私は〇〇が好き、彼女も〇〇が好き、〇〇は二人とも好き。
 そんなどこにでもある三角関係、ぬるま湯の様に心地よかったそれは、彼女が月に帰ることで壊れてしまった。
 ライバルがいなくなる、うれしいような、さみしいような、何とも表現しにくい感情が湧き上がる。
 だが、お互いに同じ人物に惚れたのだ。
 もしも自分が〇〇と分かれることを考えると……いや、考えたくも無い、考えられない。
 だから満月になるまでの数日、二人っきりにして自分は我慢をすることにした。
 もしかしたら今生の別れになるのかもしれないのだから、これが親友に贈れる数少ない土産だろう。
 そうして満月が過ぎた朝、彼は冷たくなって戻ってきた。


~妹紅編~


 追っ手は撒いたが安心できない。
 なにせ御門の使いを殺したのだから、追っ手の数は日を追うごとに増え続けるだろう。
 つかまるわけには行かない、処刑ならば何度受けてもいい、だが檻の中に閉じ込められるのは面倒だ。
 そんなに何十年も足止めを受けたくない、この身は不死、時間ならば永遠にあるが立ち止まる気は無い。
 一分でも一秒でも早く月に辿り着いてみせる。

 彼の仇を討つために、蓬莱山輝夜を殺すために

 僅かながらの休息を取り先を急ぐ。
 雨も降ってきた、不死といっても疲労は溜まるし腹も減る、本格的に休めるところを探さなくてはいけない。
 そう考えていると後から足音が聞こえてきた。
 一人や二人といった数ではない、間違いなく追っ手だろう、疲れた体に鞭を打って足を動かす。
 ただ闇雲に歩き続けたせいで道を確認していなかった。
 目の前には崖、道は続いていない、これより先には進めない。

「藤原妹紅、大人しくしてもらおうか」

 追っ手にも追いつかれてしまった。
 さすがに数が多い、死にはしないが2~3人を倒したところで残りに取り押さえられてしまうだろう。

「不死の薬を飲んだらしいが、どこまでが本当だろうな? 腕でも切り落とせばハッキリするか」
「腕で見逃してくれるならいくらでも持っていきな、でも捕まるつもりは無いよ」
「そうなると腕ではなく首をもらうことになる」

 刀を持った追っ手が前に出てくる。
 ここで抵抗してワザと殺されるのはどうだろうか?
 そう考えたが却下する、殺した証拠として首を持って帰られるのも面倒だ。
 首を切り落とされた時にどの程度で再生するのかも分からない、本当に不死になったことを知られるのは避けたかった。
 となると残された手段は一つ、追っ手達に背を向けて崖に向かって走り出す。
 雨が降り続ける中、空中に向かって思いっきり飛び出した。

「何を! 死ぬつもりか!?」

 その通り、死ぬつもりだ。
 死んだところで問題は無い、どうせすぐに生き返る。
 生き返りはする、だが転落死というのは初めてだった。

(やっぱり痛いんだろうな)

 落下している僅かな時間、意外とくだらないことを考える余裕があることに思わず笑ってしまった。
 眼下には川が流れているが、この高さなら水があろうと無かろうとそんなに違いは無い。
 骨は砕け、肉は潰れ、脳は飛び散り、赤い液体が辺りを汚すのだろう。
 それが水と供に流れていく、そんな川では水浴びはもとより炊事洗濯だってごめんだ。
 下流の人には悪いことを――グシャァ!


 気がつくとどこかの家で寝ていた。
 おそらく川で流れている最中に再生が完了したせいで普通に溺れていると勘違いされたのだろう。

「気がついたのか? 負傷は無いようだが安静にしていた方がいいぞ」

 一人の少女が枕元に座っていた。
 読んでいるのは歴史書だろうか?
 貴族でないと読み書きが習えない社会だが、こんな年齢で難しい本を読むこの少女は何者なのだろうか?
 この家は質素なものでそこらにある農家と何の変わりも無い、この少女が貴族だとは考えづらい。

「助けてくれてありがとう、礼を言うよ」
「礼を言われることはしていない」
「それでもありがとう」
「礼を言われることじゃないと言ってるだろう、片付ける用事がある。少し待っててくれ」

 少女が出て行った後、傍らに置いてある握り飯に気がついた。
 今まで眠っていたおかげで疲労は取れている、だが空腹だけは何か詰め込まないと回復しない。
 ここに置いてあるということは自分が目覚めたら食べてもらおうと思ってのことだろう、遠慮なくかぶりつく。
 逃亡生活を始めて以来のまともな食事、あわてて食べ過ぎたせいで喉につかえてしまった。
 急いでお茶を飲もうとしたら誤って茶飲みをひっくり返してしまう。
 お茶が無いと飲み込めない、布団の上でのた打ち回る姿は傍から見たらさぞこっけいに違いない。
 こっけいに違いないだろうが自分としては切実な問題だ。
 死んでも大丈夫だといっても握り飯を喉に詰まらせて死亡などという情けない死に方はいくらなんでも嫌だった。
 そう考えていると横からお茶が差し出される。
 それを受け取って一気に飲み干す、喉のつっかえが取れてようやく一息つくことが出来た。

「大丈夫か? そんなに慌てなくてもご飯は逃げたりしないぞ」

 少女が背中をさすってくれたおかげで落ち着いた。
 そこでようやくお互いに自己紹介をしていないことを思い出す。
 少女の名前は上白沢慧音、見た目から同年代だとばかり思っていたが既に50歳を超える妖怪らしい。
 そしてここは幻想郷、隠れ里とかのずっと規模が大きいものだと説明を受けた。
 外界から隔離、貴族も農民も関係の無い世界、ここでなら〇〇も身分を気にすることなく自分と付き合ってくれるだろうか?
 いままでずっと一緒にいた、これからもずっと一緒だと思っていた、二人なら何だって出来ると思っていた。
 彼のためなら貴族の娘という身分などいらなかった。
 その幸せが壊れた原因はあの女、蓬莱山輝夜のせいで――

「どうした? 何か嫌なことを思い出したのか?」
「少し、気にしないでくれ、個人的なことだ」

 どうやら顔に出てしまったらしい、心配されてしまった。
 助けてもらったことには感謝しているしこの恩を返したい、だが自分には目的がある。
 すぐにでも出て行こうと思ったが夕食もどうかと言われたので甘えることにした。
 そこでお礼として食事を作ることを思いつく、慧音にそのことを伝えると台所にどんな物があるか一通り教えてくれた。
 自分は貴族の娘だが料理も出来る。
 藤原家でも浮いていた〇〇は藤原の子供たちから時に陰湿な虐めを受けたりもしていた。
 使用人も雇い主の家族に脅されては逆らうことができない。
 食事を作られないことなど日常茶飯事だったがその時は自分も作られた食事を食べない、その代わり二人で台所に立ち自分達の食事を作る。
 最初はたいした物が作れなかったが練習した結果それなりの腕になったつもりだ。
 そのことを思い出して懐かしく思えるのと同時に悲しくなる、もう二度とそんなことは出来ないのだ。
 思わず流れ落ちた涙を拭いて調理を再開しようとする。

「動くな」

 首筋に痛みを感じる、刃物ではない、鋭く尖った爪が皮膚に食い込んでいる。
 油断していた。
 慧音は妖怪、人を襲う存在なのだ。

「話してもらおうか? お前が何者かを」
「殺す気なら何で助けた?」
「あのまま流れていたら他の人間が拾ってしまうかもしれない、お前が里に害を及ぼす存在かどうか見極める必要がある」

 この少女は妖怪でありながら人々を守ろうとしている。
 そんな存在がいるとは驚きだったが、それよりも今の状態をどうやって切り抜けるべきだろうか?

