幻想主義者は乙女の夢を見るか?

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 飛ぶ風祝は後を濁す――現代編――



「おはよー早苗っち」

「あ、おはよう○○君」

――なんでもない、日常の世界

「ちゃんとテスト勉強してきた?……やっぱりやってない。ダメだよ、ちゃんとやらないと」

「いいじゃん、学校の勉強なんて。どうせ将来使わないんだからさぁ」

――ここは眩しくて騒がしくて

「何言ってるのよ。今の日本は学歴社会よ、学歴社会。学生は勉強するのがお仕事なんだからね!」

「ほらほら、ここで説教始めたらホームルームに間に合わないぜ」

――何より現実的で

「あ、大変!○○君!急がないと!!」

「ハイハイ、急ぎますか」

――桃源郷、理想郷なんて夢物語、信じてなんかいなかった







「テストも無事終わったわ。○○君はどう?」

「あー、赤点は多分ないよ。ヤバいのはカンペ使ったし」

「だ、ダメじゃない!そんなの!」

相変わらず、早苗は真面目だなぁ。
そうやってほっぺたを膨らませる仕草は可愛いんだけど

「いいんだって。あんなの適当でさぁ~」

ぷりぷりと怒る早苗を尻目に、気だるそうに俺は言葉を返した。

「で、早苗っちはこの後の夏休みは毎年おなじみの神社勤め?」

「そうね。毎年のことだし変わらないわ」

「勿体無いなぁ、学生の今しか出来ない青春って奴をそんなことに……」

「いいのよ、私にしか出来ないことだから」

彼女は、何の迷いもなくそう答えた。本当に迷いがないんだろう。
一子相伝のよくわからない巫女なんて、どうだっていいと俺は思っている。
それが彼女を縛り続けるなら、そんな宗教糞食らえだ……まぁこんなこと言ったら彼女が怒るのだろうが。それも割と本気で。

「なぁ、一日ぐらい空けられないのかよ」

「え?ちょっと祭りや儀式の日程を確認しないと……でも、多分ダメだと思う」

いつもたいへんだな、でも早苗らしいと笑い飛ばしながら
俺はポケットの中の遊園地のペアチケットを握りつぶした。







私の家は、とても大きな神社
当然ながら、ここで働くのは私一人ではない。
会計、宮司手伝い、アルバイト巫女……彼らに給料を支払うための会計士など、多岐に渡っている。

「早苗さん、お帰りなさい」「テストのほうはどうでしたか?」「今月のお布施と賽銭ですが、前年度より…」「8月の御船祭に備えまして今から…」

帰って来るなり、コレだ。
こんな時、毎度自分に与えられた力で難事が吹き飛ばせたら楽だと思う。
もっとも、この問題は風で吹き飛ばせる類のものじゃない。

「明日から試験休みだから、その時にまとめて聞くわ」

「あ、でも出来れば今日中に――」

「悪いけど、これから神事があるの。邪魔すると…」

屋内であるにもかかわらず、風が公文書を舞わせた。

そそくさと、宮司手伝いは遠くに行った。
あの宮司の根性は、あの紙一枚より軽そうだ





「八坂様、唯今戻りました」

「早苗か、ちょっと来てくれ」

いつになく、真剣な声で八坂様は私を御呼びになりました。
八坂様は御神酒で喉を湿らせながら、ゆっくりと、しかしはっきりと仰いました。

「私は引っ越すことにした」

「解りました。では準備を……引越し!?
えええええとえとえと、何かご不満でしたでしょうかっ!スキマ風とか、経済的な理由でお神酒のランク下げたこととか、私のお世話が到らなかったとか、あぁ!最近学業に感けて神事に身が入ってなかったと――」

「チガウチガウ、肺活量を上げる加護は与えていないのによく一息でいえるな」

「え?それでは何がご不満で……?」

「信仰ある希望なき未来より、0から始まる希望ある未来に進みたい」

八坂様は、眼光鋭く私を見つめました。
蛇に睨まれた蛙、とは正にこのことをさすのでしょう。

「幻想郷に行こう、早苗――」










溜息一つ。
結局今回も早苗を誘えなかった。
健康的な男子として、可愛い子を――それもモロに好みの女の子を――遊園地に誘うのに、全くの下心がないって訳じゃないが。

「楽しい事だって、していいじゃないか」

まぁいいか。まだチャンスがない訳じゃない。
8/1のお祭りが終われば、少し暇ぐらいできるだろう。

とぅるるるる とぅるるるる とぅるるるる ガチャ

「はい~××です…え?○○?いますよ。
ち ょ っ と ー ! 東 風 谷 さ ん  て 人 か ら  ○ ○ に 電 話 よ ー !」

あれ? 早苗っちから?
可愛い声の子じゃないの、とクソババア(母親)にからかれたのに憤慨しながら、電話を代わった。 声だけじゃなくて全部可愛いんだよこのクソババア

「よぅ早苗っち。 そっちから電話なんて珍しいじゃない。 どうしたの?」

『夜分遅くにごめんね○○君。 あのね、儀式日程を見たら今年は何日か空けられそうなの』

「そうなの?!」

『それで、歳相応の遊びをしてこいって言われて……でも何をしていいか……』

「その相談で俺って訳か。 くっくっく、早苗っちは運がいいなぁ」

『え? 何で?』

「何を隠そう、遊園地のペア・チケットを持ってるんだよ。 俺って彼女いないし、友達誘うにも野郎二人の遊園地ほど哀しいものはない。 つまり使い道がないから捨てる直前だったんだ」

『も、もったいないよそんなの』

「そこで、早苗っちが俺と遊園地に遊びに行けば問題解決。早苗っちも目的が果たせるし、俺もチケットを捨てずに済む。 いい案でしょ?」

『でもいいの? 私なんかで。 きっと○○君はつまらないよ』

むしろ最高です

「問題なし問題なし! それで、空けられる日程はもう分かるの?」

『えっと……もうちょっと調整しないと。 テスト返しの頃には分かると思う』

それから、他愛ない雑談そしてから俺は受話器を置いた。
その後盗み聞きしていた家族にぶち切れてから上機嫌でベットに潜り込んだ










早苗は、人払いを済ませた事務所の受話器を置いた。
アイボリーホワイトの受話器は、象牙を名乗るには均一過ぎる色合いだと思う。
――結局、そろそろ引っ越しちゃうって言い出せなかったな

「どうだ早苗。こちらの最後の日々をどう過ごすかは決まったか?」

「八坂様?! このような下賎な世俗の場所に来られては神力が薄れます。 どうか社へお戻り下さい」

「なに、まだまだこの程度で弱るほどやわな信仰心ではないよ」

ひょっとして、今の会話を聞かれたのでは……?

「しかし、早苗は色恋沙汰にはうぶなのだな」

――うわァァァァァァァァァァァァァァァァ

「そう、電話の注連縄みたいな配線を指でくるくると回しながら頬を朱に染めて……」

「お、お戯れはおやめ下さい!」

「早苗。 真面目な話だ。その男ごと神隠しに会うか?」

それは……

「早苗がその男に心の操を奉げているのならば、私はその男も幻想郷に誘わなければならない。 子々孫々まで東風谷の家系は私に仕えてもらわねば困るんだ」












学校で再会した彼女は、酷く元気がなかった。
話しかけても、うわの空。
ひょっとして、時間を作るために無理をさせているのではないか――そんな都合のいい妄想が脳裏を過る。

この時期の悩みなんて成績だろ、と友人は言っていたがそうは見えなかった。
彼女は真面目で、与えられた仕事――勉強――を勤勉にこなす。だが、それが将来大きく関わるわけではない。
俺たちと違って、彼女の人生のレールは既に決まっている。千年以上も前から、神などというありもしない幻想に縛りつけられている。たとえ少しばかり成績が悪くたって、そのレールから外れることなんてない。
神主の大学はあるらしいが、彼女ほどの伝統があれば成績なんて何の問題もないだろう。

そもそも、彼女の成績が悪くて悩むようなテストだったら、俺たちはひっくり返っても赤点から逃れる事が出来るはずもない。

放課後、日程を合わせるために話している時も心此処に在らずといった感じがした。









「ああぁーーーーーーーーーーーーーー!!」

「どうした早苗? この『うぶな男女もたちまちエクパンデット☆大作戦』に不満でもあるのか?」

「や、八坂様、その作戦は婚姻後といいますかなんと言いますか……」

「今時は婚前交渉も当たり前だと、テレビで言っていたぞ。 未婚でお宮参りに来る信者だって近頃は増えている。 そう言う点に関して私は寛容だから気に病む必要はない」

「それは決してうぶな間柄ではない気がします。 私が思ったのは……その、近頃の流行の服を持っていないということで」

寝巻きか巫女服か学生服。 たまに体操着といったところか。

「ふむ、服か…少し待っててくれ。 呉服神社の呉服媛(くれはとりのひめ)にでも見立ててもらうことにしよう」

「えっ!わざわざご足労願わなくても……」

私服を見立ててもらうために、呼びつける巫女なんて前代未聞である

「穴織宮伊居太神社の綾織媛(あやはとりのひめ)の方がよかったか?」

「い、いえそうではなくって……」

「そうか、あの姉妹を二人ともか! 早苗が男のために神をこき使うとは予想していなかったぞ! さっそく行ってこよう」

「ち、違……お待ち下さ………行っちゃった」

私は、○○君が好きだった。
幻想郷とやらに行く前に、思いは伝えたい。
思いを伝えたいのは、私のエゴだ。
幻想郷は、古の神々や魑魅魍魎や妖怪が跋扈する世界だという。
私は現人神と呼ばれるほどの秘術を学んでいるから、さほど問題はないのだが……
○○君は、その世界で生きていけるとは思えない。 口が裂けても、一緒に来て欲しいなんていえない。
私と違って、○○君には人間の家族もいるのだから。

○○君のために着る神の晴れ着は、現世から旅立つ最後の装束となるだろう












彼女を覆う、陰鬱な空気はテストの返却期間が終わるにつれて拭われていった。
代わりに、その眼に優しさと慈しみが満ちていた。
一期一会、それを大切にするように全てを大切に触れていた。
まるで、儚く壊れる繊細なガラス細工に触れるように。

彼女が、遊びに割ける時間は3日間らしい。折角の機会なので、一日は映画でも見に行こうと誘った。
映画はTVではよく見るそうだが、映画館に入った事はないそうだ。
初めてなら、あのスクリーンの大きさだけで楽しめるはず。 
問題は…

「あと1日、何がいい? 街中の散歩なんてのもオツなものだけど」

「折角だから、やったことないものがいいなぁ…」

困ったことに、彼女の立場で考えようにも想像が出来ない。
神社で一日過ごしたことなんてないからだ。 何があって何がないのか、見当もつかない。

「あ、そうだ。 私遊びに行きたいところがある」

ぽん、と彼女は手を打ち鳴らして俺を見た。
まぁ月とかハワイとか、俺の経済力や時間的な都合でどうにもならない場所でなければ……

「私、○○君の家に遊びに行きたい!」

「お、俺ん家?!」

予想の斜め上だが、そこは世界中のどこよりも危険な場所だ。
飢えてギラついた目をした狼の檻に、一緒に入るようなものである。

「い、いやいや楽しいものなんて何にもないぜ?」

恥かしい物なら沢山ある。 早苗っちに見られたら首をつりたくなるようなものが山ほど。

「その、普通のお家って入ったことなくって……」

なるほど、一般的な興味で言ったわけか。
大人向けのポスターや大人向けの本はしっかり隠さないといけないな。
うぶな女性の教育に悪すぎる
思えば、俺の理性さえしっかりしていれば問題ないはずだ。

「――OK、それじゃ3日目が俺の家だな」









前日まで雨だったのに、今日はすこぶる快晴だ。
こんな時だけ、天気の神様に祈りたくなる。 まあ気象庁のスパコンがミスしただけだろけど。
カオス理論だかなんだかで、ああいう予想は確実ではないと教師が熱弁を振るっていたのを思い出す。
覚えたのにテストに出なかったのがムカつくが。 あのダメ教員め。
映画のチケットを握り締め、待ち合わせの駅前に向った。





前日までの雨は、秘術で吹き飛ばした。
こんな時は、八坂様の力の偉大さを実感する。 あの雨雲を吹き飛ばす力を熱量で計算したら、広島の核弾頭20発分に相当するのだ。
カオス理論だかなんだかで、天気予報は確実ではないと教師が熱弁を振るっていたのを思い出す。
根本的に違う、天気を操るのは私達神の力だ。 無知な教員ね。
○○君との逢瀬を楽しみに、待ち合わせの駅前に向った。










白と淡い青を基調とした、幻想的な女性がそこにいた。
上着からスカート、アクセントとしてついているブローチ。全てにおいて完璧すぎるコーディネート。
道行く誰もが羨望の溜息をつき、嫉妬深き者でさえ、ただその美しさに見惚れるだけである。
もしこの世に妖精がいるならば、きっとこの人のことだろう。多くのものはそう感じるに違いない。
少なくとも、神を信じちゃいない俺はそう感じた。

「○○君、おはよう」

少し恥かしそうに、その早苗は呟いた。
彼女に惚れ直さない男がいるとしたら、俺はきっとそいつとは永遠に分かり合えないに違いない。







これは何の羞恥プレイだろうか。
道行く人が、全て私を不信な目で見ているような気がする。
太古の神が選んだ服だし、ひょっとしたら物凄い流行遅れなのかもしれない。
文字通りの意味で、空を飛んで帰りたい気分だ。

だが、○○君が待ち合わせ場所にいるのを見つけると、なんとかその場に留まる勇気が出た。

「○○君、おはよう」

緊張で張り付いた喉から、必死に声を出した。
変な奴だと思われていたら、穴を掘って入りたい気分である。










新作スペクタクル映画!
――神話幻想――
1人の錬金術師が、一つの世界を育て上げるハートフル・ファンタジーである!!
「魔族でもいい。たくましいなwに育って欲しい」



期待の新鋭監督が放つ美しくも悲しい物語
――不咲桜――
決して咲くことはない桜。
そこに佇む少女の願いとは。
魂魄妖忌監督が放つ第三作



わたしはまだ、ここにいるよ――
――封魔録――
怪物と戦う巫女がいた。
巫女は戦う。全てを己に手に取り戻すその日まで。
そして巫女の出会いと別れを描く成長物語










「どの映画を見ようか?」

「うーん、どれがいいんだろう?」

まぁ、恋愛映画は不咲桜なんだけど……ちょっと渋すぎる。若者のレビュー最低、それ以外のレビュー最高というよく分からない映画だ。
神話幻想は、タイトルに反してライトでポップな雰囲気の映画だ。一番の流行はこれだろう。何でも反響を受けてアニメ化するとか。
たくましいなw抱き枕は、どこの店でも売り切れだ。実は俺もちょっと欲しい。
封魔録は、実はよく分からない。話のラスボスが凄いらしいが、どう凄いのかもわからない。

「私は、分からないから○○君に決めて欲しいな」

「俺が? 俺なら…」

早苗っちなら古風な子だし、不咲桜が最高な気がするけど……ハズした時が痛すぎる。 というか俺が寝る。

神話幻想は安定して外さない。でも近頃はTVでCMがバンバン出てるおかげでネタバレ気味だ。 むしろ俺はもう見てきた。

かといって封魔録は巫女ものの映画ぽいしなぁ……現役巫女が見て楽しめるかどうか……

いや、あえて現実的じゃないファンタジー巫女ってもので笑いが取れるかもしれない。

「……この封魔録って映画、面白そうじゃない?」














「あんなグータラで適当でも成立つ巫女なんているのね……」

「いやいや、あれはファンタジーだから」

近くの喫茶店で、映画談義に花を咲かせる。
以外にバトル物の映画で、中々熱い展開だった。
それに反してコミカルでテンポのよい会話も楽しく、隠れた名作といえそうだ。

「流石に神社を占拠された時は、あの巫女も焦ってたわね」

「そりゃぁねぇ、家に正体不明の何かが湧いたらびっくりするさ」

映画じゃ幽霊の群れだったけど、現実的にはゴキブリとかね

「グータラを攻めるには、家が一番なのね」

「おぃおぃ、俺の家のことか?」

軽くお道化ておく。やらないと妙なことを口走りかねない。

「そうよ、いっつも勉強サボるんだから。留年したらどうするの?」

「俺に付き合って一緒に留年してくれ」

「馬鹿なこと言わないで。一緒なら上の学――」

はっと、彼女が何かに驚いたように身体を振るわせた

「え? ど、どうしたの?」

「○○君はちゃんと上の学年に行くこと! 解った?」



















○○君と、駅前で別れた。
そうだ、私はあんなに簡単な約束も出来ないんだ。
鞄の中に忍ばせておいた学生証を、近くのゴミ箱に投げ捨てた


















本日のコーディネートは、純白のワンピースに麦藁帽子だった。
スカート部のはためきから全て、絵画を切り抜いたような美しさだ。
この前の彼女の美しさを最高と思っていた俺は、なんて愚かなんだろう。
本当に美しいものは、切り口を変えるだけで別の美しさで溢れるのだ。
思い返せば、彼女の学生服姿も美しかった。来学期もその美しさを見れると思うと今から心が躍った。






前回と同じ服をお願いしたら、思いっきり怒られた。
私服は前回の組み合わせ、気分、天候その他もろもろを考慮しなさいという事らしい。
服飾の神様姉妹が選んだのだから、間違いはないだろう。
肩や腋を大きく露出するデザインで抵抗感がったが、八坂様の
「いつもの巫女服の袖がないだけだろう」 の一言で気が楽になった。
ちなみに、天候は快晴を指定されたので快晴にした。












駅前で待ち合わせ、今日は電車へ。
文明の利器、ICOCAのおかげで乗り換えもスイスイだ。
分社を回る時に使うらしく、早苗っちはSUIKAも持っていた。 微妙に悔しい。
今度はモバイルICOCAにして見せびらかそう。

「次の駅で遊園地かぁ、案外近いな」

「いいじゃない、情緒ある風景って訳じゃないんだから」

いや、俺は…もっと隣に座って居たかったんだよ







「これが……遊園地」

御柱祭のような熱気もなく、初詣のように押し掛けているわけでもない。
ただ、楽しそうな音楽が鳴り響き、子供たちの笑い後で満ちていた。
さて、ここでわたしは何が楽しめるだろうか?
お化け屋敷? 現人神である私はお化けなんて恐れない。
ジェットコースター? そもそも飛べる私が恐れる理由なんてない。
コーヒーカップ? あぁ、あれなら楽しめそう。でも○○君は楽しめるのだろうか?

