登場人物
魂魄妖夢
苦労人の庭師。悩むくらいならたたっ斬るタイプ。
西行寺幽々子
亡霊のお嬢様。今回はお留守番。
○○
侍の居候。悩みとかなさそうだけど、気はそこそこ遣う。
先日は、とてもひどい目にあいました。
いえ、なにがどう起こったとかは特にないんですけど。
そう、湯当たりしてしまった事が一番の不覚でした。
結果としてひどい目にあったと言う事です。
はあ……
「店先でそんなため息をつかないでくれるかな?」
そうおっしゃるのは香霖堂の店主、森近霖之助さんです。
「ため息もつきたくなります。こんな品揃えではお客さんを満足させられませんよ」
「そんなため息じゃなかったように見えたけどね。
それと、品揃えについては僕個人の趣味だから、期待に沿えるかどうかは別の話だよ」
この方は趣味で商いをしているようです。おかげで売り上げは芳しくないそうです。
「今日は何か入用なのかな?」
「特にはありませんけど。霊具の一つでもあればと思って見に来たのですが」
「なるほど。専門外だね。いや、有れば有って、無ければ無いのがうちの店だよ」
「役には立ちませんね」
「道楽だからね」
開き直られても困る。とはいえ、道楽が故に、ここにはときに面白いものがおいている事もある。
そういったものがあれば、と、思ってきたのですけど。
「その霊具でもあれば、○○くんにでも上げるつもりだったのかい?」
「ええ。少しは何か護身用になるものでもあればよかったのですけど……。
って、○○さんのことを知ってるんですか」
実に自然に名前が出てきたのでそのまま答えていました。
「それは知ってるよ。あの迷惑新聞に載っていたからね」
「ああ、そういえばそうでした」
○○さんが来た当初、居合わせたのか駆けつけたのか、鴉天狗がいて取材をしていた事があった。
その後、余計に投函された新聞の処理を○○さんに任せたのでした。
「まあ、情報源はそこだけじゃないよ。うちには霊夢も来るからね」
「それもそうでしたね。あの暇な紅白巫女は何か行ってましたか?」
「特には。なんというか、異変とは関係ないところで異変な感じのする頭の平凡な侍だとか」
「あの巫女は頭に何かこだわりがあるんですか?」
「さあ? まあ、そのつてかな……。いろいろと話を聞いているよ」
「どんな話をしてるんですか?」
少しは興味がある。
彼が周りからどんな評価を受けているのか。
それは白玉楼の名誉とも直結しかねない事でもありますし。
「温泉でのぼせて介抱したのにボッコボコ」
「な!? 何で知ってるんですか!?」
あの事を知ってるのは少ししかいないはず。
そのメンバーは……。
あ、ダメだ。
「うちには霊夢が来るっていたよね。その霊夢のところに来たらしいよ」
「迂闊でした……。いえ、あの方なら口止めをしても無駄ですね。他に、知ってる人はいませんか?」
この先に余計な広がり方をする前に、ここで口止めしておかないと。
私の醜態です。白玉楼の沽券に関わります。
「そうだね。まず、そのときここにいた人物かな。魔理沙とか」
「また厄介な人に……。それだけですか?」
「あとは、そうだね。鴉天狗のお嬢さんが一人」
「何でそっちを先に言わないんですか!」
とても厄介な人に、よりのもよって……。
「そうそう。魔理沙といえば、さっきここから彼を連れて行ったよ」
「彼?」
「渦中の人物さ。君のところの居候の○○くん」
「なんでですか!?」
話の順序がメチャクチャだ。
整理しよう。
まず、○○さんはここにきた。
それで、魔理沙に連れ去られた。
飛んで、私の話は鴉天狗に伝わってしまってる。
「なんというか、お手上げなんじゃないかな? 大人しく彼を連れて帰った方がいいんじゃないかな?」
「それは分かってます! ……○○さんは以前からここに?」
そもそも、なんであの人はここに来てるのか。
まだ外に出ていいなんていってないんですけど。いえ、ダメとも言ってない。
「本人曰く、『ろーどわーく』らしいよ。紫氏から聞いたそうだ」
「あの人の差し金ですか。発音がおかしなところがあの人らしいですけど」
「それと、西行寺のからお使いを頼まれて来たりもする」
「いつもなら私に頼むのに。何で誰も彼も私に何も言わないでそういうことをするんでしょう……」
先日の件といい、私はのけ者にされているんでしょうか?
「別に君に伝えてないんじゃなくて、君に伝えない方が彼で面白く遊べるからじゃないかな」
「ああ……、それはあるかもしれません」
「何故そんな節があるかは知らないけどね。君は彼が嫌いなのかい?」
「そんなことはありません。なんでそんなことを?」
「いや、言ったとおりの意味さ。君に断りが入らないのだから、周りが遠慮しているのかと思ってね」
「遠慮なんかする人たちじゃありませんよ」
むしろ、面白がったからこそ、先日の件があるはず。
「それは良かったよ。一方的に嫌われていたら彼がかわいそうだからね」
「一方的? あの人が私のことを嫌ってるんですか?」
「おっと、違うよ。むしろ逆さ。恩人だの師匠だのと言って、崇めてしまいそうな勢いさ。一体何かしたのかい?」
「何もしてませんよ。少し命の恩人になって、剣術の稽古を付けてるだけです」
「なるほど。十分すぎるね。そうだ、彼にこれを渡してくれるかな?」
そう言って霖之助さんが私に見せたのは、清潔感のある折りたたまれた布。
「なんですか、これ?」
「聞かない方がいいよ」
あっさりと言い切られるので、ちょっと気になった私はその布を開いた。
なんとも縦に長い布。上の方には紐のようなものがついてる。
「これは、なんですか?」
「君の祖父がいたら聞くといい。と言っても、まあ、見れば分かると思うけど」
「褌……、ですか?」
「そうだよ」
「ひい!」
つい手放してしまいそうになりました。
「やめてくれよ。それは新品なんだから」
「こ、このために、○○さんは、ここに?」
「そうだね。彼はそういう下着を好むようだし。まあ、風体を見れば納得できるけどね」
「なんだかよく分からない理解が深まってるんですけど」
「そもそも、褌というだけで毛嫌いされる事はないと思う。
君らがドロワーズを愛用しているのといささかも違いはないと思うんだけどね」
「なんで私が悪いみたいに言うんですか。別に何も言ってないじゃないですか」
「今、『ひい!』って言っただろうに」
言ったことは言いました。
そりゃ、そんなもの手渡しにされたら驚きますよ。
「まあ、そうかもしれないね。僕だって逆の立場なら驚く」
「そう思うなら言わないでください」
「まあ、それはいいさ。とにかく渡しておいてくれよ。彼をボコボコにしたお詫びだと思って」
「う……。ここには関係ないのに……」
「そうは言うけど、別に君に対して失礼な事をしたわけでもないだろうに。
聞けば、八雲の狐が君を引き上げた後に彼が介抱したそうじゃないか」
「え、そ、そうなんですか……?」
聞いてなかった、それは。
それが本当なら、私は本当に悪い事をしたんじゃ……。
「その日は結局、彼は温泉に浸からずに帰ったみたいだし、
ある意味、君よりもひどい扱いになってるんじゃないかな」
「そうなんですか……」
「そうなんですか、って、それは君が考える事であって、
僕は僕で思ってることを言ってるだけだよ」
なんだか、私が悪い事をしたんじゃないか。そんな気がしてきました。
「まあ、僕に言えることなんか特にないよ。君の態度次第じゃないのかな」
「そういうものですか」
「それ、渡しておいてくれるかい?」
「あ、はい」
諭されているその手に褌。
なんというか、閉まらない話です。
「御免」
「おや」
と、いきなり香霖堂の戸を開いたのは○○さんでした。
どうやら魔理沙から開放されたみたいですね。
「霖之助殿。ただいまでござる」
「おかえり、というか、ここは君の家じゃないんだけどね」
「どうしたんですか、その格好は?」
「おや、妖夢殿。こちらにはどのようにして?」
「それよりも、何であちこち焦げてるんですか?」
「む。これは深い事情があるのでござる」
「魔理沙に連れて行かれたのですから、ある程度分かります」
すすけてるというか、ぼろぼろです。
「どうせ変な実験につき合わされたのでしょう」
「否。弾幕ごっこなるものをご教授たまわった次第にござる」
「なにをしてるんですか!」
どうも予想の斜め上に、この人は飛んでいく。
だからでしょうか?
