ある日一人の青年は朝起きると散歩がてら歩いていた。
 日課としてだったので大して気にせずいつもの道を歩いていると
 彼の目に飛び込んできたのは木に寄りかかり気を失っている一人の少女だった。
 慌ててどうしようかと思ったが自分以外誰も居ない状況ということもあり、
 彼女を担ぎ上げると自宅へと運んでいった。
 これが青年と少女との初めての出会いであった。



 自宅へと戻り彼女を布団に寝かせ幸いながら目立った外傷などは見当たらなかった為簡単に看病の形を整え終わってから
 目覚めるまで待っていると今更ながらに少女が人間ではないことに気が付いた。
 背中に羽が生えていることと多少人間と比べると長い手の爪が特徴的だったからだ。

「妖怪……だよな。まいったな。人間の姿を取っているから人食いではないとは思いたいけども。」

 そう思ったが少女をそのままにしている訳にもいかずどうしたものかと考えていると少女が目を覚ました様だ。

「良かった、気が付いたみたいだね」

 しかし彼女は酷く動転した様子で落ち着かない様子だ。
 目覚めたら知らない場所で知らない人間が近くに居るのだ。
 当然といえば当然の反応なので落ち着くまで待っていると
 何やら口をパクパクしながら手を振り回している。
 どうしたのやらと思っていると喉の辺りに手をやりながら酷く困惑している様子だ。

「もしかして……喋れない?」

 そう問いかけてみると多少落ち着きを取り戻したのかコクコクと頷いて見せた。
 小動物の様な感じがして可愛いと思ったがとりあえずどうしたものかとしばし考え、案を思いついたので尋ねてみる。

「君は字は書けるのかな?もし書けるのであれば多少不便だけどもこれに書いてもらえるかな、
 このままじゃどうすればいいのかわからないし」

 そういって紙と筆を渡してみる。
 幸い、彼女は字を理解している様でさらさらとメモに書いてくれた。

【字はわかります】

 そういって紙を見せてくれる。安心した青年はまだ彼女に名乗っていなかったことを思い出した。

「良かった、字がわかるのなら意思疎通は出来そうだね。それとまだ名乗っていなかったね。僕の名前は○○。
 散歩の途中に君が倒れているのを見つけて悪いかもしれないとは思ったんだけども介抱させてもらったんだ」

 そう伝えると彼女は頭を軽く下げると紙に筆を走らせて私に見せてきた。

【私の名前はミスティア・ローレライ。夜雀の妖怪です。
 昨夜普通に飛びながら歌を歌っていたのですが急に声が出なくなってしまい混乱していると気づけば目の前に木があって……
 その後はよく覚えていないんです】

 そう言って伏し目がちに目を伏せる彼女。
 なるほど、何故あの場所で気を失っていたのかは理解出来た。
 しかし自分は妖怪に対する知識などはほとんど持っておらず彼女の病状などを解決するということも出来そうになかった。

 どうしたものかとしばし思案し、思いついた事があったので彼女に告げてみる。

「もし良ければ自分と一緒に人里に行ってみないか?
 自分は妖怪に対する知識などがないのでミスティアの病状を治すことは出来そうにないけれども
 人里ならば賢人が何人かいらっしゃる。
 彼女達ならばもしかしたらミスティアの病状の解決法を知っているかもしれない。」

 この家は人里から少し離れた位置に建てているので多少歩くことにはなるが
 人里には賢人である上白沢様や幻想郷縁起を執筆されている阿求様がいらっしゃる。
 自分の様な凡人と違う彼女達ならもしかしたらこの病状の知識や解決策を知っているかもしれない。
 それでなくとも里には時たま妖怪兎が薬の行商で立ち寄るらしい。
 それこそ彼女に効く薬があるかもしれない、そう思ったのだ。

 しかし彼女は浮かない顔をしている、どうしたのかと思っていると

【そこまで迷惑はかけられない。時間が経てば治るかもしれないし構わなくても構わない】

 そう筆を走らせた。
 彼女がそう言うのであれば仕方ないかとも多少思ったが
 弱々しい彼女の様子を見て考え直した。

「まだ本調子ではないのだろう? それにこれも縁と思ってもらって構わない、
 別に迷惑などとは思っていないし弱っている女性を放っておくわけにもいかないさ。気にしないで。
 それにまた何処かで倒れられたりしたらそれこそ大事になってしまうしね」

 そう伝えるとまだ納得していない様だったが頷いてくれた。



 それから出かける用意をして外に出ると何やら彼女がまたもや困惑した様子をしている。
 どうかしたのかと思っていると筆を走らせ、

【飛ぶことが出来ない、試してみたけれども弾幕も撃てない】

 といったメモを見せてきた。
 こちらは完全に一般人のため飛ぶことも弾を撃つことも出来ないため彼女の困惑が上手くわからなかったが成る程、
 今まで普通に出来てたことが出来ないとなったら困惑もしてしまうな、と思い至った。

「そうなのか……自分は飛べもしないし弾も撃てない身だから上手くは理解出来ないけども大変そうだね。
 それも含めて人里で伺ってみようか。大丈夫、なんとかなるさ」

 そう出来るだけ明るい口調で言ったがやはり落ち込んでしまっているようだ。
 なので話題を変えるために歩きながら軽い質問をしてみた。

「ミスティアは夜雀ということだけれどもどういった妖怪なんだい?
 縁起では項目を見た気もするんだけれども失念してしまっていて」

 そう尋ねるとまだ不安気ではあったものの筆を走らせてくれた。

【夜雀は歌を歌うのが好きなの、暇さえあれば歌っているわ。それに私だけだけども八目鰻の屋台もしているの。
 焼き鳥を撲滅するためにしているのよ!
 味にも自信あるし焼き鳥なんてものを絶対にこの世から撲滅してやるんだから!! それに……】

 そういって書いている内にテンションが多少上がっていたミスティアを面白く見ていると急に筆が止まって俯いてしまった。
 具合でも悪くなったのかと思っていると続きを書きだした。

【……それに夜雀は人を鳥目にして見えなくしてから襲ってしまうの】

 そう書いた紙を見せて前を向いてしまった。
 成る程、それは確かに伝えづらいことだ。と思ったが心配させないよう努めて軽い口調で返した。

「それは怖いね、自分もまだ食べられたりはしたくないし。ただミスティアは大丈夫だろう?」

 そう返してやると理解出来ないといった様子で首を傾げて尋ねてきた。

【貴方は怖くないの?】

「だって君は今力を使えないのだろう? それならば怖がることもないさ。」

 そう伝えると多少納得した様子だった。

「……それに君は目を覚ました時に僕を襲おうとしなかった。それだけで十分じゃないのかな?
 確かに種族としては怖いのかもしれないけどもミスティアに対しては怖いという気は起きないよ」

そう伝えると少しぼーっとした様子だったがすぐに前を向き紙をこちらに見せてきた。

【貴方は少し危機感が足りないと思うわ、もう少ししっかりした方が良いと思う】

 そうして少し小走りになるミスティアを見て、照れているんだろうか?
 そんな恥ずかしいことを言ったつもりはなかったが……と困惑する○○であった。


 そうして半刻程歩いていると人里の入り口が見えてきた。
 さて、上白沢さんはいらっしゃるだろうか。この時間では寺子屋で授業中かもしれないな、
 と思って寺子屋まで行ってみるとやはり授業中の様でしっかり通る声が聞こえてきた。
 流石に授業中に邪魔をするわけにもいかないと思いどうするか考えているとそういえばまだ食事を取っていないことに気が付いた。

「少し時間がありそうだね、そういえばお腹は空いていないかい? 目覚めてからまだ食べてないだろう?」

 そうミスティアに尋ねてみると首を左右に振り、

【お腹、空いていないから大丈夫】

 と渡してきた。
 ふむ、それならばどうしようかと思っていると可愛らしい音が後ろから聞こえたので振り返って見ると
 顔を赤くして俯いているミスティアが居た。
 しばし互いに沈黙していると慌てた様子でぺンを走らせ、

【なんでもない! なんでもないのよっ!!】

 と書いてきた。苦笑しつつ自分が何も食べていないので小腹が空いてしまった。
 時間も多少あることだし何処かでお昼でも食べようか、と伝えると真っ赤な顔をしながらも頷いてくれた。

 何か食べたいものはあるかと尋ねてみると

【焼き鳥以外なら……】

 と返してくれた。
 なのでせっかくの女性連れなのだからということで行ってみたかった最近出来たと有名な甘味所に行ってみることにした。

 甘味所に付き、なんでも頼んでみると良いと伝えると多少困惑したが気にしないで良いと伝えると嬉しそうな表情で注文をしている。
 こういう所だけ見ると普通の女の子だなぁと益体もないことを考えていると注文した品が運ばれてきた。
 なんとも幸せそうな表情で甘味を頬張る彼女を見ながらよくよく考えればこんな可愛らしい子と一緒にこんな場所に来れることなんてなかったなぁ……
 うん、貴重で幸せな体験を噛みしめておこうと益体もないことを考えながら自分も箸を動かした。

 食事も終わり寺子屋に向かうと丁度授業も終わった様で子供達を送り出している上白沢様を見つけることが出来た。
 彼女もこちらに気づいたようでこちらに来ると

「珍しいな○○、どうかしたのか?」

 と問いかけてきた。確かに基本人見知りな自分は余り人里には来ていなかったなと苦笑しながら思い、用件を伝えた。

「いえ、ちょっと上白沢様や阿求様にお伺いしたいことがございまして。こちらの彼女についてなのですが……」

 そういって後ろにいるミスティアを見るとちょこんと自分の背中に隠れている。
 不安気な彼女を見ると上白沢様は

「うん? 夜雀じゃないか。いつも元気に歌っているのに静かだから気づかなかったぞ、今日はどうしたんだ?」

 と覗き込みながらミスティアに問いかけたが黙っている彼女に少し困惑している様子だったので助け舟を出した。

「お伺いしたいことというのはそのことなのです。
 何故かはわからないのですが声が出せず、空を飛ぶことや弾を撃つことも出来ないそうなのです。
 なので賢人である上白沢様や阿求様でしたら何かしらご存知ないかと思いお伺いさせていただきました」

 そういって簡単にミスティアと出会った経緯についても伝えると、

「成る程な……しかし声が出せないということは私も聞いたことがないな……すまない。
 ただ、確かに阿求だったら何かしら知っているかもしれないな。今から伺ってみようか」

 そう言いながら歩を進め始めた。
 ありがとうございます、と礼を言いながら後ろのミスティアにも
 行ってみようかと伝えると不安気な表情をしながらもコクリと頷いてくれた。

 そうして稗田家に到着すると上白沢様が使用人の方と話を進めてくれているので待っていると
 後ろから袖を引かれ振り向いてみるとミスティアが紙を差し出してきた。
 そこには

【迷惑かけてしまって本当にごめんなさい】

 と書いてあったので苦笑しながら

「気にする必要はないよ、しばらく振りに人里の方にも来れたし行きたかった甘味所にも行けたしね」

 そう言って彼女の頭を撫でてあげるとくすぐったそうにしながら俯いてしまった。
 妹とか居たらこんな感じなんだろうか……と思っているとこほん、と咳払いが聞こえ

「もう中に入れるが……もう少し待っていた方が良いかな?」

 と苦笑いされてしまったので二人して慌てて彼女に付いていった。


 中へ通されるとやはり立派な建物なのを再認識し感嘆していると声が聞こえた。

「こんにちは、初めまして稗田家当主の稗田 阿求と申します。本日は慧音様までご一緒とはどの様なご用件でしょうか?」

 そう言って朗らかに微笑んでいるこの子が阿求様なのだろう、
 実際に会うのは初めてなので年端もいかない可愛らしい少女なので少し面食らってしまったが落ち着いて用件を伝えることにした。

「こんにちは、わざわざお時間をお取りいただきまして真にありがとうございます。
 用件というのこちらの少女についてのことなのですが……」

 そうして概要を伝え終わったがやはり上白沢様同様浮かない顔付きをしていた。

「申し訳ありません……私も慧音様同様そういった事例は聞いたことがありません……」

 そう言って頭を下げてくるので慌てていえこちらこそ申し訳ないと謝る。

 そうして三人で悩んでいると再度袖を引かれたので振り返るとミスティアが再度メモを出してきた。

【迷惑を掛けて本当にごめんなさい、私は大丈夫だから……】

 と書いてあったので再度気にするな、と頭を撫でてやった。

 そうして二人に対して振り向くともう一つの案として考えていた行商について尋ねてみた。

「里には時たま薬売りの行商がやってくると聞いています、次は何時来るかというのはわかりますでしょうか?」

 そう尋ねてみると

「成る程、確かに病魔関連の問題なのかもしれないな。
 ただ先日来たばかりなので一、二週間程先かもしれないな」

「私も文献に似たような事例が残っていないか調べてみましょう。
 稗田家になくとも紅魔館の大図書館ならばより多く文献も残っているでしょうし、
 命蓮寺も里の近くにありますので良ければ伺ってみると良いかも知れませんね」

 と答えてくれた。
「畏まりました、色々と教えていただきありがとうございます。
 それではとりあえずは行商が来るまでは様子見ということになりますね」

 そう礼を伝えて後ろのミスティアにもお礼を言うように促す。

【ありがとうございます】

 簡素な言葉に三人で苦笑しながらも改めて自分もお二人に礼を伝える。

「それはそれとしてこの後はどうするのだ?もし良ければ私が面倒を見るが」

 と上白沢様が仰ってくれた。確かに男の元に居るよりも女性である上白沢様との方がミスティアも安心出来るかもしれないな、
 と思い振り向きミスティアに問いかけてみる。

「ミスティアはどうする?僕は別に一、二週間程度ならば居てもらっても構わないけども」

 そう伝えるとミスティアは多少困惑し悩む仕草をした後に

【……人里にずっと居るというのは私には少し居づらいです。
 助けてもらった恩返しもしたいですし宜しければ貴方と過ごさせていただいても良いでしょうか?】

 そう書いて伝えてきた。
 成る程、確かに妖怪であるミスティアがずっと人里に居るというのは辛いものがあるのかもしれないな、
 と納得し二人にその旨を伝えた。

「わかった。無理やり住ませるよりかは自分で選んでの選択の方がいいからな」

 と上白沢様が納得してくれたのでそこで話はまとまった……はずだった。

「しかし……ミスティアは可愛らしいからな。間違いなど起こすんじゃないぞ?」

 等とくだけた口調で続けなければ。

「人のことをなんだと思っているんですか……」

 勢いあまっていただいていたお茶を噴出す寸前だったが勢い良く咽てしまいそれを見て大笑いする二人と
 真っ赤になって慌てふためくミスティアが印象的だった。



 そうして二人に礼を言って別れ、ミスティアと共に家へと向かっていると再度ミスティアが紙を差し出してきた。

【本当に良かったの? やっぱり迷惑なんじゃ……】

 と泣きそうな表情で渡してきたので出来るだけ不安を感じさせないように笑いながら

「今更何を言っているんだい、迷惑なんて全く思っていないし今まで一人きりで寂しかったぐらいだからね。
 勝手だけど妹が出来たみたいで嬉しいぐらいだよ」

 だから気にせずなんでも伝えてきな。
 そう言いながら撫でてやると少し嬉しそうな顔をしながらしかしどこかしら不満げな顔で

【わかった……】

 と伝えてくれた。



──────────────────────

 …そうして私は再度ここに戻ってきた。



 どうしてかわからないけれども声を出せなくなり
 混乱している内に樹にぶつかり気を失っていたらしい私は目覚めたら見知らぬ場所に居た。
 混乱しながら周りを見渡すと見知らぬ人間が居て私は叫んでしまった。
 …いや、正確には「叫ぼうとした」、だ。
 相変わらず声は出なかった。
 何故なのかわからず困惑していると人間は紙とペンを差し出してきた。

「君は字は書けるのかな? もし書けるのであれば多少不便だけどもこれに書いてもらえるかな、
 このままじゃどうすればいいのかわからないし」

 そう伝えてきたのでわかるということを伝えるために紙に書き伝えた。
 
 彼の話を聞くと散歩の途中に気を失った私を見つけ家まで連れてきて介抱してくれたらしい。
 なので彼に礼を言いながらこれからどうしようかと考えていると人里に行ってみないか?
 と尋ねてきた。
 彼が言うには里には物知りな人間や薬売りが居るそうなので私の不調を解決出来るかもしれない、
 ということらしかった。
 しかし見知らぬ人間にこれ以上迷惑は掛けられないと思い筆を走らせた。
 それに対して彼は、

「まだ本調子ではないのだろう? それにこれも縁と思ってもらって構わない、
 別に迷惑などとは思っていないし弱っている女性を放っておくわけにもいかないさ。気にしないで。
 それにまた何処かで倒れられたりしたらそれこそ大事になってしまうしね」

 と返してきた。確かに本調子とは程遠いし人里まで程度なら助けてもらおうか……と考え直した。
 ……彼意外と頑固そうだし。



 それから出かける用意をし、外に出て飛んでいけば早いだろうと思い飛ぼうとする。
 だが……身体は動かない。嫌な予感が身体を駆け巡り弾幕を放とうとしてみるがこちらも手からは何も出ない。
 愕然としていると彼が再度声を掛けてきた。
 なので弾を撃てないこと、飛べないことを伝えてみた。
 意外なことに黒白や紅白などの様に飛んだり弾幕を張ったり出来ると思っていたが基本的には
 人はそのどちらも出来ないらしい。
 彼は簡単なフォローをしてきてくれているが理解出来ているのか怪しいものだ……
 こんな事態に陥ったことがないのでどうしようかと悩んでいると彼が気を利かせてくれたのか
 話題を振ってきてくれた。
 どうも彼はあまり妖怪を見たことがないらしく私の種族についてもあまり良く知らないらしい。
 それなのに妖怪を助けるとは余程のお人よしか馬鹿なのか……

 聞かれて答えないわけにもいかないしと思い筆を走らせていると思った以上に興が乗ってしまったらしい。
 屋台についてなど私のことに関してまで書いてしまっていた。
 だけどもその先……伝えなければいけない。夜雀について。
 ……鳥目にして人を襲うということについて。
 書き終えると彼より先に出た。
 なんとなく……なんとなくだけども彼の顔を見たくなかったのだ。
 きっと、……恐怖しているだろうから。

 しかし聞こえてきた声は畏怖の声ではなかった。
 私は理解出来ず怖くないのか? と尋ねた。
 そうすると彼は怖いけれども君は大丈夫だろう? と答えた。
 曰く、今の私は脅威ではないということらしい。
 確かに今の私は無力だ。弾も撃てない鳥目にも出来ない。歌で惑わすことも出来ない。
 成る程、と納得しようとしたところに更に理由を続けてきた。