「単なる人間だよ、ちょっと川で溺れてしまったんだ」
「人間は原型を止めていないほど潰れた状態から再生はしない、もう一度聞く、何者だ」

 再生するところを見られてしまったらしい、確かにその様子を見たら人間と信じるのは無理だろう。
 妖怪でもそんな状態から復活するのは不可能、慧音が警戒するのもよく分かる。
 だが答えを変える気は無い、自分が好きな人は人間なのだから。

「私は人間だ。首をはねられようと粉微塵になろうと死にはしない、けど人間だ。人間であることを辞めるつもりは無い」
「……そこまで言い張るならそれでもいい」

 慧音が手を下げる、何か深い事情があると察してもらえたようだ。
 その後はお互いに喋らなかった。
 しばらくたって食事が出来る。
 先ほど握り飯を食べたばかりだがまだ喰い足りない、ここを離れたら今度はいつまともな食事にありつけるか分からないので思いっきり食い溜めをすることにした。
 遠慮という文字を投げ飛ばしてどんどんご飯を頬張り味噌汁を流し込んでいく。
 一言も喋らずに次々とご飯をよそい、黙々と食べ続ける、慧音はこの食べっぷりにあきれ返っているようだ。
 幻想郷が外界から隔離された世界でよかった。
 年貢等で作物を取られることが無く、作った分だけ自分達の収入にすることが出来るのでこの程度で困る食生活ではないらしい。
 2人分よりはるかに多く炊かれたご飯は、結局客である自分が食い尽くしてしまった。

「ここを出たらどこへ行く? 何で旅をしてるんだ?」

 食後のお茶を飲んでいると今まで黙っていた慧音がそんなことを尋ねてきた。
 どう答えるべきだろうか?
 さすがに 「思い人の仇を殺すために月に行く方法を探している」 など言える筈が無い。
 少し悩んだが、結局 「人を探して月に行く」 とだけ教えた。
 それ聞いた慧音が突然お茶を噴出した。

「お前、月に行きたいのか?」

 その言い方は、まるで月に行く方法を知っているかのようだった。
 慧音は言おうかどうかかなり迷ったみたいだが、どうしても行きたいなら方法があると前置きして語り始めた。

「実は、妖怪を集めて月に向かう計画が持ち上がってる」
「いったいどうやって? 自分で言うのもなんだけどそんなに簡単に出来るとは思えないけど」
「八雲紫って妖怪が月までの道を作るらしい、それで月に戦争を仕掛けるって話だ」

 月に行く方法がある!
 しかも戦争を仕掛ける!
 まさかこんなに早く、こんなに最高の状態で機会が巡ってくるとは思わなかった。
 戦争というからには当然殺し合いをする。
 一人で月に向かったところで輝夜を見つけ出して殺すのは難しいだろう、だがこちらも集団なら可能性は跳ね上がる。
 月の姫である輝夜の周りは警備もいるだろうが、戦いになったらそれも薄くなることが予想できる。
 この機会を逃すわけには行かない。

「いつだ! それはいつ決行するんだ!?」
「そこまでは分からない、数がそろわないとダメだろうし、妖怪は気が長いからな。明日かもしれないし十年後かもしれない」
「何十年、何百年かかっても辿り着くつもりだったんだ。そのくらいなんてことないよ」

 窓から月が昇ってくるのが見える。
 待っていろ、蓬莱山輝夜、必ず殺しに行ってやる。


 〇〇と一緒に海岸を歩く。
 そうだ、明日輝夜と貝合わせをするから貝を探しに来たんだ。
 でもそう簡単にいい貝が見つかるはずも無い、時間ばかりが過ぎていく。
 それでもいい、一緒の時間を過ごすだけで幸せを感じていられる。
 貝合わせには負けるだろうけど、二人でこうして過ごしたって教えたら輝夜はきっと悔しがるぞ。
 あいつも一緒に来ればいいのに、部屋にこもってばかりだと健康に悪いだろうに、死にはしないけど。
 そういえば祭りが近い、そこに輝夜を引っ張り出そう、モンペの予備を用意するから、でも輝夜には似合わないだろうな。
 〇〇が白い貝殻を見つける、輝夜には内緒の二人だけの思い出、一生の宝物にすると決めた。
 その貝殻を受け取った瞬間、〇〇が倒れ掛かってくる。
 慌てて受け止めるが〇〇はピクリとも動かない、どんどん冷たくなって、胸には穴が開いていて――
 いつの間にか自分は短刀を持っていた。
 足元には血塗れの輝夜が倒れている。
 血に染まった両手で〇〇をそっと包み込むが〇〇は抱き返してくれない、けど大丈夫、私が支えてあげるから。
 ほら、私ちゃんと輝夜を殺したよ?
 貴方の仇をとったよ?
 だからそんな、悲しい顔をしないで、お願いだから笑って、もう一度貴方の笑顔が見たいよ……


 幻想郷に住み始めて半年、さすがにいつまでも居候するわけにはいかないので一人暮らしをしている。
 元々体を動かすことは得意だったので農作業はすぐに覚えられた。
 体力は有り余っているから肉体労働なら何でもできるので、自分が生活するのに十分な収入は得ることができる。
 そうこうしている内に半年が過ぎてしまったが、このような夢を見たのは初めてだった。
 これはいい予兆か、悪い予兆か、生憎夢占いなどできないのでそこまでは分からないが、 それでも何か変化が起きる事は予想できる。
 朝食を取っていると慧音が尋ねてきた。
 朝早くから何のようだろうか?

「妹紅、月に向かう日付が決まったぞ」

 ほら、最高にいい話が飛び込んできた。
 決行は一週間後の満月の夜、集合場所は人里から遠く離れた湖、そこで八雲紫は月と地上を結ぶ。
 どんな方法で月に移動し、何の目的があって戦争を仕掛けるのかは分からないが行かせてくれるというのなら利用させてもらおう。

「そういえば、慧音は参加しないのか?」
「私はそういうことに興味が無い、そんなのはやりたい奴だけやればいいんだ」

 当然といえば当然の返事だった。
 月に行くのは観光ではない、戦争、殺し合いをしに行くのだ。
 慧音が戦うのは里を守るときだけ、決して自分から攻め込んだりはしない。
 もとより付いて来て欲しいなど言うつもりは無いが、やはり一人で行くのは不安を感じてしまう。
 それを感じ取ったのか慧音が尋ねてきた。

「そろそろ、話す気にはならないか?」
「話すって、何を?」
「月に行く理由、戦争する妖怪に混じってまで行こうとするんだ。よっぽどの理由があるんだろ」

 どうしよう?
 慧音には今までもお世話になってきたし、出来れば隠し事はしたくない。
 月に辿り着き、輝夜を殺せば自分の目的は達成することになる。
 いや、ただ殺すだけではだめなのだ。
 輝夜は不死、自分も不死、恐らく永遠に続くであろう殺し合い、二度と幻想郷に戻ることは無いかもしれない。
 そうなった時のために、自分がこの地上にいた証として事情を知っていてもらいたいと考えた。

「好きな人がいたんだ。一生を供にしたいと思えた人と一緒にすごしたいと思えた友人が」

 幼馴染の 『〇〇』、彼に恋焦がれる少女 『藤原妹紅』、孤独な月の姫
『蓬莱山輝夜』
 三人の出会い、過ごした幸せの日々、壊れる関係、誓った復讐
 父は 「彼は輝夜を引きとめようとして殺された」 と言った。
 輝夜さえいなければ、輝夜が地上に来なければ彼は死ぬことがなかった。

「だから殺すのか? 友人を」
「友人 『だった』 だよ、今はもう違う」
「でも〇〇って奴は輝夜ってのを引きとめようとしたんだろ? お前と輝夜、それと自分の三人で一緒にいたかったんじゃないのか?」
「だろうね、あいつは優しくて、優柔不断で、すごく輝いてた」
「お前と輝夜だって仲良くして欲しいと思ってたはずだ。決して殺し合いなんてして欲しくないはずだぞ」
「それは……」

 今朝見た夢を思い出す。
 血塗れの輝夜、悲しそうな〇〇、あの光景は本当に自分が望んでいることなのだろうか?
 それでは〇〇はどうしたら微笑んでくれるのだろうか?

