藍8



Megalith 2011/02/10


「それではお休みなさいませ、紫様」
「んぅ……おやすみ……」

 主紫様は布団に包まると十秒も経たずに寝息を上げていた。
本当寝つきの良さなら紅魔館の門番といい勝負だろう。
そのまま彼女を起こさないよう、俺は静かに部屋から出る。
ま、よほどの天変地異が来ない限り彼女は夢幻の世界から出てこないだろうが。

「……紫様は眠ったか?」

 ふと視線を向けると立派な九本の尾を蓄えた美女が立ちすくんでいた。
八雲藍、紫様の式であり俺の教育担当そして最愛の人である。
静かに首を縦に振ると少し安心したようにそうかと呟いた。

「そっちも仕事は終わりましたか?」
「あぁ、ちょうど今終わったところだ」
「なら……ゆっくりできますね」
「そうだな。一杯やらないか? 今夜はいい月がでている。月見酒でも」
「いいですね、それじゃ何かツマミをつくりますから少しお待ちください」

 彼女は了解とばかりに酒蔵のほうへと歩を進めた。
この家に酒が無い日は無い。聞けば博麗神社での宴会用に買いだめしてるとか。
ま、あそこの神社に酒やら食い物やら用意しろというほうが酷か。
俺は台所へ赴き、さっそく調理に移った。


◆                  ◆                ◆


 望月は天空にぽっかりと白光の穴を開け、地表を蒼白い世界で埋め尽くす。
飲み干した日本酒は喉を焼き胃を炉へと変貌させ体中に熱を張り巡らせた。
右隣には先ほど俺が作った稲荷寿司を美味そうに頬張る藍の姿がある。
幸福。この時が一番の幸福だと確信できる。少し紅潮した彼女の顔がそれを裏付ける。

「どうした○○? 米粒でもついているか?」
「いや……いい夜だなと思って、ハッパ吸っていいですか?」
「あぁ、構わない。私にも一本くれ」

 胸元にいつも入っている乾燥大麻を取り出し彼女に手渡す。
GHQが発令した大麻禁止法も無いここ幻想郷では、大麻は娯楽品として扱われていた。
神社の注連縄や衣類など用途が多いので、人里の住人の大半は麻を栽培している。
最初この事実を知った時は驚いたが、案外酒や煙草よりもソフトな嗜好品であることは経験で知った。
今では仕事終わりの一服には欠かせない存在となってしまうほど。

大麻を包んだ布を口に咥えると彼女は指パッチンで火を生み出し先を炙る。
吸い込み、長く息を止めて、口腔から吐き出す。恍惚とした表情。
紫煙を虚空に吐き出す藍は口では説明できないほど美しく、しばらくの間見蕩れていた。
その視線に気づいたのか彼女は微笑みながら顔をこちらに近づけてくる。
俺も同調するように顔を近づける。触れ合う布の先端同士。炙る火が弱くもどかしいほど時間が長く感じた。
近い、彼女の顔がすぐそこにある。切れ長の瞳、ハッパを咥える膨らんだ唇。
冬の肌寒い風が互いをかすめる。しかし俺の体は火がついたように熱く火照っていた。

「緊張することはないだろう○○。互いに口付けも交わしている仲ではないか」
「そう言いますが、やはり少し気恥ずかしいですよ」
「こら、二人でいるときに敬語を使うなよそよそしい」
「あ、あぁ悪い」

 やれやれといいながらも、彼女は笑いながら酒を口にふくませる。
俺も内の感情と共に煙を肺から外へと吐き出した。
藍色の空に浮かんだ煙は、虚しく空間に飲み込まれ消えていく。
諸行無常のなんと儚いものか。人間の俺もそうであるように。
式の彼女と人間の俺。あまりに違いすぎる種族の差。
それでも彼女は俺と共に歩んでくれると言ってくれた。
悲しみと喜びを受け入れられないで誰かを愛することはできない。
彼女に悲しみを与えるのならば、それ以上の喜びを与えればいい。
俺は彼女を愛している。それは変わる事のない絶対の真理。

「○○、お前親御さんはどうしている?」
「そうで……そうだな。少し前に現代入りして実家に帰ったが、特に変わった様子は……」
「そうか、お変わりないか」
「……藍の親御さんってのは今どうしてるんだ?」
「……父も母も、私が生まれて間も無く退治された」
「ご、ごめん……」
「お前が謝る事じゃない、高名な妖怪ならばその覚悟は誰でもしているさ」


