天子5
新ろだ2-155(新ろだ2-154続き)
幻想郷。現世で忘れられた様々なモノが流れ着く場所。
「ねぇ○○!ほら、あっちにおいしそうな大福があるわよ!」
「どれどれ…赤○って…天子、止めとけ。腹壊すぞ。それよりあっちの粘っこいやつはどうだ?」
「あのねる○るねるねってやつ?割と美味しそうかも!」
勿論、入ってくるのは物だけではない。植物、動物、ごく稀に人間なんかも入ってくる。
「あーっ!1番と2番の袋間違えた!」
「天子…そこまで⑨が進行していたとは…」
「うるさい!○○のと交換しなさい!この私のが貰えるんだからとっても光栄な事よ!」
「へいへい………うわっ…順番間違えただけでこんなにマズいのか、これ」
「~~♪」
(幸せそうな顔しやがって…可愛いな畜生!)
幻想郷に流れ着いた人間の運命は様々だ。酷いものは来て早々妖怪に食われて絶命する。
「何これ…?納豆ゼリー?……○○、食べ」
「やだ」
「たくない?…って、却下が早すぎるでしょう」
「天子が食べればいいじゃん」
「お断りよ!こんなゲテモノ」
「ゲテモノって分かってんじゃねーか!」
「でも気になるじゃない!」
「知るかー!」
まともな人生を歩めるのは全体の1割にも満たないかもしれない。
そんな1割の中で彼、○○は生を謳歌していた。
「衣玖ー!ただいまー!おみやげ持って来たわよー!」
「あら、これは総領娘様。一体何を持って来てくれたのですか?」
「はい、これ!」
「………納豆ゼリー、沢庵飴、ナマコジュース………すみません、これは一体?」
「天子が選んだ衣玖さんへのおみやげだそうです………ごめんなさい」
「ね、ね、衣玖!早く食べてみてよ!」
(総領娘様が目をキラキラさせて待機していらっしゃる!こ、これは最低どれか一つ食べなければいけない空気!しかし一体どれを……
納豆ゼリー…そもそも発酵させたものをゼリーにする神経が信じられない
沢庵飴…一番マシに見えるが大根の飴ってどうなの?ばかなの?死ぬの?
ナマコジュース…せめてリュウグウノツカイなら「共食い!」とか言ってネタにできたものを…)
「で、ではこの沢庵飴を一つ………………………ゲホッ!カハッ!グゥ!」
予想していた以上の衝撃に、衣玖は思わず飴を吐き捨ててむせていた。
「あー、やっぱり不味いのかぁ。よかった、食べなくて。あはは」
瞬間、衣玖を見ていた○○の目に映ったものは幻想郷の最高神、龍神のオーラであった。
「…天子。今すぐ逃げる事をお勧めする」
「え?」
「…総領娘様?」
「あ、あはは、どうしたの?衣玖?目が笑ってない、わよ?」
龍符「光龍の吐息」
光珠「龍の光る眼」
魚符「龍魚ドリル」
「ちょっと待って下さい衣玖さんその位置は俺まで巻き込まれr」
5分後、黒こげの体が二つ地面に突っ伏していた。
「あいたたたたた…衣玖、怒って帰っちゃった」
「…後でちゃんとした菓子折り持って謝りに行こう。さもなきゃ今度はアレがルナティックになるぞ」
「…うん」
「今からどうする?」
「とりあえずちゃんとしたお菓子探しに行きましょう!」
「そうだな。よし、もっかい下界へゴーだ!」
「おー!」
~青年&少女移動中~
「んじゃ、二手に分かれるぞ。俺が西通りで、天子が東通りだ。分かったか?」
「おっけー。…んー。よし、○○!勝負しましょう。どっちがより衣玖が喜ぶ菓子を持っていけるか」
「…上等だ。で、罰ゲームは?」
「そりゃ勿論定番の」
「「敗者は勝者の言う事を何でも一つ聞く!」」
「ふっふっふ。負けないわよ?後で吠え面かくがいいわ!」
「そっちこそ、首洗って待ってろよ!」
~少女探索中~
「あ、あったあった。」
天子はそういってパチパチ飴(箱入り)を手に取った。
「前冗談であげたらもの凄い喜んでたものねぇ。ふふふ、勝ちはもらったわ!」
その時の衣玖曰く「口の中がフィーバーしてます!」だ、そうだ。
天子はパチパチ飴を買い、勝ち誇った顔で待ち合わせ場所に向かった。
~青年探索中~
「衣玖さんって、何が好きなんだろう…」
意気揚々と飛び出してきたが、持っている情報量の差がありすぎて試合開始前から圧倒的不利だ。
なんで今まで気がつかなかったんだろう、と後悔していると見知った姿が見えた。
「風見さん!メディスン!」
「「○○?」」
風見幽香と、
メディスン・メランコリー。花が大好きなかよしコンビのはずなのだが、様子が変だ。
「二人とも久しぶりで」
「ごめん○○、少し黙ってて。」
「…メディスン?」
「で?言いたい事はそれだけかしら?毒人形」
「そっちこそ臨終の言葉はよかったのかしら?」
もしかしてこの二人、今絶賛喧嘩中?
