか見えません。
 いや、そうでなくてもこんな場所、私は知りません。

 私が来たのは確かに冬の始め頃ですが、冬はほとんど神社にこもりっきりで散歩とてしておりません。
 …じゃあ、ここは何処なんだろう? 冬の間に、こんな所を見かけた記憶はありません。

 体は冷えていても、頭の中は異様に暖かい。この状況からの、体内の本能的逃げ。
しかし、それも今一時程度しか持たないでしょう。誤魔化しは誤魔化しに過ぎず、いずれ私は…凍死する。

 「…いっ、そんなっ、ん、嫌に決まってる…だろっ…」

 震える唇を噛み締め、自己暗示を施すように私は呻きます。

 私、生への執着心は人一倍あると自負しております。アリスさんに捨食の法を伝授して貰おうと
思った時もあれば、はたまたレミリアさんに吸血鬼にして貰おうか、なんて思った事もあります。
勿論、霊夢さんに止められましたが。

 こんな状況に放り込まれたとて、その考えは変わりません。
 まずは、どうしてここに居るかを思い出し、脱出する手立てを見つけなければ…。





 湖面に揺れる花びらと、空を舞う花びら。
 桜の木が揺れる度に花びらは飛び、春はここぞとばかりに自己主張しています。

 この場にお酒と月さえあれば、これ以上を望む必要はありませんね。

 「やぁ、君も釣りかい?」
 「ええ、そうですよ」

 ふと、人の良さそうな年配の男性が、釣り道具片手に話しかけて来ました。どうやら、
ここで長い事釣りをしていらっしゃる方のようです。

 「おぉ。若いのに釣りとは珍しいねぇ」
 「まあ、夕飯賭けてますから…」
 「ははは、頑張ってくれ。私も、あまり釣れないものでね…」
 「そ、そうですか…」

 苦笑いを返すと、私も適当に見繕って釣りを始めようと湖畔周りを歩き始めます。
 この湖、紅魔湖は、普段は霧に覆われていて全貌が掴みづらいですが、歩いて一周しようと思えば半刻ほどで
簡単に廻る事が出来ます。

 とは言え水深が分からないので、実はとても深い湖なのかもしれませんが…。

 霧が立ち込めているとは言え、春の陽気はここにも満ちています。
 丁度昼食の後、その上歩いて来たので心地良い疲労、そしてこの陽気。

 「…ちょっとくらい、昼寝したって大丈夫大丈夫」

 揺れる湖面を横目に、桜の木の袂に座り込んで目を閉じます。
 平穏。向こうでも、たまに私は河川敷なんかで居眠りしたりしていました。気付くと真夜中だったり
した事もあって、両親に怒られて以来やっていませんでしたが。

 …でも、ここでは時間なんて気にする事はありません。
 霊夢に怒られるかもしれませんが、きっと笑って済ませてくれる。

 ―だから、今はこの平穏に身を委ねて…。




 ―委ねていたら、こうなっていた訳ですね。省略してませんよ!?

 回想は意外と早く終わり、脳もまだ結構動く事が確認出来ました。
 記憶の水底を探ってはみますが、この現状を導き出せる行程は頭からは出て来ません。

 お酒に酔って記憶が飛んだ事ならありますけど…。
 兎角、この現状を導き出せるような途中経過は、私自身覚えていない、見ていないと言う事です。

 冷え切った体を動かしてみれば、冷気で凝り固まった筋肉は軋みように動きます。
 縮こまって寒さに耐えていたので、思いっきり伸びをしてから、薄青い洞窟の中を見渡します。

 「…壁が、光ってるのか。光苔って奴かな…」

 ヒカリゴケ。希少らしく、日本国内でも数少ない特殊な環境の洞窟にしか自生しないとか。
 しかし、こんなに水っぽい所に生えるとは随分酔狂な植物もあったものです。と言うか、これ本当にヒカリゴケ?

 「…とりあえず、どうしたもんかな」

 前を見れば、光はあれど真っ暗な空間へ続く道。後ろを見れば、同じく真っ暗で果てが見えない奈落道。
 幸いなのは、足元に水の流れがあると言う事。これを辿れば、水源を辿って何処かに出られるかもしれません。

 「…死んでたまるかよ」

 鼓舞は、口から響き、耳を伝わり、言葉を考え出した脳へと舞い戻ります。
 自己暗示。それは私が生きて来た上で、何度救われたか分からない、ちっぽけな魔法。

 人は努力出来ます。何も言わぬまま負に飲まれるより、言葉と言う剣を持って抗うべき。
 幻想郷に住むと決めた時も、自身の言葉だけが自身を支えた。

 何故住むか、その問いにだって、自分の言葉で答えを作り、自分に応えた。

 ―だから、この言葉が果てない限り、生にしがみ付いて見せましょう…。





 ―なんて、都合良く助かってたら言葉とて尽きぬはずですよね…。

 いつの間にか冷気に手足をやられ、体の芯は冷え切り、頭は足元の水に沈んでいました。
 あれ? 今は足元じゃないですね、あはは。

 「…死ぬのかなぁ」

 口の中に水が入り、私は咳き込みます。
 まだ、言葉は在る。けれど、体は言う事を、言葉を聞いてくれようとはしません。

 …現実は、甘く無いって事ですね。

 「…寒くね?」

 人形の手のように、白く凝り固まった手先に、私は問います。

 「…なぁ、動けよ。お前だって、死にたく、ないよな?」

 震えた声は、誰に伝わる事も無く、また私の耳を伝わり頭の中へ。
 誰か、助けてくれないかな。誰か、探しに来てくれないかな。誰か、居ないのかな?

 「ふざけんな…。まだ、俺は、動けるんだよ…。生き、てんだよ。だから、だから……だか、ら…」

 朦朧とする意識は、そんな言葉をせせら笑うかのように、私を眠りのような感覚に誘って行きます。
 拳を強く握り締めようとします。しかし、金縛りにあったかのように、手先には力が入りません。でも、
まだ、まだ手だけでも、腕だけでも動かせるなら…。

 「死んでたまるかああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 洞窟中に響き渡る、咆哮。洞窟が崩れたって構いやしない、死なば大自然諸共。
 ラストスペルのように弾き出された怒声は、奈落道の果てまで反響して響き渡って行きます。

 そして、その響きは何度かハウリングし、消えました。
 …ははは。滑稽な叫びです。人の死に方みたいに、呆気無い。

 上半身を起こしていた私でしたが、残響が消えるとほぼ同時に、再び水中へ倒れ込みました。
 …もう、良いんです。頑張ったし、やるだけやりました。誰も、助けてくれる訳ないんですよ。

 …疲れたな。





 「う る さ ー い !!!!!」
 「みぎゃぎゃああぁぁぁ―――!!?」

 心臓マッサージをされた瞬間が体感出来るなら、きっとこんな感じです。
 ビクゥ!! と、爆音に貫かれた猫さながら、動かなかったはずの体は反射的に全ての活動を再開します。

 「はッ…。はおわっ、あぇ!?」
 「なーに解凍直後の蛙みたいな反応してんのよ。あんた、こんな所で叫ぶなんて何考えてんの!?」

 は…。あ、えと。誰か、やっと分かった。
 目の前に居たのは、おてんば氷精チルノさん。あからさまに不機嫌そうな顔で、私の顔を見ていました。

 …助かっ、た?

 「お陰で連れて来た蛙、全部逃げちゃったし…。って、あんた聞いて―」
 「助かった」

 ムギュウ。そんな擬音が聴こえて来そうな勢いで、私は躊躇いも無くチルノさんに抱き付いていました。
冷え切った体では、体温が低いはずのチルノさんの体ですら暖かく感じられます。

 「助かったん…だな? 助かったんだよな!」
 「へぁ…あえぇ、ちょっと、はな、離れなさいよぅ!!」

 顔を真っ赤にしてジタバタするチルノさん。あ、何か元気と共に悪戯心が沸々と…。

 「…嫌か?」
 「ぇえぇ、え!?」
 「いや、この格好。俺に抱きしめられるのは、嫌か?」
 「あえぇ!? い、いやっ、嫌とかそんなっ、別に…」

 こうなれば懐柔したも同然です。と言うか、以前の文々。新聞の煽り文句、あながち間違ってもいないかも…。
 
 「嫌か?」
 「いや…じゃ、ないけ、ど…」
 「そっか…。じゃあ、しばらく、このままでも、良いよな?」
 「……うん」

 何と言うか、嗜虐心を煽ります。強く抱きしめると、ビクリと驚くように跳ねるのがまた…。

 「何やらせとんじゃ人間」

 スパコーン。あ、何か良い音。そう思った次の瞬間には、私の意識は暗闇の中へ落ちて行きました。






 「全く…。妖怪に助けられて来るなんて、あんた…」
 「…面目ないっ。すみませんでしたっ」

 謝るしか手段が見つからず、体温と言うものを思い出した手を畳について見事な土下座。
 
 チルノさんにちょっかいを出した直後、私を撲殺しかけたのは雪女のレティ・ホワイトロックさん。
私が居たのは、どうやらレティさんの春から秋までの別荘的空間らしく、私の眠っていた桜の根元にはそこへ
至る為の穴があった、とか。そして、偶然と言うべきか不運と言うべきか、私がそこへ滑り落ち―

 ―レティさんに会いに来たチルノさんに運良く見付かった、と言う訳です。

 そして紆余曲折経て、無事、博麗神社に辿り着いたと言う訳なのでした。
 …まあ辿り着いたと言うより、レティさんに放り込まれたと言うか何と言うか…。

 「おまけにチルノに手ぇ出すなんてあんたも度胸あるわね冷凍すっぞゴルァ!!」

 うわぁやめてその話蒸し返さないでやめて。

 あの後、レティさんは氷柱を折ってハンマーが如く私の頭をタコ殴りにしたそうです。
ほぉら、綺麗なタンコブが髪の隙間から覗いているよ!!
 で、それをチルノさんが止めて下さったそうです…。懐柔(?)しておいて良かった…?

 「ごめんなさいすみません出来心なんですすみません」
 「…ほう? ま た あ ん た は そんな事したと」

 ぎゃあす。何だか視認出来る真っ赤な闘気みたいなものが霊夢さんを中心に発生しています。

 「それじゃ、私の気は済む展開に成るみたいだし、お邪魔したわね」
 「ええ。しっかりと反省させておきますね♪」
 「れっ、霊夢…!! 待って、待て待て。あの、ほr、こっ、これにはさ」

 言い訳しようにも舌は回らず、頭は回りません。霊夢さんは鬼神の様な響きを伴いながら、ジリジリと私を
部屋の隅へ追い詰めて行きます。

 「ヤ・サ・シ・ク。ヤッてあげますわ♪」

 口調が変わってます。目つきが変わってます。いつもの、いつもの暢気な様子は何処へ行ったんですか!?
ちょっ、待って針多すぎ。刺すんですかそれ死にますって、いやいやいやまっ、ちょっ何そのアッー!!!!

 あぎぃやあアぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁアァ......





 「良い湯だな♪ なんてなー。ふぃー」

 格子の隙間から覗く半月を見つつ、湯気に目を細めて鼻歌を歌ってみたりします。
 日本風に老けた奴だよなぁ。自分でそんな事を思いながら、水面に浮かべた徳利から熱燗を一口。
 風呂に入りながらお酒なんて酔いが回る原因ですが、それがまた良い、なんて。

 向こうの友人は、もっと海外風に生きようぜ、とか言ってましたが、日本人ならこうでなければ。
 それに、こんなに美しい景色を見ながらお酒が飲めるなら、私は国外に出なくたって良いなぁ、とか思ったり。

 「ってて、沁みる…。霊夢も、やり過ぎだよこりゃ…」

 お仕置き。見事にフルボッコにされた訳ですが、俺が下手に抵抗した為、あろう事か当てる気の無い針が
私の右腕を貫いてしまったのです。その時は苦笑いで痛みを堪えましたが、涙がちょちょ切れるとはあの事。
針を抜く時なんか、痛すぎて声も出ませんでした。まあ、隠れて一人で抜いたんですけど…。

 霊夢さんの精密射撃は異常です。顔の横数センチに、こうズドドドド、なんて音を立てながらですね…。
 身震い一つの後にため息をつき、私はまた熱燗を一口含み、舌で転がしてから飲み下ろします。うん、美味しい。

 …この傷、気取られてなければ良いんですが…。

 「ねぇー?」
 「ん? 霊夢かい?」

 風呂の戸向こうから、霊夢さんの声が響きます。

 「ええ。…あの、さっきは、ごめんね。やり過ぎ…たよね」
 「あはは、大丈夫大丈夫。全然平気だぜ?」

 ぐるぐる巻きにされた不恰好な包帯は、薄く傷の形に紅くなっています。
 実際、あまり平気ではありません。湯船に腕を泳がせると、ジクリジクリと弱い痛みが伝わって来ます。

 「それで、えっと。あの」
 「…何だい?」

 急にガラリと風呂の戸が開き、次の瞬間私は水没しました。

 「ちょっ、どうしたの!?」
 「ゴボ、ブブグ、ブグブグブグッガボガボ(いや、ちょっ胸はだけてる見えてる)」

 水中から左手だけ出して、霊夢の胸辺りと思しき所を勘で指差します。

 「…隠すほど無いもん」
 「ブブグブグぅ、そっ、そう言う問題じゃ無いから頼む隠してくれぇぇ!!」

 逆さにして吹っ飛ばした炭酸飲料の如し勢いで、水中から飛び出しながら、更に捻りを加えた動作で
即座に後ろを向きます。この間、霊夢さんが見えていたのは一秒以下。我ながら見事なウルトラCであります。

 「…隠したわよ」
 「そ、そう」

 ゆっくりと、振り返る。
 そこには、俯き加減で申し訳無さそうな顔をして、長いタオルで首から下を隠した霊夢さん。
あの、まずいやばいです。可愛いです。見た目は幼いのに、艶かしいと言う表現を躊躇無く使えます。

 「その…。さっきのお詫びに、背中でも流してあげようかな、って思ったんだけど…」
 「いやいやあの別に大丈夫だよそれに悪いのは俺の方だしあの」
 「…嫌?」
 「滅相も無い」



 「…その、腕。大丈夫?」
 「あぁ、全然平気だz」

 ギュウ。
 私の背中を洗っていた霊夢さんが、唐突に包帯を巻いた傷を思いっ切り掴んで下さいました♪

 「…ごぅ゛あ゛~…ッ!!?」
 「ほっ、ほら! やっぱり痛いんじゃない!!」
 「いっ、いきなり…つ、掴む奴があるかぁ…!」
 「…ごめん、なさい」

 急にしおらしくなって、霊夢さんはふっと顔を下げました。

 「…何か、霊夢らしくないぞ。どうかしたかい?」
 「…私の事、嫌い?」

 …え? 唐突に聞かれたその言葉に反応出来ず、私は黙りこくってしまいました。

 「私の事、嫌い?」

 もう一度、自身で反芻するかのように、霊夢さんは質問を重ねます。
 そんな、そんなはずは絶対にありません。

 ふっ、と私の背中に霊夢さんの手が触れます。いつもなら、それだけでも頭がどうにか
成ってしまうものですが、何故か、そんな事はありませんでした。

 「そんな訳無いだろ。…何で急に、そんな事思ったんだ?」
 「…何だか、別の女の子の事ばっかり見てるような気がした、から…」

 こんな時に、何て声を掛けてあげれば良いのか。私には分かりませんでした。

 …私が得意なのは、その場を上手く取り繕い逃げる事。
 こんな時に「逃げ」だなんて、弱くて情けなくて男らしくなくて、とても悲しい。

 だけど、その何かから逃げなければ、私と霊夢さんの、壊れてはいけない境界にヒビが
入ってしまう気がして…。

 だから、ごめんなさい。霊夢さん。

 ―まだ、貴方に好きだとは、言えません。そして、これからも、多分ずっと。

 「霊夢。確かに、勘違いさせるような行動ばかりする俺が悪い。けど、
俺を信じてくれるなら。信じてくれるなら…。そんな事無いって、分かって欲しいんだ」
 「……」

 背中に触れた手を、後ろ手で握り返してあげます。私に、これ以上の事は出来ません。

 「…俺の事、信じられないかな?」
 「そっ、そんな事無いわよ!」
 「そっか。ありがとう…」
 「…うん」

 好きだって言ってくれる。きっと、霊夢さんはそう思っていた事でしょう。
 信じろ、しか言えない。それ以上の事は、私には言えません。

 だけど、出来ません。私は、いつかここを去らなければならない。そのはずだから。
 生まれ育った故郷、両親、友達、大切なもの、大切な場所。

 それを切り捨てる覚悟が、私には、弱い私には、無いんです―

 幻想郷に、ここに来れた事で、私はある意味強く、ある意味弱く成りました。
 だから、強く成れる事が、もし出来るなら。もしその機会が私に与えられたなら。

 …その時、私はきっと、真に選ぶべき道を見つけるでしょう。

 だから、今は。今は、少しでもこの平和を―



 ―ちゃぽん。

 「…流石に、二人一緒に湯船はキツイな」
 「何よ、一緒に入っちゃダメなの?」
 「まさか…。って言うかさ、胸当たってるんだけど…」
 「き、気になるほど無いでしょっ」
 「良し、じゃあ見せt」

 血の華が咲きました。何さ、何ですか。初めは躊躇いも無く見せてたじゃないですかっ!


7スレ目 >>77

───────────────続───────────────────────────────────────────

 当方……。いや、もう何か前置きとかどうでも良いです。

 渦中。渦の中、と書いて物事の真っ只中に居ること。
 そして、私はまさしく渦中と呼ぶにふさわしき空間に居る訳ですが。

 ……つまり、どう言う事?

 それは、現状を見て頂くのが一番早い御理解の手段かと思われます。

 幻想郷の少女にして魑魅魍魎の集まる宴会場、博麗神社。
 いや、何だか本来の神社の使用用途とは違う気がしないでもないですが……。

 「酒が切れたぞおぉぉぉお!!」
 「切れてないだろ!! お前の瓢箪なら幾らでも出て来るじゃ、あっ、ちょっ待て、それは私のだ!!」
 「ほら、あんたも飲みゃあああぁぁー!」
 「ちょっ、俺そんなキツい酒飲めませんて!!」
 「まあまあ飲めば飲むほど強くなるってモンですよー!」
 「天狗や鬼と比べるなあぁぁぁ!!」

 混沌。そうとしか言えない魔窟の中に放り込まれた気分です。
 向こうでは桜を肴に優雅に呑んでいる方々が見えますが、助けてくれそうにもなく、と言うかむしろ桜より
こちらの騒ぎを肴にされている気がします……。

 どうも私、物珍しさからか引っ張りだこにされているような……。

 「お酒は良いものよ。貴方も、日本酒ばかりでなく洋酒の良さも理解する事ね」
 「ええ、そうですね……って痛い痛い痛い!!」
 「私の酒が飲めないと言うかーッ!!」
 「そう言う意味じゃないいいぃぃぃー!!」

 真っ白な、いえ、見ようによっては血の気の無いその顔を珍しく桃色に染め、紅魔館の主にして吸血鬼、
レミリア・スカーレットさんは、萃香さんに引っ張られている私に微笑みかけます。

 「お嬢様。平然と一瓶空けるのは結構ですが、人間相手にそれはちょっと」

 その脇で瀟洒に佇むのは、レミリアさんに仕えるメイド、十六夜咲夜さん。その足元には、レミリアさんの
空けた赤ワインの瓶が転がっています。

 「何よ、咲夜だってそれくらい飲めるでしょ?」
 「彼とは年季が違いますもの」

 年季……。見た感じ、年齢的には私の方が少し下くらい? まあ、これでも私は男ですので、身長は
咲夜さんと同じか少し高いくらいでしょうか。
 とは言え、今までを生きた環境が違います。見た目と中身は、相違するものなのです。

 ……まあ、ここには見た目と中身が相当一致しない方々がたくさん居ますが……。

 「と言う訳で、飲め」
 「どう言う訳なのか簡潔に五十字以内で言ってくれませんかね萃香さん」
 「の・め・や」
 「わぁ、とっても簡潔…」

 しかし回り込まれてしまった!! そんな気分です。と言うか、鬼の飲むペースで酒を飲まされたら、私は人間、
文字通り酒に溺れて死んでしまいかねません。

 「ほら、嫌がってるだろ!! なぁ、私の酒なら飲むよな!?」
 「へぇ!? い、いや待った待ったっ!」

 今度は魔理沙さんです。普段から健康的な頬は、朱を散らした、と言うよりぶち撒けたような紅に染まり、
目に鬼気迫るものを感じます。文字通り、隣に居る鬼並みの覇気を放っているのだから大したものですね。

 「まっ、待て魔理沙。時に落ち着こう」
 「時に落ち着くのは咲夜だけで十分だーッ!!」
 「意味が分かりませんわ」
 「ふふ、飲んでやりなさいな。魔理沙は貴方がお気に入りだそうよ?」

