天子4
新ろだ442
「……」
「……」
朝日というにはだいぶ高い角度から差し込む日光に照らされて、天子に頬をつねられながら目が覚めた。
天子は俺の隣、掛け布団のほとんどを自分のほうへ引っ張り込んでみのむしのようにくるまり、
顔と、白い右肩から先だけを外に出してこちらをにらんでいる。
おはよう。そういったつもりが、「おふぁよう」になってしまうのはご愛嬌ってやつだ。
「……」
返事はない。天子は相も変わらず不機嫌そうな、少し腫れぼったい目を向けてくる。
おーい。お、は、よ、う、てんしー。
「……もうお昼前よ。おそよう、○○」
……ふむ。もうすっかり目も冴えた。起きたからもういいだろ。
頬をつねり続ける天子の指をゆっくりほどいてやり、上体を起こして天子のほうへ体を向ける。
おや、赤くなって顔を背けちゃって。昨日は上から下まで穴が開くほど見たくせに。
「……ずるい」
ん?
「私、起きてからずっと、いたくて動けないのに、○○ばっかりぐーすか寝てて、ずるい」
ああ。
ようやく合点がいった。
昨晩、紆余曲折のナンヤカヤを経て晴れて相思の関係となった俺たちは、勢いのまま……。
あー。あー。
……まだ痛むのか?
「痛いに決まって……っ!」
飛び掛ってきそうな表情で体を揺らした天子は、しかしへなへなと枕に顔をうずめた。
昨日はずいぶん痛がってたもんなあ。無理すんなつったって聞きやしないし。
「ああうー……話と違うじゃないのよぉー……ここまで痛いなんて」
ん?
「霊夢に魔理沙。ちょっとだけ痛いだけで後は気持ちいいとか大嘘ばっかり。
それに衣玖。……ぐすっ、何が最初から最後までふぃーばーできますよ、よ」
……んー? 年中イチャついてる××や□□はともかく、△△が衣玖さんに手を出したなんて話聞いたことないぞ?
衣玖さんって結構ズレたとこあるし、あの人あんな体しといて、ひょっとしてまだ……。
……む、こら、つねるな。
「……むー」
あー、はいはい。悪かった。
てんこみのむし(命名・俺)の布団をまくり、体をすべり込ませる。
天子の体温でほどよく温まった空間で、天子の腰と背に手を回して体を寄せた。
こいつは、俺も最近になって知ったことだが、出るべきところはまっ平らなくせしてその分のお肉がうっすらと全体に広がっている。
かといって見苦しいレベルにまでは至っておらず、こうやって手を回せばふわふわした感触が心地いい。
それに加えて、どんな上質の絹だって霞むような肌と、汗にまみれながらもほんのり上品に漂う桃香。
俺の腕のなかで、小ぶりな鼻をすりつけてくる小動物のような寂しんぼうの存在をしばらく楽しんだ。
……くぅ。
……そういえば、昨日の夕食以来何も口にしていなかったのを思い出す。
昨晩の\そこまでよ!/で消費したエネルギーを補給せにゃあな。飯でも作るかい。
……てんこさん、今の腹の虫は間違いなくお前のお腹から聞こえてきたぞ?
なのにどうして、台所へ立とうとする俺を引き止めますか。
「……」
きゅっと目を瞑り、ふるふると左右に首を振る天子。
俺の背をがっちりホールドした両手にさらなる力がこもる。地味に痛い。
「もすこし」
飯にしようや。
「やだ」
いや、腹減ったろ?
「やだ」
風呂入ってさっぱりするか?
「やだ」
いやお前も汗まみれじゃ気持ち悪……
「やだ」
ほら、天気いいし布団干し……
「やだ」
洗濯物もたまって……
「やだ」
えーと……
「やだ」
……
「……」
はぁ。
はいはい。わかったわかったわかりましたよ。そんな涙目でにらむな。
オーケーオーケー、気の済むまでいてやるよ。
全くしょうがないな、このわがまま娘め。
「……えへへ」
そんな顔見せられたら、逆らえるわけないだろーが。
……何? どんな顔かって?