二人の間に険悪という言葉では言い表せないほどの嫌気が満ちている。
そしてどちらからともなく弾幕ごっこを……って!
「死ね!幽香!」
「お灸をすえる必要がありそうね…!」
何も考えていなかった。
頭の中には今自分がいる場所とメディスンの弾幕の性質が何回も何回も反芻して
気がついたらメディスンの前に立ちはだかり、弾幕を全て体で受け止めていた。
「○…○…なんで…」
「お前の…弾幕は…毒だろうが……こんな……人…通り…の多い…場…所…で」
それっきりぷっつりと意識の糸は切れた。
…………………………………………………………………………………………
「○○、遅いわね…ちょっと見に行って見ましょう」
待ち合わせ時間から十分。ついに天子が重い腰を上げた。
東通りに行ってみると、なにやら人だかりが出来ていた。
「一体何なのかしら?」
覗き込むと、
永遠亭のウサギが治療者を搬送していた。
瞬間、天子の脳裏に嫌な予感がした。
いや、まさか、そんな事あるわけない。
そうかぶりを振っていると、日傘を持った緑髪の妖怪が近づいてきた。
「私の名前は、風見幽香よ。あなたが○○と恋仲だっていう天人ね……」
「そ、そうだけど、何?どうしたの?」
「話せば長くなるわ…まずは一緒に来て」
この時点で、天子は無意識中で○○の身に何か起こった事を理解した。
ただ、それをどうしても認めたく無かった。
…………………………………………………………………………………………
風見幽香に連れてこさせられたのは、永遠亭だった。
そこで自分の彼氏のいる部屋を見た時、天子は永遠亭を破壊しようとした。
風見幽香がいたから、未遂で終わったようなものだ。
「患者 104 ○○ 弾幕による全身裂傷。また、鈴蘭の毒による精神疾患の疑いあり」
そう書かれたカルテが、入口のドアに貼ってあった。
「どういう事よ!何で!何で○○が入院してて!一歩も動けないような重傷なのよ!」
「……メディスン、という毒を操る人形と私が東通りで喧嘩してね。弾幕勝負になる直前に○○が飛び込んだのよ」
「他人事みたいに…!」
「…メディスンは○○を傷つけてしまった強いストレスで心神喪失状態なのよ」
「心神喪失で済むと思ってるの!?どこよそのメディスンとかいうのは!殺してやる!」
「…メディスンの分は私が受けるわ。殺してくれても構わない。でも、今メディスンを殺すのだけは…」
「そういう偽善が一番むかつくのよ!犠牲になってアタシかっこいい!?ふざけないでよ!」
「違うわ。メディスンに謝らせる機会を与えてやってほしいだけ。許すかどうかは別問題よ」
「………っ!」
「私を殺しにくるならいつでもいいわ。私は絶対に抵抗しないから」
そういって風見幽香は去って行った。
結局、天子は部屋の前で日が暮れるまで立ち往生するしかなかった。
「あなたが、彼の彼女ね?」
「…アンタは?」
「八意永琳。医者よ。早速だけど症状の説明を…」
「○○は助かるの!?ねぇ!ねぇ!」
「…結論から言えば、肉体的には完全に助かっているわ」
「どういう…事…?」
「扉の前のカルテにあったでしょう。鈴蘭の毒による精神疾患の疑いあり、って」
「そんな…!じゃあ…」
「…ええ。精神に異常が残っている可能性が高いわ。」
「それって…どんな……?」
「……………周りの全てが自分を攻撃しているような錯覚に陥るわ」
「………!」
「多分、今の彼にとってこの場所は地獄より苦しいでしょう」
「何とかならないの!?ねぇ!医者なんでしょ!?なんか言いなさいよ!」
永琳はそれっきり顔をあげないで、目を閉じた。そして
「彼に…会う?」
天子とってに最も残酷な二択を突きつけた。
………………………………………………………………………………………
「○……○……」
そこにいるのは確かに天子の彼氏だった。
ボロボロの体で何も無い場所に椅子を振り回しているのを除けば。
天子はすぐに病室から出た。一秒だってこんな所に居たくなかった。
去り際に永琳が何か言っていた気がするが、よく覚えていない。
もうわからない。こっちまで気が狂いそうだった。
天子は家に帰った。いつの間にか衣玖が深刻な表情で居間にいたが、気にならなかった。
顔を布団にうずめ、一晩中泣いていた。
………………………………………………………………………………………
「…総領娘様。起きて下さい」
衣玖の声が聞こえる。分かんない。
「総領娘様。早く起きて○○さんの所に行って下さい」
「………」
衣玖は何を言ってるんだろう。なんにも分かんない。分かりたくない。
「総領娘様」
「総領娘様…」
「天子!」
体中に電流が流れた気がした。思わず跳ね起きた。
「あなたはもう、○○さんの言っていた事を忘れたんですか!」
衣玖の目から水が出ていた。
「何があっても信じるんじゃなかったんですか!」
私の目からも水が出ていた。
「○○さんは今一人で戦ってるんです!」
衣玖が叫んでいる。目から水を流しながら。
「あなたが助けてあげなくてどうするんですか!」
目から出た水が涙だと、理解した。
「早く行きなさい!」
言葉にならなかった。
それでもなんとか声を出す。
「衣玖…」
「はい」
「テーブルのパチパチ飴…お詫びの品よ…食べていいわ…」
「もう頂きました」
「あはは…じゃあ、行ってくるね」
「はい。また夕飯時に」
しゃくりあげながら永遠亭に行った。
永琳に止められたが、歩みを止める気は無かった。
○○を助けられるのは、私なんだから。
………………………………………………………………………………………
私はは、104号室になんの躊躇いもなく入った。
○○に近づくと、○○はひどく怯えた顔をしながら私の頭に椅子をぶつけてきた。痛かった。
でも、○○の方がもっと痛そうだったから。私は、○○に抱きついた。
それでも○○は椅子を振りおろしてくる。でも、気にはならなかった。
「ねぇ、○○」
ゴスッ!ゴスッ!
