分類不能8
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その日、俺は霧の湖の周辺でのんびりと過ごしていた。
今朝は運良く天狗と鬼も自重してくれたので、安らかな朝を味わう事が出来た。
「やっぱり、平和って最高だな」
ちなみに永遠亭での一件は俺の黒歴史の内にカウントされ絶賛封印中である。
何をされたのか、及び何をしたのか。
その類の質問は一切受け付けないし、何より語りたくも無い。
ただ敢えてあの時の事を一言で評するのであれば「女は怖い」に尽きる。
「・・・・・・えーりん怖いよ、えーりん」
もう「助けてえーりん!」とか迂闊に叫べない。
言ったら彼女がどこからともなくやって来て、再び恐怖体験をしそうだから。
結論、永遠亭は怖い所。
「はぁ、思い出すだけでも身体が震えてくる」
ガタガタと身体を小刻みに震わせてみる。
「ん?」
ふいに、周囲の気温が落ちてきた様な気がした。
同時に周囲一帯の霧が濃くなってくる。
「・・・ほほう」
ここまで接近が分かりやすいのはありがたい。
毎度思うのだが、もう少しアイツは力をセーブ出来ないものか。
「・・・・・・くく」
おい、笑い声聞こえてんぞ?
いい加減学習・・・いやアイツにそれは無理か。
「バレバレだぞ、チルノ」
言葉と同時に後ろを見やると、そこには予想した通り“湖上の氷精”がいた。
“だるまさんが転んだ”の様に、忍び足の状態のまま固まっている。
「な、何で分かるのよ!!」
ガーン、とでもバックに効果音が出そうなポーズで問うてきた。
「そりゃ、お前いきなり温度が下がれば誰だって分かるだろ。 少しは力を制御出来るようになれ」
「ぐぐぐ・・・ ただの人間のクセに・・・・・・」
悔しそうな様子で地団駄踏んでいる。
何となくその様子が微笑ましい。
ちなみに彼女と知り合ったのはこの幻想郷に来て割と間もない頃だ。
湖に釣りに行った時に偶然出会ってしまい、とりあえずマニュアル通り適当な計算問題を出して逃走を試みたのだ。
噂通り彼女は問題について考え出したのだが、答えを教えてやらないのは可哀想な気がしたので気が済むまで考えさせてから答えを教えてみた。
結果、なぜかそれ以来俺は彼女にとって一種の先生的な立場の人間として認定されたらしく、逆に遭遇率が上がってしまったのだ。
まぁ、下手に近寄らなければ特に害が無いから良いけど。
「まぁまぁ、それはさておき前回出した問題の解答は出たか?」
「バッチリよ!」
ちなみに問題の内容は至って簡単で、多分レベルとしては小学校低学年の算数と同じだ。
俺が彼女にとって自分が“先生的立場にある”と評したのもそこに起因する。
「じゃ、解答見せてくれ」
「ふふん、あたいの頭の良さに驚きなさい!」
自信満々で数枚の解答用紙をこちらに寄越す。
「どれ・・・」
俺は解答用紙に目を落とした。
そして彼女の言った通り、俺は驚愕した。
凄すぎる、こんなもの初めて見た。
「こ、こいつは凄ぇ・・・・・・」
「そりゃあそうよ、あたいったら最強ね!!」
「正答率2割切ってるじゃないか!!」
チルノが派手にこけた。
それはもうコントばりのオーバーリアクションで。
「嘘でしょう!?」
「いや、マジで」
だってありえないぜ?
1+1を“たんぼのた”とかさ。
小学生の冗談にしても、今時そんな事言う奴なんていないだろうに。
これがチルノクオリティなのか。
「う、むむむ・・・ ううぅ・・・」
渡してやった解答用紙を見て、再び悔しそうな顔をする。
あ、ヤバイな。
このままだと荒れそうだ。
「でも、まぁ、数問とは言え正解しているのは事実だ。 頑張ったな」
俺もあんまり頭の良い方じゃない。
だから、出来ないなりに頑張っている人間の気持ちは良く解る。
何より“努力した”と言う事実が一番大切なのだから結果はどうであれ、そこは褒めてやるべきだろう。
「うん・・・・・・」
俺の言葉にチルノは小さく頷いた。
本当ならば頭を撫でてやりたいのだが、生憎彼女の体温は人間の俺よりも遥かに低いのでそれは出来ない。
「大丈夫、お前は最強なんだろ? この程度の問題なんてすぐに出来るようになるさ」
上手い言葉が見つからないのが惜しい。
でも何も言わないのなんて事も出来ない。
人ではないと言っても女の子を凹ませたままにするのは気が引けるし。
「う、うん!!」
チルノも俺の言わんとする事が分かってくれたのか、いつもの様な笑顔を浮かべてくれた。
うん、やっぱりコイツはこうでないと。
「よし、じゃぁ今日は何を教えてやろうか」
「どうせなら、最強なあたいに相応しいのにしてよね!!」
「はいはい」
こうして俺とチルノの平穏な青空教室は始まった、
ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいん・・・
かに見えたのだが。
「何か音がしてきたな」
「本当だ、何かしら?」
何となく上を見上げる。
すると、遥か上空で何か星の様なものが煌いた気がした。
・・・星?
「って、やべぇ!!!」
「ひゃっ!!」
コンマ5秒程で星の正体を予測した俺は、凍傷を起こす事も構わずにチルノを脇に抱えて横に飛んだ。
瞬間、暴力的な風が横を通った。
「ぐっ!!!」
暴風によって吹っ飛ばされて、受身をとる事も出来ずに俺は転がった。
先程まで自分が立っていた場所を見ると朦々と煙が立ち込め、おまけに幾らか地面が削り取られていた。
そしてその煙の中から出てきたのは、
「よう、○○! 元気にしてたか?」
黒白こと普通の魔法使い、霧雨 魔理沙だった。
「お前は俺を殺す気かッ!!!?」
彼女が普通の魔法使いならば、俺は普通の人間だ。
あんなスピードで追突されたら一瞬であの世に逝ってしまう。
「ん? そんなつもりは無いぜ」
「いや、明らかに殺意を感じたぜ?」
「気のせいだろ?」
あくまでシラを切るつもりかよ。
「つか、お前何でチルノ抱えてるんだ?」
「あ」
すっかり忘れていた。
思い出した途端、脇の辺りに凍傷による凄まじい激痛が走った。
「うあ゛!!」
「きゃっ!」
半ば落とすようにしてチルノを離す。
「何の準備も無くそいつに触ったら危ないぜ」
「・・・ぐぐ、誰の所為だよ」
俺は脇を押さえながら唸った。
「○○、大丈夫?」
「ん、ああ何とかな」
いつにもましてしおらしい様子でチルノが訊いてきたので、少々ぎこちないかも知れないが笑顔で答える。
幸い割りと軽症なようで、痛みは次第に治まってきた。
「・・・で何の用だ、魔理沙?」
「ああ、そうだったな。 忘れるところだったぜ」
いや、お前人を殺しかけて本題を忘れますか。
怒りますよ?
オラオラしますよ?
「ちょっと付き合ってくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
パーフェクト・フリーズ発動。
あれ、お前いつチルノのスペカ手に入れたの?
「ちなみに沈黙は了解と取るぜ」
「ちょっ、ふざけないでよ! あたいはこれから○○と勉強するのよ!!」
「良いじゃないか、少しの間借りるだけだぜ」
「少しってどれくらいよ!」
何やら必死な様子でチルノが魔理沙と言い争い始めた。
あれ、この流れってどこかで・・・
「私が満足するまでだぜ!!」
急激な浮遊感がしたと思ったら、俺は空を飛んでいた。
快活な笑みを浮かべた魔理沙に腕を掴まれて、
「・・・またかよ」
定番になりつつある展開に俺は小さく溜息を吐いた。
そして気が付けば俺は図書館にいた。
しかしそこはただの図書館じゃない。
ここは俺がもっとも近寄りたくなかった紅魔館の地下にある。
「・・・どうしてこんな事に」
ヴワル図書館。
おそらく星の数ほどの魔道書が眠る場所に俺はいた。
ちなみに時刻はすでに7時を回っている。
「どうした○○。 この世の終わりが来たような顔して」
「いや、誰の所為だよ」
白黒を睨むが、素知らぬ顔で紅茶を啜っている。
「・・・はぁ」
魔理沙とは対照的にどこか草臥れた様な表情をしているのはこの図書館の主、パチュリー・ノーレッジさんだ。
「すいません、突然お邪魔してしまって・・・」
門番(中国と言ったか)をふっ飛ばし、扉を破壊して突入。
しまいにお茶まで頂いているという状況なので、普通に謝りたい気持ちで一杯になる。
本来このセリフは魔理沙が言うべきものだろうが、とりあえず彼女にその意思は無い様なので俺は頭を下げた。
「ん? ああ・・・貴方は気にしないで良いわ。 どうせそこの黒白に拉致されただけなんでしょうから」
「おいおい、人を誘拐犯みたいに言うなよ。 ちょっと手伝いをしてもらおうと思って連れてきただけだぜ?」
こっちの事情を無視して連れてきた辺りで、すでに拉致だと思うのだがどうだろう。
「それにしたって借りていた本の返却を手伝ってもらうのだったらまだしも、泥棒の手伝いをさせるのはどうかと思うわ」
パチュリーさんの言う通り、俺が魔理沙に連れられてやらされたのは「本を借りる」と言う建前の「泥棒」の手伝いだった。
無論俺は拒否しようとしたのだが、目の前でスペルカード(多分マスタースパーク)をチラつかされてはしょうがない。
結局、その後パチュリーさんに見つかり今に至るのだ。
しかし第一声が「ふぅん、貴方が噂の・・・ 意外と普通なのね」は無いと思うんですが、そこの所どうなんですか。
「泥棒じゃない。 無期限貸与、だぜ」
チッチッチ、と指を左右に振りながら魔理沙。
「お前の場合は窃盗と同義だろ。 つかお前、俺の本も早く返せよ」
ちなみに俺が外の世界から持ち込んだ本も彼女に数冊持って行かれた。
確かラノベだったと思うのだが、未だに帰ってこない。
「そういやあれ結構面白いな。 何度読み返してもあきないぜ」
「いや、だから早く返せよ」
「飽きたらな」
返ってこないと確信。
「・・・・・・大変ね、貴方も」
「ええ・・・」
パチュリーさんから妙に同情的な視線を向けられた。
多分、俺も本を盗まれたという事に思うところがあったのだろう。
そう言えば彼女は対人関係においては消極的と聞くから、こうやって声を掛けてもらっただけでも結構嬉しい事かも知れない。
「そうだ、外界の本に興味はありますか?」
彼女はこの幻想郷においては比較的常識人であるから仲良くしておきたい人物だ。
なので、俺は何とか会話の切掛けを作ろうと試みた。
「・・・ジャンルにもよるわ。 出来れば魔道書が良いのだけど」
何とか外の本に興味は持ってもらえたのは嬉しいが注文が厳しい。
生憎俺はオカルト信者じゃないので、その類の本は持っていない。
「う~ん、その類は生憎・・・ ただ結構難しめの活字の本なら持っていますよ」
夏目漱石とか、芥川龍之介とか。
この人に嗜好に合うかは解らないが。
「・・・・・・次回があれば持ってきて頂戴」
どうやら興味を持ってくれたらしい。
でも、確かに彼女の言う通り「次回」があるのかが問題だ。
「ん?」
ヴワル図書館に行きたければ、超特急魔理沙便をどうぞ!
出発駅は随意、到着駅はヴワル図書館のみ。
ただし当社は一切責任を負いません。
「ギャンブルだな・・・」
「何のだ?」
「いや、何でも無い」
とりあえず明後日の方を向いて魔理沙の追求から逃れる。
ついでに手頃な所にあった本を一冊手に取る。
「読んで良いですか?」
「・・・傷をつけたり、汚したりしたら許さないから」
御尤もだ。
人様の本を汚したり傷めたりなどするは無礼の極みだろう。
「ふむ・・・」
許可(?)を頂いたので、俺は手に取った本を開いた。
早速小難しい文字が細々と並んでいて目が痛くなるが、活字慣れしているのが幸いしてそれほど苦にはならない。
しかも運が良い事に言語が日本語だったので一応は読める。
もっとも、内容までとなると少々怪しいが。
「・・・・・・興味深いな」
内容としては“魔術の属性について”と言った感じだが、これがなかなかどうして面白い。
俺でも読めるって事は相当簡単な入門書なのだろう。
しかしそれでもやはり解らない所はある。
「・・・ん?」
夢中でページを捲るうちに、どうしても理解できない部分があった。
視線を上げるとパチュリーさんが本を読んでいる。
魔理沙は見当たらないので、おそらくはまた本を漁りに行ったのだろう。
「・・・あの」
「何かしら」
確か彼女の魔法は精霊の力を用いた属性魔法が主体だったはずだ。
ならば今読んでいる本の事についても教えてくれるかもしれない。
「少し解らない所があるんですけど教えてくれませんか?」
そこはかとなく漂う無言の威圧感にビクビクしながら教えを乞う。
彼女はしばらく無言のままこちらを見ていたが、
「どこが解らないのかしら?」
そう言って読んでいた本を閉じた。
「えっと・・・」
しかし彼女は机の向かい側に座っているのでこのままでは教えてもらうのは無理だ。
必然、俺は席を立った。
そしてそのまま先程魔理沙が座っていた席、つまりは彼女の隣の席に腰を降ろした。
彼女は少しだけ驚いたような様子を見せたが、俺が本を開くとそちらに目を向けた。
「ここなんですが・・・」
「・・・・・・」
理解できなかった場所を指差すと、彼女は少し目を細めてそれを見つめた後で唇を開いた。
「・・・えらく単純な理論じゃないの」
冷めた様な視線が肌に刺さって痛い。
「う・・・すいません」
何と言うかやはり妙な威圧感を感じて、反射的に俺は謝った。
「・・・ふぅ。 まずこの術式の概念は」
パチュリーさんは小さく息を吐いた後説明を始めた。
どうやら軽蔑された訳では無かったらしい。
その事に少しホッとしながら彼女の説明に耳を傾ける。
ふと彼女の横顔が思いの外近い事に気が付いて、今更ながら綺麗だなぁとか思ったりした。
ヴワル図書館で過ごした時間はとても充実した時間だった。
まさか人外の領域でここまで穏やかな時を過ごすとは思ってもいなかった。
うん、妖怪もただ単に平和を壊すだけの存在と言う考え方は改めた方が良いな。
と言うか段々順応してきているんだろうな。
何か最近恐怖とか驚きの感覚がおかしくなっている気がするもの。
「しかしそっちから来てくれるとは好都合だったよ。 もし来なければ近々迎えに行こうと思っていたから」
「へぇ、そりゃ良かった」
だから怯えないぞ。
吸血鬼のお嬢様と優雅に夜の紅茶(というか血)を飲んでいる、と言う今の状況にも。
と言うか客人に血を飲ませるってどうなのさ。
飲んでいる俺も俺だけどね。(勿論不味くてしょうがない)
「あの時の件以来姿を見かけなかったから、てっきり死んだのかと思っていたけどね」
「あはは、上手く生きていましたよ。 それよりもあの時はすみませんでした」
彼女の言う様に神社の一件以来俺は彼女に会っていないので、あの件については謝罪出来ていない。
一度入ろうとしたら門番(中国だっけ?)に止められて入れなかった。
「ふふ、気にしなくて良いわよ」
何か報復が来ると思っていたのだが、意外とすんなりと許してもらえた。
しかし経験的にその言葉には何かしら裏があると思えて怖い。
「それから咲夜さんも。 すみませんでした」
「いえ、お気になさらずに。 私たちは被害が少なかった方なので」
被害の程度に大小があったのか!?
見た感じ誰もが同じように地に伏しているだけに見えたのだけど。
本当に何をやらかしたんだ、俺は・・・
「そうそう、前々から思ってたんだけど」
「・・・は、い?」
幼い容姿に似合わない艶のある笑み。
まさに魔性と称するに相応しい微笑み俺は息を呑んだ。
無論、そこにある感情は純粋な力の前に晒された弱者の恐怖。
ふいに、視界から彼女が消えた、
「・・・ぐぁ!?」
と思った瞬間に俺は壁に強かに打ちつけられていた。
「お前の血はどんな味がするのかしらね?」
片手で俺の首を押さえつけながらレミリアが嗤った。
細い瞳孔が好奇心の為か大きく開かれている。
「・・・げほっ・・・俺の血は不味いよ、多分」
気道が狭まって息が苦しいが、何とかそれだけは言ってみる。
「味見してみない事には分からないわ」
ペロリと紅い舌で唇を湿らせて、目の前10cm近くまで彼女の顔が迫る。
逃げる術なんて思いつかない。
「なら、手早く頼むよ。 あと、出来れば痛くないようにしてくれないか」
はぁ、と一息。
俺は身体の力をゆっくりと抜いた。
確か彼女は少食だからあまり血を吸わないはずだ。
「何よ、怯えてくれないと美味しくなくなるじゃない」
「いや、怯えているさ」
白い腕を掴んで首から退けようと試みる。
どうやら半ば捕食対象としての興味を失っていたらしく、彼女の手はすんなりと俺の首から離れた。
「何なら確認してみなよ」
「なっ!」
わざと首筋に牙を立てやすい様に抱き寄せる。
声を上げた方を見やれば、咲夜さんがエラい形相でこちらを凝視していた。
・・・目、紅いですよ?
「・・・ただの人間風情にしては肝が据わっているのね」
言葉の調子は相変わらずだが、翼がピンと伸びている。
「いや、心音を聴き取ってくれれば分かるかなと思ったんですよ」
「なるほど、確かにそれならば分かりやすいわね」
そう言って小さな掌を俺の胸に当てた。
きっとやろうと思えばこの細腕で俺の心臓を掴み取る事も容易なのだろう。
考え出すと、再び心臓が踊り始める。
「ふふ、自分で招いておいて怯えるなんて面白いわね」
「・・・・・・ご賞味あれ」
思えば何でわざわざ進んでこんな事をしているのか。
自分でもよく分からないが、とりあえずものは経験って事で納得しよう。
「あく・・・」
「・・・・・・っ!」
首筋に感じる小さな痛み。
俺は今、自ら望んで吸血鬼の牙に掛かった。
「んくっ・・・んくっ・・・」
思いの外痛みは無い。
度合いとしては献血の針を刺す痛みを割り増しにした程度。
多分、痛くないように上手い具合に噛んでくれたのだろう。
ふと横見ると咲夜さんと目が合った。
クールな印象がある彼女が、目を丸くして驚いた様な顔をしていた。
「んくっ・・・んふ・・・」
時折舌で傷口を舐っては、生命の赤色を誘い出すかの様に強く吸われる。
その都度痛いような、痺れるような奇妙な感覚に苛まれ俺は悶えた。
「ん・・・ふぅ・・・ ご馳走様」
ようやっと満足したらしい表情を浮かべて、レミリアが顔を離した。
「如何でしたかお嬢様?」
おどけてそんな事を言うと、
「そうね、典型的な健常人の血の味って感じかしら」
より紅く染まった唇に残った血を拭って彼女は答えた。
つか、某資料本には派手に血を零すとかあったのだけど意外と汚されなかったな。
もしかして、その辺りも考慮してくれたのだろうか。
「何にせよ満足してくれたのなら・・・あれ?」
立ち上がろうとしてよろめく。
起立性眩暈か、いやこの感じは経験に無い。
明らかな貧血症状だ。
「・・・・・・くっ」
「無理はしない方が良いわ。 咲夜、部屋の準備をしてあげて」
「分かりました」
その瞬間、咲夜さんの姿が消えた。
なるほどあれが噂に聞く“時を操る程度の能力”なのか。
「今晩は泊まって行きなさい。 その身体で夜の道を歩くのは危険でしょうから」
「ありがたい」
礼を告げてから何となく首筋に手を当てる。
そこに感じる温もりは果たして俺のものだったか、彼女の唇の温もりだったか。
答えは明日になれば分かるのだろうか。
「さて、どうして俺はここにいるのかね」
「さぁ? 貴方が勝手に入って来たんだよ?」
そんなやり取りを目の前の相手と交わす。
一見他愛の無い会話だ。
ただし、それは相手が“普通”であればの話だが。
「・・・部屋を間違えたみたいだから帰って良いかな?」
そもそも俺は宛がわれた部屋に向かっていたのだが、どうしてこんな所に迷い込んだのだろうか。
貧血症状が思いの外酷く、意識が朦朧としている。
「ええー、折角来たんだから一緒に遊ぼうよ」
無邪気な、恐いくらいにどこまでも無邪気な笑みを向ける目の前の少女。
その名前は、フランドール・スカーレット。
紅い悪魔と呼ばれるレミリア・スカーレットの妹にして、おそらくは紅魔館で最も危険な人物。
「貧血で頭クラクラするからあんまり付き合えないと思うよ、俺」
今、目の前に布団があったらすぐに眠れると思う。
寝たら最後、次に目を開けたらあの世に行けそうな場所でも。
「良いよ、どうせ期待してないから」
全く温度の無い言葉。
そして笑顔の裏に見える、歪な狂気の影。
「ねぇ、私人間の感性ってあんまり分からないんだけど一つだけ共感できる事があるの」
彼女の心を象徴するかのような形状をした杖が赤く燃え上がった。
「毀れるって素敵な事ね♪」
「・・・つっ!」
相手の様子もよく見ることも無く俺は全力で横に飛んだ。
勘は正しかったらしく、丁度俺が今立っていた場所に燃え盛る彼女の剣が通った。
「あはは、凄い凄い!! 避けられちゃった!」
「いや、マジで止めて・・・」
「や・だ♪」
おい、死亡フラグか作者。
ざんねん わたしのぼうけんは おわってしまった、か?