……教えてやらね。
新ろだ661
「だからわたしは言ってやったのよ。
『あんたなんか極光の彼方へ吹っ飛ばしてやるんだから』って」
「……で、その『極光の彼方』が俺の家だった、と?」
ありのまま今起こったことを話すぜ。
部屋でくつろいでいたら、空から天子が降ってきた。
何を言ってるのか分かってもらえると思う。
「も、もちろん計算通りよ。急に○○に会いたくなっちゃったから、わざと吹き飛ばされてきたの」
「言い分は分かった。 ……それで、どうしてくれるつもりだ?」
ここは部屋の中で、つまり降ってくるためには当然、越えなくてはいけないものがある。
そして、その証は俺の頭上にしっかりと刻まれている。
……要するに
「……まあ、ちょっと計算間違えたかしら。まさか屋根に落下するとは思ってなくて」
「始めからそんな計算なかったんだろうが!」
見事にぶち抜かれた屋根を見ながら、頭を抱える。
「……ふんだ。あの妖怪が悪いのよ。わざわざ出向いて喧嘩吹っ掛けるんだもん」
「無視しろ。どうせ勝てないんだから」
「勝てるわよ! ……勝てるけど」
「……手加減してるなんて言うなよ」
先回りして言い訳を潰して、天井を指差す。
「そこに、あそこ、あっちもだし、あれも。……そしてここ」
あちこちに空いた穴ぼこに、木の板を打ち付けて押さえただけの突貫工事。
直しても直しても目の前の砲弾に撃ち抜かれる屋根は、いつからかきちんと修理することを放棄された。
「何度目だと思ってるんだよ」
「……悪かったって言ってるじゃない」
「言ってない。今初めて謝罪の言葉を耳にした」
「……そうね、私からも謝るわ」
唐突に後ろからか聞こえる声。
思わず振り返ると、天子と犬猿の仲である八雲紫がいた。
「ごめんなさいね○○。ちょっとからかっただけなのに、この娘冗談が通じなくて」
「あんたが近くにいること自体、天子にとって着火材なんですから、この上油振り撒くような真似せんで下さい」
ほんとにわざとやってんじゃないかこの人。
「失礼ね、撒いてるのは油じゃないわ。ガソリンよ」
「わざとだな? わさとなんだな!?」
詰め寄る俺を手で制して、こちらに近寄ってくる紫。
「申し訳ないとは思ってるのよ。 ……だから、ね」
言うなりしなだれかかってきた。
女性特有の甘い匂いに少しくらっとする。
「……あの、紫さん?」
「動かないで。お詫びの印に、いいことしてあげる」
妖艶な笑みを浮かべた紫に、逆らえないまま押し倒される。
「全部私に任せておきなさい。とっても気持ちいいわよ」
次第に近付いてくる紫の顔。
その美貌に目を奪われ、なすがままになっていると、視界の隅を、黒い影が横切った。
「離れなさい、この色ボケ妖怪!」
どうやら天子がお得意の石弾、通称タケノコ弾を飛ばしたらしい。
威嚇するように紫を睨む。
その程度のことに紫は怯むこともなく、天子を見つめ返す。
発砲の直後に嫌な音がした。
また壁修理するはめになるのか。
「聞こえなかったの? この年増! 今すぐ○○から離れろ!」
「……へえ?」
ぎりりと眉を吊り上げる天子と、艶然と微笑む紫。
……なんか嫌な予感。
「ちょっ、紫、本当にやばいから……」
言い終わる前に口を手で塞がれる。
再び近付いてくる顔。
手を頬にずらして、親指は俺の唇の上。
そしてうつむきがちに親指に口を当てれば、頭頂部でうまい具合に接触部分が隠れて……
……
「ごちそうさまでした」
しばらくそうしたあとに、にっこりと微笑む紫。
「ふ、……ふふふふ」
たっぷりと怨念を含んだ天子の笑い声が聞こえる。
「……コロス」
巨大な「ゴ」の文字を大量に背中に掲げ、夜叉が今ここに降臨した。
「殺してやるーーーーー!!!! YUKARYYYYYYYYY!!!!」
「あらあらあらあら……」
ばらまかれるタケノコ弾。某名人も真っ青の20連射。
そのことごとくを避ける紫。
唸る弾幕、軽快なグレイズ、破壊される家具、壁、柱。
「人様の家で、弾幕ごっこすんなーーーーーー!!」
……現実は時に厳しい。
もうもうと土煙を上げる、我が家だったものを見つめ呆然と佇む。
「ああ、楽しかった。
わたしはそろそろ帰ることにするわ。
また遊びにくるわね。ごきげんよう」
「二度と来るなーーーーー!!」
悪びれる風もなくすきまへと消えて行く紫。
畜生。……こうなったら。
「……待て」
こそこそと逃げようとする天子に声をかける。
ビクリと肩を震わせ、ぎこちなく振り向く天子。
「あ、あはははは……」
「……笑ってごまかすな」
「あっ、わたし用事思い出した。それじゃあ、帰るわ」
ふわりと宙に浮き一目散に飛び去っていく。
「待てーーーーーー!!! 家なんとかしろーーーーー!!!!」
「……全く」
俺の抗議に呼応するように、後方から布がはためき、天子を絡めとった。
「勝手に出ていったと思ったら…… 何をしているんですか、総領娘様?」
「い、衣玖……」
「挙げ句また人の家を壊して……」
「あ、あんたには関係ないでしょ! 離しなさい、お父様にいいつけ……ぴぎゃっ!?」
暴れる天子を抑える羽衣が一瞬青白く光ったかと思うと、天子がウェルダンになっていた。
「申し訳ありません○○様。総領娘様に代わり謝罪させていただきます」
「あの~……天子から煙出てますが?」
「この程度で死ぬようなお方なら、天界は平和なんですが……」
……こええ、逆らわない方が良さそう。
「さて、家は責任をもって修理するとして、しばらくの住処のことですが」
混乱する俺を他所に今後の処置を淡々と告げる衣玖さん。
「これからしばらく、天界で生活して頂くということで、よろしいでしょうか?」
「は?」
「他にどこか宛でもありますか?」
「……いえ」
「では行きましょう」
「いや、だからちょっ……」
答えを待たずに天子と一緒に羽衣に絡めとられ、荷物のようにくるまれたまま宙に浮く。
そしてあっという間に雲の中へと連れられてしまった。
……衣玖さん、これ、拉致っていいません?
