たった一つの酒瓶





幻想郷唯一の鬼、伊吹 萃香。
幼い外見に騙されがちだが、その力は山を砕くことも可能とする怪力を持つ。
力が強力過ぎるので、鬼狩りが行われるのも無理は無い。

あぁ……だけど、その強大な鬼を狩る為にこんな馬鹿を連れてきたのは、誰だ?

「おぅおぅおぅおぅおぅ!!
いきなりうちの街に乗り込んできて、酒を要求するたぁ……なんてぇ鬼だぁ!!」

鎧を身に着けるどころか上半身裸で、
特殊な武器を持つどころか普通の刀を片手で持ち、
鬼除けの道具を身に着けるどころか酒の入った瓢箪を腰につけ、

馬鹿がやってきた。

「……はぁ、その蛮勇は認めてあげるわ。
だけどね、人間一人如きが私の相手になるの?」
上から下まで体を見やるも、やはり特殊な武装をしてるようには見えない。

とするならば……裏があると見るか。
例えば、奴の後ろには街の屈強な男が揃ってるとか、目に見えない特殊な装備を持っているとか――。

そんな勘ぐりをしている私を尻目に、馬鹿が私に向かって鼻を吹いた。
「相手になるかどうか? 知るかんなもん!!
俺はお前の相手をしに来たんだ、なるかどうかは二の次だ!!」

……いや、酒を煽りながらそんなことを抜かしたあいつは――私と同じ、まっすぐで嘘を嫌う馬鹿だ。
間違いない。あいつはそんなことを絶対にやらないだろう。

腕を握り締め、自分の名を名乗る。

「私の名前は伊吹 萃香。あなたの名は?」
「俺か? 酒屋の〇〇だ」

〇〇は鞘から刃を抜きながら、既に臨戦態勢。
これは――戦わないと、いけないだろう。

「酒屋の息子だから、来たの?」
既に敵と化した『たかが人間』の一挙一動を見極めながら、気になっていた一つの質問をする。

「違ぇよ。俺が酒屋だろうが豆腐屋だろうが八百屋だろうが、お前に喧嘩を売りに来た」

やはり、こいつは馬鹿で……なかなかに面白い人間のようだ。

「行くぞ!!」
あからさまに素人な構え方で、
「っ!!」
それでも――ありえない程の脚力で、地面をぶち抜いて襲い掛かってきた。



「そう言えばそんな事もあったなぁ、良くそんなもん覚えてんな」
「そんな事って、私たちの出会いの理由じゃないの……」

まぁ、そんなこんなで、鬼狩りという理由で戦ったのに結果として俺たちは酒飲み仲間となった。
街の皆には倒したと話したが、たまに酒を飲みに俺が行くという関係である。
そしてその折に、萃香の話を聞くと言う感じ。

幻想郷に入ったときの話や、天狗との争いの話、人間の小狡い罠に引っかかった話など様々で、
萃香のジェスチャー付きの遥か昔の話は、俺にとっては最上級の酒の肴である。

んで、そしてついさっきまで、二年以上前の俺との出会いを話していたわけだ。

「酒屋の息子の分際で、手加減していたとは言えども、鬼と喧嘩できるなんて……どんな馬鹿なの?」
「頭が弱い分、反射神経とかに全部行ったんだろ? 多分」
酒を飲みながら、つまらなげに返す。
俺は馬鹿とは言えど、過去を掘り返されるのは恥ずかしかったりするんだぜ?
そこら辺、女の勘でどうにかして気付け。

「それより、お前の話は無駄に誇張が入ってたりすんだよ。
『地面をぶち抜く』だぁ? 人間の足にそんな事が出来るもんか」
「語り部は話を程よく誇張するものなのよ。それで客を集めるの」
「いつ語り部になったんだよ……」
「でも、上半身裸は当たってるでしょ? 今もそうだし」
「……いや、青年期の男として、カッコつけたいお年頃なだけでぃ」

などと言いつつ、酒瓶に手を伸ばす。
今夜は家で作った酒をチョッパって、萃香と共に飲んでいる。
しかし、度数が高いものを水のように飲まれると反応に困る、マジで。
「俺も酒には強いんだがなぁ、流石にお前には敵わねぇよ」
「ふふ、鬼に喧嘩を挑もうなんて馬鹿のすることよ」

あぁ、だから一升瓶をラッパ飲みすんなって!!
結構高いんだぜぇ、それ。
まぁ、俺が作った酒を飲んでくれるのは嬉しいが、それは言わない。
なんつーか、つまらない男の意地みたいなもんだ。

「ぷはぁ、やっぱり〇〇のとこの酒はいいねぇ。
飲んでて飽きないよ」
「それは結構、お駄賃として……また、楽しい話でも頼むぜ」
「話す程度で酒が飲めるんだったら、お安い御用」

カラカラと陽気に笑いながら、酒を……あぁ、また、ラッパッパかよ。
マジ勘弁願うぜ、酒はチビチビ飲むもんだろうに。

「しかしながら、今日はここら辺でお開きだな。
そろそろ帰らんと、周りの奴らに怪しまれる」
「そっか。夜道は妖怪が闊歩するからさ、送ろうか?」
「マジ勘弁してくれよ」
女の子に送り向かいされる男ほど、恥ずかしいものは無いだろ。
「……じゃあな、逃げ足には自信があるんだ」

そう言って、鬼が倒されたと言われた穴倉から去っていった。


帰り道。
既に道が無いと思えるほどに小さな道の途中で。
俺の仲間がいた。
「お……おぃ、お前――鬼と何してんだよ!?
しかも、鬼は倒したとか、お前……言ってたろ!!」
「あーーー、畜生」
見られたか。
いや、別に見られること自体は構わないが、それをうちの街の領主とかに伝えられるのはマヅい。
しょうがない、説得するしかないか。

「あのな水沢。あの穴に住んでいる鬼は、悪者じゃなかったらしい。
聞いた話ではだな? 昔、この村の者と――」
「それも、鬼から聞いた話だろ……そんなインチキ、信じられるか!!」

数歩下がった後、俺を『鬼』を見るような目で、
「お前は、〇〇じゃない。
鬼に操られた、違う人間だ――」
そんな事を言い、去っていった。

「水沢……」

俺の脚だったらすぐさま追いつけたが、追いかけられなかった。
それほどまでに奴の顔は、俺を『恐れていた』。

さて、どうしたものかと思ったが……面倒だし、明日にするか。
酒が入ってるから余計なことも言いかねんからなぁ。
まずは寝ることにしようか――。



数日後。
「よぉ、萃香。今回の酒は、上物だぜ」
「両手一杯に酒を持ってくるなんて、宴会でも開くの?」
「いや、もうすぐ……お前との出会いと三年になるから、ってな」
飲まないか? と酒瓶を掲げる。
言葉の代わりに、少女のようなあどけない笑みを向けられた。
もう三年も経ってるんだ、言葉など俺たちには必要ない。

穴に入ってから数分後、まぁ、間が空いたのは気を使ったせいだろう。
ためらわれながらも、質問してきた。
「……でさ、その痣は何?」

俺の顔にある、大きな痣のことを指して言ってるんだろう。

「はは、親父との喧嘩だ。あまり気にしないでくれ。
――まぁ、宴会の時にこんな顔ですまないがな」
酒の蓋を開けながら答える。

蓋を開けながらなのは――彼女の意識を酒に向ける為だ。
案の定、酒の方に飛びつく。
マジで安心した、こいつ勘は異常に良いからな。
変なことさえ勘ぐられちまう。

「ねぇ、〇〇。いつもよりペースが速くない?」
「あぁ、この頃、うちの酒の売れ行きが悪くてな。処理する酒が増えただけだ」
と、萃香のようにラッパ飲み。
「……そっか。じゃあ、今回の話はね――」

