霊夢37



Megalith 2011/02/16



ある初夏の日、ふと出かけた山歩きのさなか、現世から迷い込んだ世界、幻想郷。
岩場から落ちて大けがを負っていた俺を助けてくれたのは博麗神社の巫女、霊夢。
巫女衣装にはちょっとほど遠い不思議な衣装に最初は面食らったが、
流れる黒髪、赤いリボン、そしてその愛くるしさと性格から、
怪我を負って療養していた俺はだんだんと霊夢を好きになっていった。

怪我が癒え、霊夢の為に神社に居候することを決め、俺は霊夢と一つ屋根の下に暮らすようになり、
そんな生活を数ヶ月繰り返して、俺は霊夢に告白した。

霊夢も初めは初めてのことで驚いてはいたが、向こうも満更ではなかったようで、
俺の思いを受け入れてくれた。
この時俺は、この幻想郷で一生暮らす事を誓ったのだが・・・

周りの連中から揶揄と祝福を受けながら暮らす俺たちに、幻想郷を統べる妖怪の賢者、
八雲紫が降りてきた。

なんでも噂をかぎつけて祝福がてら冷やかしに来たそうだが、本心は別のところにあり
なんでも10月で1年で1度だけ下界に戻れる時があり、今回は俺に顕界の里帰りをさせてくれるという。
せっかく戻る機会、是非とも俺は霊夢を外の世界に連れて行ってあげたかった。
二つ返事で承諾すると、1週間という期間限定で外の世界に送ってくれるという。
旅支度を調え、不思議なスキマを通り抜け、俺は霊夢と元の顕界、俺の故郷と実家に連れて行った。

実家ではずっと失踪していた息子が妙齢の若い娘が付いてきたことでてんわやんわとなり、
霊夢は引っ張りだこだった。
あの巫女服も意外に受けが良かったし、お袋は嫁でもないのに洋服などを買い込む始末。

また外の世界は初めての霊夢には色々な場所へ連れて行った。
流石にスペカや空を飛ぶ能力は封印してもらったけど。
そんな生活を送り、いよいよ6日目となり、幻想郷に戻る日が近づいてきた・・・

ギュルルン、ギュルルン・・・
霊夢「ちょっと、このバイクって奴?すごく匂うんだけど・・・」
○○「まああっちでは油をそんなに使う訳じゃないからな、確かにきついかも知れない」
霊夢「でも、こっちの人間って不便よね。あたし達と違って空飛べる訳じゃないから
   こうやって乗り物に頼らないといけないし・・・」
○○「そうかもしれないけど、このバイクは別だ。霊夢が空を飛んで感じる、風の流れを
   同じように感じられる、良い代物だよ」
霊夢「ふーん。でもこのヘルメットとかあと上着?、とっても重くて面倒よ。
   あーあ、幻想郷だったら空飛んで楽ちんなんだけどなー」
○○「まあ物は試しって事で。そりゃ!」
そして俺はアクセルを回す。
ブロロロロオロ!ドクドクドクドクドクドク!

ようやくエンジンが暖まりかかったようだ。
○○「よーし、じゃあ信州の旅に出発だ・・・とりあえず神奈子様と諏訪子様がこっちに来ているって言うし。
   しかししばらくこっちとお別れだが、良いのか?」
霊夢「まあ、こっちの旅も結構堪能したから良いわよ。それに良いお茶も一杯買ったし。
   ありがと、○○」
○○「ええ、どう致しまして。じゃあ俺が乗ったら霊夢、後ろに乗って」
霊夢「わかったわ。でもちゃんと運んでよ?」
○○「霊夢が重くなければね」
霊夢「・・・こっちの世界でもスペカは実現可能よ?」
○○「今回はお茶とかそういうのがあるからだよ」
霊夢「・・・もう」

赤と黒のアクセントが光る俺のモタード型XR400。
こいつも今でこそ手元にあるが既に生産が止まっており、いずれ幻想郷に流れ着くことは確実だ。
っていうより昨年からオフロードのバイクが続々香霖堂近くで確認できた。
香霖堂の店主、霖之助さんにはバイクというものがなんだか概念を説明したが、
バイクの修理を出来るエンジニアが幻想郷にはまだ流れ着いていないらしい。
しかし最近の常連、河童のにとりが興味津々に内燃機関をのぞき込んでいるのをよく見た。
河童集団が最近よく見られるのはそういうことなのだろうか。
いずれはエンジンを解析するに違いない。その時には幻想郷で乗り回せるかな?
ガソリンが流れ着くか、わき出るかは微妙だけど。