あまり何事においても可哀想と思えないのは。
「ああ、○○くん。君に渡す予定だった褌は彼女に渡してあるよ」
「おお、かたじけない。妖夢殿もかたじけないでござる」
「べ、別に私は……」
受け取り拒否寸前で固まってたなんていえません。
いえ、承諾はしていたのですから後ろめたいことなんかありません。これ以上。
「魔理沙が失礼な事をしたみたいだね」
「否、こちらから申し出たようなものでござるよ。
しかし、『ますたーすぱーく』なる光を浴びたときには生きた心地がしなかったでござるよ」
「命がけでなにをしてるんですか……本当に……」
「人生これ修行にござる。時には命がけのこともあるでござろう」
「修行に命をかけないでください」
それでは、何のために助けたのかよく分かりません。
放っておいたら、とんでもない事になりそうですし。
「あまり勝手な事をしないでくださいね。
ここまで一人で来ているのも、人間の○○さんにして見たら危険な事なんですから」
「そういえば、○○くんは人間だったか。だったら気をつけないとね」
「まるで他人事ですね。いえ、確かに他人事ですか」
「ふむ。気をつけるでござるよ。ところで妖夢殿」
「なんですか?」
「先ほど、実に面妖な漆黒の玉が浮遊してござったが、アレは何でござろう?」
この人は、放って置いたら、死んでしまうんじゃないのでしょうか?
妖夢殿が香霖堂におられたのは些か虚を突かれたでござる。
とはいえ、拙者に含むところはありもせず。
ただ、弾幕ごっこなるものを言及された事にのみ、後ろめたさがあるところ。
「○○さん」
「なんでござろう、妖夢殿?」
「今の待遇に不満はありますか?」
香霖堂よりの帰路、妖夢殿が突然おっしゃるが、何ゆえ?
「不満などござらん。仕事もあり、剣術の稽古もあり、衣食住のあるところで何を不満に思えようものか」
「そういうことじゃないんですけどね……」
「どういうことでござるか?」
なにやらしおれた雰囲気でござるな。
「いかがなされたでござるか、妖夢殿。しおらしくされるなど、妖夢殿らしくないでござるぞ」
「私だって思うところはありますよ。貴方も一人の使用人として、待遇面もちゃんと考えないといけないんです」
「左様でござるか。さすがは妖夢殿、ありがたき心遣いでござるよ。しかし、拙者には不満の類といったものはござらんのだが」
「そうですか」
何があったのでござろうか。
拙者、何か心配になるような事でもしでかしたでござろうか?
考えてみても思いもつかぬ。
「あの、○○さん」
「なんでござろうか?」
「先日は、すみませんでした」
「何のことでござるか?」
「その、温泉に言ったときの事です。あの時、開放してくれたのに暴力を振るってしまいました」
「そのことでござるか」
確かにあの時、明らかに気の動転した妖夢殿にひどい目に合わされたでござるよ。
「御気になさるな。誰であれ、動揺するものでござろう。打たれることも修行と思えばなんともござらん」
「マゾなんですか?」
「それはなんでござろう?」
「なんでもありません。以後、気をつけますから」
「何も大したことではござらんよ」
とはいえ、何もないというままでは納得されぬでござろう。
今の妖夢殿はそういう雰囲気をお持ちでござる。
さすれば、拙者にも一つだけ思うところがあるでござる。
「妖夢殿。では、一つだけよろしいでござろうか?」
「なんでしょう?」
「妖夢殿。妖夢殿は妖夢殿らしくあってほしいでござる」
拙者の知る妖夢殿。
所詮は片鱗でしかないのでござろうが、それを妖夢殿としてとらえるに間違いはなかろう。
生真面目で真っ直ぐな妖夢殿。
それが、拙者の知る、妖夢殿らしい妖夢殿でござる。
「私らしく、ですか……。らしくなかったですか?」
「然り。後ろ向きに悩むことはござらん。真っ直ぐにしていて欲しいというのが、拙者のわずかばかりの願いにござる。
聞き届けていただけるでござろうか?」
元気のない者に元気を出せと言うだけならば、酷なことでござろう。
しかし、相手は妖夢殿でござる。
力無きことを指摘されて、
力無きままである事を是とするはずもなし。
「……ふぅ」
「妖夢殿?」
「そういうことは願い事とは言いません。なんなんですか、それは?」
「なに、と、申されても……」
「口ごもるのは、らしくありませんよ?」
「な! そう申されまするか!?」
まるで揚げ足を取られたかの如し。
これも、らしいとは言いがたきことではござるが、さきほどよりも、『らしい』でござる。
「あまり甘やかす事は良くないですね。分かりました。
これから白玉楼まで走って帰りましょう。私より遅れたら素振りでもしてもらいましょうか」
「なんと! 否、否、望むところでござる。勝負でござる妖夢殿」
「私に勝負とは、いい度胸です。では、参りますよ!」
実に踏ん切りの良い足で駆け出される。
その足踏みたるや、なんと快活であろうか。
これぞ、妖夢殿にござる。
「どうしたんですか! 遅れてますよ!」
「は! 甘く見ぬことでござる! 『ろーどわーく』の成果、とくとごらんあれ!」
拙者もその足に続く。
その勢いに勝るものなし。拙者をしてもまた然り。
快活に走る様を、拙者は後ろから見守る事で、心に安住を得る事に相成った。
見守るなどの言っては、妖夢殿に怒られるでござるな。
ちなみに、約定の如く、拙者は素振りを千本行ったでござる。
もっとも、一人ではなく、妖夢殿も一緒だったでござる。
「なんていうか、青春してるみたいでなによりだよ」
「なんだよ香霖。遠い目をしてよ。こっちは疲れたって言うのに」
「単に弾幕ごっこをしてただけだろう」
「それだけじゃないぜ」
「ふぅん。誰の差し金だか知らないけど、余計な事をしない方がいいと思うよ」
「なんだよそいつは? 私は少しばかりの親切心からやった事だぜ?」
「西行寺のお嬢様からかい?」
「いいや、違うね」
「そうなのかい。まあ、大方予想はつくけどね」
「なんだよ、つまんないな」
「面白がる要素は無いと思うけどね」
「そうかい。まあいいさ。必要になるかどうかなんて、わかりゃしないんだからな」
「なんのことだい?」
「弾幕ごっこだよ。○○のやつに、いつか必ず必要になるって紫がな」
「……そうなのかい……」
「どうしたんだよ、香霖。難しい顔をしてよ」
「……いや、もう僕たちの出る幕は無いんだけどね」
「分からないな。何の事だよ」
「なるようにしかならない……。そういうことらしい」
「香霖が悪いことを考えると実現しそうだな」
「言わないで欲しいね」
<幻想郷の白岩さん>
Q.香霖堂はどこにあるの?(藍様の式)
A.魔法の森、だったかしら?
とにかく森の中ね。
だいたい、幻想郷に森といったら一つしかないから名前なんて必要も無いわね。
森の中のどこかは知らないわよ。
Q.あたまぶつけたー(泣)(るーみあ)
A.前を向いて飛びなさい。
Q.一度でいいからここに何か書いてみたかったんだけど、何を書けばいいのかしら?(西行寺幽々子)
A.聞きたい事を決めてから書いて欲しいわね。
それと、本編に出てるくせに実名で書かないでよ。
それと、また春を集めてくれないかしら。冬を長引かせるために。
Q.温泉では藍が引き上げた事になってるけど、実は○○が引き上げたのよ。内緒よ?(スキマ妖怪 YU☆KA★RI)
A.貴方も隠す気無いわね。
しかも、内緒も何も、ここに書いた時点でみんなに知れ渡ってるわよ。
そうね、それならそのときのことを詳しく教えてくれると助かるわ。
それと、センスがダサいって言うか、古くないかしら?