「早苗っちはジェットコースター乗ったことある? というか遊園地自体が初めてだったね。まずは怖くない定番から――」

「ちょっと怖がりって思われるのは癪。とびっきり怖いのからいきましょう?」

といっても、あのビル位の高さしかない奴なんでしょうけど。












俺たちはジェットコースターに乗っていた。
逆さまで停止していなければ、正に絶景だった。
急な突風が吹き、安全装置が働いた……そうアナウンスが喚いていた。

「あー、妙なことになっちまったなぁ……」

「頭に血が上って……ちょっと気持ち悪いかも…」

ジェットコースターが上り詰めるまで、早苗っちも余裕だったんだけど……いざ早く動き出したら急に驚いてしまって。
その直後にこの有様。トラウマにならないといいけど。








飛ぶと飛ばされるは勝手が違う。
自分では決してやらない動きに、反射的に風を起こしてしまった。
私だけなら、飛べばいいだけなんだけど……人の目もあるし飛ぶのは得策じゃない。
それに、ワンピースだし。見えないように押え続けるのも一苦労……
○○君は私を気遣ってくれるけど、真実を知らない。 本当の元凶は間違いなく私。
救出された後、次回の無料券を貰ったけど私は――もうここに来ることはない。
無性に悲しくなって、泣いてしまった。






ジェットコースターの事故が怖かったのは解る。
意外と勝気というか、妙な自身がある早苗っちだって、泣くほど怖いってのはよく解る。
だが、(遊園地とは言え)道端で突然泣かれても困る。周囲の視線が抉るように痛い。

「ままー、あのひとおねーちゃんなかせてるよ」「シッ見ちゃいけません!!」
「あんなめんこい子をねぇ」「あの野郎は鬼だな、鬼」「やぁねぇ若い子は」

……逃げよう。 お姫様抱っこで(錯乱中)








我に返ったとき、私はベンチで○○君の胸板に泣きついていた。
すぐに離れて、ごめんなさいと謝りはしたもののお互いお顔が赤いのは隠せない。
気まずい沈黙に支配されたけれど、その後の昼食を取ったらお互い落ち着いて話すことが出来た。
後は人並みに遊園地を愉しむことが出来たと思う。
お化け屋敷には、本物もいたので怖かったことを付け加えておく。






また、駅で別れた。
あーっ!何で俺はあそこで告白しなかったんだよ!このバカバカ!!
悔やむぞ俺!何でだよ!
と、心で大絶叫しながら帰路に着いた。






「最近早苗ちゃんはおめかししてるみたいだけど、何かあったの?」

「洩矢様? いえ、特に意味はありません」

「いーや、嘘だね~。 神様を騙そうったってそうはいかないよ~」

バレバレ。 神通力なんか必要ないほどバレバレ。
そういう解り易い所は誰に似たのだか。

「男が出来たんだよ。 知らなかったのか? 相変わらず諏訪子は鈍いな」

「失礼ね。 気付いたから聞いてるんじゃない。 相変わらず神奈子は風情がないのね」

「えっと……その、失礼しますっ」

あらら、早苗ちゃん行っちゃった。 というより逃げた?
別に男が出来たからって、責めるつもりなんてないのに、ちょっと哀しいわ。

「おいおい、あまり早苗を虐めてくれるな。 あの子には代々仕えてもらわなきゃいかんのだ。 変に子供を儲けない拘りなんて持って欲しくはないだろう?」

「私だって、子孫は可愛いわ。 家族が増えるのは嬉しいことよ。 それに、虐めてるのは神奈子の方じゃないの~?」

「心外だな、悪いようにしたことなんてないぞ。 ただ、早苗が意地っ張りで真面目すぎて素直じゃないだけだ」

「だったら、神奈子は早苗の爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいわね」

……おかしい。神奈子とは千年以上の付き合いだが、何かがおかしい。
たかが男性問題、私も少ししか気になるわけじゃない。 ただ、神奈子は神の視点として焦りすぎだ。
絶対に神奈子は、それ以外の何かを隠している。 早苗も、何かを隠している。
まぁいいか。 どうせこれ以上私の信仰心が失われる事もないし、気にすることもないもんね。
だけど、これだけは伝えておこうかな

「まぁ、神奈子の好きにして。 早苗に愛想をつかされない程度にね」




















……危ない危ない。 引越しは洩矢様には内緒に――八坂様なりのサプライズ――という約束だから、今はまだばれるわけには行かない。
あと、少しだけばれなければいい。
あと、少しだけ
あと、少しだけしかこちらにいない。
次に会うのが、○○君と会う最後の日。 あと指折り数えるほどしかない日々。
結局、伝えたい一言を伝えてはいない。伝える最後のチャンス。
何が現人神だ! 聖書の海を割る秘術だって難なくできるこの私が!
台風で都市を壊滅させる事だって出来るこの私が!
たった一言、愛の言葉を囁く奇跡を躊躇うのか!

――躊躇うよね。現人神は人でもあるんだから。








部屋の掃除、OK
お子様には見せられない本、ダンボール詰めで隣室に退避完了
大人向けポスター、隣室退避完了
風呂、シャワー、水周りの掃除、OK (※必要ありません)
ゴミ箱……未処理
危ない危ない。栗の花の香りが漂う部屋になんか呼べない。……処理完了

AAL OK!!

よし、風呂入って髪型決めて、服もビシッと選んでから……駅前に行くぞっ!!












「へーぇ、今まではお嬢様っぽいお洒落だったのに、今日はちょっと大人っぽい服なのねぇ~」

少し胸元の開いた、黒と紫を基調とした大胆なデザインの服。 決して早苗の趣味でも神奈子の趣味でもない。
ついでに言うと諏訪子の趣味でもない。
俗に言う、『勝負』という奴だろうか? 服飾の神が招かれているようだし……
ちょっと、相手の男がどの程度の男か興味が湧いてきたので……

「よし、ちょっとつけていきなさい。 バレないようにね」

しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅる














つまり、これは色々OKってことですか?
今までの2回は、清楚な雰囲気を生かした美しさだった。
だが今はっ! 予想に反して色っぽさを打ち出した――

「すいません、少し下品かもしれませんが……」

「いや! 全然問題なし! OK! むしろありがとう!」

今この瞬間だけ、彼女が仕える神(名前は知らない)に感謝してもいい!!

「じゃあ、早速行こうか! 何にもない小さな家だけどな!」











「これが……○○君の家ですか?」

なるほど、TVでよく見る大きさ。
広すぎるあの神社よりは、とても暖かそうだ。

「何にもない、平凡なボロ家だよ」

そんな事はない。家族に大切にされてきた、良い旧い家だ。
耳を立てれば、家族を守ろうとする声を上げているに違いない。
土地神も地霊も、この家自身の付喪神も仲良くしている。
○○君には、聞こえないのだろうけど。

「いい家じゃない。 そんなこと言うと、家に嫌われちゃうわよ」

○○君に導かれ、神に挨拶をして上がらせてもらうと、○○君が不思議そうな声を上げた

「あれ? 誰もいないのかな? ク……母さんはいるはずなんだけど」

暫らくすると、置手紙を見つけた○○君が戻ってきた。

「近所のオバサンに掴まったらしい。 飲み会が終わるまで帰ってこないみたいだね」

残念、ご両親の顔も見ておきたかったのに。












この世に神はいない。きっといるのは悪魔だけに違いない。
家で彼女と二人っきり。 正直理性を保つなんて自信がない。
神の声なんて聞こえはしないが、悪魔の囁きだけははっきりと聞こえる。

「クソババア……今日だけは家にいてくれよ……」

KENZENでジェントルマンを装い、顔を洗ってから自室に招く。
まぁ、パソコンにTVゲームにマンガ本の本棚に勉強机(普段は物置)にベットっていうありがちな部屋だが。

「大したものもない部屋だけど、とりあえず寛いでくれ」

丁寧に入室の挨拶をして、クッションにちょこんと座ると彼女は深呼吸を始めた。

「ん~。この部屋の香りは……○○君の臭いかな?」

すいません、間違いなく部屋に篭った栗の花の匂いですありがとうございました。
というか、笑顔で聞かないで下さい。 拷問ですか?

「はっはっは、空気でも入れ替えようかナァ~♪」

「今開けたら熱いよ? クーラーかかってるんだし」

それもそうだが、「なにかしたら外に聞こえる」って恐怖心が欲しかったんだ。
止めないでよ……

「ところで、○○君はいつも部屋で何をしているの?」

「当然勉強」

「ハイ嘘」

「御免なさい、ゲームばっかやってます」

「勉強サボるぐらい夢中になるゲームって、どんなのやってるのよ」

「それは、パ――」

パソコンはまずい。壁紙の設定を直していない!!

「斑鳩にレイディアントシルバーガンに怒首領蜂に蒼穹愚連隊」

西方プロジェクトやケツイを見せたいが、今は仕方ない。

「どんなゲームなの?」

「STGといって、自機で敵を撃つ……頭脳戦艦ガルはRPGだけど、とにかく楽しいゲームだよ」

撃って避けて倒す、この単純さがたまらない。

「よく解らないから実演してみて」

パソゲーの名前を挙げなくって、本当に良かった……













空を翔る、戦いの様子は綺麗だった。
実際にあのような弾を霊力や風として撃ち出せる身としては、確かに無駄弾だらけに見える。
でも、そんなことは関係なく、その戦いはとても綺麗だった。

「あー、見てるだけじゃつまらない、かな?」

「そんなことない、とても綺麗で……」

「やってみれば、綺麗なだけじゃないってのが解るよ。 やる?」

「そう言われたら、やってみるしかないじゃない」










結論からいうと、彼女はハマッた。
ついでに言うと割と才能もある。気合避けが初めてとは思えない。
お約束の初見殺しであっさり落ちて、そこからは泥沼。

「麦茶持ってくるよ」

「ありがとう。 あーっ!属性切り替えがシビア過ぎよこの産土神黄輝ノ塊とかいう石の塊!!」

やれやれ、ありがとうSTG。
おかげで理性を失うことなく、今日という日を終えられそうだ。
――って違う。告白したいんじゃないのか俺はっ!落ち着け!!
何とかいい雰囲気に持っていかないとなぁ…理性が保てる範囲で。

ん?なんだアレ? 不気味な蛇だな。 家にいられても困るぞあんなの……
普通の蛇や蛙なら、アクセサリーを早苗っちはつけてるぐらいだから嫌いじゃないだろうけど
のっぺりとした、目も口も見当たらない……というかちょっと卑猥なアレに見える蛇なんて女性には嫌われるだろう。
男だって見たくない。
傘で適当に叩いて、外に放り投げておいた。










「よっし!1分耐えて見せたわ!! ねぇ○○君……あれ? あ、そうか、麦茶を――」

――祟リダ 祟ッテヤル 畏レシラズノ愚カ者メ――

「なっ!この声は……!!」

洩矢様のミシャグジさま?! なんでこんな所にっ……!!
あの神に祟られたら、人の命一つなんかじゃ済まない。日本でトップクラスの祟り神だ。
その祟り神を容易く扱えるのは洩矢様だけだったからこそ、洩矢様はかつて王国を築けたのだ。
逆に言えば、このあたりで洩矢様の支配を受けないミシャグジさまはいない。
遣いに出している途中のミシャグジさまに、失礼を働いた人がいるのかも知れない

「鎮めなきゃ……!!」

失敗すれば、大災害だ。
声の導くままに走ると、台所に辿りついた。そこでのんびり麦茶を用意している○○君と――

「洩矢諏訪子神の御遣いとお見受けする!このような場所でいかなる失礼を受けたのでありましょうか!!」

地霊も土地神も、ミシャグジさまに平伏している。唯一抗おうとしてるのは、この家の付喪神だけだ。

「ど、どうしたの? そんなに慌てて…?」

――ソノ男 我ニ狼藉ヲ働イタ者ナリ 万死ニ値スル 末代マデ 祟ッテクレヨウゾ――

この地域に戦乱を招いたり、疫病や凶作を起こしたりするする気はないらしい。
まだ、交渉でなんとかなるかもしれない。 だけど失敗したら○○君は……!!

「○○君は、あっちを向いて土下座してっ!!  ミシャグジさま、その祟りは洩矢諏訪子神の意に即するものかっ!」

「ちょ、あの変てこな蛇に……」

――洩矢諏訪子様ノ意思ニ非ズ 我ガ意ナリ――

「ならば、洩矢諏訪子神にお伺いを立てるがいい!」

――然リ――

スルスルと、ミシャグジさまはその姿を消した。
同時に、私の意識は闇へと落ちた。













うーん、理解できない。
変てこな蛇に突然早苗っちが怒鳴りたてた事も、突然気を失った事も。
しかも、蛇と会話してたし。 一体何なんだ?
理解できるのは、とりあえず台所じゃマズイと自室のベッドに寝かせたことなんだが……
いろんな意味で拷問です。 うなされてる声は妙に色っぽく感じるし、時折俺の名前を呼ぶし。
濡れタオルを額に当てるとか、見よう見まねでありがちな看病を続けることぐらいしか、俺には出来なかった。








縛られている。 ミシャグジさまだ。
私はミシャグジさまに囚われている。 洩矢様のお許しがあれば、この深遠から離して貰えるだろう。
「○○君……助けて……あげるから……」
どれぐらいの時間がたったのだろうか。私を縛る鎖はなくなり、意識は光の世界へ押し戻された。








「で、こっそり観察を頼んだのに、霊力もへったくれもない一般人に見付かった挙句祟ろうとしたと」

……食らってやろうかこのミシャグジ…どうせまだ腐るほどいるし。

「そして……ふむふむ早苗の魂を、質草に預かったと」

ぶち殺すぞゴッド
今すぐ早苗の魂を返しやがれ














「○○君っ?!」

起き抜けに、名前を呼んでもらえるなんて光栄だけど問題だ。
俺と、顔が近すぎる。 タオルが目にかかっていて、彼女は気付いていない。
彼女の吐息が、唇で感じられるほど近い。

「あれ?あれあれ? あ、布…?」

彼女が無造作に、布を取り払う。
お互いの眼が、近すぎる。 視線がからまりあい、心の糸まで絡まりあってゆく。
自分の呼吸すら、どこか遠いところから聞こえてくるようだ。
鼓動が跳ね上がり、心臓が耳の側まで引っ越してきたかのように煩い。
此処の場所には二人だけ。 時も世界も切り離されてしまったみたいだ。










あぁ、まだ夢の続きなんだ。
こんなに大胆で、恥かしくて嬉しいことなんて現実じゃありえない。
ごくり、と緊張で蝦蟇の油のようにねっとりとした唾を飲み下す。
○○君も、同じタイミングで喉を鳴らした。
重力に引かれるように、○○君の唇に惹かれると私は眼を閉じた。
私の唇が、○○君の唇で塞がれる。 あぁやっぱり、これは夢なんだ。
私の望みどおりになりすぎる。






俺は、彼女と舌を絡ませ合っていた。
ちろちろ、ちろちろと蛇の舌のように
お互いの熱を確かめ合うように、競い合うように
舌だけでは物足りなくなり、お互いの口腔を舌で蹂躙し合う。
溢れた涎が、顎を伝い彼女の大胆に開けた胸元に滴り落ちる。

彼女の、全てが見たい。

ベッドから起き上がった彼女を、ゆっくりとベッドに改めて導くと唇から彼女が離れた。
ねっとりとした唾液の橋が、長い糸を引いて二人を繋ぎとめる。
蛍光灯の光をぬらぬらと反射するそれは、とても美しく見えた。







