「ねえ、○○。今日は何して遊ぶ?」
「ん、そうだな……よし、じゃあ…」

紅魔館の客室、俺はフラン…フランドール・スカーレットと二人きりでいる。
何故、俺がここにいるのか。
それを話すと、少々長くなる。


…元々『外の世界』にいた俺は、この幻想郷に迷い込んだ人間だ。
そして偶然にも飛ばされた(?)場所がこの紅魔館。
外の世界の人間が珍しいと言う事もあってか、ここの主であるレミリアに気に入られ、俺は客人としてここに留まる事になった。
俺がこの世界についてを色々聞いていると、部屋の扉をブチ破って一人の少女が現れた。

「お姉さま、外の世界の人間が来たってホントなの?」

そして有無を言わさずに俺は彼女…フランに拉致され、地下にある部屋へと連れ込まれてしまった。
実に理不尽だ。
どうも「長い事ヒマしていた為、遊び相手が欲しかった」と言う。
ここで幸いだったのは、俺が子供の扱いに慣れている事。
外の世界にいた頃、よく年の離れた子と遊んでいたので自然と子供の扱いを覚えていった感じである。
そんな訳で、いわゆるChild at HeartのPerkを持っていたおかげで、うまくフランと付き合う事が出来た。
『弾幕ごっこ』とか言う危険な遊びをうまくスルーして、別の事で何とかやり過ごしたとでも言うべきか。
…もっとも、フランが眠くなるまで外の世界の話やら安全な遊びに付き合わされ、疲労がピークになったのは仕方ない。
確かに疲れたが、それなりに俺も楽しかったのは事実なのだから。

フランが遊び疲れて眠ってしまった辺りで、様子を見に来たメイド長の咲夜さんが驚いていた。
「妹様を相手に生き延びた人間がまだいたなんて…」と。
…後で聞いた話だがフランは恐ろしい力を持った吸血鬼らしく、普通の人間ならあっと言う間に殺されていたとか。
子供の扱いに慣れていたおかげで命拾いしたのか、と俺は軽く恐怖を覚えた。

その後、色々あって人里で暮らすようになったが、定期的(およそ週1回ペース)に紅魔館へ呼ばれる事になった。
理由はフランが『○○と一緒に遊びたい』と屋敷の中で暴れ回り、破壊の限りを尽くすので、そのストッパーとして…である。
普段から情緒不安定ではあるが、俺が来る時に限って妙に安定する…らしい。
「貴方…どこまでもフランに気に入られてるようね」レミリアは俺にそんな事を言っていた。
まぁ、好かれてるって事は悪い事じゃないからね…俺はそう返答しておいた。

因みに、2度目の呼び出しの際に咲夜さんからこう耳打ちされる。
「あの、お願いがあるんだけど…妹様に『今度来る時まで、屋敷を壊さないように』って言っておいてもらえないかしら」と。
…なるほど、確かにメイド長としては屋敷を壊されたくない。
そこで俺が釘を刺しておけば、大人しくしてくれる…そう言いたいんだろう。
無論ここで世話になった手前、無下に断る訳にもいかないので、帰る際に見送りに来たフランにこう言った。

「じゃ、フラン…また来週な。……今度来る時まで、ちゃんといい子にしてるんだぞ?」
「うん!」
「…屋敷を壊したりしないようにな?約束、出来るか?」
「うん、私いい子にしてるから…絶対、来週も来てね!」

しっかりと約束を交わす。
…それからと言うものの、フランが屋敷で暴れ回る事が一切無くなったらしい。
レミリアも「ちゃんといい子にしていないと、○○が来なくなるわよ」と口添えした効果もあったとかなんとか。
こうして、紅魔館にある程度の平穏が訪れた…と言っていいのだろうか。

そんな訳で人里で働きつつ、週一回は紅魔館へ行きフランと遊ぶ…俺はそんな日常を過ごしている。



「そう言えば○○」
「ん?」

香霖堂で買ってきた外の世界の遊び道具で遊んでいる時、フランが突然口を開く。

「耳かきって気持ちいい物なの?」

うん?そりゃ一体どう言う事だ?
話が見えないな……

「この前、お姉さまが咲夜にしてもらってるを見たの。お姉さま、何だか気持ち良さそうにしてて…」

ああ、なるほど。
咲夜さん、そう言う事も得意そうだからなあ…

「そうだなぁ…俺が外の世界にいた頃は、母さんにしてもらった事もあったっけ」
「どうだったの?」
「まあ、割とよかった…かな」

興味津々と言った感じで聞いてくるフランに、俺は過去の記憶を掘り起こして答えた。
と言っても、昔過ぎてよく覚えてないのが本音なのだが。

「じゃあ、私にもして!」
「…俺に?咲夜さんにしてもらえばいいんじゃないのか?」

耳かきを一人でする事はあっても、他人にした事は無い。
なら、慣れてる人にやってもらった方が安全だろう。
適任者もいる事だし……

「むぅ…○○、分かってない……」
「何がさ?」
「私は咲夜じゃなくて、○○にしてもらいたいんだよ?」

ちょっとむくれるフラン。
俺に、ねえ。
ヘタすると耳を傷付けて、色々な意味でこっちの命が危ないと思うんだけど。

「だって、こう言うのは好きな人にしてもらいたいもん。…私、○○の事が好きだよ?」

まさかこのタイミングで告白されるとは思わなかった。
でも、どっちかって言うとフランは(年齢は大幅に離れてるけど)可愛い妹みたいな感じなんだけどなぁ。
…こんな事口にしたら命の危機なので、言える訳が無いが。

「いつも遊びに来てくれるし、外の世界の事とか面白い話もしてくれるし、それに○○は優しいし…」

ああ、そうか…そうだった。
屋敷の外に出た事が無いんだったっけ。
だから俺みたいな存在が……

「…そっか。ありがとう、嬉しいよ」

たまらず俺はフランを抱き寄せる。
悪魔の妹だのなんだのと言われているが、それ以前に一人の女の子である事に変わりは無い。

「あ……」

幸せそうな表情を浮かべるフラン。
参ったな…これでもう、可愛い妹と言う風に見られなくなっちまったじゃないか。
…まぁ、それでもいいかと思う事にする。

「えーと…それじゃ、するか?」
「…うん」

そう言うと、俺はフランをベッドへ……って、別に(そこまでよ!)な事をする訳じゃない。
そんな事をしたら間違いなく命が無い。
あくまで耳かきをするだけだぞ?と自分に言い聞かせておく。
ちょっとだけ違う事を期待したくなるのは、男のサガなのかもしれないが。

まずはベッド脇にある呼び鈴を鳴らす。
何かあった時の為の連絡用として、部屋に備え付けられている物だ。
早速妖精メイドがやってきたので用件を伝える。
「今から耳かきするんだけど、持ってきてくれないかい?」と。
…それから程なくして、妖精メイドが耳掻きを持ってきてくれた。

「じゃ、横になって…」
「はーいっ。…えへへ、○○の膝枕ー♪」

嬉しそうに俺の膝の上へと、フランが頭を乗せる。
膝枕をして耳かき…ある意味男の夢ではあるが、逆のシチュエーションと言うのも何だか変な感じではある。
だが、フランが喜んでくれるなら話は別だ。

「えーと…俺、他人にするのは初めてだから、うまく出来るか分からないけど…」
「うん…優しく、してね?」

…なんかこの会話だけ聞くと、これからいかがわしい事をしそうな感じだ。
しかし、これは耳かきなんだぞ!と心の中で声を大にして叫んでおく。

「じっとしてて…力は抜くんだぞ。痛かったらすぐに言ってくれよ?」
「う、うん…」

耳かきをフランの耳の中へ。
部屋は明るくしてあるので、多分大丈夫だろう。
…しかし耳垢がどれだけ溜まっているのか。
495年ものの…いや、考えるのはよそう。

「ぁ…は、入ってくる……」

少しずつ耳かきが侵入していく。
なるべく傷付けないように、慎重に奥へと進めるが…いかんせん初めて他人にする事なので、勝手が分からない。
もう少し奥へ入れても大丈夫かな?

「っ、痛っ…!」

っと、行き過ぎたか?
鼓膜を傷付けたら一大事だからな……ええと、これ以上は無理だから、もう少し引いて…

「う、動いてる…中でもぞもぞ動いてるのが分かる、よ…」

耳垢があるのは多分この辺りだろうか。
慎重に、慎重に……

「ね、○○…どう?出そう…?」
「ん、もう少し…。フランは気持ちいいか?」
「何だか…変な感じだけど……でも、いい…かも」

さすがに初めてだから仕方ないか。
うーん、もっと上手くやれりゃあなぁ……

「あ、フラン…出るよ」
「ホント?早く、早く出して…」

よし、後はゆっくり耳かきを引き上げれば……
その時、バーンと部屋の扉が勢いよく開かれた。

「そこまでよ!!」
「「!?」」

突然の乱入に、耳垢が中へ落ちてしまった。
…あれ?パチュリー…何でここに…

「貴方達…卑猥にも程があるわ!」
「え、何を…」
「たまたま通りかかったら、部屋の中から…その、いかがわしい声が聞こえてきたから何をしてるのかと思えば……」

…なんだそりゃ。
耳かきしてただけなのに…って、でもよく考えたらフランも紛らわしい声出してたんだよなぁ。
外からなら、そーゆー風に聞こえても文句言えないか。

「もう、ビックリさせないでよ!私は○○に耳かきしてもらってるだけなんだから!」

膝枕の体勢から、フランが不満そうに文句を言う。
二人だけの時間を邪魔されたと言うのもあるんだろうか。
あまり不機嫌にさせると後が怖いので、すぐになだめないとな…

「耳かき!?なんて卑猥な……って、え…耳かき?」
「見て分からないのか…別にいかがわしい事してる訳じゃないの、分かるだろう?」

何しろ膝枕して耳かき中だ。
これが卑猥な行為に見える訳もない。

「……」

あ、パチュリーが沈黙した。
さすがに状況を把握したようだ。

「そ、それならいいのよ。…邪魔したわね」

バツが悪そうに、そそくさとパチュリーは部屋を出た。
…まったく、何しに来たんだか。

「…あー、フラン。続き、しようか?」
「うんっ」

変な所で邪魔が入ったが、続きをしよう。
そうしよう。






「…うん、こんなとこかな。どうだった?」
「何だか耳の中がスッキリしたかも。それに、ちょっとだけ気持ちよかった…」

耳かきを終え、膝枕の状態からフランが体を起こす。
結局、あれから邪魔は入らず両耳とも耳垢をきれいに掃除し終える事が出来た。
最初は戸惑ったが、一度慣れてしまえば割と何とかなる物なんだなと思う。

「それはよかった」
「○○、また…してくれる?」
「別に構わないけど、両方ともきれいにしたから暫くは耳かきの必要無いと思うぞ?」
「あ、そっか……」

ちょっとだけ落胆するフラン。
うーん、念入りにやらなくてもよかったか。

「でも、また耳垢溜まったらやってあげるから、それでいいか?」
「うんっ♪」

…それがいつなのかは分からないけど、約束だけは取り付けておこう。

「えへへ…○○、大好き…♪」

頬に柔らかい感触。
フランが俺に何をしたのかは、言うまでもない。

多分、この時俺の中でスイッチが入ったんだろう。

「…俺もだよ」

俺はフランを抱き寄せると、唇を重ねた。
…そう言えばこれが初めてのキスになるんだっけ。

「○○…もっと……」

向こうもスイッチが入ってしまったのか、更に求めてくる。
なら…気が済むまでしてあげるよ、と何度も唇を重ねた……



――その頃、部屋の外では…
「フ、フラン…いつの間にあんな積極的に……」
「妹様、なんて大胆な……」
「あ、甘い…甘すぎる空間だわ……」
「パチュリー様ぁー、口の中が砂糖だらけですー…」
「うう、ちょっとだけ妹様が羨ましいです……」

いつの間にか出歯亀と化した紅魔館の面々が、砂糖を吐きまくっていた。


この日を境に○○とフランは正式な恋人同士となるが、それはまた別の話……



新ろだ593
───────────────────────────────────────────────

外来人の男、○○と悪魔の妹、フランドール・スカーレット。
二人はふとした事から出会って、親交を重ねる内に恋人同士となった。
情緒不安定であったフランも、○○と出会い、付き合うようになってからは安定し、落ち着くようになった。
…ただ、一つだけ大きな問題がある。
それは……

「○○…キス、して……」
「ああ、もちろん。…ん……」
「ん、ちゅ……」

二人が紅魔館のいたる所でイチャつく、と言う事。
人里で暮らしている○○がフランに会いに行くのは週一回ペース。
彼には生活や仕事がある為、毎日のように会う事は出来なかった。
1週間に1度しか会えないと言うのは双方にとって大きな物である。
そんな反動が、所構わずイチャつくと言う原因だった。
『適度な刺激こそが、愛しい二人をより燃え上がらせる』…とは、誰が言ったのか。
おかげで、○○が来た日はフランと一緒に広範囲の激甘結界を展開。
紅魔館が砂糖まみれになっていた。
常に手を繋ぐのは当たり前。
5分に1度はキス。
更に1時間に3分は愛を囁いてディープキスで舌を絡め合う始末。
二人の結界にうっかり近付こう物なら、凄まじい糖度で卒倒してしまうのもザラだった。
現に、妖精メイド十数名がこれまでに犠牲となっており、その威力は保障済みである。
だが不思議な事に、この二人が(そこまでよ!)な事をする気配は一切無かった。
おそらく、一緒にいられるだけで幸せなのだろう。

これは、そんな二人の話―――





ある日の紅魔館。
いつものように、俺とフランはレミリアとパチュリーの4人で午後のティータイムを迎えている。
普段ならここでもイチャつくのだが…ある事の為に、今の所は自重している。
俺はフランにそっと目を合わせて(そろそろ…いいな?)と合図を送る。
それを確認すると、フランは意を決したように口を開く。

「お姉さま…お願いがあるの」
「うん?珍しいわね…何かしら?」
「来週ね…○○と一緒に外出を許可して欲しいの…!」

いつになく真剣な表情で言ったその言葉に、レリミアやパチュリー、そしていつの間にか近くにいた咲夜さんが揃いも揃って驚きの表情を浮かべる。
自分からそう言う事を口にしたのが珍しいのか、それとも自ら外出したいと言った事が意外だったのか。
一体何があったのかと言うと……。




…それはおよそ2時間前に遡る。
いつも通り、通された部屋でフランと遊びながらイチャついていた時の事。
ふと、窓の外の景色を見ながらフランが言った。

「ねえ、○○」
「ん?なんだ?」
「屋敷の外って、大きな湖があるのよね」
「ああ、確かにデカいな」
「……屋敷の外には湖の他に、何があるんだろうなーって…そんな事を思ったの」

そう言えば495年以上もの間、も外に出る事が無かったんだな。
フランにとって、この屋敷が世界の全て……なんだろうか。

だけど…それでいいのか?
この世界は広い…って言うほど俺はこの幻想郷に長くいる訳じゃないが。
でも、外の世界を知らないのは、あまりにも勿体無い。
いつまでも籠の鳥のままでいいのか?
屋敷の外に広がる世界を見せても…いいんじゃないのか?

…そうだ、俺とフランは恋人同士なんだ。
屋敷の外でデートってのはまだ一度もした事がない。
ならば…

「…なあ、フラン」
「なに?」
「今度、屋敷の外の世界を一緒に、見に……行くか?」

一瞬、時が止まったような気がした。
俺のすぐそばには、目を白黒させたフラン。
突然の申し出に驚いている、のだろうか?

「え……?…いい、の?でも、私は吸血鬼だよ…?外には……」
「大丈夫、手はある。だから、一緒に屋敷の外に出てみないか?」

…沈黙が部屋を支配する。
やっぱり無理があったか?俺がそう思っていると…

「う、うん…私、行きたい。○○と一緒なら、どこへでも……」

どこか嬉しそうな様子のフラン。
こうしてデートの約束を、二人の間に取り付ける事が出来た。
…ここまで来たら後戻りは出来ない。
あとは正式な外出許可をもらうだけ…とは言え、俺が言ってもそう簡単に妹を連れ出す許可は出してくれないだろう。
ならば、いっそフランの方からお願いしてみれば…もしかしたら効果があるかもしれないと。
そんな事を話して…


――そして、今。

「フランも変わったわね」

ふふ、と笑いながらレミリアが言う。
それは一体どんな意味で言っているのだろうか?

「今まで自分から何かがしたいとか、そんな事は言わなかったのに…」
「お姉さま、ダメなの…?」
「いいわ、一度は外に出るのも悪くない。…けど、○○」

視線が俺に向けられる。

「貴方、私達が吸血鬼である事は知っているでしょう?」
「ああ…それは理解してる」
「なら話は早い。日中は外に出られない事くらい……」
「でもお姉さま」

横からフランが口を挟む。

「日傘があれば大丈夫なんだよね?お姉さま、いつも外出する時は日傘持っていくし…」
「え?…ええ、そうだけど……」
「ちょっと待っててね」

そう言うと、部屋を出る。
…少しして戻ってきたフランの手には、綺麗な装飾の傘が握られていた。

「じゃじゃーん♪これ、○○にもらったの。…これがあれば大丈夫だよね?」

レミリアが外出する際に日傘を持っていく、と言うのは咲夜さんから聞いているのだが、フランには自分の日傘が無い。
なら俺がプレゼントしてあげようと言う事で、つい先日、知り合いの河童の少女(香霖堂で出会い、外の世界の機械の話で意気投合して仲良くなった、とだけ言っておく)に実費で作ってもらったのだ。
そして、それをデートの約束を取り付けた際に渡した…そう言う訳だ。

「ふぅ、貴方には負けたわ…フラン」

やれやれ、とレミリアが苦笑する。

「外出は夜だけ、と言おうとしたけど、そこまで用意が出来てるなら…日中でも大丈夫ね」
「それじゃあ、お姉さま!」
「ええ、いいわ。日中の外出を許可してあげる」
「やったぁ!」

外に出られる事が決まり、率直にフランが喜ぶ。
…籠の鳥は、ついに外へ出る事が出来たとでも言うべきだろうか。

「○○」
「…うん?」
「妹をよろしく頼むわね。…でも、いくら日傘があっても日中なのは忘れないように」
「それは分かってる。…何より俺の大事な人、だからね」

……あー、我ながら…

「そのセリフ…自分で言って、恥ずかしくない?」

…はい、パチュリーさんの言う通りです。

「私も○○は一番大切な人だよ?…えへへ、大好き♪」

そう言うや否やフランはちゅ、と頬に口付けする。
まったく、こんな奇襲攻撃をどこで学んだのやら…ハンニバルさんからか?