Q.この間はありがとうございました。(匿名希望)
A.本当に冬の山に来るなんて命知らずね。
つい、遊び心で助けちゃったじゃない。妖怪失格よ。
どうしてくれるの?
▲あとがき
ようやくこのスレらしくなってきた気がします。
伏線をばら撒き始めましたが回収の見込みは、今の段階ではついてません。
この物語の結末が幸か不幸か、どちらで終わるかも……。
>>うpろだ679
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魂魄妖夢
半霊の庭師。いろいろと気にかけるようにはなってる。
西行寺幽々子
亡霊のお嬢様。おちょくるのが好きそう。
○○
侍の居候。意外と手先が器用。
白玉楼ならずとも、幻想郷において宴会は日常茶飯事だそうな。
幽々子殿も、妖夢殿をお供につれて出かけられることもしばしばあるでござる。
なにかにつけ、宴会はあるでござるが、本日は行事があるそうな。なんでも、西洋の風習に習うものの様でござる。
「『苦しみます』、でござるか?」
「なんというか、ベタなボケですね。予想はしていましたけど」
「そうなのよ。今日は大昔にイエスっていうひとが磔にされた記念の日なのよ」
「違いますよ!」
「まことでござるか!?」
「信じないで下さい」
なんでも、「いえす」なる御仁の誕生日を祝う日の様でござる。
「潅仏会の様なものでござるか」
「まあ、言ってしまえばそういうものですね。何かの開祖というものは祭り上げられてしまうものですから」
「左様でござるか。しかし、伴天連の風習に関しては疎いものでござる」
「また古風な言い方ですね。まあ、宴会に理由は要りませんし、今日はそれにたまたま大義名分があっただけですよ」
宴会は日常茶飯事につき。
されど、大義名分さえあればより盛り上がることが出来ると言うことでござろう。
「それでは、お留守番をお願いしますね」
「心得たでござる」
されど、拙者は留守番でござる。
これも拙者の務め。後ろめたいことなどござらん。
「ねえ、妖夢」
「なんでしょう?」
「なんで○○ちゃんを連れて行かないの?」
幽々子様はおっしゃるけど、それには理由がある。
「今の○○さんをいきなり幻想郷の、『あの人』たちに引き合わせたら食べられてしまうかもしれません」
○○さんは人間だ。それも生きてる人間。
妖怪ばかりが集まる宴会に連れて行こうものなら、襲われてしまうことでしょう。
「そうかしら? 紫とも顔合わせが済んでるわけだし、結構大丈夫なんじゃないかしら?」
「そうとも限りません。あの方は気まぐれですから、いつ気が変わるかも分かりません。
まあ、白玉楼にいる間には変なことをしないとは思いますけど」
そう思えば、○○さんがいつの間にか遠出をしていることも何とかしないといけない。
あの人は抜けてますから、そんなことで大変な目にあったら気分が悪いと言うもの。
「博麗神社には霊夢もいるじゃない。そんなことにはならないでしょう。
魔理沙も来るでしょうし、メイドもくるでしょう。他にも人間はいるわ」
「その人たちと比較しないで下さい。規格外じゃないですか。そもそも、神社でクリスマスって、節操がないですよ」
「そんなもの、あそこには神様なんて祭ってるとは思えないもの。山の上に来た新参の神に信仰を迫られるくらいだし」
「まあ、そうですね」
「ところで妖夢。妖夢は何かプレゼントを贈ったりしないのかしら?」
「幽々子様にですか? 別に、欲しいといって働くことはいつものことじゃないですか」
「そういうことを本人の前で言うものかしら? ○○ちゃんにもないのかしら?」
「そうですね……。ああ、……考えてませんでした」
あの人の世話焼きを考えるばかりで、そういったことを全く考えていませんでした。
そうですね。少し気が利かなかったかもしれません。
「あらあら、妖夢ったら。○○ちゃんには気を使ってあげるのに、私には気を使ってくれないのね。悲しいわ、しくしく」
「嘘泣きはやめてください。どうせ、何かにつけて何かを要求するじゃないですか。一応、聞いておきますよ」
「もう、そんなんじゃ気持ちがこもってないわ。もう少し気持ちがこもってないと。○○ちゃんなら、どんなものをくれるのかしら?」
「なんですかそれは?」
そもそも、クリスマスがどういう日なのかも知らないのにプレゼントなどを用意しているとは思えません。
「屋敷を出る前に教えておいたのよ。プレゼントを用意しておきなさいって」
「そうなんですか」
「妖夢の分は頼んでないわよ?」
「……」
「あら、妖夢。今、むっとしたかしら? ダメよ、そういうことは自分で伝えないとダメなのよ。妖夢も言ったじゃない」
「そういう意味じゃないんですけど」
ともあれ、もとよりあるとは思ってなかったこと。期待なんかしていません。
「ちなみに、私は○○ちゃんにプレゼントを用意してるのよ」
「え!? なんですかそれは!」
「それは教えられないわよ。○○ちゃんにも、上げるまでは秘密なんだから」
「そうではなくて、なんでそのプレゼント交換の話で私が仲間はずれになってるんですか!?」
「だって、妖夢が意地悪なことばっかり言うんだもん。○○ちゃんがきたらもうちょっとやわらかくなると思ってたのに、くすん」
「泣き真似は……、ああもう、手の込んだ泣き真似しないで下さい。目薬見えてますから。
それに、普段、意地悪なことを言うのは幽々子様のほうじゃないですか」
本当に、幽々子様は何をたくらんでるのか良く分からない。
いま、ポロリと漏らした言葉を聴く限り、どうやら私が縛ることを言わないようにしようと思っての行動みたいだけど。
別に、○○さんがいたからって私が丸くなる理由にはならないんですけど……。
「このままじゃ、妖夢は何ももらえないわね♪」
「何でそんなに楽しそうなんですか。別にいいですよ、私なんか仲間ハズレにしてください」
「あらあらいじけちゃって、可愛いんだから」
「ちょっと、幽々子様! 抱きつかないで下さい!」
いつものようにからかわれてしまって、本当に大変です。
毎年の事なのに、飽きない事です。
まあ、もらえないくらいは当然としても、何かしら用意するくらいはいいでしょうね。
「さて、仕掛かるでござるかな」
『くりすます』なる行事にて、贈り物をする風習を伺いしこと、つい先刻。
とはいえ、拙者、実はそれ以前から少し知っていたのでござる。
「ああ、○○さん、順調ですか?」
気配すら察せずに神風のように現れしは、拙者に事の次第を教えてくれたお方。射命丸どのにござる。
「おお、射命丸殿。次第順調にござるよ」
「それは何よりです」
贈答の風習について教えていただいたのは、一週間ほど前のことでござろうか。
此度の如く風のように現れた射命丸殿は、事の次第を伝えた後にまた風のように去ったものでござった。
「それで、○○さんはどなたにプレゼントを贈るんですか?」
「ふむ、そうでござるな……」
幽々子殿。先にお話をただいた次第ゆえ、贈らぬわけには行かぬでござる。
他にも、幽々子殿らがお世話になっている博麗神社の霊夢殿。
香霖堂の霖之助殿に魔理沙殿。
紫殿に、その従者である藍殿もでござろう。
当然、妖夢殿もでござる。
そうして指折り数えているところに、射命丸殿は「え?」と、奇怪な声を上げられた。
「そんなにあげるんですか?」
「然り」
射命丸殿に教えていただいたことにある。
なんでも、好きな者に贈り物をするとのこと。
故に、
「日ごろ世話になりお慕い申し上げる方々全てに贈るのが筋でござろう」
「あ、はは……。そうなっちゃうんですね……」
なんだか射命丸殿は力なく笑われるでござる。
「いかがなされ申した、射命丸殿?」
「なんでもありませんよ。ちょっとやそっとのテコ入れじゃ変化がないと思っただけです」
「テコ入れでござるか?」
「そうです。まあ、あまりに気にしないでください」
そうは申される。気にするなと言われてしまえばそれまででござるが。
「そうでござるな。しからば……」
拙者は用意していたものを、射命丸殿に差し出したでござる。
「どうぞ、射命丸殿」
「え、なんですか?」
「普段世話になっているのは射命丸殿も相違ござらん。故に」
「そ、そうなんですか!? それは考えていませんでした」
そういって、射命丸殿に贈り物をする。
「木彫りの……、紅葉ですか。置物ですね。ずいぶんと器用じゃないですか」
「季節を逸してはござるが、射命丸殿には良くお似合いと思ったのでござるが、いかがでござろう?」
「いえ、嬉しいですよ。ありがとうございます」
射命丸殿は顔をほころばせ申した。
そう笑っていただけただけで何よりでござる。
「ということは、他の方々もそれ相応のデザインを模した物を作られたのすか?」
「『でざいん』でござるか?」
「あー、なんと言いましょうか。皆さんにお似合いのものを作られているんですね」
「む、うむ。そうでござるな」
各々方には相応の物をお贈りして然り。
その姿見は贈られる方のために考えて作っているでござる。
「しかし、○○さんに意外な特技があったものですね」
「ふむ、そのようでござるな」