そして、一番重要なこと。
それは俺が下界に次に戻ってくる保証もない・・・
親父とお袋には旅に出ると行っておいたが、本当の事は密かに置いて来た手紙に記しておいた。
親不孝な息子でゴメンよ。
最後に一家で取った写真を1枚だけ、ポッケに忍び込ませる。

感傷に浸ってもしょうがない。
俺には霊夢という大事な存在がある。
それを守る為のエゴくらい、許してくれ・・・

じゃあ霊夢、行こうか。
○○「よーし霊夢、しっかり掴まってろよ!」
霊夢「じゃあ帰りますか、博麗神社へ」

スタンドを外しアクセルを回す。
さて、目指すは長野のあの神社。
とりあえず旅の祈願とこちらに戻ってきた二柱へのご挨拶を経て、北信にて紫様と待ち合わせたのち
霊夢と一緒に幻想郷に戻る。
また神隠し扱いか・・・顕界にご迷惑をかけっぱなしだなぁ、アスファルトの光景を流しながら考えていると

霊夢「すごい・・・景色が流れて・・・何か風も見える・・・」
○○「そうだろ?長野はもっと凄いんだぜ。とっておきを霊夢に魅せてやるよ」
霊夢「こういうのも、また悪くないわね・・・」
○○「いつでも乗せてやるよ。霊夢が望むなら」
霊夢「・・・うん」

都内を抜けて高速道路に乗る。バイクは快調だ。
そしてやってきた諏訪。本宮と秋宮をそれぞれ参拝したあと、約束の前宮へ。
諏訪子「やっほー霊夢。良い神社でしょ-。湖とか温泉とか色々みていってよ-」
神奈子「まあ博麗神社もこれくらいの規模があれば、参拝客には困らないと思うが、どうかな」
霊夢 「・・・アンタら、幻想郷に戻ったら絶ー対ーぶちのめしてやるから」
○○ 「オイオイ霊夢、物騒なことはやめろって!。こっちでは曲がりなりにも一の宮の神様・・」

霊夢 「そんなのアタシには関係ないわ。大体この前宮ってさっきの所と比べるとかなり貧相なところじゃない」
○○ 「さっき見てきた神社2つに比べればそうかもしれないが、ここは4つで1つの神社なんだぜ・・・」
霊夢 「え、ええええ!?」
諏訪子「そうなんだよねー。○○、あとで春宮連れて行ってあげてよ。どうせ北に向かうんでしょ?」
神奈子「もちろん翡翠のおみくじは引いて帰ってくれ。きっと幸運間違い無しだ、○○」
○○ 「諏訪子様、神奈子様・・・お心遣い大変痛み入ります・・・」
霊夢 「○-○-?!早苗みたいな言葉遣いして、あんたどっちのみーかーたーなーのーよー?!」
○○ 「あああ、霊夢さん落ち着いて落ち着いて!俺は霊夢さんしか見てないから!好きだから!愛しているから!
    それに諏訪子様と神奈子様は神様なんだし!!」
霊夢 「な、な、なにどさくさに紛れて変な、ちょ、ちょっと、て、照れるじゃないのよ!!」
諏訪子「あれー、あの翡翠って縁結びの効果あったっけ-?神奈子-?」
神奈子「さあ。でもおみくじ引く前だから、関係ないんじゃないの?それにしてもお熱いこと。
    私達も当てられそうだわ」
霊夢 「うーーーー、絶対あとでコテンパンに・・・」
○○ 「ま、まあ、お、俺も悪かった・・・でも霊夢さ、さっきの言葉は、神様に誓って、嘘じゃないから・・・」
霊夢 「し、知らない!!ちょっと○○、こんな居心地の悪い神社、とっととおさらばするわよ!
    諏訪子!神奈子!次にあったらアタシの奥義を見せてあげるんだから!」
○○ 「失礼しましたー」

諏訪子「なんかあーうーのも、ちょっとうらやましいよね、神奈子」
神奈子「ああ、用事が終わったら留守番している早苗を連れて行ってあげるか・・・」

こうして俺は機嫌の悪い霊夢を道中なだめながら春宮に行き、そして宿泊地に向かった。
紫様との待ち合わせは木島となっていた。見せたい物があるらしい。
でも流石に諏訪から木島への道は長いので、今日は山田温泉で泊まることにした。