 ボンッ。破裂音が聴こえて来そうな動作の後、更に真っ赤になる魔理沙さん。

 「んなッ……!! そっ、そう言う訳じゃない!! こここれは親睦を深める為にだな!!?」
 「お気に入りですって」
 「お気に入りですわ」
 「……魔理沙? 俺が気に入ってるのかい?」

 引き金を引いたレミリアさんと、その従者さんはクスクスと笑うばかり。魔理沙さんは帽子で顔を隠して
何やら呻いているようですが、私がした質問への答えは返って来ません。

 「オラーッ!! そこの鴉勝負だゴルアァァァァ!!」
 「うっしゃあぁぁぁ!! 朝まで付き合ってやりますよぉぉぉおおぉ!!」

 叫び声を上げたのは萃香さんと文さん。どうやら飲み比べを始めたようですが、これはチャンスです。頃合に、
絡んで来た方々全員が私を狙うのを止めました。
 キョロキョロして周囲の安全を確かめる私に、吸血鬼さんと従者さんはニヤニヤと笑って言います。

 「チャーンス、ですわ」
 「チャーンス、だな」
 「変なツッコミ入れないで下さい!!」

 未だにしつこく笑っている二人を尻目に、私は縁側へと脱走します。

 しかし、ここは博麗神社。周りを見渡せばそこら中に桜が植わっており、見ようと思えば何処でも桜が見れます。
 縁側に回ってみれば、そこに居たのは隙間妖怪さんと、そのご一行。ここでも桜は見れますもんね……。

 「あらぁ、どうしたの?」

 ニヤリニヤリと不気味に笑うその顔は、まるで先までの出来事を全て見透かしていたかのよう。

 「いえ……。あの、家の中にでも引っ込もうかな、なんて」
 「……何かあったのかしら?」

 藍さんが怪訝そうに首を傾げます。あぁ、その豊かな尻尾に突っ込んで夜が明けるまでガタガタ震えて居たいです。
 しかし、そう言う訳にも行きません。藍さんの尻尾は橙さんのものだと信じて疑えないので、私が直接的な意味で
突っ込んで良い部位ではないのです。

 「いや、ちょっと。酔いが回っちゃって」
 「あらそう。それじゃあ、一名様スキマごあんなーい♪」
 「え?」

 音も無く、フッと足元の感覚が消え、 次の瞬間凄まじい水流が私の体を蹂躙します。
 と思えば、何事も無かったかのように先程の位置に、ずぶ濡れの状態で立ち尽くす私が在りました。

 「……へ?」
 「サッパリした?」
 「……あは、ははは。そうですね、スッキリしました……」
 「紫様……」

 呆れたように紫さんを見る藍さんと、反して楽しそうに目を細めている紫さん、そしてずぶ濡れに成って
放心状態の私を心配そうに見つめる橙さん。

 「……大丈夫? 水、苦手じゃない?」
 「うん。大丈夫、大丈夫だよ……あはははは」

 あはは、橙さんの優しさが心に沁みます……。

 ……とは言え、この格好では風邪を引きかねません。しかし、紫さんにずぶ濡れにしてもらった事自体は
正解だったかもしれません。

 何故って、酔っ払った少女達に絡まれて気まずい思いをする必要も無いからです。
 …まあ、着替えて戻って来れば、どうにか成ってしまうかも分かりませんが……。






 「……腹減ったな」

 中で着替え、魔理沙さんから借りていた魔導書を読んで暇を潰していた私は、空腹に
誘われて静まりつつある外へと出て行きました。

 見渡してみれば、宴会の跡と言うより爆心地のように成った境内を片付ける霊夢さんの姿が。
 まだ桜の袂では、冥界の方々や永遠亭の方々、そして隙間妖怪ご一行様方も静かにお酒を楽しんでいるようです。

 庭の片隅に目をやれば、完全に爆睡している魔理沙さんと文さんの姿がありました。萃香さんの姿が
見えないようですが、彼女は鬼。好きなように飲んで、好きな時に帰って行くのでしょう。

 「……ようやく、静かに成ったみたいだな」
 「あら、姿見えないから何処行ってたのかと思ってたわ」
 「ん。絡まれないように、いつもみたいに」

 家の方を指差して苦笑い。大抵、中に隠れているか、人が居ない時は縁側でお酒を少々傾けているのです。
そう言えば今更の如き事実ですが、私は未成年なんですよね。霊夢さんもそうですが、ここでは彼女がルールですし、
結局問題は無い訳でして。

 「ま、適当に流せば良いのよ」
 「それが出来たら苦労しないって」
 「まあ、そうだけどね」

 私と話しながら、スピーディーに後片付けをしていく霊夢さん。やはり、慣れているのでしょう。

 「……手伝おうか?」
 「あんた、何も食べてないでしょ。適当に見繕って残してあるから、中で食べなさい」

 残骸の残るテーブルの上に、見事なまでに適当に残された料理がありました。とは言え、
私の空腹を満たすには十分な量であります。

 「あ、ありがとう。でも、手伝いは……」
 「一人増えたって速度は大して変わらないもの。それに、急ぐ必要も無いしね」
 「そうか。それじゃ、貰っておくよ」

 料理を持って縁側に回り、座り込んで一息。
 見上げれば、今の今まで気付かなかった美しい満月が、夜空に輝いていました。

 「……月は人を狂わせる、ねぇ」

 霊夢さんから聞いた事ですが、月と言うのは昔から人々を惑わせて来た存在なのだそうです。
外界に居た頃も良く月は見上げていましたが、私自身おかしくなったな、と自覚するような事はありませんでした。

 だけど、ここは幻想郷。向こうに居た時に見ていた月は、もしかすると紛い物だったのかも。

 「あんたも狂ってるのかな?」
 「……萃香、さん?」
 「萃香で良いよ。さんなんて付けられるとさ、くすぐったくて。敬語もヤメヤメ」

 桜の木の合間をぬって現れたのは、先程文さんと大暴れしていたはずの萃香さん。頬は、いつものように
薄く紅が差し、素面でないのは確かです。とは言え、この方の素面なんて見た事はありませんが。
 しかし、見た目があまりに幼くて、どうにも酔っているようには見えません。

 「……じゃあ、萃香」

 実際、見た目が幼子なのに敬語を使うのはどうにも、だったので、都合の良い提案でした。

 「ああ。それで良いよ」

 萃香さんは私の隣に座ると、瓢箪を傾けてまた一杯。何でも、中身が無くならないんだとか。とは言え、
私が飲むには少々度数がキツイお酒が入っているようですが。
 私は淹れてあった、すっかり冷えてしまったお茶を傾け、料理を一口、そしてまたお茶を一口。

 「……あんた、随分霊夢と仲良しみたいじゃない」
 「へ?! あ、いや。そんな、別に」

 紅くなって俯く私に、隠さない隠さない、と肘で小突いて来る萃香さん。な、何だか馬鹿にされてる気がする……。

 「……私はね、物事の疎と密を操る事が出来る。それは勿論、私自身にも適応内。そしてその力を使って、
私は幻想郷中に疎の状態で、妖霧と成って散る事が出来る。と成れば、幻想郷中に私の目が在るも同然」
 「……つまり、どう言う事なんだ?」
 「あんた達のプライベートは丸見えって事♪」

 瞬間口の中を満たしていたお茶を噴き出し、更にお茶は気管にまで入ってしまい、私は激しく咳き込みます。

 「ゲッホ!! ゴホッ!? ちょっ、ま、それ、それってどう言う……!?」
 「一緒にお料理、お風呂も一緒。随っ……分と、お熱いわねー」
 「うああぁぁぁぁ!! み、見られてた!!? 見られてたのかよ!!!?」
 「それはもう バ ッ チ リ と」

 その言葉と同時に、私は家の中に出しっ放しの炬燵の中に逃げ出そうとしました。
 しかし、萃香さんから見事に襟首を掴まれ、庭の草っ原に投げ出されてしまいます。あの、穴があったら
入りたいんですけどダメですかそうですか。

 「あはは、大丈夫。みんなには言ったりしないよ。霊夢、怒ると怖いし」
 「そ、そうか……」

 そんな事言われても、あんたの私生活丸見え☆、なんて宣言されたら誰だって落ち込まざるを得ません。

 「だけどね、これが出来たら覗くの、止めてあげるよ」
 「……何?」

 紫さんに不服を漏らす時のようなジト目で、私は倒れたまま萃香さんを見上げます。

 「私の瓢箪はね、無限に湧いては来るけど、ある程度まで行くと止まるように成ってるストッパーが
付いてるの。そのストッパーが動くまで、あんたが酒を飲み続けられたら……」
 「覗きを止めてくれる、ってか? ……ホントに、約束してくれるのか?」
 「勿論。鬼は嘘ついたりしないよ。けどね……」

 意地悪くニカッと笑うと、萃香さんは私の手元に瓢箪を放りました。

 「出来るものなら、だけど」
 「……やってやろうじゃないか」

 漢たる者、与えられた試練から退くつもりはありません。
 ……とは言え、多少は飲めるはず、と言う自負から来る自信故の挑戦でしたが。

 これでも、私は漢だぞ……!!
 戦う前から負けを認めるなんて、自尊心を傷付けるような真似、出来る訳が……!!





