「○○、準備はできた?」
「はいっ、お待たせしました」
僕がエントランスに姿を現すと、まるでサンタクロースみたいな
白い雑嚢を持った咲夜さんが出迎えた。そんな咲夜さんは、僕の格
好を見ると少し不思議そうな顔をして訊ねてきた。
「もしかしてわざわざ着替えてきたの?」
「え? ええ、外に出るのは久しぶりだったので」
「あなたはお母さんにお使いを頼まれたら、わざわざ外行きの服に
着替えるのかしら」
咲夜さんにはそれがとても滑稽に感じられたらしく、くすくすと
笑った。咲夜さんもひどい喩えをしてくれる。そう言われると、流
石に自分でも変だったかな、と思えてきてしまう。
「でもあの格好のままっていうのはちょっと気が引けまして」
普段の僕は、咲夜さんが間に合わせで調達したというカッターシ
ャツにベスト、スラックスという出で立ちだった。男の使用人とし
ては本当に最低限といった感じだ。妖精がほとんどとはいえ、僕を
除けば女性しかいない紅魔館ではメイド服こそ割と上等なものだっ
たけれど、僕のものは間に合わせというだけあってあまり程度のい
いものとはお世辞にも言えなかった。
せっかく咲夜さんと出かけるのだし、やっぱり僕にも多少の見栄
がある。だからわざわざ僕が外から着てきた服に着替えてきたのだ。
……でも咲夜さんはメイド服のままだから、結局並んで歩いたら違
和感は相当なものであろうことは間違いない。
「そうね、今日あなたを連れて行こうと思ったのは、そのことも関
係しているの。この紅魔館で働いている以上、いつまでも間に合わ
せではいけないものね。それに――」
「?」
「――うふふ。今は内緒にしておきましょう」
「ええー? そんな思わせぶりな!」
「さあ、行くわよ」
咲夜さんは僕の疑問に答えず、微笑みを湛えたまま袋を背負い込
むと颯爽と扉を開けて外に出る。その咲夜さんの態度に、僕はちょ
っと不安を感じたけれど、そんなものはすぐに期待で塗りつぶされ
た。なんといっても、今日は……つまり、その、デートみたいなも
のと考えてもいいんじゃないかって、そんな風に思っていたからだ。
それは僕が勝手に思っているだけかもしれないけど、それで充分だ
った。
「咲夜さんお出かけですか? あ、そういえば今日は買い出しの日
でしたね」
「ええ、美鈴。だから私が留守の間よろしく頼むわね」
「はいっ、お任せください」
門の脇に立つ美鈴さんはそう言いながら、姿勢を正して半袖から
伸びる腕で敬礼して見せた。やっぱり美鈴さんにはこういう姿が似
合うと思う。
「今日は○○さんもご一緒なんですね」
「はい、今日は僕も連れて行ってもらえることになったんです。ま
だ幻想郷については知らないことばかりなので、勉強のつもりで行
ってきます」
「そろそろ○○も館の外のことを知った方がいいと思って。○○も
子供じゃないんだもの、一人でお使いにもいけない使用人のままじ
ゃいけないわ」
「ものは言いようですねぇ……」
そう言って、美鈴さんはあきれたように口を尖らせた。
「巫女も魔法使いも通してはダメよ。今はまだ、ね」
咲夜さんは念を押すように、人差し指を立てて美鈴さんに言い聞
かせる。
「もちろんです、その辺はぬかりありませんよ。私、最近は調子い
いんです、ほら見てください」
美鈴さんは空間動作で次々と突きと蹴りを繰り出す。風を切る鋭
い突きと、足を高く上げて鞭のようにしなやかな蹴り。しかしそれ
が……非常に困ったことになっている。
「○○さん、どうして顔を背けてるんですか?」
「いや、うん……とてもいいと思うよ」
「えー、だって見てないじゃないですか。ちゃんと見てください、
ほらほら」
見るに見れない状況なんだから仕方がない。だってさっきから、
スカートのスリットから、その、ちらちらと白いものが……見えて
るから……。それを知ってから知らずか、美鈴さんが一人で盛り上
っているし、それを見ていた咲夜さんも顔をしかめている。
「ほら、やめなさい。○○も困っているじゃないの」
「むぅ~、しょうがないですね……それじゃあ、えーとどうしまし
ょう? そうだ、○○さん。お出かけのちゅーを……」
「えっ、ちょっ」
「んー……」
美鈴さんは僕の腕に手を添えて押さえると、そっと顔を寄せてく
る。よりにもよって咲夜さんがいる前で。以前にレミリアの前での