霊夢「あーさっぱりした。あそこの温泉って良い感じね」
○○「古くから秘湯で有名だからね。ただ混浴がないのだけは残念なんだが(笑)」
霊夢「・・・もう、いやらしいんだから・・・」
○○「でもどうだい霊夢、長野の風は」
霊夢「そうねー、何となくあっちの風に似ている気がする」
○○「秋なんかは特に心地よい風が感じられるぜ。けど冬は雪が多いからこんな風を感じる事は出来ないんだ・・・」
霊夢「ふーん」
○○「明日は山間の中を通るから、綺麗な景色がよく見られるよ」
霊夢「ほんとに?」
○○「ああ、途中でおやき買って2人で食べよう。もちろんお茶付きでね」
霊夢「アンタにしてはイキなことするじゃない。じゃあせっかく買ったお酒で乾杯するわよ。昼間の分、付き合いなさい」
○○「へいへい。ただ飲み過ぎてどうなっても知らないよ-」
霊夢「・・・・・別にアンタだから、良いんじゃないのよ・・・」
○○「・・・・・」

俺は買ってきた真澄の生搾りに手を付けることにした。
○○「あー、このキリッっとした感じがたまらないねー」
霊夢「外のお酒も美味しいものね-」
ちょっと紅潮した霊夢の顔がとても愛おしい。
○○「霊夢、そんな離れてないで、もうちょっとこっちにおいでよ」
霊夢「も、もう・・・何しようって、いうのよ・・・」
○○「二人で寄り添ってお酒飲むだけですが、何か」
霊夢「・・・・それだけで、終わらないくせに・・・」
まあ、こういう話も、悪くないわな。ではいただきまーす。

山田温泉でしっぽりしたあと、俺と霊夢を乗せたバイクは小布施を経由して中野に抜ける。
途中の小布施は今が栗の旬、故に栗強飯をお昼に食べる。
霊夢「あんまり強飯って食べたこと無いけど、結構美味しいのね」
○○「ああ、今が旬だからな。もしかしたら穣子様と静葉様が途中立ち寄っていったかも知れないけどね」
霊夢「こんどあっちでもこういうのせびってみようかしら」
○○「おいおい・・・」

そして中野を抜け野沢方面に抜け、俺はある古びた駅舎のある所にたどり着いた。
旧木島駅。
今はバス以外誰も見かけることのない場所。
そして、そこには約束通り、あの人がいた。

霊夢「なんでこんな所を待ち合わせの場所にしたのよ?」
紫 「あら、ご愛想ね。こういう所こそ待ち合わせに良いでしょ?誰も居なくて」
紫様が駅舎の前で突如実体化した。霊夢は気配で察知したらしい。
○○「紫様、ご無沙汰です」
紫 「あら○○、久しぶりの外の世界はどうだった?」
○○「はい、まあ色々と・・・」
紫 「そう、でも満更ということでも無いでしょ。霊夢をお友達に紹介し回ったのかしら?」
霊夢「紫!、そ、そこまで言わなくたっていいでしょ!」
紫 「あらー、ご名答のようですわね。妬けること妬けること」
○○「からかわないで下さいよ紫様、確かに親や友達に自慢、いえ紹介しまわったのは事実だし。
霊夢「○○・・・もう・・・・」
紫 「その様子だと、”きのうは おたのしみ でしたね。”」
霊夢「・・・・!」
○○「!?」
紫 「あらあらうふふ、初々しいわぁ」
霊夢「・・・・あとで覚えて置きなさいよ、紫」
○○「は、はははははは」

しかしこんなやり取りをしていて、外の世界ではコスプレイヤー以外ではまず見られない
ドレスと導士服を着こんでいる紫様を見ても誰もいぶかしげないのは、やっぱり賢者故の能力なのだろうか。

紫 「さて○○、いよいよ幻想郷に戻るときが来たようだけど、やり残したことはある?」
○○「紫様、こいつとこのヘルメット2つ、家に戻しておいて下さい」
紫 「ずいぶんお安いご用ね。それだけでいいの?」
○○「はい、もしかしたらあっちでご対面できる、かもしれない曰く付きのバイクですからね。
   駄目になるなら家で駄目になって欲しいし・・・」
霊夢「○○・・・」
○○「でも、最後に霊夢と一緒にツーリングできて良かったですよ」
紫 「そう、分かったわ」
○○「よろしくお願い致します」
紫 「さて、じゃあ2人とも戻る前に、ちょっと見せたいのものがあるのよ。その駅の中に入ってくれないかしら」
霊夢「え?こんな古びた建物の中に?」
○○「ここって既に廃線になっているところですよ?紫様でもご存知ですよね?」
紫 「だからこそよ。さあ、2人とも入って頂戴」
霊夢「何を考えているのかしら、紫は」
○○「うーん」
ちょっと引っかかる物を感じながら駅舎の中に入る。