天界の大きな屋敷のとある部屋へ連れられて、しばらく待つように言われ一時間ほど。
慣れない豪華な部屋に居心地悪くうろうろする俺に、ようやく扉を叩く救いの音が聞こえた。
「○○さん、入りますよ。 ……ほら総領娘様も」
なにやら言い合いの声が聞こえるが大丈夫か?
「これは罰なんです。そんな目をしてもだめですよ」
……あ、電気が走る音。
「早くしてください。折角準備した服が気に入らないなら、『そこまでよ』でもいいんですよ?」
次の瞬間ドアが勢いよく開かれる。
……衣玖さんって、実はS入ってないか?
「○○さん、お待たせしました」
入ってきた天子に目を奪われる。
頭にはいつもの桃付き帽子の代わりに、白いヘッドドレス。
カラフルなスカートに掛かっているのはひらひらのエプロン。
両方に入れてある桃の刺繍はこだわりなんだろうか。
他にも袖口やら肩口やらが微妙に改造されたそれは、メイド服によく似ていた。
「……なによ?」
見つめられて居心地が悪いのか、不機嫌そうな顔で見上げてくる天子。
「いかがですか、○○さん? かなりの自信作なんですが」
……あんたが作ったんかい
「ああ、紹介が遅くなりました。今日より貴方の世話を致します比那名居でございます」
いや、どうみても天子じゃ……
「反省を促すために客人の世話係をして頂こうかと。 何かありましたら、遠慮なさらずお申し付けください。
……比那名居、ご挨拶を」
一度苛立たしげに衣玖さんを睨み付けた後、やけ気味に三指を付く天子。
「比那名居と申します。○○様がここに住まう間、お世話をさせて頂きます。
どうぞよろしくお願いいたします」
「……どうです○○さん?」
……なにがですか?
「普段強気なあの娘が自分の足下に跪く。……こう、クるものがありません?」
……オーケー、あんたがSなのは分かった。
「……楽しそうですね」
もちろん口には出さない。余計なことは言わないことが長生きの秘訣だ。
「ああ、まさか総領娘様が殿方に三つ指を付く日が来るなんて……」
……あんたの仕業でしょ、あんたの。
「と、いうわけで総領娘様、しっかりと○○さんのお世話をしてくださいね」
言いたいことだけ言って部屋を出ていく衣玖さん。
あとにはメイドっぽい天子と、客人の俺が残される。
「……」
「……ごめん」
不貞腐れたまま横座りして、ドアを睨んでいた天子が急に切り出す。
「……え?」
「悪いとは思ってるのよ。だからこんな格好もしたし、世話係もちゃんとやるし……それから」
唐突に立ち上がり、近付いてくる天子。
しばらくうつ向きがちに顔を伏せていたが、やがて意を決したように上げる。
「少しかがんで、目を閉じて」
「は?」
「いいから!」
「……こうか?」
天子の顔の高さまで顔を下ろして目を閉じる。
同時に唇に柔らかいものが触れた。
驚いて目を開けると真っ赤になった天子がそこにいた。
「……お詫びの印」
意味に気付いてこちらも赤面する。
「紫もしてたけど、これで許してくれる?」
……ええと、紫はしてないんだけど、まあいいや。
そして衣玖さん、Sなんていってごめん。
不安と恥ずかしさの混じった上目遣いとか、しおらしい態度にマッチした衣装とか、……確かにこれはクるものがある。
「いいや、許せないな」
「……え?」
芽生えた意地悪心をそのまま口にする。案の定泣きそうな顔をあげる天子。
意地の悪い笑いがこみあげてくる。
「じゃあ……んむ!?」
今度はこちらから唇を奪ってやる。
驚く天子の口をこじ開けて、舌を突っ込む。
時折うめく天子の声に、さらに激しく口内を蹂躙した。
「……はあ、……はあ、なにするのよ!?」
ようやく解放された天子が、抗議の声をあげる。
「許してほしいならこれくらいしないと」
「……ぐっ」
満足げに答えてやると、悔しげに声をつまらす天子。
「むー……」
拗ねたように膨れっ面でソッポを向く。
……可愛い。
「悪かったって」
優しく抱き締めて空色の綺麗な髪を撫でてやると、少し機嫌が治ったのか、心地よさげに目を細めた。
……こんな生活も悪くないかもしれないな。
せっかくの機会だしここにいる間、たっぷりもてなしてもらおう。
甘える猫のように頭をすりつけてくる天子を撫でながらそう思った
……数日後
天界のとある一室に二つの人影があった。
並んで座ったそれらは、一点の空間をニヤニヤしながら見つめている。
空間の向こうには天子を膝に乗せた○○がいた。
「……うまくいったようね」