ときもそうだったけど、誰かの目の前でするのはあまり気が進まな
い。
……しかし美鈴さんがちょこんと唇を突きだしてくるのを避ける
わけにもいかない。僕もそれを受け入れようとしたそのとき――。
「いっ、いたたたたっ!! 痛い! 痛いですっ」
ぎゅうと思いきりほっぺたが引っ張られて思わず呻いた。僕はそ
の裂けるような痛みに耐えかねて、身体を翻さずにはいられない。
……ジト目で睨みつけてくる咲夜さんに頬を抓られたのだ。
「もう……どうなさったんですか、咲夜さん?」
「なんでもないわ」
「せっかくいいところだったのに……」
「何か言った?」
「いっ、いえ何も!」
ジト目は美鈴さんにも向けられているが、美鈴さんはひたすら笑
って誤魔化している。それを見たからか、抓られたままの僕の頬に
さらに力が入る。頬の熱は痛みによって急激に上昇していた。
「だいたいここは、もう紅魔館の外なのよ。あの規則は適用外」
「え? そうでしたっけ?」
えへへ、と美鈴さんはあっけらかんと言う。
「まあ、でも○○さんは初めてお出かけになるじゃないですか。で
すから、ちゃんとお帰りになられるようにと、おまじないを……」
「パチュリー様みたいなことを言うのね、貴方」
「お出かけのちゅーはできませんでしたけど……それでしたら、帰
ってきたら”おかえりなさい”と言ってあげますよ」
「そんなの当たり前のことじゃない」
「ええ、当たり前のことですよ。それでは咲夜さん、○○さん、い
ってらっしゃいませ」
美鈴さんの屈託のない笑顔に見送られ、僕はひりつく頬を押さえ
ながら咲夜さんの後についていく。向かうはこの幻想郷で唯一の集
落であるという、人間の里だ。
僕たちは湖畔沿いに人里を目指していた。ふと湖上を見ると、妖
精たちの中でもひと際目立つ青い妖精と緑色の妖精が対になって飛
んでいた。外に出てからまばらに見かける妖精の中でも一際個性を
放っている。
「あの氷精には気をつけた方がいいわよ。何の能力も使えないあな
たじゃ、きっと逃げるだけでやっとよ」
「あんな小さな子がそんなに危ないんですか? 紅魔館の妖精メイ
ドたちはそんな凶暴ではありませんけど」
「それは、ある程度教育はしているもの。あの妖精は、見境のない
分、下手にお嬢様の相手をするより危ないわね」
「それは……さぞかし大変なんでしょうね」
僕が以前のことを思い出して、よっぽど難しい顔をしていたから
か、咲夜さんは一瞬きょとんとした表情で見つめてきた。しかしす
ぐに可笑しそうに笑うのだった。
「ごめんなさい、○○の顔が面白かったものだから、つい」
「……いいですよっ、別に! でも、その言い方だと咲夜さんは何
か力が使えるんですか? パチュリーさんみたいな、魔法とか……
美鈴さんのような気を使うとか」
「え? ええ……そろそろ貴方には、教えてもいい頃かもしれない
わね」
咲夜さんの表情が翳る。僕は敢えて聞いた。本当はもう知ってい
るけど、いつか咲夜さんからそのことを話してくれることを信じて。
「ちなみにあの子は、ちょっとした謎かけでもしてあげればなんに
もできなくなっちゃうから」
僕は咲夜さんのその言い方が可愛くて笑わずにはいられなかった。
咲夜さんもつられたのか、気がつけば笑っていた。僕たちはまるで、
何の憂いもない……恋人同士のように笑い合いながら、人間の里へ
の道を往く。
「じゃあ今日はこれをくださる?」
「はい毎度」
里に入ると、僕は咲夜さんに連れて行かれるまま、通りにある一
軒のお店に入った。その間、僕は借りてきたネコみたいに大人しく
周囲を見ているぐらいしかできなかった。
「数はどれくらい用意できるかしら」
「ええ、紅魔館さんの需要のおかげで、徐々に職人の効率が上がっ
てきまして……次回までに三十はご用意できるかと思いますが」
「それだけあれば十分ね。じゃあ今あるだけお願いできます?」
「はい、それでは直ちにご用意致しますので」
話がまとまったらしく、熟年の腰の低い店主が奥に引っ込んでい
く。この店は見た目こそ長屋の延長みたいな佇まいだったが、どう
やら扱っているのは洋風のものばかり。他の建築物も、みんな教科
書でしか見たことのないような古い時代のものばかりなので、こう
いう店まであるのは意外に思えたが、そんな中に紅魔館なんてお屋
敷がデンと建っているのだから、別におかしくはないのか?
