共通ルート3


トンカントンカン、金槌の音。
小気味の良い響きが耳を打ち、俺は腕組みしながら、それに合わせて指でトントン腕を叩いてみた。

トンカントンカン。トントントン。

「おーい、釘持ってきてくれー」
「おー」

大工の親父さんの呼ぶ声に応え、魔理沙が釘の箱を持っていった。ガチャガチャという音が金槌のトンカンに紛れて聞こえる。
魔理沙はこういうことに慣れているのか、非常に楽しそうだ。

「そこの君。これはこれぐらいに削ればいいのか?」
「あ、そうですねえ。もう少しかけた方がいいですね」

他方で木材にカンナをかけているのは慧音さん。
チョークだけではなく刃物の扱いにも長けているのか、その手際は見事なものだ。
大工さんのアドバイス通りに、本職顔負けのなめらかさで木材を削りっていく。その音もまた小気味がよい。シャー、シャー。

「お、お茶、置いとくから」
「おー、ありがとよー」

そして妹紅は、大工さん達にお茶を出している。ぶっきらぼうだが、出してくれるタイミングがいいと好評だ。
はてさて、彼女だけ仕事の種類が少し違うが、それも仕方ない。
妹紅はこういう作業は不得手で、下手に金槌を持つと自分の指を打ちかねないのだから。


そして俺は設計図を持ち、作業の進展具合を確かめている。
目の前には、大きな木が幾重にも重なり合い、組み合っている光景があった。そう、家の建築だ。


どうしてこんなことをやっているのか?
そもそも何を作っているのか?


今作っているのは俺の家。
つい先日、ちょっとした火災にあって全焼してしまった家を立て直しているのだ。
妹紅、慧音さん、魔理沙、そして里で依頼して来てもらった大工さん達によって、急ピッチに建設中。

「板とってくれ板ー」
「寸法違うぞー、これー」

大工さんの野太い声が入り混じる中、

「おい魔理沙。ここの釘の数が違うぞ」
「あー、すまん。今からやり直す」
「……やる事ない」

ちょっとばかし場違いな少女達。


妹紅達が手伝っているのは、彼女らが希望したから。
「私たちのせいだからな」と、魔理沙なんて珍しく殊勝な態度を見せ、みんなが大工さん達に混じって働いている。


俺も作業の手伝いをやりたいが……残念ながら俺は肉体労働ができない。
いや、やる気はあるのだが、妹紅達に手伝いを禁止されてしまったのだ。

なにせ、慧音さんの家での居候時代、大工や農業の仕事をやった際、ペンを持てなくなるほどぼろぼろになってしまったこともあるほど、俺の体はひ弱だ。
さらに小説の〆切がもうすぐで、まさかここで怪我をしてもいけないということで、こうやって監督役に従事することになったのだった。

情けない。非常に情けない。男として終わってるよ、俺。


「おーし、今日はこれぐらいにしとこう」

夕方、大工の親父さんの一声で、今日の作業はひとまず終了した。
俺は親父さんの所へ行き、最後の挨拶する。

「どうも、お疲れ様です」
「おー、○○さん。いやいや、手伝ってくれる方々のお蔭で、私らも楽できましたわ」

そう言ってガハハと漢らしく笑う親父さん。ねじり鉢巻に甚平と、職人気質丸出しの格好だ。
慧音さんの里の人らしく、「慧音先生の頼みですので」と格安で家造りを引き受けてくれたとても気の良い人だ。

そのあっけらかんとした雰囲気に俺は自然と笑みを浮かべた。

「どうです? どれぐらいでできそうですか?」
「そうですなー。このままのペースでいけるなら、残り1週間程度ですかね。骨組みはもうできてますし、簡単な作りの家なので」
「了解です。それじゃあ、また明日もよろしくお願いします」

俺は親父さんに頭を下げ、別れの挨拶を済ませた。
残り1週間、と聞いて、思ったよりも早いなと俺は思った。
今日でこの作業は3日目。さすがに木造のあばら家を作り直すぐらいなら、2週間程度でできるということか。
それとも慧音さん達が手伝ってくれているからなのか……と、俺は近くで木材の上に座り込んで集まっている彼女らの方を見た。

「なあなあ、慧音。お前、里の寺子屋は大丈夫なのか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。ちゃんと代役は立ててきた」

魔理沙と慧音さんがお茶を飲んで一服している。
慧音さんは寺子屋を休んでまでこっちに来てくれているのか……なんだか申し訳なくなってくる。

「……はぁ」

一方で妹紅は、少し離れた所で俯きがちにため息をついていた。
疲れているのか気落ちしているのか……どうも後者のような気がする。
手伝いを買って出たのに、きちんと作業に参加できないと焦っているのだろう。
その気持ちはよく分かる。俺も本当は手伝いたいのだから。


俺は彼女らが座る方へと向かい、「おーい」と声をかけた。
3人共が一斉に俺の方を向いた。

「今日はこれで解散だってさ。伝えることも特になし。また明日だって」
「そうか。んー、疲れたんだぜー」
「お疲れさん、魔理沙」

そう労をねぎらってやると、魔理沙は少し照れくさそうに頬を掻いた。

「ま、好きで手伝ってるだけだからな」
「そうかい」

俺は腰に手を当ててクスリと笑った。
魔理沙がそうやって照れている様子を見るのは非常に微笑ましい。
さて、と俺は手を叩き、話を切り出す。

「で、これからだけど……まさかとは思うんだけど、またやる気じゃないよな?」

俺が不審げにそう尋ねると、魔理沙だけでなく慧音さんと妹紅も視線をわざとらしく外した。

「ははは、そりゃあ……なあ?」

魔理沙が慧音さんに問いかけると、

「……私はいつも、きちんとお前に時間と場所を与えたいと思っているんだ」

と慧音さんがため息をつき、

「……」

妹紅は暗い表情のまま、動かない。


どうしたものか、と俺は肩を落とす。


「やる」とは何のことか。それはここ2日間の夜に起こった出来事に関係ある。


まず、当たり前だが、今の俺には家がない。建て直し中だ。
なので夜眠る所もないし、食料もない。完全なホームレス。
しかし、まさか妖怪が跳梁跋扈している幻想郷で野宿をするわけにもいかないので、俺はここ2日、慧音さん達の家に泊めさせてもらっているのだ。
もちろんやましいことなんて何もなく、彼女らには食事を少し分けてもらいつつ、寝床兼、〆切の迫ってきた小説を書き進めるための部屋を提供してもらう……はずだった。

本来はそうだった。慧音さん達との話し合いにより、ようやく告白の台詞が決まった恋愛小説を、俺は今すぐにでも書かなくてはならなかった。
彼女らもその事は知っているので、快く場所を提供してくれていたはずなのに……


どうしてこんなことになるのだ、と俺はここ2日間の惨状を思い出すのだった。





ケース1 慧音さんの家に泊まった場合


「お邪魔しまーす」
「ああ、入ってくれ」

建設作業1日目、慧音さんに招かれて入った里の一軒屋。
それは女性1人が住むにしては少し広めな、外の世界で言う2LDKの家ーーここが慧音さんの家だった。

もちろん俺の家なんかよりはずっと立派な作りだ。
里の守護者という役割もある彼女、地震や大雨が来ても崩れないよう、里の人達が一生懸命に建てたのだろう。
そして彼女がそれを思いやり、大事にこの家を使っていることもよく分かる。
なんとも慧音さんの人徳と性格がよく出ている家だった。

「好きな所に座ってくれ。勝手は分かってるだろう? 今茶を出す」
「あ、おかまいなくー」

慧音さんが台所に行くのを見送って、俺は適当に座布団を敷き、ちゃぶ台の前にドサリと座った。
矢庭にぐるりと部屋を見渡し、変わってないなあ、と懐かしい思いに捕らわれる。


俺は幻想郷に来た最初の頃、この家に居候させてもらっていた。
その頃のことを振り返ると、やはり慧音さんには感謝することしかできない。
幻想郷という未知の世界に放り込まれた俺に、この世界のルールを教えてくれた上に、身の振り方まで世話してくれた。

この部屋を見ているとあの頃のことがよく思い出される。慧音さんは厳しくも優しく俺に接してくれて、最早小説なんて書けないと思っていた俺を励ましてくれたものだ。

「珍しいものでもあったか?」

無作法にも部屋をじろじろと見ていた俺に、台所から戻ってきた慧音さんが優しい笑顔で尋ねた。

「いえ、やっぱり変わっていないんだなあ、と思いまして」
「そうだな。せいぜい妹紅や魔理沙の私物が増えたことぐらいか……これを。粗茶だが」
「ありがとうございます。いただきます」

慧音さんの入れてくれたお茶をおいしく頂き、ほっと一息。

作業場の統括という慣れない仕事に、思ったより身体が疲れていたようで、こうやって落ち着いた雰囲気の家にいるとそれが癒されていくのが実感できた。

「○○、それで、お前の部屋なんだが」
「あ、以前と一緒で、この部屋に毛布でも敷いて寝ることにします。小説も書きたいですし」
「そうか? 私は一緒の部屋で寝てもまったく、その……」
「はい?」
「いや、なんでもない」

慧音さんのささやき声が気にはなったが、結局別々の部屋で寝ることに決まった。

俺としてはそちらの都合が良かった。
小説を書くにはロウソクの灯りが必要で、もし一緒の部屋で寝でもすれば、慧音さんの安眠を妨害することになりかねない。
1人ならその心配もなく、全力で夜更かしができる。

「あれ、このクッション、最近買いました?」
「ああ、それは魔理沙が持ってきたものだ。座布団の上で正座するのが辛いからと言って、いつの間にか持ってきてな」
「へー、それならこれも? これは肘掛ですかね」
「それは私だな。試験の採点をする時にそういうものがあればいいと思って。そういえば、寺子屋の××という子が――」

それからしばらく、主に部屋の間取りや最近の寺子屋の事情についての世間話に興じていると、あっという間に時間は過ぎていき、

「む、もう陽が落ちたか……そろそろ晩御飯の支度をしよう。何がいい?」
「慧音さんが作ってくれるものなら、なんでも」
「ふ……そうか。では肉じゃがでも作ろう」
「おー」

慧音さんの肉じゃがは最高においしいので、これは楽しみだ。

割烹着を着た慧音さんがご飯の支度をし始める。
下手に手伝うと彼女の邪魔になりかねないので、俺は常備しているネタ帳に、小説の展開などについてのメモを取っていくことにした。


俺はネタ帳に文字を書き、慧音さんは台所で料理をしている。
鉛筆が紙の上を走る音と、包丁がまな板に当たる音と、沸騰する水の音だけが聞こえる。
俺と慧音さんは会話することこそなかったが、互いに互いの存在を認め合っているのが分かる。
非常にゆったりと落ち着く時間が過ぎていき、これなら仕事もはかどりそうだと思っていたのだが、その時。


悪魔のノックが鳴った。


「おーい、慧音ー、○○ー」
「いるー?」

この声は、と俺と慧音さんは顔を見合わせた。
明らかに、彼女らの声。

慧音さんが割烹着の前かけで手を拭きつつ、少し引きつった顔で玄関の扉を開けると、

「お、やっぱりいたかー」
「おーす」

「魔理沙、妹紅……何をしにきた」

慧音さんが呆れたようにため息をついた。

玄関に立っていたのは、魔理沙と妹紅。
今日の大工仕事が終わった後に別れたはずなのに、何故か慧音さんの家にやってきたのだ。
どうしてまた、と慧音さんが問い詰めると、

「慧音の家にある食料だけじゃあ、足りないと思ってな」

と魔理沙は、食料が入っているらしい風呂敷を取り出し、

「えーと、私は久しぶりに慧音の家に遊びに行きたいなー、って思って……あはは」

妹紅は手土産らしい魚を掲げ、何かを誤魔化しているのがバレバレな笑顔を浮かべていた。

「……はぁ、ちょっと来い、お前達」

じっと強引な来訪者を睨みつけていた慧音さんが、突然強引に彼女らを外に連れ出していった。
姿は見えなくなったが扉は閉められていないので、3人が何か話している声が少しだけ聞こえてくる。

「約束だったはずだ。各自が順番に○○を自分の家に泊める、と」
「ああ、そうだな。けど、私達も一緒に泊まっちゃ駄目だとは言ってないはずだぜ?」

これは慧音さんと魔理沙か。

「妹紅……」
「べ、別にいいだろ、慧音。そんな怒んなくても……たまには私も慧音のご飯食べたいし」

非難めいた声を出す慧音さんに対し、妹紅は可哀想になるほどか細い声で言い訳をしている。

ただ、慧音さんのご飯が食べたい、という部分には俺も同意しておこう。
それほど彼女の肉じゃがはおいしいのだ。売り出してもいいんじゃないかと思うぐらい。

「――しかし、今日は私1人が――しようと――」
「抜け駆けは――私だって――」
「○○は――多分一緒に――」

声が小さくなってしまったので会話の内容が聞こえづらくなってしまった。
しかしどうやら彼女らの間で何らかの決着がつけられたようで、数分後、姿を現した慧音さん達は三者三様の表情を見せ、家に入ってきた。

