雛4
新ろだ2-136
最近、なんだかツイてない
畑の作物の実りは悪い
家具は壊れる
山菜を取りに行けば、イノシシや蛇に追い掛け回され逃げ帰る
ついでに、運試しに神社でおみくじを引いてみれば、五回連続で
「大凶:すべてわろし」
ときたもんだ
これはこれですごいことなのかもしれないが
「ある意味奇跡ですよ!
この箱に五枚しかない大凶を五回で引くなんて!」
なんて、その神社の巫女さんがわりと本気で感心してくれているが、
それを手放しに喜べと言うのはちょっと無理があるだろう
「ただいま~」
家に入る際に一昨日直したばかりの戸がまた外れたが、俺はもうその程度では動じない
人間の適応力に乾杯
「おかえりなさい
ご飯ならもうできてるわよ」
「お、今日の味噌汁は大根か うれしいね」
「ちょっと前まで『味噌汁は油揚げ以外認めん!』とか言ってたのに、適当なんだから」
「いや、そこは美味しければ文句はない、と言う意味で取ってくれ」
「はいはい、馬鹿言ってないで食べましょうね」
この少女、[鍵山 雛]とは、三ヶ月前山芋掘りに山中深くまで入っていった際に偶然会ったのが初めだ
その服装(ゴスロリ、と言うのか?)、その容姿、どれも山中で出会うには異様である
しかし、俺が何よりも気に入らなかったのは、彼女のその、何かをすっかり諦めてしまったような
寂しそうな表情だった
だから俺は、自己紹介やなにやらはおいといて、まずはこう言ったんだ
「お嬢さん、面白い話をしてやろう」
……コラそこ、怪しい奴とか言わない
俺は幻想郷に来る前は売れないながらも芸人だったせいか、笑えない奴が気になって仕方ないんだよ
それから一時間も粘ってネタトークを披露し、最後にもらった一言が
「あなたって 面白い人ね」
と来たもんだ
残念な事に話自体は特に面白くなかったらしいが、まあ何であれ、その寂しげな顔に微笑を浮かべられたのなら
結果オーライだろう
それからお互い名乗り、話を聞くところでは彼女は家も家族も無いと言う
そこからまだ何か言おうとしていたが、俺がそれを遮った
「もういいんだ もういい」
「? もういい って、何が?」
「こんな山中で、女の子一人で暮らすのはさぞ大変だっただろう
俺の家に来るか?
いや、やましい気持ちは無いぞ たぶん
村はずれでそんなに稼ぎは無いが、雛一人食べさせるくらいはなんてことはないぞ」
「え? いや、あのね……」
「いいんだ、何も言わなくていい」
彼女は面食らった顔を浮かべている
俺は気が早いとよく言われており、人の話を聞かないことには定評があるのだ
ええ、悪癖とは理解してますけどね
「あと、たぶんって何なのよ、たぶんって……」
しまった、つい言ってしまっていたか
しかし、言ってしまってからこう思うのもなんだが、確かに雛は可愛い
うん それならやましい気持ちが無いと言ってしまう方が失礼に当たる
きっとそうだ
そうにちがいない
そんな俺の葛藤が面白いのか、雛は俺に手を差し伸べて、言った
「また、私を笑わせてくれる?」
俺は頷き、その手を握り返した
「じゃあ、もう一つ教えて
あなたは、どうして私を笑わせたいのかしら?」
「〇〇、どうしたの? お味噌汁冷めるわよ」
雛の声で、ハッと我に返った
「いや、すまんすまん。俺らが会った時のこと思い出しててさ」
「ふうん
でも、初めは何かしらの理由があって私を家に連れ込もうとしてるって思ったのよ
そしたらその理由は、本当に私を笑わせるためだけ、なのね」
「だからそう言ったじゃんか、信用ねえなあ 俺」
「クスクス、ごめんなさいね
けれど、どうして私を笑わせたいのか って聞いたときの言葉は、本当に嬉しかったわ
ねえ 覚えてる?」
「あー 忘れた」
あの時は熱くなっていたのか、ずいぶん恥ずかしい事を言ってしまった
「それじゃあ、思い出させてあげる
あなたはね 『笑顔が似合わない奴なんざいねえ』って、言ってくれたのよ
ぶっきらぼうな言葉は、恥ずかしかったからかしら?」
まったく、雛にはかなわない
夕食後は、のんびりしながらその日一日何があったのかを話す
そこで俺が雛の話に挟むようにしてくだらない冗談を言ったりして、笑いあう
三ヶ月も同じような事を繰り返しているが、雛も俺も飽きる気配がない
〔雛も、微笑む程度とはいえ、三ヶ月前よりもよく笑うようになってくれたなぁ〕
その一環に俺がいるなら、これほど嬉しい事はない
けれど気になるのは、何かツイてないことがあったという話を多少脚色し、笑い話にしているときだ
その時の雛の笑い方は、何かに遠慮しているかのような気がする
今までは、まだ俺の冗談はレベルが低いんだなあ と思い、深くは考えてなかった
しかし、今日は何かその事が無性に気にかかり、雛に聞いてみることにした
「なあ雛、最近何か不満 みたいなものってないか?」