 なんて、こんな無茶出来る訳ありませんでした。

 「……もうギブ? 面白く無いねぇ……。あんた、結構イケる口かと思ってたんだけど……」

 うおぉ、平衡感覚が無いぃー。倒れてるのにフラフラしてる気がするぅぅぅあぁぁぁ。

 「って言うかさ、初めから霊夢に言っちゃえば、私も下手に覗けなくなるんだけどね……」
 「あー……そうだったかも……あはは、は……」

 もはや虚しく笑う事しか出来ず、空気の抜けて行く風船のように私は笑っておりました。

 「さて、負けたんだからそれなりの代償は払って貰わないとね……」
 「……聞いてないぞー……」
 「嘘はついてないでしょ?」

 私は、卑怯だーだの反則だーだの、呻いておりましたが、どうやら抵抗は無意味のようでした。
 萃香さんは、自身よりずっと大きいはずの私を軽々と抱え上げると、縁側に静かに寝かせてくれました。

 動作だけ見れば優しげですが、一体これから何をされるんでしょうか……。

 「さて、さっきあんたは私の酒を飲まなかったね?」
 「え。さっきって……」
 「さっきはさっき。あんたは私が飲めって言った時に、一口も飲まなかった。だから、その罰を受けて貰う」

 萃香さんは楽しそうに笑うと、瓢箪を傾けグイッとお酒を口に含みます。そして―

 ―口移し。

 唇に柔らかな感触を感じたかと思うと、次の瞬間口内に流れ込んで来る、今さっき飲んで倒れたばかりのお酒。
味は同じのはずなのに、何故か口当たりが柔らかくなっているような感覚。

 コクリ、コクリと飲み下ろす私に合わせて、萃香さんはゆっくりとお酒を送り出してくれます。

 漠然で呆然とした、短く長い時間。

 そして、気付けば萃香さんは私の目の前でニコリと笑っていました。

 「懲罰終わり」
 「あぇ……え?」
 「あはは、月に狂った鬼の気紛れさ。それじゃあ、またね」

 萃香さんの体が風景に溶けるように霧散して行き、私が何を言う間も無く、完全にその姿は消えてしまいました。

 「……」

 唇に残るほのかな感覚を反芻しながら、私はただ、鬼を狂わせた月を眺めていました。






 魔導書を一ページずつペラペラと捲りながら、私は布団に包まりながら暇を潰していました。
 もう寝ても構わないのですが、どうにも面白くて読書と言うものは止まりません。おまけに、何故かやたらと
目が冴えて仕方ないのです。アルコールも大分回っているはずですが、眠気は一向に現れません。

 「……欠伸も出ん」

 香霖堂で見繕って頂いた腕時計を見ると、現在丑三つ時真っ最中、と言った所でしょうか。
 草木は眠れど、人も妖異も眠らない。何だかこうして居ると、自分が妖怪に成りかけてるのでは、そんな
考えがふと浮かびます。

 しかし、私はきっと境内に居るどの方よりも弱く、妖怪なんて言うには百万年早い、と言うものです。
 大体、ここに居る方は普通に妖怪より強い人間の方も居ますしね……。

 「ふぃ」

 月明かりはまだ陰りを見せず、煌々とその存在を夜に誇示しています。

 ―月明かりは人を狂わせる、か。だとしたらこの目の冴えも、私が月の狂気によって狂わせられている
からでしょうか? 鬼が狂う夜に、人が狂わないはずはないでしょう。

 まあ、本当に狂っていたかは私の知る所ではありませんが……。

 ススス、襖の開く音が響きました。
 手元の明かりのお陰で目が闇を認識出来ず、振り返ってすぐには暗闇に誰が立っているのか分かりませんでした。

 「片付け、終わったの?」
 「……えぇ、一通りはね」

 入って来たのは、予想せずともそうであろう、霊夢さんでした。
 疲れの色をその目に湛え、ご機嫌も顔色もあまりよろしくないご様子。

 「ちょっと」
 「うわっ!! さ、寒ッ!? 急に布団を剥ぎ取るなぁ!!」

 唐突に布団を掻っ攫われ、薄い寝巻きだった為に流れて来た寒さに身を震わせる私。しかし、
霊夢さんはそんな事を意にも介さず、私の襟首を掴んでずーりずーりと引っ張ります。

 「くっ、首がっ……」
 「こんなに月が丸いのに、私は全然お酒が飲めてないのよっ。朝まで付き合いなさい!!」

 ポーンと放られ、柱に顔から正面衝突。痛いとかそう言うレベルじゃありません。何だか
目の前が明滅してるんですけど!!

 「……ッ~!!」
 「あら、楽しそう」

 激痛に鼻を押さえてうずくまる私を前に、健やかに笑って下さる霊夢さん。嫌がらせ?

 「……霊夢っ。な、何か俺に恨みでもあるのか……」
 「別に? 御座いませんわ」
 「……俺、何かしたっけ?」
 「さあね」

 無愛想に霊夢さんは応えると、縁側にドスンと座り、徳利からお酒を一息に飲み干します。

 「ちょっ、一気に飲み過ぎ!! 体に悪いぞ!?」
 「けふっ……。うるさいわね! 私がどう飲もうと勝手でしょ!!」

 と、何処から引っ張り出したのか、朱塗りの巨大な瓢箪からお酒を直飲みする霊夢さん。うわわ、
中身の度数は分かりませんが、これは止めねばまずい。いくら私よりアルコールに慣れているとは言え、
この勢いは中毒か何かを起こしかねません。

 「こらぁ!! 飲み過ぎじゃ馬鹿!!」
 「んにゃぁ!? 取ったな、私のお酒取ったなー!! 返せー!!」
 「ごおぅ!?」

 見事に突き飛ばされ、今度は後頭部を強かに柱に打ちつけてしまいます。万物は常に流転に在る、とは
言いますが、この流転具合はまずいです。急激過ぎです。酔いが戻ってしまいます。

 「っでぇ……。やったな、こんの……って、まだ飲むかお前!!?」

 腰に手を当てて、まるで風呂上りの一杯、とでも言うかのようにゴップゴップとお酒を飲んで、と言うか
これはもう浴びているようなものですね……。

 「……っぷぁ。何よ、何よ何よもう、何なのよーッ!!」
 「お、お前が何なんだよ!? 一体どうしたんだよ、霊夢?!」

 もはやその目つきは完全に酔っ払い。頬を紅潮させ、へたり込んで子供の様に喚く霊夢さん。やばい、
幻想郷でもトップの実力を持つ霊夢さんが酒の勢いで暴れてしまえば、日の出を迎える頃には
神社は間違い無く焦土と化している事でしょう。

 何でこんなに不機嫌なのかは分かりませんが、とりあえずどうにかせねば……!!

 「……あの、霊夢?」
 「っくぅ……。何よ……?」

 ジロリとこちらを睨む目は、お酒のせいか死んだ魚のように成っています。抱えた瓢箪は、抱きかかえて
離そうとしません。

 「とりあえず、落ちつこ゛」
 「えい」

 刹那、ストレートに入った瓢箪での一撃。萃香さんも真っ青な勢いのそれは、弾丸のような一撃を私の腹に与え、
そのまま数メートルくらいふっ飛ばして下さいます。何故数メートルなのかと言えば、つい先程まで私が入っていた
布団が着地地点だったから。

 「ごぁっ……みぞおっ…息がァ……」
 「報い!!」

 瞬間移動、とでも言うのでしょうか。霊夢さんが一瞬姿を消し、即座に私の真上に現われます。
 えーと、何と言うんでしょうかコレ。マウントポジションって奴ですか? ぽんぽん痛い。お腹痛いよ。

 「だから、報いだって言ってるでしょ!!」
 「何の……話だ……」

 霊夢さんは口を真一文字に結んで口を開こうとしません。と、次の瞬間ニヤリと笑い、瓢箪から一息に酒を口にし―



 ―あれ、またです、か?

 萃香さんとは少し違う、また柔らかで温かな感覚。
 体勢が体勢なので、霊夢さんの鼓動や息遣い、そんな些細なものまで、感じ取れる。

 短くも悠然と流れ、されど刹那に過ぎる瞬間。

 「……んぅ」

 霊夢さんは私がお酒を飲み干した事を確認すると、また更に口に含み、私が抵抗する間も無く更に攻撃を続けます。

 「……っぷぁ!? ちょ、ま、れいm―」
 「んむ」

 再び。何度も何度も、飲み干す度に、何度も。
 そして、何度目かの、まるで魚が子に餌を与えるかのようなやり取りの後、霊夢さんが妖艶に微笑み、言いました。

 「……反省するまで、逃がさないから」
 「……まさか霊夢、さっきの見てt―」

 ふっと触れる、唇と唇。互いに交わる、舌と舌。
 そして流れて行く、人を惑わし悦楽に招く、神が作り給うた生命の水。

 ループ、リピート、アンドゥ。そして、二人の意識が消えるまで―

 ―エンドレス。






 「……にひひ、楽しそう楽しそう」

 ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべて、桜の木陰から見つめるは伊吹の鬼。
 二人のやり取りを肴に、またもや飲み直している萃香の姿がそこには在った。

 「親密度、アップかしら? いや、起きる頃には二人とも記憶飛んでるかな。あはは」

 グビリと一息。ぷはぁと一息。
 ある意味、月に狂った鬼の月に狂わされた戯れ。その成果が、神社の中の現状である。

 萃香は嘘をついた訳ではない。ただ、蝋燭の火にアルコールを注いだだけだ。元々可燃性の物に、
更に燃えやすい物が加われば―

 物質が密になると温度が上がる。恋仲が密になれば、小さな恋情(ともしび)も愛情(ほのお)に変わるってもんさね。
そう、萃香は物事の疎と密を操っただけ。その能力を生かして、ほんの瑣末な、月夜の宴のお肴程度に。

 「……けどまあ、何もしなくても……」

 もっと面白い事に成るんだろうけどさ!!








 後書き


 夢の中でお酒を飲むと、実際に酔います。酔ってしまいます。名無しです。
 口移しなんて持っての他です。移す方も移される方も大変酔っ払います。そこから発展して
何かが起こりかねません、ホントに。

 さて、今回のお話は如何だったでしょうか? 今回のお話は、そうですね、糖度と言うよりは
アルコール度数が高い感じ。あ、悦楽とか妖しい単語使っちゃってますけど、キス以上の行為は無いですよ?

 うーん、糖度は高めのつもりですが、これじゃボンボンチョコか何かの類ですね。

 さて、分岐点の行く先として作ったこのお話、何だかこれ一個でデカくなっちゃったのでどうしようかと悩んでます。
 鈴仙ルートも欲しいし、他にも色々……って、別口で作るべきか。

 …いずれにせよ、このお話では作者の都合(趣味)上、霊夢ルートに収束してしまう訳ですがねw;



 それでは。もっと美味しくて甘いものが作れたら良いな、と思う名無しでした。



7スレ目 >>87

───────────────未完?───────────────────────────────────────────

「なあ、霊夢。今日からさ、蒲団一個多く出していいか?」
「いいけど…………どうして?」
「ほら、魔理沙。自分で言えよ」
「…は……ははは…。実験で失敗してさ、…家壊しちまったんだぜ」
「………………………ま、いいわ。勝手にしなさい」





「……あ、○○。ちょっとお使い頼みたいんだけど」
「わりぃ、魔理沙と森に行く約束してたんだ。ごめんな!」
「え…ちょ、ちょっと……」

「○○、庭の枯葉を掃いておいてくれない?」
「え……あ、ごめん、自分でやってくれ。魔理沙と一緒に実験してるんだ」
「あ……そう…………」







「ねぇ、○○…? 今日、一緒に寝てくれない? 怖い夢…見そうだから……」
「はははっ、な~に言ってんだよ。お前に怖いもんなんて無いだろ、霊夢」
「…………あるわよ、怖いものくらい」
「へえ? 例えばなんだ?」
「例えば…。○○が――――」
「あ、魔理沙! 実験終わったのか? ……おいおい、めちゃくちゃ汚れてるじゃねぇか…」
「○○――――…………」
「なんだ、霊夢? 言いたいことは早く言えよ。――風呂入って来いよ、魔理沙。
 え? 背中流して欲しい? しょうがねぇなあ、先に脱衣所行ってろ、俺も後から行くから」
「――――○○」
「だぁらなんだよ。はっきり言えっての!」
「怖い夢……見ないといいね」
「ははっ! 大丈夫さ、魔理沙の周りにゃそんなもんこねぇよ。
 ……じゃ、俺は優雅にバスタイムだ。じゃな、霊夢。いい夢見ろよ!」
「…うん。○○も、いい夢見れるといいね」





