雛7



うpろだ0040




 細道を行く
 誰とも知れぬ秘境の地を
 川のせせらぎが流れ木々の木の葉が揺れる音と共に
 祈りを込めて歩みを進める

 誰かが苦しまぬように
 誰かが苛まれないように
 誰かが災厄に身を焼かれないように
 誰かが厄にその身を滅ばされぬように

 祈りと厄災と共に彼女は歩み続ける
 それこそが彼女──鍵山 雛の生き方だった

 その日もいつものように誰かの厄を背負い、そして世界へと返す
 人との間に決めていた関係性
 いつからか決まり切っていたその自分の役目を終えた、帰り道の出来事

「人間の厄というのは限りないものね、だからこそ私が居るんだけれども」

 誰に聞かせるでもない独り言が零れる
 厄と言っても一纏めに言えるものではない

 事故に会うという不運
 前世から背負っている業
 考え方からくる不幸だと思う考え

 その全てを分け隔てなく祓い、背負う彼女だからこそ、零れる愚痴
 そんなことを言いながら帰っている道すがらその人間と彼女は──出逢った


「あぁそこなお嬢さん、よければ帰り道を教えてくれないか?」

「……人間がこんなところで何をしているのかしら? それに貴方──厄いわね」

 一目見て思ったのは、何故生きているのかという疑問
 そして助けなければという使命感
 それ程までに──その男の背負っている厄は途方もないものだった
 今目の前で言葉を発しているのが、不思議な程に

「やくい──? いや、どうやら迷ってしまったみたいなんだ、気付いたらこんな山奥に居て……どうにもにっちもさっちもいかなくて」

 外の世界の人間なのだろうか
 この妖怪の山で迷っているというのに、その危険を感じていない態度に思う

 ──とにかく出逢ってしまったのだから無碍には出来ない
 厄を祓うことこそ自分の役目なのだから

「気にしなくていいわ。後、貴方どうも幸薄そうだから助けてあげるわよ、案内してあげる」

「そりゃ助かるよ、ただ幸薄そうって酷いな……まぁ確かに今の状況は不幸だけども」

 そうして帰り道を引き返し、山の麓へと向かう
 帰りが遅くなるが特に気にする程でもない

「しかし落ち着いてみると、良い所だなここは。こんな自然に溢れた所を見るのは初めてだよ」

「呑気なものね。命の危険だってあるのに」

「野生の生き物でも居るのか? そりゃ危険だ」

「それだけの厄を背負いながら襲われなかったなんて、運が良いのか悪いのか、判らない人ね貴方は」

「なんでかよく言われるよ。あぁそういや俺は○○って言うんだ。あんたは?」

「雛。鍵山 雛よ」

「雛か、珍しいが可愛い名前だな。よろしく頼むよ、雛」

 どこか人懐っこく、ひょうひょうとした彼の態度
 恐らくは疑うということをあまりしない性質なのだろう
 送り始めた道すがら、にこにこと笑う彼を見ながらそんなことを思った


「しかし雛はこんな山の中で何をしてたんだ?」

「帰る途中だったのよ、私の家はここの中腹にあるから」

「ありゃ、そりゃ悪いことをしちまったな、でもこんな山の中に雛みたいな女の子だけなんて危なくないのか?」

「……貴方よりも慣れているから平気よ」

 慣れているのは確かだ
 なんせ何十年、何百年もここで過ごしている
 あえて言わなかったことは私が──厄神だということ
 それを説明すれば私が何故ここにいるのか
 私という存在がどの様なものなのか
 それを理解させることが出来て楽なはずだった

 それをあえて言わなかったのは私の弱さ
 人に忌み嫌われる存在でありながら──それでも人を愛しいと思うが故だった

「ふーん、そんなもんかねぇ。まぁでも気を付けてな、なんせ女の子なんだから何かあったら拙い」

 私という存在を知らないが故に見せるその屈託のない笑顔
 少しの間でも、それを見ていられるというのは私の中で嬉しいものだった

 ──たとえ、もうすぐ彼の厄を背負うことになりその結果、忌み嫌われることになろうとも


 そうして、思ったよりも早く山の入口へと着いた
 とりあえずはこれから里まで送っていくのだがその前に──

「里まで送ってあげるわ、右も左も判らないだろうし」

「すまんな、何から何まで」

「いいのよ、でもその前に貴方が背負っているそれを取ってあげる」

 これは私の役目、しなければいけないこと
 たとえそれで忌み嫌われようとも出逢った彼を不幸には出来ない
 頭では理解しているが心の奥では未だに慣れない
 あの──怯えるような、忌避するような目からは──