駅はホームだけが残り、構内はレールが取り払われ、雑草が怏々と茂る光景が目に映る。
霊夢「なによ、古びた建物と雑草が茂る所じゃない・・・」
○○「そうだ・・・ってえええ?」
気が付いたら俺と霊夢は駅のレールの上に立っていた上に前から電車が近づいている。
霊夢「な、なによあれ、あれって」
○○「ちょ、ちょっとこれって、霊夢ぅぅぅぅぅ!!」
反射的に霊夢を抱き寄せ、俺は目をつむった・・・

紫 「はい、お疲れさま-」
紫様の声を聞いたとき、俺と霊夢は元の場所にいた。
霊夢「ちょっと紫!!冗談にも程があるわよ!こんな所でアンタのスペカ見せて○○になんかあったらどうするのよ!!」
○○「あ、あれって確か・・・」
紫 「どう、実際の廃線「ぶらり廃線途中下車の旅」のスペカの感触は」
霊夢「え?アレって」

ようやく引っかかるものが取れた。
○○「そうですよね、ここって長電木島線の終着駅。そしてアレは・・・」
紫 「○○が良く乗っていた地下鉄の電車。この駅と路線と共に、既に幻想入りした、古き良き思い出・・・」
○○「そうですよね・・・」
紫 「○○、貴方は、また幻想郷入りすることによって、その存在がどんどん忘れ去られることになるでしょう。
   それでも貴方はあっちに行くことに躊躇いがなかったか、ちょっとだけ試させてもらったわ」
○○「紫様・・・俺は・・・」
紫 「それ以上は言わなくてもいい事よ。幻想郷は総てを受け入れる。それはとても残酷なことって、貴方も知っているでしょ?」
○○「はい、もちろんです」
紫 「あの時、霊夢を確かに庇った。その事実だけで貴方の決意は十分理解したわ」

霊夢「ちょ、ちょっと、紫。どういうことなの・・・よ?」
紫 「あらあら、知らないというのは本当に罪と言う事だわ。全く貴方は本当にハクレイノミコの自覚があるのかしら?」
霊夢「アンタが勝手に話を進めているからでしょ-!!」
○○「オイオイ霊夢、もう良いだろ。紫様は俺に本当にあっちに戻る決意を確認したかったんだ。俺は普通の人間だし
   スペカが使えるわけでもない。でも、だからこそ霊夢と一緒にいたいし、自分が忘れられても霊夢と一緒なら
   それでいい。そういうことさ」
霊夢「○○・・・」
思わずお互い見つめ合ってしまった。顔が赤い。

しばしの静寂のあと、
紫 「あー、お二人とも?そろそろ、いいかしらねー」
○○「あ、はい」
霊夢「な、なによぉ・・・」
紫 「じゃあ、貴方たちを幻想郷に戻すわよ。いいかしら」
○○「お願いします」
霊夢「さっさとやっちゃってよ」
紫 「私は残った仕事を片付けてからそっちに戻るから。それじゃまた後で」
そうして、俺と霊夢は上から来るスキマに包まれた。
現世の画像が歪み、幻となり、消えた後紫と目玉が多く光る空間に包まれる。
あんまりこの光景って好きじゃないんだけどなっー・・・

気が付くと、俺と霊夢は神社の境内に立っていた。
霊夢「あー、戻ってきたわ-。何だかんだ言って、自分の家っていいわよねー」
○○「そうだな」
霊夢「じゃあ、買ってきた荷物とか置いて、お茶にしましょ?アンタのオススメのこのおやきを食べながら」
○○「蒸し器あるかい?蒸かし直すと美味しいんだよ?」
霊夢「えーと庫裡にあったかしら。ちょっと探してみるわ」
○○「じゃあ荷物はやっておくよ」
霊夢「○○、お願いね」

霊夢は言った。「自分の家っていいわよねー」と。
俺の家はここではない。
けど、これから俺の家になる。そう思える気がした。
霊夢と暮らす幻想郷の話は、多分一杯書き留められる事になるだろう。
今はワープロが流れ着いている。阿求さんにも教えてあげよう、物語を書き連ねることを。
あと、俺と霊夢の話もね。
この紅い服の巫女が、俺の、永遠の巫女となりますように。