「ふああ、朝だぜ、魔理沙。――魔理沙?」
「どうかした?」
「魔理沙がいないんだ。あっれぇ、おかしいなぁ。どこかに行くなんて聞いてないのに」
「ああ……魔理沙はね、怖い夢見たんだって。だから、逃げちゃった」
「はあ? 何言ってんだ?」
「○○なんて頼りないって。だから私にくれるって、言ってた」
「意味わかんねぇよ! お前知ってるんだろ、言えよ!」
「知らないわ。でも、きっと魔理沙は帰ってこないと思うわ」
「ふざっけんな! おい……言えよ。知ってるんだろ!?」
「知らない知らない知らない知らない知らない。魔理沙は帰ってこないわ!」
「くそっ、魔理沙! 何処に行ったんだ、聞こえてたら返事をしろ」
「どうしたの、○○。そんなに血相変えて。おかしいわね、
 あはははは、あははははははははははは、あはははははははははははははははははははははははははは」
「黙れ霊夢! ちくしょう、魔理沙! 何処だ!」
「だから帰ってこないって言ってるじゃない…。おかしな○○ね。
 ふふっ、あっはははははははははははははははははははははは」
「黙れ黙れ黙れっ! まさか……お前、魔理沙に何かしたのか……?」
「してないわよ、失礼ねぇ。くすくすくすくす、本当、おかしな○○……うふふふふふふ」
「おい…………言えよ。魔理沙は何処に行った?」
「あはははははははははっ。しらな――」
「しらばっくれるのもいい加減にしろ!!」
「じゃあ――――私のものになる?」
「…………え?」
「私のものになる? 私のものに、なる? なればきっと、魔理沙は帰ってくるわ」
「――ふざけんな! なにが私のものだ! もういい、自分で探す!!」
「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
 ばかな○○!! だから言ったじゃない――――」

うpろだ241

───────────────────────────────────────────────────────────

幻想郷では恒例の宴会が今日も賑わっている。
いつもどおりの面子やあまり見ないの顔、人間と妖怪が一緒に宴を催している姿はまさに幻想郷である。
そんな中、紅魔館の執事が休憩がてら一人で飲んでいた。
いつもなら彼の主であり恋人でもある紅魔館当主、レミリア・スカーレットの傍でイチャついt…お世話をしているのだが
肝心の彼女は神社の巫女と弾幕ごっこ中である。
同僚のメイド長は自身で弾幕を張れるので近くにいても被害はないが
いかに鍛えていようと執事はただの人間なので応援しようにもそばにいれないのが現状である。
いつものこととはいえ若干ふてくされている。
「こういう日は飲むに限りますな」

一方そのころ別の場所では、
簡易型の厨房が組まれておりそこで白玉楼の料理人がちょうど料理をつくり終えたとこだった。
その料理は彼の伴侶たる白玉楼の主、西行寺幽々子のためにつくったものである。
彼女は料理人の料理を特に気に入っており宴会でも必ず笑顔全開で「つくって♪」というので彼も断ることができない。
彼曰く、「あの笑顔は反則だ」とのこと。
幽々子に料理を無事届け、その食べっぷりに満足したら近くにあった酒を持って彼は席を立つ。
できれば幽々子といっしょに飲みたいが今彼女は旧友の八雲紫と談笑しつつ料理をつついているので
彼としてもあまり邪魔をしたくないらしい。
途中で庭師と大妖精と魔砲使いが楽しそうに飲んでいたがそこにいくのは気が引けるのでどこか自分のような人が飲んでいないか探していた。
そこで見つけたのが先ほどの執事である。

二人は知り合いというわけではなかったが、たまに顔を合わせることがあったのでほどなく仲良くなった。
「なるほど、ブラッディマリーのウォッカはオールドウォッカを使うとうまみが増すのですか。勉強になりますな」
「ああ、料理のことなら腕にも知識にも自信はある。しかしなんだ、その敬語どうにかならないのかね?俺はは敬語使うほど偉くはない。年も同じようなものだしな」
「いえ、これは元々の癖でありまして。仕事上どのような人にも使えるようにしています」
「さすがは紅魔館執事、やることが徹底しているな」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「まあ飲もうではないか。たまには男同士で飲むのも悪くない」
「いやまったくそのとおりでございますな」
そんな調子で酒をあおっていくこと数時間。
瞬く間に空瓶になっていく酒瓶。
けっこう度数の高い酒を飲んで酔っ払ってきた男が二人。
「いいでぇすか!いくらメイド長とはいえ私とレミリア様の蜜月の時間は邪魔してはならないのです!(泥酔による被害妄想)そう思いませんか!」
「わかる、わかるぞぉ!何ゆえ庭師に小姑のようにつつかれねばならんのだ!(泥酔による被害妄想)俺はただ幽々子とイチャつきたいだけなんだぞ!」
「そうですよね!あなたとは良い友になれそうです!」
「私もだ!友よ!」
がっしりと腕を組み合う二人の酔っ払い。その有様はかの昔の桃園の誓いに相当する勢いだ。
だがしかし、この堅い友情はとある一言で崩れ去ることになる。
「つまり私が言いたいことはですね、レミリア様は」
「ようするに俺が言いたいことは、幽々子は」

「「幻想郷一美しいということです(だ)!!」」

「「……」」

沈黙が流れた。
「今のは聞き逃せませんな、誰がレミリア様より美しいですって?」
「俺も一つ聞きたいな。幽々子より美しいのは誰だって?」
だんだんと目に殺気が帯び始めてくる男が二人。
宴会の片隅で始まった嫁自慢だが別に珍しいことではない。むしろ最近は外からきた人間が増えたためにこのような事態が度々おこる。
始まりはちょっとしたことだった。「俺の嫁が一番だ」といった男がいた。
そこから始まった嫁自慢。最初は多人数での言い合いだけだったが、いまではプライドをかけた男と男のタイマンバトルになっていた。
もちろん弾幕をはれる奴なんて一人もいないから肉弾戦である。
いつしか宴会の楽しみは酒と弾幕ごっこだったが嫁自慢も追加されたらしい。

「困った従者ねまったく。主より目立つとはどういうことかしら」
「あらあらあら~、大声で叫ぶのは厨房の中だけにしてちょうだい」

お互いの主登場。
レミリアは巫女との弾幕ごっこは引き分けようでメイド長を引き連れていた。
「相手が誰であろうと私の恋人なら最強を示しなさい、○○」
「そうですねお嬢様、紅魔館の執事たるものそのくらいはしないと」
「はい、心得ております。レミリア様、咲夜さん」
そういいながら皮手袋をはめてワイヤーを構える紅魔館執事○○。

一方そのころ、幽々子は庭師と共にいた。
「●●、さくさく終わらして一緒に飲みましょう」
「がんばってください●●さん!応援しています!」
「ああ、任せておけ。幽々子の伴侶が最強じゃないわけがなかろう」
言いつつ二振りの中華刀を構える白玉楼料理人●●。

対峙する二人の男。その目的は一つ、ただ己が伴侶の愛おしさを示すのみ。
「●●様、残念ながら我が敬愛する主の礎となっていただきます。小便は済ませたか?レミリア様にお祈りは?世界の隅でガタガタ震える準備は OK?」
「フッ○○よ。良き友だった、忘れないさ。往くぞ執事、武器の貯蔵は十分か?」
そして――――また男たちのアホな戦いが始まる。











ちなみにこの嫁自慢は引き分けだったらしい。
結局勝つことができず、しかも酔っていたためなんでそんなことをしていたのか覚えていなかったとのこと。

余談であるが、この嫁自慢は密かにランキング制になっていて賭けの対象になっている(胴元は魔理沙と紫)。
この二人は結構上位のほうなのだが、一位は常に不動で紫の恋人である。
なんでも「罪」と書かれた紙袋を被って戦う猛者だとか。

うpろだ351

───────────────────────────────────────────────────────────


 幻想郷に迷い込んだ。
 経緯はあまり覚えていない。
 ただ、やっぱりお約束っぽく妖怪(頭の悪そーな)が出てきたので必死こいて逃げた。
 でも相手の方があまりにも早かったので、自棄になった俺は持っていた鼠花火に火をつけて妖怪に投げつけた。
 結構相手は驚いたらしく動きが止まったので、その隙に全力疾走。
 からくも俺は人里に逃げ込む事が出来た。
 判明、花火は結構強い。

 幸い某資料本を持っていた俺は、この世界に順応するのもさほど苦労する事は無かった。
 親切な里の人に家を貸してもらい、適当に農作業を手伝ったり、寺小屋の様な場所で適当に子供達に勉強を教えてやったりして生活をしていた。
 ちなみに幻想郷の有名人(大部分は人外)達との接点はこの時点では全く無い。
 当然と言えば当然か。
 俺は安全第一を自称する男だからわざわざ危険区域に近寄らないし、幻想郷に来られただけでもラッキーだな、と満足していたのだから。

 このまま普通に朽ちていくのも良いかな、と思っていた矢先転機が訪れた。
 それはある晩の事だった。
 気紛れに里の周辺を散歩していた俺は大変なものを発見してしまった。
 青銀色の髪の毛、背中に生えている悪魔の様な翼。
(レミリア・スカーレットだよな、あれ)
 間違えるものか、あれは危険な事で有名な吸血鬼のお嬢様だ。
(まずいよ、これは)
 どういう訳か護衛のメイド長が見当たらないが、それを抜きにしても恐ろしい存在である事は否定できない。
 何よりも彼女の能力は“運命を操る”と言うものだから、下手に関わろうものならばどんな風に自分の人生が変化するか分からない。
(俺の素敵な未来の為にも、ここで運命を変えられる訳には行かない!)
 じりじりと、可能なだけゆっくりと後退りするが、
「ん、お前は?」
 どうやら俺の努力は無駄に終わったらしい。
 確かの彼女の能力は普段から垂れ流し状態のはずだ。
 ならばこの時点で俺の未来は彼女の力によって歪められてしまったのは間違い無いだろう。
「最悪だ」
 さようなら素敵な未来。
 そしてはじめまして、最悪の未来。

