蒸すような熱気。

  ジリジリと照りつける太陽。

  額に滲んだ汗が重力に従い顎を伝ってポタリと落ちた。

  腕で額の汗を拭う。

  何度もそのようにしていたためか、それとも暑さのためか、両の腕は既に汗まみれだった。

  気まぐれな風が汗でじっとりと滲んだ頬を撫でる。

  有難い筈のその風は熱をはらんでいて生暖かく、お世辞にも気持ち良いとは言えなかった。

  蝉の鳴声がとても五月蝿い。

 「…………暑ぃ」

  思わず呟く。

  本日何度目かのその呟きは、前回と同じように蝉達の大合唱に掻き消された。

  季節は夏、夏真っ盛り。

  湖の氷精は木陰でダレまくり、冬の忘れ物は全力でオヤスミ中の季節である。

  そんな中、俺は一人博麗神社へと続く階段を昇っていた。

 「あと、どれくらいだ……?」

  太陽の眩しさに目を細めながら、神社があるであろう頂上を見上げる。

  はるか頂上付近はゆらゆらと陽炎のように揺らいでいた。

 「……はぁ」

  厳しい現実に思わず溜息が出た。

  いくらなんでも長過ぎだろ……

 「今、何時ぐらいだ?」

  確か朝方に村を出て……神社の階段に着いたのが昼過ぎだったよな?
  で、其処で昼飯食ってから昇り始めたから……

  太陽を見る。

  ……大体三時ぐらい、か?

 「…………はぁ」

  再び溜息。

  限界を訴えるように、太腿が若干痙攣する。

  こりゃ、明日は筋肉痛だな……それより、俺は無事に村まで帰れるのだろうか?

 「あ~あ、なんで俺はこんな所に来てるんだろう……」

  その答えは昨夜の友人との会話に遡る。


















 「かーーーっ! 今日も酒が旨い!」

 「あ~今日もお疲れさん、と」

 「一仕事した後の酒は格別だな!」

 「お前いつもそれ言ってるよな」

 「気にすんなって! ハッハッハッ!」

 「……なんかお前、今日はいつもよりテンション高ぇな」

 「そう見えるか?」

 「見えるな」

 「そうかそうか~」

 「何かあったのか?」

 「俺さ、今日初めて巫女さん見たんだよ!」

 「巫女さんって……博麗の巫女か?」

 「そうそれ! いや~珍しいモンが見れたわ~、滅多に見れるモンじゃねぇからなぁ!」

 「そーいや俺も見たことないな~」

 「それは嘘だろ」

 「なんで即座に否定するんだよ」

 「いやいや、だって……なぁ?」

 「同意を求めんな、お前も今日初めて見たくせに」

 「いや、俺とお前じゃ意味が違うんだよ」

 「意味って何だよ」

 「いやまぁ……」

 「変なヤツだな」

 「本当に見たことないのか?」

 「しつこいぞ」

 「マジで?」

 「マジで」

 「そうか……」 

 「おう」

 「よし! なら見に行ってこい!」

 「……はぁ?」

 「明日、神社に行って博麗の巫女を見てこい!」

 「アホか。なんでクソ遠い神社にわざわざ見に行かなきゃいけないんだよ」

 「行く価値はある!」

 「やけに気合入ってんな……そんなに美人なのか?」

 「う~ん、どっちかというと可愛い系だな」

 「ふ~ん……ま、どっちでもいいや。どうせ行かないし」

 「い~や! お前は是が非でも行くべきだ!」
  
 「なんで?」

 「お前にとって、行く価値があるからだ!」

 「価値って何よ?」

 「行けばわかる!」

 「だから」

 「行けばわかる!」

 「いやだか」

 「行けばわかる!!」

 「……」

 「行けば! わかる!!」

 「…………」

 「行けば!わか」

 「ああ、もう! わかった! 行くって! 行く行く! 明日にでも見に行く!」

 「そうか! わかってくれたか!」

 「ったく、なんでそこまでして行かせたがるかなぁ……」

 「行けばわかるさ。そして後に、お前は俺の深い友情に涙をながらに感謝することだろう……」

 「……意味わからん」 


















  回想終了。

  そんな訳で、俺は現在此処にいる。

  ぶっちゃけかなり不本意だった。

  所詮酔っ払いの戯言、次の日には忘れていると思ってたのに……
  あの野郎、わざわざ起こしに来やがって。

  おまけに巫女への手土産と昼飯まで持たせるし。

  ……まぁ、昼飯は感謝しとく。
  実際これ程遠いとは思っていなかったから。

  にしても……

 「暑い……」

  それにしんどい。

  ……もう帰ろっかな。

  別に見たいわけじゃないし、つか無理矢理だし。

  手土産は……食っちまえばいっか。
  アイツには渡しておいたって言っとけばいいだろ。

  パパッと決断を下し、引き返そうと踵を返そうとした……その時。

  脳裏にある噂がよぎった。



 <曰く、博麗の巫女の生活は貧しく、巫女は常に空腹であるらしい>



 「…………」

  一瞬の思案の後、返そうとした踵を戻す。  

 「……此処まで来たんだし、やっぱ行くか」

  まあ、コレは博麗の巫女への土産だしな。

  俺が食うのはお門違いってヤツだろう。

  いや、別に同情とかそんなんじゃないよ?

  ただ他人の物を勝手に取るのは人として……なぁ?

  そんな誰にするでもない言い訳をしながら俺は再び神社へと続く階段を昇り始めた。


















 「ぜぇ、ぜぇ……」

  再び昇り始めて、もうどれくらい経っただろう。 

  もう、神社は目前に迫っていた。

 「あと……ぜぇ……少し……」

  言うことをきかない足を必死に上げながら一段一段昇る。

  既に意識は暑さと疲労で朦朧としている。

  呼吸をするのがやっとの状態だった。

  ふと見やると、太陽はもう沈む準備を始めている。

  真っ赤な紅が、昼とは違った意味で眩しかった。

  あと数段。

  これを昇れば……

  なけなしの力を振り絞って階段を昇る。

  ああ……やっと……

 「着い、た……」

  最後の階段に両足を着くと同時に深く息を吐く。

  姿勢を維持出来ず、膝に手を置いて深く息を吸い込み、そして再び深く吐いた。

  何度かその行為を繰り返す。  

  暫くしてようやく落ち着いた俺は、振り返って自身が昇ってきた階段を見下ろした。

  下が霞むくらい長い長い階段。

  ずっと見ていると眩暈がしそうなくらい遠い。

 「俺、コレを昇ったんだよな……」

  達成感と感動が胸を満たしていくのが分かる。

  少し鼻先がツンとしたが、気にしないことにした。

  そしてそのまま達成感に浸っていた。
  ……が、ふと本来の目的を思い出し、湿った鼻をこすりながら神社の方を向く。

  危ねぇ危ねぇ……感動しすぎて本来の目的を忘れる所だった。

 「っと、感動してる場合じゃねぇ。本命はこれからだ」

  さ~て、博麗の巫女は何処に居るんだろうな~……

  境内を見回すも、それらしい人影は見当たらない。

  というか、誰も居ない。

 「……居ねぇな」

  中で寛いでるのかね。

  多分そうかもな。
  今代の博麗の巫女はぐーたらだって聞くし。

  しゃあねぇ、呼ぶか……っとその前に。

  ズボンのポケットから財布を取り出す。

 「折角神社に来たんだから、御参りぐらいしとくか」

  財布から五円玉を取り出して賽銭箱に向かう。

  確か……二拝二拍一拝だったよな?

  うろ覚えの知識を頼りにお辞儀を二回し、賽銭箱に五円玉を投げ入れる。

  チャリーンと小気味の良い音がした。

  そして鐘を鳴らそうとした次の瞬間……

 「お賽銭ーーーーーっ!!」

 「どわぁっ!?」

  スパーンと勢い良く障子を開けて、紅白の目出度い格好をした少女が現れた。

 「お賽銭を入れたのは貴方!?」

  突然現れた少女は目をぎらつかせながらこっちを見る。

 「そうだけど……」 

  突然のことに驚きつつも、質問に正直に答える。

  なんだ? 入れちゃ拙かったのか?

  普通、御参りする時はお賽銭入れるよな?

 「そう……」

  俺の答えに目の前の少女は俯いた。

  見ると、少女の肩は少し震えていた。

  やべ、なんか深刻な雰囲気?……なんか知らんが、とりあえず謝った方が良いか?