彼女の話をBGMにして、空に目を向ける。
今日の月は、寝待月――か。
曇り雲が一つなく、こんなにも月が綺麗だ。
……お天道様も、今日くらいは綺麗な月を見せてくれるようだ。

「って、ねぇ!! 〇〇? ちゃんと話を聞いてるの!?」
「ん? あぁ、スマンスマン。ちと酒を入れすぎたか」

マジで頭がクラクラする。
変な妄想にふけっていたようだ。
こんなに飲むなんて、何年ぶりだろうか。

「はぁ、私にペースを合わせようなんざ千年どころじゃ効かないよ?」
「ふん、お前にペースを合わせてるわけじゃないっての。
たまには好きなだけ飲むのもいいじゃねぇか」
と、つまみのスルメをかじる。
なんか幼子として扱われてる感じがして、悔しい。

「今日は、寝待月だね。
知ってる? 『寝待』の意味は、そのまんま寝て待つって意味らしいんだよ?」
「本当に幼子にモノを教える態度だな、なんかムーカーツークー」
「ふふふ、幼子のほうが頭がいいんじゃないの?」

と笑った後、一瞬の静寂が訪れた。

「えっと、ねぇ? 〇〇?」
「なんだ? 猫撫で声出しても、口から酒は出ないぞ。
出るのは馬鹿な戯言と、恐ろしい吐瀉物と、熱烈的なキスだけだ」
「ほんとに酔ってるんだ……。
コホン、えっとね? 会ってから三年になるんだね、とか」
「そうだな。そんなにも時間が経つのか」

俺の言葉が終わった後、一瞬どころか永遠とも思える静寂が訪れた。
……お互いに何も言わずに月を見ていたが、俺から切り出すことにした。

「なんか良い感じの雰囲気だな」
やべぇ、なんか酔いすぎてるぜ、俺。
最初に言おうとした言葉と全然違う言葉が出てきた。
「そ、そうだね。えと、酔ってない? 〇〇」
「俺は酔ってると裸になって奇声を上げる癖がある。
逆説的に言うと、俺は酔ってない」

小さな声で、絶対酔ってる、とか言われたがあまり気になんなかった。
酔った勢いか、それ以外の何かは知らんが、無性に恋しくて萃香の体を抱きしめた。

「ちょ、酔ってる勢いとは言え、何を――!?」
「萃香、お願いがある」

世にも恐ろしいとされた鬼の言葉を遮り、自分の言葉を言う。
自分よりも、遥かに低い身長の女性を大事に抱きしめながら、

「街に来ないで欲しいということと、
街の人間を殺さないで欲しいということと、
出来れば今すぐにでも、ここから去って欲しいということだ」
「……〇〇?」


と、抱きしめていた体が、消えた。
いや、萃香の体が霧となって手をすり抜けた。

「萃香?」
「いなくなって」

きっぱりと拒絶の言葉を言われた。

「――萃香」
「約束は守るわ。
そのためだけに私と付き合った人間なんて、初めてだものね。
面白いわね、私と付き合わせて、約束させて? この街から脅威から救うなんてね。
本当に貴方は『英雄』ね」

ちょっ、ちょっと――待て、萃香!!
お前が考えていることは、誤解なんだ!!

「おい、萃香――っ!!」
「お願い、いなくなって。約束は……守るから」


そして、声が消えた。
萃香の声が、無くなった。

もう、何を言おうが現れないことを俺は解ってる。
だから当初、言おうと思ってた言葉を言うことにした。

「なぁ、萃香。
いつか、最高の酒が出来たら持ってくから。
どんなに遠くに行っても、届けに行くから。
待ってくれないか――?」

どんなにお前が遠くたって、どんなに時間が掛かろうと、どんなに障害があっても、
絶対に届けるから。


……やはり返事は無く、無音だけがその場を支配していた。
しかし俺には返事が解った。

だから、

「萃香、ごめんな」

それ以上、言うのも無駄だと解っていたので、去った。






萃香は彼がいなくなるのを確認して、霧から元の状態に戻った。
ため息混じりに、自分の愚かさを呪う。
はぁ、やっぱり私は馬鹿な事をしてたんだな。
信じていたモノからの裏切り、何回受けたといえどもやはり慣れない。

「……でも、約束したからには去らないとね」

〇〇を頭から払う為に頭を二振りし、どこか遠いところに行こうと考えよう――として、違うことを考えた。
去るにしてもさして時間は掛からない。
ならばもう一回くらい、自分を裏切った人間の顔を覚えておこう。
そうすれば、二度とこう言う……押しつぶされるような胸の痛みを覚えなくてすむから――。


もちろん、〇〇との約束は守る。

『街に行かない』

言うなれば、私が街に来るときに起こる影響を考えてだ。
ならば、『鬼ではない』姿で行くのならば問題は無いだろう。

幻惑の術。
実際にあるものを無いものとして見させる、あまり難しくない術である。
それを鬼の角にかけて、〇〇が去っていった方に向かった。


〇〇の街へ帰る道のりは、既に解っている――伊達に隠れて後を追ってはいない。
いつも私と酒を飲んで帰ってるわけだから、妖怪に襲われたらひとたまりも無い。
だから先回りして、妖怪を一捻りしていたが、

「意味の無いことだったんだね」

昔の自分が行っていた行為を鼻で哂った。
だけど、あの頃は本当に楽しかった。
酒を飲みに来る〇〇をウズウズしながら待っていた、あの頃が。
既に消え去ってしまった、あの頃が。

「……あ」

途中、彼のとぼとぼ歩く姿が見えた。
私と約束を守らせたのに、あんなに風なのは――どうせ私が約束を守らないとでも思ってるんだろう。
愚かだ、鬼は必ず約束を守るというのに。

と、〇〇が街に着いた。
大勢の人間が〇〇を待って、街の入り口に立っていた。
「どうせ、声援を受けていい気でいるんだろうに」
そう言って、〇〇を見下していたら、

いきなり一人の男が〇〇に踊りかかった。


「……えっ?」

まずは体格のいい男が〇〇の腹を蹴り上げる。
そして二人目が頭を殴り地に伏せさせ、三人目が〇〇を蹴り、それに五人がそれに参加し、十人が、三十人が――。

「え、えっ、え――?」

何が起こっているのか、何もわからない。
なんで? 鬼から街を守った英雄を――!?

「良いもんだなぁ、鬼の従者になって自分だけ助かろうなんてな――!!」
「鬼を倒したと言って、自分の酒屋を儲けさせるなんて、策士だなぁ!? 〇〇さんよぉ!!」
「楽しかったか? 鬼と、この街を落とす作戦を練るのは!!」
など、もろもろの罵詈雑言が吐き出されながら、〇〇のタコ殴りが続く。

その状態が三十分近く続き、ようやく終わった。
既にボロボロになった〇〇を二人の男が腕を掴んで、街の中に連れて行った。

連れて行かれるのを見送って、〇〇を殴りつけた男に話しかける。
「あ、あのおじさん」
「ん? 見かけない子だな。なんだ?」
「あの人は何をしたの?」

街の奥に連れて行かれた〇〇を睨み、
「あいつは罪人だよ。
鬼を倒したと偽り、鬼に懐柔を諮って自分だけ助かろうとしたんだよ」

え?

