もう歌しかきこえない



――そうして、彼と彼女のお話は一段落しましたとさ。 おしまい。


 そう言って、お茶を啜る彼女に納得出来なくて、私は彼女に問いかける。

「ちょっと、紫。 わざわざ神社まで来て長々と話しておいて、それで終わりはないでしょう。
 その後のことだとか、なんでミスティアがいきなり声を出せたのかとか話すことはあるでしょうが。
 喋るんだったら最後まで喋りなさい、お茶請け取り上げるわよ?」

「あらあら……霊夢はせっかちねぇ。 でもお話は本当にお終いなの。
 何故声が出せる様になったかというのは……そうねぇ、愛の奇跡とでも考えれば良いんじゃないかしら?」

「そんな説明で納得出来るのはどこぞの頭が春な巫女くらいなものよ。
 いいからしっかり説明しなさいな。 魔理沙も気になるでしょう?」

 そう、隣で笑いながらお茶を飲んでいる彼女に問いかける。

「そうだな……私もそれなりには当事者に近かったし、気になるといえば気になるな。
 まぁ○○が陥っていた――ミスティアが言うには異変か。 それが解決したんだからどうでも良い気もするが。
 結局のところ、ただの痴話喧嘩だったわけだしな」

「異変だということは合っていますわ。 ――対象は彼ではないのですけれどもね」

 納得出来ていないのか……まぁ出来るはずもないが。 隣で喚いている巫女を横目に考える。

――そう、異変が起こったのは結局の所、彼にではないのだ。 
  彼は最初から、ただ日常を送っていただけなのだから。
  日常に一片、異常が入り込んだとしても当人がそれを異常と認識しなければ異変ではない。

  異変があったとするならばそれは――



――そうして、私は永琳と話している。

「いやぁ、今回は楽しかったわぁ。 どっちも気持ちが見え見えなのに無理しちゃっててさ。
 最後にはあんな場面まで見させてもらっちゃって。
 妖怪の賢者と一緒になって最後の辺りは色々タイミングとかも計ったりしちゃったけれども、バッチリだったしねー」

「貴女が色々楽しんで画策していたのは知っていたけれどもね」
 そう、お茶を飲みながら永琳が言う。

「だってあれだけお互いに対して、必死になっているんだからねー。 年長者としてはお節介も焼きたくなるものよ」

「確かにね、だけれども○○に対してはもう少し早くても良かったんじゃない?
 彼、大分身体の方が限界に近かったわよ?」

「んー……そうしようとも思ったんだけどもねぇ。
 ……でもあの時すぐに伝えていたら、○○はきっとミスティアの元へ辿り着いてもあれ程必死にならなかったと思うんだ。
 もちろん、倒れているミスティアを見て、助けようと必死にはなるだろうけれども――それはただのお人よしなだけだからね」

「……あえて時間をずらすことによって、彼がミスティアのことをどれだけ大事に想っているのかを認識させた……ということね」
――そう言いながら永琳は、私が、彼に対して働いた一つの詐欺を告げる。


「だけれども、貴女は一つだけ彼に伝えなかったことがあった。
 ――彼が来るだいぶ前に、ミスティアは永遠亭で保護していたのだということを」
 そう告げると、私が理解しているのを承知しているのか――てゐの笑みが更に深くなった。

「私は、○○に嘘は言っていないしね。
 ミスティアを見つけたのは本当、永遠亭で保護していたのも本当、
 今から○○のところへ向かおうとした、っていう言葉も……半分本当。
 実際、竹林に来た○○のところへ行ったわけだしね」

――ただ、何時見つけたのかを言わなかっただけだ。 そう彼女は言葉を付け加える。


 そう、私はあの雨が上がりそうな竹林で、ふらつきながら倒れた彼女を見つけた。
 そうして急いで彼女の元へと駆け寄り、永遠亭へと運ぼうと身体を抱えて運ぶ。

――ごめんなさい、○○――

――うなされながら謝る彼女の声を背に聞きながら。


「その時のタイミングなんでしょうね、彼女の異変が……不調が治ったのは」

 そう永琳が思い出しながら呟く。 そう、あの時に彼女は声が出せる様になったのだろう。

「しかし……まさかあんな単純な理由だったなんてね。 確かに昔同じ症状だった夜雀は居たわね。
 ただ、この数百年でも滅多にあの一件だけだったもんだから、すっかり忘れちゃってたわよ」