  どうしようかと考えていると、突然少女に手を握られた。

  急な出来事に驚く俺に、少女は顔を上げて……

 「ありがとう!」

  満面の笑みで、そう言った。


















 「そうか、あんまり参拝客が来ないのか」

 「そうなのよ~、参拝客以外はしょっちゅう来るんだけどね」

  溜息混じりにそう言って、彼女はお茶を一口飲む。

  御礼を言われた後、何故か俺は縁側でお茶を御馳走になっていた。

  彼女曰く、お賽銭の御礼らしい。

  いや、普通のことだと思うんだけど…………喉渇いてたから丁度良いか。

  出されたお茶を一口飲む。

  ……うん、間違いなく出涸らしだコレ。

  噂が真実だったことに少し切なくなった。

  そして手土産の存在を思い出す。

 「そうそう土産があるんだった」

 「土産?」

  横に置いといた袋を巫女に渡す。

 「何かしら?」

  受け取った彼女は即座に袋の紐を解き中身を見る。

  瞬間、彼女の表情はパッと明るくなった。

 「よ」

 「よ?」

 「羊羹じゃない!」

  そう言われて中身を覗くと、其処には数本の黒い棒状の甘味物。

  確かに羊羹だった。

 「コレ、ホントに貰っていいの!?」

  彼女は顔を輝かせながら確認してくる。

  おいおい涎垂れてるって。

 「おう、貰ってくれ」

 「ありがとう!」

  ガシッと両手を掴まれ、礼を言われる。

 「ちょっとしまってくる!」

  そして凄い勢いで奥に引っ込んでいった。

  これだけあれば一ヶ月はもつわね、とか聞こえた気がしたが何も聞こえていないことにした。

  どんだけ切羽詰ってんだよ……やべ、泣きそう。

  予想以上に困窮している巫女の生活事情に俺は更に切なくなった。

 「ふんふふ~ん」

  暫くして、切なさの原因は鼻唄を唄いつつ戻ってきた。

 「……それだけ喜んで貰えたなら何よりだ」

 「喜ぶ喜ぶ! お賽銭も入るし、今日は良い日ね!」

  そう言って、少女は嬉しそうに笑った。

  そんな些細なことで歓喜する少女の不憫さに思わず涙が零れそうになった。

  が、大の男が女子供の前で泣く訳にもいかないので、代わりに心の中で泣いておくことにした。   

  これ以上切なくなると俺の涙腺がそのうち決壊しそうなので話を最初の路線に戻すことにする。

 「それで、此処にはどんなヤツが来るんだ?」

 「主に妖怪ね~。偶に人間も来るけど」

 「……は?」

  路線を戻した途端に発せられた爆弾発言。

  その言葉で、さっきまでの切なさは何処かに吹っ飛んでいった。

  ……妖怪て。

  此処、神社だよな?

 「妖怪が来るのか? 神社に?」

 「ええ、しょっちゅう来るわよ」

  あっさりと返してくる。

 「……それは拙くないか?」

 「どうして?」

  彼女は首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。

  あ~……そりゃ参拝客が来ない筈だわ。

  誰だって、妖怪が来る神社にわざわざ参拝に来ようとは思わない。

  この状況を作った原因に彼女自身が気付いていないのが唯一の救いだった。

 「まあいいか……で、そいつらは参拝していかないのか?」

 「妖怪が参拝すると思う?」

 「……まあ、普通しないな」

 「そーゆうこと」

  少女はそう言って、ニコニコ笑顔で湯飲みに口をつけた。

  彼女のテンションは羊羹によって、現在進行形で上昇中みたいだ。

 「ホント、困ったもんよ」

  不満気に言ってはいるが、その横顔は困っている様には見えなかった。

  ……まあ、それは羊羹のおかげかもしれないけれども。

  う~ん、やっぱり指摘したほうが良いのか?

  でも、心底困っているようには見えないし……

  ちらりと少女を見やる。

  こっちの気など知らずに、少女は再びお茶を一口。

  そして一拍置いてほっと表情を緩ませた。

  ……ま、いいか。

  その暢気な顔を見て、何故かこのままで良いような気がした。

  多分、この少女にとってそれが自然なのだろう。

  わざわざ指摘して崩すのは無粋というものだ。  

 「何?」

  黙っているのを不思議に思ったのか、少女はこちらに視線を移す。

 「いや、なんでも」

 「変な人ね」

  特に気にした風でもなくそう言って、視線を戻してまたお茶を一口。

  一拍の後、ほう、と息をつきつつ再び顔を綻ばせる。

  ……うん、やっぱり言わないでおこう。

  一人勝手にそう決めて、再び話を続行した。

 「ってことは、いつも暇してるのか?」

 「そんなことないわよ? これでも忙しいんだから」

  誰もがそう思うであろう意見に彼女は反論する。

 「例えば?」  

 「神社の掃除をしたり」

 「他には?」

 「……神社の掃除したり」

 「掃除以外では?」

 「……」

 「……掃除以外では?」

 「…………」

  繰り返す問いかけに少女は黙り込む。

  さっきまでのテンションが急速に下がっていくのが見て取れた。

 「掃除しかしてないのか……」

  少し同情。

 「う、五月蝿いわね! ほ、他にも色々としてるわよ!」

  顔を真っ赤にしながら吠える。

  どうやら図星だったらしい。

 「色々って何を?」

 「……え~っと」

  彼女はその質問に再び考え込んだ。

  ……って、考える時点で駄目だろ。

 「…………う~~~ん」

  唸る巫女。

  そんなにすることが無いのかと思うと、ちょっと可哀想に思えてくる。

  なので助け舟を出すことにした。

 「舞とかしないのか?」

 「あ、するする! もう毎日してるわ!」

  出された餌に勢い良く食い付く巫女。

  よしよし、上手く乗ってきたな。

 「どんな風にやるんだ?」

 「見たい?」

 「気にはなるな」

 「仕方ないわね~……ちょっと待ってなさい、鉾鈴取って来るから」

  機嫌を良くした彼女はそう言うと、奥に引っ込んでいった。

 「やれやれ」

  その背中を見送って、一つ溜息。

 「アレが博麗の巫女、ねぇ……」

  なんか、予想と全然違ってたなぁ……

  ま、可愛いってのは本当だったけどな……ついでに貧乏だったのも。

  にしても……

  








  どうしてアイツは俺を此処に行かしたがったんだろう?

  確かに今のところ、来たことに対しての後悔は無い。

  今まで味わったことの無かった達成感も味わえたし、博麗の巫女にも会うことが出来た。

  可愛いってのも本当だったし、会話も楽しい。

  この数十分の間で博麗の巫女に対するイメージはかなり変わった……まぁ、それが良い方にか悪い方にかは別として。

  これだけでも充分来た甲斐はあったというものだ。  

  けど……

  『俺にとって』ってのは、一体どういう意味だ?

    








 「お待たせ~」

  一人考え込んでいると、後ろから声を掛けられた。

  振り向くと、鈴が沢山付いた棒(鉾鈴って言ったっけ?)を持った彼女が立っていた。

 「巫女の本領を見せてあげるわ」

  自信満々に言って、少女は地面に降りる。

  そして夕焼けに染まる境内の中央へと歩く。

  少女が歩くたびに手に持った鉾鈴が揺れ、しゃらしゃらと音がした。

  夕陽に紅く染まる神社。

  境内に響く澄んだ鈴の音。

  そして神事を行おうとする一人の少女。

  幻想とはこういうものを言うのだろうかと、ふと思った。

 「それじゃあ、始めましょうか」

  中央に到着した少女は始まりを告げる。

  さっきまでの暢気な表情は消え、神事を行う巫女のソレへと切り替わっていた。

 「んじゃ、お手並み拝見と行きますか」

  言って数歩離れた場所に立つ。  

  そして少女は鉾鈴を振り上げ……

  瞬間、俺は一つの奇跡を見た。


















 「ふぅ、お疲れ~」

 「お疲れ~」

 「なあ、飲みに行かねぇ?」

 「良いよ」

 「じゃあ飲み屋にレッツゴー!」

 「ゴー……そういえば、今日○○は?」

 「アイツは神社に行ってる」

 「神社? 神社って博麗神社?」

 「おう」

 「なんでまたそんな所に?」

 「いや、アイツ博麗の巫女を見たこと無いって言うからさ~」

 「嘘でしょ」

 「やっぱお前もそう思う?」

 「うん、○○が見てないっていうのはおかしい」

 「だろ? でも見てないって言い張るからさ、見に行かした」

 「そうなんだ」

 「そゆこと。もう神社に着く頃じゃねぇか?」

 「失礼なことしてないといいけど……」

 「それは無理だろ」

 「そうだね」



 「「だってアイツって……」」


















  突然の衝撃。

  ……なんだ?

  ほんの一瞬垣間見たソレに、俺の思考は数秒停止し、そして不規則に回転を始めた。

  今、俺は何をみた?

  少女が鉾鈴を振り上げた瞬間に現れたソレは、俺の何かを激しく揺さぶった。

  何を……

  少女は俺の戸惑いに気づかず舞う、そして再びソレは現れる。
  俺は再び現れたソレを、二度と忘れないよう深く網膜に刻み込んだ。

  な……

  ソレは白磁のように白く美しくて。

  なんと……

  決して鈍ることの無い滑らかな煌めきを放っており。

  なんという……

  そして若葉のような瑞々しさを持つ。        

  見事な…………    






  腋っ!!!




  

  それは見事な腋だった。

  誰も踏み入れた事の無い新雪のホワイトスノーの様に一点の曇りも無い白い肌。

  角がつるんと丸まった逆台形の窪みの形は神々しく、聖書に記された聖杯を模したかのよう。

  時折夕焼け空に染められ、雪原を朱に染めるその様は正に幻想。

  暑さのせいか汗で滲んでいるが、それは魅力を倍増させるスパイスにしか成りえない。

  全てにおいて至高にして極上、これこそが俺の求めていた……

  視界が急速に狭まっていく。

  頭の中の何かが切れる音がした。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 「きゃ!?」

  突然の咆哮に驚いた巫女は舞を止め、こちらを見やる。

 「な、なに? どうしたの? 急に大きな声出して……」

  巫女は目を丸くして見つめてくる。

  が、それに答える余裕は無い。

  俺は即座に照準を定め、そして……

 「腋ーーーーーーーーっ!!」

 「きゃあああああっ!?」

  巫女の腋に勢い良く飛びついた。

  そして頬を摺り寄せる。

 「なななななっ!?」

  驚愕の声が聞こえた気がしたが、今の俺には気にならない。

  ああ、なんという……

  彼女の腋肌は極上のシルクのような滑らかさだった。

  遂に……

  遂に最高の腋を見つけた。

  長年求め続けた、至高にして極上の腋に出会えたことに歓喜しつつ腋に頬擦りする。

  くはぁ……このぷにぷにスベスベの肌触り……もう最高…………あ、鼻血出た。

  自身の限界を超えたのか、突如溢れ出た情熱の紅い雫。
  それは口元から顎先へ、そして地面へと落ちていき、地面に紅い染みを作っていった。
  だが、今はそんなものどうでも良かった。

  今はこの感触だけを感じていたい。

  深く息を吸い込む。
  彼女の腋からは、甘いミルクのような匂いがした。

  肌触りと相まって脳が蕩けそう。

  ああ、なんという幸せ……もう、死んでもいい。

  そう思った次の瞬間……



 「なにすんのよーーーーーーっ!!」

  

  視界が真っ白に染まった。























  目を覚ますと、俺は何処かに寝かされているみたいだった。

  起き上がって辺りを見回す、どこか見慣れた部屋だった。

 「お、生きてたか?」

  部屋の戸を開け、見慣れた顔が入ってくる。

  あ~、コイツの家だったのか…………あれ?