「…咲夜、コーヒーを淹れてちょうだい。ブラックでね」
「私もレミィと同じ気分ね…コーヒーをブラックで」

『また始まったよ』と言わんばかりの表情で、二人がこちらを見る。
…恋人なんだから仕方ないだろ、フランがあんなにイチャついてくるんだから、俺だってそれに応えたいんだし……。

「畏まりました。……まぁ、確かに砂糖はいりませんわね」

咲夜さん、あなたもですか……。
フランはそんな事も気にせず、俺にベッタリしている。
…ああ、実にいつもの光景だ。



――家に帰ってすぐ、俺は準備に取り掛かる。
何しろ生まれて初めてのデート…失敗は出来ない。
調べてみれば、この幻想郷にはデートスポットも結構ある物で、どこを回ろうか色々と悩まされた。
そんなこんなで準備に明け暮れる事1週間…ついにその日がやってきた。


おおよそ朝の10時過ぎ辺り、俺は人里を出て湖を越え、紅魔館へ。
門の前で美鈴に軽く挨拶すると、快く通してもらう。
所謂顔パスと言う奴だ。
そして屋敷へ入ると……

「あ、○○!待ってたよー」

俺が来るのを待っていたのか、エントランスホールにいたフランが嬉しそうに抱きついてくる。
もしかしたら、この日を一番楽しみにしてたのは彼女なのかもしれない。

「来たわね、○○」

妹を見送る為なのか、レミリアもそこにいた。
姉なら当然か。

「分かってるとは思うけど、日光には十分気を付ける事。大丈夫だとは思うけど、もしフランに何かあったら…」
「もう、お姉さまったら心配しすぎだよー。○○と一緒だから平気だもん」
「むしろ○○と一緒だから心配なんだけどねえ……」

うわ、ひでえ。
俺、何気にあんまり信用されてないのか?
ちょっと傷付いたぞ……。

「まあ…いいわ。二人とも楽しんできなさい」
「うん。それじゃ、お姉さま…行ってくるね。○○…行こっ♪」

日傘を持ち、フランが俺の手を取る。
まったく、このお姫様は朝から元気な事で……でも、それが可愛いんだけどね。


フランが日傘を差し、外へ出る。
まず向かう先は霧の湖。
屋敷から見るよりも、実際に行ってその大きさを実感させたいと言うのがあった。
紅魔館から歩く事数分…

「わぁ…凄い、凄ーい!」
「あ、こら…そんなにはしゃぐなって!あと水に触れないようにな!」
「分かってるよー!ほら、○○も早くー!」

湖畔が見えてくると、フランが湖へと駆け出す。
確か流水に触れてはならない、とか言う話だから…水には触れさせないように注意しなきゃな。
彼女にもし何かあったら、間違いなく俺の命が危ないし…。

「この湖って…こんなに大きかったんだね」

まるで子供のように(実際には495年以上生きてる子供だが)興奮している。
この様子なら、今日のデートは驚きの連続に違いない。

「やっぱり実際に見てみると違う物だろ?…じゃ、もっと色々な物を見に行こうか。今日はその為に外に出たんだからな」
「うんっ!それで、今度はどこへ行くの?」
「湖沿いを歩きながら人里へ行くか。面白い物がいっぱいあるかもしれないしな」

そうして俺とフランは手を繋いで歩き出す。
ここから人里まで少しばかり歩くが…

「…それで、人里には何があるの?」

フランからの質問攻め…これなら退屈しないで済みそうだ。
…しかし、どこからか視線を感じるのは気のせいか?
ここは湖だから、おおよそ悪戯好きの妖精が見てるんだろうけど…ま、気にしなくてもいいか。



――○○の予感はある意味、的中していた。
木々の死角から、これまた日傘を差した二人組が○○とフランをストーキングしているのである。
その二人とは、言うまでもなく……

「フランったら、湖を間近で見ただけであんなにはしゃぐ物なのねぇ」
「…お嬢様、何故わざわざあの二人の事を…」
「あら、咲夜。フランは私の大切な妹よ?なら、監視が必要じゃなくて?」
「私には面白がって観察してるとしか思えないのですが……」
「まぁ、いい退屈しのぎにはなるじゃない?」

それが本音だった。
因みに、そのストーキングされている二人はと言うと……

「…で、無縁塚にいる死神が仕事をサボってよく人里に来てるんだよ」
「あはは、まるで美鈴みたいね。でも、その人仕事サボって平気なの?」
「大抵は上司にバレて、叩かれた後にその場で説教になるけど。…あ、そーゆー意味じゃ確かに美鈴と似たような物だな」

こんな調子で会話に没頭する余り、後ろから姉が見ている事に気付く様子は全く無い。
…同じ頃、美鈴が紅魔館の門でくしゃみをしていた。



フランとあれこれ会話しつつ、暫く歩くと人里が視界に入ってきた。
腕時計(河童製)を見れば、時刻は11時過ぎ。
これならお昼はカフェにでも行けば十分だろう。

「ほら、見えてきたぞ。あれが人里だ」
「わ、家がいっぱい……。○○の家も、あの中にあるの?」
「俺の家は町外れ、もっと向こうの方だけど。…ともかく行こうか。色々見て回るって約束したからさ」
「わーいっ♪どんなお店とかがあるのかなー」

実に楽しそうなフランの声。
そんな訳でウインドウショッピングと洒落込む。
…人里案内をしつつ適当に何件か店を見て周り、ふと入ってみたアクセサリ屋にて、フランが一目見て気に入ったと思われる物を手に取った。

「ねえねえ、これ…似合うかな?」
「お、七色のブローチか。いいね…フランの羽と同じ色か」

宝石とは違う石(幻想入りしたパワーストーンの類か?)を7つ加工して作った七色のブローチか。
うん、これなら買ってあげてもいいかな…と思い、値段をちょっと見てみる。
……オウフッ!?
…これ、ちょっと高くないですか妹様?
ここのアクセサリは全て店主の手作りだから、質と値段が高いんだよなぁ…その分、女の子からの人気は高いけど。
一応、この日の為に予算は多く用意していたが、う、うぬぬ……

「(わくわく)」

う、そんな期待を込めた目で見ないでくれ……そんな目をされると…
………
……

…なら買うしかないじゃないか!

「…よし、じゃあ記念に買ってあげようか」
「やったぁっ♪」

ああ、多分俺は尻に敷かれるタイプなんだろうな…でもしょうがないだろ?
フランが「これ買って欲しい」って無言の期待をするんだから…。
でも恋人が喜んでくれるのなら、これくらい必要経費だ…と言う事にしておく。

「毎度あり。…ははは、そこの可愛い彼女におねだりされたのかい?」

会計の際、店主のおっさんにそんな事を聞かれた俺は、乾いた半笑いで答える事しか出来なかった。
ある意味間違ってはいないよ、おっさん……。
悲しい男の性って奴だからな…。

店を出て、俺はさっき買ったブローチをフランの服に付けてみる。
…うん、赤い服に七色がよく映えるじゃないか。

「○○、ありがとう…これ、ずっと大事にするね……」

凄く嬉しそうにしているフランを見て、(出費は多かったものの)プレゼントしてあげて良かったと思う。
さて、時間は…昼過ぎってところか。

「喜んでもらえて何より…っと、そろそろお昼だし何か食べに行くか?」
「あ、うん。色々歩き回ってたら、何だか喉も渇いちゃったし…」

それじゃ、カフェに行くとするか。
だけど…紅茶とケーキには血が一滴も入ってないから、フランの口に合うかどうかだなぁ。
多分大丈夫だろうけど……



――案の定、と言うか人里でも二人をストーキングしている姉と従者は健在だった。

「咲夜、○○とフランが店から出てきたわね」
「ええ、そのようで…あら?○○が妹様に何か付けて……」
「ふむ…プレゼントのようね。ああ、フランったら…凄く嬉しそうにして……」

あんな顔をした妹を見るのは何百年ぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれない。

「初めて外に出る事が出来て、色々と嬉しいんでしょう。それも、好きな人と…」
「少し妬けるわね…む、二人が移動するようね。追うわよ、咲夜」
「はい、お嬢様……って、あの二人カフェに入るようですけど、このまま追いかけても大丈夫でしょうか?」
「ぬ、確かに一歩間違うとバレる、か……よし、なら出来るだけ二人にはバレない位置に陣取るのよ」

…姉(従者付き)のストーキングは、まだまだ続くようだった。



時刻は昼過ぎ辺り。
俺とフランはカフェへと入る。
今日は休日と言う事もあり、それなりに賑わっていた。
ひとまず二人してケーキと紅茶を注文する。

「あー、フラン。ここは普通のケーキとかしか無いけど大丈夫か?」
「え、全然大丈夫だよ?だって、○○と一緒にケーキを食べて紅茶を飲むんだよね?なら、美味しいに決まってるじゃない」

……不覚にも、その一言に胸を打たれてしまった。
なんて可愛い事を言ってくれやがりますか、このお姫様は。
いつどこで、そんな男のツボを突くような言葉を覚えたんだろうか。

「ねえ、○○…さっきのお店にいたおじさん、私の事を『可愛い彼女』って言ってくれたけど…」

ん?いきなりどうしたんだ?

「私と○○って…他人からはどう見えるのかな……」

もしかしたら身長差の都合で兄妹にしか見えない、と思ってるんだろうか。
けど、俺が言う事は一つしかない。
何故なら俺とフランは……

「恋人同士に決まってるだろう?さっきのおっさんはそう言う風に思ったから、ああ言ってくれたんだしさ」
「……!あ、う、うん…そうよね、そうだよね……。えへへ♪」
「もし他人から聞かれたのなら、胸を張ってそう言えばいいのさ。……お、来た来た」

そんな話をしてる内に、ケーキと紅茶が来た。
さて、それじゃ早速食べるとしますか……

「あ、○○。ちょっと待って」
「ん?」

俺がケーキにフォークを入れる寸前で止められる。
一体どうしたんだ?と思っていると、フランは自分のケーキをフォークで切り取って…

「はい、あーん♪」
「え、ちょ……」
「ほら、○○。あーん……」

それがやりたかったのか…
……って、そうじゃない!

「あー、フラン。一体そんな事をどこで覚えたんだ……」
「お姉さまに見せてもらった漫画。デートの時にはこうするのが基本ってあったから。…ねえ、それはいいから早くー」

漫画って幻想郷にもあったのか……などと感心してる場合じゃない。
フランの差し出したケーキを口にしよう。
今日は出来る限り、彼女のお願いを聞いてあげたいと思ってるのだから。

「…どう、おいしい?」
「ああ、フランが食べさせてくれたケーキはおいしかったぞ」

…うーん、実にベタな返し方だ。
ただ、その反応が正しかったのかフランは上機嫌のままニコニコしている。
さて…食べさせてもらったのなら、こっちも反撃しなきゃならないな。
俺も自分のケーキをフォークで切り取り…

「ほら、フラン。あーん…」
「あーん♪」

同じ事をやり返した。

「えへへ…ケーキ、おいしいね」
「二人で一緒に食べてるからな」
「だよね、だよね♪」

そして紅茶を啜る。
うん、やっぱりこう言うのもいい物だ。

「あ。○○、あれ……」

ケーキの皿が空になり、紅茶をゆっくり啜っていた時の事。
ふと、フランが何かに気付く。
言われるがまま、横の席へ視線を向けると……

「別に何もないようだけど?」

人妖のカップルが談笑しているだけで、特に変わった物は…

「ほら、あの二人が飲んでいる物…」

よく見れば、二人で一つのジュースを、特製の(ご丁寧にハートの形をしている)ストローで一緒に飲んでいた。
熱々なカップルが頼みそうなアレだ。
今時あんなのがあるとは驚いたが…ま、まさか…フラン……

「あれ、いいなあ……」

フランがキラキラした目でこちらを見ている!
どうする?

「…すいませーん、オーダー追加で」

今更恥ずかしがる必要もないから、選択肢なんてこれしか無いけどな。
…少しして、俺達の席にも同じジュースとストローが届いた。

「漫画でこーゆーシーンがあったから、私も○○と一緒に飲んでみたかったの」
「一体それ、どんな漫画なんだ……」

フランに話を聞けば、デートと言う物はどんな物なのかを知る為に、独自で予習したのが姉の持っていた漫画からだった、とか。
それにしたって、シチュがベタベタすぎるだろ、それ…。

「でも漫画と同じ事をしてもらえて…私、すっごく嬉しいし幸せだよ?…何て言うか、胸の奥がじーんってするの。きっと、これが幸せなのかな…って」

それでいて、この反応……許せるッ!
何て言うか初々しくて可愛すぎるだろ…常識的に考えて。

「じゃ、もっと喜んでもらわなきゃな。……飲もうか?」
「うんっ」

もうこうなったら歯止めが利かない俺とフラン。
ちぅー、と二人揃ってストローに口を付け、啜る。
ハート型のストローが赤い液体(アセロラサワーらしい)に染まっていく。
……妙に視線を感じる気がしないでもないが、あえて無視する。
見つめ合って二人で同じジュースをストローで飲む…今はそんな二人だけの時間を味わっていたい。
が…程なくして、大きめの器に入っていたジュースは底をついてしまった。

「あ、無くなっちゃった…」
「結構デカい器だったのにな。ま、仕方ないか」
「うー、じゃあ今度は屋敷でも同じ事、しようね?」
「それは喜んで」

でも、何を飲むんだろうか?
血なんて飲める訳ないからなあ…咲夜さんに相談してみるか。

会計を済ませて俺達はカフェを出る。
…店を出る時、店員の娘から妙に生暖かい視線を受けていたような気がしたが…うん、気にしないでおこう。

「それで、今度はどこに行くの?」
「空の旅にご招待ってところかな?」
「空、の…?」
「行ってからのお楽しみ。ささ、行こうぜ」

多分、フランがもっとも喜んでくれるかもしれない物だ。
町外れの空き地へと歩き出す。
何せ”発着場”はそこなのだから。




「うわぁーーー!凄い、凄ーーーい!!屋敷があんなに小さく見えるよー!」

上空から見渡す幻想郷。
その光景に、フランは我を忘れて興奮していた。
――今、俺達は幻想郷遊覧船に乗っている。
少し前、幻想郷では『空を飛ぶ宝船』の噂が流れていた。
当時は天狗の新聞でも話題になったし、俺も人里から偶然それを目にした事もあった。
それを、後に博麗の巫女が調査に向かい…そして現在に至る、と言う訳だ。
今ではこの『宝船型遊覧船』も、休日になると人間や妖怪の人気スポットとして親しまれている。
無論、デートスポットとしても人気を博しているのは言うまでもない。
…当然タダではないが(乗船料はこの船の持ち主がお寺を建てる為の費用として使われる、との事らしい)。

「…あ、○○!ほら、あの山…何かでっかいのがあるよ!」
「お、アレは非想天則だな」
「ひそーてんそく?」
「あの山に棲む河童の作った鉄製の巨人だよ。…まぁ、動かないハリボテみたいなモンだけど」

いや、確か蒸気で動いてたっけ?
…そう言えば、一度だけスキマ妖怪に頼んで外の世界に荷物取りに行く際、お台場で似たような物がニュースで話題になってたな。
あの白い奴、展示期間が夏までだったとか…そんな話だったような。
こっちの世界に骨埋める覚悟は出来てるから、もう外の世界に戻る事はないけど…非想天則と聞いて、ついそんな事を思い出した。

「やっぱりアレも間近で見たら大きいのかな?」
「だと思うぜ。…じゃあ、いつか非想天則を一緒に見に行くか?麓には温泉もあるし…」
「うん、絶対だよ!」

また新しいデートの約束を取り付けた。
妖怪の山だから、多少危険だが…フランと一緒なら大丈夫だろう。
彼女に守ってもらうと言うのも複雑な気分だけど。

「ねえ、○○…」
「どうした?」
「屋敷の外の世界って、こんなに広かったんだね……」

眼下に広がる光景を見ながら、フランが語り出す。

「今までずっと屋敷から出る事もなかったし、あの頃の私にはそれが世界の全てだった。…でも、ね」

黙って俺は話を聞く。

「○○に『一緒に外へ出ないか』って言われて、嬉しかったの。○○は外の世界の話をいっぱい…してくれたよね?」
「いつも真剣に聞き入ってたもんな」
「うん…それで次第に興味を持ったの。屋敷の外の世界はどんなところなんだろう、って…」

495年の孤独、外の世界を知らない籠の鳥…それを外に出したのは、紛れも無く俺だ。
初めてフランの事を詳しく聞かされた時には、我が耳を疑ったものだった。
そして、その時思ったのは『いつか外に世界を見せてあげよう』…と。

「…どうだ、外の世界は?」
「うん…もっと早くから出てみたかったかな。だって……屋敷の外ってこんなにも広くて、楽しいんだもの!」
「じゃあ、また何度でも外に出てみないか?まだまだ知らない物がいっぱいあるしさ」

俺だって知らない物が、この幻想郷には色々あるに違いない。
それをフランと一緒に見に行くのも、また一興と言う物だ。

「うん…○○、大好き…。ずっと一緒にいてね……」

そう言うと俺の方へ振り返り。
背伸びして唇を差し出す。
…俺は普通の人間だから、いつまでも一緒にいる事は出来ないだろう。
けど、こうして大切な思い出を作る事は出来る。

「んっ……」

当然、そうなったらする事は一つ…いつものように、キスをする。
ただ、それだけだった。
このまま舌も絡めよう、そう思っていた矢先…

「…あー、そこの二人」

突然、横から声がかかる。
一体何だと思い、振り向くとネズミの妖怪らしき姿が。
ああ、誰かと思えば乗船料を徴収していた遊覧船の関係者か。

「その、イチャつくのは構わないが…あまり行き過ぎないようにな?」

どこかバツの悪そうな顔をして言う妖怪ネズミ。
別に(そこまでよ!)な事をする訳でもないのに何でだ…と言おうとしたら。

「…ほら、周りを見てみるといい」

言われるがまま、周囲を見れば…
人妖問わず砂糖を吐く人が続出していた。
…そ、そんなに俺達ってアレだったのか?

「むぅ、別に私は○○の事が好きなんだから別にいいじゃない……」

せっかくのいいムードに水を差され、フランは少し不機嫌になる。
…俺達も少しは空気を読む事を学んだ方がいいかな、うん……。

こうして、遊覧船デートは最後、微妙な空気で終わった。
でも結果的にはフランを喜ばせる事が出来ただけいいと言う事にしよう。



遊覧船のツアーも終わり、次の行き先を考える。
香霖堂へ行って、外の世界の物をあれこれ見に行こうか?…でも、店主にからかわれそうだな。
なら、博麗神社へ出向いてみようか?フランが外に出てるのを見たら、霊夢はきっと驚くに違いない。
そう言えば、花畑なんてのもあったな。…いや、でもあそこだけはやめておくか。なんか俺の勘が行っちゃいけないって告げてるし…。
うーん、どうしたものか。

「…ねえ○○。私、行きたい所があるんだけど…いいかな?」
「お、行きたい所でもあるのか?言ってみなよ」
「うん…○○のお家。……ダメ?」

なんてこった、そんな事を言われるとは思ってもみなかったぞ…。
べ、別にやましい物がある訳じゃないけど…でも、あんまり片付けてないんだよな。
ついでによくある小さい一軒家だから、割と狭いし…

「あー、別に俺の家に来ても面白い物はないぞ?」
「それでもいいよ?どんな所なのか気になるし、それに…」
「それに?」
「……好きな人の事はもっと知りたいんだよ?だから…お願い」

上目遣いでお願いしてくるフラン。
ホント、どこでそんな男のハートを撃ち抜くような事を覚えてきたのかと…やっぱりレミリアに見せてもらった漫画からなのか?
これを素でやっているとすれば、将来恐ろしい娘になるな。
と、それはともかく…

「そうまで言われちゃ断れないな…じゃあ、行くか?」
「うん!」

二人揃って歩き出す。
晴れていた空は、いつの間にか雲に覆われていた。



「ささ、上がってくれ。あんまり片付いてないけど…」
「わぁ…ここが○○のお家なんだ……」

実に興味津々と言った感じでフランが家の中を見渡す。
敷いたままの布団、適当に脱ぎ捨ててある着替え、乱雑に放置してある外の世界から持ってきた書物……
改めて見ると、ホントに片付いてないと痛感させられる。
日頃から片付ける癖をつけておくべきだったか、と多少後悔するが仕方ない。
これを教訓としておこう……俺が忘れてなければ、だが。

「お茶出すから、そこに座っててな」
「はーいっ。…○○の家には何があるのかなー♪」

フランがちゃぶ台の前に座るや否や、早速居間を物色し出す。
やれやれ、プライバシーも何もあったもんじゃないな。
お湯を沸かしつつ、そんな事を思う。
せっかくの機会だし、茶葉はいい物を出すか。

「お待たせー、お茶持ってき…」

淹れたてのお茶を持って居間へと戻ると…
後で洗濯しようと脱ぎ捨ててあったシャツに、フランが包まっていた。

「……ナニやってんのさ?」
「これ、○○の匂いがするの。なんだか○○がすぐ近くにいるような感じがして……」
「そ、そうか。……お茶、持ってきたから飲んでくれよ」
「あ、うん」

しかし、フランはシャツを手放そうとしない。
って、匂い嗅いでるよ!?ああ、こんな姿をレミリアが見たら何を思うやら。

「なぁ、フラン。それ後で洗う奴なんだぞ?」
「でも○○の匂いがするんだよ?洗ったら匂いが落ちちゃうよ」
「いや、だから……」

そんな匂い嗅いでも面白くないだろうに。
そう言おうとした矢先。

「でも、こうすればもっと○○の匂いがするんだよね?」

俺の隣にくっついてきた。
そして匂いを嗅いできた。

「あのさフラン、お茶……」
「今はお茶よりこっちー」

やれやれだ。
ずず、と俺がお茶を啜っていてもフランは俺から離れようとせず、匂いを満喫している。

「なぁ、フラン……」
「……」
「…あれ?どうし……」

言い終える前に視界が反転した。
突然の事に、脳の処理がフリーズする。
そして、数秒後に事態を把握。
俺はフランに『押し倒されていた』のだ。
相手は吸血鬼、当然抵抗出来るはずもない。

「○○……」

妙に扇情的な目をして、フランが俺を見る。

「ずっと耐えてきたけど…○○の匂いを嗅いでいたら、もう我慢出来なくなっちゃった……」

な、何だ…この感じ……?
我慢出来なくなったって、どう言う事なんだ?