「……お陰さまで。こちらはお約束の『天狗の絵画』でこざいます」
片方が写真の束を差し出す。
そこに写っていたのは、どれも○○と天子が一緒にいるものだった。
「……これで総領娘様も少しはおとなしくなるでしょう」
「そうね、こんな弱味まであることだし。
……あの天狗にも報酬をはずんだほうがいいかしら?」
「それには及びません。
『こんな素晴らしいネタをもらって、この上報酬などいりません』と言ってましたので」
「そう。……それにしても」
片方がにやりと笑いながら言う。
「永江屋、お主も悪よのう」
「八雲様にはかないません」
部屋にふたつのあやしい笑いが響いた。
すきまの向こう側の様子が、天人の熱愛生活と称して、
天狗の新聞にすっぱぬかれていることを、まだ○○と天子は知らない。
新ろだ988
「ボクシングをやってみたいわ」
天子は唐突に、ぼそりと呟いた
「何を言ってるんだお前は」
「しゅっしゅレアッパー!」
そう言い放つと天子の拳は勢いよく俺の脇腹をえぐった
「ぐはっ!?それはフックだっ」
天子は電気のひもを相手にボクシング?をしている
「なんでいきなりボクシングなんだ」
「TV見てたら・・・楽しそうで」ゾクゾク
うわぁ
「ああっ、そんな蔑んだ目で見ないでっ(悦」
「・・・まぁあれだ、ボクシングは顔に怪我しそうだからやめとけ」
せっかく綺麗なんだから、なんて言ってみたり
天子はニヤニヤしながら
「え、えへへ・・・あ、ありがとう」
「お、おう」
何となく照れ隠しで互いに顔をそむけた
「そ、そういうこと言われると、胸がきゅってなるね」
「そのささやかな胸がk」
すべてを言い終える前に天子のフックが俺の顎を打ち抜いた
俺は意識を失いつつ、拳闘の才能はあるな、などと思った
終ワル
新ろだ2-019
昼下がり。
うだるような暑さは幻想郷でも変わらない。
風通しが悪い家ならばその暑さはお察しの通りである。
「おじゃまするわよー……ってあんた、何やってんの」
そんな町外れにある環境劣悪な家にやってきた天子が見たものは、居間で仰向けに横たわる○○の姿だった。
「暑くてなんもやる気が起きない……」
「たしかにここだけ一段と暑いわね、私にはあんまり関係ないけど。……はいこれ」
「……なにこれ?」
家に上がってきた天子から渡されたものを、動く気すらないのか、起き上がらずに受け取る○○。
そんな様子にも、暑いのは事実だし、いちいち気にすることはないので天子は特に何も言わなかった。
「スイカよ」
「……イカ?」
「す・い・か!」
意思の疎通が出来ないことにはさすがに怒ったが。
「どこをどう見たらそれがイカに見えるのよ」
「常識にとらわれてはいけないのがココだし、緑と黒の縞模様で丸いイカもいるかなーって」
「どこの珍獣島よ……」
「あ、でも触手がないからイカとして失格だね」
「もう一度言うけど、それはイカじゃないわよ」
時折吹っ飛ぶ○○の思考は、大抵は誤った言葉の聞き取りやそこから発展していく脳内妄想によるものだが、
どういう思考をしているのかいまだに掴めない天子は内心ため息をついた。
一方○○は、西瓜と聞いて元気が出たのか起き上がって受け取った西瓜を抱えてなでていた。
「みんしゃい、六ヶ月ですわ」
「男が子を作るかっ!」
「実は雌雄同体でして」
「私という女がいながらなにやってんのよ!」
「『ああっ、やめてください! 私には心に決めた方が!』『げへへへへ、そんなこといったって体は正直だな?』」
「雌雄同体の癖して裏声使うのね! っていうか男役が下衆だわ!」
「全南米が泣いた!」
「明らかに正しくない方向で泣きそうねそれ! しかも位置が微妙!」
「映画化決定!」
「まさかの!?」
「一家に一台!」
「もうなにがなんだかわからないわっ!」
こいつのよくわかりにくいボケに対して突っ込むのもなんか慣れてきてしまったな、と天子は思った。
本人曰くスキンシップらしいがもう少しまともなスキンシップを期待したいところである。
「さて、せっかく持ってきてもらったんだし、食べようか」
仕切りなおすように彼は抱えた西瓜を軽く叩いて言った。
「それはいいんだけど……、あんた仕事は?」
「いやはや最近は皆、物を大事に使ってくれてね、商売あがったりだよ」
朗らかに笑う○○の仕事は直し屋である。
曰く、鍋の取っ手から家の屋根までなんでも直す、ただし物に限るとのこと。