「それでも、これしか思い浮かばないんだ。私が彼に捧げられるとしたらこれくらいしか」
「まぁ、まだ時間はあるんだ。ゆっくり考えろ」

 慧音が帰るのを黙って見送る。
 その日はどうにも仕事をする気にならず、一日中寝て過ごした。
 どんな夢を見ても〇〇は悲しそうな顔をしていた。


「さあ! 妖怪達よ、八雲紫の境界を操る力を見るがいい」

 傘を持った女性の妖怪、八雲紫が力を高めると湖に変化が起きた。
 天空に浮かぶのは本物の満月だが湖に映るのは虚構の満月だ。
 その虚構の満月がだんだんとハッキリとした姿を持ち始め、やがて真実の月に変わる。
 現実と虚構の差は無くなり虚構も現実になる。
 今、湖に映るのは現実の月、湖の月に飛び込むことは天空の月に飛び込むことと何の違いも無くなったのだ。
 血気盛んな妖怪達が我先にと湖に飛び込んでいく、自分も遅れるわけにはいかない。
 迷いはすでに断ち切った。
 とにかく輝夜を殺す、それ以外は考えない。
 月に辿り着いた時、すでに戦闘は始まっていた。
 状況は、どう見ても妖怪側の不利だった。
 装備が違う、連携が違う、個々の能力は妖怪が高くてもこっちは協力という言葉が無い。
 本来なら八雲紫が指揮をとるべきなのだろうが、他人の言うことを聞く妖怪など一匹もいない、そもそも物分りのいい妖怪ならこんなことに参加しないだろう。
 八雲紫は微笑みながら妖怪達が殺されるのを眺めている、むしろこうなる事を望んでいるようだった。
 妖怪がいくら殺されようが関係ない、だが目的を果たす前に敗走されては困る。
 手ごろな月面人を捕まえて喉に刃を当てる。

「大人しくしろ、質問に答えたら殺しはしない」
「わ、分かった。知ってることなら何でも話す」
「そうか、だったら蓬莱山輝夜はどこにいる?」

 何人かを脅して輝夜の居場所を特定して忍び込む。
 後のことは考えない、とにかく輝夜の元に辿り着けばどうとでもなると考えていた。
 しかし、捕まえた月面人の返事は予想とはかけ離れた内容だった。

「姫は……いない」
「いない? ふざけるな、輝夜は不老不死のはずだ」
「月に戻る途中で脱走したらしい、どこかは分からないがまだ地上にいるはずだ」

 輝夜は地上にいる、それを聞いたとたん一気に力が抜けてしまった。
 月にいるとばかり思っていたし、月の姫という分かりやすい身分だから見つける目処が立っていた。
 しかし広い地上で一人の人間を探すなど、いったいどうすればいいのだろうか?

「あらあら、まだ生き残りがいたのね、撤退よ」

 腕を引っ張られて隙間に引きずり込まれる。
 ほんの少しの浮遊感の後、気がつくと地上に戻っていた。
 妖怪達の惨敗、何百もいた妖怪は十数人にまで数を減らしていた。
 皆ひどく疲れた様子で住処に戻っていく、八雲紫も隙間に消えようとしていたが手を掴んで無理やり引き止める。

「なぁに? もう眠たいのだけど」
「アンタ、妖怪達が負けるの分かっていたね」

 八雲紫の目つきが変わる、人を喰らう妖怪の目だ。
 少しでも気に障ることを言ったら一瞬で隙間に放り込まれて永遠に出て来れないだろう。
 死ぬことも出来ずに永遠に隙間にとらわれる。
 考えただけで震えてくるが、それでも僅かな可能性に賭けたかった。

「今回のことでアンタの力は知れ渡る。逆らおうとする妖怪はいなくなるだろうし、逆らいそうな妖怪はさっきの戦いでまとめてお陀仏だ」
「それで? この八雲紫を脅して何をさせたいの?」
「人を探している。アンタの力なら見つけることも出来るはずだ」
「人ねぇ、出会いと別れの境界をちょこちょこっと」

 この八雲紫の能力は本物だ。
 闇雲に探すよりも格段に可能性は上がるし、うまくいけばすぐにでも見つかるかもしれない。
 そう考えていると、八雲紫は手を止めて面倒くさそうにこちらを見た。

「五十年後ね、いちいち行かなくても向こうからやって来るわ」
「もっと短くできないのか?」
「そこまでする義理はないわ、どうせ時間はいくらでもあるのでしょう? それじゃぁお休みなさい」

 そう言って八雲紫は隙間に消えた。
 ここに残っていても仕方が無いので家に戻ることにした。
 五十年後に輝夜と再会する。
 それまでせいぜい刀を研いでおくことにしよう、今度こそ輝夜を殺すために。
 それまでゆっくり考えるとしよう、どうしたら〇〇が微笑んでくれるのかを。

 あんなに妖怪が血を流したというのに、空に浮かぶ月は相変わらず美しく輝いていた。


 それから五十年、さすがにこんなに長い間年を取らない人間がいたら不気味に思われる。
 慧音は妖怪と知られているから問題ないが、自分も妖怪と見られるのは少し嫌だった。
 不老不死という体は十分妖怪の範疇に収まってしまうが、それでも人間としての自分を保っていたい。 
 他の人に会うのが怖くなる、万が一妖怪扱いされたら自分の心は人間のままでいられるだろうか?
 住居を人里から離れた竹林に移す、訪れるのは慧音だけなってしまった。
 寂しいとは感じない、すでに八雲紫が言っていた五十年目、輝夜と再会するのを今か今かと待ち続ける。
 住んでいる竹林に大量の妖怪兎が発生し始めたのはそんな時だった。

 自分の住んでいる近くに妖怪が出るのはあまりいい気分ではない。
 何故発生したのか? 人に害を及ぼすか?
 色々調べて危険だったら退治しなくてはならない。
 普段入らないほど竹林の奥に進み、辿り着いたのは大きな屋敷、どこかで見たことがあるのは気のせいだろうか?
 とりあえず屋敷の周りを歩いてみる、そこで気がついてしまった。
 この屋敷、建物の位置や庭の様子が竹取の翁の屋敷と全く同じだったのだ。
 心臓の鼓動が早くなる、体が熱を帯びてくるのが分かる。
 震える手で門を開くと、そこには黒髪の女性の姿が――

「か、か……」

 女が振り向く、50年たっても全く変化が無い、一瞬たりとも忘れたことの無い顔だ。
 思わず体が動いていた。
 全力速力で走り出し、女を押し倒す。
 あまりに突然のことで相手は反応できていない、その隙に短刀を取り出し大きく振りかぶる。

「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇ! かぐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 自分の持ちうるすべての力を振り絞って、蓬莱山輝夜の心臓に短刀を突き立てた。



~輝夜編~


 一人の老人が床に伏せている。
 余命いくばくも無いのだろう、時々苦しそうに唸って何も無い空間に手を伸ばす。
 そのやせ細った手を白い絹のような肌の手がそっと包み込んだ。
 とたんに苦しんでいた老人は呼吸を落ち着かせて安らかな顔になる。

「ああ、貴方でしたか、相変わらず美しい」

 寝転んだまま顔だけを手の主の方に向ける。
 口ではこう言ったが実際は目など見えていない、それでも老人は彼女の姿を正確に思い描くことができ、彼女は想像通りの姿をしていた。

「あなたは、老いましたね」
「若いころに張り切りすぎました。ゆっくり休むいい機会です」
「あなたが望むのなら、若々しい肉体も永遠の命も用意しますよ」

 その言葉に老人はゆっくりと首を横に振った。
 女性は老人がそう答えることを予想していたのだろう、くすりと笑う。
 そのまましばらく取り留めの無い話を続けた。
 時には笑い、時には不貞腐れながら話続けていたらいつの間にか夜になってしまった。
 老人は女性に月を見せて欲しいと頼み、女性はそれを聞き入れて襖を開く。
 空に浮かぶのは満月、別れた時と同じ月、決意した時と同じ月、旅立ちには相応しいと二人は感じた。

「それでは、そろそろ行きます」
「二人をよろしくお願いします」
「はい、まかされました」


 藤原家の給仕は主人の部屋から話し声が聞こえることに気がついた。
 主人はすでにかなりの高齢でいつ死んでもおかしくない状態になっている。
 そんな主人がこんなに楽しそうに話すとは相手はいったい誰なのだろうか?

