雛5
新ろだ2-243
「さて、どこに置いてあるのやら」
「うーん、流石に本人じゃないと…」
正直高いところは苦手なんだがな…
俺は○○、隣にいるのは鍵山雛。
雛とはまぁアレだ、友達以上の間柄だ。
「さっきからふらついてるけど平気かしら?」
「少々不安だがなんとかなるだろ、多分」
今、俺は知り合いの河童の家で掃除の手伝いをしている。
あいつは少々整頓が苦手なようで暇な俺たちに手助けを求めたのだ。
そういうわけで棚の整頓のために脚立の上に立っている。
さっきも言ったが高いところは苦手なのだ。
背の問題さえなかったら他の場所を担当したかった…
しかし、俺たちに任せて自分は買い出しに行くってずるくないか?
あ、これか?さっき聞いた工具箱って。
「これじゃないか?ほら」
「高くて見えないじゃないの」
「あー、悪い。これで見えるか…げっ」
「ちょ、ちょっと○○!?」
やばい、なんとかなるはフラグだったか。
だから高いところは…
派手な音と共に意識が遠くなる感じがした。
※※※
どれだけひっくり返っていたんだろうか。
外は暗くなってないから十分程度ってとこか。
まずは状況確認だ、頭を起こして辺りを見回す。
「いたたた…あら?私?」
「痛い…ん?俺?」
しばし沈黙。
「嘘だろ!?」「嘘でしょ!?」
俺がお前でお前が俺で。
あり得ないような話が起っちまった。
※※※
「目の前に私がいるのは変だわ」
「いや、俺も同じ気持ちだって」
どうやらさっき落ちた時に雛とぶつかったらしい。
その拍子に俺たちの中身が入れ替わったというわけか。
「視界がかなり違うわね、それに体も軽いし」
「なんで落ち着いてるんだよ雛は…」
「だって仕方ないじゃない?不慮の事故みたいなものだし」
急に体が変わって落ち着いていられるか。
今の俺は雛の体だ、自分の体とは感覚が違う。
髪の毛など色々とボリュームが違う…つまりそういうことだ。
どうしても意識してしまうじゃないか、男だし。
「そ、それよりこの状況をどうするかが問題じゃないのか」
「私じゃどうにもできないわよ。今は○○の体だし」
「言うな。余計気になる」
「顔、真っ赤よ?」
「誰のせいだよ…あぁもう」
口調はいつもの雛だが俺の顔で言われると複雑だ。
雛も同じことを思っているのかもしれないが。
まったく調子が狂う。
「やっぱり○○って面白いわね」
「俺の口から雛の口調でそんな言葉が出るなんて恥ずかしいぞ」
「ふーん…そう」
急に雛の、否、俺の目が据わる。
まずいこと言ったか俺?
「じゃあ、これは?」
「は?」
急に雛に抱きかかえられた。
理解が追いつかない、何なんだこの状況。
「いつもと同じじゃないか」
まるで俺のように振る舞う雛。
俺はただ慌てることしかできない。
「ほら、じっとして」
「う…」
そのまま抱きしめられる。
どうする俺。
※※※
「そろそろ…」
「やだ」
「いや、でも」
「仕方ないな」
ようやく解放された。
心臓の鼓動が凄いことになっていると分かる。
きっと顔もまた真っ赤だろう。
深呼吸していると俺の姿の雛がいつもの雛のように聞いてきた。
「…どうだった?」
「どうって何がしたかったんだよ」
「○○が言ったじゃないの。俺の口からだと恥ずかしいって」
「だから、俺の真似なら恥ずかしくないと?」
「そうよ。ただ○○と同じことをしただけよ?」
あんな風にした覚えはあるが俺はあんなに恥ずかしい男じゃないぞ。
どれだけ俺が恥ずかしかったことか…
やられっぱなしでは空しい、仕返ししてみるか。
「同じことか。そうだな…じゃあ」
「なぁに?」
「こういうことだっ!」
俺も男だ、雛がしたことを俺もしてやるさ!