日常品ならほぼ何でも、ある程度は直せるので需要はあるのだが、まれに仕事がまったく入ってこない時がある。
別に誰が原因ということではなく、自然現象みたいなものだと彼は言っていた。
同時に『他人の不幸で食べてく身だから、仕事が無いのはいいことなんだけどね』とも言っていたが、それに対して天子は不服だった。
それならば大半の商売は他人の不幸で食べていっているではないか、と指摘したが、○○は困ったように苦笑いを浮かべるだけだった。
「私としては、壊れたのを無償で直すのが問題だと思うんだけど?」
「そうなのかなぁ」
自覚が無い○○の発言に天子は自然とため息が漏れた。
村の人から慕われるのはかまわないが、生活が出来なかったら意味がないのである。
大事なのは金銭よりも人情というのはわからなくもないし、そこが彼の魅力の一つでもあるのだが、少なくとも商売人としては失格である。
「だからあんたはバカなのよね」
「うっさい絶壁」
「ぜっ、ぺきって……」
ピクリと青筋を浮かべる天子。
周りの女性たちと比較して、胸のことを天子は気にしていた。
それを本人に突きつけるような類の発言はタブーなのは当然の事。
さらに、形はどうあれ心配して言ったつもりの言葉が罵倒という形で帰ってきたことが余計に天子を腹立たせた。
「チビスケに言われたくないわ!」
「ちちちちちチビスケちゃうわい!」
怒る天子の言葉は売り言葉に買い言葉。
赤くなる○○に対して、優勢になった天子は赤くなりながらも若干余裕の表情になった。
「私よりも身長が低いのに?」
「うぐっ……」
実は○○、天子よりも身長が低いのだ。
そこまで小さくはないのだが、○○は初めて天子と出会ったときに密かにショックを受けたものだった。
これ以上の成長は半ば諦めてはいるが、指摘されて気持ちのいいものではない。
「その身長じゃ、広場で遊んでる子供たちの中に入っても違和感無いんじゃないの?」
「そこまでは小さくないと思う所存でありますですよ!?」
大人の中に混じったら確実に子ども扱いではあるけど、とも○○は思った。
そんな考えを振り払うかのように彼は反撃に転じる。
「て、天子だって胸の大きさから言ったら子供たちと大差ないんじゃないかな!?かな!?」
「しし失敬ね! そこまで無くは無いわよ!」
「いやー、ぶっちゃけあんまり変わらないと思うんだけどな。むしろもう成長しないだけ負けてるかもしれないね」
「なっ……!」
興奮してどんどん赤くなる二人。
どちらが勝っているかは不明であるが、どちらも同じぐらいのダメージであろう。
二人の口げんかは加熱する。
「あ、あんたも成長期とっくに過ぎてるじゃないの!」
「どこぞの天人とは違って成長する人間だからまだ伸びる可能性はあるもんね!」
「どうせ伸びずに老いて縮んでいくのが関の山よ!」
「そっちこそ縮もうにも縮まない胸持ってるくせに!!」
「なによ!」
「なにさ!」
そうして双方睨みあい、
「「ふんっ!!」」
同時にそっぽを向いた。
ミーンミンミンミンミン……。
ジジジジジジジジ……。
シン、とした家の中に、蝉の鳴き声と、遠くで聞こえる街の喧騒だけが響いている。
「……ま、まあ」
しばらくして、あいかわらず天子のほうは見てはいないが、唐突に○○が口を開いた。
無意味に咳き込むのはばつの悪さか照れか、はたまた両方か。
「そんな天子を好きになったんだけど、さ」
そう言う○○は、先ほどとは別の意味で真っ赤である。
ちらりと天子のほうを見て、思わず目が合い彼はあわてて視線を戻した。
「……私もよ」
「え、それってどうい――」
う意味、と言おうとした○○であったが、近づいてきた天子に抱きしめられたことにより最後まで言うことはできなかった。
「私も○○の小さいところが好きなのよ。こうやって抱きしめられるし」
途切れた問いに対する回答か、天子はそう答えた。
それを聞いて○○は少しムスッとした。
「小さい、という発言に少々悪意を感じます」
「形容の仕方に文句言わない」
「言います。ていうか、抱きしめるだけなら別に相手が高くてもいいじゃん」
「私より身長が高い奴なんかに抱きしめられるのも見上げるのも屈辱で嫌だし、抱きしめるのも抱きしめている気がしなくって嫌」
「それって単に身長が高い人が嫌なだけじゃ……」
「そうよ。文句あるの?」
「いえ別に。……じゃあ天人だったら?」
「釣りと酒と宴ばっかりしているヨボヨボの爺みたいな奴に抱きしめられたくないわよ」