「○○は…私が生きてきた中で最初に出来た『普通の人間の』お友達だった。でも、今は」
「今は……?」
「私が生きてきた中で最初に出来た…誰よりも一番大切な人……」

それは俺も同じ事だ。
フランは俺の恋人なんだし。
でも、一体これは……。

「だから、ずっと耐えてきた。…でも、毎週会う度に衝動が押し寄せてくるの」

いつもと違う雰囲気に言葉が出ない。

「いつかはしなきゃいけない事だって分かっていたけど…でも、○○の匂いを嗅いでいたら、私の中で何かが切れて…」

だから俺を押し倒した、と言うのか?

「もう我慢出来ない…私、初めてだからうまく出来るか分からないけど……。○○が、欲しいの」

直感した。
まさか、この空気…ア、アレか!?(そこまでよ!)な事なのか!?ついに俺もフランと一緒に大人の階段を上る事になるのかー!?
しかも、今は自宅で二人きりと言う状況…どこぞの紫もやしが止めに来る気配は、多分無い。
い、いや落ち着け俺!相手はフランなんだぞ…その、ちょっとだけそんな事をしてみたいとか、そんな期待は少しだけ…。
でもなんて言うか、フランの外見的に犯罪コースまっしぐらじゃないか!ここは幻想郷だからノーカンかもしれないけど。
……ヤバイ、ヤバイぞ!この事をレリミアに知られたら生命の危機!!
天狗に現場押さえられてもアウトだ…しかし俺に手立てはあるのか?
考えろ俺、全力で考えろ!これからの大事な事なんだぞ!!

「○○の…血が……」
「うおお、俺の血が欲しいって言うのか…俺の、血……血?」
「うん、○○の血」

……
……
……
アハハ、ソウイエバフランハキュウケツキダッタヨネー。
チヲノムノハアタリマエダモンネー。

「……ひとつ気になったから聞くけど、初めてってのはどう言う意味で?」
「好きな人の血を飲むって事だよ?」
「…ですよねー」

……ちょっとだけ期待した俺のバカ。

「あれ、でも吸血鬼に血を吸われた人間って吸血鬼化するって言う話じゃないのか?」
「そんな事したら、吸血鬼だらけになっちゃうよ?眷属を増やすのは儀式めいた事をしながら吸血して、初めてそうなるんだし」

そーなのかー。
とりあえず『おれは人間をやめるぞジョジョォォォッ!』と言う事にはならなくて一安心…しても、いいのかなあ?

「ねえ、お願い…○○の血、飲ませて……?」
「どの道、押し倒されてる以上は逃げ場も無いんだけど…まぁいいや。…加減くらいはしてくれよ?飲みすぎないでくれよ?」

血を吸われて失血死、なんて事にはなりたくないしな。

「うん、そこは大丈夫だよ?『貧血にはならない程度』で十分だから」
「頼むぞホントに…血を吸われるだなんて、初めてなんだからさ」
「あはっ、それじゃ私と○○は初めて同士って事なんだね♪」

吸血的な意味であって(そこまでよ!)的な意味じゃないけど。

「それでも不安だぞ…」
「じゃ、○○の不安を少しでも和らげるようにおまじない、してあげるね」
「え?そんなのあるのk…」

むちゅ、とフランが俺の唇を塞ぐ。
そして舌を入れ、絡め合う。
…舌を離すと、つぅーっと銀色の糸が口から伸びた。

「…どう?不安は和らいだ?」
「逆にドキドキしてきたぞ」
「そうした方が血はおいしく飲めるの。…じゃ、行くよ?」

俺の首筋にフランの犬歯が刺さり、痛みが走る。
ずず、ずずずと言う音が聞こえ、体の中から何かが抜けていくような感覚…これが血を吸われる、と言う事なのか。
血と言う俺の生命が吸われ、少しずつ視界がボヤけていく。
ちゃんと加減はしてくれるんだろうか、そんな事を思いつつ俺の意識は途切れた。




――ふと気が付くと、外は薄暗くなっていた。
視界に映るのは自宅の天井……目が覚めたら無縁塚だった、と言う事ではなくて一安心する。
意識を失ったと言う事は、貧血に似たような症状でも出ていたのだろうか?

「すぅ…すぅ……」

そして、俺の上にはフランが覆い被さったまま、幸せそうに寝息を立てている。
多分、疲れて眠ってしまったのだろうが…これでは動くに動けない。
あまり遅くならない内に紅魔館へ連れて帰らないと、後が怖い事になる。
ヘタしたら朝帰り、と言う事にもなりかねない。
だが、気持ちよさそうに眠っているフランを起こすのは可哀想だ。
さて…どうした物だろうか?

「んぅ……○○、大好きぃ…」

フランの寝言で、俺は考えるのをやめた。
どうやら夢の中でもいい事になってるらしい。
これは起こしちゃいけないな。
こうなったら一蓮托生、せっかくだから一緒に寝てしまおう。
後の事は…その時どうにかすればいいや。

なあ、フラン……これからも二人で数え切れないくらい、沢山の大切な思い出を作っていこうな?
そのまま、俺は目を閉じた。




――同じ頃、○○の家の外では妹のデートの様子をストーキングしていたレミリアと咲夜が、砂糖と鼻血にまみれて倒れていた。
単純な退屈しのぎと思って追い続けた結果がこれである。

「甘い…甘すぎて灰に……もとい砂糖になる…」
「お嬢様…お気を確かに……うっぷ…」

後に、この姿が天狗に激写されて文々。新聞の一面を飾る事になるのであった。



新ろだ696
──────────────────────────────────────

きっかけはフランの一言からだった。

「ねえねえ、○○。これ…」

そう言って、俺に見せてきたのは天狗の新聞。
……そう言えば以前にレミリアと咲夜さんが、砂糖と鼻血にまみれて倒れてたって言う記事が一面飾ってたな。
しかも俺の家の前で。
あの時の初デートは二人が後を付けていたと言う事が、この記事で明らかになったんだっけ。
少し前は糖度異変なる物も記事にあったな。
俺とフランはいつものようにイチャイチャしてたから何の関係も…いや、あるか。
そのせいで紅魔館がいつになく砂糖まみれになってたんだよなぁ。

…おっと、そんな事じゃなかった。
フランが指し示した記事、それは――
『今年もやります!神無月外界ツアー』
スキマ妖怪が企画した物らしく、去年もそんな事をやってたとかなんとか。
もっとも俺がここにやってきたのは、今から大体半年以上も前の事。
そんな事をやってたのは初耳だ。
しかし人妖が俺の元々いた世界へ遊びに行くって…それ大丈夫なのか?
見た目的にも外歩けない娘とか結構いるような……

「外の世界って言う事は、○○が元々いた世界なんだよね?」
「ああ、そうなるな」
「行ってみたいなぁ……」

期待を込めたようにフランが言う。
……俺が初めてフランと出会った時、外の世界の話をあれこれした事を思い出す。
この幻想郷には無い、色々な物を実に興味深そうに聞いていたのは今もよく覚えている。
とは言え……

「しかし色々と問題があるんだよな…」
「えー?なんでー?『カップルに限る』って言うところはクリアーしてるよ?」

それは問題ない……ん、だけど。

「まず、フランは吸血鬼。いくら日傘をすれば大丈夫とは言え、外の世界じゃ物珍しく見られる」
「…そういう物なの?」
「ああ。…次に、外の世界は俺のような『普通の人間』しかいない。一歩間違えば色々と大変な事になる」

河童とか天狗とか吸血鬼とか…そんなんが外の世界に現れれば、あっと言う間にワイドショーか午後のニュースのネタになってしまう。
運悪く捕まったら解剖とか……って、それはアメリカのUFOか。
さすがにフランをそう言う目に遭わせたくはない。

「最後に、俺がフランのような娘を連れて歩いてるだけで、色々と疑われる恐れが強い」
「疑われる……?」

なんたって外の世界はそーゆー事に敏感だからなあ…。
外人の少女連れ回してるだけで犯罪者疑惑をかけられる、と言う事も珍しくないし。
…いや、まあ確かに俺とフランは恋人同士ではあるけどさ……。
面倒事は御免蒙るって奴だ。

「それに、背中の羽。それをどうやって隠し通せば……」
「はいはーい、それについては心配ご無用よ」

いきなり空間が開き、にゅっと顔を出してくるスキマ妖怪。
まったくもって神出鬼没すぎる。
…と言うか、二人でイチャついてるのに空気すら読まないのかアンタは。

「そんな事もあろうかと、去年参加した人妖には外の世界で歩けるように、私がちょちょいっと細工したのよ?」
「細工?何をしたの?」

ああ、フラン。
あのスキマ妖怪に絡んだら悪い何かが伝染っちまうぞ。

「例えばこんな風に……」

そう言うと、スキマ妖怪は軽く指を動かしただけでフランの背中にあった羽はきれいに無くなっていた。
あー、なるほど。
つまりその能力で外の世界を歩いても、違和感が無いように出来ると言う訳か。

「え?あれ?私の羽が……感覚も無い…?」
「羽を一時的に無くしてみたわ。ほら、これなら外の世界を歩いても大丈夫でしょう?

うーん、そんな能力があるのなら…日光とか流水に耐性が付くように出来ないんだろうか?
それなら気兼ねなく外を歩けるし。

「えー…そこまでするの、ゆかりんめんどくさいー」

人の考えを読むなよ……
つーか、めんどくさいの一言で削るのかよ……

「冗談よ、冗談。本当に行くのなら、出発当日に細工してあげてもいいのよ?」

それなら大丈夫、なのか?
とは言え、俺に予算はあっただろうか?
以前のデートでフランにプレゼントしたブローチ、結構高かったし……

「あら、予算はこっち持ちだから心配ご無用よ?まさに『みねうちでござる』って感じ?」

…お前は何を言ってるんだ?
だが、予算まで出してくれるのなら好都合と言うべきだろう。
と言うか人の考えを読むなと…

「でもその分、お土産はいっぱい用意してもらうって言う条件は付けるけど」

そう言えば、記事にもそんな事書いてあったな。
実質タダで行けるようモンだから、それくらいの対価は必要か。

「ねえねえ、それなら私達も行こうよー?○○のいた世界に行ってみたいって、何度も思ってたんだよ?」
「ほら、可愛い彼女もそう言ってる事だし……」

なんか微妙にからかわれるような気がしないでもないが……

「うーん、そこまで用意がいいのなら…行こう、かな?」
「歯切れの悪い返答ねえ…まぁ、ともかくこれで一組様ご案内~♪」

それだけ言って、スキマ妖怪は文字通りこの場から姿を消した。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回した、と言う感じだなあ。

「あ、そうそう」

って、戻ってきたし。

「この世界の服装で外の世界に行くと、周りから浮いてるように見えるから、それ相応の服装を用意した方がいいわよ?」

あー、確かにそうだな。
この世界の住人の衣装は浮世離れしすぎてるし、奇異の目で見られるのは間違いなさそうだ。

「香霖堂に行けば、外の世界向けの服があるから出発までに用意しておきなさいな。それじゃね~♪」

今度こそスキマ妖怪は帰っていった…はず。
と言うかフランの羽は消したままなのかよ……。
……しかし、香霖堂か。
確かにあそこになら外の世界の服とか置いてあるかもしれないな。
よし、善は急げだ。

「じゃあ…これから外の世界の服でも仕入れに行くか?」
「うんっ!」

初デート以来、フランは自分から積極的に外へ出る回数が増えた。
こうして俺と二人で屋敷の外に出てデートと言うのも、今では当たり前になりつつある。
さてさて、レミリアにちょっと出掛けてくるって言わなきゃな……



「ちわーっす」

そんな訳でフランと一緒に香霖堂へ。
ここへはよく、フランと遊ぶための道具を買ったりしている事もあり、店主からは「数少ないお得意様」として重宝されている。
もっとも、そのほとんどが外の世界の遊び道具(主に一時期流行し、早々に廃れていった物)だったりするのだが。
…そう言えば、フランとここに来るのは初めてになるな。

「やあ、○○じゃないか。…お、今日は彼女連れかい?」
「はは…そんなとこですよ。えぇと、スキマ妖怪から外の世界の服を仕入れるようにって言われて……」
「なるほどね、君達も外界旅行に行くと言う訳か」

どうやら事情は知っているらしい。
他の人妖カップルもここへ服を仕入れに来ているんだろうなぁ。

「この時期になると数少ない稼ぎ時になるからね。…ああ、外の世界の服ならあの棚にあるからじっくり見るといい」
「ういっす、じっくり物色させてもらいますね。…おーい、フラン」

店の中に置いてある、外の世界の物を物珍しそうにあれこれ見ているフランを呼び寄せる。

「え、なに?」
「外の世界の服、そこの棚にあるから気に入った物をいくつか選んでみてくれよ」
「あ、うん。…どんな服があるのかなー♪」

フランはどこか楽しそうに、外の世界の服が置いてある棚へ行く。
おっと、見てないで俺もフランに似合いそうな物を選んであげなきゃだな。


「○○、これ…どうかな?」
「うーん、ちょっとスカートの丈が短すぎやしないか?」
「そう?別に私は気にしないけど……」

いや、確かにフランは何着ても似合うだろうけど!
でもスカートの丈が短いと、よからぬ事を考える輩に付きまとわれるかもしれないじゃないか。
なんたって外の世界は、どこぞの天狗みたいな奴がカメラ持ってうろついてるしな……。

「んー…あ、これはいいかも。ちょっと着替えてみるね」
「あいよー」

再びフランが更衣室へと消える。
他にも何があるだろうかと思い、棚を見ると……なんだこれ?コスプレ用の衣装…?
…なんでそんな衣装まで香霖堂に置いてあるんだ…?

「着替えてきたよー」

少しした後、更衣室から出てきたフランを見て、これなら大丈夫なんじゃないだろうかと確信する。
赤いシャツに薄いピンクの長袖、下は水色のスカート。
そして頭に帽子…外の世界を歩くには、何ら違和感もない格好だ。

「おお、これはいいな。よく似合ってるし、俺は気に入ったぞ」
「わ、ホントに?…うん、○○がいいって言うのなら私はこれにするね」

俺の一言に気を良くしたのか、フランはこの服を選んだ。

「泊まりになるから、それ以外にも他の着替えは必要だろうし…もう一着くらい選んでみたらどうだ?」
「うん、それじゃあもう少し色々選んでみるね」

と、言って棚の服を物色し出すフラン。
あまり違和感の無い物を選んでくれるよう、心の中で俺は祈った。



そして買い物を済ませ、紅魔館へと戻る。
あれから1時間ほどかけて、良さげな服を2着ほど買ってあげた(危惧していた服の値段は、外の世界よりも大幅に安く買えた)。
「君は数少ないお得意様だからね」と言う理由から、ある程度値引きしてもらったのが幸いしたとも言う。
……まぁ、裏を返せば「今後もご贔屓に」と言う意味も込められている訳だが。

「ねえ、○○。外の世界のデート、楽しみだね」
「俺も楽しみだよ」

そうは言っても、どこへ行けばいい物か悩む。
なにしろ出発当日まで日が短すぎるのだ。
デートコースを調べようにも、情報源が無いと言う問題もある。
うーん、どうした物か……

「…○○?」
「あ、うん?なんだ?」
「難しい顔してるけど、考え事してたの?」

顔に出てたのか。
とは言え、これは重要な問題だ。
せっかくの外界デートなんだし、フランを楽しませてあげないといけない訳で……

「私はどこでもいいんだよ?だって、○○と一緒なら楽しいもん。それに…」
「それに?」
「好きな人と一緒にいられるのが、私の幸せだから……」

『好きな人と一緒にいられるのが、私の幸せだから』
その一言に心を撃ち抜かれた俺は気が付いたらフランを抱き締めていた。

「え、○○……?」
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。…出発の日が楽しみだな」
「……うん」

そしていつものように唇を重ねた。

…そうか、別に難しく考える事なんて無かったんだな。
俺だって、フランと一緒に居られれば幸せなんだ。
なら、別にどこへ行こうがそれは大した問題でもない。
俺とフランは外界旅行でどんな思い出を作るのだろう?