そう、飛びついてやるのだ。
これでお互い様だ、覚悟しろよー。
うわ、裾踏んだ…
※※※
「で、どういうことなんだ」
「裾踏んでこけたんでしょ○○が」
なぜか二人そろって倒れていた。
飛びつくつもりが押し倒すようになってしまったのか。
「とりあえず起きろ」
「ええ、そうね」
起きろ、か。
俺は床に仰向けに倒れている。
つまり…
「おぉ、戻ってるな」
「そうみたいね」
「何してたんだろうな俺たち」
「まぁいいじゃないの。結局元通りなんだし」
「かなり疲れたぞ…」
本当に何だったんだろうか。
だが悪くなかった、恥ずかしかったのは変わらないが。
「やっぱりこっちのほうが落ち着くわね」
「そりゃ当たり前だろう」
「でも、もう少し○○の体のままで動きたかったわ」
「俺は遠慮しておくよ。服装のせいか動きにくかった」
「慣れたら平気だと思うけどね」
「それにだ、こんなこともできないからな」
そう言って俺は雛を抱きしめる。
今度こそ仕返しだ、ざまーみろ。
「…そうね、私もこの方がいいわ」
「そうだろ?さて、掃除の続きするか」
「すっかり忘れてたわ」
※※※
「ごめーん、つい椛と長話しちゃってさ…ってどうしたの?」
「どうしたって何が?」
「だってさ、二人ともなんだかご機嫌じゃん。何かあった?」
「いや、何にも」
「まぁいいか。手伝ってもらって悪いしちょっと休憩してよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
※※※
…人生初めてです、SS書いたの。
今まで見てるだけだったんですけどスレの流れに触発されて。
こんな中途半端な作品だけど糖分を感じていただけたら幸いです。
出番ほぼ無しのにとりさんには悪いことしたかも。
思いついたままに書いていったらこうなっちゃったんだ…ごめんなさい。
あと雛さんは意外とあるのが私のジャスティス。
新ろだ2-260
これは、本当に駄目かもしれない……。
今の状況を振り返り、そんなことを思う。
眼の前には、今にも俺に襲いかかってきそうな妖怪が居る。
だけど、今の俺は、傷だらけで、走って逃げるどころか視界がかすんでくる始末。
それに加えて、妖怪の山の麓ということもあり、助けが来るなんて可能性は、ほとんどない。
そんな俺の姿に、もう逃げられることは無いと確信したのか、ゆっくりと近づいてくる妖怪。
ああ、俺は喰われるんだな、とどこか他人事のように考え、眼を閉じた。
「……せめて、死ぬ時は、君に看取られて死にたかったな、雛…」
「グギャアァァァッ!?」
……?
いつまでたっても、意識が途絶えることは無く、痛みもない。
それに疑問を感じ、眼を開ける。
そういえば、今の声は、食料を手に入れた喜びの声というよりは、痛みに対しての叫び声だったような気もする。
目の前にいる妖怪を見ると、俺のほうを見ることもなく、どこか別のほうを見ている。
……いや、睨んでいる、のか?唸り声も上げているし、多分そうなんだろう。
そちらのほうを見てみると、ほとんど見えなくなった眼でも判る、周りとは明らかに色が違う部分があった。
人の形をしていて、頭に当たる部分には緑色の髪と、赤い大きなリボン。
そんな特徴を持つのは、俺の中では一人しかいない。
そして、その考えが正しいと証明するように、彼女が声を発した。
「今去るというなら見逃すわ。けれど、これ以上彼を襲おうというのなら容赦はしない」
その言葉を理解したのか、それとも、自分では雛に敵わないということが分かったのか。
悔しそうに唸りながら、妖怪は俺たちの前から姿を消した。
それを確認した後、雛がこちらに駆け寄ってくる。
「〇〇!酷い怪我……。待ってて、すぐに永遠亭に……!」
「……いや。間に合わない……」
「そんなことないわ……!絶対に間に合う!間に合わせてみせる!だから、死なないで……!」
そう言っている雛も、分かっているんだろう。
俺はもう、助からないと。
もう、ほとんど何も見えなくなってきた。
それでも、雛に伝えたいことがあるから、言葉を紡ぐ。
「なあ、雛……」
「……何、〇〇……?」
「今まで、ずっと一緒に……というより、俺が勝手に雛に雛にまとわりついてた、っていう感じだったけど」