「鬼を倒したと言うのも酒屋として有名になって、金儲けに成功しようとしたせいだろう。
儲けた金のいくらかをあいつの両親が持って逃亡したが、いくらかは取り戻せた。
幸い、あの男の知り合いが奴の件を知って、直々に領主に伝えたらしい。
調べてみたら本当に鬼がいるし、鬼との話し合いが行われたのも目撃され、あいつが罪人であることは確実だ」

……違う、違う、違う違う違う違う。
全てが、何から何まで違う。
彼の行動も、村の人々の考えも――何より、私の勘違いが。

「と、すまないな。
まだ若いのに、嫌な話を聞かせてしまって」
「いえ、それよりも……彼は、これから何をされるの?」

男は、言いにくそうに頭をかき、重たい口を開き、
「奴は死罪だ、すぐさま首を落とされてさらし首だよ」

聞き終わる前に、街の中へ走りこんだ。



「〇〇よ、己が罪を認めるか?」

その言葉に俺は、伏せていた頭を起こす。
腕は縄で縛られており、後ろには二人の兵士がいる。今、何をしようが無駄だろう。
「俺は嘘はつかねぇ。あいつとはただの酒飲み仲間なだけだ。
罪など犯した記憶は無ぇよ」

多分、俺の目は既に死んでいるだろう。
いつも以上に酒を飲み、街の人間からありえないほどの暴力を受けた――せいではない。
それ以上にショックなことが、頭を揺り動かしている。

「萃香……」

嫌われたなんてもんじゃないだろう。
あいつには大きな傷を負わせてしまった。
その償いも出来ずに、ここで死んでしまうのが何よりも――ショックだ。
約束もしたのに、大事な約束を。

「ならばなんだ、貴様は鬼を相手に酒を飲み合うと言うのか。
いつでも自分を殺せる相手を隣において?」

何と言うか、町奉行の言葉に反抗心を覚えた。

「人間だって、酒に毒を混ぜれば殺せる、刀など一振りで殺せる、やろうと思えば素手でも殺せる。
力が違う者同士が酒を飲み合うのになんの遠慮がある!! 貴様らは鬼というだけで、あいつを差別してんじゃねぇのか、あぁ!?」

やべぇ、イライラ大爆発。

「あいつはなぁ、貴様らとは違う。
俺を人間として見下さなかった、話す時でさえ何の気概も無く話しかけてきた、俺の酒に何の疑いも無く飲んでくれた。
タイマン張らずに高みの見物決めてる貴様らとは全てが違うんだよ!!」

そんなあいつが、悪者なわけが無ぇ……!!

「言う言葉はそれだけか」

ま、どういう風にしろ、俺は死ぬようだ。
その前に一つだけ、こいつに教えておいてやるか。

「いや、もう一つだけ。
あいつとは約束をした、もうこの街には何もしないだろう。
だから鬼狩りはしないで欲し――」

「戯言は聞かない。
鬼が約束を聞くわけが無いし、貴様の言動も容認できない」

……まぁ、いいか。
あいつは既に穴から去っているはずだ。
後は、これで全て丸く収まる。

「〇〇、罪状を述べよう。
一つ、鬼との懐柔を諮り一人生き延びようとした。
一つ、事実を偽り金儲けをした。
一つ、金を両親に渡して街から逃した。
そして何よりも、今ここで事実を否定した」

空を見上げる、あいつと共に見た寝待月が浮かんでいた。
殺されることは既に解っていた。
水沢が領主に萃香の件を話すのが、あまりにも迅速だったのは計算外だったが。
だから、両親に萃香のことを述べて逃げてもらった――その折にくらった拳は、かなり痛かったなぁ。

以上より、〇〇はさらし首とする。

はて、なんか声が聞こえたが……まぁ、いい。
しかしながら、大見得切って『最高の酒をつくる』なんて言ったが、これじゃあ届けるどころか作れさえしない。
死んでも幽霊になって酒を作れるんだったらいいが、人生はそんなに甘くない。

と、横に誰かの気配。
首を落とされるか――しかし、恐怖心は無い。
俺を占めているのは、萃香への想い。

萃香に好かれたというだけで受けた、幸福感とか。
萃香に笑われたというだけで受けた、満足感とか。
萃香に嫌われたというだけで受けた、虚脱感とか。

俺の中心は、あいつだけで出来てたんだ。
だから――大丈夫、殺されてでも、約束は絶対になんとかしよう。
覚悟を決めて、目を閉じた。

そして数秒後、


「人に約束しておきながら、諦めないで頂戴」

聞き覚えのある……いや、聞き飽きた声が耳を打つ。

『街に来ないで欲しいと言うことと、
街の人間を殺さないで欲しいと言うことと、
出来れば今すぐにでも、ここから去って欲しいということだ』

ありえねぇ、あいつは約束は守る奴だからここにいるなんて無いんだ。
あぁ、そうだ。だから俺は幻覚を見てるに違いない。

「だから最低限、目を開けて少しは抗いなさいよね」

俺の隣に、二本の角を惜しみなく見せ付ける幻想郷唯一の鬼がいるという幻覚を――。

「約束、は……どうしたんだよ」
「ごめん、破った」

一言で、言い切りやがった。
ボコボコに晴れ上がった醜い俺の顔を見ていながらも、少女のようにあどけない笑みを俺に向けながら。
まるで、さっきのことは大丈夫だと俺に伝えるかのように。

「やはり、鬼は嘘を吐く種族だったか――!!」
「違うわよ。私の勘違いで友達を傷つけてしまったから、仲直りしに来ただけ。
あんたらには何をする気も無いわよ」

だから失せなさい、と視線だけで言う。
視線の先にいる町奉行は、それでもなお笑っている。
まるで策略通りだ、と言わんばかりに。
敵対した鬼を目の前にして、笑っていられるなんて言うのは――絶対に、何かがある。


「言うこと聞かないと、」
「殺せ」

萃香の言葉を遮って、町奉行が囁いた。
そして一斉に矢が放たれた、俺に対して。

「っ!!」
萃香は反射的に俺を守る位置に立ち、俺から矢を守る。
矢は服を破くが、萃香自信には何も効果など無い。

それでも、そんな彼女を尻目に、豚のようにのうのうとしてるなんて、絶対に俺が許さない。
今できることは、気合で縄を切ることだけだ。

「あ……あぁぁぁあああ」

後ろ手に縛られた縄が悲鳴を上げる。
それ以上に腕が折れそうだが、気にするに値しない。
萃香は俺以上に辛いんだから――この程度、耐えられなくて何が男か。

「っ!!」

縄が切れた。
既に俺、泣きそうだが泣いてる暇など無い。
すぐさま次の行動に移る。

「萃香っっ!!」
「何!?」
「すまん!!」
「……え?」

お姫様抱っこをして、逃げ出した。
塀を乗り越えて、自分の体の限界を超えて走った。
――やべぇ、半端なく体が痛ぇ。

「ちょっと! あんな奴ら、私の敵じゃないわよ!!」
「約束覚えてるか!?」

道には刀を携えた兵士が闊歩していたので、
屋根に乗りあがって街の出口へと向かう。

「覚えてるよ! 殺さない程度の力加減は出来る!」
「俺が言いたいのは、んなことじゃねぇんだよ!!
今すぐ去れ、っつぅのはすぐさま鬼狩りが行われるからだ、
街に来るな、っつぅのは俺のさらし首を見てお前にショックを受けて欲しくなかったからだ、
街の人間を殺すな、っつぅのは街の人間が殺されたら国のレベルで鬼狩りが行われるからだ」