「そんなことが出来るのか、雛は。よく判らんが凄いんだな」

 彼から言われた言葉をすぐに理解は出来なかった
 きっと、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしていたと思う

「そ、そんなことって……貴方の不幸を代わりに背負うのよ、気持ち悪いと思わないの?」

「んー……それがどういうことなのかいまいち判らないけども助けてくれるんだろ?
   なら、感謝こそしても気持ち悪いなんて感じるはずないじゃないか」

 その疑うことを知らないかの様な態度に戸惑ってしまう
 今まで向けられてきた視線とは全く違う
 純粋な感謝の想い、その視線を真っ直ぐに見つめることが出来なかった

「貴方は──不思議な人ね」

「もう少し考えろ、とはよく言われたなぁ」

 そう言って笑う彼
 つられて私も笑ってしまい、それがいつ振りの笑顔なのか──思い出すことも出来なかった


「それじゃ、じっとしててね。すぐに終わるから」

「あぁ判った。よろしく頼むよ」

 そうして彼の胸に手を当てる
 いつもは意識することさえなかった人の鼓動
 それをどこか心地よく感じながら意識を集中させる
 何故かは判らないが人が持つには身に余る程のその背負った厄
 それを自分自身に流し込もうとする
 その刹那──

「……っ!? きゃぁ!?」

「雛っ!?」

 思いもよらない反発が起こり触れていた手が弾かれる
 思わず倒れ込む所を彼に抱き留められる
 まさか、私でさえ全てを背負いきれないなんて──

「雛っ!! 大丈夫かっ!?」

「え、えぇ……大丈夫……よ……? ──っ!!」

 混乱していた頭を落ち着かせて、今の体勢に気付く
 近く、すぐにでも触れられそうな彼の顔
 間近にあるそれを意識して──途端に恥ずかしさが沸き上がった

「大丈夫か!? どこか怪我とか──」

「だ、大丈夫だから。心配しないで大丈夫よ」

 そうして口ごもる
 心配してくれているのは素直にありがたいのだが……どうにも困ってしまう

「なら良かった……すまない、俺が何かしてしまったみたいで」

「ううん、私の力不足だから」

 彼の厄は、見た時から強大なモノだということは判っていたが……これは少しづつ分けて回収しなければいけないようだ
 さもないと──いつその厄災に見舞われるか判ったものではない
 私でさえ背負いきれないその凄まじさ
 人である彼に振りかかれば──

 それだけは避けなければいけない
 こんな忌み嫌われる私にそのままの態度で接してくれる彼を救いたいと、そう決めた

 その後、必要以上に私を心配する彼と共に人里まで辿り着いた
 本当ならこの後彼を帰す為に神社まで送るべきなのだろうが──

「本当なら貴方はすぐにでも元の場所に戻るべきなんだけども──ごめんなさい、その厄を全て祓わせてもらいたいの」

 どれだけかかるのか、正直な所判らない
 私の不手際で彼には迷惑を掛けてしまう、その事を謝ると──

「別に構わないさ、こんな自然に溢れる場所は見たこともなかったからもう少し居たいし。
   それに俺の為に頑張ってくれるんだろう? 逆にこっちが感謝しなきゃいけないぐらいだよ」

