「資料に手が届きません」


 四季映姫・ヤマザナドゥは背が低い。
 幻想郷の閻魔たる彼女は常に仕事に余念が無く、過去の資料を閲覧することも少なくない。
 うず高くそびえる資料棚の前でうんうん唸る姿は、それなりに定番のものである。


「そうか」


 と答える彼は背が高い。
 映姫に付き従う者にしては、あまりに態度がそっけない。
 元は冤罪で死罪にされた男であり、映姫によって見出され、今の任についている。

 それなりに信任も厚い。
 しかし、朴念仁で口の利き方を知らない。
 無表情で愛想も無い彼に、映姫はため息をつく。

「そうか、ではありません。こちらが恥を忍んで現状を伝えてているのです。そこをあなたが気を利かせてどうにかするのが、今のあなたに出来る善行です」

「あつかましい発言ではあるな。まあいいだろう」

 映姫にとって、彼の言動は分かりきったものである。
 それが分からないほど、付き合いは短くない。
 というよりも、彼の反応は分かりやすい。
 故に自分から念を押す必要があったのだ。

 映姫の発言に一つ頷いた彼は、彼女の両脇を抱えて持ち上げた。
 その様を客観的に見るに、『高い高い』の姿に間違いは無い。

 もちろん、映姫はそれに気付いた。

「ちょ、ちょっと、何をするんですか!?」
「資料を取る手伝いをしろと言ったはずだがな」
「もう少し気の利いた方法を考えなさい! これでは辱めを受けているも同然です!」
「そうか」

 頷く彼は、抱え上げた映姫を、今度は自分の両肩に乗せた。
 今度は、いわゆる肩車である。映姫は顔を真っ赤に染めるが、彼は表情一つ変えない。

「あ、な、た、は!」
「何が文句かは知らんが、早々に資料を取れ」
「少しは物を考えなさい!」
「あまり暴れるな。支えきれんぞ」

 肩車の体制で映姫が暴れ、反動で彼は体制を崩した。
 背中から資料棚にぶつかりよろめきかけ、さらに勢いで映姫がバランスを崩す。

「ひゃあ!」
「く!」

 しかし、彼は映姫を落とすまいとしっかりと掴もうとする。
 そして無理にバランスを整えようとして、なぜか一回転。

 映姫と彼は向かい合わせの肩車となってしまった。

「な、な、な、なぁああ!?」
「資料は取れたのか?」

 慌てふためく映姫に対して、彼は依然として気にするそぶりも無い。
 もっとも、先ほどの一回転で若干首を痛めていたりもする。

「何をやってるんですか、二人とも?」
「え、ひえ! 小町!?」

 突然声をかけたのは小野塚小町。映姫の部下でサボり癖がある死神である。
 そんな彼女がサボりもせずに映姫の元を訪れたのは、ある種の不幸だった。

「ふむ。映姫が資料に背が届かぬから助力を乞われた」
「あ、え、そうなんで? それがなんでそんな……」

 向かい合わせ肩車になっているのか……?
 そんなこと、誰にも答えられなかった。
 冷静な彼にしても、偶然としかいえない。

「小町。映姫に何か用か?」
「あ、ああ。次の裁判の日程でちょっと話があったんだけど」
「のんびり話していないで、もう降ろしなさい!」

 恥ずかしさのあまりか、映姫は彼の頭を離すようにぐいぐいと押さえつける。

「待て、その前に資料は取れたのか?」
「あなたの呼吸がこそばゆくてそれどころではありません!」
「なるほど。ではしばらく息を止めておこう」
「そういう問題ではありません!!」

 ぐらぐらとゆれる肩車。それを呆れて見守る小町。
 
 そして……。

「あ」
「え?」


 映姫の必死の抵抗が、彼と映姫のバランスを致命的にそぎ落とした。
 ひと一人といえば、口には出せないがそれなりに重い。その重みが一点に集中すれば重心は当然持っていかれることになる。

 ただそこに倒れるだけならまだしも、幸か不幸か、映姫は運動神経が悪くなかった。とっさに体は受身の体勢を取るも、若干強張って足に力が入った。

 彼にとっては不幸以外の何物でもなかった。


「きゃあ!」

 と、映姫は悲鳴を上げた。


 同時に、ごりっと、可哀想な音が響いた。





[WikipediAYA]
 
・フランケンシュタイナー

 相手の頭を両足で挟み込んで後方に回転し、自分の頭を振り子の錘のように使って後方に倒れこみ、自らの脚力で相手の上半身を前のめりにさせて頭部をマットに強打させる技である。








「本当に申し訳ありません」

 深々と頭を下げる映姫の姿に普段の威厳は無い。
 もっとも、威厳など彼にとってはあろうがなかろうが関係ないことなのだが。
 彼の首に医療器具が巻かれている姿が痛々しい。

「問題ない」

 そう答える彼の顔に表情は無い。
 とはいえ、無表情なためどんな心証なのか分からないが、今はただ不機嫌にしか見えない。

「気にするな。ただの事故だ」
「そうもいきません。こうなってしまったのも私のせい。ひいては小町のせいでもあります」
「え! 私もですか!?」

 閻魔としての発言ではないだろう。
 彼女とて、個人としてこの二人のことを認めている。そのことを受けての発言だ。それくらいは気心の知れているものである。
 もっとも、気心が知れていても許せないものはある。

 一通りの謝罪を終えた映姫は、少しばかり表情を変えた。

「さて、謝罪は済みましたし、説教です」
「うえ! あのぉ、わたしは……」

 恐ろしげな気配を察し、先の話の撤回も投げ捨てて小町は退散を決意した。
 が、映姫は小町に答えずに説教を始めた。

 ○○に。

「そもそも、女性を一人、あんな形で抱え上げるとは何たることですか!」
「ふむ、そうだな。確かに配慮が足りなかったか」

 映姫が彼に説教する場合、状態は二つのパターンに分かれる。
 一つは、彼が何もかも素直に受け入れること。概ねがこのパターンであり、説教もすんなりと終了する。


「む、本当に分かっているのですか?」
「ああ。確かにあのやり方では、高さが足りない」
「違います!!」


 そしてもう一つのパターン。
 映姫が何を理解して欲しいのか、彼に分からない場合である。
 往々にして朴念仁たる彼には難しい、デリカシーの話しになると、その説教の長さは小町が受ける説教の非ではなくなる。


「ふむ。映姫の体格ならば軽いと判断したのだが。小柄で細身な体つきだからな」
「ば、馬鹿にしてるんですか!!」
「しかし、俺の腕力が足りなかったようだ。映姫の体重を支えるのに、俺の腕力は非力だった様だ」
「し、失礼です!! しかも、そのあなたの方法を考えてみるに、さらに女性への配慮が欠如しています!」
「優先順位の問題だがな。映姫が仕事を大事にしているのは理解しているつもりなのだが」
「今、私が求めているのはそういう理解ではありません!」


 説教というよりも口論というべきだろうか。
 立ち会う小町は、これが映姫流のじゃれ合いの一種だと勝手に理解している。
 もちろん、こんなもが通用するのは彼くらいなもので、小町には無理だと理解している。


 なぜかこの説教には小町が立ち会う場合が多い。
 そして、口論に止めをさす場合も。



「そもそも、映姫さまが飛べばよかったんじゃないですか?」
 


 言わなくてもいいことを言う。
 
 言われた映姫は、目を白黒させ、次には真っ赤になり、そして次には小町にターゲットが移るのである。


「わ、私はぁ! この○○に配慮というものを説かないといけない立場にあるので! つまり! 私の平常の所作からそういった事が理解できるように常日頃から!」
「なるほど。俺は試されていたわけか」


 生真面目な性格の彼は、その言葉を素直に受け止める。
 こんなことばかり素直にならなくてもいいのにと。


「それで、俺は何を試されていたのだ?」
「あ、な、た、はぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」
「映姫さま! ちょっと、それはマズイですよ! けが人ですよ!」
「ええい! 話なさい! 今日こそは我慢なりません!」
「何を怒っているのかは知らんが、少しは落ち着け」
「こここここここここ、このぉぉぉおおお!!」

 
 彼が映姫の話の内容を理解するのは、かなり先になりそうである。








[閻魔日誌]

 ○月×日


 全く、彼には困ったものです。
 真面目で有能なのに、一方では欠点を多く持ちすぎています。しかも、改善する気配が見られないのがさらに悩ましい。
 そもそも、女性に対する配慮というものが致命的に欠如しています。これは罪といっていいのではないのでしょうか。
 これでは、安心して身を預ける事が出来ません。


 ……仕事上の話ですよ?


 とにかく、私の補佐として仕事をしてもらうに、いろいろと理解してもらわないといけない事が彼には多すぎます。
 そのためには、私自らの手で彼に分からせる必要があります。
 絶対に分からせてみせますからね!

───────────────────────────────────────────────────────────

前回のあらすじ

投符「ネックブレイク・フランケンシュタイナー」






登場人物

四季映姫・ヤマザナドゥ
 お堅い閻魔の裁判長。背が低い、スレンダー、つまり未成熟。

小野塚小町
 サボり気味の死神。背が高い、グラマー、きゃん。

○○
 閻魔様の補佐。生真面目、朴念仁、そんなモニターの前のあなた。










「小町!!」

 突然の怒鳴り声が裁判所内に響いた。
 小町は驚いて強張る。

「な、ど、どうしたんですか映姫さま。さ、サボってませんよ!」
「そんな事では有りません! 一大事です!」

 そんな事ではない、と言うのは映姫らしくない台詞だ。
 誰より仕事に真面目で熱心な彼女だからこそ、サボるなどといった発言には過敏に反応する。
 しかし、今はそれどころではないらしい。

「なにがあったんですか、映姫さま! 落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられるものですか! いいえ! 私はこれでも落ち着いています!」
「ですから、なにがあったんですか!」
「罪人です! 悪人です! 卑劣です! 悪漢です! 痴漢です!」

 要約すると、

「わ、私の、ブラジャーがなくなりました!!」







「……映姫さま…………、ブラジャーしてたんですか?」
「小町、後で説教をしてあげましょう」
「あ、いえいえ! そうじゃなくて! なんでそんなものがなくなったんですか!」
「日ごろの行いを今一度見直す意味も含めてみっちりしてあげます」
「そ、そんなぁ……」

 少し落ち着いたのか、映姫らしさが戻ってきたようだ。

「私がシャワールームに入った後なくなっていました。その間になくなっていたのです。とても由々しき事態です」
「映姫さま。またここに泊まったんですか?」
「そんな事、今はいいです! 兎に角、この事態はここ裁判所に不逞の輩がいる可能性を示唆する恐るべきものです! 即刻、裁きを与えなければなりません!」
「う、え? そんな、まさか映姫さまの物を取るなんて命知らずがいるなんて……」
「小町。あなたはその不逞の輩と一緒に説教をしてあげましょう」
「そんなぁ……」

 口は災いの元。言わねばいいことを言ってしまうのが、小町の小町たる由縁なのだろう。
 さて、憤然としたまま映姫は勢いを収めぬまま、さらに言いよどんだ小町をおいてどこかへ行ってしまった。

 小町はその後姿を見て不安を禁じえない。

「誰も死なないといいんだけど……」

 死神として、仕事が増える事を憂いているのか、判別は難しいところである。



 ところで誰も気にしていないが、映姫は現在……。


 










 ○○は仕事をしていた。

 映姫が泊りがけで仕事をしている事も知っている。
 それは自分の補佐が足りないと自戒した彼は、映姫があらかじめやるであろう仕事の事前準備など、補佐たる勤めをこなしていた。

「○○! ここにいたのですか!」
「映姫。館内を高速飛行するな」
「そんな事を言ってる場合ではありません! 不逞の輩がいます! 見つけ次第確保しなさい!」
「ほう」
「では、私は次へ行きます!