「や゛め゛て゛・・・ ごれ以上は死ぬ・・・・・・」
 目が合ってから、5秒後にはボコられた。
 理由は分からない。
 殺すなら一層、一撃でやってくれれば良いのに・・・
「安心しろ、どこまでやれば死ぬかは分かっているから」
 仰向けに倒れる俺を見下ろしながらレミリア嬢。
「それに死人を出しすぎると煩いのがいるのよ。 ま、お前はその格好からして外の人間だろうから本当は規則に則らなくても良いんだけどね」
 感慨も無さそうな様子で恐ろしい事を言う。
「・・・勘弁しておくれ」
 俺はまだ死にたくない。
 やりたい事もあるし、まだやっていない事だってある。
「ふむ、考えてやらんでもないわ」
「おお、してその条件は?」
「少しの間私の話し相手になれ」
「・・・拒否権は?」
「あると思う?」
 不可能な任務ではないが、難易度が高いような気がしてならない。
 でも拒否すりゃ首が飛ぶのも事実だ。
「よし、分かった」
 気分は生簀の中のお魚だが止むを得ないので承諾する。
「そうか、ならば・・・ 立ち話も何だからついて来て」
「サー、自分には翼がありません」
「ほら、掴まりなさい」
 差し出された白い腕に掴まる。
 人とは違う彼女の腕は少しだけひんやりとしていた。
「お前の名は?」
「○○」
「ふーん・・・ 私の名はレミリア・スカーレット。 覚えておきなさい」
「知ってるよ」
 しれっとした顔で言ってやったら、もう一発殴られた。

 後の事は覚えていない。
 いや、思い出したくもない。
 初めて入り込んだ人外の領域は俺の想像を遥かに超えた恐怖の空間だった。
 幸い大人しくしていたので命を奪われる事はなかったのだけど、色んな意味でトラウマになりそうだった。
 心配していた「運命」の変化だったが、今の所数奇な体験はしていない。
 俺は助かったのだろうか。

「・・・と言う訳なんだけど、どうかしら?」
「良いんじゃない? 宴会は人が多い方が面白いし」

 助かりませんでした☆

 それどころか俺の預かり知らぬ所で俺の予定がどんどん埋まっていく。
 ちなみに今いる所は博麗神社。
 見ての通り、まさにこれから宴会が始まろうとしている。
 現在、俺をここへ連れて来たレミリアさんが鬼の伊吹 萃香さんと何やら話していますよ。
「あら~、新参者さんね。 こんばんは」
 後ろから声がしたので振り返れば、そこには亡霊の姫と庭師。
「ど、どうも・・・」
 名前は知っているし、能力も分かる。
 でも、やっぱり相当の美人を前にすると、どうしても緊張するのは禁じえない。
「私の名前は「西行寺 幽々子さんですね?」 ・・・あらら?」
「貴様何者だ!!」
 名前を言い当てたらいきなり従者に刀を突きつけられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 本物の刀が喉笛に突きつけられている、と言う事実に萎縮した俺は無言のままホールドアップ状態に移行した。
「あらあら妖夢ったら・・・ 駄目じゃない、彼怯えちゃっているわよ?」
「しかし幽々子様、彼奴は・・・」
「もう、妖夢ったら・・・ ね、何故私の名前を知っていたのかしら?」
 笑顔は柔らかだが、どこかその笑顔には強制力があるような気がした。
「・・・外の世界では有名なんです」
 実際本当の事だ。
 もっとも、それは“二次元世界の中だけ”の事だと思われているのだけど。
「・・・・・・本当に?」
「ええ、保障しますよ。 嘘を言って死にたくないですから」
「・・・そう、分かったわ」
 まだ疑わしげな眼をしながらも、どうやら納得頂けたようだ。
 まぁ、普通は信じられないよな。
外の世界の人間が自分たちの事を知っているなんて。
「ゆ、幽々子様!?」
「だって、彼の瞳は嘘を吐いていないんですもの」
「・・・・・・ですが」
「もう心配性ね、妖夢は。 私の身を案じてくれるのは嬉しいけど、人を疑ってばかりでは駄目よ?」
 「それじゃ、また後でね」と、小さく手を振りながら幽々子さんは優雅な足取りで去って行った。
 ちなみに生真面目な従者は一度だけキッと俺の事を睨むと、幽々子さんの後に従って行った。
「ふぅ・・・」
 厄日だ。
 やはりレミリア嬢による運命の変化は発現しているのかも知れない。
「浮かない顔ですわね」
 今度は横から声がした。
「折角の宴会ですのに。 そんな顔ではお酒が不味くなってしまいますわよ?」
「・・・八雲 紫さん、とその式の方ですね?」
「ご名答、ですわ」
 隣に立っていたのは幻想郷最強と言われる妖怪と、その式である九尾の狐。
 一番関わりたくない人に声掛けられちゃったよ。
「・・・・・・ご友人達なら、すでに向こうへ行きましたよ?」
「ええ、知っていますわ」
 早く行ってくれないものか、と内心震える。
「お名前を教えて下さる?」
「○○です」
「ふふ、良いお名前ですわ」
 そう言って笑みを浮かべる紫さん。
生で見るのは初めてなのだが、なるほど実に胡散臭くて信用ならない笑顔だ。
「・・・それはどーも」
「あら、つれないお言葉」
 何がおかしいのか始終彼女はクスクスと笑っていた。
「ま、良いでしょう。 後々、またお話を伺いに参りますわ」
 扇子で口元を隠して言うと、彼女もまた亡霊の姫の向かった方へと歩いて行った。
 その式である女性は、チラリとこちらに一瞥くれてから主の後を追って行った。
「俺生きて帰れるかな・・・」
 いよいよ盛況になってきた宴会の会場を見ながら呟いた。
 黄昏気味に空を見上げると、そこには白い満月が妖しく輝いていた。
 月が人を狂わせるものならば、どうか今夜は盛大に俺の事を狂わせて欲しいものだ。

 ・・・噂には聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
 宴会が始まっておよそ一時間が経過したのだが、
「何なんだ、ここは・・・」
 例えるのであればまさに異界。
 鬼と天狗が山のような量の酒を飲み交わし、優雅な月の姫と燃え盛る不死鳥の少女が殺し合いを始め、九尾の狐が何か「テンコー!」とか叫びながら暴れている。
「あら、これが普通よ? ねぇ紫」
「ええ、むしろ日常よ」
 にこやかに笑みを交わしながら、幽々子さんと紫さんが言った。
 かく言う二人も自分の従者に酒を注ぎ続け、暴走させた訳だが。
「うぃ~く・・・ ゆ、ゆゆこしゃまぁ・・・ もうむりれしゅよぉ~」
 半人半霊の庭師、魂魄 妖夢は既に茹蛸の様な顔になって目を回している。
 生真面目な彼女だったが、酔うと随分印象が変わるようだ。
「あらあら妖夢ったら、これくらいで潰れちゃ駄目よ~?」
「うぃ~・・・そ、そんな殺sぐぼんぐごくがぶごふぅ・・・・・・」
 あ、妖夢さんに大吟醸入りました。
「ふふ、楽しそうね」
 紫さんが笑う。
 ・・・俺、イッキ飲みは行けないと思うんだ。
「そう言えば○○はあんまり飲んでいないのね。 弱いの?」
 俺をこのカオスに引きずり込んだ張本人、レミリア嬢がワインを片手に問うてくる。
「弱い、と言うよりも一気に飲むと駄目なんだ。 だから加減が必要なんだよ」
「ふぅ~ん、面倒な体質ね」
「まぁな」
 とか言いつつもしっかりと杯の中の葡萄酒は飲む。
 これはレミリアの従者である十六夜 咲夜さんに入れてもらったものだ。
「んくっ・・・」
 甘くもほろ苦い葡萄酒の味と、おつまみに頂いたチーズが良く合う。
 ふいに、俺の皿の上にあったチーズに伸びる手があった。
「頂くぜ」
 普通の魔法使いこと白黒、霧雨 魔理沙だ。
「おい、君のはそっちにあるじゃないか」
「ん? 種類が違うんだよ」
「へぇ、そうかい。 ならば俺も頂く」
 手を伸ばしたら叩かれた。
「何だよ、良いじゃないか俺もあげたんだから」
 すると彼女は「チッチッチ・・・」と指を小刻みに振り、
「私のモノは私のモノ、だぜ」
 何か得意げな表情で言ってきた。
「それなんて邪異亜ニズム?」
「何だそれ?」
「いや、こっちの話だから気にするな」
 チーズ一個の話でギャアギャア言っていても仕方ないので適当にお茶を濁しておく。
「おい、教えてくれよ~」
 が、割としつこく食い下がってくる。
 しかしよく考えてみれば説明すると拙い事になりかねない。
 なので、
「ヤダ」
「・・・マスt」
「おけ、分かったからそれ勘弁な」
 やっぱりこういう時はホールドアップ。
「ふふん、分かれば良いんだ」
 勝ち誇った顔で胸を張る魔理沙。
 しかし、噂通り本当に無いな。
 いや、敢えて何かは明言しないけど。
「えっと・・・○○さん、だったっけ? 適当にあしらって良いわよ」
「な、霊夢! そりゃどういう事だよ」
「だって○○さん迷惑そうじゃない」
「そうなのか?」
 楽園の素敵な巫女こと紅白、博麗 霊夢が助け舟を出してくれたが、逆に状況が悪くなったような気がする。
 素直に「YES」と言っても危険だし、「NO」と答えてさっきの言葉を説明しても危険だ。
 ・・・そうだ、良い事を思いついたぞ。
「実は俺は人に説明するのが苦手なんだよ・・・ 代わりに慧音さんに聞いてみたらどうだ?」
「外の言葉じゃないのか?」
 なかなかに良い勘をしているが、誤魔化すのは俺の得意技だ。
「どうだろうな、案外幻想郷でも使われているかも・・・」
 実際、紅魔館の魔女とか人形遣いの少女はこの言葉が意味を理解しているかも知れない。
「そうか、なら聞いてくるぜ!」
 納得したのか元気良く駆けて行く。
 その後姿を見送って、ようやく一息ついた。
「上手く逃げ延びたわね」
 同じように魔理沙に目をやりながら霊夢が言った。
「彼女が割と単純で良かったよ」
「ちなみにどんな意味だったの?」
「まぁ、彼女の普段の態度から想像してくれ」
「・・・・・・言わないで正解ね」
 全くもって仰る通り。
 素直に教えていれば、俺の命の保障は皆無だっただろう。
 機転は必要なものなんだな、と痛感した。