「なあに、突然? 特に何も無いわよ
今まで一人ぼっちだった私が、今ではこんなに笑っていられるんだもの
あなたには、本当に感謝してる」
そう言われると照れる
しかし、雛の話は続いていた
「けれど、そのせいで、私がいるだけで〇〇に迷惑をかけ続けているの
……ごめんなさい
やっぱり、私はいつまでもここにいてはいけないんじゃ……」
この三ヶ月で、雛は少しづつ変わっていた
しかし、それ以上に変わったのは、俺自身じゃないだろうか
以前は、雛が寂しそうにしていると、言ってみれば自分勝手な義務感で笑ってもらおうとしていた
けれど最近では、彼女の寂しそうな顔を見るのは、俺には苦痛と言っていいほどに、辛い
だが、それをうまく言葉にする事ができず、雛に最後まで言わせないまま、彼女の頭を抱きしめた
「えっ?」
困惑するような声が、俺の胸元から聞こえる
「迷惑だなんて言うな!
俺は 俺のために家事をしてくれて、俺の冗談を聞いて、一緒に笑ってくれる雛がいるってことが嬉しいんだよ!
どこかに行くなんて言わないでくれよ! ずっとここにいてくれよ!」
俺は、まるで駄々っ子のようにわめいていた
「〇〇……泣いてるの?」
「うるへえっ! 泣いてなんかねえっ!」
こんな嗚咽を堪えながらの声じゃ、誤魔化しにもならない事は分かってる
けれどそれでも、今俺にできる精一杯の虚勢を張る
「泣かないで、〇〇
私、あなたに聞いてほしい事があるの」
俺に抱きしめられた格好のまま、雛はぽつりぽつりと話し出した
「〇〇は、大きな勘違いをしているわ
あなたが、私を人間だと思ってくれていた、それ自体が」
「え? それは……雛は、妖怪だってことか?」
人型の妖怪なら、この幻想郷ではあまり珍しくは無い
現に俺にも、雛が来てからはご無沙汰をしてるが、以前よく通った焼き八目鰻店の店主や、常連客妖怪の知り合いが数人いる
人間よりもずっと強いが、そんなに無茶な連中でもないため、危険だと感じたことはぜんぜん無い
そんな事なら何の問題も無いんだ
そう言おうとするが、雛の話は続く
「違う。私は妖怪じゃない。神様よ
しかも、その中でもとびきりタチの悪い、厄神
〇〇、現に私が来てから、何かしら悪い事が続いてたんでしょ」
「……ああ」
思い当たるフシは、悲しいかないくらでもあった
「私自体が厄の塊
その近くにいる者は、どうしたって厄をその身に浴びてしまう
あなただって例外じゃない
だから、私は一人でいるべきだったの
誰にもかかわらず、誰にも迷惑をかけずに」
「……」
「でも、これだけは信じて
私は、この三ヶ月、本当に幸せだった
あなたに迷惑をかけていると分かっていても、嫌われ者の私が、あんなに優しくしてもらったのは初めてだったから
だから、私はそれだけで、もう大丈夫」
「な」
顔を上げた雛が、懸命に微笑もうとしているのはわかる
けれど、それがどうしてもできず、俺が最も見たくない泣き顔になってしまっていた
「おやすみなさい
願わくば、私のことは忘れて
あなたは人間の世界で、人間としての幸せを手に入れて
私は、ずっとあなたとの思い出を抱いて生きていくから
……さようなら 〇〇」
待ってくれ
その言葉は、口にする事ができないままに、俺の意識は沈んでいった
目を覚ましたのは、朝日が昇り始めた頃
家には、俺以外誰もいなかった
「ちくしょう……自分勝手に何もかも決めちまいやがって
自分勝手に関しては定評のある俺でも、こんな悪質な事はしねえぞ……」
また涙があふれそうになる
もう、雛はいない
雛の言う事が本当なら、もう自分には厄は無いはずだ
順風満帆 とはいかなくとも、今までのように失敗つづきということもないだろう
そして、今までと同じように生活する
落ち着いた生活と、のんびりした毎日が戻ってくるんだ
けれど、そこに雛はいない
「おいおい……冗談じゃねえぞ!!」
一声叫び、涙を振り払う
泣いてる暇なんてない
諦めたら試合終了
昔の偉い人はそんな事を言っていた
雛が出て行ったのはあくまでこの家
なにも幻想郷から消えてしまったわけではない(はず)
それなら絶対に探し出せる
どれだけかかろうと、諦めない限り希望はあるんだ
あんな理不尽な別れかたで、自他共に認める唯我独尊男の俺が納得するわけがないと教えてやる
そして、あの最後の泣き顔を、今まで見た事がないくらいの笑顔に変えてやる
旅支度を早々に終えた俺は、これから先、場合によっては何年も帰ることのないだろう自宅を出た
「ええ。厄神の鍵山様なら知っていますよ
昨晩、お帰りになったとご挨拶に来てくれました」
以前おみくじを引いた神社
そこの巫女さんから情報を得たのは、捜索開始から約10800秒後
つまり3時間だ
ちなみに、またおみくじを引いてみたが、今度は五回引いて五回大吉が出た
……ここ、大凶と大吉しか入れてないんじゃないのか?