両腕に青あざが浮かんできた。
「覚えてる?私が○○に助けてもらった日」
ガスッ!ガスッ!
両足も内出血しているみたいだった。でも、それでも。
「○○、こうして私を抱いてくれたよね」
ガスッ!ゴスッ!
遂に頭から血が流れ始めた。少し意識が霞む。間に合うかな…
「だから、今度は…私が助ける番」
○○は声になっていない叫びをあげる。
殴って、蹴って、噛みついて
何度も私を遠ざけようとする。
でも、私は離れてあげない。だって、ワガママ天人だから。
「○○。衣玖にあれあげたのよ。パチパチ飴。衣玖あれが大好物なんだから」
○○の動きが徐々に鈍くなり、遂に止まる。
「○○は何もあげなかったでしょ。だから、あの勝負は私の勝ち。後は、罰ゲームよ。」
敗者は勝者の言う事を何でも一つ聞く。それが、罰ゲームの内容だった。だから。
「命令するわ。私を抱きしめて。あの日みたいなキスをして。」
「………………………………………………どっちか、一つに、しろよ」
○○は私の大好きな○○に戻っていた。
優しく、でも絶対に離さないように。○○は抱いてくれた。
ああ、○○だ。私が世界一好きな○○が、戻って来た。
信じてくれた。私を、最後の最後まで。
私からも、○○からも、とめどなく涙があふれていた。
「何、言ってるのよ…二つで、一つよ…」
「…天子」
「うん」
「ごめん…天子…ごめんな…!俺、天子に一杯殴ったり…」
「いいよ、○○。だって、私の信じてた通りになったんだもん」
「え…?」
「抱きしめてくれるし、キスもしてくれるじゃない」
「当たり前だ、俺はお前の彼氏だぞ、このワガママ天人め」
二回目のキスは、鉄の味がした。
………………………………………………………………………………………
「痛い!痛いよ天子!傷薬痛い!」
「うーごーかーなーいーの。全身切り傷なんだから仕方ないでしょう。退院させてもらっただけでも儲けものよ」
「あがががががががが!○○痛い!めっちゃ痛い!」
「はいはい動かない。じっとしてろ!」
結局二人とも出血多量で失神した後処置してもらい、永琳に無理を言って退院させてもらっていた。
いまは自宅療養中である。
しかし傷薬の塗りあいっことは…………どこまでバカップルなのか。
風見幽香はこの様子を見て呆れかえったのか、家にお見舞いの花だけ置いて帰ってしまった。
メディスンは症状が治まってから後日謝りにきたが、あの二人はおかげで愛が深まった、等と言い、逆に歓迎していた。
メディスンも今回のことで反省し、街中での弾幕の乱発を止めるようになっただろう。
実は私はまだ○○さんにお詫びの品を貰っていない。
しかしそんな些細な事は広い空に浮かぶ小さな雲のようなものだろう。
今日も天界の空は快晴だ。
おお!口の中でフィーバーする!これは止められませんね…
新ろだ2-258
この地はとても暑い。考えなくてもそれはそうだ。
ここは地上の幻想郷とは違って日光を遮る雲なんて下の下の下、下下下の下。雨の日も関係なく、燦々と照らす日光が恨めしいくらいの様子に、しばらく前から事情があってここに住む事になった彼は既にダウンしていた。
「……暑い、死ねる」
ここは天界。それも最上と呼ばれる有頂天。非想非非想。要するに外の世界で言えば真夏の富士山の山頂に住んでいるかのようだ。
よくこんな所に住んでいて彼女の肌はウルトラバイオレットとは無縁なのだろうと頭を抱えるが、今の彼にはそんな些細な事を考える放熱機能が存在しなかった。
本来ここに住まう天人ならばそんな事は気にしないだろう。何せ天女の羽衣、天衣無縫と言うように、地上では考えられない技術を使って作られている衣服を纏う天人には季節など然程問題ではない。
しかし彼は人間だ。理由はどうあれこの天界に住んでいようとそれは変わらず、彼は生と死の狭間を右往左往してその姿は正に『テンション上がってきた』と言った某メジャーリーガーの様だった。
今にも目の前に池とか湖があったら「ヒャッハー! 汚物(汗)は消毒(流さないと)だー!」と叫びながら全裸になって飛び込んでいただろう。正直気色悪いが。誰が好きこのんで男の全裸など見なければならない。
「あ゛ー……」
地下の妖怪ツアーコンダクターが連れてそうな半分だけ生きている死体の物真似をしても状況が変わる訳じゃない。むしろ無駄な事をしているだけで汗がドッと放出され、思考回路とSAN値をガリガリと削っていた。
水なんてもう飲み干した。要するに死へのカウントダウンが近づいている。成仏した後の世界で死ぬとはこれまたおかしい事だと思いながら、彼の意識はズブズブと沈んでいく。