「そのよう、って……。なんだか他人事みたいな言い方ですね」
「記憶がなかればそういうものでござろう?」
手先の器用さは、なんとなくわかっていたことでござる。
しかし、その因果関係。何故、得意なのかは知る由もなし。
「そういえばそうでしたね。もしかして、その腰の刀で掘ったのですか?」
「良く気付かれたでござるな。その通りでござるよ」
「本当に器用な人ですね」
刀で気を彫るのは堀師にしてみれば邪道に思われることでござろう。
されど、拙者に今用意できる刃物と言えばこれしかないのでござる。
「たいした業物ではござらん、はず」
「そうなんですか。けっこう適当ですね」
「拙者のみを省みるに、記憶があった頃に大した碌のある職を持っていたとは思えぬでござるからな」
「なんだか自嘲気味なことを平気で言いますね。まあ、でも。後ろ向きよりはずいぶんいいですよ」
「うむ。それに、業物如何は、間近で妖夢殿の刀を目の当たりにしてござる。拙者もあれだけ物を手に入れたいものでござるな」
「あれは、確か家宝じゃなかったでしたかね」
妖夢殿に少し伺った事でもござる。
一振りで幽霊数十匹を断つという楼観剣。
そして、人の迷いを断つ白楼剣の二刀。
妖夢殿に相応しい大業物でござる。
「幽霊を数十匹斬る刀といっても、幽霊って触れないんじゃなかったですかね?」
射命丸殿、それは身も蓋もないというものでござるよ。
「おお。そういえば射命丸殿、これをお願いできるでござるか」
「なんですか、この紙束は……、ああ!」
「左様。年賀状というものでござる」
これは霊夢殿よりお教えいただいたこと。
新年を迎えるに当たり、その挨拶を書状により行うとのことでござる。
年始回りを簡易にしたようなものでござるが、これも風習でござろう。
「なんだか、これも知らなかったような口ぶりですね。それも記憶喪失ですか?」
「それは拙者に判ぜぬところでござるよ」
「そうですか。まあ、これは確かに承りました」
「お願いするでござるよ」
「いえいえ。私、こんな素敵なものをもらえるとは思ってませんでしたから」
そういって、拙者が渡した木彫りの紅葉を見せるでござる。
「これくらいはお安い御用です。では、また新年にお会いしましょう」
「良いお年を、でござる」
「クリスマスなのに気が早いですけどね。メリークリスマス」
そういうや否や、やはり射命丸殿。風のごとく去って行かれたでござる。
「ふむ。天狗なるもの。なんとも軽快なものでござるな」
その足速く。
実に快活なもの。
「さて、これからが肝心な仕事にござるな」
拙者にはまだやる事がござる。
妖夢殿の分を、これから誠心誠意、彫り上げるでござる。
帰ってきたのは、もう夜半過ぎでしょうか。
「さすがに、もう寝てますよね」
○○さんは寝つきがいいほうです。
酔っ払って寝付いてしまった幽々子様を部屋に返して、少し様子を見てみましょうかね。
一応、相応のものは用意しておきましたし。
通例に倣い、枕元にでも置いておきましょうか。
「何やつ!」
「って、まだ起きてたんですか!」
ていうか、部屋に入るなりその反応はないと思います。
「これは妖夢殿。お帰りになったでござるか。静かなもので、出迎えをし損なった出ござる」
「いえ、それはいいんですけど。なんでまだ起きてるんですか? また素振りとかしてたんじゃないですか?」
「否、そうではござらんよ。これでも帰りを待っていたのでござるが」
「ああ、幽々子様のことですか。それなら部屋に寝かしつけてきましたよ」
そういえば、この二人はプレゼント交換の約束をしていたのでした。
「む、そうでござろうな。それならすでに、枕元に」
「え、そうなんですか。いつのまに……」
侮れないものです。
「ていうか、それならもう用はないでしょうに。寝ていても良かったんですよ」
「だから、妖夢殿にもあるのでござるが」
「え?」
私の分が、ある?
「どういうことですか?」
「どういうことも何も、今日と言う日はそういう日なのでござろう」
「……そう、ですか」
意外です。
いえ、予想外です。まさか私にプレゼントがあるなんて。
ああ、でも、私からありましたし、渡せば何か返す性格ではありますし。
いずれにしても、何かいただいていたのでしょう。
でも、先方から自発的にもらえるのなら、それは嬉しい事でしょう。
「それで、一体何を……」
聞いて、はたと思います。
少々気持ちが逸ってる事に。
だって、まあ、嬉しいじゃないですか。
「それはこれにござる」
そう言って、差し出されたものは……。
「えっと、これは……?」
思わず、言葉に詰まってしまいました。
「熊でござる」
よくお土産物屋で置いてあるようなものでしょうか。香霖堂にもあったような、幻想入りしそうな産物です。
なんでしょう……、このがっかり感。
「ずいぶんと、荒削りのようですが」
「申し訳ござらん。さすがに拙者も苦労したのでござるが。本物を模す事は難しかったでござる」
「○○さんが作ったのですか!?」
だとしたら驚きです。
荒削りとは言いましたけど、それは工芸品としてのこと。それが手作りだと言うのなら、話は別です。
「これは、……ありがとうございます」
「気に入っていただけたでござろうか?」
「ええ、もちろんです」
手作りと言うものは嬉しいです。
それだけの心遣いがあるということですから。
「ああ、それと、妖夢殿。これを」
「なんでしょう?」
そういって取り出したのは、木彫りの花。
「妖夢殿の刀の鞘にある花を模したのでござる。一本添えようと思うのでござるが、いかがでござろう?」
「そう、なんですか?」
木彫りなのに、活ける様な花。
本当に、見事なものでした。
それを見るに、多分、本当はこちらから彫ったのではないかと思います。
「本当に、ありがとうございます」
「喜んでいただいて何よりでござる」
「では、私からも」
「いただけるのでござるか!?」
ずいぶんと驚いています。
ああ、そうか。お互いに、期待していなかったのでしょうね。
それもなんだか悲しいですね。
まだ、親交が甘いですね。反省しないと。
「これです」
「おお、なんと!」
ずいぶんと目を丸くされています。それほど驚くほどのものでもないのですけど。
「お守りです。クリスマスに贈るには少々おかしいですけど」
厄除けです。
この人には、これから何に巻き込まれるか分かったものではないです。
まあ、気休めでしかありませんけど。
「ありがたく頂戴するでござるよ、妖夢殿」
「いえいえ、これからも気をつけてくださいね」
「どういう意味でござるか?」
「言葉どおりの意味ですよ」
なんというか、もうすぐ年も明けるというのに。
いろいろ起こる気がしてならないです。
それもないように、私もしっかりしないといけないですね。これからも。
○○さんも、白玉楼のためになるようになって来てますし。
頑張っていきましょう。
「まあ、しっかり精進する頃ですよ。サンタは良いこのもとにしか来ないのですから」
「む? もしやそれは朱色の服に身を包んだ白髪の老人のことでござるか?」
「クリスマスを知らないのによくご存知ですね」
「さきほど、不法侵入者だと思って追い出したのでござるが」
「何をやってるんですか!?」
すごいものが幻想入りしたものです。
なんだか、今からでも大変な気がしてきました。
「妖夢―! 私のところにサンタが来たわよ! 木彫りの蝶! 可愛いでしょう!」
「そうですね。良かったですね」
「あら妖夢。何か言い事があった顔をしてるわね。何かあったのかしら?」
「え、いえ。特には何も」
「あらそうなの」
「ところで幽々子様。幽々子様は○○さんに何を贈られたんですか?」
「あら、気になるの? うふふ、秘密よ」
「そ、そうですか……」
「気になるなら○○ちゃんに聞いてしまえばいいのに」
「別に、そこまで気になるわけではありません」
「意地張っちゃって、もう。……妖夢」
「なんですか?」
「あんまり、ゆっくりはしられないかもしれないわよ?」
「なんですかそれ?」
「私にも分からないわ」
「なにか、異変でも?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「それよりもお腹がすいたわ。何か食べましょう」
「はいはい、分かりました。ああ、○○さんも呼んできますね」
「……そうね。そうしなさい」
<幻想郷の白岩さん>
Q.今頃クリスマスって、もう遅くないかしら?(紅魔館の主)
A.察してあげなさい。
Q.年賀状の起源っとはどのようなものですか?(犬走椛)
A.元は年始周りといって、直接回っていたみたい。
それでは挨拶する側も迎える側も手間だったみたい。
簡素化し始めて、手紙の普及に伴って広がったのね。
Q.春ですよー(春妖精)
A.まだよ
Q.春です(黒春妖精)
A.まだだって言ってるでしょ
Q.白岩さん、あなたのことを愛しているのですが
結婚を前提としたお付き合いをしていただけませんか?(匿名希望)
A.えっと、あなたとはついこの間あったばかりなんだけど。
それがいきなり何なのかしら?