もう話すことすら辛くなって来たけれど、この言葉だけは伝えたいと、力を振り絞り、口を動かす。
「俺は、幸せだった。雛と一緒にいろいろなものが見れて、一緒の時間を過ごせて。
だから俺は、不幸なんかじゃない。だって、愛する人に看取られて逝けるんだから」
そう、これは俺の意思で選んだ道。
雛の能力や、近くにいればどうなるかなんてことは承知の上で、ずっと一緒に過ごしてきた。
もっとも、雛が俺のことをどう思っているかは、今この瞬間も分かってはいないけれど。
でも、俺は、雛が笑っている顔が見られれば、それで良かった。
だから、最後に見たいものがある。
「笑ってほしい、雛。最後は、雛の笑顔を見て逝きたいんだ」
「バカね、今もずっと、笑ってるわ。私の忠告を、無視して、その挙句に死んでいく、バカな、あなたの最期を、見ながらね……」
「はは、それは良かった。笑ってる顔を見れたんだから。でも、バカは、ひどいと、思うんだけど、な……」
そう言ったのを最後に、俺の意識は、闇の中へ沈んで行った……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あなたなんて、バカで、十分よ……。だって、私の想いも、聞かずに、逝っちゃうんだから……」
眼を閉じた〇〇の顔を見ながら、私はそう呟く。
安らかに、まるで笑っているかのような顔で、〇〇は逝った。
私の顔も、その眼には、見えていなかっただろう。
そして、気付いていたはずだ。私が、泣いていると。
それでも、〇〇は最後までいつも通りだった。
さっきまで、いつものように話していたのに、もう〇〇は、何も反応を返すことは無い。
……〇〇は、死んだのだ。
それを実感した瞬間、今まで抑えていた思いが堰を切ったように溢れだしてきた。
「ずっと、ずっと好きだった……!愛してるって、言い合って、二人で想いを確かめて、笑い合っていたかった……!」
私の能力のことを教えて、傍にいると不幸になるといっても、彼は好きな人と一緒にいたいと言ってずっと傍にいた。
そんな人間は初めてで、一緒にいるうちに、私も彼に惹かれていき、その想いは日に日に強くなっていった。
でも、言えなかった。
それを言えば、〇〇は喜んだだろう。
そして、もっと私と共にいる時間は長くなり、そして……。
―――この別れも、もっと早くに訪れていただろう。
それが、怖かった。
いつかは、別れが必ず来るとわかっていても、自分の想いを告げることで、別れが早まるのが怖かった。
少しでも長く、〇〇と共にいたかった。
少しでも多く、〇〇の笑顔を、喜ぶ顔を、見ていたかった。
それだけでいいと、ずっと思っていた。
でも……。
「ねえ、もし私が想いを伝えていたら、貴方はもっと幸せになれていたの?私は、こんな後悔をすることは無かったの?」
もう、この想いを伝える人は、いない。
もう、永遠に、私の言葉に、返事を返してくれることは、ない―――。
「――――――――――――!」
私の喉から、声にならない叫びが漏れる。
あふれ出る感情の波をどうすることもできず、私は、ただ、泣いた。
その腕に、愛しき人の亡骸を抱きしめながら、この涙が、枯れ果てるまで―――――。
新ろだ2-286(新ろだ2-260続き)
〇〇の遺体を人里の守護者に預けて数日が過ぎた。
その時に、何故私にと問われたが、貴方なら丁重に扱ってくれるだろうから、と言って納得させた。
……〇〇との関係を聞かなかったのは、彼女なりの思いやりだったのだろう。
その後、私は厄を集める仕事に戻ったのだが、それはいつも通りとは言い難いものだった。
考えるのは〇〇のことばかりで、厄を持った人間を通り過ぎてしまい、あわてて戻ることも何度かあった。
そんなことをしていたものだから、山の秋神や、新しく来た神社の二柱、果てにはあの鴉天狗にも心配される始末。
そんなことでは、人里にも不安を与えるからと、守護者がやってきたのが昨日のこと。
今日は一日気持ちの整理をつけようと、山の中を当てもなく飛んでいた時のことだった。
特徴的な服装に、その手に持ったこれまた特徴的な形をした棒。
あれは、間違いなく……。
「……閻魔様?」
そう、仕事が忙しいため、幻想郷では滅多に見かけることが無い閻魔様の姿だった。