沈むのであれば出来ればここに良く来る竜宮の使いのような豊満なバディに沈みたいと心の底から望んでいたが。
「へーるぷ、まいすてでぃ……」
彼が最期に呟いたのは愛する者の名前だった。
「いや勝手に殺すなよ」
可愛い女の子とイチャイチャ出来るリア充なんぞ爆破すればいいと時折真剣に思う。一番真っ当なのが小型爆弾を体内に仕込み、起爆装置を作動させる事か。
いや、いっその事軽く拉致してガイ○ックの如く人間爆弾に改造してあげるのが一番溜飲を下げやすいだろう。
そんな物騒な事を思われているとはいざ知らず、彼は本当に意識を沈めてしまった。
その時彼は夢を見ていた。何とも奇妙な夢だが、概要はこうだった。
視界に広がる断崖絶壁を彼はただ登っていた。しかも酷い事に命綱は無い。更に足元を見ると地面らしいものなんて見えやしない。
それだけで彼の第三の足、別名制御棒、別名不思議な根、別名ミシャグジ様、別名マーラ様がキュッと縮むような感覚に襲われ、とうとう力尽きて崖から手を離してしまった。
ああ、死んだな俺と何十秒にも渡る走馬灯を見ていると、突然の出来事が。
なんと地面に激突するかと思っていたら、地面一体に広がるとても柔らかい“ましゅまろ”によって助かったのだ。
彼はそのマシュランボ……“ましゅまろ”に感謝し、存分にその感触を味わっていた。
『ち、ちょっと……!?』
ましゅまろが何か発したような気がするが気にせず極上の弾力を頬で、指で、舌で感じとる。
『んんっ、んっ……!』
何故かましゅまろが艶っぽい音を出しているが夢なので仕方ない。気にかかる事は突然空から“落石注意”と書かれた看板が降ってきた事くらいか。
後はもう絶影鐙を手に入れた馬超か赤兎馬に乗った呂布の如く無双状態となって欲望のままに夢を堪能した。或いは戦国ロボ忠勝を手に入れた若き日の家康か。
『はぁっ……あっ……やっ、止め……んぅ!?』
一般的に夢を見ている状態とは心身喪失状態とされる。この状態で罪を犯したとしても、法律上無罪とされる。これは楽園の裁判官でも白の判決を下してくれるだろう。あの裁判官は法律に則った判決をしないが。
問題は本当にその状態なのか、という証明だ。一歩間違えると悪魔の証明になりかねないのだが、ここでは本当に彼は夢を見ている事だった。夢を見ていると自覚しながら罪を犯したとしたらそれは法律上罪になるのだろうか?
CAST IN THE NAME OF GOD. YE NOT GUILTY.要するにそういう事だ。
『ひぁっ! そ、それ以上は……ぁぁっ……!』
突然食欲に襲われた彼は目の前にある極上のましゅまろを見て食べたくないと思うだろうか? いいや有り得ない。
軽くましゅまろを唇で甘く噛むと、勢いのままに吸い付く。時折ましゅまろから艶めいた悲鳴に似た何かが聞こえるが、夢なのだから気のせいにした。
甘く口当たりの良い極上のピーチ味のましゅまろ。それは決して外の世界でも味わえない、ある意味彼にのみ食す事を許されたレア中のレア食材。
何度か全身を使って味わった事があるが、何度でも食べたいと心底思う中毒性ながら副作用は殆ど存在しない、言わば合法の麻薬のような、そんな気分だった。
『……この』
突然地震がする。なんとましゅまろ世界が大きく揺れ始め、あちこちに地割れが起きていたのだ。
――まさか。そう思うよりも先に彼が頭上を見上げるとそこにあったのは。
落石注意の看板の通りだったのだ。
「いい加減にしなさい!」
「ぐへぁ!」
その声が完全に聞き終えるよりも先に、彼の頭に鈍い痛みがやって来た。突然襲撃してきた後頭部の鈍い痛みに、さすがの彼も夢から解放され、現実世界に強制送還された。
「何すんだ天子!?」
「それはこっちの台詞でしょ!」
血液的な意味で顔を真っ赤に染めた彼の前にいるのは、羞恥と興奮的な意味で顔を真っ赤に染めた彼の恋人であり、彼がここにいる所以でもある比那名居天子がそこにいた。
改めて彼は状況を確認すると、彼女はいつもの服装だが夏の暑さのファッションの一つなのだろう、いつもよりもスカートを短くし、思わず被りつきたくなる白く丸い膝頭が顔を覗き、瑞々しい太股が少しだけかいま見えた。
問題は顔を真っ赤にしながらスカートの裾を掴み、必死にその見る者というか彼を魅了する太股を隠そうとしている事くらいだ。
丈が足りずにもじもじしている様は実に愛らしい。先ほどと同じようにむしゃぶりつきたくなる。
「痛い」
「自業自得でしょ、全く」
そっぽを向いているけど紅潮した頬は隠せてない。その姿を見て更に彼の欲望を誘う。
これは今日の夜が楽しみだと思うが、辛抱溜まらなくなって野外でも別に何の問題もなかった。問題はお外で致そうと思ったら緋想の剣でぶった切られた事だ。