糸冬



旧イチャスレ上げた自分の作品を若干修正を施し、改めて上げなおしました。
Coahは便利さね、読むのには。

しかしもう2月なのに10月頃の話題のそんなSSで大丈夫か?
あーでもバイク乗りてー。
信州また旅行して-、そして霊夢に乗(ry


Megalith 2011/07/06


「――で、あなた達って、いつ結婚するのかしら?」
「「……だからありえないって」」

 幾度目かわからない問い掛けに、幾度目かわからないまったく同じタイミングで回答。
 意図はしていないのだが、何故かよくこうなる。
 そろそろ煎じすぎて出涸らしな感が否めないが、なるものは仕方ない。

「そんな事言われてもねぇ。貴方達、一緒に何年も暮らしているでしょう?
 皆"そういう"認識にもなるってものよー?」

 頬に手をあて困惑を混ぜた苦笑いを浮かべているのは、
 ここ幻想郷では知らぬ者がいないであろう、大妖怪の八雲紫である。

 ……ゆかりっちと呼んだら蹴られた事は忘れない。絶対にだ。

 因みに隣で俺とシンクロしやがったのは、博麗霊夢。俺の家主である。
 ちらと見やると目が合った。おい何故俺を睨む。何も非はないだろうが。

「わたしがこいつとくっつくとか、天地がひっくり返ってもありえないから」
「……そいつにはまったくもって同感だな。地獄の閻魔が仕事をサボるくらいありえないぜ」
「あ、あらそう。なら聞くけど……その気がないならどうして一緒に暮らしているのかしら」

 これまた幾度目か分からない問い掛けだな。二人揃って溜め息をつき、簡潔に回答する。

「「今更引っ越(させる)すのも面倒だし、二人なら家事の手間も幾らか省ける。利害の一致ってやつだ(よ)」」

 幻想郷へ迷い込み、保護してくれた霊夢の家に居候になり、
 もうどれくらい経ったっけか。三年?四年?忘れた。
 里へ降りる話は何度も来ていたのだが、自他共に認める超面倒くさがりだった俺は、
 引っ越すのを延ばし延ばしにしていた。しているうちに誘いも消えてしまい、今に至る。
 俺と霊夢の関係は、そんな惰性の延長線上に存在していた。
 段々頬を引きつらせていく大妖怪に疑問を覚えつつ、会話を続ける。

「で、買い物途中の俺達を呼び止めて何の用だゆかりっ「蹴るわよ?」――紫、さん」
「ああ、うん。そろそろまた宴会の季節ってことで、皆うずうずしちゃって……」

 かく言う私も、と頬を掻くゆかりっち。
 歳を考えろ歳と脳内で呆れていると、不意に左腋に痛みが走った。
 痛みの元へ目をやると隙間が閉じていくのが見えた。野郎、思考まで読めるのか。

「アンタが解り易すぎる面してるだけよ。……で、場所貸せっていうんでしょ?」

 俺を一瞥してから紫に視線を戻す霊夢。
 そんなに分かりやすいのかと落ち込む俺の横で、どんどん話は進んでいた。
 取り残されてはかなわぬと聞き耳を立てる。
 ――日時は今夜。面子はほぼフルセット。暇人だらけだなオイ。
 ――食材と酒は各自持ち込みか。咲夜ちゃんや苦労人こと鈴仙あたりが
 過不足なくしっかり用意してくれるだろう。
 ……そろそろ場所を提供する霊夢への謝礼の話だが……出番だぜ、俺。
 聴覚から視覚へ優先度を渡してやると、両の掌をあわせて
 分かりやすい"お願い"のポーズを取っている紫の姿が見えた。
 何故かそういうポーズが似合うのはこの際気にしない。しないんだってば。

「というわけなんだけど――ダメ?」
「んー、"水道水"を三ぼ「六本だ」――またアンタは人の……はぁ、どうする?紫」

 霊夢の出した甘めの条件を咄嗟に上書く。
 ――こいつはとかく金品には疎いところがある。
 自分が楽しけりゃそれでいいのよとは霊夢の弁だが、
 少しくらいプラスアルファが出るように俺が口を出す毎日だ。
 ……お前だって出がらしの茶ばかりは嫌だろう?
 うんざり気味の顔をした霊夢から視線を外し、ぐぬとたじろぐ紫相手に交渉を始める。

「さ、三本半で何とか」
「五」
「むむ……四!」
「四――と四半。それでダメなら余所を当たるんだな」
「むー……もう、仕方ないわね。それで手を打ちましょう!」
「おう、毎度あり。後で納品よろしくな」