出発の日まで、あと僅か……


─────────────────

戻って来たんだな……。
電車から窓の外を眺めて、俺はそんな事を思う。

もうこの世界に戻る事はない、そう決めていたのだが…

「わぁ、凄い凄ーい!四角い建物がいっぱい…あんな形の建物、初めて見るよー」

向かいの席にいる俺の恋人の希望により、こうして戻ってくる事となった。
――神無月外界旅行ツアー。
里帰りして家族に恋人を紹介したり、観光名所を巡って見聞を広めたりする目的で企画された物だ。
顛末については前回語った通りなので割愛するが、根本的には『恋人と外界でもイチャる』事が前提となっている。
無論、俺とフランもその為に来た訳で……。
初めて外の世界へ降り立った際、駅で見た人の流れにフランはただ呆然としていた。

「この世界って、人が凄い多いよね。あんなに多くの人なんて初めて見たよ」
「幻想郷とは何もかもが違うからな。驚きの連続は保障するぜ?」

当然と言うべきか、外の世界に来たばかりのフランは周囲の光景に目を丸くするばかりだった。
電車や車を見た時は「こんな鉄の塊みたいな物が動くの?」と疑問に思うも、実際に乗ってみて驚いたのは言うまでもなく…
知らない物に対しては、迷わず「これは何?」と聞いてきた。
それだけ全ての物が新鮮に写ったのだろう。

因みに現在のフランは出発前、スキマ妖怪に境界をあれこれ弄ってもらい、外を歩けるようになっている。
彼女曰く「なんだか凄い違和感がある」との事だが…今まで日光は天敵だっただけに、そう思うのも仕方ない。
今なら日光を浴びても平気だし、流水も問題無し。
背中の羽は誰からも見えない。
見た目だけなら、外国人の少女と言っても通用するくらいだ。
…後は俺が警察に職務質問されない事を願うばかりだが。

「外の世界の本で見た”ゆうえんち”とか”すいぞくかん”、どんな所なのかなー」

今から期待に胸を膨らませているフラン。
以前の初デート以来、幾度と無く屋敷の外を出歩く事は増えても、俺のいた世界へ足を踏み入れるのは初めてだ。
どれだけ楽しみにしていたのかは、表情で分かる。
ただ、困った事にこっちのデートコースを調べる時間が無く、ほとんどノープラン。
出発前日に、その事をスキマ妖怪に話したら呆れられたのは言うまでもない。
…仕方ないだろ、フランと出会うまで女の子と付き合った事なんてなかったし、遊びに行く所なんて近所くらいしか知らなかったんだし……。
行き先はどうするか悩んでいると、見かねたスキマ妖怪が『なら、定番のデートコースがあるけど…そこはどうしから?』と提案してくれた。
まさに地獄に仏、渡りに船。
俺はその話に乗った。
そして現在に至ると言う訳だ。


『次はー、舞浜、舞浜。お出口は右側になります』

おっと、そろそろか。

「次で降りるぞ?」
「あ、うん。……わ、何か凄い建物がいっぱいだぁ」

窓の外から見える光景に、フランは目を輝かせている。
…小さい頃に行ったきりで、あれから見向きもしなかったけど……なんか色々と拡張されてたんだな、アレ。
こりゃ一日潰せるな。
そんな事を考えている内に、電車は目的地へと到着する。
俺達は電車を降り、駅から歩いて数分…目的の場所へと向かう。
実に十数年ぶりの『夢と魔法の王国』だ。

「ここも人がいっぱいいるんだね」
「国内最大級だからな。休日ともなれば、今日の倍くらいは人が来るかもしれないぞ」
「そんなに凄いんだ…あ、あの黒いネズミみたいなのは何?結構大きいけど…妖怪の一種?でも、○○の世界にも妖怪っていないよね?」

フラン…それは着ぐるみであって、中に人が入ってるだけなんだがな。
あー、何て説明すればいいんだろ…夢をブッ壊すような事を言うのだけは自重しよう、うん。

「中に入ったら色々説明するからさ、早いとこ行こうぜ?ここは一日中遊べるところなんだしさ」
「ホントに?じゃあ、早く行こっ!」

フランが俺の手を引き、園内へと急ぐ。
やれやれ、朝から元気なお姫様だ。
でも、初めての遊園地なんだからそれも仕方ないか。
…たっぷり楽しんで、思い出を残さないとな。


……なんて言ってたのは良かったんだが。

「ねえねえ、○○。次はアレに乗りたい!」
「ちょ、ちょっとは休まないか?ぶっ続けで歩き回るの、結構しんどいぞ…」
「もう、そんな事言ってたら1日が終わっちゃうよ?ほら、早く早くー!」

こんな調子で、俺はフランに振り回されっぱなしだった。
まさかこんな事になろうとは……いや、ちょっとは予想出来ていた、かもしれない。
いくら境界を弄っていても、身体能力は吸血鬼のまま。
それ故、体力の続く限り遊び回るつもりなのだろうが…普通の人間からすれば、ハード極まりない。
更に困った事に、何となく乗ってみた所謂絶叫マシーン系のアトラクション。
ソレにフランがドハマりしてしまい、似たような物が他にあると知るや否や、全て乗ってみたいとまで言い出したのだ。
正直、あまり絶叫マシーンが好きではない俺には地獄も同然。
入園から数時間が経過したが、既にグロッキー寸前だ。
……くそう、スキマ妖怪め。
デートコースにここは向いてないじゃないか…。
ただ、それでも――

「♪~」

アトラクションで遊ぶフランの顔は、実に楽しそうだ。
そんな表情を見ていると、全て許せてしまう自分がいる。
…それでも、付き合うこっちは一苦労だけど。

「むぅ、30分待ちかぁ…」
「休日だと、その倍は待たされる事になるぞ?」
「えぇーっ!?そうなの?」

うん、マジなんだよな。
小さい頃、それが原因で軽いトラウマになった物でさ…。
今日が平日でよかったと何度思ったか。
さて…そろそろ休憩したいが、どうすればいいだろう?
何か口実を作れば……

「ねえ、○○…(ぐうぅぅぅ~…)」
「……」
「……」

一瞬の沈黙。
しかし、先ほどの音は確かに耳にした。
――フランの腹の虫の音に。
そして今気付いた。
そう言えば昼飯、まだだったじゃないかと。

「あー…昼飯にするか?」
「う、うん……」

やれやれ、これで少しは休憩出来そうだ。
ああ、土産買うのも忘れないようにしなきゃな。
まだまだ忙しくなりそうだな、こいつは。




「あー、楽しかったー♪」
「……ははは、フランが楽しんでもらえたのなら良かったぜ」

辺りは既に夜。
俺は魂が半分抜けた状態で、両手に土産を抱えつつフランと一緒に『夢と魔法の王国』を後にする。
今日は普段の数倍は疲れたような気がするな……
つーか、あんだけ遊び回ったのにまだ元気だし……吸血鬼の身体能力って凄いモンだな。

「外の世界ってあんなに楽しい物があるんだね。……また行きたいなぁ」

…え、マジっすか?
さすがに来年も行くのはちょっと…などと、言えるはずもなく。

「じゃあ…また行ける機会があるなら、一緒に行こうな?」
「…うんっ!えへへ、○○…大好き♪」

そう言うなり、腕に抱き付いてくる。
ああ、これで次回外界ツアーの行き先確定だ…俺のバカ、スーパーバカ、宇宙バカ。
だけど、恋人を邪険になんて出来ないだろう?
みんなもそう思うよな?

「ところで、今日はどこへ泊まるの?○○の家?」
「いや、スキマ妖怪がホテル取ってくれたらしいから、今そこへ移動してる最中さ」

旅費やら宿泊先などは、全てスキマ妖怪が準備してくれた。
それも俺達だけではなく、他の人妖カップルの分”全て”である。
一体どこにそんな大金やらがあるのだろうか?
けど、秘密を知ったら何だかヤバそうな気がするので、あえて知らないままでいようと思う。
知らない方がいい事だってある、と言う奴だ。
まぁ、ホテルなんて最低限の風呂とベッドだけあれば十分だろう。
……そんな風に思っていた時が、俺にもありました。


「どう言う事なの……」

スキマ妖怪が取っておいたと言うホテルに行き、通された部屋を見た時の俺の第一声だ。
なんだこの…テレビでしか見た事のない、リゾートホテルのスイートルームみたいな所は。
宿泊だけでウン十万はかかるぞ、これ。
俺みたいな一般庶民には一生縁の無いところじゃないか……。

「ふぅん、屋敷の部屋よりはちょっと広いのね。…こっちにはお風呂があるんだ」

フランは特に大きな反応を示さず…って、紅魔館に住んでるから当たり前だよな。
いつもそれくらいの大きさの部屋があるんだもんなぁ。

「…あ!○○、凄いよ!外の夜景があんなに……」

しかし都内の夜景には、目を奪われてしまったようだ。
確かはアレは幻想郷じゃお目にかかる事が出来ないからな。

「外の世界って…凄いんだね。……ねえ、○○」
「ん?なんだ?」
「……ううん、なんでもない」

…?
なんなんだ?
何か言いたそうな感じだったけど…まぁ、いいか。


その後、ルームサービス(実際にそんなのやってるホテルがあったのも驚きだったが)で運ばれてきた海の幸を、二人で味わう。
いつも川魚しか口にした事のなかったフランにとって、初めて食べる海魚の味は格別な物だったらしい。

「あのマグロって魚、美味しかったね。…屋敷に戻ったら咲夜に作ってもらおうかな?」
「でも、幻想郷に海は無いんじゃなかったか?」
「あ、それもそっか…。うー、外の世界でしか食べられないのかぁ」

食後と言う事で、くいっとワイングラスに口を付けるフラン。
俺はと言うと、『お連れ様の分』としてルームサービスが持ってきたジュースを飲んでいる。
酒、あんまり好きじゃないからなぁ、俺。

「明日も遊びに行くんだよね?」
「それはもちろん」
「じゃ、早めに寝ないとね。さーて、お風呂にでも入ってこようかな?ねえ、○○。一緒に…入る?」

…な!?一緒に入るってま、まさか…
一緒にお風呂→出る→そのままベッドイン→そこまでよ!
こうなるのかーッ!?
お、俺も心の準備って奴が……

「…あはは、冗談だよ♪○○ったら、何を考えてたのかな~?」

うりうり、と言わんばかりにフランが指でつついてくる。
目の前にいる俺の恋人の顔は、少しだけ赤く染まっていた。
……ああ、こりゃちょっと酔ってるな。

「ふふふ、○○のえっちぃ♪…でも、何なら一緒に入ってもいいんだよー?」

そう言って、フランはバスルームへと消えていった。
まったく…大人をからかうのも程々に……って、向こうの方が遥かに年上なんだよな。

…あ、そうだ。
買ってきた土産をスキマ妖怪呼んで、向こうへ送ってもらわないと。
鞄から出発前に渡された、呼び出し用の鈴を取り出し、鳴らす。
チリンチリン、と言う音の後に空間が開きスキマ妖怪が顔を出した。

「はいはーい、呼ばれて飛び出て…」
「ホントに来た……。あ、言われた通りに土産いくつか買っておいたから、向こうへ送ってくれないか」
「ん、よろしい。…色々買ってきたのねえ」

まぁ、そりゃ旅費として渡された茶色の封筒の中身を見て驚いたからなぁ。
あんだけ渡されたら『多く買ってくるように』と言う無言のプレッシャーみたいなモンだし。

「まぁ、それはいいとして…デートコース、どうだったかしら?」
「どうと言われても…いつもの倍以上は疲れたぞ。ありゃデートコースには正直向いてない……」
「かなり振り回されてたものねえ。でも、あの子はとても楽しそうにしてたじゃない?」

…ああ、そうか。
スキマウォッチングで様子見てたのか。
あのスキマ妖怪ならやりかねないな。
きっと他のカップルの様子も見てるんだろうなぁ。

「それより、こっちも聞きたい事はある。……なんだこの、凄まじいまでの豪華なホテルは」
「悪魔の妹を手懐けた普通の人間に対する報酬、とでも言えばいいかしら?」

なんだそれ。
手懐けるってペットじゃないんだから……。

「冗談よ。…そうね、初めて外界旅行に行くカップルに、少しでもいい場所を提供したいって言うサービスってところね」

少しでもいい場所って言うレベルを超越してないか、ここ?
こんな凄いとこに泊まれる、と言う貴重な体験は出来たけど……。

「ところで、明日の予定はどうなの?特に決まってないなら、実家に帰って『彼女です』って両親に紹介してきたら?」

実家……
俺の両親とは、2-3年くらい前に家の事情でケンカ別れして、それっきりだ。
今更帰る気は毛頭無いし、フランを連れ帰り『彼女です』なんて言ったら、それこそ何を言われるか分かったもんじゃない。
そんなのでせっかくのデートを台無しになど…

「……訳アリのようね。これ以上は言わないでおくわ」

向こうも察してくれたのか、実家の話を打ち切った。

「そう言えば、あの子は水族館がどうとか言ってたわよね?予定が無いならそこはどう?…どうせ場所は知らないんでしょう?」
「う……」

有名なところは名前くらいしか知らないと言う程度なので、図星と言わざるを得なかった。

「はい、これ」

スキマ妖怪は俺に一枚の紙を手渡す。
有名な水族館のチラシのような物だ。
現地へのアクセスも、しっかりと書いてある。
油壺マリンパーク…俺は初めて聞く所だが、地図があるのは正直ありがたい。

「それじゃ、明日も楽しんできなさいね?」
「ああ、助かったよ。ありがとう」

俺が礼を言うと、スキマ妖怪は空間を閉じて姿を消した。

「あ、そうそう」

と思ったら戻ってきた。
…なんか、こんな光景前にもあったなぁ。

「あの子の境遇は知ってると思うけど…安心させてあげなさい?」
「え?何を言って……」

質問の答える間も無く、再びスキマ妖怪は消えた。
一体なんなんだ?
安心させてあげなさいって…何でそんな事を?
今回の旅行は心から楽しんでいるようだから、別に心配はいらないだろうけど……
まぁ、でも一応は忠告として受け取っておこう。

フランが風呂から出るまでの間、俺はベッドに倒れこむ。
うわ、凄いフカフカだ……このまま目を閉じたら眠ってしまいそうなくらいだ。
しかもやたらとデカいし…このベッド一台で2-3人は余裕で眠れるな。
だが、先に寝てしまう訳にもいかないので、体を起こしテレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れる。

そうして少しの間テレビを見ていると、フランがバスルームから出てきた。

「んー、サッパリした……」

髪は解いたらしく、長い金髪が濡れている。
因みに、フランは現在キャミソールに下着だけと言う格好。
僅かに膨らみかけた胸、柔らかそうな下腹部…その姿は、正直目のやり場に困ると言う物だ。
そして当の本人はと言うと、恥ずかしがる様子すら無い。
やっぱり長い間地下に閉じ込められていたせいで、そう言う感覚がズレてるんだろうか?
思えば、屋敷の中でも恥ずかしがる事なく、所構わずイチャついてるもんなぁ……。

「お、上がったか」
「うん。お風呂からでも夜景が見えるから、つい長居しちゃった」

へえ、風呂からでも夜景か…俺もちょっと見てみるとしよう。

「…あ、何見てるの?もしかして、それが”てれび”って言う物?」
「そうそう、これがそうだぞ」
「わぁ…あの中に人が入ってるのかな?でも、箱の中は狭いよね?」

あー…中に人は入ってないぞ。
うーん、あとでまた説明してやらなきゃな。

「んじゃあ、俺も風呂入ってくるから…テレビでも見て待っててくれ」
「はーい」

事前に用意してた着替えを手に、俺はバスルームへと向かった。

確かにバスルームから見る夜景もまた、綺麗な物だった。
だが、あまり長風呂をしている訳にもいかないので、サッと体を洗うなりして風呂を出る。
…バスルームから出ると、フランはテレビに見入っていた。
流れているのはニュース番組だが、外の世界の出来事が珍しいのだろう。
今日は疲れたし、そろそろ寝ようかと伝えると、フランは「うん」と返事をし、ベッドへ入り込む。
そう言えば、夜一緒に寝るのは初めてだな。
俺はテレビの電源と部屋の電気を落とした。
ベッド脇の電灯だけが、部屋の中を照らしている。

「ふあぁぁぁ…今日は疲れたな」
「そうだね。でも、私は凄く楽しかったよ?」
「そう言ってもらえるのなら良かった。明日も楽しもうな?」
「うんっ」

俺は目を閉じる。
……
……
……
何かまだ視線を感じるので横を向くと、フランがこっちを見ていた。

「…寝ないのか?」
「もう、○○…何か忘れてる」
「何をだ?」
「ん……」

フランが目を閉じ、唇を突き出す。
…ああ、そう言う事か。
理解した俺は、すぐにフランと唇を重ねる。

少しして唇を離すと、目の前の恋人は嬉しそうに笑った。
それがなんだかとても愛しく思えて。
お互いの手を握りながら、眠りに付いた。

握ったフランの手は暖かかった。





――外の明るさで意識が戻る。
…眩しい。
俺は目を開いた。
視界に映るのは見知らぬ天井、大きなベッドの上。
えーと……ここはどこだっけ?
自宅…って事はないな。
なら、ここは紅魔館?
いや…違う。
周りを見渡せば――

「…すぅ、すぅ……」

俺の横で、金髪の少女が眠っている。
一瞬誰だか分からなかったが、それが自分の恋人である事を思い出し、状況を把握した。
まぁ、アレだ…寝ボケてたって事で。
今の時間は……10時過ぎか。
えーと、今日も遊びに行くんだから…そろそろ起きて出発の準備とかしなきゃな。
しかし、実に気持ちよさそうに眠っているので、起こしちゃ悪いなぁと言う気にもなってくる。

「おーい、フラン?起きてるかー?」

声をかけてみる。
が、反応は無い。
次は軽く揺さぶってみる。

「ん、んぅ…っ」

反応があった。
もう少しか?

「今日も遊びに行くんだろ?ほら、起きろー?」
「……」

反応が途絶えた。
むう、吸血鬼起こすのは難しいのだろうか……

「……キス、してくれなきゃ起きないもん…」

って、起きてるんじゃないか。
まったく、仕方ないお姫様だな。
それならこっちだって……

「んっ…」

唇を重ね、そこから舌を入れる。
いつものディープキスだ。

「ん…ちゅ……んちゅ……ぷはぁ。……んもぅ、○○ったら朝から大胆なんだから…」

誰のせいだよ、誰の。
…こんな事をして、朝からちょっとだけムラムラしてきたのは秘密だ。

「ほら、出掛ける準備しなきゃならないだろ?」
「うん、じゃあ着替えるね」

ベッドから起き上がると、ハンガーにかけてあった服をその場で着替え出す。
あのさ……一応、俺がいるんだけど。

「ふんふんふ~ん♪」

しかし、全く気にする様子もないまま着替えるフラン。
少しは恥じらいくらい持ってもらいたい物なんだがなぁ。
…あ、ちょっとだけ見えた。

「着替えたよー。…それで、今日はどこへ行くの?」
「水族館だ。それも海が見えるぞ」
「ホントに?じゃ、早く行こうよー!」

昨日と同じくフランに手を引かれ、ホテルの部屋を出る。
ああ、こりゃ今日も振り回されそうな予感だ。
覚悟を決めていくとしよう。


電車を乗り継ぎ、そこからバスに乗り、終点で降りる。
そこから歩いて数分…目的地が見えてきた。
入園料を払い、中へ入る。
さて、どんな反応をするのだろうか?

「わぁ……!」

水槽を泳ぐ魚の群れを見て、フランは一瞬で釘付けになる。
360度パノラマの大回遊水槽と言うだけあって、どこを見ても魚、魚、魚……
釘付けになるのも当然と言うところか。

「あ、あの大きな魚は何?」
「アレはサメだな。この世界の海には、ああ言うデカいのも生息してるんだよ」
「すごーい……」

目を輝かせて水槽の魚を目で追うフラン。
実に楽しそうな顔をしているのが、よく分かる。
どうやら、今日は振り回されなくて済……

「ねえ、他にも色々な魚がいるんだよね?」
「そりゃ水族館だからな」
「じゃあ、もっと教えて!○○は知ってるんだよね?」

え、ちょ……俺はそんなに詳しくないんだけど。
結局のところ、今日も振り回される事になるのは避けられないようだ。
まぁ、それでもフランと一緒なら幸せだからいいけど、ね。


その後、無い知識を搾り出しつつフランに海の魚の説明をしたり、昼食にマグロを食べたり、イルカやアシカを見て楽しんだ。
俺達が水族館を出た頃には午後4時を回っていた。

「フラン、水族館はどうだった?」
「色々と珍しい物とか見れて、すっごい楽しかったよ。それにマグロもおいしかったし……」

どうやら今日も楽しんでもらえたようで良かった良かった。
さて、このままホテルに戻ってもいいが、まだ時間に余裕はある。
せっかくだから何をしたいか、聞いてみるとしよう。

「それは良かった。ところで、これからどうする?何かしたい事があるなら聞くけど…」
「んーと…映画を一緒に見に行きたい、かな?」
「映画?全然構わないけど、見た事あるのか?」
「ううん、ないよ?でも、お姉さまの持ってた漫画には『デートで映画を見に行くのは基本中の基本』ってあったから…」

なるほど、確かにそのシチュエーションはこっちの世界でしか実現出来ないもんな。
ホテルのある近辺なら、映画館の一つくらいはあるだろう。

「じゃあ行くか?…ちょっと気になったけど、主にそれはどんな映画なんだ?」
「ラブロマンス物!なんかこう、映画館の中でいいムードになって……」

うん、ベタだ。
だけどフランはそーゆーシチュをご所望なので、それに応えてあげるのが恋人の役目。
そんな訳で、移動する。

電車を乗り継いで、ホテルのあるお台場方面へと戻ってきた。
駅の案内板に貼り付けてあるポスターを頼りに、映画館のある場所へ向かう。
どうやらここは複合商業施設らしく、映画館の他にもレストランや土産物屋まであるようだ。
向こうへ帰る前に、こっちでも土産を買っておくか。

「映画、楽しみだなー♪」

館内へ入り、上映が待ちきれない様子のフラン。
うーん、俺が途中で寝てしまわないように頑張らないとな……
この手の映画は眠くなる事がお約束と言うし。


(映画上映中……)


映画は内容はこうだ。
『神の怒りに触れ、不老不死の呪いをかけられた女性が、本当に自分を愛してくれる男性と出会い結ばれる。
しかし寿命の差は埋められず、男性は先に逝ってしまい、後を追う事も出来ずに悲しみ、苦悩するも…
最終的に呪いは解け、老いて死に、ようやく男性と来世で再会』…と言う物だ。
見てて思ったのが、何で呪い解けたの?と言う説明があまりにも足りなさ過ぎるし、ヒロインの言動が不一致だらけ……
ぶっちゃければ、ツッコミどころ満載のB級映画としか言えなかった。
つーか不老不死って、どこの永遠亭の住人だよと真っ先に思った物だ。
だが、フランはと言うと……

「あ…あの二人凄く幸せそう……」

と、結ばれて結婚式を挙げるシーンでうっとりしたり。
男性に先立たれるシーンではボロ泣き。
そして呪いが解け、来世で再会のラストシーンでは…

「よかった…あの二人、本当に良かった……」

と、感涙していた。
やっぱり素直な子は反応が違うんだなあ、とそんな事を思う俺。
むしろ俺が冷めてるんだろうか?
とか何とか言いつつも、上映中にフランの手を繋いでいたのは秘密だ。
…言ったら秘密でもなんでもないが。


「○○、映画…すごい良かったね……」
「ああ、俺もそう思う」

映画館を後にして、すっかり暗くなった夜道を歩く。
実際に、あの映画はツッコミどころだらけでそんな事など微塵にも感じなかった訳だが、俺だって空気くらいは読める。

「……」

ん?フランはどこか元気が無いようだけど…何かあったのだろうか?