 こうやって人間と妖怪が共存の道を歩むまで、互いに喰らい退治する血みどろの道を歩んできたと彼女は教えてくれた。
事実今でも“妖怪の山”辺りには人食いの妖怪が多く巣食っている。
紫様の付き人である俺でも、あそこへ使いに行くには藍の式神である橙を護衛に連れている。
俺を守るという使命感を胸に少しお姉さん気取りの橙は、頼れるというより可愛らしい。
藍も紫様の従者になる前“白面金毛九尾の狐”として人間と争っていたようだ。
その話をする藍はどこか寂しそうな感じがして、あまり好きじゃない。

「それじゃ、二人の顔とか……記憶は?」
「……あまりない。ほとんど一人で生きてきたようなものだからな」
「……寂しくなかったか?」
「……生きることで精一杯だったからなあの時は……そんな心の余裕なんてなかった。
けど橙を持って育てていくなかで、甘えてくれる橙に羨ましい気持ちが沸く時がある」

 藍の目に僅かな揺らぎが見て取れた。
父親も母親も殺され、愛の恩恵を受けられなかった彼女に同情の念が芽生える。
俺の家は母子家庭だが、母親の助けなしではこうして生きていけなかっただろう。
誰かに甘えることを許されず、孤独の中生きる苦しみを俺は解ってあげられない。
その代わり、俺が彼女にできることを。彼女を笑顔にできることを。


「なぁ藍? もう少しそっちに寄っていいか?」
「あぁ、いいぞ」


 スッと彼女の隣に体を滑らす。その距離は一寸もなく、ほとんど互いに触れ合いそうな空間が広がっている。
夜が隙間に流れ込む。冷たく、深く、愛した者の温もりを感じさせるように。
自分の鼓動がやけに早く思える。今更になって緊張しているのだろうか。
すると藍が俺の肩にそっと頭を寄せてきた。
いきなり破られた互いの距離にドギマギしていると、彼女が俺の袖をか細い力で掴んでいた。


「すまない○○、もう少しだけ……今日はなんだか人恋しい気持ちになってな」


 その言葉に俺の中の何かが吹っ切れた。彼女の手を払い、自分のほうに抱き寄せた。
急なことで反応できなかった藍は俺の胸の中で右往左往している。


「ちょっ! ○○、いきなり……苦しい……」
「藍、俺と結婚してくれ。俺の妻になってくれ。
俺はたしかに人間で何の能力も持たないただの普通の男でお前とは不釣合いだとは重々承知だ。
けど! けどな、俺だって惚れた女一人この胸に抱き寄せることぐらいできる!
泣きたかったら、我慢しなくていいんだ! 甘えたかったら、我慢しなくていいんだ!
全部俺が引き受ける、受け止めるから! お前が好きだ、大好きだ!
お前の傍にいる、俺が死ぬまで、ずっと! ずっとだ!」


 一気に思いの丈を喋りきり荒い呼吸しかできない。
無意識に彼女を抱きしめる力も強まっており、慌ててその力を緩めようとした。
しかしそれは彼女の抱擁で遮られる。俺以上の力で強く抱き寄せられる。


「どこぞの国の国王も、大名も、ありとあらゆる権力者も、そんなこと言ってくれなかった。
私は常に求められて、金と豪勢な生活で飼われていただけだった。
お前だけだ……お前だけが……私を、愛……して……」


 嗚咽の漏れる悲しき妖狐を俺は強く抱きしめた。
彼女が二度と孤独の悲しみを背負わぬように。彼女の笑顔が咲き誇るように。
月はただ二人の姿を映す。いつの間に空には明けの明星が浮かんでいた。




藍様のようなお姉さんに思いっきり甘えられる男でありたい……




Megalith 2011/04/02



 彼との出会いは、まぁ、なんだ……一言で言えば、最悪だった。
 紫様が好むよ少女漫画のようにロマンチックなどと言える物でもなんでもなく、ただ問答無用にスキマで落とされた先に彼がいたのだ。
 問答無用、更に無理やりというのはあの主のせいだ。彼の家から帰ったとき真剣に話し合いをした。真剣に、な。
 その時の紫様の言い分は、


「急に面白そうな人間が現れたからちょっと見てきてもらおうかな♪ と思って」


 これだよこれ。
 たったこれだけの理由で私を強制的にスキマ落としするとはいかかがなものだろうか。
 それに「見てきてもらうおうかな♪」じゃないわあの主めまったく紫様は、っと話がズレてしまったな。元へと戻そう。
 ええっと、彼との出会いの場はあれだ、


「トイレ中に押しかけるとは、また、なかなかお盛んなお狐様だな、と思うんだけど、その辺りどうなのよ?」


 そう、これで既に分かっていただけると思うが、彼との出会いは厠だ。なぁ? ロマンチックでもなんでもないだろう?
 そうした出会い早々に、この場所で神妙な面持ちから彼が放った第一声がこれだ。