「○○、そういうわけだ。すまん」

慧音さんは納得がいかないのが半分、申しわけなさそうなのが半分という顔で俺に謝り、

「よーし、○○! 今日は宴会だ!」

魔理沙は心底楽しそうに風呂敷から食材を取り出し始め、

「えーと……その、と、隣座るから!」

妹紅は少々乱暴に座布団を引っつかみ、俺の横に座り込んだ。


ははは、と俺は心の中で力なく笑った。結局いつもの4人で集まることになったわけか、と。
しかしそれはそれで楽しいし、安心できる。気心の知れたメンバーが集えば、自然と場は和やかになっていく。
少々騒がしくなったが、つまらないよりはマシだと、最初は思ったのだが……

「魔理沙。それはなんだ」
「ん? 酒だけど?」

俺の問いにさも当然のように答える魔理沙。
彼女の手には「水道水」というラベルが貼られた一升瓶がある。

「待て、まさか宴会ってのは、本当の宴会なのか?」
「本当の宴会ってのがどういうのかは知らないけど、宴会は宴会だぜ?」

どんどんと風呂敷から酒瓶を取り出していく魔理沙。いつの間にかその数はちゃぶ台の上を占領するほどになっていった。

「さあ、飲め! 今日はお前の家の完成前祝だ!」
「待て、まだ作業初日だろ、って、妹紅! いきなりそんな満杯に注ぐなって!」
「まあまあ、飲めば楽しくなるって」

もう宴会モードに入っている魔理沙と妹紅。
俺は慧音さんに救いの目を向けたのだが、

「……私も飲もう。今は無性に酔いたい気分だ」

こめかみに血管を浮かせている慧音さんは、ここにいる誰よりも早くコップ一杯を空けてしまった。

俺はここでようやく、最早あの落ち着いた空気は霧散してしまったことに気付いたのだった。



それからどうなったかは言うまい。
仲の良い者同士が酒を囲めばどうなるかなんて、外の世界も幻想郷も変わらない。

俺が小説を書く時間なんて、一瞬たりともありはしなかった。




ケース2 魔理沙の家に泊まった場合

「で、今日もこうなる、と……」

2日目の作業が終わった夕方、俺は魔法の森を歩いていた。
今日は魔理沙の家に泊まることになっていた。
昨日のこともあり、俺はこのお泊りが平穏無事に済むはずがないとすでに予想していたが……ここまで見事に予想が的中するとは思わなかった。

「私は○○だけを連れてくるつもりだったんだぜ?」

魔理沙はそう言うが、風呂敷の中にある酒瓶を見るとそうは思えない。

「魔法の森って危ないし……なっ?」

妹紅、なっ?と呼びかけれても説得力はあまりないぞ。ただ単に宴会を楽しんでいるようにしか見えないんだ。

「この2人がいて私だけ仲間外れにするとは、ひどくはないか?」

そうですね慧音さん。俺はもう諦めているんですよ、あははは……


魔法の森の中を進む俺達4人。それぞれが食料と酒瓶を持ち、最早宴会をやろうとしているのが見え見えだった。

今日も小説が書けないのか、と俺は落ち込むことしかできなかった。
あの恋愛小説を早く書いてしまいたいのに、いったい何時になったら万年筆を持てるようになるのだろうか……
森を歩む足取りも重くなるというものだ。

「○○、安心しろ」
「え?」

気落ちする俺に、いつの間にか近づいてきた慧音さんが耳打ちしてくる。
前を歩く魔理沙と妹紅は気付いていない。

慧音さんは里の守護者然とした、堂々とした顔でこうささやいた。

「今日は時間を作ってやる。私が魔理沙達の相手をしているから、お前は他の一室にこもって小説を書けばいい」
「慧音さん……」
「私に任せろ」

そんなキリッとした顔で言われたら、胸がときめいてしまうじゃないですか、慧音さん。
ああ、俺はもうあなたにすべてお任せします、という気分になってきた。
慧音さんはこのためにわざわざ来てくれたのか……里での仕事が忙しいのに、なんという優しさ。

これでなんとかなると、若干浮ついた足で歩き続けていると、

「お、着いたぜ。ここが私の家だ」

魔理沙の指し示したのは、森の雰囲気にはそぐわない、洋風作りの一軒屋だった。
茶色い煙突に、白い壁、傍の畑に生えているよく分からない植物。
魔女の家だと言われればすぐに納得できる外観だった。

「ま、入ってくれ」

魔理沙はそう言ってドアを開けるのだが、しかし俺達3人はドアのむこう側を見て絶句した。

それはカオスだった。カオスすぎる空間だった。
テーブルと椅子があるのは分かった。暖炉と台所があるのもかろうじて分かる。
汚くはない。変な匂いもしない。その辺りの衛生管理は魔法なりできちんとしているのだろう。
しかしその空間には、ゴミなのか魔法道具なのか分からないものがごちゃまぜになり、重なり、混じりあって、わけのわからないものとなって散らばっていたのだ。

つまる所、片付いていない。散らかり放題の、それこそおもちゃ箱がひっくり返ったかのような家になっていた。

「……こりゃひどい」

俺は呆然とした声でそう呟き、頭を抱えた。
こんな家に泊まれるのか? 寝る場所はおろか座る場所すらあるのか?
魔理沙、お前の整理整頓の不得意さは知っていたが、まさかこれほどまでとは……

「どうした? 入れよ」

しかし当の魔理沙はまるで気にしていない様子で家の中に入っていく。
魔理沙、俺はお前が心配だ。将来男性と恋仲になった時はどうするんだ、と。
俺なら「まあ魔理沙だし」とどこかで納得しているからまだいいが、普通の男性ならこの部屋を見ただけで幻滅することは間違いない。
細かいことを気にしない率直さが魔理沙の魅力とは言え、これはあまりにも……

さて、どうしたものかと俺は悩む。まずは座る場所だけでも確保しなければ。
そう思って部屋の隅の方に場所を確保しようとしたのだが、しかし、突然後ろから物凄いプレッシャーが感じられ、俺は背筋を振るわせた。

「……魔理沙よ」

地の底から響くかのようなその声。
一瞬にして悟った。これは慧音さんのものだと。

俺はすかさず妹紅に合図の声を送った。

「妹紅!」
「ああ、分かってる!」

次に来るであろう衝撃から逃れるべく、俺は妹紅と共に魔理沙の家を出て外へと避難する。
魔理沙には気の毒だが、部屋の中にいる彼女を助けることはできない。カタカタ震えて俺の方を見られても、助けられないものは助けられないのだよ。


数秒後、雷が落ちた。

「片付けんかこの大馬鹿者がぁああ!!」

「ひいいいい!」



その日の夜、俺と妹紅は、慧音さんに強制的に家を片付けさせられている魔理沙を一晩中見物することになった。
家の中すべてを大掃除していたため、座る場所が居間の隅の方しかなく、さらにドタバタ片づける音がうるさい上に妹紅の酒盛りの相手をしていたこともあり、結局小説は書けなかった。

あれ? 慧音さんに任せたら大丈夫だったはずなのに……





ケース3 妹紅の家に……



そして作業開始から3日目の今日、順番的に言って妹紅の家に泊まる、はずだった。

「無理!」

建築作業場にて俺が「今日は妹紅の家で宴会か」と呟くと、妹紅が突然、必死の表情で首を横に振り始めたのだ。

「妹紅?」
「無理だ! 絶対に無理!」

妹紅の拒絶のしように、俺はとても驚いた。
このままの流れだときっと妹紅の家に泊まるのだろうと思っていたのに、これは予想外だ。
慧音さん達も驚いている。

「あー、そっかあ」

しかし俺はすぐに納得した。慧音さんと魔理沙のことがあって感覚がおかしくなっていたのだろう。
そもそも女性の家に気軽に泊まることの方がおかしいのだ。妹紅にもプライベートというものがある。
慧音さん達は俺が泊まることを気にしなかったが、妹紅が気にしてもおかしくはない。逆にそういう貞操観念もきちんと持っていたのかと安心した。

そうかそうかと、今日は別の家に泊まることを妹紅に告げようとしたのだが、

「何故だ、妹紅。約束だったはずだ」

しかし慧音さんが納得していないようだった。
彼女らの間で何の約束があったのかは知らないが、非常に厳しい顔つきで妹紅のことを睨んでいる。
その蛇のような視線に、妹紅は蛙のごとくたじたじになった。

「あ、う……」
「私達のせいで○○は家をなくしたんだ。その償いも含めて、各自の家に泊めると約束したな?」
「あ、ああ……」
「では、理由を聞こう。よもや、○○がホームレスになってもいいと言うまいな?」

怖い、慧音さん怖い。
いったい何をそんなに怒っているのだろうか。たかが俺の寝床がないだけのことなのに……いや、俺にとっては重要な問題だけれども。

このままでは妹紅が気の毒だ。
俺は助け舟を出すことにした。

「慧音さん、構いませんよ。妹紅だってプライバシーを覗かれたくはないでしょうし、今日は里の宿屋にでも、」
「○○は黙っていてくれ」
「はい……」

怖い、慧音さん怖い。

「妹紅、理由を言ってみろ」
「その……」

妹紅がちらりと俺の方を見た。よほど言いにくい事情があるのだろうか、口をもごもごとさせている。
俺達は妹紅が話してくれるのを待った。俺としてはそこまで詰問しなくてもいいとは思うのだが、慧音さんが怖くて迂闊なことは言えなかった。

「――んだ」

妹紅がぽつりと言った。しかし内容はよく聞こえない。
慧音さんが腕を組み、妹紅を叱咤する。

「大きな声で、もう一度!」
「う――わ、私の家は汚いんだ! 狭いし、○○を泊められるような場所じゃない!」

やけくそ気味に発せられたその言葉に、慧音さんを含め、俺達は目を丸くした。

しかし、同時に納得もした。
妹紅は……こう言ってはなんだが、家事全般の能力が皆無に等しい。
炊事洗濯掃除、全てが苦手。通知表はオール1。
米を洗ってくれと頼めば、石鹸を使うほどのレベルだ。

「あー……すまんな、妹紅」

あれほど怒りのオーラを発していた慧音さんも、素直に非を認めて謝っている。
恥ずかしいことを言わせてしまった、と本当に申しわけなさそうだった。

妹紅は憮然とした表情で続ける。

「最初に断ろうと思ってたんだ。けど、なかなか言い出せなくて……掃除すれば少しはマシになるかと思って、この2日頑張ったんだけど……」
「余計にひどくなった、って所か」

魔理沙の余計な一言で、妹紅がさらに落ち込んでしまった。
まあまあ、と慧音さんが慰める。妹紅、元気を出せ。これから学べばきっと――大丈夫だ、多分。

「では、今日の○○が泊まる場所だが……また私の家にするか?」

話題を変えるように慧音さんがそう提案するが、俺としては少々複雑な気分だった。
確かに慧音さんの家はとても綺麗で安全だ。それは間違いない。
しかし、このまま慧音さんの家に行けば、確実に魔理沙達もやってくる。

そしてまた酒盛り、乱痴気騒ぎで朝まで宴会のお決まりルートに入るだろう。
それは避けたい。そろそろ小説が書きたかった。加えて慧音さん達にお世話になりすぎるのも気が引ける。

里の宿屋が一番いいかと思い、俺はそう答えようとしたのだが、

「だったら良い場所があるわよ」

突然の第3者の声に、俺達はその声が聞こえた空に目を向けた。
そこには、紅白そのものの衣装を着た、黒髪の女の子が降り立つ姿があった。

「霊夢さん!」
「久しぶり、○○さん。色々と苦労しているようね」

博麗霊夢。里の近くの山に居を構える、博麗神社の巫女さんだった。
どうして彼女がここに、と俺が疑問に思うと、今までずっと黙り込んでいた魔理沙が「来たか」と動き出した。

「遅いぜ、霊夢」
「そう言われてもねえ。こっちにも色々と準備があるのよ」

会う約束でもしていたのかと思える2人の会話。なんだろうか、彼女は魔理沙と世間話でもしに来たのだろうか。
しかし彼女らの会話は長く続くわけでもなく、霊夢さんはふと俺の方を見て、「まあ、○○さんなら別にいいわ」とよく分からないことを言った。