 「なあ。俺、なんでお前ん家に居るんだ?」

  疑問を口にする。

  確か俺は神社に居た筈……

 「博麗の巫女が村まで連れてきたんだよ」

 「博麗の巫女が?」

  名前を聞いた瞬間、神社で出会った紅白の巫女と……そして彼女の腋が脳裏に思い浮んだ。

  己の生涯を賭けて求めた、あの至高の腋が。

 「お前、博麗の巫女に何かしたのか? 顔真っ赤にして怒ってたぞ?」

  笑いながら言われて自分のしたことを思い出す。

  …………うん、怒って当然だな。

  突然あんなことされたら誰だって怒る。

  だが、後悔は無い。

  自身の求めた幻想に対し、後悔などある筈があろうか。

  素晴らしい……最高の腋だった。

 「やっぱり何かやらかしたのか……」

  遠くを見つめている俺を見て、ヤツは勝手に納得したみたいだった。

  ……そんなに顔に出てたか?

 「ま、それはいいや」

  追及されると身構えていたが、予想に反してあっさりと話題を切り上げられた。

  そして一息置いて、ニヤリと笑い……

 「で、どうだった?」

  本題を切り出してきた。  

 「ああ……」

  正直、何と言えば良いのか分からなかった。

  どんな感動の言葉を並べても、あの腋の前ではどれも陳腐な言葉に成り下がってしまう。

  だから。

  だから俺はその問いに答える代わりに手を差し出した。

  友はその意味を理解したのか手を差し出す。

  そして一言。

 「ありがとう親友」

 「気にすんな親友」 

  感謝の言葉と共に固く手を握り合った。




























  その日以降、俺は暇を見つける度に博麗神社に足を運ぶようになった。

  なんでかって?

  いつものように階段を昇り、神社に着く。

  そんなの……

  即座に目標を捉えると駆け出し、そして……




 「来たぜ腋巫女ーーーーーーー!」

 「腋巫女言うなーーーーーーーーーっ!!」
 



  言うまでもないだろう?




──────────




  一つ話をしよう。

  俺が体験したもう一つの奇跡の話だ。

  夏に起きた、とある奇跡との遭遇から数ヶ月後。

  紅葉舞う秋のことだった。

  俺は再び奇跡に出会った。

  前回に勝るとも劣らない、あの素晴らしい『 』という奇跡に。


  

















  彼女と出会ったのは、今年の秋の事だった。

  いつものように博麗神社に行った俺だったが、その日は残念ながら誰も居なかった。

  目当ての巫女が居ないことにがっかりした俺は、昼飯を持参していたこともあってか暇潰しに山に行こうと決めた。

  そしてハイキングがてらに山を登っていると、一人の少女に出会った。

  ボロボロな格好をした何故か薩摩芋の香りのする彼女、なんと、豊穣の神様らしい。

  神様なのに、どうしてそんなにボロボロなのか?

  彼女曰く、紅白の巫女にやられたらしい。

  ハイキングが巫女探しに切り替わった瞬間であった。

  もう俄然やる気になった俺は、ガンガン進んだね。

  途中で厄の神様や河童を名乗る少女に忠告されたけど、巫女の知り合いだと言ったらあっさり通してくれた。

  話せば分かる連中で助かったわ。

  二人共、服がボロボロだったのが気になったが。

  ……アイツ、一体何やってんだ?

  その疑問は、知り合いの天狗少女に会った時に氷解した。

  なにやら、この山に新しく神社が出来たらしく、信仰の邪魔になるという理由で博麗神社の立ち退きを言い渡されたらしい。

  で、納得がいかない彼女は山の上の神社を目指しているとのこと。

  そして先程、自身をのしていった、と。

  ……相変わらず、やることが派手だね。

  で、神社の場所を聞いた俺は、礼を言ってその場を後にして……

  暫くの後に目的の神社に到着した訳だが……

  もう凄いね。

  なんつーか……台風と津波と雷がいっぺんに来た感じ?

  触らぬ神に祟り無しってーのは、正にアレのことだな。













  はい、此処までダイジェスト。

  じゃ、本編(ある意味)どうぞ~。













  其処では、二人の少女が弾幕ごっこをしていた。

  対峙するは、紅白の巫女と緑白の巫女(か?)

  一瞬の間に膨大な量の弾幕を互いに撃ちあっている。

  交じり合った弾幕は、幾何学模様のような複雑さをもって互いに襲い掛かった。

  普通の人間だったら、それが死神の鎌に見えることだろう。

  人間の魂を刈り取る鎌。

  普通の人間は抗うことすら出来ずに刈り取られるだけ……だが。

  二人の少女は鼻先に迫った弾幕を俊敏に、またある時は緩やかに、次々と避けていく。

  そう、彼女達は普通の人間じゃない。

  少なくとも、目前に居る紅白の巫女服を身に纏った彼女は。

  全てを避けきった彼女は、直ちに反撃の姿勢に移った。

  緑白の巫女に向かって急加速する。

  避けきるのが若干遅かったのか、緑白の巫女は慌てて体制を整えようとして……

  目を覆うような弾幕に囲まれた。

  俺は反射的に目を閉じた。

  瞬間。

  響く轟音。

  身体を振るわせる衝撃。  

  終わりを告げるには充分過ぎる程だった。

  音が止むのと同時に閉じた目を開く。

  辺りには砂煙が立ち上っていて酷く視界が悪い。

  その中心に微かに映る人影。

  其処には紅白の巫女がふわふわと浮かんでいた。

  勝負が終わったことに、俺はホッと胸を撫で下ろす。

  そして彼女の名を呼ぼうとした次の瞬間……







 「きゃああああああああっ!!」

 「うおわっ!?」







  頭上から何かが降って来た。

  衝撃に耐え切れず、そのまま地面に倒れこむ。

  何!? 何ごと!?

  突然の事態にパニクりながら、身体を起こした。

  其処には……







  一つの奇跡があった。







  見えない何かに固定されたかのように、俺の思考回路は停止する。

 「いたたたたた……」

  目の前には先程巫女と弾幕ごっこをしていた緑白の巫女。

  どうやら吹き飛ばされてこちらに飛んできたらしい。

  ……違う。

  涙目になりながら、上体を起こして身体を擦っている。

  ……そんなことは。

  服もボロボロで肌には擦り傷、見るからに痛々しい姿だった。

  ……そんなことはどうでもいい。

 「あ」

  少女がこちらに気付く。

  どうやら現状に気が付いたようだ。

 「あの、すみません。下敷きにしちゃったみたいで……」

  少女は申し訳なさそうに頭を下げる。

  だが、その言葉は頭の中には入ってこなかった。

  既に脳内は一つのことでパンクしそうだったからだ。

  目に映るは一つの幻想。

  神が人に残した、一つの奇跡。

 「あの……何処かお怪我とかしなかったですか?」

  心配そうにこちらの様子を気に掛ける少女。

  言葉は返せなかった。

  カチッと、エンジンのかかる音がした。

  回転数は瞬く間に上がり、あまりの速度に焼き切れそうなくらい。

  ガリガリと擦り切れそうな程に喧しい音で、聴覚が麻痺しそうだった。

  視界は白く染まり、一点を残して真っ白になる。

  ああ、これは……

  パンクしそうな脳に、一つの光景が浮かび上がる。

  うだるような夏の日。

  夕焼けに紅く染まる境内。

  神々しさを纏いながら舞う少女。

  そして……







  何かが弾けた。







 「あの」
 「わ……」

  声が重なる。

 「わ?」

  少女は疑問符を出し、首を傾げる。  

  本能が始まりの雄叫びを上げた。

  さあ、行こう。







 「わっきーーーーーーーーーーーーっ!!」

 「え…………っ!?」







  勢い良く彼女の『腋』に飛び込んだ。

  瞬間、頬から伝わる最高の織物のように滑らかな肌触り。

  何時間、何日と頬を摺り寄せても飽きることのない感触。

  続いて鼻腔を擽るバニラ・エッセンスを思わせる甘い香り。  

  止め処なく溢れる、嗅覚の許容範囲を遥かに超えた甘い匂いの猛攻に、俺は軽い眩暈を感じた。

 「あ、あの……ちょっと」

  戸惑うような声が耳元に届いた。

  ……が、それは決して脳には届かない。

  脳をそんなところに使っている暇などない。

  強く頬を摺り寄せる。

  スベスベなめらかプニプニの腋肌が俺の頬と重なり合う。

  自身の両頬が緩むのが分かった。

 「やぁ……っ」

  全身傷だらけになろうとも、此処だけは無傷なのは、コレが天の授け物であるという事実に他ならなかった。

  素晴らしい……

  紅白の巫女の持つ『腋』も非常に素晴らしい一品だった……が。

  この少女の『腋』も、それと同格に位置する程に素晴らしいっ!

  こんなに素晴らしい『腋』がまだこの世にあったのかっ!