 気づけば私は拳を彼こと〇〇の顔へとめり込ませていた。

 あぁ、もちろん手加減はした。あたりまえだろう。ただ、まぁ色々と出したまま吹っ飛んで気絶していたが……その、なんだ。悪いこと をしたと思っているんだぞ?
まさか落とされた先がこことかな。さらに初対面がコレでこの場所なんだぞ? ありえないだろう。最悪だ。
 こんな出会い、まったくもってありがたくもない。


 さて、この○○についてだ。彼はなんの変哲もない青年。少女たちのように弾幕ごっこなど出来るわけもなくスキルも持たないただの人間なのだ。
 強いてあげれば、外の世界の住人で、何事にも関心、意欲が強いという位だろう。
 この幻想郷を案内をしているときに持ち前の意欲で赤ん坊のように見るもの全てに興味を示していたんだがまたこれが面白いこと。


「その尻尾、本物なの?」


 もちろん、彼の興味の範疇に私の尻尾も入ったさ。
 触って確かめてみるか? と聞けば、いや、怖いから遠慮しとく。 と彼は返した。 
 なんだそれは。まさか断られるとはおもわなかったぞ。
 自慢の尻尾なだけにちょっと残念だったのは内緒だ。


 時を同じくして、名によりこの幻想郷を案内をしていた頃、こんな愉快なことがあった。
 それは……ふふっ、いやすまない。これがまた今思い出しても笑えてくる事なんだ。
 あの巫女たちを怒らせ、魔女を怒らせ、吸血鬼を怒らせ……会うたび会うたびに初対面の彼女たちから怒りを買っていた。
 めずらしいことに人間友好度が高い者まで全てから、だ。
 彼女たちの怒り方もまた全力でおかしくておかしくて。また、襲われて必死で逃げていた彼が面白いこと面白いこと。


「ちょっ藍さん、あ、やばいやばいってなんかすごいあの人笑っているけどやばいよこれホント助けてヘルプヘルプヘーーーーーーーーーーーーーール!!!!!」


 ぶふっ!
 すまない、思い出したら吹き出してしまった。あ、今のは風見幽香から逃げているときの様子だ。
 それにしてもあまりに見事に少女たちを怒らせる彼に対して、お前には怒りの琴線でもみえているのか? と聞けば


「あはは、いやぁなんというか、そういう性格? 性質なのかねぇ? これのおかげで外の世界でも周りには苦労をかけたんだよ」


 ボロボロになった姿の彼は、そいつらに謝り尽くせないくらいにな、と笑いながら話された。
 外でも彼と関わる周りは苦労をしていたのだろうか? と思うと笑えない。その人間たちとはどうやって関係を保ってきたのだろうかと疑問に思う。
 ここまでの見解、彼には弾幕ごっこなどの才能はないが、代わりに人を怒らせるという才能を持ちあわているようだ。

 言い表してみれば、癇癪を起こさせる程度の能力といったところか。

 なんともまあ厄介で難儀な能力をもつ男。それが彼こと○○という男なのだ。




「旦那の管理くらいしなさいよ」


 これは博麗の巫女の言葉。
 誰が旦那だ。あんなのを旦那にもらうか。そんなの御免被る。と、そう答えたのが懐かしい。
 このとき彼はというと、うん、うんと頷き肯定しながら巫女の隣でお茶を啜っていた。
 その肯定は巫女の言葉に頷いたのか、私の答えに頷いたのかどちらだったのだろうか? 

 今の心情、後者だった場合を考えると少し癪だ。何故かはしらない、ただ癪だ。

 そんな今の謎の気持ちは切り捨て進めていこう。この時、こうして仲良く並んでお茶を飲んでいる巫女と彼なのだが、初対面時に彼女ももちろんブチキレていた。
 あの怒り方はもはや、いや何も言うまい。思い出すのも億劫だ。
 しかし、この時目の前に広がっていた光景がコレ。殺しに来た相手と仲良く並んでお茶、この時の私の顔はさぞ訝しかったろうに。

 その答えはすぐ紫様が教えてくれた。

 なんと、彼は紫様に手伝ってもらい単独でひとりひとりにけじめをつけにいっていたのだ。

 ただの人間である彼が少女たちの見事なキレっぷりをどうやって治めたのだろうか?