一般人をいじめて面白いかよ、おい。
「貴方はあとどれくらい動いていられるかな?」
実に生き生きした顔でそんなおぞましい事をのたまう。
嗚呼、まだ死にたくないです作者様。
何卒、名も無き憐れな私をお救い下さい。
「期待外れ、何て赦さないからね」
しかし無常にもレーヴァンテインを振りかざして、彼女は再び向かってくる。
「・・・っ!! はっ! ぐっ!!!」
勘に任せて数歩のステップで回避を試みるが、やはり一般人でしかないので掠ってしまった。
僅かに掠っただけなのに、凄まじい熱と共に激痛が神経を焼く。
いや、正確には掠っただけでも幸運か。
・・・くそ、こうなりゃ自棄だ!!
「ん? 何それ」
ポケットから小さな小瓶を取り出した。
そして俺は栓を抜くと、その透明な液体を一気に飲み干した。
「・・・・・・・・・うぐっ」
途端に喉に焼ける様な感覚と猛烈な眩暈が襲ってくる。
そう、何を隠そうこれはあの「スピリタス」(水割り済み)だ。
「あれ、どうしたの? もう終わりだなんて赦さないよ?」
妹様が何か言っているが俺にはもう聞こえない。
これは本当に最後の手段だった。
あの夜、宴会の夜に酒に酔ってから何が起こったのか俺は知らない。
しかしあれだけの化け物揃いだった宴会参加者を滅茶苦茶に出来たのなら、もしかするとこれは俺の秘密兵器になるのではないか。
そう考えた俺は「最悪の状況」に陥ったと判断した時だけこの手段に頼ろうと決めたのだ。
尤もその後の事は色々と保障出来ないが。
「・・・何だ、つまんない。 まぁ、薬で自殺するって言うのは斬新だったけど」
それでもトドメは刺すつもりらしい。
揺らめく視界の中で燃える剣を携えた彼女がこちらに向かってくるのが見えた。
「・・・・・・天皇陛下バンザァァイ!!!」
某鍵盤破壊少年の空耳を叫んで、俺は意識を手放した。
最後に物凄く怯えた顔をした妹様が見えたような気がする。
深い闇の中で揺れる。
右も左も上も下も、前も後ろも何もない。
考える力を失ったまま、俺は虚ろに闇を見つめていた。
ふいに周囲が燃える様に熱くなった。
危険を察知した脳髄が再び思考は始める。
見えない炎が俺の身体を焦がしているのだろうか、だとしたならば大変だ。
俺は迫り来る危険から逃れたくて腕を、脚を、全身を使って必死にもがいた。
やがて熱さは消え失せて、暗闇に静寂が戻る。
ああ、これで今日もゆっくり眠れそうだ。
「・・・ん~」
ゆっくりと伸びをして、俺は上体を起こした。
「・・・朝か?」
眠い目を擦り、俺は辺りを見渡した。
そして周囲の光景を認知した瞬間、俺の脳は一気に覚醒した。
「・・・何だ、コレは」
所々に燃え盛る炎が踊り、血糊なども見受けられる。
床や壁が抉られていたり崩れていたりして、およそ人の住む部屋とは思えない様子になっている。
その様はまさに、地獄絵図。
「・・・ん」
ふいに人の声がした。
声の方を見やれば、そこには赤い服を着た少女の姿がいた。
彼女はどういう訳か俺の隣で丸くなって眠っている。
「・・・・・・うわ!」
大声を上げそうになって、俺は慌てて口を塞いだ。
間違いない、彼女はフランドール・スカーレットだ。
その姿を見た途端、脳裏に自分が眠りにつくまでの記憶が浮かび上がってくる。
(そうだ、俺はどこをどう間違えたのか彼女の閉じ込められている牢獄に入ってしまって、そのまま彼女の“遊び”に付き合わされかけたんだ)
そして“最後の手段”を使う事になって・・・
「駄目だ、やっぱり思い出せない」
前回と同じ様に意識が落ちた後の記憶が無い。
「ん、んぅ~・・・」
いや、それ以上に問題なのは何故彼女が俺の傍で寝ているのか、だ。
しかも毛布に一緒に包まっている、という今の状態は見ようによっては誤解され放題の状況だ。
「・・・・・・」
部屋を見渡すと、おそらくは俺が入って来たであろうはずの牢獄の扉が見えた。
幸いまだ扉は開いている。
「・・・・・・・・・よっと」
そっと毛布の中から抜け出そうとして、
「ん・・・」
「・・・おい」
服の裾を掴まれている事に気が付いた。
「ちょ、おま・・・・・・」
このままではまた夜が来るまで動けない。
流石にそれは困るので、俺は優しく裾を掴む彼女の指を外そうとした。
「ん~・・・ なぁに?」
「あ゛・・・」
すると、眠そうな顔をして妹様が目を覚ましてしまった。
外の景色が全く見えないから分からないが、俺の身体が正常な人間としての機能しているのなら今は朝のはずだ。
なら、目の前の“吸血鬼の少女”の機嫌は最悪だろうと推測できる。
「や、やばい・・・」
なにせ吸血鬼は本来夜行性だ。
それなのに無理に朝方に起こせば逆鱗に触れるのは目に見えている。
「ん~~~・・・」
眠そうに目を擦りながら唸り声を上げる。
幾度かそうするうちに脳が覚醒してきたのか、やがてフランはこちらの方をはっきりと見つめてきた。
「・・・お、おはよう」
冷や汗やら脂汗やらをダラダラと流しながら挨拶してみる。
「ん、おはよう・・・」
「・・・あれ?」
とりあえずブッ飛ばされるのは覚悟していたのだが、意外な事に彼女は普通に挨拶を返してきた。
「どうしたの?」
「い、いや、怒ってないなって・・・」
「どうして怒るの?」
さも不思議そうな顔で返されて、返答に窮する。
「えっと、無理に起こしちゃったし・・・」
とりあえず適当な理由を述べてみる。
「確かに眠いけど私はその位じゃ怒らないよ?」
「そ、そう・・・それは良かった」
いや、常人だったらブチ切れると思うんだけど。
俺、命拾いしたなぁ。
「それよりも・・・・・・」
「うおわっ!!」
思いっきり腰の辺りに飛びつかれた。
もしかしてこのまま身体をへし折られるのかと思った俺は恐怖心から身を竦ませたが、意外な事に予想していた感覚はいつまで経っても来なかった。
代わりに、
「えへへ~」
妙にご機嫌な妹様の声がした。
「あ、あの・・・何を?」
「ん~? 何となく」
「さいですか」
まぁ、彼女の機嫌が良いのは良い事か。
ふと俺は思い出したかのように彼女の頭を撫でた。
幸せそうな顔をして顔を埋めてくる彼女は昨日見た彼女とは別人のようだ。
(・・・毎度の事だが、俺は何をしているんだろう)
柔らかな髪の感触を楽しみながら、思考の片隅でそんな事を思う。
とりあえず、俺は生きて朝を迎える事が出来るようだ。
うpろだ379
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思えば幻想郷に来てから、俺の中の世界は大きく変わった。
例えば目覚まし時計で起きるはずだった朝は、鬼と天狗のフライング・ボディプレスを喰らって起きる様になった。
例えば詰まらなかった日中は、氷精と青空教室をやったりハクタクな人の授業を手伝ったりして過ごす様になった。
例えば一人だった昼は、腹ペコ亡霊やみょんな従者とかと一緒に食べる事が多くなってきた。
例えば寝ているだけだった午後は、神社の腋巫女とマターリしたり、黒白や紫もやしと図書館の本を読み耽ったりして過ごす様になった。
例えばPCばかりを見つめていた夜は、夜雀の屋台でアンニュイな気分を味わったりする様になった。
「変わったな、俺」
要約すれば、人(人外が多いけど)と関わっている時間が長くなったのだ。
あれほど対人関係を苦手としていた俺が。
「・・・うん、変わったな」
それに対して、俺は彼女達に何が出来ただろう。
「・・・・・・・・・」
思い返すと、むしろ迷惑しか掛けていないような気がする。
何せ・・・
「あの事件がなぁ・・・」
博麗神社での一件。
俺の中では通称・暗黒事変と呼ばれるあの事件の真相は未だ究明出来ていない。
幾ら問うても、被害者達は一様に口を閉ざしてしまう(中には頬を赤らめる人もいる)ので何も分からないのだ。
「うああぁぁぁ~~~」
頭を抱えて唸る。
「俺はどうすれば良いんだ・・・」
一応、殆どの被害者の所には窺って謝罪した。
だがやはり謝ったところで罪は消えないのだ。
「・・・せめて事実が知りたい。 でも知らない方が良いかも知れないなぁ・・・」
考えていると、ふと俺は尿意を感じた。
なので、とりあえずそのまま事件についての考察をしながら俺は階下(ここは二階)に向かう事にする。
「・・・人はいつも何も知らない方が幸せだろうに、か」
階下に下りて、俺は便所のドアを開けた。
そして用を足そうとした瞬間、ふいに地面の感覚が消えた。
「え?」
反射的に下を見ると、そこにはポッカリと黒い空間が広がっている。
That’s スキマ☆マジック!
「ほおああぁあぁぁぁああぁああああ!!!!??」
社会の窓を開けっ放しのまま、突如出現した空間の穴に俺は落ちていった。
そりゃあ無いよ、ゆかりん。
時刻は昼を少し過ぎたぐらいか。
俺はマヨヒガに客間に座っていた。
「で、何で俺を呼んだんですか?」
俺の正面に座っているスキマ送りの張本人、八雲 紫さんに問う。
「今日は早く起きちゃったから暇だったのよ」
にこやかな顔で事も無げに言ってのける。
「霊夢の所にでも行けば良いじゃないですか」
今日はヴワル図書館に行って魔法の勉強でもしようと思っていたのに。
パチュリーさんの周囲にいると落ち着くんだよな。
あの辺り凄く静かだから。
「最近、霊夢も構ってくれませんの」
「だからって何も俺を呼ばんでも・・・」
他に彼女の退屈を紛らわせられる様な人なんていくらでもいるだろうに。
すると彼女は妖しげな笑みを浮かべて答えた。
「あら、貴方だからですわ」
なるほどこの笑顔と言う誘蛾灯に釣られてしまえば、もれなく彼女の腹の中にinする事になる訳だ。
なので、俺は出来るだけ平静を装って返す事にした。
「光栄ですな。 しかし私の様な矮小な人間が果たして貴女を楽しませられるものでしょうか。 ですが貴女が望むのであれば、私は貴女の話し相手になりたい」
・・・駄目だ、平静になってない。
これではどこかの胡散臭い人の声としゃべり方だ。
「・・・・・・・・・ぷ」
うわ、笑われた!!
明後日の方を向いて「変なもの」を見た様な顔で笑われた!!!
口許を隠す扇子を持つ手が小刻みに震えている。
「・・・・・・・・・・・・」
恥ずかし過ぎて、俺微妙に涙目。
「ふふふ・・・ ほら、やっぱり貴方は私を楽しませてくれるわ」
一頻りそうやって笑った後、紫さんは言った。
「俺、ピエロにはなりたくないです・・・」
残念、君はすでにピエロだよ。←天からの声
「!? ふざけるな!! 俺は一般ピープルとして最低限の幸せを所望するぞ!!!」
「・・・いきなりどうしたの?」
いきなり立ち上がり天に向かって中指をおっ立てて怒鳴り散らす俺に、流石の紫さんも微妙に引き気味だった。
「ああ、すみません。 今、どこからか電波を受信したみたいです」
「そ、そう・・・」
俺は運命なんて信じないぞ。
現に俺の人生は吸血鬼のお嬢様の能力で変革されたはずだからな。
天よ、お前が如何に嘲笑おうとも俺は決して挫けない!
「・・・まぁ、何にせよ貴方が私を楽しませるに値する人間なのは本当よ?」
「そうですかね?」
とりあえず妙な空気は置いておいて紫さんが会話を再開させた。
しかしどうでもいいけど最近電波受信率高いな。
「第一、それにしたって俺の何が楽しいんですか」
前々から疑問に思っていた事だ。
彼女を筆頭とした一部の強大な力を持つ妖怪達は、どういう訳か俺の事を「おもしろい」と評する人が多い。
自分では全うな人間とし振舞っているつもりなのだが、何か知らない内に妙な事をしているのだろうか。
「そうね・・・ 強いて言うのならば“違う”からかしら」
「“違う”?」
つまりそれって、俺は皆と違っていてクレイジーって事なのだろうか。
ちょっと自覚があっただけに傷つく。
「ああ、別に貴方の事を変質者って言っている訳ではないのよ?」
逆にトドメを刺さないで下さい。
「酷いや・・・」
悲しい程それが事実だったので、俺はただ何も言い返せずに打ちひしがれる。
そんな俺をおかしそうな目で見ながら紫さんはさらに言葉を続けた。
「むしろ褒めているのよ。 貴方は“違う”からこそとても難解なのですもの」
「難解? 俺が?」
むしろ俺は誰より人間的である事を誇っているつもりなのだが。
それは勿論良い意味でも悪い意味でも、だ。
「その様子だと自分でも気付いていないみたいね」
「さっぱり分かりませんよ」
「ふふ・・・その内分かるわ」
意味深な言葉を残して彼女は席を立った。
「まぁ、ゆっくりして行きなさい」
「・・・あれ、どこかに出かけるんですか?」
「秘密、ですわ」
彼女が扇子で宙をなぞると、その軌跡を元に空間が裂けた。
そしてもう一度俺に微笑みかけると、彼女はスキマへと消えていった。
俺はしばらく訳が分からず呆然としていたが、とりあえず彼女の言葉に従って「ゆっくりして行く」事にした。
と言っても所詮やる事の無い身だから、ゆっくりするなんて言っても何をすれば良いのか分からない。
しょうがなく俺は縁側に腰掛けてぼんやりとしていた。
そしてそれから10分程経った頃に、ふいに俺の耳に人の声が入って来た。
「ん? お前は・・・」
声のした方に振り返ると、そこには九つの尻尾を携えた少女が立っていた。
「ご無沙汰です、藍さん」
彼女は八雲 藍と言い、紫さんの式である九尾の狐だ。
ちなみにこの人も事件の被害者だったりする。
まぁ、割とよく人里に来るので結構早い時期に謝罪出来たけど。
「誰かと思えば○○か。 いつ来たんだ?」
「先程ですね。 貴女の主に拉致されて来ました」
すると目の前の少女、藍さんは申し訳なさそうな顔をした。
「すまないな、紫様が迷惑を掛けて」
「いえいえ、もう大分慣れてきましたから」
まるで藍さんが紫さんの保護者みたいだな、とか思う。
「ところで紫様は?」
「どこかに出かけたみたいですよ」
「あ、あの人は・・・」
そりゃ勝手に人の事呼んで、その癖に自分はどこかに行くってのは常識じゃ考えられんわな。
貴女の気持ちはよく分かりますよ、藍さん。
「・・・重ね重ねすまない」
「気にしないで下さい。 もう慣れましたから」
理不尽なのはもう慣れた。
つか、慣れないと忽ち高血圧にでもなってしまいそうだ。
「大したものだな、お前は・・・」
「藍さんには負けますよ、色んな意味で」
中間管理職とか、九尾の狐とか、人生経験とか。
俺は知らないような苦難を彼女は知っている。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。 そうだ、私でよければ話し相手にでもなろうか」
「それはありがたい」
こちとら暇を持て余していた所だから、嬉しい事この上ない。
それからしばらく俺と藍さんは特に当たり障りの無い事で談笑していた。
「そう言えば、○○は元の世界に帰りたいと思わないのか?」
そんな穏やかな会話の中でふいに藍さんが言った言葉は、俺にとってはどこか遠くの出来事に聞こえた。
「・・・今は帰りたいとは思いませんね」
それが偽らざる俺の本心だ。
「ほう、それはどうしてだい?」
「今ある日常がそれはそれで好きだからじゃないですかね。 確かに幻想郷に来て驚かされる事も多いですけど、それも慣れてしまえばそれまでですからね」
ぼんやりと空を見上げたまま俺は答えた。
「なるほど、しかしここは常に命の危険が付きまとう世界なんだぞ? 特に何の力も無い人間ならなおの事だ。 その死の恐怖さえもお前は慣れたと言うのか?」
見掛けは人間とそう変わらない彼女とて人外だ。
そして人外の大抵は人間を捕食する。
俺は狩られる側の人間でしかない。
しかも、自衛手段すら持たない程に俺は脆弱だ。
「・・・本能に基づく以上、死の恐怖は無くなりませんよ」
「ならばなぜお前は今を好きだと言える?」
つまりはなぜ俺がこの世界を好きと言えるのか、か。
そりゃあ、やっぱり・・・
「皆が好きだからでしょうね・・・」
一癖も二癖もある幻想郷の住人達。
でも彼等はそれぞれにそれぞれの魅力を持っている。
だからこそ、俺はそんな彼等が好きだ。
まぁ、皆が俺をどう思っているかは分からないのだけど。
「・・・・・・・・・」
「藍さん?」
ふと、藍さん反応が無くなってしまったので横を向くと、
「そ、そうか・・・うん、そうか」
なぜかモジモジと身体を揺すりながらブツブツとそんな事を言っていた。
俯いてしまっているので表情は分からないが、俺は何かおかしな事を言っただろうか。
「・・・あの?」
「な、なな何だ!?」
「いや、何かボーっとしてたから・・・ 大丈夫ですか?」
「何を言っている。 私はこの通り元気だぞ!」
妙に慌てふためいて、藍さんは腕を上下させた。
その様子が妙に可愛らしかったので、俺は思わず本心を口にしていた。
「ははは、可愛いなぁ」
「!!!!」
なぜか仙狐思念を喰らった。
「で、私がいない間に何があったのかしら?」
「ちょっと運動してたんですよ」
「・・・・・・・・・」
30分後、縁側には用事を済ませて帰ってきた紫さんと、ボロボロになった俺、それから小さくなっている藍さんがいた。
「随分、激しい運動をしたみたいね」
紫さん微妙に呆れ顔。
「うう・・・」
そしてその言葉に藍さんが一層小さくなる。
「そんなに縮こまらないで下さいよ、藍さん。 理由はよく分かりませんけど、俺がきっと気に障る様な事を言ったんでしょう?」
「そ、そんな事は断じて無いっ!!」
いきなり強い口調で否定された。
「え、あ・・・そうですか?」
「そうだとも! ただ、ちょっと心の準備と言うものがだな・・・」
「?」
何かゴニョゴニョと言っているがよく聴き取れない。
まぁ、彼女の気分を害するような真似をしていなかったのならそれで良いか。
「貴方何言ったの?」
「いや、特に何も」
思い当たる節が無くて首を捻る。
「・・・まぁ、良いわ。 そうそう○○、ちょっと一緒に来て欲しい所があるのだけど良いかしら?」
「拒否権は無いでしょうに・・・ 一応訊きますけど、どこに行くんですか?」
すると紫さんはにっこりと笑って、
「イイ所♪」
と実に不安を煽るような発言をしてくれた。
「何でわざわざそんな行きたくなくなる様な表現をするんですか・・・」
しかも彼女が言うと命の危険が伴う様な気すらしてくる。
“イイ所”があの世だったりする可能性も高い。
「だって本当の事ですもの」
胡散臭い笑顔。
絶対嘘だな、これは。
「ま、抵抗しても逃げられないけどね」
瞬間、足元の感覚が消えた。
「またですか?」
「ええ、またよ。 でもすぐに私もそっちに行くから安心しなさい」
ゆっくりと下がっていく視界の中でそんなやりとりを交わす。
やけに時間が長く感じるのはなぜだろうか。
「はぁ・・・」
「飛び込みとか嫌いなんだよなぁ」とかぼんやりと思いながら、俺は紫さんの笑顔に送られスキマに飲まれた。
次はもっと穏やかに送って頂きたい。
落ちた先にあったのは純日本風庭園だった。
しかしその広さが尋常ではない。
ざっと見ただけでも東○ドームよりも広いのではないかと思えるほどだ。
「・・・どこだ、ここは」
地平線が遥か彼方に霞んで見えるので、明らかにここは幻想郷ではない事が分かる。
「もしかして本当にあの世逝きにされたのか!?」
足元を確認して、さらに自分の身体をペタペタと触る。
幸いその予想は外れてくれた様で、俺の身体はまだ存在感があった。
しかし自分の生存に安堵するのも束の間、今度は後方から猛烈な殺気を感じた。
「貴様、何者だ!!」
声に驚き振り返ると、そこには抜き身の刀をこちらに向ける少女がいた。
聞き覚えのあるセリフだな。
確か初めて会った時もこんな事を言われた様な気がする・・・
「俺だ、妖夢」
「・・・・・・え、○○さん?」
「や、元気そうだな」
軽く手を挙げて挨拶してみると、彼女は刀を下ろしてポカンとした表情した。
だが事の異常さを察したのか、その顔が驚愕に染まる。
「ど、どうしてここに!!? もしかして○○さんs・・・」
「落ち着け、俺は死んでない」
証拠とばかりに地面をトントンと音を立てて踏み締める。
「ほらな」
「あ・・・ 本当だ、良かった・・・」
ニッと笑って見せると、どうやら俺が存命である事を理解したらしく彼女は安堵の息を吐いた。
「でも、おかしいですね。 なぜ○○さんは死んでいないのにここに?」
「あー、それなんだが・・・」
俺はとりあえず手短に経緯を話した。
すると妖夢は苦笑を浮かべながら、
「大変ですね、○○さんも・・・」
と言って同情された。
「その辺りは悟りを開きつつあるから」
「あはは・・・」
こういう扱いはいつもの事だし。
「あら、そこにいるのは○○かしら?」
ふいに風に混じって、この世界の風景に似合うどこかフワフワした声が響いた。
「あ、幽々子様」
妖夢の視線の先を見やると、そこにはやっぱりどこかフワフワした亡霊のお姫様がいた。
「こんにちは、○○」
「こんにちは、幽々子さん」
「ふふ・・・来てくれて嬉しいわ。 そう言えば○○がここに来てくれたのは初めてね」
たおやかな微笑で本当に嬉しそうに言ってくれる。
何だかこちらまで嬉しくなってしまいそうだ。
「そりゃ、俺は生きていますからね。 行こうにも行けませんよ」
「ならばどうやってここに来たの?」
「紫さんに拉致されました」
我ながらに簡潔な説明だ。
「拉致だなんて、酷い言い様ね」
噂をすれば影が立つ、とばかりに唐突に胡散臭い笑顔が横から覗いた。
「うをっ! 驚かさないで下さいよ」
「あら、御免あそばせ」
日傘を差して紫さんが優雅に降り立った。
「今日は千客万来ね」
嬉しそうに幽々子さんが言うのに、
「ふふ、ついでに良い物を持ってきたわよ」
紫さんがスキマから何かを取り出す。
それは・・・
「まぁ、おいしそうなお酒♪」
いかにも高そうなお酒(多分日本酒)だった。
・・・俺ここ最近酒ばっかり見ているような気がする。
つか、これ博麗神社の時の状況と全く同じじゃないか?