 あっという間にまくし立てると、映姫はあっという間に飛び去ってしまった。
 あまりに急ぐあまり、横向き飛んでしまっているのだが、彼は気にしなかった。

「不逞の輩だと。なるほど。早々に始末を付けた方がいいだろう」

 そうしなければ映姫の仕事に差し支える
 彼が考えているのは、それだけだった。

 





「小町」
「あん? ああ○○。どうしたんだい?」
「不逞の輩が進入したと聞いた。誰も見ていないか?」
「いや? 怒りっぱなしの映姫様ぐらいしか見てないね」
「なるほど、由々しき問題だな」

 彼は重々しく頷いた。
 その手には何かが握られている。

「○○」
「なんだ?」
「そいつはどうしたんだい?」
「なにがだ?」

 小町が不安げな眼で見、指差しているものは、なんとも可愛らしい布地の、女性着衣だ。

「これのことか?」
「あ、うん、それ」
「落ちていた」
「落ちてた!?」
「ふむ。この件も含めて、映姫に報告しようと思うのだが。これは映姫のものだろう?」

 小町は思った。
 この男、死ぬな、と。

「あんたが持ってたら、多分とんでもない事になるから、あたいに貸しな。こっちから返しとくから」
「何故だ? 俺も用事がある。問題ない」
「問題ありまくりだよ! 良いから貸しな!」

 半ばひったくるように、小町は彼の手から取り上げた。
 ブラジャーを。

「……これ…………は、……また……」

 よく開いてみれば、悲しいかな子供サイズ。
 彼女自身は大人、しかしして子供ではない。つまり大人は大人の下着を着用しなければならない。例え、子供サイズでも……。
 映姫がここにいれば、おそらくそう言うだろう。
 矛盾しているが。

「なんだか、可哀想になってきたよ」
「何がだ?」
「あんたは何も考えてないねぇ」

 そう彼を揶揄しながら、手に取ったブラジャーを自分のサイズと合わせてみた。

 現実は、やはり非道である。

「これは……、やっぱり……」
「やっぱり、何ですか? 小町?」

 死亡宣告に近い声が、小町の背中から聞こえた。
 小町は思わず「ひぃ!」と、小さな悲鳴を上げた。

「映姫。丁度いい。この下着の事だが……」
「○○。あなたには失望しました。あなたがこのような不逞を働くとは…………、嘆かわしい」
「……何を言っている」

 彼には理解しがたかった。
 そもそも、彼は下着を盗むものだと考えてはいない。故に、映姫の発言の人物と自分が直結しなかった。

「あなたが、その、女性の下着に興味を抱くような男だと言うのは、正直意外でした。いえ、男性としては、ええ、興味を抱く方が自然ですね。ええ、その方が男性らしいのでしょう、多分」
「曖昧な弁だな。何が言いたい?」
「兎に角! あなたは自分の行いを十分に自戒なさい! 情動に身を任せたことは私が責任を持って裁きます!」
「情動だと?」
「あ、な、た、が! 私のブラジャーを盗んだ事です!」
「これは盗品だったのか」

 とことん察しの悪い。
 正直なだけなのだが、それが分かるほど映姫は落ち着いていない。
 白黒付ければいいのにと、小町は思うところだ。

「そ、それで? 何故、私のを……ぬ、盗んだんですか?」
「何がどういうことなのかさっぱり分からんが?」
「分からない人ですねあなたは! 良いでしょう! 小町と一緒に説教しいてあげます。今日は特に念入りに!」
「それはかまわんが、仕事に差し支えるので終わってからにしろ」
「これも大事な仕事です!」
「なら良いが……」
 
 彼は少しばかり言いよどんだ。

「昨夜もここに泊まったのだろう。明かりがついているから何事かと思ったぞ」
「それが何ですか!? 関係有りません!」
「ふむ。戸締りに不安がある。なにぶん、だ。それが『外』に落ちていたのだからな」
「そ、外?」

 ここでようやく、映姫は冷静になってきた。
 そもそも、シャワーを浴びた後に、あろう事か窓を開けて涼んでいたのは自分ではなかったか。
 さらにいえば、その前から開けていたのではなかったか。

「映姫さま?」
「あ、いえ、その、……」
「もしかして映姫さま?」
「い、いえ。そんなはずはありません!」
「そうか。ならばいい。ではまず仕事からとりかかろう」
「え、ええ。そうですね!」
「……映姫さま……」

 もはや威厳の陰も無い。元から無い。
 今日の映姫には良いところが無かった。
 
「ところで、俺は何についての説教を受けるのだ?」

 彼は何気なく聞いた、が、これに映姫は再びカチンときた。

「あ、な、た、が! 人の下着を往来で堂々と持ち歩いて広げた事についてです!」
「それは問題なのか?」
「非常に問題です! ええ、やはりあなたは説教をしなければなりませんね。小町!」
「あ、あたいに言わないでください!」
「あなたも同罪です! よくも私の事を馬鹿に出来たものです!」
「してません! してませんってば!」

 半分くらいは被害妄想だが、小町の事に関してはあながち冤罪でもない。

「ところで、何故いまだに○○が私のブラジャーを握っているのですか?」

 どさくさにまぎれて、小町が○○に擦り付けただけである。

「ふむ。返すためだろう」
「では返しなさい! ええ、今すぐに!」
「言われずとも返そう。だが……」

 彼は、持っていたものを、彼女のサイズに合うか確かめた。

「え?」
「ひえ!?」
「ふむ……」

 彼は、一つ頷いた。

「あまりに小さいので疑ったが、サイズは合っているようだな」

 小町の予見は、外れなかった。



「きゃ、きゃあああああぁぁぁぁ!!!」


 背の低い彼女は、背の高い彼のひざを踏み台に、顔面に向けて膝蹴りを放った。


 また、可哀想な音がぐきりと、鳴った。











[はくたく・ダイアリー]

 シャイニング・ウィザード(しゃいにんぐうぃざーど)

相手の膝を踏み台にした、頭部に対する飛び膝蹴り。和名を「閃光魔術」。
コーナーやレフェリー、小町を踏み台にしたバージョンも存在する。

関連語:シャイニングウィザード シャイニング アグニシャイン
 
 







「またやってしまいましたけど、今回はあなたが悪いです」
「そうか」
「そうか、ではありません! そもそも、あなたには正しく弁解する能力というものが欠けています!」

 執務室で仕事をしながら、映姫は彼に言った。
 彼はまた首に医療器具が巻かれていた。

 憤慨するのも、ある種、当然ともいえた。
 一定の話になると、○○は苛立ちを覚えそうなほど察しが悪い。
 それも彼らしさだとは、映姫も少なからず分かってはいる。
 
 それが分かっているからこそ、彼をして己の懐刀とおく事に決めたのだから。

「そうか」
「そうです!」
「そんなものがあれば、ここにはいない」

 彼は、冷たく言い放った。
 少なくとも、映姫にはそう聞こえた。

 彼は、冤罪によって死んだもの。
 うまい弁解をする能力でもあれば、ここにはいない。
 不器用だから、生真面目であったからこそ、死んだのだ。

「し、失言でした……」
「何がだ」
「な、なんでもありません!」
「そうか」

 それで、会話はぶつ切りになった。
 しばらく、執務室は、静に、カリカリという音だけが響いていた。

「……首……、大丈夫ですか?」
「問題ない」
「本当ですか?」
「本当だ」
「……本当ですか?」
「痛っ……!」
「やはり痛いんじゃないですか。虚偽は罪ですよ?」
「触っておいてよく言う」

 それほど痛いなら、仕事などせずにしっかり療養するべきだ。
 そう、言うべきだろうが、映姫は言わなかった。
 彼自身が、望まない。

 彼は、『映姫がちゃんと仕事ができるように補佐する事』に、その身を粉にして従事している。
 その精神を無碍に出来ない。

 分かっている。
 分かっているのだ。

「……決めました」
「何をだ?」
「あなたに分かってもらうことをです!」

 このままでは、これからも○○は損をする。
 その損を呼ぶ事が自分になる事があるかもしれない。
 そんなことはもう許されない。

 特に、彼の不得手とする方面への知識と理解を、しっかりと覚えさせないと。
 そのためには。
 そのためには…………。

「だから何をだ?」
「あなたには関係ありません!」
「矛盾しているが?」

 顔を真っ赤にして映姫は顔を伏せた。
 自分が今、何を一瞬想像したのか。
 それが以下に罪深いような事だったような気がするようなしないようなことに、
兎に角、自己嫌悪に陥った。

「どうした? 熱でもあるのか?」
「なんでもありません!」


 水面下での映姫の葛藤を、彼が知る由も無かった。
 この時は。












[閻魔日誌]

 ■月△日

 今日は決意を新たにした日です。
 彼の朴念仁振りが治らないのは、これは上司たる私の罪でもあります。
 この罪は私の手によって裁くべき。解決すべき事でしょう。
 ただ、確かに問題が問題です。
 彼に、女性の何たるかを理解させる事が可能なのか……?