こんなに恥ずかしい夢を見るなんて。
卑猥な妄想が、甘美な囁きが私を支配しようとする。
夢だから、支配者は私か。
耽美で恐ろしいその空想は、留まることを知らない。
身動ぎすると、肩に引っかかっていた服が肌蹴た。
支配しているのは本当に私なのか?
私が支配されているのではないか?
蛇にゆっくりと飲まれる鶏卵のように、私の心は○○君に飲まれてしまったのではないか?
私は、さらに大胆な言霊を口から紡ごうとすると、驚いた顔をして○○君は急に身を離した。

『ただいまぁ~。 ん?あれ~? ○○~、誰かお客さん来てるのー?』

「やっべえ!ババア帰ってきたっ!!」

甘美な魔法の時間は解け、バタバタと慌てる○○君を見て、今の出来事が“現実”だとやっと気付いた。
思い返すと、顔から火が出るほど恥ずかしい。 穴があったら入りたい。

嵐のような時間が過ぎ去れば、その後に残るのは静寂だけだ。











「すまん早苗っ! 調子に乗ったっ!!」

寝ぼけた相手に、濃厚なディープキスをした挙句押し倒そうとしたなんて
ど こ を ど う み て も  犯 罪 だ
というか、彼女の性格から考えるとキスすら初めての可能性が高い。
それをあんな形で奪った俺の罪は重すぎる。 許せといっても許される問題じゃない。

「いいよ、○○君。 私、○○君のこと――」

――好きだから

最後の言葉は消え入りそうな小さな声だったけど、俺にとって雷よりも大きな衝撃だった。

「お、俺だって! 好きな子じゃなきゃ唇なんて奪わねぇよっ!!」

って、何を言ってるんだ俺はっ!!
お互い、視線は合わせない。 恥かしくて直視できない。
真っ赤になった顔を、お互い見せなくなかったから、それはとても都合が良かった。













楽しかった、思い出の時が終わりに近付く。
現実に生きる私は、そろそろ幻想の世界へ旅立たなくてはならない。
夢だと思ったあの出来事は、現実の最高の思い出になった。
好きな人に愛してもらった。 その思い出だけで、私はもう思い残すことはない。
楽しかった、宴は此処で終わり。
宴の後には、始末が待っている。

「私、そろそろ帰らないと。 途中まで送ってもらえる?」

○○君の、緩んだ頬が哀しい。 私を思ってくれればくれるほど、苦しい。
私は窓を大きく開け放ち、○○君の手を取り、大空へと舞い上がった。












「~~~~~~~~~~~~~~~!!」

声にならない声、とはこういうことを言うんだろう。
本当に驚いた時、悲鳴なんてものは上がらない。
俺は、彼女と一緒に大空を舞っていた。 というより大空に吹き飛ばされた。

「私、今度引っ越さなきゃいけなくなったの」

きれいな月を背に、彼女は語りだした。
現人神だとか、幻想郷とか、奇跡だとか一子相伝の秘術だとか
信仰心なんて欠片も持ち合わせていない俺には、全く理解できない言葉だったけれど
同時に、俺の体が風で舞い上がっている事実を説明する言葉も持ち合わせてはいない。
俺が今まで信じていた“科学”なんて、嘘っぱちだったのだ。

だが、それでも理解できることはある。 このままでは彼女がここからいなくなってしまうことと、俺たちは愛し合っているという二つだ。











神を信じない○○君には、酷なことだとおもう。
でも、説明には避けて通れない道。 本当の私を知ってもらうためには、通らなきゃいけない道だ。
でも、彼を連れてはいけない。 彼はあちらの世界で生きてはいけない。
あちらの世界で、彼に死なれたら私は決して立ち直れない。
彼を大切にしてくれる友達、彼を大切にしている家族。 多くの人たちから、彼を奪うことなんて出来ない。

でも、○○君は「俺もつれて行ってくれ」の一点張り。
だから、私は彼に力づくで諦めてもらうことにしたのだ。










『魑魅魍魎に殺されないと言張るなら、実力を見せて』

それが、彼女の条件だった。 具体的には、彼女が神社に帰るまでに『彼女に触る』ただそれだけ。
夜の森の中を、ゆったりと彼女は歩いてゆく。
彼女が纏う暴風が、あと1cmのところで指が届かせない。
彼女は、泣いているのにそこに指は届かない。
奇跡はない。 奇跡を司るのは俺じゃなくて、彼女だからだ。
森からでて、濡れた坂を、ゆったりと下ってゆく。
靴下がぐっしょりと濡れるが、彼女の頬を濡らす涙に比べればなんともなかった。
神社は、もうすぐそこだ。









○○君は、気付いていない。
今いる場所が、割られた諏訪湖の中心だということに。

「ここは諏訪湖の中心よ。 ゆっくりと水が戻ってくるわ」

必死になって、私は笑顔を取り繕う。 でも、どんなに頑張っても目から流れ落ちる涙は止まらなかった。

「早く逃げないと、死んじゃうよ。 だから、お願いだから逃げて」

割れた湖が、じわじわと迫ってくる。

「――馬鹿!ここで逃げるなら死んだほうがマシだっ!!」

「モーセについて、聖書で読んだことないのっ! モーセを追ったエジプト軍は、モーセが割った海に飛び込んで全滅したのよっ!!」

「聖書は知らないけど映画でみたっ! 事前に炎の壁で足止めしなかったから同じじゃない!!」

「今、風の壁に阻まれてるじゃない!! 同じよ! 逃げなさいよっ!」

「殺すなら殺せっ! ここですごすごと引き下がるような、一生後悔を引きずる生き方よりマシだよ!」

死なせないために、脅かしているんだから殺せるはずないじゃない。

「何よバカッ! こんなことなら、告白なんてするんじゃなかったっ!」

○○君の決意は固すぎる。
言葉でも、態度でも、死の恐怖でも、変えることが出来ない。
だから私は、物理的に水の外まで○○君を吹き飛ばした。














目が覚めると、病院だった。
今日は8/1、御柱祭の日
彼女が幻想郷とやらに旅立つなら、目の前の大きな祭りを放棄していくこととは考えられない。 だって、彼女は真面目だから。

逆に言えば、明日はもういないかもしれない。 つまり、今日しかチャンスはない。
そうと決まれば、やる事は一つ

白い監獄からの脱走だ







「なぁ早苗、本当にあの男は連れて行かなくっていいのか?」

「結構です」

取り付く島もない。
あと10年ほど待って、二人の結婚を待った方が良かったのかもしれない。
いや、その時の私に、無理矢理幻想郷に行くほどの力が残っているとは思えない。
全てが後手後手だ。古今東西男女の仲ほど難しいものはない。
この問題の原因が、自分にある事は十分理解はしているので何とかはしたい。

「ほら、なんだ。あれだけガッツがあれば神秘を信じないガチガチ頭でも――」

「八坂様っ!! ……○○さんのことは悪く言わないで下さいませんか?」

い、いかん。早苗が一瞬キレた。
ガチガチ頭でも、あの根性があれば大丈夫。 生き残れるさと促したかっただけなんだ……
訂正、現在進行形で目が怒っている。

「なに、見所のある奴だったから連れてゆくのも面白そうだと――」

「お・こ・と・わ・り・し・ま・す」

やれやれ、こまった巫女だ。 神の言葉を遮るなんて並大抵のことではないのに。

「それでは八坂様、私はそろそろ神事にいきますので」

「あぁ、ちゃんと舞に合わせて座に降臨するから」

最近は、どうも祭りがお堅い。 どうせ霊力もないような輩には見えはしないのだ。
もっとざっくばらんに飲み明かすような、遊び疲れるような祭りの方が好みなのだが……まぁそれも今日までだ。
明日からは幻想郷、新天地での生活だ。














眼が覚めたのは、病院だった。
諏訪湖で溺れて気を失った……と説明されたが、俺は真実を知っている。
突然うねりだした水の壁に勢いよく吹き飛ばされて、気絶したんだ。
だが、事実を事実として話しても意味がない。
奇跡、魔術、秘術、神の存在。 どれもこれも、昨日まで俺が妄言だと切り捨てていたものだ。
今俺が、そのことを語ったところで一生出られない病院に転院させられるだけだ。

さて、今日は8/1日。御柱祭だ。
早苗の真面目な性格から考えると、この祭りを放り出して旅立つとは思えない。
最後の巫女としての責務を果たすんだろう。
だが、次の日から彼女が旅立たない理由がない。

俺にできる事は、この白亜の監獄から脱走して祭りに向うことだけだ。










おいお前。 そうだ、この前余を愚弄した愚かな男よ。
私はミシャグジだ。 ミシャグジさまと呼べばよい。
サナエのところに行くのだろう? 待っていたぞ。
サナエに 立ち向かう その勇気 気に入ったのだ
……ふん、霊力も何もない男め。 我が偉大なる声も聞こえぬか。
サナエの元まで、余が特別に守護してやろう。
詳しい事情など余の関知する所ではないが、それがお前の望みのようだから。









祭りは、滞りなく終わった。
アルバイト巫女や宮司達は成功を祝い、喜びの祝杯を挙げている。
地元の文化保存会のボランティアは、神の遊んだ後をきれいに片付けている。
すべて、今日で見納めだ。
幻想郷という、新天地でまたこのような大規模な祭りができるのだろうか?

「うーん、向こうのお祭りでは派手なスポットライトが使いたいな。 今からヤクオフで落とせば間に合うと思うか?」

「よく解りませんが、通販の類は1時間以内に届くものではありません」

「そうか……そこをなんとかならないか?」

「八坂様、生憎そんなピンポイントの奇跡はおこせません。 そもそも幻想郷にコンセントがあるんですか?」

「む、それもそうか。 ならいい」

はぁ、八坂様は気楽なものだ。

「オーロラや雷の色は大気の組成で決まるので、そのあたりを弄れば望む色の光を再現できるのではないでしょうか?」

「ん? そうか。 理屈は解らんが風を弄ればいいのだな? 練習しておこう」

科学の知識なんて、あちらにいけばきっと役に立たない。
原子核や電子の話を学校の授業でやっているとき、○○君は居眠りしていたっけ――

――あの寝顔も、もう見れないんだな。 ……もうっ!拒絶したのは私なのに、なんて未練がましい!
何も考えず、準備をしないと……







ツイてる。
祭りの終了後なので帰る人間ばかり。 おかげで道はガラガラだ。
今から神社に向う人間なんてまずいないんだろう。
病院でも、丁度俺と入れ違いに親が見舞いに来たらしく、車も置きっぱなしだったので無断で借りてきた。
予備の鍵の入っているところは知っているし、うっかりドアの鍵も閉め忘れているなんてなんと都合のいい。
法廷速度は無視してトバしても、ネズミ捕りに掴まったのは前の車だ。
こっちはまったくお咎めがない。
車を飛ばして、神社に大急ぎで乗りつけた。
ここから先は、鳥居などが邪魔して車では入れない。 頼れるのは自分の足だけだ。

車から飛び降りて、神社を見ると……轟音が鳴り響いた。
諏訪湖を含めた神社の敷地の境界に、柱が勢いよく突き上がる音だ。
たまたまそこにあった親父の車は、空高く吹き飛ばされて木の葉のようにくるくると回った。
親父の自慢の車で、ローンも残っていたが気にしない。 彼女のために藻屑へと散れ。
こんな装置、普通に作るとしたら何億かかるかわからない。
だとしたら、これも神の奇跡なんだろう。 神の奇跡という非常識の実在を認めたら、そう考えるのが常識だ。
さて、これだけでかい建物の中で人を1人探すのは大変だ。
神社の儀式とかに詳しければ、行く場所も解るんだろうが生憎知らない。
素人考えだと、正面の一番でかい社の中が怪しいが……いや、考えても仕方ない。 直感で突っ込め!












「――○○君」

困った、まだ退院してこないと思っていたのだけど。
って、なぜミシャグジさまに憑かれているの? 祟りじゃなくて加護だからまだいいけれど。

「よう、神だろうが奇跡だろうがどうでもいい俺が来たぜ」

神の――八坂様の御前であまりにも不謹慎な暴言を吐きながら、彼は土足で乗り込んできた。
ある意味、仕方のないことだ。 彼には私の隣で儀式を続ける神の姿なんて見えはしないのだろう。

「俺は、早苗と一緒にいたいんだよ。 早苗だけでもこちらに残る事は出来ないのか? そうすれば、俺が魑魅魍魎とかに殺されることもないし早苗も一緒にいられる。 悪いことはないと思うけど」

それが、彼なりに考えた妥協案なんだろう。
もっとも、それは普通最初に出てくる案なのだけれど……私の目的を最優先したから、最初に彼は着いて来ようとしたのだろう。

「ダメよ。 私はこちらには残れない」

「何でだよ!」

「ねぇ、○○君はご両親が重病でどうしようもないとき……自分だけがその治療法を持っていたら、どうする?」

私が、幻想郷に行くとはそういうことだ。
幻想郷についた直後では、信仰が全くない。 それは神の死を意味している。
だけど私一人でもいれば、神は生きる。 私だけが、信仰を広める最初の人間になりうる。

「難しいことなんて知らないよ! ただ最善を尽くしたいだけだ! 早苗はそれがベストだと思ってるのかよっ!」

「思ってるわよっ!」

『喧嘩するほど仲が良い……か。 二人とも結婚したらどうだ?』

「八坂様は茶々入れないで下さい!!」

「………???」

あ、いけない。 ○○君には見えても聞こえてもいないんだ。
ちょっと溜飲が下がった。 ひょっとしたら八坂様なりの気遣いだったのかもしれない。

「と、とにかくここに残る気もつれて行く気もないから!」

払い串をぴしりと○○君に向けて、はっきりと意思を明確に言い放った。

『そろそろ飛ぶぞ。 そろそろ結論を急いでくれ』

「…………解った。 諦めるよ」

私の望んでいた言葉のはずなのに、涙が溢れた。
○○君を御柱の結界の外に送り届ける間、○○君は無表情だった。
私だけが、泣いていた。
















俺は、この世界に残された。
柱が風に溶けるように消えてしまうまで、その様子をじっと見ていた。
跡地には、神のいなくなったただ古いだけの観光施設が残った、
神性だけ、幻想の地へ旅立ったのだろう。
彼女の失踪は、三面記事の隅っこに細々と載せられた。
これでいい。 これでいいんだ。


いそがしいのは、これからだ――




















博麗神社のグータラ巫女に脅しをかけたり
逆効果で殴り込みをかけられたり
山の妖怪たちと仲良くなったり
幻想郷での暮らしは、思いのほか気安かった。
ざわざわと騒がしかった外界、懐かしくはあるが悔いはない。
いや、あるとすれば一つだけ――

「それで、博麗神社の……って、聴いてる?」

「あぁ、御免なさい。もう一度お願いしていい?」

いや、過去を思っていても仕方がない。 未来を見据えるほか道はないのだから。

「お、霊夢。あそこに見慣れない人間がいるぜ。ひょっとして外の迷い人じゃないのか?」

「そうみたいね。 でもここにたどり着いたならすぐ外界に帰るでしょ。 それより早――」

魔理沙よりも、妖夢よりも、天駆ける天狗より早く――そう願った。
その人影も、私のほうに駆け出した。
そして最初に抱きしめあい、あの時のような濃厚なキスを交わした。

「何でここにいるのよこのバカッ!」

「伝承を調べ上げて、自分できたんだよっ!」

「じゃあなんで、うちの神社じゃないのよっ!」

「人里で聞いたら、神社はここだけって聞いたんだよ!!」

「うるさいうるさいうるさい! 外から来た人間は食べられちゃうのよっ! どれだけ危ない橋を渡ってきたと思ってるのよ!!!」

「知るかバカッ! そんなことよりキスさせろっ!」








「わ、私はお邪魔のようだから帰るぜ……」

「そんなことより、賽銭倍増計画の会議中……」

「それなら心配ない。零はどんなに倍にしても零だぜ?」

今日も幻想郷は平和だ。
弾幕? あぁ毎日あるわ。






流行り物は廃れ物――幻想編――







“外界で鳴らした現実主義者は、幻想を見せられ神に存在に目覚めたが、常識の世界を脱出し幻想郷に潜った。しかし、幻想郷でくすぶってるような俺じゃあない。
筋さえ通りゃ金次第でなんでもやってのける命知らず、不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する、俺たち外界野郎Aチーム!
 俺たちは、道理の通らぬ世の中に敢えて挑戦する、頼りになる神出鬼没の外界野郎Aチーム!
 助けを借りたい時は、いつでも言ってくれ!”