 ……断言しよう。この人間はお人よしだ。
 何故か熱くなった顔を見られたくなくて私は前を向き筆を走らせた。



 そうして半刻程だろうか、人里に着いた。
 私は彼の目当ての人物がわからないので彼に任せていたが
 見つからないのか彼は立ち止まると
 お腹は空いてないか? と尋ねてきた。
 そういえば目覚めてから何も口にしていないと思い返すもご飯をねだるのも雛鳥が親鳥にねだる様で恥ずかしいので
 空いていないと答えた。

 ……私のお腹の馬鹿。
 自己主張したお腹を誤魔化すように必死に筆を走らせる。
 しかし無駄な努力だった様で目当ての人物に会う前に甘味所に行くこととなった。
 甘いものは食べたかったけども恥ずかしくて顔が上げられない……調子狂うなぁ……

 甘味所に着くと何でも頼んで良いと言われ遠慮しようかとも思ったが
 腹の虫まで聞かれてしまっているのだ……開き直り甘味を注文させてもらった。
 甘味はやはり美味しいなぁ……屋台でも何かしら追加してみようかしら?
 女性が多いのだから人気が出るかもしれない。お酒と合うようなのを考えてみよう。
 などと食べながら考えていた。
 ふと見ると彼も美味しそうに食べていた。男性も甘いものが好きなものなのだろうか?
 ならばメニューとしてはやはり二重丸かもしれないわね……



 食事が終わり改めて彼の言う目当ての人物の場所まで行くこととなった。
 そして彼が見つけ声を掛けたのだがその人物は私も知っている人物だった。
 上白沢慧音……堅物であまり良い印象は持っていない。
 だからだろうか?彼が話している間に知らずに彼の背中に隠れてしまっていたのは。

 いきなり振り向かれて少し面食らってしまった。……何か調子狂うなぁ。

 上白沢に話しかけられ自分の異常についてを伝えると彼女もやはりわからないらしい。
 それも当たり前か……と思っていると他にもわかりそうな人が居るらしいので付いて行く事になった。

 そうして人里でも大きな建物の前に到着する。
 上白沢は面会の許可のために別の人と話している。彼と二人取り残される形になったので
 改めて謝罪の言葉を書いた紙を彼に渡した。
 そうすると彼は苦笑しながら……私に触れてきた。
 突然のことでどうしたらいいかわからずされるがままになってしまっていると咳払いが聞こえたので
 慌てて彼が手を離した後二人して慌てて彼女を追いかけていった。

 …落ち着くまで時間がかかったが何処となく触れられた部分が寂しかった。
 
 そうして通された場所では一人の少女が待っていた。
 彼女が目当ての人物だったようで幼いながらにかなりの知識人らしい。

 しかし、彼女も同じく私の異常を解決する知識は持ち合わせていなかったようだ。

 三人で悩んでいる姿を見ているしかなかった私はこれ以上はやはり迷惑はかけられない、と思い
 再度彼にメモを手渡した。
 そうすると彼はまた苦笑しながら私に触れてきた。

 ……まただ。彼に触れられると私は何も出来なくなってしまう。
 何故だろう? 嫌なのだろうか? それならば振りほどけば良いだけなのだが……

 考えていると彼は手を離し再度彼女達に向き直り解決策を探り出した様だ。

 私は彼の話を聞きながら片隅で彼に触れられた時の感覚について考えていたが……それが何なのかはわからなかった。

 そうして少しぼーっとしていると話がまとまった様で彼にお礼を言うように言われた。
 慌てて紙を差し出したがどうにも簡素な感じの文面で三人に苦笑されてしまった。
 ……恥ずかしい。

 そうしていると上白沢からこの後どうするかと言われた。
 薬売りが来るので必要ならばそれまで住居は提供する、ということらしい。
 少し迷ったが助けられた恩をまだ全然返していないし人里にずっとというのは妖怪である私には少し辛いものがある。

 なので彼の好意に甘える形にはなるがしばらくお邪魔させてもらうことにした。

 彼も了承してくれたので話はそれで終わりだと思った。……思っていたのだ。
 ……あんな事を言われるとは思わなかった。そもそもそういう事はわからないし……

 だから私は赤い顔のまま俯きながら咽て苦しそうな彼の背中を擦ることしか出来なかった。
 


 そうして二人と別れ彼の家への帰路へとついていた。
 彼の家にしばらくの間住ませてもらうというのは一応の了承は得ていた。
 しかしやはり迷惑ではないのか? と思い立ち彼に再度メモを手渡した。
 
 だが彼は微笑を浮かべ気にしなくても良いと言ってくれた。
 なのでしばらくの間だけでもやっかいにならせてもらおう、そう思った。

 その時私に触れながら彼が言った言葉に少しだけちくり、としたものを感じた気がしたけれども
 それが何かはわからなかったし努めて考えないようにした方が良いと思った。

 さて……とりあえずはどうやって恩を返したら良いのかな? そんなことを考えながら。



 …そうして私は再度ここに戻ってきた。


──────────────────────

そうして、彼女は戻ってきた。



「さて……戻ってきたはいいがどうしようか」

 とりあえず家には戻ってきたもののまだ少し夕飯には早い時間だ。
 ミスティアも居ることになったわけだし簡単に掃除とかでもしておこうか……
 などと考えていると袖を引かれる感触がした。

 振り返ってみるとミスティアがこちらを見上げながらメモを差し出している。

(う……改めてみると可愛いなミスティア。
 まぁ心細い中頼ってくれているのだから平常心平常心。
 彼女は妹みたいなもの……うん、大丈夫)

 何が大丈夫なのかは全くわからないがとりあえず彼はメモを受け取った。そこには……

【なにか私に出来ることはありますか?】

 といった内容が書いてあった。
 成る程、早速恩返しをしたいということか。と考えが思い至った。
 しかし掃除を手伝ってもらうにしても勝手がわからないことに加え
 一々メモで確認を取っていると逆に遅くなってしまうかもしれない。
 何か別にやってもらうことなんてあったかな……
 そう考えているとミスティアとの会話、というよりも筆談を思い出した。

「そうだな……それならもう少ししたらでいいんだけども夕飯の支度をお願いしてもいいかな?
 僕は簡単に掃除をしなければいけないから少し待ってもらうことになるけれども」 

 屋台をしていたということなので料理の腕は恐らく確かなのだろう。
 しかしいきなり知らない場所での料理は難しいと思うので一緒に台所には立つがそれならば役割分担にもなる。
 そう思い至ったのだ。

 その考えは間違っていなかったようで朗らかな笑顔でミスティアは頷いた。
 掃除も手伝おうとしてきたが理由を言うと納得してくれたのか大人しく待ってくれていた。



 掃除もとりあえず一段落したので居間に待たせていたミスティアの様子を見に行ってみると……

「あら……寝ちゃってるか」

 静かに寝息を立ててちゃぶ台に突っ伏しているミスティアが居た。
 緊張していたんだろうなぁ……知らない場所、知らない人、思い通りにならない身体。
 疲れていて当然だな、と思い台所の内容を教えるのはまた今度かなと考える。
 大した物は作れないけれどもとりあえず夕飯を作るか、とそのままでは身体に悪いと思い毛布を掛けてあげて台所に向かう。



 簡単にではあるが夕飯を作り終えミスティアを起こそうと声を掛ける。

「夕飯出来たよ、起きれるかい?」

 しかし声だけでは反応がない。どうやら大分ぐっすりと眠ってしまっているようだ。
 どうしたものかとしばし思案しているとミスティアの様子が変わってきていることに気づいた。
 大分うなされ、酷い汗も出てきた。

「ミスティア!? 大丈夫か!?」

 もしかしてわからなかっただけでどこかしら怪我をしていたのでは……
 必死になり身体を揺さぶってみる。すると…

「!? !!? !!!!」

 意識を取り戻したミスティアはがむしゃらな様子でこちらに飛びついてきた。

「ミスティア!! 大丈夫なのか!? どこか痛むところとかは!?」

 がたがたと震えてはいるがとりあえず首を振る仕草をしているのでひとまず安心して落ち着くまでそのままにしていることにした。



 ……多少落ち着きを取り戻した様だったのでミスティアの様子を伺いながらも声を掛けてみた。

「大丈夫? 落ち着いたかな?」

 出来るだけ優しく聞いてみた所ゆっくりではあるが頷いてくれた。
 ほっと安心していると未だに抱きしめていることに今更ながらに気づいてしまったので慌てて距離を取る。
 出来るだけ平常心を取れるように努めた後にミスティアに問いかけてみる。

「嫌な夢でも見ていたのかな?」

 そう問いかけるとこくり、と頷いた後に筆を震える腕で走らせた。

【夢を見たの怖い夢を】
【そこでは私は夜の闇に溶けていた】
【いつもと逆なんだ……私が闇に囚われていたの】
【姿も見えずカタチもわからないの】
【でも……わかるの。身体を突き刺すものが】
【声が迫れば逃げようとも思うのに……】
【聞こえてくるものは私の荒い息だけなの】
【そうしていると世界が白く染まっていくの】
【でもわかってしまった……その世界に私の居場所はないって】
【もう何も喋れない……】
【もう……歌すら歌えない……】

そこまでを一気に書ききると少し落ち着いたのかこちらに向き直り謝ってきた。

【ごめんね? いきなりでびっくりしたでしょう?
 みっともない所も見せちゃったし……料理するって言ってたのに寝入っちゃってたし……ごめんなさい】

 そういって謝ってくるミスティアが……どうしようもなく儚く見えて消えてしまいそうに思った。
 だからなのだろうか?

「大丈夫、みっともなくなんてないさ。僕だってミスティアの様な状況、
 例えば声が出なかったり腕が動かなくなったりだとか目が見えないとかになったら混乱する。
 ミスティアみたいに立派になんて振舞えなくて喚き散らしたりしちゃうと思う。
 ミスティアは立派だよ。自分が一番辛いのに他の人に頼ったら迷惑だと思えるんだから」
「でも大丈夫、ミスティアがここに居る間ぐらいなら頼ってくれて構わない。
 なんでも出来るとは決して言えないけども辛い時の捌け口くらいなら僕でも出来ると思うから」

 そうミスティアをあやすように軽く抱きしめながら声を掛ける。
 少しの間きょとんとしている風なミスティアだったが言葉を噛み締めたのか
 胸に顔をうずめ震えだした。自分に出来るのはこれくらいだろうと思い再度落ち着くまでそのままにしていた……



 しばらくして落ち着いたのかミスティアが離れた。
 泣きはらし赤い目をしていたが、

 【ありがとう、大分楽になったよ。もう大丈夫】

 そういって儚げながらも笑みを見せてくれた。
 その笑みはどこか消えてしまいそうになりながらもとても綺麗で……
 良かったと思いながらも先ほどの自分の台詞を嫌でも思い出してしまい
 逆にこっちが赤面してしまった。勢いに任せてだけども大分凄いことを口走ってしまった気がする。

 とりあえず夕飯の支度が出来ていたことを思い出し二人して真っ赤になりながらではあったが
 多少遅くなったご飯を食べた。



「ご馳走様でした」
【ごちそうさまでした】

 ミスティアにお風呂に入るように伝えた後に気付いたことがあった。

「……服どうしよう」

 失念していたが男一人での生活だったために当然のことながら女物の服なんてあるわけがなかったのだ。
 とりあえず寝巻きは自分の予備を使ってもらうことになるなぁ……と考えているとミスティアが戻ってきた。
 もう入ったのか?2分も経ってないがと思ったがミスティアの服装がそのままだったため戻ってきただけだとわかった。

「どうかした? お風呂の場所わからないとかかな?」

 そう問いかけてみるとふるふると首を振る。
 あ、それならば寝巻きのことだろうかと思っているとメモを差し出された。そこには……

 【ごめんなさい、一人だとさっきの夢を思い出して怖いの。一緒に入ってもらえないかしら……?】

 かなりの間幽体離脱していたと思う。和服の美人が手を振りながら

 『私の分残しておいてね~♪』

 と言っていた気がしたが全力で聞かなかったことにした。



 さすがに一緒に入るというのは自分の理性が確実に持たなかったのでお風呂場の外に居る、ということで納得してもらった。
 自分情けなさ過ぎるな……泣きたい。

「湯加減は大丈夫かい? 大丈夫だったら手を叩いてくれればいいから」

 そう言ってみると一回叩く音が聞こえた。

「それなら良かった。ゆっくり浸かると良いよ、お風呂はリラックス出来るからね」

 再度叩く音が聞こえたので安心して今後の事について考えることにした。
 
『とりあえず明日再度上白沢様の所に赴いて必要な物を工面してもらおうか……
 考えてみれば女性の必需品とか全くわからないもんな。
 その後は時間があれば紅魔館かもしくは話に出ていた命蓮寺にでも行けたら行ってみるか』

 そんなことを考えていると手が鳴る音がした。意識を戻して出るのかな?と問いかけてみる。

「もう出るかい?」

 ぱん、と音が聞こえたので持ってきていた寝巻きを置いて去ろうとした。
 ……去ろうとしたんだよ……

「それじゃ寝巻きは僕ので悪いけども置いておくね、タオルはわかるだろうから着替えたら居間に来るといい」

 そう伝えたところぱんぱん、と素早く2回手を叩く音がした。
 ……理性頑張れ、と思いながら問いかける。

「どうか……した?」

 ぱん。

「えーと……離れると怖い……ってことかな?」

 ぱん……
 弱々しい音が響いた。

「……わかった。後ろ向いてる。絶対見ない。絶対だ。だから早めにお願いします!後生です……」

 最後の方は涙声だったと思う。うん。



 自分が意外と忍耐強いということを思い直しながらお風呂に浸かる。
 ただ悪気があったわけではないと思うし不安で仕方ないのもわかる。
 だからそんな考えになってしまっている自分が一番どうしようもないのだ。
 そんなことを考えながら扉を挟んで居るであろうミスティアに明日の予定を伝えたりしながらゆったりと浸かった。
 出る時にさっきと逆になるのだ……ということは考えないようにして。



 そうして風呂から上りさて、明日に備えて寝るかと思い至った時に直面してしまった。

「布団一つしかねぇ……」

 当たり前じゃない、一人暮らしだもの。客なんて滅多に来なかったからなぁ……仕方ない。この機会に明日布団もだな。
 などと考えていると寝巻きの裾を引かれた。

【居間で寝ようか?】

 ということらしいがそんなことは女の子にはさせられるわけもない。
 なので当然ではあるのだが自分が居間で寝ることを伝えた。
 大分反対されたのだがこれはさすがに譲れない、一日だけならば大丈夫だ。と伝えると納得してくれた様だ。

 そうしてしっかりとミスティアを寝かしつけ(怖くて傍に居てくれないと寝付けないというので)
 自分も居間に戻り明日のことを考え眠ることにした。



 そうして少し経った頃だろうか?
 ガタン、と音が聞こえてきた。
 そうして思い至る、彼女は悪夢にうなされているのではなかったかと。
 後悔しながらも寝室に入り彼女を必死に起こす。
 そうするとしばらくして目を覚ました彼女はやはり震えながらこちらへと飛び込んできた。
 再度震える彼女をあやしながらこれは手でも握っていてあげないとダメだな……と



 ……そうして彼は徹夜で理性をフル回転させることにしたのだった。


──────────────────────

 どうしてなのかはわからない。



 半日振りになるのだろうか、私は彼と共に再びこの家に戻ってきた。
 結局彼の家にしばらくの間住まわせてもらうことになった。
 ……彼にはもう大分迷惑を掛けてしまっている。
 せめて何か恩返し出来ることはないかと思い彼の服の袖を引いてみる。
 そうしてメモを書き彼に手渡す。今日だけでも何度目か覚えていないぐらいの意思疎通方法だ。
 多少不便は感じるものの慣れてきたのかそれ程手間取らなくなってきた。
 早く声が出せる様になればいいのだが……

 そんな事を考えながら仕事を与えられるのを待っていると彼から食事の用意を頼まれた。
 成る程、屋台をやっているということを伝えたからだろう。
 彼はまず簡単に掃除に取り掛かるから居間で待っていてほしいそうだ。
 確かに声での意思疎通が出来ない私では
 捨てて良いものか悪いものかの確認にわざわざメモを持っていかなければならない。
 そうすると彼に余計な手間を掛けさせてしまうことになってしまう。

 彼の手助けをしたいと思っているのに作業を増やしてしまっては本末転倒だ。
 本当に今の自分が恨めしい……

 料理の方も同じで使って良い食材、彼の好み、調味料の場所なども把握しなくてはならない。
 結局は彼の掃除が終わるまでは私は待っているしかない、ということだ。

 なので今は居間で彼が掃除が終わるのを待っている。
 しかし手持ち無沙汰というのは大分時間が過ぎるのが遅いものだ。
 そういった時程……変な考えというものは浮かぶと思う。

(よくよく考えてみると……男の人の家に居るんだよね、私)

 その考えに思い至った途端何故かわからないが急に顔が熱くなった。
 それが何故なのか努めて考えないようにして目を瞑っていると疲れが溜まっていたのか
 急速に眠気が襲ってきた。
 考えてみれば気を失って倒れていたのに碌に休まず半日歩いていたのだから当然かもしれない。
 飛ばずに歩くというのも大分久々のことだったし……
 
(少しだけ休んでおこうかな……)

 そうして目を瞑っていると意識は急速に闇に溶けていった。

 ……今まで私が獲物を鳥目にしていたのと同じ闇へ……



 ……私は走る。闇の中をただひたすら。
(飛べない、どうして!?)
 何かが迫るのがわかる。それが何かはわからない。
(逃げようと足掻いては見るものの闇で見えず転びながらどんどん翼は汚れていく)
 自分の荒い息だけしか聞こえない。他には何も聞こえず、見えない。
(何かが熱を持っているのがわかる、でもそれが自分なのかナニカなのかはわからない)
 いやだよっ……こんなの……またあの広い空へ……
(声を出そうとしても言葉にならず、口からは聞きなれていた音の変わりに荒い呼吸の音だけが響く)
 瞬間、世界が変わった。黒だけで何も見えなかった状態から白一色の世界へ。
([別れは告げた?]ナニカが問いかけてくる)
 もう……もう……歌も歌えない。何も喋れない。何も触れられない。
(世界は白く霞んでいく)
 


 もう……なにもきこえない……



 最後に、白い世界で誰かの姿を見た気がした。



 そうして私は意識を目覚めさせた。
 酷い汗で呼吸もままならない状態だったが周りを見渡してみると……

 ……彼だ!!