「何がです?」

尋ねると、霊夢さんはにこやかな笑顔を浮かべた。

「家がないんでしょ? 私の神社に泊まってもいいわよ」
「へ?」

話が急展開すぎて、よく理解できなかった。

どうしていきなり、霊夢さんの神社に泊まるなどという話になるのか?
確かに霊夢さんとは他人というわけでもない。以前の「銭湯騒ぎ」の際に顔見知りになり、それからちょくちょく俺の本を贈ったりもしていた。
だが、いきなり家に泊めてもらえるほどの仲かと言えば、そうでもなし。

なぜ霊夢さんがそんな提案をしてくるのか、まったく理解できない。

「だ、駄目だ!」

今まで落ち込み気味だった妹紅が、急に大声を張り上げて俺と霊夢さんの間に立った。
まるで獰猛な犬のように「ガルルル」と霊夢さんに唸り声を上げている。妹紅、そんなことをしたら失礼だぞ。

「どうどう、落ち着けって妹紅」

魔理沙がなだめるが、妹紅の唸り声は止まらない。

「どうして巫女の家に泊まるんだよ! 慧音の家でいいじゃないか! まさか、魔理沙の差し金か!?」
「まあ聞け。これは○○のためでもあるんだよ」
「○○の……?」

ぷしゅーという音でも立つかのように、妹紅の怒りが収まった。まるで風船だと、俺は思った。
妹紅が落ち着いたのを見計らい、魔理沙が説明をし始める。

「○○は小説が書きたいけど、私や慧音の家じゃ落ち着いてできないんだろ?」
「主にお前が宴会をぶちあげるせいだけどな」
「あははは」

笑っているがな、魔理沙。大半はお前のせいで小説が書けないってことが分かってるのか、本当に。

「でだ。私はご親切にも、○○に静かな場所を提供してやろうと思ったってわけだ」
「それで霊夢さんの家、ってことか……」
「そういうこと」

確かにあの神社なら、四方八方が山に囲まれて静かなものだろう。
社務所の奥にでも部屋をもらえれば、その静けさに集中力が増すに違いない。
非常に魅力的な提案ではあるのだが、しかし……

「霊夢さんはそれでいいんですか?」
「んー、まあ、静かにしてくれるなら別にいいわよ。食事代ぐらいは払ってもらうけど」
「それぐらいなら構いませんが……」

どうにもしっくり来ない。あまりにも急だし、出来すぎた話のような気がする。
慧音さんと妹紅も納得が言っていないのか、魔理沙のことをジト目で見つめている。

魔理沙は俺たち3人から向けられる疑いの視線にうろたえ始めた。

「な、なんだよ。私は○○のことを思って言ってるんだぜ? なっ、○○。静かな所で小説書きたいよな!」
「そりゃあ……」
「なら善は急げだぜ! 霊夢、後は頼んだ!」

魔理沙は突然俺の腕をひっぱり、霊夢さんに向かってポンと押した。
俺は転びそうになるが、なんとか姿勢を立て直して霊夢さんの横に立つ。紅白の彼女は少し困った顔をしていた。

「いきなりねえ。まあいいわ。○○さん、行きましょう」
「え、あ、うわ!」

霊夢さんは俺の腕を掴むと、おもむろに空中に浮かび始めた。

「○○!」
「おっと、待て待て」

妹紅が追いかけてこようとするが、魔理沙に止められてしまった。
いったいなんなんだ、これは。どういうんだ?
そうこうしている内に地面も離れてくる。

「お、おわわ!」
「ほら、○○さん、そんなに暴れないで。落ちるわよ」

突然空を飛ぶことになった俺は、慣れない浮遊感と遠く離れた地面に次第に怖くなり、声が出せなくなってきた。
彼女の言う通り、ここで暴れても何も解決しない。霊夢さんが再び地面に降りるまで、俺は大人しくしている他なかったのだった。





○○のいなくなった作業場。結局○○は霊夢に連れられて、空の彼方へと消えてしまった。
最初は呆然と夕日の射す空を見つめていた妹紅だったが、ハッと気がつくと、隣で鼻歌を歌っている魔理沙をこれでもかと睨みつけた。

「魔理沙。どういうことか説明してもらおうか」

静かな声ながら、その内にはマグマのような怒りが秘められていた。
ポケットに手を入れ、鋭い視線で魔理沙を突き刺す今の妹紅からは、今にも炎がほとばしってもおかしくない。
不死鳥の翼すらうっすら見えてきて、このままでは建設中の家すら燃やしかねないほどの怒り様だった。

「そうだな、魔理沙。霊夢を呼んだのはお前だろう?」

慧音も妹紅の横に立ち、キッと睨みつける。
微妙に彼女の髪が緑色になってきているのが、オレンジ色の太陽の下でもよく分かった。

「おー、怖い怖い。まあ聞けって。さっきも言ったが、これは○○のためなんだ」

魔理沙はひょうひょうとした態度でそう答え、懐から何やら取り出し始めた。
それはミニ八卦炉……ではなく、それに似た、アクセサリーのように小さな八角形の物体だった。

「なあ、妹紅、慧音。この場所って危険だと思わないか?」

魔理沙がそう尋ねると、妹紅と慧音は顔を見合わせて、「ああ」と同時に答える。
この場所、つまりこの竹林の傍の敷地は、人里から離れた場所で誰かの守護があるわけでもなく、絶対に安全とは言いがたい。
竹林の主である永遠亭や、竹林の案内兼パトロールもしている妹紅の存在もあって、それほど妖怪が寄ってくることはないが、それでも100パーセント安全とは言い切れない。

「だからなんだ? 危険だから巫女の神社に○○を住まわせるとか言うんじゃないだろうな」

妹紅が敵意丸出しに言うと、魔理沙はチッチッと指を振る。

「違う違う。要はな、私達で○○の家を改造してやろうってことだぜ」

例えば、と魔理沙は先ほど取り出した小さな四角い物体を地面に置いた。

「これはただの人間に対しては何も反応しない。けど、妖怪がこれに近づけば……妹紅、これに向かって火の玉を撃ってくれ」

頼まれた妹紅は、訝しげながらも手の平から炎を出し、地面に置かれた物体に向かって妖力の火を放った。
途端に炎が地面に舞い上がり、そのまま物体を焼ききるかと思われたが、しかし突然、その物体から強烈な光が発せられた。

「うわっ!」
「むっ!」

妹紅と慧音が驚く中、その小さな物体からはなんと、魔理沙が撃ったかのようなマスタースパークが、小出力ながらも放たれたのだ。
もし妹紅がその物体の上にいれば、そのマスタースパークに直撃し、ピチューンだっただろう。

光が消えてしまった所で、魔理沙が得意げな顔を浮かべた。

「とまあこんな風に、妖怪や敵意を持った相手に反応するトラップを家とか周辺に設置する。そうすれば家の中は安全になるだろ?」
「魔理沙よ、まさか、そのために○○を霊夢の所にやったのか?」
「ああ。あいつには内緒にしときたいからな」

物騒なもん置くなって怒られるだろうし、と魔理沙はそのミニミニ八卦炉を拾い上げて、ほがらかに笑った。

「ちなみに宴会をやったのは○○をうんざりさせて他の場所に行きたいと思わせるためだぜ。
 昨日のあれは予定外だったけど……ま、結果的に上手くいったからよし!
 これから一週間ぐらいは○○を博麗神社に泊めさせて、私たちは夕方から夜にかけて家を改造するって寸法だ!」


妹紅と慧音は、また魔理沙のろくでもない思いつきか、と頭を抱えた。
人の家に勝手にトラップを仕掛けるだなんて……いったい何を考えているのか。
ここが少々危険な場所だということには同意するが、それにしても考えが突飛すぎる。

「くだらない」

慧音が吐き捨てるようにして言った。

「するならするで○○に相談してからにするべきだ。私たちが勝手に罠を置くなど、言語道断」

なあ、と慧音は妹紅に同意を求める。しかし妹紅がそれに頷くより先に、魔理沙が「妹紅」と口を挟んだ。
妹紅は憮然とした表情で「なに?」と答えると、からかうような表情を浮かべる魔理沙。

「想像してみろよ。ここは竹林のそばだろ?」
「ああ、だから?」
「○○に襲いかかるのは妖怪だけとは限らないんだぜ? 例えば……永琳が『薬の実験台がほしい』とか言って○○を無理やり拉致したりとか」

ありえそうなので笑えない、と妹紅は顔をひきつらせる。
さらに魔理沙は矢継早に続ける。

「他にもいたずら兎が○○を詐欺にかけたり」
「うっ……」
「さらに、あの月のお姫さまが○○に急接近! ○○はなすすべもなくお姫様に篭絡され、永遠亭の地下室に閉じ込められたり、とか」
「なっ!」

魔理沙の戯れ言に対して妹紅がオーバーに反応している中、慧音はやはり冷静な顔でため息をついた。

「やはりくだらない。○○だって直接忠告されれば、防犯意識を高めるだろう。わざわざ内緒にしてまで……」
「だめだ……」

妹紅が急にわなわなと震えだした。
慧音は何事かと驚き、魔理沙はニヤリを口元をゆがめた。

妹紅は握り拳を作り、怒り心頭に言い放つ。

「あいつなら、あいつなら本当にやりかねない! ○○が抵抗できないことをいいことに、やりたい放題、あんなことやこんなことを○○に……ああ! そんな! そんなことまで!」
「お、おい、妹紅」

慧音が落ち着かせようと声をかけるも、妹紅は頬に両手を当てて、世界の終わりが来たかのように顔を歪ませながら、妄想の世界に旅立っていた。

「か、かぐやあ! ○○のそんな所に手を入れるな! 私だってまだ触ったことないのに!」

少々行き過ぎた妄想を繰り広げる妹紅に、魔理沙はそろそろかと声をかける。

「さあ、妹紅、どうする?」

その一言で、ハッと妹紅が現実に戻り、炎をまとった拳を力強く掲げた。

「魔理沙! 私も協力する!」
「おお! おまえならそう言ってくれると思ったぜ!」

がしりと握手をする2人に、慧音はふぅ、とため息をついた。
仕方ない、○○を守ってやりたいという思いには同意できる。危険なのは事実だし……
あとでこっそりと○○にこの事を教えてやればいいだろう、と常識人の慧音さんは考えるのであった。

「けど、○○は大丈夫なのかな……あの巫女に襲われたりとか」

妹紅が心配そうに呟くと、魔理沙が「ははっ!」と盛大に笑った。

「それはない。絶対にない。霊夢はそういうことにはまるで興味がないからな。○○が襲いかかる方がまだ可能性としてありえる」
「ないな」「うん、ない」

おそらく○○は小説を書くことに夢中になって、そういうことを思いつきもしないだろう。
彼はそういう人だ。何かに熱中し始めると他のものが目に入らなくなる。
そもそも○○が霊夢を襲ったとして、あの貧弱な身体で果たして博麗の巫女に勝てるかどうか……チルノが妹紅に挑むようなものである。

「ま、ともかく、さっさと始めようぜ。この夜の間に仕掛けないと」

魔理沙がそう言って、懐からミニミニ八卦炉をいくつも取り出していく。この時のために自作でもしていたのだろうか……
妹紅と慧音は顔を見合わせ、頷きあう。そして互いに札や神器を取り出していく。

「○○の家改造計画! 始まるんだぜ!」

魔理沙の一声で、その作業は始まるのであった。





「何してんだ、俺……」

俺は机に肘をつきながら、頭を抱えていた。

ここは博麗神社の社務所。霊夢さんが日々生活を送っている家屋だ。
その一室を借り、俺は原稿用紙に向かって握っていた万年筆を放り投げ、思い悩んでいた。

小説は書けた。これまでの鬱憤を晴らすかのごとく、すべて仕上げてしまった。
博麗神社に連れてこられて「好きに使っていいわよ」と部屋を与えられ、ようやく書けるという喜びのあまり、時間も忘れて書いてしまった。
ご飯も食べず、誰とも話さず。真夜中まで時間はかかったが、いいものができたと自画自賛している。

だがその後、頭の中に浮かんできたのはここが博麗神社であったということ。
ほぼ強制的に連れてこられ、困惑するべきなのに小説に夢中になってしまったということ。
さらに霊夢さんに今回の事情も聞いてなければ、お礼も言っていない……彼女とは神社に連れてこられてから一度も話していなかった。

ほんと、俺って周りのことをよく見ていない。
自分のことが嫌になってきて、俺は頭を抱えるのだった。

「はぁ、もう寝たかな、霊夢さん」

とりあえず俺は部屋から外に出ることにした。
霊夢さんがいつも使っている居間に向かうも、そこには誰もおらず、灯もない。
さすがにこんな夜中だと寝たかな、と俺は思いながら、縁側に向かう障子を開けた。