 高めに吹っかけて狙い目で落とすのは商談の基本だ。
 半ばやけくそといった感じの紫と、営業スマイルの俺。
 勝者は一目瞭然だ。
 自慢してやろうと隣を向くと――

「……話はまとまった?
 ほらさっさと買い物の続き済ませるわよ、○○……ぁふ」

 ――すげえ退屈そうな顔した奴がいた。もれなくあくびつき。
 得意げな気持ちも見る間に萎れていく。
 ……そうだな、お前は昔っから興味の無いことに関しては
 ほんとどうでもいいってスタンス取る奴だったな。
 畜生。

「……ああ、終わったよ。終わりましたよ。そんじゃまたな、紫さん」
「あっ――紫も食材くらいは持ち込んでよね?
 咲夜あたりが何とかするだろうけど、うちはそんなに余裕ないから。
 それじゃ、また後で」

 ひらひらと別れの挨拶代わりに手を振り、歩きだす。
 それに気付いた霊夢も手短に挨拶を済ませ、直ぐに隣に駆け寄ってきた。

「置いてくなばか」
「すまんすまん。……なあ、買い出し、何残ってたっけ」
「アンタ、それわたしに聞くの何度目?」
「さて、忘れちまったなぁ」
「三回目よ。……まさかもうボケが……」
「うっさい。大体俺はまだ二十代で――」






 喧々囂々と尽きぬやり取りを繰り広げながら歩いていく二人を見、
 一人残された紫はぽつりと呟いた。

「……どうみても仲のいい恋人か夫婦にしか見えないのよね。
 私の目も曇ったのかしら……」






「「「かんぱーい!」」」

 時は過ぎて夜の境内。
 最初の音頭を取るだけ取り、後は皆好き勝手に騒いでいる。
 俺はというと、霧雨の嬢ちゃんや各界の大物といった
 馴染みの面子に一通り挨拶だけ済ませた後、一人裏手の縁側でくつろいでいた。

「騒ぐ酒も悪かないんだがな」

 やはり静かに愉しむ酒は旨い。
 あそこにいると愉しむよりも騒がしさが先に立ってしまう。
 なんとなく静寂に浸りたかった俺は、酒瓶片手に退散していたのだった。
 脇に置いているのはお察しの通り"水道水"。
 盃をくいと傾け残りを煽り、頭上に輝く月を見上げ――
 ふと人の気配がしたので視線だけ動かす。
 そんな気はしていたけれど、やはり霊夢がきていた。

「あ、やっぱりここにいた」
「いちゃ悪いかよ」
「べーつにー。ただ、もう少し位皆の相手しなさいよね。
 もっと話を聞きたいって人達もいるんだから……
 紫に関しては、アンタが秘蔵の酒をふんだくったせいで荒れてたけど」
「あー、開始した時からジト目で睨まれてたから予想はしてた。
 しかし、お前もこっちに来たって事は落ち着いたのか?」
「全然。付き合いきれないわよあんなの。
 どうせ暴れて幽香あたりに沈められて終わりじゃない?」

 心底面倒臭いといった風に肩を竦める霊夢。
 お前、自分の後見人的人物になんちゅう……

「隣」
「勝手にしろ。ただし盃は一つしかない」
「ん」

 呆れ顔の俺なぞ見なかったかのように、隣にすとんと腰を落とす。

「月がきれー……」
「……だな」
「お饅頭みたい」
「いや煎餅だろ」
「えー」

 他愛ない会話を聞きながら、酒瓶を手に取り盃を満たす。
 ……つまみか何か拾ってくればよかったな。失策だ。

「あ、早速飲んでる。なくなっちゃうじゃない」

 酒瓶のラベルを見咎めた霊夢が口を尖らせる。

「お前らと違って俺はゆっくり飲むから問題ない。
 そもそもお前と二:三で分けたろうが。これは俺んだ。」

 ただでさえいつも分け前は多めにしてやってるってのに。
 これ以上俺から何をむしり取ろうってんだ?

「アンタの物は半ば私のモノだし。ちょっと味見ー」
「あ、おい!」

 言うが早いか、霊夢は俺が手に持っていた盃にぐいと身を乗り出し、
 こくこくと先程注いだ酒を飲み干してしまった。

「ぷは。んー、やっぱり美味し」

 必然的に近くなってしまった距離から、幸せそうに頬を緩める顔を見て、

 ――黙ってりゃ可愛いのに。

 なんて昔零した事を不意に思い出した。

「つまみないの?つまみ――○○、どうかした?」

 目の前に突き出される、さらさらした黒髪、
 芯が強そうだがまだ少し幼さを残す瞳、すらっとした鼻筋、柔らかそうなくちび――
 ええい、落ち着け俺。

「……いや、何でもない。つまみは品切れだ。残念だったな」
「ふーん、そう……ならいいわ」

 それほど重要でもないのだろう、どうでもよさそうに相づちを打つと、
 また霊夢は俺の隣にちょこんと座った。
 視界から麗夢が消えたことで幾らか落ち着きを取り戻す。
 こいつにはもうちょっと慎みって奴を教えなければならんらしい。
 出会った頃からちっとは淑やかさを身に付けたかと思ったが、まだまだだな。