俺が言いたかったのは、この街の平和を守りたいと言うことなんかじゃない。

「お前が幸せに暮らして欲しかったからだ、馬鹿」
「……途中で気付いたわよ、馬鹿」

だったら戦うな、と呟き屋根から地面に降りて、走り始める。


などとカッコいい言葉を言った後でスマナイが、満身創痍だ。
しかもさっきの屋根から地面へ下りるときの衝撃が、体中に浸透してやがる。
全力以上の力で自分の体を酷使してるから、マジで死ぬ。
うわ、こけた。カッコ悪いなー、俺。
なんとか体の位置を変えて背中から地に激突。

「〇〇、大丈夫!?」
「……おぅ、大丈夫だ。すまねぇな転んでしまって」
ふら、と既に立つこともままならない体で立ち上がる。
周りの状況に意識を向ける。

街の出口には、ほど遠い。
街の人間は、結構近いところにいるだろう。
ならば、やることは一つか。


街の中心へと歩を進める。
「ちょっ!? 〇〇、逃げるんでしょ!?」
「いや、困ったことにだな。後、一走り程度しか出来そうに無い」

時間稼ぎには、なるだろうか? いや、時間稼ぎをするんだ、こいつのためにも。
元々、街に戻ったのも、鬼狩りが行われるのを遅らせようと思ったからで。
だったら、前の状況と、今の状況になんの変化がある?

――あるとしたら、俺の心境か。
萃香に嫌われたと思ってた状況と、萃香に好かれている状況――うん、天と地の差だ。

酒もたっぷり入ってるから痛みなんて緩和されていて我慢できる程度だ。
しかもそれでいて、意識はしっかりしているんだ。
足が動かないからどうした、今の俺に不可能など無い。

「よし、やる気出てきた」


と、いささか強い勢いで右肩を引っ張られた。
なんか出足をくじかれた感があったが気にせず、

「ん、なんだ萃香?」

振り返るが、萃香が手を伸ばすには程遠いところにいて、
代わりに、俺の右肩から棒が生えていた。

「……?」

棒の先っぽを見ると、鏃がついていて、
顔を戻して、前を見てみると棒には羽がついていた。

やはり俺は泥酔してるらしい。
体に矢が刺さったことにも気付けないなんて――。


左肩に衝撃。
もう、確認するまでもない。
見る方向は、前方。
弓矢を構えた十人ほどの男たち。

「――なめんな」

どうやら神経を傷つけたわけでは無いらしく、腕は普通に動く。
その拳を握りしめ、走り出した。
満身創痍とか、全力とか、限界とか、関係無しに弓矢を構える十人に。

後ろから、悲鳴が聞こえる。
なんて言ったかは聞き取れなかった。
聞き取るはずの器官は、既に失せた。

俺の全意識は前方の矢の軌跡と、弓矢兵との距離だけに向けられている。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
握り込んだ拳を全力で振りかぶって――殴りつけた。


恐ろしく鈍い音が、俺の手から響いた。

「いってぇぇぇぇぇええ!?」

折れた、絶対に折れた!! 普通に人を殴ったのになんで、こんなに痛ぇんだ!?
と、その男を見やる。


男は、柱だった。
「……?」
ジンジン響く右手にフーフーしながら、左手で触ってみる。
やはり柱だった。
突いても、叩いても、なでても、柱だった。

「紫様ー、この人間、相当頭が悪いようですね」
「……本当に頭が悪いようね、なんで萃香はこんな男に惚れたのかしら?」

声が聞こえた方に振り向くと、猫耳少女と妙齢の美女がいた。
そして気付く。

「あれ? ここは……家?」
畳張りで、柱のつくりを見るからに頑丈なつくりをした家だ。
「良かった、猿並の脳でも言語は理解できるようね」

橙、薬を取ってきて、と美女が隣の猫耳少女に言う。
はーい、と猫耳少女が元気良く飛び出して行った。

それを見送って、美女に話しかける。
「質問いいでしょうか?」
「何かしら」
「ここはどこ? 私は誰? 今はいつ?」
「女性に対して、変な質問ね。
まず自分の名を名乗ってから、私の名を聞くものだと思ってたわ」

ツボに入ったのか、楽しそうにククと喉を鳴らした。
俺、変なこと言ったか?

「えっと、俺の名は〇〇。あんたの名は?」
「紫よ、八雲 紫。あの子は、橙」

と、黒っぽい液体を持ってきた少女を指す。
どうにも塗り薬らしく、そのまま足の傷口に塗り始める。

「――っ!!」
かなり痛むが、女性の前で悲鳴を挙げるのは躊躇われる。
しかも小さな子が俺の怪我を見ても平気で手当てしてくれてるんだから、と歯を噛む。

「……えっと、紫様、どうします?」
「醤油じゃ堪えないわね、塩を持ってきて」
「はーい」
「ちょっと待て」

明らかに食用の入れ物であることに気付けない俺も俺だが、醤油はねぇだろ!?
やべぇ、足にかけられたモノの正体に気付くと痛みが倍増になってきたぁ……!!
橙という子がいなくなると同時に、悶え始めた――釣り針につけたミミズみたいな感じで。

「橙ー? 大分堪えてるようだから、薬を持ってきてー」
「解りましたー」

悶えている俺を興味深そうに眺めて一言。
「面白いわね」
「それ以外に言うことはねぇのか!?」
やべぇ、自分の声が足に響くぅ……。

「うるさいわねぇ。助けないほうが良かったかしら?」
「……へ? 今、なんと仰られました?」
「たーすーけーたー、って言ったの」

……そう言えば、萃香を守る為に戦ってたんだ。
すっかり忘れてたぜ、はは。
あれ? 萃香?

「すいかぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

まるで蛇のようにずりずりと畳の上を動くが進まない。
やっぱり足と手をかばいつつ動くのは無理があるようだ。
しかも、肩に刺さった弓矢がどうにも邪魔だ。

「萃香ぁぁぁぁ、どこだー!?」
襖を頭の動きで開け放つが、何も無い。
「萃香ぁぁぁぁ、どこなんだー?」
「本当にうるさいわね。食べるわよ?」

見下したかのような声が、後ろから聞こえた。
おぉ、俺としたことが、冷静さを失ってしまったようだ。
と、気になるキーワードが頭に入った。

「食べる?」
「えぇ、私は妖怪ですもの。スキマ妖怪の八雲 紫」
「……食べる?」
「友人の知り合いが助けてとか言ってたから助けたまでよ、その後は私の勝手よ」
ぺロリと、唇を舐める仕草はエロティズム溢れるが、逆に怖いのは何故だ?