 気になり当事者である二人に聞けば、彼は「恥ずかしいから秘密」と一言。手助けをした紫様は知っているものの、クスクス笑いはぐらかすだけで何も教えてはくれなかった。これは今でも本当に気になる。
 いやそれにしても、あんな厄介な才能を持ち自ら命の危機に幾度と無く晒されてまで彼はよく今まで生きていられたな、と思う。切実に。

 こうした一件以来、早々に私は紫様から、下手に騒ぎを起こさせない様に、とお目付け役として彼の監視の命を受けついていた。
 長い間、いやまぁ解かれるまでのたかだか一年ほどなのだが、彼を見ていて私はとても驚かされた。

 なんと、怒らせた筈の少女たちと仲よさ気に話しているのを何度も見かけたのだ。

 前に収拾がついた、と言っていたにしろあんなにも親しく話す様が私にはまた不思議に思えた。
 あまりにも親しく話す彼女たちとの会話の中身が気になった私は、何を話していたのかを聞いたのだが、


「5割が愚痴、4割が世間話。内容は言えないけどなかなか面白い話が聞けるんだなこれが」


 と、回答をもらった。世間話はいいにしろ愚痴は面白いのか? 
 それと、残りの1割はなんなんだろうか。またしても気になった。

 あれから時は経った今現在、事の一件以来目立った騒ぎは無く、既に監視の命は解かれている。
 それなのにも関わらず、私はこうして暇あればただの人間である彼の家へと出向くようにしている。
 もはや、生活の一部と化しているといってもいいこの行為やめろというのが無理な物だろう。
 あ、このことは勿論紫様に了承を得ているぞ。主に黙って密会などでは無いのであしからず。
 まぁ、そんなことをしようとあの方には全て筒抜けなのだろうが。


 そうして過去を振り返っていた今現在も、私は彼の家へと足を向けている最中だったりする。
 そういえば先ほど、こうして人里にある彼の家へと何度となく訪れていたのがいけなかったのか不思議な話を耳にした。
 噂というのもどうやら、彼の元足繁く通う妖狐の通い妻がいる、とかそういう類の噂が建てられていたようなのだ。
 誰だその妖狐は、ってまぁその、それは私だったりするんだ。
 よくよく考えれば、観るものが見たのならこのような噂を建てられ、広まるのが必然的なのだろうと今に思う。

 しかしだ、なぜそう見えたのか本人としては理解に苦しむ所。ただ知人の家へ訪れているだけなのに。

 先もよく彼と茶菓子を買いに出向く茶屋の奥方から羊羹を頂いたのだが、その時に親切にも、


「旦那様によろしくお伝え下さい」


 との言伝付きときた。なんということこだ。それは勘違いですよご婦人。
 旦那とは内容から察しなくとも、彼の事を指すのだ。彼とは何度か二人でこのお店に来ているからそう勘違いされたのだろう。
 これも噂の延長なのだろうが、だからといってそれは可笑しな話だ。

 私と、彼の間はいまや良き友人の位置にある。

 互いに暇があれば、将棋や、読書、お茶をしながら互いの近状を話しあったり、と不健全なことなど全くなく至って健全な付き合いをする仲だ。
 そんな彼に対して恥ずかしくて声を大にしては言えないが、私は彼を心の友だと認識している。彼がどう思っているのか知らないが、私はそう思っているんだ。
 それに、彼と話していると心が休まるんだ。もしかすれば、外の世界で付き合っていた人間たち、そして笑っていた彼女たちも同じような気持ちだったのだろう。


 あぁ、そういえば今朝マヨイガを出るときに、彼の家に出向くと紫様に言えば、「昨日から変に機嫌が良かったのはそれが理由ね。春よねぇ」と誂われ、
 昨日も橙に「藍さま、すごく嬉しそうな顔していますね? なにかあるんですか?」と聞かれた。
 あの子にバレるほどそんなに顔に出ていたのだろうか? いやはや、自分では解らないものだな。

 おっと、そうこう考えている内に既に彼の家の前についてしまった。さてさて、彼はいるのだろうか?


「じゃあ、この紙に書かれた問題をといてきなよ。それが解ければ超天才に一歩近づくぞ。天才からの超進化だ」
「ホント!? ウソじゃない!?」
「○○ウソツカナイ。それと全部できたら褒めてやるよ。文字の書き方は前に教えたよな? よし、それじゃがんばれよー」


 探すまでもなく、裏手の庭から二つの話声が聞こえてくる。
 会話を終えたのか氷精は手にした紙を握りしめそのまま飛び上がっていった。
 どうやら今回は氷精とじゃれあっていたようだ。


「ん? あぁ、藍さんか。こんにちは、今日はどうしたの?」


 こちらに気づき、すでに見慣れたふやけた笑顔で話しかけられる。
 羊羹を頂いたんだが、これを茶請けに一緒にお茶でもどうだ? との案に、
 「それはいい提案だよ。じゃあ縁側で待ってて」と簡潔に返した彼はお茶を煎れにいく。

 さて、今日は何を話そうか。

 生憎、叩きつけるような愚痴などは今回持ち合わせていない。

 ううん、そうだな……。

 少しだけ、色恋沙汰の話でも持ち出してみようか。好きな異性は出来たのか? なんて。


「藍さん、お茶とお菓子持ってきたよ」


 題材も決まった頃といういい間で彼がお茶と、切り分けた羊羹を持ってきてくれた。

 さてさて、この話ではいったいどんな反応を見せてくれるのやら。

 このネタをどういった場面で切り出そうか、と茶請けをつまみながらソワソワする私なのだった。



Megalith 2012/03/07


「ただいま~」
「おかえり、○○」

藍様の声を聞くだけでも思う。




“藍様の尻尾もふもふしたい!”