「ああ、だから○○を連れてきたのね、紫」
「ええ、おつまみも極上でしょう?」
「あれ、俺食べ物扱いですか?」
俺の問いに二人はすっごく良い笑顔で答えてくれた。
人権主張運動でもしようかな、とか真剣に考えた。
そんな冥界の午後。
と上では言ったが、俺をナメちゃいけないぜ。
かつて俺は学校の友人達に某K1ばりの“口先の魔○師”と言われた男だ。
ここはスマートに「日が高い」と言う理由で断らせて頂いた。
で、今は何をしているのかと言うと・・・
「・・・お茶が上手いなぁ」
「はい」
縁側で妖夢と一緒にのんびりとお茶を飲んでいた。
ちなみに幽々子さんと紫さんは用事があるらしくてここにはいない。
多分、最強クラスのお二方だから何か重要な話でもあったのだろう。
「しかし妖夢と二人でお茶を啜る事になるとは思わなかったな」
「私もこんな事になるとは思いませんでした」
一緒にお茶を飲む機会が無い、という意味ではない。
むしろ昼時はよく出会う。
ただその時は大抵幽々子さんも一緒なので、基本的に今の様に二人だけと言う状況にはならないのだ。
「いやぁ、和むね」
そう呟いてまたお茶を啜る。
緑茶独特の渋みが口一杯に広がった。
「あの・・・ 先程はすみませんでした」
「ん?」
そう言えばさっき刀向けられたっけか。
幽々子さんや紫さんが次々に来るものだからすっかり忘れていた。
「気にしないでくれ。 間違いは誰にでもあるだろう?」
「ですが・・・」
なおも彼女は納得がいかなそうな顔をする。
そこまで責任を感じなくても良いと思うのだけどなぁ。
別に実際に斬ってしまった訳でも無いのに。
「しょうがないさ。 俺の来訪の仕方だって型破りだったし」
そりゃいきなり虚空から人が降ってくれば驚くだろうさ。
おまけにここは常人じゃ立ち入る事すら出来ない様な場所だから、突然の招かれざる来訪者を警戒しない道理は無い。
「・・・・・・」
妖夢はただ湯飲みの水面をじっと見つめていた。
まだ自分のやった事が許せないのだろうか。
「・・・それに妖夢は何も間違った事をした訳じゃない」
「え?」
彼女が顔を上げた。
どうやら今の言葉は意外だったらしい。
「だってそうだろう? 君は庭師だ。 その庭師の仕事は何だい? 不審者の排除とこの広大な庭の管理だろう」
「そ、それはそうですが・・・」
「なら君は間違った事をしてはいないよ」
「でもそれではあなたは勘違いで私に斬られてもおかしくはない、と言う事になってしまうじゃないですか!」
なるほど、確かにそう言う事になる。
だが・・・
「それはある意味当然の事、と言えるよ」
「!?」
「だって君の仕事はそう言うものじゃないか。 むしろどこからともなく現れた存在に不信感を抱かないようでは、庭師としては駄目だろう?」
情に流されてはいけない、と暗に仄めかす。
「・・・そうでしたね」
どうやら彼女もその事に気が付いたのか、少しだけ悲しそうな面持ちになった。
無理も無いか。
「君はまだ若いからその辺りは受け入れがたいんだろうねぇ」
勤めて明るい声で言う。
俺も若いけどね。
「・・・・・・ふふ、それでは○○さんが年寄りみたいじゃないですか」
「何だと、俺はまだ若いぞ!」
苦笑する妖夢に俺は抗議の声を上げた。
さっきまで妙にシリアスな空気だったので、出来るだけ場を明るくしようと勤める。
「見よ! この若々しいボデー!!!」
「ぶふーーー!!!」
「おや、どうしたんだい? 君にはまだ早すぎたかな?」
「な、ななな何見せつけてるんですかぁーーーーー!!!!!」
「パウッ!?」
ふざけて上着を肌蹴たら刀を向けられた。
そこはかとなく命の危機を感じる。
こんな時はどうする?
そんなの決まっているじゃないか!
「逃げるんだよォォォーーーーーーッ!!!」
「あ、待ちなさいっ!!」
ドタドタと全力で縁側を駆け抜ける俺と妖夢。
ああ、何となく子供の頃に返った様で面白いな。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
どこからか二人分の視線を感じた様な気がするけど、きっとそれは気のせいだ。
例えそれが肌を焦がす様な熱視線だったとしてもな!!
かくして時間は流れて夜。
もとよりどこか儚げな印象の強かった冥界の風景は、夜になってより幻想的な色合いを増していた。
そして今俺はその美しいあの世の夜景をつまみに杯を傾けている。
「・・・格別ですね」
「そうでしょう?」
隣に座った紫さんが同じ様に杯を傾けながら言った。
「あの世で酒を楽しむ、なんて俗世では考えられないものね。 特に貴方のいた世界では」
「確かに。 でも俺みたいに生きた人間を連れて来て良かったんですか?」
「その辺りは幽々子が何とかしてくれたから問題無いわよ。 ねぇ、幽々子?」
「そうなんですか?」
紫さんと俺を挟むようにして反対側に座っている幽々子さんに問うと、
「ええ、今日はちゃんと許可を貰っているわ」
にこやかな笑顔と一緒に答えてくれた。
・・・しかし許可ってどこから取るんだろうか。
ちなみに妖夢はと言うと、
「うう~~・・・ひっく・・・」
すでにベロベロに潰れていた。
開始30分ぐらいの間、幽々子さんと紫さんから次々と注がれていたから当然か。
俺もこうならない様に注意しないと。
「それよりも、はい♪」
「あ・・・どうも」
そんな事を考えていると酒瓶を突き出されたので、反射的に俺は杯を受けていた。
小さな水音がして透明な清酒が杯に注がれる。
「んくっ・・・」
割と度数が高い日本酒だからか、量はさして無いにも関わらず脳髄が痺れた。
「ふふ、良い飲みっぷりね」
「いえいえ・・・それより幽々子さんもどうぞ」
「ありがとう」
せっかく頂いたので返杯しておく。
「紫さんもどうですか?」
「頂くわ」
紫さんの杯も満たして、夜景を見やった。
まだ季節的に桜は咲いてはいないが、様々な生物の亡霊達が幽玄な雰囲気を漂わせている。
あの世の絶景を肴にしながら、俺は杯を傾けた。
灼熱感が喉を通って、体内へと駆け下りて行く。
「・・・ぷはぁ」
う~ん、美女に絶景に上等な酒。
アルコールだけでなく、男としては至高のシチュエーションに酔ってしまいそうだ。
「ふぅ、やっぱり良いものね。 ここで飲む月見酒は」
「全くですね」
紫さんの言葉に相槌を打つ。
「しかも今日はとっても良いおつまみがあるものね」
・・・この幽々子さんの言葉にはどう答えれば良いのだろうか。
つか、何で二人とも俺をガン見するのさ。
俺は食べ物じゃ・・・・・・・・・・・・なくないな、うん。
くそう、どうせ“いぢられ役”だよ・・・クスン。
「ふふ、そうね。 ではさっそく頂こうかしら♪」
ギュム
悪戯っぽく微笑みながら、紫さんが抱き着いてきた。
食べるってこういう意味なのか!!?
「ちょ、紫さん!! あ、当ってますから!!!」
「当ててるのよ♪」
おまけに腕を挟み込む様に抱き着いてくるから、否が応でもその感触を意識せざるを得ない!
こ、こいつは(主に理性が)ヘヴィだぜ!!
「独り占めはズルイわ、紫」
むくれた様な顔で幽々子さんがこちらを見ていた。
「こういうものは早い者勝ちでしょう?」
その言葉に紫さんは勝ち誇った様な顔で返し、より一層抱きつく力を強めてきた。
(う、嬉しいけど辛すぎる!)
とか思っていると、
「それなら・・・えい!」
ギュム
「ぬお!!」
さらに幽々子さんまで抱き着いてきた。
「早食いなら負けないんだから」
こ、この感触はまたですか!?
うおおお、ここは天国かそれとも地獄なのかっ!!??
「あ、当てている!?」
俺、錯乱気味。
「遅れを取っちゃったけど、紫にだって劣らないでしょ?」
白い頬に朱を散らして、幽々子さんが艶美に微笑む。
ああもう、許されるのなら逆に貴女を食べてしまいたい!
「幽々子も随分と大胆になったわね」
「あら、女は誰もが胸の内に情熱を秘めているものでしょう?」
両腕を拘束したまま、俺を挟んで二人が語る。
ちなみに俺はと言うと、
(落ち着け、素数を数えるんだ! 1・・・2・・・3・・・5・・・7・・・11・・・)
必死で素数を数えていた。
そしてその間にも二人の会話は続いていく。
「でも意外だわ、まさか幽々子もだなんて」
「そう言う紫こそ。 貴女の事だから、食用としてしか見ていないと思っていたわ」
「最初からそのつもりは無いわよ。 だって彼、面白いから勿体ないもの」
「まぁ。 なら飽きたら私が貰っても良いのかしら?」
「トッピングすれば味は幾らでも変えられるわ。 ・・・それにしても相当本腰ね」
「ええ、勿論よ・・・」
幽々子さんの白い指が俺の喉を撫でた。
「許されるのなら、死に誘ってあげたいくらいだもの」
赤い瞳が妖しく輝き、穏やかな眼差しの中に幽かな激情が揺らめいた。
惚けていた脳が冷却剤でも入れられたかの様に、凄まじい勢いで平静を取り戻していく。
そう、彼女は“死を操る程度の能力”を持つ亡霊の姫君、西行寺 幽々子。
「物騒ね。 私ならそんな事はしないわよ?」
かく言う紫さんの表情も、言葉とは正反対に全く表情が無かった。
ただ黄金色の瞳が、禍々しいまでにこちらを見つめてくるだけ。
そこにあるのは妖怪としての八雲 紫の顔。
「ねぇ、こちら側に来ない?」
「ずっと可愛がってあげるわよ?」
甘美な囁き、しかしそれは死神の囁き。
「・・・・・・う・・・あ」
忘れていた恐怖が今更戻ってくる。
片や境界を操る大妖怪、片や死を操る亡霊の姫。
両手に抱えた花は美しく、漂わせるは仄甘い死の香り。
それは人に身には過ぎた禁断の花。
惹かれる事は死に急ぐ事と同じ。
俺は、手を出してはいけないものに触れてしまったのだろうか。
(・・・いや、そんな事は無いはずだ)
妖怪に手を出してはいけない、などと言う法律は無い。
ならばそれは訓戒であって禁制では無い。
(そんなら一層踏み込んでしまおう)
この際敢えて捨て身だ。
「・・・お二人さん。 一つ提案があるのですが、どうでしょう?」
「なぁに?」
「何かしら?」
二人して同時に覗き込んでくる。
結構顔が近いが、動揺してはいけない。
「見ての通り、俺は脆弱な人間です。 ですからお二人さんのお誘いには少々抵抗があります」
「まぁ、そうでしょうね」
紫さんが相槌を打つ。
「お二人の力でもって死ねば、俺は永久に在り続けられるかも知れません。 しかし、残念ながら俺はまだ死を悟るには至っていません」
二人は黙って聞いていてくれる。
なので、そのまま一気に自分の考えと提案を述べる。
「有限の命にとって刹那とは切ないものですが同時に大切なもの。 ですから待っていただきたいのです」
「何を?」
「俺が死を悟る時を」
二人分の視線を真っ向から受け止める。
冷や汗が止まらないが、それでも俺は今ここで死を受け入れたくない。
「・・・そんな都合の良い条件を飲むと思う?」
紫さんの視線がキッと細められる。
「力ずくって言う手段もあるのよ?」
幽々子さんの微笑が深みを増す。
そう、この二人を前に拒否権など無い。
「・・・貴女たちはそんな事はしないはずです。 それに・・・」
言葉を区切る。
「俺はお二人を信じていますから」
強大な力を持つ以上、それを無闇に振るう事などしないはずだ。
殊に相手が“友人”ならなおの事。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
視線と沈黙が痛い。
何か起こっている訳でも無いのに、このまま10分と経てば胃に穴が開いてしまいそうだ。
そして永遠と思えるほどの沈黙の後、
「・・・ふぅ、分かったわよ。 全く、貴方もなかなか強情ね」
「そんな真剣な目で言われちゃったら断れないじゃないの~」
微苦笑を浮かべて二人は言った。
「・・・・・・・・・良かった~~」
その言葉を受けてかっきり3秒経過してから俺はようやく息を吐いた。
緊張のあまり全身の筋肉が硬直してしまったのかやけに首が痛い。
「あらあら、大丈夫?」
いつもの様にほんわかとした声と共に、幽々子さんがしなだれかかってくる。
「!?」
緊張のあまりに忘れていたのだが、俺は“至高の感触”の挟み撃ち喰らっていたのだった!
「ふふ、マッサージでもしてあげようかしら?」
さらに紫さんまでしなだれかかってくる。
「うわわわ! お、お二人とも勘弁して下さいっ!!!」
「「い・や♪」」
楽しそうに言って、ますます体重を掛けてくる。
これ以上は本当に色んな意味でピンチですよ!
「・・・覚悟なさい。 貴方はもう幻想郷から帰れないのだから」
「え?」
唐突に、見た事も無いくらいに優しい顔で紫さんが言った。
同じ様に、幽々子さんが続ける。
「だって貴方は私達に『 』を抱かせてしまったのだもの」
「・・・え?」
呟きは宵闇の空気に溶けて消えていった。
(父さん、母さん、俺はどうやら息子は帰れなくなったみたいだよ)
心の中で呟いてみる。
不思議と、それが悲しい事とは思わなかった。
縁側で伸びている妖夢の声が風流だった。
うpろだ397
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外の世界は生活の利便化を図る為に科学が発達しているのに対し、幻想郷はそれを補う様にして魔法が発達している。
必然的に外の世界からの来訪者である俺にとって、魔法と言うものはとても興味深い技術だった。
だから俺はこの世界に来てから、結構魔法について熱心に勉強している。
そして今日も今日とて、俺は自分の師(弟子入りした訳では無いが)の元へ教えを乞いに行くのである。
「遅いぜ」
「悪い、少し準備に手間取ったんだ」
魔法の森の入り口。
そこで俺を待っていてくれたのは普通の魔法使い、霧雨 魔理沙と七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド(と人形達)だ。
「今日は随分と大荷物ね」
肩に下げたカバンの大きさに気が付いたのか、アリスが少し驚いた様な顔をしていた。
「まぁね、今日はちょっとやって見たい事があるから」
今回はちょっとした実験の為に、カバンの中身は多くなっている。
「おいおい、本を汚したらパチュリーがうるさいぜ?」
これから行く場所はヴワル図書館であり、そして彼女はそこの主だ。
魔法使いは本の虫が多いが、彼女の場合は特にその傾向が強いと思う。
無論俺だってその位の事は分かっている。
「大丈夫、そんな大層なものじゃないから」
化学の実験とかならまだしも、魔法の実験なんて俺一人じゃ出来ない。
そもそも俺の魔力は常人並みだ。
つまりは魔法を行使する才能が無いだけなのだけど。
「まぁ、確かに今の○○じゃ大した事は出来ないでしょうね」
流石本物の魔法使いだ。
よく分かってらっしゃる。
「それもそうか。 よし、じゃあそろそろ行こうぜ」
「そうね、そうしましょう」
「おけ、行こうか」
と、ここで一つの問題が生じる。
問題→俺は空が飛べない。
解消法→ゆえに二人のうちどちらかに連れて行ってもらわなければ行けない。
結論→さて、どちらに頼むべきか。
つまりそう言う事である。
そして俺が解答に悩んでいると、
「おし、○○。 後ろに乗れ」
「そ、その・・・私が連れて行ってあげても良いのよ?」
全く同時に二人に言われた。
一瞬の間があって、
「いや、普通に考えて私の箒に乗る方が○○に負担掛からないだろ」
「何言ってるのよ、魔理沙の乱雑な飛行に付き合わされる方がよっぽど辛いでしょ」
一気に場の雰囲気が変化した。
・・・修羅場?
「なぁ○○。 お前だって私の箒の方が良いだろ?」
「○○、悪い事は言わないから私と一緒に行きましょう?」
「いや、あの・・・」
二人して何でバックに炎背負ってるんですか。
この際ジャンケンでもクジでも良いから適当に決めようよ。
何より仲良くしようぜ。
「埒が明かないな。 こうなれば・・・」
「そうね、やっぱりここは・・・」
第六感を最大限に発揮して、俺は全力で後ろに飛んだ。
「「弾幕(これ)で決めるか(ましょうか)!!」」
チュドーン!!