「咲夜さん、そんなに”お皿”が必要なんですか?」
「ええ、すぐに割れてしまうから、とりあえず数だけでも揃えてお
かないと」
「……すみません、僕のせいですね」
僕が使用人の仕事を始めてから、手を滑らせて割った数々のお皿
のことが頭を過ぎった。あんなお屋敷で使っているんだから、一枚
一枚さぞかし高価なものなんだろうと思っていたが、実はそうでも
ないらしいことが今しがた判明した。もちろん、中には本当に高級
そうなものも含まれてはいるのだが。
「うふふ、貴方が割ったお皿の数なんて大したことないのよ。まだ
会ったことはないでしょうけど、うちには少々お行儀の悪い方いる
のよ。だからいくらあっても足りないくらい」
「……それはもしかして、妹様という方ですか?」
「○○、知っていたの?」
「パチュリーさんから、お話だけは」
パチュリーさんはレミリアより性質が悪いと言っていたが、今の
話を聞いて益々方向性が定まった。あまり会いたいタイプの女の子
ではなさそうだ。
「でも貴方はお嬢様と妹様とは活動時間が重ならないものね。あま
り会う機会はないと思うわ」
「咲夜さんは昼も夜も働いていて、いつ休んでいるのかが気になる
んですが」
「私はみんなにナイショでこっそり休んでいるから大丈夫なのよ。
それでも、やっぱりまとまった休みは欲しいわね」
咲夜さんはふっと笑って、品物をまた物色する作業に戻った。今
度は燭台やなんかの調度品を見ている。それもまた、妹様に破壊さ
れるからだろうか? 紅魔館の住人になって約一ヶ月。まだまだ知
られざる事項がたくさんある。
「品物をお持ちしましたが、如何なさいます?」
「じゃあ○○、それを袋の中に入れてもらっていい?」
「わかりました」
僕は傍らにあった白い袋の中に、店主から渡された皿を丁寧に入
れていく。……しかし全く手応えがない。どれだけ入れても膨らみ
もしないし大した重さも感じない。まるで袋を通じてどこか別のと
ころに行ってしまったみたいだ。
「……あれ?」
「どうしたの○○?」
遠くから、僕の困惑した様子に気づいたのか、咲夜さんが奥から
戻ってきた。
「これ、何か変なんですけど」
「それはね、私の特技の一つなの。言って見れば種のない手品って
ところかしら」
「まるで四次元ポケットみたいだ……」
「便利そうなものの名前ね」
「外の世界の(漫画の中の)道具なんですけど、いくらでも物が入
って、なおかつ携帯性も抜群というとても便利なものです」
「外にはそんなものがあるの? じゃあこれくらいじゃ驚かないか
もしれないわね」
「いや、実際に見たらやっぱり驚きましたよ……」
「そんなことはないのよ。じゃあ、残りもお願いね」
咲夜さんは今自分で特技だと言った。咲夜さんの能力って、確か
時間と空間を操る……空間を操るって、つまりこういうことも可能
ってわけか。こういうことが当たり前のように考えられるようにな
っている自分に少々驚いてしまう。疑問が解決すると、咲夜さんは
再び店の奥に行ってしまった。
「……なあ、あんた」
「はい、なんですか?」
「まあ座りなって」
作業が終わり、再び手持無沙汰になって突っ立っていた僕に、店
主のおじさんが話しかけてくる。咲夜さんを放っておいていいのか
迷ったが、ちょっと歩き疲れていたのでお言葉に甘えることにした。
「その格好、もしかすると外の人だろう?」
「ええ、そうですけど、どうしてそれがわかったんです?」
「そりゃあ見ればわかるさ。いまどきの外の人ってのは、だいたい
そんな格好をしているからねぇ」
僕は外を歩いていた人たちの姿を思い出し、店主の姿を改めて眺
めてみる。なるほど、確かに一部奇抜な格好をしている人を除けば、
外の世界では没個性的な僕でさえ幻想郷では浮いて見える。おじさ
んは声を小さくして話を続けた。
「それにな、兄ちゃん。この里の奴は、あそこの吸血鬼のやつらと
はあんまりつるんだりはしないんだよ。興味本位で絡んでいくやつ
はいるけど、大抵長続きせん」
「…………」
「妖怪とか、そういうやつらに絡んでいく人間ていうのは、だいた
い力があって肝の据わってるやつか、何にも知らない外来人と相場
が決まってるからな」
「そうですか」
これでは僕が何も知らない世間知らずだと言われているようなも
のだ。事実、その通りなのだが。
「ま、でもうちらは商売だからな、いいお客さんだよ……おっと、
今さっき言ったことは、十六夜さんには内緒にしておいてくれよ」
咲夜さんが奥から戻ってくると、おじさんはそれを察して話を切
り上げた。おじさんは手揉みしながら人の好さそうな笑みで咲夜さ
んに品物を薦めているようだ。
「今日はこれくらいにしておくわ。じゃあ店主さん、お代はここに
おいておくわね」
「へい、また御贔屓にしてくだせえ」