まずは匿名で名前を隠す事をどうにかする事ね。
それと人間と妖怪よ。問題が多すぎるは。
それに私は冬の間にしか人前に姿を現さない。
それだけ分かっての事かしら?
……どうしてもっていうなら、友達からなら始めてもいいわよ。
登場人物
魂魄妖夢
白玉楼の弄られ役。質実剛健なタイプ。
西行寺幽々子
白玉楼の弄り役。自由奔放な感じ。
○○
白玉楼の問題児。晴耕雨読を地で行く馬鹿。
白岩さん
お便りに答える人。ちょっと予期せぬお便りがあったりする今日この頃。
「あけましておめでとうございまする」
「はい、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうね、二人とも」
年始にて、新年の挨拶となり候
主従の交わす言葉にしては気安きものなれど、それが白玉楼らしさというものでござろう。
否、その主たる幽々子殿の器でござろうな。
「して、年始回りなどされるのでござろうか?」
「いつの時代の風習ですか、それは。今は、その、○○さんがされたように年賀状で十分です」
「まあ、新年会の予定もあるみたいだし、いいんじゃないかしら」
またも宴会の予定が入っている模様。
幻想郷の方々は、つくづく酒豪な方々にござるな。
「左様でござろうか」
「それよりも、○○さん。同じ屋敷に住んでいる者に年賀状を出すのはおかしくないですか?」
「そうなのでござるか。確かに、年始回りの代用として行われる風習にあると聞き及んでいるのでござるが」
「まあ、間違いじゃないですけど。それは外に対してですよ」
「そうなのでござるか」
年始の挨拶を書状にして行うというのも、伝え聞いただけの話にござる。
間違いがあったのは、全てを把握し損じた拙者の不手際にござる。
「申し訳ござらなんだ」
「年の始めから謝るのはやめてください」
「そうよ、○○ちゃん。まずはおめでとう、そして、良い年でありますように。なのよ」
「なるほど。出銭は縁起が悪いというのと似たようなものでござるか」
「合ってますけど、何だか変ですね」
新年にして、その始めから頭を下げ通しでは門に福も来やせぬでござろう。
「して、今日のご予定にござるが」
「ええ、本当に珍しい事に、お誘いがありました」
なんでも、急なお誘いだとか。
妖夢殿は少々訝った様子でござるが、幽々子殿のあっけらかんとした態度に押される形で誘いを承諾したようでござる。
その場所というのは、
「それでは、紅魔館に行きましょうか」
「あけましておめでとうございまする。美鈴殿」
「あけましておめでとうございます、○○さん」
「って、なんでいきなり顔見知りなんですか!」
紅魔館についた折、門番の美鈴殿に年始の挨拶を交わしていきなり怒鳴られたでござる。
「これは年始の挨拶にござる」
「そんな事は分かってます!」
「あの、妖夢さん? 別に私たちが知り合いで何も問題ないと思うんですけど……」
「いつの間にか勝手にこんなところまで一人で歩いてるところを叱ってるんです!」
「え、あの、ごめんなさい」
なぜか美鈴殿まで叱られる事に。
「妖夢殿、少し落ち着いてくだされ」
「だったら釈明してください!」
「『ろーどわーく』でここまで来た折に、知り合ったでござる」
「それだけですか!」
それだけもなにも、それ以上の事は何もござらん。
「妖夢ったら。新年早々、怒ってばかりでは福が逃げちゃうわよ」
「う……、まあ、そうなんですけど」
出かける前の掛け合いもあり、妖夢殿の怒りはすぐに収まられた。
「はあ、全く……。○○さん。自分が人間だって言う事を忘れてませんか?」
「否。拙者、身の程を十分に承知してござるよ」
「ほんとうですか?」
胡散臭げに妖夢殿はお尋ね申す。
「然り。なにせ、拙者は目の前に広がる湖にいた童女にすらやられかけたでござる」
「大威張りで馬鹿なこといわないでください」
「まあ、それが紅魔館までやってきた縁なんですけどね」
「その節はお世話になり申した」
深々と頭を下げると、これまた美鈴殿は頭を下げられる。
「いえいえ、大したことじゃありませんよ」
この方は本当に腰が低いでござるな。
……門番として、どうなのでござろうか?
否、これほど器の大きなお方なれば立派に勤め上げられている事にござろう。
「美鈴、いつまでそこでお客様を足止めしてるのよ。侵入者でもない相手ばかり引き止めないで欲しいわね」
美鈴殿の背より、辛らつな声があり。
「おお、咲夜殿。あけましておめでとうございまする」
「あけましておめでとう」
紅魔館の冥土長なる人物、十六夜咲夜殿のご登場にござる。
「本当に、なんでこんなに色々と親しくなってるんですか」
なぜか妖夢殿は呆れ調子。
「あけましておめでとうございます。それと、別に親しくしているわけではありません」
「あけましておめでとうございます。そういうものですか。そもそも、顔見知りになってる事が疑問なんですけど」
「あけましておめでとう。というか、よく生きてるわね、○○ちゃんって」
幽々子殿の感心したような声。
それほどのことでござろうか?