「あら」
「あ」

いた。霊夢さんだ。
いつもの紅白の巫女服ではなく、白いパジャマのようなも
のを着て、縁側でお茶を飲んでいた。
突然現れた俺に驚いた顔を見せる霊夢さんだが、すぐにいつものそっけない態度に変わる。

「小説、書けたの?」
「あ、はい、ありがとうございます、部屋を貸してもらって」

いいのよ、と答える霊夢さんは普段と変わらず、とてもあっさりとしていた。
俺がここにいることに何の感慨も持っていないようだった。
しかし冷たいわけではなく、ただあるがままを受け入れる、無限大の優しさを感じる。
彼女と話していると、とても落ち着く。

「座ったら? お茶でも淹れるわよ」
「あ、どうも……」

手早く俺にお茶を淹れてくれる霊夢さん。
ふと、その膝に誰かが眠っていることに気がついた。

小さな女の子だった。頭に大きな角があり、手にはなぜか枷がはめられている。
この子は……

俺の視線に気がついた霊夢さんが「ああ」と小さく声をあげて女の子の頭を撫でる。

「こいつはね、萃香っていうのよ。時々この神社に居候してくるの」
「その角は……」
「見ての通り、鬼よ。ああ、○○さんは妖怪とか苦手だったからしら?」
「いえ、そんなことはありませんが……」

鬼娘はとても気持ちよさそうに、巫女さんの膝枕で眠っていた。
ほのかな刺激臭……これは酒の匂いだろうか。
この鬼は酔った勢いで眠ってしまったという所か。さすが幻想郷、こんな簡単に鬼を見かけるとは。

「ここは神社なのに妖怪が集まるっていう噂は本当だったんですね」
「何それ」
「噂ですよ、噂。人里のみんながそう言ってました」
「んー、困るわね。だから参拝客が減ってきてるのかしら」

ははは、と俺は笑い、お茶をいただいた。けっこうおいしい。
霊夢さんも穏やかにお茶を飲んでいる。お礼を言うにはいい機会かな。

「今日はありがとうございました」
「ん?」
「部屋を貸してもらえて、ですよ。本当によかったんですか?」
「別に気にしなくていいわよ。あいつが私に頼みごとするなんて珍しいし、何よりおさい――げふんげふん」

魔理沙……お前もしかして、巫女さんに罰当たりな提案をしていないだろうな。
「俺を泊めれば宿泊代と称してお賽銭ぼったくれるぜ」とか。そりゃあ、食費とお礼のお金ぐらいは渡すつもりだが……
霊夢さんは誤魔化すかのように「そういえば」とお茶を淹れながら言った。

「あなたの家って燃えちゃったのよね? なんでまた? それにどうして魔理沙達も手伝ってるの?」
「ちょっとした事故がありまして……魔理沙達に原因の一端があるということで、まあ、手伝ってもらってます」
「ふーん……あいつがそんな面倒なことをするなんて、珍しいわね」
「魔理沙はこの神社にもよく来るんですか?」
「ええ。勝手に来て、勝手になんか食べて、勝手に帰るか泊まっていくわ」

食費ぐらい払えっていうのに、と霊夢さんはため息をつく。
その光景が容易に想像できる。魔理沙……お前はどこでも変わらないんだな。

「ははっ、俺の所でも同じような感じですよ」
「あいつはねえ……居心地のいい場所を見つけるとすぐに居座りたがるのよ」
「じゃあ、この神社はとても居心地がいいということですね。それはよくわかります」

静かな神社に、優しい巫女さん。この鬼娘のように穏やかな表情で眠ってしまってもおかしくはない。
霊夢さんはふふっ、と朗らかに笑った。

「○○さんの所も、きっとそうなのよ」
「んー、狭い家ですからねえ。ただ単にご飯をたかりにきてるだけかも」
「……ふーん」
「な、なんですか?」

霊夢さんが急に俺の顔をじろじろと見始めた。
何か変なことを言ってしまったのだろうか。

視線がむずがゆくなってきて、俺は逃げるようにお茶を飲む。おいしい。

「ねえ、○○さん」
「はい?」
「好きな人っているの?」
「なっ! げほっ、ごほ!」

お茶が気管に入った。霊夢さん、あなたはいったい何をいきなり、そんな質問を!
咳を繰り返しながら視線でそう訴えると、霊夢さんは「あら」と意外そうな顔をした。

「その様子だと、好きな人はいないみたいね」
「げほっ、げほっ、そ、そうですね。けど、どうしていきなりそんなことを……」
「気まぐれよ」
「さいですか……」

なんとも自由な巫女さんだ。魔理沙と仲が良いのもよく分かる。
霊夢さんはお茶をまた一口飲み、「けど」と暢気な声で続けた。

「どうしてそんなに動揺するの? 別に普通でしょうに、これぐらい」
「いや……なんというか、そういう話題って恥ずかしくなりませんか?」
「全然」

あっけらかんと言う霊夢さん。本当に恥ずかしくないのだろう。
なんとも自由というか……何ものにも縛られない感じが、特徴的な人だと俺は思った。
俺の物珍しそうな視線に居心地が悪くなったのか、霊夢さんは少し眉をひそめた。

「恥ずかしいっていうのは、人里に降りた私のことをじろじろ見てくる男達の方だと思うわ」
「そういうのとはまた違ってですね……そうですね、こういう話があります」

俺はこほんと息を整え、ある話を頭の中で思い返した。
どう話せばいいかをまとめあげ、小説を書くかのように言葉にしていく。

「だいたいほとんどの男の心の中にはですね、それぞれその人が求める『理想の女性』がいるんです」
「あら、何かの小説の話かしら?」
「まあ、知っている話の一つというか、ただの話の種です」
「へぇ……『理想の女性』ね。どういう人?」
「そうですねえ、例えばある人の『理想の女性』は、男にとって非常に都合の良い、大人しくて、清楚で、なんでも受け入れてくれる、母性の溢れる人」

それを聞くと霊夢さんは呆れた顔をした。

「なによそれ。そんな女がいるとでも思ってるのかしら」

「ですよね、だからこそ男の心の中にしかいない『理想』なんですよ。男の深層意識にはそういう女の人がいるんです。
 で、小説って人が作るものでしょう? だからどうしても作者の心の中が作品に反映されてしまう。それゆえに、作者の『理想の女性』が小説の中で出てくることも多いんです」

「ふーん」

気のない返事をする霊夢さん。一方で俺は弁に熱が入ってきてしまったようだった。

「小説家によってはそういう女性を描けるかに実力が……あれ? すみません、話がずれました」

話が変な方向にシフトしそうなのを、俺は頭の中で修正する。

「俺が言いたかったのは『男って結構センチメンタルなんだ』ってことなんですよ、はい。
 どんなに男気溢れる人でも、そういう『理想』をどこかで追い求めている。精神がとても繊細で、女性に夢を抱いているんです。
 だから女性ほど恋愛話に聡くない。霊夢さんをじろじろ見るのも、あなたに話しかける勇気が持てないだけだと思いますよ」

「気楽に話しかけてくれればいいじゃない」
「それができる人もいるでしょうけど、そういう人は開き直ってるというか……
 本当に好きだったり憧れてたりする人に対しては、視線も合わせられないものです」
「へー、なるほどねえ……」

話の筋がけっこうめちゃくちゃになってしまったが、伝えたいことは伝わったのだろうか。
霊夢さんは少し考え込んでいる。こういう繊細な「恋心」は、彼女には分かりにくいのだろうか、と俺が思った時、

「ねえ」
「はい?」
「○○さんにも『理想の女性』っているのかしら?」

そう尋ねられ、俺は少し戸惑った。そういう質問を返されるとは思わなかった。
『理想の女性』……自分で説明してなんだが、どうにも実感のわかない言葉だった。

「うーん……」
「私、○○さんの小説を何冊か読んでるけど、話の中に出てくる女性って皆、性格もタイプも違うじゃない?」
「まあ、そうですね。同じような人はいないと思います」
「あなたの『理想の女性』とやらはいないってことなの?」

俺は腕を組み、考えて見る。
『理想の女性』……確かに小説の中に出てくる女性達には、そういうものを込めたことはない。
だったら『理想の女性』なんかいないのかというと、それもまた違うような気がする。

「……どうでしょうか」

結局出てきた答えは曖昧なもので、霊夢さんはそれを聞いて落胆したようだった。

「なんだかはぐらかしてない?」
「いえ、本当に分からないんですよ。どうなんでしょう……外の世界にいた時には、そういう人を追い求めていたかもしれませんが……」
「けど、いなかった?」
「恋人がいたことがないので、そうなんでしょうかね」

他人事のように言う俺に対し、何それ、と霊夢さんが笑う。
自分のことが本当に分からなくなってきた。うーん……

俺が悩んでいると、霊夢さんがとても楽しそうに「じゃあ、そうねえ」と人差し指を立てた。

「外の世界にいなくても、ここにならいるかもね」
「ここ?」
「幻想郷よ。ここなら『理想の女性』もいるかもしれないわ」

どうして? という疑問が俺の顔からあふれ出していたのだろう。
霊夢さんはお茶を淹れながら説明する。

「あなたの『理想の女性』とやらは、外の世界では空想の産物で、実際にはいない、忘れられてさえいる存在なんでしょ?」
「まあ、そうですね」

自分の『理想の女性』とやらがどんな人か分からないし、忘れられていると言ってもいいかもしれない。
霊夢さんは「だったら」と楽しそうに続ける。

「幻想郷は、そういう存在が最後に行き着く場所。あのスキマ妖怪じゃないけど……『全てを受け入れる』のよ。
 だったら、忘れれられたあなたの『理想の女性』が幻想郷にいてもおかしくないと思わない?」

目から鱗。幻想郷に慣れたとは言え、この世界そのものについて詳しく知らなかった俺にとって、その言葉はとても印象深かった。
鬼や魔法使い、妖怪が当然のようにこの世界にいるのは、忘れられた存在だから。そういう存在が行き着く先が幻想郷である。

ここはそういう世界なのか……

とても興味深いが、しかし一方でとても。

「『全てを受け入れる』ですか……なんだかとても残酷だ」
「あなた、スキマ妖怪と同じようなことを言うのね」
「それがどちら様かは知りませんが……けど、そうですね、残酷な一方で、とても美しいと思います。とても」
「そう……」

霊夢さんはとても優しい笑みを浮かべた。『全てを受け入れる』とはまるで彼女であったかのように。
「で、よ」と彼女は先ほどの説明の続きをする。

「もしかしたらあなたの『理想の女性』は幻想郷にいるかもしれない、ってわけよ。もうあなたの身近にいるのかも、ね」
「ははは、だったら霊夢さんである可能性もあるわけですね」

霊夢さんの最後の言葉が軽口であったと判断し、俺も軽口を返してみた。
しかし彼女は途端にばっと目を見開き、俺のことを驚いた目で見つめた。
「なっ、な……」と声も出ない様子で、あたふたと手を振っている。

「霊夢さん?」
「な、何を馬鹿なことをっ! ま、○○さんはだって、あいつが……」
「はい?」
「なんでもないわよっ! この馬鹿!」

これまでの彼女には見られなかった厳しい口調に、俺もいささか驚いた。
もしかしたら霊夢さんは、他人の恋愛話には慣れていても、自分のことになるとてんで弱くなるのかもしれない。
ただの軽口だというのに、とても顔が赤くなっているのがその証拠だ。
恋心というものをどこかで持っているのかも。

そこにつけいる気もないし、彼女もそれを望まないであろうことは分かっているが……なんだかとても面白い人だと、俺は思った。

「んー……れーむー?」

と、そこで霊夢さんの膝で眠っていた鬼娘から声があがった。
頭の上で流れる話し声に目が覚めてしまったのだろう。
しょぼしょぼと目をかき、霊夢さんの名前を読んでいる。

「あ、起こしちゃったみたいですね」
「そうみたい。そろそろ布団で寝かしつけてくるわ……○○さんも、もう寝なさい」
「はい、今日はありがとうございました」
「いいのよ、私も面白い話聞かせてもらったし……明日からはご飯食べるでしょう? 早めに起きてきなさいよ」
「了解です。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ。ほら、萃香。部屋に行くわよ!」
「うぅー、れーむー、酒飲めれー」

ろれつの回らない寝言をあげる鬼娘に、その彼女を抱え上げる霊夢さん。
まるで母娘だ。と実際に言ったら怒られそうなので、口には出さないけど。

霊夢さん達が部屋の中に入っていくのを見送り、俺はもらったお茶を全て飲み干す。

「好きな人か……」

そう聞かれた時、思い浮かんだのは仲良くしているいつもの3人。
しかしすぐに自分の中で否定した。自分達はそういう仲ではない……それに、俺は彼女達にはふさわしくない。
彼女らにはもっと男らしい人の方が、いい。