「何?これ?」

「フッ…良くぞ聞いてくれた早苗! 外界からやってきた人たちを、速やかに幻想郷に馴染ませるためのチームを立ち上げたんだ!」

ちなみに、構成員は○○のみ。つまり俺だけである。

「そして、帰りたい人は博麗神社まで送迎する。 どうだ? 俺だってここでプーやってるわけには行かないからな」

「だーかーらー! なんで危ないことに手を出すの!! 大体何よ!その古臭くって汗臭いキャッチコピーはっ!」

「何をいう!AAA、通称エンジェルは一服の清涼剤なんだぞ!」

「だれよそのエンジェルって!」

「ただの女優だよ!」

幻想郷って奴は、早苗が考えるほど危険ってわけではない。
少なくとも、里にいれば危険なんて全くない。
俺たちがかつて暮らしていた、近代国家日本なんかよりはずっと暮らしやすい。

逆に、里から一歩外に出ればうっかり妖怪に食べられる危険性が付きまとう。 あんまりそういうことは無くなってきたそうだが、ゼロではない。

「まったく、あくまで“里に馴染ませる”のが目的であって、滅多に外には出ないってば!」

早苗も、俺のことを心配して言ってくれてるのは解るんだが……ちょっと過保護すぎると思う。








「仕方ないわ。 でも、危ないことはしちゃダメだからね? 外に出る時は弾幕が得意な人に同伴してもらうのよ?」

結局、私が折れた。 ○○君は一度言い出したら聞かないし……はぁ。
諏訪子様のミシャグジさまの1体が、妙に○○君を気に入っていたし……諏訪子様に頼んで、1体守護についていてもらおうかな?

「じゃあ、ちゃんと食事とかしなさいよ。 次は……明後日里に行くから」

距離的には、外界の頃の方が遠かったけれど
今の方が遠距離恋愛をしていると思う。 ○○君の実力では山に登る途中で力尽きるのがオチだ。
――山登りを強行して、○○君が食い殺される悪夢はまだ見ることがある。
正夢ではなく、逆夢であることを願うしかない。









「こんにちは○○。今日も精が出るな。 早苗殿が会いに来たのか?」

「あ、慧音さんこんにちは……。えぇ、そうなんですよ。 あっちは神社暮らしだからなかなか会えなくってねぇ。 年甲斐もなくはしゃいで喧嘩しちゃいましたよ」

○○殿は、守矢神社の分社の隣の家に、珍妙な看板を貼り付けていた。
外界の人間であることをアピールした看板は、確かに人目を引いている。

「よく解らないが、外界の品物の修理でもするのか?」

「簡単なものならともかく、難しいものはお手上げですよ」

「ところで○○殿。 きちんと昼食はとらなければだめだぞ」

「えっ……?! なんで解ったんですか?!! って、あぁ、過去が見れる能力があるんでしたっけ?」

「違う違う、歴史が見れるのは満月の時だけだ。 昼前から早苗殿と騒いでいれば、今も食べていないのが道理だろう? ちょっとした推理だよ」

「はぁ~、慧音さんはよくそこまで頭が回るなぁ」

いや、感心されるより本人の体調の方が心配だ。

「感心されるついでに、もう一つ当てようか。 最近ろくなものを食べていないんだろう? 作るから台所を貸してくれ」

里の噂の伝達速度はレーザー弾より速い。 誰にどんな噂が立っているか……分析さえ出来れば、買い物からメニューを予想するなんて以外と楽なものだ。

予想されるメニューは麦飯に梅干だ。 おそらくそれ以外の買い物はしていない。

「すいません、そろそろのりたまに飽きてきた頃なんですお願いします」

むぅ、外した。 残念。 しかしのりたまとはなんだろう?
○○の好きな料理なのだろうか? だとしたら少しばかり興味がある。

「まったく、毎回私が作ってやれるわけではないのだからしっかりしなければ行かんぞ? そんな様子だから早苗殿が心配するのではないか」

「う、それは困る。 洗濯物も世話かけちゃってるしなぁ」

それは、どこをどうみても通い妻だ。

「まったく、しっかりしなければいけないぞ……」

幻想郷に不慣れなこの二人には、私の手助けが役立つはずだ。
幻想郷に信仰心を復活させようという早苗殿の思惑は、少なからず賛同できる。 信仰が、平和を安定させることは間違いない。
逆に、宗教戦争というものは根深いが……あの神ならそのような愚かしい二の轍を踏もうとはしないだろう。
○○が始めた事業は、幻想郷をさらに安定させるだろう。 それに、あの二人はとても心から支えあっている。 旗で見ている私にも「私はこのような笑顔を守るために働いている」という活力を湧かせるほどなのだ。
だが、その姿を見るたびに……ちくりと胸に刺さる棘のようなものを感じる。 なぜだろう?

「いやぁ、慧音さんは料理が早いなぁ」

「――あ、いや大したことないさ」

いけない。料理中に考え事をしてしまった。
ふぅ、料理をしていると熱いな。 妙に頬が火照る。















――あー、ちょっと風邪ひいたのかもな。 今日は休むよ。
――うーん、ちょっと熱っぽいわ。 あ、置き薬があったっけ…
――ゲホッ ゲホッ あぁ、ちょっと咽ただけじゃよ。
――ねぇままー、あたまいたいー












流行神。
幻想郷の皆はそう呼んでいた。 科学的というか、外界の言葉で言えば疫病のことだ。
もっとも、ここは非常識が支配する幻想郷。 実際にそういう神がいるのだろう。
早苗や神様(いまはもう見えるようになった)も駆けつけたが、実際はまだ解っていない。
あの神も、幻想郷に来て日が浅いのだ。

「要は、その疫病をはやらせている流行神を張り倒せばいいんだろ? そうすれば信仰心だってガッボガッポさ」

「「「「ガッポガッポ?!」」」」

「よし、八坂の名を広める時ぞ! 行けぃ早苗!!」

「勿論です! では行って参ります!」

「がっぽがっぽ……信仰心……つまりお賽銭! お金はどうでもいいけどお賽銭は欲しい!!」

「はれぇ~、これは調べる途中で巫女対決だねぇ どこかで決闘だね」

「いいんですか? 八坂様に洩矢様。 放っておいても……」

噂に聞くとあの紅白の巫女、普段はのんびりしてぼーっとしてふわふわしているだけのグータラだが……スイッチが入ると急変。神にすら平気な顔して喧嘩をふっかける㌧でもない実力者らしいじゃないか。
早苗なら大丈夫……と思いたくても、一度敗れている以上そんな事は思えない。

「なに、スペルカードルールがある以上大した怪我もしないさ」

「そーそー! ちょっとしたお遊び お遊び♪ ジャンケンや腕相撲みたいなものよ」

「そうはいいますけどねぇ……」

早苗と霊夢の決闘、前は腕に怪我したらしいじゃないか。
俺としては、そう言う目にはあって欲しくない。

「あはは~ 気にしすぎ気にしすぎ。 そんな怪我なんて私の蝦蟇の油ですっきりサッパリ! ヒアルロン酸やコラーゲンなんて目じゃないわ」

まったく、神はお気楽だなぁ。 おれは気が気じゃないのに。
――あ、早苗が俺に細かく注意するのってこういう心理なのかも。









――棟梁も倒れたって? 今年の風邪はたちが悪……お、おいお前!大丈夫か?!
――熱はお薬で下がったけど、だるくて動けないの。 ごめんね
――おぃクソジジイ。 てめぇの取り得は元気だけだろ? 早く元気になってくれよ
――ねぇ、まま。 わたし、このまましんじゃうの?
――阿求様。屋敷のものの半数が流行神にあてられ休みを取っております。 どうか阿求様もお体に気を付け下さい。








山の神々に流行神の行方を尋ね回ったが、流行神の姿を見たものはいなかった。
分社から流れ込む信仰心が増えていると八坂様は仰っておられたが、この信仰心は“よくない傾向”だという。 逆に、洩矢様は別に何も気にしている様子はなかった。
里の様子なら○○君に聞くのが早いだろうと、里に下るとそこは酷い有様だった。
思った以上に感染が広がっていた。 このままでは、里は里としての機能を果たせなくなってしまう。 そうなれば、信仰心どころか幻想郷がおしまいだ。
足早に○○君の家に向うと、家の隣の分社に人々が群がっていた。
その人たちは私の姿を認めると、一斉に私を取り囲んでもみくちゃにした。
「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」「助けてくれ」
病の人がいた。 病に倒れた家族に人がいた。 病にかかるのを恐れる人がいた。 誰かが病に倒れるのを防ぎたい人たちがいた。

皆が、救済を求めていた。

“よくない傾向”とはこのことだったのだ。
最後の神頼みとして、ここで救わねば信仰を失うであろう人たち。
または、狂信者として神の性質そのものを捻じ曲げかねない人たち。
洩矢様が動じないのも道理だ。 ミシャグジさまは、疫病の祟りを御使いになられるのだから。

○○君の家で、○○君の元気な姿を見たときは安心感で足腰に力が入らなくなってしまった。
○○君は○○君で、「早苗が病気で倒れたらどうする気だよ」と怒っていた。
感染は、留まることを知らない。こんな状況に似たことを、教科書で読んだ覚えがある。それは――

「黒死病の流行って、こんな感じだったのかな?」

私も○○君も、考えることは一緒だった。
そうなると、蚤やネズミが流行神となるのだが……
その答えは○○君によって否定された











「……という訳で、あなたの蟲が幻想郷を滅ぼそうとしているかもしれないのです。 検めさせてもらえませんか?」

蟲の女王、リグル・ナイトバグと対面を果たした俺は、懇切丁寧に事情を説明した。
ボーイッシュな感じの、小さな女の子だが、俺じゃ戦っても決して相手にならない。

「あー。 つまり、私の可愛い蟲達が流行神って奴に利用されているってこと?」

「概ねそんな感じです」

いかん、ありありと不満が表情に出ている。
声も怒気を孕んでいるし、下手をするとこちらに怒りの矛先が向きかねない。
逆に言えば、嘘がつけない単純な子供っぽい性格ということだ。
見た目どおりでありがたい。 そうすると、蟲を利用しているかもしれない相手に怒りをぶつけたい所だろう。

「じゃぁ、全部呼びつけて聞いてみるよ」

全部? 真意を問いかけようと思ったが、彼女の行動のほうが早かった。

「おいで……私のかわいい蟲たち……」

1時間ほどで、俺とリグルは極彩色の世界に閉じ込められた。
当然、全部蟲である。
山育ちの俺としては、蟲を見慣れてはいたが……ビックリ映像などで出てくるイナゴの大群が、ほんのちっぽけなものに見える密度に圧倒された。

「さぁて、悪い子はいるかな――っと」

さらに数分。 俺は身体を這い上がってくる蟲を払い落とすのを我慢してリグルの聞き取り調査が終わるのを待った。

「んー、その流行神に憑かれている子はいないみたい」

そうか、それは良かったから早く蟲をどかしてくれ。
と、いいたいが口のところにまで怪しい蟲が張り付いているので喋れない。

「冤罪はとけたから帰っていいよ。私の蟲たち」

そう、リグルが蟲たちに指示すると波が引くように蟲たちがいなくなった。

「さて、冤罪を吹っかけたそこの人間! 覚悟は出来てるんでしょうね!!」

とってもいい笑顔で、リグルは俺を脅してきた。
表情から察するに、怒っているわけではない。 愉しもうとしているだけだ。
だが、俺を八つ裂きにして喰らうを楽しみにしているのか、冤罪が解けて機嫌が良くて笑っているのか判別は出来ない。

「ちなみに、俺は不味いし弾幕を撃つ霊力もないぞ」

「えー、つまんないなぁ」

拗ねられても困る

「まぁいいか。 あれだけ蟲に集られても、一匹も潰さなかったから許してあげる」

なるほど、彼女なりに俺を試したらしい。
単純に「蟲を潰したら、俺が潰されると思ってた」とは言えない。

「可愛い顔して怖いこと言うなぁ……」

「ばっ――可……へ、変なこと突然言わないでよ!!」

やべ、何か悪い意味に取られたっぽい。

「い、いや、別に妖怪としての威厳がないとかそう言う意味じゃないぞ? 単純に可愛いと思ったからそう言っただけでっ! 大体実力で何とかなるかも知れない相手なら、弾幕ごっこから始めてるわっ!」

「う、うるさい! 用事が済んだらもう帰れ~~~!!」

いけない。顔を真っ赤にするほど怒っている。
帰らせてもらえるならとっとと帰ろう。

「……また来てもいいよ……」

「え? あ、なんでしょうか?」

よく聞き取れなかったが、機嫌は損ねたくない。主に保身のために。

「~~――!! 今度蛍見……やっぱりなんでもないから帰れ!!」








「――と、まぁこういう情報収集をしてきたわけだ。 俺も役立つだろう?」

誇らしげに胸を張る○○君の頬に、とりあえず1発平手打ちを入れた。

「あれだけ危ないっていったのに……!!!」

大体何よ! 危ない橋を渡って私が喜ぶとでも思っているの? それに、妙にその妖怪と親しげじゃない!!
妖怪とはいえ、女の子をナンパしに幻想郷に来たわけじゃないんでしょう?

「すまん早苗、でも俺だって何かしたかったんだよ。 早苗だけに任せてるのが辛かったんだ」

○○君は、外にいる頃から優しかった。
人と違う行動を取り続ける私にも、言葉ではなく態度で「人でもいい」と示してくれていた。
そんな○○君だからこそ、人ではない妖怪にも同じように接することが出来てしまう。
外の世界では特別だった私が、ここ幻想郷ではただ「少しばかり珍しい経歴のただの女の子」でしかない。
○○君が、外で「特別だった私」を好きになってくれたのなら、ここではもう私は違う。 ほかの女の子に心惹かれるかもしれない。
他の女の子に優しくしているのを見ると、そんな嫉妬と不安が心に生まれてくるのだ。

「気持ちは嬉しいけど、危ないからもう気持ちだけにしてね」

もちろん、そんなどす黒い心は○○君に見せられない。

「あと、里の賢者に色々調べてもらったけど小動物でもないらしい。 それに、幻想郷じゃ始めての病気かもしれないってことだね」

「それって――」

「あ、もちろん口外しないように頼んだよ。 下手をすると守矢神社の排斥運動に発展しかねないからね」

ここ最近の大きな変化、それは外界の神社と新たな神の出現に他ならない。 単純に結びつける輩は確実に出てくるし、関わっていない証明も不可能だ。
なんといっても、物凄く恐ろしい祟り神を統べる神も御祭りしているのだから。

「ありがとう。 その対応は感謝しても仕切れないわ」

もちろん、私は二人の神を純粋に信じている。 ○○君は今あの神が「疫病を流行らせるメリットがない」ことを重々承知している。

「感謝するなら、賢者さん二人に感謝しないとな。 挨拶しに行く?」

「そうね、礼節は重んじなきゃいけないわ」













まずいなぁ。 まだ転生の準備が済んでいないというのに。
事情を説明して、閻魔に儀式の短縮を認めてもらえないだろうか。
……ダメだろうなぁ。 あの閻魔はお堅い性格だし…

「阿求様、お客様です」

「何よ、人が尋ねてしてもお断りしろと言っておいたでしょ?」

頭が痛い、熱がある。 巷で流行っている流行神に私も当てられたらしい。
ここで寿命が尽きるなら、急ぎの仕事が山積みなのだ。

「それが、○○殿と東――」

「ちょっとお風呂入ってくるから玄関で足止めしなさい!!」

この阿求、生憎死ぬまで乙女心は持ち続ける所存だ。
多少なりと気に入っている相手には、無理してでも会う。

身を清め、いつもより少しだけお洒落な呉服に袖を通す。
レコードにどの幺楽をかけようかうきうきしながら、真新しい花を頭に飾る。
いい紅茶を出すのは確定として、どの紅茶を出そうか――
自分で紅茶を入れようとすると、使用人が残酷なことに、いや親切にも○○が女連れで来た事を教えてくれた。

じゃぁ白湯でいいや。 コンチクショウ。

愛想笑いしながら出て行ったら、早速夫婦漫才見せ付けやがって。 泣くぞ?
風祝の女め、求聞史紀に悪口書いてやろうか……欄外に。

「あれ? 阿求ちゃん……なんだか顔色が悪くないか?」

「あら?そう見えますか? 近頃根を詰めすぎましたかね……」

悪いのは機嫌だよ

「里では件の病が流行しております。 どうかお体にはお気をつけ下さい」

「いいのよ。 どうせこの身体は永く持たないんだから」

「だからって、酷使する理由にはならないな。よっ…と」

○○が、私の額にぴたりと触れて、熱を測りだす。
風の巫女も、私も、急な行動に驚いて動けない。

「んー、やっぱり熱があるなぁ。 今日はもう休んだ方がいいかも……ひょっとして、無理させちゃったんじゃないか?」

あっさりバレて、気恥ずかしくなる。

「なるほど。 だから白湯だったのね 食欲もなくなっちゃうもの」

巫女は巫女で、好意的に勘違いしている。

「あぁ、こりゃダメだ。どんどん顔も赤くなっているし汗もかいてる。 医者には見てもらったの?」

赤いのは○○の顔が近いからで、汗をかいてるのは風呂上りだから――などと言い出せるはずもない。
手早く準備を整えて、二人は屋敷を出て行った。
あぁもう、二人ともお人よしの大馬鹿だよ。 嫌がらせぐらい気づけよ。
なんで体調不良のほうだけ気付いて優しくするんだよ。
大馬鹿のお人よし同士お似合いだよ

「――○○のバカ…」

だけど、口から紡がれた独り言は
自分でも情けなるぐらい弱々しかった。










「こんにちはー ○○ですー。 慧音さんいますかー?」

玄関から、何やら男の声が聞こえる。

「慧音、客が着たみたいだけど? 邪魔になるなら帰るよ」

「あぁ、妹紅。 まってくれ。 今日の目的はその人だ」

ふぅん、病人の代表だろうか?