 いえ、弱気になってはいけません!
 ええ、これも彼のためなので。
 これから長い間、ここで仕事をする事になるでしょう。
 その中で、女性と付き合う事があるかもしれません。

 そのときになって……
 そ、そのときになって……その……。

 兎に角!
 彼は知るべきなのです!
 そして、私は彼を導くべきなのです!

 これが彼と私に出来る、善行です!
───────────────────────────────────────────────────────────

前回のあらすじ

閃光「山田式シャイニングウィザード」



登場人物
 
四季映姫・ヤマザナドゥ
 背の低い閻魔様。裁いたり説教したり。そろそろ寒くなってきた。

小野塚小町
 背の高い死神。サボったりサボったり。寒さに強いっぽい。

○○
 閻魔様の補佐。投げられたり蹴られたり。最近首が心配。






「貴方は男に興味があるのですか?」
「何を言っている?」

 唐突な質問に、○○は純然たる疑問符を浮かべた。

「男であれ、女であれ、その性別は興味の有無とは関係ない」
「ば、バイセクシャルですか?」
「大丈夫か?」

 彼は本気で心配になった。
 バイセクシャルの意味は分かる。
 だが、自分はそうではない。そう聞かれる理由も分からない。

 映姫の顔をマジマジと見つめるが、顔色が赤い。

「……ふむ」
「な!?」

 とっさに、彼はその額を映姫のそれにくっつけた。
 額で熱を測るのは、温度が分かりやすいからだと。

「熱は無いよう――」
「――!」

 バキ!





[アンサイクロペディア⑨]

 頭突き
 ――――――――――――――――
 頭突き(ずつき)は、相手に頭を打ち付ける技である。
 ヘッドバッド。
 フランス代表のジダンがワールドカップ決勝で行った事で有名。

 って、けーねがいってたー
 


 



「小町」
「おや、○○。なんだい?」
「最近、映姫の様子がおかしいのだが。何か知らないか?」

 補佐である彼は、映姫の近くにいる事が多い。
 その中で感じた異変について、小町に相談していた。
 もっとも、それも仕事上の都合の話だろう。彼を知るものならばそう答える。

「それよりか、あんたの頭。どうしたんだい?」
「熱を測った」
「……端折りすぎだと思うよ。まあ、大体予想はつくけどさ」
「そうか。最近めっきり寒くなってきた関係か、風邪を引いて頭に来たのかもしれないと思ったのでな」
「怖いから余計な事は言わないでおくれよ」

 普段から一言多いのは、どちらかと言う小町の方である。

「しっかし、……様子が変、ねえ……」

 小町にしてみても、一番の悩みの種は、目の前の人物意外に無いだろうと当たりをつけていた。
 しかし、他にもあるとするならば、

「最近の裁きによるんじゃないかねえ」

 罪人が多いという事だろう。

 万人が生前に罪人だったわけではない。
 人間は生きているうちに大小なんであれ必ず罪を犯す。
 罪は裁かれねばならない。

「それは、質の問題か?」

 そしてまた、
 万人が、罪人でないわけではない。
 
 生前も咎人であった者は、もちろん裁かれる。
 そして、最近はこの手合いの裁判が多い。

「多分、そういうことじゃないかねえ。まあ、そういうところを引きずる方じゃないさ」
「確かにな」

 それこそ、映姫は白黒はっきりつける人物だ。
 公私混同なく、仕事を全うする事だろう。

「それならば良いがな」
「まあ、後一個、気になることもないでもないさ」

 悩みの種がここにて、最近の裁判にストレスがたまる。
 それでいて、一番最近に裁いた者の事。

「冤罪を死罪に裁いた裁判官が来たらしいね」
「どこからだ?」
「そりゃ、彼岸の向こうからさ。あたいが運んだんだ」
「それが、どうした?」
「……まあ、なんでもないさ」

 冤罪で死んだ男が目の前にいる。
 彼は気にするような人物ではないが、小町もさすがに口に出すのはばかられた。
 
「そうか」

 彼はそこで会話を打ち切った。

「もし何か分かった事があったら教えてくれ」
「ああ、分かったよ。……全く働き者だね、あんたは」
「仕事の為だ」

 小町は、背を向けた彼に小さく溜息を吐いた。
 
 そんな事を言っている間は、解決もしないし贖罪にもならない。
 しかしそれを小町がいってしまっては意味が無い事だ。

 これは、彼自身が気付かねばならないものだ、と、小町は思っている。















 彼が執務室を訪れた時、映姫は机に突っ伏して眠ってしまっていた。
 勤務時間外ではある。問題は無い。

 ただ、映姫の寝顔は、やけに憔悴しきったものであった。

 止まった手元には書きかけの仕事。

「……っ」

 彼は、小さく舌打ちをした。
 自分の仕事は、映姫の負担を軽くする為の補佐だ。
 だというのに、負担を軽減できないようでは意味が無い。

 いや……、



 彼は映姫の頬に触れた。
 顔色がほんのり赤いように感じる。今度こそ風邪では無いかと疑った。

「ん、んん……」

 そこで、映姫は目を覚ました。

「起こしたか」
「ん、なんです……?」
「勤務時間外だ。帰って休め。さもなくば、仮眠室で休め」
「……眠ってしまっていたのですか…………」

 映姫は、彼の言葉に従わず、そのまま仕事を再開した。

「何をしている」
「仕事です」
「休めと言ったはずだ」
「そうもいきません。近頃の状況を鑑みると、おいそれと休んでいられません」
「休むのも仕事だと思え」

 体を壊せば元も子もない。
 それくらいは、彼にも白黒ついている事である。
 もちろん、映姫にも分かっていること。

「……裁きは公正でなければなりません」
「そうだな。それがどうした?」
「公正な裁きを行うために、私は休んでいられない。それだけの話です」
「一理はある。だが……」

 白黒つけた上で、仕事を取った。
 映姫にしてみればそれだけの話。

「否定はありません。裁判の内容が裁判官の一存で決まる以上、なおさらです」
「……そうか」

 仕事に厳格な映姫にこれ以上の問答は無用と、彼は判断した。
 よって、

「ならば、俺は俺の仕事をする」

 無理矢理、映姫の体を抱き上げた。

「な、何をするんですか! 放しなさい! 仕事が!」
「映姫の補佐は俺だ。映姫の判断が鈍ったなら俺が補佐する」
「判断は鈍っていません!」
「確かに、鈍ってはいない。だが、有効的には使われていない」
「そんなことはありません!」
「これ以上は聞く耳を持たん」

 さらに暴れる映姫を、彼は仮眠室へ強制連行した。




「やはり熱があるな」
「…………。分かりました。貴方に任せます」
「……なにがそんなに気に食わん?」

 気に食わない理由など、思いつかないことではない。
 仕事を奪って、強制的に休息を強いているのだから。

 そして、もう一つ。
 映姫を仮眠室まで、『お姫様抱っこ』で運んだ事。
 彼女の威厳も面子も、いろいろ丸つぶれである。

「別に、何でもありません」
「……」

 彼は、応えなかった。
 いつもなら、「そうか」とお決まりのように口にする言葉が出てこない。

 映姫はそれに気付いて訝った。

「どうか、しましたか?」
「……俺は、役に立っているか?」

 彼は唐突にそんな事を言った。

「補佐たる努めにあるのにもかかわらず、映姫に負担を強いている」
「あ、いえ、そんなことはありません」

 彼が補佐をしてから仕事は楽になった方だ。
 負担を強いている事などなく、むしろ、映姫が負担を買って出るのだ。

「貴方には向かない仕事もありましたし……」

 最近の罪人のものと、裁判官のもの。
 特に後者の分は、映姫自身にも思うところがあり、自身でその始末をつけたかったから。
 
 重なるところもある。それだけ、自身にも罪があるということ。
 そして、裁く事によって自身も裁いていく。

 それは、とても心労の溜まるものであったのだ。
 

「貴方が補佐するようになってから、楽になったほうです」


 仕事の為と、彼は言う。
 その実、どれだけ気を遣って補佐してくれているか、分からない映姫では無い。
 
 仕事の為としか、彼は言わないが。

「……そうか」

 声は暗澹たるまま。
 いつも何も映らない表情が、翳ったように見える。

「悩みでも、あるんですか?」
「いや」

 何もないと、彼は首を振った。

「ここで休んでいろ。後は片付けておく」

 断るか否か。
 その白黒をつける判断は、とても早かった。

「任せます。頼りにしていますよ」
「そうか……」









 仕事のためと、彼は言う。
 
 彼の生前の罪は、人の心をうまく解せないということ。
 故に、彼は冤罪のまま死んだのだ。

 それは、彼自身も分かっている事である。
 
 同じ愚を起こす事は、彼も望まぬことであり、
 その裁きを行った映姫も望まぬことだ。

 だから、彼は悩む。

 
 何故、映姫を怒らせるのか?


 それは事情の浅いものかも知れず、
 それは因果の深いものかも知れず

 ただ、その理由を思い悩んでいた。


 補佐たる彼は、同じ愚で仕事に影を落とすまいと、
 考え続けていた。




 

 


 翌日。


「映姫さま」
「なんです小町?」
「昨晩、またここに泊まったんですか?」
「ええ、そうですけど。それが何か?」
「いえ、なんか○○もここに泊まったみたいなんですけど」
「確かにそうだが」

 小町の質問に映姫がびくりと肩を震わせた時、小町の背から声がした。

「仕事の引継ぎだ。風邪を引いていたのでな。そのまま仮眠室で休ませた」
「ああ、なるほど。そういうことか。わたしはてっきり……」
「てっきり……? なんですか?」
「あ、いやいや、なんでもないですよ」
「ふむ。そういうお前の方は風邪をひいてはいないのか?」
「ああ? あたい?」

 彼は、映姫にしたようなそれを、小町にした。
 つまり、額に額を当てた。

「うひゃい!」
「な!?」
「ふむ。平熱か」

 小町の額から自分の額を離し、呟いた。

「半袖とは、寒空の恰好とは思えんな。まあ、確かに格言にはある」
「あにい!?」
「あ、な、た、はぁ!」

 クロスポジションにいた映姫と小町の二人。
 お互い長い付き合いであるコンビネーションは、ここで如何なく発揮された。

 その腕によって。

「こんの!」
「馬鹿ぁ!」

 挟み込むように炸裂したギロチンのような一撃は、
 魂の叫びとともに、聞き慣れた可哀想な音をまたも響かせた。









[幻想郷の白岩さん]

Q.クロスボンバーってなーに?
               ( るーみあ )


A.二人がかりで相手の正面と背後からラリアットでサンドイッチする技ね。
 主に首と胸が狙いかしら。
 まあ、弾幕ごっこには向かないわね。

 ところで、私ってこんなところにしか出番が無いのかしら?
 これから私の季節なんだけど……。
 まあいいけど。
 みんなは、まあ、風引かないように気をつけてね。






[閻魔日誌]

☆月◆日

 彼の側に何らかの問題がある事は明白になりました。
 重度にせよ軽度にせよ、彼には問題がある。
 この際、私個人の思惑で女性の何たるかを教える事は後回しにすべきでしょうか?