「あと、ごちそうさまでした」
「解っててやってたの!?」
「いやいや、俺は寝ていただけだ。どうしようもないくらい美味しそうなものがあったから食べていた夢を見ただけだ」
「……本当は?」
「断崖絶壁の時点で状況は把握してたから明晰夢だがはぁっ!!」
要するに彼の夢は現実とリンクしていたのだ。
天子の視点からすればこんな感じだった。
茹だるような暑さにダウンした彼氏が木陰で寝ていたので、ちょっと恥ずかしいけど周りに誰もいなかったから、嬉し恥ずかしドキドキの膝枕をしてあげたのだ。
その時彼が「絶壁が……絶壁が……!」と魘されていたので、天子は思わず地上に突き落とそうか考えていたそうだ。
膝枕をされると一般的に分かるのだが、される側は仰向けになると必然的にする側の人間の胸元を仰ぐ形になる。
だから彼は断崖絶壁の夢を見たのだ。
一万日と二千日経っても大きくならない。八千日過ぎた頃からもう諦めるしかなかった。一億と二千秒経っても膨らむ事も無い。鬼が来たその日から有頂天に宴会は絶えない。
そして絶壁の下には魅惑のましゅまろ。これは彼の後頭部にあった天子の太股を暗示していた。
彼は夢を見ていて、なおかつ自分が現実ではどの様な状況なのか把握した上で夢を自在に操ったのだ。
明晰夢自体はそこまで難しいものではない。夢である事を理解しながら夢を見続けるだけでいいので、特別な素質など必要ない。
そして彼はましゅまろを存分に味わったのだ。
頬で、指で、舌で、唇で。ありとあらゆる手段を使ってましゅまろという名の魅惑の太股を。
「ふぅん、解っててやったんだ? しかも絶壁って理解して? うん解った。あなたがとっても死にたがりだって事が」
「オレのそばに近寄るなああ───────────ッ」
ただ延々と要石で殴られ続ける。終わりがないのが終わり。それがスカーレット・ラプソディ・レクイエム。
ラプソディだかレクイエムだかどっちか解らんな。
「はーい地上のみんな、元気?」
「ん?」
「とってもキュートで愛らしいみんなのアイドル天子ちゃんの天気予報の時間がはっじまるよー」
「みんなのじゃなくて俺だけのアイドルであって欲しい」
何格好良さげな臭い台詞吐いてるのコイツ? 正直失笑しか出ないんですけど。
「最近は地上で衣玖もやっているってあの天狗の新聞に載っていたけど、やっぱりここは本家本元、私の出番ね」
「おい何を言って……」
突然の天子の一人寸劇に珍しく状況が掴めない彼が止めようとした最中、天気予報がされた。
「本日の幻想郷の天気は、ちょっぴりエッチな人間が出す血の雨ときどき細かい要石の破片でしょう」
「なにそれこわい」
何が言いたいのか速攻で理解した彼だったが、伊達に天子は何百年も天人をやってない。
言い終わると同時に跳躍、そこから一気に彼に近づくと、躊躇なく【天気予報】が執行されたのだった。即ち遠A。
「かぁなぁめ石だッ!」
あれ、この番組ってやらせ番組じゃねと思ったが、彼氏は即座に意識だけが失われていた。
「とまぁ、そんな事があって死にかけたが」
紆余曲折の末に、改めて天子の膝枕を堪能する。
「というか、私がこんな事するなんて滅多にしないんだから、あ、ありがたいと思いなさいよ!」
「解ってる。天子の膝が俺専用の場所だってな」
「うぅっ……あぅぅ……」
こっ恥ずかしい事を平然と言いのける彼にボッと顔を沸騰させ、天子はわたわたと膝の上の彼を落とさないようにしながら器用に慌てふためく。
「そ、そういえばっ!」
「んっ?」
「ど、どうしてくれるのよ! あなたが、その、吸っちゃうから、もうちょっと長いスカート履かなくちゃ、バレちゃう……」
膝枕をしながらも天子は裾を気にしていた。どうやら先程寝ながらやったイタズラによって、天子の太股にキスマークが残された。
それも器用にスカートの端から見えるか見えないかの瀬戸際。パッと見わからないかも知れないが、よく見ると虫刺されのようになった何かの痕が残されている。
恋愛事に敏感な幻想郷の少女達の中には、その痕を見てそれがキスマークであると認識するのは少なくないだろう。
今は誰もいないが、今の格好では誰かに見つかる可能性が無いとは言いきれないので、天子の恥ずかしさは既に天元突破していた。
俺のドリルが(そこまでよ!)。
「いいんじゃないか?」
「どうして? すっごく、恥ずかしいのよ……」
あっけらかんと言い放つ彼に天子は弱々しく抗議する。後になって今ここで抗議しなかった方が良かったと思ったのだが。
彼が突然上半身を起き上がらせ、天子の耳元に口を寄せると、こう呟いたのだ。
「だって他の奴に天子は俺のって教えたいじゃないか」
「うぅぅ~……」