 そんな、言葉を言ってくれた
 厄神である、私なんかに

「ありがとう──せめて、その間の住居なんかは私の方でツテを探してみるわね」

「何から何まですまんな、ありがとう」

 そう言って笑ってくれる彼
 私にとってはそれが何よりも、嬉しいことだった



「そういう訳なんだけど……どうかしら?」

「なるほど、事情は判った。私には厄は見えないからどれ程危険なのか判らないが、確かに困っているのならば助けなければいけないな」

「ありがとう、恩にきるわ」

 人里の守護者、慧音に色よい返事をもらう
 こういった時に、人妖分け隔てなく接してくれる彼女は頼りになる
 しばらくの間はきっとこれで大丈夫だろう

「──というわけなんだが、君はそれでいいかな?」

「助けてもらえるのなら文句なんてあるはずもないですよ、よろしくお願いします」

「あぁ、多少は手伝いなどもしてもらうことになるだろうからな、こちらとしても助かるよ。よろしく頼むな」

「はい、こちらこそ。──ただ、一つだけいいでしょうか?」

 里に着いてから、寺子屋に入るまでずっと何かしら気にしていた様子の彼が問い掛ける
 何かしら不安に思うことがあるのだろうか? そんな風に考えていると──

「何故ここの人は彼女──雛を変な目で見るのでしょうか?」

 そんな──ことを、言われた
 慧音と共に口ごもる
 彼女が何か口にしようと思うよりも先に口を開く
 なにせ私の事なのだから、私が説明しないといけない

「それはね、私が人ではなく──厄神と呼ばれる存在だからなのよ」

「雛……」

「いいのよ、最初に説明しておくべきだったことなのだから」

 そう、それを後回しにしていたのは私の勝手
 嫌われたくないという──弱さなのだから

「厄神?」

「えぇ、誰かの厄、不幸を肩代わりしたり──逆に時には振り撒く存在。だから──」

 きっと彼も、皆と同じ様に忌み嫌う
 当たり前だ、誰だって好き好んでその身に厄を振り撒かれたくはない
 不幸の吹き溜まりと同じ場所に居たいはずはないのだ
 それは当たり前のことで──

「だからって別にどうもないじゃないか、雛は雛だろう?」

 そう思い切っていたからこそ、彼の言葉に驚きのあまり伝えていた言葉が止まってしまっていた

「な、何を言っているの!? 私と接していると誰もがその身に厄を宿すのよ!!」

 その光景を何度も見てきた
 その度に、自分に対する自己嫌悪と向けられる忌避の視線に傷ついてきたのだから
 彼にもそうなってはもらいたくはない、人には幸せに笑っててもらいたいのだ
 たとえ遠くから見守る身であろうとも──

「んー考え方次第だとは思うんだけどなぁ。とりあえず俺は雛に助けてもらったんだから、悪くなんて思えるはずがないよ」

 人から向けられるはずがなかったその言葉
 それがどうしようもなく嬉しくて──私なんかには、分不相応で──

「だから雛もそんな自分を卑下せずに……ってどうしたの!?」

 流れる涙を、隠すことすら出来なかった

「ううん、大丈夫。ぐすっ……平気よ」

「なら良いんだけども……慧音さん、一つ良いですか?」

「うん? なんだ?」

「先程の話なんですが──もしよければ、山の近くに住める場所ありませんでしょうか?」

 そんな、突拍子もない提案をする彼
 さすがに泣き続けているわけにもいかず制止の言葉を言う

「里から出るなんて危険よ! 今回だって私が居たから良かったものの、妖怪に喰われていても、おかしくなかったのよ!?」

「うむ、雛の言う通りだな。さすがに危険が及ぶかもしれないことを許可は出来んよ」

「出来る限りでいいんです、どうにもここの人は雛を嫌っているみたいですから……
   よく知らない自分が悪く言うのは、違うとは思うんですが……少しでも山に近い方が雛が嫌な思いをしないですむと思って」

「そんな……! 貴方が気にするようなことじゃないのよ!!」

「どうにも人の視線って気になっちゃってね、俺の為でもあるんだよ」

 そんな、判りやすい嘘を口にする
 短い間だけれども判る、彼は誰かを嫌うということをしない性質だ
 だから──単純に私を気遣ってくれているということが
 そうして、彼と押し問答をしていると慧音が口を挟む

「──悪いが、人里を守る者として危険をみすみす見逃すことは、出来ない」

「でもっ……」

「あぁ最後まで聞け。ただ、誰かに見守ってもらえるのならば話は別だ。──雛、よければ見守ってやってくれないか?」

「……え?」

「雛も厄を祓う為に、彼のところへ見舞うのだろう? その間だけでもいいのだが……彼と共に居てもらいたいんだ。
   雛が居れば妖怪もおいそれと手を出しては来ないだろうし……どうだろうか?」