「失礼します」

 好奇心に負けた給仕は襖を開けて部屋に入る。
 部屋の中には主人が一人だけ、他にだれもいない。
 話し声は自分の気のせいだったのだろうか?
 庭に接する襖が開いていることに気がつく、老体に外の風はよくないだろう、閉めようとするが主人に止められてしまった。

「こんなに月が綺麗なんだ。もう少し見ていたい」
「かしこまりました。不比等様」


 誰もいない夜の道を二人の女性が歩いている。
 黒髪の美しい女性と白い髪の落ち着いた女性、名を蓬莱山輝夜、八意永琳という。

「それで、行く当てはあるんですか?」
「〇〇を探すに決まっているでしょ? 妹紅より先に見つけてラブラブなとこ見せ付けてやるんだから」
「……どこにいるか分からないから苦労しているんでしょう」

 思わず溜め息をついてしまう。
 月の使者から逃げ出して初めに目を覚ましたら、そこは見たことも聞いたことも無い国だった。
 上空80kmから落下して完全なペーストになった状態から復活した所を目撃されたせいで悪魔だ魔女だと十字架を持った連中に追い掛け回された。
 砂漠の中で干からびる→復活する→また干からびるを繰り返した。
 輝夜の美しさに惚れたどこかの国の王に監禁された。
 小船で海を渡ろうとして鯨の腹に閉じ込められた。
 不老不死の秘密を狙われて悪の秘密結社と激闘を繰り広げた。
 そんなことをしてやっと日本に辿り着いた時には50年近くの月日がたっていた。

「それにしても、姫の力を使えば不死にしなくても寿命を延ばすくらいできたのでは?」
「内緒でしようと思ったけど、止めたの、死んでも後悔は無いって顔してるんだもの」

 藤原不比等がまだ生きていると聞いた輝夜は顔を出すことにした。
 自分がいなくなった後、〇〇は蘇生できたのか? 妹紅はどうなったのか? 聞きたいことがたくさんあったからだ。
 〇〇は蘇生し不死となって自分を探すために旅に出た。
 月を目指しているとのことなので大人しく月に帰ってもよかった気がする。
 妹紅も残った蓬莱の薬を飲んで不死になった。
 〇〇が死んだと思い込んでいるらしい、自分と出会ったら恐らく殺し合いになるだろう。

「ところで、藤原妹紅と〇〇が既に再開していたらどうなさるおつもりで?」
「そんなの横から奪い取るだけ、永遠に時間があるんだからチャンスはいくらでもあるわ」
「それでは、〇〇より先に藤原妹紅と再会したら?」
「決まっているじゃない」

 先を歩いていた輝夜が振り向く。
 背中には満月、光を浴びる輝夜は正に月の姫という言葉が相応しい。
 永琳は思わず跪いてしまった。
 普段はわがままで、ぐうたらで、ダメ人間の見本みたいな輝夜だが永琳は本当の姿を知っている。
 目の前の女性は永遠を尽くすに相応しい自分の主なのだと――

「勘違い女の頬を一発引っぱたいて、目を覚まさせてやるのよ!」


 永琳に対して大きなことを言った輝夜だったが、実は何も考えていなかった。
 元々日本にいた時は竹取の翁の家から出たことなどほとんど無かった。
 地理など分かるはずもないし、〇〇と妹紅がどこに行ったかなど想像もつかない。
 人を探すのにたった二人というのも情けない、とにかく自分の手足となる人員を集めなくてはならなかった。
 幸い輝夜にはかつて御門までも落城させた美しさが、永琳には月の頭脳とまで言われるほどの知恵がある。
 これらを駆使すればどこかの貴族に取り入ることなど簡単に出来る、そうすれば人探しの人員などすぐに集まるのではないか?

「その方法はお勧めできません」
「どうして? 手っ取り早く手下を増やせそうだけど」
「第一に、そういう輩に取り入ったら姫の貞操に危険があります」
「あー、そういうのは嫌ね。ちゃんと守らないと」
「第二に、大きく動くと目立ってしまいます。最悪再び月の使者がやって来るかもしれません」

 極秘裏に、しかし広い範囲を探さなくてはならない。
 その相反する条件をクリアするには入念な下準備が必要だ。
 とりあえず必要なのは拠点、それも見つかりにくい場所を探さなくてはならない。
 何せ広い世界の中でたった二人の人間を探すのだから、長期的な計画を立てて行動するべきだ。

「でもそう都合のいい拠点なんてあるのかしら?」
「まずは見つかりにくい場所、隠れ里などを探すべきです。生活空間など後でいくらでも作れますから」
「それで? 候補も考えているのでしょう?」
「それはもちろん、このような事態になる可能性を考慮してここに辿り着くまでの道中に情報を集めておきました」
「さすがは天才八意永琳ね、それでどんなところ?」
「信頼のある情報と外界からの見つかりにくさ、進入方法を考慮した結果、幻想郷と呼ばれる場所が一番妥当と思われます」


 幻想郷への侵入は割りと簡単に出来た。
 輝夜はなんでもないように思っているが実際は永琳が常人には考え付かないような計算の果てに導き出した数少ない進入方法だった。
 そうして辿り着いた幻想郷の中を一通り歩き回る。
 人里、湖、森、そして竹林。

「ここにしたいな」

 輝夜が拠点として選んだのは竹林だった。
 なぜ? と尋ねる永琳、確かに隠れるには申し分ない場所だが交通の便もかなり悪い。

「なんだか似てるの、おじいさんと出会ったあの竹林に」

 初めて地上に降り立った場所、初めて家族といえる人と出会った場所、竹林こそ新たな一歩を踏み出すのに相応しい。
 場所が決まったら生活空間を作らなくてはならない、しかしたった二人ではそんなもの作れるわけが無い。
 そこで先に人員を集めることにする。

「アレを使いましょうか」

 永琳が指差したのは兎だった。
 数匹が遠くからこちらを見ている。

「まぁ、月でも兎をこき使ってたけど、どうするの?」
「人員が必要になるのは予想してましたから、そういうのを作る薬を用意しておきました」

 持っていた食料と一緒に薬をばらまく、警戒していた兎達も二人が自分達を傷つける存在ではないと判断して近寄ってくる。
 そのまま撒かれた食料を食べ始める、するとどうだろう?
 どこにでもいるごく普通の兎に手が生え、足が生え、立派な妖怪兎に変化したではないか。

「とりあえずこれだけいれば十分かと、さっそく寝床を作らせましょう」
「それじゃぁイナバたち、私たちの家を作るのよ」
「なぜイナバなんですか?」
「大国主命は白兎と出会ったお陰で妻と得ることができた。だったら私だって!」
「……兎を助けたのであって、こき使うのは違うかと」

 屋敷自体は数日で完成した。
 その間、永琳は妖怪兎の数を増やし続け、輝夜は屋敷建築の指揮を取った。
 建築の指揮と言っても大したことはしていない、ここにこういう建物を作れ、庭はこういう風にしろと大雑把に指定するだけだ。
 同時に輝夜の能力、永遠と須臾を操る力で兎たちの体力を永遠にすることで文字通り24時間働かせる。
 そうして出来たのは、懐かしい竹取の翁の屋敷と全くそっくりの屋敷だった。

「とりあえず完成ですね」
「完成記念にパーっとやりたいな、これから始まる長い旅の成功を祈って」
「そう言われると思って、思いっきり食料を買い込む指示を出しておきました」
「さすが永琳、わかってる」
「でもしばらくは節約生活ですよ? 畑も作らせますけど、収穫まで時間かかりますし」
「お野菜なんて私の能力を使えばすぐに出来るのに」
「美味しい野菜を作るには日々の世話が必要です。出来るまでの時間を短くしたからといって……あら」
「え?」

 門の開く音が気になってそちらの方を向く。
 兎達は先ほど出て行ったばかりでこんなに早く帰ってくるとは思えない。
 門を開けたのは一人の少女、輝夜の方を見て固まっている。
 輝夜も少女を見て動けなくなった。
 50年前と全く変わらぬ姿をしている少女、再会した時にかける言葉を何通りも考えていたがすべて頭から吹っ飛んでしまった。
 その少女がこちらに向かってくる、なすすべも無く押し倒されてしまった。

「死ね!」

 少女が叫ぶ、怒りと悲しみに満ちて今にも泣き出しそうな声だ。

「死ね!」

 少女が手を振り上げる。
 持っているのは研ぎ澄まされた短刀、おそらく一日も欠かさず刃を研いでいたのだろう。
 日の光を反射して輝くそれは人の肉など簡単に切り裂くに違いない。

「死ねぇぇぇぇ! かぐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 

 狙いは真っ直ぐ心臓、確実に殺そうとしている。
 少女の生存を知った時から、彼を交えずに出会ったら殺し合いになることは想像していた。
 結果として彼は蘇生したが一度殺してしまったのは事実、その償いを受ける覚悟はしていたつもりだった。
 しかし憎しみに満ちた少女を見て考えが変わる。
 自分は彼に謝る、彼と再会して、彼に直接謝るのだ。
 そう考えるとだんだん腹が立ってきた。
 謝る相手は目の前の少女ではない、ならばその刃を受ける筋合いも無い。

『勘違い女の頬を一発引っぱたいて、目を覚まさせてやるのよ!』

 自分自信に言い聞かせた言葉、今がその時ではないのか?
 むしろ今を除いていつ引っぱたくというのか?
 どうせ今のこいつに言葉なんか通じないのだから、体で分からせてやる!