「ねえ、○○…映画の中で、あの二人が結婚式を挙げてたけど…私もいつか、あんな日が来るのかな……」
「来るさ、必ず」

それが近い将来になるのか、遠い日の事になるのかは分からないけれど。
その時は、フランの隣に俺が立っている…そうである事を願いたい物だ。

「でも、ね…でもね……」
「どうした?」
「不安、なの……。○○が私の前からいなくなっちゃうのが…」

フランの前から俺が、いなくなる?

「○○のいた世界に来て、凄い楽しいって思ったけど…でも、この世界に○○が帰りたくなっちゃうんじゃないかって……」

俺が?
こっちに?

「…大丈夫だ」
「え……?」

俺はフランを抱き締める。

「今更こっちに帰るつもりなんて、最初っから無いぜ?…まぁ、確かにこっちは向こうと比べて、便利な物とかは多いけど…」

住めば都、と言う言葉もある。
向こうでの生活にはすっかり慣れてしまったし、何よりも……

「こっちよりも、俺はフランの方が何より大事なんだ。だから心配するな」

長い間、孤独に中にいた少女の事を俺は知ってしまった。
故に、彼女を捨てる事などもう出来るはずもない。
その為に、俺はこの世界を捨てて向こうへ移り住んだのだ。
未練なんて、もう無い。

「…っ、でも、でも…っ!」

フラン…泣いている?
どうして……

「私よりも先に…○○がいなくなっちゃうじゃない…!あの映画みたいに……っ」

まさか、フランはあの映画を見て自分と重ね合わせて…?

「いつかそうなる事だって、分かってるけど…でも、そんな事考えたくもないの…!だって、私……○○がいなくなったら…」

その時、フランがどうなるかは何となく分かる。
いくら長く生きていても、中身は子供…辛い現実に耐えられないはずだ。
きっと悲しみに耐え切れず、心が押し潰されてしまうだろう。

「最初は○○を眷属にしようって事も考えた…。でも…そんな事をしたら、私の知ってる○○が○○じゃなくなるような気がして……」

俺から血を飲む事はあっても、眷属にしない理由はその為だったのか……。
確かに俺は普通の人間、フランよりも先に逝ってしまう運命だ。

でも……

「方法はそれだけって訳じゃ、ないんだろ?」
「…え?」
「眷属にする以外にも、俺が長生き出来る方法さ。向こうには、そんな手段が色々ある…そうじゃないか?」

道のりは偉くしんどいが、魔法を使えるようなるにまで頑張る事。
他に死ねなくなるが、蓬莱の薬を飲むって手もある。
何ならスキマ妖怪に頼んで、寿命の境界やらを弄ってもらう事だって出来るはず。
…そう言えば、以前に向こうに建った命蓮寺の魔法使いに相談してみるのもいいかもしれない。
あの人、人間と妖怪の共存について説いてたし…喜んでアドバイスをくれるに違いない。

「それに…俺だって、大切な人を置いて先に死ねないからな」
「…っ、○○……!」

ふと、スキマ妖怪の言葉を思い出す。
『あの子の境遇は知ってると思うけど…安心させてあげなさい?』
多分、そう言う事だったんだろう。

「○○…好き、大好き…っ!…いつまでも一緒、だよ……」

…分かってる。
絶対に彼女を手放してはならない。
悲しませてはならない。
今日が、その決意の日となった。



ホテルへと戻った俺達は、二人で風呂に入った。
最初は戸惑うも、フランが「どうしても離れたくない」と言うので、流れ的にそうなったと言うべきなのか。
そこで何をしたのかは、正直あまり記憶が無い。
ただ、抱き合って口付けをし、舌を貪っていたような…そんな気がした。

そして二人でベッドの中へと入る。
お互い一糸纏わずに、だ。

「…えーと、フラン」
「う、うん……」
「これから何をするのか…分かる、よな?」

念の為、意思確認。
まだ向こうも心の準備が出来ていないのなら、またの機会にするつもりだ。
勢いでしてしまう程、俺は鬼畜じゃない。
何より、フランの事は大切にしたい。

「なんとなく、だけど…分かるよ……?」
「…いい、のか?」
「○○じゃなきゃ、もうダメなの。…だから……ね?」

うん、大丈夫だ。
俺はそのままフランにキスをすると――






「…と、ここから先は『そこまでよ!』になるからカットね」
「「「「「Booooooooo」」」」」

外界旅行も終わった宴会の席。
そこでスキマ妖怪が隠し撮りしたと思われる、人妖カップルのデートの映像が(ただし、そこまでよ!なシーン以外)ダイジェストで流されていた。
当然と言うか、これからと言う所でカットが入り、宴会参加者からはブーイングが上がる。
今にして思えば、”スキマウォッチングされている事に”もっと早くから気付くべきだった……。
俺の人間を止める宣言(?)も、しっかりと撮られていた訳で。
その宣言に『素晴らしい事です!愛は人と妖怪と言う種族の壁をも越えるのです!』と、命蓮寺の魔法使いが一人熱くなっている。
まさに後悔先に立たず、覆水盆に帰らず。
恥ずかしさのあまり、俺は周りが見られなかった。
が、俺の隣にいる恋人は腕に抱き付きながら嬉しそうに、その映像を見ている。
恥ずかしいと思わない辺り……やっぱり育った環境のせいなのか?

「フ、フラン……その、○○と……し、したの?」

鼻血を拭きつつ、姉のレミリアがフランに尋ねる。
やはり妹の事は気になるのか。

「うん、いっぱい愛してもらったよ?…○○、すっごく優しくしてくれたし…幸せだったよ♪それに、この前も……」
「カハッ!?」

あ、レミリアが鼻血吹いて卒倒した。
どうやら刺激が強すぎたようだ。
フランの言う通り、その日の夜に二人で大人の階段を上ってしまった訳で……。
お互い初めてだったので、ぎちこなかったが…その辺りは割愛させていただく。
いや、むしろ黙秘権を行使する。

「○○、旅行…楽しかったね♪」
「そ、そうだな。…まさか隠し撮りされてるなんて思わなかったけど」

知ってたらもう少し自重していたな。
ああ、周りからの視線が痛い……。

「細かい事はいいの。ほら、写真も出来たよ?」

そう言うフランの手にはアルバムが一冊。
俺達も知らない内に隠し撮りされていた旅行中の写真が、何枚も収められている。
そんな中で唯一、スキマ写真館の手を借りて普通に撮影した一枚があった。

それは外界旅行3日目に撮った、フランのウエディングドレス姿。
その隣には、もちろん……

「…早くこの日が来るといいね」

ああ、俺だってそう思うよ。
まずはその前に、手強い姉を説き伏せるなりしなきゃいけないけど、ね。


新ろだ747,789
─────────────────────────────────────────

人生ってのは何が起こるか分からない、とはよく言った物で。
幻想郷に迷い込んでから、俺の人生も大きく変わった。
……そう、本当に大きく変わったのだ。


――部屋の中にあるベビーベッドには金髪の小さな赤子が一人、すやすやと眠っている。
先週誕生したばかりの娘だ。

「私と○○の赤ちゃん、やっぱり可愛いね」
「ああ、俺達の子だからな」

その様子を見つめる俺と、隣にいるのは俺の妻となったフラン。
恋人同士になってから、結婚に至るまであまり長い時間はかからなかった。
そして結婚から1年弱…ついに子を授かった。
……最初に思った事が「吸血鬼と人間の間に子供って出来たのか」と言う驚きだったんだけど。
因みに娘はフラン似なのか、髪が金髪だった。
とは言え、さすがに羽までは生えてないし、日光を浴びても大丈夫な辺りは人間の血が半分混じってるからなんだろう。

まだ生後一週間程度ではあるが、娘はあっという間に紅魔館の人気者となった。
他人にほとんど興味を示さないパチュリーでさえ「…この子は可愛いわね」と微笑みながら、そんな事を口にしたのだ。
どうも人懐っこい性格らしく、誰が相手をしても全く泣かないのがその理由なのかもしれない。
なんたって屋敷の住人はおろか、よくここへやってくる白黒でさえ「たまにはこの子の相手をしてもいいか?」なんて聞いてくるくらいだ。
うーん、娘の能力はおそらく『全ての生き物を魅了する程度の能力』とかなんだろうか?…いや、それはさすがに考えすぎか。
でも俺とフランの娘なんだから可愛くて当然!…なんて思うのは、既に親バカになってる証拠なんだろう。

「…ねえ、○○」
「ん?どうした?」

眠る娘を見ながら、フランが俺に語りかける。

「ただ破壊する事くらいしか知らなかった私が、○○と出会って、色々あって○○の事が好きになって、恋人同士になって、いっぱい愛してもらって……」
「……」
「こうやって赤ちゃんが出来て、母親になって初めて思ったの。命ってこんなにも重くて、尊い物だったんだって……」
「…生まれてくる時は苦しかっただろう?」
「うん……でも、私と○○の赤ちゃんだから、がんばったんだよ?」

ああ、よくがんばったなと俺はフランの頭を撫でた。
見た目こそほとんど変わっていない物の、母親になった事で精神的にも大きく成長したのがよく分かる。
初めて出会った頃の情緒不安定ぶりは、もうどこにも無かった。

「ぅー……」
「あれ、起き…」
「ふぇ、ふぁぁぁー!!」

って娘が泣き出した!?
ああ、これがあるから子育ては楽じゃないんだよな…夜泣きで深夜に起こされた事も(まだ生後1週間ではあるが)多々あるし。

「ええと、オムツか?それとも……」
「あ、きっとお腹が空いたんだよ。…ちょっと待っててねー」

フランがそう言うと娘を抱き上げて胸をはだけさせ、自分の胸を吸わせる。
すると娘は瞬時に泣き止み、一心不乱に胸を吸う。
その様子を見守る少女は、すっかり母親の顔になっていた。

「なあ、フラン。よく分かったな……?」
「母親になったもん、何となくだけど分かるよ?」

あー、父親は俺なんだけど……こうなると形無しだな。
育児の本は熟読してるのに、なかなか思うように行かない。
親になって、初めて知る苦労と言えばいいのか。
…そう言えば養育費も稼がなきゃいけないな。
レミリアなら「それくらい何とかするわよ」と言うかもしれないが、やはり親になった以上は自分でどうにかしなきゃいけない。
親の責任って奴だ。
人里に行けば、この世界に迷い込んだ時から世話になってる慧音さんが便宜を図ってくれるだろうし、仕事には困らないはずだ。

「そう言えば、娘の名前がまだだったか。早く考えて、名前付けてあげないとな」
「そうね。…うーん、お姉さまにも考えてもらおうかな?」
「いや、それだけはやめた方がいいと思う……」

レミリアの事だ、ひどいネーミングセンスは避けられないだろう。
もしそうなったら娘が不憫だ。
なんたって、娘の一生に関わる重要な問題…いわゆるDQNネームを付けられたなんて事になった日には、グレてしまいかねない。
この辺りは屋敷の住人全員と、よく相談してじっくり考えよう。

「それに娘はちゃんと育ててあげないと、な?」
「うん…それもそうだよね。私みたいに育ってほしくなんてないし…」

495年も地下に閉じ込められていたフランだからこそ、自分の娘にはそうならず、ちゃんと育ってほしい。
そんな願望があるのだろう。
それは俺もよく分かっているつもりだ。

「しかし…正直な話、俺がこうやって子持ちになるだなんて思ってもみなかったな」
「うん、私も赤ちゃんが出来るなんて思わなかったよ…」
「これからが大変だな……」

親になるって言う事は、一人の人間を一から育てなきゃいけないって事だ。
どんな子に育っていくか、それは全て親次第。
俺とフランは、ちゃんと親としての責任を果たせるのだろうか?と今から不安に思えてくる。

「でも、私…○○とならやっていけるって思ってるよ?…だからがんばろうね、お・と・う・さ・ん?」

…ああ、大丈夫。
フランと二人でなら、きっとうまくやっていけるはずだ。
そう思えば、何とかなるに違いない。

「そうだな。この子もたっぷり愛してやらなきゃな」
「……」

あれ?フランの様子がおかしいぞ?
俺、何か変な事言ったか?

「この子は2番目…だからね?」
「え?え?」
「○○に愛してもらうのが、だよ。1番は私なんだからね?」

そう言う事か、と苦笑する。
別に自分の娘に嫉妬しなくてもいいだろうに。
…けど、そんな所も可愛いのが俺の嫁だ。

「分かってる。この世で一番愛してるのはフランだけだからな?」
「えへへ、私も…♪……あ、赤ちゃん眠ってるね」

乳を吸っていた娘は、フランの胸に抱かれた状態ですっかり眠りこけていた。
起こさないよう、ベビーベッドへそっと戻す。

「ところで、○○…」
「ん、なんだ?」
「えっとね…私、今度は男の子が欲しい、かな……?」

え、ちょ…もう二人目?気が早くないか?
あー、うーん…確かに子供が多い方が賑やかになるだろうけど……

「二人目はもう少し落ち着いたら、な?」
「うん、約束だよ?」

――この数年後、子供の数が更に増えたのは言うまでもない。
…レミリアからは呆れられたが。




――以下、オマケ――

「ぎゃおー、おねーさまがたーべちゃうぞー!」
「きゃっきゃっ」

義姉となったレミリアが、今日も娘と戯れている。
その姿にカリスマなど皆無だったが、本人は楽しそうなので何も言わずにおく。
しかし……

「なぁ、フラン」
「ん、なーに?」
「なんでレミリアは俺達の娘に、お姉さまって呼ばせようとしてるんだろうな?立場上、伯母になるのに…」
「ああ、それはね…お姉さま、伯母さん呼ばわりされるのが嫌みたい。だからお姉さまって呼ばせるつもりなんだって」

…どんだけー


新ろだ851
───────────────────────────────────────

秋が過ぎ去り、冬の足音が聞こえてくる12月。
もうすぐ1年も終わりと言う時期に、俺は――

「うー……頭痛ェ…」

…風邪を引いていた。
慧音さん曰く「冬は人里でも風邪が流行る時期だからな、○○も気を付けるんだぞ」との事だが…ご覧の有様だ。
日頃の不摂生が祟ったと言う訳ではなく、人里で流行している風邪に感染してしまった、と言うのが正しい。
自分では気を付けていたつもりだったのになぁ……。
外の世界にいた頃は、インスタントのお粥でも作って食べ、あとは風邪薬を飲んで寝るだけで大抵はどうにかなっていた。
だが、ここは幻想郷…そんな便利な物は無い。
薬の調達には多少の手間がかかるし、何か作ろうにも火を起こす所から始めなければいけない。
今ではそんな生活にすっかり慣れてしまったが、こんな体調の時にそれを一人でやらなくてはならないのは…ある意味地獄だ。
そして困った事に、風邪薬を現在切らしている。
これは大問題だ。

「○○、いるか?」

ふと、外から戸を叩く音。
慧音さんだ。
しかし、返事をしようにも喉の痛みで声がロクに出ない。
仕方なく、布団から這い出て戸の鍵を開ける。

「む…なんだ、○○も風邪か?」
「見ての通りです…」
「ふむ…今日の仕事の話に来たんだが、その様子では無理か。…養生するんだぞ?」
「もちろんそのつもりですよ…」

掠れた声で答える。
早い所、布団に戻りたいのが本音だ。
…ん?いや、待てよ……

「…あ、慧音さん。ちょっと頼みがあるんですけど……」
「む?なんだ?」
「風邪薬、運悪く切らしてて…この状態で、竹林の方まで調達に行くのは……」
「ああ、それなら心配ない。今日、薬師が人里に来るそうだ。その時に私が風邪薬を仕入れておこう」
「……助かります」

ホント、慧音さんには頭が上がらないな。
この人にはどれだけ世話になっているやら……。

「風邪薬を仕入れたら届くに行くから、それまでゆっくり休んでおくんだぞ?」
「そうします…。あ、鍵は開けておくんで、薬の方…お願いします」
「うむ、暫く待っていてくれ」

そう言って、慧音さんは立ち去った。
戸を閉めると、俺は布団に戻る。
寝て起きる頃には、多分慧音さんが薬を届けに来てくれる筈だろう。
頭が痛く、眠る事もままならないが…とにかく横になって目を閉じていよう。
そうすれば自然に眠りに付いているだろうから…。




――ドンドン、と戸を叩く音で目が覚める。
外が薄暗くなっていると言う事は、少しの間眠っていたのだろう。
えーと、慧音さんか?
でも鍵が開いてる事は話したけど……
そう考えている内、ガラッと戸が開く。

「○○ー、遊びに来たよ…って、あれ?」

そうだ、すっかり忘れていた。
俺の恋人――フランだ。
恋人になるまでの経緯は割愛させてもらうが、初デートや外界旅行を経て、今ではすっかり二人の関係が知れ渡るまでに至った。
それからと言うものの、こうして日が落ちる頃にふらりと俺の家へ訪れる事が何度かあったのだ。
しかし、よりにもよってこんな時に来るとはタイミングが悪いな……

「ああ、フランか…ゲホッゲホッ……悪いな、こんな状態で」
「え、○…○?」

俺の掠れた声を聞いて、瞬時にフランが布団の横に駆け寄る。

「…○○!大丈夫!?ねえ、どうしちゃったの!?この前まであんなに元気だったのに……元気、だったのに…」

え、ちょ…フランが何か涙目になってるんだけど…
…あれ?もしかして……

「…!凄い熱……やだ、やだよ…私を置いて死なないって…死なないって約束、したのに……!」

いや、フラン…俺は単に風邪を引いてるだけであって…
い、いかん…泣いてる!?ああもう、こんな時はどうすれば……

「なんだ?妙に騒がしいが…ん?この子は確か……」

その時、まさにベストタイミングで慧音さんが来てくれた。
手には薬を持っている。

「あ…誰だか知らないけど、お願い…○○を助けて!凄く調子が悪そうなの!○○がいなくなったら、私……私…!」

慧音さんに詰め寄るフラン。
本人は物凄い必死で、藁にもすがる思いなんだろう。

「落ち着くんだ、別に○○は重い病気と言う訳ではないぞ」
「で、でもっ!あんなに調子が悪そうで、声も……」
「いいから私の話を聞くんだ。…○○の事が心配だろう?」
「う、うん……」

(慧音説明中……)

「……と言う訳だ。だから安心していい」
「そう、なの?ホントに○○…死なない、よね?」
「大丈夫だ。私が保証する」

慧音さんの説明を聞き、泣いていたフランも次第に落ち着いてきた。
さすがに子供の扱いに慣れているだけはある。
実際のところ、フランは『風邪を重病と勝手に勘違いしてただけ』であった。
それでも、そんなに俺の事を心配してくれていたのは…正直嬉しい。