食卓に上がると、藍様はキッチンで夕食の料理をしていた。

「藍様~、今日の晩飯は何だ?」
「今日は○○が好きな唐揚げだぞ」
「おお、やった!藍様の作る料理はどれも美味いけど、特に唐揚げは最高だからな!」

料理をしている藍様はこっちに背中を向けながら話した。尻尾を直接見るとなおさらもふもふしたくなる。
だけど恥ずかしくて言い出せないんだよなあ…


~~~


「ふぅ、ご馳走さん」
「お粗末様でした」
「さっき唐揚げがいいと言ったけど、やっぱり唐揚げに限らず藍様の料理は美味い!そこらのレストランよりも美味いぜ」
「○○にそんなこと言われると作る甲斐があったと思うんだが…ところで何で私のことを様付けで呼ぶんだ?様付けなのにタメ口というのも何か変だぞ?」

言われてみれば確かに様付けで呼んでいるな。無意識の内に。

「まあ、あだ名みたいなもんだよ。それに、“らん”って呼ぶより“らんさま”って呼んだ方が語呂がいいし」
「なるほど。あだ名と言われてみれば私もたまに○○のことをあだ名で呼んでいるし、悪い気はしないな。だけど私とお前の関係だし…、出来れば呼び捨ての方が嬉しい……かなって……」

藍様が頬を少し赤く染めてもじもじしながら喋る。
お、いつもクールな藍様が珍しくデレているぞ?ある意味貴重かも?

「あの…藍」
「なんだ?」
「その…なんだ……」
「どうしたんだ?」
「尻尾をもふもふさせてくれ!!!」

やっと言えたああああッ!だけど少し恥ずかしい…

「何を突然言い出すかと思ったらそんなことか…。私は構わんぞ?」
「ええっ!?マジでモフモフしていいの!?」
「ははは、全く、子供みたいな奴だな」

子供みたいって…なんかヘコむぜ。

「ただのもふもふは橙と同じだが…それとも大人のもふもふがいいか?」

大人のもふもふって…色々嫌な予感しかしないな。

「実は長年生きてきたが、こういうことは私も初めてなんだ…。お前を満足させる自信は無い」
「ということは…いいのか、本当に?」
「ああ、私は初めからその気だ。用意をしておこうか?」





その後、俺と藍は楽しい夜を過ごしたのであった。めでたしめでたし




ちなみに唐揚げに特に意味はありません。

藍様と休日を過ごしてみた(Megalith 2012/05/05)


天気は晴れ。お守りは持った。服装も問題なし……
っと、そろそろだろうか。

『○○~!そろそろ行くぞ~』

「分かったー!今いくー!」

足早に玄関へと向かう。もう少し早く準備したほうがよかったのかもしれない。
玄関に着くと俺の予想通り、柔らかく微笑んでいる彼女がいた。

「ふふふ。寝坊したのか?なんなら私が起こしに来てやってもいいんだぞ」
「是非おねがいします藍様」
「いや、冗談なんだが……」
「そんなぁ……」

俺は浮かれている。間違いなく浮かれている。
ん?なぜかって?決まっているだろう……


「これから俺は恋人と休日をを満喫するのだ!フゥーハハハー!!」
「こっ、声が大きいぞ○○!」



ザッザッ、と目的地へと続く妖怪の山の山道を歩く俺の隣の美女は「八雲 藍」
紆余曲折あり俺の恋人になったんだ。
実は今日も本来は怠けがちな主に代わり仕事に追われている筈だったんだが
彼女の主のいつもの気まぐれで急遽休みを貰えたらしい。
しかし、だ。
実はデートとなるといつも彼女の式である橙も来るので
二人きりのデートはなかなか無かったりする。
だからなのだが、いつも俺と藍の間に橙という形なので
二人で手をつないだ回数は更に少なかったりする。
……ダメだ。緊張してきた。

「おやおや、どうした○○?さっきから黙っているが私より大事な考え事でもあるのか?」
尤も、藍にはお見通しのようだが。
「俺が何を考えてたか分かって言ってるだろ……手、出してくれないか」
「ふふ、こうか?」

ギュッと差し出された藍の手を握る……おおぅ、やぁらけぇ…
だがしかし、先ほどから俺は藍に主導権を握られっぱなしなのだ。
ここらで挽回せねb「おおっと足が滑ったなぁ(棒)」
ふわっ、と藍の華奢な体が俺にもたれかかり、さりげなく腕を絡めてきた。
なっ……恋人繋ぎ……だとぉ!?
「おお、すまないな○○。今離れよう」