「……ね」
「ん?」

 右肩に僅かな重みを感じた。

「今日で、五年目」
「……もうそんな経ったか。つかよく覚えてんな」

 幻想入りをした当人が既に忘れかけているのだが、彼女は律儀に覚えているらしい。

「何となくかしら……うん、何となくよ」
「そうか」
「別に出会いが衝撃的だったからというわけじゃないからね」
「はいはい」
「むー……その言い方、ちょっとむかつくわ。てい」
「ぎゃーす」

 ぽかりと威力のない拳が飛んできた。
 三発目あたりでミットに収めるように、左手で受けとめる。

「……ねぇ、○○?」
「何だ?」

 左手の中で拳が開かれ、俺の指に小さく絡む。

「……天地が一回転したら、わたし達はどうなるのかしらね」
「――サボった勢いそのままに辞表も提出、ってか」
「そ」

 お互い何を言いたいかは分かっている。伊達に長い付き合いしてるわけでもない。

 ――隣にいる霊夢。
 まだ俺の胸元位までしか背の無かった彼女は、今では俺の肩より上になる位までに成長した。
 ガキだガキだと思って、意識しないようにしていたが――

「"私"はもう、子供じゃないよ?」
「っ」

 考えを読まれたような気がして、思わず霊夢の顔を見る。
 怒っているわけでもなく、ただじっと俺の顔を見る、一人の女の顔がそこにあった。

「出会った頃の、聞き分けのないガキじゃ、もうないんだからね」
「すまん」
「貴方の隣に並び立てるくらいは、大きくなったわ」
「……そうだな」

 絡み付く指を優しく握り返し、右手で彼女を抱き寄せる。

「お前ももう立派な大人だよ。……だから、漸く言える」
「そうね、私もずっと温めて来た気持ち、漸く口に出来るわ」
「「……好きだ(よ)」」

 ――初めてのキスは、アルコール臭かった。


 翌日。


 太陽がまだ低いうちではあるが、至って普通に目が覚めた。
 何も変わらない、いつも通りの朝だ。
 強いて違いを挙げるならば、あの後宴会場を一人で片付けた為、体の節々が痛いくらいか。

「くぁ……んぎぎ」

 草履を履いて、庭で思い切り背伸びをする。
 ごきごきと体の節々が快音をあげた――うん、気持ちいい。

「おっさんくさー……ぁふ」

 開け放っていた襖から、目を擦りながら霊夢が姿を覗かせる。

「うるせぇ。お前もやってみれば分かるさ。存外気持ちいいんだぜ?」
「んー……そうねー……」

 よたよたと眠気を隠そうともせず、庭へ出てくる霊夢。
 危なっかしい足取りで俺の隣へ来たかと思うと、

「ん~~――ぁ、あら?」

 盛大に伸びをした反動か、バランスを崩してしまった。
 咄嗟に手を伸ばし、抱き抱えるようにして支える。

「思い切り良すぎだバカ」
「……えへ、○○ー」

 驚いた顔をしていたのも束の間、蕩けた顔のまま俺に抱きついてきた。
 いや、あの、うん。こいつ誰?
 昨日からのあまりの変わり様に、軽く思考が停止しかける。

「……昨日、途中から姿消してたから何かやっていたことは予想してたけど……」

 腕のなかのやわらかい感触を持て余していると、不意に横合いから声がした。

「一体何が起こったの?○○……」

 困惑やら驚愕やら色々な感情をミックスした顔をした紫が、隙間から顔を出していた。

「あのね、紫、知ってる?」

 俺から離れようとしない霊夢は、顔だけ紫に向けるとこう言った。

「昨日、天地は二度ひっくり返って、一周したのよ?」
「……だそうだ」

 口を塞ぐことも忘れた紫と、立ち尽くす俺と、俺にしがみつく霊夢と。
 あんまり普段と変わらない気はしたが、俺の腕の中の温もりだけが、少しだけ違って感じた。


 後日、「ついに」とか「やっと」とか、そんな修飾子がふんだんに使われた状態で
 俺たちの挙式が新聞記事となるのだが、それは別段話すような事でもないので割愛させて頂く。