その行為と、意味を頭の中で咀嚼し、味わい、理解した。
「あの紫さん? 黙りますから、食べないでください」
「……ふん、しょうがないわね。次やったら、容赦なく食べるから。それで萃香の件だけど、」
「大丈夫なんですか? 傷は負ってませんよね? 一人で困ってたりはしませんよね!?
こんなことしてらんねぇ、探しに行ってくる!!」

また、スネークモードに移行した俺を眺めながら、紫さんは薬を探しているであろう橙に言う。
「橙ー、薬の代わりにあんこを持ってきてー。美味しくないだろうけど食べるわー」
「はーい」
慌てて自我を取り戻して、繰り返し、土下座した。

そっからは傷の手当をして貰いながら、話を聞いた。
もし、俺があのまま弓矢兵の一人を殴っていたら、隣からの矢を受けて死んでいたというわけらしい。
だからスキマを開けて俺を助けたという
今現在は、八雲 藍という紫さんの式を送って説得中。
その藍と言う人は、かなりの知識を持っており、街の人間を言いくるめるなんて造作も無いとか何とか。

「そっか、あいつは無事かぁ……つっ!!」
肩に刺さった矢が抜かれた、痛ひ。
血がドバドバですよ、あぁ、橙ちゃん、薬で無理矢理蓋するなー!!
「もうすぐで帰ってくるようね」
「そ、そうですか。それは良かった」
「どうしたの? 顔色悪いわよ?」

そりゃあ顔色も悪くなる。
体中ボロボロなのに加えて、酒の過剰摂取、傷に醤油を塗りたくられればこうなるわな。
あ……やべぇ、目の前が真っ暗になってきた。
「ど したの〇〇、眠っ ら食べ わよ?」
「紫 ま、 んこを用 しま たが、どう ま ?」
「食 よう しら、あま 美味 くな ても 腹は満 せる 」
なんか物騒なことを言われてる気がするが、どうにも目蓋が重たくて――。

そして、俺は意識を失くした。


「――ん、ここは」
布団の上で目を覚ました、辺りを見回すと、

「ふふ、紫のお腹の中かもね」
そんなことを笑顔で言ってる萃香がいた。
「すい、」
そこまで言って、気づいた。
今すぐにでも抱きつこうとした体が動きません、ってか痛すぎだぞこれ。

「あー、絶対安静だってさ。
動いたら体中激痛が走るから、動いちゃダメ」
と、頭を抑えつけられた。
動きようが無いないので、萃香を下から見上げることにした。

恥ずかしそうに目を合わせず、頬を膨らませて、何をしたらいいか解らずモジモジしてる姿は、
何と言うか――

「何と言うか、言葉にして表せられないもどかしさが〇〇を襲う。
〇〇は動けない体を悔しく思っている」
「ナレーション口調で何言ってるの!」
空気読んでよ、と小声で囁かれた。

いや、この空気に耐え切れずに違う空気に変えようとしたんだが。
この空気のままだと、言いたいことも言えないだろうに。

「まぁ、なんだ? 誤解させちまってすまなかったな」
何かを言われる前に言って、顔ごと萃香と逆方向に向ける。

先制攻撃とか思ってたが、やべぇ、体が動かないから恥ずかしいことを言っても逃げることが出来ねぇ。
どうしよう? 「なーんちゃって」とか言って空気を変えるか?

「いや、私こそ気付けなくて、ゴメン」

……このもどかしい雰囲気をどのようにして変えるべきか。
あいつの顔をまともに見れねぇよ。

「えっとね、〇〇。その償いなんだけど」
「なんだ?」
と、言葉を言い切る前に唇を塞がれた――萃香の唇で。


数秒後、どちらからと言わず、唇を離した。
「……熱烈的なキスは無かったね」
「萃香が猫撫で声を出さなかったせいで、熱烈的なキスは出なかったんだ」

あんまりキスが上手くないと言われたようで、拗ねながら反論する。
体が動かないせいで、萃香を支えられないのが痛いなぁ。

「えと、〇〇。あの……いい、かな?」
恥ずかしそうに布団を指差す。
――――――――――――――――――――萃香が何をしたいのか具体的に聞きたいが、いや、その前に。

「いや、萃香!? お前、経験あるのか?」
「……経験なんてないよ。
人とここまで関係したこと自体が初めてなんだから――それで、返事は?」

恥ずかしそうに俯く彼女に断る術を俺は持ってなかった。

「いいが、どうなっても知らんぞ?」
「うん、〇〇が相手なら……どうなっても良い」
なんでこいつは、こんなに恥ずかしい言葉を平然と言えるんだ!?
と、萃香が布団を上げて潜り込んできた――。




「そっ、それで、それからどうなったんじゃ――!?」
「おい爺ちゃん、発情し過ぎだ。肩をつかんでガタガタすんな」


まぁ、そんなこんなで、新しい村に萃香と共に住むようになった。
誤解も解けたことだし街に住むのも一つの手だったが、
あんなことの後に戻るなんて言う勇気は俺には無かった。

「〇〇、聞いてるのかっっ!? それから――」
「爺ちゃん、忘れてるぞ。
俺の体は満身創痍で、少し動かしただけで激痛が走るというのに何をしろと言うんだ?」

爺ちゃんはガタガタ動かしていた腕を放し、呆然とした目でこっちを見た。
「じゃ、じゃあ、その後は何をしたんじゃ?」
「問答無用、情け容赦無しに一緒に寝た」

そう、布団に入って背中合わせに一緒に寝た。
すぐ近くにいるのにあちらからは何もせずに、こちらは動けないと言う生地獄。
正直、寂しかった。

「しかも、爺さん。一番重要なのはな?
萃香の奴、そう言う行為を何も知らないってことなんだ」
「う……嘘じゃろ?」
「本当なんだよ。
裸を見るのも見られるのも恥ずかしがるくせに、性的知識はゼロ」

どうにもショックなのか、愕然な表情をしていたが――すぐさま表情が変わった、やたらと自慢げだ。
「わしの嫁はのぉ? 初めての時も、にゃーんにゃんじゃよ。
嫌がりながらも逆らえずに、にゃんにゃんする姿は〇〇にも見せてあげたいもんじゃよ。ほっほっほ」
「お爺さん? なに店頭で客と話し込んでるんですか?」

おぉ、噂をすれば影。婆ちゃんが現れた、包丁両手に持って。
目の端にそれを捉えて、慌てる爺ちゃん。
「それで、〇〇。注文はなんじゃ!?」
「いつもので」
「婆さん、油揚げ十枚、十枚じゃー!!」
「あいよぉ」
と、婆ちゃんはキッチンに戻っていった。
壁に包丁を押し付けることにより、やたらと手に持った包丁を強調しながら。

それを尻目に、爺ちゃんがこちらに振り向く。
「〇〇、一つだけ言っておこうかの」
「なんだ、爺ちゃん?」
「貸そうか?」

何を貸すかは、口で言わなくても解る。
この爺ちゃん、所持するエロ本の数からエロ爺さんと村の中であだ名されている。
――そんな彼が、貸すものと言えば?

奥にいる婆ちゃんに意識を向けながら、
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃ、お前さんの部屋に数冊置いとくだけで良いんじゃ。
掃除しに来たお前さんの嫁がそれを見つければ、試合は終了じゃ。
全てが上手く行く」

まだ結婚してねぇよ、と言い返すのも忘れて目の前の人物に恐怖を抱いた。
やべぇ、この爺ちゃん、かなりの孔明だ。
俺の考えの先の先を行ってやがる――!!