袋を担いで店の外に出て行く咲夜さんを僕は追いかける。まさか
いきなりあんな話をされるとは思っていなかった。あれが里の住人
の、紅魔館に対する一般的な感情とでも言うのか。やはりパチュ
リーさんや美鈴さんの言ったことが、根底にあるのだろう……咲夜
さんだって、人間なのにも係わらずそういう目で見られているのだ
とすれば……いや考えても仕方がない、今はただ、咲夜さんを信じ
てついていくだけだ。
「○○、今日のおゆはんは何がいいかしら?」
「それを僕に聞いてもいいんですか? 立場上問題があるような…
…」
「たまにはそれもいいかと思って。別にいいのよ、和食とかでも。
お嬢様も和食は召し上がるし。納豆だって好きなんだから」
「……僕の中の吸血鬼の概念が崩壊しそうだ」
「オムライスがいい? それともハンバーグ? ……やっぱりお味
噌汁とか肉じゃががいいのかしら、○○は」
「こ、子供じゃないですよ、僕は!」
「大丈夫よ、お嬢様だってそういうのは”嫌いじゃない”し」
僕は思わず声を荒げたが、内心かなり嬉しい気持ちを抑えきれな
い。でもなんだかお母さんみたいなもの言いでむず痒くもある。仕
立て屋で採寸し終わり、里の通りを肩を並べて歩いているときのこ
とだった。人間の里は人通りもそこそこで、話で聞いたよりはずっ
と賑やかだ。そんな中では、やはり向けられている視線が気になっ
た。里に入ってきたときもそう感じたけれど、繁華街までくるとさ
らにそれは顕著になった。……それは決して、僕が背負っている白
い袋のせいだけじゃないと思う。さっきの店で聞いた話のせいだろ
うか、余計に気になった。
「結構、注目をされてますね」
「それはそうよ、あなた、ただでさえ見慣れない格好をしているも
の」
それについては咲夜さんも相当なものだと思う。現状、僕と咲夜
さんの相乗効果でとても素敵なハーモニーを奏でているに違いない。
でも咲夜さんはこんな状況は一度や二度ではないからか、いたって
冷静だった。
「そうかもしれませんけど……でも僕たちって、周りから見たらど
う見えてるんでしょうね」
「どうって?」
咲夜さんはきょとんとして僕の顔を見つめた。……何を言ってい
るのかわからないといった風情だ。
「咲夜さんって、ときどき人里には来ているんでしょう? 今日は
僕がいるから何か違うのかなぁって」
「そんなに変なことかしら、私が誰かと一緒に歩いていたら」
「そ、そういうわけじゃありませんって」
「それじゃあどういうことなのかしら」
……もう次に言おうとしていたことを言えなくなってしまった。
まさかこんな風に流されてしまうなんて。
「姉弟みたいな感じじゃないでしょうか……」
「私と○○は身長も歳もそんなに違わないじゃない。差が出るとし
たら雰囲気の差ね。○○ってちょっと子供っぽいから」
僕は額を押さえて頭を振った。もうこの話はやめよう。
「それにしても、僕の採寸なんてしてどうするんですか?」
「だって、あなたこっちに来てからほとんど着た切り雀だったでし
ょう? もう一着ぐらい、仕事着があってもいいと思わない?」
「それは確かに思いますけど……でもちゃんと服は洗ってますよ」
「別に出してくれれば、みんなのものと一緒に洗うわよ」
「それは、ちょっと勘弁してください」
咲夜さんが僕のパンツを洗っている光景を想像してしまった自分
が嫌になる。そんな話をしながら、カフェらしき店の前を通ると咲
夜さんは少し休んでいきましょうと言ったので、僕はその誘いを受
けるのだった。
「幻想郷にもこういうところがあったんですねー」
「あら、外の世界じゃこういうお店はあまり珍しくないのね?」
ここのカフェは一部オープンカフェになっていて、いくつかの
テーブルが路上を若干占有している。幻想郷の文化水準だと、こう
いうところを利用する人はそれほど多くはないようで、座る席もあ
る程度自由に選ぶことができたので、僕たちは外の席に座ることに
した。
「咲夜さんは里に来たら、こういうところにも寄るんですか?」
「一人じゃ寄る機会はないわね。いつもは給仕するほうだし、こう
いうのもたまにはいいのかなって思ってたんだけど……今日は○○
と一緒だから、寄ってみただけよ」
そうだ、咲夜さんはいつも一人で里に来ているんだった。咲夜さ
んもこういうところに来たいと思うような女性なんだと思うと、少
し微笑ましく思う。
僕たちが席に着くと、矢絣模様の着物を着たウェイトレスが注文
を取りに来る。咲夜さんはコーヒーを注文し、僕も少し迷った挙句
同じものを頼んだ。
「メイドさんが逆に給仕されるっていうのはさすがに初めて見まし
た……普段の姿から想像もできませんよ」
「たまにはいいじゃない。それとも、そんなに私が給仕しているほ
うが似合うっていうんなら、今度○○にもしてあげましょうか?