……しかし、こちらに来るにしても、人里で説教をするのが主であり、妖怪の山などに来ることは無かったのだけど。
と、私が発した声を聞き取ったのか、閻魔様がこちらに向かってくる。
「私のことを呼びましたか?」
「いえ、ただ珍しいと思いまして」
「なるほど、そういうことですか。ですが、こちらとしても理由がありまして」
「……理由?」
閻魔様が、わざわざ妖怪の山に来ざるを得ない理由だ。
どんな理由かと思い身構えた私に告げられたのは、意外な言葉だった。
「ええ。ここの近くで、死神を見ませんでしたか?」
「……死神?」
ええ、死神です。と答える閻魔様の声を聞きながら、記憶の中を探る。
その記憶は、案外簡単に出てきた。
「確か、川の近くでそれらしい人影を見たような気が……」
「本当ですか?面倒でしょうが、そこへ案内していただけませんか?」
「ええ、それくらいなら……」
「助かります。もう五日以上も、仕事をほったらかしていて。そのせいで、幽霊が三途の川を渡れずにいるのです」
その言葉に、私の頭にある考えが浮かぶ。
それは、今此岸へと行けば、魂だけの存在であるとはいえ、〇〇にもう一度会えるのではないか、というものだった。
一度その可能性に気づいてしまえば、希望を見つけてしまえば、それに賭けてみたいと思ってしまう。
〇〇に、もう一度会いたい。会って、この想いを伝えたい。
そんな思いを募らせながら、閻魔様を案内していると、記憶の中の場所にたどり着いた。
そして、やはり記憶通りに、死神がその象徴ともいえる大鎌を背にして、木の根元に座っていた。
「協力、感謝します。では」
その姿を見るや否や、閻魔様はその死神の下に飛んでいってしまった。
逃げる隙も与えず、説教を始める閻魔様。
助けを求めるような眼で、死神がこちらを見てきたが、私ではどうすることもできないという思いをこめて首を振ると、がっくりと肩を落とし、説教を聞き流す事にしたようだった。
それを気付かれ、閻魔様の持っている棒で頭を叩かれながら説教をされる死神に、心の中で感謝しながら、私はその場を後にした。
「着いた……?」
それから数分後、私は三途の河の幻想郷側である、此岸にいた。
だが、それもおかしなことだろう。三途の河など来たことは無いからあまり詳しくは分からないけれど、あの場所から数分で来られるほど近くはないはずなのだから。
けれど、今はそんなことはどうでもいい。
私の目的は、〇〇に会うことなのだから。
そう思い、〇〇を探し始めて十分が経つか経たないかという時だった。
「あ……」
〇〇が、いた。
川岸に座りこみ、ただ空を眺めている。
その姿を目にしたら、もう我慢はできなかった。
ただ想いを伝えて、〇〇に私の想いを知ってもらえればそれでいいと思っていたのに。
自分の意志とは関係なく、眼から涙があふれてきて、気付けば、〇〇に向かって駆け出していた。
「〇〇っ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「暇だなぁ……」
俺が死んで、もう何日たっただろうか。
気がついたら俺は、ここで幽霊になっていた。
死神に連れられて河を渡り、裁判を受ける。
それぐらいの知識はあったから、とりあえず川のほとりに向かってみたのだが、ただ船が浮かんでいるだけで、船頭が居ないときた。
誰かと話をしようにも、幽霊には口が無いからできないし、物が触れないから何もできやしない。
ただ、俺だけはなぜか喋ることができ、それがさらに暇だという気分を引き立たせていた。
話し相手もおらず、ただ空を眺めるだけ。
さすがに暇つぶしの手段を考える必要があるな、と考えていた時、彼女の声が聞こえてきた。
「〇〇っ!!」
そちらを向けば、見間違える筈もない彼女――――雛の姿。
何故ここに、などと考える時間はあまりなかった。
何故なら、雛の足が地を蹴り、こちらの向かって跳んでくるのを見たからだ。
「ま、待て、雛!今俺には触れないから、そんなことすると―――っておお!?」
「〇〇、〇〇……」
「なんで俺、雛に触れてるんだ…?いや、それより、何で……」
ここにいるんだ?と続けようとしたが、それはできなかった。
何故なら、雛が泣いていたから。
愛する人の泣き顔なんて、見たくは無い。大切な人には、笑っていてほしい。