「あ、そう ッスか」
何年も帰らない覚悟をして家を出た
かなり大きな旅支度もしている
しかし、いくらなんでもこれはご都合主義じゃないだろうか?
「あの……もしかして、知らないほうがよかったですか?」
「ああ、いや、そんな事はないんだけどね
ただちょっと自分の激運ぶりに感心してただけ」
呆れ半分だけど
「何か御用ですか?
ちょっとした厄払い程度でしたら、ここでもできますよ」
「いや、厄の塊をもらいに行こうと思ってね」
「はぁ?」
変な顔をされる
そりゃそうだ、自分で進んで不幸になりに行く奴なんて、普通に考えたらまともじゃない
「厄をもらうなんて、なにかお悩みなんですか?
今は参拝の方もいらっしゃいませんし、お話を聞くくらいならできますけど」
「……それじゃあ、聞いてもらおうかな」
それから、俺はこの三ヶ月のことを話した
この巫女さんも、妖怪や神様の話なんかには深く立ち入ってる立場らしく
理解を示してくれたのがありがたかった
「……ってわけで、俺はもう一度雛に会いに行くんだ」
そういって話を締めくくる
「あなたって、ずいぶん熱血漢なんですね」
「いや、猪突猛進なだけじゃないか?」
「言えてるね」
最初は横に座った巫女さんの言葉だが、後の二言は社の中から聞こえる
そんなとこに、人が住んでるとはあまり思えないが
「早苗、この話は私たちが引き継ぐよ」
「神様の話は神様に任せて ね」
「そうですか、それでは、あとはよろしくお願いします」
巫女さんが立ち去るのと一緒に、そこから出てきたのは……親子?
「あんた今、妙なこと考えなかったかい?」
母親とおぼしき女性が、殺意のこもった目で俺をにらんできた
「いえ、姉妹かな と」
「そう、よく分かったね」
嘘はよくないと、子供の頃じいちゃんに言われた
しかし、命を捨ててまでその言葉を守り通す気にはとてもなれるものではない
ゴメンよ、じいちゃん
「神奈子、そんな無理に嘘をつかせるのはよくないよ」
って、事態が落ち着いたと思ったら何を言い出しますかこの幼女が
ほら、お母……お姉さんが背中に擬音背負ってるし
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
ドドドドドドドド
俺の常識で考えると、これは命の危機が迫っている音である
「そ、それで、お二人は何者なんすか!?
ほら、さっき神とか言ってましたけど!」
必死で話をそらす
できなければこの場で再起不能(リタイア)だ
TO BE CONTINUEDがあるかどうかすら怪しい
「名乗るときは自分から、礼儀がなってないね」
こ、この幼女はっ……
しかも至極まっとうなことを言われているので反論も出来ん
まあひとまず、擬音が消えた事に胸をなでおろす
「〇〇、仕事は農民、元芸人
能力は漫談で会場の空気を凍りつかせる程度の能力です」
「駄目じゃないのそれ
私はこの神社の神、八坂神奈子
この小さいのは私の友人、同じく神の洩矢諏訪子」
「〇〇ね、よろしく」
やっぱり、この二人も神様か
しかし、神様って人間型しかいないのか?
外の世界の神って言えば、例えば、タコ頭とか虹色の泡の塊とか生きる炎とか
俺は絶対に信仰したくないけど
「それで、俺に何か用ですか?
できれば、今すぐにでも雛の居場所を聞いて、そこに向かいたいんですけど」
「なに、そう急ぐ事もないだろう?