  抑えきれない感動。

  鳴り止まない鼓動。

  溢れ出す情熱の波。

  それらを堪えられず、俺は続いて鼻先に摺り寄せる。

 「ん……っ」

  鼻先が『腋』に当たる。

  甘さに鼻先が溶け落ちそう。

  俺はその香りを深く吸い込んだ。

  くらり、と視界が歪む。

  歪む視界の先に見えるもの……

  それを桃源郷と俺は呼ぶ。

  ああ……

 「最高だ~~」

  至福の声が漏れた。

  ホントもう、たまらんですよ。

 「もう、死んでもいい~」

  心からそう思った。

  今死ねたらどれだけ気持ち良いだろうと。

  丁度その時だった……







 「そう」







  耳に響く、死を思わせる声。







 「なら……」







  静かだが充分な質量を持った呟きは、何故か裁判官による死刑宣告を連想させた。

  急速に世界が戻っていく。

  そして目の前には……







 「死になさい」







  紅白の死神が……




















  と、ここでこの話はお終いだ。

  どうだ?

  一部を除いて、素晴らしい話だっただろう?

  何? 話が中途半端過ぎる?

  お話ってのはそんなモンなんだよ。

  まあ、後日談ってのはあるがな……

  聞くか?

  オッケー、それじゃあ再開だ。




















 「おお~、綺麗だなぁ……」

  真っ赤に染まっている紅葉に思わず目を奪われた。

  そうして暫く見とれていたのだが……ふと我に帰る。

 「いかんいかん、道草食ってる場合じゃなかった」

  立ち止まっていた両足を起動させる。

  秋の香りを胸一杯に吸い込んで、駆け足で階段を上り始めた。

  目の前に広がるは、紅く染まった紅葉。
  



















  あの日以降、俺の日課は二つに増えた。

  一つは、以前と同じく博麗神社に通うこと。

  これは外せない。

  でも、最近妙に機嫌が悪いのはなんでだろうな?

  そしてもう一つは……




















  階段を上りきった俺は、そのままペースを落とさずに鳥居を潜り抜けた。

  走りながら、広い境内を見回す。

  掃除をしている目標を確認。

  そして足の筋肉を限界まで稼動させ、大地を強く踏みつける。

  目標まで、約10メートル。

 「お!」

  あと8メートル。

 「ま!」

  6メートル。

 「た!」

  4メートル。

 「せ!」

  2メートル。

  目標がこちらに気付いた模様。

  だが時既に遅し。

  彼女の『腋』に向かって勢い良く飛びついた。







 「緑腋巫女ーーーーーーーーーーーっ!!」

 「きゃあああああああああああああっ!!」







  そしてもう一つは。

  守矢神社に通うこと、だ。

  当然のことだろ?




───────────




  年も押し迫り、早く来い来いお正月な今日この頃。

  何故か俺は熱帯に居た。

  あ? 季節? 年末なんだから冬に決まってるだろ?

  もう北風ピューピュー吹いてますよ。

  いつも人気(読んで字の如く、『人』の気配だが)の無い神社だから、寒さは更に倍増だ。

  でも、俺の周りだけは暑いんだなこれが。

  もう『暑い』というより『熱い』だな、うん。

  さっきからバチバチ火花散ってるし、焦がす気かっつーの。

  ん? なんでそんなことになってるかって?

  それはだな……







 「○○は私の神社で年越しするのよ」

 「○○さんは私の神社で年越しをするんです」







  二人の少女が睨み合ったまま言葉を発する。

  互いに一歩も譲らない。

  譲るのは相手の方だと言わんばかりの姿勢だ。

  先程から鳴っている、何かが弾けるような音。

  その正体は少女達の両の眼から発せられる火花だった。

  稲妻のようなソレはぶつかり弾けて辺りに飛散し、周りのものを焦がしている。

  当然被害は少女達の間に居る俺にも及ぶわけで……

 「おわっ!」

  こっちに来た火花を回避する。    

  そう何度もくらってたまるかっての。

    そんな必死の防衛なんて、関係無し。

  彼女達は構わず睨み合いを続けていた。

 「はあ……」

  思わず溜息。

    なんでこんなことになったんだ? 

  そう心の中で呟きながら、終わりの見えない争いを続けている二人の少女を見た。

  正確には、二人の少女の持つ、至高の逸品に。

  ソレは眺める角度によって億千の煌めきを放つ宝石。

  ソレは新緑の若葉のような瑞々しさを持ちつつも絹のような滑らかさを持つ、極上の拵え物。

  ソレは余りの神々しさ故に聖書に記される聖杯を模したと称される、自然の生み出した神秘。

  ソレは……




















 「う~寒ぃ~……」

  吹き付ける寒波に身を縮込ませながら階段を昇る。

  流石師走といったところだろうか、骨の髄にまで染み入りそうな寒さだ。

  どこの御家庭も家事で忙しいこの時期、一般人なら余程の用事がない限りまず出歩かないだろう。

  だが……

 「俺にはその余程の用事があるんだよ~」

  それもとびっきりの。

  年末? 知るかそんなモン! 俺にはもっと大事なモンがあるんじゃ!

  目的のモノを眼中に浮かべる。

  あの素晴らしい逸品に触れられるなら、たとえ火の中水の中。

  こんなところで寒がってる場合じゃねえ! 

 「っしゃあ! 一気に行くぜーーーっ!」

  気合一発。

  寒さで縮込まった身体に檄を飛ばし、勢い良く階段を駆け上る。

  あの夏の日から幾度となく昇ったこの階段、もう最初の頃のように途中でへばったりはしない。

  昇る時間も当初の十分の一になった。

  お陰で無理して朝早く起きる必要も無くなったし(それでも早く起きるのだが)すぐに帰る必要も無くなった。

  移動時間が短くなり、その分鑑賞時間が長くなったので、正に万々歳である。

  駆け出してから数分して、階段の終わりが見えた。

  ラストスパートとばかりに足を踏み込む。

  力強く地面を蹴りつけ、そして……

 「着いたーーーーっ!」

  最後の一歩を踏みしめると同時に、両腕を天に向かって突き上げた。

  少し息が苦しい。

  ゆっくりと荒くなった呼吸を整え、そして境内の方に眼を向けた。

 「さ~てと」

  アイツは何処かな~?

  境内を見回す。







  探すまでもなく、いつものところに彼女は居た。








  発見と同時に。

  カチリと、スターターを回す音が鳴った。

  ギアがローからトップに切り替わる。

  一瞬にして視界が狭まった。

  己の両眼は、もう彼女しか捉えていない。

  身体が跳ねる。

  彼女に向かって、一直線に境内を駆け抜けた。

  途中でこちらに気付いたようだが構わず突進。

  目指すは彼女の持つ極上の品。

  すなわち……







 「会いたかったぜ腋巫女ーーーーーー!!」

 「っきゃああああああああああああああ!!」







  自身と彼女の叫び声を耳に入れつつ、俺は目標である彼女の『腋』に突撃した。

  二つの感覚が俺を襲う。

  極上のシルクを思わせ、触ることすら躊躇しそうな肌。

  脳が蕩けそうになる、甘いミルクの香り。

  その二つは俺の脳を髄から溶かし始める。

 「あ、あ、あんたねぇ…………」

  何処からか非難交じりの声が聞こえた気がしたが、今はそんなものどうでも良い。

  今は久しぶりの楽園を五感の全てで満喫したかった。

  ああ、幸せ~……

  多分、あと数分もしないうちに俺の意識はこの蕩ける腋の中に消えるだろう。

  そのことを理解しつつも、俺は更に彼女の腋に頬を寄せた。

  甘い香りが鼻腔中に広がる。

  俺はその匂いと肌触りに心身を委ねようとして……







 「いい加減にしろーーーーーーーーーっ!!」







  突如発生した小型の太陽に吹き飛ばされた。

  直撃を受けた身体は衝撃に宙を舞い、数秒の短期飛行を体験した後、派手な音を立てて着陸。

  ずしゃあ、と地面と背中が擦れる音が耳に届いた。

 「お……」

  衝撃に思わず声が漏れた。

  頭がぐらぐらと揺れる。

  起き上がろうとしたが、身体は先の衝撃で機能が麻痺したのかこちらの命令を聞かなかった。

  宝符「陰陽宝玉」

  彼女のスペルカードの一つだ。

  その威力は、並みの妖怪なら瞬殺出来る威力を持つ。

  それこそ只の人間である俺なんて、跡形もなく消し去ることが出来るだろう。

  だというのに今俺がこうして生きているのは、彼女が手加減をしてくれたという事実に他ならない。

  そのことに感謝しつつも、俺の思考は別の方向に向いていた。

  頬に微かに残るすべすべプニプニの感触。

  今だ鼻に香る、甘い練乳のような匂い。

  ああ、やっぱり……

 「最高の腋だなぁ……」

 「五月蝿い!」

  ごす、という音と同時に俺の視界は黒く染まる。

  どうやら顔面を足蹴にされたらしい。

  ぐりぐりと顔を抉られる。

  ぶっちゃけ結構痛い。

 「なあ腋巫女よ」

 「腋巫女言うな。何よ?」

 「足を退けてくれ」

  フェチの方なら喜びそうなシチュエーションだが、生憎と俺はそっち方面ではない。

  どっちかといえば、俺は責める方が好きだ。

  彼女は意外にも、あっさりと足を退けてくれた。

  視界が晴れる。

  目の前には不機嫌そうな顔で腰に手を当て、こちらを見下ろす紅白の巫女が居た。

 「よ、久しぶり」

 「一週間前に来たばっかりでしょうに」

 「一週間も会ってなかったら、随分久しいと思うぞ」

  ここ最近、年末進行で休みが無かったからなぁ。

  いつもは三日おきに来てたから、この一週間はたまらんかったよホント。

 「で、その久しぶりの挨拶がアレ?」

 「うむ、辛抱たまらんかった」  

  やっぱ我慢は良くないと思うんだ、うん。

 「はぁ……まあ良いわ、いつものことだし」

  溜息一つ。

  そして境内に向かって歩き出した。

 「お茶してくんでしょ?」

  こちらに背中を向けて歩きながら彼女は聞く。

 「おう、勿論」

 「じゃあちょっと待ってなさい……あ、素敵なお賽銭箱はあっちよ」

  賽銭箱のある方を指差し、彼女は部屋の奥に入っていく。

  それを見送りながら、俺は身体に意識を向けた。

  ……よし、もうオッケーみたいだな。

  そう判断し、立ち上がって衣服に付いた汚れを払った。

  さてと……んじゃま、お賽銭でも入れますかな?