「言い訳かなあ、はぁ」

ため息をつき、俺は静かな社務所の庭に目を向ける。
月明かりに照らされているこの場所。落ち着きはするものの、昨日おとといのあの騒がしさが少し懐かしかった。






それから1週間。昼は大工仕事の統括、夜は霊夢さんの家にて執筆作業という日々が続き、俺の新居は無事完成。
ただし以前と同じように狭くて小さな木造の家で、決して豪奢とは言えない。ボロ屋を完全再現したようなものだ。
なんとも、まさかこんなにも早く出来上がるとは思っておらず、頑張ってくれた大工さん達には感謝感謝だ。

「お疲れ様、3人とも」

大工さん達が帰っていった後、俺は家の前で座り込んでいる妹紅達に声をかけた。

「お疲れー」

お茶を飲んで休んでいる妹紅。彼女は作業後半になると、簡単な手伝い程度なら任せてもらえるようになった。少しは手先が器用になっただろうか。

「やれやれ、これでようやく寺子屋に戻れるな」

慧音さんは獅子奮迅の活躍で、大工さん達をおおいに助けた。ありがたやありがたや、後日こちらも寺子屋の手伝いに訪れるとしよう。

「なあ○○、宴会しようぜ、宴会」

時々サボりがちな魔理沙だったが、おおむね今回の建築作業の助けになったのは間違いない。
霊夢さんは「気まぐれなあいつにしては珍しいわね」と最後まで驚いていた。

「宴会はまた落ち着いたらな」

俺は苦笑しつつ、小説も完成したし、万々歳だと喜んだ。
あの恋愛小説は、1週間霊夢さんの家で気合を入れて第2稿、3稿と書き上げ、校正や見直しを経て完成の日の目を見た。

部屋を貸してくれた霊夢さんにも感謝だ。

霊夢さんの家では、与えられた一室にほぼずっと引きこもっていた。
食事の時や息抜きの時ぐらいしか霊夢さんとは話していないが、けっこう仲良くなったのではないかと思っている。
「そろそろ敬語はやめてくれてもいいんじゃない?」と言われたが、どうも癖になってしまったようで、直すのは難しそうだ。
ちなみに初日に見た鬼娘は2日目以降、姿を消した。「また適当にくるわ」と霊夢さんはけだるげに言っていた。

「○○、小説は? 書けた?」

妹紅が俺にお茶を渡しつつ、目をらんらんと輝かせて聞いてきた。

「ああ、もちろん」
「後で読ませてくれるよな? なっ!」
「時間があったらね」
「やった!」

妹紅は今回の恋愛小説がとても楽しみらしく、いつもの粗野な態度もなりを潜め、喜びの声をあげている。
彼女もまた恋話の好きな少女の一人というわけか……
もしくはこの小説、彼女のような幻想郷の強者にはよく読まれたりするのかもしれない……題材が「妖怪と人間の恋」だし。
いや、少し自画自賛が過ぎるか。

「あ、射命丸さんが来るのは今日だったっけ……」

あの原稿、あとは射命丸さんに渡して、編集者としての意見を聞かせてもらうだけだ。今日が彼女の訪問予定日なはず。

それを思い出したのを見計らったかのように、空から「○○さーん!」という女性の声が聞こえた。
見上げると、猛スピードでこちらに近づいてくる影がひとつ。白いシャツに黒いスカート。射命丸さんに間違いなかった。

「よっと。どうも、お久しぶりです。清く正しい射命丸です!」

射命丸さんは俺の目の前に着地すると、ぴっと手を額に当ててかわいく挨拶する。
俺も「どうもです」と軽く頭を下げた。

「あややー、家はもう完成したみたいですね」
「お蔭さまで。原稿、遅れてすみません」
「いえいえ、こちらはまだ余裕がありますから。小説、できました?」
「はい。できてますよ。ちょっと待ってくださいね、あそこのカバンの中に」
「ああ、あれですか。だったら私が取りますよっと」

射命丸さんが新築の家の方に向かって一歩踏み出したその瞬間。

「あっ」

魔理沙の声が聞こえたような気がしたが、それも耳をつんざく爆音にかき消された。

視界が真っ白になった。

身体を震わせる爆発と爆音。それを感じ取った時、すでに射命丸さんは目の前からいなくなっていた。
地面から噴き出した白い光によって、彼女は空高く吹き飛ばしてしまったのだ。

「あやややああ!!」

悲鳴と共にそのまま空へと消えていく射命丸さん。彼女なら空を飛べるので大丈夫だろうけど……
ぱらぱらと砂粒が落ちてくる中、俺は呆然としていた。

「い、いったいこれは」
「○○、これはだな」

慧音さんが後ろから労わるかのような声をかけてくれるが、俺はそれに答えるよりも怒りの方が先立っていた。

「誰かのいたずらか! まったく、こんな危ないものを仕掛けて……犯人を見つけたら叱らないと! って、慧音さん、どうかしました?」
「い、いや、なんでもない」

慌てた表情で後ずさる慧音さんに、俺は首を傾げる。何かあったのだろうか。
魔理沙も腕を組んで何事か考え込んでいる。

「……要調整って所か。無差別に妖怪に反応するのはさすがになあ」
「魔理沙? なんか言った?」
「いんや、なんでもないぜ?」

ニカリと笑う魔理沙。どうにも場の雰囲気が変だ……妹紅なんてあからさまに顔を背けてるし。


うーん……よく分からん。


射命丸さんがボロボロの姿になって戻ってくるまで、この妙な空気は漂い続けているのであった。




新ろだ919
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※幻想郷にはクリスマスという概念がないという設定にしております



これは「もこけーねまりさ」のお話が始まるよりも以前の出来事。
幻想郷が真冬に突入し、冬の黒幕が雪を降らそうか降らすまいか迷っているだろう、師走の下旬。
ある一冊の雑誌を読んだ少女達の、面白おかしくも少々の叙情の感じられる、短き奮闘記である。



「こ、これは……!」

竹林の傍の一軒屋。ボロ屋とも言うべき木造建築の中にて、魔理沙の目は1冊の雑誌に釘付けになっていた。

現在、この家の家主である○○は留守である。
そこに魔理沙は遊びに来たのだが、彼女は留守であろうとも関係なく、いつものごとく勝手に上がりこみ、勝手に家の中をあさり、勝手に本を読んでいたのだ。
しかし、少々盗癖もあるその小さな手は、ある雑誌のページをめくることに夢中になっていた。

○○の家は本屋敷だと言ってもいい。
外の世界からやってきた時に持っていたものだけでなく、知り合いから譲り受けたり、道具屋で買い集めたりした本が所狭しと積み上げられている。
大抵は外の世界の本であり、○○はこれらを小説の題材にしたり、寺子屋での授業で役立てたりしているらしい。

最初魔理沙は、ただの暇つぶしにでもなるかと思って、薄くて文字が大きく、絵がたくさん載っている本を選んで読み始めた。
だが、そこに書かれていたことは彼女にとって衝撃的と言う他なかった。

その本の表紙には大きくカラフルな文字でこう書かれている。

『これで決まり! 彼との聖夜必勝法!』

「ふむふむ……『夜景の綺麗な所でムードを盛り上げると、彼にも勇気が湧いてくる!』か」

最初は「聖夜ってなんだ?」と疑問に思うだけだった。
だがページをめくるにつれて、師走のこの時期に外界では大きなお祭りがあるらしいということと、
「くりすます」と呼ばれるこの日は、恋人達にとって仲を深めるきっかけになるのだということが、よく分かった。

本の中では、その「くりすます」にどうやったら男性との距離を縮められるか、女性視点で事細かに指南しているのだ。

「『手を繋ぐ時は自然に、かつ少しだけびっくりさせるように。男性から握り返してくれたら成功!』……なるほど」

あまりにも具体的な指南だったため、魔理沙は家にいる間、ずっと読みふけっていた。
時々その頭の中に浮かぶのは、気になる「あいつ」と、本の中で紹介されているような行為に及ぶ光景……

「……ふへへ」

にへらと顔を緩ませた魔理沙。

「はっ!」

だがすぐに、こうしてはいられない、と顔を引き締めた。
この本は外界の書物。ここまで大きく取り上げられている「くりすます」を、○○が知らないわけもない。
幻想郷では馴染みのないイベントだが、彼との仲を縮められるとなると乗らない手はない。

「ふ、ふふふふ! やってやる、やってやるぜえ!」

そう決意した魔理沙が、さっそく外へ飛び出そうとしたその時、家の扉が突然開いた。

「おーい、○○ー」
「お邪魔するぞ、と、魔理沙、いたのか」

入ってきたのは、○○の友人であり、自分にとってはライバルでもある女性達、藤原妹紅と上白沢慧音だった。
彼女らも遊びに来たのだろう、その手には食料らしき風呂敷袋がさげられていた。
2人共、家の中にいた魔理沙を見て驚いている。

「よ、よう、こんな所で奇遇だな」

魔理沙はすかさず雑誌を背中で隠し、ぎこちない挨拶をする。
それを不審に思ったらしい慧音が、怪訝そうな顔で魔理沙のことを見つめた。

「こんな所も何も、ここは○○の家だが……」
「は、はは、そうだったなー」

まずい、と魔理沙は慌てて表情を取り繕った。慧音は勘がいい。不自然な動きは出来ない。
万が一この雑誌が見つかれば……少々面倒なことになる。

魔理沙は慧音の視線の動きに最大限注意を向けた。慧音はまだ魔理沙のことをじっと見つめている。よほど不審に思っているのだろう。
一方、妹紅は部屋の隅々まで見渡した後、○○がいないことに落胆したのか「はぁ……」とため息をついていた。

「魔理沙、○○は?」
「さ、さあな。私が来た時もいなかったぜ」
「なんだ……じゃあ散歩かな。残念。で、ところで魔理沙」

突然、妹紅がずいっと近づいてきた。急な接近に魔理沙はびくついてしまう。

「後ろに持ってるそれ、何?」

うっ、と魔理沙は言葉を詰まらせる。思ったよりも妹紅が目ざとかった。

「ん? まさか○○の家のものを盗むつもりではないだろうな?」

きらりと輝く慧音の目。こうなるとどんな言い訳も誤魔化しも通じないことを、魔理沙は今までの経験で分かっていた。
もはやこれまで。じーっと見つめてくる2人の前に、魔理沙は諦め顔で本を差し出すのだった。



数十分後……

隠していた本は皆で回し読みすることになってしまった。

「なるほど。つまる所、外界の祭りの一種というわけか」
「へー」

慧音が一言で内容をまとめあげ、妹紅はまだ関心深そうに本を読んでいる。
魔理沙は失敗した、とばかりに頭を抱え、「そうだぜ」と答えた。

「これだけ大々的に本で取り上げられてるんなら、多分、○○も知ってると思ってな」
「で、抜け駆けして○○とそのお祭りを楽しもうとしたわけか」
「うっ」

慧音の鋭い突っ込み。その通りだった。やはり彼女を誤魔化すのは難しかった。

「○○と雪の中をデート……」

妹紅が本の読みながら、うわごとのように呟いた。その頭の中では色々な妄想が繰り広げられているのだろう。

「ふむ」

その呟きに反応した慧音がぴくりと眉を動かした。

「……ん」

魔理沙も同じく肩を揺らし、2人が次に何を言い出すか身構える。
そして妹紅もまた、他の2人の様子がおかしいことに気付き、妄想を広げるのを止めた。

「……」
「……」
「……」

こう着状態に陥ってしまった。
各自、「くりすます」に関する何らかの思惑があるのは明らかだった。
○○と一緒に過ごしたい、だが、それを実現させるためには確実に他の2人が邪魔になる。
戦いだ。戦いが始まった。先に手の内を明かせば、後々不利になる。どうやって相手の思惑を探るか、3人はお互いの様子を伺っていた。


(「くりすます」とやらの時間を共にできれば、○○にとって私がある程度特別な存在になる……これだけは譲れん……)

慧音はぎゅっと握りこぶしを作り、

(私が最初に見つけたんだ。ここで退いては霧雨魔理沙の名が廃るんだぜ……)

魔理沙は箒の柄を軽く持ち、どうやって本を奪取するか模索し、

(○○とデート、○○とデート……か、顔が熱い)