 取り寄せていた初等から高等における保健体育の教材が無為になりそうですね。
 いえ、まあ、教材などに頼るものとはまた違うのですが、先ずは知識からと。
 
 と、それはいいです。
 
 しかし、このままでは彼の首の方が先になくなってしまいそうです。
 今日もまた、やってしまいましたし。

 それに、小町に、あんな……。

 いえ、彼の発言は、私の恰好をさして当てはまる事。
 こちらも視野に置いた暴言にして、失礼千万な事。
 あの裁きは妥当なものです。ええ、そうですとも!
 
 兎に角、両局面から、彼に対しては慎重にならざるを得ません。
 ここは小町にも協力を仰ぎましょう。


 ……そうですね。
 もう少し、皆を頼りましょうか……。



───────────────────────────────────────────────────────────


前回のあらすじ


断罪「閻魔と死神のクロスボンバー」






四季映姫・ヤマザナドゥ
 閻魔様。最近悩みが多いくて困ってる。そろそろ決着をつけようと思う。

小野塚小町
 死神。わりと苦労人。気が利く気さくな良い人。

○○
 補佐。失敗が多いので、最近はその手の文献を手にとって知識を深めようとしている。首はもう大丈夫。













「そういうわけです。小町、手伝いなさい」

 ところは、是非曲直庁。
 映姫は小町にある相談をしていた。

「まあ、いいですけど。そんな事する必要があるんですか?」
「わかりません。ただ、このままではいつまでたっても解決が見込めません」
「確かに、そうかもしれませんね」

 話題の中心にいるのは、映姫の腹心に当たる○○のこと。

「こういうことって、本人が自分で気づかないといけないことじゃないんですか?」
「小町にしては一理ある言葉ですね」
「ひどくないですか? その言い方」
「貴女も、その辺りを気にして彼に何も教えないのでしょう。試練としては上々のやり方とはいえます」
「それなら何で……」
 
 そもそも、他人の心情を察する事が不得手である彼の事。
 過去、それを原因として問題に巻き込まれて死罪とまでされた身だ。
 
 その問題が、女性に関するものであれば尚の事。

「知識がもとより無い、経験の無い者に、無に有を求めるのは酷な話です」

 自身で答えにたどり着く事が最善であろう。
 しかし、答えまでの道が、無かったら。
 もしくは、道が道であると気付かなかったら。
 
 そんな事を心配されるほど、彼は無知に感じられる。

「一度、原点に戻ります。彼の事を知ること。裁きを行った身として、彼に救いを与える務めがあります」
「ああ、まあ、なるほど。そういうことなら、そういう事にしておきます」

 小町は熱弁を振るう映姫に、曖昧な理解を示した。

「何か文句がありますか? 小町」
「いえ、ありませんけど。多分」

 歯切れが悪い。
 というのも、本音を本人に伝えるのもはばかられる、デリケートな問題だからだ。

 事は、第三者が一番理解しやすい。

「まあ、いいでしょう」
「それで、映姫さま。私は何をしたら良いんですか?」

 大まかに言ってしまえば、彼に女性の扱い方を知ってもらうこと。
 これが当面の問題だ。

 それから対人関係に齟齬を緒こなさないように知識を深めてもらう。
 それが映姫の考えである。

「そのことですが…………」

 映姫は言いよどむ。
 若干、顔を小さく俯かせ、目線を遊ばせる。

「どうしたんですか?」
「小町…………、貴女は、自分に自身がありますか?」
「は?」

 理解するには言葉の足りない事だった。
 むしろ、映姫の方が言葉にする事を躊躇った感がある。

 しかし、そこは閻魔たる映姫。
 曖昧な言葉を明確にすべく、言葉を紡いだ。

「貴女は、女性として体に自身がありますか?」
「はぁ!?」

 さすがにこの事には小町も面食らった。

「何ですかそれ!?」
「そもそもです。彼は女性を女性と思っているかどうかも分かりません」
「うーん、確かにそうかもしれませんけど。それが、なんで?」
「ですから……」

 映姫は先ほどよりもいっそう、言葉に詰まった。
 だがやはり映姫。
 その意を明確に言葉にした。


「彼を、誘惑してみてください」















「…………映姫さま」
「なんですか、小町」
「大丈夫ですか?」
「残念ながら、私は正気です」

 自分で残念と答える辺り、言っている事に問題があると自覚しているのだろう。

「何でそんな事を? 映姫さまにこんな事言うのは気が引けるんですけど、変ですよ」
「分かっています」
「ていうか、そういう事は自分でやった方が良いんじゃないですか?」
「そんな事が出来れば苦労はしません」

 映姫は、深く、本当に深く溜息を吐いた。

「私は、その、あまり、……」
「あまり?」
「……女性らしい体型をしていません」

 認めた!
 
 小町は一瞬戦慄した。
 その体つきにはコンプレックスを抱えている彼女である。
 それを認めるのは、相当な葛藤があったに違いない。

「わ、私では、その……」
「ああ、興味を引けたら、それはそれえマニアックなんじゃないかと認めちゃうかもしれないからですか?」
「そこまで言っていません!」
「言ってるようなものですけど……」

 ともあれ、事情はようやく飲み込めたところ。
 つまり、一般的な女性に対して一般的な男性としての反応をするかどうかが知りたいのだと。

「随分と長い説明でしたね」
「私だって、その、こんなことしたくありません」
「でもするんですよね?」
「今日はやけに意地悪ですね、小町?」

 映姫は小町を睨むが、怖くない。
 どこと無く怯えを含んだ表情は、ある種、可愛らしさにも似ていた。

 小町は、小さく溜息を吐いた。

「んじゃあ、細かい事は良いです。あたいのやり方で適当にやらしてもらいますよ?」
「いいのですか?」
「いいのですか? って、映姫さまが言ったんでしょう?」
「これは命令ではありません。拒否も出来ます」
「そんなことしませんよ」

 ほかならぬ映姫の『頼み』。
 断る小町はここにいない。
 いられるはずもない。

「でも、先に一個だけいいですか?」
「なんです?」
「男は綺麗よりも可愛い方が好きらしいですよ?」

 映姫は顔を真っ赤にした。
 叫びかけた言葉も、吐きかけた暴言も、結局は声にならず、
 小さく俯いた。















「よう、○○。調子はどうだい?」
「小町か。問題は無い」

 彼が執務室で仕事をしていたところを、小町は訪ねた。
 もちろん、映姫の頼みのためだ。
 執務室入り口の影には、その当人も隠れて控えている。

「何か用か?」
「まあね」

 埋もれそうな仕事用の書類に挟まれ彼は、顔色を変えずに尋ねた。
 あまり時間をとるのも迷惑だと、小町は思う。

 誘惑しろ、とは言う。
 とは言っても、やり方がわかるほど小町も経験に富んではいない。
 
 だから、小町は小町のやり方で、映姫のために働く事にした。

「あんたさ、好きな女とかいるのかい?」
「ぶ!」

 噴出したのは映姫。
 なんというか、順序もへったくれも無い。
 しかし、これが小町の言う、小町のやり方なら文句のつけようもない。

「好きな女?」
「ああ、そうさ」
「ふむ」

 彼は律儀にも考え始めた。
 その姿を、映姫は落ち着かない面持ちで見守っていた。

「映姫……」
「え?!」
「と、小町」
「い!?」

 彼の答えに、映姫は影で多大なリアクションをしていた。
 一喜一憂する映姫に比べ、小町はこの反応を予想していた。

「……、まあ、言うとは思ったけどさ」
「ふむ。好意に値する女といえば、この二人か」
「そういう意味で聞いたんじゃないけどさ」
「では、どういう意味だ?」

 やはり彼は分かっていない。
 
「じゃあ、あたいと映姫さま、どっちが好きだい?」
「映姫だな」
「なんでだい?」
「小町よりは尊敬できる人物だ」

 その答えに、映姫のみならず小町も落胆した。

「あんたねえ……」
「質問の意図は見えんが、理由は分かる」
「え?」
「分かってはいる」

 彼は仕事を再開しつつ、続けた。

「俺は映姫や小町に迷惑をかけすぎる」
「いや、別にあたいは……」
「特に、そう、女であることやそれに関することで、非常に煩わしい思いをさせていることだろう」
「わかってんじゃないのさ」
「ああ、そうだな」

 黙々と、仕事を続ける。

「ま、そうさね。今回は出直すよ。忙しいみたいだし」
「そうか」

 小町は踵を返した。

「んじゃ、そういうことで」
「ああ」

 振り返り、入り口付近にジト目で小町を見つめる映姫に、彼女は堅い愛想笑いで答えた。
 
 と、その拍子に、

「きゃん!」

 小町は足をもつれさせ、執務机に突っ込んだ。

「うお!」

 執務机の書類は舞い上がり、一時騒然となった。
 だが、その中かまわず、

「小町、大丈夫か!?」

 彼は転倒した当人を優先した。
 小町といえば、後頭部を強かに打ちつけたようで、へたり込んで頭を押さえている。

 映姫もあわや飛び出しそうになったが、何より咄嗟の事。
 影ながら見ていた後ろめたさもあって動く事が出来なかった。

 そして、また、不幸は起こる。

 彼は、散乱した書類に足を取られた。

「く!」

 そのまま倒れこめば、小町にぶつかる。
 ギリギリのところを、小町を巻き込まぬように体勢を捻ろうとしたが間に合わない。

 そのまま、

 

 まるで、押し倒したかのような体勢で、ギリギリ難を逃れた。

 本当に、逃れたのだろうか?