そもそもあいつらは興味すらないから例に出しても無駄ね、と続けて天子は答えた。
その答えを聞いて顔を上げた○○の顔は、ちょっとの期待とその期待に対する恥ずかしさがうっすらと見えた。
「……つまりは」
「あんたが一番って事」
そう言われた彼は、『これは熟れたトマトですか?』『いいえ、彼はナンシーです。』と言いたくなるほどに顔を真っ赤にし、再び、今度は小さく大人しくなって顔を伏せた。
一方の天子は、意地の悪い笑みとやさしい微笑みの半々という微笑みコンテストで特別賞をもらえそうな、むやみやたらと器用な笑みを浮かべつつも顔は仄かに朱色を示していた。
その様子をチラリと見て○○はちょっと拗ねた。
「……でもそれって身長で決めたわけだよね」
「確かに身長は評価の一端を担っているけど、それだけではないわよ」
「例えば?」
「○○はたまーにかわいくなるわよね、今とか」
「…………ひきょうもの」
「ふふん。愛い奴め、うりうり」
頭をなでられた○○はうっとうしそうにしていたが、何も言わずにされるがままになっていた。
撫でているほうの天子は内心、上目遣いの破壊力に悶絶しながら、このまま押し倒してレッツゴーR指定な事をしてしまおうかという考えを、理性を総動員して押し留めながら、表情にはおくびにも出さないという水面下の戦争状態だということを○○は知らない。
ちなみに、○○が真っ赤になった時点でもちょっとあぶなかった。
少しして○○が問いかけた。
「ところで天子さんや」
「なんだね?」
「……いつまでこうしてるつもり?」
「嫌?」
「嫌ってわけじゃないけど」
「じゃあなんなのよ」
天子からの疑問に○○はスイカに視線を移した。
「スイカ、食べたいなぁって。折角持ってきてくれたわけだし」
「あー。……うーん、もうちょっとだけこのままで」
「ん」
再び静かになる室内。
ただ前と違うのは、この暑い中抱きしめている二人組が居ることである。
天子は天人だからか特に暑そうでもないが、抱きしめられて密着度が高い○○はそれなりに暑く感じていた。
「ねぇ○○」
「なに」
「キス、していい?」
突然の天子の提案に言葉を失う○○。
しかし天子は冗談でもなく本気であった。
このまま押し倒して何かしら嫌われるよりも、理性が生きている合間にキスという行為で少しでも欲望を払おうと、そういう魂胆である。
「……いきなり突然だね」
「そういうものじゃない?」
「ムードとかあって、自然とそうなるものだと思ってた」
「現実とはえてして想像と違うものなのよ」
「そういうものかな」
「そういうものなの。ほら、顔上げて」
節目がちな○○に天子は催促はするが、○○は顔を上げようとしない。
「まだ心の準備というものが……」
「つべこべ言わない。早くしないと私が上げさせるわよ」
「それも悪くはないかな……なんて」
惚けたことを言う彼を見て、天子は本日何度目かのため息をついた。
心の中では天明の飢饉にパンケーキ女王が鈴の音と共にナポレオン状態であったが。
「……普通こういうの、逆だと思うのよね」
「現実とはえてして」
「想像と違うもの、ね。ずいぶん身近な使い回しだこと」
「でも、そういうものなんでしょ」
「まあね」
苦笑した天子は問答無用と○○の顔を上げさせ、暑い部屋の中、それ以上に熱い二人が静かに口付けを交わしたのだった。
一瞬にも永遠にも思える時の中、天子はゆっくりと唇を離した。
そのまま見詰め合う二人。
「…………」
「…………」
「…………あぅ」
たまらず目をそらす○○。
「……ねぇ○○」
「……なに」
「前言撤回するわ。たまにじゃなくて頻繁に可愛くなるわね、貴方」
「はたしてそれは喜ぶべきなのか怒るべきなのか」
「食べていい?」
キスした後に今更のように赤くなって目をそらす○○の姿に天子の理性もう決壊寸前だった。
一応相手に尋ねるのは最後の良心だろうか。
天人としては論外もいいところであるが、そこは不良といったところか。
一方の○○は少し呆けていたが。
「スイカを?」
「……ずいぶん変わった趣向ね」
○○自身はただ単にスイカを食べるという意味にとった発言であったが、思春期男子よろしく発情中であった天子は、一体どこで知ったのかまったく別の意味に捉えた。
「でもまあ、あんたにそういう望みがあるのなら叶えてやらないことも無いけど……?」
「えっと、もしかしてスイカって愛でるものなの?」
「えっ」
「えっ」
しばらくの沈黙。
天子は彼にまったくその気が無いことを知った。