私たちの質問につきあうだけの時間はあるはずさ」
「そうそう。その後で〇〇が聞きたいことを教えてあげるよ」
そう言われちゃ、是非もない
「〇〇、あんたは本当に自分勝手な男だね」
「雛はあなたのために身を引いたのに、それを追うって事は、雛の心を裏切るって事だよ」
いきなり俺を断罪するような事を言ってくる
何が言いたいかは正直うすうす感づいていた
何より、自分でもそう思うし
けれど退かない、退く必要も無い
神に反逆つかまつる ってか
「まあそうでしょうね
自分勝手だとも思いますし、裏切りかもしれないとも思いますよ
けどね、それでもこっちは折れる気はないんです
最後に泣いていた雛を、絶対にもう一度俺が笑わせてやるんです」
「誰がそんな事を頼んだんだい?」
「誰も。俺の自己満足です
けれどね、惚れた女が泣いたままいなくなったんですよ?
何を差し置いても会いに行くでしょ」
「神、しかも厄神に惚れたって、いいことなんてなんにもないんだよ」
「それは俺と雛が決めることです。外野の意見なんて知りません」
「それが神の言葉でも?」
「神でも悪魔でも天人でも邪神でも旧神でも、外野はみんな外野です」
「それじゃあ最後に聞くけどさ、あんたの惚れた女は厄を溜め込む神様だ
っていうことは、近くにいようとするあんたにもその厄は移る
そのせいで大怪我、悪くすれば死ぬかもしれない
そんな悲劇を避けるためには、やっぱりあんたたちは離れているべきじゃないのかい?」
「そんな事になったとする
〇〇はいいよ、それは覚悟の上だからね
けど、そんなことになったときに、一番傷つくのは雛なんだよ」
「……確かに雛は優しいから、そんな事になったら、きっとすごく悲しみます」
「そう……やっと分かってくれたんだね」
「でも断る」
「「はあ?」」
そんなことはわかってる
俺がそんな事を一度も考えずに、悩む事もない馬鹿と思われていたのだろうか?
……思われてたんだろうなあ うん
「最悪のケースではそうなるでしょうね
けれど、最悪のケースだけを想定して生きてたって、面白くないですよ
ルーレットを回して、赤が出るか黒が出るか、その答えはやってみないとわからない」
「あんたは、自分の愛した女をルーレットに乗せると言うのかい」
二人の神は怒っている
うかつな事を言えば、多分俺は数秒後に灰になる
上等だ 分の悪い賭けは嫌いじゃない
「不謹慎な言い方でしょうね
けれど、不確定要素があるからこそ、人生は面白く、希望を捨てずにいられる
あんたたちみたいに、勝てるルーレットじゃなきゃ玉をはじかない人生なんて、まっぴらごめんだ」
数秒、空気が凍りついた
ネタを思いっきり滑った時の非じゃない
心のどこかで、〔ああ、こりゃ死んだな〕と妙に達観した自分がいるのが分かる
その一方で、目だけ動かして逃走経路を探す往生際の悪い俺もいた
結局、一本も見つからなかったが
そろそろ自分がひき肉にされ、パックに詰められて肉屋で売られている嫌な想像を始めたとき
「「あっははははははは!!」」
神が笑い出した
人間は、激怒を通り越すと笑いが浮かんでくるものらしい
その類のものじゃない事を、ただ願う
「社の裏手に山へ向かう小道がある
そこを登っていけば目的地に着けるはず」
神奈子さんの言葉が、雛への道を教えてくれているのだと分かるのに、また数秒を要した
「そこまで言うんなら、その博打勝ちなさいよ」
「分の悪い賭けに勝ってこそ一人前、だよ」
そんなはげましの言葉までもらう
どうやら、どんな形であれ、俺の回答は二人にとっての正解に近いものだったみたいだ
一礼して、社の裏手に回る
「〇〇、最後に教えて
万が一、会いに行っても雛にあなたへの興味がもともと無くて、今まではただの気まぐれだったとしたら、どうする?」
洩矢諏訪子、聞くに恐ろしい質問をする神だ
「そうですね……三日三晩泣いて過ごして……」
「その後は?」
「あとは笑ってごまかします」
「諏訪子、本当にそんな事があると思う?」
「あるわけないよ。雛はもともと人一倍遠慮して生きてるのに、三ヶ月も〇〇と過ごしてるんだよ
なにも無いわけがないじゃない
だいたい、神奈子こそ何であんなに妙な説明をしたのよ
あの道は、登り始めてから山頂までは一本だけど、雛の家まで行くにはちょっと面倒な道を通らなきゃならないのに」
「大丈夫、〇〇なら問題ないよ」
「なになに? 愛の力ってやつ?」
「そうと言えなくも無いけどね
気づかなかった? 今の〇〇は一切厄を背負ってない、つまり幸運のみがある
出て行くときに、雛が全ての厄を持っていったんでしょうね
だから迷わず、今雛の居場所を知る私たちの元に来れたのよ
つまり今の〇〇は、道が全く分からなくても、この山を登れば勝手に雛に会えるって寸法だよ」
「でも、幸運の塊になった〇〇が、厄の塊の雛に会いになんていけるのかな?」
「そこよ
中途半端な気持ちで行けば、幸運が厄を嫌い、二人は絶対に会うことができない
それでも、その反発力以上の覚悟で厄を求めるなら、自動的に幸運が厄の元に導いてくれる
しかも、その覚悟は二人の神に迫られても、揺らぐ気配も無い不動不屈のもの
さあ、あの二人は会えるのかしらね?」
「神奈子、夕食のおかず賭けない?」
「いいわよ。せーの……」
「「会える!」」
「……勝負にもならないね」
「そうね、私だってタダ同然で諏訪子におかずをあげるほど慈悲深い神じゃないもの」
「まあでも、会えるのは神二人のお墨付きだって事ね」
「そういうこと。しかも〇〇には自前の
『絶望しない程度の能力』
『常に前向きな程度の能力』
があるもの」
「それってすごいの?」
「さあ?