本を死守している妹紅は、まだ妄想の中から抜け切れていない。


睨み合いはしばらく続いたが、ふと慧音が握りこぶしを解いて、ふぅ、と息をついた。

「2人共、ここはお互いに妥協案を採らないか?」
「……例えば?」

魔理沙が尋ねると、慧音は「簡単なこと」とまっすぐな目をして答えた。

「誰か1人が○○と『くりすます』を共にし、他の2人は1人寂しくその日を迎える。それは少々、酷だ」
「……まあ、全員がその『他の2人』にはなりたくないだろうしな」

魔理沙の言葉に、こくこくと妹紅も頷いた。
だったら、と慧音は続ける。

「魔理沙、お前の好きな宴会を開けばいい」
「……ま、それが一番妥当な線だな」
「ふぅ、良かった」

ほっと妹紅が息をついた所で、睨み合いがようやく終わった。宴会を開く、つまり皆で一緒に騒いで楽しんでしまおうというわけだ。
妹紅は持っていた本を広げる。ここからは共同戦線、この本を参考にして、○○との「くりすます」を皆でどう楽しく過ごすかを検討するのだ。

「それでは」

慧音が手を前に出し、

「協力して」

魔理沙が手をそれに重ね、

「頑張る、か」

妹紅も重ねる。

「くりすます」は1週間後。それぞれが役割分担して頑張っていこうと誓い合うのだった。




『これで決まり! 彼との聖夜必勝法!』

ポイント1「ケーキはなるべく手作りで!」


「……そもそもケーキとやらがよく分からんな」

自宅の台所にて、慧音は腕を組んで悩んでいた。
慧音の担当は料理だった。魔理沙と妹紅は料理があまり得意でないため、自然にこの役を振られてしまったのだ。
パーティ用の料理を1人で用意するのはなかなか大変だったが、そこは慧音の類稀なる家事能力でカバー。

しかし、問題が1つだけあった。本に書いてあった料理は外の世界独特のものが多く、特に「ケーキ」は知識として知ってはいても、実物など見たこともない代物だった。
さすがに調理法も知らないものを作るのは難しい。

「確か、洋風の菓子の一種だったな。○○の本に載っていたことがあるが……ふむ、洋風か」

紅魔館の従者辺りなら知っているだろうが、あいにくあの館の者との仲はあまりよろしくない。
妖怪の実力者と里の守護者とでは、立場というものもありおいそれと懇意にできるものではないのだ。
あとは魔法の森に住んでいるとかいう人形師ぐらいか……彼女ともあまり接点はない。

「待てよ、魔理沙の奴ならケーキのことを知っているんじゃないのか?」

しまった、と慧音は舌打ちする。あらかじめ魔理沙に聞いておくべきだった。
今、彼女は別の役割を果たすために、どこか遠い山に出かけている。パーティ直前になって帰ってくる予定だ。


どうしたものか、と慧音は頭を抱える。
本の指南によると、『手作りケーキは女の子の真心が詰まったもの! 一生懸命作るだけでも彼のハートをわしづかみ!』らしい。

(わしづかみ……私が○○の心を?)



『慧音さん……こんなに大きなケーキを1人で作っただなんて』
『下手くそだろう? 君の口に合えばいいが』
『慧音さんの作ったものだったら、喜んで頂きますよ』
『そ、そうか。では、今フォークを……』
『けど、慧音さん、俺はこのケーキだけじゃなく、慧音さんまで食べてしまいたい』
『だ、駄目だ、○○! そういうことは正式に夫婦になってからでなければ……!』
『慧音さん』
『あ、ああっ!』

「……うっ」

思わず鼻血が出てしまいそうになった慧音。私らしくない、と自重する。

「仕方ない。本の知識を頼りに私流に作ってみるか……」

確かふわふわしたものが下地になっているんだな、と慧音は冷蔵室から木綿豆腐を取り出すのだった。



ポイント2『キラキラ光る巨大ツリーの前でムード作り!』


妖怪の山の冬は厳しい。風は冷たく土は乾き、まだ雪は降っていないものの、まともな防寒具がなければ空も飛んでいられない。
魔理沙は箒を操りながら、首をすくめて寒さをこらえる。吐く息がとても白い。
コートとマフラー、手袋に毛糸の帽子と、完全防備でいるというのにまだ寒く、唯一肌がさらされている顔は痛くて仕方なかった。

「うぅー、早く見つけないとまずいぜ……」

魔理沙が探しているのは、「くりすますつりー」と呼ばれる木だった。
本では、それを意中の人と眺めることで雰囲気を良くすることができると書いてあったのだ。
「木なんてそこら中で生えてるんだから、ちょっと探したら出てくるはずだぜ」と、役割分担を決める際に真っ先にこれを選んだ魔理沙だったが、それが失敗だった。

「どこにもない……本当にあるのかよー」

魔理沙は鼻をすすりながら、妖怪の山を上空からぐるりと眺める。
「くりすますつりー」は、枝や葉っぱがキラキラと光り、時には降ってもいない雪がその枝に積もることもあるらしい木だ。
本の写真では、確かにそんな木がいくつも映し出されていた。どれもこれも何十メートルもある巨大な木で、葉が七色に光っていた。

こんなに大きくて目立つ木だったらすぐに見つかると思ったのだが……これが全然見つからない。

「これは困ったぜ……くぅー、寒っ!」

下に見えるのは普通の緑の木ばかり。キラキラに光る木なんて本当に存在するのだろうか……黄金色に光る竹なら心当たりがあるのだが。
「くりすます」まであと5日ほどだというのに、なんだか不安になってきた魔理沙。

「そこの野良魔法使い、はいはい止まって止まってー」
「うん? ああ、なんだ、ブン屋か」

突然目の前に現れた黒い影。
頭に白いボンボンのついた帽子をかぶり、マフラーを巻いた射命丸文だった。
憮然とした表情の彼女は、いつものカメラは持っておらず、かわりに大風を起こす扇を魔理沙に向ける。

「相変わらずの不法侵入、反省する気はないわけ?」
「まあ気にすんな、珍しく天狗モードのブン屋さんよ」

今日の文は妖怪の山を守る者の1人なので、やけに威圧的な口調だった。
しかし魔理沙にとってはからかいのネタでしかなく、にししと笑うだけで引き返す気配すら見せなかった。
文は頭が痛いとも言いたげに手を額に当てる。

「ふぅ……何の用? さっきからこの辺を飛び回ってるけど」
「ああ、『くりすますつりー』って奴を探してるんだ」
「何それ」
「何もしなくてもキラキラ光る木だ。あと、雪も積もってる」
「……ほうほう、興味ありますねー」

文の表情が変わった。いきなり懐からメモ帳を取り出し、キラキラと顔を輝かせている。
魔理沙は舌打ちする。記者モードに入った文は少々面倒な存在になる。今は木を探す時間が惜しいというのに。

が、待てよと魔理沙は考え直す。妖怪の山に住む文なら「くりすますつりー」についての情報も持っているかもしれない。
この寒い中探すのもつらくなってきたし、見つからなければ人に頼った方がいい。

そう思い、魔理沙は文に「くりすます」について詳しく話し始めた……


が、


「そんな木、本当に存在するんですか?」
「なんだ、お前も知らないのか」

文の疑問符たっぷりの答えに、魔理沙は落胆のため息を吐いた。
どうやら妖怪の山にも生えていない木のようだ。

「○○の持ってた本には、ちゃんと写真があったんだがなー」
「ふむふむ、それはいずれ○○さんに見せてもらうとして……魔理沙さん、その木を探してるのはもしかして、○○さんのためですか?」
「んー、まあな。ちょっとした宴会を開こうかと思ってな」
「いいですねー。私も『くりすます』のお祭には興味ありますが……さすがにそちらのお邪魔をする――あー、わけにはいきませんね、その様子だと」
「ああ、そうしてくれ」

魔理沙がミニ八卦炉を構えているのはご愛敬。
これ以上妖怪の山にいても仕方ないため、魔理沙はそのまま別の山へと向かうことにした。
文は最後まで「くりすます」に興味津々で、しつこく追いすがってきたが、そこはブレイジングスターを発動させて無理矢理引き離すのだった。

「あれ? けど○○さんって確か、別の仕事でいっぱいいっぱいだったはずよね」

遠く離れた文の小さなつぶやきは、到底魔理沙には聞こえなかった。





ポイント3『彼へのプレゼントは、日頃の会話でさりげなく聞きだそう!』

藤原妹紅は緊張していた。
目の前にある木製の扉をいつまで経っても叩けず、四苦八苦、おろおろしながら立ち尽くしていた。

「○○の欲しいものを聞き出すだけなんだ……さりげなく、さりげなく」

妹紅の役割は○○へのプレゼントを用意することだった。
本の指南の通りに、○○と世間話をしつつそれを探り出すのが彼女の役目。
なおかつ「くりすます」当日の○○の予定を聞きだし、できるなら宴会にお誘いする。

その任務を果たすために妹紅は○○の家に来たのだが、いかんせん彼女はそういう心理的駆け引きが苦手だった。

(直接聞けばいいのに、なんでそんな回りくどいことするかなあ……)

魔理沙の「サプライズが必要だぜ!」という意見が通ってしまった末の任務。
慧音ですら、「まあ、たまには彼を驚かせるのもいいだろう」と賛同してしまった。
こういう人を騙すようなやり方は好かない妹紅だったが、取り決めとあっては仕方ない。多数決の末の決定だ、逆らって仲間外れにされるの嫌だし……

妹紅は意を決して、コンコンと軽くノックをした。

「……」

応答がない。部屋の中には誰かがいる気配がするのに、扉は一向に開こうとしなかった。

「○○ー?」

疑問に思って声で呼びかける。やはり応答がない。まさか、食料がなくて餓死しているとか……
心配になって扉を開けようと手を伸ばした時、ちょうど中から引き戸がゆっくりと開けられた。

腕1本だけが通るぐらいの狭い隙間から、人の目がこちらを見つめていた。

「ま、○○?」
「……」

確かに○○の目だった。わずかな隙間からこちらを覗くその目。隈に縁取られていて、顔色もえらく悪かった。

「あ、あのさ」

再度声をかけようとすると、扉がぴしゃりと閉まった。
突然だった。○○は一度も喋らなかった。それどころか、こちらと会話することすら拒絶した。

もはや開きそうにもない扉の前で、妹紅は呆然と立ち尽くす。

こういう時の○○に心当たりがある。おそらく……○○は今、小説の〆切前なのだ。しかもかなりせっぱ詰まっている。

こうなると、○○は外の世界との交流を一切断ってしまう。家の中に引きこもり、食事も睡眠もまともに取らなくなる。
一度無理矢理家の中に入った魔理沙によると、この状態の○○はぶつぶつと独り言を呟きながら一心不乱に万年筆を走らせているらしく、そのあまりの鬼気迫る様子に声なんてかけられないのだとか。

「ど、どうしたら……」

これでは、○○の欲しいものを聞き出す所か、宴会に誘うことすらできない。
妹紅は途方に暮れ、すごすごと○○の家から撤退するのだった。




「くりすます」まであと3日。
中間報告を行うために、慧音、魔理沙、妹紅の3人は一度慧音の家に集まることとなった。

「……」
「……」
「……」

全員、すっきりしない顔をしていた。それぞれの仕事がはかどっていないことがありありと分かるが、とにかくも経過報告を行うこととなった。

まず、慧音の報告。

「まあ、料理に関しては問題ない。ただな……」
「なんだ?」

魔理沙が続きを促すものの、さえない表情を浮かべる慧音は「これを見てくれ」と1つの皿を差し出した。
そこには巨大な円筒状の物体が乗せられていた。

「……慧音、これはなんなんだ?」
「ケーキだ」
「これが?」

魔理沙の疑問も最もだった。
慧音が出した「ケーキ」。全体が白っぽくてイチゴが乗っているのはいい。形は完璧だ。しかし問題は、中も外もすべて白いことだった。
加えてその物体には生クリームのようなふわふわ感は全くなく、まるで何か重たいものを重ね合わせたような質感を漂わせている。

魔理沙はその「ケーキ」を凝視する。まったくおいしそうに見えない、と彼女は思った。

「材料は?」
「……豆腐、おから、羊羹、きな粉と、後は苺だ」
「ちょちょちょ、ちょっと待て! なんで豆腐なんだ? 甘くもなんともないだろ!」
「しかし、他に白い塊になるようなものがなかったのだ」
「……くはー」

魔理沙は手で自分の頭を叩く。合っているのは苺だけで、あとは全て間違った材料だった。
アリスの家でよく食べる、甘くておいしいケーキとはほど遠く、まさか慧音がこんな失敗をするとは思わなかった。

「はぁ、慧音がケーキのことを知らなかったとは」
「すまんな……和菓子なら作れるのだが」
「逆に豆腐でここまでケーキを再現するのがすごいぜ……」

魔理沙が妙な感心をしている中、妹紅がふと指を伸ばしてその「ケーキ」の表面をすくいあげ、舐めると、

「あ、おいしいな」

と呟いた。

なんでもとてもヘルシーで、甘すぎないのが逆にいい、だとか。
(しかしケーキとしては論外なので、結局この「ケーキ」は後で3人がおいしく頂きました)