それを知ると、不思議なことに今までの欲望やら欲情やらがスッと抜けていってしまった。
代わりに浮かぶのは呆れや怒り。
自然と抱きしめる力が入る。
「な・ん・で、あそこでスイカを食べることに繋がるのよ!」
「痛い痛い絞まってる絞まってる」
手加減はそれなりにしていたが、本気で痛そうだったので天子は力を緩めた。
「はぁ。……あんたとはそういう雰囲気になるのは無理ね」
「いきなり酷いこといわれたよ!?」
まったく理解していない彼を見て、こりゃ駄目だと天子はこの日で一番大きいため息をついた。
「ところで天子」
「なに?」
「えっとだね、なんだ、あれだ」
珍しく躊躇する○○に天子は不思議に思った。
もしかして自分の考えてたことに理解してくれたのだろうか、そんな期待が頭をよぎる。
「……なんていうか、その、やっぱり胸、無いんだなって」
「………………」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……」
結局、スイカは食いそびれたらしい。
新ろだ2-154
「暇ヒマひま暇暇ひま暇ひま暇ー!」
「総領娘様、どこぞの楽団のトランペットよりうるさいです」
「だな。口をスキマ送りにしたらどうだ」
天界。永遠の楽園にして、欲望を捨てる厳しい修行を積んだ者のみが至れる境地…のはずなのだが。
ここにいる 比那名居 天子はご覧のワガママさを維持したまま天界に来ている。
所謂親の七光りというやつだ。
なるほど、子供のころからこんなところにいれば、ワガママにもなろう。
そう思いつつも今日も暇ひまとギャーギャーうるさい天子を宥める作業が始まっていた。
「大体ここの連中は頭おかしいんじゃない!?なんでこんな退屈なとこで暮らしていけるわけ!?」
「いや、お前も天人だろ…」
「私はここの連中みたいに腐った脳味噌してないわよ!」
「だって親の七光りだもんな。修行してないし」
「七光りだろうとなんだろうと私はいいのよ!細かいわね○○は!衣玖、アンタもなんか言いなさいよ!」
「では、空気を読んで。…総領娘様、あんまりうるさいから○○さんに迷惑がかかってますよ?」
「え………………………ま、○○、ホント…?」
「まぁかかってないといえばウソになるな」
「………ごめんなさい…………ワガママ言って………」
「い、いや、そこまで深刻になられても困るんだが……」
「総領娘様。嘘です。正直そこまで迷惑に思ってません」
「…衣玖。表に出なさい」
「お断りします」
剣符「気炎万丈の剣」
魚符「竜魚ドリル」
「やめれぇぇぇぇぇぇぇ!せめて俺がいないところでやってぇぇぇぇぇ!」
と、このような日常だ。
衣玖さんいわく、天子は俺が来る前はもっとワガママだったらしい。
正直想像したくもない。天子も、それをいなす衣玖さんも。
俺が避難している間、衣玖さんと天子は剣とドリルを打ちつけ合いながら何か話している。
ここからじゃ話の内容までは聞き取れない。
「…しかし、ホントに総領娘様は○○さんの名前に弱いですね」
「べ、別にそんな事ないわよ!あるわけないじゃない!○○なんか…」
「○○なんか?では、総領事様が○○さんをいらないと思うなら即刻排除いたしますが」
「○○なんか…○○なんか…」
「さぁ、早くその次の言葉を。たかが人間一人です。10秒かかりません」
「うっ…ぐすっ…えぐ」
天子が座り込んで急に泣き出してしまった。衣玖さんも呆然としている。
「お、おい、天子?」
「ヒック…衣玖…お願い…もぉいじめないで…○○消しちゃやだよぉ…」
「そ、総領娘様?す、すみませんでした。まさかそんなに思っていたとは…」
「グスッ…グスッ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
とりあえず慰めねば。
泣いている天子の背中をさすってやる。
「おい、天子、どうした?大丈夫か?」
「○○…○○ぅ…えぐっ…ぐすっ…」
天子がこちらに向き直り抱きついてきた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…嫌いにならないで…」
「て、天子?嫌ってなんかないから、泣きやんでくれ、な?」
「ご…さい…」
天子は泣き疲れて寝てしまった。
一応布団を敷いて寝室に寝かせてやる。
「○○さん。総領娘様の事でお話があります」
「…なんですか?話って」
「さっきの会話で分かったと思いますが、総領娘様は○○さんに依存しています」