言い方を変えてしまえば『状況を見ようとしない猪突猛進馬鹿』だもの
すごくもあり、すごくもなし ね」
さんざんな目にあった
順調に登っていると思ったら、尾を踏んだらしく、執念深いマムシに追い回されて森の奥まで逃げ回る
次は熊に追われて川に落ち、流される
岸に上がったと思ったら今度は蜂に追い掛け回される
そんな事が数時間続き、もう登ってるんだか下ってるんだかすら分からない
今日はここで野宿か はぁ
そう思い、荷物を下ろそうと思ったが
「……あ」
そういえば、川で溺れかけたときに、死ぬよりマシってことで荷物捨てたんだった
そんな事まで忘れるなんて、相当疲れてるんだな 俺
すっかり日は落ちており、前が見えない
怖い
人間は本能的に闇を恐れるもの、と誰かが言っていたが、その本当の意味が始めて分かった気がした
足を止めようとしても、恐怖感が体を突き動かす
動いている方が、まだ恐怖が薄れる
そうして森を掻き分け進むうち、遠くに小さな火が見えた
家だ!
そう認識できた瞬間、駆け出した
恐怖から逃れるため、そしてそれ以上に、それが誰の家なのか悟ったから
三ヶ月ぶりの、一人きりの食事
今までずっと続けてきたこと
なのに、それはとても味気なく、寂しい
今までは、一緒に食べてくれる人がいた
くだらない冗談で、笑わせてくれる人がいた
寂しさを、忘れさせてくれる人がいた
楽しい人だった。優しい人だった。そして、愛しい人だった
「あ……」
いつもの癖で、二人分の夕食を作ってしまった事に、いまさらながら気づく
もう、それを食べてくれる人はいないのに
その人は、私が拒絶したのに
「っ……」
〇〇がいない、その現実が深く胸をえぐる
ずっとここにいてくれ
あの人の言葉にうなずく事ができたら、どんなに幸せだっただろう
でも、できない
私は忌むべき神だから
嫌われて当然だから
人とかかわってはいけない存在なのだから
〇〇を、不幸になんてしたくないから
けれど、それでも
「〇〇……会いたいよぉ……」
もう会えないと分かってる
あの人は、もう厄とかかわることはほとんどないはず
ましてや、厄の塊である私なんて、〇〇の人生には不要
だから、もう会えないように、彼を厄から遠ざけるようにした
それでも、失ったぬくもりは耐え難いほど私を苛む
彼が嫌いな表情のまま、私はその場に泣き崩れた
無理だったんだ
〇〇を知ってしまった私は、もう一人ぼっちには戻れない
記憶だけじゃ我慢出来ない
もっと〇〇と一緒にいたい
けれど、それは許されない
そんな事ばかり考えてしまう
それはきっと、今日だけではなく、明日も明後日も、いつまでも続くのだろう
トントン
「誰?」
戸が鳴る
こんなところに来る者なんて、心当たりが無い
それでも、昨晩の〇〇のように、必死で嗚咽をかみ殺しながら答える
「名乗るほどたいした名じゃないが 誰かがこう呼ぶラフ・メイカー
雛に笑顔を持ってきた 寒いから入れてくれ」
へたくそな歌声
けれどそれは、何よりも聞きたかった声
そして、聞こえるはずの無い声
もう絶対に、聞くことの出来ない声
「誰なの、〇〇はここには来れないはずよ!