溢れる魔力の輝きと共に爆音が周囲に響き渡る。
木々から鳥達が一斉に飛び立って、青空の彼方へと消えて行く。
「・・・どうしてこうなるんだろうな?」
上空で激しい弾幕戦を始めた二人の少女を見てから、取り残されたらしいアリスの人形に問うてみる。
「シャンハーイ?」
「ホラーイ?」
返ってきたのは小首を傾げる動作。
なるほど、君らでも分からないんだね。
「はぁ・・・」
どうやらまだ図書館に向かうのには時間が掛かりそうだ。
とりあえず両者に捧げる労いの言葉でも考えておこうか。
それから1時間近く経過してようやくヴワル図書館に辿り着いた。
で、パチュリーさんの開口一番の言葉は、
「・・・彼方達何をやって来たのよ」
誰もが言いそうな言葉だった。
そりゃ、魔理沙とアリスの服がおかしな具合に破けたり、焦げていたりすれば疑問に思うだろうさ。
「少々弾幕ごっこをしていたんです。 遅れてすみません」
二人に説明させるとそれはそれで時間が食いそうだったので、代わりに俺が簡潔に事を説明した。
「・・・・・・そう、まぁ良いわ。 それより二人とも家で着替えてきなさい」
「えー、面倒臭いぜ」
「・・・そうね、その方が良いわね」
パチュリーさんの言葉に対して真反対の反応を返す二人。
「婦女子がそんな格好でいるのは良くないと思うぞ、魔理沙」
ちなみに面倒臭そうにしている魔理沙が一番服の損傷が激しい。
例えば、スカートの部分とかスリットばりに裂けている。
その光景はとても・・・デンジャラスです・・・
「ん~? 何だ○○、気になるのか?」
「目の毒だからな」
ニヤニヤしながら寄って来るが、一蹴しておかないと後が面倒な事になりそうだ。
実際、今もアリスとパチュリーさんからの視線が痛いし。
「・・・・・・こういうのが良いのか」
「何だ?」
「いや、何でもないぜ」
「?」
何か言っていた様だけど、声が小さくて聞こえなかった。
・・・悪巧みとかじゃなきゃ良いけど。
「じゃあ、私たちは一度家に戻るわ」
「ま、そんなに時間は掛からないと思うから安心してくれ」
「はいよ」
今回は普通に入室したので、壁に大穴が開いている訳ではない。
なので、二人はキチンと出口から出て行った。
もっとも最後まで穏便に行くかどうかは分からないが。
「何しているの?」
「いえ、何となく」
唐突に黙祷を始めた俺を見て、パチュリーさんが不思議そうな顔をしていた。
ヴワル図書館には数多の魔道書がある。
その蔵書のジャンルは単純に魔法を書き込まれたものから、マジックアイテムの生成法を記したもの、精霊や悪魔の召喚術について書かれたものなど非常に多い。
「・・・っと、確かこの棚だったかな」
俺が今探しているのはマジックアイテムの生成法を記した魔道書だ。
「あった、けど・・・」
程無くして目的の本を見つけたのだが、置いてある場所が悪かった。
「た、高ぇ・・・」
背表紙が特徴的な本なので上の方にあってもすぐに分かるのだが、残念ながら置いてある場所があまりにも高すぎる。
周囲に脚立とかが無いかと探してみるが見当たらない。
「参ったな・・・」
前回はあんなに高い場所には無かったのだが。
そうして暫く諦めるべきか何とか工夫して取るべきか悩んでいると、
「あの・・・」
「ん?」
パチュリーさんのものとは違う声が聞こえた。
見てみると、シックな服装をした女の子が立っている。
背中に翼が生えていたり尻尾が見えていたりする辺りから、どうやら悪魔か何かのようだ。
「何かお困りですか?」
「えっと、そこにある本が取りたいんだけど・・・」
目的の魔道書を指差すと、彼女はそれを見やってから翼を広げた。
そしてそのまま宙に浮かんで、俺が求めていた魔道書を取ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
小さく微笑んで、魔道書をこちらに渡してくれる。
「ありがとうございます」
俺も礼を言って、本を受け取った。
「・・・えと、君は?」
「私はこの図書館の司書を務めている小悪魔です」
悪魔とか言う割には丁寧な物腰だ。
しかしその名前に微妙に疑問を思った俺は、失礼を承知で質問を重ねた。
「小悪魔って言う名前なの?」
すると彼女はクスッと笑った。
「いえ、私に名前は無いんですよ。 私はパチュリー様の使い魔ですから」
「え・・・じゃあ、皆は何て呼ぶの?」
「小悪魔、と呼んでもらっています」
・・・何か気に入らないな。
そりゃ、本人が気にしていないのなら悪くないのかも知れないけど。
少なくとも俺は気に入らない。
「・・・なら、俺は君の事を“こぁ”って呼ぶよ」
「え?」
「だって、その方が呼びやすいでしょ? それに名前が無いなんて悲しいじゃないか」
名前と言うものは固体識別の他にも、自己の存在を認知するには必要不可欠なものだ。
それを与えないと言うのは人権迫害にも等しい。
「・・・・・・・・・」
「あ・・・・・・」
何か困った様な顔している。
しまった、ついつい要らぬ事をしてしまった。
「そ、その・・・ごめんね。 気にしないで良いよ」
「・・・・・・え」
ヘコヘコと謝っていると、小さな声が聞こえた。
「え?」
「・・・・・・貴方の名前、教えてください」
少しだけ、恥ずかしそうな顔で問うてくる。
そう言えば俺、まだ名乗ってなかったな。
「俺は○○。 ただの人間さ」
「○○・・・さん」
反芻する様に、俺の名を呟く。
うわ、何か無意味に恥ずかしい。
「じゃ、俺行くね」
このままここにいると自然発火してしまいそうだったので、俺はそそくさと退散する事にした。
「あの、○○さん!」
「はい?」
振り返ると、
「後で、お茶をお持ちしますね」
どこか嬉しそうな声色で言ってこぁは笑った。
そして再び彼女は翼を広げて、どこかへと飛んで行ってしまった。
「・・・ナチュラルに可愛いな」
意図せずそんな言葉が漏れた。
俺はピンク色な気分のまま、しばらくそこにぼんやりと立ち尽くしていた。
数冊の魔道書に囲まれて、俺は実験に必要な事をノートに書き込んでいた。
今ここに書き記している事は、今回俺が行いたいと思っている事の骨になる部分だ。
「・・・よし、こんなものだろ」
ペンを置いて一息つく。
「何が出来たんだ?」
読んでいた本を置いて、魔理沙が尋ねてきた。
「ちょっとしたマジックアイテムの生成法を作っていたんだ」
「もっとも、まだ実現できるかは分からないけど」と付け加えておく。
「へぇ、どんなのかしら?」
本棚に魔道書を戻しながらアリス。
パチュリーさんも無言で本から視線を上げてこちらを見ている。
・・・皆、興味津津だな。
「教えても良いけどその前に・・・ パチュリーさん、この理論問題点ありますか?」
「見せて頂戴」
書きあがったばかりのノートを手渡す。
パチュリーさんは真剣な様子で最初ページからノートを捲り始める。
そして一通り見終わった後に彼女は言った。
「魔力計算に多少問題があるけど、概ね理論は間違っていないわ」
「良かった・・・」
昔から計算は苦手だったから、その辺りが不安だったのだ。
下手に計算がズレると理論自体が破綻しかねない。
理論構成に問題が無いと言う事は、さほど大きなミスが無かったと言う事だろう。
「おお、見せてくれよ」
「あっ、おい!」
ノートを引っ手繰られた。
・・・手馴れてるなぁ。
「あら、マジックアイテムの生成法じゃない。 この構成だと・・・魔道書の作成法かしら?」
魔理沙の隣で見ていたアリスが言った。
「ま、その類だね」
ズバリ核心を当てられた。
(種族として魔法使いともなると、こうも簡単に魔法の種類が分かるようになるのか)
とか内心で感心していると魔理沙が口を開いた。
「おいおい、いきなり魔道書を作るのか? 幾らなんでも無理だと思うぜ?」
「まぁな、俺も最初から作れるとは思ってないよ。 それにそいつはただの魔道書の作成法を記したものじゃないんだ」
魔道書とは、魔法使いが魔法の“鍵”を書き込んだ書物の事だ。
ならば常人の俺にそんな“鍵”を書き込む事なんて出来ない。
作れても初歩以下の内容の本だろう。
俺が出来る事は、英文を辞書で翻訳しながら読むのと同じ程度でしかないのだから。
「確かにこれは魔道書を作成する為の理論ではないわね。 ・・・言うのなら“魔法の様なものを閉じ込めた本”かしら」
視線だけをこちらに向けながら、パチュリーさんが的確な解説を加えてくれた。
「・・・つまり開くと本自体が魔法を放ってくれるって事か?」
「う~ん、そうなるのかな?」
「何だ、はっきりしないな」
流石は通称黒白。
物事はっきりしないと心地が悪いらしい。
「なら実際に発動させてみましょうか」
「え?」
唐突なパチュリーさんの言葉に、俺は間抜けな声を上げた。
「大丈夫なの?」
「ええ、○○の作った“魔法もどき”だもの」
「そうだったわね」
アリスの問いにパチュリーさんが答える。
し、しかし傷つく言い方だなぁ。
「なら安全性は高いんだな?」
ノートを手渡しながら魔理沙。
「物質への干渉性が殆ど無いからね。 ・・・それじゃ、始めるわよ」
ただでさえ細い目をさらに半目にして、パチュリーさんが詠唱に入った。
程無くして彼女の足元に魔法陣が描かれ、同時に周囲が暗くなっていく。
「おお、ワクワクしてきたぜ」
と魔理沙が言っているが、服が保護色になってどこにいるのか分かりにくい。
「なかなか洒落た演出ね」
ゆっくりと暗くなって行く周囲を見渡しながらアリス。
そしていよいよ周囲が完全に暗闇に閉ざされた瞬間、懐かしいメロディが俺の鼓膜を震わせた。
―神秘で出来た 美しい獣を観る―
「おお!?」
「・・・何!?」
魔理沙とアリスの驚く声。
水底から響いてくる様な歌声と共に、唐突に俺達は海へ落ちた。
いや、正確には聴覚と視覚だけか。
何せ服は濡れていないし、手足の動作も地面の上に立っているのと変わらない。
「あまり驚かないのね」
「まぁ、一応自作ですからね」
パチュリーさんが魔方陣を維持したまま声を掛けてきた。
彼女の魔力で持ってすればこの“魔法もどき”の維持など造作も無い。
したがって、俺と会話をする余裕もある訳だ。
―捜していたものを見つけた悦びをいま唄に代えよう―
歌声と共に風景も次第に変わっていく。
若葉色、薄紅色、藤色などの様々な色のモヤが現れては消える。
そのモヤは幾何学的な模様を表したり、或いは瞳など何か生物を表したりしている様にも見えなくもない。
「・・・すげぇな」
「これは・・・幻術なの?」
目の前に現れた不思議な光景に魔理沙はぼんやりと呟き、アリスは信じられない様な顔をしていた。
俺はただ黙って流れて行く光景と音に耳を傾けていた。
―届いて―
―あなたの名前を知りたい 嗚呼きっといつか呼べます様に―
いつしか俺達は黙って目の前の光景と音を楽しんでいた。
そして、ふいに辺りの光景が暗幕を上げるかの如く薄れていった。
「終わったか」
軽く息を吐く。
「・・・これで分かったかしら?」
同じ様に小さく息を吐きながらパチュリーさんが言った。
その言葉に魔理沙は、
「凄いじゃないか!!」
俺の肩を痛いくらいに強く掴んで、激しくシェイクした。
「あ゛あ゛あ゛!!!」
必然脳みその中身が激しく揺らいで、俺は奇声を上げる事になる。
こ、このままでは頚椎がイってしまう!!
「なぁなぁ、あのノートもう一回見せてくれよ!!」
「あ゛がががが・・・」
あ、お花畑が見える。
向こうにいるのはサボり魔の死神さんかな?
幽々子さん、俺そろそろそっちに逝けそうです☆
「ちょっと、魔理沙! ○○が死んじゃうわよ!!」
慌てて誰かが割って入ってくれたので、俺は何とか一命を取り留める事が出来た。
「うぐぐ・・・あ、頭が痛ぇ~~~」
まだ脳が揺れている気がする。
三半規管がおかしくなっているのか、平衡感覚というものが全く感じられない。
そして揺れる身体は本能的に“支え”を求める。
したがって俺はとりあえず身近にあったものに掴まった。
「ひゃっ!!?」
あれ、やけに柔らかいな。
しかしまだ視界がグルグルと回っていて目の前のものが認識できない。
「ん~?」
視覚で確認できないので、とりあえず触覚に頼る。
「やっ! ちょ・・・やめっ・・・・・・ん!」
・・・あれ、もしかしてこれって。
「・・・・・・・・・」
上を見上げる。
狙ったかの様に視界がクリアになって、そこにある人物の像を結んだ。
「・・・~~~!!」
顔を真っ赤にして、微妙に涙目のアリスがそこにいた。
横を見る、
「・・・・・・プフ」
魔理沙が笑っていた。
後ろを見る、
「・・・・・・(ツイッ)」
パチュリーさんが目を逸らした。
そして再びアリスに視線を戻す。
「・・・・・・・・・」
表情が無かった。
「メンゴメンg「死ネ・・・」」
至近距離でドールズウォーを喰らいました。
それから数分後、俺達は円卓を囲んで紅茶を飲んでいた。
互いに会話は無く、ただ静かに時間は流れて行く。
「・・・あの、大丈夫ですか?」
こぁが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「大丈夫、慣れてるから。 それよりも紅茶おいしいよ」
「へ? あ、ありがとうございます・・・」
一瞬だけキョトンとしてから、こぁは少々戸惑い気味に頭を下げた。
まぁ、今の俺の状態がアレだから素直に喜べないか。
「しかし結構派手にやられたな、○○」
カップを片手に魔理沙が苦笑した。
「因果応報だからな」
故意であった訳でなくとも、悪い事をやったので罰を受けるのは当然だ。
・・・もっとも、意識が飛ぶまでボコるのはいかがなものかと思うが。
「ふ、ふん!!」
少々抗議の視線を送ってみると、露骨に顔を背けられた。
むむ、嫌われてしまったかな?
でも今この場で謝っても逆に彼女の機嫌を逆撫でてしまいそうなので、とりあえずもう一度「ごめん」と謝るだけに留めた。
「そう言えば、あの魔法もどきは何の為に作ったのかしら?」
「ああ、これの代用品を作りたかったんですよ」
パチュリーさんの問いに、俺はカバンから“あるもの”を取り出した。
「・・・見慣れない形だな。 外の世界の物か?」
魔理沙が目を輝かせながら身を乗り出した。
そう、俺が取り出したものは携帯音楽機器だ。
「こいつは音楽を聴く為の機械だ。 ・・・この世界風に言うと式だな」
「香霖の所にある様なものか」
「いや、こいつはまだ現役だから」
まだ電池が残っているから良いが、それが尽きればこいつの価値もあのガラクタ屋敷の売り物と同等に成り下がってしまう。
それに、音楽が聴けないと言う状況は現代人である俺には厳しい。
「・・・だからこんな物を作ったのね」
視線をノートに向けながらパチュリーさん。
凄いな、思考読まれちゃったよ。
「ええ、こいつに残された寿命もそんなに長くないと思ったんです。 だからどうにかその内容物だけでも別の形で残せたらって」
電源ランプの色はまだ明るい緑色。
しかしそれでもおそらく後数時間も動かせば、こいつは動かなくなってしまうだろう。
そしてそうなれば、科学が発達していない幻想郷ではもう二度とこいつは動かせなくなる。
だから俺は何とかしてこいつの中身を、自分が“外”から来た証を残したかったのだ。
「ま、式が作れたなら次はそれを形に出来る様努力すれば良いだけですからね。 今から式だけでも書き出して行こうと思ってますよ」
この計画が上手く行けば、精神力だけを用いて音楽のビジョンを脳内に展開出来るようになる。
しかも、映像があるだけこの音楽機器より高性能だ。
ただし映像があるだけに歩きながらは使えないが。
「でもそれってマジックアイテムの一種って事になるんだろう? ならお前が自力で作れる様になるのは結構先になるんじゃないか?」
「ご尤もだ。 でも俺はそれでも良いんだ」
紅茶で喉を潤してから、俺は続けた。
「だって目標があるなら頑張れるじゃないか」
目標とは指針だ。
そしてそれがあるから人は輝き続けていられるのだ。
だからこそ、人は目標を失った時に絶望する。
どんな些細な事でも、人は目指すものがあれば頑張れるはずだ。
「どんなに努力しても魔法を使えるようになる事は無いかも知れない。 でも目標を追い続ける限り俺は今より上を目指せるだろうからね」
言い切って、俺はもう一度紅茶を口に含んだ。
そして飲みきってから気が付いた。
「・・・どうしたよ、みんな」
なぜか一同(アリスまでも)が揃ってこちらを見たまま硬直していた。
「いや、うん・・・良いんじゃないか? 私は応援するぜ?」
何で歯切れが悪いんだ、魔理沙。
「な、何だったら私が教えてあげても良いわよ?」
そっぽを向きながら言われても困るよ、アリス。
「えぇーと、凡人に魔法を教える方法は・・・」
唯一まともそうに見えるパチュリーさんも、本が上下逆さまになっている。
ま、何にせよ皆俺の事を応援してくれるみたいだし、
「ありがとう、皆。 大好きだぜ!(←友人的な意味で)」
自分なりに最高の笑顔で礼を言っておく。
ボンッ!!
うお、何か妙な音がした!?
何事かと思い周囲を見るが、特に変わった様子は無い。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
あれ、何か皆顔が赤くないか?
「・・・まぁ、良いか。 こぁ、お茶おかわりくれないかな?」
「あ、はい」
ふと紅茶が無くなっている事に気が付いたので、こぁに注いで貰う事にした。
彼女は慣れた手つきで、カップに紅茶を注いでいく。
「どうぞ」
「ありがとう」
こぁに微笑を向けて、俺はカップに口をつけた。
優雅な香りが鼻腔をくすぐり、仄かな酸味が舌先を刺激する。
「・・・おいしいなぁ」
だらしなく頬を緩ませながら俺は呟く。
魔女達との昼下がりは、こうして緩やかに過ぎて行くのだった。
なお、この日を境に魔理沙やアリスに引っ張りまわされる回数が増えたり、パチュリーさんの言葉数が増えたりしたのはまた別のお話。
うpろだ399
───────────────────────────────────────────────────────────
眠りと言うものは心地良く、大抵の人にとっては安らぎの世界である。
物理学的に言う安定状態とはエネルギーが低い事であるから、意識水準が低迷する“眠り”と言う状態はある種の安定状態なのかも知れない。
そう、安定状態。
それは今の俺には無いものだ。
あの夜、俺を取り巻いていた運命は鮮やかに色を変えた。
日々が驚きと慌ただしさに満ち溢れ、生涯関わる事など無いと思っていた人物達と接点を持つようになった。
きっと、今日も・・・
「○○さん、起きて下さーーーーーい!!」
ドゴスゥ!!!
「ウボァ!!!!」
手足の先まで届くような激痛がして、俺は強制的に起床させられた。
「おはようございます、○○さん!」
「・・・・・・永眠させる気か、オマイは」
目を開けると、文が俺の上に馬乗りになっていた。
頼むから時には感傷くらい浸らせくれよ。
俺、一応シリアスな人間のつもりなんだぜ?
「いえいえ、コレくらいの衝撃が無いと○○さん起きないじゃないですか」
「馬鹿言え、洒落にならんわ。 それより早く退いてくれ」
が、文はなぜか俺の上に乗ったまま動かない。
「・・・文?」
不思議に思って見上げると、微動だせずに顔を俯けた文がいた。
その視線を辿って行くと、
「!!!」
彼女が硬直している理由が分かった。
「うおおお!! 文、早くそこから退け!!!」
語気は強いのだが、下手に動く事が出来ない。
何せ、健常な青年の朝となれば・・・ねぇ?
「・・・・・・・・・」
「お、おい!!」
しかし彼女は動かない。
俺も声を掛ける事は出来ても、動く事は出来ない。
「・・・・・・・・・良いんですよ?」
「あ?」
間抜け面を晒す俺に、恥ずかしげな声で文は繰り返した。
「私は・・・良いんですよ?」
「はぁ!!!??」
潤んだ瞳でこちらを見つめてくる彼女に、俺は情けないくらいに取り乱す。
「私は、貴方の事が―――」
「わあああああ!!!!!!」
何かを伝えようとする文。
何故かその言葉は聞いてはいけない様な気がして、俺は奇声を発しながら跳ね起きた。
「きゃっ!!」
必然、俺の上にいた文は転げ落ちる事になる。
「うっちゃれえぇぇ!!!
「ひゃあ!?」
転がった文をお姫様抱っこし、そのまま部屋の外まで運ぶ。
そして、
「・・・え?」
「・・・これでよし」
彼女を部屋の外にゆっくりと降ろし、ドアを閉めて鍵を掛ける。
「ちょっ、○○さん!! 今のは何ですか!!」
「強制退去してもらっただけだが?」
「わ、私の精一杯の勇気はどこに行くって言うんですか!」
「世界の果て☆」
空気を読まない、と言う事もスキルだと思うのはおかしいだろうか?