「依存…ですか」
「はい。もはや恋仲どころではありません。父と娘にすら見えます」
「まずい、ですよね…」
「ええ、とても。このままいけばいつか道を踏み外してしまわれるでしょう」
「道を…踏み外す…」
「現代風にいうなら「やんでれ」ですね」
「なんでそんな事知ってるんですか…」
「まぁ、総領娘様が○○さんに依存するのは理由があるのかもしれません」
「それを探って解決してこい、という空気ですよね、これ」
「そうです。私としましても友人が二人一気に他界するのは良い思いしませんからね」
「…怖い事いわないで下さいよ…」
しかし衣玖さんに言われた事、心当たりが無いわけではない。
いつもは天上天下唯我独尊を地でいく天子が、時折泣き虫の幼子のようになるのだ。
しかも、その状態になるのが日に日に延びているのだ。
確かに、これは依存だろう。
俺は天子が好きだ。あらゆる事を自分勝手に決める事の出来る自由さが好きだ。
そんな彼女が俺に依存してその魅力を失ってしまうような事があってはならない。
そう思った時、俺の足は自然と寝室に向かっていた。
「…天子?起きてるか?」
「…○○?」
「ああ、そうだ。ちょっと布団の中入るぞ」
「え?」
そう言って天子のいる布団の中に潜り込み、抱きつく。
「ち、ちょっと?○○?いきなり何を…」
「天子。話がある」
「な、何?」
「天子、俺がこの場で天子を嫌いになるって言ったら、どうする?」
「○○…私の事…やっぱり嫌いになっちゃったの…?ごめん、ごめんなさい、何でもするから…」
「天子!」
涙があふれる目を手で覆い隠そうとする天子の顔を俺の手で正面にホールドする。
天子はビクッと怯えていた。まぁ、叫んでしまったしな。
「天子、俺の事は好きか?」
「好き…だよぉ…当たり前じゃない…嫌われたくないよぉ…」
「俺も天子が好きだ。でもな、天子。俺と天子には違う部分があるんだ。分かるか?」
「………わかんない………」
「俺は天子を信じてる。天子が俺の事好きだっていうの疑わない。天子、お前はどうだ?」
「……………あ……………」
天子がハッとした表情になる。頼む、届いてくれ!
「天子も、信じてくれ。俺の事。俺が天子を好きだって事。どんなワガママ言ったって、絶対嫌いになんてならない」
「○…○…」
「俺が好きなのは、自由な天子だから。自分を縛るのは、もういいだろ?」
「えぐっ…う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おーよしよし。いい子いい子」
「ありがとぉ…○○…有難う…」
天子の頭を撫でる事十分。大分落ち着いた様で、泣き顔に笑顔が戻ってき始めていた。
「ねぇ、○○」
「なんだ?」
「キス…しましょう?」
「大歓迎だ。何回でも、どんなキスでもいいぜ?」
「じゃあ、……とびっきり深くて、溶けちゃいそうな奴を、朝になるまで。ずっと。ずーっと。」
「ああ、いいとも。何億回だってしてやるぜ」
「これからは、我慢した分ずっとワガママ言っちゃうんだからね!覚悟してなさいよ!」
「期待させてもらうぜ」
それから、本当に朝日が昇るまでキスをした。
終わった後、二人で寄り添って寝ていたらニヤニヤした衣玖さんに
「昨夜はお楽しみでしたね」
なんて言われて飛び起きたのを覚えている。
そして、今日も天子のワガママに付き合うことになる。
「○○!下界の甘味を制覇しに行くわよ!」
「分かった分かった。…財布の中身大丈夫かなぁ」
「そんな事は無くなってから考えればいいのよ!さ、早く二人で美味しい甘味食べましょ?」
そう言って上目づかいで腕を絡めてくる天子。その顔にはにかんだ笑顔が浮かんでいた。それは反則だろ…
「…そうだな。よし!行くか!衣玖さん、行ってきます」
「衣玖ー!おみやげは期待してていいわよー!」
「俺の財布がぁ!?」
「気にしない気にしない!さ、行きましょ!」
下界に向けて歩いて行く二人。
お天道様に照らされたその後ろ姿は、これからの二人の未来を暗示しているようで。
「どこかで聞きましたね。恋愛は二人でバカになる事。言い換えれば、お互いをどこまでも信用すること。
ーーーーーーーそれが、恋人の条件だと。
全く…お似合いですね、あの二人は。まぁ、精々おみやげに期待しておきましょう」
そう言って振り返る衣玖の姿は、どこか嬉しそうだった。
最終更新:2010年10月23日 23:18