「お誘いに○○ちゃんの名前もあったから、まさかとは思ったけど。○○ちゃんったらけっこう社交的なのね」
「それほどでもござらん」
普段に挨拶を交わしていれば、顔見知る事ぐらい容易でござろう。
妖夢殿はひたすらに首をかしげている様子でござるが。
「それでは皆さん、お嬢様がお待ちです」
咲夜殿の先導に続き、拙者らは館の中へと入っていったでござる。
「あけましておめでとう、○○」
「あけましておめでとうございまする、れみりあ殿」
「発音がまだおかしいわね。レミリア、レミリア・スカーレット」
「本当に、どうなってるんですかこの人は」
年始の挨拶に館の主、れみりあ殿と交わす折に妖夢殿が固く呟いてござる。
「レミリアったら、どういう風の吹き回しかしら。私たちを年始の挨拶に呼ぶなんて」
「本当ならこちらから出向くのが筋だと言いたいんでしょうけど、生憎と日中は出かけるのに余り向かないのよ」
「そのあたりの事情は知ってるわ。私が聞きたいのは、そんなことじゃないわよ」
幽々子殿とれみりあ殿が互いに含みのある会話をされているでござる。
双方、主足りえる威厳をかもし出すかのようでござる。
「それで、食べ物はたくさんあるんでしょうね?」
「咲夜に抜かりないわ。呼ぶ客人の事は考えてあるもの」
にして、会話の内容はするりと宴会のことに移り変わっていたでござる。
「ならいいわ。妖夢、○○ちゃん。今日は年始の宴よ。無礼講という事でいいわ」
「そういうことは、館の主である私に言わせてもらいたいんだけど」
なんと、無礼講のお達し。
それにして、なんと、拙者、初めての宴会参加にござる。
「あんまり無茶な事はしないでくださいね」
なにやら先読みを聞かせたかのごとく、妖夢殿は呟かれたでござる。
「心配御無用」
「本当ですか? ○○さん、お酒とか大丈夫なんですか?」
「記憶になき事ゆえ、分かりかねるでござる」
「……本当に無茶をしないでくださいね」
心底心配そうに、妖夢殿は堅く堅く呟かれたでござる。
とても意外なことでした。
いえ、○○さんの性格なら、可能性はあり得た話です。
けっこう、誰とでも仲良くなれるみたいです。
社交的、というか、精神年齢が低くて誰にでも合わせられる感じでしょうか。
「ていうか、無茶しないでって言ったのに」
言ってるそばから、お酒を飲まされてます。
飲ませているのは、なんとパチュリーさん。
学術的興味なのか知りませんけど、どうせ人間の限界がどうとか言って飲ませているのでしょう。
どうなっても知りませんよ。
これで酔いつぶれられたら、私が連れて帰るんでしょうか。
それはそれで、嫌な感じです。
まあ、○○さんには以前、同じ事をされていますし。そう考えれば、貸し借り無しともいえるでしょうね。
もっとも、酔いつぶれなければその手間もないんですけど。
「あら、妖夢。貴女は輪の中に入らないの?」
「パチュリーさん。なんですか? 貴女らしくもない。喘息はいいんですか?」
「私らしさって何かしら? それよりも、貴女のところの使用人、とんでもない事になりそうよ」
「なんですか、それは」
見れば、○○さんの目の前には咲夜さんが立っている。
その手には、なにやら洋服のようなものがありますね。
なんだか、フリフリの……。
「悪い冗談か何かですか?」
「そうね。冗談よ。お正月ならではの冗談ね」
「お正月関係ないと思います。ていうか、止めてください」
「いやよ、めんどうだもの」
「貴女は○○さんのメイド服姿が見たいんですか?」
「目に毒かもしれないわね。もしかしたら可愛いかもしれないけど」
「ありえませんよ、それは」
○○さんは、けっこう体格が良いです。
体つきがしっかりしすぎているのに、女物のメイド服姿はひどいものになりそうな気が――
「妖夢殿―!、似合うでござるかー?」
「って! もう着てる!?」
何て気持ちの悪いメイド。
まさに思ったとおり。
細身に締まった体に、細分の隆々とした肉付き。
それに合わさるフリルの気持ちの悪さ。
「すごく似合ってません……」
「そ、そうなのでござるかぁ!?」
「なんでそんなに驚いてるんですか!」
「幽々子殿が、これを着れば妖夢殿が喜ばれるとおっしゃったのでござるが」
「そんなわけないです!」
というか、私以外はノリノリで○○さんを玩具にしてます。
「しからば、妖夢殿ならば似合うのではござらぬか?」
「え? まさか!?」
私には、そんなフリフリの服が似合うはずもありません。
庭師兼剣術指南役。そんなものが似合う生活を送ってません。
「そうは思わぬのでござるが……。しからば、咲夜殿!」
「すでに用意しています」
「なんで貴女がノリノリなんですか!?」
よく見れば、顔に朱が刺してるんですけど……。
……酔ってますね。酔ってるんですね!?
「それでは、不肖、紅魔館メイド長、十六夜咲夜。手品をご披露させていただきます」
「ちょ、ちょっと! 貴女の手品って!」
私の非難の声も届かず、紅魔館の皆さんは大喜び。
勘弁してください。
○○さんも、そんなに異様に期待した目で見ないでください。
「それでは、3!」
「ちょっと、本当にやめてください!」
「4!」
「数字が増えた!?」
「5!!!」
このメイド長のあり得ないボケに、対処が遅れ、
「はい!」
手品師の、『さあ、どうですか!?』といわんばかりのポーズに。
私は、己の身に起こった事を悟った……。
「「「「おおーーーー!!!」」」」
種が割れてるんですから、そんなに驚かなくても言いじゃないですか。
それと、幽々子様。おなかを抱えて笑わないでください。
「妖夢殿」
「な、なんですか?」
「実によくお似合いでござるよ」
「嘘吐かないでください!!!」
「嘘にござらん! これが虚偽ならば、拙者はここで腹を掻っ捌く!」
「だったら! 冗談にしてください! …よぉ……」
こんなフリフリの服。
私のメイド服姿、というか。
なんでしょう。
女の子らしすぎる姿というのは、なんとも違和感があるもの。
似合ってるといわれても、あんまり実感もありません。
でも、○○さんは、嘘吐かないんですよね……。
困った事に。
「そんなに浮かない顔でいかがなされたでござるか?」
「なんでもありませんよ」
「されど、お似合いでござるの。実に、美しきものでござるよ」
「あんまりそういうことは言わないでください」
そういう褒められ方は、された事がありません。
「あら、殿方の褒め言葉はしっかり聞いておいたらどうかしら?」
「普段からこういう服を着てる人が何を言うんですか……」
「普段から着ていると、そういう褒め言葉はもらえないものなのよ」
確かに、そうなのかもしれませんけど。
「つまりは、ギャップで殺すということね」
「パチュリー様。流石です」
「絶対楽しんでますね……」
迷惑な話です。
咲夜さんはともかく、パチュリーさんは自分で着ればいいのに。
……まあ、それほどの活動感もないでしょうけど。
とはいえ、まあ、正直な話。
そんなに悪くは無いんですよね……。多分。
「ところで、私の服はどこへやったんですか?」
「妹様に預かってもらいました」
「さりげにわけの分からない事をしないでください!」
「おお、ふらん殿でござるか! 今日は何処に?」
「妹様なら――」
どっごーん!!!