  賽銭箱に向かって歩きながらズボンのポケットから財布を取り出し、中から十円玉と五円玉を取り出した。

  賽銭箱の前で立ち止まる。

  二拝。

  賽銭を投げ入れる。

  ちゃりーんという小気味の良い音が耳に響いた。

  二拍。

  眼前に手を合わせ、目を瞑る。

  そしていつものように、素晴らしい『腋』に出会えたことを神様に感謝していると……







 「こんにちは、○○さんっ」







  絶対に忘れることの出来ない声が耳に届いた。

  カッと眼を見開く。

  そして開いた眼を、ぎょろり、という効果音が付きそうな勢いで声のした方向に向けて動かした。

  視線の先。

  其処には廊下からひょっこりと顔を出してこちらを見つめる緑白の巫女が居た。

  頭の奥で火が点る。

  瞬く間に燃え広がった炎は、ジリジリと脳を焼き始める。

  歯車の回転数が、唸りを上げて上昇する。

  カチ、と。

  回路が切り替わる音が聴こえた。

  突撃準備完了。

  脳裏に声。

 「○○さん? どうかしましたか?」

  目標は、きょとんとした顔でこちらを見やる少女。

  まだこちらの変化に気付いていないようである。

  行動に移りやすいよう、姿勢を変える。

 「み……」

 「み?」

  少女は不思議そうに、言葉を反芻する。

  次の瞬間、俺の身体はバネのように弾けた。







 「緑腋巫女久しぶりーーーーーーーーーーーっ!!」

 「!? きゃああああああああああっ!!」







  本日二度目の叫声合唱。  

  そしてこれまた本日二度目の……だが前回とは違う感覚が俺を襲う。

 「おぉ……」

  思わず息が漏れた。

  頬から伝わる、水蜜桃を思わせる瑞々しさと程良い弾力。

  鼻先に香る、王乳の如く純粋な甘さを持つ匂い。

  この二つの極上の素材が織り成すハーモニーが俺を包み込む。

  言葉に出来ないというのは、きっとこんな状態を表すのだろう。

  素晴らしい。

  素晴らしすぎる『腋』だ……

 「あ、あの……○○、さん?」

  名前を呼ばれたような気がしたが、多分気のせいだろう。

  それよりも、今はこの『腋』だ。

  ああ、蕩けていきそう……

  もっと感じようと、更に頬を摺り寄せる。

 「ひゃっ……」

  更に濃厚になった香りが俺を包み込む。

  濃厚な匂いが脳髄を溶かそうと猛威を振るう。

  自我が無くなっていく感覚。

 「最高だぁ……俺、もう死んでもいい」

 「じゃあ死になさい」

  至福の中、突然発せられたナイフのように冷たく鋭い言葉。

  瞬間、その言葉を実行するかのように脳天を重い衝撃が襲った。

  目の前にチカチカと星が浮かんでは消えていく。

  こーゆう時って、ホントに星が見えるんだなぁ……

  霞む意識の中、廊下を目前に眺めながら……

  ふと、そう思った。




















 「お~痛え~」

  呻きながら、いまだ痛む頭をさする。

  あの後暫くして目を覚ました俺は、二人の巫女さんと炬燵で暖をとっていた。

  にしても……

 「自業自得よ」

  紅白の巫女服に身を包んだ少女はそう言って、湯飲みに口をつけた。

  あれだけやっといて、その発言は酷くね?

  そりゃ、言うとおりなんだけどさぁ……ん?

  うわ、たんこぶ出来てるぞ。

 「もうちょっと手加減してくれても良いんじゃねえ?」

 「そんな余地があったかしら?」

  たんこぶを作った張本人が、澄まし顔でさらりと言う。

  ひでえな、おい。

  顔を顰めつつ、たんこぶを撫でる。

  ……と、思わぬところから助け舟が現れた。

 「でも、ちょっとやりすぎじゃないですか?」

  左から聞こえる擁護の声。

  声の方に視線を移すと、白と青の巫女服に身を包んだ少女が困ったように眉を八の字にして笑っていた。

  東風谷早苗。

  妖怪の山の天辺にある守矢神社の巫女さんをやっている彼女。

  本日は買い物のついでに立ち寄ったらしい。

  今は炬燵に入ってお茶している真っ最中。

  炬燵って正に文明の利器ですよねぇ、とは彼女の談。

  俺としては、『腋』が隠れるからあんまり好きじゃないんだよなぁ……

  焚き火とかなら、まだチャンスはあるんだけど……

  あ~、炎に手を翳そうとして露になった『腋』に向かって飛び込みて~。

  きっと焚き火なんか比べ物にならないくらい、ずっと暖かくて気持ちいいんだろうなぁ。

  あは~ん。

  ……いかんいかん、思考が飛びすぎた。

  ま、それはおいといて。

 「そうだそうだ、さっきのは挨拶みたいなモンなんだから別に良いんだよ」

  舞い降りた擁護の声に、俺はチャンスとばかりに合わせて抗議する。

 「挨拶って……」

 「全く、少しは霊夢もこの緑腋巫女を見習って欲しいもんだ」

 「早苗ですっ」

 「もっと緑腋巫女みたく、おしとやかにだな……」

 「だから早苗ですって!」
 
 「腋巫女らしく、一つや二つ、気軽に腋を触らせる寛大さをだな……」

 「腋巫女言うな!」
 「腋巫女って言わないでください!」

 「あ、でも俺以外の連中に触れさせるのは癪だな……う~ん」

 「「人の話を……」」

 「やっぱさっきの無しで! 俺以外の奴等に触れさせるの禁止!」

 「聞けっ!」
 「聞いてくださいっ!」

  骨の軋みそうな打撃音がお茶の間に、重なるように響き渡った。




















 「ところで、あんた大晦日はどうするの?」

  突然のダブルインパクトを受けてから十分後。

  お花畑から帰ってきて七分後。

  再び炬燵に入って五分後。

  のんびりとお茶を飲んでいた俺に、そんなことを聞いてきたのは霊夢だった。

 「ん~、まだ考えてねえなぁ」

  ぼんやりしながら返事をする。

 「去年はどう過ごしてたんですか?」

  そう聞いてきたのは早苗ちゃん。

  現在、蜜柑のすじ取り中。

  ちまちまとすじを取る仕草が可愛らしい。

  思わず奪い取りたい衝動に襲われたが、それは流石に可哀想なのでグッと我慢した。

  馬鹿なことを考えてないで、質問に答えることにする。

 「別に大層な過ごし方してないぞ?

  友人連中と誰かの家に集まって、馬鹿話をしながら酒呑んで年を越すわけだ。

  最後は当然のように、潰れて雑魚寝だけどな」

 「何処の宴会も似たようなもんね」
 
  お茶の御代わりを淹れながら霊夢が言った。

 「んだな、似たようなモンだ」

  でもウチの連中、何故か全員上半身裸で寝るんだよなぁ……

  このクソ寒い時期に。

  アイツ等、ひょっとしなくても馬鹿なんじゃないだろうか?

 「じゃあ、今年も大晦日はその御友人達と?」

 「まだそうと決まった訳じゃないけど……多分、そうなる可能性は高いだろうなぁ」

  あ~あ、今年も男だらけの年越し宴会か。

  ま、楽しいから良いんだけどさぁ……

  でもなんか、微妙に切ないんだよな。

 「ってことは、まだそうと決まった訳じゃないんだ?」

 「だな、今のところの予定は未定だ」

  そうなる可能性は大だけど。

  そう心の中で付け足して、霊夢の問いに答えた。







  この言葉が、今からとんでもない事態を引き起こすとも知らずに。







 「そうなんだ……」
 「そうなんですか……」

  この言葉を聞いた後、二人は自分にしか聞こえないような声でそう呟いて、黙り込んだ。

  なにやら考えごとをしているみたいだ。

  邪魔しちゃ悪い。

  そう判断した俺は何も言わず、黙ってお茶を飲むことにした。

  一人分のお茶を啜る音が今に響く。

  暫くして考えがまとまったのか、二人は同時に顔を上げ……







 「それじゃあ、ウチの神社で年越ししない?」
 「それなら、私の神社で年越しをしませんか?」







  同じ言葉を発した。

 「「は?」」

  その言葉に俺が驚くよりも速く、二人の視線が交差した。

  突然起こる、異次元空間に迷い込んだよう違和感。

  場の空気がキリキリと張り詰める音。

  二人の眼から火花が出ているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。

  違和感を拭おうと、意味無く目線を上下に移動させる。

  ……なんだ、急に?

  そう思った矢先だった。

  バチッ、と、何かが弾ける音。

  何事かと思って音のした方角を見た。

  音のした方角。

  つまり、俺の目の前では……

  火花が飛び散っていた。

  二人の巫女の両眼から。

  ……マジで?

  少女達の瞳から飛び出した雷のようなソレは、対方向でぶつかり合い、弾け、辺りに飛散する。

  ソレは二人の間、つまり火花発生源のド真ん中に位置する俺にも飛んでくるワケで……

  粉雪のようになった火花が降りかかる。

  ……って。

  ちょ、熱っ!?