 夜も更けて月の輝きはいよいよ妖しくなっていく。
「テンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコテンコーーーー!!!!!」
「「酒が無い(ぞおぉぉぉ)(ですよぉぉぉ)ーーーーーーー!!!」」
「輝夜ぁーーーーー!!」
「妹紅ぉーーーーー!!」
 宴も盛り上がって誰もが狂って行く。
 奇声を発しながら踊る者、酒という酒を浴びる様に飲んでいる者、激しい乱闘を始める者。
 もはやここに“正常”と言えるものは存在していない。
「じ、地獄かここは・・・」
 この場を端的に表現する言葉が思いつかない。
 強いて言うのであれば、今言った「地獄」が最も相応しい言葉だ。
「あら、殿方の貴方にとっては天国ではなくて?」
 杯に口をつけながら紫さんが笑う。
 酒の為に上気した頬と潤んだ瞳が妖艶だ。
「・・・そうですかね?」
 確かに(見た目的に)十代前半から後半までの少女たちが、揃いも揃って酒に酔って乱れている姿はある意味眼福と言えるかもしれないが・・・
「俺は危険だと思いますよ」
 無論、生命が。
「ふふ、それもそうね。 ナニをしようにも、貴方じゃ誰にも敵わないものね」
「・・・字が違いませんでした?」
「何の事かしら?」
 クスクスと悪戯な微笑みを浮かべる。
 全く掴み所の無い人だ。
「楽しそうね~」
 ふわふわとした声がして幽々子さんがやって来た。
 片手には何やら高そうな日本酒が握られている。
「あら、妖夢はどうしたの?」
「それがもう飲めないみたいなのよ」
 「ほら」と縁側に目を向ける。
「う”う”う”ぅぅぅ~~~ん・・・ いっく・・・うぃ~」
 彼女の従者は完全に潰れてしまった様で、うつ伏せに寝たまま呻き声を上げていた。
 何となく不憫に見えたので俺は静かに合掌してみた。
「と、言う訳で一緒に飲みましょう♪」
「良いわね、そうしましょう」
 にこやかに微笑みあう紫さんと幽々子さん。
 そこはかとなく生命の危機を感じた俺はゆっくりと後退りを始める事にした。
「おい、人間。 どうしたんだ? そんな怯えた顔をして」
「ぎゃっ!!」
 真後ろから唐突に掛けられた声に俺は情けなく飛び上がった。
「失礼だな、いくらなんでもそこまで驚くことないじゃない?」
 振り返れば声の主である伊吹 萃香が頬を膨らませていた。
「あ、すまない」
「まぁ良いけどさ。 ところでお前どこに行こうとしていたの?」
「ぐ・・・」
 後ろに気配を感じる。
 あまつさえ「逃がさないわよ」とか、恐ろしい幻聴が二重で聴こえる気さえする。
「あ、あっちにある洋酒を貰いに行こうと思ったんだよ」
 俺はこの場から離れたい一心でそう言った。
 しかし言ってからそれはミスである事に気付く。
「なら丁度良いから、この外の酒を飲もう!!」
 太陽の様に眩しい笑みを浮かべて、ズイッと酒瓶を突き付けてくる。
 まさに前門の虎、後門の狼。
 この場合鬼と、亡霊+妖怪な訳だから殊更性質が悪い。
「あら、萃香も良いものを持ってきたわね」
「ふふふ・・・ 伊達に鬼やってないよ」
「おいしそうね。 早く飲んでみたいわ」
 スキマ、鬼、亡霊による三重結界発動を感知。
 安全地帯確保の為の行動パターン検索開始。
 1番エラー、2番エラー、3番エラー、4~7番は回路停止。
 よって回避不能!!
「うふふ、丁度良い所に殿方がいるわね」
「人間の底力ってものを見せてもらおうか」
「一緒に楽しく飲みましょう?」
 笑顔が怖いよ、お三方。
 蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちになるのかね。
「さぁて、まずは私のから行こうか!」
 萃香が酒瓶の栓を抜きながら迫ってくる。
 バックに満月を背負った姿はまさに“鬼”そのものだ。
「か、勘弁s・・・がぼぐほむぐごぼがふぅっ!!!」
 口先に感じるガラスの感触。
 流れ込んでくる冷たくも熱い神の水。
「んぐっ・・・んぐっ・・・かはぁっ!!! げほ!・・・ごほごほ・・・」
「おお、良い飲みっぷりじゃないか!」
 喉が焼ける様に痛い。
 視界に入った酒瓶のラベルには「Tequila Patron」と書かれている。
「て、テキーラ!?」
「へぇ、この酒テキーラって言うのか」
 あんまり英語は得意ではないが、おそらく間違いない。
 つか、今の水で割ってなかったような。
「あ゛・・・」
 突然視界がグルグルと回り始めた。
 身体が熱いような、寒いような奇妙な感覚に襲われる。
「え、ちょっと!?」
 誰かがそんな事を言っているようだけど、その声すらもが歪んで聴こえる。
 完全に、イッキをやった時の症状だ。
「お・・・ぐぁ・・・」
 朦朧とした意識で空を見上げると、不思議な事に月を中心にお三方がこちらをのぞき込んでいる風景が見えた。
 ある人は困ったような顔、ある人は驚いたような顔、ある人は心配そうな顔をしているけど、誰が誰なのかが認識できない。
「もう、だめ・・・・・・だ」
 自分の歪んだ声を最後に聴いて、俺の意識は暗闇に沈んでしまった。

 熱い、身体が熱い。
 だから上着のボタンを外した。
 何とか涼しくなったけど、今度は轟音が脳内で響いて頭が痛くてしょうがない。
 音の元はどこだろうか。
 早く止めなくては近所迷惑になってしまう。
 暗闇の中で腕を振るう。
 さらさらとしたもの、すべすべとしたもの、柔らかいもの、暖かいもの。
 違う、違う、違う、これも違う。
 音を止めようとがむしゃらに腕を振るううちに、やがて当たりに触れたのか周囲が静かになった。
 ああ、これで近所迷惑にならないで済む。
 さあ目を開こう。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 そして目に入った世界は俺の理解の範疇を超えていた。
「ナニ、コレ?」
 俺の目の前には紫さんと幽々子さんがいた。
 うん、それだけなら別に何の問題もない。
 問題なのは、何故か二人とも激しく衣服が乱れている事だ。
「っ!!」
 初めて見る女性の素肌があまりにも眩しくて、俺は反射的に後ろに振り返った。
 そして同時に気が付いた。
 宴会参加者の大半が後ろの二人と同じような状態になっているという事に。
「な、何があったんだ!?」
 色んな意味で目も当てられない状況に、俺は思わず我を忘れて叫んだ。
「あら、覚えていないの?」
 目の前の光景に愕然としていると、後ろから紫さんの声がした。
 一瞬振り返りたくなったが、それは拙い事だと思って俺はそのまま目を瞑った。
「すいません、俺潰れていたみたいで・・・」
「そう・・・」
 俺の言葉に紫さんは短く答え、続いてとんでもない事を仰った。
「全て貴方がやった事なのよ?」
「はぁ!? そんな馬鹿な!!」
 驚きのあまりに現在の状況も忘れて俺は振り返ってしまった。
「嘘ではないわよ? ねぇ、幽々子?」
「そうね、でも流石に私も驚いたわぁ」
 二人とも何故か微妙にしなを作って顔を赤らめている。
 その姿が異様に扇情的で非常にけしからん。
「はぁ・・・あんなに熱くなったのはいつ以来かしらね。 ああ、思い出すだけでも身体が火照ってきますわ」
「華奢なように見えても、意外と逞しくて情熱的なんだもの。 あんなにされれば女の子としてはクラッとしてしまうわよね~」
 妖艶な笑みを浮かべるお二方。
 両者とも所々破けた衣服から見える白い素肌と相俟って、一瞬で理性を沸騰させてしまいそうな色気を放っている。
「あら、貴方もなかなかセクシーよ?」
「ほぅあ!?」
 幽々子さんのツッコミにより自分がシャツの胸元を肌蹴ている事に気が付いて、俺は慌ててボタンを留めた。
「お、俺何したんスか!!?」
「さぁ?」
「何をしたのかしら♪」
 楽しそうな二人の顔が、逆に俺の不安を煽る。
「も、もももももしかしてこの板ではやっちゃいけない事をしたんディスカー!?」
「板?」
「何かしら、それ? 多分そんな事はしていないと思うけど・・・」
「え、あ、いやこっちの事情ですサーセン」
 いけない、大人の事情に突っ込むところだった。
「それよりもそろそろ離してあげたら?」
「へ? うわぁあ!!」
 指摘を受けて自分が萃香の角を握って、そのまま引きずっている事に気が付いた。
 思わずパッと手を離してしまい、大地とキッスする事になった萃香は「ぎゃ」と小さく呻き声を上げた。
 ・・・待て、今の今まで俺は萃香の角を握ったままだったのか?
「うぐぐ・・・ このぉ、よくもやったな人間・・・・・・」
 微妙に涙目でこちらを睨んでくる。
 まずい、明らかにお冠だ。
「私が・・・鬼であるこの私が・・・ただの人間如きに負けるなんてぇ~」
 と思ったら今度は悔しそうに唸り始めた。
「負けたって俺にか!?」
「そ、そうだよっ!!!」
 ありえない。
 人が鬼に勝負を挑んで勝てるはずがないじゃないか。
第一に、某資料本にも鬼を退治する技術は失われたって書いてあったのに。
「・・・何で勝負したんだ?」
 一応、勝負の内容を訊いてみる。
 もしかしたら、俺は卑怯な手を使ったのかもしれない。
「い、言える訳ないだろッ!!!」
 ところが今度は真っ赤な顔で怒鳴られてしまった。
 人には言えないような勝負って一体。
 いや、それ以上に何でそんな勝負を受けたんだ萃香よ。
「ああ、そう言えばそんな事もしていたわね。 確か・・・」
「うわわわ!! 止めろ、それ以上言うなっ!!」
 紫さんが言おうとするのを、萃香が必死で食い止める。
 顔が林檎の如く真っ赤になっている上に、眼つきが明らかにマジだ。
 どうやら相当聴かれたくない勝負内容らしい。
「・・・どうしよう、俺」
 その問いには、
「そうね、覚悟はしておいた方が良いと思うわよ?」
 幽々子さんが答えてくれた。
「何のですか?」
「そうね、色々と・・・かしらね♪」
 朗らかな笑顔を浮かべる幽々子さん。
 どうしてかその言葉に戦慄せざるを得なかった。
 俺はもう一度ゆっくりと神社を見回した。
 暴れ狂っていた九尾の狐も、鬼と杯を交わしていた鴉天狗も、不死の少女たちも今はただ静かに眠っている。
 その姿もまたどこか乱れているのを見て、俺は空を見上げて黄昏た。
「さようなら、素敵な俺の未来」
 夜明けの空がやけに黄色く感じた。