可愛いと思いつつも、年甲斐もなくとかそういった実年齢について触れてはならないのが幻想郷に住まう紳士達の暗黙のルール。
「それにどうせ服で隠れてる所に一杯」
「わー! わー! 言わないで!」
顔を真っ赤にした初心な天子が強引に彼の言葉を遮る。昨日の夜も先程と同じように天子の肢体の有りとあらゆる所に刻印を施したのだから、今更凄まじい分母の数に対して分子が一つ増加しても殆ど変わらない。
そんなころころと表情が変わる彼女の、空を思わせる青の髪と対になるような真っ赤な顔に、更に赤くさせたくなる欲求に駆られる。
不意に天子の絹糸のような髪に指を絡ませ、彼女のルビーを思わせる瞳の大半を彼で映す。
「な、なに……?」
時間が経つにつれ、彼女の瞳が徐々に期待に満ちて潤う。
「天子ってやっぱり可愛いよな」
「えっ? ぅええっと、とと当然じゃない!」
「食べたくなるくらい」
「へっ? んむぅ……!」
見つめられるのに耐えられなくなって視線を逸らした天子の隙を突き、彼が半ば強引に唇を奪う。
初めは突然の事態に目を見開くが、即座に理解すると同時に天子の思考回路はオーバーヒートを起こし、やがて考える事を放棄した。
ただし、呼吸が苦しくなったのか彼の胸を叩いて次を促す。彼女のこの動作に抵抗の意思はもう無く、むしろこの口付けに情欲が駆られてしまっていたのだ。
呻くように天子の瑞々しく柔らかい唇が僅かに開かれたのを把握し、彼の舌技が彼女の理性を果物の皮を扱うように丁寧に剥く。
「んんっ、はぁっ……あっ……」
周囲に誰もいない事をいい事に、文字通り天下の往来で二人の周囲にピチャピチャと淫猥な水音が響く。その音で更に天子の瞳が濡れる。
髪を撫でていた筈の彼の手はいつしか彼女の背に回り、離さないと言わんばかりに強く抱き締める。欲望を表すように彼の舌が口内を駆け巡った。
絡められる互いの舌。初めは彼が導くように、舌から歯茎を丁寧になぞり、唾液を交換する。しかしそれもやがて動きを止め、天子に何かを促すように自分から何かをするという事はしない。
やがて意を汲んだのか、天子の方から積極的に絡めるようになる。さすがに何回もしていると何を欲しているのか、言わずと知れていたようだ。
「んくっ、んっ……あっ、ふぅ……」
初めは突然のキスに天子の手も彼の胸元に添えられていたが、高まる欲望に彼の首を回すようにして彼女から強く抱き締めてくる。
さすが不良天人と言われるだけあって、欲を捨てて天人になるのに彼女の欲が収まる事は無い。むしろだんだん自分でも制する事が出来なくなっているのか、天子の肢体は時折不自然に身動ぎしていた。
当然それを見逃す彼ではない。いつまでも続けていたかったキスをゆっくり止めると、二人の舌に銀色の飴細工のようなアーチがかかる。
いつまでも繋げていたかったが、名残惜しむように途切れるそれを見る天子の呼吸は肩で息をするほど荒かった。
「はぁっ……はぁっ……」
「なぁ、天子」
逆に恐ろしいほど落ち着いた彼の様子を伺うほど、今の天子の心と体に余裕は無い。
「何をして欲しい?」
虚げな天子と視線を交錯させると、彼はハッキリと言い放つ。少しだけ唇の端が上を向いたのは、天子には視界では見えてながら何も見えなかった。
目は口ほどにものを言う。何かを期待するように蕩けた瞳は何を欲しているのかは、当然のように彼は理解している。
しかし理解しながら彼は聞く。
「う~……」
先程のキスマークを隠すのとは違う理由で太股を擦り合わせながら裾で必死に隠そうとする姿に、音もなく生唾を飲む。
「わ、わかってるんでしょ……?」
「言わなくちゃわからないなぁ」
「うう~……」
口に出す恥ずかしさが勝つか、それとも欲望が勝つか。そんなもの経験上賭けるまでもないギャンブル。あまりにも一方的な結果となる事に知る前に笑みが溢れる。
そしてとうとう天子が折れた。今までにも何度も同じ事をしているが、全てが全てこの結果だ。
「……め、命令、よ」
「ん」
「……今、とっても暑いから、その、私をお風呂に、連れてっ、来なさい……」
「ッ!? ……ああ、解ったよ」
内容の方向性は解っていたが、まさかのお風呂への要望に虚を突かれた彼は目を見開く。しかし、これからかするであろう愉悦に笑みを溢すと、すぐに彼女をお姫様抱っこにしながら、二人だけで住んでいる屋敷へと向かったのだった。
そして唐突だが舞台は紅魔館に移る。そこにいた二人の少女が突然――。
「「そこまでよ!」」
と叫んだのだ。
「あら、奇遇ね、動かない図書館さん」
「そちらこそ。えっと……」
「私は花果子念報新聞記者……姫海棠はたて!」