お嬢様じゃなくて、貴方のメイドになって」
笑顔のままさらりと言ってのける。僕は口にしていたお冷を少し
噴き出した。聞く人が聞けば誤解を与えかねない台詞だ……。
「げほっ! けほっ、けほっ……」
「もう、お行儀が悪いわよ○○」
「さ、咲夜さんがいきなりそんなことを言うからですよ!」
「そんなにおかしなことかしら。だって○○はそのほうがいいんで
しょう?」
「そ、それとこれとは話が違います! だって僕はそういう咲夜さ
んしか見たことがないからそう言っただけであって、外の世界じゃ
割とそういうのは流行っていましたけど、やっぱり咲夜さんは本物
だし、そんな人に給仕してもらうっていうのはとても魅力的な提案
……じゃなくて、恐れ多いんですよ!!」
自分でも何を言ってるのかわからなくなり、僕が必死に反論しよ
うとすると、周囲の視線が僕の元に注がれるのが分かる。それに委
縮してしまった僕を、咲夜さんはくすくすと笑った。まるで僕の反
応を楽しんでいるかのようだ。
咲夜さんから渡されたハンカチで口元を拭うと、その間に注文の
品が届く。咲夜さんは必要以上にふーふーして冷まそうとしている。
ひょっとしたら猫舌なんだろうか、その意外なギャップに、ちょっ
と可愛いなと思う。こうして屋敷の外に出ると、咲夜さんの意外な
部分が見え隠れしていて面白かった。
そして僕も、せっかくのコーヒーを味わおうと、砂糖とミルクに
手をつける。するとテーブルの上にふと影が落ちる。思わず顔を上
げるとそこには一人の女性がテーブルの前に立っていた。
「相席、よろしいかな?」
角ばった帽子を被ったその髪の長い女性は、友好的な微笑みで僕
たちを見下ろしていた。他に席が空いているにも係わらず、どうし
てこの席に? と思わずにはいられない。
そして咲夜さんもそれに負けず劣らず瀟洒な……と言いたいとこ
ろだが、僕には不敵な笑みにしか見えない顔で迎え撃つ。……なん
だか嫌な予感がしてきた。
「あら、奇遇ですわ。里の知識人が何の用?」
「何の用とはご挨拶だな。私は人と共に暮らしているんだ、ここに
いるのも別に珍しいことじゃないだろう。しかし私はあまりに珍し
いものを見たから、思わず声を掛けずにはいられなかったんだ」
「……咲夜さん、どうします?」
「私は別に構わないわ」
「すまないな」
そう言って女性は咲夜さんの対面の席に座る。すると奥からウェ
イトレスが慌てて掛けてきて、畏まりながら注文を伺っていた。咲
夜さんと対等に話していることといい、丁重な扱われ方といい、こ
の人もただものではないことが窺える。
「はじめまして。私は上白沢慧音という。故あってこの人里に住ま
わせてもらっている者だ」
「こ、こちらこそはじめまして。僕の名前は○○、今は紅魔館にお
世話になっています」
「そんなに固くならないでくれ。全然、楽にしてくれて構わないん
だ」
「はぁ」
上白沢と名乗った彼女は、僕を安心させようとしてくれているの
だろう、軽く微笑みかけてくる。この人も、咲夜さんに負けず劣ら
ず美人だけど、ちょっと堅い印象を受ける。
「用事があるなら、早く済ませてくださる? せっかくのティータ
イムを邪魔されてはかないませんわ」
「言われなくてもそうさせてもらう。私は、君に話があってきたん
だ」
「な、なんでしょうか?」
今会ったばかりの人が僕に何を話すと言うのだろう。なんだかキ
ャッチセールスにでも捕まったときのように警戒せずにはいられな
かった。
「確認のために訊くが、君は外来人なんだろう?」
「今日だけで何度そう呼ばれたか分かりませんよ。こちらの人たち
とは多少感性が異なるみたいですから、そう言われるのも仕方のな
いことかもしれませんけど」
「外から来る人間の影響力というのは、この幻想郷にとって計り知
れないものになる可能性があるということだよ。皆そのことが気に
なっているんだ。だからどうか気を悪くしないでほしい」
彼女は帽子を取って頭を下げる。そんなことをされても困ってし
まうが、必要以上に律儀な人なのかもしれない。きっと悪い人では
ないのだろう、彼女も。
「はぁ……でも僕では期待には添えられそうにありませんが。何の
特徴もない、普通の人ですからね」
自分で言ってて情けなるが、本当のことなのでしょうがない。
「はははは、私は別にそれを期待して言っているわけじゃないんだ
よ。ただ、一つ気になることがある……」
「ええ、答えられることでしたら、話しますけど」
「君がどうして悪魔の犬と一緒にいるのか、ということなんだ。聞
けばしばらく前から屋敷で働いているそうじゃないか」
「それは、まあ成り行きで……」
悪魔の犬とはもしかして咲夜さんのことなんだろうか。悪魔がレ
ミリアのことなら、そういう言い方もできなくはないけど……。話
しながら、僕は咲夜さんの顔色を窺った。咲夜さんはあまり興味が
ないのか、澄ました顔でカップに口をつけている。