次に魔理沙の報告。

「キラキラ光る木なんて、見つからなかったぜ!」

胸を張って言い切る魔理沙に対し、慧音と妹紅は「はぁ」とため息をついた。役目を果たせなかったのに何を威張っているんだか、と。

「本当に探したのか?」

慧音が疑いの目を向けると、魔理沙は憤慨したように息を荒くした。

「探したって! 幻想郷中を駆け回ったぐらいだぜ! でも見つからなくてな……
 こうなったら紫に頼んで外の世界まで捕ってきてやろうかとマヨヒガに行ったけど、ちょうど冬眠中でさあ、あいつ」

腹いせに狐と弾幕ごっこしてきたぜ、と吐き捨てるように言う魔理沙。八つ当たりはよくない。

「本当にあるのかどうかも疑わしくなってきたぜ」
「ふむ……外の世界にしか生えていないものなら、どうしようもないな」
「どうしたらいいやら、だぜ」

魔理沙と慧音が腕を組んで考えている中、妹紅が「えーと、あのさ、魔理沙」と手をあげた。

「なんだ?」
「なかったら、作ればいいんじゃ? 得意の魔法で」
「……おお!」

盲点だったとのたまう霧雨魔理沙。「くりすますつりー」を3日で自作することに決まったのだった。



最後、妹紅の報告。


「なに? ○○が引きこもっている?」

驚いた口調で慧音が聞き返すと、妹紅はこくりと頷いた。
〆切が近い時によく見られる○○の引きこもり現象。3人はその大きな問題に頭を抱えた。

「まいったな……アノ時の○○かよ」

〆切前の○○を見たことがある魔理沙は、ぶるりと身体を震えて顔をしかめた。
慧音も恐る恐ると言った様子で妹紅に尋ねる。

「妹紅、○○はどんな様子だった?」
「隙間から私のことをじっと見た後、すぐに扉を閉めた。めちゃくちゃ疲れた顔してたよ」
「やはりか……」

慧音もアノ時の○○を見たことがあるのだろうか、暗い顔をしている。

あんな状態の○○を宴会に誘い出すなんてこと、可能なのか。
いや、できるわけがない、と3人とも結論づける。

「しかしおかしいな。前に彼と会った時、『やっと年末の仕事が終わりました』と言っていたぞ」

慧音が首を傾げると、魔理沙が「○○が?」と確かめる。
慧音はしっかりと頷いた。

「年明けまで仕事がないから、年末はゆっくり過ごせると言っていたな」
「けど、あれは〆切前の○○だったって」

妹紅が嘘をついているわけではない。
ならば、と魔理沙は顎に指を当てて考える。

「もしかして、〆切が早まったとかか? もしくは急な仕事が入ったとか」
「この師走の忙しい時にか? それは○○に死ねと言っているようなものだと思うが……」

慧音の言うことも最もだ。誰だって年末は忙しい。○○も色々と仕事が重なっていたはず。
そんな時期に急な〆切の変更なんてされたら、身体の弱い○○は軽く死ねる。

「……ちょっと○○に仕事を依頼した人に会ってくる」

魔理沙と慧音が考え込む中、妹紅がぽつりと呟いた。

「それが誰なのか知ってるのか?」

魔理沙が驚きつつ尋ねると、

「分からないけど、このままじゃ○○がかわいそうだ。なんとか〆切を延ばしてもらう」
「妹紅、あまり乱暴なことはするなよ?」
「……分かってるよ」

慧音の忠告は、果たして機嫌の悪そうな妹紅に耳に届いたのか?
不安な点はあるものの、ここは妹紅に任せてみることとなった。

「しかし、○○の欲しいものを聞き出すのは難しくなったな」

慧音の言葉に他の2人も頷いた。

「くりすます」まで後3日。各自が自分の役割を果たしている間にすぐにその日はやってくる。
もはやさりげなく聞き出すことは不可能だ。

「んー、勝手に用意してみるか?」

魔理沙が軽い口調で提案するが、慧音は首を横に振る。

「下手なものをプレゼントして、印象が悪くなるのもまずい。私たち3人共同でのプレゼントだからな、慎重に選ばなくては」
「あ、そういえば」

何かを思い出したのか、妹紅がはっと顔を上げる。
慧音と魔理沙が何事かと見やると、妹紅は記憶を掘り返すように上に視線をやる。

「万年筆が最近へたってる、って○○が前に言ってたような」
「万年筆か……」

ふむ、と慧音が考え込む。そう悪くはないプレゼントだと彼女は思っていた。

「けどさ、○○がもう新しいのを買ってると無駄にならないか?」

魔理沙の心配事にも、慧音はすかさず「いや」と反駁する。

「外に持っていったり、寝ころびながら書けるものだったり、用途はいくらでもある。万年筆はものによってその書く手応えが違うものらしいしな」

あって困るものではない、という結論に達し、プレゼントは万年筆に決定。
時間が空いた時に、皆で道具屋に買いに行くこととなった。


「では、あと3日」

慧音が手を前に出し、

「○○を驚かせて」

魔理沙がそれに手を重ね、

「えー、皆で楽しむために」

妹紅も遠慮がちに手を出し、

「「「がんばろう!」」」

再び誓い合ったのだった。




「ふむ……なるほど、生クリームとはこういうものなのか」

魔理沙からもらったケーキのレシピ片手に、慧音はしきりに感心の声をあげていた。
すでに彼女の自宅の台所は甘い匂いに満ちており、台の上にはケーキの材料が所狭しと並べられている。

今作っていたのは生クリーム。
魔理沙にもらったクリームとやら(牛乳を特殊加工したものらしい)をボウルに入れ、ひたすら、それこそ何十分もかき混ぜた末に、ようやくできあがった代物だ。
ふわふわとしながらも、ちゃんと塊になる不思議な物体。舐めてみると、とても甘い。

痛む腕をいたわりつつ、慧音はその苦心の作を口金がつけられた絞り袋に入れていく。

「あとはこの生クリームを塗っていくだけか」

すでにケーキの土台はできあがっている。石窯で焼いたものだが、上手くスポンジ状に焼けていた。

「……しかし、全て塗ってもまだ余りそうだな」

じっと絞り袋に入った生クリームを眺めていた慧音に、ふと他の料理に応用できないものか、という知的好奇心が湧き出てきた。
すでに宴会用の料理はできがっているが、この未知の材料を使えば、さらに良いものができるのではないかと。

例えば、焼き鳥のソースに混ぜてみたり……なかなかユニークな味になりそうだった。
知的好奇心を抑えきれず、慧音はおもむろに焼き鳥ソースに生クリームを混ぜそうになったが……



ふと、冷たい風が頬を撫ぜた。



「……いや、料理は普段通りでいこう。変なことをしてせっかくの宴会を壊すこともない」

珍しく好奇心を押さえ込んだ慧音。そのまま順調にケーキを作っていくのだった。



頬を撫ぜた冷たい風。窓が全て閉められているその部屋の、どこから吹いてきたものなのか。



「おっし! こんなもんだろ!」

魔法の森の一画、魔理沙宅の前。
そこには今、巨大な光る木がそびえ立っていた。

「星と雪は作りもんでいいとして……おお、完璧に再現できたんじゃないか?」

魔理沙は地面からその木を見上げ、満足そうに笑みを浮かべた。

その辺から適当に取ってきたモミの木。高さが10メートルほどで、青々と葉が生い茂っている綺麗な木で、今では色々な飾りつけがなされている。
魔法によって作られた光る玉がロープに通されて繋がり、それが木に巻き付けられて、全体がきらびやかに輝いていた。
さらに天辺には大きな星、枝の所々に雪を模した綿が飾られていて、まさしくあの本の中にあった「くりすますつりー」と瓜二つだった。

これでポイント2はクリアだ! と魔理沙は仕事を終えようとしたのだが、

「……うーん、もっとこう、ドワーッ! というか、ぐわー!って感じの方がかっこよくないか?」

魔理沙の悪い癖が出始めた。何事もパワーと派手さを好む彼女は、この「くりすますつりー」をもっと改良したい、という欲求に駆られ出したのだ。
どうせならビームを出す木の方が派手だよな、と考えた魔理沙は、ミニ八卦炉を木の天辺に置こうとしたが……



その時、ふと冷たい風が頬を撫ぜた。



「ん……待てよ、外界の『くりすます』を再現するんだから、ビームは駄目か」

ミニ八卦炉を持って今にも箒にまたがりそうだった彼女は、そう思い直す。
せっかくの宴会、変なことはせず、皆で楽しむのが一番だ。


魔理沙にしては珍しい謙虚な気持ち。
それを抱けたのは、今にも雪の降りそうな空のお蔭なのか。



「ここが依頼人の家か……」

人間の里のある家の前で、妹紅は落ち着きながらも引き締まった顔で立っていた。
○○が今抱えている仕事を依頼した人間。それがこの家の中にいるという情報を掴み、一目散にやってきたのだ。

さて、どうするかと扉の前で腕を組む妹紅。
情報によると、この人間が依頼した仕事は本来年明けが〆切だったはずなのに、何かの事情があって早めたのだという。
どんな事情かは知らないが、年末で忙しい○○に鞭打つような真似だということは間違いない。

○○はあんなに身体が弱いのに、もし倒れたらどうするんだ。
そんな思いが怒りと共にふつふつと湧いてきて、妹紅は「よし」と手の平からすっと炎を出した。


相手はただの人間。少し脅してやれば、きっとなんでも言うことを聞くはず。
○○にひどいことをしたんだ。これぐらい乱暴なことをやっても許されるというもの。

怒りに若干我を忘れている妹紅は、その炎を目の前の扉に向かって放とうとしたが……



ふと、冷たい風がその炎をかき消し、同時に彼女の頬を撫ぜた。



「……よし、落ち着け私。ふー」


大きく深呼吸する妹紅。煮えた頭が急速に冷めていき、自分がやろうとしたことの愚かさを自覚する。
ここで力に訴えて相手に言うことを聞かせるのは簡単だ。しかし、それは結果的に○○に迷惑をかけることになる。
危険な存在と関わりを持つとして、中にいる人間が今後○○に仕事を持ってこなくなる可能性があるからだ。

そんなことになってはいけない。あくまで、穏便に事を済ませなければならない。


「……うん、そうするしかないか」


妹紅は頷き、覚悟を決める。
生来、頭を下げるのは苦手な性分だが、ここは誠意を持ってお願いしなければいけない所。
○○のためだ、頭のひとつぐらいいくらでも下げてやろう。

意を決した妹紅は、ゆっくりと扉をノックする。



妖力によって起こされた炎。それをかき消す風など、どこから吹くものか。




「おや、いらっしゃい。魔理沙はともかくとして、珍しいお客さんも来たものだ。確か、上白沢さんと藤原さんだったかな?」

「って、僕の話も聞かずに商品を見るのかい……まあ、かまわないけどね。お探しの品があればいつでも聞いてくれ」

「魔理沙、勝手にお茶菓子を取っていくんじゃない。そんなに行儀の悪い子だと、男の子に好かれないぞ」

「うん? どうしてそんなに動揺してるのかな? ああ、彼のことか。それなら気にしなくていい。彼なら魔理沙のそんな所を見ても、幻滅なんてしないさ。何せ慣れてるだろうからね」

「痛い、痛いって。すまなかった、少し口が過ぎたね。それにしても、あっちの2人はえらく真剣に商品を探してるね」

「そこの君。藤原さんだったかな? 店内で火を出すのはできればやめてほしいんだけど……え? ガラクタばかりだから邪魔だった? ははは、これは手厳しい」

「あ、どうも、上白沢さん。彼女を止めていただいてありがたい。さすがにガラクタでも商品なんでね、大切にしてもらいたいよ」

「なんだって? 魔理沙、もう一度言ってくれ。……○○が最近ここに来たか? いや、ここ1カ月は見ないね。最後に見たのは、新しい本と万年筆を探しに来た時ぐらいかな」

「おっと、3人とも、どうしていきなり……待ってくれ。机が壊れる。そんなににじり寄らなくても、ちゃんと話すから」

「あれは1カ月半ぐらい前だったかな。今使ってる万年筆の先がへたってきたから、新しいものに代えたいとこの店にやってきたんだ」

「けれどその時は万年筆の在庫がなくてね。彼は残念そうな顔をして帰っていったよ」

「今かい? 今なら1本だけ在庫があるよ。昨日見つけた品なんだ。滅多に見ない品なんだけどね、万年筆は」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなに慌てなくても……え? 代金? これぐらいだけど……」