 無意識での行動だった。
 どうしようもなく怖くて、頭も上手く回ってなくて……
 とにかく必死に彼にすがり付いた。
 少しでも安心したくて……ぬくもりが欲しくて。
 私は此処に居るんだということを確かめたかったからなんだと今になるとそう思う。



 それなりの時間が経過し、私も落ち着きを取り戻す。
 彼が心配し通しだったので頷き落ち着いたということを伝えてみる。

「嫌な夢でも見ていたのかな?」

 そう優しく問いかけてくる彼に頷いた後、未だ震えている腕ではあったが筆を走らせた。



 内容を覚えている範囲……最後の白くなった以降以外なのだが、を書ききると
 彼に対して更に迷惑を沢山掛けてしまったことに思い至った。
 なんせ彼が掃除をしている間に待っているはずがいつの間にか眠りこけてしまっていて
 その上目覚めていきなり彼にすがりついてしまったのだ。
 今気付いたが良い匂いも漂っているので恐らくは料理も終わってしまっているだろう。
 なので謝罪の内容のメモを彼に手渡した。

 ……その後は一瞬記憶が飛んでしまっている。
 彼に抱きしめられたのだ。
 痛いくらいに強くという訳ではなく優しくといった感じだったがどうしようもなく身を竦めてしまった。

 そして……彼の言葉を理解していく内に胸の内に溜まっていたものがどうしようもなく溢れてしまった。
 彼の胸を借りてであるが今までの不安や恐怖、全てが溢れてしまいしばらく彼の胸から離れることは出来なかった。

 この感情はなんなのだろう……? 理解してもらった嬉しさ? 同情してもらった嬉しさ?
 全てがしっくりこなかったがとりあえずしばらくはこうさせていてもらおう……そう思った。

 

 しばらくの時間が経ち、私も多少落ち着きを取り戻すことが出来た。
 なので彼から離れて感謝の気持ちを込めたメモを手渡す。
 本当に大分楽になった気がした……溜め込んでいたものを吐き出すことが出来たからだろうか?

 そうして彼の顔を見てみると大分真っ赤になってしまっていた。
 何故だろうと考えて彼の言葉を思い返し私も大分真っ赤になってしまった……
 うぅ……恥ずかしいなぁ。



 その後彼が用意していてくれた夕食をいただき、ゆったりとした時間を過ごしていると
 彼からお風呂が沸いているということを伝えられた。
 確かに昨日から湯浴みはしていなかったことを思い出し、彼に匂いとか気にされてただろうか?
 と少しだけ不安になった。

 そうして何度目かわからないぐらいの彼の好意に甘え浴場まで行こうと部屋を出て少し歩いたのだが……
 暗闇の空間を見た瞬間に夢の映像がフラッシュバックしてしまい足が竦んでしまった。

 ……情けないにも程があるのだが、
 鳥目にすることが私の力だったはずなのに今はその暗闇が恐ろしくてたまらない。

 今の私ではどうすることも出来ないと思い至り、居間へと戻った。
 ……彼が居てくれるであろう居間へ。



 そうして私は今湯浴みをしている。
 彼は浴室の外、扉を隔てた位置で待ってくれている。
 最初は一緒に入ってもらいたいと懇願したのだが
 どうしてもそれは出来ないと彼に逆に懇願されてしまった。
 
 ……恥ずかしいのは私も当然なのだが……
 しかし、一人では発狂してしまうぐらいに今の私は不安定らしかった。

 そうしていると彼から湯加減について聞かれる。
 丁度良い温度になっているので大丈夫と伝えようとしたが
 伝える手段がないことに気付いてしまった。
 
 さすがに浴室までメモを持ち込めるわけがないのだから。

 しかしその悩みも簡単に解決した。
 彼が「手を叩いてくれれば良い」、と伝えてくれたのだ。

 成る程、確かにそれは名案だと思い早速一回手を叩いてみた。

 彼から了承の言葉をもらえたので見えていなくても疎通は問題なく出来ると
 思うとなんだか嬉しくなった。

 

 その後湯船に浸かっていたのだが
 それなりに長時間入りすぎてしまったようだ。
 そろそろ出ようかと思い彼に知らせるために手を叩く、すると彼が反応してくれた。

 どうやら寝巻きは用意してくれているらしい。
 しかし、居間に戻るという彼の言葉を聞いた途端反射的に私は手を二回叩いていた。

 少しはマシになったかとも思った。しかしダメなのだ。
 またいつあの光景が……どうしようもない恐怖が襲ってこないとも限らない。

 彼から……離れたくないのだ。
 それは恐怖のため……だと思う。とりあえずはそれ以外は思いつかない。

 そんなことを考えていると彼から泣き声に近い返答があったため、出来るだけ手早く浴槽から上がることにした。

 ……こちらに背を向けながら必死に何か呟いている彼を見て少し可愛いと思ったのは仕方ないと思う。

 ……彼が浴槽から出る時に全く同じ状況になるということをまだ私は知る由もなかった……



 そうして彼もお風呂から上がり二人で居間へと行き明日に備えて寝ようかと考えていると
 彼がしまった、という様な仕草をした。

 どうも布団が一つしかない様なのだ。彼は一人暮らしの様だし当然といえば当然だ。
 それならば私が居間で寝れば良い、と彼に伝えるが女の子にそんなことはさせられない。
 と言われてしまった。
 私は妖怪で人間である彼よりも丈夫だから大丈夫だと伝えるもこれ程だったかと驚くくらいに頑なだった。

 最終的には私が折れる形になり彼は居間で眠ることになった。
 しかし私は暗闇が怖い。……夜雀である私が暗闇を怖がるなんて笑い話にもならないのだが。
 なので寝付くまで傍にいてもらうことにした。

 彼が傍に居てくれる……そう思うと不思議な程安らかに私の意識はまどろみに沈んでいった。



 ……まただ。またなのだ。逃げられないのだ。
(なにもみえない、なにもきこえない、なにもふれられない)
 怖い、怖くてたまらない。これからずっとなのだろうか。
(だれかがささやくこえがきこえる。なにかをささやくこえがきこえる)
 ずっと続く……これからこれが……私は……
(とけていたやみがかたちをとりもどそうとしている)



 壊れてしまうのだろう。何処か冷静な私がそう感じていた。



 瞬間、以前の様に世界が白く染まった。意識が覚める瞬間以前も見た人影が……



 そうして目が覚めた。目の前には彼。何を考えるよりも早く私は再度彼に抱きついていた。
 もうダメなのだ……私は壊れてしまったのだろう……そう思いながら。

 その後、彼が落ち着くまで手を握ってもらいながら横になるとやはり不思議な程意識はまどろんでいった。



 ……夢は何故かその時は出ることはなかった。


──────────────────────

 放っておけるわけがないじゃないか。



 朝日が差し込む感触を感じて目を覚ます。
 ……どうやら寝入ってしまっていた様だ。
 少し無理な体勢だったためか少し節々が痛みを感じる。

 そうして布団を見ているとミスティアの姿が見えない。
 どうやら先に目を覚ましていたようだ。

 そうして自分も意識をしっかりさせていると居間の方より
 食欲を刺激する匂いが漂ってきた。
 その匂いに釣られる様に居間へと向かうとエプロンを着けたミスティアが料理をしていた。

 驚いているとこちらに気付いたのか、一旦調理していた手を止めメモを書き出した。

【先に目が覚めてしまったので悪いとは思ったのだけども台所を見させてもらって
 朝食の用意をさせてもらったわ。 もうすぐ出来上がるから居間で待っててもらえるかしら?】

 そう伝えてくるので申し訳ないとは思ったが好意に甘え出来上がるのを待つことにした。

 少しの間待っていると出来上がったのかミスティアが料理を運んできたので
 自分も手伝い朝食の用意を終えた。
 出来上がった料理を見て大分驚いたのだが何処ぞの料亭の料理かと間違うくらいに
 鮮やかで食欲をそそる内容であった。

【口に合うといいのだけれど……】

 と少し不安気に聞いてくるので早速一口いただいてみると今まで食べたことのある
 どの料理よりも美味しかった。なので素直に感想を言うと照れながらではあったものの
 はにかみながら嬉しそうに微笑んでくれた。



 朝食をいただいた後に早速今日の予定、もう一度人里に赴き
 上白沢様の所に行き日常品の手配を頼むことと紅魔館か命蓮寺のどちらかに行ってみようと
 思っている旨を伝えた。

 ミスティアも了承してくれたので少し腹休めをした後に早速向かうことにした。



 昨日と同じ様に歩きながら、二人で人里への道を歩いていた所
 向こうから歩いてくる人影があった。
 相手も自分達に気付いた様で手を振るとこちらへと近づいてきた。

「よう○○……と夜雀か? 珍しい組み合わせだな」

 そう言って声を掛けてきたのは霧雨魔理沙という少女だった。
 彼女とは時たま魔法の森の近くまで行った時に採集中の彼女と話すことがあるくらいの仲だった。

「こんにちは魔理沙、後ミスティアとも知り合いなのかな?」

 妖怪であるミスティアと知り合いなのに少し驚いたがよくよく考えれば
 彼女も人間ではあるが魔法使い、弾幕も撃てるし空も飛べる。魔法も使えるという
 自分の様な一般人の括りに入らない存在なのだということを思い出した。

「あぁ、そいつとは何度か弾幕遊びもしたことがあるし屋台でも私は常連だからな。
 逆に村人である○○と知り合いなのに少し驚いたんだ。
 ……それはそれとして今日は静かなんだな? いつもは歌っていてうるさいくらいなのに」

 そう言ってミスティアに尋ねかける魔理沙。
 ミスティアを見ると少しだけ辛い顔をしていた
 ……しまったと思ったのでミスティアの代わりに彼女に説明することにした。

「実は……」

 説明し終わるとやはり彼女も夜雀も喋れなくなるということに驚いていたが
 納得するとしばし考え始めた。
 もしかして何かしら対処法を知っているのかもしれない……と思ったが
 やはり彼女も何故なのかはわからなかった様だ。

「成る程な、そう言ったことは聞いたことがないけれどもミスティアの様子を見ると
 本当らしいな……力になれなくてすまない」

「いや、気にしないでいいよ。 ミスティアの体調が良くなるまでは面倒を見るつもりだし」

「そうか……結構なお人よしだったんだな○○は。 少し意外だぜ」

 そう言ってくる魔理沙……自分はそんなに薄情に思われていたのだろうか。
 少しショックだ……

「私も少し調べてみるよ、家に何かしら資料があるかもしれないし
 パチュリーやアリスなら何かしら知っているかもしれないからな」

 アリスさんは時たま人里で見かけたことはあるがパチュリーさんとは知り合いなのだろうか?
 会ったことがない人物なので少し気になって問いかけてみると、

「あぁ確かにあいつは滅多に外に出ないからな。 紅魔館に住んでいる魔女で図書館の主なんだ。
 知識と本だけはだいぶ持っているから知っていることがあるかもしれなくてな」

 そう伝えてきた。成る程、丁度お伺いしようと思っていた人と知り合いなのか。
 上白沢様に連れて行ってもらおうと思っていたところなのでそれならばと魔理沙に尋ねてみた。

 すると魔理沙も快く了解してくれたので後日都合のいい時に一緒に連れて行ってもらうこととなった。

 そういった形に話がまとまったのでミスティアと二人魔理沙に頭を下げて
 彼女と別れ人里との道を再度歩き出した。



 その途中ミスティアから魔理沙と知り合いなのかと問いかけられた。
 何故か何処となく不安気な顔をしていたので友達だよ、と答えると
 納得したのか足取りが軽くなっていた。
 共通の知り合いということで嬉しかったのだろう。



 そうして人里に着くと今日は授業がなかったようで上白沢様を見かけることが出来た。
 なので彼女に声を掛けると彼女も気付きこちらへと向かってきた。

「こんにちは○○。 昨日は大丈夫だったか?」

 そう尋ねられたので日用品などの準備が全然出来ていなかったことを伝えた。
 なので布団や日用品に対して少し工面してもらえないだろうか? と伝えると
 二つ返事で了承してもらえたので申し訳ないとは思ったが重ね重ねお礼を伝えておいた。

 そうして用意を始めようとしてくれていた上白沢様だったが思うところがあったので、

「上白沢様、命蓮寺に本日は行ってみようと思うのですが場所がわからなくて……
 もし良ければどなたかに日用品をミスティアと選んでもらってその間教えてもらえないでしょうか?」

 そう伝える、すると上白沢様も言おうとしていたことをわかってくれたのか、

「それならば阿求に日用品については頼もう、彼女ならば事情も知っているし問題ないだろう」

 と仰ってくれた。

 わざわざ申し訳ない、と上白沢様に伝えた後に後ろに居るミスティアに先に
 稗田家に行くことになったと伝えた。
 彼女はしばし離れてしまうことに対して不安気な様子だったが、

「……下着とかも必要品に入ると思うから」

 そう伝えると真っ赤になって下を向き納得してくれた。



 稗田家に着きミスティアを阿求様に預けると上白沢様に尋ねられた。
 やはり聡明な方だからだろう、言葉の裏の意図を読み取ってくれていたようだ。

「それで……話とはなんだろうか?」

「はい、実は昨晩家に戻った後なのですが……」

 そうして昨日のミスティアの様子、悪夢でうなされていたこと、暗闇を怖がっていることを伝えた。

「成る程、何かしらのトラウマが出来ているのか不安にうなされているのか……
 聞いたかもしれないが夜雀とは元々獲物……人間だな、を鳥目にする。
 それが今は出来ないのだから今までとは逆に自分が獲物となるのかもしれない、
 そう感じてしまっているのかもしれないな」

 そう言われた。
 確かにそうなのかもしれないな……
 例えば自分が目が見えなくなったとしたらその恐怖は想像も出来ない。

「話を聞いていると○○に対しては恐怖というものは感じていないようだな。
 雛鳥が始めてみた親鳥に対して感じる刷り込みと同じようなものかもしれない。
 だから私がお願いするのもおかしな話だとは思うが…よろしく頼む」

 そう言われたので当然です、彼女が頼ってくれている内は必ず。と伝えておいた。



 そうして話終わると丁度彼女達も終わったのかミスティアと阿求様が戻ってきた。
 日用品に関しては阿求様が使用人に持っていくように手配をしていてくれていたらしい。

 申し訳ないとは思ったが阿求様に、

「少しでも早くミスティアさんの不調を治すためにも命蓮寺に赴いた方が良いのでは?」

 と言われ確かにそれが一番重要だ、と思い申し訳ないとは思ったがご好意に甘えることにした。



 彼女達と別れ歩き出そうとするとミスティアに袖を引かれ、

【命蓮寺の場所はわかったの?】

 と、メモを手渡された。

 命蓮寺の場所じたいは初めから知っていたので大丈夫だと伝えると
 安心した様子で微笑みを浮かべた。
 多少歩かなければいけないと伝え、疲れたら伝えてくれれば良いからと言って命蓮寺へ向かって歩を進めた。



 そうしてしばらく歩き命蓮寺が見えてきた。
 どなたかが居ないか……と思っていると境内で掃除をしている尼の格好をしている人を見かけた。

「あら、こんにちは。 参拝客の方でしょうか?」

 そう問いかけてくる彼女に自己紹介をした後に用件についてを伝える。

「なるほど……私は雲居 一輪と申します。その様な事でしたら姐さん……聖がわかるかもしれませんね。
 案内させていただきますのでこちらにおいでください」

 そう言われ寺の中へと案内される。
 なので何処となく所在なさげにしていたミスティアを連れて奥へと進むことにした。



「失礼します、姐さんにお尋ねしたいという方がいらっしゃっています」

 そう尋ねる雲居さんの言葉に振り向く女性、彼女がどうやら白蓮様らしい。

「これはこれは、わざわざこの様な場所までご足労いただきありがとうございます。
 私は聖 白蓮と申します。して、尋ねたいこととは一体どんなことでございましょうか?」

 そう穏やかな雰囲気でただずむ彼女に早速問いかけてみることにした。

「初めまして聖様、私は人里に住む○○と申します。本日はお時間を取っていただき誠にありがとうございます。
 お尋ねしたい事というのはこちらの彼女の事についてなのですが……」

 そう言ってミスティアについて尋ねてみる。

「成る程……申し訳ないのですが私はつい最近まで別の場所に居まして知識としても
 未熟なところがあるのです。申し訳ないですが解決策についてはお力になれそうもありません……」

 そう頭を下げてくる白蓮様だったので慌てて頭を上げさせる。

「いえ、そんないきなり押しかけてしまったのはこちらですので……どうぞ頭を上げてくださいませ」

「本当に申し訳ありません……ただ私は人妖分け隔てなく救いの手を差し伸べております。
 今はお力にはなれませんが何かしら困ったことなどありましたらなんでも仰ってくださいね」

 そう優しい笑顔で微笑みかけてくれたので少し見惚れていると後ろから視線を感じたので
 振り返るとミスティアが何処かジト目地味た目でこちらを見ていた。
 はて、何か怒らせる様なことでもしただろうか……と思っていると何故か白蓮様と一輪さんに笑われてしまった。



 そうしてしばらくして時間も夕刻に近づいてきたので彼女達に礼を良いお暇させてもらうことにした。
 帰り際に白蓮様に、

「彼女の一番の助けになれるのは○○さんでしょうから……助けになってあげてくださいね」

 と言われたので当然です、と力強く返事をしておいた。

 そうして帰宅しているのだが……やはり解決の目処が立たないのが不安なのだろう。
 伏し目がちになっているミスティアに気付いた。
 なので彼女に近づき頭に手を置いた。

「大丈夫、不安になるのは仕方ないとは思うけれどもなんとかなるさ。
 時間が経てば解決するかもしれないしまだまだ当てはあるさ、だからそんな顔しないで?」

 そう言いながら撫でてやるとくすぐったそうにしながらではあるが微笑みを見せてくれた。
 ……うん、彼女にはやはり儚げな顔よりもこういった笑顔の方が似合う。



 そんな感じで家へと戻り、山の様に積んであった日用品の山に目が眩んでしまったのは仕方ないと思う。




──────────────────────

      何故こんなに優しくしてくれるのだろう?