「……」

 彼は黙して語らず。

「い……」

 突然の出来事に絶叫を上げる寸前の小町。


 その体勢は、片手で小町の胸を鷲づかみにするという、破廉恥極まりないものだった。

「ふむ」

 しかし、彼は何食わぬ顔で、そのまま離れた。
 叫ぶタイミングを逸した小町も、黙ったままだ。

 傍から見る映姫は、その光景に、ただならぬものを感じていた。

「…………責任を取るべきか」
「は?」

 何に対する責任か?
 仕事の書類をぶちまけた事か。

 それとも、もっと、他の事か。


「男子たるものが所持を辱めた場合、その責を持って娶るという」

 
 彼は、そんな事を言い出した。

 一時、絶句。
 小町も、映姫も、予想だにしていない言葉だった。

「え、な、と、突然、そんな。あ、あたいにも心の準備って物が……」
「こらぁぁぁ!」

 どもる小町の言葉をかき消すように、映姫の叫び声が割って入った。

「一体何事です!」

 何事も何も、映姫は事態を全て把握していた。
 そして彼は、その状況を律儀に説明する。

「書類の山が崩れた際、俺は小町を、図らずも辱めた。その責任の話をしている」
「なんでそうなるんですか!」

 正直、映姫には我慢の限界だった。

「なんで、そういう事を言うんですか!」
「何故、とは言うが。これが男子たるものの責であると」
「だったら、なぜ!」

 叫んだ、言葉の続きが出てこない。
 何故、に続く、思うこと。

 過去、今の状況に近い事は幾度と起こっているはず。
 何故、それに対しては、その責の話を、言わなかったのか。

 生真面目な彼なら、いわないはずが無い。

 それが、なぜ、小町には言うのか。

「どうした?」
「なんでもありません!」
「そうは見えん」

 彼でも気付く事。
 映姫に目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

 気付いた映姫は、乱暴に拭い、駆け出した。

「映姫!」
「いつまで乗っかってるんだい!」

 下敷きにされていた小町は、彼を張り倒した。

「ほら! さっさと追いな!」
「……ああ」

 即座に立ち上がり、彼は映姫の姿を追った。




 その後姿を見て、小町は溜息を吐く。

「やれやれ、荒療治が必要なのはどちらさんもだったかい」

 そもそも、彼が生真面目で責任を重んじる、『馬鹿』である事は分かりきった事だった。

 転倒した『ふり』をして様子を見ようとしたところが、先の顛末。
 結果としては、後押しの一助になったはずである。

 そこからは当人たちの問題。
 ここでどうにもならなければ、最初から可能性の無かった事ともなる。


 もっとも、空気を読まずに映姫を彼が即座に捕まえて抵抗された事を小町が知る由も無かった。
















「落ち着いたか」
「はい」
「そうか」
「ありがとうございます」
「仕事の為だ」

 暴れる映姫の姿を、衆目の中にさらすわけにはいかなかった。
 閻魔には威厳が必要である。涙を流して廊下を走っていれば失われてしまいそうなものだ。

「ここで、そう答えるんですか……」
「映姫は仕事を重んじる」

 だから、仕事の為である事が最善だと。語られぬ沈黙が答える。

「それで、小町は良いのですか?」
「……」

 彼は答えない。
 答えぬ代わりに別の言葉を紡ぐ。

「やはり、俺は……」
「迷惑ではありませんよ」

 答えの予想がつくこと。
 映姫も、自分が涙したとあっては、彼がその責を重く感じるであろうと予測が立つ。

「あなたがそういう人間だと言う事は、もうすでに、諦めがついていることです」

 諦念で語られる言葉は、皮肉のように響く。
 納得の出来ない感情は言葉の端々を刺々しくする。

「別にかまいません。職場恋愛が禁止されているわけでもありませんし、小町と仲良くしてください」
「そうか」

 彼も、淡白に答えた。

「ここはもういいです。あなたは仕事を再開なさい。私もすぐに仕事に戻りますから」
「そうもいかん」

 彼は、珍しく反意を示した。
 映姫は訝って問いただす。



「何故ですか。仕事はまだあるでしょう。それで……」

「映姫のためだ」



 今まで、一度たりともで無かった言葉が、ここに来てようやく聞こえた。
 しかし、映姫にとっては遅い事。

「仕事の為でしょう」

 それが彼の、第一声にして口癖。
 映姫が知るところの彼は、すでにそういう存在だ。

「そうだ」
「そうでしょう」



「そう答える事が、映姫のためだと思ったからだ」



 仕事を第一に重んじる映姫を思えば、彼の行動は、ある意味必然とも言える、
 
 仕事の為と答える。
 映姫が仕事を優先するなればこその、答えだ。

 彼は映姫の補佐。
 生真面目に、その事を考えていたのだ。


「それで」
「なんです?」
「映姫が泣く理由は何だ?」
「関係、ありません」
「俺か?」

 朴念仁とも言われる彼にも、ここで気付かないわけにはいかなかった。

「先に小町にされた質問がある」
「それが何ですか?」
「聞いていたのだろう」
「……それが、何ですか?」
「順列は、どちらが優先されているか、俺にとって白黒ついていることだ」

 何をして、悲しいか。
 過去の二の轍を踏む愚など犯しはしない。
 それ以上に、今回は、彼の側にその本意がある。

 映姫をして、彼の事を良く理解していたように、
 彼もまた、映姫の事を理解していた。

 全てではなく。
 かといって、その真意を図り違える事も無いように。




「…………では、その意味を答えなさい」



 映姫の、最後の通告である。
 ここで分からなければ、応えられないなら、それで終わりだと。

 彼は一つ頷いた。
 そして、



 
 映姫の体を抱きしめた。






 対格差のある二人は、頭一個ほどの距離が出来る。

 彼は映姫の耳元に頬を寄せ、


「好きだ」


 ことり、と、映姫の閻魔帽が落ちる。

 時が止まるようにも感じる。
 
 
 
「一応、理由を聞いておきます」
「知らん。理屈で応えられるようなものならば、もっと早く伝えていた」

 終わりとも告げられた最後の機会でも、彼は彼らしく答えた。
 その生真面目さと馬鹿さ加減に、映姫は、

「一度失った信頼を取り戻す事は難しいですよ?」
「失ったつもりは無い」
「そうですか。がんばってください」

 映姫は、彼の手からゆっくりと離れた。

「期待していますよ」
「ああ」
 














「それで、どうなったんですか。映姫さま?」
「なんでもありません。それよりも小町。最近また仕事をサボっていませんか?」
「そんな事はありませんよ」
「まったく……」

 その後との事、小町はことの顛末を映姫に尋ねていた。
 荒療治であるが故、失敗する可能性を孕んでいた事に小町は心配していた。

「そんなに気になるのなら、彼に聞いてみてはいかがですか?」
「映姫さま、聞いて良いんですか?」
「……やっぱりやめてください」

 彼なら、躊躇うことなく本当に答えるだろう。

「まあ、仕事してる分には変化もなさそうですし。あたいも安心です」
「その節は、迷惑をかけましたね。小町」
「いいんですよ。映姫さま、素直じゃないですし」
「なんですかそれは?」

 そもそも、映姫の側こそはっきりといっていれば、決着のついていたことでもある。
 彼ならば、素直に告げられれば間違えることなく応じただろうに。

「とりあえず、良かったんですよね?」
「ええ、心配をかけました」
「それで、結婚式の日取りは?」
「気が早すぎます!」
「あ、やっぱり。相思相愛成立ですか?」

 小町のからかいに、映姫は、
 怒鳴る事も出来ずに赤くなって俯いた。

「あまり映姫をからかうな」
「うお! ○○」
「映姫には冗談が通じない」
「それをあんたが言うかね……」

 三人の中で一番冗談を真に受ける男が言う。
 仕事の書類を持って運んできた彼は、少しばかり首を傾げた。

「ふむ。確かにそうか」
「自分で納得するのかい」
「過去の轍を踏まぬように理解を深めているところだ」
「なんだいそりゃ?」
「言の真贋を見極める事だ」
「あいかわらず、ワケわかんないね」
「そうか」

 書類を映姫の机に置き、その手を映姫の頭に乗せた。
 
「な、なにをするんですか!?」
「落ち込んでいるようなのでな。慰めようと思ったのだが」
「よ、余計なお世話です!」
「そうか。ならばもう二度とはしまい」
「そ、そこまでは言ってません……」

 ふむ、と、一つ頷いて、彼は映姫の頭を撫で続けた。

「……なんていうか、想像以上ですね」
「言わないでください、小町……」

 

 一度失った信頼とは言う。
 されど、完全に失ってはいない、今までの積み重ねが無かった事になるわけではない。
 

 今まで素っ気無かった分、かまうようになった彼は良い塩梅で映姫を御する。
 映姫にしても、悪意の無い彼の行動には、恥ずかしくも嬉しく感じ入るところである。



 朴念仁も、一皮剥ければただの天然。
 堅物である映姫を包むには、丁度良い存在だろう。

 


「それで、映姫。日取りはいつが良いか?」
「ですから! まだ早いです!」
「そうか」
「○○。結婚するにはまだ愛が足りないってさ」
「ちょっと! 小町! なんて事を!」
「なるほど」
「そこも納得しないでください!」
「男女交際について文献を紐解いたが、やはり足りないか」
「べ、別に足りないわけじゃなくて……」
「映姫さまも素直に、イチャつき足りないって言えば良いのに」
「小町!!!?」



 何もかも、まだ先の長い話である。
 事は性急にすれば破綻しやすい。
 着実な歩みこそ、二人の仲を優しく育む事だろう。









おまけ壱



「おや映姫さま、○○。どこかへおでかけで?」

 小町は突然来訪した二人に少々驚きながら尋ねた。
 季節は冬を迎えようというのに、映姫の服装は普段のまま。
 対して○○は長い羽織(コート)を着ている。その手には少しばかり重そうな鞄が握られている。