「死ぬのはそっちよ! もこおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 倒れた時に手が偶然触れた石、大人の握りこぶしくらいの大きさはある、を藤原妹紅の側頭部に全力で叩き付けた。


 心臓に刃を突きたてられた輝夜と頭蓋骨を砕かれた妹紅
 二人は同時に死亡し、同時に生き返った。
 先ほどの一撃で短刀を持っていた妹紅の手が緩んだのを輝夜は見逃さない、自らに刺さっている短刀を奪い取る。
 武器が無くなった妹紅だが馬乗りになっている状況は有利、全力で輝夜の首を締め上げた。
 輝夜が何度も短刀で腕を突き刺してくるが気にしない、窒息させるのではない、首をへし折るつもりで体重をかける。

 ゴキリ

 辺りに嫌な音が響き渡る、輝夜の頚骨が折れたのだ。
 次に首を切り落としてやろうと奪われた短刀に手を伸ばす、その一瞬の隙に輝夜の再生は完了した。
 妹紅の意識が短刀に移ったのを狙って、指を妹紅の目にえぐり込ませる。
 妹紅の体が仰け反ったのを利用して馬乗り状態から脱出、距離をとってお互いが完全に再生するのを待つ。

「久しぶりだな、かぁぐやぁ、ずっとずっと、会いたかったぞ」
「ええ、久しぶりね妹紅、もっとも、わたしはあなたなんか眼中に無いけれど」
「減らず口をぉぉぉぉぉぉ!」

 再び突撃してくる妹紅、その動きが途中で止まる。
 首筋に矢が突き刺さっている、永琳が輝夜の援護をしようと放ったのだ。
 続いて二本、三本と矢が突き立っていくが妹紅は倒れない、永琳を睨みつけて矢を引き抜く。

「邪魔をするな!」
「邪魔をしないで!」
「しかし!?」

 まさか援護した相手に止められるとは思わなかった。
 蓬莱の薬は人間を不老不死にするが基本的な運動能力が変化することは無い、輝夜と妹紅、どちらの能力が高いかなど考えるまでも無かった。
 それは輝夜も分かっているはずだが、それでも輝夜は真正面から立ち向かう。

「かぐやぁぁぁ! あやまれぇぇぇ!」

 妹紅は奪い返した短刀を輝夜の首に突き立てそのまま両断しにかかる。
 倒れそうになる輝夜だったが後一歩の所で踏みとどまった。
 妹紅の腕を掴んで首を分断されるのを防ぐ、同時に血で濡れた着物の長い袖を利用して妹紅の首を絞めにかかった。
 首に巻きついた袖を引き剥がそうとするが輝夜は放さない、短刀で輝夜の首と胴体を切り離そうとするがそちらも動かない。

「謝れ輝夜! 彼に、〇〇に、謝れ! 謝れ! 死んで謝れ!」

 妹紅が頭を振りかぶる。

「謝る! でも謝るのはあなた対してじゃない! わたしは彼に直接謝るのよ!」

 輝夜も頭を振りかぶる。

「〇〇を殺したお前に……」
「未だに〇〇を死なせているあなたに……」

「「彼を語る資格は無い!」」

 二人の額が音を立ててぶつかる。
 一瞬二人とも仰け反るがまた振りかぶってお互いの頭を打ち付ける。
 血が流れようが、頭蓋骨が砕けようが、脳漿を撒き散らそうが二人とも倒れない。
 お互いがお互いを支えあい、何度も何度も頭突きを繰り返す。
 永琳も買い物から戻ってきた兎達も一言も喋らない。
 骨の砕ける鈍い音が響き渡り、血の匂いが辺りに立ち込める。
 だれも止めようとしない、止めようと言わない、言おうとも思わない。
 血塗れになりながらぶつかり合う二人の少女は夕日の光を浴びてより赤く姿を染める。
 凄惨な光景のはずなのに目が放せない、酷いありさまなのに美しく思えてしまう。

 永琳は〇〇のことをぜんぜん知らない、月の使者と一緒に地上へ降りた時に見ただけだ。
 だがら輝夜にとって〇〇がどのくらい大切なのか分からなかった。
 〇〇が死んだ時も地上人が一人死んだという程度だった。
 しかし〇〇が死んだ時の輝夜の態度、月に戻る途中での輝夜の話で一人の男が主人の心の大部分を占めていることを知った。
 この50年間、一日たりとも欠かさずに輝夜が話す〇〇との思い出、会ったらどうするかという望み、それを話しているときの輝夜の嬉しそうな表情。
 そして今、お互いに譲れぬ思いを抱いてぶつかり合う輝夜と妹紅。
 自分の主人は永遠を共にするに足りる大事な人と親友を手に入れたのだ。
 それが嬉しくもあり、羨ましくも思えてしまう。

「あの時は話など出来なかったけど、一度彼とゆっくりと話したいですね」
「永琳! 〇〇は渡さないわよ!」
「そんなつもりはありません、って聞こえたんですか?」

 妹紅と頭突き合戦をしている輝夜が永琳の独り言に突っ込みを入れる。
 あんなに激しいのに意外と冷静なところに永琳は驚いてしまった。

「よそ見してる暇があるのか! 輝夜!」
「まだまだこれからよ!」

 日が完全に沈み、月が昇り始めたころ、輝夜と妹紅の戦いに終わりが見え始めた。
 死にはしないが体力に限りはある、二人ともフラフラになりぶつかる音も小さくなってきた。
 もはや立っているのは気合としか言いようが無い、心の折れた方が倒れる、意地を通せない方が負ける。

「妹紅、あなたはこの50年間何をしていたの?」

 お互いに次が最後の一発だと分かる。
 喋ることも辛く、次の一撃のために雀の涙しか残っていない体力を溜めているのに何を話そうというのか?

「どうせ一人でウジウジして、輝夜殺す輝夜殺すって、こんなのが友達だなんて情けないわ」
「お前に何が分かる」
「分かんないわよ、分かりたくもないし分かろうとも思わない」

 妹紅は歯噛みした。
 こっちは50年間、ずっと恨みを忘れたことが無かったのに 「分からない」 の一言で済まされてしまった。
 理不尽な怒りがこみ上げてくる、何でこんな奴が親友だったのだろうか?

「〇〇、生きてるわよ」
「そんなこと、信じられるか」
「あなたが出て行った後に生き返ったらしいわ、不比等さんが言ってた」
「お父様が!?」

 〇〇は死んだとばかり思っていた。
 だから自分は不死になった。
 仇をとると誓って、そのことだけを考えて、御門の使いを殺して、薬を奪って、月に行って

「不比等さんは信じてた。私も信じ続けた。でもあなたは諦めたんでしょ?」

 体から覇気が抜けていくのが分かる。
 輝夜の言葉が心に突き刺さる。
 疲労が押し寄せてくる、体の疲労ではない、心が疲れて何も考えられなくなる。
 自分は今まで何をしてきたんだろうか?
 毎晩の夢に出てくる彼は、いつも悲しそうな顔をしていて――

「このバカ女、いい加減に目を覚ましなさい!」

 輝夜の頭突きを無防備に受け、妹紅は意識を失った。
 同時に輝夜の疲労も限界に達し意識を失う。
 二人は折り重なるように血の海へ倒れこむ。

 意識を失う寸前に見えた月は、自分の血が目に入ったせいか真っ赤に見えた。


 気がつくと真っ暗な空間にいた。
 何でこんなところにいるのだろうか?
 妹紅に頭突きをした所までは覚えているが、そこからハッキリしない。
 しばらく歩いていると子供達が遊んでいるのが見えた。
 5~6歳くらいだろうか?
 男の子も女の子もどこかで見た気がするが思い出せない。

「私と〇〇だよ」

 いつの間にか妹紅が隣に来ていた。
 懐かしそうな目で走り回っている子供を見ている。

「このころは何にも考えてなかった。ただ一緒にいたらすごく楽しかった」

 場面が切り替わる。
 〇〇と妹紅は少しだけ年を取っていた。
 二人で大きな箱を庭に運び出してその中身をぶちまける。
 箱に入っていたのは大量の手紙、それを一箇所にまとめ、中にサツマイモを入れると迷わず火をつけた。

「季節外れだけど急に焼き芋が食べたくなったんだ。この後私と〇〇はお父様から飛び蹴りを喰らった」

 くっくっくと笑う隣にいる妹紅、場面が切り替わると目の前の二人はまた少し年を取っていた。
 包丁を持った妹紅が野菜を睨みつける。
 気合を入れて振りかぶったところで〇〇が止めに入った。
 そのまま二人で話し合った結果、結局作ったのは握り飯だった。