 唐突に目が覚める。
 外を見てみるとまだ朝日が昇り始めたぐらいの様だ。
 そうして手に違和感を感じる、そうしてその先を見ると……

「……!?」

 彼と手を握ったままだったことに今更ながらに気付く。
 どうやら昨晩はずっとこうしてくれていたようだ。
 座りながら寝ている彼に感謝と申し訳ない気持ちを抱きながら
 結局昨夜は料理も出来なかったことを思い出す。

 なので勝手で悪いかもしれないとも思ったが
 台所を見させてもらうことにした。



 ……そういえば昨日はあの後悪夢を見なかったな……良かった。
 そんなことを頭の片隅で思いながら。



 大分調理も進み、朝日も昇ってきたぐらいのときに後ろに気配を感じる。
 振り返るとやはり彼が驚いた表情で立っていたので説明のためにメモを手渡した。
 すると、『一緒に手伝おうか?』と尋ねられたが、もう後は最後の仕上げくらいしか
 残っていなかったために居間で待っていてもらうことにした。



 そうして料理も出来上がり彼に運ぶのを手伝ってもらった後朝食とすることにした。
 ……味付けは大丈夫だとは思うけども彼の口にあうかしら……?
 少し不安になりながらも聞いてみると、『今まで食べた物のどれよりも美味しい。』と答えられた。

 ……良かったけれども率直に感想を言われるとさすがに少し照れる。
 恐らく赤くなっているであろう顔を見られない様に食事を再開した。



 食事も終わり、片付けをしていると彼から今日の予定を聞いた。
 どうやらもう一度人里に行った後に昨日言っていた場所に行くらしい。
 命蓮寺は私は行ったことがないのだが……紅魔館か……ちょっと不安だ。



 そうして彼と家を出て歩いていると前から見たことのある人影が見えた。
 あの服装は間違えようがない。彼女もこちらに気付いた様でこちらへと向かってきた。

 どうやら彼女……魔理沙は○○と知り合いだった様で話し込んでいる。
 そうしていると魔理沙に話を振られる。 ……どうやら私が静かなのが不思議らしい。
 ……今の自分が普段とは違うのだということを嫌でも意識して少し胸が痛んだ。
 しかしそうしていても仕方ないと、説明しようとしたところに○○が口を挟んでくれた。

 ……彼なりに気を使ってくれたのかもしれない。



 しばらく話し込んでいる二人だったが話がまとまったらしい。
 魔理沙と別れ人里への道を歩いている途中、ふいに気になった。
 ○○は魔理沙と知り合いみたいだったけれども、どういった関係なのだろうか?
 人間通しだし話が通じやすいのかな……私は妖怪だし……
 と考えて○○に聞いてみると、『友達だよ、たまに会ったら話すことがあるぐらいだ』と
 答えを返された。 ……成る程、知り合いなのか。

 その後の道筋は何故か足取りが軽かったのが不思議だ。



 そうして人里に着くと上白沢を見つけることが出来た。
 そして○○と上白沢が話しているのを横目に見ていると、どうやら○○も命蓮寺への
 行き方がわからないらしく、確認を取っている間……阿求、と言ったか。
 昨日の少女と共に必要な物を選んでほしいと言われる。

 人里で彼と離れることに不安を感じたのだが……彼から言われた言葉に真っ赤になりながらも頷くしかなかった。
 ……確かに男性である彼と一緒に選ぶなんて出来っこないじゃない……あぅ。



 稗田家につき、○○と上白沢と別れる。
 そして阿求と共に必要な物を選んでいたのだが……
 ○○の事を考えていてぼーっとしていたのだろうか、

「意識ここにあらず、と言った感じですね」

 と阿求に笑われる、ハッとして【そんなことはないわ】と書いたメモを渡したが
 確かに彼のことを考えていて意識が少し疎かになっていたことに言われて気付いた。
 ぼーっとしている暇があるなら早く必要な物を選んで彼の所に戻らなきゃ……と思っていると、

「本当に可愛らしいですね、○○さんも幸せ者ですねー」

 と言われた。 何故だろう? ○○には迷惑を掛けてこそすれ、何かしらの恩返しも碌に出来ていないのに。
 よくわからずに困惑していると、

「今はまだわからないのならば良いのですよ、さぁ、パッパッと選んでしまいましょうか」

 と話をはぐらかされてしまった。
 うーん……人間はよくわからないなぁ……



 そうして必要な物を選び終わり、○○と上白沢に合流する。
 どうやら品物は阿求が運んでくれる様だ。
 そのままの足で命蓮寺へ向かえることにありがたいと思い礼を言って二人と別れることにした。



 ……結構な時間選んでしまっていたけれども○○は上白沢と何を話していたのかな……?
 何故か気になったので○○の袖を引きメモを渡してみる。
 そうすると場所もきちんとわかったし、その後は世間話をしていただけの様だ。
 少し安心して命蓮寺へと歩みを進めた。

 ……何で安心したんだろう? 迷ったりする心配がなくなったからかな?
 少し自分の考えが気になったがよくわからなかったので気にしないことにした。



 そうしてしばらく歩いていると命蓮寺へと辿り着く。
 そして境内で掃除をしている尼僧を見つけ……どうやら彼女も妖怪らしい。

(妖怪を受け入れているというのはどうやら本当らしいわね……)
 そう思っているとどうやら聖という人物の元へと連れて行ってくれるらしい。
 一輪と名乗った彼女の案内を受け、寺の中へと入っていくことになった。

 ……初めて来る場所はやっぱりちょっと落ち着かないなぁ。



 そうして案内された場所には一人の女性が居た。
 ……人間……? でも何処か違う雰囲気を感じるけれども彼女も妖怪なのだろうか……
 そう思っていると彼女は振り向き、自己紹介をしてくれた。

 ○○と共に挨拶を交わし、彼に説明を代わりにしてもらう。 やはり説明の時は話せた方が便利だなぁ……
 今言っても仕方ないことではあるのだが……

 話終わり、聖から何かしらの解決策がないかと思っていたが、残念なことに彼女もやはり何故なのかはわからない様だった。

 まぁ仕方ないか……と思って○○を見てみると、聖を見て見惚れている様だった……

 ……むう。
 何故か少しいらいらして彼を見ていると彼が振り向いた。
 少し彼の顔が見たくなくて顔を逸らすと一輪と聖に笑われた。
 
 ……何故か少し恥ずかしかった。



 そうして日も傾いて来た様なのでお暇させてもらうこととなった。
 親身になって一緒に考えてくれた二人に礼を言って立ち去ろうとしたところ、彼が聖に話しかけられた。
 その時の彼の返事に嬉しさと気恥ずかしさを感じて少し赤くなってしまった。
 ……なんか恥ずかしいなぁ。 見られてないと良いけども。

 そうして帰宅している途中、まだ顔が赤かったので伏し目がちに歩いていると急に彼に近づかれて、頭を撫でられた。
 急に触られたことに固まってしまっていると、彼から『大丈夫、なんとかなるさ』と言われた。
 不安に感じていると思われたのだろう。 
 彼の気配りにありがたく思ったのと、撫でられる心地よさにしばらくなすがままにされていた。



 ……彼に触れられていると何故か安心するなぁ。 そんなことを考えていた。


──────────────────────

       僕はお人良しじゃないと思う



 あくる日、また彼女の朝食を味わっていると玄関を叩く音がした。
 来客とは珍しいと思いながら玄関まで向かうと
 そこには白黒の魔女がにこやかな笑みを浮かべ、佇んでいた。

「良い匂いに釣られて来たぜ、もちろん紅魔館に行くためだけどな。
 丁度良いから私も朝食のご同伴に預からせてもらおうかな」

 そう言ってきたので苦笑しながらも魔理沙を家へとあげた。

「うん、さすが屋台をやっていただけあって美味しいな。
 朝からこんな美味しいご飯が食べられるとは○○も幸せ者だな」

 そういって茶化してくる魔理沙だったが、確かにその通りだ。
 ミスティアの作ってくれる料理は自分などとは比べ物にならずとても幸せな思いをさせてもらっている。

「その通りだね、今のところ毎日作ってもらえているけれども
 全然飽きがこないし何時までも作ってもらいたいくらいだよ」

 そう素直な感想を言うとミスティアは何故か真っ赤になっているし
 魔理沙にいたっては、

「……渋茶はないのか?」

 と言ってくる始末だった。失礼な、客人に渋茶なんて出すわけがないだろうに。



 そうして食事を終え、早速紅魔館へ向かうこととなったのだが
 外に出て箒に乗ろうとしている魔理沙を見て慌てて駆け寄る。

「すまない、魔理沙。僕は当然なんだけれども今は彼女も飛ぶことが出来ないんだ。
 だから徒歩になってしまうんだけれども」

 そう伝えると力まで使えないことに驚いた様子の魔理沙だったが
 納得してくれたのか箒から降り、徒歩で向かうことに了承してもらえた。



 紅魔館まではそれなりに距離がある様だった。
 湖までは何度か行ってみたことがあるのだが実際に紅魔館まで赴くというのはこれが初めてのことだった。

「魔理沙は紅魔館には良く行くのかい?」

「あぁ、図書館に本を借りに行くこともあるし住人に会いに行くことも多いな。
 結構気さくな奴らばかりだぜ……いや、やっぱりそうでもないのか?」

「また不安になる様なことを……」

 そう魔理沙と会話しながら歩いていると、ミスティアが少し遅れていることに気付いた。

「大丈夫? 少し疲れちゃったかな?」

 そうミスティアに問いかけると、少しハッとした顔をした後に

【ううん、大丈夫。 気にしないで?】

 とメモを返してきた。それなら良いのだけれども……
 心配していると横から魔理沙が話しかけてきた。

「こないだもそうだったけどもお前らはそうやって会話しているのか?」

 成る程、確かに端から見たのならば何処かしらおかしな光景かもしれない。

「あぁ、彼女には不便を強いているけれどもね。
 彼女も結構慣れてきてくれたのか結構書くのも早くなってきたし凄い助かっているよ」

 そう魔理沙に伝えると少し強い力で後ろから袖を引かれる。

【不便だなんて思ってないわ、逆に貴方に対して不便をかけてしまっているのだもの】

 そう返してくるミスティアに何も問題はないよ、と頭を撫でてあげた。

 嬉しそうにしているミスティアを見て何処かしら穏やかな気持ちになっていると

「……魔法でお湯を沸かして渋茶でも入れるか……」

 先に進みながらそんな言葉を呟く魔理沙に二人して慌ててついていった。



 そうして紅魔館に着いたのだがさて、どうしようかと思い魔理沙を見ると
 こっちだ、と門の方を指差した。

 門の前まで向かうと緑と白の服装をした紅色の髪の少女がいた。
 魔理沙は彼女に話しかける、どうやら門番の様な者らしい。

「よぉ、今日は門から邪魔するぜ。 パチュリーは図書館に居るよな?」

「あら、魔理沙じゃない。 正門から歩いて来るなんて珍しいわね。
 パチュリー様だったらいつもの様に図書館に居るはずよ。
 うん? 他にもお連れの方がいらっしゃるのかしら」

 そう言ってこちらを見てくる彼女にたいして自己紹介がてら挨拶をする。

「こんにちは、初めまして。 僕は人里に住む○○と言います。
 それとこちらは夜雀のミスティア。 彼女についてこちらにお住まいのパチュリーさんに
 お尋ねしたいことがありまして伺わせていただきました」

「これはこれはご丁寧にどうも。 私は紅魔館の門番をしている紅 美鈴と言います。
 この館の主であるお嬢様はまだご就寝中だとは思いますがパチュリー様でしたら
 図書館にいらっしゃると思いますのでどうぞお通りくださいな。」

「そうだ、美鈴。 すまないんだが私は先にフランに顔を見せてくるから暇だったら咲夜にでも
 案内させてくれないか?」

 そう玄関のドアを開けながら魔理沙が言ってくる。

 案内役を買ってでてくれたのにと苦笑しながらも、礼を言って魔理沙を見送った。

「それでは私はこの場を離れるわけにもいきませんので館内でお待ちくださいませ」

 そうして美鈴に礼を言って館内へと歩を進めた。



「……彼女体調でも悪いのかな? 何処か気の流れがおかしかった気がしたけれども」

 もしかしたらそれに関しての来訪なのかもしれない。
 美鈴はそう思ったがパチュリー様なら恐らく大丈夫だろう、と思い
 門番の仕事に戻ることにした。



 玄関ホールで待っていると階段から一人の少女が降りてきた。
 彼女が咲夜さんだろうか? 随分奇抜な格好だな……と思っていると
 ミスティアに袖を引かれた。
 なんだろう? と思って振り返ると不安気な顔で背中に隠れている。

「……?」

 不思議に思っていたが咲夜さんから問いかけられ意識をそちらに戻す。

「こんにちは、紅魔館へようこそ。 魔理沙から用件は伺っていますわ。
 図書館へと案内させていただきますのでこちらへどうぞ」

 そう瀟洒な仕草で言われる。

 「忙しい中ありがとうございます、ではよろしくお願いします」

「構いませんわ、お客様はおもてなしするのは従者として当然ですもの」

 そう言って二コリと微笑まれた。
 しばし見惚れていると再度袖を引かれる。
 しかし振り返ってみると先程とは違い顔はこちらを見ていないのだ。
 何か怒らせてしまっただろうか……と思っていると何故か咲夜さんがくすくす笑っていた。

「心配しなくても取って食べたりはしませんわ。 ではどうぞ」

 咲夜さんは何やら理解しているようだ。
 よくはわからなかったがそのまま図書館へと向かうことにした。



「パチュリー様、お客様をお連れしました」

 そう言って、ドアをノックする咲夜さん。しばらくするとドアの向こうから、

「入っても大丈夫よ」と声が聞こえる。

 失礼致します、と咲夜さんが言って図書館のドアが開かれる。
 そして中を見て……圧倒されてしまった。

 本、本、本。 何処を見渡しても本棚以外は見えないという部屋だった。
 成る程、これは確かに大図書館であるしここならば何かしらの解決策が
 見つかるかもしれない。……探し当てるのは骨が折れそうだが。

 そうして図書館に圧倒されていると咲夜さんにこちらです、と声を掛けられる。
 案内されて中を進んでいくと長テーブルに座りこちらを見ている女性が居た。

「こんにちは、初めまして。当図書館にどの様なご用件かしら?」

 と、問いかけられる。彼女が恐らくパチュリー様なのだろう。
 早速用件を伝えることにした。

「初めまして、里に住んでいる○○といいます。
 今日こちらにお邪魔させていただいたのは彼女のことについてです。
 こちらには様々な書物が置いてあるということと、パチュリー様も
 豊富な知識をお持ちということでお力を貸していただければと思い
 こちらにお邪魔させていただきました。」

 そう言って用件と、ミスティアのことを紹介した。

 彼女はしばし考えるそぶりをした後に、

「そう、用件はわかったわ。 私は夜雀の生態についてはまだ詳しくないの。
 だから何故声が出せなく、力も使えないのかはわからないわ。力になれずごめんなさい。
 なのだけれども確かにこの図書館にならば夜雀について載っている資料もあるかもしれないわね。」

 そう言って彼女は本の整理をしていた一人の女性を呼びつけた。

「小悪魔、本の整理は後でいいわ。 悪いのだけれども今日はこの方達についていてもらえるかしら。
 何かしら用件がある時は呼ぶから。 勝手に触らせて命を落としてもらっても困るし……
 そもそも普通の里人では読めないでしょうからね」

 そう言って彼女は読書へと没頭してしまった。話はこれで終わりということだろう。

「ごめんなさいね、パチュリー様は基本的に本の虫でして……」

 そう先程小悪魔と呼ばれた女性は苦笑いしながら伝えてくる。

「聞こえているわよ小悪魔」

「ひゃっ!! すみません~……」

 非難するような言葉だったが声色はそんなこともなく、互いに信頼しているのだろう、と他人事ながらに思った。

「では生態系の本でしたらこちらになりますね、ご案内いたしますのでどうぞ」

 そう言われ、パチュリーさんと咲夜さんに礼を伝え小悪魔さんについて行くことにした。



 その後魔理沙が戻ってきて一緒に探してもらったのだが残念ながら
 解決策が載っていそうな本を見つけることは出来なかった。



「あんまり根を詰めすぎても逆効果ですわ、良ければ紅茶でもご一緒いかがかしら?」

 そう咲夜さんに尋ねられミスティアと一緒にご同伴に預かることとなった。

「しかし……声が出せない、力も使えないなんて聞いたこともないなぁ。
 パチュリーでもわからないなんてなぁ」

「私にだってわからないことはまだまだあるわ。魔理沙よりかは知識は深いけれどもね」

「私は興味が湧くことを突き進んで調べるからな。
 なんでも無駄に知識を入れているわけではないんだよ」

「魔道とは結局突き詰めれば知識と応用の問題よ、無駄になる知識なんて何もない。
 優先順位は確かにあるけれども遅いか早いかの違いね」

 そう話している二人を尻目にミスティアに紅茶美味しいね、と問いかける。
 一般人である自分には魔道のまの時も当然ではあるがわからないのだ。

【えぇ、美味しいわね。 私も紅茶やお菓子の作り方を勉強しようかしら】

「今でも十分ミスティアの料理は美味しいけれどもね。
 もし作るのだったら味見させてもらえると嬉しいかな」

【当然よ、貴方にはお世話になっているし貴方には一番に食べてもらいたいわ】

「それは嬉しいな、感想とかは月並みな事しか言えないだろうけどもね」

【貴方に食べてもらえるのならそれだけで良いのよ】

 そこまで書いたメモを受け取ったのだが……
 周りが静かになっていることに気がついた。
 はて、どうかしたのだろうか? と思っていると、

「咲夜、コーヒーも淹れてもらえるかしら? 砂糖はいらないから」

「私もお願いするよ、この紅茶じゃちょっと甘すぎる」

「奇遇ですね、私も今丁度コーヒーを淹れているところだったのですわ」

 そう口を揃えて言っていた。
 はて、そんなに甘いのかなこの紅茶……ミスティアに問いかけても
 丁度良い風味だ、と感じているみたいだ。
 うーん……自分は結構味覚音痴なのだろうか。



 そうして夕刻に時間が近づいてきたので、使えそうな書物は見つからなかったが
 お暇させていただくことにした。

「今日は本当にありがとうございました、司書さんまでお借ししていただいて……」

「良いのよ、本は読んでもらえなければ意味がない。
 読まれるからこそ本は 存在しているのだから。」

 本は書くだけなら知識として持っているだけでいい、
 他の者に読まれ、知識を共有するためにこそ本はあるのだ、ということらしい。

「だから必要ならば再度尋ねなさい。 貴方の糧にもなるでしょうし
 得た知識は決して無駄にはならないのだから」

 ただし、汚したり持ってったりしなければね。
 そうふざけながら言ってくれるパチュリーさんに改めて礼を伝え、図書館を後にする。



「まだ夕刻ですし魔理沙も居るのですから妖怪などは大丈夫でしょう、
 パチュリー様からも許可が出たようですしこれからは気軽にいらっしゃってくださいね。
 お嬢様とは時間が合わないので大丈夫だとは思いますが私から伝えておきますので」

「何から何までありがとうございます、就業中なのに貴重な時間を使っていただきありがとうございました。
 お嬢様という方にもよろしく伝えておいてください」

「お客様をおもてなしするのは従者としては当然のことですわ、御気になさらず」

 そういってお辞儀をする咲夜さんに礼をし、魔理沙、ミスティアと共に紅魔館を後にする。



 帰り道、三人で歩いている途中に唐突に魔理沙に尋ねられた。

「そういえば○○、お前はなんでそこまでするんだ?」

「そこまでって?」

 言葉の意味が良くわからなかったので逆に尋ね返す形になってしまった。

「道すがら倒れていた妖怪を保護する、そこまではまぁわかるんだ。 妖怪とはいえ姿は女の子だからな。
 だけども話を聞く限りだと慧音に後を引き継がせることも出来たんだろう?
 慧音だけではなくお前も行った命蓮寺なんかもある。 
 あそこなら妖怪を保護しているしただの一般人であるお前といるよりも脅威的な面では安心だろう。 
 それなのにお前はそうしなかった。
 失礼かもしれないがお前は何処か人とは一線を引いている感じがしていたからな。
 だから意外に感じていたのと不思議だったんだよ」