「○○かー! 少し待って欲しい」

鏡を覗き、慌てて整容を正す慧音を見てくすりと笑う。
そんなことをしなくても、既にぴしりと衣服は調っているからだ。

お待たせしたと慧音が招いたのは、人間の男女の一組だ。
片方は○○、慧音が最近よく話す人間のことだろう。もう片方は…

「んあ? 青博麗?」

「初めまして。東風谷 早苗です」

巫女といったら博麗、これが幻想郷の常識だ。

「こら妹紅! きちんと挨拶しないか! あぁすまない。 こちらは私の友人の藤原 妹紅。 あちらは最近幻想郷に引っ越してきた○○と、幻想郷に神社ごと引っ越してきた神の巫女、東風谷さんだ」

○○です、よろしく。 東風谷です。よろしくおねがいします。
無難な挨拶だ。 挨拶代わりに弾幕を使うような非常識ではないらしい。

「私は健康マニアの焼き鳥屋だ。 妹紅でいいよ。 ところで慧音、二人とも病人には見えないけど?」

「招いたわけじゃないからね。 でもそろそろ来ると思ってたよ」

くるりと、客人の方に慧音が向き直る。

「さて、積もる話は後で。 今はお互いやるべき事を全うしよう」

「あの、お話が見えないのですけど……」

正直、私も見えない。 

「実は、霊夢もこの病に倒れた」

「なんだ、解決役が1人減ったのか。 そりゃ痛手だな」

大したことないじゃないか。

「なんか、病気とは無縁っぽい感じだったけどなぁ」

「巫女がそんなことでどうするのよ、まったく……」

他の二人も、概ね気楽に考えているようだ。

「お前ら……博麗大結界忘れてるだろ………」

「「なにそれ?」」

あー、そんなのあったっけ。
輝夜と殺りあえれば満足だから、すっかり忘れていた。

「簡単に言うと、霊夢がいないと幻想郷がなくなる。 だから幻想郷随一の医者に連れて行ったんだ」

連れて行ったのは、魅魔という悪霊らしい。
ついでに魔理沙も倒れ、アリスが連れて行ったそうだ。

なお、何で永遠亭に最初から頼まなかったのかというと理由は単純。
薬のストックが足りないそうだ。 人間同士で命懸けの戦いを始めてしまっても、この幻想郷は滅ぶ。 まぁ慧音の受け売りだけど。

「○○に頼みたいのは、治療経過を見てきて欲しいということだ」

永遠亭の技術は、月だとかなんだとか胡散臭いことをいっている。
だが、それが河童などの山の技術を大幅に上回っているのは確実だ。
生憎、慧音もその仕組は理解できない。当然私もだ。
そこで、少しでも高い技術を持つ元・外の人間で患者らと知り合い――○○に頼みたいらしい。
もっとも、慧音は青巫女が来ることは予想外だったらしい。
青巫女曰く、○○より勉強は得意らしいので役に立つだろう。

そうなると、私の役割は案内と護衛か。

「はいはい、じゃぁ急いで飛んでくるか。 ちゃんとついてこいよ」

「すいません妹紅さん。 俺飛べません」

「………面倒くさいやつだなぁお前はっ!」

「あぁっ! 私が風で抱えて行きますから!」











「――三人とも行ったか」

なんとかなるだろう。 ○○が両脇を抱えられて、両手の花っぽかったのがイラつくが。
……なんでイラつくんだ?

経過がよければいい。 悪いときは私が頑張らなければならない。
次の満月、そう次の満月までもてば――
















景色はぐるぐる回っている気がしたけれど、あっというまに永遠亭とやらにたどり着いた。

「へぇ、古きよき日本の家屋なのね」

「月の技術っていうから、すっかりモノリスを連想してたんだけどなぁ」

○○君が、有名なSF作品の空想の産物の名を挙げる。 まぁ、ここ幻想郷では実体として存在していても不自然ではあるまい。

「ほら、感慨に浸っていないでいくぞ」

この、妹紅という人はここに通い慣れているのか。 まぁそうなのだろう。 このように古いものを見たときの感動というか、そういったものがない。

気になるのは、このような建物の割に材質が新しい――築数年も経っていないような――気がすることであろうか?
地霊も土地神も家の付喪神も、静かに押し黙っている。
奇妙な感覚に首を捻る。 色々とありえない。
だが、○○君が私の手を引いたところで余計な詮索はやめにした。
変なことがあれば、○○君は助けないといけない。 そう気を引き締めて門を叩いた。

「はいどちらさ――藤原さん?! どうしたんですか?」

「慧音の使いの案内だよ。 そっちの二人は永琳に。 私はその間輝夜とやりあってくるから」

出て来たのは、へろへろとした兎耳の女の子だった。
なぜか、こちらと目をあわせようとしない。 内気な子なのだろうか?

「初めまして。 東風谷 早苗です」

「○○です よろしく」

「あ、私は鈴仙・優曇華院・イナバです」

なぜか、耳元で囁かれたような感覚で聞こえたが……まぁ妖怪のやることだし気にしても仕方ない。

……あれ? そういえば何でブレザー? 幻想郷っぽさが足りない。
ひょっとしたら外界から……いやいや、妖怪だしそれはないだろう。
ありえないほど変な名前だし。 いや、それなら有名な画家、『パブロ、ディエーゴ、ホセー、フランシスコ・デ・パウラ、ホアン・ネポムセーノ、マリーア・デ・ロス・レメディオス、クリスピーン、クリスピアーノ、デ・ラ・サンティシマ・トリニダード、ルイス・イ・ピカソ』 自称パブロ・ピカソの方がよほど変だ。
ある宗教の聖人の名や親類縁者の名を取り込めるだけ取り込んだ、その派手さには理解はともかく頭は下がる。

……と、なぜか彼女の瞳が微かに視界に入っただけで変な方向に思考が吹っ飛んだ。 強力な魔眼の持ち主なのかもしれない。

「そう、節目がちになることはないさ。 ここは幻想郷。 能力に自信を持ってしっかり正面を見ればいい。 自分の生き方をしていいんだ」

って、正面から目を見てるバカが一名いました。 本当にありがとうございます。

「――って、私が取り乱しちゃダメ! なにやってるのよ○○君っ!!」

ブレザー服の女の子と、正面から向き合う○○君の姿は「外の学校」を連想させた。 学校の女の子を口説いているように見えて、物凄く不快。
イライラしながら二人を引き離し、バカをやるなと○○君を怒っておいた。
本当に、なんで危ない橋を渡りたがるのか。
……うーん、何だろう? あの兎が○○君に注目している気がする。 危険人物と思われたのだろうか?
目元は怖くてあまり確認できないが、顔は赤い気がする。
やっぱり、内気な子なのだろうか? 下手に力を持つと、人付き合いが苦手になるものだ。 かつての私のように。









「初めまして、元・外の世界の人間さん。 私が八意永琳よ」

さて、この二人ならポジトロンCTやMRIのような超古典的な遺物を理解できるだろうか。 外の科学もその程度まで進んでいると信じたい。
適当に挨拶をこなし、状態の説明に入ろう。

「結論からいうわ。 どのような病気でも完治できる特効薬、それを使えばすぐにでも病気は治せるわ。 生憎5個しかないのだけど」

ウイルスサイズのナノマシンが、患者の遺伝子を読み取り異物を分解・排除する小器官と欠損部位を瘢痕組織に代わって再生を手伝う人工細胞を形成し、最終的には正常な生体組織で置換させる機械なのだが、まぁ経口摂取するのだから薬といって差し支えあるまい。
蓬莱の薬なら、蓬莱人の生き胆を食わせればいいだけなので楽なものなのだが、そうはいくまい。

「でも、この病気だけを治癒する薬の開発もしているわ。大体3ヶ月もあれば完成ね。 その頃は里も滅びているかもしれないけれど」

こちらは純粋な薬……というかレトロウィルスを使用した遺伝子の書き換え薬である。 その事を伝えると、○○と名乗った男は頭を抱えたが、女性の方は理解を示した。
話がIgM抗体やIgG抗体、Bsellに及ぶと付いて来れなくなったようだが、まぁ仕方ない。 所詮地上の人間の寿命では学ぶ時間もなかったのだろう。

「簡単に言うと、感染しても発症しない人間か、感染しない人間の遺伝子が欲しいのよ。 遺伝子パターンを試し続けるより、正解が早く手に入ればそれだけで開発期間は限りなくゼロに近付くわ」

これには二人とも理解が及んだようだ。
霊夢には例の万能薬を飲ませ、最悪の事態だけは回避しておいたことを伝え、1時間後には完全復活しているといって休んでもらった。

1時間もあれば、姫の戯れも終わって双方の怪我も治っている頃だろう。









「つ、疲れた………」

出来るだけ解りやすく、噛み砕いて伝えようとしているのはありありとわかる。
でも、その口から紡がれる言葉は異世界の呪文でしかなかった。

「なぁ、早苗は話の何割わかった?」

「2割がせいぜいって所かな? 高校の生物レベルで解ったのは……」

ちなみに俺は5厘解れば御の字だ。
でも、流行神という概念よりバイキンという概念の方が理解しやすい。

のんびりと時間が来るまでの間、ピンクの可愛らしい服を着たウサギや普通のウサギが接待に訪れたりもした。
「信仰心をお手軽・確実に上げる方法が…」などと早苗に甘い言葉を囁いてくるウサギだが、冷静に横から見ている分には詐欺だとありありとわかる。 案外、乗せられている本人は自分で気付けないものらしい。

霊夢が復活すると、妹紅さんの案内で里に帰ることにした。
だが、霊夢は1人で行くらしい。 まだ流行神を探し回る気なのだろう。











「――以上が顛末です。」

上白沢さんに、情報をかいつまんで説明する。
この病気に抵抗力のある人間がいれば、薬はすぐに完成すること。
いなければ、3ヶ月かかることなどだ。

「感謝する、できるだけ里も頑張ってみよう」

さて、少しだけ里の様子を見てくるつもりが大きく時間をとってしまった。
八坂様も心配なされるだろう。早く帰らなければならない。
○○君と、久しぶりに長く過ごせて、楽しかったのは否定できないが。

「さて、私は霊夢みたいに倒れないように、健康的な生活を送りながら探さないとね」

帰り際に、○○君といつものようにキスをして分かれた。
妹紅さんは楽しそうに口笛を鳴らし、慧音さんは恥かしそうにそっぽを向いた。
今度、一度でいいから映画のような唇を合わせるだけの軽いキスをしてみたいのだけど……○○君が悲しそうな顔をするような気がして言い出せない。
舌を絡めあうキスは、どうもお手軽に出来ないのが難点だと思うのだ。












直視できなかった。
奥歯をかみ締め、溢れ出ようとする涙を堪えた。
拳を硬く握り締め、振り上げそうになる腕を押し止めた。
唇を一直線に結び、醜い嫉妬心を吐き出してしまうのを堪えた。
精一杯の笑顔で、ぎこちなく仲睦まじい二人を送った。

妹紅は、私の肩を軽く叩いて酒に誘った。
今日の仕事は、明日にしよう。
自棄酒だが、私は一言も話さなかった。
妹紅も、何も聞かなかった。
でもそれが、心地よかった。






もう、棟梁は――
そうだな、後継者を――
限界だよ――
私が死んだら娘に――
何言ってるのよ、気弱にならないで……こほっこほっ――
本日閉店――
本日閉店――
本日閉店――
阿求様、起きてはなりません――
霧雨殿、もうお休み下さい――
あぁ、霧雨殿の娘はこんな大変な時にいったい何をしているのか――
このような時にこそ、犯罪は増える!里の治安は皆の双肩にかかっているのだ!………喧嘩が増えればきれいな弾幕も…うふふ…――
小兎姫様、不謹慎な言葉で〆ないで下さい ゲホッ――
ねえまま。わたし、一度でいいからドロップなめたいな……ありがとう…――










兎!対空部隊構え――撃てっ!!
使い魔を呼べるものはポイントεに集合!
A~Fまでの兎部隊はルートCを迎撃ポイントに設定!

「亡 霊 嬢 を 永 遠 亭 に 上 げ る な っ」
「サ ー イ エ ッ サ ー」



ずいぶんな迎撃体制だこと。 家主が『鉄壁』の名をつけた気持ちもよく解る。
だが「盾が硬くても、中身から腐らせればいい」というのはあなたの従者、永琳が言った言葉だ。

「妖夢も病気になっちゃってね。 いやはやどこでうつされて来たのやら」

しかし、薬が欲しいと幽霊に伝えさせただけでこの迎撃体制。「薬はあるが渡す気はない」といっているような物だ。
正直な話、蓬莱人二人と“本気の”戦いになれば、死なない相手の死を操ることなど出来ない私は間違いなく敗北する。
かといって、ウサギを人質をとっても(お人よしの姫ならともかく)従者の永琳は一切躊躇わないだろう。
ならば、勝ち目のあるスペルカード・ルールに従うのが一番得策だ。
 
ウサギたちに、挨拶代わりの蝶弾を叩き込んだ。

必死にならなきゃいけない遊びなんて、好きではないのだけれど。







不覚。
まさか、いつの間にか流行神に当てられていたなんて。
でも、私は里に立ち寄っていないのに、何時うつされたのだろうか?
それに関しては、隣のベットで寝ていた魔理沙もそうだ。
魔理沙も、家で怪しいキノコを煮込んでいただけらしいし……
ここで魔理沙のキノコの毒を疑うの所なのだろうが、私のカンはそれではないと告げている。
ひょっとして流行神はあいつなのか?
だったら何の矛盾もない。 退治しにくいにも程があるが、試す価値はある。
でもそれは、今日一日お茶を飲んで落ち着いてからにしようと思う。

「はぁ、全部弾幕で解決できればいいのに」












――よう、シケた顔してんじゃねーぞ手前ら
――よう棟梁! 相変わらず元気だな
――暇ですねぇ小兎姫様。
――いいじゃない。治安がいいって事は。 弾幕が見れないのだけが残念だけど
――霧雨殿、あまり頑張りすぎると風邪をお召しになりますよ。
――なに、この程度で風邪などひかんさ。
――阿求様、おはようございます。今日はいい天気ですよ。
――具合が悪いから起こすなってあれほど……家が騒がしいわね。
――いつもどおりですよ? 皆元気にお勤めをさせて頂いております。
――うちの娘もそろそろ年頃でねぇ。 ……アラいやだわ奥様おほほほほ
――ままー!ままー!! おりょうりてつだわせて!!











あぁ、今朝はすごくいい目覚めだ。
悩み事が吹っ飛んでしまったかのような爽快感。
あ、そうだ。 新しく仕事始めたんだっけ。 気持ちも新たに一日を始めよう。
この前、看板も完成したしな!





「早苗、今日は調査に行かないのか?」

「調査? 八坂様、何のお話でしょうか?」

「何って……流行神の調査だよ ここのところ必死に頑張ってたじゃないか」

何のことかさっぱり解らない。
何かの謎かけか、言葉遊びだろうか?