「そうね、私もカルテを掘り返すまでは思いつきもしなかったわね……
 まぁ今度からは、忘れない様にしっかり今回のケースは保管しておく様にしないとね」

 そう永琳と共に苦笑する。


 なんせ……今回のミスティアの不調の原因は――



――そうして、僕らはここに居る。

――彼女、ミスティアと共に。


 あの後、抱きつかれながら眠ってしまったミスティアと共に自分も意識を失ってしまった。
 どうやら走り疲れて身体が限界を迎えてしまっていたらしい。

 そうして、眠りに落ちていると……

――子守唄が聴こえた。

  優しく、あやす様に。 慈しむ様に。 語りかける様に。 想いを伝える様に。

――そんなとても優しい声色だった。

 そうして、目を開くと……隣には泣きはらした目をしている彼女が寄り添い、歌を歌っていた。

 とても聴きたいと思っていた――彼女が奏でる優しい声色の歌を。


 自分が目覚めたのがわかったのか、ミスティアは歌うことを止めて語りかけてきた。

――おはよう、○○。 そして……ありがとう。貴方が呼びかけてくれたから私は今此処に居る――

 そう言って泣きながらこちらに抱きついてくるミスティアが愛しくて、彼女を震える腕で抱き返す。
 腕の中の彼女の温もりは消えることは無く、やっと掴んだ愛しい存在を離すまいとしばらく二人でそうしていた……



――そうして○○の腕の中に私は居る。
 そう、確かに居るのだ。 あれ程、闇の中で恋焦がれていた○○が。

 ○○の温もりを実感しながらそうしていると、横から咳払いが聞こえる。

「……こほん。 二人ともイチャつくのは構わないけれどもどちらも病人だということと、
 此処が何処なのかを自覚してもらえるかしら?」

 そう言って、こちらを生暖かい視線で見つめている永琳に気付いて、二人して慌てて身体を離す。
 離れた時に○○が慌てすぎて怪我が少し悪化してしまい、混乱して泣き喚いてしまったのは今思い出しても……恥ずかしい。



 そうして、少し混乱していた頭を落ち着かせて、八意先生に礼を伝える。

「構わないわ、私は医者の端くれですもの。
 不調を訴えて来る者がいれば治すし、怪我している者が居たから受け入れた。 ただそれだけのことよ」

「それでも、ありがとう。 八意先生がミスティアを見つけてくれていなかったら……僕はずっと後悔するところだったから」

「自分の身体は勘定に入れていないのね……ミスティア、貴女もこれから苦労しそうねぇ」

 そう言って八意先生に茶化されて、真っ赤になってしまうミスティアは凄く可愛かった。

「とりあえず貴方は疲労が身体に溜まっているから数日安静。
 貴女は栄養失調だから、とりあえずは栄養の良いもの食べていれば問題ないわ」

「それと、貴女の声が出なかった原因だけれども判ったわ。
 ……とてもレアなケースだったので忘れていたけれども数百年前に一度あったの」

 そう伝えてくる八意先生。

――そういえば、混乱していたのもあったし普通に話せていたのもあったしで今まで忘れてしまっていたな……
  そう、ミスティアは今声を出せているのだ。 今まで出せなかったのに何故……

 そう思い、緊張の面持ちで八意先生の言葉を待っていると――彼女が口を開く。


「結果から言うと――ただの声変わりね」


 そう言われて、一瞬理解が出来なかった。 声変わり? ミスティアが? 妖怪なのに? それも女の子なのに?
 そうしてミスティアを見ると、彼女も混乱している様だ。 その様子からすると声変わりするなど全く想像もしてなかったのだろう。

 混乱している自分達を見ながら、八意先生は説明を続ける。

「そう、声変わり。 ただこれは最初にも言ったようにだいぶレアなケースなんだけれどもね。
 突然変異に近いものかしら。 以前も同様に声が出せず力も振るえないということだったわ」

「女の子なのに、声変わりなんてするものなんですか? それに力も使えないなんて……」

「あら? 人間もそうだけれども声変わりはあるのよ。 男性と比べて分かり難いけれどもね。
 力を使えないのは……普通はないの。 ただ……以前のケースだとこれが原因であろう、というのはあったわ」