「ええ。また里の方へ行きます」
「地蔵業務とのことだ」
「へえ、逢引と思いましたよ」
「ち、違います!」
 
 パシンと、悔悟の棒で映姫は殴った。○○を。

「何故今俺は殴られた?」
「そんなことより、早く行きますよ!」
「……そうか」

 僅かに彼は言いよどむが、それ以上の追求をしなかった。
 
 小町も何も言わない。
 障らぬ閻魔に裁きなし、である。
 歩き出す二人を小町は静かに見送った。


「何事も無いと良いんだけどねえ」

 希望的観測のもと呟かれた小町の言葉が報われるかは、はなはだ疑問だった。










「それで、何でここに来たわけ?」
 
 ところ変わって、博麗神社。

「言ったはずです。あなたが善行を努めているかどうかを見に来ました」
「そんな物見に来なくてけっこうよ」
「ふむ」

 不機嫌そうに映姫に応対するのは、神社の巫女、博麗霊夢である。

「季節感もない」

 肩を露出した装いは、見ていて寒々しいことだ。
 映姫の姿でさえ十分寒いであろうに。

 しかも、

「あたし帰って良いかな?」
「私もそろそろお暇しないと……」

 口々に唱えるのはぞれぞれ東風谷早苗、伊吹萃香である。

 女三人、そろいもそろっての恰好。
 姦しい上に寒々しい事この上ない。

「寒くないのか?」
「寒いですね」
「私は寒くないよ」

 早苗は寒いと答え、萃香は寒くないと答える。
 とはいえ、見ている分には容赦とも寒そうである。

「ふむ」

 彼は一つ頷いて、鞄の中から大きな布を取り出した。

「せめて肩にかけておけ」

 取り出したのは肩掛けのストールが二枚。
 それぞれ早苗と萃香に手渡した。

「あ、ありがとうございます」
「私は別に良いんだけど。もらえるものはもらっとくよ」

 ふむ、と、彼はまた一つ頷く。

「何をしているんです」

 映姫が、実に怖い目で彼を見ていた。

「ふむ。女性は体を冷やすとは良くないとあったのでな」
「確かにそうですけど……」
「そういうわけだ。そちらもだ」

 今度は霊夢にもストールを分けた。
これで三枚。実に準備が良い。

「あら、ありがとう」
「あ、な、た、はぁ!」
「何がそんなに腹立たしい?」
「何をしてるんですか?」
「寒々しい肩を覆っていたのだが」
「腋ですか! 腋が良いんですか!」
「落ち着け」

 女性に対する扱いは慎重を持って然り。
 それくらいはもうすでに理解している。

 もっとも、そういう次元の話ではないのだが。




 帰る頃にも、映姫は不機嫌なままだった。
 彼にも、少なからず怒りの理由は分かる。少なからずだが。

「あなたにはやはり、デリカシーというものが欠けています」

 帰りの道中、映姫はひたすらに彼を説教していた。
 彼の朴念仁ぶりはすでに分かりきった事である。
 それでも許せぬ事はある。それを理解してもらうには、自分で言い聞かせねばならないだろう。

 これも、一つの形なのだろう。

「そうか」
「そうです!」

 彼が理解しているかは疑問だが、かまわず続ける。
 冷え込む夕刻の道すがら、説教の言葉と風の音が鳴り響く。

 映姫は、肩をぶるりと震わせた。

「ふむ」

 彼は、着ていた上着を脱ぎ、映姫に羽織らせた。

「え?」
「持ってきたものは全て分けてしまった」
「あ、ああ、あれですか?」

 寒空には目に毒だった。それだけが理由である。

「生憎と、これしかない」
「あ、いえ、その。かまいません。……ありがとう」

 映姫は上着を深く羽織り、肩を、彼に寄せた。
 彼は、その肩を抱いた。

「……少しでも、暖かいようにな」

 尋ねてもいない事を勝手に答える。
 彼も、最近になって分かってきたようだ。

「そうですね。暖かいです」



 二人の交際は順調である。




 尚、この後、仕事をサボって里に来ていた小町に目撃され、
 映姫は動揺の末に、彼にバックドロップを決めてしまった。

 事の顛末を語る事は不可能に近い。
 投げられた彼はおろか、映姫にすら説明は出来ないだろう。

 後に小町は語る。

「多分、ああしないと二人は落ち着かないのさ」

 もちろん、語った直後にお裁きが下った事は言うまでもない。








[なぜなに白玉楼]



「なぜなに♪」
「白玉楼のコーナーです」
「メインの西行寺幽々子よ」
「進行の魂魄妖夢です」
「それで妖夢。バックドロップっておいしいの?」
「いきなですね。まず、食べ物じゃありません」
「じゃあなんなの?」
「プロレスに使われる投げ技ですね。相手を背後から抱え上げて投げます」
「痛そうね」
「痛いです。なお、この後そのままフォールの体勢にもっていくのが定石ですね。首が危ないです」
「そうなの? あんまりおいしそうじゃないわね」
「ですから、食べ物じゃありません」
「ところで妖夢。バックドラフトっておいしいの?」
「全く関係ありませんし、食べ物じゃありません」
「バックドラフトってなにかしら?」
「火事の際、密閉された部屋の酸素が枯渇した状態で、急に扉を開いて酸素を供給してしまうと爆発にも似た燃焼が起こる事を言います」
「ねえねえ妖夢。ご飯まだ?」
「まだです。せめてこのコーナーが終わるまで待ってください」
「あらあら妖夢ったら。お腹が空いたらすぐに準備を出来るようにならないと、良いお嫁さんにならないわよ」
「そんなことありません!」
「ところで妖夢。筆者っていう人からメッセージが来てるわよ」
「いきなりですね。なんですか?」
「えーっと、『次は妖夢』だそうよ」
「な、なんですかそれ!?」
「ところで、このコーナー名には無理が無いかしら?」
「そ、そんあことよりも、どういうことですか!?」
「それではみなさん、また次の機会に会いましょうね」
「ちょ、ちょっと! 幽々子様、質問に答えてください! お願いします! ねえ!」













おまけ弐


「最近、あの閻魔に恋人が出来たらしいわね」
「ええ、そうみたい。この前、神社に来たもの」
「あら、そうなの。どんな感じ?」
「どうとも言い難いわね。朴念仁って感じかしら」
「それは面白そうね」
「あ、でも。多分、手を出しても無理そうよ」
「あらそうなの?」
「ええ。立ち回りが常にあの閻魔を立てる感じだったし」
「あら、それは面白そうね。本当に」
「やめときなさい。人の恋路を邪魔すると、ろくな事にならないわよ」
「ひどいわね。邪魔なんかしないわよ。面白くしてあげるだけ」
「それを邪魔って言うのよ」
「ふふふ、楽しみにしてらっしゃい」



 その後、文々。新聞にスクープとして二人の写真が掲載される事になる。

 取材その他野次馬が殺到する中、映姫ははっきりと言ってのけた。

「彼氏です」

 勝利宣言に等しいこの言葉は伝説ともなった。
 それ以上に伝説になったのは、

 言葉の勢いに真っ赤になった映姫を抱きかかえて帰った○○だろう。


 これによって、二人の関係は公の下となる。



 ともあれ、彼は対して気にする風でもなく、
 戦々恐々していた映姫も、彼の態度に安堵を覚えて、よりいっそう寄り添う形になった。









おまけ参

「今日は休みです。しっかりと羽を伸ばしなさい。そして普段からの勤労に感謝する事。それが善行というものです」
「そうか。俺はこうして二人でゆっくりとしていた方が良いと思うが」
「そ、そうですか……。そういえば、いつから私の事を、その、す、好きだったのですか?」
「分からん。自覚の無い時期を考えれば、かなり長い年月がたっていたと思うが」
「そうなんですか」
「では逆に、映姫の方はどうなのだ?」
「わ、私ですか」
「ふむ」
「そうですね。貴方の朴念仁振りに苛立ちを覚えて、それを矯正しようと考えていて、いつの間にか、ですね」
「そうか」
「困ったものでしたよ。あなたの無自覚なセクハラなど」
「セクハラは性的嫌がらせを指す。俺は映姫に嫌がらせをしたりなどしない」
「ですから、無自覚な、です」
「そうか……」
「あなたの仕事振りには満足していましたし、そこばかりが気がかりでしたから」
「迷惑をかけた」
「いえ、かまいません。今となっては、それもあっての貴方ですから」
「そうか」
「それに、そのおかげで、貴方のこともよく分かるようになりました」
「そうか」
「今の『そうか』は、喜びを表しています」
「そうか」
「今のは、単なる同意ですね」
「……そうか」
「少し困りましたね?」
「そうか」
「そうですね。へそを曲げないように、ここまでにしておきます」
「そうか」
「文句があるのでしたら、貴方もそれくらい私を理解しなさい。それが貴方がすべき善行です」
「そうか」
「ええ、けっこうです」








おまけ四

[死神日記]

 今日、映姫さまが廊下でこけた。
 その時は何食わぬ顔で立ち上がって歩き出したんだけど、執務室で○○の顔を見たとたんに目じりに涙を浮かべた。
 あたいがいるのにかまいもしない。まあ、あたいくらいは別に良いみたいだけど。
 兎に角、最近はべたべたとしてる。
 時々、幼児退行してないかと心配になる。

 ○○も○○で、映姫さまの補佐とかいってものすごく甘い。
 いや、仕事に妥協はしないみたいだから問題は無いみたいだけど。
 最近、角の取れ始めた映姫さまに、兎に角優しい。
 ツーカーっていうのかね。あたいにも分からない通じ合い方をしてるみたいだね。
 最初の方の不和が嘘みたいだよ。変われば変わるものさ。

 まあ、良いことさ。
 映姫さまも丸くなった事だし、○○も昔みたいな馬鹿一辺倒じゃなくなったし。
 あとは、そうだね。

 映姫さまの子供がいつできるか?
 言ったら怒られそうだけど、あたいとしては楽しみだね。

 まあ、あの二人の事だから時間がかかりそうだけどね。
 末永くお幸せに、ってところさ。

 あーあ、羨ましい。










おまけ五


 時はクリスマスと言われる日のことである。

「潅仏会を祝わないのにクリスマスを祝う事はありません」

 潅仏会とは釈迦の誕生日である。
 キリストの誕生日を祝うのにこちらを祝わないのは公平では無いということだ。

 もっとも、キリストの誕生日は12月24日ではないのだが。


 ともなれば、ただの平日に成り下がる日。
 彼も映姫も、極々平凡に仕事を全うして終える所だった。


「○○。あんた、映姫さまになんかないのかい?」
「何がだ?」

 心配になった小町は、案の定、彼のことたえを聞いて肩を落とした。

「そんなこったろうとは思ったけどさ」
「だから何がだ?」
「映姫さま。けっこう楽しみにしてたんだよ、今日のこと」
「なるほど」

 いつになく、彼は泰然自若。
 小町はなにやら違和感を覚えた。

「どうかしたのかい?」
「問題ない」

 それが何に対する答えかは分からぬまま、彼は小町の元を後にした。











 映姫が執務室に泊りがけで仕事をするのはよくある事である。
 しかし、今日ばかりは、別の事を期待していた。

 そして、彼は期待にこたえる形でその隣にいる。

「なかなか分かってきたようで何よりです」
「この手合いでは直接の答えを言わないからな。推測に過ぎなかったが」
「上々です」

 実に嬉しそうに映姫は顔をほころばせる。
 この表情も、ごく最近にようやく、彼にしか見せない最高の笑顔だ。

「私としては、そうですね。ともに過ごせるだけ良かったのですけど」
「ならば俺から贈る物はこれ以上無いな」
「冗談が言えるようになって何よりです。罰として、私からもプレゼントはありません」
「それは困る」