「失礼な。確かに僕はそれ程人付き合いは得意な方ではないけれども困っている子が居るのなら見捨ててはおけないよ。
 押し付けられるから押し付けて、はい、それまで。 なんてことも出来ないしね」

「それでお前は毎日歩き回って色々な所に行っているんだろう? 面倒だ、とかは思わないのか?」

「さすがにそろそろ怒るよ? そんなことは全く思ってないしこれからも思わないよ」

 何故魔理沙に挑発地味たことを言われなければいけないのだろうか…? 本当に意図がわからなくて困惑してきた。

「悪い悪い、純粋に気になったから聞いたんだが聞き方が悪くなってしまったな。
 純粋に人助け……妖怪助けか? だとわかって安心したよ」

 全く……と思っていると魔理沙は箒に飛び乗りながらこう尋ねてきた。

「んじゃ……最後に。 
 
 お前はミスティア以外でもこんなに必死になるのか?」

 そう言った後には魔理沙はもう飛び去ってしまっていた。

 ……どうなんだろう。自分は『困っている人が居るから』必死になって動いているのだろうか。
 それとも……『ミスティアだから』、なのだろうか。

 しばらくぼーっとしているとミスティアに袖を引かれる。

【大丈夫……?】

 そう不安気に尋ねるミスティアを心配させない様に微笑みを浮かべて頭を撫でてあげた。




──────────────────────

      彼は誰にでも優しいんだろう。 きっと。



 ある日のこと、いつも通り朝食を作り彼と食べていると玄関を叩く音がする。
 ここに住むようになってから彼への来客は初めてだな、と思いながら玄関へ向かう彼を見送る。

 そうして戻ってきた彼の隣には魔理沙が居た。 どうやらご飯の匂いに釣られて来たらしい。
 まぁ二人でも三人でも一緒ね……そう思いながら三人で朝食を食べることになった。

「うん、さすが屋台をやっていただけあって美味しいな。
 朝からこんな美味しいご飯が食べられるとは○○も幸せ者だな」

 魔理沙がそんなことを食べながら言う。 
 私が作っているのだし美味しいのは当然なんだけれども……
 ○○が幸せ者だっていうのは……

 そう思っていると彼がとんでもないことを言った。
 ……毎日……毎日……あぅ。 彼は無意識に私を真っ赤にさせることが出来るらしい。



 そうして食事も終わり、紅魔館へと向かうことになったのだが魔理沙が箒へ飛び乗ろうとする。
 そういえば声が出せない、ということは伝えていたけれども力も使えないということは伝えていなかったんだった。
 すると○○が魔理沙を呼び止め、代わりに説明してくれた。
 ○○の説明に魔理沙も納得してくれたのか、徒歩で紅魔館まで向かうこととなった。



 紅魔館まではここからだとそれなりに距離がある。
 三人で歩きながら向かっているのだが……
 紅魔館か、そしたらあの二人も居るよね……そう考えると少し憂鬱になってしまった。
 そんなことを考えていると気付かない内に少し歩幅が遅れてしまっていたようだ。
 彼に振り向かれて、『疲れているんじゃない? 少し休もうか?』と、問いかけられる。

 そう言われて、今更ながらに二人に遅れてしまっていたことに気付く。
 なので彼に、大丈夫だよ、心配しないで? というメモを手渡す。

 その様子を見ていた魔理沙に『メモで会話しているのか?』と問いかけられる。
 確かに端から見たらおかしな光景だろう。 彼にも大分面倒を強いているし……
 そう考えていると、彼から逆に私に不便を強いていると言われてしまった。

 ……そこだけは訂正しなければいけない、と思い少し強めに彼の腕を引く。

 そうして思いを伝えると彼に微笑まれながら頭を撫でられる。
 何処かしら子供扱いされているのかしら……? そんなことも思ったが
 心地良かったのでそのままにされていると、魔理沙に茶化されたので
 二人して慌てて魔理沙の後を追った。



 そうして紅魔館に辿り着くと門の前で佇んでいる門番に気付いた。
 確か美鈴だったか……そう思っていると魔理沙が彼女に話しかける。

 彼と挨拶をしているといつの間にか先に行っていた魔理沙が先に行くところがあるから、と
 館の中へと入っていった。 案内役買ってでてくれたんじゃなかったのよ……もう。

 そう彼と美鈴と共に苦笑しながらも連れてきてもらったのは確かだったので軽くお辞儀をしておいた。



 そうして館の中に入り、案内役を待っていると……
 階段から降りてくる少女が居た。
 
 はぁ……やっぱり、居るわよね……
 
 そう思い降りてくる少女、十六夜 咲夜を見ていた。
 彼女はあの明けない夜や、咲き誇る花々の異変の時に何度か弾幕勝負をしたことがある。

 ……勝負というよりかは転がる石ころを邪魔だからどかされた様な感じではあったが。
 だからだろうか。 彼女に対してあまり良い印象を持っていないのは。
 しらずしらずに彼の後ろに隠れ、袖を引いてしまっていたらしい。

 不思議そうにこちらに振り向く彼だったが咲夜から話しかけられすぐにそちらに向き直る。
 どうやら魔理沙が説明してくれていた様で図書館へと案内してくれるらしい。
 瀟洒な仕草……というのだろうか。 ニコリと微笑む彼女を見て……

 ……また見惚れている様子の○○に気付き少しカチンときて顔を背けながら袖を引く。

 ……なんで怒っているんだろう? 私。
 
『心配しなくても取って食べたりはしませんわ。』 
 そう言って笑う彼女に何故か気恥ずかしくなった。



 そうして図書館に着き中へと入る。
 初めて訪れる場所ではあるが中の様子を見て驚いてしまった。
 ……どれだけ時間を掛けようとも読みきれなさそうな本が出迎えてくれたのだ。

 そんな中咲夜だけが中へと進んでいく。 こちらです、と案内されて彼と共に、圧倒されながらも歩を進めていく。
 そうして進んでいくと一人の少女が部屋の中に居た。
 どうやら彼女が図書館の主で魔女、パチュリーらしかった。

 どの様な用件で図書館までただの里人と妖怪が来たのかを問いかけられ、
 彼が説明をしてくれた。

 するとしばらく考えるそぶりをしていたが魔女である彼女でも夜雀の生態は知識外のことなのか
 わからないという事であった。

 少し残念に思っていると、パチュリーにまた別の女性が呼ばれた。
 名前からしてそうだろうが私と同じ様に翼も持っている、彼女は悪魔の類なのだろう。

 そうして代わりに図書館を案内してもらうこととなった彼女に礼を伝え、
 彼女と彼と共に書物を漁ることになった。

 その後用事が終わったらしい魔理沙と共に生態や、過去の文献を探してみたのだが
 残念ながら有効そうな内容を見つけることは出来なかった。



 ……しばらく探していると、咲夜に声を掛けられる。
 紅茶でもご一緒どうかしら? ということらしい。 
 確かにずっと本と睨めっこな状態で疲れていたのでありがたくいただくことにした。

 お茶の場では魔理沙とパチュリーが知識論についてあーだこーだ、と話している。
 私は魔法とかの小難しい話は端からわからなかったので紅茶の香りを楽しんでいると
 横から彼に話しかけられる。

 確かに香りといい味といい絶妙な具合だ。 さすがの従者というところだろう。
 ……私も作り方を覚えようかしら? 彼も甘い物は好きそうだし良いかもしれないわね……

 そんなことを思いながら彼と疎通をしていると、何やら周りが静かになってしまっていた。
 そして私と彼以外の全員が苦めのコーヒーを頼んでいた。

 ……この紅茶甘過ぎもしないしお茶請けとコーヒーは合わないと思うのだけれども……
 そう彼と共に不思議がっていた。



 そうして時間も夕刻に近づいて来たので彼と共に図書館を後にすることにした。
 これからお邪魔することも増えるかもしれないと伝えたところ、快く了解してもらえたので
 再度礼を伝えておいた。
 あまり本を読むのは好きではないけれども……我侭は言ってられないわよね。
 私のために皆力を貸してくれているのだし。



 そして紅魔館を後にする時に咲夜にも礼を伝える。
 今までとは違う感じにこれからは印象を改めようかな、と思った。
 話してみれば印象が代わるものだと思って……あの吸血鬼はやっぱりまだ怖いけれども、ね。



 紅魔館から帰る途中に魔理沙に彼が唐突に尋ねられる。

 ……私も少し不思議に思っていたことではあるので気になっていると、
 純粋に私を放っておけない、ということらしかった。
 その気持ちにありがたく思っていると、最後に言った魔理沙の言葉が私の中に残った。

 ……彼は誰にでも優しいのだろう、きっと。 だから……
【私だから】必死になってくれている訳ではないのだ。

 そう思うとチクリ、と胸が痛んだ。

 魔理沙が飛び立って行った後、彼がぼーっとしているので、大丈夫かな? と思い問いかけてみる。

 すると何処か無理したような表情で微笑みを浮かべて頭を撫でられる。

 その表情を変えてあげたかったが……今の私は無力で。



 撫でられているままにしか出来なかった。


──────────────────────

        ―――何時からかはわからないけれども―――



 夜中に目が覚める。
 幸いにもミスティアを起こすことはなかったようで、穏やかな寝息を立てている。

 ……阿求様から日用品をもらってからミスティアとは同じ寝室で寝ている。
 自分が手を離してしまうとミスティアが眠りにつけないのだということが一つ、ミスティアがうなされた時に
 すぐ駆けつけられる様にというのがもう一つだ。
 初めの頃は恥ずかしさもあったものだが今ではもう慣れてしまっている。

 穏やかに寝息を立てているミスティアを見ていると、先日魔理沙に言われたことを思い返す。

 ―――お前はミスティア以外でもこんなに必死になるのか?―――

 ……魔理沙に問いかけられた言葉に未だに答えは出ていない。
 確かに、自分は人付き合いが得意ではない。
 だからこそ、こんな人里の辺境と言ってもいい様な場所に家を建てているのだから。
 それなのに今はミスティアを助けるために必死になっている。
 彼女を助ける手段を探すために人里に力を借りに行ったり、今まで行く機会など皆無であった場所にも積極的に行く様にしている。

 ……それが苦痛なわけではない。 迷惑だとも全く思っていない。
 それは当然だ。 彼女を助けるためなのだから。

 ……だけれども、それが他の誰かならばどうなのであろうか?
 自分はミスティアではなくとも、これ程までに必死になるのだろうか?

 ……考えていても今は答えは出ないかな、とかぶりを振ると喉が渇いていることに気付く。
 少しの間だけなら、と思い彼女の手をほどき井戸へと向かう。

 井戸で水を飲んでいると闇の中、何処かから歌声が聞こえてきた。
 恐らくミスティアと同じ夜雀が歌っているのだろう。 里から遠い分だけ、時たま夜雀の歌声を聞くことは前からあった。

「……ミスティアはどんな歌声をしているんだろう」

 ……誰ともなく呟いた声は闇に溶けていった……



 ―――夢を見ている―――

 またいつもの悪夢か……嫌だな……
 そう思ったが、今回は何やら様子が違った。 辺りが真っ暗なのは変わらない。
 自分の息遣い以外は聞こえないのも一緒だ。 しかし不安ではないのだ。
 何故かと思い身体を見ると身体の一部分、片手の掌が何故か白く光っていた。
 いつもの悪夢の最後に切り替わるのと同じ様な白色に。
 その腕からは心地良い温もりがあった。 まるで何かに包まれているかの様に……

 不思議に思いながらも、夢だとはわかっていたのでそのままにしながら考えることにした。

 身体はいつになったら治るのだろうか……という考えよりも先に浮かんだのは何故か○○のことだった。

 ……不思議な人だ。 ただの人間でしかないはずなのに、いきなり迷い込んだ妖怪を助けるだけではなく
 心配し、一緒になって悩み、必死になってくれている。
 今まで見た人間とは何処かしら違った。
 
 ……私は、彼のことをどう思っているのだろう?
 助けてくれるただのお人よし?

 ……これは正しいと思う。 何の能力もない普通の人間は妖怪を助けよう等とはわざわざ考えないものだ。
 
 しかし、それだけではないのだろう、とも思う。
 それが何なのかは今はまだわからないけれども……

 とりあえず今は、この心地良さに浸っていたい……そんな風に手の温もりを感じながら私の意識はまどろみに沈んでいった。



 紅魔館に初めて行った時から一日のリズムとしては朝食を食べた後に紅魔館へと赴き
 図書館で本を調べ、家へと帰り着く。 といったものになっていた。

 今日もいつもの様にそうしようかとも思ったのだが、
 さすがに連日お邪魔していたのでは向こうにも迷惑かもしれないと思ったのと、
 ミスティアも少し疲れ気味に感じたからだ。 
 だからという訳ではないのだが今日は一旦調べるのを止めて外で羽を伸ばすことにした。



『今日は気分転換にピクニックでも行かないかい?』
 
 そう彼にに問いかけられて、始めはよく意図がわからなかった。

【ピクニック?】

 なのでそう小首を傾げて問いかけてみた。
 何故か彼が口を手で押さえ顔を逸らされた。 ……なんでだろう?

『あ、あぁ……ピクニック。 毎日図書館に通いっきりだと疲れてしまうだろう?
 だからたまには息抜きとしてどうかな、と思って。
 ミスティアの料理も、外で食べればより美味しく感じるだろうし』

 そう言われて、少し考えた後にこくり、と頷くと彼に向けて微笑んで、

【わかったわ、腕によりをかけてお弁当作るから楽しみにしておいて!】

 と腕まくりをしてメモを差し出した。

 何故か彼が再度顔を背けていたのが不思議だった。



 ピクニックに行かないか?
 そう問いかけてみると最初はよくわからなかったようだが羽を伸ばすためだ、と言うと納得してくれたみたいだ。
 ……だけどその小首を傾げる様子は……その……困る。

 そうしてお弁当を作ってくれる事も了承してもらえたので自分も出掛ける用意をすることにした。

 ……腕まくりして嬉しそうにしている彼女を見て、直視出来ないのは男性なら仕方ないと思う。
 その様子の破壊力が凄くて、少しだけ顔を背けていた。



 そうしてミスティアと共に霧の湖まで辿りついた。

「この辺りなら湖も近いから心地よさそうだね」

【そうね、天気も良いし見晴らしも良いしで休むには良さそうかな】

【このところ通いっぱなしだったから少し疲れちゃってたんだ、だから誘ってもらえて本当に嬉しかった。ありがとう】

「気にしないで良いよ、僕もミスティアと一緒で毎日本を読みっぱなしで少し疲れてしまっていたし」

 そう言って互いに笑いあう。
 本当に天気も良いし心地よい感じだ。
 しかし、これだけ良い天気だと眠気も襲ってくる。

「少しだけ横になろうかな……」

 湖に足を濡らしているミスティアを遠目に見ながら、草原に横になると次第に眠気が襲ってきたので、
 ミスティアには悪いと思ったがそのまままどろみに任せることにした……



 ……寝てしまったのかしら? 

 湖に足を濡らしながら、彼の方を見てみると横になってしまっている。
 この所、毎日私に付き合ってもらって歩きっぱなしだったしね……

 そう思い、彼の近くへと寄り添い顔へと手をかざす。
 彼の寝顔を見ながらふと、今朝の夢の続きを考える。

 彼がどういう人なのかは数日共にしただけだけれども、大分理解したつもりだ。
 力を失ってしまっているとはいえ、妖怪である私の横で寝つけているのだから
 大分危機感とかは足りないとは思うけれども……

 そうして、ふと考える。 ……私は、彼のことをどう思っているんだろう?

 ……手助けしてくれるお人よしな優しい人間? ……うん、これは大分近い気がする。
 彼に対しては感謝してもしたりないしね……

 けれども…それだけではない様な気もした。

 それでは他に何かあるのだろうか……?