 そうして、言葉を待っているととんでもない事を伝えてきた。

「発情期ね。 これが声変わりと一緒になると力も使えずといったことになるみたいね。
 まぁ症例がこれで二例目だから、恐らくは、としか言えないけれども」

 そんなとんでもない事を伝えられて、真っ赤になりながらも
 ミスティアの方を見ると、彼女も目を開き口をパクパクさせながら、真っ赤な顔をしていた。

 そんな様子を見ながら八意先生は笑いながら、だから大丈夫――もう解決したはずよ
 そう、言って自分達の治療へと移った。



――そして、私は此処に戻ってきた。

――彼と、○○と共に。


 治療を終えて彼の家への帰宅を許される。
 永琳やてゐなどにしっかりと礼を伝えて永遠亭を後にして、彼と共に戻ってきた。

 去り際に永琳に、
『まだ病み上がりだからね、激しい運動とかはしちゃダメよ?』
 と言われて何故か彼が顔を赤くしていたのだが何故か聞いても答えてくれない。

 なんでだろう……?

 そんな事を思いながらも、二人で彼の家へ向かっている間、二人して黙っていた。

 そうして彼と共に家に上がり、彼に向き合う。

 彼へと改めて感謝を伝えようとしたが、ふと思い直す。 そして……



 彼女から、メモを手渡される。

【改めて伝えるね、――ありがとう】

 そう伝えられて、何故メモなのだろうかと考えたが、彼女なりに何かしら考えているのだろうと思った。

「良いんだ、だってこれは僕の身勝手なんだから。 君を放したくないっていう僕の我侭なんだから」

【そんなことはない、貴方は私を救ってくれた。 貴方が来てくれたから――私を呼んでくれたから私は今、此処に居る】

 そう言って微笑みかけてくるミスティアがどうしようもなく愛しくて、彼女を抱きしめようとする。
 すると、もう一枚メモを手渡される。

【私も――貴方が大好き。 貴方のことを愛しています。 だから、聴いてください。――あの時約束した歌を】

―――― 私の想いを、貴方へと向けて捧げるこの歌を ――――

 そうして、ミスティアは奏でだす。
 全ての感謝と、愛情と、想いを込めて。
 彼へと伝わる様に。 この想い全てが伝わる様に。

 それは自分なんかでは言葉として表現出来るはずもない、只々ひたすらな歌。想い。

 今の自分は――もうミスティアの歌しかきこえなかった――



 そうして彼へと向けた歌を歌い終わる。
 全てを伝えきって、息を調えていると――彼に抱きしめられる。

「ありがとう、ミスティアの歌声が聴けて良かった。 ミスティアと出会えて本当に、良かった。
 僕は――ミスティアを愛している」

 そう伝えられ、涙を流しながら彼に抱きしめられ続ける。
 周りの音はもうなにもない。 周りには彼しか感じられない。

――もう、彼の音しかきこえない

 そうして二人、何時までも抱きしめあっていた――



――彼女にとっては大きな異変。

――彼にとっては大きな分岐点。

――一部にとっては興味深い事例。

――その他大勢にとっては気にすることもないお話。

――これはそんなお話。 そしてお話は、これでお終い。



――でも、物語は続く。 



 これから綴られるのは、悲恋譚では決してないのでしょう。
 彼と彼女が綴る物語なのだから。

 その先がどうなるのかはわかりません。
 ただ悲観的な結末にはきっとならないのでしょう。

――この世界は何でも受け入れる優しく残酷な世界。
でも――だからこそ、互いに諦めなければ幸せな物語も綴れる世界なのですから。






新ろだ2-175,2-176,2-177,2-183,2-185,2-189,2-187,2-190,2-191,2-192,2-193,2-194,2-197,2-198,2-203
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※新ろだ2-203後書きより

参考にさせていただいたもの

 SYNC.ART'S様
 アルバム【REQUIEM Re:miniscence~幻葬は追憶の彼方へ~】に収録されている

 もうなにもきこえない
 常時作業用BGMにさせてもらっていました。

 イチャスレ作品全て

 四面楚歌様

 【劇場版姫リグル―永夜の燐光―】

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最終更新:2010年07月02日 23:59