「このころには自分の気持ちに気がついてた。だけどハッキリ言葉に出す勇気が無くて、遠まわしに伝えようとしてもはぐらかされるだけだった」

 さらに場面が切り替わる、〇〇と妹紅は現在と変わらない姿になっていた。
 場所は竹取の翁の屋敷、飛び出した輝夜がこけて頭を打ち付ける。
 使用人たちが大慌ての中、二人は唖然としていた。

「これはわたしと出会った時ね」
「噂通りすごい美人だったから、取られるんじゃないかと本気で心配した」
「不老の体をここまで呪った事は無かったわ」
「不老じゃなくてもその貧相な体に未来は無いと思うけどな」

 砂浜で二人は貝を探していた。
 諦めかけていたその時、〇〇が真っ白な貝を見つける。
 妹紅はそれを大切に布にくるんで懐にしまうと再びアサリを取り始めた。

「大事な思い出だから、体がバラバラになってもあれだけは死守した」
「あの貝、実は私が置いてくるように指示したの」
「そうだったのか? それじゃぁ今日からは三人の思い出だ」

 雨の中、大きな木の下で雨宿りをしている〇〇と輝夜がいる。
 輝夜は〇〇の背中にしがみつく、まるで父親を求める娘のようだ。
 雨が止んでも二人は動かなかった。

「私が必死になって探している時にお前は……」
「わたしたちが会うのっていつも三人だったじゃない? 初めて二人きりになれたから、甘えたくなったの」

 胸から血を流す〇〇、口付けをする輝夜、動かない周りの人々。
 輝夜は〇〇を抱きしめるが月の使者は許さない、乱暴に〇〇を引き剥がすと輝夜を無理やり連れて行こうとする。
 いやだ、離れたくない、もっと一緒にいさせて
 涙を流しながら訴える輝夜、無情にも月からの一団は天へと上っていく。

「お前は信じた。やっぱりすごいな、考えてみたら今まで一度も勝負事でお前に勝った事がない気がする」

 数人の死体、血の海の中で妹紅は吼える。
 月に向かって、愛しい人を奪った相手の名前を叫び続ける。
 その目には涙、悔しさと悲しみと憎しみと、いろいろな感情が入り混じっている。

「わたしは信じてたわけじゃない、ただ認めたくなかっただけ。奇跡を信じるって大きなこと言って、自分の罪から逃げようとしてただけよ」
「それでもすごい、私は耐え切れなかった」
「わたしだってギリギリだった。本当に心の底から信じてたのは不比等さんだけ、やっぱりすごい人ね」
「当たり前だ。私のお父様なんだから」

 ここで初めて二人とも見たことが無い光景に切り替わった。
 夜の藤原家、その門がゆっくりと開いていく。

「これは?」
「いや、私も知らない」
「それは俺の記憶だ。二人を探すと決めた旅立ちの記憶」

 懐かしい声を聞いて同時に振り向く。
 そこにいたのは、門から出てきた人物と同じ顔、〇〇だった。
 輝夜と妹紅の目に涙が浮かぶ、駆け出して触れようとする、しかし体は動かない。
 今見ているのは夢、本人がここにいるわけではない、だから思い通りに体が動くわけではない、それでも嬉しかった。
 50年、ずっと待ち望んでいた人は全く変わらぬ姿で二人の頭に手を載せる。

「二人とも頭大丈夫か? あんなにぶつけてバカになってないか?」
「そんなに心配ならお見舞いに来て欲しいな」
「だったらケンカしないで仲良くするか?」
「「無理」」

 二人同時に返事をする。
 〇〇もその答えを予想していたのだろう、二人の頭をわしゃわしゃとかき回す。

「私は輝夜が気に食わない、だからケンカもするし殴りあう」
「わたしだって妹紅は気に入らない、だからバカにしたり、時には手も出したり」
「でも恨みや憎しみでの殺し合いはやめる、どっちが負けても文句なし」
「悪いことや相手に迷惑をかけたら 『ごめんなさい』 って謝るの、それで許してあげる」

「「だって友達なんだから!」」

「ケンカを止めたいなら早く見つけてくれ、お前がいないとどんな理由で殺し合うか分からないぞ」
「今ですら嫁ぎ遅れてるんだもの、早く見つけてくれないとお婆ちゃんになっちゃう、老いないけど」
「出来る限り努力するよ、それじゃぁ、またな」

 二人に背を向けて〇〇は離れていく、二人とも引き止めない、これは夢で現実じゃない。
 次に会うときは現実だ。
 だから悲しくない、寂しくない、今流れているのは喜びの涙、だれがなんと言おうと嬉し涙なのだ。
 目が覚める直前、振り向いた〇〇は確かに微笑んでいた。


 輝夜が目を覚ますと既に日は天高く上っていた。
 まだ疲労は抜けきっていないが起き上がる。
 寝ている間に流した涙の後が残っていることに気がつくが顔を洗う気にはならない。
 この涙の跡を消すのはなんだか勿体無い気がしてしまった。

「気がつきました? 朝食を用意してます」

 恐らく永琳から様子を見ているように言われたのだろう、一匹の兎が枕元に座っていた。
 一度部屋から出るとすぐに朝食を持ってくる、やけに豪華なのは昨日買い込んだけど使わなかったからだろう。
 そういえば結局夕食も食べていない、やけにお腹がすいているのはそのせいだ。

「〇〇って誰ですか?」
「誰からその名前を?」
「姫が寝言で言ってましたよ」

 主人の寝言を聞くとは失礼な奴だ。
 まぁ、近くにいたのだから聞こえてもしょうがないが、それでも恥ずかしい。
 それを誤魔化すように朝食をかきこんでいく。

「好きなんですね、その人が」

 箸が止まる。
 まさかこんな事を言われるとは思わなかった。
 何と反応したらいいか困る、こんなにハッキリ指摘されたのは初めてだ。
 顔が赤くなって熱を帯びる、兎はその様子をニヤニヤしながら見ている、こいつはかなりいい性格だと分かった。

「あなた、名前は?」
「てゐ、因幡てゐ」
「あなたは今日から他のイナバ達の指揮をとりなさい」
「はいは~い、その代わり内緒にしていればいいんですね?」

 よく頭が回る奴だ。
 まぁ、どのみち兎のまとめ役が必要だからちょうどいいだろう、空いた食器を下げさせる。
 そういえば妹紅はどうなったのだろうか?
 さすがに昨日の状態で放置されているとは思わないが治療されているとも思わない、まぁ放置していても問題ないだろうが。
 襖を開けて部屋の外に出る、足は自然と昨日の死闘の場所に向かっていく。
 そこにはもう血の跡などなくなっていた。
 昨日のうちに兎達が掃除したのだろう、確かにアレをいつまでも残しておくのは精神衛生上よくない。

「笑ってくれたんだ。〇〇が、今までずっと悲しそうだったけど、昨日は笑ってくれた」

 ちょうど頭突きをしていた位置に妹紅は立っていた。
 血が染み込んで真っ赤になった服を着替えずに、真っ直ぐ輝夜を見つめている。
 表情はかなり柔らかくなっている、妹紅自信もそれは分かっているようだ。
 微笑を輝夜に向けることなんて昨日は想像もしなかったに違いない。
 そしてその笑顔を見て、妹紅も同じ夢を見たと確信した。

「輝夜、私はお前が嫌いだ」
「妹紅、わたしだってあなたが大嫌い」
「昨日は負けたが今日は勝つ」
「昨日は勝ったし今日も勝つ」

 妹紅の体から炎が噴出し、まるで不死鳥の翼のように広がる。
 その光景に輝夜は驚いた。
 こんな技を持っているなら昨日のうちに使ったはずだ。
 本気の殺し合いで出し惜しみをするとは思えない、それでは一晩で炎を使えるようになったのだろうか?

「目が覚めて夢を思い出したら体が熱くなってきた。〇〇のことを思うとついに燃え上がった」

 妹紅は語る。
 それは誰もが持ってる心の炎だと。
 50年間押さえつけられたそれはマグマのように体の奥底で力を溜め続けていた。
 そして既に臨界まで達していたそれは、昨日見た夢をきっかけに一気に噴火した!