「いや、これは3人で割り切れない数字だね。1人が少し多めに払わないと……ああ、どうも、上白沢さん」

「魔理沙、君もお金を持っていたんだね。少し驚いたよ。おっと、藤原さん、このお金はえらくしわくちゃだね……まあ、別に構わないけど」

「プレゼント包装? なるほど、これは彼に贈るものなのか。少し待ってくれ、この辺りにプレゼント用の箱があったはず……ああ、あった」

「よし、これでいいだろう。3人とも、運が良かったね。万年筆は本当に珍しい品なんだ」


「お買い上げありがとう。今後とも香霖堂をごひいきに」





師走の25日目。

外の世界でいう12月25日。


幻想郷は寒さで凍えていた。





「うー、さむっ」


その日、俺は人里の中を練り歩いていた。
寒風どころか凍風が吹く中、少々の厚着だけで対抗することもできず、俺は身体をさすりながら歩き続けている。

往来も人の出歩きが非常に少ない。年末だというのに市場もそれほど賑わっていなかった。全て寒さのせいだろう。

こう寒いと、瞼がどんどんと重くなってきて……

「あー、やっぱり寝足りないのかなあ」

俺は頭をぶんぶんと振って、眠気を覚ます。
昨日ぐっすり寝たはずなのに、まだまだ眠気が身体の中に残っていた。


ここ最近、俺は仕事漬けだった。それこそ家の中に引きこもりっ放しだった。
ある人から依頼された仕事の〆切が急遽前倒しされてしまい、徹夜で小説を書き上げなくてはならない事態になったからだ。
ここ1週間は本当に死にそうだった。寝不足と疲労が積み重なりながらも万年筆を動かしていた俺は、ほとんどゾンビのようなものだっただろう。
その間に誰かが訪ねてきたような気もしないではないが、あまり覚えていない。応対する気力すらなかった。

そうして俺は息も絶え絶えに机に向かっていたのだが、しかし、どういうわけか昨日になってその依頼者が「〆切を延ばす」と再度手紙を送ってきたのだ。
こう短期間に〆切を変更するなんて、いったいどういう事情があったのか。
およそ理解に苦しむが、とにかくも地獄から解放された俺は昨日からついさっきまでずっと眠り続けていた。

今日の昼になってそんな俺を起こしたのが、家の扉をノックする音。
眠たい目をこすりながらも、起き上がって扉を開けてみるが誰もおらず。
疑問に思っていると、玄関前に1枚の紙が置いてあるのに気付いた。

『慧音の家まで来ること! by 魔理沙』

そうして、よく分からない呼び出しを食らい、今こうやって人里の中を歩いているというわけだ。


「この寒い中呼び出すだなんて……くだらない用事だったら怒るぞ、魔理沙」

今までにこんな呼び出しを受けたことはなく、何か重要な用事なのかと思い渋々外には出た。
しかし空腹と疲労で気が立ってしまっていて、俺はいつになくイライラしていた。

「あそこだな……けど、どうして慧音さんの家なのかねえ」

首を傾げながら目的地である慧音さんの家を見つけ、俺は一直線にそちらに向かう。
だが、その家の傍に大きな影があることに気付き、俺は目を見開いて驚いた。
木だ。高さがマンションの2,3階分ぐらいはありそうな、巨大な木が家の傍に立っている。

「……こんなのあったっけ?」

緑の葉で生い茂る木。何やらロープのようなものが巻かれている。
慧音さんの家の傍にこんな木があった記憶はなく、俺は戸惑いながらも、家の扉をノックした。

「○○です。魔理沙に呼ばれてここに来たんですが」

呼びかけるが、返答はなし。
いつになく静かな慧音さんの家。家主の返事ぐらいはあってもいいものだが……

「入ってくれ」

とても小さくて聞き取りづらかったが、確かに慧音さんの声だった。いつもは彼女が扉を開けて迎え入れてくれるのだが……
俺は引き戸に手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。


瞬間、吹雪が俺の顔を襲った。


「「「おめでとうー!!」」


顔に当たるこそばゆい感覚。細かく切った紙片――紙吹雪が俺に向かってふりかけられていたのだ。

目の前には明るい笑顔を浮かべている女性が3人。慧音さん、魔理沙、妹紅。
その後ろの大きな机には様々な料理が並べられていて、部屋も星や色のついたテープで飾り付けられている。


突然のことに、俺は呆然とその場に立ち尽くした。
何が起こっているのか。というか、この部屋の状況は一体何なのか。

反応のない俺の様子に、笑顔だった3人もいつしか心配そうな気色に変わり、じっと俺を見つめてきた。


奇妙な間が空いた。


「えーと、ちょっと待ってくれ。状況を判断する時間がほしい……今日は誰かの誕生日だったっけ?」

いきなりのお迎えに混乱した俺は、「おめでとう」という言葉から推測してその結論を出す。
しかし、3人が驚きと心配の混じった表情を浮かべるのを見ると、どうやらそうではないらしい。

3人は俺から少し距離を取って、ひそひそと話し始めた。

「やっぱり『おめでとう』じゃなかったんだって」

紙吹雪を腕からぼろぼろこぼしている妹紅は慌てていて、

「そうは言っても祭りだぜ? 何かを祝う行事じゃないのか?」

魔理沙が『何を間違ったのか』と不思議そうにしていて、

「それならそれで何か特別な掛け声があるのだろう。『ええじゃないか』や『えいさー』や」

奇妙な掛け声を提案する慧音さんはとても冷静で。


あー、状況が段々と分かってきた。外にある大きな木、豪勢な食事、3人が言う『お祭り』。
今日は……師走の25日だったか? だったらクリスマスじゃないか。なるほど、そういうことか。


ふっと笑みを浮かべた俺は、場を引き締めるためにパンッと手を叩いた。
その音にびっくりした3人は、素早く俺の方へ顔を向ける。

俺は満面の笑みを浮かべて言った。

「3人がどうしてクリスマスのことを知っているのかは置いといて……こういう時は『メリークリスマス』って言うんだ」

ほー、っと3人が興味深そうに聞き入っている。俺はそれをとても微笑ましく思った。


そして3人は、互いに目で合図をし合った後、改めて、

「「「メリークリスマス!!」」」

とても輝いた笑顔で、今日この日を祝福した。



どうして3人がクリスマスのことを知っていたのか、そんなことはもうどうでもいい。
楽しい楽しい宴会の始まりだ。

鳥の丸焼きを食べ、シャンパンを空け、慧音さんの料理に舌鼓を打つ。
酒を飲んで飲ませ、外の世界の本当のクリスマスについて話をしたり、彼女らが考えていた「くりすます」も説明してもらったり。
そういえば妹紅の全体的な色合いが「サンタ」にそっくりだということに気付き、試しに白い袋を担いでもらうと思った以上に似合っていて、俺1人が爆笑してしまったり。

なんと楽しい時間だろうか。


「え、このケーキ、慧音さんが作ったんですか?」
「あ、ああ。どうだろうか、口に合えばいいんだが……」

慧音さんの作ったケーキは、外の世界のパティシエが作ったかのような出来栄えで、俺は非常に驚いた。
まさか幻想郷でこんな本格的なケーキを味わえるとは思えず、一口食べただけで勝手に笑顔になってしまうほど、甘くておいしかった。

「うん! すごいですよ、慧音さん! 外の世界のケーキにもひけを取りませんよ!」
「そ、そうか。良かった……」

慧音さんのホッとした表情を見ていると、なんだかどきっとしてしまった。




「○○、外の木をよーく見とけよー」
「うん? 魔理沙、何を……」

酒が入って気分が高調気味な魔理沙に窓の傍へ連れてこられ、外にそびえ立つ木に目を向けさせられる。
魔理沙はいたずらっ子の笑みを浮かべながら、パチッと指を鳴らした。

瞬間、光が溢れる。

「お、おおお!」
「へへへー、すごいだろ?」

これには脱帽だ。まさか外界のクリスマスツリーをここまで再現してしまうとは。
電球の代わりに魔法の玉でも使っているのだろうか、全ての葉が色とりどりに光り、カチカチと点滅する様は綺麗と言う他なかった。

「いやはや……お前って本当に魔法使いなんだなー」
「本当にって、私はいつだって魔法使いだぜ? これぐらい、お茶の子さいさいだ!」
「おー、すごいすごい」

ぐりぐりと頭を撫でてやると、「なんだよー」と魔理沙は首を振って嫌がるが、誉められて悪い気はしないのか、その顔はとても晴れやかだった。



「ま、○○、これなんだけど……」
「え、これって……もしかして?」

皆が座って酒を飲んでいる中、おずおずと妹紅が差し出したその箱。長細い小さな箱だが、丁寧にラッピングされている。
いつの間にやら慧音さんと魔理沙も妹紅の後ろに座り、俺が箱を受け取るのを凝視していた。

3人の視線に圧倒されながら、俺は箱を受け取り、妹紅に確認を取って開けてみた。
中にあったのは、新品の万年筆だった。

「これは……」

手に取り、細部を眺める。感触や持った時の手触りがいい。手にフィットするような感じだ。
俺が万年筆をじろじろと見ていると、妹紅がためらいがちに口を開く。

「万年筆が最近駄目になってきたって、言ってただろ?」
「あ、ああ。確かに話してたけど……覚えてたのか?」

驚きだ。世間話程度にしか話したことがないはずなのに。

「妹紅が思い出して、私達3人で買いに行ったんだぜ?」
「どうだ? 使えそうか?」

魔理沙、慧音さんが促す中、俺は改めて手に合う万年筆を見て笑い、「もちろん」と答えた。
感激で涙でも出てきそうだった。

「ありがとう。本当にありがとう。大切にする」

泣きそうな顔を無理やり笑顔に固めて、俺は3人にできるかぎりのお礼を述べた。
慧音さんは年長者らしくほのぼのとした笑みを浮かべ、魔理沙はニヒヒと笑い、妹紅は鼻の上を掻いて照れた顔をしている。

「どこにしまっとこう……壊さないようにしないと」
「万年筆なんだから、書くために使わないと駄目じゃないか」
「あ、確かに」

妹紅の突っ込みに、皆が笑った。俺も笑った。とてもすがすがしく、こんなにも嬉しい気分になったのはそうないことだった。



楽しい時間は光のように過ぎていく。
食事はとうの昔に食べ終え、酒も段々と尽きていき、おしゃべりに歌にミニゲームにと騒がしかった部屋も静かになっていく。
このパーティを演出してくれた3人は、準備と本番に疲れてしまっていたようで。

「……動けないな」

肩には慧音さんが、膝には魔理沙が、背中には妹紅がそれぞれ身体を寄せていて、俺は身動きできなくなっていた。
彼女達は酒か場にでも酔ったのか、俺の周りで散々騒いだ挙句、いつの間にか眠ってしまったのだ。
3人共穏かな顔をして寝入っており、当分は目覚めそうにない。

「ま、いいか」

もう夜も更けて長い。普通なら床についている時間だろう。囲炉裏の火だけを絶やさないように、俺が起きていれば大丈夫だ。
四方から襲い掛かる柔らかい感触に少々精神が削がれそうだが……まあ、友達と雑魚寝していると思えば何ともない、はず。

「……プレゼント、俺も何か用意しないと」

パーティは終わったが、このまま彼女達にばかり色々と頂いては、あまりにも申し訳ない。
忘年会でも開いて、その時の料理や酒を俺が全部用意すればいいだろうか……料理は不得手だが、彼女達のためならどんなこともできそうだ。

「さむっ、薪、薪」

部屋の中だというのに寒風がそよいでいる。慧音さんの家の建て付けが悪いというわけではないはずだが……

風が流れてくる先を見る。窓だ。魔理沙作のクリスマスツリーが光っているのが見えた。

「あ……」

雪だ。ツリーの灯りに照らされて、白い塊が空からふわふわ落ちてくるのが見えた。
七色の魔法の玉の光が、雪の色を玉虫色に変えていき、まるで上から下に虹がかかったかのように錯覚する。

「こんな日に雪って、またおあつらえ向きな」

ホワイトクリスマス。冬の黒幕とやらは分かってこの雪を降らせたのだろうか。

「……んんっ」
「ぐあー……」
「すぅすぅ……」

傍にいる彼女達にも見せたいが、心地よく眠っているのを起こすのも忍びない。
これから徹夜する自分への役得だと思って、ここは幻想的な雪景色を独占させてもらおう。

手を伸ばし、最後に残ったシャンパンのグラスを持ち上げる。

「メリークリスマス」

一気に飲み干し、今日この日、聖なる夜を彼女らと過ごすことができたことに感謝するのだった。






ちなみに魔理沙達が参考にしていた外の世界の雑誌。


そこに書かれていた4番目のポイントは、

『後は雪が降るよう空にお祈りしましょう! ホワイトクリスマスになれば最高!』

だったとか。





新ろだ934
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最終更新:2011年02月27日 00:26