「そうか……でもずっと紅魔館にいるというわけにもいかないだろ
う?」
「どうしてです?」
上白沢さんはテーブルに若干身を乗り出してきた。心なしか、話
方にもだんだん熱が帯びてきているような気がする。
「それは君が人間だからだ。自分から悪魔の犬になったメイドは手
の施しようがないが、ここにきてからまだ間もない君ならまだ間に
合う。君が望めば外界に戻ることもできる。それにどうしても外界
に戻りたくない事情があるなら、この里で暮らすことだってできる
んだぞ? 外来人だからといって差別などしない」
外に帰る、という話が出たときはさすがに驚いた。そんなことは
できないと、心のどこかで思っていたからかもしれない。少なくと
も、簡単に言ってしまえるくらいには楽なことらしい。紅魔館では
誰もそんなことは言わなかった。
「それに知っているのか? 妖怪は人間を食すことを。このメイド
だって、主人や屋敷の住人のために人間を捌いて――」
上白沢さんが言いかけたそのとき、咲夜さんがテーブルを叩いた。
彼女はそれにビクリと反応し、やや興奮気味に乗り出していた身を
引いた。咲夜さんを見ると、一瞬瞳の色が赤く染まっているかのよ
うに見えて、目を擦ったがどうやら気のせいだったようだ。僕もか
なり動揺しているからか。
「……とにかくだ。この里は、何度もやつらの被害を受けている。
幻想郷にきたばかりの君は知らないだろうが、二度も異変を起こし
ているのはあいつらぐらいなものなんだ。老人たちは、あそこの吸
血鬼が昔に起こした異変のことをまだ覚えていて、怯えながら暮ら
しているし、紅霧異変からはまだ何季も経っていない。私だって煮
え湯を飲まされたことがある……君は知らず知らずのうちに、そん
な連中の片棒を担がされているんだぞ」
そう言って上白沢さんは咲夜さんに挑発的な視線を送った。咲夜
さんはそれに対抗した。
「そんなこともありましたわね。誰かさん早合点するからそういう
ことになるんですわ」
「なんだと、お前達が妖怪や妖精を撃墜しながら人間の里に向かっ
てくるからあんなことになったんだ。私が出なかったら人間に被害
が出る可能性は十分にあっただろうが」
「そのおかげで余計な攻撃をすることになったわね。出張ってこな
ければ撃墜もされませんでしたのに」
「あのときお前たちは二人がかりだったろう。一対一ならば遅れは
取らん」
「ならやってみます? ……何度やっても結果は変わらないと思う
けど」
「望むところだ!」
上白沢さんはエキサイトし過ぎたのか、勢いよく立ちあがって啖
呵を切る。咲夜さんも咲夜さんだ。いつのことを話しているのか知
らないが、売り言葉に買い言葉でもうどうにも止まらない。
そして僕は、テーブルの下で何かが光るのを見た。咲夜さんの手
は太腿に隠されていた煌めく白刃に掛っていたのだ。いくらなんで
もこれはやり過ぎだ……僕はテーブルの下の咲夜さんの手に、自分
の手を重ねる。
「っ!」
「…………(ぶるぶるぶる)!!」
はっと息を飲み、目を見開いた咲夜さんに、僕は必死に何度も首
を横に大きく振った。咲夜さんが、人を傷つけるようなことをして
ほしくはない……できることなら。
「上白沢さん」
「なんだ!」
上白沢さんの気迫に思わず気おくれしてしまいそうになるけれど、
僕は勇気を出して言う。なんとかしてこの場を収めないと……!
「上白沢さんが仰ったこと、本当なんですか?」
「ああ。この幻想郷を形作っている結界の要を知っているからな、
その人間に頼めば簡単に出ることができる」
「そうだったんですか……何も知らなかったな」
「きっと君を屋敷に捕まえておくために、敢えて何も教えなかった
のだろう」
「……」
「このまま悪魔の館で飼い殺されるのと、どちらがいいんだ?」
咲夜さんは鎮痛な面持ちで僕から視線を逸らした。……幻想郷に
来た直後であったなら、外の世界に戻れると言われたら多少は心も
揺れ動いただろう。友人たちには何も言わずに別れてしまったし、
外の食生活も懐かしく思える。パソコンに触れられないとなんだか
ストレスを感じたりしたものだが……今は、多くのことを知ってし
まった。今さら帰ったり、里で暮らしたり、できるものか。それに
僕は――。
「色々教えていただいてどうもありがとうございます。……ですが、
この話はお断りします」
「え?」
上白沢さんは、鳩が豆鉄砲を食らったかというような意外そうな
顔をした。
「僕は、今の生活が気に入っています。上白沢さんが言われたとお
り、紅魔館の人たちは悪いことをしてきたのかもしれません……で
すが、僕は一ヶ月一緒に生活してきましたけど、そこまで悪い人た
ちには思えなかった」
まあ、レミリアには若干怖い思いをさせられたような気もするが、
レミリアはあまり僕には関心がないようで、あのとき以来特に接触
はないし、そこまでの脅威には感じられなかった。パチュリーさん