  ちょっとコレ、熱いんですけど!?

  二人に制止の声を掛けようとした……が。

  本能がその行為にストップを掛けた。

  止めておけ。

  その言葉が脳内に響く。

  瞬間、俺の声帯は発声を拒否した。

  このヘタレ本能め。

  まさかの本能の裏切り。

  そのため、今まさに始まらんとしている二人の少女の争いに対して、俺は静観を余儀なくされたのであった。




















  で、ここからが冒頭の部分の続きになるワケだが。

  先の交差から約五分。

  辺りは静まり返っていた。

  現在、お茶の間は沈黙という名の見えない魔物が支配している。

  誰も言葉を発しない。

  空気だけが重く、そして熱い。

  皆居るのに誰も居ない、そんな錯覚を覚えそう。

  永遠に続くかと思ったこの時間……

  破ったのは紅白の巫女だった。

 「アンタ、一体何を言ってるのかしら?」

  針のように鋭く尖ったその声は、彼女の持つ使用武器の一つを連想させた。

  鋭く尖った針が緑白の巫女に襲い掛かる。

 「聞こえませんでしたか?

  大晦日に○○さんを守矢神社に招待すると言ったんです」

  そんなモノなど意にも介さず、緑白の少女はハッキリとした口調でそう言い放った。

  その横顔はいつもの可愛い笑顔と違って、とても凛々しかった。

 「へえ……」

  ニヤリと紅白の巫女が笑う。

  意地の悪い笑顔だった。

 「何がおかしいんですか?」

  緑白の巫女が問う。

 「山の天辺にある神社に○○を?」

 「それが何か?」

 「何かって……」

  紅白の少女は、そこで少し間を置いた。

  軽く溜息を吐く。

  そして……

 「山は妖怪だらけなのに?」

 「っ!?」

  呼吸の止まる音がした。

 「普通の人間が行けるかしら……」

 「それは……」

 「無理、よね?」

 「……はい」

  少女は頷く。

  戦意が喪失していくのが見て取れた。

  だが……

 「いくらなんでも、それは浅慮じゃないかしら?」

  追撃。

  更に攻める。

  このまま一気に決めるつもりだろう……が。

  彼女は気付いていない。

  その発言には、決定的なミスがあることに。

  そのミスとは?

  俺はそのことについて口を挟もうとして……

 「なあ霊夢……」

 「アンタは黙ってなさい」

 「ハイ」

  黙ることにした。

  だって怖えんだもん。

  なんつーの?

  視線じゃなくて死線?

  もう殺す気満々。

  神様も裸足で逃げ出しそうな恐ろしさ。

  けど、さっきので理解した。

  霊夢のヤツ、ミスに気付いてやがる。

  決定的なミス。

  それは……







  俺がいつも守矢神社に行っていることだ。







  それも一人で、頻繁に。

  それを知りつつ攻める霊夢も策士だが、その事実に気付かない早苗ちゃんもどうよ?

  俺、いっつも一人で行ってるじゃん?

  行きも帰りも。

  なんで気付かないかなぁ?

  この娘……意外と天然キャラ?

 「そこのところ、どうなのかしら?」

  更に詰め寄る紅白巫女。

  顔には勝利に対する優越感が滲み出ていた。

  お前、絶対Sだろ?

  対する緑白の巫女は、己の浅慮さが情けないのか顔を俯かせて肩を震わせていた。

  いや、だから気付こうよ。

 「どうなのかしら?」

  再度問いかける。

  二度目の問いかけに、緑白の少女は顔を上げた。

  その表情は、予想通り涙目。

  瞳に溜まった涙は今にも零れ落ちそう。

  だが、まだ芯は折れていなかった。

  何かくる。

  彼女もそう感じたのだろうか、少し身構えたようだ。

 「そういう、貴女の神社だって……」

  言いながら少女は右腕をゆっくりと上げ、そして……







 「いつも妖怪だらけじゃないですかっ!!」







  ビシッ、と、効果音がつきそうなくらいの勢いで指を突きつけて、そう言い放った。

 「「…………」」

  数瞬の放心の後、ガクッと力が抜ける。

  霊夢も拍子抜けしたのか、炬燵の天板に頭を突っ伏していた。

  いやまあ……確かにそうだけどな?

  彼女に対し、俺達の思うことは同じであった。

  つまり……







  それ、そんなに自信満々に言うこと!?







  無言の問いは当然の如く伝わらず。

  早苗ちゃんは鬼の首を取ったかのように、涙目のまま笑っていた。

  いやはや……天然って、凄ぇな。

 「どうです、反論出来ないでしょう!」

 「あ、あんたねぇ……」

  ふっふっふ……と笑う、緑白の巫女。

  それに対し、さっきので力が抜けた様子の紅白の巫女。

  口火を切ったのは、今度は緑白の巫女だった。

 「しかも来るのは最強クラスの妖怪ばかり……これって危険ですよねぇ?」

 「っ……ウチは良いのよ、ウチは!」

 「何故です?」

 「私がいるからに決まってるじゃない!」

 「貴女が追い払うから良い、そう言うんですか?」

 「そうよ」

 「それなら私の神社でも大丈夫ですね」

 「なんでよ!?」

 「私が○○さんを迎えに行けば良いんですから」

  そう言って、彼女は俺に向かって微笑んだ。

  ……ふむ、確かにそのとおりだよな。

  だが。

 「そ、そんなの無理に決まってるでしょう!」

  納得しかけた俺の目を覚まさせるかのように紅白の巫女が叫ぶ。

 「何故です?」

 「アンタ一人ならともかく……」

  言葉を紡ぎながら、右腕を炬燵の中から引き抜く。

  そして……

 「誰かを守りながらあの山を登るなんて……」

  腕を上げ、その指先を。

 「無理に決まってるわ!」

  ビシッ、と。

  さっきの仕返しとばかりに、緑白の巫女へと突きつけた。

  その様は名探偵が犯人を名指しで呼んだ時のよう。

  呼ばれた犯人は、後は降参するばかり……なのだが。

 「忘れたんですか?」

  その問いが愚かだと言わんばかりに。

  彼女は笑った。

 「な、なにをよ?」

  戸惑う紅白の少女。

  彼女はにこりと笑って……

 「守矢神社には神様が二人も居るんですよ?」

 「っ!?」

  その事実を突きつけた。

 「私一人では無理でも、神様が付いていれば問題無いでしょう?」 

  そうだった。

  守矢神社には二人の神様が居る。

  八坂神奈子と洩矢諏訪子。

  一つの神社に二人の神様。

  普通なら有り得ないことだがこの神社のみ、それが適用される。

  まあ、理由は割愛させてもらうが。

  神様が護衛に付いてくれるのなら、山登りに問題は無いだろう。

  いや、別に一人で行けるんだけどな?

  ……けど。

 「か、神様がそんなに簡単に持ち場を離れても良いのかしら?」

  同じく思った疑問を霊夢が代弁する。

  神様たる者が、ほいほいとそう簡単に持ち場を離れて良いものなのか?

  その疑問に、彼女はあっさりと。

 「全然大丈夫ですよ?

  信仰のためだったら喜んで引き受けてくれると思います。

  特に○○さんのためだったら、望むところじゃないでしょうか?」

  そう答えた。

  あらら、随分と待遇良いね~。

 「これでこちらの問題は解決しましたよね? けど……」

  そちらは解決出来ますか?

  そう言外に付け足して、緑白の巫女は微笑んだ。

  当然、解決出来る筈もなかった。

  隙間妖怪に紅魔の吸血鬼、鬼、天狗、その他諸々。

  これら全ての妖怪を神社に近づけさせないというのは、到底無理な話。

  その事実を最も知っている彼女は、何も言えず俯く。

  形勢逆転。

  今の現状を表すに、最も相応しい言葉だろう。

  自身の勝利を目前にした、まさかの逆転劇に彼女は消沈の様子。

 「え~と、じゃあ、大晦日は……」

 「はいっ。大晦日は、○○さんの家にお迎えに行きますね?」

  結果を口にしようとしたら、早苗ちゃんがその先を代わりに答えてくれた。

 「ホントに良いのか?

  わざわざ迎えに来て貰わなくても、いつもどおり一人で行けるぞ?」

 「駄目です。山には危険がいっぱいなんですから!

  私と、八坂様か諏訪子様のどちらか一人、合わせて二人でお迎えに行きますから、安心してください!

  もしかしたら、三人で行くかもしれませんね~」

  えへへ、と嬉しそうに笑う。

  それにつられて、自身の頬も緩むのが分かった。

 「そっか。じゃあ楽しみにしとくわ」

 「はい、楽しみにしていてくださいね?

  御馳走いっぱい作りますから!」

  そう言って、ぐっ、と腕を捲くる仕草をみせる。

  御馳走かぁ……

 「そりゃあ楽しみだなぁ」

 「当然、年越し蕎麦も作りますからね?

  その後、年を越したら一緒に初詣しましょう!

  ○○さんには御利益サービスしちゃいますから!」

 「おいおい、それは流石に拙くねぇか?」

 「サービスだから良いんです~」

  そんなモンですか。

 「いつも博麗神社から貰い損ねている分の御利益もプラスしちゃいますねっ!」

 「ちょ、そりゃ言い過ぎだってば」

 「大丈夫です! とっても幸せにしてあげますからっ!」

  余程嬉しかったのか、さっきから彼女のテンションは上がりっぱなしだった。

 「八坂様も諏訪子様も、喜びますよ~」

 「なんで彼女達が?」

  疑問を口にする。

  なんで俺が行くことによって、彼女達が喜ぶのだろうか?

  信仰が増えるからか?