くっ……!!おかしい、全く主導権を握れない!
「んー?どうした○○?何か言いたそうだなぁ?」
なら俺もっ……
とにかく冷静な判断ができなくなっていた俺は……
ぎゅっと藍を抱きしめた。
おいそこの鴉天狗、その程度ですかとか言うんじゃねぇ。
これで精一杯なんだよ。
「ま、○○っ!?気持ちは嬉しいのだが場所がな!?」
藍にそう言われて辺りを見回した俺はようやく思い出したんだが
ちょうど昨日に雨が降っていたせいで地面がぬかるんでいたんだ。
まぁ俺が何を言いたいのかというと──────


「うおおおおおおおっ!?」
「うわああああああっ!?」


転がり落ちた。








「痛ってぇ……大丈夫か、藍?」
「すまない……足を捻ってしまった……」
そう言いながら藍は足首を押さえている。冷やすにもここじゃあ無理だし……
「あちゃ~、今日は帰るか」
「本当にすまない……」
「いいって。というか悪いのは俺だろ?」
「しかし……」
「いいってば。よいしょっと」
そう言って俺は藍の体を抱きかかえる。
いわゆるお姫様だっこ、というやつだ。
「なっ……!?肩を貸してくれるだけでいいんだぞ!?」
「だが断る。恋人なんだからこれくらいの役得あってもいいだろ?」
「……!!」
俺に抱きかかえられた藍は俺の胸板に顔をうずめてしまった……役得バンザイ!!




「なぁ……今の私をどう思う?○○?」
しばらく歩いた頃、今まで黙っていた藍がいきなり話しかけてきた。
「どう、って言われてもなぁ……俺は」
「私は最近何をするときもお前のことが頭から離れなくてっ!
 たった2、3日会ってないだけなのにっ!
 心配で仕事も手につかなくて……!
 今日だって本当は紫様に役に立たないから休まされただけなのに……
 あんなに浮かれてお前に迷惑をかけてしまった!!
 お前だって折角休みを取ってくれたのに……!私はっ…!!」
藍から次々に言葉があふれ出す。
たまには気持ちを吐き出すのも大切だ。そんなことは分かっている。
けど俺は、大好きな人が目の前で泣いているのは我慢できなかった。
だから、

「なあ!答えてくれ、○○!私は……んっ…!?」
キスをした。

「んっ……ふぅ。落ち着いたか?藍」
「……誤魔化さないでくれ!私は……!」
「誤魔化してなんかいない。これが俺のありのままの気持ちだ
 俺のことが気になるっていうのなら1日1回は必ず会いにいく。
 仕事がはかどらないなら俺が手伝う。藍のためならとにかくなんだってする。だって、俺は、

お返しとばかりに一気に俺の思いを腕の中の彼女に伝える。
「お前を愛しているんだから。」

……反応がない。無理やりすぎたか?
と思ったが、一拍おいて返事が来た。
「なら、まずは私と一緒に住んでくれ」
「ああ」
「……休みの日は一日中隣にいてくれ」
「お安い御用だ」
「…私とずっと一緒にっ──────────────────




「マヨイガに到着っと。大丈夫か、藍?」
「ああ、さすがにもうなんともないさ。」
流石は九尾の狐なのだろう。もうすっかり治っている。
「よし、じゃあ今日はこれで!」
くるりと藍に背を向けた瞬間、肩をガッ!!と掴まれる。
「私と一緒に住んでくれるんじゃなかったのか?○○?」
マズイ……!俺の部屋にはいろいろと見られたらやばい物が……
「いや、まずは荷造りをしなければですね」
「紫様なら一瞬で終わらせてくれるぞ?」
クソッ……何か良い手は…!
「その、だな……春画の類は処分させてもらうが……その分、面倒は見るぞ」
「うええええ!?そ、それってどういう意味だよ!?」
「……ッ!!まずは紫様に相談しなければな!うん、そうしよう!」
「ちょ、待ってくれよ!藍!!」





これで俺の短い休日は終わりだ。
けど、だからといって平日が嫌いだとか休みがもっと欲しいってわけじゃない。
なぜなら俺の隣には常に藍がいるんだから。



うん。初挑戦なんだ。いろいろ見逃してくれると助かります。


藍様と日常を過ごしてみた(Megalith 2012/05/06,2012/05/05の続き)


「おっ、見つけたぞ、藍。どうやらここみたいだ」
しばらく歩き、俺はようやく目標の場所を見つけたので、