「申し訳ございません。 修行が至らぬためか御神託の真意を測りかねます」

「早苗……? いや、里の流行り病の調査をしていたのだろう?」

「里の流行り病? いえ、初耳でございます」














寝巻きから、いつもの紅白の巫女服に袖を通す。
湯を沸かし、茶葉になみなみとそれを注ぐと緑茶の芳香が台所を満たした。
程よく蒸らし、お気に入りの湯呑を新緑の香りがする緑茶で満たして煎餅を用意する。
熱いお茶を口に含むと、全身にじんわりと満たされる感覚が行き渡った。
朝と言うものは、コレがなくては始まらない。
さて、朝食と朝風呂を終えたら今日は何をしようか。
見れば、境内にゴミが貯まりだしているのであれの掃除でも

――何かが違う。何かおかしい。

理由は解らないが、直感が動けと駆り立ててくる。
まぁ、いつものように動いていれば何か解るだろう。
身支度を整え、私はふわりと空に浮いた。















素直じゃない子だ。
両親に薬を渡したいなら、自分で届ければいいのに。
こういうときぐらい、素直になってもいいものだが。
だが、最後まで虚勢を張るのが魔理沙の生き方なんだろう。

「ん……香霖、あの薬は届けてくれたか?」

「あぁ、だけど里に流行神なんて流行ってなかったよ。 つまりご両親も無事だ」

「それは変だぜ。 霊夢も永遠亭に担ぎ込まれたんだ 今回の事も霊夢から聞いたんだぜ?」

「それは変な話だ。 霊夢がそういう嘘をつくとは思えない」

ちなみに、魔理沙が僕の分として持ってきた薬は魔理沙に使った。
流行していない病にかかるわけもないし、たとえ本当に流行っていても妖怪とのハーフである僕が倒れる危険性はまずない。

「体調もよくなったし、流行神にお礼参りに行ってくるぜ」


















あぁ情けない。 顕界に買出しに降りたら、流行り病を貰ってしまうなんて。
そのせいで幽々子様に薬を取りに行かせてしまうという、失態をしてしまった。
それにしても、狂気の眼の治療といいこの度の薬といい永遠亭には何度もお世話になっている。 今度、しっかりとお礼を言いに行こう。

「よーむー、ごはんまだー」

はい、ただいまおもちします。










「師匠」

「なぁにウドンゲ」

「魔理沙の不意打ちは、スペルカード・ルール的に反則だったと思うんです」

「亡霊嬢との戦いは、あれぐらいで面白いのよ 勝つか負けるか、そのスリルがいいんじゃない」

「でもあの万能薬、全部持っていかれちゃいましたよ」

「何言っているのよ。薬はまた作ればいいわ」












限界。
やはり自棄酒などするのではなかった。
限界まで大食いをする前日に、自棄酒は我ながら愚かだと思う。
いや、私も一人の女としてそれ位は許して欲しい。 たとえそれが非常に愚かな行為だとしても、だ。

胸焼けするほど食らった『疫病の歴史』は、少し気を緩めるだけで吐き戻してしまいそうなほど大量だ。
次の満月まで堪えれば、食らった歴史の穴埋めができるし流行神の正体もはっきりとわかる。 予想は外れて欲しいが。
それまで、耐え続けないと……
一部の歴史は食べ切れなかったのが悔やまれるが、仕方あるまい。
危険性の高い歴史は食べたはずだ。














「疫病ねぇ…」

全く覚えがない。 早苗も浮かない顔だ。

「八坂様も洩矢様も『私が疫病の調査をしていた』というのよ。 八坂様の言うことだから全面的に信じるんだけど、そうすると何で私が覚えていないのか気になるのよね」

まぁ、相手は神だし間違ってはいないんだろう。
だが、実際――少なくとも自分の解る範囲で――疫病なんて起きちゃいないのだ。 ここでは流行神と呼ぶのだったっけ?

「まぁ、里の賢者や知ってそうな妖怪にでも聞いてみるのが一番かな」

「○○君、また危ない橋を渡ろうとしてない?」

「おいおい、またってなんだよ。 この店開いてから1件も仕事なんてしてないよ」

自分で言った後、奇妙な違和感がある。

「○○君……? なんだかこの後口喧嘩したような覚えがない?」

早苗も同じか。既視感という奴か?

二人で、うんうんと唸る。 ゆらゆらと揺れる早苗の緑の髪が可愛らしい。

「緑の髪……そうだ!リグルだ!!」

「あぁっ! 蟲の妖怪だっていう、女の子の!」

早苗も同じ、ここでその妖怪に絡む話をしたのを覚えているらしい。
だが、それと同士に少し早苗の目つきが怖くなる。

「――で、そのリグルをナンパしたした話を聞かされたのよね、私」

「ご、誤解だっ! リグルと話したのは仕事の……あれ? なんだっけ?」

だが、少なくともナンパなんてしちゃいない……と思う。 俺は早苗一筋だ。
たとえまかり間違ってナンパしたとしても、そんなことを早苗に話すはずがない。

「さっき、仕事は初仕事もまだだって言ってたじゃない」

部屋の空気が凍る。
いつものように、感情的に罵りあうこともない。

「い、いやちょっと待ってくれ! 色々誤解してるぞっ!」

「いいじゃない。 ○○君は○○君の好きなようにすれば。 邪魔して悪かったわね。 帰るわ」

うわっ! 誤解してる上に本気で怒ってる!
なんとか誤解を解かないと、と思って玄関に向う早苗の腕を掴んだ。

「話せばわか――」

早苗の平手打ちの音が響き、世界が止まる。

「触らないで」

感情のない声で拒絶された俺は、早苗が行くのを止められなかった。














震える手で、自らの魂を紙に刻んでゆく。
御阿礼の子としての生き様を、阿求としての魂を幻想郷縁起として刻み込んでゆく。
今は、病気に倒れたもの、病気にかかっていないもの。その分類を残している。
情報を残すのは得意分野だが、分析は得意ではない。 誰かが、これを解いてくれることを願って、安らかに逝こう。
上白沢の力が及ばぬ己の体質が、自身の命を奪うとは皮肉なものだ。
おかげで、十代目に転生する儀式も間に合わない。 続ける体力も残っていない。
あぁ、私の体はあと何日もってくれるのだろう。 3日くらいはもって欲しい。











「あいたたた……」

「私の勝ちね。 さぁ話してちょうだい」

「ひえぇぇ」

感情的になって、○○君と喧嘩した後
事の真相を確かめるべく、リグル・ナイトバグという妖怪に会うことにした。
記憶の齟齬の確認のためと○○君の名誉のためであって、決して私の腹いせではない。 腹いせではないと思いたい。 思うことにした。
自分が強ければ、スペルカード・ルールって便利ね。

「○○は里の流行神が蟲にいないか調べに来ただけよ。 私も可愛い蟲たちも食べてないから、無事に里に帰ったはずよ!」

あぁ、やっぱり里の疫病はあったのか。
やはり、人間が何らかの力で忘れてしまっただけらしい。

「で、○○君とはどんな関係?」

「どんな関係って……まぁ、今のところそれだけかな? でも、いい奴だし末永いお付き合いはしたいね」

「す、末永いって……」

「冬に暖炉借りるとか? 寒いの苦手なのよ」

あ、蟲だけに納得。

「あと、布団も暖かそう。 蚤の話だと、快適らしいじゃない?」

「それはダメ・ゼッタイ」

「む、あなた○○とぬくぬく冬を過ごそうとする私の邪魔をする気ね?」

「生憎、そこは妖怪には渡せない聖域よ」

「それなら」 「もう一勝負」 「するしかないわね」

「「○○の布団は渡さないっっ」」















「――あれ?慧音さんは?」

「せんせーはね、具合悪いんだってー」 「寺子屋はおやすみなのー」

むぅ、里の賢者が二人とも病気とは。
阿求ちゃんは面会謝絶らしいし。 困った。
こういう女性問題の相談には、女性の意見が一番だと思ったんだが。

「はぁ、困ったなぁ……ん?あれは――」

特徴的な黒い帽子、魔女の箒。 よく見知った人物だ。

「おーい魔理沙ー! 里に来るなんて珍しいな」

「あ、○○……」

「「実は聞きたいことが」」

……おぉ、見事にハモッた。

「なんだ、立ち話もなんだから喫茶店にでも」

「呑み所のほうがいいぜ」

「まだ午前中だぞ?」

「知ってるぜ」

「外では未成年の飲酒を禁じて――」

「ここは幻想郷だぜ」

はぁ、仕方ない。 こういうテンションだと自棄酒になりそうなんだよなぁ。

  ・ ・ ・

「~~と、そんな訳で早苗と喧嘩しちゃってなぁ」

「おいおい、幻想郷で出会うなりいきなりあんなに派手なキ…キスをしてたお前らがどうしたんだよ」

「? キスはいつもあんな感じだけど?」

「聞いた私がバカだったぜ」

あれを見て赤面してた私が馬鹿みたいじゃないか。

「でも、手間が省けたぜ。 こっちが聞きたかったのは里の流行神の事――でも、本当に覚えてない?」

「本当に何も覚えてないんだ。 でも、魔理沙の話だと俺は永遠亭にいって、早苗と霊夢と妹紅さんと帰ったはずなんだよなぁ」

「私がいつも嘘をつくのは認めるけど、こういう時に嘘はつかないぜ」

私が見返せるその日まで、両親には生きていてもらわなきゃいけない。
ぽっくり逝かれては、私が家を出た甲斐もない。

「まぁ、私の見解を言わせて貰うなら、早苗の方は『どうにでもなる』だぜ。 この異変を解決すれば、誤解も解けるはずだから」

「うーん、そんなに上手くいくかなぁ」

「いくだろ? 引力に牽かれあう星は、たとえ距離が離れてもまた戻ってくるものだぜ。 CINEOS彗星なんて60年近く離れていたって戻ってくる。 ○○と早苗の絆はそれよりも強いんだろう?」

「いっ、一ヶ月だって離れたくないんだよ!」

「それは単にワガママなだけだぜ」

私も、コレくらい思われるいい女になりたいものだぜ。

「それはそうと、病気も記憶も消える、この現象には少々覚えがあるんだぜ ……慧音だよ」

病気になった個人の歴史を食らえば、病気そのものをなかったことにできる。
この現象自体は、ただ歴史を食われた副作用でしかない。

「なんだ、じゃぁ危険視する事もないんじゃないか。 慧音さんなら悪事なんて考えないだろうし」

「そうでもないぜ? 流行神自体は倒されていないんだから、放っておくと――」

「なるほど、また流行っちゃうわけか。 しかも退治人も忘れちゃってる」

困るのは、あまり多くの人が気付くと歴史の隠蔽自体が崩壊してしまうということだ。
おおっぴらに動けないし、天狗に嗅ぎ付けられる訳にも行かない。天狗に知られたら、明文化という歴史の隠匿にもっとも邪魔なものをばら撒かれてしまう。

「じゃあ、私は帰るぜ。 またうつったら、助けてもらえないかもしれないしな」

というか、薬を奪ってきているのだからマズイだろう。 パチュリーの本のように返して済むものや、香霖のもののようになぁなぁで済まされる価値のものではあるまい。

そして、私が先に出てしまえば勘定は○○持ちだ。

「ちょっとまってくれ。 だったら薬は一つ俺に預からせてくれ。 里に一つは必要だと思うんだ」

「高いぜ?」

「どうせ盗品なんだから安上がりに頼む ここの飲み代分とか」

ちぇ、バレてたか。

「使わなかったら返すんだぜ?」

「永遠亭に?」

「もちろん私に」














私のカンだと、違和感の原因は里に潜んでいる。
とはいえ、里で大立ち回りすれば色々と問題もある。
例えば、お茶の仕入れ。 買えなくなったりしたら困る。
熱いお茶と煎餅のない幻想郷なんて潰れてしまえ。

理由は思い出せないけれど、あいつとあいつを倒さなければいけない。
そう直感が囁くのだから、思い出してもやることは変わらない。 たぶん。

「あと数日は、きっと出てこないわね 帰ろ……」











「○○です! 稗田家御当主に面通りをお願いしたい!」

「しかし今はお加減が悪く――」

「うるさい!! こっちも急いでいるんだ!」

「しかし私ども使用人といたしましては……」

魔理沙との情報交換から推察できることは、すでにこの里の殆どは流行神にやられているということだ。 今までもっているのは、慧音の力に他ならない。
慧音の体調が悪いというのは、その辺に起因することなんだろう。
逆に、慧音の力が及ばない稗田家の歴史――幻想郷縁起を鵜呑みにするのならば――は、なかったことに出来ない。
そして、阿求ちゃんの体調不良。
繋げれば、当然一本の線が見えてくる。 流行神に殺されかけているのだ。

「通しなさい」

凛とした声が、俺と使用人の押し問答をピタリと止めた。

「阿求の母です。 いつも娘がお世話になっております」

使用人は波が引くように隠れ、唐突に二人だけになった。

「○○殿、どうか阿求を見取ってやってくださいませ。 阿求もそれを望んでいると思いますので」

そんなに酷い状態なのか。 薬で助かる、とは言い切れないのかもしれない。
下手な慰め、と思われて反感を買うわけにもいかない。 事実助からなかったらどう責任を取るのか。

「こちらです。 どうぞ」

にゃぁと、猫の声だけが戸の中から聞こえる。

「阿求ちゃん、いるかい?」

「○○……?」

囁くような、静かでなければ聞き取れないほど弱々しい声が俺を呼んだ。

「すいません奥さん。 不躾で申し訳ありませんが、一旦阿求と二人きりにしていただけますか?」

下手に治療薬の話が広まってもらうと困る。

「元よりそのつもりです。 私たちは、阿求を見取る資格なんて在りませんので」

その言葉に思うことは色々あるが、今この時ばかりは都合がよかった。
全ては、阿求に生き延びてもらってから親子同士で話し合えばいい。

「いやぁ、体調悪い時に押しかけて悪いねぇ~!」

努めて、明るく話しかける。

「○○さん、無理しなくていいですよ。 どうせ何度も死は経験しているんです」

そういって、阿求ちゃんは柔らかく微笑んだ。 だが、それはとても自虐的な笑みだった。

「私、そろそろ逝かなきゃいけないみたいです。 だから、逝くまで手を握っていてもらえますか?」

目に涙を溜めて、搾り出すように、囁くようにお願いをしてくる。

「悪いけど……お・断・り・だ! こっちは治療薬を持ってきたのに、逝くとか言うなよっ! という訳で今飲めすぐ飲め早く飲め!」

「○○、空気読めない人…」

「雰囲気だけで生きられる人に死なれてたまるかっ! 早くこの丸薬を呑んでくれ!」

阿求ちゃんは丸薬をじっと眺め、その後にポツリと呟いた

「そんな大きな丸薬、飲み込めない……」

「死ぬ気で飲めっ! むしろ飲めば死なない!」

「一つだけ、方法が……」

「何だ? 教えてくれ!」

「口移し」

…………えーっと、それは色々とまずい。
阿求ちゃんは多感な時期の年頃の女の子な訳で、俺には恋人が居る訳で。

「あぁ、私死んじゃうのね…」

あー!解った!やればいいんだろうコンチクショウ!
阿求ちゃんの潤んだ目とか、赤らめた頬とか、柔らかそうな唇とか、細くて折れてしまいそうな繊細なうなじとか、荒い吐息とか、さらさらした綺麗な髪の毛とか、そういったものを意識しないように。
水を口に含み、丸薬を噛み砕いて、マシュマロのように柔らかい阿求の唇に俺の唇を重ねた。
無理をさせないように少しずつ、俺の口の中の薬を阿求ちゃんの口の中に移す。
だが、阿求ちゃんは途中で唇を離した。 少し苦しそうな表情で、虫の音のような小さな呻きと共にほんの少量の薬を全身の力で飲み下した。

スプーン1杯にも満たない量を、飲み込むのにあれだけの苦労が必要なのだ。
少し前から、食事も取れない状態だったに違いない。

酸素を求めて、喘ぐ彼女に俺は何も出来ない。 ただ、呼吸が落ち着くのを待つことしか出来ない。
微かに膨らみかけた胸が、細く荒い呼吸と共に上下する。

よく考えれば、寝た姿勢では物が飲み込みにくいのではないだろうか?
病院で、ベッドで食事はとっても完全に寝たまま食事を取ることなんて見たことがない。 まぁドラマや映画での知識だが。

そう思いついた俺は、阿求ちゃんの上半身を抱き起こした。
文字通り抱き合うような姿勢になったが、彼女の尊厳のためにも意識してはいけない。 弱々しく、だが確実に早鐘を打つ彼女の鼓動が手の平に伝わってくるがそれも意識してはダメだ。
ぎこちなく、苦痛を誤魔化そうと微笑を浮かべるその仕草も、当然意思の外に追いやらなくてはならない。
目を閉じ、あのマシュマロのように柔らかな感触の唇に俺の唇を再度重ねるのも、阿求ちゃんを助けるためであって決してやましい意図はない。
あの柔らかな髪が俺の額を撫で、擽るのは単純に物理的な問題であって変な意識をしてはいけない。
阿求ちゃんの口の中に、再度薬を送り込む。
口の中にずっと入れているため、俺の体温で生暖かくなっていることは良いことだ。 阿求ちゃんの身体に負担をかけない温度になっているはずだからだ。
決して俺の唾液が大量に混じっているとか、それを阿求ちゃんが必死に飲み込んでいるとか意識してはいけない。

また、阿求ちゃんが唇を離すと今度はお互いの口から糸を引いた。
いや、俺の唾液だと意識するな。 きっと水に溶けると粘つく薬なんだ。
そう主張したい所だが、俺の口の中は薬で満たされている。
阿求ちゃんの口の中も、今は薬が入っている。 お互い喋ることが出来ない。
こくり、と微かな音を立てて阿求ちゃんはその薬を飲み下す。
よかった。 先ほどよりは飲み込みやすそうだ。

口の中の薬も量が減ってきた。

あと少し。 ほんのりと熱気を帯びてきた唇に再度唇を重ねる。
口の薬が減ってきたためか、意識が接吻に近付いてしまうのを必死になって抑える。

この行為を接吻を捉えてしまえば早苗への裏切りになってしまうし、この行為を早苗と重ねてしまえば阿求ちゃんへの侮辱となってしまう。

重ねあう唇に、熱く滾るような感触がする阿求ちゃんの深呼吸するような長い鼻息が擽ってくるのは、薬を口に送るのに時間がかかっただけである。
息をするなと言える筈もない。 だから意味などないのだ。 邪な感情を抱いてはいけない。
唇を重ねたまま、こくり、と阿求ちゃんは薬を飲み込んだ。
その感触が俺の唇を伝い、全身を駆け抜けるような衝撃を感じたのは錯覚だと思い込まなければならない。