「・・・ふぅ」
まだ外では文が何やら抗議の声を上げているが、残念ながら今の俺にはそれに構っている余裕は無い。
「いやはや、危うく違う板にいくところだった・・・」
少し前屈みになりながらぼやく。
朝日だけが、いつも通りに騒がしい日常の始まりを告げていた。
日中特に何もする事が無かったので、俺は博麗神社に来ていた。
神が祭られる神聖な場所のはずなのに、ここには人外が多く集まってくる。
「・・・静かだな」
しかしどういう訳か、今日に限って誰もいなかった。
普段なら昼間でも鬼やらスキマやらがいるものなのだが。
「・・・・・・・・・」
無人の博麗神社はなかなか不思議な雰囲気が漂っている。
だがそれ以上に広い境内に一人きり、と言う状況は孤独感を増長させる気がする。
「あれ、○○じゃない」
「霊夢か」
ぼんやりとしていると、縁側にお茶を持った霊夢が出てきた。
「珍しいわね、朝からここに来るなんて」
「そう言えばそうだな」
「明日は大雨かしら」
「グングニルが降るかも知れない」
「ありそうで怖いわね」
縁側に腰掛けてそんな下らないやり取りする。
互いに視線を交わす事も無いので、独り言の言い合いの様にも見えるかも知れない。
しかし、これが俺と霊夢の会話なのだ。
「で、何の用?」
「用・・・か。 用は特に無いんだよな」
ぶらぶらとしていたら不思議と足が向いていただけなので、本当に目的などは何も無い。
「そう。 てっきりまた誰かを懲らしめてくれって言いに来たのかと思った」
そう言えば以前確かに頼んだ事がある。
以来、しばらく文と萃香の姿が見えなかったので効果はあったのだが、
「なぁ、あの時二人に何やったんだ?」
実際何をやられたのか二人に問うと、きまって青ざめた顔で首を横に振るのだ。
正直、気になってしょうがない。
「少し灸を据えてやっただけよ」
霊夢はしれっとした顔でそう言ってのけ、お茶に口をつけた。
「・・・そうか」
これ以上聞くと自分が実体験する事になりそうだと思い自重する。
「しかし、あんたも大変ね」
「うん?」
「随分と好かれているみたいじゃない」
「ああ・・・・・・皆の事か?」
好かれているかは兎も角としても、確かにやたら構われる。
別に一匹狼な訳では無いので嬉しいのだが、その反面振り回されすぎて時々疲れるのが問題だ。
「ま、嫌われているよりは良いんじゃないか? 俺は皆と仲良く出来るならその方が良いし」
むしろ例の事件の事もあるから、もしもそうならありがたい事この上無い。
「・・・・・・○○も相当鈍いわね」
「ん、何がだ?」
何やら霊夢が呆れ顔をしてらっしゃる。
「まぁ私の事じゃないから別に良いんだけどね。 でもそろそろ気付かないと不味いわよ」
「いや、だから何にだよ」
主語が無い日本語の意味は分かりません。
「自分の胸に聞いてみれば?」
「意味が分からん」
俺の言葉を最後に会話が途切れた。
霊夢が茶を啜る音と、風のざわめきがやけに大きく聞こえた。
「・・・じゃ、俺そろそろ行くわ」
「あら、そう」
霊夢の反応はとても淡白だが、これが彼女の性分なのは知っているので特に何とも思わない。
「○○」
「ん?」
「・・・・・・・・・ううん。 何でも無いわ」
「そうか」
妙に歯切れの悪い霊夢に一瞬だけ懸念を感じたが、それを問うのは良くないような気がする。
・・・それは何故か『聞いたらいけない』様な気がした。
「・・・ふぅ」
あいつが去った方をぼんやりと見ながら息を吐く。
さっきまで腰掛けていた場所をそれとなしに見て、理由の分からない寂しさを感じた。
「何だかなぁ」
最近時折こんな気分になる事がある。
時期的には、大体あいつと出会ってしばらくしてからだろうか。
「・・・あー、何なのかしらね」
この症状はあいつと一緒にいる時は治まっている事が多い。
逆に長期間あいつの顔を見ないと頻度が上がってくる。
と言うか、これって・・・
「・・・・・・いや、まさかね」
一瞬頭をよぎった言葉を否定する。
その言葉は魔理沙とかにこそ相応しいのであって、私に相応しいものでは無い。
しかし一つだけ興味が残った。
「・・・何でなのかしら?」
仮にそうだとしても、なぜあいつなのだろう。
別に何か特別な事が出来るわけでもないし、とりわけ良くしてくれている訳でもないのに。
何となく空を見上げてみたが、そこに答えがある訳も無い。
魔理沙にでも聞くべきだろうか。
「それが一番手っ取り早い・・・ん?」
ふいに、何かが私の脳裏をよぎった。
「そうか。 あいつ、誰にも優しくないんだ」
ぼんやりと呟いて、私はその言葉がおそらく答えなのだと思った。
そう、多分あいつは・・・
毎度毎度の事だが、これだけは言わせて欲しい。
「・・・・・・何故なんだ!」
地に伏せたまま、激痛を吹き飛ばす様に俺は叫んだ。
「ボウヤだからじゃないかしら?」
すると上から退屈そうな声が降って来た。
視線を上げるとそこには緑色の髪の女性が、優雅に日傘を差してこちらを見下ろしていた。
「紫が随分とご執心みたいだからどんな男かと思っていたけど・・・ただの人間の男じゃない」
「当然だろう。 つか、いきなり出会い頭に弾幕ぶっ放すなんてどんな神経しているんだ、風見 幽香さんよ」
憎まれ口を叩いてみるが、
「妖怪として当然の事をしたまで。 そもそも、昼間には妖怪が出ないという考え自体が甘いのよ」
鼻で笑われるだけに終わった。
しかも、それが真理なだけに反論のしようが無い。
「噂では博麗神社の宴会参加者達を全員伸したとか聞いたけど、ただの誇張だったのかしら?」
「いや、それは事実だぜ」
ただし究明の目処が立っていないのだが。
「へぇ・・・ならまだ本気では無いと言う事かしら」
すると、唇をニュイーっと吊り上げて彼女が笑った。
笑顔なのに無茶苦茶怖えぇ・・・
と言うか、明らかに俺言わなきゃ良い事を言ったよな。
「レディに気を利かせたつもりならばそれは間違いよ? 私は手加減されるのが嫌いなの」
「いやいや、手加減も何も無いから。 何より、空も飛べない弾幕も張れない人間の限界なんて高が知れているだろ?」
「その程度の人間ならば紫が気に入るはずがないもの。 だから早く本気を出しなさい」
無理を言う。
そもそも立ち上がる事すら苦しい状況なのに、どうやって戦えと言うのだろうか。
「・・・・・・・・・」
一瞬、自分のポケットには『あの小瓶』がある事を思い出した。
しかしすぐに頭を振って、その考えを打ち消す。
(『あれ』は使っちゃマズイな・・・)
確かにこの場を逃れるチャンスを作る事が出来るかも知れないが、それはあの時と同じ『罪』を重ねる事になる。
いや、正確には『罪』なのかも分からないのだが・・・
「・・・悪い、本当に勘弁してくれ。 何よりアンタの身が心配だ」
俺は素面で婦女子に狼藉を働く様な真似の出来る人間では無い。
なので、受け入れてくれない事を承知で許しを乞う事にした。
「地べたに這いつくばっている分際で忠告? それに名を知っているのなら、私がどういう妖怪だかも分かるでしょう?」
思った通り、不機嫌そうな顔が返ってくる。
「それなりにな。 だが、本当に『あれ』は使いたくないんだよ」
「逆にそこまで言われるとなおさら見てみたくなるわね」
「・・・止めてくれ。 この通り、降参だ」
うつ伏せたままでは辛いので、俺は仰向けになった。
幸い場が草原のある川岸だったので、仰向けになってもさほど苦にならない。
ああ、空が青いなぁ。
「呆れた。 とんだ根性無しね」
「そうか」
「・・・殺して良いかしら?」
「殺さないでー」
「・・・・・・」
ドスッ
傘が突き刺さり、腹部から鋭い痛みが全身に向かって駆け抜けた。
「うぐおぅ!!!」
あまりの激痛に俺はゴロゴロとのた打ち回る。
「なっ! 何をするだァーーーーーーッ!!」
一頻り悶えてから、俺は出来る限り力一杯叫び声を上げた。
「何って、攻撃よ」
「いや、そんなしれっとした顔で言われても」
当然、とばかりの様子で切り返されて勢いが削がれる。
「何より直視出来ないくらいに気色が悪かったんですもの」
「・・・ですよね」
うん、自分でも調子に乗っていたなと思うよ。
「さて、と。 どうしてくれようかしら」
そう言えば基本的に幻想郷で行われる戦いは決闘の方式だったな、などと俺は思い出していた。
だから命を取られる事は少ないのではなかったか?
「・・・紫に対する嫌がらせとして食べてしまっても良いかもね」
やっぱり食料扱いなんだな、俺。
幻想郷にいると本当に弱肉強食って言葉を肌で感じられる。
「でも今はあんまり人を食いたい気分でも無いし・・・ どうしようかしら」
お、逃がしてくれるのか!?
「ああ、そうだ。 貴方、少しの間私の話し相手になりなさい。 そしたら見逃してあげないでもないわよ?」
「喜んでお受け致します」
俺、即答。
やっぱり話し合いが一番大事だよね、人間って☆
だが安易に話を受けたのを後悔する事を、その時の俺はまだ知らなかった。
雲の流れは緩やかに、空の色彩は鮮やかに移ろい行く。
当初、それほど掛かるとは思っていなかった風見 幽香との対話は思いの外弾んでしまい、その結果として気が付けば時刻は暮六つを回っていた。
なぜそんな事になったか。
「・・・何でよりによって紫さんが来るのかな」
二人は旧知の仲らしいが、お世辞にも仲が良いとは思えなかった。
だって紫さんが現れた瞬間、明らかに空気が変わったもの。
おまけに(それまでもちょくちょくあったが)傘で叩かれる回数が増えたし。
「しかも戦い始めるし・・・」
結局そのままなぜか二人は弾幕ごっこを始めてしまい、俺はいつの間にか景品にされていた。
なので、身の危険を察知した俺はさっさと逃げた。
そして今に至るのである。
「ふぅ・・・しかし何にせよ急がないと不味いな」
大禍時とは妖怪が出没し始める時間帯である。
要するに彼等にとって、この時間帯は朝なのだ。
「朝御飯にはなりたくないな・・・」
どこの馬の骨とも知れない野良妖怪に喰われるのはごめんだ。
いや、知っている奴に喰われるのも嫌だが。
「ちょっと、そこの貴方」
「?」
後ろの方から人の声がした。
俺は振り返ってみたが、そこには誰もいない。
「空耳か?」
後ろでは今まさに夕日が山の彼方へと消えようとしている所だった。
写真に収めたくなる様な風景だ。
「ここですよ」
「おお!?」
声は俺の下の方から聞こえてきた。
見ると、豪奢な服に身を包んだ少女が立っている。
確か、彼女は・・・
「四季映姫・・・?」
「・・・私の事を知っているのならば、なぜ私が貴方の元へ訪れたかも分かりますね?」
閻魔は時折罪を背負いすぎている人間の所へ赴き、忠告をしに行くことがあると言う。
それが事実なら、まさに今目の前にいる少女は俺が背負う罪について忠告しに来た、と言う事になる。
「俺、大罪を背負ってるんですか?」
だが思い当たる節が無い。
まぁ、だからこそ忠告しに来ているのだろうけど。
「・・・『罪』と言えるかは何とも言えませんが、このまま行けば貴方は大変な事を引き起こしかねないのです」
「・・・さいですか」
「安心なさい。 それほど時間は取りませんから」
微笑を浮かべる彼女。
しかし彼女の説教は長い事で有名なのを知っている俺は、あまり素直に喜ぶ事が出来なかった。
とりあえず立ち話もあれなので、場所を我が家に移す事にした。
ちなみに我が家を見た彼女は、
「意外と片付いていますね」
開口一番にこんなコメントを残してくれた。
ちなみに部屋が片付いているのは俺がマメだからではなく、よく萃香や文にやらせるから。
俺はあいつ等によく飯や酒を出してやっているので、その見返りとしてやってもらっているのだ。
「とりあえず粗茶ですが、どうぞ」
「ありがたく頂きましょう」
律儀に言って、彼女は湯飲みに口をつけた。
俺は一口茶を啜ってから、先程の事について彼女に切り出す事にした。
「・・・それで、将来俺が引き起こしそうな大変な事とは何なのですか?」
彼女は湯飲みを置いて、唇を開いた。
「まだ確定と決まった訳ではありませんが、最悪貴方の存在は幻想郷に混沌をもたらす原因となる可能性がある」
「・・・・・・・・・は?」
意味が分からない。
俺が、俺が原因で幻想郷に混沌が訪れる?
「・・・何故、なんですか?」
俺は声が震えるのを抑えられなかった。
「貴方は外の世界から来た人間です。 したがって、本来この世界にとっては“異物”であるはず。 ですが貴方はまるで最初からここにいたかの様に、幻想郷の住人達と良好な関係を築いている。 この異常さが分かりますか?」
言われてハッとした。
「そう、貴方はすでに幻想郷に“溶け込みつつある”のです」
幻想郷に溶け込む。
それは幻想郷の住人として正式に、認められたと言う意味を持つ。
しかしそれは同時に外の世界の住人では無くなると言う事だ。
「今からでも遅くは無い。 元の世界にいる親しき人の事を思うのなら貴方は幻想郷から立ち去るべきです」
残してきた人々、か。
確かに親やら友人の事は大事だ。
だが・・・
「生憎、俺はここから去るつもりはない。 スキマ妖怪や華胥の亡霊との約束があるのでね」
仮に約束が無くとも俺は去らないだろう。
それに外の世界よりも幻想郷の空気の方が俺の肌には合っている。
「・・・そう言うと思っていました。 ですが、だからこそ貴方は危険因子となり得るのです」
「と言うと?」
すると彼女はとても沈痛な表情を浮かべた。
やはりあの事件が関わってくるのだろうか・・・
「単刀直入に言いましょう」
「はい・・・」
「貴方は・・・・・・」
まさに罪状を読み上げるかの様な表情で、彼女は言葉を一旦区切った。
そしてカッと目を見開くと、
「貴方は徳を持ちすぎている!!!!」
手に持った悔悟の棒(だっけ?)をこちらに突き付けてそんな事を叫んだ。
「あ、どうも」
「褒めていません!!」
「アルェ?」
徳があるって良い事じゃないのだろうか。
「確かに徳がある事は良い事です。 しかし貴方はあまりにも徳を持ちすぎている」
「いや、何か問題でも?」
「大有りです。 貴方の持ちすぎた徳が混沌の原因になるのですよ!」
徳が混沌の原因って・・・
あの事件は関係無いのかよ。
「コホン・・・良いですか? 細かく言えば貴方は数ある徳の中でも特に“仁”が高い。 その結果として、貴方は多くの人に好かれています」
「そうなんですか?」
そう言えば先刻霊夢にも同じ事を言われたな。
「しかし貴方は皆の好意に対して、適切な対処が出来ていない。 それ故に、貴方に好意を抱く人物たちは一種の不安に駆られてしまう」
おいおい、それってかなり不躾な事じゃないのか。
俺はいつの間にそんな無礼を働いたのだろう。
「・・・それがただの好意ならまだ良い。 しかし好意は深まれば愛となる。 そして愛は人を狂わせる」
「すいません、俺はノーマルなつもりなんですけど」
俺はノンケなので、某褌の人とかには興味がありませんよ?
「ええ、だからこそ困るの。 貴方に強い好意を抱く者の大半は女性だから」
・・・は?
今、この人何て言った?