だから俺は、今は何も聞かずに、雛が泣きやむのを待つことにした。
「ごめんなさい、〇〇……。いきなりこんなことをしてしまって」
「いや、それはいいけど……。どうしてここに?」
あの後、落ち着き、泣きやんだ雛に、先ほどはできなかった質問をする。
その質問を聞いた雛は、今思いだしたという表情をした後に、口を開いた。
「〇〇に伝えたいことがあって来たの」
「伝えたいこと?俺に?」
「ええ。……私は、〇〇のことを愛してる。そして……ごめんなさい」
「雛……?どうして…謝るんだ?」
「だって、私のせいで、〇〇は死んでしまったわ。私がいなければ、あなたはまだ生きて、笑っていられたでしょう」
どうやら、自分のせいで俺が死んだのだ、と思っているらしい。
……これは俺の選んだことなのだから、雛が責任を感じる必要なんてないんだが。
とりあえず、雛の勘違いを正そうと、あの時のことを話すことにする。
「なあ、雛。俺が前、死神に話しかけられたこと、覚えてるか?」
「……?ええ、覚えてるわ」
何故今、そんなことを言うのか分からない、という顔だ。
いつもはクールというか、冷静な雛がそういう表情をすると、可愛いのでずっと見ていたくなるのだが、今はそれが目的ではないので、言葉を続ける。
「その時にさ、言われたんだ。このまま雛と一緒にいると、遠くないうちに死ぬことになる、って」
「……じゃあ、それを知ってて、なんで……?」
「それ聞いた時、その死神に言ってやったんだよ。それがどうした、って」
「え……」
「それにさ、雛。確かに、雛に会わなければ、俺はまだ生きて、笑ってられたかもしれない。……でも、今よりは、幸せだと思えなかったと思う。だって、俺があの時、笑って逝けたのは、雛が傍にいてくれたからなんだから」
それが、俺の本心だった。
雛がいなければ、今俺が感じている、愛する人が傍にいるという幸せは、無くなってしまうだろうから。
その時、雛がなぜか笑い始めた。
「……なんで笑うんだよ?」
「ふふっ。いえ、やっぱりあなたはバカなんだと思って。死ぬことが分かっていて、私と一緒にいることを望むなんてね」
そう言って笑う雛の声色には、バカにするような声は全くなかった。
むしろ、友人と軽口をたたき合っている声に近い。
だから、俺もそれに合わせて言葉を返す。
「おいおい、死んだ人間にそんなこと言うなんて、ひどくないか?死ぬ間際にも言われたぞ、それ」
「間違ってはいないでしょう?それに、結局私も同じよ」
「…?どういうことだ?」
「〇〇みたいなバカな人を好きになった私も、同じくらいバカだってことよ」
「そいつはいいな。雛と一緒なら、なんて言われようと構いはしないさ」
気付けば、雛と俺は互いに寄り添って座っていた。
二人とも、分かっていたんだろう。会えるのは、本当にこれで最後なのだと。
事実、俺も覚悟していた。二度目の、永遠の別れってやつを。
そう、その声が聞こえてくるまでは。
「あらあら、お熱いことで、お二人さん」
「え?」
「この声は……スキマ妖怪?」
「大正解♪」
その声と共に、俺たちの目の前の空間が裂け、そこからスキマ妖怪…八雲紫さんが現れる。
もっとも、出てきたのは上半身だけだったが。
こうして直接会うのは初めてだが、この人に関する評価から考えれば、何の理由もなく出てくることは無いだろう。
そう思ったのは雛も同じだったのか、紫さんに疑問を投げかける。
「何の用かしら?」
「あらあら、そんな警戒しなくてもいいのではないですか?」
「警戒されたくないのだったら、普段の行動を改めることね」
「私としては、改める場所など無いと思っているのですけど。まあ、時間が無いのも事実。用件を伝えましょうか」
……いろいろなところで聞いていた、胡散臭いという言葉の意味が、やっとわかった気がする。
なんというか、この人の言葉や表情に、本当に信じていいのかと思わせるものがあるのだ。
もっとも、用件があるというなら聞かなければ始まらない。
そして、次に放たれた言葉は、想像を遥かに超えるものだった。
「〇〇……」
「は、はい?」
「おめでとう。貴方は、見事生き返ることに成功したわ」
「……え?ちょっと待って、俺は死んで、でも生き返って、でも俺今幽霊だし、え、どういうこと?」