もうやめて! 誰だか知らないけれど、もう私に〇〇を思い出させないでっ!!」
「そんな言葉を言われたのは 出会ってこのかた初めてだ
なんだか悲しくなってきた どうしよう、泣きそうだ」
歌が続く
もう一度聞いても、〇〇の声だと感じる
戸を開けたい。開けて〇〇の名前を叫びたい
けれど、そこに誰もいなかったら……
「あなたは、今でも私を笑わせてくれるの?」
「それが俺の生きがいなんだ 笑わせないと、ここ住めない」
「住み着く気?」
思わずぷっと吹き出す
それは、さっきまでの涙声じゃない
「〇〇、戸には鍵をかけてないわ」
「……」
「どうしたの? ねえ、入ってきて」
「………」
「〇〇、いるんでしょ? 意地悪しないで
お願いだから……幻だったなんて 言わないで……」
「……………」
「ねえ、〇〇……〇〇ッ!!」
「…………………」
裏切られた
あれは幻聴だったんだ
やっぱり、私たちは、もう二度と会えないんだ
もう、二度と―――
バカン
玄関ではなく、後ろの窓が壊される音が響く
その壊れた跡から入ろうとしている男
しかし、開いた穴が思ったよりも小さいらしく、下半身が抜けられないらしい
こんな事をするのは、一人しか知らない
馬鹿で考えなしの無鉄砲
それでも、私に笑顔をくれた人
「雛に笑顔を持ってきた
って、カッコつかないな、これじゃ」
そう言って、下半身を無理やり通す
嬉しい
来てくれた
ただそれしか考えられない
けれど、駄目
この人は、幸せにならなきゃいけないんだ
「馬鹿っ! 何で来ちゃったのよ!?」
「お、今日の味噌汁はわかめか
また俺の分も作っといてくれるなんて嬉しいな」
「人の話を聞きなさい!」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
突然、〇〇の言葉に怒気がこもる
「人の話を聞かないのは雛のほうだ
俺は雛と離れたくないって、どこにも行かないでくれって言ったんだぞ
妖怪だろうが厄神だろうが、そんなの関係ない
そう言いたかったのに、聞かないでうちを飛び出しやがって」
「……」
「そりゃもちろん、雛がもう俺と一緒にいるのが嫌になったって言うんなら、俺はもう何も言えないけどさ」
「そんなことない!!
でも、私の近くにいれば、あなたはずっと嫌な事が続くことになる!」
「それがどうした! 俺は、雛が好きだ! 大好きだ!
その雛と離れろと言うのは、俺にとって一番嫌な事なんだよ!」
「~~~~~ッ」
「この三ヶ月、俺にとっては確かにちょっと悪い事が続いた
けどな、それがどうした?
あのくらいなら、一生続いたってなんてことはない程度のものだよ
それより俺には、雛がいない生活の方が耐えられないんだ!」
そうか、だから彼は……
「知ってる? 私の厄の力は、普通の人を死に至らしめる事もあるの」
「だから雛! そんなことは……」
「聞いて
それでもあなたが、三ヶ月の間大した不運に見舞われなかったなのは〇〇、あなた自身のおかげなの」
「俺自身の?」
「そう、あなたの持つ『絶望しない程度の能力』『常に前向きな程度の能力』
これは、厄を形成する[陰]の気と対極にある[陽]の力
もちろん、それはあくまであなたの心、性格の問題だから、私の厄を帳消しにするだけの力はない
それでも、厄を弱める事くらいはできるの」
「小難しい事はよく分からんが、つまり、状況を見ようとしない猪突猛進馬鹿は明るいってことだな
それなら、雛がまた一緒にいてくれる事で、俺はさらに明るくなるぞ」
相変わらずお馬鹿な人
でもこの人は、幸運と厄の反発力も、自分のいいように捻じ曲げてまで、私を求めてくれた
そんな人だから、来てくれた
そんな〇〇だから、好きになった
その気持ちは間違っていないと、今ならば胸を張って言える
ならば言おう
うまくできるかわからないけれど、彼が好きだと言ってくれた、私の精一杯の笑顔で
「私も、〇〇が、大好きです」
新ろだ2-218
それは私の役回り。
その日もいつもと同じく、何事もない一日であるはずだった。
山へと果物を収穫に行った○○は、帰り際に川辺で佇む少女を見つける。
いつもならば特に気にせず家路へと向かっていたはずだったのだが、
彼女に声を掛けてしまったのはきっとその横顔がとても悲しげだったからかもしれない。
「こんばんわ、こんな所でお一人でどうしたのでしょうか?」
そう問いかけると、こちらに気付いたのか顔を上げる。
近づこうとしたところ、若干向こうから距離を取られて、
「あら、こんばんわ。 こんな所に人の身なんて珍しいわね。 私はただ、流れてくるモノを集めているだけよ」