「○○――! あけましておめでとうー!」
「ふらん殿! あけましおめでとごばああぁ!!!」
「○○さん!」
扉を破壊しながら乱入してきたフランさんに、○○さんはぶっ飛ばされてしまいました。
「○○さん、大丈夫ですか!?」
「あれ? ○○、壊れちゃった?」
「不吉な事を言わないでください! それよりも、何で預かった私の服を勝手に着てるんですか!?」
「その変な恰好どうしたの?」
「私のことですか!?」
「ううん。○○のこと」
「ああ、これは……。あれ? そういえば、○○さんの服は?」
「それは小悪魔が洗濯しています」
「何でですか!?」
宴会という名の混沌の中。
何もかもが分からないまま、色々と潰れていきました。
「もしかして私は、この恰好のまま帰らないといけないんですか……」
「よくお似合いでござるよ」
「起きてたんですか!?」
まあ、似合ってるらしいから良いんですけど……。
「それで、○○ちゃんをどうしようというのかしら?」
「別に。ただ、このままじゃ面白くないと思っただけよ」
「何かしたのね」
「ひどい言い草ね。感謝して欲しいくらいなのに」
「どういうことかしら?」
「別に、あなたの思いのままにするにしても、このまま生ぬるいだけで終わらせるのが不愉快だっただけ」
「それのどこに感謝しろというのかしら?」
「ぬるま湯ならいいわね。でもそれは、不幸にならない代わりに幸福にもならない」
「貴女には先読みの能力なんてあったかしら?」
「現状からそう判断しただけ。でも、一石を投じようとする姿勢は評価して欲しいわ」
「私の評価なんかいらないくせに」
「そうね」
「まあ、私としても、なるようになれって感じではあったのだけけども。ゆっくりしてられない、というか、不穏当な感じはあったわね」
「まあ、どうなのかしらね。どこの誰かが『どこ』から連れてきた人間かは知らないけど」
「それで、これ以上介入してくる気かしら?」
「そんなつもりは無いわ。そんなこと、あの人間次第でしょう」
「それもそうね。……いえ、少し違うわね」
「あら、誰の介入があるのかしら?」
「西行寺家の庭師兼剣術指南役よ」
「そう……。まあ、せいぜい楽しい結末にして欲しいわね」
「あら、応援してくれるのかしら?」
「そうね。暇を潰せる座興なら何でも歓迎よ」
<幻想郷の白岩さん>
Q.紅魔館って?(大妖精)
A.霧の湖の近くにある洋館ね。
吸血鬼や妖怪の住む、人間にはとても危険な場所。
そこにいる門番はしょぼいのだけど、人間相手に負けることはないわ。
Q.メイド服って男が着ても良いの?(七色の人形遣い)
A.良い訳ないわ。
気持ち悪いったらないもの。
体格の良い男が着てたりしたら、それはもう悪夢ね。
Q.お酒は二十歳を過ぎてから(鬼)
A.二十歳を過ぎてないのは殆どいないわ。
紅白巫女や白黒魔法使いはどうか知らないけど。
……紅魔館のメイドは幾つなのかしらね?
というか、貴女は少しお酒を控えなさい。
Q.人形の地位向上に向けて!(コンパロ)
A.人形の地位ってどの辺り?
人間と妖怪ってどっちが上なのかしらね?
Q.白岩さん、いえ、レティさん。
先ずは匿名を希望した無礼から謝罪させていただきます。私は●●、しがない一人間です。
確かに今回の告白は早計でした…。しかし、あなたを想うにつけ募りに募るこの思いは、伝えずにはいられませんでした。
妖怪? だから何だと言うのです、誰に否定されようと糾弾されようと、どんな問題が起ころうと、私は貴方を愛し通します。
冬の間だけ? 私は、貴方を目にする度に恋に落ちてしまうのです。三ヶ月の幸福の為ならば、九ヶ月など何でもありません。
ですからどうしても、お願いです。友達でも良い、貴方の傍に居させてください(匿名希望改め、●●)
A.まあ……友達でいいなら、それでいいわ。
でも、あくまでも友達よ?
その、あんまり過剰な表現は慎んで欲しいわ。
友達は友達なんだから。それが出来ないなら友達になれないわ。
*編集注釈
告白が早計だと言っているわりには愛を語る口調が収まってません。
まずは、本人のご要望の通りに、ちゃんと友達をしてあげてください。
本人は戸惑っています。もう少し、時間を置いてあげてください。
ひたむきな態度は、いつか報われる事でしょうから。がんばってください。
(文責:文々。新聞編集・射命丸文)
登場人物
魂魄妖夢
白玉楼の庭師。最近は○○の動向を訝っている様子。
西行寺幽々子
妖夢の主。何かしら暗躍している様子。
○○
白玉楼の居候。どこか自由な人。
白岩さん
最近暖かくなってきているようで、ちょっと心配。
○○さんは、実に自由な人です。
気付けばどこかへふらふらと出歩き、
そして、私の見知らぬうちに交友関係を広げてきます。
別に、悪いことじゃありません。
妖怪が人間にとって危険な存在といっては聞かせても、その妖怪自体と仲良くなってくるようなら問題がありません。
少し、気が気でないところもありますけど。
そんな今日この頃。
「何用でござるか、妖夢殿?」
「いえ、特に何というわけではありませんけど」
「では、何ゆえ拙者の後を付いて来られるのでござるか?」
「なんとなくです」
この自由な人が、普段、一体どこをほっつき歩いているのか、少し気になりました。
わざわざ隠れて後追うのも変な話なので、堂々と後を追います。
「もしかして、妖夢殿。怒っているのでござるか?」
「怒る事は無いと思いますけど。それとも、私が怒るような事に心当たりがあるんですか?」
「滅相もござらん」
ぶんぶんと、精一杯に○○さんは否定します。
必死な態度は、どういう意味なんでしょうね?
何かやましい事があるのか、ただ何事にも精一杯なだけなのか……。
「それで、どこへ行かれるんですか?」
「ふむ。考えてもござらん」
「なんですか、それ?」
○○さんらしいといえば、らしいですけど。
そんな行き当たりばったりな事をしてたら、危ないんじゃないでしょうか?
「『ろーどわーく』でもあるでござるからな。それ相応の距離を歩きたく思うところでござるよ」
「走らないんですか?」
「それも修行にはなるでござるよ。しかし……」
○○さんは、周囲を見渡しました。
冬の季節柄、木に葉もなく、寂しく寒々しい景色が映ります。
ぱらりぱらりと、雪のちらつくその景観を、○○さんは、
「春夏秋冬の偽り無きこの風光。ただ過ぎ去るには、余りにも、惜しい」
そう言って、笑いました。
「そういう、ものですか」
「そういうものでござるよ。見る目には同じ景色なれど、同じ風情ではありもせぬ」
「何が違うんですか?」
「心にござる」
歌人が詠うように、○○さんは言葉を紡ぎます。
一歩一歩踏み入り、落ちてくる雪の一欠けらを肩に落としながら、
「景色は思い出と共にあり。故に……」
そして、今度は私を見ながら、
「傍らに妖夢殿がおられるなら、また違う、美しき展望になりましょう」
実に柔らかく、笑いました。
「思い出、ですか……」
「左様にござるよ」
「まるで悟ったように言いますね。○○さんは何かを修められた人なのですか?」
「それは無いでござろう。修行中の身である故、これは拙者なりの解釈でござる」
「そうですか」
「左様にござる」
「悪くは無いですね」
「恐悦至極」
多分、私のほうが長く生きています。
でも、私はこれほどゆっくりと、何かを見てきた事があったでしょうか?
寒々しいと評した景色が、まるで、これから芽吹きを待つ鼓動を発するように見えました。
この人がいなければ、気付きもしなかったこと。
隣にいる人によって、景色は変わる。
「なるほど、そういうものなんですね」
「そういうものでござるよ、妖夢殿」
人間が、短い生の中でこれだけの発見をするのは、その短い時間の中に全てを凝縮しているから。
いえ、私も半分人間ですから、分からなくもありません。
逆に、長い生だから気付く事もあったりします。
本当なら、この景観に風情を見出すのは我々の様な存在の方でしょうに。
この自由な人は、常にそれらを見ながら歩いているのでしょうか。
「む、そこにおられるは……」
○○さんが、何かに気付いたようです。
いえ、私も気付いていましたけど、それほど危険もありませんでしたし気にしていませんでした。
「おお、りぐる殿」
「あ、○○さん。っえくし!」
「大丈夫でござるか? りぐる殿」
「うーん。蟲にこの季節はきついかも」
そこにいたのは、リグル・ナイトバグ。蟲の妖怪でした。
「それで、寒さに弱いはずの貴女が何をしているんですか?」
「えっと……、なにしてるんだろう?」
あまり頭の良い方ではないと思ってましたけど……。
「なるほど。では、りぐる殿も景色を眺めておられたのでござるか?」
「そうじゃないと思うけどな。もう、それでもいいかな」
「ところで、なんで二人とも知り合いなんですか?」
この間の紅魔館の時もそうでしたけど、この人は交友関係を広げすぎだと思います。
危険だと思ったんですけど。
「貴女も、相手は人間ですよ?」
「あれ? そうだっけ?」
「……そんなんでいいんですか?」
「そういうものなのでござるよ。なるようになる。これは道理でござる」
「それとこれとは違うと思いますけど……」
誰とでも仲良くなる能力は、天賦の才なのでしょうか。
神社の巫女も、妖怪と親しくされているような気がしますけど、あれとは違う気もするにはします。
「あー! ○○!」
「おお、ちるの殿もおられたか」
「またあたいにやられにきたの?」
「否、此度は妖夢殿と冬景色を眺め行脚の出に候」
「あんぎゃー? なにそれ?」
「簡単に、散歩って言ったらどうですか?」
また五月蝿いのが出てきました。
これでは、先に○○さんが言った様な、景色を見ながら散歩というにはいかないでしょう。
「もしや、みすてぃあ殿とるーみあ殿もご一緒でござるか?」
「うん? そうだよ?」
「なるほど。ではりぐる殿はもしや、そこからはぐれたと?」
「あー、そうかもしれない」
「まるで他人事ですね」
頭が弱いと、なんとも間の抜けた会話になりますね。
その中に合って、理性的で且つ、ついていけている○○さんって、
……もしかしたら、すごいんじゃないでしょうか?