「ま、〇〇、落ち着いて……」
一気に混乱状態になった俺を落ち着かせようと雛が声をかけてくるが、その雛も動揺を隠し切れていないことが声からわかる。
とりあえず説明を求めようと、混乱している俺たちを見て笑っている紫さんに話しかける。
「ど、どういうことですか!?俺が生き返ったって!?」
「あら、嬉しくないの?だったら仕方ないわね、これは無かったことに……」
「いや、嬉しいですよ、でも、いきなりそんなこと言われたって意味が分からないですから!」
「じゃあ、一度だけ説明するわ。聞き逃しても、二度は言わないから注意しなさい」
「は、はい!」
「これから、魂だけである貴方を、体に入れてあげる。それで見事あなたは生き返ることができるのよ。どう、簡単でしょ?」
ああ、体の傷については治してあるから気にしなくていいわ、と続ける紫さんに、そういうことではない、と言おうとする俺を、雛が止めた。
「雛、どうして…?」
「諦めたほうがいいわ。彼女がそういう風に言うのは、肝心な部分は話すつもりは無い、ということよ」
「あら、説明を求められたから説明しただけなのですけど」
やはり、会う人会う人全員が胡散臭いというのは伊達ではないようだ。
どこまでが本気で、どこからが冗談なのかの区別が全くつかない。まあそれは、表情や話し方という要素もあるのだろうけど。
と、早々に本音を聞き出すことをあきらめたらしい雛が、紫さんと話し始める。
「一つ、質問があるわ」
「どうぞ」
「その体はどこにあるの?見たところ、この近くにはないようだけれど」
「ああ、それなら、貴女達が最初に会ったところに置いてあるわ。生き返った恋人との再会は、感動的なほうがいいでしょう?」
「そう。じゃあ、私は先にそこへ行っておくわ。できるだけ早くしてほしいわね」
「善処しましょう」
それだけ聞くと、雛は飛んで行ってしまった。
その後、紫さんはこちらに向き直ると、先ほどまでの少しふざけたような感じは無くなり、妖怪の賢者といわれるに相応しい雰囲気になっていた。
「さて、〇〇。貴女は確かに、生き返ることができる。けれど、それは奇跡のようなものよ。この言葉の意味、分かるわよね?」
「……次は無い、ということですか?」
「分かっているならいいわ。それを踏まえたうえで聞きましょう。貴方は、どうするの?」
「どうする……とは?」
「永遠の中の僅かな時間を、彼女と共に過ごすのか。それとも、共に永遠を生きる存在となるのか。どちらを選ぶかは貴方次第よ」
それは、まだ生きていた時にも考えていたことだった。
雛は神であり、俺はなんの力もない人間。
いつかは別れることを決められた二人。でも、それまでは共にあろうと思っていた。
俺が居なくなった後も、雛が笑っていてくれれば、それでいいと。
でも、今会って、本当にそれでいいのか、という思いが芽生えてきた。
そんなことを考えていることに気づいたのか、紫さんから声をかけてきた。
「〇〇。貴方が何を考えているかは分かっているわ。でも、彼女に早くしてくれと言われているから、これだけを言っておくわ」
「……なんですか?」
「貴方が、本気で彼女のことを思い、覚悟があるというなら私のところに来なさい。永遠の時間を与えてあげる」
「―――!?どうして、そんなことを?」
「さて、なんでかしらね?じゃあ、貴方を向こうに送るわ。眼が覚めたら、体に戻っているはずよ」
その言葉を最後に、俺の意識は闇の中へと沈んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、これで終わりね」
〇〇の魂が体のほうへと向かっていくのを見て、スキマから体を抜き出す。
と同時に、部屋の扉が叩かれたので、入室の許可を出す。
「いいわよ、入ってきなさい、藍」
「失礼します、紫様。あの人間の体は、言われた通りの場所へ置いておきました」
「御苦労さま、藍。……何か言いたそうね。言いたいことがあるなら言いなさい」
「では、遠慮なく。なぜ、生き返らせるなんてことをしたのですか?」
「何を言っているの、藍?彼は生き返ったのよ、奇跡的にね」
「……そうですか。なら、質問を変えます。なぜあの人間は、生き返ることができたのでしょう?」
これは、説明しないと収まらないかしら?