「報酬は?」
「ふん、わしと〇〇との間には、そんなモノなど必要ない。
いつか宴会やる時に呼んでくれれば、それでいいんじゃよ」

目を擦る。
今、一瞬だけだが、この爺ちゃんが菩薩に見えてしまった。

「いつか間が空いたら行くが、時間は大丈夫か?」
「夜に来い。婆さんにバレると全部捨てられる――」
などと、俺の後ろを見て固まった。
振り向く。婆さんが笑顔で立っていた。

「〇〇さん、これ品物ですよ」
「はぃ、ありがとう御座います。それでは」
「〇〇、わしを見捨てる気か!?」

スマン爺ちゃん、俺の力では貴方の婆ちゃんを止められん。
「爺ちゃん、忘れてると思うが今日の九時にいつものとこで宴会あるからなー。気をつけろよー」
言い切って、豆腐屋から去っていった。

「お爺さん? 随分、楽しそうにお話していたように聞こえましたが」
「違うんじゃ! ただの男の話というだけで、見栄っ張りも多量に含まれてたりするんじゃ!!」
「そうですか。先程、部屋を見てきたのですが、いっぱい積んであったのは何ですか?」

頑張れ、爺ちゃん。
俺には、そんなことしか言えない。


と、豆腐屋から出て、とある場所に向かう。
その折に考えるのは、この村のこと。

「萃香が鬼だって話しても、驚かなかったなぁ……」
まずあの街の二の舞になる前に話したのだが、笑顔で『そんな可愛らしい鬼だったら大歓迎だ』と返された。
そっからと言うものも、古くなったから使ってないと言う酒屋を俺と萃香で直して、今、酒屋を営んでいる。

しかし、村の人は、鬼以上に俺の格好が気に入らないらしい。
「上半身裸だと、子供が怖がるからやめてください――か」
あの事件での傷跡は癒えずに未だ残ってる。
男の子に見せると興味津々に見るが、女の子はやたらと怖がる。
――だから、服を着ることになった。

「服を着るのは、なんかに縛られるようで嫌なんだがなぁ」
萃香も、そっちの方がいいって言ってたが、やはりこの年で上半身裸はマズいのか――。


物思いに耽っていると、目的地に着いた。
そこは、八雲家。
ノックをして、返事があった。
たまに返事が無いときもあるので、正直、ほっとした。

「おや、〇〇ではないか。入るか?」
「あぁ――いや、客もいるようなので、これを渡して帰ろうと思います」
どうにも二人分の見慣れない靴があるから、当たってるだろう。

紹介が遅れたな、今俺と話しているのは八雲 藍さん。紫さんの式と言う立場に立つ方だ。
頭も良いので、紫さんにこき使われて毎日、忙しい日々を送っている苦労人である。

と、奥から橙の声が聞こえた。

「藍様ー」
「なんだい、橙」
「食料が切れましたー」
「……やはり足りなかったか」

食料難に陥ってるようなのである。
何と言う幸運、ナイスタイミングにも程がある。
「あの、藍さん。良ければ、これを使ってください」
「ん? ああ、〇〇、ありがと……う」

袋の中身は、油揚げ。先程、豆腐屋から貰ったものである。
藍さんの好物だったと思ったが……何故、もの凄く苦い顔をしてるんだ?
そんな俺から震える手で、袋を受け取り確認。

「幽々子様の摂取量から、全ての油揚げが無くなることは予測できる。
ならば――私の油揚げの摂取量は、ゼロ。
いや、可能性はあるかもしれない。一枚一枚の油揚げを二つに分けて出せば――いや、量が変わらないからダメだ。
精神学的に腹を満たせるようにするには、どのようにするべきか――」

意地でも油揚げを一枚だけでも残したいらしい、小学生の計算から俺には理解できない精神学的なところまで手を出し始めた。
そう、真面目そうな藍さんは困ったことに変なところが二つほどある。

「藍を発見~。しかも手にしているのは、油揚げと見た!!」
とても無邪気な声と共に、藍さんから油揚げが消えた。
「幽々子様っ!? 何をするんですか!!」

藍さんが叫ぶ先には、優雅な服装をした一人の女性。
とても華やかだと思ったが、手に油揚げの袋を抱え、口には油揚げ。一気に台無し。
「美味ひい油揚げらね~、全部食べちゃえ」
「っ!! いくら幽々子様と言えど、それだけは許せません――!!」

一つ目は、異常なほど油揚げを好き好んでいること。

「んむ、美味しい。それはさて置き、橙ちゃんがあっちでお腹が痛いって、倒れてたわよ~?」
「橙がっ!? く、くそぅ……」
藍さんが、どこぞのアニメのように涙を残して走り去ってしまった。

二つ目は、、異常なほど自分の式である橙を可愛がっていること。

「まぁ、倒れてるなんて嘘だけどね。しかし、本当に美味しいわね~、この油揚げ」
本当に美味しそうにと食べている女性を見ながら、思う。

ここに来ると言うことは、やはり凄い人なんだろうなーとか、
油揚げを至高の食べ物を食べるかのように頬張ってるなとか、
――色んな意味で、ただもんじゃない。

ふと、目が合った。

「あらあら、ここに人間が訪れるなんて珍しいわねぇ」
「いやはや、色々とお世話になりましたので。
そのお礼に、たまに来るんですよ」
「ほうなんだ、はむ、美味ひい~」

油揚げを食べる様子を見ながら気付く。
ペース速いな、既に七枚目にかかっている。
まぁ、深い関係にはならないだろうなと思いつつ、
「えっと、私の名は〇〇と言うのですが、貴女は?」
「私は、幽々子。西行寺 幽々子よ」

よろしく、と微笑んだ。やはり油揚げを口に咥えて。
「えっと、八雲さん家とも縁があるみたいなので言うのですが。今日にでも宴会やるのですが、来ます?」
その質問は気軽に言ってみたつもりだったのだが、

「〇〇!! 止めろ、止めるんだー!!」
廊下の奥から、藍さんが必死の形相で走ってきて、俺を庇うかのように前に立った。

「……あの、藍さん?」
「幽々子様の胃袋は異常だ、八雲家の食料庫を食べつくして未だお腹が減ると言うんだ!!
貴様の家のエンゲル数が一気に五倍――いや、八倍に跳ね上がるぞ!!」
流石は『お母さん』と呼ばれてないな、と混乱した頭で思った。
やはり家計とか考えてるんだ――。

「ふふ、藍。そんなことを言っても良いのかしら?」
と、幽々子さんが無邪気な顔から大人な顔になった。

「なっ、何を仰るのですか!?」
「ふふふ」
自信満々で、差し出す手には油揚げが一枚。
既に残っているのは、その一枚のみだ。

「なっ……それはっ!?」
「そうよ、貴女は見捨てることが出来るのかしら?」
とても色っぽく笑う幽々子さん。
何と言うか、子供な面から大人な面まで持った人である。

ぴらぴらと油揚げを振る美女と、そんな彼女に対して手も足も出ない狐耳の女性。
部外者の俺が見たら馬鹿っぽく見えるが、空気がそうではないことを表している。
「さぁ、どうするのかしら?」
「橙、今だっっ!!」
ガタンと天井裏から現れた橙が、目にも留まらぬ速さで油揚げに飛びつき――あえなく捕まった。
油揚げに触れる、一瞬前にもう片方の手で首元を掴まれたのだ。

「これで人質は二人になったようね」
「藍さまー!!」
橙が、ジタバタと暴れるが逃れられる様子は一向に無い。
「橙っ!! 幽々子様、卑怯ですよ!」
「自分の式を使う方が卑怯でしょう?」
ふふ、と余裕の笑みを浮かべる幽々子さん。
くっ、と歯を噛み苦汁の表情を浮かべる藍さん。


――ちょっと、面白いかも。

もう少し見てから帰ろうかと、玄関先に正座して、彼女たちを見守る。
と、隣に俺と同じように一人の少女が座った。
腰に刀を二本差し、いかにも真面目そうな子だ。
「君は……幽々子さんの知り合いか?」
「えぇ、幽々子様のところの護衛や庭師をさせてもらってる魂魄 妖夢と申します」
「俺は〇〇って言うのだが、俺に用か?」