そう返される。 はて、流れているものなどあっただろうか、と考えて見渡すと彼女の周りに人形があることに気付く。
「人形を、集めているのでしょうか?」
「えぇ、そうよ。 正確には人形に込められているモノを、だけれどもね」
「込めらているもの……ですか?」
「そう、流されてくる流し雛に篭った厄を集めているの。 私は厄神だから。 だから、ただの人間が近づくと危険よ?」
そう返される。
成る程、彼女は神様らしい。 だからこんな山の中で一人で居たのかと納得する。
「なるほど、わかりました。 ただこの辺りも少し冷え込んできてしまっている様子。
身体を崩さぬ様ご注意下さいませ」
「私は人の身とは違うから大丈夫よ、でも心配してくれてありがとう。
さぁ、もう戻りなさいな。 貴方の身にまで厄が降りかかっては大変だから」
そう言って、再度顔を伏せ彼女はこちらへの興味を無くしたようだ。
彼女の役目の邪魔をするわけにもいかないので自分も家路へと向かうことにした。
それが彼女との初めての出会いだった。
あくる日、また川辺で彼女の姿を見かけたので声を掛けてみることにした。
「こんばんわ、またお会いしましたね。 今日も厄を集めているのでしょうか?」
「あら、またこんな所まで来ているのね。 えぇ、それが私の役目ですから。
貴方も私の近くに寄ると厄が降りかかるかもしれないからあまり近寄らない方がいいわよ」
「確かに厄は人の身では降りかかられると困りますね、このくらいの距離でしたら大丈夫でしょうか?」
そう、彼女から少し距離を取り問いかけてみる。
「そうね、ただ私と関係を持つということ事態が厄が回るきっかけになるのだから出来るだけ放っておいてはほしいわね」
少し苦虫を噛み潰したような表情で、そう笑いかけてくる。
その表情に少し胸が痛んだが、人の身の上ではどうすることも出来ず大人しく川辺へと釣竿を垂らすことにした。
当たりも来ず、しばらく時間が経った頃不意に問いかけられた。
「厄神である私の近くで当たりを得ようとしても時間の無駄よ、厄があるところで何をしようと良い結果は生まれないのだから」
なるほど、それは確かにその通りかもしれない。
厄とは不幸の元であるのだから。
だけれども、少しだけ彼女に反論してみたくなったのは、そんな諦め顔を浮かべてもらいたくなかったからかもしれない。
「その通りかもしれませんね、ただ私はどうしても当たりが欲しいというわけではないので構いませんよ」
「おかしな事を言うものね、獲物を釣るために竿を垂らしているのではないのかしら?」
「もちろん釣れればそれは嬉しいですがね、どちらかというと貴女と話をしていたいから此処に居るのです」
そう伝えると、言われたことが理解出来なかったのか目を丸くしていた。
「厄神である私と話を? 本当に貴方はおかしな人なのね。 わざわざ不幸になりたがる人間なんて初めてだわ」
そう言って、初めてくすりと笑ってくれた。
はて、そんなおかしいことを言ったであろうか?
「おかしいでしょうか? 離れていれば大丈夫だと貴女が仰ってくださったので安心して私は此処に居られるのですし、
それに、貴女程の綺麗な方でしたらお話させていただきたいと思うのは男でしたら当然だと思いますよ」
「あらあら、人の身でありながら神である私を口説こうというのかしら? 本当に面白い人ね」
「申し訳ありません、口が過ぎてしまったかもしれませんね。 ただ、貴女が綺麗だというのは本心ですよ。
だからこそ、俯いた表情が気にかかってしまっていたのですし」
そう伝えると、微笑みを浮かべていた彼女の表情が曇る。
はて、何かしら良くないことでも言ってしまったか……と思っていると彼女が口を開く。
「……私は厄神だから。 誰かと直接触れ合うことは出来ないし、したくもない。
それが嫌なわけではないのよ。 だって、私が居るから笑えている誰かが、居るのだから」
そう、ぎこちない笑みを浮かべてくれる。
ただ……それがどうしてか見過ごせなかった。
「それは立派なことだと思いますよ。
ただ辛い時は休んでも良いと思いますし、誰かに寄りかかるというのは悪いことではないと思います。
人の身の勝手な言い分ですけれどもね」
「ありがとう、心配してもらえるのは有難いわ。 でもこれは私の役目だから。
与えられた役割がある限り、それを真っ当しなければいけないのよ。」
そう、悲しげな笑みを浮かべる。
その表情にどう答えて良いのか今の自分には判らず、そのまましばらく静寂が流れていた。
それからも度々彼女に会うために山へと向かう日々が続いた。