「そう、これは恋の炎! 私の思い、私の決意、何度挫けようが復活する不死鳥、それが私だ!」
「……」
「……」
「……本気?」
「ああ」

 堂々と胸を張る妹紅、言葉を失う輝夜。
 お互いに沈黙していたが、ついに輝夜が噴出した。

「あははははは、恋? 恋の炎って、あはははは、おっかし~、そんなの、あははは!」
「笑うな! 自分でもちょっと恥ずかしいかな~って思ってるんだ。けどそれ以外思い浮かばないんだよ」
「ごめんなさい、それだけ〇〇が好きなのね、馬鹿にして悪かったわ、ふふふ」

 腹を抱えて笑っていた輝夜が前傾姿勢を取る。
 真っ直ぐに突っ込む、何が来ようと横や後には動かない、絶対に逃げたりしない決意がそこにあった。
 それを妹紅も感じ取る。
 だから遠慮しない、自分の全力で思いっきりぶつかる。
 お互いを信頼しあっているから避けたりしない、これが一番相手の心を知ることが出来ると二人とも理解していた。
 なぜなら、二人は永遠を共にする親友なのだから――

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! かぁぁぁぁぁぁぁぐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「返り討ちにしてやる! もぉぉぉぉぉぉぉこおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 ぶつかり合う瞬間、二人は確かに微笑んでいた。


 なんだか懐かしい夢を見た気がする。
 自分と妹紅と輝夜の三人がそろった夢、手に残る感触は妙な現実感を残している。
 夢占いなどやったこと無いが、これは間違いなくいいことが起きる前兆だろう。
 二人を探すのにもより気合が入るというもの、再会はそんなに遠くないはずだ。
 だが、とりあえず――

「陸地はどっちだろうな」

 大海原の中心に浮かぶ小船の中で〇〇はつぶやいた。
 結局現状の打開案は浮かばなかったので再び寝転ぶことにする。
 日本は昼だがここは夜、船上で満天の星空を見るのは何日目だろうか?

 空には50年前と変わらぬ月が地上を見守っていた。



~〇〇編 その2~


 幻想郷
 忘れられた存在が集まる理想郷。
 科学が進み人間の寿命はどんどん延びてきた今の時代、果たして不老不死は幻想の存在なのだろうか?

 結界を抜けると神社に出た。
 ここが目的地であっているのだろうか?
 とりあえず眼下に見える人里に向かうことにする、割と離れているようだが急げば夜になる前に着く程度の距離だ。
 そのまま神社を立ち去ろうとして思いとどまる。
 折角だから探し物が見つかることを祈るとしよう。
 5円玉を投げ込み手を合わせる、思えば神に祈るのも何年ぶりだろうか?
 無事に友人と再会できたらまたお参りに来るとしよう。

「お賽銭の音? 誰かが参拝に来たのかしら?」
「それよりもお茶だして欲しいぜ、饅頭も付いてれば完璧だけど」
「はいはい、確か3ヶ月前に妖夢が持ってきたやつが……」
「やっぱりお茶だけで完璧だぜ」

 道を歩いていると黒い玉が飛んでいるのが見えた。
 アレがルーミアとか言う奴だろうか?
 だとしたらここは間違いなく幻想郷ということになる、あんな不思議……生物? は外の世界に存在しない。
 と、すると持っているこの本も信憑性が増すというものだ。
 二人は間違いなく幻想郷の迷いの竹林にいる、再開の時は近い。
 そう思っていると、闇の中から姿を現した少女が真っ直ぐこちらに向かってきた。
 自分の運動能力では避けることも出来ない、さあどうする!

「うげぇ~」
「大変だよリグル、ルーミアが戻してる」
「うわ、ルーミアが戻すって何食べたんだよ」
「人間、おなかすいてたから丸呑みにしたら口から出てきたの、喉が痛い~、ひりひりする~」
「あ~あ、だから食べる時はちゃんと噛む様に言ってるだろ」
「そうだよ、丸呑みにしたら出てくるのは当たり前でしょ、ルーミアは馬鹿だなぁ」
「そうなのかー、ってチルノに馬鹿にされたorz」

 危なかった、じっくりと咀嚼されたら再生まで時間がかかっただろうが丸飲みだったのですぐに復活できた。
 昔話の一寸法師の気分がよく分かる、
 もっとも、突き刺したのは針の剣なんて頼りない物ではなくサバイバルナイフとスタンガンだったが。
 文明の利器万歳、何年たとうと一般人と変わらない体力でも抵抗するくらいなら出来るようになった。
 ここ五百年ほどは妖怪と会うこと自体稀だが、最初の三百年くらいは出会った瞬間に殺されていた。
 近くの川で服を着替える、さすがに唾液でべとべとになった服を着ていたいとは思わない。
 さて、人里は目と鼻の先だ。


「こら、てゐ! お菓子は永遠亭に戻ってから食べなさいって危ない! ごめんなさい、ほらてゐも謝って」

 稗田という家を探していると少女がぶつかってきた。
 折角着替えた服がみたらし団子のたれでまた汚れてしまった。

「すいませんでした。服も汚しちゃって、クリーニング代くらいなら出します」
「いや、別にそこまでしてもらわなくても……もしかして鈴仙・優曇華院・イナバさん?」
「そうですけど、どこかであったことありましたっけ?」

 もちろん、外界から来たばかりの自分と幻想郷に住む少女に接点などあるはずが無い、彼女の疑問ももっともだ。
 そこで一冊の本を取り出す、その名も 『幻想郷縁起、著 稗田阿求』
 幻想郷に住む妖怪たちをイラスト付きで分かりやすく説明した本であり、彼女についてもこれに書かれていた。
 どういう経緯で外界に出たのかは知らないが偶然読む機会があったのだ。
 そしてこれに書いてある内容は幻想郷を目指すことを決意させるに十分すぎる。

「それで、永遠亭まで案内して欲しいんだけど、蓬莱山輝夜に会いたいんだ」
「いや、さすがに会ったばかりの人を姫に面会させるわけにはいきませんよ」
「輝夜とは古い友人なんだけどな」
「幻想郷に来たばかりの〇〇さんが何を言ってるんですか? 姫は千年以上幻想郷に住んでるんですよ」

 まぁ当然といえば当然の反応だった。
 さて、どうしよう?
 偶然永遠亭の住民と接触したから先に輝夜に会おうと思ったが、とりあえず当初の予定どおり稗田家を探そうか?
 この本を書いた稗田阿求という人物なら永遠亭も妹紅の住処も知っているだろうし。
 それともこの少女に永遠亭ではなく妹紅の方に案内してもらおうか?
 同じ竹林に住んでいるのだから場所くらい分かるだろう、こっちなら問題なく案内してもらえるはずだ。

「ねぇ、れーせん、れーせん」

 てゐと呼ばれた少女が鈴仙の袖を引っ張る。
 すでにみたらし団子は食べ終わったらしく、串を口にくわえたまま話しかけている。

「この人嘘ついてないよ、案内してあげた方がいいと思うよ」
「だけど、万が一ってこともあるし」
「知らないよ、怒られても知らないよ?」

 てゐは妙にニヤニヤしている。
 長いこと生きていたから知っている、アレは何かたくらんでいる、それも楽しいことを考えている顔だ。
 まぁ会うことが出来ないというなら仕方が無い、先に妹紅の方に案内してもらおう。
 二人の兎に連れられて竹林の奥深くに入っていった。


「かぐやぁ! 今日は私が勝つ!」
「そう言って3連敗中でしょ? あの権利は私の方が3日多いわよ」
「53283戦目と76911戦目は引き分け、お前が多いのは一日だけだ!」

 二人の少女、輝夜と妹紅が空中に飛び上がる。
 それを観戦する女性も二人、慧音と永琳だ。
 慧音が持ってきた菓子をつまみ、永琳が淹れたお茶を飲んで時々ヤジを飛ばしている。

「しかし輝夜が直接来るのも久しぶりじゃないか? 最近は刺客が多かったのに」
「いい夢を見て機嫌がいいらしいの、 『妹紅? もっこもこにしてやんよ』 とか言ってたわ」
「いい夢ねぇ、妹紅も夢見が良かったって言ってたな、 『輝夜? フルもっこにしてやんよ』 とか言ってた」

 戦況は五分五分といったところだろう。
 元々接近戦なら妹紅、遠距離戦なら輝夜に分がある戦いだが現在は中距離で硬直状態に陥っている。
 こうなったら時間が掛かかる、夕食はこのまま妹紅の家で取ることになりそうだ。

「しかし、〇〇と一緒にすごす権利ねぇ、まだ再会していないのによく千年も続けられるな」
「あら? 妬いてるの?」
「少し、私だって一人身なんだし。それに妹紅が気にかけるの相手がどんな奴か気になる」
「ひと目だけ見たことがあるけど、少なくとも千年程度で想いが消える人間じゃないわね、うらやましいわ想う方も、想われる方も」