こんな道中を見る為に座る俺に付き合う程なんだ、それしかないだろう。
「先程の宴会の件ですが――私たちも参加しても良いでしょうか?
お金はこちらで持ちますから」
苦笑気味に言うその言葉には、藍さんのような『お母さん』染みた何かがあった。
――多分、この子も苦労人なのだろう。

「何かあったのか?」
「いえ、なんと言いますか。幽々子様も最近、お仕事での疲れでストレスが溜まってると思うのです。
ですから、参加させていただきたいな、と」
その言葉を聞きながら、話に出てきた張本人の方を見る。


「さて、貴女は橙と油揚げ、どちらを取るのかしらね?」
「何っ!? 私は橙を取るに決まっている――」
そんな藍さんを幽々子さんは見下すように鼻を鳴らす。

「貴女の油揚げへの愛情はその程度だったのかしら?」
「な……なんだって?」
「油揚げ一枚、されど一枚よ。それを貴女は見捨てた。
要するに、あなたの――油揚げへの思いなんて、普通の食べ物と変わらないのよ」
ビシッ、と油揚げを藍に見せ付ける。

「違う、私はただ橙を――」
「そう、自分の式と油揚げを比べて、式を取った。
油揚げなど、その程度に過ぎない。そうでしょう?」
と言いながら、油揚げの角に口を付ける。

やたらとエロく感じて、正座から体育座りに移行。
男なら、この行為の理由を解って欲しい。


「で、妖夢よ。今の彼女はストレス満々か?」
「……いえ、久々に八雲家の方々にあって上機嫌なのでしょう。
いわゆるストレスの発散中です」
かく言う妖夢も楽しそうなのは、それだけ繋がりが高いからだろう。

その様子を見ながら、一言。
「まぁ、宴会を荒らさないんだったら、誰でも大歓迎だ」
時間を確認すると、宴会が始まる三時間前。

「そろそろ帰らないと、家の奴に怒られるな。
家には八雲家の方々に着いて来れば、行けるだろうから」

小声でお邪魔しました、と八雲家から去って行っ――

「あら、〇〇。これからが良いところなのに~。ちょっとこっちにいらっしゃい」
一番厄介な人に見つかってしまった。

「……あの、俺、帰って萃香の手伝いを」
すぐ終わるから、と手招きされた。
余裕を見せ付けるようでいて隙が無いのか、藍さんも動こうにも動けないようだ。

――どうにも怪しいので、注意深く近づく。
「それで、幽々子さん、俺に用ってなんもふ、もふもふもふ、ごっくん」
口に入ったものを反射的に飲み込んでしまった。味からして、油揚げ?
あぁ、そうですか。俺に全てを擦り付ける気ですか、はは、あははは。

『全てを擦り付ける』、『油揚げはクリア』、『橙は?』

頭の中がフル回転、何をされるかは明らかだ。特に右腕を掴まれてる時点で――
「っ!!」
幽々子さんの左手に橙が、右手に俺の手がいて、橙の胸に俺の手が触れるまで数cm。
踏ん張って、逆ベクトルに力を込める。
「あら、人間にしては力があるのね、〇〇」
「お褒めに預かり光栄ですが、右手を離して欲しいんですが!!」
目の端で、藍さんを確認。

あぁ、ここで、触れたら俺の命が無い――明らかだ。

幽々子さんの力と、俺の力は拮抗している。
ならば藍さんが助けに来るまで、ふに、拮抗を続ければ大丈b……『ふに』?

……相変わらず、俺って馬鹿だよなぁ。
俺と幽々子さんの力が拮抗していても、橙は首元を掴まれてるんだから容易に動かせるんだもんな。
なんて簡単な公式♪ しかも、橙も「きゃ」なんて悲鳴も挙げちゃったし。
見るまでもないが、藍さんの顔を確認。

わぁ、凄い笑顔です♪
あれ、ジェスチャーですか? 『表に出ろ』?
――死亡フラグが立ちました。
それも胸を切られて死んだとか綺麗なのじゃなくて、破片も残らなさそうなのが。


誘われるまま庭に出た。
周りを見渡すと、ほくほく顔の幽々子さん、焦り顔の妖夢、泣き顔の橙。
そして俺の前に立つ、笑顔の藍さん。うん、目が笑ってませんよ?

「さぁ、どっからでも掛かって来い」
笑顔のまま、そんな事を言ってきた……怒ってるのそっちだし、俺は濡れ衣じゃないんデスカ?
しかしながら、どうにも襲い掛からないといけないらしい。
どうせ刀を持とうが、ひのきのぼうを持とうが、素手だろうが変わらない。
本気で殴りかかろうが、赤子のように扱われるだろう。
「……ふぅ、萃香に一言、言ってやりたかったな」
ストレス解消の手助けになればと、全力で走りこんで殴りかかった。

「フタエノキワミ、アー!!!」

額に鈍痛。
視覚することも出来ないほど素早い拳がめり込んだ。
そこから数m吹っ飛び、石段にぶつかった。

「――ァア……」
正気に戻った藍さんが慌てて寄って来たことや、
妖夢と橙が薬を取りに屋敷に戻ったことや、
幽々子さんがニコニコと上機嫌で微笑んでいたことを見ながら――。

そして、俺は死んだ。


「――勇者よ、死んでしまうとは情けない」
「死んで蘇らせるほど世の中はファミコンじゃありません、ってなんで悠長にツッコんでんだ、俺。
ここはどこ? 私は誰? 今はいつ?」
「ここは貴方の家、貴方は〇〇、今は午後十時よ。
本当に〇〇は、意識失ったらそんなことを聞くのね」
クク、と上機嫌に喉を鳴らすのは八雲 紫さん、その人だ。

「八雲家でバタバタしていたと言うのに、出てこなかったのは何故です?」
「ウフフ、寝てました」
そっか、それはしょうがない。
うんうん、そんな事は突っ込むに値しない事だ。

「さて本題ですが、俺の上に座っているのは何故ですか?」
なんか俺の貞操ピンチ。
「あら、女性に対して重いとか言うつもり?」

いや、目がマジですよ、紫さん! 逆切れされると反応に困ります!
「大丈夫、大丈夫です!!
暗に秘めた物言いではなく、ストレートに理由を聞いただけです!!」
だから首を噛まないでー!! 俺は食べても美味しくないですよー!!

満足したのか、俺の首から口をはずして、紫さんは笑いかける。
「……最近思うのだけど、〇〇って変わったわね」
「いや、何故、私の上に乗っているのか理由を聞きたいのですが?」

俺の言葉を無視して、扇を口に当てながら。
「特に変わったのは口調ね。
私とかを相手にしたときには、『俺』から『私』とか、ですます口調になったりとか」

そりゃあ傷口に醤油を塗ったり、
あんこを付けて食べようとしたり、
たちの悪い悪戯をされたら、こうなるわな。

「それよりどいて下さいよ。
萃香に見られたら嫉妬ファイアで焼かれちまう」
嫉妬で妬く、ファイアで焼く、と言う親父ギャグを言ったつもりだったが、

「一番変わったのは、これよねぇ。
初心になったわねぇ、ふふ、食べちゃいたいくらい」
「ちょ!? 止めてー!!」
座った姿勢から一気にのしかかってきて、服を脱がし始めた。
マジで駄目です!! 最近のアニメでこういう場面は、失恋フラグで死亡エンドと王道なのですよー!!
――ってか、立場逆転してないか!?

「紫!! それは、ダメー!!」
襖から、萃香が飛び出してきた。
上半身裸の俺と、そんな俺に乗っかっている紫さん。
――失恋フラグで、死亡エンド確定しました。皆さん、今まで、ありがとう、本当にありがとうー!!