今が少女なら、数年経てば彼女らも立派な女性になるはずなわけで。
妄想の勢いのままに書き散らかしてしまいました。

改良すべき点などありましたら、どんどんご指摘くださいませ。



Megalith 2012/02/14


 今日は2月14日

 外の世界ではバレンタインデーと呼ばれる日だ。
 その日は自分の愛する異性に日頃の感謝を込めた贈り物をする。
 近年の日本では、女性から男性へチョコ等の甘いものを贈るのが一般的になっている。


 と言っても、幻想郷にそんな風習はない。
 幻想郷に来てから二年が経つが、そんな素敵なイベントは起きたことがない。


「随分と気の抜けた顔してるわね○○」


 なんてことを考えていると、一人の少女が俺の家を訪ねてきた。
 彼女は『博麗 霊夢』 幻想郷の異変を解決するスゴ腕の巫女さんだ。



 霊夢との付き合いは二年前、俺が幻想郷に迷い込んだ時からだ。
 記憶も曖昧に幻想郷を彷徨っていたところを彼女が保護してくれたことが切欠だった。
 保護されてしばらく一緒に暮らした後に、俺は今住んでいる人里はずれにある家に移った。
 住居を移った後も彼女との交流は続いている。



「おぉ霊夢か、どうした急に」
「近くに来たから寄ってみただけよ、上がっていい? 」
「別に構わないけど… 」


 突然の来訪に驚いたものの、霊夢を家に上げる。
 普段は俺の方から彼女の神社を訪れるので、彼女から訪ねてくるのは珍しいことだった。


「今日は良いお菓子があるの」
「……明日は大雪か」
「どういう意味よ」


 珍しいことが重なるものだ。
 いつもはお金にうるさいドケチの霊夢が手土産を持ってきたと言うのだ。
 天変地異を疑いたくもなる。


「待っててくれ、今お茶を淹れるから」
「出涸らしは嫌よ」


 霊夢を居間に座らせ、俺は台所へお茶を淹れにいく。
 珍しいことが重なったとはいえ、今はまだ平和な日常だ。
 まだ慌てるような時間じゃない。


「相変わらず質素な家ね、ちゃんと暮らせてる? 」
「住めば都だ、余計なものは必要ない」
「ふ~ん」


 お茶を淹れて戻ってみると、霊夢が持ってきたお菓子を広げていた。
 俺の家への感想も言っている。
 ボロ家で何が悪い。


「おっ、美味そうなおはぎだな」
「私の手作りよ、ありがたく頂戴しなさい」
「そりゃありがたいな」


 霊夢が持ってきたお菓子は『おはぎ』だった。しかも手作り。
 甘そうな餡子が食欲をそそる。


「それじゃ、いただきます!」
「召し上がれ」


 早速お茶と共にいただかせてもらう。
 やはり和菓子にはお茶が一番。


「美味いな」
「そう? 気に入ってくれてよかった」

 俺がおはぎの感想を述べると、霊夢が笑顔を浮かべる。
 その笑顔にドキッとしてしまったのは内緒。


「しかし、どういう風の吹きまわしだ? 」
「えっ? 」
「いや、霊夢が手土産持って俺のところに来るなんて珍しいからさ」
「あら、私の好意が迷惑だった? 」
「迷惑ではないけど、なんか調子狂うな… 」


 俺の知っている霊夢はいつも我が道を行く人間だった。
 それも邪魔する者は全て蹴散らしていくぐらい、周りを寄せ付けない強さを持った。
 その霊夢が突然こういった形で好意を向けてくることに違和感を感じざるを得なかった。


「まぁ強いて言うなら、たまには素直になってみようかなって… 」
「どういうことだ? 」
「分からないならいいわ」
「なんだそりゃ」










 そんなやり取りがあった後、霊夢が帰る時となった。


「今日はありがとな、美味しいお菓子貰っちゃって」
「いいのよ別に、残りもちゃんと食べてね」
「あぁ、それじゃまたな」
「○○! 」


 玄関先で別れ家に戻ろうとしたその時、突然霊夢が俺を呼びとめた。


「どうした霊夢? 」
「ハッピーバレンタイン! 」


 そう言い残し、霊夢は飛び去っていった。
 俺はしばらく呆気にとられた後、ようやく意味を理解した。


「あいつ、なんで急にお菓子なんて持って来たかと思えば… 」


 スキマ妖怪あたりの入れ知恵だろうか。
 こちらの世界にバレンタインはないと思って油断していた。
 とにかく今は家の中に戻って、残った霊夢の好意を味わうとしよう。


最終更新:2012年03月08日 00:35