も、美鈴さんも、こぁさんも……咲夜さんだってもちろんそうだ。
さっきは少し怖かったが、あれがきっとみんなが言っていた、怖か
ったころの咲夜さんなのだろう。しかし今は変わりつつあるんだ…
…。
「ですから、里に住み続けたり、外に戻るのも自由っていうんなら、
もちろん紅魔館に居続ける自由もあるっていうことですよね」
「それは……そうだが」
「僕がもしお嬢様か咲夜さんに放逐されてしまったら、その時はよ
ろしくお願いします」
そう言って、僕は上白沢さんに頭を下げた。上白沢さんは毒気を
抜かれたように、どっかと椅子に座った。
そしてようやく一段落したと判断したのか、ウェイトレスが上白
沢さんの注文の品を運んできた。上白沢さんはそれをすぐに飲み干
すとすぐに席を立つ。
「……わかったよ、そこまで言うのなら、無理にとは言えないな」
「ありがとうございます」
「だが様子は見させてもらうぞ。いつまた何時そいつらが異変を起
こさないとも限らないしな……せめて悪魔の犬の犬には、ならない
ようにな」
上白沢さんはお代を支払うとこの場を立ち去った。あそこまで言
うのは、きっと彼女なりの立場があってこそのことなのだろう。で
もそのおかげで僕の置かれている立場もよく理解できた。……また
一つ、やることが増えてしまった。
……それにしても悪魔の犬の犬とは。確かに今の僕にはお似合い
かもしれない。咲夜さんの後ろをただくっついて歩くだけの力ない
小動物。だけどそれでも全然悪い気はしなかった。
「……咲夜さん、これからどうします?」
声を掛けると、咲夜さんは瞳をぱちぱちを瞬きさせて、僕のこと
をじっと見つめた。少しぼーっとしているのかもしれないが、すぐ
に我に返った。
「え? ……そうね、今の騒ぎでもう腰を落ち着けている場合では
なくなってしまったわね。私たちも行きましょう」
そう言って咲夜さんが立ち上がる。一抹の余所余所しさを感じさ
せながら、僕たちは帰途についた。
「……さっきの話ですけど」
「あの知識人が言っていたことでしょう?」
「はい」
帰り道、もと来た道を逆順に僕らは湖の畔を歩いていた。聞きた
いことがいくつかあったはずなのに、聞いていいものかどうか迷っ
ったままだった。遠くに紅魔館を臨める場所にきたところで、やっ
とその気になったのだ。
「外の世界に戻ったりとか、できたんですね。知らなかったです」
「そうね……だって教えなかったもの」
「どうして、なんですか?」
「どうして? ……どうしてかしら、私にもわからないわ」
上白沢さんの言葉がまだ頭の中に残っている。しかしわからない
のは、そんなことをする必要があったのかどうか、という点だった。
それだけがどうしても納得できる答えが出せないままだった。
「だって戻ることができるのなら、別に僕を紅魔館に住まわせる必
要だって、なかったじゃないですか。最初の頃は、そのせいで色々
あったのに」
「ええ、そうよね。あのときは私、何をしていたのかしら」
咲夜さんはくすっと自重気味に笑う。
「最初は、道に迷った人に一晩の宿を貸そうと思っただけなのよ。
でも○○は、外の人だったでしょう? だから……」
「…………」
「何も知らない人なら捕まえても平気だと思って」
いや、それは違うよ咲夜さん。そんな理由なら、いくらでも奴隷
同然に働かせられたじゃないか。だけど、そんなことはなかった。
咲夜さんは僕に一つ一つ丁寧に仕事を教えてくれたし、みんなは僕
を住人のひとりだと見なしてくれたじゃないか。
「それじゃあ、今度は私が聞いてもいい? ……さっきはどうして
外に戻るって言わなかったの」
「そんなの簡単ですよ」
「……?」
「……僕が外にいたときは、何をすればいいのかさえ、自分じゃわ
かりませんでした……見つけようとしても、見つけられなかった。
そのときの僕は、きっと思いつめたような顔をしていたんでしょう
ね。気がついたらもう幻想郷にいました」
僕は空を見上げる。どこまでも青く、晴れ渡る空。こんな風にし
ていても、僕の気持ちは口から淀みなく流れ出る、水のように。
「それがどうでしょう、ここに来たら簡単に見つかってしまいまい
たよ。咲夜さんのおかげです」
「……あなたのしたいことって何なのかしら?」
「紅魔館のために頑張ることです。咲夜さん、あなたのために」
咲夜さんの頬に、ぽっと赤みが射すと僕はうろたえた。今ほど、
心底咲夜さんを愛おしいと思ったことはない。
「も、もちろんお嬢様にもですよ! パチュリーさんにも、美鈴さ
んにも、小悪魔さんにも……」
「うふふ、そうよね……そのほうがあなたらしいわ」
気恥ずかしくなってつい余計なことまで言ってしまう。大それた
ことができるほど、まだ自分に自信がなかった。
咲夜さんはふと立ち止まると袋を下ろし、道すがらの木に身体を
預ける。僕はその前に立つ。
「……少しぐらい、おゆはんの準備が遅れてもいいわよね」
「はい?」