「いや、貴女がこういう事をしないのは何故かと思って自分で実験をしてみただけよ」
と、何でもないかのように退かれた。
「「……あれ?」」
俺と萃香の声が重なった。

「幹事は貴女の代わりに幽々子に任せなさい。
ストレス解消に何かやりたいとか言ってたから。
お邪魔だろうから、これで」
バイバイ、などと無茶振りしてスキマに入って、何か思い出したのか、首だけ出して一言だけ呪いを残していった。


「早くしないと、本当に食べちゃうかも」

完全にスキマが無くなったことを確認した。
「……なぁ、萃香。
誤解を解こうと思うが、どこから聞いてた?」
「『――勇者よ、死んでしまうとは情けない』から」
始めからかよ、だったら誤解は無いだろうが……別の意味で困った。


場を緩ませようと先制攻撃をしようとしたが、先に質問された。
「えと、〇〇。あのままだったら、何をされたの?」
ストレートに責められました。
危険です、俺の意識がレッドゾーンを突破しました。

そんな頭で、必死にR指定が付かない言葉を探った。
「――戦争、戦争になっていただろう」
「? 〇〇と紫が争ったところで、紫が勝つに決まってるじゃない」

違う、違うんだ萃香。俺の苦労を知ってくれ。
「基本的には、男が侵略国で、女が防衛国でだな?
そして『戦争』を行うんだが――こぅ、『戦争』でありながら、平和なんだ!!」
「〇〇の説明は、解り難い」

あぁ、もぅ、不機嫌な風に頬を膨らませるな。俺だって困る。
「……説明が難しいな」
「じゃあさ、私に『戦争』のやり方を教えてよ」
時速300km/hの剛速球が、頭の中を突き抜けた。
超危険です、俺の意識がリミッターを既に超えました。

「萃香、よく聞くんだ。
平和な中にも、危険は隠れてるんだ。言葉に騙されちゃいけない」
「言葉がグチャグチャだよ、〇〇。
それに〇〇だったら、手加減してくれるでしょう?」

――頭の理性がパッ、と消えた。
手加減とか、俺に対して信頼しかしてない萃香がたまらなく可愛かったから、
頭の中の中枢神経に住んでる〇〇が、雄叫びを上げる。


そんな様子を見せないように無言でクイクイと、萃香を手招きした。
上機嫌で近付いてくる萃香が、四つん這いに俺にかぶさる。
紫さんのように扇情的な感じではなく、表現するならば猫が昼寝のために無防備をさらす感じ。
そんな萃香を俺の胸に抱き寄せた。
「え……っと、〇〇。あの、ね」
既に俺と萃香の体は密着してる、そのことを訴えたいのだろう。

しかし、無視して萃香の喉元に歯を立てた。
「ちょ、〇〇!! 止め……て、あぅぅ――!!」
噛むのではなく、歯を喉にくっつける程度だが、効果は抜群のようだ。


キスと同じように数秒後、
「はい、終わり。体験版はここまでです」
萃香の喉から、口を離した。

――正直、口を離すのがコンマ一秒でも遅れてたら、R指定がかかる行動を起こしかねなかった……。
鬼の力だったらすぐさま俺くらい引き剥がせるのにそれをしない萃香が可愛かったから、ついついやり掛けた。
ふぅ、俺にしては上出来だと思いつつ――さきほどから気になっていた事がある。

「おいこら、襖の奥!! 何人いる!!」
「……」
無言で去る足音は、一人や二人なんかじゃなくて――おい、まさか宴の参加者全員か!?
眩暈が起きたが、まぁ、いいや。事も済んだし、俺たちも宴に戻るか。

「おい、萃香ー。宴に行くぞ」
「う、うん」
恥ずかしそうに、頷く萃香。どうにも首に歯を立てるのは早過ぎたようだ。
そして襖を開けて誰もいないことを確認した俺に向かって、

「また、お願いね」

あー、あー、あー、ゴホン。萃香、お前って言う奴は――
まったく可愛過ぎるぞ。

「……逆にこっちからお願いしたいくらいだ」
ふふ、と後ろから聞こえる声を無視し、満月が浮かび満開の桜が咲く宴へと向かった。



今日で萃香と会って五年目となる――その宴と言うわけで、目の前にいる大勢の人々が集まったわけだ。

宴の最中にも言われたが、五年目にもなっていながら俺と萃香との進展が遅いと言う話、その話に対して俺は、それでも良いと思ってる。
あいつは長い年月を生きてきたんだ、あいつにもあいつなりのスピードがある、いきなり慣れろというのも酷だろう?
うん、ゆっくりと二人の仲を縮めていこうと思うんだ。
だから、爺ちゃん、お願いだから勝手に俺の部屋にエロ本置くなよ?


――あぁ、最高の酒のこと? 今でも開発中だよ。
こぅ、タイミングとか、どんな風にするのかとか、何秒するのかとか、あいつにもこだわりがあるからな。

え、酒の銘柄は決めたのか、って? 当たり前のことを聞くなよ。
『鬼殺し』って、俺は呼んでるがな。
俺が知ってる彼女の好みと言えばな?


宴中、辺りに誰もいない時に、俺と萃香がどちらからともなく目を閉じて、きっちり十秒間、一緒に飲みあうのが好みらしいんだ。


ん? それは酒じゃないだろって?
馬鹿言え、あいつが酔ってくれるんだ。酒でない訳が無いだろ?

まぁ、困ったことに酔うのは、あいつだけじゃないんだけどな―――――。




終わり。


            ~ついでに~

「……あれ?」
「どうしたの? 〇〇」
辺りを見回すが、どうしてもあの人が見つからない。

しょうがないので、紫さんに聞くことにした。
「あの、藍さんはどこにいるのでしょうか?」

優雅に酒を口に運びながら、
「ちょっとした罰を与えてるわ、手加減したとは言えあなたを殴ったから」
その様子を見ながら、どんな罰かと聞いてみた。

「ふふ、簡単よ。
まず、体中を鎖で雁字搦め(がんじがらめ)にして、天井からぶら下げる。
そして一時間藍の体を回した後、橙の写真と油揚げと見せる。
何らかの反応を見せたら、もう一時間、って感じね」
「それじゃ一生経っても逃げれないんじゃ――」

ヤバイ、全恨みが俺に集中して殺されてしまう。

幽々子様のせいであることは隠して、殴られたのは俺のせいであることを述べてみた。
「あら、そうなの? だったら何故、藍は怒ったのかしら?」
「いえ、俺が油揚げを食べて、橙の胸を――」
「胸を?」

橙の方を見る。
思い出し泣きをしており、妖夢が慰めている。

――もう駄目だやられちゃうよ。
「えーりん、えーりん、助けてえーり、ムガ」
いきなり猿轡(さるぐつわ)で口を塞がれ、体中が雁字搦め。うわ、本当にスキマって凄いな。

って、あれ? これは誰かさんと同じ状況じゃね?
「エサは、萃香のドロワーズにしようかしら」

違う、誤解なんです、と首を振るも何の効果も無く、俺の下に開いたスキマに飲み込まれた。

消えてすぐさま、入れ替わりに萃香が現れた。

「あれ? 紫、〇〇はどこいったの?」
「〇〇は、疲れたから寝たわよ」
「そっか、もうちょっと飲もうと思ったんだけどね」


俺が八雲家から解放されたのは、それから三日後の話だ。



10スレ目>>362・393・415
───────────────────────────────────────────────────────────
最終更新:2010年05月11日 21:08