藍は、あの行動によって私に何らかの害があるんじゃないかと思っているようだけど……。
じゃあ少し、話をしてあげましょう。
「藍、貴方は、人が幸せだと感じるときはどんな時だと思う?」
「……紫様?それとこれとは関係ないのでは?」
「いいから答えなさい、藍」
「そうですね……。人によって違う、としか言えないと思うのですが」
「それは、何をしている時に幸せと感じるか、でしょう?私が聞いているのはどんな時か、よ」
何かをしている時に幸せを感じる人間は、人によってその行動は違う。
人を傷つけることが幸せだと思うものもいれば、人を救うことが幸せだと思うものもいる。そもそも、誰とも交流を持たず、孤独であることを幸せだと思うものもいるでしょう。
だけど、どんな時に幸せだと感じるかは、ほとんどのものに共通している。
でも、藍にはまだ早い問題だったみたいね。
「……すみません、紫様。私には分かりかねます」
「全く。いいわ、教えてあげる。それはね、不幸だと感じることより、幸福だと感じることのほうが多い時、よ」
「……なるほど。ですが、それとあの人間が生き返ったことに何の関係が?」
「藍、貴方は、自分に対して何もしない神を信じようと思う?」
「あまり、信じようとは思いませんね。それが何か?」
「彼女は、そうなる可能性があったのよ」
あの厄神は、〇〇が死んだことが原因で、厄を集めることに手がつかなくなっていた。
たった数日でそうなのだ。あのまま時間が過ぎていれば、〇〇のことで頭がいっぱいになり、何もできなくなってしまっていた可能性がある。
そうなればどうなるか。幻想郷中に厄が溢れ、人間たちは彼女のことを信仰しなくなり、結果、彼女は消えてしまうでしょう。
そのことを告げると、藍も納得がいったようだ。だけど、まだ事の深刻さが十分に理解できていないようで、こんなことを言いだした。
「ですが、厄ならば紫様の力でどうにかなるのでは?」
「藍、忘れたの?妖怪の山の神が、どんな理由で幻想郷に来たか」
「神が、ですか?あれらは確か、外では信仰が集まらず、消えそうになったからだと記憶していますが……」
「そんな者達が、自分たちと同じ存在が、自分たちがこちらに来たのと同じ理由で消えた、なんて話を聞いたらどうすると思う?」
「他の存在を集めて、無理やりにでも消えることを阻止しようとする、ですか」
「そういうことよ。そんなことをすれば、最悪の場合幻想郷が存在できなくなってしまうかもしれない。だからこそ、〇〇の存在が必要だったのよ」
「それでも、紫様や閻魔様が出向けば、厄神も厄を集めに戻るでしょうし、それでどうにかなったのでは?」
やっぱり、こういうことは経験が大事、ということかしら?
でも、仕方ないか。愛する者ができるということがどんなものなのかは、自分がそれを経験しなければ分かるはずもないのだから。
「無理よ。そんなものはその場しのぎにしかならないわ」
「そんなことは無いと思いますが……」
「藍、私はさっき、不幸よりも幸福のほうが多ければ幸せである、といったわよね」
「ええ、それが何か?」
「愛する者が隣にいれば、それ以外はすべて不幸な出来事であったとしても、それだけで幸せを感じることができるのよ」
「そういうものなのですか?」
「そういうものよ。逆に、愛する者を失えば、たとえ他のことでどれだけ幸福な事があろうとも、幸せになることはできないわ。だからこそ、人や自分の意思を持つものは、忘れるということができるのだけど」
それでも、〇〇が死んだという結果がある限り、問題の解決はできないのだ、と付け足す。
これ以上は、自分が想いを寄せる相手がいなければ分からないでしょう。
藍も、少しは自分のために動いてもいいと思うのだけど。そのために、橙という式を持つことを許したのだから。
だけど、橙を大事にするあまり、自分の時間が取れなくなってしまっては、本末転倒よね。
などと考えていると、藍が聞いてきた。
「紫様。私は今、自分が幸せだと思っています。ですが、これは本当の幸せではない、ということなのでしょうか」
「それも幸せであることには変わりは無いわ。ただ、幸せの質が違うだけよ。そういう存在ができれば、貴女にも分かるようになるわ」
「そうなのでしょうか」
「ええ、そうよ。私に逆らってでも、共にいたい、と。傍にいて、笑っていてほしいと思えるような存在ができれば、ね」
「想像できませんね……」
「今はそれでいいわ、今はね。じゃあ藍、私はこれから寝るから、夕飯の準備ができたら起こしてね」
「了解しました、紫様。準備ができたら、起こしに行きます」
「ええ、お願いね」
それじゃあ、幸せにね、お二人さん。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
暗闇の中を、ゆらゆらと漂いながら、どこかに向かって流されていく。
自分の意思で動くこともできず、ただ流されるまま。
おそらく、俺の体に向かっているんだろうけど、さすがに不安になってくる。
だけど、自分ではどうする事も出来ずに、漂い続けていたその時だった。
いきなり動きが止まり、どこからか話し声が聞こえてきたのだ。
「小町、何をしているのですか?」
「いや、ほら、映姫さま。この魂、あの外来人のですよ。多分、今体に戻ってる所じゃないんですかね」
「何ですって?いえ、それならちょうどいいです。声は聞こえているようですので、一つ言っておきましょう」
「あー、あたいからも少し聞きたいことがあるから、ちょっと我慢しとくれ」
どうやら、俺が何者か分かっているようで、二人ともが俺に伝えたいことがあるらしい。
とすると、この人たちが閻魔様と死神なのだろうか?