まるでどこぞの調整された傭兵の如くクルクルシュピンと回転しながら自己紹介をする姿に、パチュリーは「また変わった記者が増えたのね」と呟いていたのだった。
Megalith 2011/07/30
うだるような暑さの中で俺は己の欲望を何の躊躇いもなく口にした。
「あー、てんこの髪をクンカクンカしたいなぁ」
「……ぬええっ!?」
本人がいた。
◆
「おお、来てたのか、てんこ。どうした、平安のエイリアンみたいな声を出して」
「私はてんこでもエイリアンでもなく比那名居天子よ!」
いつでも遊びに来いという社交辞令をいい事に、こちらの事情などお構いなしに遊びに来る天子が、今日も勝手に我が家に上がりこんでいた。
夏バテしてしまいそうな暑い日が続く中でも、どうやらツッコミの勢いは衰えていないようだ。
「それよりもあんた、何を口走ってるのよ!」
何事もなかったかの様に話が進む可能性を信じていたかったが、どうもそういう訳にはいかないらしい。
仕方がないのでここは本人のご要望通りに復唱することにしよう。
「俺は髪をクンカクンカしたいって言っただけだぞ?」
「私にそんな事をしたいだなんて変態よ!」
怒ってるせいなんだか、それとも暑さのせいだかなんだか、天子は顔を真っ赤にしてこちらを罵ってくる。
そういえば前に自慢しに持って来ていた緋想の剣とやらも、こいつに似合う綺麗な赤色だったな、なんて事を思い出す。
「全く、何を考えてるんだか…………あ、暑くて汗だってかいてるし、それならせめてお風呂に……」
先程までのキレの良さはどこへ行ったのかと問いたくなるような素振りを見せ、天子はごにょごにょと何かを呟いている。
やはり、天子には顔を赤くして恥ずかしがってる姿がとても似合っていると改めて思う。
だからこそ、俺はいつもからかうことを止められないのだろう。
「何でお前がそんなに慌ててるんだ」
「何でって、だってあんた私の髪を……その、クンカクンカしたいって!」
まさか自らクンカクンカと言うとは思わなかった。
意外と天人っぽく落ち着いた様子を見せる時もあるが、地の性格がこうであるからして、興奮するとついつい勢いであれこれとやらかすところが出てしまったか。
そして、思った通り気付いていないらしい。
「お前はてんこじゃなくて、天子だろうが」
「…………え?」
自分で『てんこ』ではないと言ったのだから、俺が『てんこ』の話をしていたところで『天子』には関係ないと、つまりはそういうことなのだが。
「違うのか」
「違わないけど……違わないわよっ!」
屁理屈のようなものなのに、一度自分で言った事を曲げるのが嫌なのか、一瞬反論しかけたものの納得してしまったようだ。
もちろん俺の目に映る天子は微塵も納得してるようには見えないが。
「不満そうだな」
「べ、別に私には関係ないことなんでしょ!」
どうしてこいつはこうも意地っ張りなのだろう、などという疑問を初めて抱いたのはいつだったか。
そっぽを向いて拗ねる姿は、そんないつかの天子を見ているかのようだ。
けれども、俺の抱く感情はあの頃と大きく違っていて。
――――ああ、愛おしいな。
「うひゃっ!」
こちらを見ていなかったのをいい事に抱き寄せると、天子は体をビクッとさせながら驚きの声をあげた。
俺みたいな普通の人間とは比べ物にならないほど強く、長い時間を生きている筈なのに、こうしているとただの女の子のようだ。
「……い、いきなり何するのよ」
借りてきた猫かと言わんばかりに、急におとなしくなった隙をついて髪を撫でる。
穏やか川のせせらぎを思わせるように、指の上をさらさらと流れていく青い髪は触れていて、とても心地良い。
そして、その感触を十分に楽しんだ後、本来の目的を果たす為に髪を手繰り寄せた。
「あー、天子の髪はいい匂いだな」
「そ、そう。まあ、この私の髪なんだから当然よね。ちゃんと時間を掛けて手入れだってしてるんだから…………あ、あなたの為に」
消え入りそうなか細い声は、これほど近くにいて、ようやく聴こえる程の小さなもので。
だからこそ他の誰でもない、俺にだけ向けられた言葉なのだという事を強く感じさせる。
そんな天子の気持ちを大事にしたくて、意地を張って誤魔化したりされないように優しく抱きしめ、そして心を込めて髪を撫でていく。
人に甘えることが苦手な彼女にも、安心して寄りかかって貰えるようにと。
「……ねえ、黙ってないで何か言いなさいよ」
「愛してるぞ、天子」
「……わ、わた…………分かってるわよ、そんなこと」
「そうか」
「うん、ちゃんと、分かって……るんだから」
俺を抱き返す天子の腕にそっと力が込められるのが分かる。