そのまま、俺は阿求ちゃんに唇を吸われた。
全身を駆け抜けた衝撃を、錯覚だと認識させるのに手間取ってしまっていた俺は、それを接吻と意識しそうになる。
そのため、そのまま薬を連続で飲もうとする行為であるという解釈が遅れてしまった。
そのタイム・ラグが阿求ちゃんを戸惑わせたのか、阿求ちゃんは舌を俺の唇の間に差し込んだ。
俺の唇が、あのマシュマロのように柔らかい唇ではない…微かにざらりとして、別の生き物のように艶かしく蠢くものに押し広げられ、蹂躙される感触を脳に伝えてくる。
早苗との接吻の感触をリピートしようとする俺の記憶と意識の繋がりを振り払おうと、全身に力を込めた。
結果は当然の如く、抱き留めた阿求ちゃんをさらに強く抱きしめる結果となる。

驚かせてしまったのか、阿求ちゃんの身体は強く、跳ねるように震えた。
だが、岩の様に硬く抱きしめてしまっていた俺の腕は、捉えている阿求ちゃんを逃しはしなかった。
結果、唇は未だに重ねられたままだ。
重ねたまま、阿求ちゃんは呼吸を整える。 密着した体が、線の細い阿求の体の輪郭をつぶさに伝えてくる。 荒い息遣いと、小動物のように早鐘を打つ鼓動の感触が、全身を伝わってくる。
そのリズムに流されようとする本能を、蜘蛛のように細い理性で繋ぎとめる。

か細い理性は、心で早苗を裏切らぬための誓いだ。 そのためなら、蜘蛛糸は世界最強の糸であることを証明してくれるだろう。

先ほどのように、阿求ちゃんが俺の唇を蕩けそうな柔らかい感触で吸い上げる。
脳髄を貫かれるような、甘美な刺激を意識の外に追いやり、殆どが唾液となった薬を阿求ちゃんの口の中へと送り込む。
それを飲み下す感触が伝わり、またも与えられる雷のような刺激を、ギリギリのところで気のせいと言い聞かせる。
阿求ちゃんは、最後の仕上げとばかりに俺の口の中に残った薬を求めて舌を差し込んで来た。
阿求ちゃんの舌が俺の舌をなぞるたび、俺の舌がその舌に絡まろうとするのを必死になって押さえつける。
ぬめぬめとした感触が、俺に背中を突き上げるような、脳味噌の奥底まで蕩けてしまうような快楽を与えてくることを否定し続ける。
阿求ちゃんの舌が、理性の糸を征服しようと俺の口の中を蹂躙する。

溢れる俺の唾液を、こくりこくりと喉を鳴らして飲み込んでゆく。

俺はそれから、決して煽情的な連想をしてはならない。
喉を鳴らして飲めるほど、回復したと考えなければならない。

そして、俺と阿求は重ねあった唇を離した。

部屋には、早鐘を打つ己の心臓とお互いの荒く乱れた吐息のみが聞こえる。
気まずい沈黙を許したことを後悔し、できるだけ柔らかな笑顔を取り繕って

「阿求ちゃん頑張ったね でも、これでぐっすり休めば治るから」

と、それだけ告げた。

「○○……」

「途中から飲み込みも早くなったし、効いてきたのかな? いや、流石に天下に聞こえた名医の薬だ」

「○○っ…!!」

その声は、確かに来た時よりずっと張りのある声だった。
ただ、悲痛さに変わりはなかった。

「お願い、一度でいいから私にキスをして。 私は、○○のこと、好きなの」

「ごめん、それは出来ない。 俺は早苗を裏切れないから」

これは、きっぱりと断らないといけない。
哀しそうに目を伏せた阿求ちゃんに、俺は――

「でも、阿求ちゃんの事は好きだよ。 一生懸命で、他人のために生きることを決めている 俺には真似できないくらい、強くて素敵な子だと思う」

「でも……」

「うん。阿求ちゃんは好きだけど、俺は早苗だけを愛しているんだ。 好きなのと愛するのは違う……気持ちに答えてあげられなくって、ごめん」

「あぁもう、そんなにハッキリ言われると未練も残らないわ。 悔しいわね」

薬の効果が、かなり現われてきている。 ただ、話すだけならあまり問題がなくなるほどに。
阿求ちゃんの目からこぼれる大粒の涙は、お互い気づかないフリを続けた。

「○○、これを持っていきなさい」

阿求ちゃんは、巻物を一つ俺に手渡した。

「私が知っている、流行神に当てられた人のリストよ。多分完璧だと思う――私が気付いたのは、獣人や妖怪には当らないらしいってことだけね」

「阿求ちゃん、まさか筆が持てなくなる寸前まで……」

なんて、芯の強い子なんだろう。
俺も、負けないぐらいに強くならないと早苗を支えられないかもしれない。
目標は高そうだ。










はぁ、○○君に謝らないと。
リグルは一方的に○○君を気に入っただけみたいだし……
まぁ、媚を売る立場だったのだから「気に入られるような態度をとるな」とは言えない。 命を落としかねないから。
だけど、リグルのおかげで概ね記憶喪失の内容は理解できた。実際に思い出したわけではないし、原因も解らないが、確かに私達は流行神を追っていたのだ。

○○君に何といって謝ろうか、と考えながら里に徒歩で入る。
(飛んで入らないのは、下から袴の中身を見られてしまうからだ。
見せパンとも言うべきドロワーズは、未だに恥かしくて履くことが出来ない。
空を飛ぶ奇跡が当たり前のこの幻想郷では、ドロワーズが女性のお洒落の必須アイテムなのだ。 私は苦手だけど)
一度里に入れば、守矢神社の巫女として凛としていなければならない。
つい、○○君と言い争いになったり○○君とベタベタしてしまうのは全部○○君のせいということにいておく。
歩いていると、稗田家から○○君が出てくるところだった。
可愛らしい当主が直々に送り出しているところを見ると、仕事でも頼まれたのだろうか? 外の世界の文章の添削とか。
折角の機会だから、私も挨拶をしようと玄関に近付いた。

「あ、東風谷さん。 今日は里にどのようなご用件で?」

「いえ、少し神託で里に買い物を。 山では揃わない祭具もありますので」

非常に元気が良さそうな御当主と、青ざめて何かに怯えているような○○君が対照的で少し可笑しい。
リグルの事は、もう怒っていないのに。

「さ、早苗!あの、色々すまん!」

「いいのよ○○君。 (リグルのこと)誤解だって解ってるから」

「早苗……(心はともかく物理的に阿求ちゃんと唇を重ねた)俺を許してくれるのか?」

「許すも何も、(リグルが一方的に想っているだけで)○○君は悪くないじゃない」

「早苗っ……!!」
「○○君……!!」

「あの~、玄関前で抱き合うのはちょっと」

あ、いけないいけない。 権威ある稗田家の前でバカップルされたら、当主としては不愉快だろう。
実際、守矢神社の境内でこんなことをしている他人を見たら……私だって今の当主のように怒りに震えた目で睨みつけることだろう。
当然、博麗神社でも守矢神社でも、私たちは前科があるのは棚に上げておく。
当主に非礼を詫び、○○君の家に向う。
情報をそれぞれ交換するためだ。

「――つまり俺が解ったのは、記憶喪失は慧音さんが歴史を食べたことが原因ってことと“本当の感染者リスト”があるってことかな?」

「私が解ったのは、その歴史を食べる力が完全じゃないってことかな?」

はぁ、困った。 大した情報にならない。
忘れてしまった中に、ピタリとはまるピースがあるかもしれないが…

二人で溜息を吐きあうと、外でざわめきがおきた。












「薬~ 置き薬はいらんかね~~」

「てゐ、そんなに大声で宣伝しなくてもいいじゃない」

「売りに来て宣伝しなくてどうするの? それとも鈴仙が声以外で客寄せする?」

まぁ、この点はてゐの言うとおりなのだが……目を合わせられない私が販売に行くのは、どう考えてもミスだと思う。 師匠のことだから、深い理由があってのことだと信じたい。
今、私のする仕事はてゐの声の波長を揃え、遠くまで届かせることだ。
里では疫病が流行っているためか、解熱剤が飛ぶように売れてゆく。
奇妙なのは、疫病が流行っているようには見えないことか?

「すいません、置き薬の新規契約をお願いできますか?」

「え?○○さん?」

この人は、そうか。 里に住んでいるのか。
狂気に当てられての事とはいえ、真剣に私の態度を案じる人間なんてまずいない。
師匠や姫は、まぁ例外。 月人だし。

「あの~?」

「あ、す、すいません。 新規契約ですね。 こちらにサインと必要事項のご記入をお願いします」

あ、里の中央近いんだ。 少し顔を出すには都合がわるいかも。
でも、私がお薬届ければ、またお話できるかな……?

「あの、例の人はみつかりましたか? 師匠、あれでも当てにしてるんですよ」

「例の人…? あ、そうか。永遠亭の……すいません、ちょっと一緒に席を外せますか?」

え? 個人指名で呼び出し? ちょっといいかな~とは思うけど、まだそんな……

「ここでは話しにくいんです。 こっちにきてください」

ま、まぁいいか。 てゐに任せれば……
危険はないと思うけど、というより○○さんの方が危険だと思うけど

・ ・ ・

「――すいません、歴史を食べられてしまって永遠亭でのことは覚えていないんです。 俺はどんな依頼を受けたんですか?」

ショック! あの牛女!

「この疫病への耐性がある人間の遺伝子を探して欲しい。 というのが師匠の依頼よ。 まったく、あのハクタクは事情を余計に複雑にして……」

「ひょっとして、この巻物役立つ?」

巻物とはまた古典的な。 波のコントロールで操作できる第13世代コンピュータが懐かしい。 古典的な第5世代コンピュータでもいいから、携帯機があると幾分か便利になるのに。
あ、地上では第5世代すら未完成だったか?

「どれどれ……って、これは患者/非患者リスト!」

これだけでは役に立たないけれど、師匠なら何か情報を導き出せるかも……

「ねぇ○○さん。もう一度永遠亭に来てもらえませんか?」













直感どおり。














――きれいな月夜
もう少しで、月はその全ての力を取り戻す
守矢神社で霊夢に負けたのも、こんな月が出る日だったっけ?

違う、あの日は完全に月が満ちていた。
だから、あの日とは違う

「こんな月夜に、こそこそお出かけなんて何のつもり?」

――博麗 霊夢

「お出かけとは心外ね、よい兎は家に帰るのよ」

「あんたには用はない。 用があるのは○○」

「お俺ぇ?!」

は? ○○君?

「○○君が何をしたのよっ!」

「知らない。 でも直感が○○を倒せって囁くのよ」

そんな電波な。 人のことは言えないけれど。

「○○さん、ここは私と東風谷さんで足止めします。 てゐと永遠亭に急いでください」

あ、電波兎に仕切られた。 でも、多分それがベストだ。
霊夢は性格的に間違いなく単独行動、つまり増援はない。
あの人懐っこそうな兎はどれ位戦力になるかわからないけれど、この兎は強力な魔眼がある。
――あれ? どこでその話を聞いたんだっけ?

「東風谷さん、勝つのが目的ではなく時間稼ぎが目的だと心得てください」

「解ってるわよ。 霊夢の反則的な強さは」

霊夢が袖に手を入れ、鋭く尖った武器を取り出す

兎が指で拳銃の形を作ると、世界が歪む

私が構えると、風が巻き起こった

「エクスターミネーション」

幻波「赤眼催眠(マインドブローイング)」

秘術『一子相伝の弾幕』













霊夢が突然俺を襲う理由は解らないけど、俺は全速力で逃げ出した。
早苗を置いて逃げるなんて情けないが、実力が違いすぎる。
早苗が俺に触れられないようにするなら、逃げる必要は全くない。風を巻き起こすだけで、俺は触ることすら出来なくなるのだ。

「ほらこっちこっち。いそいで」

「これでも、急いでる、つもり、なんだよ」

人間は、こいつをチビなろりろり兎と甞めることは出来ない。
見た目はそうでも本質は妖怪であり、俺のように全く特殊能力のない人間の身体能力とは雲泥の差なのだ。

それでも、視界の悪いこの竹林で見失わないのは彼女なりの気遣いがあっての事なんだろう。









「なるほど、解ったわ」

この不思議な医者は、患者リストの巻物を一読し、俺に2~3個の病気とは全く関係なさそうな質問をしただけでそう答えた。

「解ったって、何がですか?」

「疫病の媒介者と耐性遺伝子の持ち主の条件と霊夢があなたを襲った理由」

そこから解るって、何だそりゃ?

「病原体は、外界からもたらされた物よ。 ただ、もう外では人類自体が遺伝的に免疫を獲得しているから発症しない程度の弱い病原体」

「つまり……耐性遺伝子ってのは、最近外から来た人間なら誰でも持っているって事ですか?」

そういうことね、と不思議な女医が微笑んだ。

なるほど、どおりで俺や早苗が発病しないわけだ。

「あれ? それと俺が襲われるって関係あるんですか?」

もし、耐性持ちが襲われるなら俺だけじゃなく早苗も名指しされていいはずだ。 他にも里に外から来た奴は何人かいる。


「あなたがこの病原体を持ち込んだ流行神だからよ」


「な、なんだってぇー!それは本当かキバヤシ!!」

「私はキバヤシじゃなくて永琳よ」

「そこで冷静になるなよ山岡っ!」

「見知らぬ他人に命を奉げ、主の心の支えとして永遠を生きた忠義の執事ね。 悪い気はしないわ」

「そっちの山岡じゃないっ!」

いかん、取り乱した。
纏めると、俺が幻想郷に来たときに疫病を持ち込んだから、耐性のない幻想の住人がバタバタ倒れた

流行神=疫病をもたらすもの=俺

なるほど。 つまり流行神を倒せば疫病は治まるって……俺か。

「で、俺を倒さず疫病を駆逐できる薬の完成はいつですか?」

「必要量が完成するのは55時間10分32秒……30……28……」

細かすぎる
二日とちょっとか。 霊夢から逃げ切れるか? 無理かも

「すいません、何日か泊まっていいですか?」

「薬の精製機械が壊れたら、責任を取ってもらえるのかしら?」

「むりですごめんなさいありがとうございました」
















「エクスターミネーション」

大奇跡『八坂の神風』

狂夢『風狂の夢(ドリームワールド)』

全ての符は、切り尽くした。
お互いもう後がない。
手は尽くした。 やれるだけの事はやった。
霊夢を攻め立てる、物理的な暴風も、精神世界の暴風も何の意味もない。
霊夢の放つ符術が袖を引き裂き、肌を強かに打ち、袴を針が撃ち貫く。
私は人間だから、手加減されている。
鈴仙に張り付いた符は、じゅうじゅうと肉が焦げる嫌な音を立てている。
彼女の身体を貫いた針は十数本位も及び、まだ数本は身体に突き刺さったままぷらぷらと揺れている。

私が宣言した符は、これで最後。
鈴仙が宣言した符もこれで最後。
霊夢は、最初の符…スペルカードですらない符しか使ってはいない。
一撃たりとも、有効打を受けていない。

さらなる符が胸に直撃し、一瞬気が遠くなる。
だが、周りを見るとそれが一瞬ではなく数秒であることに気付かされた。
地面に激突する寸前で、鈴仙に抱えられたのだ。

「あぁ私たちの負け負け。 ○○を追ったら?」

「今更だけど、あんた達知り合いだったの?」

「いや、全然」

霊夢と鈴仙が、軽口を叩く。
そしてそのまま、霊夢はどこかに飛んでいってしまった。

「弾幕ごっこは、もっと適当なところで切り上げないと。 立てる?」

「何とか。 少し痛むけれど……」

突き刺さった針を抜きながら、鈴仙は私を気遣ってきた。
どうみても、鈴仙の方が重症だ。

「あー、どうせ永遠亭に帰ればこんな傷すぐ消えるし、人間よりはずっと丈夫だから気にしないで。 それより早苗の方は? 霊夢のことだから折ったりはしてないと思うけど」

「私も大丈夫、打ち身だけ」

○○君がまだいる可能性もあるし、ということで鈴仙と私は永遠亭に向った。



















「ハァイ霊夢!」

「何? かぐや姫が現われるには、今日の月は一日早いわよ」

「あぁ、そんなの関係ないわ。 永遠と須臾の前では一日なんて誤差でしかないの。 大体ここは私の家よ」

「私の家から出てくる人に言われたくないわ ところで○○はどこ?」

「○○なんて知らないわ」

「そう。 じゃぁ勝手に探すわね」

「待ちなさい」

私は、かつて解かれた過去の難題ではなく、装いも新たな4つの新難題を手に取った。

「私のイナバをひどい目にあわせたんですって?」

「邪魔をしたから、御頭祭にしただけよ だいたい、どこで聞きつけたの?」

「イナバが話してくれたわ」

「どのイナバよ。 ひょっとしててゐのこと?」

「そうともいうわね」

「てゐのいうことを鵜呑みにするなんて、幻想郷狭しとはいえあんただけよ」

む、その言い方にはすこしカチンときた。
あの子にはあの子の、いいところがあるのだ。

「○○は知らないけど、イナバの腹いせに邪魔してあげるわ」

「だからイナバじゃわからないって」














また、あの黒髪の白兎に連れられて竹林を走る。
早くしないと霊夢が来るぞ、と何度もせっつかれた。

「ここから出たら、どこにいけばいいんだよ」

「ん、情報料ちょうだい」

「無理」

「竹林から外は有料サービスとなっております」

「お前、腹黒ってよく言われるだろ?」

「あぁひどい!そんな酷いことをいわれたのは初めて。だから慰謝料ちょうだい」

わけもわからず逃げ出した時より、状況がつかめた俺は多少落ち着いていた。

「なぁ、俺って里に戻って大丈夫なのか?」

「ダメでしょ」

取り付く島もない。
だが案内は正確で、ほどなくして竹林の外についた。

「あー、なんだ。 ありがとう」

「そうそう、最後に本当の事を言うわね。 私が永遠亭を出てから今まで、言った事は全て嘘だから」

「あぁ、わかってるよ」

その兎は、ぴょこぴょこと竹林に消えていった。
ま、慰謝料を請求されなくってよかった。 しかし、嘘がスキとは困った性分だ。
まして、全部嘘なんて逆に労力を――
全部? ということは、里に戻ってはいけないのも嘘か?
確かに考えればそうだ。 戻ったところで既に保菌者でいっぱいなのだから関係ない。
そして、俺自身は発病もしない。