  俺一人分の信仰なんて、たかが知れてる気がするんだが……

 「それは……」

 「それは?」

 「秘密です」

 「気になるな」

 「むふふ~」

  何処と無く悪戯小僧を思わせる笑み。

  ……なんか、すっげぇ気になる。

 「教えてくれないのか?」

 「自分で考えてくださいね~」

  う~ん、なんだろうな?

  少し頭を働かそうとした……

  その時。

  ふと、気付いた。

  先程とは微妙に空気が変化していたことに。

  そのことに気付いたのは、多分、俺の方が彼女に近かったためだろう。

  右側に強烈な違和感。

  そちらを見ると、完全敗北をしてから沈黙したままの紅白の巫女が顔を俯かせている。

  ……筈だったのだが。

 「……っ」

  思わず息を呑んだ。

  彼女の顔に。

  頬を朱に染めた顔。

  そして両の眼には零れ落ちそうな程の涙。

  今にも零れ落ちそうなソレは、震えながらも尚、落ちることを頑なに拒否しているようだった。

  そう。

  博麗霊夢は、泣いていた。

 「れ、霊夢さん……?」

  突然の事態に驚いたのか、早苗ちゃんは、さっきまでのハイテンションを急速に低下させ、おどおどしながら尋ねる。

  その問いに霊夢は答えない。

 「ど、どうした急に?」

  続いて尋ねた。

  一体どうしたってんだ?

  負けたことが悔しかったのか?

  いやいや、俺がどっちの神社に行くかくらいのことだろ?

  泣く程のことかね?

  御賽銭が欲しかったとか?

  にしたって、何も泣くこたぁないだろうに……

  負けたことが悔しい。

  彼女が泣く理由は、そうだと思っていたのだが……

  彼女の口から出たのは、全く違う言葉だった。

 「…………わね」

 「ん?」

  前触れもなく霊夢は口を開いた。

  呟きに俺は耳を傾ける。

  そして……

 「御利益が、っく……無くて、悪かったわね……ヒッ」

  そう、彼女は言った。

  ドクン、と。

  心臓が大きく音を立てた。

  しゃっくり交じりの声。

  かみ締めた唇。

  ……ああ、そうか。

  負けたことが悔しいんじゃない。

  そんなことより。

 「……どう、せっ」

  自身の神社に御利益が無いことが。

  福が無いことが。

 「ウチの神社に来ても、っう……幸せになんて、なれないわよっ」

  俺に幸せに出来ないことが。

  しゃくりあげながら。

  彼女は告げる。

  いつ零れたのか。

  彼女の頬は涙で濡れていた。

 「わ、私、そんなつもりじゃ……」

  早苗ちゃんの動揺した声。

  見ると、彼女もまた涙目になっていた。

  彼女に悪気が無いのは分かってる。

  そう、悪いのは……

  だから。

 「霊夢」

  彼女の名前を呼んだ。  

  名前を呼ばれた彼女は、顔を俯かせて答えない。

  仕方ないので強行手段に出ることにした。

  炬燵から出て、彼女の後ろへと周り込む。

  そして、後ろに挟むように座り込んで……

  強く抱きしめた。

 「っ!?」

 「わぁ……」

  息を呑む声と、驚きの声。

  少女の身体の震えを、両腕が感じた。

 「なあ、霊夢」

  子供をあやすように声を掛ける。

 「……なによ」

  少女は涙声で。

 「さっき、ウチの神社に来ても御利益なんて無いって言ったよな?」

 「…………」

  少女は答えない。

  少しだけ頭が前後した。

  ったく、コイツはホント……

 「何言ってんだ、充分貰ってるっつーの」

 「嘘よ……ウチの神社に……っ、御利益なんて、無いもの」

 「いんや、あるぞ」

  彼女の頭にポンと手を置く。

  それはだな……







 「お前に会えた」







  そう、お前に会えた。

  妖怪退治をする巫女。

  守銭奴の紅白。

  一見ドSのように見えて、ホントは優しい一面を持つ少女。

  博麗霊夢、お前に会えた。

 「それだけで充分過ぎる程の御利益だね。

  この先、十年はいらねえくらいの」

  優しく頭を撫でる。

  サラサラとした黒髪がとても気持ち良かった。

  少女は何も言わない。

  為すままされるがままになっているが、不快ではないようだ。

  その証拠に、頬を腕に摺り寄せてきた。

  子猫のように懸命に摺り寄せる。

  その様が、とても愛おしかった。

  だから少しの間、そうしていることにした。

  ……のだが。

 「……でも」

 「ん?」

  不意に霊夢が口を開いた。

  身体をずらして顔をこちらに向ける。

  少し紅くなった瞳は、何故かジト目だった。

 「だったら尚更、早苗の神社の方が良いんじゃないの?」

  早苗のことも好きなんでしょう?

  なら、御利益がある分、そっちの方が良いのではないか。

  彼女の眼は、そう語る。

  やれやれ。

  心中で溜息。

  わかってねぇなぁ……

 「早苗ちゃん」

  霊夢から視線を外し、炬燵の向こうで顔を赤らめている緑白の巫女に声を掛ける。

 「は、はい!」

  勢い良く返事をする彼女に向けて、手招き。

  彼女はその動作に疑問符を浮かべながらも、素直に従った。

  炬燵から出て、左回りに歩いてくる。

  そして俺の左側に立った。

 「あ、あの」

  俺は無言で掌を上下させる。

  その意味を理解したのか、彼女はその場に屈みこもうとして……

  袖を勢い良く引っ張られた。

  勿論俺に。

 「きゃあっ!」

  バランスを崩す彼女。

  即座に体勢を整えようとした……が、それよりも早く。

  俺はその細い身体を抱き寄せた。

 「え!?」
 「えっ?」

  重なる声。

  今の状態を表すならこんな感じだ。

  右膝に博麗の巫女、左膝に洩矢の巫女。

  胡坐をかいた俺の膝の上には現在、二人の巫女が座っている。

 「あ……」

 「……ぅ」

  腕の中の少女達は、混乱した様子で真っ赤に染まった顔をお互いに見合わせる。

  そして数秒の間を置いて、示し合わせたかのようにこちらを見つめた。

  俺はニッと口元を吊り上げて。

 「これが俺の答えだ」

  言ってやった。

 「どっちかなんて選ばない」

  そうだ。

  これほどの極上の逸品、どちらかなんて選べるものか。

  片方だけ選んで、もう片方は放置?

  そんなの以ての外だ。

  天が許しても俺が許さん。

 「俺は両方頂く」

  文句あるか?