密着していて既に距離などなかった筈なのに、更に天子に近づいたように感じるのは、きっと心が触れ合っているからなのだろう。
それが堪らなく嬉しくて、だからこそ、それ以上を求めたくなってしまう。
「……なあ、天子」
「なに?」
先程までとは違う熱さの中で、俺は改めて己の欲望を何の躊躇いもなく口にした。
「ちゅっちゅしたい」
「……は?」
「天子とちゅっちゅしたい」
「……………………なああっ!?」
慌てて俺から体を離した天子は、一体何を言ってるんだとばかりにこちらの様子を伺ってくる。
ここまでしておいて今更な感もあるが、流石に調子に乗り過ぎただろうか。
けれど、こちらを罵倒する様子は一向に見られない。
期待してもいいのだろうか。
俺が天子を求める気持ちと同じぐらい、天子もまた俺を求めてくれる事を。
「悪かった、天子が嫌なら止める」
「えっ?」
好かれている自信がない訳ではないし、求めれば答えてくれる程には愛されていると思う。
ただ、俺がどれだけ彼女に求められているか、ということに関しては正直に言って不安があった。
だからこそ、試してみたかったのだ。
天子も俺と同じ感情を抱いていてくれているのかを。
俺の言葉の意図を探るように向けられる天子の視線が、俺の視線と絡み合う。
普段からしっかりした人間であるつもりはないが、今の自分はきっといつも以上に情けない顔をしているだろう。
それに呆れたのか、一言だけ『仕方ないわね』と口にすると、真っ直ぐとこちらに向き直り、そして話し始める。
「……一度しか言わないからよく聴きなさいよ」
言われずとも、もはや外の喧騒など聴こえておらず、今の自分には天子の声しか聴こえていなかった。
それでも、わざわざそう口にするのだからと、天子を見つめ直し、意識を集中させる。
すると、途端に天子の顔が迫ってきて、そして。
「わ、私だってあなたのことが、好きなんだから…………だからっ!」
その瞬間、二人の距離が0になった。
抱きしめあった時よりも、更に深く触れ合う心と体に、俺が満たされていくのが分かる。
――――ああ、愛されているのだな、自分は。
そんな俺の感情が天子にも伝わったのか、ゆっくりと唇を離すと優しい表情を浮かべながら、言葉の続きを口にする。
「だから、そんな顔しないでよ…………バカっ」
天子の言う通り、馬鹿だったのだろう。
今の自分が果たしてどうなのかと言われれば、それもそれで分からないが、少なくともさっきまでの自分は、間違いなく。
天子の性格を知っていてなお、それでも彼女の愛に対して不安を抱いてしまっていたのだから。
「すまん」
「……謝られるぐらいなら、いつもみたいにからかわれてる方がマシよ」
「からかわれるのが好きなんて、変わった奴だな」
「そんな事は言ってないわよっ!」
自分の愚かさをいつまでも悔いるのは止めよう。
それが天子の要望にも繋がっているのであれば、なおの事だ。
ならば、今は天子のお望みを存分に叶えるとしよう。
「そういえば以前、天子はいじめられると喜ぶらしいと聞いたが、あれはそういう事だったのか」
「勝手に納得するな! ……っていうか、誰がそんな事を言ってたのよ?」
「衣玖さん」
「よりにもよって!?」
「まあ、本当はただの個人的感想なんだがな」
「私の事を何だと思ってるのよ、あんたは」
「……ドM天人?」
「さっきの言葉を撤回して、泣いて謝らせたい気分になってきたわ」
いかん、少し調子に乗り過ぎたか。
けれども、変に深刻な顔をしているよりも、やはりこうしている方が俺たちらしいのだと思う。
こんな関係だからこそ不安に思う事もあるが、こうして天子はいつだって俺に付き合ってくれるのだから。
「全く、あんたって本当に性格が悪いわね」
「不良天人なんて呼ばれる奴にはお似合いだとは思わないか?」
「……わ、私はそこまで性格悪くはないわよ」
恥ずかしがる天子に俺はそっと顔を近づけ、そしてもう一度自らの欲望を包み隠さず口にする。
「今度はこっちからキスしたい」
「……か、勝手にすればいいじゃない」
「では、お言葉に甘えて」
夏の日の、蕩けるような熱さの中で、二人の距離が再び0になった。
(あー、天子とくんずほぐれつしたいとか言い出さないかしら)
(……こいつの事だから『相変わらずの絶壁だな』とか言い出して来たら)
(『違うわよ、嘘だと思うなら確かめてみなさい』とか言い返せば!)
「……」
「な、何よ、じろじろ見て。私の胸部に関して何か言いたい事がありそうね!」
「……安心しろ、俺はお前が好きだ」
「……あ、ありがとう」
(えへへ……って、はっ! そ、そうじゃなくて)
(……動かない図書館が動くのは何とか阻止しておかねば)
最終更新:2011年12月04日 08:59