 時間が掛かると想われていた戦いだが変化が起きた。
 戦っている両者とも長期戦は嫌ったらしい、お互いにスペルカードを取り出して宣言する。

「喰らえ輝夜! フジヤマ……」
「受けて立つわ、蓬莱の弾の……」
「あれ? 師匠と姫ってここにいたんですか?」

 空中の二人がバランスを崩す、最高にハイテンションだったのがいきなり萎えてしまったようだ。
 やって来たのは鈴仙、てゐ、そして〇〇、その顔を見て永琳が驚く。
 輝夜と妹紅の動きも止まる、てゐは相変わらずニヤニヤして、鈴仙は何故皆が驚いているのか分からない。

「よう、二人とも仲良くしてたか? 無理だろうけど」

 その言葉が沈黙を破った。
 妹紅と輝夜が同時に〇〇に突撃して抱きつき、倒れ、転がっていく。

「あの~、師匠、これはいったい?」
「あの人は姫の思い人よ、千年ずっと待ち続けても色あせない大切な思い」
「え? 本当に知り合いだったんですか?」
「覚悟しておいた方がいいわよ、何で永遠亭じゃなくてこっちに来たのか聞かれるだろうし」
「そ、それは……てゐ! あなた知ってたわね!?」
「だから忠告したのに」

 転がった三人は竹にぶつかって止まっていた。
 顔を涙でぐしゃぐしゃにした二人が一人を抱きしめ、ギリギリで涙を止めている一人は二人を包み込む。

「泣くなって、俺は笑って再会を祝いたい」
「でも、でもわたし謝らないと、〇〇を死なせて、それでそれで」
「私だって、〇〇が死んでるって思い込んで、すごいバカやって」
「そのくらいで怒ると思うか? 俺は輝夜も妹紅も大好きなんだぞ」
「「うわぁ~ん」」
「だから泣くなって、折角明るく振舞ったのに、ああくそ、俺も泣きたくなるだろうが」

 二人の泣き顔を見てついに我慢できなくなる。
 もう顔を見ることもできない、竹林に三人の泣き声が響き渡る。

 空には月が浮かんでいたが、今の三人にはそんなことどうでもよかった。 



うpろだ1109

───────────────────────────────────────────────────────────

「有明の月、日が昇っても見えるなんて、お得なような気色悪いような」
「れーせん、現実逃避はどうかと思うよ」
「スケジュールが詰まってるからって三日徹夜は無いと思うの」
「そうだよね~、皆何やってるか頭ハッキリしてないし、いじくってもわかんないよね~」


~蛇足編~


 時は千年以上前、蓬莱山輝夜は人間を不死にする蓬莱の薬を作った罪により地上に落されたのでした。
 輝夜は竹取の翁と妻に拾われ大事に育てられます、しかし輝夜の噂を聞きつけ押し寄せる無数の求婚者!

輝夜「今日もまた求婚者が来るのね、ああ、わたしの運命の人は何処にいるのでしょうか?」
〇〇「始めまして輝夜、僕の名前は〇〇といいます」
輝夜「何て凛々しいお方、この人が運命の人に違いない」
〇〇「何とお美しい、ひと目見ただけで僕は心を奪われてしまった」
妹紅「何てお似合いの二人なのでしょう、これは私の入る隙間なんか全然ありません」

 お互いに愛を深め合う〇〇と輝夜、二人は誰もが羨む恋人同士となります。
 だが輝夜には5人の婚約者がいたのでした、しかもその内の一人は〇〇の恩人!
 なんとかして穏便に事を収めたい輝夜は5つの難題を思いつきます。
 狙い通り失敗する婚約者たち、しかし数日後、〇〇はその姿を消すのでした。

輝夜「ああ、〇〇、貴方は何処へ行ったのでしょう? 私に何も告げず、今何をしているのでしょう?」
〇〇「僕の輝夜、今帰ったよ、5つの難題を乗り越え、僕は君に相応しい男になった」
輝夜「なんということでしょう! 婚約を断る方便だったのに、それを本当に乗り越えるなんて」
妹紅「輝夜のために命を懸けて試練を乗り越えるなんて、貴方はそこまで彼女を愛しているのですね? 私は二人を祝うことしか出来ません」

 名実供に輝夜の夫となった〇〇、二人は幸せに過ごします。
 しかし忍び寄る黒い影、何と月の使者が輝夜をつれ戻しにやって来た!
 輝夜を守ろうと懸命に戦う〇〇、しかし力及ばす輝夜は連れ去られてしまいます。

〇〇「僕は輝夜を取り返す! 蓬莱の薬で不死となり、千年かかろうと彼女に辿り着いて見せる!」
輝夜「〇〇、私は待っています。どれほど時間が掛かろうと貴方を待ち続けます」

 輝夜を取り戻すために旅をする〇〇
 野を越え山を越え、海を渡ってついに輝夜の囚われた城に辿り着きます。

妹紅「さあ来い〇〇、実は私は一回刺されただけで死ぬぞ!」
〇〇「まそっぷ!」
妹紅「ぎゃぁぁぁぁぁ、このザ・蓬莱と呼ばれる藤原妹紅がぁぁぁぁ」
婚約者達「藤原妹紅がやられたようだな」
〇〇「うおおおおおおお」
婚約者達「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
輝夜「よく来たわね〇〇、実はわたしは蓬莱の薬が無くても倒せる」
〇〇「俺も不老不死になったような気がしたけど、そんなことは無かったぜ!」

 〇〇の勇気が世界を救うと信じて!


 蓬莱山輝夜=鈴仙・優曇華院・イナバ
 〇〇=因幡てゐ
 藤原妹紅=適当なイナバ
 婚約者達=適当なイナバ
 ナレーション=八意永琳


「って、まちなさ~い」

 輝夜が叫んで部屋が明るくなる。
 永琳さんが映写機を止めてスクリーンにうっすらと映っている映像が動かなくなった。 

「何でわたしがラスボスになってるのよ! 脚本ではラストは熱い抱擁を交わすはずでしょ?」
「それ以外にも突っ込みどころ満載だろうが! 私なんて面影が残ってないぞ、何でお前と〇〇を認めてるんだ!」
「そこは脚本どおりだからいいのよ!」
「ふざけんな!」

 輝夜が映画を取ったから見に来ないかと誘われた。
 なんでも俺たちの出会いと別れ、再会を忠実に再現したドキュメントだと言っていたが……別の意味で面白くなってしまった。
 しかし途中から思いっきり話が変わっている、最初の方は輝夜の脚本どおりだと思うが何があったのだろうか?
 その時視界の端でこそこそしている兎を見つけた。
 あれは……てゐ?

「何してるんだ?」
「ぎくっ、な、何もしてないウサ、何も持ってないウサ」
「すごいウサウサ言ってるな、まぁ面白いからいいけど」

 てゐは安心した顔で部屋を出て行った。
 手に持っているのはこの映画のテープだろう、輝夜と妹紅の戦いの被害に会わないように持って行ったらしい。
 アレをそのまま提出するのか、面白いことになりそうだ。
 そう思っていると輝夜と妹紅がこっちにやってきた。

「〇〇、私たちで直接撮りましょう! キスシーンもベッドシーンも本人同士で!」
「そんなことさせると思うか!」
「たまには三人でもいいと思わない?」
「……まぁ、たまにはな」

 輝夜と妹紅に両脇を固められて引きずられていく。
 三人の内では一般人と能力が変わらない俺が一番弱い、ましてや二対一になったら抵抗など出来ない。
 ああ、二人とも千年前はあんなに可愛かったのに、時の流れは残酷なものだ。

「えーりん、えーりん、助けてえーりん」
「はい、色々と激しくなる薬です。これを使えば主導権くらい握れますよ、意識は飛ぶでしょうが」
「んなもんいるか!」

 薬なんかに頼らなくても二人をあしらう事くらい余裕でした。



 文々。新聞 号外
 幻想郷映画祭、結果発表!

 佳作    紅魔戦隊ケンジャノイシ (紅魔館)
 優秀賞   世にも奇みょんな物語 (白玉楼)
 最優秀賞  ソードマスター月下紅夜 (永遠亭)

講評
 最愛の人と戦うシーンは涙が出ました (東風谷早苗)
 感動、恋愛、バトルが高い次元で融合した名作です (四季映姫・ヤマザナドゥ)
「まそっぷ」 すごく勇気がこみ上げてくる言葉です (稗田阿求)

うpろだ1110

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最終更新:2010年05月29日 02:30