「・・・・・・すみません映姫さん、今何て言いました?」
「だから貴方は多くの女性から好意を寄せられているのよ」
「・・・・・・ははは、馬鹿を言っちゃあいけません。 自慢じゃないが俺は外の世界ではモテナイ男の典型例だったんですよ?」
「だから幻想郷でも人に好かれないと? そもそも外とは常識が異なる以上、それはこの世界でも貴方が好かれない理由にはなりません」
「・・・・・・・・・うむむ」
確かにそう言えばそうなのだが、そもそも女性に好意を向けられた事の無い俺はどうしても斜に構えてしまう。
「満遍無く人と付き合う事は出来ない。 須くはその偏りは想いが深まれば深まる程に、大きな波紋を生む。 そしてそれが幻想郷に混沌をもたらすのです」
・・・女は怖い、か。
何となく、その言葉の真意を理解出来た様な気がする。
「貴方がこの世界に混沌をもたらした上で果てたのなら、死後は確実に地獄行きになるでしょう。 ・・・その事だけは肝に命じておいて下さい」
最後に「お茶、ありがとうございます」と言い残して、彼女は出て行った。
客人が去り、一人になった居間は異様な位に静まり返っている。
「・・・・・・マジかよ」
天を仰ぎ、深い溜息をつく。
新鮮な空気が欲しくて窓を開けると虚空に満月が浮いていた。
これから欠けていくであろう望月は、楽園の終わりを示している様に思われてならなかった。
うpろだ412
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甘えられたものと思って妄想してみた
フランの場合
フ「ねーねー○○抱っこしてー!」
○「やれやれ甘えん坊ですね妹様は」
フ「フランって呼んでよー!」
○「はいはい、了解しましたよフラン」
フ「うん、よろしい♪」
紫の場合
○「……なにやってんすか紫さん」
紫「何って○○に甘えてるのよ、うれしいでしょ?こんな可愛い彼女に抱きつかれて」
○「年を考えくだs……ナンデモナイデススイマセン」
紫「よろしい」
幽々子の場合
幽「○○、あーんして」
○「ゆ、幽々子様!?」
幽「もう、そんなに驚かなくてもいいのに」
○「誰だっていきなりそんなこと言われたら驚きますって!」
幽「私が○○に甘えるのがそんなに変?」
○「い、いえいえ!そんなことないですよ!」
幽「ならいいでしょ?ほら、あーん」
○「あ、あーん」
パクッ
幽「おいしい?」
○「はい、幽々子様の手から食べたのか余計においしく感じます!」
幽「もう、○○ったら」
妖(…………この人達は私が居る事を分かっているんだろうか)
7スレ目>>727
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見上げる先の風景は、限りなく広大に続いており果てが見えない。
絶える事無く茂る深緑の木々は行く手を阻み、整っていない道は行く者の足取りを重くする。
妖怪の山。
そこはまさにこの幻想郷における秘境中の秘境である。
今だかつて“歩いて”頂上まで辿り着いたものは無く、挑戦者たちは志半ばで朽ちて行ったと言う。
それもそのはず。
妖怪の、と言われるだけあって幻想郷の山には多くの危険な妖怪がいるからだ。
さらに幻想郷における古参の妖怪である“天狗”“河童”が住まう地としても有名で、その事が山の実態を知るのを困難にする要因の一つとなっている。
ええい、まどろっこしい。
要は危険なのだ。
「そう、危険なんだよ・・・」
で、その危険な世界の入り口に俺は立っている。
「・・・やっぱり引き返すべきかね?」
俺がここに立っている理由、それは至ってシンプル。
里の長に「山に新しい神社が出来たから、お前挨拶に行って来い」的な事を言われたからだ。
「嫌がらせ? 社会的抹殺? 作者の陰謀?」
尽きない疑問。
絶えない反感。
つか、断ろうとしたら明らかに「黙ってとっとと逝けや」って目を向けられたんですけど・・・
「・・・・・・はぁ」
溜息をついてもう一度山を見上げる。
現実逃避をしても聳え立つ山の険しさが変わる訳でもない。
「あーめん」
胸の前で小さく十字を切り、俺は山に向かって歩き始めた。
どうか、生きて帰れますように・・・
紅葉が舞う山道を歩いて行く。
そう言えば、季節はもう秋だ。
「Sweets la la Sweets la la 真っ赤なFruit♪」
そうそう、季節はもう稔りの秋。
人々は丹精込めて育てた作物を収穫する。
ある者は穀物を、ある者は果実を、ある者は、
「嗚呼…でもそれは首じゃないか~♪」
・・・ゲフンゲフン。
どうやら緊張による異様な興奮状態で、脳が半壊しているようだ。
これじゃ下手したら山の妖怪よりも別の意味で危険な存在になってしまう。
「・・・自重しよう」
それに妖怪が寄って来なければ良いのだが、逆におびき寄せてしまうかも知れない。
一応、俺のバックには頼もしい方々がいるのでそう簡単に襲われる事は無いだろうが、ここにはそう言う事情を知らない妖怪がいてもおかしくは無い。
「おし、さっさと行くか」
河童も天狗も馬鹿じゃないが、山の侵入者に対しては問答無用で攻撃してくると言う。
もしも彼等に見つかれば、無傷で帰る事は不可能だろう。
最悪死ぬ可能性だってある。
「・・・・・・くそぅ、死んだら里長呪ってやる」
押しに弱い自分が情けない。
何となく、やるせない気持ちを言葉にしてみるが、
「・・・マテ」
今更になってからトンでもない事に気が付いた。
「・・・・・・・・・地図どこ?」
慌ててカバンの中を探ってみるが、どこにもその姿が見当たらない。
と言うかそもそも地図を受け取った記憶が無いのだが、これは俺のボケだろうか。
「・・・嘘だろ?」
足元が崩れていく様な感覚が襲って、身体から一切の力が抜けた俺はその場に膝をついた。
「・・・・・・は、ははは」
なぜか意味も無く笑いが込み上げてくる。
ああ、本当に辛い時や悲しい時って笑うしかなくなる、って言うのは本当だったんだな。
「ははは・・・あの時の約束はもうすぐ果たせるかも知れないな」
半ば自棄気味に呟く俺に、
「・・・あら、迷い人?」
救いの女神の声がかかった。
どうやら、俺はまだ生きられるらしい。
「・・・と言う事なんですよ」
俺は事の顛末を簡潔に述べた。
「なるほど、だから山に来たのね」
目の前の女性、秋穣子さんは納得した様な顔をして頷いた。
彼女は豊穣の神様で、秋になると里に招かれる。
その関係で、彼女とは数日前の収穫祭で顔見知りとなったのだ。
「で、地図を忘れたと」
「・・・・・・情けない限りです」
本気でそう思う。
実際、彼女が来なければ野垂れ死にしていたかも知れないのだから。
「全く、不用心ね。 山はただでさえ危険なんだから、荷物の確認ぐらいはちゃんとしなさい」
「肝に銘じておきます」
「それで、貴方は“神社”に行くんだったわね?」
「はい、ただ地図が・・・」
そう、地図が無いので一度里に帰る必要がある。
ただそうなると今日中に向こうに行く事はまず叶わない。
挨拶に行くなら早い方が良いのだが、どうも今回は無理がある。
・・・とりあえず、嫌味は覚悟で里長に謝らなければならないな。
「う~ん、そうねぇ・・・ここからだとあの山の方向に向かえば最短かつ安全に辿り着けるわ」
穣子さんの指差す方を見ると、周りの山々よりも一際小高い山がある。
とても安全には見えないが、山に住まう彼女が言うのなら多分他の道よりは安全なのだろう。
「え、えと・・・」
「行くなら早く行った方が良いわ。 ・・・別に里まで送ってあげても良いけど、人間が描いた地図がどれくらい当てになるかは分からないでしょ?」
確かに一理ある。
本態の分からない世界の地図。
その精度にはかなり不安が残る。
「・・・あっちですね?」
もう一度、目的方向の山を見やる。
今度は網膜に焼き付ける様にしっかりと。
「うん、それが正しい判断ね。 里からのお使い、と言えば向こうも粗相はしないでしょう」
「・・・ありがとうございます」
にこやかに微笑む彼女に頭を下げて、俺は進むべき方向へと足を向けた。
「あ、ちょっと待って」
足を踏み出した途端に、後ろから静止の声が掛かったので少しだけ威勢が削がれた。
何かと振り返ると、そこには沢山の作物を抱えた穣子さんがいた。
・・・どこから出したんだろう。
「ついでに持って行って」
「え、あ、はい?」
彼女は問答無用で作物を渡してくるので、とりあえず俺はカバンの中にそれらを収めていく。
・・・ヤバイ、かなり荷物が重くなった。
「っしょ! ・・・でも、どうして?」
「ああ、一応向こうにも人間がいるからね。 差し入れみたいなものよ」
人間とは多分巫女の事だろう。
そうか、最近来たばかりだから生活も大変なんだろう。
「分かりました、しっかり届けますよ」
「お願いね。 あと、何だったら幾らかくすねてしまっても構わないわよ?」
「い、いや・・・流石にそこまで飢えていませんよ」
実は初対面の時、食料がピンチだったのである。
で、情けなくも俺は彼女に作物のお裾分けを貰ったのである。
彼女に貰ったものは、食うのが勿体無いと思えるぐらいにどれもが絶品だった。
「ふふ、そう? なら良いけどね」
クスクスと可笑しそうに笑う。
「・・・その件についてはいずれ必ずお礼させて下さい」
「期待しないで待っているわ」
(・・・よし、この件が済んだら料理を勉強しよう)
俺は心の中で固く誓った。
そんな事を言われると、何となく見返してやりたくなるからだ。
「それじゃ、また会いましょう」
「ええ、またね」
小さく手を振る彼女の姿を見て、俺は彼女の指差した方向へと歩みだす。
カバンは重くなったけど、不思議と心は軽くなった様な気がした。
その後、しばらく俺は旬の紅葉を見ながら進んでいた訳だが・・・
「・・・騙された?」
いつの間にか周囲から紅葉の姿が消え失せ、明らかに“何か”出そうな風景になっていた。
まだ昼を少し過ぎたばかりなのに、なぜか周囲一体が異常に暗い。
「いやいや、それは無いだろ」
神様が嘘を吐いてどうする。
しかも邪神ならともかく、彼女は豊穣の神だ。
何もしなければ人間を陥れる様な事はしないだろう。
「でもこれは無いよなぁ・・・」
そもそも生き物の気配すらしない。
ただ異様な程に暗い森は、どことなく不吉な印象を与えてくる。
「・・・・・・・・・・・・」
早くこの不気味な森を通り抜けたくて黙々と足を急がせる。
正直に告白すると、俺はお化け屋敷とかがダメなチキン野郎だ。
なので、この類の雰囲気は本気で勘弁してもらいたい。
(・・・・・・何も出ないでくれよ?)
心の中で呟きながら歩調を速める。
すると、ふいに前方に人影が見えた。
「・・・・・・お?」
どうやら女性の様だが、如何せん周りが暗くなっていて全貌が分からない。
もう少し近づけばはっきりと分かるだろうか。
「・・・・・・あれ、何で?」
しかしどういう原理か、近づけば近づくほどに女性?を包み込む闇は深くなっていく。
決して姿が見えない訳では無いのだが、これは妙である。
「あのー・・・」
しょうがないので、俺は彼女になお近付きながら声を掛けた。
だがその次の瞬間、
「うおっ!!!」
路傍の石に躓いて、俺はバランスを崩し、
「え?」
そして振り返った女性の胸にダイブした。
一瞬だけ、至福の感触を味わって、
「な!!!!? 疵府『ブロークンアミュレット』!!!!!」
彼女の叫びと共に、俺の意識は吹き飛んだ。
それから小一時間後、やっと意識を取り戻した俺はその場に正座していた。
目の前には先程の女性がムスッとした表情でこちらを睨んでいる。
「ごめんなさい!!」
ともあれ悪いのは自分であるから、俺は平謝りに謝った。
彼女はしばらくこちらをじいっと見ていたが、
「・・・もう良いわ」
しょうがないと言った様子で許してくれた。
いや、単に呆れられただけなのかも知れないが。
「・・・本当にすみません。 それで、貴女は?」
「私は鍵山雛。 人々が流した厄を引き受ける厄神よ」
なるほど彼女は神様なのか。
道理でこんな危険な場所にいる訳だ。
「・・・それで、どうして人間がこんな所にいるのかしら? 妖怪の山に近付く事がどれくらい危険な事か分かっているでしょう?」
「俺、里のお使いで守矢神社に行かなければいけないんですよ」
「お使い? ・・・ああ、なるほどね」
やはり山に住まう者にとって、例の神社の存在は周知の事らしい。
反対に麓で生活している里の人間の中には、未だその存在を知らない者もいたりする。
「ええ・・・ですから、好きで妖怪の山を登っている訳じゃないんです」
霊夢や魔理沙ならまだしも、一般人でしかない俺が用も無く山を登る事はただの自殺行為だ。
まぁ、用があっても安全とは言い難いが。
「う~ん、人間を守る立場から言えば帰ってもらいたいのだけど、今回は理由が理由だしねぇ・・・」
「あはは・・・」
今回の用件は神社に挨拶しに行く事。
そして同時に、向こうに祭られている神を受け入れると表明する事である。
「災難ね、貴方も。 その厄を引き取ってあげたいのはやまやまだけど、どちらかと言うと義務に近いから無理ね」
うん、元々余所者の俺にとって今回の件は本当に災難だったよ。
だって、普通(?)の一般人の俺がいきなり里の代表だぞ。
“信頼してくれている”と好意的に解釈する事も出来るけど、狭量の俺には些か荷が重過ぎる。
「それよりも一つ気になる事があるのだけど良いかしら?」
「何ですか?」
「貴方どうやって、それだけの女難を溜め込んだの?」
・・・・・・ジョナン?
ああ、何か外人の愛称か何かの事か。
「HAHAHA! 俺にジョナンなんて憑いていませんよ!!」
現実逃避開始。
「じゃ、見えやすくしてあげるわ」
雛さんがそう言って手をかざした途端、
ブワッ
俺の周囲を“あの闇”が包み込んだ。
「うわああ!! なんじゃこりゃあぁああああ!!!」
現実逃避は僅か3秒で強制終了されてしまった。
俺は必死で闇(?)を振り払おうとするが、まるで霞の様に感触が無い。
「・・・分かった?」
「わ、分かったから早く何とかしてくれ!!!」
彼女は再び俺に向かって手をかざした。
するとまるで最初から無かったかの様に、謎の闇は姿を消してしまった。
「な、何だったんですか、今のは」
「厄を視覚化したのよ。 普段はやらないんだけど、貴方の場合はこうでもしないと自覚しなさそうだったから」
・・・あれが、厄。
「と言う事は、さっき貴女が包まれていたのは」
「ええ、お察しの通り厄よ。 そう考えれば、貴方が転んだのはある意味当然の事かも知れないわね」
ああ、何と言うバットフォーチュン。
おかげで第一印象が最悪になってしまったじゃないか。
しかし女難か。
確かに分からんでも無いけど、何故にあんなに膨大になっていたんだろう。
「ともあれ、貴女は俺の厄を引き取ってくれるんですか?」
「それが私の役目よ。 ・・・でも貴女の女難は引き取るのが難しいわ」
「・・・と言うと?」
「根が深いのよ」
「予後不良って事ですか?」
「ここまで根深いのは見た事が無いの。 最悪後遺症で人格が変わるかも知れない」
あれ、これじゃ厄を取る方が逆に危険じゃないかい?
「それに・・・その女難はとても純粋なものに由来しているから、同じ女としては気が引けるわ」
少しだけ憂えのある目で雛さんが言った。
「・・・・・・そうですか。 なら引き受けなくて良いですよ」
「え?」
「いや、多分俺が腑甲斐無いからこんなに厄が溜まったんでしょう? ならば自分で何とかしてみますよ」
女難で酷い目に遭おうとも、男としては本望だし。
それに・・・
「俺は貴女にまで迷惑を掛けたく無いですからね」
例え役目であろうと、彼女に負担を掛けたく無い。
「・・・・・・・・・・・・」
彼女はしばらくポカンとした表情でこちらを見ていたが、
「・・・・・・ふ、ふふふ」
やがてヘンなものでも見たかの様に笑い出した。
あ、あれ、俺何か変な事言ったかな?
「ふふふ・・・・・・気持ちはありがたいけど、私は厄を受け取っても不幸にはならないわよ?」
「え!? そうなんですか? ・・・って、そりゃそうか」
そもそも厄神様が厄を受け取って、不幸になっていたら世話が無い。
彼女は一頻り笑った後、苦笑しながら説明してくれた。
「私は厄を引き受けて溜め込むだけ。 そして集めた厄が人々の元へ行かないように見張っているの。 ・・・でもその影響で周囲に近付く生き物は問答無用で災難に見舞われるわ」
「え、それじゃあ・・・」
「そう。 本来は貴方も何かしら不幸が降り掛かるはず・・・なのだけど、どうも貴方は相当運が良いみたいね」
彼女の言葉に思い当たる節があって、俺はポケットの中を探った。
「多分、これのおかげだと思います」
取り出したのは小さな御守り。
袋には「博麗神社」と刺繍が施されている。
これは山に行く前に、霊夢が持って行けと言って渡してくれたものだ。
何でも魔除けらしい。
「・・・確かにこれは強力な御守りね。 完全とは行かなくても、私が放つ厄をかなり軽減している」
おお、霊夢に感謝しなくては。
お前のおかげで俺は不幸から救われたぞ!
「さて、そろそろ行きなさい。 このまま向こうに向かって真っ直ぐに行けば確かに安全よ」
「え、あの・・・」
「御守りの力は確かに本物。 でも私の厄を“完全”に防げている訳じゃないわ。 あまり長居すると・・・貴方も不幸になる」
少しだけ寂しげな表情をして、雛さんは俺から視線を逸らした。
ふと思ったのだが、厄神はその体質ゆえに生き物に近寄れないのではないろうか。
だとすれば彼女は形容し難い程の孤独を感じながら生きてきたのではないか?
・・・そんな人を放っておけるものか。
「雛さん。 俺、また貴女に会いに来ますから」
「・・・え?」
「じゃ、また今度。 ちなみに返事は聞きません!」
そう言い残して俺は脱兎の如く駆け出した。
後ろから彼女の声は聞こえてこない。
何となく心が躍って、俺は自然と笑みを浮かべていた。
澄んだ山の川の清流を見ながら、俺は適当な所に腰掛けた。
そして、カバンの中からおにぎりを出して頬張る。
流石に森の中で昼食を摂るのは危険な気がしたので、こういった開けた場所で食べようと思ったのだ。
「むぐむぐ・・・」
いやはや、運動した後の飯は美味い。
正直、お代わりが欲しくなるくらいだ。
「・・・・・・」
ところで背後からの視線が気になる。
つか、あれは隠れているつもりなのだろうか。
隠れ方が明らかにジ○ンプの某海賊団のトナカイなんですけど・・・
「ふむ・・・」
俺は徐にヤツの対策として持ってきていた秘密兵器・胡瓜を取り出した。
これは今日里で収穫したばかりの採れたてピチピチの胡瓜だ。
「・・・・・・!」
あ、今息を呑んだな。
よし、次で詰みだ。
ガリッ! ポリポリ
「ああ~、今ならば先着一名様に朝イチで収穫した胡瓜を差し上げま~す」
「ぐぐぐ・・・・・・人間、お前卑怯だな」
茂みから降参した様に頭を振りながら、水色の服を来た少女が姿を現した。
「はて、卑怯とは? 俺は独り言を言っただけで、そちらが勝手に出てきたのだろう?」
「うぐ・・・それは屁理屈だろう」
「仮にそうだとしても俺はか弱い人間、君は妖怪。 その差を埋める為には屁理屈も真理にしなけりゃいけない。 違うかい、河城にとり君?」
そう言って、俺は振り返り際に胡瓜を投げてやった。
「ふぅん、外の人間らしい考え方だね。 ま、否定はしないでおくよ」
受け取った胡瓜をポリポリと齧りながら彼女は答えた。
彼女、河城にとりは河童だ。
河童は山に住まう妖怪の中では、天狗と並んで高度な文明社会を築いている妖怪であり、人前には姿を現すことはまず無い妖怪である。
では、なぜ俺は彼女と馴れ馴れしくしているのか。
経緯は至って簡単。
気を失った彼女が川を流れていたのを介抱して以来、ごく稀にこうして水場とかで語り合う仲になったのだ。
「で、今日は何か面白いものはあるのかい?」
「ほらよ」
カバンから携帯音楽機器を出して渡してやる。
ちなみにこいつは香霖堂で手に入れたもので、すでに電池が死んでいるから使い物にならない。
「おお、良いじゃないか。 早速いじらせてもらうよ」
嬉々とした表情でそんな事を言って、にとりはポッケから無数の工具を取り出した。
・・・何となくド○えもんみたいだな。
「しかし相変わらず見事なものだ。 よくそんな易々と知らない機械を分解できるな」
「ん? ああ、素人にゃ分からんだろうが、コツさえ掴めば解体なんて意外と簡単なものなんだよ」
とか言っている間にもにとりの手は休まず動き続け、遂には幾何学模様の描かれた基盤が取り出された。
彼女はそれを丁寧に取り出して、興味深そうに眺めた。
「ふぅ~ん、なるほどねぇ。 やっぱり外の機械は知識の宝庫だよ」
彼女はそんな事をボヤキながら、今度は元の形に復元し始めた。
程無くして、機械は渡した時と何一つ変わらない状態に復元された。
「満足したか?」
「ん、なかなか興味深いものだった。 ありがとう、我が友よ」
「どういたしまして」
返された音楽機器をカバンにしまう。
「・・・そういや何で貴方がここにいるの? 遂に気でも違ったのかい?」
「冗談。 今回は山の上の神社に用があるんだよ」
「神社、ね。 さしずめ人間の里の代表にでもされたって所かな?」
「察しが良いな。 分かっているなら黙って通してくれ」
「ふむ、盟友の頼みだし理由が正当だから私は構わないよ。 ただ・・・」
にとりは遠くに見える滝に視線を移して続けた。
「天狗様が何と言うかは分からないねぇ」
「ふむ・・・確かに」
にとりの言葉に間違いは無い。
河童が進むのを許そうと、天狗までもが進むのを許すとは限らないからだ。
どうしたものか、と思っていると、
「それでしたら問題ありませんよ」
急に強い風が吹いて、同時に少女の声が耳に入った。
「その件については、我々の上層部も容認していますからね」
「・・・・・・文?」
そこにいたのは、いつもと少しだけ服装が違う文だった。
「こんにちは、○○さん、にとりさん。 お元気そうでなによりです」
「あ、ああ、こんにちは」
いつもと雰囲気が違う彼女に少したじろぎながら、俺は挨拶を返した。
「随分と決断が早かったですね、天狗様」
「今回○○さんの目的はただの“お使い”ですからね。 我々としては人間が山に入るのは困るけど、人間の信仰を妨げる事は“あの神様”も喜ばないでしょう。 “彼女”を信仰している以上、機嫌を損ねない様にするには止むを得ないのですよ」
「ともあれ、俺はこの先に進んでも良いのか?」
俺の言葉に、文は一度頷いてから言葉を続けた。
「ええ、構いません。 ただしこちらの領分に入られると困るので、今回は見張り兼護衛の者を就かせてもらいます。 ・・・・・・椛」
「ここに」
文が名を呼ぶと同時に、再び強風が吹いて少女が現れた。
刀身の大きな剣と、紅葉が描かれた丸い盾を持った銀髪の天狗だ。
「椛、今回貴女には○○さんの見張りと護衛を行ってもらいます。 任せられますね?」
「はい、お任せ下さい。 この犬走椛、必ずやこの勤めを全うして見せます」
・・・何か猛烈に緊張してきた。
つか、何ですかこの古語っぽい会話。
空気が肌に合わなくて微妙にキツイんですけど。
「・・・何にせよ良かったね、○○よ。 どうやら安全に神社に辿り着けそうじゃないか」
ニヤニヤしながらにとりが肩を叩いてきた。
俺が緊張しているのを分かって言ってるな、コイツ。
「もう胡瓜持ってきてやらんぞ」
「げげ!! その手は卑怯だぞ!?」
後ろでギャアギャア喚いている河童を放置して、俺は見張り兼護衛の少女に向き直った。
「それじゃ、今回はお願いします」
「はい。 それでは、ついて来て下さい」
キビキビとした足取りで進んで行く椛さんの後を追おうとして、俺はちょっと思い出した事があったので振り返った。
「文、ありがとう」
「? 何ですか、急に」
「いや、何となく、ね。 今回の件はお前が良い様にしてくれた様な気がしたから」
「・・・わ、私は別に何もしていませんよ?」
頬を掻く彼女の姿に目を細めた後、俺は不審そうな顔でこっちを見ている椛さんの方へと駆け出した。
目的の場所は、もうすぐだ。
天狗の案内人に連れられて山道を進んでいく。
岩場を抜け、苔の生えた木々が並ぶ森を進む。
そして急勾配の獣道を半ば登る様にして越えて、俺は遂に目的の場所へと辿り着いた。
「・・・よ、ようやく着いた」
肩で息をしながら、吐き出す様に俺は呟いた。
「お疲れ様です」
椛さんが微笑を浮かべて労ってくれる。
しかし、当の彼女がまるで疲れていない辺り流石は天狗と言う所か。
「ありがとう。 人間の道案内はしんどいだろう?」
本当なら飛べば一瞬なのに、わざわざ彼女は俺に合わせて歩いてくれたのだ。
「お気遣いありがとうございます。 でもこれぐらい何と言う事はありませんよ」
律儀に頭を下げて返礼してくる辺りに、彼女の真面目な性格が窺える。
「本当に助かったよ。 文にもよろしく伝えておいてくれ」
「分かりました。 それでは私はこの辺で・・・」
「ああ、またな」
飛び去る彼女の後姿を見送ってから、俺は社の方へと目を向けた。
「おし、行くか」
さてさて、どんな人がいるのだろうか。
博麗神社とは違う装いの境内を見ながら、俺はそんな事を思ったりした。
広い境内を歩いて行く。
境内は塵一つ見当たらないくらいに掃除されている。
おまけに山奥にあるものだから人気が全く無い。
「・・・・・・静かだな」
いや、人里近くにあれば違うのだろうけど。
博麗神社はいつでもカオスなので、静かな神社はとても新鮮だ。
「そう言えば幻想郷の神社はそもそも人間向けじゃない様な気がする」
この神社は山の中にあるし、博麗神社は人外が集まりすぎる。
その危険度から一般人は寄り付けないだろうに。
信仰を集める気はあるんだろうか。
「ま、ここは辿り着ければ安全かな」
独り言を言いながら歩いていると、ふいに境内の掃除をしている少女が目に入った。
その服装からして、どうやらここの巫女の様である。
俺はさっそく挨拶する事にした。
「こんにちはー。 里の使いで来た者ですけど」
「あ、こんにちは。 里のお使い・・・ですか?」
「ええ、挨拶と信仰の表明に来ました」
「そう言う事ですか」
なるほど、と言った感じで彼女は頷いた。
「分かりました。 今呼びますから、少しだけ待って下さいね」
「あ、はい」
きっと、何か祝詞とか上げるんだろうな。
でもそうだとしたら、本殿でやった方が良いんじゃないだろうか?