隣にいる彼女――八雲藍に伝える。
「おお、本当だな。よし、早速……」

彼女が白く細い手をかざした瞬間、
幻想と現実の境界が青白く輝く――――

「……これで良し、と。ここの結界はこれでしばらく持つだろうな」
「まぁ本当に小さい歪みだったもんな」
「小さいうちに不安の種を刈り取るのが私たちの仕事だろう?」
おおう……確かに……
「うっ……勉強不足だな、俺は」
「何、これから学んでくれればいいさ「ぐぎゅるるるるる……」……まずは昼食にしようか」
「すまん、藍……」


さて、なにはともあれ昼食である。
そしてここで少し八雲さんちの食事情を説明してみよう。
八雲一家(俺と橙はまだ「八雲」では無いが)は俺を含めて4人。
そしてその全てを引き受けるのが藍なのだ。
俺も料理ができないわけではないのだが、
いかんせん最近までは男の一人暮らし料理だったので(十八番を除き)藍には敵わない。
とまぁ、こういった事情で今の俺の目の前にある俺の弁当も、藍が作ったものなのだ。

「まずはきんぴらごぼうだな……うん、美味い。」
「おおっ!そうか!それはだな新しく隠し味に…………」

そして、実際の俺の仕事ぶりはどうだろうか。
家事手伝いは藍の方が速く、丁寧だし、間違っても俺に結界の修復などできない。
そう、今の俺はいわゆる『ヒモ』なのである。

「おにぎりの中は……サケか。紫様が仕入れてくれたのか?」
「ああ、おかげでレパートリーが増えて本当に助かるよ。」

もちろん、愛する彼女の元を晴れて働こうなんて思っちゃいない。
だがしかし、本当にこれでいいのだろうか?

「これは……タラの芽の天ぷらか?美味いなぁ……」
「そっ、そうか。ところで○○、なんで少し暗いんだ……?」

藍は隣にいてくれさえすればいいと言ってくれるが、精神的にきつい。
せめて少しくらいは約に立たなければもしかするといつか愛想を尽かされてしまうかもしれない……!!

「……ううっ!畜生!うめぇっ!!」
「どうしたんだ!?というかなんで泣いてるんだ!?大丈夫か○○!!」

よし、決めた。今夜にでも台所に忍び込んで練習しよう。
――主に俺の未来のために。





深夜のマヨイガ――――――――

みんなが寝静まったであろう頃をを見計らってそろそろと歩く。
この時間帯なら規則正しい生活の藍は寝てるだろう……
だがしかし、台所についた俺はおかしなことに気がついた。
台所が明るいのだ。
となると……紫様あたりがつまみ食いでもしにきたのだろうか?
いや、用心に越したことは無い。
もしかしたらこのマヨイガの宝を盗もうとする命知らずな輩かもしれない。
藍からもらった護身用の護符は……よし。
3,2,1…よし!今だ!
扉を開け、飛び出した俺は護符を突きつけた……が、
「誰だ……!って、藍?」
「ん?○○こそどうしたんだ、こんな時間に?」
そこにいたのは少し眠そうな藍だった。
「なんで藍がこんな時間に料理を……?」
「ああ、これはだな……今日の昼食の時に、その、
 ○○が美味しくなさそうに食べていたから練習しようと思ってだな……」
!?あらぬ方向に誤解されてる!?
「いやいや、違うぞ!?俺はあの時少しだけ考え事をしていてだな!
 決して藍の料理は下手なんかじゃないからな!?」
早く誤解を解かなければ……!
ヒモの癖に料理に文句をつけるとか何様のつもりなんだよ!俺!!
「そうなのか?……それは嬉しいが、どうしてこんな時間に台所に来たんだ?」
うっ……!仕方ない、正直に話すか……

~青年説明中~

「そうか、そういうことだったのか……ふふっ」
説明を終えると藍はいきなりニヤニヤしだした……
おいコラちょっと待て。
「なんで笑うんだよ……これでも心配だったんだぞー」
「いや、お前も意外と心配症なところがあるのだな。
 愛想を尽かされるかもしれない……か。意外と女々しいんじゃないか?」
「むぅ……俺は本気だったんだぞ」
「分かったよ。今度料理を教えてやるから。な?」
くぅ……考えすぎだったのか……
まぁ今日はとりあえず寝るとしよう……
「じゃあお休み、藍」
「ああ、お休み……あ、ちょっと待ってくれ○○。
 今思いついたんだがな、明日の朝食は…………