 しばらく思いふけってみるがいまいち、これといった答えが浮かんでこない。

 考え込んでいたが、答えも出ず、考えることにも疲れてしまったので
 彼の寝顔を眺めていると、自分も眠気に襲われてきてしまった。
 なので、彼の横になり、一緒に眠ってしまうことにした。



 ……大分寝てしまっていたのかな?
 意識を取り戻すと太陽が真上に昇るくらいになっていた。
 放ってしまっていたので悪いと思いながらミスティアの姿を探すと……

「……どうしてこうなってるんだろう」

 自分の腕に寄り添う様にして幸せそうに眠るミスティアの姿があった。
 動くことも出来ずどうしたものかとも思ったが、幸せそうな寝顔を見てそのままにすることにした。

「……信頼されてるんだろうな、多分」

 自画自賛に近いものではあったが隣で幸せそうに寝ているミスティアを見ていると、恐らく間違ってはいないと思う。
 そうしてミスティアと共に寝転がりながら再度、前に魔理沙に言われたことを考えることにした。

「あの時はどうかはわからなかったけども……」

 ―――そう、初めて出会った時は夢中だったからわからなかったけれども―――

「今はそうだな……」

 ―――幾日もの時を過ごした。ミスティアと共に。彼女と共に―――

「ミスティアだからこそだと言えるんだと思うな」

 ―――それは確かな気持ち。ミスティアだったからこそ。不安気な表情を浮かべていた彼女だったからこそ―――



 ―――助けたいと、その儚げな表情を変えたいと、そう思ったのだろう―――

 そう思い、隣で寝ている彼女を見ていると……目が合った。
 そうして二人して慌てて飛び起きる。

「……起きてたの?」

『……』 こくり、と頷いた。

「ごめんね、いつの間にか寝入ってしまったみたいだ」

【そうみたいね、貴方も疲れているんだと思ってそのままにしていたんだけども……
 私も少し眠くなってきてしまって、そのまま一緒になって眠ってしまっていたみたい】

「申し訳ない……そうしたらそろそろ良い時間だし昼食にしようか、
 シートの用意をするからご飯の支度をお願いしてもいいかな?」

【わかったわ、今回も自信作だから期待していてね?】

 そう笑いかけてくるミスティアにこちらも笑い返しシートの用意をすることにした。



 ……独白聞かれたかな? と少し気になったがミスティアが普通にしていたので自分も気にしない様にした。



 どうやら思ったよりも眠ってしまっていたみたいだ。
 意識が覚めると隣に居る彼が独り言を呟いているのを聞いてしまった。

『ミスティアだからこそだと言えるんだと思うな』

 そう聞いた瞬間何故だか知らないが顔が真っ赤になってしまっていた。
 何が私だからなのかはわからないけれども……
 そうして真っ赤になっていると彼と目が合ってしまい、二人して慌てて飛び起きる。

 そうして互いに眠ってしまっていたことに苦笑した後に昼食の用意をすることにした。
 独り言を聞かれていたからだろうか……何処となく彼が恥ずかしそうにしている様子を見て
 自分も何故か恥ずかしくなったが、努めて気にしない様にした。



 そうして昼食を食べ終わり再度横になりながら隣に座っているミスティアと会話する。

「やっぱり外で食べるご飯っていうのは美味しく感じるものなのかな、美味しかったよ」

【そうだったのなら嬉しいわ、気合いを入れたかいがあったってものね】

【でも……あんまりがっついて口に放り込むのはあんまり褒められたものではないわね?】

「う……ごめん、あんまり美味しかったからつい……」

 そうして声はないがクスクスと笑うミスティアの方を見るのが恥ずかしく、所在なく辺りを見渡す。
 ミスティアの料理が美味しすぎるのがいけない……いや、どう考えてもがっついた自分の性だな。

【でも……いいのかな?私はこんなことしていて】

 そう言って少し落ち込みながら控えめにミスティアがメモを渡してくる。

「こんなことって?」

【貴方とこんな風に遊んでいていいのかな、って。だって私の身体の問題なのに貴方に任せっきりになってしまっている。
 本当なら自分一人ででも解決するために動いてなければいけないはずなのに。……だめね、貴方に甘えてしまっているみたい】

 そう伝えてきて顔を伏せる。

 その様子を見て自分は起き上がり……

「えいっ」

 軽くチョップした。

「!?」

 おー混乱してる混乱してる。
 どうやら何故叩かれたのかわからず困惑している様だ。戸惑ってる顔もこんな感じだったら可愛いなぁ……
 などと思いながらも彼女に告げる。

「全く、何度言わせるんだい? 僕は初めから迷惑だなんて思ってないし存分に甘えてもらって構わない。
 ミスティアの力になれている今が僕は凄い嬉しいんだ。 だから、身体が良くなるまでは……僕と一緒に居てもらいたい」

 最後の台詞は自分的にはだいぶ勇気を振り絞った台詞ではある。振り絞ったんだ。……そこヘタレとか言うな。
 しかしそれが自分の偽らざる本音であるし、訂正する気もなかった。

【……うん、わかった。 もう迷惑を掛けてるとか言うのはやめるね? ごめんなさい……そしてありがとう】

 そうメモで伝えてきた後、背中に寄りかかってきたミスティアの背中が震えている様なのでしばらくそのままにしていた……



 そうして気付いてしまった。 
 何故、彼女に対してこんなにも必死になっているのか。
 何故、ミスティアの事だからこそ必死になれているのか。

 それは……



 そうして昼食を食べ終わった後に横になった彼と一緒に雑談を始める。
 作った料理は彼の口に大分合った様で、口の中に掻き込んで、
 喉に食べ物を詰まらせ必死に水を欲しがる彼の姿には思わず苦笑してしまったものだ。

 そうして話をしていると、ふいに考え込んでしまう。
 私は……彼に迷惑をかけてしまっているのに、こんな風に笑っていても良いのだろうか……? と。
 彼も私の様子に気付いた様だったので、考えていたことを彼に伝える。

 ダメだなぁ……何度言われても良くない方に考えてしまう。

 そうして顔を伏せていると……

『えいっ』

 彼にいきなり頭を叩かれる。 いきなりだったので混乱していると……



 ……ダメだ。 我慢出来そうもない。 したくもない。
 だから彼にお礼を伝えた後に背中を貸してもらうこととした。
 そうして彼の温もりを感じながら私は……



 ……気付いてしまった。 わからなかったことに。 今まで考えていてしっくりこなかったことに。



 ……彼への感情がどういうモノなのかということに……

 それは……



 人間と妖怪、初めから違うモノ。 でも自覚してしまったのだ。
 
 ―――自分はミスティアが好きだということに―――
 ―――自分は彼の事が好きなのだということに―――




──────────────────────

    ――― いつか、きっとその時が。―――



 あくる日のことである、ミスティアと一緒に人里へと行っていたところ
 上白沢様に呼び止められる。

「こんにちは、○○。 相変わらず仲良さそうだな」

 そんな風に茶化されたので恥ずかしくなり、咄嗟に繋いでいた手を離す。
 ……仲良さそうに見えているのか。 それなら少し、嬉しいかな。

「あはは……今はミスティアから離れる訳にはいかないですから。 どうかしたんですか?」

「あぁ……こないだ話していた薬の行商なんだが明日こちらに来るそうだ。
 ……まだミスティアは治っていないんだろう?」

 、と問いかけられる。

 ……あれから、やはりミスティアは喋れもせず力も使えないままだ。
 自分も、好きだという気持ちを意識したとはいえ必死になっている彼女の迷惑になるわけにもいかないので
 変に意識しない様に接している。 寝る時などはさすがにどきどきしてしまうが…まぁなんとかなっている。

 そうして、日々としては特に変わらず図書館に行ったり命蓮寺に赴いたりしてはいたものの、
 やはり有効な手段は見つかっていなかった。

「えぇ……色々と調べてはいるのですがさっぱりで……まぁ、気長に文献を漁ってみようとは思っています」

「あまり根を詰めすぎないようにな……お前が倒れてしまえばミスティアの助けになれる者が居なくなってしまうのだから」

「承知しています、ミスティアに無用な心配も掛けたくないですし」

 そう言って、ミスティアを見るとやはり上白沢様と同じ考えなのか、こちらを心配そうに見ている。
 なので、大丈夫だという気持ちを込めて頭を撫でてあげる。

「やれやれ……本当に雛鳥みたいだな……」

 その様子を見ていた上白沢様にそんな風に言われてしまったので、恥ずかしくなり手を離した。

「茶化さないでくださいよ……全く。 行商の方は明日の何時頃にいらっしゃるのでしょうか?」

「あぁ、すまんすまん。 確か昼頃にはこちらに来るそうだ、いつもの様に夕刻ぐらいまでは居るんじゃないかな?」

「了解しました、それでは明日そのぐらいに里に来るようにしますね」

 そう礼を伝えて、上白沢様と別れる。
 ……薬や診察で治れば……せめて、原因が判ればいいのだが。



 そうして、次の日早速人里へと赴き、広場の方へと向かうと、
 薬を売っている兎の耳を着けている女性と白いワンピースの女の子を見つけることが出来た。

「すみません、行商の方でしょうか?」

 そう問いかけると、明るい笑顔で答えてくれた。

「はい、そうですけれども何処かしら不調なのかしら? 薬でしたら色々ありますので症状によってお売りしますが?」

「いえ、僕ではなくて彼女についてなのですが……」

 そう言ってミスティアを前に出す。 すると、

「あら、ミスティアじゃないの。 最近屋台も開いてないし歌声も聞かないからどうしたのかと思えば」

 そう白いワンピースの女の子がミスティアに話しかける。 どうやら知り合いだったらしい。
 少し笑顔になるミスティアだったが、話しかけられないことに気付き少し困惑している。
 なので、いつもの様に助け舟を出すことにした。

「ごめんね、今ミスティアは声を出すことが出来ないんだ。 それで何故なのかを色々調べていて……
 もし良ければ薬だけではなくきちんと診察も受けられればと思うんだけれども」

「成る程ねぇ……夜雀が声を出せなくなる……なんかどっかで似たような話を聞いたこともある気がするけども……
 ごめん、ちょっと思い出せないや」

 そう言って謝ってくるワンピースの子に少しだけ問い詰めようともしたが
 彼女も妖怪である様だし長い年月を過ごしてきたのだろう……と思い至った。
 なので、気にしないで良い、ただ思い出せたらすぐにでも教えてもらいたい、ということだけ伝えておいた。

「もちろんよ、私もしばらくミスティアの屋台に行ってないからね。
 今度行った時にツケにでもしてもらえれば問題ないわ」

「またてゐはそういう事を言って……診察のことだけども大丈夫よ、明日また里の方には来ることにするから
 これから師匠の所に向かいましょうか」

「恩は売れる時に売っておくものよ? 鈴仙。 それが、長生きと健康と円滑な人間関係の基本、ってね」

「はいはい……全く。 それじゃあ、行きましょうか? 案内させていただきますね」

 そう漫才染みた事をしている二人に礼を言って、ミスティアと共に診療所に行くこととなった。



「竹林の中は私達に着いてこないと一瞬で迷ってしまうから気をつけてね、まぁその時はてゐに探してもらうけども」

「そうやってすぐ私に頼る……まぁ更に恩が売れるのなら私としては願ったり叶ったりだけどね。
 さすがにわざと迷わせたりはしないけれども」

「それはさすがに勘弁してください……こちとら身を守る術を全く持っていないものですから」

 そうてゐに対して苦笑を返す。
 実際問題、自分はまだ良いとしても、力を失っているミスティアを危険に晒す訳にはいかないのだ。
 彼女もまた、今は無力である。 だから守らなければいけないのだ。 

 ……好いている人でもあるわけだし。

「なんかえっちぃことでも考えているのかな?」

 そんな事を考えていると赤くなってしまっていた顔をてゐに見られてしまい、竹林を歩いている間ずっと茶化されてしまった。

 ……何処となく後ろを歩くミスティアの視線が刺すような感じで怖かったのは……きっと気のせいだろう。



 そうして竹林を抜けると、目の前には稗田家と比べても遜色ない……いや、こちらの方が立派だろう。
 それ程大きなお屋敷が見えてきた。 どうやらここが永遠亭らしい。

「それじゃあ、私は師匠に確認取ってくるからてゐは二人と待っていてくれる?」

「りょーかい、早めにしてねー」

 そう言って鈴仙は屋敷の中へと入っていった。

 そうしてしばらく待っていると、不意にてゐに話かけられる。

「しっかし、あんたもお人よしだよねぇ。 自分から厄介ごとを進んで受け入れてるんだから」

 そう、魔理沙と似たようなことを言われる。

「厄介ごとなんてとんでもない、僕は自分の意思で彼女を助けたいと思っているんだから」

「そこがお人よしっていうのよ。 
 普通の人間っていうのは自分から厄介ごとに関わろうなんて事は思わない。
 余程のバカか……何かしら理由がないとね?」

 そう、含みのある言い方で言われてドキリとした。 まさか……

「まぁその理由がなんなのかは私にはわからないけれどもね、自分で理由を判っているんだったら良いんじゃない?」

「……降参だ。 君は随分頭が良いんだね」

「私はそこらのよりも長生きしているからねー。 その分だけ他人に対して敏感なのさ。
 おっと、どうやら師匠の方も準備出来たみたいだね」

 そう言うと、玄関から出てきた鈴仙の方へと走っていく。
 聞き取れなかったが、何かしらミスティアにもすれ違い様に話しかけた様だ。

 何故か顔を赤くして離れていたミスティアを連れて、屋敷の中へと入れてもらうこととした。



「初めまして、八意 永琳と言うわ。 今日は薬ではなくて診察をご希望ということだけれども……」

 そうして通された部屋には何かしらの器具に回りを取り囲まれて、
 赤と青を基調にした服に身を包む銀髪の女性が居た。 
 八意 永琳と名乗った彼女がどうやら医者の様なので、早速ミスティアの症状を説明してみる。

「……という訳なのですが、何かしら治療法などご存知ではないでしょうか?」

「ふむ……声が出せないとなると考え付くのはまず喉の不調、扁桃腺の腫れなどね。
 後はストレスから来る心理的な問題。 それとぶつかった時の衝撃で……あぁこれは違うわね。
 ぶつかってから声が出せなくなったのではなくて声が出せなくなったから混乱してぶつかったのだから」

 そう考えながら呟く八意先生。 研究家気質なのだろう、何かしら考えながらも
 候補を一つずつ絞り込んでいるようだ。

 そうしてしばらくして、結果を待っているこちらに気付いたのか、向き直ると診断を伝えてくれた。

「……あぁ、ごめんなさいね。 少し考え込んでしまっていたわ。
 とりあえず結果から言うと……原因不明ね。 喉も調べてみたのだけれども特に異常は見当たらないし……
 後は原因として考えられるのはストレス性のものだけれども、こちらはカウンセリングをしっかりしないと
 わからないものだわ。 一朝一夕でデータが取れるものではないの」

 ……いくつか専門用語が混ざっていたので理解出来ない部分もあったが結果としてはやはりお手上げ、ということらしかった。

「いえ、仕方がありません。 色々と聞いているのですが皆さん同じ答えでしたし……
 ただ、何処かしら怪我をしている等ではなかったとのことなので、そこは安心しました」

「そうね、外傷・内傷共に異常は見当たらなかったわ。 だからその点は安心しなさいな」

 そうして礼を伝え、帰ろうとしたのだがもう一つ気になっていたことを思い出したので聞いてみる。

「そうだ、最近はないのですが時たま、悪夢にうなされることがある様なのです。
 これも原因はわかりますでしょうか?」

「悪夢……ね。 そうね……
 一概にはそうとは言い切れないけれども声が出せないこととの繋がりは十分理由としては考えられるわね。
 直接の原因ではなく、悪化の要因として……ね。
 恐らくストレス性の物だとは思うのだけれども一応安眠出来る薬も出しておきましょう。 
 今は見ていない、というのであればそのままにしていてもいいのだけれどもね。
 薬は、毒にもなりえるのだから」

 そう微笑んでくれる八意先生に礼を伝え、鈴仙に里まで送ってもらうこととなった。



「……しかし、声が出ない夜雀か。 ……なんか何処かで聞いた覚えがある気がするのよねぇ」

「ありゃ? 師匠もそう思う? 私もそうなんだよねぇ、思い出せないんだけれども」

「てゐもそうなの? うーん……そうすると昔の文献とかかしら。 ちょっとカルテでも漁ってみようかしらね」

「そりゃまた忙しそうなことで。 師匠もそれなりにお人よしねぇ」

「あら? 私は純粋な学術的興味よ? 何処かのお人よしさんとは違うわ」

「理由の違いは男女の違い、ってね。 私もまたああいったお人よしさんと出会えると良いんだけどなぁー」

「本心を隠している内は無理な話ね……さて、てゐも暇なら手伝ってもらおうかしら」

「うぇー……やぶへびだ……鈴仙早く帰ってこないかなぁ……」



 そうして里まで辿り着き、鈴仙さんに薬を手渡される。

「これが……で……になります。 こっちが……ですので、回数と時間は間違えない様に」

「ありがとうございます、また診察に伺うこともあるとは思うのですが、その時はよろしくお願いします」

「はい、その時はてゐにでも迎えに行かせますので」

 それではお大事に、と鈴仙さんと別れる。

 そうして家へと帰宅していると、もう日が沈んでいるからだろうか……何処かから夜雀の歌声が聞こえた。

【私も……歌いたいわ。歌うことが夜雀の一番の幸せなのだから】
【貴方に……私の歌声を聴かせる事が出来る日は……来るのかな……】

 やはり手がかりがないことに消沈しているのだろうか、そんなメモを渡される。

「大丈夫、きっとなんとかなるさ。 それに僕もミスティアの歌声っていうのを聴いてみたいからね。
 どんな歌を歌うのか凄い興味があるし、楽しみにしているよ」

 そう伝え、もう癖になってしまっているのだが……ミスティアの頭を撫でる。

【私も……貴方に聴いてもらいたい歌があるから。 早めに治せる様に頑張るね?】

 そう笑いかけて、伝えてくるミスティアに自分も微笑みを返して、家への帰路へと着いた。



──────────────────────

    ――― sing a song for you ―――



 あれから……彼とは特に代わり映えしない日常を送っている。
 いつもの様に図書館に行って調べたりなどだ。
 紅魔館の魔女も、従者も、司書も、門番も、皆気さくに接してくれて、心配もしてくれている。

 そして彼……
 彼の事がその……好きだ、ということに気付いたわけなのだが、純粋に私のために必死になってくれている彼に
 迷惑を掛ける様な真似は出来るわけもなく、いつも通りに過ごしている。

 ……当然だ。 彼は人間。 私は妖怪。 そもそも初めから実る事はない想いなのだから……

 そんな事を考えながら、人里を通り紅魔館へ向かおうとしていると
 上白沢がこちらに向かってくるのが見えた。

 そうして、こちらに話しかけられ……何故かいきなり茶化されてしまった。 
 いきなりなんだろう……と思っていると彼に繋いでいた手を離される。

 あ……という声が出そうになった。 ……声が出せないということを初めて感謝したかもしれない。
 彼と手を繋いでいるのは……その……なんというか、安心出来るのだ。

 話を聞いていると、どうやら明日以前話していた行商……恐らくてゐ辺りだろう、が来るみたいだ。

 有効な薬とかあればいいのだけれど……そんな事を考えながら話を聞いていると、どうやら彼は
 上白沢に無茶をし過ぎない様に心配されているみたいだった。

 確かに、彼は私のために必死になってくれている。 
 だけれども、それで彼が体調を崩してしまっては元も子もない。
 ……その時自分はどうしたらいいのか全くわからない。

 なので、彼のことを心配して見ているとこちらに振り向き、『大丈夫だよ』、と頭を撫でられる。
 ……やはり彼に触れられるのは幸せだ。 どうしようもなく……悲しくなるほどに。

 そうして撫でられていると、再度上白沢に茶化されて手を離されてしまう。
 ……むぅ。

 そうして話も終わった様なので、上白沢と別れ今日は紅魔館へ行く予定を止めて、明日を待つことにした。



 そして次の日、私達は再度人里へと向かった。
 里に着き、中心にある広場へと向かうと、やはり見知った姿を見ることが出来た。

 彼が鈴仙に話しかけているとこちらに気付いたのか、てゐが私に話しかけてくる。

 久しぶりに会ったので話でもしようかとも思ったが……
 話す、というそんな簡単な事すらも、今の私には出来ないのだ。

 そうしてどう伝えようかと困惑していると、以前の様に彼に助け舟を出されて少し安心する。

 どうやらてゐは今の私と似たような話を何処かで聞いたことがあるかもしれない、というのだった。
 以前、てゐ自身から聞いたことがあるが、彼女は外見とは裏腹に大分長生きしている妖怪なのだ。
 なので知識はかなり豊富なのである。 しかし……どうやら覚えていない様だった。 

 もう……肝心なところで……まぁしょうがないか。

 そうして永遠亭にて診察もさせてもらえることになり、四人一緒になり永遠亭へと向かうこととなった。



 竹林の中を歩きながら彼女達に付いて行くと、何やら彼とてゐが楽しそうに話している。

 ……羨ましいなぁ……

 二人の様子を見てそう思った。 私は彼とはメモでの疎通しか出来ない。
 てゐの様にふざけあったりが……出来ないのだ。
 もし……もし、声が出せる様になれば彼とあんな風にお喋りをしたり
 ふざけあったり出来るのだろうか?
 