ま、何にせよ厳かな空気が辺りに立ち込め出した。
「八坂様ー、里からお使いの方が来ましたよー」
ズコッ
「って、まんまやないか!!」
思わずノリツッコミ。
「えっ!? な、何ですか??」
「いや、今のは無いでしょう!! 呼ぶにしたってもう少しマシな言い回しがあったでしょう!?」
「え、あ、いけない! いつもの癖でつい・・・!」
・・・どうしよう。
里の代表なのに、すでに信仰できる自信が無くなってきた。
つか、あんなので出てくる神様なんて普通いないんじゃ・・・
「なーに? 里からの使者が来たの?」
「って、出てきちゃったよー!!!!!」
HAHAHA!!見ろよ、全世界の○教徒共!
これがお前らの信じた神様ってヤツだぜぇーーー!!!
「貴方が里からの使い? ふ~ん、素材は悪くは無いわね・・・今夜一杯どう?」
「ちょ、ちょっと神奈子様・・・困ってらっしゃるじゃないですか!」
しかもやけにフレンドリーな神様だな、オイ!
俺、神様って言うのはもっとカリスマに溢れるものだと思っていたんだが・・・
「別に良いじゃない。 あ、それとも早苗ったらこの男が気になるのかしら?」
「ち、違いますよッ!!」
「あらあら、赤くなっちゃって。 もしかして図ぼs・・・」
「違 い ま す !!」
この瞬間、俺は一つだけ確実な事が分かった。
―博麗神社も守矢神社も、カオスレベルは大して変わらない―
とりあえずここの神様(八坂神奈子と言うらしい)に里の代表として信仰の意思を表明した後、俺は神社の縁側に腰掛けて寛いでいた。
隣にはここの巫女をやっている東風谷早苗さんが座っている。
「すみません、驚かれたでしょう?」
ふいに、彼女が申し訳なさそうな顔でそんな事を言った。
間違いなく、さっきの事だろう。
「はは・・・少しね。 でもああいう神様だと親しみやすくて良いかも知れないな」
確かに驚いたが、慣れてしまえば厳かなのよりも接しやすいのは事実だ。
「そ、そうですか?」
「少なくとも俺は嫌いじゃないよ、ああいう神様も」
「良かった・・・」
心底ホッとした様な表情で彼女が息をついた。
こちらも何となくホッとした気がする。
「・・・そう言えば、どうしてここ最近になって急にこの神社は出来たの?」
俺は来る途中に何度か感じた疑問を彼女にぶつけてみた。
「簡単に言ってしまえば、私達は外の世界から来たんです」
「・・・外の世界から?」
ならばこの人達は俺と同じ世界から来たと言うのか?
「はい。 ○○さんは幻想郷の方でしょうから想像もつかないかも知れませんが、私達の世界では・・・」
「いや、俺は外から来た人間だよ」
「・・・へ?」
言葉を遮って告げると、早苗さんは目を丸くして固まってしまった。
「じょ、冗談ですか?」
「うんにゃ、本当の事だよ。 ほら」
俺はまだ存命している自分の携帯を見せた。
「俺は経緯が思い出せないんだけど、気付いたらこの世界に来ていたんだ。 最初は慎ましく生きるつもりだったんだけど、最近はもう諦めたよ」
「・・・そうなんですか。 私はこの神社の氏子なので、神奈子様と一緒にここに来たんです。 あ、勿論自分の意思で、ですよ?」
なるほど、彼女は進んでここに来たのか。
その辺りはやはり神の仕える者と、ただの一般人の違いなのだろう。
「えっと、失礼かもしれないけど出身は?」
「●●●ですよ。 ・・・って言っても田舎過ぎて分かりませんよね」
「え、●●●!? それって、あの×××で有名な●●●だよね? 俺の地元結構そこの近くだよ!」
「本当ですか!?」
「うん、△△△って知ってる?」
「△△△って言うと、最近あの大型ショッピングモールが出来た所ですか?」
「そうそう! その△△△が俺の出身地!」
意外な事に俺と彼女の出身地はそれほど離れていなかった。
尤も電車とかを使わないと行けないが、新幹線を使う程の距離では無い。
それから俺達は地元の話題でしばらく盛り上がった。
やっぱり地元が近いと互いに話が分かって会話が弾む。
さらにその後話題は膨らんで、学校、趣味、最近の外の世界の事などについても語り合い、気が付けば俺と早苗さんはすっかり打ち解けていた。
「・・・・・・確かにあの店のケーキは美味いと思うよ。 でも値も張るから学生の身には辛いよね」
「そうですね。 でも、味は一線を画していると思いますよ」
「うん、そう考えるとコストパフォーマンスは釣り合っているね。 ただ・・・ん?」
とか話し合っている内に、気が付けば太陽は西の地平線へと沈もうとしていた。
どうやら相当話し込んでいたらしい。
「・・・えっと、その」
「今日は泊まって行って下さい。 折角のお客様をこんな時間に帰す訳にはいきませんから」
「ありがとう。 そうだ、渡すのを忘れてたけど・・・はい」
俺はカバンから穣子さんに貰った作物を取り出した。
「これは?」
「道中で豊穣の神様に会ったんだよ。 その時ついでに持って行ってくれって頼まれてね」
多分これだけの量があれば、人間二人(一人は神様だが)でもかなり持つだろう。
「あ、ありがとうございます!」
深々と頭を下げてくる。
「いやいや、感謝するなら豊穣の神様にしてくれ。 俺はただここに来るついでに運んだだけなんだし」
いきなり畏まられてもこっちが困るので、とりあえず弁明しておく。
「いえ、それでも貴方はこんなに重い荷物を持って来てくれたんです。 本当に、ありがとうございます」
え、えらく律儀な子だ。
きっとこの言葉も真心で言っているんだろうな。
うーん、穣子さんには悪いが今回は役得って事にしておこう。
「そこまで言うのならどういたしまして。 あと、タダで泊めてもらうのは悪いから何か手伝うよ」
「そんな、お手伝いなんて・・・こうして作物を持って来てもらっただけでも十分ですよ!」
「良いじゃないか。 何もしないのは性に合わないんだよ」
「ですが・・・」
むう、しょうがない。
少しゴリ押しで行こうか。
「早苗さん」
「は、はいっ!?」
わざと顔を近付ける。
「俺は料理の腕に自信がある訳じゃない。 でもね、自分が作った物を食べてもらうのはとても嬉しいんだ。 だから迷惑かも知れないけど、せめてお手伝いぐらいはやらせてくれないかな?」
目に力を込めてお願いする。
実は料理の練習をしたい、と言う下心があっての事なのだけど。
「・・・・・・は、はい。 よろしくお願いします」
なぜかぼーっとした表情で早苗さんはこちらを見つめ返してきた。
(・・・あれ、急にどうしたんだろう)
既に身は離したのだけど、未だに彼女の視線はこちらに向けられている。
そこまで注視されると、流石に緊張してしまうのだが・・・
「じゃ、行こうか」
「はい・・・・・・」
秋の黄昏には、すでに白い月がぼんやりと浮かんでいた。
何となく蛇の石像に睨まれている様な気がしたが、多分それは気の所為だろう。
この場の状況を言葉でもって表すとするとこうなるだろう。
「あ・・・ありのまま今起こった事を話すぜ! 『俺は皆で楽しく食事をしていたと思ったら、いつの間にか乱痴気騒ぎになっていた』。 な・・・何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起こったのかわからなかった・・・頭がどうにかなりそうだ・・・イチャイチャだとかハーレムだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・」(AA略)
「ちょっと、どこに向かって喋ってるのよ」
明後日の方に向かって、早口にそんな事を言う俺に神奈子さんが声を掛けた。
「ああ・・・少し盟友達に状況説明をしていたんですよ」
「・・・貴女の友人は月にでもいるのかしら?」
「大丈夫です。 どんなに離れていても、俺達は繋がっていますから」
「???」
流石の神様も困惑気味だ。
大丈夫、俺も電波が入っているのを自覚しているからね。
「ま、それは置いてさておいて。 早苗さん、大丈夫ですか?」
真っ赤な顔のまま仰向けに倒れている早苗さんに問う。
「んにゅ~~・・・らいりょうぶれふよ~~~♪」
彼女は乱痴気騒ぎに突入してすぐ、神奈子さんに無理矢理酒を飲まされたのだ。
どうやら彼女は酒がダメらしく、程無くしてすっかり出来上がってしまった。
で、どういう因果か俺の膝に頭を乗せているのである。
「れもすこしねむいれ、ふ・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」
言い終わらない内に眠ってしまったよ。
「やれやれ、もう潰れちゃったのかい?」
「いや、あれだけの量を飲ませれば誰でも潰れますよ」
転がっている酒瓶は2本。
それも両方とも相当度数の高い清酒である。
むしろ潰れない方がおかしい。
「そんなに飲ませていたかしら? 私としてはまだまだ序の口だったんだけど」
・・・人間がこの神様の酒の相手をしちゃいかんな。
今度萃香でも紹介してみようか。
「さて、と・・・早苗が潰れてしまった事だし、今度は貴方と酌み交わそうかしら?」
「え゛」
一度「事件」を起こしているのもあるが、それ以上にあの量はマズイ。
イッキなんてやらされた日には、脳出血でも起こしてあの世へ逝ってしまう。
「いや、俺酒はあんまり飲めないんですけど・・・」
「なんだい? 神様(わたし)の酒が飲めないってのか?」
う、うわあ~~~
どっかで聞いた事のある様な台詞だよ。
しかも何で後ろ手に御柱構えてるんですか?
つか、断ったら殺す気満々ですね?
「えっとですね・・・別にチビチビ飲むんなら平気なんですよ? でも、早苗さんみたいに飲まされると、ちょ~っとヤバイんですますのよ」
逃げ腰のまま必死で弁明する。
言葉尻が微妙にラリっているもんだから情けない。
「・・・・・・しょうがないねぇ、加減してあげるわよ。 ・・・ところで、貴女はいつまでそうしているのかしら?」
急に神奈子さんの視線が鋭くなった。
一瞬、気に障る事を言ったかと思ったが、よく見るとその焦点は俺には当てられていない。
「・・・・・・流石ですね」
カサ、と小さな音を立てて俺の丁度後ろの方の茂みから少女が出てきた。
「椛さん?」
そこから現れたのは、先程道案内をしてくれた天狗の少女だ。
「大方、麓の人間である彼の監視でも命ぜられていたのかしら? 御苦労な事ね」
「お察しの通りです。 尤もこれは私の独断ですがね」
つまり彼女は帰った様に見せかけて、ずっと俺の事を見張っていたと言う事なのか。
(う~ん、やっぱり人間って信用無いなぁ)
そんな事を考えて少し寂しく思っていると、
「・・・すみません、○○さん。 信用を裏切る様な事をしてしまって」
申し訳なさそうな顔で椛さんが頭を下げてきた。
「良いよ。 君らの世界を守る為には必要な事だったんだろうし」
理由は知らないが、彼等は自分たちの世界を守りたいから人間に対して警戒心が強いのだろう。
ならば俺はその事について責める気など無い。
「・・・・・・ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてくる。
・・・ん、良い事思いついたぞ。
「その代わり、一つだけ頼みがあるんだけど・・・良いかな?」
「はい、私に出来る事なら何なりと」
彼女は妙に畏まった面持ちのまま俺に向き直った。
「君、一緒にお酒を飲まないか?」
一瞬、時を操れた様な気がした。
天狗と言うのは基本的に鬼と同じ様に酒豪だらけの種族だ。
ゆえに椛さんも酒豪、のはずなんだけど・・・
「うぅ~~・・・」
「天狗もこの程度? 全く、最近の若い者はなってないわね」
一時間もしない内に潰しているし。
神奈子さん、俺貴女が神様だとか関係無しにその肝臓の構造を知りたくなったよ。
「・・・おやすみ」
一抹の憐憫の情を込めて、椛さんの頭を撫でる。
彼女は天狗だから、多分そのまま眠らせておいても問題無いだろう。
「・・・・・・くぅん・・・」
そのまましばらく撫でていると、ふいに彼女が安らかそうな表情をした。
と言うか、今一瞬犬耳が見えた様な気がするのだが。
(・・・やべ、これはナチュラルに可愛い)
ああ、このまま撫で続けたらどんな反応を見せてくれるのだろうか。
そんな淡い期待を抱いて彼女を撫でていたのだが、
「さーて、今度こそは付き合ってもらうわよ」
至福の時間はあっさりと打ち砕かれた。
遂に来るべき時が来てしまいましたか・・・
「・・・手加減して下さいよ?」
「分かっているって。 貴方はただの人間だしね」
杯を片手に持ったまま、彼女が浮かべる笑顔は実にワイルドだ。
俺も、転がっていた杯を一つ取るとそこに酒を注ぐ。
そして彼女に倣って、杯を空に掲げる。
「「乾杯」」
そのまま一杯目を口に入れる。
「んぐ・・・んぐ・・・・・・くああーー!!」
確かに美味いのだが、やはり度数が高いだけにクる。
もうすでに身体が火照ってきた様な気がするし。
「ふふふ、なかなか良い飲みっぷりね」
相変わらず余裕の表情だ。
この人(正確には神だが)笊なのにも程があるんじゃないか。
「そう言う神奈子さんは余裕ですね」
「まぁ、私は慣れているからね」
「慣れですか」
「そ、慣れよ。 貴方の場合はまだ空気にも慣れていない。 だから大した量でなくても、単純に度数とかだけを見て簡単に酔うのよ」
「なるほど・・・」
確かに、元々俺はあまり飲む方ではなかった。
もしかしたら、そう言った理屈から博麗神社での一件は起ったのかも知れない。
うーむ、今度から少しずつ鍛えるべきだろうか。
「そう言う事だから今晩はたっぷり飲みましょう♪」
「いや、神奈子さん、そりゃあ無いよ」
「何よ、鍛えるんじゃなかったの?」
「確かに良い案だと思いますけど、幾らなんでもいきなり過ぎますって」
「もう、ノリが悪いわね・・・・・・」
すると何を思ったか神奈子さんは、
「こんな美女のお誘いを断るつもりかしら?」
急に俺にしな垂れかかり、潤んだ瞳をこちらに向けてきた。
「・・・・・・それとも私が相手じゃ不満かしら?」
酒の所為で仄かに赤らんだ頬が艶やかだ。
・・・いかん、これは紫さんがやる様な心理攻撃だな。
まさかこんな所にも使い手がいたとは迂闊だった。
「むぐぐ・・・・・・分かりましたよ。 でも際限無く飲ませるのは無しですからね」
ぶっちゃけ抵抗できません。
だって男の子だもん。
「良く言った!! それでこそ男ね! さて、まずはこの大吟醸を飲みましょうか?」
そして早くも不安に苛まれる。
つか、話聞いていました?
「ですから・・・って、ちょ、ちょっと!?」
俺が二の句を継ぐ前に、神奈子さんは問答無用で杯に酒を注いできた。
まさか受けない訳にはいかないので、反射的に杯を出してしまう。
「さて、注がれた酒は飲まないと無礼よね」
同じく杯を満たした神奈子さんが言う。
「・・・は、謀りましたね」
俺が言葉に、彼女は笑顔で返してきた。
どうやら今晩は眠れそうに無い。
萃香の瓢箪の様なものが無い以上酒の量は無限では無い。
量に限界がある以上、どうしてもいずれは酒宴も終わりを告げる。
俺はその事をいち早く悟り、出来るだけ神奈子さんが酒を飲む様に流れを作った。
その甲斐あって、俺はどうにか最後まで無事に酒宴を終える事が出来た。
もっとも、終わったのは草木も眠る丑三つ時だったりするのだが。
「う~ん、結構飲んだな」
伸びをしながら呟く。
上手くペースを調整したものの、実際に飲んだ量は自分の中の最高記録に差し迫る量になっていたりする。
「・・・・・・思うところあるけど、確かに今日は飲んだわね」
一瞬こちらに疑わしげな視線を送ってから神奈子さんが答えた。
それにしても未だに飲みだした当初と様子が変わらないのはなぜだ。
「・・・で、もう寝ても良いですか?」
シバシバする目を擦りながら彼女に尋ねる。
「そうねぇ、もう少し我慢できるかしら? ちょっと会わせたい子がいるんだけど」
「・・・・・・その人すぐ来てくれますか?」
「ええ、呼べばすぐに来るわ」
「じゃ、どうぞ」
でもこんな夜分に起きている人間なんてそういないだろう。
もしかして妖怪でも呼ぼうと言うのだろうか。
「諏訪子、ちょっと来てー」
「はいはいー・・・って言うか呼ぶなら宴会が終わる前にしてよ」
誰かが苦笑する声。
その声が背後から聞こえたので、思わず振り返る。
「・・・子供?」
そこにいたのは妙ちくりんな帽子を被った少女だった。
金糸雀色の髪と、蛙が描かれた服が印象的な子だ。
「む、子供とは失礼ね」
どうもその形容が不服だったらしく、少女は頬を膨らませて不機嫌そうな顔をした。
いやいや、その仕草からして子供の様にしか見えないんですけど。
「私の名は洩矢諏訪子。 この神社の真の神にして、土着神の頂点に立つ者よ」
偉そうな様子で無い胸を張る。
しかし残念ながらその威厳は皆無に等しい。
もっとも神奈子さんが呼んだ人だから、嘘ではないのだろうけど。
「貴女の名前は表向きには無かった様な気がしますが・・・」
「表向きには神奈子の神社であり、本当の意味では私の神社なのよ、ここは」
「・・・そうなんですか、神奈子さん?」
視線を神奈子さんに向ける。
「ええ、本当の事よ」
鷹揚に頷いて、肯定の言葉を返してくる。
なるほど確かな事の様だが、どうにも腑に落ちない。
「ならば真の神様である貴女がなぜ裏方に?」
率直に疑問をぶつけてみると、
「あー・・・それは、まぁ、諸々の事情があったのよ」
はぐらかされてしまった。
・・・とりあえず深入りはしないでおこう。
触れられたくないっぽいし。
「・・・で神奈子さん、なぜ彼女を呼んだんですか? これは勘ですけど、諏訪子さんってあまり人前に出ちゃマズイんじゃ無いんですか?」
「ええ、確かに貴方の言う通り。 ただ・・・何となく貴方になら会わせてあげても良いと思えたのよ」
神様を紹介してもらえるとは光栄な事だ。
加護を得られて交友関係も広がり、まさに一石二鳥じゃないか。
ここは素直に感謝しておくべきだろうな。
「実際には友人として諏訪子の友人を増やしてあげたい、って言うのもあったのだけどね」
ふいに神奈子さんが耳打ちしてきた。
なるほど、そういう訳か。
「えと・・・俺は○○って言います。 何の取り柄も無いただの人間ですけど、これからは色々とよろしくお願いします」
「○○・・・ね。 うん、よろしく!」
多分彼女は長い間裏方をしていたのだろうから、その存在を知る人は少ないはずだ。
そして神奈子さんは、友人としてそれを放って置く事が出来なかった。
だから神奈子さんは俺に彼女を紹介したのだろう。
尤も、なぜ俺なのかはイマイチ分からないが。
「ところで○○。 貴方「お祭り」は好き?」
「え・・・まぁ、好きですけど」
お祭り、か。
昔はよく行ったものだが、今はもうあまり行かなくなってしまったなぁ。
「本当に!? じゃあ、早速始めましょう!」
感傷に浸っていると、実に生き生きとした声が返ってくる。
妙にノリノリな諏訪子さんに危機感を感じた俺は一つ質問する事にした。
「・・・ちなみに祭りって何をするんですか?」
「この世界風に言うと、弾幕ごっこね」
確かに観戦する分にはお祭りって感じはする。
弾幕ごっこのルールもそれを意識して作られたものっぽいし・・・
「って納得している場合か、俺!!」
微妙に現実逃避気味になりかけている思考を切り替え、何とか無い知恵を絞ろうとするとが、
「じゃあ行くよー!!」
すでに諏訪子さんは俺に向かって無数の弾幕を放ってきていた。
「ちょ、おま!! 無理過ぎるにもほdぶべらっ!!!!」
抗議の声は弾幕によって届かない。
完全に“詰み”である。
「ひ、人殺sうわらばっ!!!!」
「ふふふ、私が束ねている『ミシャグジ様』は祟り神だったりするからね。 まぁ、死ぬまでは行かなくても大変な目には遭うんじゃないかしら」
俺もしかしてトンでもない神様を紹介された!?