 ふふ、と、映姫は笑う。
 子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、包みを差し出した。

「これです」
「ふむ」

 包みを開けると、それはマフラーだった。

「尺が、長いな」
「二人用ですから」

 そう言って、映姫はマフラーを彼の首に巻き始めた。

「そうか」

 答える彼も、映姫に習って彼女の首に巻き始める。

「なるほど。実に暖かい」
「そうですね。とても暖かいです」

 お互いの首に巻くマフラーは、距離をとるのに不得手なほど短い。
 それだけ、お互いの距離は肌を持って近く、暖かい。

「それでは、俺からだ」

 彼は小さな包みを贈った。
 受け取る映姫は開封の許可を目で訴え、彼はそれに頷いた。
 早速その包みを開ける。

「指輪、ですか……」
「月並みだがな」
「いえ、最高です」

 映姫はその指輪を、迷うことなく左手の薬指につけた。

「ところでです。○○、私は今日、もう一つ欲しいものがあります」
「言ってみろ」
「当ててみてください」
「そうか」

 いつものとおりに答える彼は、映姫の頬に触れた。
 それが意味するところ、もはやお互いに間違えない。

「正解です」
「……婚前交渉は不貞だが」
「ですから、ここまでですよ?」
「そうか」

 
 この二人、ここに来てようやく、実に初めてのこと。
 互いの想いを、もはや曲解する事も無く。
 
 深く、優しく、暖かく、
 包み込むように触れ合い、口付けた。



「映姫」
「はい」
「好きだ」
「私もです」



 赤くなりながらも幸せそうに笑う映姫と、

 彼も幸せそうな笑みを見せた。


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{ 関連作品 小町4(うpろだ583) 時系列的にはここに入るものと思われます }
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○○「ここはもうすぐ幻想入りするな」
映姫「メタ発言は自重しなさい」
○○「ところで一つ懸念がある」
映姫「なんですか?」
○○「このペースで書き込みが続けば、次スレはクリスマス前に落ちる」
映姫「ですから、メタ発言は自重してください!」
○○「そうなってしまっては、みなのテンションを著しく下げてしまう事になりかねん」
映姫「そ、そこまではいかないでしょう」
○○「そういうものか?」
映姫「ええ。一月の間に消化されるのはおよそ500。ペースが速まっても700といったところでしょう」
○○「そういうものか」
映姫「それに感想へのレスも多少自重すると言う方向で話は決まってます」
○○「映姫も十分メタ発言をするな」
映姫「あなたに付き合っているのでしょうが!」
○○「そうか」
映姫「それと、マナーの改善も急務ですね」
○○「age禁止、コテ禁止ともあるな」
映姫「ええ、そうですね。ここは人目につかざる場所であるべきでしょうし」
○○「ふむ。人前では映姫は恥ずかしがるからな」
映姫「そういうことを言いますか!!」
○○「違うか?」
映姫「……違いません」
○○「そうか。クリスマスと年末年始を考えれば一ヶ月で使い切る事になるだろう」
映姫「なにがどうそうなのかわかりませんけど……」
○○「丁度新スレで年始を迎えられれば、それも重畳だろう」
映姫「ええ、そうなりますね」
○○「もっとも、今年もまだ残っている。精進を怠らぬよう」
映姫「それはあなたも同様です。そもそもあなたはですね……」
○○「今俺は映姫を黙らせる方法をいくつか知っている」
映姫「い、いきなりなんですか!?」
○○「ふむ」
映姫「……」
○○「……」
映姫「……しないんですか?」
○○「黙っていたらする必要も無い」
映姫「ここまで来てそういうことを言いますか!?」
○○「素直に言えばいいものを」
映姫「なんですかそれは!? 貴方はいつからそんなに意地悪な事をいうようにぅんぐ……!」


小町「なあ、●●さ」
●●「なんでしょう、小町さん?」
小町「映姫さま、ここに本当に人がいないと思ってるのかねえ」
●●「多分そう思ってますよ」
小町「見られ放題なのにねえ」
●●「そうですね。ところで小町さん」
小町「なんだい?」
●●「僕たちはどうします?」
小町「あー、んー、えーっと……」
●●「まあ、まったりしておきましょうか」
小町「あ、ああ。そうだね。そうしとくかい!」
●●「ゆっくりとしておきましょう」
小町「あ、ああ、あははははは」
●●「小町さん、何か期待してます?」
小町「……!」


○○「ところで映姫。一つ懺悔がある」
映姫「なんですか。聞きましょう」
○○「次スレのテンプレートを失敗した」
映姫「……そうですか……」
○○「裁いてくれ」
映姫「ええ、まあ、その……よしよし」
○○「……」
映姫「……」
○○「……」
映姫「……何か、言ってください」
○○「お前は良い母になるな」
映姫「!!!!」

(10スレ目>>1000)

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登場人物

四季映姫・ヤマザナドゥ
 閻魔様。つい最近籍を入れました。 のわりには変わらない毎日で、どうしよう?

小野塚小町
 死神。悪戯心すれすれの親切心があったりなかったり。

○○
 閻魔の副官。つい最近籍を入れさせました。でも、いつもと変わっていない不思議。

●●
 小町の相棒。小町のサボり癖を治しつつある功労者。











 映姫を前にした彼は困っていた。

 それは不測の事態や未曾有の危機を常日頃から想定し最悪に備える彼にとっても予想外の出来事であったからだ。

 彼もまた、普通の感性を持っていたと、少しは喜ぶべきかもしれない。

「ふむ……」

 暫し、思考が停止しているようだ。
 さもありなん。

「……」
「……うー」

 彼と見詰め合う目がそこに。
 いや、睨みつけていると言っても良い。

 彼よりも低い位置にその瞳はある。
 いつものはずだがしかし、非常に違和感があった。

 なぜなら、瞳は本来より低い位置にある。




 映姫は小さくなっていた。





「これは、何の真似だ?」

 とりあえず、彼は尋ねた。

「うるさーい! 地獄行きだー!」

 いきなり怒鳴られた。
 しかし、小さすぎる、子供な映姫は全くといって良いほど怖くない。

「撫でるなばかー!」

 全く迫力がない。威厳がない。
 というか、正直。
 可愛い。

「とりあえず、これはどうしたものか。小町にでも相談するか」
「やめろー! 肩に担ぐなー! おろせー! ばかー!」
「安心しろ。危害を加えたりはしない」
「嘘吐くなー! 嘘吐いたら舌の引っこ抜くぞー!」

 肩でばたばたと暴れる映姫(小)を担ぎ上げた状態から肩車に直して、彼は歩き出した。

 





 小町は渡し場にいた。●●と雑談をしているようだ。

「小町」
「おお!? いやいやいや、サボってないって!」
「小町さん。慌てすぎですよ。○○さん、今は渡しの仕事がないだけですよ」
「分かっている。お前が来てから小町のサボり癖もなりを潜めているからな。けっこうな事だ」
「それはどうもです」
「ていうか、あんたは何しにきたのさ。ていうか……」

 これ見よがしに肩に担がれた小さな女の子に小町は気付いた。彼に肩車されている小さな映姫は、じーっと小町を睨んでいる。

「うーー……」
「その子はどこの子だい? よく見れば……、なんだか映姫さまに似ているような……。って、もしかして! ついに!?」
「何を勘違いしているか知らんが、俺の娘ではない」
「なんだい。そりゃ。てっきり、あんたと映姫さまの子供かと思ったんだけどねえ」
「そもそも、生物学的に不可能だ」
「あ、あんたら……、まだなのかい……」

 結婚式こそ挙げてはいないものの、二人はすでに籍を入れている。
 だが、事ここに『至らぬ』理由は、仕事が忙しいためでもあり、二人が仕事人間であるため仕方がないといえる。
 とはいえ、二人の牛歩のごとき歩みは周囲からしてみればやきもきするものである。

「今はそのことを話している場合ではなひひひひ」
「引っ張られてる引っ張られてる」

 ○○は映姫(小)に頬を引っ張られている。

「それで、一体全体なんなんだい?」
「これは誰だ?」
「あたいが知るかい!」

 問題の解決には至らなかった。
 とはいえ、推測としてならば、この場にいる三人にも簡単に思いつくことがある。

「やっぱり、これはアレの仕業だろうねえ」
「あの人ですか……。わざわざ是非曲直庁まで悪戯しに来なくてもいいのに」
「ふむ。これがどういう意図を持って行われた悪戯かは知れんが、迷惑なことだ」

 三人の頭には、一瞬にしてご都合主義設定の塊たるスキマの胡散臭い笑顔が浮かんだ。

「一番簡単な推測だと、これは子供にされた映姫さまってことなんだろうねえ」
「たひかにそうらろうら」
「頬引っ張られたままですよ。○○さん」

 ちび映姫に威厳もなければ○○にも真剣味がそぎ落とされていく。なんともしまらない状況である。

「しっかし、小さい映姫さま。可愛いねえ」
「なんだよー!」

 ちび映姫は小町を威嚇している。小さな子供は警戒心が強いものだ。

「んじゃあ、便宜上この子供のことをザナたんと呼びますか?」
「いいねえ、それ! ザナたーん」
「うるさーい! ヤマザナドゥだぞー! 馬鹿にするなー!」
「うひゃあ、可愛い!」
 
 普段のギャップのせいか、可愛らしくなってしまった映姫に小町は大興奮している。

「ころもがふきなら、ひふんでこさえれふぁいいものふぉ」
「引っ張られながら問題発言するんじゃないよ!」
「なんら、ひろのころはいえないようらら」
「○○さん、その辺で勘弁してください。そういう話題が苦手なのはお互い様なんですから」
「ほうは」
 
 奥手というか、関係の展開が鈍いのはこの直庁内では日常茶飯事なのかもしれない。

「とりあえず、その子の手を離しましょうよ」
「うー! 触るなー!」
「あいたたた! 小町さん、なんとかしてください!」
「一応手は離れたからいいんじゃないかい?」
「おああああああ!」
「嘘つきめー! そんな舌引っこ抜いてやるー!」
「ああ、今度は舌が!」