~~~翌朝~~~

「おはよう、藍、○○、橙。いい朝ね。」
「あっ!おはようございます紫さま!
 今日の朝ごはんは藍さまと○○さんが二人で作ってくれたんですよ!」
橙にそう言われて机の上を見ると、確かに見慣れない料理がいくつか並んでいる。
「あら、そうなの?二人とも」
「はい。こうすれば俺は藍から料理を教われるし、」
「私は○○に料理を教えられるので。」
……何よこれ、私への挑発かしら?
けど我慢、我慢よ八雲紫。藍はそんなことしないわ。
「ああ……そう。」
「どうしたんですか紫さま?おつかれですか?」
――――うん、この卵焼き、なかなかやるな○○。
――――だろ?これは向こうの世界にいた時にだな――
……まだ橙はあの2人を見ても大丈夫なようね。
「そういう訳じゃないのよ、橙。ただね……」
「?」
――――ふふ。こうして二人で作るとはいいものだな。○○。その……しっ、新婚みたい、だなっ!
――――っ!?あっ、ああそうだな!!
「本当にどうしたんですか?紫さま??」
おそらく、いえ、間違いなく気のせいだとは思うけれど。
「味噌汁まで甘いのは辛いわ……」




進歩も何一つないまま勢いに任せて連投しました。
まだまだ人を楽しませるレベルではありませんが、愛だけなら負けないつもりです。

藍様と日常を過ごしてみた 2(Megalith 2012/05/11)


しとしと、と雨が降る。
最近はずっとこんな天気だ
橙も寝転がり退屈そうにしている。
藍も洗濯物がなかなか乾かない、とぼやいていた。
天候を操作……なんて出来るわけがないし、
どうにかこの天気を楽しめないだろうか――

「○○、ちょっといいかしら。藍と橙を呼んで来て欲しいのだけど」

そんなことを考えた矢先、紫様にそう声をかけられた。
「はぁ……、分かりましたがどうしたんですか?」
まぁどうせいつもの気まぐれだと思うが。
「あら、決まってるじゃない。散歩よ」



弱く降る雨の中、紫色、オレンジ色、青色の傘が俺の視界で回っている。
紫色の傘は俺の前を歩き、
「あらあら、そんなに走り回って大丈夫?」
オレンジ色の傘は跳ね回り、
「大丈夫ですよー!ゆかり様ー!」
青色の傘を持った彼女―――八雲藍は俺の隣を歩いている、が、さっきから少し元気がない。
「天気一つでいつもの景色がこんなに違って見えるんだな、藍」
「ああ、そうだな……」
話しかけてもずっとこの調子だ。

なんて事はない、田んぼ沿いの道。
いつもは農作業に汗を流す方々がいらっしゃるが、今は俺たちしかいない。
雨音が支配する完全なる『静』の世界……
大げさかもしれないが俺の見ている世界は確かに変わっていた。

もちろん俺の隣を歩いている藍も例外ではない。
いつもは頼れるしっかり者といった様子の藍だが、
この雨の中だと今すぐ抱きしめたくなるほどに儚く見える……
どことなく悲しそうに見えたのだ。
珍しく、俺にしては本当に珍しく、無意識に藍の手を握った。

「あっ……」
「嫌か?」
「……いや、お前には隠し事は出来ないみたいだな」

紫様と橙を遠目に見ながら、無言で手をつないだまま二人で歩く。

……やはり雨に何か思うところがあったのだろうか。
そもそも、藍はその姿から分かるように、九尾の狐だ。
それはつまり、彼女が強大な妖であることを意味しているが、
また逆に、決して俺には想像がつかない強者故の苦しみを味わってきたことも意味している。
きっとこの『今』を掴み取るまで、長い道のりだったはずだ。

―――そしてこの生活もきっと長くは続かない。

俺は人間で藍は妖怪だ。
きっと藍にとって六十年なんて一瞬のような時間なのだろう。
そしてその一瞬の夢から目覚めた後、彼女はきっと泣く。

けど、だからこそ俺が隣にいるこの時間だけはせめて笑っていてほしいんだ。
俺のことを思い出した時に一瞬でも笑ってくれるように。

「なぁ、○○」
「ん?」
「また、雨の中を散歩しよう」
「ああ、また来よう。来年も、再来年も」

気がつくと、もう雨は上がっていた。
向こうで紫様と橙の呼ぶ声がする。
なんだろう、虹でも見つけたのかもしれない。

「行こうか、藍」
「ああ、そうだな○○」



またまた藍様と。

雨の中の散歩は本当にいつもの景色が変化します。
いつか土砂降りの中の散歩もしてみたいです。


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最終更新:2012年07月08日 22:28