「ああ、そうだ。なんでこっちに来たのか思い出した」
「ほう、いかにしてそうなされたのでござるか、りぐる殿?」
「これだよ」
蟲の妖怪は指先を、○○さんに見せる。その先には、小さな虫がいました。
「これは?」
「蛍だよ」
「はて、蛍は夏の季語、風物詩ゆえ夏の虫なのではないでござるか?」
「別に、蛍は夏だけの虫じゃないよ。真冬にいる蛍だっている。ただ、雪の中にいるのは珍しいかも」
蟲を操る妖怪らしく、見識のある物言いです。
「もしかしたらって、思って」
「リグルー。それがどうしたのー?」
「ちょっと待ってて」
氷精の声を聞いて、蟲の妖怪は、仰ぐように手を開いた。
冬景色。
深々と慎ましく雪の中、ぽつりぽつりと淡い燐光が灯る。
「おお、これは……」
感嘆をもらす○○さんの声。それは、私も同じだった。
そして、その光に誘われたかのように、雲の間から日の光が一筋、顔を出しました。
雪に照らされて眩しく、強い光。
その中にあって、雲の陰に健気に光る蛍。
蛍雪あわさり、芽吹きの鼓動がよりいっそう強くなったように、感じました。
「すごい、ですね……」
「まさしく、絶景」
「すっごーい! 綺麗――!」
氷精の無邪気な声が、無粋な評価を物ともしない純然たる総意に聞こえる。
理屈もなく、ただ本当に単純に突き詰めた、美しさというもの。
私は、初めて見た気がします。
「○○さんは、いつもああいうものを見てるんですか?」
ひとしきり、景色を眺め、その後に解散した後の帰路で、私は尋ねてみました。
「まさか。あれほどの絶景、拙者も初めて見たでござるよ」
「そうなんですか」
「そうでござるよ。しかし、妖夢殿がご一緒でよかったでござる」
「何故ですか?」
「景色は、思い出。ゆえに、共に思い出せるお方がいて、よりいっそうに、心に残るものでござる」
「……そう、ですね」
ついて来て、良かったと思います。
しかし、同時に残念でもあります。
「次は、……」
「そうでござるな。幽々子殿も、ご一緒に」
私の言葉の先を、○○さんは先読みしてくれます。
とても、気のつく人です。
幻想郷に、白玉楼に来て幾星霜。
いえ、大した時間が過ぎているわけではありませんけど、短くもありません。
庭師の仕事を、いまや二人で行い。私の負担も半分になったというところ。
幽々子様とは一緒にからかわれて、私は呆れつつ、この人は笑っていました。
気のつかない、ボケ倒されることもしばしば。
それも、多分、この人の愛嬌で済まされること。私の頭が固いところもあるんでしょうけど。
でも、この人は、ちゃんと真面目に、一生懸命ですから。
「景色は、思い出と共に、ですか……」
「うむ」
「その、昔はどうなんですか?」
「昔、とは?」
「失った記憶の事です」
この人は、全く気にする風でもありませんけど。記憶喪失なのです。
その無くした思い出の中にも、この日のような雅やかな風景があったのかも知れません。美しい、景色があったのかもしれません。
「無くしたままで、いいものなのですか?」
「拙者にも、図りかねることでござるよ」
「そう、ですよね。思い出したいですか?」
「それこそ、図りかねるでざるよ」
その言って、天を仰ぎ、
「なに、拙者の事ゆえ、重みのある事態にはござりますまい。思い出したところで消えるものも無きゆえ、必死になることもなし」
「それも、そうです、か……」
いつもより小さい声で言った○○さんが、いつもより、儚く思えた。
この自由な人は、
いつか、多分、
どこかへ行ってしまうのだろう……。
「○○さんは、白玉楼の使用人です」
「む? 妖夢殿?」
「あなたは未熟なんですから、まだまだ修行を積まねばいけません」
「妖夢殿……」
「いいですか?」
そう返事した、○○さんは。
苦笑したようでした。
「承知仕る」
拙者の、失くした景色。
いったい、なにが映っていたのでござろうか……。
知る由も無し。
されど、
この景色は、失くしたくないでござる。
「あら、二人とも、どこへ出かけたいたのかしら?」
白玉楼に戻った際、幽々子殿が出迎えられた。
主に出迎えさせるとは、恐悦至極。
「おお、幽々子殿。散歩にござるよ」
「あらあら、それは楽しそうね。次は誘ってもらえるかしら?」
「もちろんでござるよ」
「それは良かったわ。……どうしたの、妖夢?」
「え? いえ、なんでもありません」
「……そう?」
「む、妖夢殿」
妖夢殿の頭に、淡き燐光の一片があった。
それを、手ですくう。
「え?」
「蛍にござる。妖夢殿に惹かれてついてきたのござろうな」
「え、いえ、そんな……」
「あらあら、風流ね。随分と、良いものを見たようね」
「幽々子殿に見せられずに、残念至極にござるよ」
「いいのよ。思いがけずに見る風景にこそ、風情があるというものよ」
「さすがは幽々子殿でござる」
ふと、妖夢殿を見る。
少しばかり俯き加減。頬に朱の差している模様。
「妖夢殿、寒かったでござるか?」
「あ、いえ、そういうわけではないです」
「顔が赤いでござるよ」
「なんでもありません」
「あらあら」
幽々子殿は、とても可笑しそうにお笑いになる。
大した事では無いのでござろうか。
拙者には皆目見当のつかぬこと。
寒さでないなら、なんでござろうな……。
まあ、なれば、
そうでござるな……。
次は暖かな季節に出るが吉でござるな。
<幻想郷の白岩さん>
Q.蛍って冬にもいるの?
A.その答えは蟲の妖怪に聞くことね。
まあ、雪の中はともかく、冬にも発行する種はいるみたい。
Q.蛍雪の功って?
A.夏は蛍の光で、冬は雪の反射光で光を集めて暗い部屋の中で勉強をしたという四字熟語ね。
『蛍雪』で勉学に励む事を表し、『功』はその成果を表すそうよ。
今にしてみたら、けっこう目に悪いんじゃないかしら?
Q.ルーミアとミスティアは何をしてたの?
A.かくれんぼ。
もしくは鬼ごっこ。
まあ、かまくらでも作って暖を取っていたって言うのが妥当かも
Q.妖夢の様子が変なの。(西行寺幽々子)
A.私には分からない事ね。
というか、貴女の方が黒幕じゃないかしら?
そもそも、目論見どおりじゃなくて?
Q.それでは、友達としてどこかへ遊びに行きませんか? ( ●● )
A.そうね。それなら構わないわ。
あ、でも。どこへ行くかはそっちで決めて。
その、友達とどこへ遊びに行けばいいのか、ちょっと分からないから。
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最終更新:2010年05月23日 00:55