もっとも、会ったとして彼女から距離を取りしばし雑談をするといった程度だったのだが。
「貴方もよく続くわね、いくら距離を取っているとはいえ弱めの厄が降りかかっているはずだというのに」
何度目かの邂逅の時に、彼女に問われる。
確かに、最近よく運の悪いことが起こっていた。
落し物をしたり、何もないところで転んだりといった程度だったので気にもしてなかったのだが
成る程、考えてみればそれが厄が降りかかった結果だったというわけか。
「確かに、それとなく小さな厄災が降りかかるのはありましたね。 全然気にしていませんでしたが」
「暢気なものね。 ……今からでも遅くは無いわ。 もう此処に来るのはお止めなさいな。 わざわざ進んで厄をその身に宿しに来ることはないわ」
何度目か覚えていないが、毎回言われている文句を口にする彼女。
だけれども、そんな伏し目がちな顔で言われても頷くわけにはいかない。
「それは出来ませんよ、貴女と話をするのは楽しいですしね。 厄が降りかかっているのはきっと、貴女と会えるという幸せのためなのでしょう。
その幸せのためなら、厄の割合は取れていると思いますよ」
「……今は、弱めかもしれない。 でも、いつ命の危機に陥るのか判らないのよ。 私のせいで貴方を危険に……晒したくないの」
「それでも、です。 私は初めて会った時から貴女に恋焦がれてしまっているのですから。
そんな顔をされている内は、心配で離れるだなんて出来ませんよ」
そう赤くなっている顔を見られない様に横を向きながら答えると、困惑している様子が伝わってくる。
当然だろう、ただの人の身である自分が神である彼女に対して想いを伝えるなど、罰当たりも甚だしい行為なのだから。
しばらくそうしていると、不意に彼女が口を開く。
「貴方の想いはとても嬉しいわ、私も貴方のことは嫌いじゃないし……多分、好きなんだろうと思う。
人から忌避されるはずの私に優しくしてくれた貴方だから……でもだからこそ――もう此処に来てはいけない」
それは予想出来ていた答えだった。 彼女は優しいから。
……彼女も自分を好いていてくれた、というのは思いもよらなかったが。
「私の役目は厄をため込むこと。 ……けして人を不幸にすることではないの。
どうかわかって、貴方の傍には居られないけれども――これからも貴方を想いながら厄を集めるから」
そうして、彼女は私の目の前から消えた。
さて、ここで諦めるのは簡単だ。 彼女の意向にも沿うのだろう。 だが、そんなことは到底出来るわけがなかった。
だからこそ、自分で出来ることをしようと思った。 愛する彼女のために。 あの表情を変えるために。
――それこそが私の出来る役回りだと思って。
そうして、彼と別れて半年の月日が流れた。
初めの頃は彼と会えなくなってとても悲しく、厄を集めながら自然と涙が零れてしまっていた。
けれども、彼は人間、私は神。 初めから報われるはずもなかった想い。
そう自分の中で無理やりに区切りを付けて、出来るだけ彼のことを考えないようにしていた。
そんなある日、流されてくる雛をいつもの様に集めていると、いくつか感じが違う雛を見つける。
不思議に思いそれを拾って見ると、どうやら中に思いが詰め込まれている様だ。
雛に思いが詰め込まれるのは不思議ではない、元々流し雛とはそういうものだから。
だが、それが違ったのは悲しみの思いではなかったからだろう。
厄に遭わない様に、という思いとも違うそれは、忘れようもない彼からの流し雛だった。
――まさか彼に不幸が……!?
不安に駆られてその雛の思いを受け取った雛は――涙が止まらなくなってしまった。
『こんばんわ、これが貴女の元へと辿り着くかはわからないけれども届くと願って流させていただきます。
やはり自分は、貴女と離れるということが出来なさそうです。
だから、厄に対する方法を探し続けます。
いつか、貴女の隣へと至れることを願い続けながら。
それまで少しでも貴女の傍に居られる様にとの願いを込めて、この雛を流します。
神である貴女の役回りが厄をため込むというのなら、人の身である私が出来る厄回りとして貴女への想いを雛に乗せて流し続けます。
貴女に――届くことを信じて』
その想いを受け取った雛は涙ながらに人形を抱きしめながら回り始める。
いつか、彼にこの想いを返せる時を思いながら。
――これが私の役回り
――これが私の厄回り
正月に見た番組で役回りって厄回りの語源崩れだってのを見たなぁと思って書き上げた結果がこれだよ!
正直、最後凄い無理やりだと思うけれども見なかったことに。
もう少し上手く料理したいもんだ。
最終更新:2010年10月16日 23:10