「風邪薬は私が仕入れてきたから、食後にこれを飲ませて安静にしていれば、すぐに良くなる。風邪はその程度で治るからな」
「はぁ、よかったぁ……○○にもし何かがあったらって思うと、私…」
「そこまで愛されてる○○は幸せ者だな。…さて、○○が動けないともなると、何か食べる物を作って……」
「それ、私にやらせてもらってもいい?○○の看病、したいから……」

フランが俺を看病してくれる?
恋人持ちなら一度は夢見るシチュエーションじゃないか…これは感涙物だ。

「ふむ…しかし、料理をした事はあるのか?」
「……ううん」

う……だ、大丈夫なのか?
経験ゼロのフランに料理をやらせるって、想像しただけで惨劇の予感しかしないんだけど。

「じゃあ、せっかくの機会だ。私が簡単な物の作り方を教えよう。何事も経験と言うからな?」
「ホントに?…ありがとっ!」

こうして、慧音さんとフランの料理教室が俺の家で始まってしまった。
しかし、当然うまく行く訳もなく……

「まず最初に火を起こす所から始めるか。……あー、一応聞くが火の起こし方は知っているか?」
「えっと、このレーヴァテインで……」
「いや待て!待て待て待て!そこでスペルカードを使ったら家が吹き飛ぶぞ!?」

火を扱うところから既に苦戦し……

「ふう、どうにか火は付いたな。ええと、こう言う時はお粥が無難か…じゃあ、水を井戸から汲んで……」
「ええっ!?私、流水には触れないよ……」
「……そう言えば吸血鬼だったな…」

水を汲む辺りで躓き……

「やっと鍋に米と水を入れる事が出来たな…。後は弱火でじっくりと……」
「早く○○に食べさせてあげたいから、火力を上げるね。レーヴァテ…」
「ちょ、待て!?私の話を聞けッ!って言うかスペルカードを使うなと言っただろう?!」

調理でフランの暴走を止めるのに一苦労し……

「あとは数分もすれば食べられるだろうから、それまで待つんだぞ……頼むから何もしないでくれ…」
「はーいっ」

満身創痍になりながら、慧音さんの料理指南は終わった。
表情には、凄まじいまでの疲労の色……俺は心の中で、慧音さんに必死で謝る事しか出来なかった。

…それから数分後、苦労の末にフランの作ったお粥が出来た。

「…ここまですれば、あとは大丈夫だな。私はそろそろ行くが、あまり○○に迷惑をかけないようにな?」
「うん、わかったよ。色々ありがとね!」
「仲良くやるんだぞ?」

そして慧音さんは去っていった。
体調が戻ったら、あとでフランが迷惑をかけた埋め合わせしなきゃな……

「○○、お待たせっ!お粥が出来たよー」

お粥の入った鍋と摩り下ろした林檎の皿が乗ったお盆を持って、フランが布団の横に座る。
林檎の摩り下ろしだけは難なく出来ていたようで、少し安心した。

「ああ、すまないな。じゃあ早速食べ……」
「はい○○、あーんして♪」

フラン、それがやりたかったのね……
でも、せっかくやってくれるのだから、応えてあげるのが恋人の役目って奴だ。
と言う訳で…

「…あーん…ッ、熱ッ!?」

舌の中にマグマを突っ込まれたような熱さ。
天国から地獄へ突き落とされる瞬間。
アツアツのおでんを、無理矢理口の中に入れられるコントみたいなノリと言うのか。
ともかく、アツイアツイゼアツクテシヌゼー!と言う状態だ。
俺はどうにかして飲み込み、口の中の灼熱地獄を突破した。

「フラン、少しは冷ましてくれないか?でないと熱すぎて、食う以前の問題になっちまう……」
「あ、そっか……じゃ、ちょっと待ってね。…ふー、ふー……」

お粥の乗ったレンゲに息を吹きかけて冷ますと、改めて俺の方へと差し出してきた。

「はい、あーん……」
「ん……」

……うん、今度は大丈夫。
適度な温度に冷めていたので、問題無く食べる事が出来た。
あまり味はしないが、今の俺にはこれくらいがちょうどいい。

「ね、どう?お粥…おいしい?」
「ああ、フランが作ってくれたからな。何やら苦労してたようだけど、初めて作ったにしては十分だと思うぞ?」
「…ホントにっ!?」

ぱぁっとフランの表情が明るくなる。
ここに来た時は泣いていたのが嘘のようだった。

「じゃあ、もっと食べてっ!…はい、あーん♪」

一気に上機嫌になったフランが、更に鍋のお粥をすくって差し出す。
えーと…それをしてくれるのはいいけど、冷ますの忘れないでくれよ?



お粥を全て平らげ、摩り下ろし林檎も口にし終えると、俺は風邪薬を飲んで横になる。
その傍らにはフランが座って、じっと俺を見ていた。

「今日は色々とすまないな…あとは寝て起きれば良くなるだろうから、そろそろ屋敷に戻った方がいいんじゃないか?」
「ううん…○○の風邪が治るまで、私はずっとここにいる」
「レミリアや咲夜さんが心配するぞ?」
「私は○○の方が心配なの」

この調子だと、俺の風邪が治るまでずっとここにいるつもりのようだ。

「ねえ、○○。して欲しい事があったら何でも言ってね?私に出来る事なら何でもするから……」

嬉しい事を言ってくれる。
しかし…こんな状態では、さっさと寝て風邪を治すのが急務だ。

「その…いつも○○とシてる事でも、いいんだよ…?」

…!?
いや待て、風邪引いてるのにそんな事できすか!
あ…ホントはちょっとだけ、その……いや、いやいやいや!
脳内でパチュリーを勝手に召還し、いけない欲望を押さえ込む。

「風邪が悪化するから、それだけは無しだぞ…」
「えー……そうすればもっと○○の看病出来るのに…」

何気に怖い事を言わないでくれ……。
現在進行形で頭痛やらと戦ってるのに、これ以上悪化したら三途の川が見えてくる。

「なあ、フラン。俺、後は寝るだけだから特にして欲しい事も無いんだけど……」
「むー……じゃあ、○○と一緒に寝る」
「風邪が移るぞ?」
「私は吸血鬼だよ?風邪なんて引かないもん」

あ、それもそうか……。

「だから、そう言う事で…♪」

有無を言わさずにフランが俺の布団に潜り込んできた。
こんな強引な所は相変わらずだなあ、と思う。

「早く…良くなってね?」
「わかってる、だから寝なきゃいけないんだけど」
「風邪が治ったら、またどこか遊びに行こうね?」
「もちろん、そのつもりさ」

ふと、フランが俺の腕に抱き付いてくる。
…ああ、暖かい。
頭はまだ痛いが、その暖かさは確かに感じられる。
これなら今日はよく眠れそうな気がするな……。
俺は目を閉じる。

少しすると薬が効いてきたのか、次第に意識が薄れていく。
寝て起きる頃には…良くなってるといいな……。





――外の明るさで目が覚めた。
まだ少し体はだるいが、昨日より体調は遥かに良くなったのを感じる。
そして、俺の横には…

「…すぅ、すぅ……」

俺の恋人が眠っていた。
そう言えば、フランは家に来た時に日傘を持ってきてなかったような?
とすれば、日が落ちるまで帰れない。
……うん、決めた。
まだ体もだるいし二度寝してしまおう。
再び目を閉じると、フランの寝言が聞こえてきた。

「○○…おいしい?まだ、いっぱいあるから……全部、食べてね…」

どうやら夢の中でもフランは俺にお粥を作っているらしい。
一体どれだけ食わせられてるんだろうな、と苦笑しつつ俺は再び眠りに付いた。



新ろだ913
───────────────────────────────────────────────────────────
12月24日。
今日は世間一般で言う所のクリスマスだ。
厳密に言うならイブだが…こまけぇこたぁいいんだよ!である。

さて、この幻想郷にもクリスマスと言う概念は存在している。
…ただ、『若い恋人同士がイチャつく日』と若干曲解された形ではあるが。
それでも人里ではちょっとした賑わいを見せているし、寺子屋に至っては(誰が持ってきたのか知らないが)大きな木の飾り付けたりしている。
子供のいる家庭では、親にプレゼントをねだる光景を目にする、と慧音さんが言っていた。
そう言う意味では、こっちも外の世界とあまり変わらないのかもしれない。
そんな俺もこの日に備え、先日大枚を叩いてクリスマスプレゼントを買っておいた。
渡す相手はもちろん、俺の恋人…フランだ。
ただ、一つ問題があるとするならば……

「…雪、降りすぎなんだよなあ」

まるで仕組まれていたかのように、この日になった途端…大雪である。
なんなの、これ?どこぞの雪女がハッスルしすぎたの?
うーん、参ったな。
今日は紅魔館へ出向こうと思っていたが、こんな天候では行く途中で遭難しかねない。
雪が止んだら行く事にしようかな…俺がそんな事を思っていると、ドンドンと戸を叩く音。
ん?こんな天気に誰だろう?

「はいはい?」
「○○、私だよー」

え、フラン?
なんでこんな時に?
俺は戸の鍵を開け、迎え入れる。

「フラン、こんな雪なのによく来たな…」
「うん、こんな天気じゃ○○が屋敷に来れないから…だから、私が迎えに来たの」

なんですと!?
こんな寒い中…って、よく見れば今のフランはいつもの服ではなく、ふわふわの毛皮(?)が付いた赤と白の…所謂サンタ服のような物だった。
いつの間にそんな服を用意してたのやら。

「そう言う事だから、早く行こ?」
「…分かった、ちょっと準備してくるよ」

迎えに来たって事は、必然的に空を飛ぶって事だ。
暖かい格好をしていかないと、凍死しかねない。
外の世界から持ってきたコートを羽織り、毛糸の帽子を被る。
そして、ひっそりとフランへのクリスマスプレゼントをポケットに忍ばせて準備は完了だ。

「お待たせ」
「じゃ、行くよー」

俺の手を取り、フランは雪の舞う空へと飛び立った。
うあ、やっぱり寒ぃ……。


――それから数分後、紅魔館へ到着する。
門番の美鈴も今日はいないようだ。
まぁ、こんな天気じゃ門番も大変だし、誰もこの屋敷にやってくる事は無いんだろうな。

エントランスホールに入り、二人でそのまま屋敷の廊下を進む。
そしてある程度歩いたところで、一つの部屋のドアの前で止まる。

「私、着替えてくるから○○は先にこの部屋で待っててね?」
「ああ、わかった。じゃあ、待ってるぞ」

俺は言われるがまま、部屋に入る。
すると、そこには……

「あら、○○。来たようね」

広い部屋の中には大きなテーブルがいくつもあり、その中心の豪華な椅子に館の主であるレミリアが座っていた。
周りのテーブルには妖精メイドから屋敷の面々――美鈴にパチュリー、小悪魔もいる。
咲夜さんがいないのは、多分フランの着替えか何かで席を外しているんだろう。
でも、用が済めばすぐにでも戻ってるだろう。
…何せ、何の前触れもなく突然現れる人だし。
しかし……

「凄いな、これは……」

まず最初に出た言葉がこれだ。
と言うのも、テーブルの上には超豪華とも言うべき料理が、これでもかと言わんばかりに並んでいる。
紅魔館のクリスマスパーティーは、俺が想像していた物よりも遥かに規格外だった。

「今日の為に用意したのよ。ウチは毎年こんな感じだけどね」

毎年かよ…やっぱり凄いモンだな。
俺が外の世界にいた頃なんて、せいぜいどこぞのフライドチキンを買って、一人寂しく食べてたのが限界だったのに…。

「でも今年はフランが『○○と一緒がいい』って言う物から……」

だから迎えに来てくれた、と言う訳か。
なんとも嬉しい限りだ。

「妹様、早く着替え終わりませんか?私、もうお腹がぺこぺこで…」

そんな事を言う美鈴が、ひもじそうにしている。
……門番の待遇って悪いのか?コッペパンだけしか出てないって言う天狗の新聞は本当なのか?

「お姉さま、お待たせー」

噂をすれば何とやら、か。
フランがいつもの服に着替えて戻ってきた。
心なしか、リボンがいつもより長い気もするが…気のせいだろう。
そしていつの間にか咲夜さんも着席している。
仕事が終わったから、と言う事なんだろう。

「ふむ、みんな揃ったようね。…今日は毎年恒例のクリスマスパーティー。無礼講だけど、あまりハメを外さないように…では、乾杯!」
『かんぱーい』

そして宴は始まった。
ただ――


「んもぅー、○○さんはぁー、妹様といつでもどこでもイチャイチャしすぎなんですよぉー?わかりますー?」
「いや、まあ俺とフランは恋人同士な訳で…」
「あぁー、もうー!見せ付けてくれますねぇ!もっと早くから○○さんとぉ、接触してれば今頃だってわらひも…うふ、うふふー?」

酔った美鈴に何故か絡まれる俺。
あいにく俺は酒を飲まない性格なので、葡萄ジュースや林檎ジュースでお茶を濁している。
そんなんだから、博麗神社の宴会で会う鬼の少女からは「付き合いが悪い」といつも言われるんだけど。

「あぁそうだー!いっその事、わらひが妹様から○○さんを寝取っちゃえばいいんだぁ。妹様に比べて、わらひにはナイスなボデーが……」
「こらそこ、○○を取るなぁー!」

そして炸裂するフランのレーヴァテイン。
吹き飛ぶ美鈴。
本来のストッパーであるパチュリーは小悪魔と揃って酔い潰れるし、咲夜さんはレミリアと何かいい感じになってるし……。
妖精メイド達はフリーダムに騒いでると来た。
どうしてこうなった…どうしてこうなった!

「はぁ……」
「○○、どうしたの?…もしかして、楽しくない?」

いや、確かに料理は美味いし、騒いでる分には楽しいけど…これカオスすぎるだろ、常識的に考えて。
ここのクリスマスパーティーって、毎年こんな物なのか?

「そうじゃないけど、なんだか付いて行けなくてさ…」
「でも毎年こんな感じだよ?」

…やっぱりそうか。
俺なら身が持たない自信はあるぞ、これ。
う、うーん……

「せっかくフランと二人でイチャつけると思ったんだけどな」
「……じゃあ、私の部屋に行く?そこで二人きりで…」
「そうだな、そうしよう」

こんな状況だ、一人や二人こっそり抜けた所で誰も気付きはしないだろう。
それに二人で邪魔されず、ただイチャつきたいのもある。
そんな訳で、俺とフランはケーキやワインを少数持って、ホールから出た。



「はい、○○。あーん…」
「あーん……」

フランの部屋で、俺はケーキを食べさせてもらう。
うーん、このケーキ美味いなぁ。

「それじゃ、こっちも。ほら、フラン…あーん」
「あーん……」

そして、俺も同じ事をフランにする。
実にいつも通りだ。

「えへへ、ケーキ…美味しいね」
「そうだな、一緒に食べるケーキだもんな」
「うんっ♪」

目の前の彼女も、実に上機嫌だ。
今まで縁の無かった、恋人と二人で過ごすクリスマスか…うん、いい物だな。
おっと、一つ大事な事を忘れてた。

「…ああ、そうだ。フラン…クリスマスプレゼントを持ってきたぞ」
「え、ホントに!?…何?何をくれるの?」

ほら、と包装された小さな箱を手渡す。
開けていい?と聞いてきたので、俺は黙って頷く。

「わぁ……綺麗…」

箱の中には2つの小さなダイヤが散りばめられたイヤリング。
ダイヤモンドの石言葉は『永遠の愛』。
こんな小さな物でも、俺からすれば相当な出費になったのは言うまでも無い。
だけど、どうしても渡したかった物だから…と清水の舞台から紐無しバンジーした訳だ。
今後の生活が多少苦しくなるかもしれないが、多分どうにかなるだろう。

「ありがとう、○○…これも、ずっと大事にするね……」

嬉しそうに微笑むフラン。
…うん、この笑顔が見たかったんだ。

「あのね…私からもプレゼントがあるの」

俺に?それは嬉しいな。
一体何をくれるんだろう?

「ちょっと後ろ向いててくれる?私がいいよって言ったら、振り返っていいから…」

い、一体何をプレゼントしてくれるんだ?
凄い物なのか?期待と不安が入り混じる。
ともかく、俺は言われた通り後ろを向く。
……多分、2-3分過ぎた辺りだろうか?いいよ、と後ろから聞こえてきたので俺は振り返る。
すると、そこには――

「………!?」

長い真っ赤なリボン”だけ”を全身に巻き付けたフランの姿。
周りには脱ぎ捨てた服…ギリギリ見えそうで見えないのが、また情欲をそそる。
こ、これはアレか?裸、リボン……?
そう言えば、フランが着替えてきた時に付けてたリボンが、やたら長いと思っていたが…こう言う事だったのか。

「恋人へのクリスマスプレゼントには、こうするといいって…外の世界の本であったから」

……俺の恋人は、どこでそんな微妙に間違った知識を覚えてくるんだろう?
むしろ、犯人は誰なんだ?
たまにフランへいらん事を吹き込むスキマ妖怪か?変な知識だけはある白黒なのか?

「だから…○○へのクリスマスプレゼントは…私。……もらって、くれる?」

こんな状態で聞かれたら、返事は一つしかない。
みんなもそう思うだろう?

「もちろん、喜んで。……だけど、この後は俺の理性がどうなるか分からないぞ?」
「……いいよ?だって、いつもシてるんだよ?」
「あー、うん…確かにそうだけど」

そんな格好されちゃ色々と、ねえ?

「…でも、優しくして、ね?」
「当然だよ。…あ、そうだフラン」
「なーに?」
「メリークリスマス」

不意打ちの形で唇を重ね、その勢いで舌も入れる。
…今日のキスは甘いケーキの味がした。
俺はそのまま、フランを抱きかかえるとベッドに横たえ――






こうして、二人だけの夜は過ぎていった。
…トイレに起きた際、フランの部屋の外を出た時に、何故か鼻血吹いて倒れているレミリアと咲夜さんの姿があったのだが。


新ろだ939
───────────────────────────────────────────────────────────
ある日、紅魔館で例によってフランとイチャついていた時の事。
咲夜さんから「二人とも、お嬢様がお呼びよ」と言われた。
…一体何なんだ?
フランとの関係は既にレミリア公認となっているから、特に問題はないはず。
何かマズい事をやらかした覚えは無いし、呼び出される理由が分からない。
ともかく、呼ばれたからには行くしかない。
俺とフランは揃って、レミリアの待つホールへと向かう。

――俺達がホールに到着すると、何故かそこにはレミリアを含めた面々に天狗の新聞記者もいた。
天狗がここにいるって事は取材なんだろうけど、一体これはどう言う事だ?

「ええ、実はですね…今、こんな内容の取材をしてまして」

そう切り出した天狗が、俺に一枚の紙を手渡す。
『何故、恋人がこの人なのか?』と言うデカい見出し。
馴れ初めから、どうして好きになったのかなど事細かに質問内容が書かれていた。
なるほど、つまり天狗はそれが聞きたくて取材に来たと言う訳か。
……あれ?じゃあレミリア他数名までもがここにいる理由は?

「妹の事をどう思っているのか、改めて聞いてみたくなってね。姉として当然の事でしょう?」
「……レミィが『面白そうだから』とも言ってたけれどね」

それが理由かい。
って、じゃあ何でパチュリーに小悪魔、美鈴に咲夜さんまで?