 それとも……声が出せる様になれば、彼と離れなければならないのだろうか。

 そんな自分の考えを振り払っていると、彼がてゐに何事か言われて顔を真っ赤にしている様だった。

 むぅ……なんか面白くない……そう思いながら彼のことをジト目で眺めていた。



 そうして進んでいると、竹林を抜けて大きな屋敷の下へと辿り着く。

 屋台引いて来た事はあるけれども……相変わらず、無駄に大きいわね。
 そんなことを考えていると、どうやら鈴仙が永琳を呼びに行く様だ。

 なので、てゐと彼とで三人で待つ事とした。

 そうしてしばらく経った時、彼がてゐに尋ねられる。

 ……悪気はないのだろうけどもてゐの言葉に少し胸がチクリと痛んだ。
 厄介ごと……それを否定する気はない。
 いきなり迷い込んで、それも同じ人間ではなく妖怪なのだ。

 厄介ごとではなくて何だというのか?

 そう思っていると、

『厄介ごとなんてとんでもない、僕は自分の意思で彼女を助けたいと思っているんだから』

 そう彼がてゐに答える。 迷いを感じられないその言い様に、不覚にも泣きそうになってしまった。

 それを見咎められたくなくて、少しだけ彼らから離れる。
 ……どうしよう、どうしようもなく……嬉しい。

 私と彼は違う。 そう頭では納得していても心が悲鳴を上げるのだ。
 しばらくして自分の感情を落ち着かせていると、鈴仙が戻ってきたらしい。

 ふいに、てゐがこちらに近寄る。 そして……

「あんたもよ? 理由がわかっているのならそれを押さえつける必要なんてないんだからね」

 そう彼に聞こえない様な声で、ボソリと言われる。
 何について言われたことなのかを一瞬で理解し顔が熱くなる。

 しかし、てゐは一瞬で私の傍から離れると、鈴仙のところまで飛んでいってしまった。

 ……恨むからね。 そんな私の心の呟きはてゐには届くはずもなかった。



 そうして中へと入り、永琳の居る部屋まで通される。
 中は胡散臭い物で溢れていて、良くこんなところに居れるものだわ……と思った。

 そうして永琳がこちらに向き直り、さっそく彼が説明を始める。
 そして説明を聞いた永琳に喉の奥や身体を触診される。

 一通り診察し終わった永琳は紙に何やら書きながらボソボソと呟いている。
 そうして診断が纏まったのか、こちらに伝えてくる。

 ……結果からいえば原因不明ということらしかった。
 残念ではあるけれども、彼の言うように怪我などが
 見当たらないということがわかっただけでも収穫だったかもしれない。

 そうして里へと戻ろうとしたところ、彼が永琳に問いかける。

 ……そういえば……最近全然見ないわね、悪夢。

 ……何故見なくなったのかはわかっている。 
 少し恥ずかしくはあるのだが……彼が手を握っていてくれるからだろう。

 ……彼に触れられていると、安心出来るのだ。 
 思えば、最初に彼に触れられた時から私は彼に囚われてしまっているのかもしれなかった。
 あの白い世界に変わる瞬間の人影も今ならばわかる。
 あれは彼だったのだろう。 
 彼が私の意識を悪夢から呼び起こしてくれた時に、決まって漆黒の闇は白い世界に切り替わっていたのだから……
 あの温もりを知った時から……彼に惹かれてしまったのは当然なのかもしれなかった。



 そうして鈴仙に人里まで送ってもらい、彼女と別れ彼の家へと帰ることになった。
 もう通いなれてしまった道筋を歩いていると……何処かから私ではない夜雀の歌が聞こえた。

 ……私は、彼に歌を歌いたい。

 そう思い彼へとメモを手渡す。
 すると微笑み、頭を撫でてくれる。

 彼へと笑みを返しながらも私は考えていた。



―――私が貴方に贈りたい歌、それは―――

―――感謝の気持ち、そして……―――



 その歌を歌っても……言葉に乗せて奏でてもいいのかは……今の私にはまだわからなかった。



──────────────────────

           それは突然の通り雨の様に



 診療所での診断を彼らが終えてから、数日が経ったある日のこと……

 その日はいつも通り代わり映えしない一日であった。
 だからだろうか……ミスティアと外へ行こうと不意に思ったのは。

「天気が良いのでまた何処かへ出掛けてみようか?」

 そう彼が伝えると、彼女……ミスティアも喜んで了承の意を示す。

【いいわね、だいぶ晴天だし……梅雨入り前の今の時期が外に行くには一番かしら。
 ……貴方と出掛けるのは楽しいしね?】

 最後にそう付け加えると、準備をしてくる、という仕草をして台所へと引っ込んでいくミスティア。
 後には、顔を赤くしている○○がだけが取り残された……

「いけないいけない……変なこと考えてる暇があるなら、用意しちゃわないとな」

 そう頭を切り替える彼ではあったが顔が若干にやけてしまうのは、好いた人に一緒に居ると楽しい、と言われたからに違いない。
 好きな異性に、そう言われてしまっては男なら仕方のないことだろう。 きっと。

――例え、ミスティアが自分に向けてくれる気持ちが、自分の感情とは違うものなのだとしても。

 そう、○○は考えていた。


 そんな風に○○が考えている頃、台所に飛び込んだ……逃げ込んできたミスティアも若干息を切らせながら赤い顔をしていた。

 はぁ……ダメだわ、全く。 彼と出掛けられるのが嬉しくてついつい余計な言葉も付け加えてしまった。

――私は……思いを伝えることは出来ないのだから…… 
――出来る限り、自然にしていないと。

 そう、彼は人間。 私は……妖怪。 最初からわかりあえるものではないし、この想いを伝えてしまっては絶対に、彼に迷惑を掛ける。 
 だから今のまま、今の関係を維持していかなければいけないのだ。

 ……決して今の関係には不満はない。 彼はこんな私にも、とても親身になって優しくしてくれる。
 甘えてしまっている今が情けなく感じることもあるが、しかしそれ以上に嬉しく感じるのだ。

 だけれども、それに甘えっぱなしになるわけにはいかない。

――彼は純粋に、私のことを心配してくれているのだから。

 そう、何故なら……

―――― 私のこの想いと、彼の優しさは、決してイコールではないのだから ――――

 そう考えを纏めると、気持ちを切り替えるために料理に手を付けることにした。



 そうして以前と同じ、霧の湖まで足を運ぶ。
 以前来た時はお互いに寝入ってしまっていたっけか……先に寝ちゃったのは自分だったが。

 そんな風に○○が考えていると、ミスティアがこちらを見ていることに気付く。
 どうやらメモを差し出されていた様だ。 ぼーっとしてしまっていた事に気付き、謝りながらメモを受け取る。

【大丈夫? ぼーっとしていたみたいだけれども……】

「あぁ、ごめんね? 風が気持ちよくて少しぼんやりとしていたみたいだ。 どうかしたのかい?」

【ううん、特にというわけではないんだけれども……
 そうだ、もし良かったら貴方のことを教えてもらえないかしら?
 考えてみたら貴方のことをよく知らないから……】

「僕のこと……ねぇ。 特に面白い人生を送ってきたわけでもないから、特にこれだっていうこともないんだけど……」

 そう、話に聞いたことがある外の世界から来ただとか、何かしら特別な家系だ、などの面白いことはないのだ。
 普通にこの幻想郷で生まれ、生きてきた。 多少、人付き合いが得意ではなかったので里から離れて暮らしているだけといった程度だ。

【それでも知りたいの。 貴方のことを。 それに……私のことを貴方だけ知っていたんじゃ不公平でしょう?】

 そうおどけた感じでメモを手渡される。 
 確かに、ミスティアに関しては屋台をやっているだとか、どういう妖怪なのかということは最初に聞いていたんだよな……

 ふむ……特に面白おかしくは話せないけれどもまぁいいか。
 そうして自分についてそれとなく語りだす……


 そうして、彼の話を聞いていた。

 確かに、彼の言う様に特に波乱万丈な人生というわけでもなかったし、普通の人間と同じ様な生い立ちといった感じではあった。

 しかし……私は彼の言葉を、一言も聞き漏らさない様に必死に聞いていた。 彼の事ならなんでも知りたい……そう思っているからだ。

 そうして語り終わった彼に、『普通過ぎて退屈だっただろう?』 
 そう、彼に問いかけられたので、ゆっくりと首を振る。
 彼の話は聞いていてとても面白かった。 

――恐らくは、彼と語らうということが、今の私にはとても幸せを感じられることなのだろう。

 そう、思いながら。


【ううん、退屈だなんてとんでもないわ。 貴方の事を知ることが出来て良かった】

 そう笑いかけてくるミスティアがとても可愛くて……思わず直視出来ず目を逸らしてしまう。
 すると、辺りが若干暗くなってきてしまっていることに気付く。

――ありゃ……梅雨の時期を若干舐めてしまっていたかな。

 そう思っていると、ぽつり、ぽつりと少しづつ空から水滴が落ちてくる。

 そうして、少しずつ強まってくる雨足を見て慌てて荷物を整理しながら、ミスティアに声を掛ける。

「どうやら降ってきたみたいだね。 強くなるとまずいし、今日は帰ろうか」

 そうミスティアに話かけ、二人で帰路を急いだのだが強くなってきた雨足に仕方なく、
 丁度見つけた大木の下で落ち着くまで雨宿りをすることとなった。


――あれだけ晴天だったのに……やっぱりこの季節の天気は当てにならないわね……

 屋台の時もこの時期の天気には大分苦労させられていたのだ。
 しかし最近は晴れの日が続いていたので、油断してしまっていたみたい……

 そうして、今彼と共に樹の下で足を止められている。

 『まいったなぁ……しばらく止んでくれなさそうだ』

 そう愚痴をこぼす彼に苦笑しながら、特に急いでいるわけではないのだからゆっくり待ちましょう? 
 
 と、伝える。

 そうして微笑んでくれる彼と共に、雨音の中二人だけで樹の下に佇んでいた。



 そんな静かな時間が流れているからなのだろうか……彼のことを考える……
 この頃はいつもふとした時にいつも考えてしまうのだが、やはり最後はどうしても気持ちが沈んでしまう。

 私は、この気持ちをどうしたいのだろうか……

 彼に伝えたいという思いはもちろんある。 だが、今まで妖怪として過ごしてきた私がそれを否定する。

――彼に迷惑を掛けてしまう。

 どうしても……そう思ってしまうのだ。
 それは当然のこと。 今まで何度も自分の中で確認し、その度に押し殺してきた想いだ。

――でも、私はこの気持ちを何時までも我慢出来るのだろうか……?


 今は……答えは出そうになかった。 もしかしたら……ずっと解決しない思いなのかもしれない。

 そう……思った。


 ……しばらく二人で、雨が止むのを待っていたのだが中々止みそうにない。

――この季節は不安定だからなぁ……自分が濡れるのは構わないけれども、ミスティアを濡らすわけにはいかないし。

 そう○○が考えていると、隣のミスティアが伏し目がちになっていることに気付く。

 ……結構な長い時間を一緒に過ごしてきたからわかったのだが、ミスティアはどうも塞ぎがちというか
 悩んでいることを自分の中で仕舞いこんでしまう癖がある様だった。

――まぁ、体調が悪いときは自分も同じ様なものか……

 そう考えながら、ミスティアに語りかける。

「また悩んでいるのかい? 悩みがあるのならば、教えてもらいたいかな。 こんな僕でも少しはミスティアの力になれるだろうし」

【ありがとう……でも大丈夫、これは私の気持ちの問題だから……】

 そう伏し目がちに微笑んでくれるミスティアだったが、やはり彼女にそんな顔はさせたくはない。

「……結構話すだけでも、楽になることって多いからね。 あんまり一人で悩み過ぎては解決するものも解決しないから……
 頼りないかもしれないけども、少しでもミスティアの力になりたいからさ」

 そう、出来るだけ優しく語り掛ける。



――そう、力になりたいのだ。 
――彼女の。 

 それが何故かはわかっている。 だけど言葉には出せない。
 人間と妖怪、その差はやはり大きい。 自分は彼女が妖怪であることは何も気にはしないが、彼女は……きっと違うだろう。
 身体の調子さえ良くなれば……ただの人間の元に居る理由なんて有り得ないのだから……

――だけど、それでも構わない。 
――ミスティアの助けになりたいという、この気持ちは確かなものなのだから。



 優しく語り掛ける彼の瞳が、じっと私を見ている。
 何の恐怖も畏怖もなく、只々……優しい瞳が。

――私は……そんな彼の瞳がとても……とても綺麗に思えて……



―――― そうして、気付いた時にはミスティアの顔が近づいていた ――――

 そして……



 どうしてこうなったのかはわからない。
 頭も働いてくれない。

 
―――― もう何も見えず、聴こえない ―――― 

―――― ミスティアの息遣い以外は、もうなにもきこえない ――――



 ……しばらくの間、何も出来ずそうしていると、不意にミスティアが離れる。

 何を語りかければいいのかもわからず、ただ立ち竦んでいると……
 ミスティアはとても悲し気な表情を浮かべ、雨の中に走り去ってしまった。



――― 少しずつ晴れ間が見えて弱まっていく雨の中、どうしたらいいのかわからず立ち竦むしか ―――

――― その時の自分には、出来なかった ―――




──────────────────────

           そうして、歩みを進める/立ち止まり続ける



――そして、私は一人となった。



 何処をどう走ったのかは覚えていないが、気付いたら辺りは竹が生い茂っている。
 どうやら、迷いの竹林まで来てしまっていたらしい。
 ……あれだけ降っていた雨も、いつの間にか止んでしまっていた。

――もう少し降っていてほしかったかな……
 そう、雨とは違う水滴で濡れている頬を触りながら思う。

――私は……なんてことを……もう彼の元には戻れない……

 ……当たり前の話だ。 彼に対して何も伝えず、あんなことをして勝手に逃げ出してきたのだから。
 
――自業自得とは正に今の私のことだな……
  そう自重しながら、竹林を彷徨う。

――そういえば、せっかく作ったのに料理食べなかったな……
 突然の雨に食べる間もなく、彼の元へと残された料理を思う。
 そうして……彼の顔を思い浮かべる。

 しかし、どうしても滲んできてしまう。

 それは自分の目が滲んでしまっているからだということに、今のミスティアは気付く余裕もなかった。

 そうして彷徨い歩いていると、前から誰かが歩いてくるのが見えた。



―――― もう、どうでもいいや ――――



――そう思いながら、憔悴しきっていたミスティアの意識は、深い闇へと落ちていった。



――やっぱり……居ないか。
 
 あの後、しばらくの間その場に立ち竦んでいた○○だったが、すぐに追わなければいけない、という事に思い至る。
 しかし結構な時間を立ち竦んでしまっていたらしく、ミスティアの姿を見つけることは出来なかった。
 ……もしかしたらと思い、家に辿りつくもそこにもミスティアの姿は……なかった。

――何故自分はあの時すぐにでも、ミスティアのことを追わなかったのか……
 後悔が○○を苛むが、今の○○ではどうしようもする事が出来なかった。

 そうして気落ちしている○○の耳に、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。

――戻ってきたのか!?

 そう思い、一目散にドアへと向かい開ける○○だったが、玄関に居たのはミスティアではなく、別の人物だった。



―――― 私は闇に囚われている ――――

 ……この感覚は久しぶりだ。 ○○と出会ってから初めの頃に見ていた悪夢。
 意識を失ってしまったからだろう。 そう、漆黒の闇を見つめながら、何処か冷静に思う自分が居る。
 襲い来る闇と、私を責め立てる声に、今の私は抗うことが出来ない。

 抗うつもりも……ない。

――当然の報いよね……

 そう思いながら自分の身体を見渡すと、以前は暖かな白に包まれていた手は、今は真っ黒な闇に包まれて何も見えない。

――当然ね……私が、自分で振り払ってしまったんだから。 そう自虐しながら思う。

――私はきっと、もうこの闇から目覚めることはないのかもしれない……
――――それでも良いか……私が○○にしちゃったことはそんなことじゃ償いきれないしね……

 そう思い、闇に意識を完全に委ねようとすると、何処からともなく声が響く。

『そうやって、悲劇のヒロインを気取っているつもりかしら?』

――誰の声だろう、私ではない。 だけども以前何処かで聞いたことがある様な……
  そう考えていると、更に謎の声は私に問いかけてくる。

『貴女はそれでいいかもしれないわね。
 所詮は人間と妖怪。
 初めから実るはずのない想い。

 奇跡でも起こらない限りは……ね』

「……えぇ、その通りよ。 彼は人間。 私は妖怪。
 種族も違えば、寿命も違う。 在りかただって異なっている。
 初めから……抱いてはいけない思いだった」

 もしかしたら自分で気付かなかった思いが、声として語りかけているのだろうか。
 夢の中だからだろう。 声も不思議と出せていたので、その声と向かい合うことにした。

――どうせ時間はあるのだから、これからずっと……闇の中なのだから。

『そうして貴女は意識を閉ざして、妖怪としても生き物としてもその存在を終わらせる。
 えぇ、それも貴女の選択ですわ。
 この世界はどんな選択だろうと優しく残酷に受け入れるのだから。
 それに反対はいたしません』

「ならば放っておいて。 私は彼に酷いことをしてしまった。 それは今更どんなことをしても、償いきれるものではないわ」

 そう――だからこそせめてもの償いとして私は、この暗闇で苦しみ続けることを選んでいるのだから。

『妖怪と人間の愛憎模様、それはまさしく悲恋譚。 古今東西、幸せな結末を迎えたことなど数える程もないでしょう』

「そこまでわかっているのなら……」

――何故邪魔をするのか

 そう問いかけようとした。 ……その声に遮られなければ。

『けれども……貴女は今の彼の事を、考えたことがあるのかしら?』
 その言葉にズキリと胸が痛んだ。

「……彼には何も言わず別れてしまって申し訳ないと思っているわ……でも彼は人間。 
 里に住んでいれば、いつかは私のことなど忘れてくれる」

 そう、苦虫をすり潰した様な顔で声へと伝える。

――そう、彼は忘れるだろう、私のことなど。 

 ……彼のことは出来るだけ考えないようにしようと思っていた。
 何故なら、私が彼と共に過ごした日常こそが、異変だったのだから。
 彼にとっては、その異変の原因が勝手に居なくなっただけにすぎない。
 だから異変は解決して、異常は日常へと戻っていく。 ――ただそれだけの話だ。