  言葉の端にそう含んで、彼女達に告げる。

  二人の少女は、含まれた意味を理解したようだった。

  少女達は、俺と相手の顔を交互に見つめる。

  そしてこれまたさっきと同じように。

  紅く染まった首を一緒に縦に振った。

 「そっか」

  少女達が受け入れてくれたことに対して、心の中で安堵する。

  そしてその御礼とばかりに。

  優しく、けど強く抱きしめた。

  そのまま数分の時が流れる。

  さっきまでとは打って変わって、穏やかで優しい数分間だった。

  最初は固くなっていた少女達だったが、それも最初の二三分程。

  今では安心した様子で、こちらに身体を預けていた。

  右腕には頬を摺り寄せる紅白の少女。

  すりすりと眼を細めて摺り寄せる。

  猫のようなその仕草がとても可愛らしい。

  左腕には腕を抱きしめている緑白の少女。

  最初はおずおずと手を触れるといった様子だったが……

  今は、その細い両腕で、俺の左腕を抱きしめていた。

  決して離さないと言わんばかりに、力を込める。

  まるで赤ん坊が母親の指を握るかのよう。

 「ん~……」

 「……んぅ」

  時折漏れる、微かな声。

  やれやれ。

  どうやら、一件落着って感じだな。

  ホッとして天井を見上げる。

  なんか、結構な爆弾発言をしたような気がするが……

  ……まあ、いっか。

  ホントのことだし。

  後悔は無い。

  ああ、後悔なんてある筈ない。

  そして天井に向けた視線を大切な少女達に戻した。







  否、戻そうとした。







  いや、視線は少女達に戻っている。

  ただ、焦点が合っていないのだ。

  焦点は少女達の一部に合わせてあった。

  そして自分の愚かさに気付く。  

  なんて、なんて愚かだったんだ。

  千載一遇とも言えるチャンスを自分は逃そうとしていたのだ。

  馬鹿という言葉など、比にならない。

  愚かさに自分を殺したくなった。

  ソレは最上の楽園。

  片翼の天使が二人揃ったことによって生まれた奇跡の園。

  神でさえ作りえなかった究極の神秘。

  これでもかという程の自虐を繰り返す。

  それほどまでに、気付けなかった自分が許せなかった。

  だが。

  まだ、手遅れではない。

  良かった。

  本当に良かった。

  まだ道は閉ざされていなかった。

  神様に土下座して感謝したくなる。 

  だが、それは後で良い。

  今は……

  目の前にある、二つの極上品。

  何処からか、獣の唸り声が聴こえた。

  スイッチをONにする音が頭の中に鳴り響く。

  電源が入る。

  スポットライトが頭の最深部にある闇を照らす。

  照らされた先には一匹の獣。

  鎖に繋がれたその獣は、目前にある極上の餌を求めて吼え猛る。

  餌に向かう獣。

  だが届かない。

  その進行を、首に繋がれた鎖が邪魔をしていた。

  獣は、血走った眼で恨めしげに鎖を睨みつける。

  俺の邪魔をするな。

  そんな声が脳裏に響く。

  だから。

  だから、その鎖を解いてやった。

  解き放たれる獣。

  よしよし、それじゃあ……

  たらふく喰おうか。

  答えるように獣が吼えた。







 「ウオオオオオオオオオオオッ!!」







 「えっ?」
 「きゃっ」

  解放の叫びに驚きの声を上げる少女達。

  だが、そんなものはどうでもいい。

  首を引き、力を溜める。

  そして目の前の空間に向かって……







 「いただきまーーーーーーーーーーーーすっ!!」







  首から上を勢い良く突っ込んだ。

 「「っ!?」」

  次の瞬間、頭が弾け飛んだ。

  無論、頭は存在している。

  だが、そう言っても良いくらいの衝撃だった。

  両頬に感じる、左右異なった温もりと感触。

  鼻先から咥内、そして脳へと伝わる香り。

 「ちょ、ちょっと……」 

  それは右頬から。

  最上級の絹織物のような……だが絹物には絶対に出せない肌触り。

  新緑の若葉を思わせる瑞々しさ。

  母なる海を連想させる、包みこまれそうな甘い匂い。

  ビリビリと、脳髄が痺れそう。

 「あの、○○さんっ……」 

  それは左頬から。

  摩擦さえ起こりそうにない程の、だがしっかりと頬に吸い付く肌触り。

  出来立てのプリンのような弾力。

  鼻から伝わる極甘の練乳のような香り。

  バチバチと、眼の前に火花が散った。

  それは両頬から。

 「……ぁ」
 「……ゃっ」

  それは仙桃を連想させた。

  只の水を極上の酒に変えることが出来るという、仙人が持つという伝説の品。

  彼女達の『腋』は正にソレだった。

  深みに嵌ると、澄んだ水が酒に変わる。

  その酒は抜けることなく、ジワジワと身体を酔わせていく。

  抜け出そうとしても、熟した果実のような甘い香りが脳を麻痺させ行動を起こせなくさせる。

  そしてその先に待つのは……

  だが。

  それでも俺はこの感触を味わっていたかった。

  抜け出せなかった。

  それほどまでの感動が此処にはあったから。

  涙が出そうだった。

  頬を両腋に強く摺り寄せた。
 
 「「…………」」

  最高だ。

  最高だッッッ。

  声にならない声。

  なんと言えばいいのだろう。

  喩えるならば、瑠璃と真珠。

  月に星。

  マリオとルイージ。

  巫女に腋。

  もうなにがなんだかわからねぇ!

  とにかく最高!

  腋巫女万歳!

  歓喜しながら、更に摺り寄せる。

  あふぅ……最高だぁ……

 「もう……死んでもいい……」

  その時だった。







 「そう」
 「そうですか」







  極寒の南極地帯に吹くブリザードのような冷たい声。







 「なら……」
 「では……」

 





  突然、両頬から感触が無くなった。







 「あれ?」

  奇跡の楽園の突然の消失に、慌てて辺りを見回す。

  両サイドには……







 「一回……」
 「一度……」







  紅白の死神と緑白の鬼神が……







 「死んできなさい」
 「死んできてください」







  その瞬間。

  俺は「神技」と「奇跡」を目にした。






























  迎えた大晦日。

  今年も今日で終わりである。

  皆仕事も一段落して、後は正月を迎えるばかりなのだろう。

  村中何処を探しても、静かなところが無いと思えるくらい、外は賑やかだった。

  ……約一部分を除いて。

 「あ~~~……」

  情けない呻き声が部屋に響く。

  大晦日。

  俺は自宅に居た。

  何故かって?

  そりゃあ……

  視線を身体に向ける。

  全身、包帯だらけだった。

  医者の下した診断結果は以下の通り。

  全身打撲、数箇所裂傷、一部筋肉断裂。

  当然、外出禁止。

  神社に行くなんて以ての外。

  いつもなら猛反論するところだったが、容態が容態だったので素直に従った。

  命が有っただけでも神に感謝しろとは、医者の爺さんの弁である。

  いや、そのとおりなんだけどさ。

  手加減無しのスペルカード。

  それを至近距離から二つも。

  ホント、命が有ったのが不思議なくらいである。

  なので、今回は凄え不本意だが、言うことを聞いて安静にしとくことにした。

  はあ……

  憂鬱が胸を曇らせる。

  想うは二人の少女のこと。

  う~ん……やっぱ怒ってるよな……

  真面目な話の途中に、いきなりアレだったからなぁ……

  また今度会った時に謝っとかなきゃなぁ……

  はぁ、許してくれるかなぁ……

  そういえば、早苗ちゃんとの約束……

  あ~、謝ることが二つになっちまった……

  ごめんな、早苗ちゃん……

  あ~……霊夢のヤツ、どうしってかなぁ……

  こんこん。

  ぼんやりとそんなことを考えていると、戸を叩く音が聴こえた。

  慌てて意識を戻し、玄関に向けて返事をする。

 「どうぞ、開いてるよ」

  ガラリと戸が開く。

 「よっ」

  開いた戸から顔を出したのは、悪友の一人だった。

 「……なんだ、お前か」

 「なんだとはまた、随分とひでぇ挨拶だなぁ」

  ニヤニヤと笑う悪友。

  自分のテンションが更に下がるのが分かった。

  はあ……傷が悪化しそうだ。

 「しけたツラしてんじゃねぇか」

 「うっせえ、しけたツラで悪かったな」

 「と言っても、その怪我じゃあ仕方ねぇか」

  ミイラ男だもんな。

  そう言って、おかしそうにヤツは笑った。
 
  よし、怪我治ったら絶対しばく。

 「……用が無いなら帰れ」

  こっちは機嫌が悪いんだ。

 「まあまあ、そう邪険にするなよ」

  笑いが止まる。

  少し、ほんの少しだけ真面目な顔になった。

 「何の用だ?」

 「正確に言うと、用があるのは俺じゃないんだよな~」

  そう言って再びニヤリと笑う。

 「は?」

  どういう意味だ?

  そう聞こうとした俺の目の前に……

 「暇だったから、来てあげたわよ」
 「こ、こんにちわっ」

  二人の巫女が現れた。

  ぶっきらぼうな紅白の巫女と相変わらず礼儀正しい緑白の巫女。

  対照的な二人の頬は、共に紅く染まっていた。

  瞬間。

  機嫌の悪さ、身体の痛み。

  全てが遥か彼方へ飛んでいく。

  どうして此処にいるのか。

  神社の仕事は良いのか。

  あの時はごめん。

  様々な思いが駆け巡る。

  だけど、そんなことより……

 「霊夢」

 「え?」

  ただ……

 「早苗ちゃん」

 「はい?」

  ただ嬉しくて。

  身体が跳ねた。

  二人の驚く顔が視界に映る。

  そして……







 「会いたかったぜーーーーーーーっ!!」

 「「っ!?」」







  二人に飛びついた。

  目標到着地点は二人の間。

  正確には二人の腋の間に正確に突撃する。

  辿り着く楽園。

  訪れる至福。

  極上の歓喜。

  そして……







 「なにすんのよーーーーーーーーーっ!!」
 「何するんですかーーーーーーーーーーーっ!!」







  お約束のように吹っ飛ばされた。

  鼻血が噴出し、青空に散る。

  数秒の空中飛行。

  その後の急降下。

 「いやホント……お前凄いわ」

  地面とキスする直前、そんな声が聞こえた。








  ああ、今年は最高の年越しになりそうだ。






























 おまけ ~大晦日の神様たち~



 「暇だねぇ……」

 「そうねぇ」

 「早苗、もう着いたかなぁ?」

 「もうそろそろ着く頃じゃないかしら?」

 「そっかぁ……」

 「……」

 「はぁ……」

 「…………」

 「ふぅ……」

 「……ねえ、諏訪子」

 「なに?」

 「貴女、○○に会いたかったんでしょ?」

 「!? べ、別にそんなことないわよ!」

 「あらそう? どことなくそんな風に見えたんだけど?」

 「っ! そ、そんなことない!」

 「ふ~ん……」

 「ホントよ!

  ○○が来ないからって、別に寂しくなんかないもん!」

 「何も言ってないけど?」

 「!!」

 「……ニヤニヤ」

 「む……」

 「……ニマニマ」

 「むぅ……そ、そーゆう神奈子こそどうなのよ?

  アンタの方こそ、○○に会いたかったんじゃないの?」

 「へ?」

 「どうなの?

  図星じゃないの?」

 「そ、そんなことないわよ?」

 「……じ~」

 「な、なに?」

 「そういえば神奈子って、○○が来るとすぐ出迎えに行くわよね」

 「そ、それは客人なんだから当たり前でしょ?」

 「○○と話してる時、やたらと機嫌が良いし……」

 「そ……そうかしら?」

 「○○が帰った途端にテンション下がるし……」

 「う……」

 「……怪しい」

 「ううっ……」

 「あ~や~し~い~……」

 「くっ……そ、それを言うなら、諏訪子だって似たようなモンでしょ!?」

 「私も?」

 「例えば、○○を見かけるとすぐ抱きつくし……」

 「うっ」

 「炬燵に居る時は、いつも○○の前に座って甘えてるし……」

 「ううっ」

 「帰る時は、お決まりのように「もう少し~!」って駄々をこねるし……」

 「うぅ……」

 「……」

 「……」

 「…………」

  「…………」

 「…………ねぇ諏訪子」

 「なに?」

 「私達も、○○の家に行かない?」

 「ええっ! 神奈子、それ本気!?」

 「だって、早苗だけズルイじゃない」

 「そりゃそうだけどさ~……神社はどうするのよ?

  流石に空っぽはマズイでしょ」

 「そうねぇ……」

 「どうする?」

 「秋姉妹にでも頼みましょうか」

 「また無茶言うね……」

 「あら、貴女は反対?」

 「……わかってるくせに」

 「それじゃあ……」

 「○○ん家に、れっつごー!」








  そして意気揚々と二人の神様は山を降りた。

  この数時間後。

  とある村の、とある一軒家で人と神を交えた白熱バトルが繰り広げられるのだが……

  それはまた、別の話。

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最終更新:2011年07月19日 00:13