 一難さればまた一難と、○○の受難は続く一方。
 ようやく下を開放されたらば、今度は、

「今度は足で首を絞められそうなのだがな。子供の力なので高が知れているが」
「なんか少し顔が青いんだけど?」

 いかんせん、誰も子供の扱いに慣れていない。
 しかも、その子供の正体が映姫ともなれば、その気の遣いかたはハンパじゃなくなる。一人を除いて。

「とりあえず引き剥がすか」
「無理しなさんなって! 閉まってるから!」
「ぐう!」
「顔青いですから!」
「もしかして、懐いてるんじゃないかい。ザナたん」
「ザナたん言うなー!」
「そんな感じじゃないですか? とりあえず、○○さんが父親代わりになって育てたらどうでしょう?」
「ぞっとしないな」

 立場が違うのだ。
 恋人と娘では全く違う。

「でもさ、あのスキマがやらかしたんだったらいつ元に戻るかも分からないんじゃないかい?」
「それもそうだが」
「だったら、最悪の事態を想定して、っていうこともあるんじゃないですか?」
「最悪の事態を招かないように、スキマ妖怪には注意勧告をせねばならん」
「ここまで言っておいてなんだけど、もしスキマ妖怪じゃなかったらどうするんだい?」
「その場合は紫氏に頼んで元に戻してもらう」
「調子が良いっていうか、面の皮の厚い物言いだねえ」
「手段なぞ選べん。映姫には元に戻ってもらわねば困るからな」

 仕事に支障をきたす事になる。
 それは、彼はもちろん、映姫にとっても危惧すべき事である。

「難しい話ばっかりするなー!!!」
「ぐあああ!」
「そんなんだからー! 相良○介とか碇ゲンド○とか言われるんだー!」
「落ち着け映姫! メタ発言をするな!!」
「あああああ、○○の首がまた持ってかれる!」
「また、って。何回首を痛めてるんですか」

 表ざたになっていないだけで二桁を越えている。
 そんなことはさておき、○○はどんどん映姫に追い詰められていくった。

「うがー! 地獄行きだー!」
「ダメダメ! ホントに逝くからダメー!!!」










「さて、何とか落ち着いたところで、この子をどうするんですか?」
「落ち着くというか、落ちたというか……」

 ○○は酸欠で意識を失っていた。

「ザナたんがここまで抵抗しなければこうならなかったんですけど」
「ザナたんいうなー! 偉いんだぞー!」
「自分でそういうこと言う当たり、なんとも子供ですね」
「ていうか、偉かった事だけ覚えてるってのも厄介だねえ」

 話題のザナたんことちび映姫は、いまだに○○の首根っこにつかまったままである。
 威嚇するように小町と●●を睨んだままだ。

「とりあえず、ザナたんと一緒に医務室に運びましょうか」
「そうしようかね。こんなところに転がしててもどうにもなんないし」
「うがー! 触るなー! あっち行けー!」
「はいはい。ザナたんは大人しくしましょうねえ」
「このー! 馬鹿―!」

 理屈なき子供の悲鳴は、無力にもあやされながら連れて行かれてしまった。










 ようやく彼の目が覚めた頃には、かなりの時間が経ってしまっていた。

「……ふむ」
 
 その傍らには、すっかりなき疲れたように顔を晴らした小さな映姫がいる。
 首に絡みついたままだ。

 さもありなん。

 うろたえるべきは、自分らではなく映姫のほうだ。
 記憶や知識の方も幼児退行したかのごとく判然とせず、いうなれば見知らぬ場所に放り込まれたようなものなのだ。

 首に絡まるという表現は、おかしいのだ。
 
 か細く、拠り所を握り締めているようなものなのだ。


 小さく縮こまり、身を丸めている小さな映姫の頭を撫でる。

「ん……」

 起きていたときの警戒心が嘘のように、安心した笑顔で撫でる手のひらに擦り寄ってくる。
 その様を見て、彼は小さくため息を吐いた。

「どうにかせねばな」

 この小さな映姫も、映姫なのだ。
 誰であろうと見捨てる事はないだろうが、彼にとって映姫は最優先すべき、女性だ。

 しかし、今は……。

「心細かろう」

 子供なった身でも、大切な者の傍らで、その寂しさを癒そう。
 そのまま、また眠りについた。














 翌朝。

 昨日の事がまるでなかったかのように、映姫は普通に執務室で仕事をしていた。

「映姫さま。あたいはどこから突っ込めばいいんですかねえ」
「そんなことを考える暇があったら仕事をなさい。昨日は結局まともに仕事をしていないのでしょう?」
「それはお互い様ですけど……。やっぱり、昨日の事は覚えているんですね」
「そ、そんなことはどうでもいいです! 早く持ち場に戻りなさい!」
「はーい」


 威厳を保てはすまい。
 しかし、回復する事は映姫にとって急務だろう。すでに昨日の失態は、スキマに説教をした事によって一応の解決を見ている。
 効果のほどは疑わしいが、仕方がないことでもある。

「調子が戻ったようでなによりだ」
「う、○○。昨日は、申し訳ありませんでした」
「問題ない。非のない過失だ。謝る必要は無い」
「それでは、その、ありがとうございました……」

 映姫は素直に謝することにする。
 自分がどんな状態だったかはちゃんと覚えているのだ。その時に、いかに心細かった事か。おびえて警戒した事か。
 そして、無意識に○○に甘え、受け入れてもらった事も。

「ふむ。無事ならばいい」

 そして、彼にしては珍しく、悪戯な顔をした。

「子供の映姫は実に可愛かったのだがな」
「な!」

 ボッと、映姫は顔を赤くした。

「っそ、そそそそそ、そんな!」
「気を悪くしたか?」
「い、いえ! とんでもない!」
「それは良かった」

 彼は、また、珍しく笑った。
 
 昨日の影響かもしれない。
 か細く感じた、小さな小さな映姫を前にして、優しく包んでやりたいという気持ちの、現れであろうか。

 彼の態度に、映姫は押し黙った。



「○○」
「なんだ?」
「すみません。私に、嘘を吐いてもらえませんか?」
「……分かった」

 理由など分かるはずもない。虚偽を是とする映姫ではないが、それを必要としているならば応えてやるべきだろう。



「好きだ」



 嘘ではない。そんなこと、映姫には分かりきっていることだ。
 ならば何が嘘か?


「嘘を吐けといったはずですが」
「嘘を吐くと、嘘を吐いた」

 虚偽に対する虚偽。
 稚拙だが、一番痛まない選択だった。

「なるほど……けっこうです。では嘘を吐いた罰を下しますので、舌を出して目をつぶりなさい」
「ずいぶんと横暴なことだな」
「いいから! その、早く!」

 皮肉は言うが、拒みはしない。
 大人しく目をつぶり、舌を出す。

「嘘吐きがどんな罰を受けるか知っていますか?
 答えなくて構いません」

 
 とん、と。

 彼の胸元に、軽い重みがもたれかかった。身じろぎをせず、それを受け止める。
 



 
 ぱく




 舌を、食べられた。

「!」

 流石に彼もこれには驚いた。
 冷静沈着なる性格も未知の感触、予想外のことに目を見開いてしまう。
 
 映姫が、顔を真っ赤にして舌を咥えている。


 ぽん、と、音が聞こえたか。
 映姫は彼から離れる。


「嘘つきは舌を引っ張ります」
「……ずいぶんと、思い切った、な」

 いつもの冷静さが保てない。
 珍しく、本当に珍しく顔を赤らめる彼を、
 映姫は、今までになく、愛しく感じた。




 再び、彼の胸元にしなだれかかり、濡れた瞳で上目遣いに声をかける。

 彼は映姫に遠慮しているからこそ、猛進しない。
 それは、本来男である彼の愚鈍さをといたときに、分からせたこと。
 そして、今はそれが彼の枷になっている。

 だから、今度は映姫から歩み寄る。




「わがままを、……いいですか……?」
「ああ」
「結婚式を、挙げたい、です……」
「そうだな」
「丁度、都合のつく日があるんです。私も、貴方も……」
「ああ。俺も、それをいつ切り出そうかと思っていたところだ」

 ぎゅう、と、彼は映姫の肩を寄せる。その胸に、映姫は顔をうずめる。

「正直な話をする」
「な、なんでしょう?」
「映姫の子供姿を見て、子が欲しくなった」
「う……」
「嫌か?」
「そんなはず、ありません……」

 もう一度、彼の顔を見上げる。
 プロポーズの言葉にしては、率直過ぎる。彼らしくある。
 その彼らしさを、映姫も今や、たまらなく好きなのだ。


「不束者ですが、よろしくお願いします」
「不束者だが、よろしく頼む」

 全く同じような言葉をほぼ同時に放ち、

 二人は、

 普段なら、ばらばらに反応してしまう二人は、


 そろって微笑し、




 唇を重ねた。





















「朝から、なんというか……。あのバカップルは変にお盛んだねえ」
「小町さん。覗き見しておいてそんな言い方ないんじゃないですか?
「良いって良いって。今まで散々てこずってたことなんだし。『スキマ妖怪に手伝ってもらった』甲斐があったってものさ」
「ばれたら裁かれますよね……」
「まあ、悪いようにはならないさ。あたいらはきっと仲人だよ。式のど真ん中で派手にばらせば文句も出ないって」
「なんだか空恐ろしいですね」
「……なあ、●●」
「なんでしょう?」
「あたいさ。……子供、好きなんだよね……」
「あ、あの……」
「……ま、続きは、●●のほうから、きっちりムードのあるときに頼むよ。こんな覗き見ついでに言うことじゃないからねえ」
「も、もちろんです! 小町さん!」










 かくして、是非曲直庁に相次いで結婚の話があがる。
 
 もちろん一筋縄に行くものでもない。
 それほど簡単に、彼や彼女らの話が落ち着くわけではない。


 当面、一つ進んだだけ。
 問題は山積み。否、何もないところから山ができる。


 もっとも、いかにこの先、波乱万丈な出来事があろうとも。
 行き着く先に幸せがあることは、語るまでもなく約束されている。










▲あとがき

 急展開、かつgdgd
 ザナたんと映姫さまのキスシーンが書きたくてやりました。後悔はしていない。
 
 コメディになりきれなくなってちょっと反省。
 でも謝らない!

うpろだ543、うpろだ561、うpろだ576、10スレ目>>1000、12スレ目>>337、うpろだ815

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最終更新:2010年05月11日 19:12