「ちくしょう、後で訴えてやるからな神奈子sあべしぃっ!!!」
激痛に晒されながら、俺は必死で弾幕から逃げ回る。
どうやら、本当に今日は眠れそうに無い。
「それそれー!!」
「死ぬって! これ以上はまぢで死んじゃうってば!!!」
煌めきを放って飛んでいく弾幕、境内を揺るがす爆音、青年の悲痛な叫び声。
賑やかな「祭り」を繰り広げる二人から少しだけ離れた場所に、彼女は静かに立っていた。
「ふふふ・・・諏訪子ったら随分とはしゃいでるわね。 麓の巫女や魔法使いの時以来だからかしら」
杯を片手に御柱に寄り掛かる。
「それにしても・・・○○って意外と丈夫なのね」
一から数えてみたが、すでに被弾数が百を超えている。
しかし当の彼は依然として意識を手放さずに逃げ回っているではないか。
「自分はただの人間」と言っているが、明らかに常人の出来る芸当ではない。
「・・・もしかすると、彼は化けるかも知れないわね」
それは果たして彼にとって幸せな事なのだろうか。
ただ強いて自分の意見を言うのであれば・・・
「彼とは長く付き合いたいものね」
どうも彼は“神を畏れていない”節がある。
無礼、愚劣の一言で済ましてしまえばそれまでだが、神奈子や諏訪子からしてみればそう言った人物ほど気軽に“遊べる”のでありがたい。
同時にそれは・・・
いや、それは語るべき事では無いか。
「ま、何にせよ・・・友達が出来て良かったわね、諏訪子」
そう言って微笑む神奈子の眼差しは、どこまでも優しさに満ち溢れていた。
「・・・・・・生きてる」
全身を駆け巡る倦怠感と痛みを感じながら、俺はまだ自分が生きている事に気が付いた。
しかしなぜ布団で寝ているのだろうか。
そもそも俺は自分がいつ眠りについたのかも分からない。
「・・・いや、今は生きている事を喜ぼう」
もしかしたら昨日の事は夢だったのかも知れない。
だとしたら相当早い段階で潰れてしまったのだろう。
「ああ、朝日ってこんなに儚かったんd」
朝日が差し込んでいる縁側の方へと目を向けて、俺は硬直した。
「・・・すぅ・・・すぅ・・・」
なぜ、早苗さんがいるんだ?
しかもよりによってキスでも出来そうな位の至近距離に。
「・・・・・・」
よく見ると彼女は俺の右腕を抱え込む様にして眠っている。
ゆえに必然的に感じるその魅惑の感触。
「・・・!・・・・・・!!!」
声を押し殺して必死に拘束を解こうと足掻くが、なかなか上手く抜け出せない。
「・・・・・・きゅ~ん・・・」
さらに左の方からも声がした。
その声の主は、俺をここへ案内してくれた椛さんだ。
おまけに彼女も早苗さんと同じ様にして、俺の左腕を抱え込んでいる。
ゆえに必然的に感じるその(ry
(あ、新手の拷問かよ!!?)
この状況で腕の拘束を解こうとすれば、彼女達を起こす事になる。
そして彼女達がこの状況に気が付けば、間違いなく俺はタダでは済まないだろう。
つまり、これは彼女達が自然に起きるまで寝たフリを続けなければいけない状況なのだ。
(ぐおお・・・天国なのか地獄なのか分からない・・・)
幸せな感触を味わいながら、悶々とそんな事を考える。
・・・そう言えばさっきから何だから息が苦しいな。
「・・・ん~」
布団の中から声がする。
(ちょ、まだ誰かいるのかよ!?)
俺はその姿を確認するべく、足で布団をズラす事にした。
「んん~~・・・寒い」
そこには昨日散々俺をフルボッコにした神様がいた。
まるで「た○ぱんだ」よろしく、俺の腹の上で心地良さそうに眠っている。
と、ふいに彼女の瞼が開いた。
「ん、○○か・・・・・・・・・おはよう」
「おはやうございます」
寝ぼけ気味の諏訪子さんと朝の挨拶を交わす。
「あーうー・・・何か当るなぁ」
「!!!!!」
あ の 時 の ネ タ か !!
文ならまだしも、彼女とはまだ知り合って間もないのに!
つか、それ以前に何で俺の上で寝ているんだよ、諏訪子さん!!
もしかして狙っていたのか!?
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)」
沈黙が辛い。
「・・・・・・・・・・・・おやすみ」
しかし意外な事に彼女は一言そう言って再び眠ってしまった。
「・・・・・・ほ」
制裁が無かったのは不幸中の幸いか。
尤も状況は変わっていないので、若き欲望との戦いは終わらない訳だが。
「どうやらお困りの様子ね」
「・・・神奈子さん」
縁側からの声に目を向けると、そこには実に楽しそうな笑顔を浮かべた神奈子さんがいた。
「助けて下さい・・・」
「いや」
即答!?
あんたそれでも神様か!!?
「男としてはこの上ない極楽浄土じゃない。 逃げたがる理由が分からないわ」
「健全なる青少年にとって、この状況は極楽浄土であると同時に無限奈落でもあるんですよ」
気分は絵に描いた餅である。
これを地獄と言わずして何と言うのか。
「・・・つまり届かないから辛いのかしら?」
「いや、そこまで言っていませんから。 とにかくこの状況を何とかしてくださ・・・神奈子さん?」
笑顔のまま、神奈子さんがこちらに歩み寄ってくる。
「・・・ならば楽にしてあげましょうか?」
ゆっくりと、彼女の笑顔が俺に近付いて・・・
「は? いや、それ冗談d・・・え? あの、ちょっと!? なっ!? おま、やめ!!!・・・・・・アッーーーーーーーーーーーー!!!!!」
秋晴れの空の下、俺の叫び声は境内に朗々と響き渡った。
しかもにその後、俺の絶叫で起きてしまった三人が・・・(この先は字が掠れていて読めない)
10スレ目>>20>>129
───────────────────────────────────────────────────────────
「・・・お前の髪って綺麗だよな、黒くて、艶があってさ」
「なに?口説いてるの?」
「ち、ちげぇよ!ちょっと思っただけだよ」
「ふ~ん・・・」
追加の茶菓子が用意される、随分と―
「なんだ?今日は随分と気前がいいな」
「そう?~♪」
その日、霊夢は非常に機嫌がよかった、茶菓子の追加が出るなんて初めてだ・・・
非常にいいてぃーたいむだった
○○が帰ったちょっと後、博麗神社に訪れたのは
「あら魔理沙、もう日が暮れるわよ」
「お、う・・・なんかイイコトでもあったか?」
ちょっと茶を飲みに寄ったつもりだったが、あまりに上機嫌な霊夢、これは何があったか気になるというものだ
「それで?何があったんだ?」
かくかくしかじか
「ふぅん・・・あいつがねぇ」
その綺麗だと誉められた髪の毛を弄りながら、霊夢は嬉しそうに話す
「あいつは・・・黒髪が好きなのか・・・」
自分の金色の髪を見て、すこし、すこしだけ霊夢が羨ましかった
「・・・ストレートにしてみようかしら」
「は?お前がか?」
「だって黒髪ストレートは最強じゃ無い?」
「いや・・・知らないぜ」
黒髪ストレートでない胸でちっさいのは最強らしい、霊夢曰く
たぶんそれは凄く偏った意見だと思うが・・・
「ん?もう帰るの?」
「ああ、ちょっとやりたい実験が出来た」
「そう・・・気を付けて帰りなさいよ」
神社から飛び立つとき、黒髪ってのは夕焼けに映えるんだなぁ、と思ったりした
「ふぅ・・・直髪か・・・紫にでも聞いてみようか」
いや、それよりも先に彼に、彼の好みを聞いてみる方が先だ
随分出してない外行き用の服でも出してみようかしら?虫喰ってないといいけど
いっそ新しい服を買おうか?・・・・・・・一着ぐらいなら買えそうね
服選びに付き合ってもらえれば一石二鳥だし
「明日○○が来た時に誘おうかな・・・」
「これをこうして・・・ただ染めるだけじゃ駄目だな、髪色を変える位はやらなきゃ、まず色を抜くか、その後・・・」
怪しげな、フラスコやら試験管やら、薬品の鼻につく刺激臭、薬草の怪しげな香り、煮立った鍋にはアーミーグリーンのやば目な液体が
「明日の昼ぐらいまでに完成させてやるぜ・・・目指せ黒髪美人~」
夜は更けて、朝になっても怪しげな調合?は続いていた
~次の日~
「自分乙!さて、霊夢のトコにでも行ってお茶でも貰おうか」
仕事を終えた俺は博麗神社へ行く前に我が家へ帰り、荷物を・・・
「あ、魔理沙に借りた本・・・どうすっかなぁ」
①忘れる前にさっさと返しにいくか
②また今度でいいだろ、とりあえず神社に行こう
① 返しにいく
「・・・本返しにいくか」
俺は少し面倒だと思いながら魔理沙の住む館へ足を向けるのだった
「・・・魔理沙ー?居るのかー?」
館は暗く、人の気配はあるものの返事はない
「・・・篭りきって実験でもしてんのか?」
一番奥の部屋、少し明かりが漏れている
恐らく、と言うか確実に彼女はそこにいるのだろう
「おい魔理沙、本を・・・」
「○、○○!!???」
目の前の少女が声を出さなければ、誰か判らなかっただろう
なんせ目の前の少女(恐らく魔理沙)は髪が真っ黒であったからだ
「ななな、なんで」
「あ、いや、本を返しに」
何が起こっているのか、でも白黒の服に黒い髪は似合わんなあ、何て思った
「○○っ!その・・・この髪・・・・・・どうだ?」
「いや、どうって・・・なんで?どうして黒くしたんだ?」
意外性があって可愛くも思えるが、何故こんな事になっているのか、その方が気になった
「え、あ・・・お前がその・・・黒髪が好きって・・・聞いたから」
は?俺が黒髪好き?いつそんな事・・・ああ、霊夢か
俺はちっとばかし霊夢を怨みつつ、そんなこと言った俺を怨みつつ
「お前莫迦じゃねぇ?」
そんなことを口走った
「なっ!そ、そんな言い方、ないだろっ」
ああ、泣かせちまった、口下手なのはいかんね
「莫迦に莫迦って言って何が悪い!そんな事しなくても!お前は十分可愛くて魅力的だろうが!この莫迦垂れ!!」
「バカって言うなよぉ、ぐすっ、そんなこと、信じらんない」
ああもう、何でこいつの泣き顔は可愛いのか、俺って酷い人か?
「ちったぁ自分に自信持てって!」
俺は魔理沙との距離を一気につめて、手を振り上げて、みせる
魔理沙はビクッと身を縮めて
逆にそれが良かった、実に持ち運びやすかった
「な、何っ!??」
魔理沙を抱えて部屋を出る、あんまりちっさいんで軽々と、こりゃ誘拐しやすいな
「きゃっ!」
そのまま寝室までつれて行って、ベットの上に落とした
「○○・・・?」
「ふふふー物分りが悪いお嬢ちゃんにはたっぷりねっぷりと、体に教え込んであげようかなぁ」
「え?ちょ、心の準備が」
「いいか魔理沙!まずお前は可愛い!自信を持て」
「へ?」
「お前は努力家だ!だがその努力を人に見せず、健気に!必死に!がんばっていることを俺は知ってる!」
「○、○○ななななに「そしてその可愛い容姿!いいか魔理沙?お前はとっても可愛いのだ!閻魔が許すなら動物的な意味で食べてしまいたいぐらいに!」
「わ、私は、霊夢とかアリスのほうがよっぽど「何言ってる!?俺が惚れた女なんだぞ?可愛くないわけがないというかお前の場合可愛すぎると言うか・・・・・・」
「おい魔理沙!聞いてるか!?」
「聞いてる、もう頼むから止めて、恥ずかしくて死んじゃう」
それから○○は私の良い所、可愛い所、可愛い仕草、エロイ仕草などなどを3時間に渡って話し続けた、いや続けている
「くそぅ!俺の貧相な語録では表現しきれないこの気持ち!いや想い合う男女の意志の疎通といえばこの方法しかないのかっ!?」
○○は私の肩を掴み、ベットに腰掛けていた私を起立させた
「魔理沙・・・いいか?」
何を意図してるかぐらい、私にだってわかる
ずっと望んでいた事だ、それぐらい判るし、望んでいるのだから断る理由などない
「ああ・・・いい、ぜ」
初めてのキス、ゆっくり、唇を合わせて
唇を触る程度だと、思ったんだけど
「んっ!?んーっ」
突然入れられた舌に驚いた、しかし○○の力は強く、しっかりと方を握られて、固定されていた
「あっ、ん○、○んっ」
いやらしい音が、部屋に、いや私の頭に響いている
どれほどそうしているんだろう、わたしの頭の中はもうぐちゃぐちゃになって、何が何だかわからない
「んー・・・ぷあっ」
唇が離れる、彼の手も離れる、支えを失った私は、ベットに倒れこんだ
腰が抜けた、のだ・・・恥ずかしながらさっきので
べとべとになった口元を拭って、○○を睨み付けた
「・・・初めてだったのに・・・こんな激しくしてくれて・・・」
「あー・・・いや、スマン・・・ごめん」
「責任、取ってくれるんだろ?」
何の責任か、キスしたぐらいで彼を縛り付けようなんて虫のいい話だ、でも彼は、即答してくれた
「もちろん!幸せな家庭を約束する!俺の収入増やす様がんばる!」
「ちょ!飛躍しすぎだぜ!?」
「安心しろ、天井の染みを数えてる間に終わる・・・」
「何の話だー!!」
いまだ腰が抜けてベットから起き上がれない魔理沙に、覆いかぶさった
~続きはwebで!~
~その頃博麗神社~
「○○・・・来ないなぁ・・・」
巫女が一人、夕陽に向かって黄昏ていた
ちなみに髪の色は直ぐ戻りましたとさ
② 神社に行こう
「本は今度でいいだろ、今は霊夢のところで茶を飲む方が先だ」
俺は訳の解らぬ言い訳をしながら神社へ走った
「霊夢ー?お邪魔するぞ」
「あら○○、いらっしゃい」
「ああ、霊、夢・・・・霊夢?」
「何よ」
「いや・・・その髪・・・」
俺が見たのは美しい黒髪、しかもストレート、それ+可愛らしい花柄の和服
「どう?自分じゃ結構にあってると思うんだけど」
「あ、ああすごく、綺麗だ」
そう応えると霊夢は上機嫌に茶の用意をしに行った
「・・・あいつ、凄く美人だな」
黒髪ロングストレート和服、最強だ
おい、今誰テメェwwとか、てるよwwとか、秋葉wwwとか言った奴、表 に 出 ろ
「○○ー?こっち来てー」
縁側の方から声がする、お茶の用意が出来たんだろうな
「ああ、今行くよ」
縁側には、絵になるとしかいいようにないほど綺麗な
「どうしたの?」
「いや・・・綺麗だなぁと思ってさ」
「そう?ふふ、ありがと」
今日の茶菓子は和三盆、随分とまぁ見栄を張ったというか
霊夢が違う、茶が違う、菓子も違う
いつもと全然違う博麗神社に、緊張してしまう
「そうだ!新しい服が欲しいんだけど・・・今度付き合ってくれいない?」
「あ、ああ明日ぐらい行くか?今から?」
「うーん、○○がいいなら今からでも」
おずおずと此方を覗き込んでくる彼女は、とても可愛くて
俺は―
「じゃあ支度してくるから、ちょっと待っててね」
伸ばした腕は空を切る、俺は何やってるんだか
・・・女というイキモノは買い物に時間をかける
そう聞いてはいたが、こんなに
「ねぇねぇ!これなんかどうかしら?」
かれこれ3時間ほどあと少しもすれば日が沈み始めるだろうに
「霊夢・・・ひらひらした服好きなんだな」
相変わらずの少女趣味というかワンポイントにひらひら、襟元にひらひら、袖にひらひら
「あはは・・・うーん、これは」
まだ選ぶのか
そういえば霊夢がさっきから
「これ、気に入ったのか?」
一着の服を手にとった、霊夢は名残惜しそうにそれを戻した
そんなことをくりかえしていれば嫌でも解るさ
「気に入ったけど・・・予算オーバーだから」
そう言って、また戻す
「でも気に入ったんだよな?」
「しょうがないでしょ!貧乏なんだから」
「ふぅん・・・サイズはこれでいいんだろ?さっき試着してたし」
「だからそれは無理だっ「スイマセン、これ包んでください」
「○○!?」
「プレゼント用で、包装も・・・」
「○、○○!?そんな私は」
「さて、残念だが俺の財布も余裕がなくなった、晩飯の材料買って帰るぞ」
「え、あ、うん・・・」
「さて、どんな飯を作ってくれるのやら」
付き合ってくれたお礼と、らしい
今夜は霊夢のトコで晩飯だ
「材料は揃ったし、帰りましょうか」
「ああ・・・ん?」
頬につめたい感触
ぽつ、ぽつぽつさぁぁああざぁああああ
「うをっ!?豪雨!!!?」
「おい霊夢!走るぞ」
「う、うん!」
何とか走って神社に駆け込んだはいいが・・・
ずぶ濡れに・・・
「おい霊夢・・・髪」
「へ?あ、あーーーー!!!」
雨に濡れて、走ってる途中で気付いたんだが
霊夢の髪が、くせっ毛になってる
「紫っ!水溶性があるなんて聞いてないわよっ!!」
「霊夢・・・」
「○○、ごめん、元に戻っちゃった」
少し悲しそうに、申し訳なさそうに、あやまった
「いや、やっぱりお前はそれでいいんだと思う」
「え?」
「お前はお前のままが、一番可愛いって事」
ずぶ濡れのまま、霊夢を抱き寄せた
「濡れちゃうよ?」
「俺も濡れてるから今更もんだい無い」
「・・・」
「・・・霊夢」
「な、に?」
キスして、いいか?
そう言って、言った後に後悔
霊夢は少し震えていたから
「・・・怖いか?」
「さ、寒いだけだから・・・お願い」
そっと、唇を合わせる
彼女の体温を感じる、暖かい、そして柔らかい唇
先に舌を入れてきたのは意外なことに霊夢だった
「ん、んっ・・・ふぁっ」
一生懸命に俺を感じてくれている、だからこそ
「ん!?んっ」
俺もそれに応えて、彼女の口を犯した
絡み合う舌、糸を引いて零れる唾液
自分の舌なのか、○○の舌なのか、それもあいまいになるぐらいに、深く、深く
頭の中が真っ白になって、それでも
「はっ、ふぅ・・・○、○?」
「霊夢・・・」
流石に寒くなってきたのか、二人で見合わせて
「風呂入るか」
そういう結論に達した
「ふ、二人で・・・入る?」
「へ?あ、ああ・・・はいろうか」
衣擦れの音、トビラ一枚隔てた向こうに
そして隔てていた扉がゆっくりと開かれて
~続きはwebでっ!~
「ねぇ○○、ほんとのところ今とストレートどっちが良かった?」
「うーん・・・霊夢なら、どっちも可愛い、でもあえて言うなら今がいいな」
「それってどうして?」
「俺のよく知ってる霊夢だから、俺の愛する霊夢だから」
「・・・」
霊夢は布団を被って黙ってしまった
「どうした?」
「恥ずかしい、自分で振っておいて、凄く恥ずかしい」
そんな彼女が愛しくて、抱きしめた
「・・・眠れない?」
「ううん、安心して、眠れる」
「・・・お休み霊夢」
「おやすみ・・・あなた」
10スレ目>>84>>90>>95
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最終更新:2011年02月26日 21:39