「いいですか、貴方は少し自分勝手すぎる。自分の想いだけを伝え、彼女の想いを考えることなく勝手に満足して死んでいく。それは、許されることではありません。もう一度生きるこ とができるのです。
今度は、彼女と共に生きていくのだ、ということを自覚し、自分勝手な真似は控え、互いに支え合うようにすること。それが、貴方にできる善行です」
「さて、次はあたいだね。とはいっても、すぐに終わるんだけど。あたいの能力で、すぐにあんたを体に送ることができるけど、どうする?
映姫さまの言葉について考えたいっていうなら、別にやらなくてもいいし、すぐにあの厄神様に会いたいっていうなら、送ってやるよ?」
それに対しての言葉は、もう決まっていた。
今は、一刻も早く雛に会いたかった。だから、そのことを声の主に伝える。
「ん、分かった。それじゃ、次に目を開けるときは、厄神様が居るはずさ。それじゃあね」
その声と共に、また暗闇の中を漂い始めた俺。
だけど今度は、少し経つとすぐに、体が浮き上がるような感覚が襲ってきた。
そして、眼に近づいてくる光を見て、体に入っていこうとしているのだ、ということを理解した。
そして、次の瞬間。目の前に、雛の顔があった。
「ってうおっ!?」
「〇〇っ!!」
それに驚いて体を起こそうとした俺の肩を、雛が掴んで起こせなくする。
それに驚き、雛に問いかける。
「雛、なんで……?」
「前は、こんなことできなかったから……。今は、もう少しこうさせて」
そう言われて、今の状況を整理する。
今俺は、寝転がっており、頭の後ろに柔らかい感触、さらに目の前には雛の顔がある。これから導き出される答えはつまり……。
「……膝枕?」
「ええ、そうよ。こういうことをすれば、喜ばれるって聞いたから」
確かにこの行為はされると嬉しい。だけど、少し、いや、かなり恥ずかしい。
だが、それを無視して雛に俺の想いを伝える。自分が伝えるためだけではなく、雛の想いを聞くために。
「なあ、雛」
「何、〇〇」
「俺は、雛のことが好きだ。だから、ずっと傍にいて欲しい。傍にいて、俺のことを支えていてほしいんだ。俺も、雛のことを支えるから」
「……ええ、もちろんよ。私も、貴方の傍にいて、貴方のことを支えたい。二人で、ずっと一緒に生きていきましょう」
もちろん、この答えはもう、幽霊である時に聞いていた。
それでも俺の想いを伝え、雛の想いを聞いたのは、儀式のようなものだ。
俺はずっと雛の傍にいて、雛のことを支えるという誓いを立てるための儀式。
そのことを確認していると、雛が話しかけてきた。
「ねえ、〇〇。〇〇は今、幸せ?」
「ああ、当然、幸せだよ。雛はどうなんだ?」
「ええ、私も幸せよ。〇〇と一緒にいることができるんだもの」
そう、幸せなんだ。愛する人が傍にいるから。
紫さんに言われた、人として生きるか、人であることを捨てて生きるか。
どちらを選んでも、困難や悲しみ、苦しみは絶えないだろう。
でも、笑っていられる。幸せだと、胸を張って言える。
だって、愛する人が、自分の傍で、笑顔でいてくれるんだから。
最終更新:2010年10月16日 23:11