咲夜さんが僕の手を握る。当て所なく彷徨う指が僕の指と絡み合
い、自然と手を握った。仄かに温かい掌。普段あれだけの仕事をこ
なしながらも、荒れている様子は感じない。きっとそういうケアも
欠かしていないに違いない。完璧な咲夜さんだから……。どれだけ
の時間があれば、そこまでできるんだろう。僕には想像もつかなか
った。
不思議だったのは、とても恥ずかしいことをしているはずなのに、
ごく自然にその行為を受け入れている自分がいたことだ。
「……少しぐらいなら、いいと思います」
「ええ、ありがとう。…………○○、帰る前に……口づけをしな
い?」
「……えっ、あっ、いや、でも……ここは紅魔館の外ですよ。規則
には縛られません。美鈴さんにもそう言ってたじゃないですか」
「そんなの関係ないわ。外じゃないと、○○を独り占めできないも
の」
握った手に力が入り、離そうとはしない。
「……私の能力、教えてあげる」
ふっ、と意識が断絶する。8mmフィルムの一コマに突然まっ黒な
コマが挿入されたような感覚。咲夜さんは湖の縁に立っていた。そ
してそれが何度も繰り返される。次の瞬間には僕の背中に、そして
また次の瞬間には木の上に。何も知らない人が見たら瞬間移動のよ
うに見えるだろう、しかし僕は知っている。
「時間を止めたりできるのよ。驚いた?」
目の前の、少し離れたところで咲夜さんはその挙動を止めた。
「知ってましたよ、全部。だから驚いたりなんかしません」
「どこでそれを知ったの?」
咲夜さんは驚いた様子もなく、俯いた。
「……妖精の口に戸は立てられぬ、ということです」
「そう、とんだ道化だったのね、私」
くすくすと咲夜さんが笑う。僕は緊張のピークがとうに過ぎてし
まったようで、ひどく落ち着いていた。
「じゃあ分かっているでしょう。……もうあなたの時間も私のもの
なのよ。○○は私からは逃げられない」
「もう、逃げるつもりもありませんよ」
もう一度、僕は咲夜さんの手を取った。僕と、咲夜さんの距離は
無くなり、湖の波が砕ける音が僕たちを包んでいた。
「妖精たちが見ているかもしれませんね。噂を立てられてしまいま
す」
「……どうせ明日になれば忘れてしまうわよ。気にしなくていい
わ」
お互いを見合わせ、熱い吐息が感じられるくらいにまで顔が近づ
いた。僕も同じくらいになっているのだろうか……。咲夜さんが目
を瞑ると、あとはもう自然と顔の距離が縮まっていく。そして示し
合わせたわけでもなく、顔を傾ける。
「んっ……○○っ」
「はぁ、咲夜さん……」
薄く湿った咲夜さんの唇が触れる。僕はもう我慢できず、その間
に舌を差し込む。咲夜さんは目を見開いて僕のその行為に驚いてい
るようだった。奥に強張った咲夜さんのそれを、ダンスパーティー
で、踊る相手のいない女性に手を差し伸べるように、解きほぐして
いく。粘つく唾液がぴちゃぴちゃと音てた。
「んっ、あ、んくっ……ふぁ……ちゅ、ぴちゃ、くちゅ……○○…
…い、いきなり……」
「咲夜さんが望んだことです、今日は……遠慮しませんよ」
物足りなさげに瞳を潤ませながら、咲夜さんは僕から唇を離そう
とした。しかしそんな咲夜さんの姿を見て、燃え上がらないはずは
ない。咲夜さんの身体をぎゅっと抱きしめて、離れるのを阻止した。
「そ、そんな……んっ、ちゅぷ、はぁっ……ん、ふ……○○……
っ! ああっ……んはぁっ!」
より深く繋がれるように、舌を絡めていく。一方的な僕の蹂躙だ
ったにも拘らず、ぬめる舌が溶け合って、どこまでも深く繋がって
いくような、そんな感覚に満たされる。
「んちゅ、ふぅ……はぁ……んっ! んんんんっ、はぁぁぁっ!」
それが呼び水となって、咲夜さんは刹那に大きく震えると、途端
に糸の切れた人形のように僕の腕の中に収まったままになった。そ
してゆっくりと唇を離す。つぷり……とお互いの口から引いた銀糸
がたわんでぷっつりと途切れる。咲夜さんは薄く瞼を開け、大きく
胸で息をして頬を上気させていた。
「はぁ、はぁ……わたし、どうしてしまったの?」
「……僕と、一つなったってことですよ」
「そうなの、とっても素敵なことなのね……」
僕は咲夜さんの呼吸が整うのを待ってから、そっと戒めを解き放
つ。そうしなければ、自分の足で立てるかどうかも怪しいぐらいだ
ったから。
「……それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。あまり遅くなっても
いけませんし」
「そうね……ありがとう、○○」
咲夜さんはそう言うと、改めて手を握り直してきた。僕はただ笑
ってこう返す。
「帰りましょう、僕たちの家に」
うpろだ1326、1374、1454、1466、1467、1472、1499
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最終更新:2010年06月05日 08:43