「単に気まぐれよ」
「…とか何とか言って、パチュリー様も気になってるみたいなんですよねー?」
「ち、違うわよ……」

なるほど、女の子だからやっぱりその手の話は…って事か。

「まあ、やっぱりこう言う話には興味がありますからね」
「そう言う口実でサボりたいだけじゃないの?」

この二人に関しては特に何も言うまい。

「…と、取材を許可する代わりにこの人達が同席させろって言うもんですから」

みんなに聞かれるのは避けられないって訳ね……。
もっとも、新聞に書かれるネタなんだから多くの人の目に留まるのは当然か。
よし、じゃあ腹を括って取材に応じるとしますか。
改めて愛を語るのも、まぁ悪くはないだろう。

「ありがとうございます。それじゃ、早速あれこれ聞かせてもらいますね。まずは…出会った時の事から」
「私と○○が出会った時の事?」
「ええ。確か、○○さんは外の世界の人間でしたよね?」

ああ、そうだったな。
もうこっちに移り住んだけど。
あっちの世界で…事故か何かに巻き込まれた拍子だったな、こっちに飛ばされたのは。
気が付いたら紅魔館のベッドで寝てたんだよな、俺。

「そうなんですよ、花壇の手入れをしようと思ったら敷地内に人が倒れてて…。着ている服から、幻想郷の人間じゃないってすぐに判断しましたけど」

そう言えば第一発見者が美鈴だったか。
もし助けてくれなかったら、俺死んでたろうな……。

「あのまま放置するのも何だか良くない気がして、それで私の部屋に運んだんです」
「仕事サボって何をしてるのかって思えば…まぁ、私も驚いたけど」
「んー、この時からもっと○○さんと接触しておけば良かったかもしれませんね。そうすれば、今頃は私が……」

あ、美鈴…そんな事を口にしたら……。

「へぇ、美鈴は私の○○を横取りするつもりだったんだ?」
「……!イ、イエ、メッソウモゴザイマセン…」

ホラ言わんこっちゃない。
…レーヴィテインをいきなり振り回さなかっただけマシだけど。

「え、えーと…それで、続きは?」

おっとそうだった。
それで、ベッドで目覚めた時は自分に何が起きたのか分からなかったんだよなぁ。
あれは夢だったのか?って。
で、目覚めて少しした時だったっけ?部屋に咲夜さんが入ってきたんだけど…。

「あの時の○○は、ただポカーンとしてたわね。まるで珍しい物を見たような顔だったと言うか」

外の世界でメイドなんて都市伝説(って言う程でもないけど、黙っておく)だったから、実物目にした時は『え?』って思ったし。
その後いきなり『お嬢様がお呼びよ、付いてきなさい』って言われて…状況を把握する余裕も無かったな。

「外の世界の人間がいきなりウチに迷い込んできたからね、どんな奴なのか見ておきたくなったわ」
「ほほう、興味本位だった訳ですねー。……あれ、フランさんがまだ出てきてませんけど?」

それはもう少し後ね。
…どこまで話したっけ?あ、レミリアに呼び出されたまでか。
大広間に入って、俺は驚いたよ。

「何にですか?やっぱり、この屋敷の住人とか?」
「んにゃ、真っ先に驚いたのがこの屋敷の広さとか調度品とか、そんなん」

……あ、レミリアがコケた。

「そっち!?そっちだったの!?てっきり私かと思ったわよ……」

だってこんなデカい屋敷なんて、一生に一度入れる機会もないとばかり思ってたし。
…あぁ、でもこの屋敷の住人にも驚いたのは事実だけど。
吸血鬼とか妖怪とか、そんな非現実的な存在見た事すら無かったからさ。

「うう…あの時、○○さんにあれこれされたんです……」
「おおっ!?フランさんがいながら、この時既に小悪魔さんにも手出しを!?」

いや、違うから…って、フランはそんな怖い顔しないでくれよ。
だってさ、同席してた小悪魔見て『その頭と背中に付いてる羽って本物か?』って思ったんだぜ?
まぁ、そりゃ確かめたくなるってのが人情と言うか。

「パチェが止めてなかったら、もっとイジられてたかもしれないわね」

う、それは否定出来ない…。
『そこまでよ!』って言って、頭から冷水を突然ぶっかけられた時は驚いたよ。
それ、一体なんのトリックなんだ?って思った。

「魔法の説明をしようにも、一般人には1ミリも理解出来ないでしょうけどね」

そんなの分かる訳ねーよ。
…とまあ、なんやかんやで色々と非現実的な存在にただ驚くしか無かったんだ、これが。
思い返せば『すげえ』とか『まじで』くらいしか言ってなかったかもしれないけど。

「普通の人間なら、恐怖に怯えるのが当たり前と思ってたけど…○○だけは違ったわね。人間にしては面白いと思ったわ」
「お嬢様相手に何事もなく接してる辺り、怖い物知らずと言うか何と言うか……」
「一言で言うなら、変わり者ね」

うわ、ひでえ。
3人でバカにするなよ…割と傷付くぞ。

「でも、そういう所をひっくるめて○○の事は大好きだよ♪」

うおっと、いきなり抱き付いてくるなって。
…ああ、やっぱりフランだけが俺の味方なのか。

「いやー、お熱いですねえ。…で、そろそろフランさんとの出会いなんですか?」

ああ、そうそう。
この幻想郷の事に付いて色々知りたいと思ったんだよな。
そんな訳で俺があれこれ聞いてた時、だったな。

「妖精メイドの噂話で『外の世界の人間がここにいる』って言うのを聞いて、会ってみたくなったの」
「レミリアさんと似たような理由なんですね。…うーん、さすがは姉妹ってところですか」

突然の事だったよ。
部屋のドアをバゴーンとブチ破ってきたっけ。

「そうそう。『お姉さま、外の世界の人間が来てるってホントなの?』って」
「で、有無を言わさずフランが拉致していった。……今だから言えるけど、あの時○○は『ああ、死んだな』って思ったわ」
「私も同感です」
「右に同じ」

また!?また3人で俺をバカに…してるって言うのか、これ?
いや、いいけど……。
ともかく、そんな破天荒な出会いが始まりだったな。

「ほほう、そんな出会いだったと。第一印象はどうでした?……あ、あとその後はどうなったんですか?」

第一印象は…やたらと手を焼く妹みたいな感じ、だったかな。
出会った時から、あれこれ振り回されてたからね。
で、その後の事?
一緒に遊ぼうって言われたな。
でも、俺が『それよりも外の世界の事を話そうか?』って聞いたら真っ先に食い付いてきた。
…今にして思えば、それが最善の選択だったんだろうな。
だって俺は普通の人間だから、弾幕ごっこなんて出来る訳がないし。
そっちに付き合わされてたら確実に死んでたよ。

「○○が話してくれた外の世界の事、凄く楽しかったよ。私の知らない世界を色々教えてくれたもん」

ただ、フランが眠くなるまで話に付き合わされたんだけどね。
あの時は疲れたよ。
…あー、フランが寝付いた頃だっけ?咲夜さんが様子見に来たのは。

「ええ、部屋の片付けをしようと思ったんだけど…無傷で生きていたのを見て、正直驚いたわ。妹様を相手に無事でいた人間がまだいたなんて、ってね」
「そうそう、霊夢や魔理沙ならともかく何の能力すら持たない、外の世界からやってきた普通の人間がフランの相手をして、生き延びた…ますます気に入ったわ」

外の世界にいた頃は、フランくらいの年の子の相手をよくしていたんだけなんだがな。
小さい子…って言うのも変だけど、ともかくそう言う扱いに慣れてるってのもあったんだと思う。
ただ、フランの事を聞いた時は俺もビビったけど……。

「あー、悪魔の妹と呼ばれたくらいですからねえ。私も以前単独取材を試みた際には、そりゃもう凄まじい弾幕を……」

そ、そーなのかー。
……と、出会いについてはこんなとこでいいか?

「ええ、バッチリです。じゃあ、次は告白に至るまでの経緯なんかを」

えーと、どこから話せば?

「初めての出会いの後を事を、掻い摘んで聞かせていただければ」

あい分かった。
えーと…博麗の巫女に会って、外の世界に戻ろうにも俺をこっちに引きずり込んだ元凶のスキマ妖怪が冬眠中って理由で戻れなくなって…
仕方なく冬眠明けまでの間、人里へ移住する事にしたんだけど…。

「あれ?紅魔館に滞在はしなかったんですか?」

レミリアに気に入られたから、少しの間は厄介になってたな。
…言うまでもなく、滞在期間中はほぼ丸一日フランの相手をさせられてたけど。
外の世界の話以外にも本を読んであげたり、たまたま持ってきてたPSPの遊び方を教えたりとかしてね。
でも、いつまでそこへ居候って訳にもいかなかったから、人里へ行く事にしたのさ。

「ただ…○○が人里に移住した後が大変だったわね……」
「ええ、妹様が『○○と遊びたい』って大暴れして……」
「図書館の一部にも被害が出たわ……」
「うぅ、後片付けが大変でした……」
「私は妹様に八つ当たりされました……」

あー……何も聞いてません、俺は何も聞いてません。
と、ともかく人里に住んで一週間くらいだったかな?咲夜さんが突然やってきたんだよな。

「ええ、妹様を止めてくれって直接頼みに行ったわ。…嫌だと言っても無理矢理連れて行くつもりだったけど」

俺に拒否権は無かったんすか、咲夜さん……。
もっとも、滞在させてくれたレミリアには恩があったし、フランが暴れてるって話を聞いて『俺が行かないといけない』って直感的に思ったよ。
多分、ここからだったんだろうな。

「私と○○の間に運命の赤い糸が繋がってたのが、だよね?」

騒動の当事者がしれっと言うのか…。
…話を戻して、俺が紅魔館へ到着した時はその惨状に冷や汗をかいたよ。
屋敷の中がボロボロになってて、それをフラン一人が引き起こしたって言う事実にね。

「フランさんと再会してからの事は?」

まず、叱った。
『どうしてこんな事をしたんだ?』ってね。

「○○と遊びたかったから、って言ったんだけど…」

だからと言って、物を壊したり他人に八つ当たりをする事はないだろうって言ったよ。
他にも『悪い事をした自覚はあるのか?』とも聞いたな。

「あの時、フランにそこまで言う人間なんて初めて見たわね」
「妹様、反発すらしてなかったわね。まったく、どこまで無謀な事をするのか……」
「そこまで行くと、無謀を通り越してバカとしか言い様がないわね」

……もう何も言うまい。
その後はフランに『屋敷で暴れないように』と念を押して、また遊び相手になったな。

「うまく手懐けたって感じですねー」

いや、ペットじゃないんだからさ。
それから週一回のペースで遊びに行くようになって、暫く経った時の事かな。
何度と無く遊んでいる内に、心境の変化って奴が訪れて……。

「おお、ついに告白ですか?」

そうなるね。
ただ、状況が特殊過ぎると言うか……。

「うん、○○に耳かきしてもらう時に…思い切って言っちゃった♪」
「ほうほう、それは興味深い。…では、好きになった理由は?」

あまりに突然過ぎて、どう反応すればいいか分からなかったよ。
まー、でも最初は手を焼く妹だったけど、何度か一緒にいる内に可愛い妹から放っておけない子って言う感じに変わっていって……
告白されてから、俺の中で何かが吹っ切れたんだと思うな。
それをどう言葉で表していいのかは、俺にゃ分からないけど。

「あの時が、私と○○のファーストキスだったんだよね」

もう歯止めが利かなかったからな。
延々と唇を重ねてたような気がするよ。

「あの時の光景は…その、何て言うか……」
「お嬢様、砂糖を吐いてましたものね。…私もですけど」
「あんな積極的な妹様は初めて見たわね…」
「パチュリー様、まじまじと見てましたよね」
「凄く、羨ましいなって思いました…」

アンタら、出歯亀してたんかい…。
まぁいいけど…ともかく、その日を境に俺とフランは恋人同士になった訳だ。

「なるほど、それがお二人の壮大な馴れ初めだった訳ですか。その後の経過も、相当なまでにアツアツなようですね?」

フランを初めて屋敷の外に連れ出した時の事とかね。
生まれて一度も外に出た事が無いって言うのを聞いて、屋敷の外の世界を知ってもらおうと俺が計画したな。

「あの日は初めてのデートだったよね」

ああ、思い出深い物になったな。
…後にレミリアと咲夜さんが尾行してたのを知ったけどさ。

「そ、それは妹を見守る姉の義務よ」
「…本当は『退屈しのぎになる』って、お嬢様は言ってましたけど」

…それはスルーするとして。
スキマ妖怪が企画した神無月の外界旅行もあったか。
あの旅行も忘れられない物になったなー。

「あー、○○さんが『愛する人の為に人間をやめる宣言』をした時の事ですね」

…若干曲解してないか、それ?
と言うか、そのネタはオフレコにしてくれ。
思い出すだけでも恥ずかしい……。

「いえいえ、載せますよ?だって取材内容に一番合ってる内容じゃないですかー?」

う、うぎぎ…
ヤブヘビだったか……。

「あの旅行で、夜に○○と一緒に初めて…」

うわあぁぁぁ、フラン!ストップ!ストーップ!!
その話はダメだ!って言うかパチュリーが何か本を構えてスタンバイしてるから!!
ええと、何か他の話題……
あ、去年12月の頭くらいに風邪を引いた際、フランが看病してくれたよな?

「あの時は○○が死んじゃうかと思って、凄い心配したんだよ?」

や、風邪こじらせたくらいで死なないけどな。
色々大変だったけど、フランが初めて作ってくれたお粥は美味かったぞ?(慧音さんに教わってなかったら大惨事になってたろうけど、とは言えないが)。
それに、あれだけ心配してもらったのは…正直、嬉しいし。
あとはクリスマスにもイチャついてたけど……これについては特に変わった事もなく、いつも通りだったし省略で。

「なるほどなるほど…。では、最後に恋人に一言…あ、これはフランさんにも回答をお願いしますね」
「私にも?いいよ。…えっと、○○は…私が生きてきた中で最初に出来た『普通の人間の』お友達だった。でも、今は私が生きてきた中で最初に出来た…誰よりも一番大切な人。いつまでも一緒にいてね?」
「…はい、オッケーです!いやあ、いい一言でしたよ。それじゃ、○○さんからも……」

あ、ああ…わかった。
って、何か視線が凄い俺に向いてるんだけど!?
フランからは期待の視線、その他の面々からは好奇の視線……。
ああ、言うよ、言ってやるよ!よく聞いてろよコンチクショウ!

例え悪魔の妹と呼ばれていても、フランは一人の女の子である事に変わりは無い。
長い間過ごした孤独を、俺の全てを賭けてでも埋め尽くしてみせよう。
だからこそ俺は、人としての生を捻じ曲げてでもフランを愛し、共に生きていきたい。
……こんなのでいいか?

「あ、あややや……これはまた、なんと言うか…」
「真顔で言い切るとはね…咲夜、コーヒーを持ってきてちょうだい。砂糖はいらないわ」
「か、かしこまりました…」

人に言わせておいて、その反応はないだろ……これでも相当恥ずかしかったんだぞ。
…あ、フランが凄いいい笑顔で……

「○○っ!」

抱き付いてきた。
…恋人に喜んでもらえたから、言って良かった…かな?

「っと、これはいい絵になりそうですね。二人とも、そのまま……あ、視線はこっちに向けてくださいねー」

天狗がカメラをこっちに向ける。
やれやれ、こう言う時にはあざといんだから……。

――そして、シャッターを切る音がホールに響いた。



新ろだ999
───────────────────────────────────────────────────────────

ふと、カレンダーを見ると明日は2月14日。
バレンタインデー、と言う日らしい。
長い間、屋敷の外の事情を知らなかった私だけど…話を聞けば、女の子が好きな人へチョコレートを渡す日らしい。
パチュリーはそれにまつわる長い話もしてたけど、よく分からなかった。
ともかく、好きな人へチョコを渡す日。
なら、私のやる事は決まっている。
○○へチョコ作ってをプレゼントしてあげよう。
いつも優しくしてくれる○○へのお礼って言うのもあるし、今回は私の方から○○を喜ばせてあげたい。
そう思い立った私は、すぐさま厨房へと向かった。

…ただ、困った事が一つ。
チョコはどうやって作ればいいんだろう?
よく考えたら、その辺りの事は何一つ知らなかった。
えーっと、こう言う時は……

「咲夜、咲夜ー」
「はい、お呼びでしょうか?」

呼べば瞬時に現れる咲夜。
今更だけど便利だなって思う…って、そうじゃなくて。

「んとね…実は、これこれこう言う訳で……」
「…なるほど、チョコを作って○○にプレゼントしたいと」
「そうなの。でも、私は何も知らないし…だから、咲夜に教えてもらおうかなって」
「ええ、かしこまりました。こんな事もあろうかと、材料はありますし…」

どうやら、この日を見越して材料は用意してあるようだ。
うまく作れるか分からないけど、咲夜に教えてもらえるのなら多分大丈夫かもしれない。
私はただ、○○に喜んでもらいたいから…だからこそ、がんばってみようと思う。

(少女製作中…)

……どうしてこうなったんだろう。
厨房内はチョコレートの残骸が山のように積み上がっている。
咲夜に言われた通りやったはずなのに、うまく出来ない。

…困った。
本当に困った。
これじゃ○○にチョコをプレゼント出来ない。

「あの…妹様、いざって時は私が代理で作……」
「それじゃダメなの…私が作って渡さなきゃ、意味がないもん…」

こんな事なら、もっと早くから料理を勉強しておくんだった。
自分の腕のなさに、ただ泣きたくなる。
どうしよう…

「…でしたら、出来るまでがんばりましょう?まだ明日まで時間はありますし」
「材料、いっぱい使っちゃったけど……」
「無いなら私が補充しますわ。……大丈夫です、一生懸命作った物なら○○だって悪く言うはずはありません」

そう、だといいんだけど……
……でも、いつまで考えてたって進まない。
うん、やろう。
私は再び、チョコレートを作るために調理器具を手にした。



――こうして、更に多くの残骸を生み出したフランだったが、ついにチョコと呼べる物が出来上がった。
正直、不恰好で見てくれも悪いと言わざるを得ないが…それでも、ちゃんとした物が(咲夜の手を借りたにせよ)作れたのだ。
もっとも、その代償は大きく…厨房の中はまるで台風が通り過ぎたかのような荒れっぷりであったが。

「…これはまた、随分とひどい物ねえ」

ふと厨房の様子を見に来たレミリアが、率直な感想を漏らす。
後片付けに追われているのは言うまでもなく咲夜だった。

「ええ、妹様が『○○にチョコを作ってプレゼントしたい』って言う物ですから……」
「それでああなった、と。……ふふ、自分からそこまでしようとするフランは初めてね」

レミリアの視線の先には座り込み、壁にもたれ掛かって眠りこけている妹の姿――
よほどの長丁場だったのか、体力を使い果たしたのかもしれない。
ただ、その寝顔は全てが終わった満足感に満ちているのが分かる。

「○○ー……私、チョコを作ってきたんだよー…えへへ……」
「あらあら、妹様は夢の中でもうチョコを渡しているようですわ」
「まったく…そこまでフランに愛されてる○○は幸せ者ね」

二人はそんなフランの様子を見て、ただ微笑むばかりであった。



――2月14日。
今日は一般的に言うバレンタインデーだ。
どうやら、この幻想郷にもバレンタインデーと言う物は存在しているらしい。
一体誰がこの世界にまでこんな物を広めたのやら、と俺はそんな事を思う。
……言うまでもなく、外の世界にいた頃はチョコなんてもらった記憶は皆無だ。
親からもらったのは全てノーカンとさせてもらう(むしろ空しいだけだし)。

そんな俺も、こっちの世界に移り住んでから恋人も出来た。
小さな恋人(しかし遥かに年上)ではあるが、今の俺には何より大切な人である事は確かだ。
ただ…正直、俺はフランからチョコをもらえる事については、正直期待はしていなかった。
理由?
去年の12月、風邪で倒れた際フランに看病してもらったが…あれ以来、フランは料理をする事を覚えた。
しかし付け焼刃もいいとこで、今までにまともな物が作れた経験は、悲しいかな一度も無い。
フランが一度厨房に立つと、そこには嵐が吹き荒れるくらいにとんでもない事になる。
一応、咲夜さんが付き添いで教える事は何度もあったのだが…そのほとんどが、うまく行った試しすらないと言う料理音痴っぷりだ。
『同じようにやらせてるのに、何でこうも上手くいかないのか』と、咲夜さんが愚痴っているのを耳にした事もあった。
……そんなの俺も知りたいに決まっているが。

初めて俺に作ってくれたお粥は(その時は慧音さんのサポートで作ってたけど)まともに食えたのだが、それ以来はハズレばかりだった。
丸焦げのクッキー、形の崩れたドーナツのような物、ケーキと呼ぶにはあまりにも謎の物体(UFO?)……
口にする度、俺の胃が悲鳴を上げるのは言うまでもない。
しかし面と向かって『マズい』と言う訳にもいかず、いつも適当な事を言ってお茶を濁すばかりだ。
――まぁ、そんな訳でフランからのチョコは考えない事にしておく。

はぁ、今年もチョコレートとは無縁か……。
そんな事を考えていた矢先、戸をドンドンと叩く音が。
あれ?フランが来たのか?
まだ日は落ちていないとなると、日傘を持参でやってきたのだろう。
俺は戸を開ける。

「○○、遊びに来たよー」

ああ、やっぱりフランだ。
俺はすぐに家の中へと招き入れる。

「よく来てくれたな。お茶出すから、ちょっと待っててな」
「うん」

いつものように、台所へ向かって急須とお茶っ葉、湯のみを出す。
ポット(と言っても電気式ではなく魔法瓶型の物だが)にお湯は入っているので、沸かす必要もなさそうだ。
手早くお茶を淹れ、居間へと持っていく。

「お待たせ。…しかし、こんな時間に来るとは珍しいな?」

日中、フランがウチへやってくるケースは稀だ。
大抵なら、この時間の吸血鬼は眠っているはずだが…

「うん…あのね、実は……」

そう言うと、手に持った小さな鞄から何かを取り出す。
出てきたのは、ささやかなラッピングがされた箱――
こ、これは…まさか……

「今日、バレンタインなんだよね。好きな人にチョコを渡す日って聞いたから…」

フラン、本当に…用意してきたのか?