うpろだ353

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俺の名前は○○。本名ではないが、取り敢えずそう名乗っている。
幻想郷に来た理由は忘れてしまった。
だが、いまさら帰りたいとも思わん。
それに此方の世界の住人たちは見ていてとても楽しい。
少なくともあちらの世界の連中に比べればずっと、な。
私は常に世界に面白味を要求してきた。
私を本当の意味で殺せるのは退屈。或いは暇だけだ。
死など恐ろしくもない。
何度かルーミアに食われそうになったりもしたが
問題ない。所詮は只の空腹妖怪。腹を満たしてやれば問題ない。
今ではとても懐かれている。
取り敢えず目を覚ました俺はなけなしの一張羅の
つばの長いテンガロンハット+黒いジャケット+その上に黒コートを羽織る
そして護身用の愛刀と対ルーミア用の菓子を持てば準備完了。
そして俺は今日もこの面白味に満ちた世界に飛び出す。




今日は紅魔館に行く予定だ。だが恐らく只言ってもあの門番が通してくれる訳がない
彼女はああ見えて存外自身の仕事の重さを理解している。
名前を覚えてくれた相手だからといって易々と通らせる訳には行かないのだ。
.......どっちかというと完璧で瀟洒なメイド長が怖いのだと思うがな。
.......うん?ゴリ押しで通らないのかだと?
生憎だがこの刀はあくまで護身用だ。下級のならまだしも彼女相手には只のおもちゃだな。
それに。俺には力任せは向かない。
蛮勇とは愚か者のすることだ。
だから俺は安全かつ無難かつもっとも安全な方法で館に侵入する。
其の時が来るまでせいぜいチルノとの対話でも楽しもうか。
○○がそんなことを思いながら悪どい笑みを浮かべていると目的地に着く
運のいいことにルーミアに会わなかったのでこの菓子は皆にくれてやるとしようか
湖のほとりに腰を下ろすとまもなくして
「あー!○○だー!!」
「あ、おはようございます。」
向こうからやってきたのはチルノに大妖精だった。
「あぁ、おはよ「○○ー!あたいちゃんと宿題できたよ!!」....そうか。」
チルノが抱きつきながら褒めて褒めてと言ってくる。
「どれ。では答え合わせをしてやろう。みせてみろ。」
「うん!」
そういうと勢いよく紙を俺に突き出す。
.......どうやら全問正解のようだ。
「ほぉう。全問正解だ。よくやったな。」
「よかったね。チルノちゃん。」
「あったりまえよ!なんたってあたいは天才だからね!」
腕を組んで自慢げに叫ぶ。この前まで掛け算もできない奴がいう事とは思えんな。
まぁ、俺としては教え概のある奴だ。
その後暫らく談話して、それから弾幕をどうすれば今より強力にできるかの講座を大ちゃんと開いた。
それが終わった頃
「そろそろ時間だ。」
そう吐いて立ち上がると
「えー。もうちょっとー。」
とチルノが駄々をこねるので
「菓子をやるからそれで我慢しろ。無論、大妖精にもある。」
「ほんとっ?!!やったー!」
「わぁ!ありがとうございます!」
っとふたりに菓子を手渡していざや戦地に赴く。
そして激しい轟音と閃光がほとばしる。
○○はそれ意に介した様子もなく進む。そして門にたどり着く頃には
全滅した門番隊とその隊長である紅 美鈴(ホン メイリン)が破壊された門にめり込んでいた。
「ふむ。いつもお疲れ様。悪いが此処を通らせてもらうよ。」
そういって返答も待たずにボロボロに破壊された門を通って館に進んでいく。
そう。察しのいい読者はもう御気付きであろう。
○○は只、通ろうとしても撃退されるのが落ちである。
そこで○○はある人物が此処を通るのを待っていたのである。
それが誰かは後ほどにでも。


こちら○○。紅魔館の潜入に成功した。これよりミッションを開始する。
とはいったものの、何をすればいいのやら。取り敢えずメイド隊の残骸を元に辿っていく
すると図書館に自動的につながるというなんとも便利な道しるべ。
その扉は何か半壊してしまっているが.......。
その扉(?)を開けて目が痛くなるほどの量の本を踏まないように進んでいくと
「こいつもいただいてくぜ。」
「もってかないでー。」
案の定、魔理沙が侵入してパチュリーから本を奪っていた。
「おう。○○おはよう。」
「あら、いらっしゃい○○。」
魔理沙はぶっきら棒に手を上げて挨拶して
パチュリーは丁寧にお辞儀をして挨拶する。
「ああ、おはよう。っといってももう昼になるがな。」
俺はそこら辺の椅子に腰をかけながらそう言う。
ふたりもひとしきり騒いだ後に○○にならって腰をかける。
「そういえば○○は何をしにきたんだ?」
魔理沙が紅茶をがぶ飲みしながら聞いた。
「うん?何、暇を持て余していたのでな。お前たちの喧騒を見て楽しもうと思ったまでよ」
俺も紅茶を飲みながら返答する。
「見ているぐらいなら魔理沙を止めて欲しいわ。」
パチュリーが溜息をつきながらティーカップに紅茶を注ぐ。
「はは、○○がそんな事する訳ないじゃないか。私とお前の仲だからな!」
魔理沙が肩に手を組んでそういってくるが
「さぁ、な。時と場合による。」
と軽く流す。つれないぜとか聞こえるが無視だ。
小悪魔はどうやらいないらしい。ふぅーむ。残念。
パチュリーがあっと声を上げ
「そういえばこの前してくれた話の続きを聞かせてもらえるかしら?とても興味深かったわ。」
とパチュリーに催促されるが参ったな。
「パチュリー。あの話はアレで終わりなんだよ。其処から先はない。」
怪訝そうにパチュリーは顔をしかめて
「どういうこと?まさかあんな中途半端に作者が終わらせるわけがないじゃない?」
「おーい。何の話だ?」
「ん、ああ。すまんすまん。とある怪談の話だ。」
「怪談?」
「ああ、とある武家の主が「それよりもはやく理由を教えてよ」
痺れを切らしたパチュリーが横槍を入れる。
「悪いな。○○はいま私と話してるんだ。」
魔理沙がどえらい物を構えて言う。
「あら。一番最初に話していたのは私よ。」
パチュリーも本を構えて最初にロのつく大技を準備中。
「まてまてまて。一から順に説明してやるから落ち着け」
「○○が言うなら仕方ないぜ」
「○○が言うなら仕方ないわね。」
○○はホッと一息つく。





日が傾き夕闇が迫ってきた頃
ひとしきり話し終えもって来た菓子を肴に話を咲かせていたがそろそろまずい。
「ふむ。そろそろ帰るとするか。邪魔をしたな。」
俺は椅子から立ち上がって出口に向かう。
すると魔理沙があせったように
「なっ!なんだったら送ってくぜ!」
というが
「かまわんよ。少しばかり用事もあるからな。気持ちだけ頂いておこう」
するとガックリと魔理沙が肩を下げパチュリーが鼻で笑う。
.....何故か魔理沙とパチュリーが険悪なんだが....。
まぁ、気にする必要もない、か?
そのまま廊下を進む、進む、進む、進む、進む、進(ry
「参ったな。道しるべ(メイド隊)がいなくなってる。」
さてどうやって帰ろうかと思っていると
「あ、○○さん。」
後ろから声をかけられて振り向くと
「うん?咲夜さん?」
其処には完璧で瀟洒なメイドさんがいた。
「どうかしましたか?」
「道に迷ってしまってな。よければ出口まで案内して欲しいのだが」
そう頼むと少し考えるような仕草をして
「わかりました。ついてきてください。」
といって背を向けて歩き出す。
俺もそれについて行く。
暫らくしてすっかり修復された門の前にたどり着いた。
「有難う。おかげで助かったよ。」
「いえ。お客様を案内するのも仕事のうちなので。」
「流石。どこぞのメイドとは大違いだな。」
「え?」
「否、気にするな。他愛もない独り言だ。それより何か礼でもしたいのだが」
「いえ!そんな!,,,,あ、でも..その、あの、こ!今度ご一緒..に....も」
ぶつぶつと何か言っているがよく聞こえない。
「ふん?すまないがもう少し大きな声で頼むよ」
「い!いえ!なんでもありません!結構です!!」
そう凄い剣幕で言われるといささか寂しいんだけど....。
「そ、そうかね。」
「!!.....はい。」
何かしまったーみたいな顔なんだが....。
「なら、私の自己満足だが今度菓子を持っていこう。」
「はっ!はい!!」
と嬉しそうに笑う。甘いものが好きなのだろうか?
「では、これにて。」
そうはいてせめて去り際はかっこよくと思って黒いコートをなびかせて
夜の闇に消えていくというかっこいい演出をしてみたり。
.......何か横のナイフ刺さった美鈴俺がやったみたいで嫌なんだが....。




帰り道。何事もなくそのまま家に着いたら日記を書いて寝ようと思ったのだが
「あー。○○ー。」
と愛らしい肉食妖怪が現れる。
「ああ、こんばんは。ルーミア。」
「うんー。こんばんはー。」
とかわいらしい挨拶を返す。
「○○おなか減ったー。」
「あー、分かった分かった。やれやれ。」
「えへへー。」
そのままルーミアと家路につき飯を食わせてから帰らせた。
ふぅ、今日は疲れた.....。
どれ、早いところ日記にかいて寝るとするか。

○月×日 晴
朝早くから目が覚めた為
軽く思考の海に浸る。
その後朝食を食し
紅魔館へと赴く。
チルノと大妖精と暫し交流
魔理沙が門を突破した為自身も便乗。
メイド隊の死屍累々を道しるべに図書館に到着。
魔理沙とパチュリーと暫し交流
魔理沙の誘いを気持ちだけ貰う。
紅魔館廊下で迷う。
咲夜さんに助けられる。
礼を約束する。
どうやら咲夜さんは甘い物好きの可能性あり
此処に一人の門番眠る。生きてるけど。
家路につく。
ルーミアと遭遇。
夕飯を馳走する。
家に帰す。
以上。本日の報告終わり。さて、明日はどこを回ろうか?


うpろだ358

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最終更新:2011年03月27日 21:57