霊夢も、里の中で大立ち回りなんて出来ないだろう。 メリットだらけだ。









あと少しで満月だ。
ハクタクとしての血が、じりじりと目覚めの時を待っている。
真実を知るのが、いや、知ってしまうのが恐ろしい。
もし、私の推察どおり○○が流行神だったのなら、私は
○○を――

















「只今戻りました」

石畳を踏むことなく、本殿に舞い降りた。

「早苗か、どうだった?」

「私としたことが、白沢に惑わされて流行神を失念してしまったようです」

「なんだ、流行神に味方するとは白沢らしくない」

「いえ、病魔に侵された人々の疫病を食らっているようです」

「悪食だな。 趣味が悪い」

「別に好物じゃないと思うよ~? ミシャグジは食べても美味しくないもん」

「諏訪子……食べたことあるのか?」

「具体的には臭くて苦い~」

「えっと……実は流行神を打ち倒す知恵を拝借したいのですが」

「一筋縄ではいかない相手なの?」

「実は、流行神の正体は――」










人気のない丘で、私は満月を待っていた。
ハッキリ言ってしまうと、わたしは満月が嫌いだ。
抑えきれぬ獣性程度なら、天命として諦めよう。
吐き気を催すのは、全ての知識だ。
人は知りたいことより、知らない方が幸せの物事の方が圧倒的に多い。
いつも笑顔で挨拶してくれる優しげな隣人が、秘密結社として私の誹謗中傷で啓蒙していたり、本人が記憶を封印してしまうほど思い出したくもない、吐き気がする絶望の幼少期を知ってしまったり
惚れた相手が、私でない女性にどのような愛の言葉を囁くのか知ってしまったり
知りたくもない知識で、頭が満たされる。
幼い私が首に刃物をつき立てようとしたとき、止めたのは両親だった。
人の美しさを見せられた。 人の気高さを知らされた。
醜いヘドロの海に埋もれる、月の輝きにも負けない煌きの宝石が、あることを知った。
それから、わたしは私も人も好きになれた。
でも、醜いヘドロを感じる事は今でも否定できない。

月光が、天から降りてきた。
頭部に、じりじりとした痒み、それが痛みへと変わり、頭の中にまで引き裂かれるような痛みが貫く
全身に背骨から引き裂かれるような痛みが始まり、肉体そのものが変質する。
ばさりと、スカートから尾が垂れた。

流行神を思い浮かべると、やはりそれは○○だった。
予想通りだった。 だが、信じたくなかった。
でも、それは自らが呪う能力によって証明された。

○○が幻想郷に来たという歴史を、私の手で塗りつぶせば
それで、全てが終わる。
誰も○○が消えたことを知らない。 ○○がいたことさえ覚えていない。
傷つくのは私だけで済む、痛みの少ない方法だ。

「やっと里から出てきたわね、この牛」

見上げると、そこには霊夢がいた












直感。 慧音はやばいことをしようとしている気がする。
私には、それだけで十分な理由だった。
慧音の鳩尾に、全力で払い串を突き立てる。
口から、霊気のようなものが漏れたがあれが歴史なのかもしれない。
なし崩し的だが、萃香が宴会をやらせたときのような格闘戦。

「仕事中、お邪魔するわよ。 さて、どんなお仕事やら」

「歴史は重く、苦しく、犠牲の上に成立つもの。 見ない方が身のためよ」

何度も打ち合い、鎬を削る。
慧音の方が、今は妖怪の力もあるし身体能力は間違いなく上。
こちらは、相手のペースに持っていかれないように、間断なく攻め立てるのが上策だと思う。
スキのあるほうに、弱そうなところに打ち込み続ける。
だが、中々倒れない。









速い、と思ったが全く違う。
短距離瞬間移動を、何の意識もすることなくこなしているのだ。
腹部に打撃を打ち込まれるたびに、食べ過ぎた歴史が少しずつ漏れてゆく。
霊夢は知ってか知らずにか、執拗に腹部を攻め立てる。
霊夢が一撃入れるたびに、戻された歴史が里を襲う。
あぁ、今の一撃で花屋の娘が病魔に倒れた。
背後からの一撃で、霧雨店の店主が病魔に倒れた。
振り向きざまに放った裏拳に入れられたカウンターの肘が鳩尾にめり込み、大工の棟梁と寺子屋の子供が病魔に倒れた。
もうやめてくれ、霊夢。 おまえは里の人間を殺したいのか。
必死になって、力任せに腕を振るう。
肩から、霊夢めがけて突撃する。
一撃一撃、霊夢に触れはするが、まともに入る事は少ない。
一か八かと、上から飛び掛った私の鳩尾に霊夢のサマーソルトの爪先がめり込んだ。

「なんだ、慧音が流行神の歴史を消していたのね」

あぁ、いまので霊夢の歴史が戻ったらしい。
残念だ。 このまま幻想郷は流行神によって滅ぼされてしまうのか。
私はもう、戦える力も残っていない。

あぁ、唯一つ。
○○を流行神として倒す方法があるか……
きっと、早苗は――悲劇の結末を……














心得た。
ミシャグジとしての責務、存分に果たしてまいろう



















大量の人々の気配で目が覚めた。
いや、気配とは呼べない。 これは熱気だ。
火事でも起きたのだろうか? 眠い目をこすりながら、俺は表に出た。

ひと ひと ヒト ヒト ヒト ヒト 人  人  人 人 人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人!!


まさに、黒山の人だかり。
松明を手に、人が集まっている。
その視線は、例外なく俺を注視していた。

「この者はっ!!」

聞きなれた、外の世界から聞きなれた声が夜空に鳴り響く。

「流行神を内に宿した者なり!!」

突然のカミングアウトに驚く。
でも、早苗が知るのは不思議じゃない。 永遠亭に行けば聞けることだろう。
だけどそれは、俺が――

「流行神を打ち倒す儀式を、ここに始める!!」

オオオオォォォォォォォォォォ!!!

――ものすっごくヤバいんじゃないかい?

次の瞬間、俺は群衆の中に飛び込まされた。
具体的には、ミシャグジさまに。

「流行神きたぞおぉぉぉぉ!!」
「ぶち倒せえぇぇぇぇ!!」

くない弾やら楔弾やら、あらゆる弾が俺の周囲を囲む

――避ケ切レ、○○。 空ヲ舞ウ奇跡ハ与エテヤル

「いっ……斑鳩Hardのドットイーターの意地を見せてやるぅぅぅ!!ちくしょおぉぉぉぉ」







幻想郷は、奇跡で溢れた世界だ。 その辺の子供も飛びまくるので、空が舞える程度じゃ逃げ切れない。
空高く舞えば、狙ってくれといっているようなもの。
里の中を縦横無尽に飛び回り、誤魔化すために駆け、忍び、安全な場所を探す。
あ、そうだ。阿求ちゃんなら助けてくれるかも。
一縷の望みをかけて、稗田家の塀を飛び越えて阿求ちゃんの書斎の窓を叩く。

「阿求ちゃん、いるかい?」

「○○? どうしたの?」

「実は面倒なことになって。 そこの雨戸を開けてもらえる?」

「すこし、待ってて」

あぁ、頼れるのは友人だ。
そう、潤んだ目で俺に告白してきた――て、思い出すな俺!

―――カシャン

「鍵は外したわ」

「ありがとう」

――ガラッ

「助かったよ阿――」

「えいっ☆!」

こん、と軽い音を立てて俺の頭に硬いものがぶつかった。
携帯……電話?

「阿求がファーストストライクですよー!!」

な、なんだぁ?!

「では使用人の皆さん!!続けてどうぞっ!!」

「「「「「「「「「応!!!!」」」」」」」」」

「あ、阿求ちゃん裏切ったなぁぁっ!!」

またも弾幕に囲まれ、大急ぎで離脱する。
ダメだ、里には戻れない…



なんとか、外に逃げきって一息つくとがさり、と物音がした。
人間? いや、今は夜の里の外だ。 すると動物……だといいんだけど。
そこにいたのは――

「リグル? あぁ、怪我してるじゃないか」

「○○………先に恋人がいるって言えよぉぉぉぉぉぉ!!」

ま た こ こ で も 弾 幕 か よ っ !!
って身に覚えないぞっ!! 口説いてないぞっ!
しかも唐突過ぎるぞ!!







ふぅ、危なかった。
つ、次は永遠亭の方に……って、1人じゃ行けないなあそこ。
あっ!あのウサミミは……

「れ、鈴仙さん。助けてください」

「無理よ。○○は里に帰って。 それがあなたの為でもあるの でないと……」

うわぁぁぁ!もう弾幕はいやだぁぁぁぁ!!


 










だめだ、このままじゃ死ぬ。
何とかしないと……

「あの~、○○さんですか?」

突然声をかけられ、驚いて振り向くと和服の女性が佇んでいた。

「えーっと、どちらさまでしょうか?」

見覚えのない女性だ。 里の人間ではないのかもしれない
だけど、名前知ってるみたいだし……

「先日、私の従者があなた様のお世話になりまして」

伝聞…? さて、なにか覚えがあっただろうか?

「あなた、というより流行神に、でしょうか」

「あんたもか、あんたも弾幕なのかっ!?」

「大丈夫、私の弾はゆっくりだから~」

くるりとその場で舞うと、光の蝶が周囲を舞った。
その姿は幻想的でとても美しかったが

蝶に触れた木が、一瞬で枯れ木になったのを見て脱兎の如く逃げ出した。













結局、里の外は危険すぎた。
尻尾を巻いて戻ってくると、里の人たちが弾幕で出迎えた。

――覚悟ヲ決メロ 反撃スル外ニ 道ハナイ

「いやいやいや! 傷つけたくないんだよ!」

――愚カ者メ 戦ノヤリ方トハ コウスルノダ

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

崇符「ミシャグジさま」













交差弾が、里の人たちを打ち倒した。












俺の周りを、早苗が、霊夢が、慧音さんが取り囲む。
最初は慧音さんも霊夢もいなかった気がしたのだが、俺が里から逃げている間にやってきたのだろう。

三人は、ミシャグジが張り巡らせる交差弾を潜り抜け、的確に俺の体力を奪うべく弾幕を打ち込んで来た。

――絶望ニ ソノ顔ヲ 歪メヨ

ミシャグジの咆哮と共に、弾幕の隙間が激減する。
針で縫うような、細密な隙間を潜り抜ける3人の少女は、それに絶望することなく俺を打ち倒そうと弾幕を切り抜けてゆく。

そして、俺は里に堕ちた。
















街の広場に堕ちた俺を、ぐるりと里のみんなが取り囲む。
霊夢が当然のようにすたりと
早苗が袴を恥かしそうに押さえながら俺の横に着地する。

二人の巫女が、シンクロするように舞を始めた。
完璧に息の合ったその舞は、群集をただ沈黙させた。
美しいと、言葉にするものはいない。

俺はその中、じっと早苗を見続けていた。
早苗に止めを刺されるなら、割と悪くない。
だからせめて、早苗の全てを目に焼き付けてから逝きたい。

舞が終わり、俺に祭具が突きつけられた。

「「我ら、流行神を調伏せん」」



















「いやぁ、お祭りはいいわねぇ~」

「諏訪子、金魚すくいの金魚を食べちゃダメよ?」

「食べないわよ!! 神奈子こそ飲みすぎちゃだめだからね~」

「今飲まなくって、何を飲むのよ」



「○○君が、流行神ってわかった時はどうしよかと思った」

「あぁ、私も戸惑ったよ」

「まぁいいじゃない。 楽しめたでしょ?」

「流行神を倒すのを、里の人まで巻き込んだでかいお祭りに昇華した……というのは俺にも解った。 でもここまでやる必要は――」

「ごめんなさい。 でも八坂様と洩矢様が、やるなら大々的にやれって……」

「遊んだ後の酒は格別ね」

「霊夢、飲みすぎて醜態を晒すと信仰心が……」

「酔っ払うのも巫女の仕事なのよ」

まったく、先ほどまであんな極悪弾幕を避けてた3人には見えない。
里の人も、軽いショックだけで済む威力だったらしい。
つまり、ミシャグジもこの祭りに1枚噛んだ訳だ。
最初は関わらないと言っていたのに、祭りになると聞いて無理矢理洩矢様が噛ませたとか。 やはり神は気まぐれだ。

ちなみに、俺が流行神を持ち込んだのではなく、流行神に利用された立場という事になっている。

「あっ! 永遠亭に頼んだ薬、明後日完成だ! もう病気の人居ないよ、どうしよう!?」

「もういいじゃない。 竹にあげれば、丈夫な竹ができるかもよ?」

幻想郷は、今日も明日も大騒ぎで平和だ。



















号外!! 文々。新聞

ショック!! 九代目阿礼乙女 稗田 阿求 結婚秒読み?!

○月×日
先日の人里の流行り病で、阿求氏が倒れたという情報を元に、張り込みを行なったところ○○氏(××歳:男性)が看病に訪れた。
○○氏は、使用人の反対を押し切って立つことも叶わなくなった阿求氏の看病に挑み、なんと医者も匙を投げた病気を回復に導いた。


こ れ が 、 そ の 決 定 的 瞬 間 の 写 真 で あ る 。


このことを、阿求氏にインタビューしたところ
「詳しい事はお話できませんが、唇にだけ、まだ感触が残っています」
というコメントを頂いた。
○○氏は、このような看護を長時間に渡って行ない、回復させたのだという。
このような方法で治せるとは、 愛 の 奇 跡 と呼ぶほかはない。
奇跡といえば、守矢神社の巫女。東風谷 早苗氏は奇跡を起こす力があるという。
二人が結婚する時は、ぜひとも早苗氏に式を頼むことをお奨めしたい。












「これは、どういうことかしら? 説明していただける? 説明していただけるのよね私!?」

「うわー!早苗落ち着けっ! 男は古来より心と下半身は別物だといってなっ!」

「やめて!八坂様放してっ! どうゆうことなのよぉぉぉ!!」

「まぁまぁ、落ち着いてよ早苗ちゃん~。 まだ結婚なんて決まってないわ~」

「まだ? まだってなんですか洩矢様ぁぁぁぁぁ!!」

「それは、もう。 愛の結晶がでk」

「あの、すいません神様方、全然フォローになってません」



「あのー、阿求ですけど~」

「阿求?!こっこの泥(むぐむぐむぐ~)」

「おぉ、この前の祭りでは、ファーストストライク賞を取られたそうで。愉しんでもらえたかしら?」

「はい、とても愉しませていただきました」

「はぇ~、可愛い子だね~」

「いえいえ、私などとても……今日は○○と早苗さんにお話があって来ました」

「阿求ちゃん、あのゴシップ記事を否定してくれるんだねっ」

「えぇ、ただ乙女の貴重な
フ ァ ー ス ト キ ス
を、薬の口移しで
何 度 も 何 度 も 繰 り 返 し て
失ってしまいましたが、命の危険があったので仕方ないんです。
私、 ○ ○ の こ と 好 き だ し
それでも、いいかなって。
○○は、本当に早苗さん一筋ですから。
私は、途中から完全にその気になっちゃって
貪 る よ う に 唇 を 吸 い ま し た が
○○は、それに反応してくれませんでしたから」

「(事実、事実だけど! 声のトーンに作為的な何かを感じるっ!!)」

「私が告白しても、早苗さん一筋は揺らがなかったです
でも ゴ シ ッ プ 記 事 は 困 る ん で す よ ね
ほら、 稗 田 家 っ て 名 家 で す か ら
だから、いっそ 新 聞 記 事 を 本 当 に し て し ま い ま せ ん か?
き っ と 信  仰  心  も 集 ま り ま す よ」

「だ、だから俺は早苗一筋だって――」

「信仰心、か……」

「や、八坂様!今ちょっと心揺らぎませんでしたか!? 八坂様――」

――END――






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最終更新:2010年05月10日 21:03