――そう思っていた。



――だから、あんなに悲しそうな彼の表情を見せられた時に、何故だか泣きそうになった。



「魔理沙……か。 ……ごめんね、ちょっと今立て込んでいて魔理沙の相手をしてられないんだ」

 玄関の扉を開けてそこに居る人物を確認すると、白と黒のいつもの服に身を包んだ、霧雨魔理沙だった。

「おっす、たまたま近くを通りかかってな。 今日もミスティアの飯をいただきに来たぜ。
 ……っておい、大丈夫か? 顔が真っ青だ」

 ……どうやら昼食をご馳走になりに寄ったらしい。
 最初は残念がっていたが、自分の様子がだいぶおかしいことに気付いたのか、家へと上がってきた。

「おいおい、本当に大丈夫か……? だいぶ酷い顔色をしているが……そういえば、ミスティアは居ないのか?」

「大丈夫、心配される程ではないよ。 ミスティアは……ちょっと今居なくて……」

――そう、この家に今ミスティアは……居ないのだ。
  今まであれだけ暖かかった我が家は、何処かがらんどうに感じるくらいに寒々しいものだった。

「……何かあったみたいだな。 話を聞かせてもらおうか」

「そんな、悪いよ。魔理沙に迷惑は……」

 かけられない、そう続けようとした所魔理沙に詰め寄られる。

「友達が気落ちしているっていう時に助けにならないでどうするって言うんだ! 迷惑とか云々抜かす前にさっさと話せ!!」

 そう、強い口調で咎められる。
 ……そのぶっきらぼうであるが、自分を心配してくれていることが伝わってくる魔理沙の言葉がとても有難く、
 少し目が滲んでしまったが、何があったのかを話すことにした……



「成る程な……全く、どっちもバカというか子供というか……」

「返す言葉もないよ……」

 大体の説明をし終えると、魔理沙にそんな風に飽きれられる。

「んで……だ、……お前はなんでこんなところに居るんだ?」

 唐突に、そう魔理沙に言われる。 どうやら僕が此処に居ることにだいぶ怒っているようだ。

「なんでと言われても……彼女が戻って来るかもしれな……」

 がすん。

 何が起こったのかは始めはわからなかったが、頭に痛みが染み出して理解した。
 魔理沙に箒で殴られたのだ。

 いきなり何をするんだ! と、問い詰めようとした所、逆に圧倒されてしまった。

「お前はアイツの宿り木気取りだったのか!? 納得して別れたのか!?
 違うだろうがっ!! 何でアイツを探しにも行かずこんな所でのうのうとしているんだっ!!」

 そう烈火の如く捲くし立てられる。

「そんなことを言ったって、僕は人間で彼女は妖怪だ! 僕なんかに思われていたって、彼女の迷惑でしかないはずだ!」

――そう、そんなことは前からわかっていたことだ。 それを自分は納得していたんだから。 しかし……

「迷惑!? そんなこと誰が決めた、そう思っているのはお前だけだろうが!!」



――お前は、ミスティアに迷惑かどうかを聞いたのか――

 そう、魔理沙に問いかけられ、僕は何も言葉を返すことは出来なかった。

「幻想郷でも妖恋譚は確かに少ない、悲恋譚になることの方が多い。
 当然だ、在りかたも生き方も寿命も何もかも違うんだからな……
 でもそれだからって……最初から諦めていたんじゃ、どうにもならないじゃないか!
 想いを伝えて、判り合えるかもしれないじゃないか!
 それなのに……何でそれもしないで諦めるんだ! ……お前の想いってのはそんなもんだったのかっ!!」

―――― ……少なくとも、私は絶対に諦めない。 ……絶対に ――――

 そう呟いた魔理沙の言葉は、何処となく僕だけではなく……自分にも言い聞かせている様に感じた。

「……ありがとう、魔理沙。 憑き物が落ちた様な気持ちだよ」

――そうだ、自分はまだ何もしていない。 
――彼女にさよならを告げてもいなければ……この想いを、伝えてもいないのだ。

――まだ、お話は続いている。 諦めない限りはずっと。

「気にするな、私は何をして良いのかわからない軟弱物に道を指し示しただけだからな。
 この後どうするのかは、ソイツ次第だしな。 なんてったって……」

―――― 私は恋色の魔法使いだからな ――――

 そう、若干照れながら笑う魔理沙に、泣きそうになりながらも礼を伝えて家から飛び出る。

――泣いている暇はない。

――何処に行けばいいのかもわからない。

――だが、もう立ち止まってはいられないのだ。



―――― 彼女に想いを伝えるまでは ――――



――いきなり目の前に不思議な穴が現れる、その中には……

「○……○……」

 打ちひしがれた表情で、○○の家に居る彼の様子が映し出された。

――何故こんな表情をしているのだろうか……
  私という異変が解決して、晴れやかな表情をしているはずではなかったのか……

―――― 何故、そんなにも泣きそうな顔をしているのだろうか ――――

 そう思っていると、声が話しかけてくる。

『これが貴女の結果。
 貴女がしでかしてしまったもの。 
 ……貴女が向き合わなかったからこそ、起きてしまった……罪』

「そんな……そんなことって……」

――違う、違うのだ、私は彼にこんな表情をさせたかったわけではない。

――笑っていてほしかったのだ。 彼には、ただ笑っていてほしかったのだ。



―――― あの、何処か安心出来る微笑みで ――――

『……貴女は、自分から何一つ伝えなかった。
 声が出せなくとも、伝えることは出来たのに。
 本心はただひたすら隠し通した。 

 ……その結果、事態はこうなってしまった』

「……どうすれば……どうすれば良かったっていうの!?
 今更こんなモノを見せて! 今更……今更私はどうすれば……」

『さて、ね。 私は言った筈よ。 
 全てを受け入れる……と。 
 諦めるのも自由だし……もちろんその逆も』

「もう……遅いわ、遅すぎるのよ……」

――彼に対して今更何をすれば良いというのだろう、もう彼の元に戻るなんてことも、今更出来るわけもない……

『……そう思うのならばそれでも良いでしょう、妖怪側は諦める。
 それも良くあるお話ですわ』

『妖怪側は……ね。 
 私から言えるのはそれぐらいですわ、それではごきげんよう……さ よ う な ら』



 それきり……声は聞こえなくなり、私の意識は闇へと再び沈んでいった。 漆黒の闇へと。



 もう、助けてくれる光は……ない。

――そして、私は闇の中、一人となった。



―――― もうなにもきこえない ――――




──────────────────────

         もうなにもきこえない



 魔理沙と別れ、家を飛び出してから、とにかくミスティアの姿を捜し求める。
 まずは今まで行った場所から……しらみ潰しに探そうと考えた。

 人里へと赴く。

――上白沢様も阿求様も、ミスティアのことを心の底から心配してくれていた。


 命蓮寺へと駆け込む。


――白蓮様も、一輪さんも、心配して一緒に探そうとしてくれた。
  しかし、丁重にお断りしておく。 
  ミスティアを探し出すのは……自分で成し遂げなければ意味がないのだから。


 紅魔館の門をくぐる。


――パチュリー様も、咲夜さんも、美鈴さんも、小悪魔さんも、皆心配してくれている。
  必ず見つけ出して、またミスティアと一緒に訪れることを約束して、紅魔館を後にする。


 短い間ではあったが、これ程までに沢山の人と出会い、助けてもらっていたことを実感する。
 だけれども……感慨に耽るのはまだ早いし、隣に居るべき彼女が居ないのだ。
 だから走る、ただひたすらに。

――何にも代えようがない、かけがいのない彼女……
――また、あのミスティアの笑顔を見るために……


――今は走り続ける

――大好きな彼女を探し続ける
  力のない自分には、それしか出来ないから。

――何よりも自分が、そうしたいから。



 そうして――
 最後の候補である永遠亭に行くために、迷いの竹林まで辿り着いた。



――そろそろかな……

 そう思っていると、竹林の入り口に入ってくる人影が見えた。

「ふーん……あのへなちょこそうな顔が、随分と立派になって」
 知らず知らずに、笑みが零れる。 それはそうだ。 
 これからとてもとてもとても楽しい場面に立ち会えるのだから。
 そんな風に思いながら彼女、

――因幡 てゐは、○○の前へと躍り出た。



 そうして目の前に躍り出てきた彼女、てゐに○○は気付く。
 息を調えながら、○○は彼女に問いかける。

「はぁ……はぁ……すまない、てゐ。 今ミスティアを探しているんだ。
 はぁ…… 何処かで見かけただとか、知っていることがあったら……
 はぁ……教えてもらえないか?」

 そう途切れがちに問いかける○○。 
 その動きは今にも酸欠で倒れてしまいそうで、てゐの様子を伺う余裕もあるはずがない。

 もっとも……彼女が人間である○○に、心を見透かされるはずもないのだが。

――楽しくて、笑い出してしまうのを必死に堪えている、彼女のその心境を。

「○○、良かった…… 今からそっちに行こうと思っていたのよ。
 いい? ……落ち着いて、聞いてね?」

――そうして、彼は目の前が真っ暗になってしまった。

「竹林で倒れているところを私が見つけて……
 今、永遠亭に居るんだけども全く意識が戻らないの……」

―――― そうてゐに告げられて ―――



 ……案の定、だいぶショックを受けている様だ。
 それは当然か、好いている相手が意識不明の重体だというのだから。

――さて……これからどうするのかな? ただの人間。

 ……結果がある程度見えてはいるのだが、その過程を楽しむのが長い寿命を持つ妖怪だ。

――精々私達を楽しませてちょうだいね……?



 しばらくの間、放心してしまっていたが、何時までもそうしてるわけにもいかないと意識を取り戻す。

――彼女の意識がないというのなら、目覚めるまで傍に居るだけだ。
――彼女を……一人にはさせたくない。 そう、強い思いを抱きなおして。

「てゐ、悪いけれどもすぐにでも永遠亭に行きたいんだ。
 案内してくれないだろうか?」

 そうてゐに問いかけると、こくりと頷いてくれた。

「もちろんよ、私はそのために此処まで来たのだから。
 最短距離で行くからしっかり着いてきてね!」

 そうてゐに言われ、力強く頷く。

―――― もう少しだけ待っててくれミスティア ――――

そう思いながら、再度疲れきっている身体に力を入れて走り出す。



――人間側は大丈夫ね、後は彼の頑張りとあの子次第……
――さてさて……お話の結末はどうなることやら……



 そうして、永遠亭へと辿り着くとドアを蹴破る勢いで開け放ち、ミスティアの居る場所へと急ぐ。

 途中すれ違った兎がだいぶ驚いていたが気にしている余裕も今は、ない。


「やっと来たのね、○○」
 そう、ある部屋の前に居た鈴仙に話しかけられる。

「すまない、遅くなった……ミスティアは!?」

「落ち着いて、今彼女はここで眠っているわ……
 師匠が言うには体調の衰弱もあるのだけれど以前貴方が言っていた悪夢……
 あれが再発してしまっていてそれがどうも良くないみたい。

 ……妖怪は、体調面よりも精神面でより大きなダメージを負ってしまうから……」

――だから絶対安静に……静かにしなかったら蹴り出すわよ?

 そう鈴仙に言われて、予想以上に重症そうだということを意識して、部屋の中へと入る。


「……ミスティア」

 部屋の中には布団に横たわり、だいぶうなされている様子の捜し求めていた彼女が居た。
 最初に、家で悪夢にうなされていた時よりもだいぶ辛そうで……
 ……その姿を見ていたくなくて目を逸らしそうになったが、それでも彼女の元へと寄り添う。



――そうしてミスティアの手を握り、語りかける。

―――― 聞こえていなくても良い、それでも、少しでもいいからミスティアへと届く様に ――――

 そう思いながら。





――耐えられないかもしれない。

 闇に囚われながらそう思う。
 ……耐えなければ、楽になれるのだろう、
 それが私というモノが居なくなる……ということなのだとしても……

 しかし、私はそれを拒んでいた。
 少しでも長く苦痛を味わうことが、私の受け入れるべき罰なのだと思っていたし……
 
 何よりあの闇から問いかけてきた声と、最後に見せられた○○の表情が心に残るのだ。


――私は、まだ都合の良いことを考えているのだろうか。
  そんな事を考える。
  ○○に私を受け入れてもらえる、そんな都合の良いことを。

 ……有り得る筈がない、と何度も自分の中で答えを出した。
 しかし、望んでしまうのだ。 あの、私にとっての素晴らしい日常を思い出してしまうのだ。

――人里へと行った。
  初めは怖かったが、上白沢も阿求もどちらもとても優しく、接してくれた。

――命蓮寺へ赴いた。
  妖怪を受け入れると公言している彼女達は、私に対してもとても真剣に考えてくれた。

――紅魔館で探し物をした。
  今までの怖かったイメージを持っていた従者や、図書館の魔女なども皆、実は優しいのだと知った。

――永遠亭で診察をしてもらった。
  今考えると、てゐはきっとあの時気付いていたのだろう。 ……私の想いに。


 ……思えばこの短い間に色々な場所に行ったものだ。
 そして……思い返せば……いつも隣には彼が居た。

――人里では一緒に甘味所に行った

  あの時は、お腹が鳴ってしまって恥ずかしい思いをしたっけ……

――命蓮寺では聖に見惚れていた○○に対して少し怒ってしまった。

  ……彼は気付かなかったでしょうけどね。 思えばあれは嫉妬だったのだろう。
  思い返せば、あの頃にはもう彼のことを意識していたのかもしれない。

――紅魔館では一緒に本を探し、紅茶を飲んだ。

  ○○に私が作ったら食べさせてあげるって約束……守れなかったな。 ごめんね……。
  そういえば、帰り際に魔理沙が言ってた言葉の答えも聞いていないな……
  でも……私だから、必死になってくれていたのだったら……嬉しい……かな。

――永遠亭ではてゐにからかわれて顔を赤くしている彼に少しだけ心がざわついた。

  勝手な言い草よね……でも、診断を受けて身体に何も異常がないとわかった時に
  彼が浮かべてくれた笑顔が眩しかった。 嬉しかった。
  ……彼に、歌声を聴かせるという約束は守れなかった。 それどころか、声すら聞かせることが出来なかったのだ。
  その事が……心残りだ。


――他にも思い起こせば色々と行ったなぁ……
  ピクニックにも行った、買い物にも行った、様々な場所へと行った。


 ……いつも隣に居てくれた彼は、もう居ない。……私のせいで。


――きっと私は、ずっとこうやって後悔していくのだろう。
  意識が持つ間はずっと……



 そうして、意識を更に深い闇へと向かわせようとすると……また誰かの声が聞こえてきた。
 聞き覚えのある、ずっと心の中で求めていた声が。





――そうして彼は語りかけている。
  ミスティアの手を握りながら、今までのこと、今までの日々、今までの記憶を。
  そして、今まで言おうとしなかった……想いを。

「思えば、君が僕の家の近くで倒れていたのを見つけた時は、とにかく必死だったよ……」

 散歩に出掛けてみれば女の子が倒れているのだ。
 必死にならない方がどうかしているだろう。 ただ、今はミスティアだったからだと、そう思いたいが。

「初めは、妖怪だって気付いた時少し驚いた。 正直、戸惑いもした。
 でも、目覚めた君を見た時にそんなことはどうでも良くなったんだ……」

 目覚めたミスティアは、正に親鳥とはぐれた雛鳥というような表現が一番正しかったと思う。
 だからだろうか……心細そうにしている彼女を見て、助けになりたいと感じたのは。

「人里へ行った時は上白沢様が初め忙しくて、甘味所にも行ったね。
 美味しそうに食べる君を見てなんだか僕も嬉しかった……」

 そんな彼女の様子を見ながら、
 妹や娘が居たらこんな感じなんだろうか……と思ったりもしたものだ。

「君が悪夢にうなされている時は本当に心配で……
 もう目が覚めないんじゃないか、とも考えてしまった。
 だから、目を覚ましてくれた時は、本当に嬉しかった。 ……安心した」

 そう、あの時は本当に生きた心地がしなかった。
 そうして無意識の内に彼女の手を握った。
 離れない様に、安心させる事が少しでも出来る様に。

「命蓮寺にも行ったね、あの時は帰り際、何故君が機嫌悪かったのかが
 何故なのか未だにわからないけれども……」

 妖怪を受け入れてくれる、と言う白蓮様に微笑みかけられている君を見た時に
 安心した笑顔を見せてくれて、それに見惚れたりもした。

「紅魔館では紅茶をご馳走になったね、あの紅茶は今でも見事な物だったと思っているんだけどなぁ。
 図書館にもだいぶ通い詰めさせてもらったし……」

 紅茶や、新しい料理を作ったときには一番に味見をさせてもらう。
 他愛もないことだが、確かに約束したのだ。
 だから……その約束を果たさないわけにはいかない……

「永遠亭では君の身体に異常がない、って聞いて凄く嬉しかったよ。
 来る途中ではてゐに茶化されたりして、大変だったけどね……」

 そう、てゐには初対面だったのに何故か気持ちがバレてしまっていたんだったんだ。
 やはり生きてきた年数が違うからなのだろうか……
 そして、帰り道にミスティアと交わした約束。
 ……そう、自分はまだミスティアの歌声も、声も聴いてはいないのだ。
 彼女の奏でる歌声を……どうしても聴きたい。 だから、彼女に届く様に、ただひたすら語りかける。

「ピクニックにも行ったし、色んな場所に行ったね……」

 そう、色々な場所へ行った。 今でもはっきりと、今までのことが思い出せる。
 その日々はかけがいのないもので、しかしそれは彼女が居たからこそのものだ。

 だから、眠っているミスティアに届く様に……



―――― そうして、想いを込めて言葉を紡ぐ ――――

―――― 眠り続ける彼女へと届く事を願って ――――





―――― そうして、私はその声を夢の中で涙を浮かべながら聴いていた。手の辺りから広がる暖かい白色と共に ――――



「ミスティア、僕は君の事が好きだ。 君が居ないと生きていけそうもない。
 待っているから……ずっと、ずっと待っているから……起きたら、君の歌声を聴かせてほしい」

――もう君の事以外なにもみえない――
――なにもきこえないから――



――そうして、私は目を覚ますと、衰弱し、ふらついてしまっている身体で何とか彼に抱きつく。
  そして――想いを伝える。
  彼に負けないくらいの、気持ちを込めて。

「私も……私も貴方の事が大好きです、もうずっと前から……貴方に捕われていました。
 ……ありがとう、こんな私を思ってくれて……本当にありがとう……」

――私も貴方の鼓動しかきこえない、貴方の息遣いしかわからない、もう貴方以外――なにもきこえない――

――そう確かな言葉で伝え、彼が居ることの……彼に触れられることの幸せを噛み締めながら、眠りに落ちていった。

  暖かな温もりに包まれながら……漆黒ではない、眠りへと……

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最終更新:2011年02月26日 12:12