「だから、昨日がんばって作ってみたの。…はい、これ」
「あ、ああ…ありがとう」

よもやフランが俺のためにチョコ作ってきてくれるなんて思ってもみなかった。
人生初の本命チョコをもらえたのは、何よりも嬉しい。
ただ、やはり不安もある。
ちゃんと食えるのか、と言う事だ。
よく『愛があるのならマズくても食ってみせろ』とは言うが、それを実際何度もやってる俺にはハードだ。
むしろ、胃がおかしくなる事なんてザラだ。
紅魔館へ行く際は、胃薬持参がデフォだ。
うっかり忘れて、翌日胃痛に苦しみつつ仕事をした事もある。
せめて、もっとフランに料理の腕があれば、なのだが……あと数年はかかるんじゃないだろうか?

う、フランが何か期待してるような目で俺を見てるな…つまり、食えって事なんだろう。
……さて、今日はどんな事を言ってお茶を濁すか。
そんな事を思いつつ、俺は箱を開ける。

「お、これは……」

自然にそんな言葉が口から出た。
確かに形はよろしくないし、見てくれもいいとは言えない。
だが、それでもちゃんとした出来にはなっている。
俺はこれを見て直感した。
期待出来そうだ、と。
早速俺は、チョコを手に取り一口齧る。

「ど、どうかな……?」

どこか不安そうに聞いてくるフラン。
味を一言で言うなら……

「うん、うまいよ」

嘘ではなく、本心から出た言葉だ。
今まで作った物は、見た目からして既にヤバい感じがビンビンだったのだが、このチョコに限っては(見た目こそよろしくないが)味は申し分ない。
…なんだ、フランもやれば出来るんじゃないか。
俺はそう思った。

「ホ、ホントに?嘘…じゃないよね?」
「がんばって作ってくれたんだろ?味で分かるぞ?」

それを聞いたフランが安堵の表情を浮かべる。
うまく出来たのかどうか、自信が無かったのだろう。
でも、今俺が口にしているこれは間違いなく美味しいと言える。
どこぞの閻魔に誓ってもいいくらいだ。

「昨日は半日以上作り続けたんだけど、どれもうまく出来なくて…○○にチョコを作ってあげられないんじゃないかって、凄く不安だった……」

そんな長時間もやってたのか?
そうなれば、厨房がどんな惨状になったのかは想像に難くない。
咲夜さん、後片付けが大変だったろうな……。

「いつも○○は私に優しくしてくれるから、そのお礼がしたくて…○○に喜んでもらいたいから、チョコを作りたいって思ったの」

な、なんて泣かせる理由なんだ……そこまで俺の事を…。
ちょっとだけ、じーんと来た。

「一時は諦めようかって思った。でも、咲夜が『一生懸命作った物なら、○○が悪く言う事はない』って言ってたから…だから、がんばってみようって」

もう何も言うまい。
俺はたまらず、フランを抱き締めていた。

「ぁ……○、○…?」
「本当に嬉しいよ。そこまでしてくれるなんて、正直思ってもみなかった」

そのまま、勢いで唇を重ねると舌を絡ませる。
口の中には、まだチョコの欠片が残っていた。
舌越しにチョコの味をフランへと伝える。

「ん、んん…っ……。ホントだ、美味しい…」
「フランが一生懸命作ってくれたからな」
「えへへ…大好き……」

……ああ、今までバレンタインなんて滅びろと何度思ったか覚えていないけど。
いい物なんだなって、確かに思ったよ。
そう思えるのは、こうして大切な人がいるからなんだろうけどな。





――その次の日の朝、フランの部屋を掃除しようと咲夜が入ってきた。
部屋の主は吸血鬼らしく眠っている。
咲夜は能力を使い、掃除を一瞬で終わらせようとした時…机の上に広げてある物が目に留まる。
一冊の日記帳には昨日の様子がこう書かれていた。

「2/14

昨日は咲夜にあれこれ教わってチョコを作ったけど、無事に出来て良かったと思う。
味に不安はあったけど、○○は美味しいと言って全部食べてくれた。
その後は、いつも通り○○にいっぱい愛してもらった。
いつまでも、こんな幸せが続くといいのに。

とりあえず、これからも○○を喜ばせたいから料理を覚えなきゃいけない。
また咲夜に頼んで、色々と教えてもらおうと思う」

これからも厨房の片付けが大変になりそうだと、そんな事を思いつつも…咲夜は優しく微笑むと、日記を閉じて部屋を出た。
一人、ベッドの上で眠るフランの寝顔は、いい夢を見ているのか実に幸せそうであった。

新ろだ2-005
───────────────────────────────────────────────────────────

明日、3月14日はホワイトデー。
バレンタインデーでチョコをもらった男子がお返しをする日。
そんな感じの事をパチュリーから聞かされた。
でも、一体何を贈ってくれるのか…それが気になったから、ちょっと聞いてみる事にした。

「ホワイトデーってどんなお返しが一般的なの?」
「そうね…大体はお菓子かしら。中には物凄い高い物をお返しとして贈るケースもあるようだけど」

先月は苦労して作ったチョコを○○にプレゼントし、それを喜んで食べてくれたのは記憶に新しい。
…○○は私にチョコのお返しとして、何かを贈ってくれるのだろうか?
それを考えただけで、少しだけワクワクしてくる。
それにしてもお菓子かぁ…。
どんな物を贈ってくれるんだろう?
そんな事を思いつつ、私はいつものように○○の所へ遊びに行く。
それとなく聞いてみようかな、なんて思ったりして。
まだ日は落ち切っていないので、日傘を手に人里へと飛び立った。



…そんな訳で人里にある○○の家の前に到着。
たまに、まだ仕事から帰ってきてない時もあるけど…今日はいるかな?
私は戸をドンドン、と叩く。
…あれ?反応が無い?
もう一度。
……やっぱり反応が無い。
戸を開けようにも、鍵がかかっている。
まだ仕事から帰ってきてない、のかな?
うーん、どうしよう……そんな事を私が思っていると、後ろから声がかかる。

「おや、こんな所でまた会ったな?」

振り返れば……あ、この人は確か○○が風邪を引いた時、私にお粥の作り方を教えてくれた人だ。
確か寺子屋で先生をやってるとか言ってたっけ。
この人なら○○がどこへ行ったのか、何か知ってるのかもしれない。

「○○、まだ仕事から戻ってきてないの?」
「いや…今日と明日は休むと言ってたぞ。何か用事があるとか聞いたが……」

休んでいる?
用事があるから家にいない?

「どこへ行ったのか知ってるの?」
「うーん、詳しくは……。ただ、博麗神社に行くとか何とか…」

霊夢の所へ?…なんで?
考えても仕方ない…私は簡単に礼を言うなり、すぐにそこへ向かう事にした。
でも、一体何の用事で…?



博麗神社に到着。
ここへはたまに○○にお姉さま達と一緒に宴会で行った事があるけど…その時とは違い、今は閑散としている。
うーん、いつもこんな感じ……?

「あれ、こんな時間に一人で来るなんて珍しいわね?」
「○○がここに来たって話を聞いて……」

境内の掃除をしていた霊夢が私に気付く。
○○は…いない?

「ああ、それなら……」
「あら?○○を探しに来たの?」

そのスキマ妖怪が縁側でお茶を飲んでいた。
何か、知っている……?

「○○の所へ遊びに行こうとしたんだけど、家にもいなくて…それで……」
「…○○なら、外の世界に帰ったわよ」

……え?
今、なんて……?

「ちょっと、紫……!」
「突然○○が『外の世界に帰りたい』って言うから、帰したわ。…この世界にも愛想を尽かしたのかしらねえ?」

なんで……?
○○が、いなくなった…?この世界から?私に何も言わずに?
外の世界に帰ったって…どう、して…?

「ね、ねえフラン…こいつの言ってる事は……」

霊夢が何か言っているようだけど、私の耳には届かない。
○○がいなくなった衝撃に、胸が張り裂けそうになった。
いつまでも一緒にいてくれるって約束したのに…
二人で色々な事もしたのに…
なんで…なんで外の世界に帰っちゃったの…?
私の事が嫌いになった?何か落ち度があった?
いくら考えても分からない……今となっては、理由を聞く事も出来ないのだから…。





その日、フランがひどく落ち込んだ状態で帰ってきたのを見て、屋敷の住人はこぞって「何があったのか」と心配した。
レミリアが理由を聞いても、フランは何も答えずに自分の部屋へと閉じこもってしまう。
……部屋の中からは嗚咽が聞こえてきたのは、それからすぐの事だった。

「…それで、どうだったの?」
「はい…どうやら『○○が外の世界へ帰ってしまった』との事で……」

様子を見に行った咲夜が、フランの嗚咽から断片的に聞き取った内容を報告する。

「あんなに仲が良かったのに…?確かにフランはそう言ってたの?」
「間違いありません。『何も言わずに帰った』とか『私の事が嫌いになった』とも……」

真剣に報告している以上、咲夜が嘘を言っている訳はない、とレミリアは確信する。
…に、しても理由が分からない。
つい先日、紅魔館に来た時も○○はフランとイチャついていた。
それこそ妖精メイド数人が砂糖を吐きまくって倒れるくらいに。
付け加えるなら、そこまでよ!な事にも発展してたが……
そんな簡単にフランを捨てられるような物なのだろうか?

「○○さん、妹様と喧嘩にでもなったんでしょうかね…?」

美鈴の言う事は間違っている。
そんな事にでもなれば、○○は一瞬でミンチになるのがオチだろう。
しかし、いくら考えても正式な理由は分かるはずも無い。

「今の時期なら、あのスキマ妖怪は起きてるし…こうなったら私が直接外の世界に出向いて、○○を……」
「その必要は無いわ、咲夜。…○○は戻ってくる。アレは絶対に妹様を捨てるような人間じゃないわ」

咲夜の案をパチュリーが静止する。
何か戻ってくるような理由を知っているのだろうか。
ともかく、もし戻ってきたらじっくり問い詰める。
それがここにいるメンツの総意だった。





今日は3月14日、ホワイトデー。
だが、あと数分でそれも終わってしまう。
思いの外、手間取ったのがその原因か。
俺は荷物を背負い、夜の空を飛んでいる。
……ただし、箒の二人乗りで、だが。

「魔理沙、急いでくれよ…日付が変わったらアウトなんだ」
「これでも全速力で急いでるぜ。…っと、もうすぐだな」

俺が博麗神社に戻ってきた際、たまたま魔理沙がいて良かった。
理由を話したら、快諾してくれたからだ。
……まぁ、後で何か請求されそうな気もするが、その時になったら考えればいいだろう。

「さーて、片道特急霧雨号…終点の紅魔館に到着するぜ!」
「って片道なのかよ!」

そんなやり取りをする内、門が近付く。
美鈴は…こんな時間まで門番してるのか、大変だな。

「……ハッ!?白黒、また現れたわね!今日こそは門番の役割……」
「おっと待ちな。…ほら、着いたぜ」

颯爽と箒から飛び降りる俺。
着地と同時に、美鈴が驚いたような顔になる。
……あれ、なんでだ?

「○○、さん…!?外の世界に帰ったんじゃ…」

え?ちょっと待て…なんで美鈴がそれを知ってるんだ?
誰にも話してないぞ?
……まさか、あのスキマ妖怪め…みんなに言いふらしたとかしてないだろうな…?
いや、それよりも急いでフランのところへ行かねば。
日付変更まであと少しだ。

「詳しい事は後で話す、フランの所に行かなきゃならないんだ!」
「あ、は、はい!どうぞお通り下さい!」

考えてるヒマは無い。
俺は走り出した。

「ついでに私も通してもらうぜ」
「って、白黒はダメよ!」
「チッ、また力ずくか……」

…後ろで何かやってるようだが、スルーしよう。
入り口の扉を開き、エントランスホールへ向かう。
そこには……

「ホントに戻ってきたのね…」

咲夜さんが鬼の形相で……え?鬼?
お、俺が何をしたと!?

「……まぁ、色々と聞きたい事はあるにせよ、妹様なら部屋にいるわ。…早く行ってあげなさい」

何か聞いた時点でナイフが飛んでくるのは避けられない気がするので、俺は足早にフランの部屋へと向かう。
ふと、腕時計を見る…あと3分か。
ホントにギリギリになりそうだが、どうにか間に合いそうだ。
…そのまま俺は全速力で走り、フランの部屋の前に到着した。

「フラン、俺だ!開けてくれー!」
「ぇ……○、○…?」

部屋の奥から聞こえてくる声。
寝ていた?でも、今は夜…こんな時間に吸血鬼は眠らないが……

「ああ、俺だ!だから開けてくれ」

ガチャリ、と言う鍵を開ける音。
俺はドアを開く。

「フラン、待たせ……あれ?」

目の前のフランは目が真っ赤だった。
…泣いていたのか?でも、どうして?
レミリアと喧嘩でもしたのか?

「○○…帰って、きたんだね…ホントに……」

…げ、まさかフランにもバレてた?
ああ、もうこうなったら考えたって仕方ない。
俺はリュックサックから荷物を取り出す。
最後にもう一度、腕時計を確認…間に合ったな。

「よし、まだ日付が変わってなかったからセーフだな。これ探すの大変だったぜ」
「……これって…」
「ああ、バレンタインデーのお返し。人里の店じゃ、あんまり品揃えが良くなかったからな。…なもんで、スキマ妖怪に外の世界へ一時的に帰してもらった、仕入れてきたのさ」

大きな瓶に入った七色のドロップ、クッキーの詰め合わせ、ちょっとした小物数点……
どれも外の世界で見つけ、買ってきた物だ。

「……」

フランが呆然とお返しの数々を見ている。

「……っ」

お?フランが泣いてる…喜んでもらえたよう……

「○○の、バカぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

!?
ちょ、レーヴァテインが俺に向かって振り向けられ…

ピチューン







「……で、どうしてこうなった訳?」

翌日、全身を包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに横たわっている俺に、レミリアが問い詰める。
…まぁ、実際は瀕死の重傷ってレベルじゃなかったんだけど(その代わり、全身アザだらけで動く事もままならないが)。
様子を密かに見ていた昨夜さんによると、あの時フランが俺に放ったレーヴァテインは『いつもより大幅に手加減した』物だったらしい。
もっとも、そのせいで俺は吹っ飛ばされてご覧の有様な訳だが。
……うん、アレを食らって分かった。
すっげえ痛えわ……。
幾度か美鈴が食らって吹っ飛ばされてるのを目にしたけど、その痛みってのが俺にもよーく理解出来た。
これが手加減無しだった場合、多分俺はミンチになってたであろう。

「まず最初に断っておくけど、フランは勘違いしてただけなんだからな……」

そう切り出して、俺は事の経緯を説明する。

…それは12日の事。
俺はホワイトデーのお返しをする為に人里の店に出向くも、そこの品揃えはあまりいいとは言えなかった。
さすがにそれではフランに悪いと思い、直感的に思いついた策…それは外の世界になら、お返しの品も充実してるんじゃないかと。
幸いにも、外界旅行の時に余った旅費がある程度残っている。
それならば一時的に外の世界へ戻り、少しでもいい物を買って帰ろうと言うのが俺の狙いだった。

思い立ったが吉日と言う事で、俺は13・14日の仕事は休むと慧音さんに伝えた後、博麗神社へと向かった。
スキマ妖怪と一番親交のある紅白なら、居場所を知っていると見たからだ。

そして幸運にもスキマ妖怪がそこにいた事もあり、俺は理由を話し外の世界へ一時的に戻れないかと聞いた。
少し面倒そうな顔をしていたが、14日の夜には戻れるようにと言う細かい条件も付け、俺は一時的に外の世界へと帰還したのだ。
そこで丸一日探し続け、ようやくフランへのお返しを買う事が出来た。
しかしスキマ妖怪の怠慢なのか、帰りが遅くなり…こうしてギリギリの時間に戻ってくる事となった訳だが……
どうやら紅白の話によると俺がいない間、スキマ妖怪はフランに『○○は外の世界に帰った』と、嘘を吹き込んだらしい。
で、フランはそれを信じ込んでしまい、一夜を泣き明かしたとかなんとか……
おかげでこのザマである。
こっちは全力でお返しを探しに行ったのに、とばっちりを受けるハメになるとは思ってもみなかった。

「……そう言う訳だったのね。…咲夜」
「はい、お嬢様」
「あのスキマ妖怪をシメてきなさい。妹を泣かせた償いをさせるのよ」
「かしこまりました」

…おお、こわいこわい。
とは言え俺もある意味、スキマ妖怪の被害者になったので、心の中で咲夜さんの健闘を祈る事にしておいた。
そして、そんなフランはと言うと……

「はい○○、あーん♪」

……こんな感じですっかり誤解も解け、いつも通りに戻った。
俺が負傷したのをいい事に、やりたい放題だ。
なんだか納得がいかないような気もするけど…

「じゃ、理由もハッキリした事だし…私はそろそろ行くわ。あとは二人でごゆっくり、ね」

これ以上ここにいるつもりは無いのか、レミリアが部屋を出た。
…部屋には俺とフランの二人きりだ。

「○○、私のために外の世界へ一時的に戻ってたんだ…てっきり帰っちゃって、二度と戻ってこないのかと思ったよ…」
「俺はこの世界に骨埋める覚悟はしてるんだ、もう戻るつもりなんて無いぜ」
「ホントにホント?」

…じっと俺の目を見て聞いてくる。
一時的とは言え、離別の悲しみを知ってしまったのだろう。
俺がは当然、こう答えた。

「当たり前だ。いつまでも一緒って約束しただろ?」
「…じゃあ、証拠を見せて」

…やれやれ。
俺は痛む体を無理に酷使し、フランに近付く。
そして──

「ん、っ……」

唇を、重ねた。
証拠なんて、それだけで十分すぎるのだから──


……因みに、その後は当然のようにそこまでよ!な事に発展し、無理が祟って一週間ほど動けなくなってしまったのは秘密とさせていただく。




新ろだ2-037
───────────────────────────────────────────────────────────

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年09月14日 19:33