 確かに、彼の厄を祓いきるまでは彼を放ってはおけない
 それに私にだって、少しは振りかかる脅威を払う力はある
 でも……

「……少しの間でも、必ず厄は貴方に振りかかってしまうと思うわ。
   それは私では──どうにもできないから」

「よく判ってないだけかもしれないけども、その厄ってのも雛が取ってくれるんだろ? なら何も心配ないさ」

「……判った。貴方の厄は私が必ず祓うわ、だからその間しばらくは迷惑掛けてしまうと思うけど……」

「んー……どうにも悲観的だよね、雛は。大丈夫、どうにかなるさ」

 悪い方向に考えやすい私の性格
 それを気楽に笑い飛ばす彼
 何故か、それを嫌だとは感じなかった



「それじゃ、こんなところで申し訳ないが……」

「いえいえ、立派なものですよ。むしろ何から何までありがとうございます」

 そうして案内されたのは里から少し離れて、ぎりぎり妖怪の活動圏から離れたあばら家
 雨水をしのげる場所があるだけ儲けものなのだ
 迷惑を掛けている身である以上、贅沢なんて言えるはずがない

「私からも礼を言うわね、ありがとう慧音」

「構わんよ、役目の一つでもあるし、何より困っているのならば助けるのは当たり前だろう」

 そう言って気さくに笑う慧音さんと、対照的に俯いている雛
 未だにここで暮らすことに不安に感じている様子だった

「それじゃ、私はそろそろ行くよ。何かしら必要なものがあったら用意するから尋ねるといい」

「はい、ありがとうございます」

 そう言って彼女と別れ、雛と二人きりになる
 さて、何をしようかと考えていると──

「ねぇ、○○。──私もここに住むわ」

 そんな、考えもしていなかった事を言われた

「ちょ、ちょっと待って! 雛はちゃんと住むところがあるんだろう!?」

「必要なものだったら持ってくるから大丈夫よ」

「いや、でも……」

 いきなりの言葉に戸惑ってしまう
 なんせ厄神……という存在だということは聞いたが、見た目はとても可愛らしい女の子だ
 人とは違うと言われてもそれは特に気にしないが、女の子と一緒に暮らすというのなら話は別だ

 ……自分だって男だし

「心配なのよ……貴方が。──ダメかしら?」

「……あーもぅ。……よろしくお願いします」

 伏し目がちなまま上目づかいで問い掛けてくる雛
 純粋に自分の事を心配してくれているのだということが判るし
 何より──このお願いを断れる奴が居たらそれは男じゃない……と、自分の中で無理やり納得した

 今まで普通に暮らしてたはずなのに、どうしてこうなった……と、嬉しそうに顔を綻ばしている雛を横目に思った



「ちょっと聞いてもいいかな」

 雛と共に夕食を食べ終わってゆっくりしている時に、ふと聞いてみた

「なにかしら?」

「実際よく判ってないんだよね、この場所のこと。だから良ければ話を聞いてもいいかな」

「えぇ、判ったわ。そうね、どこから話しましょうか──」

 そうして雛から聞いたのは俄かには信じがたい話ではあった

 曰く──ここは自分の住んでいた世界とは違うということ
 曰く──妖怪と呼ばれる幻想の存在が居るということ
 曰く──雛もその中の一つで厄神、人の厄を祓う存在であるということ

 そして何より信じられなかったのは、自分は物凄い厄を背負っていて、生きているのが不思議なくらいだということ
 そんな説明を聞いた

「何から何まで途方もない話だなぁ」

「本当なら貴方みたいに迷い込んでしまった人はすぐに元の世界に送り返すべきなんだけどね……」

「あぁいやさっきも言ったけども、ここの雰囲気は凄い気に入ってるんだ。
   だからそれは構わないんだけど……」

 その背負っている厄。それが先天的なのか後天的なのか
 ──誰かに恨まれた結果だったら、嫌だなぁ
 そんなことをぼんやり思った

「厄っていうものは生きている限り切っても切り離せないものなのよ、多かれ少なかれ……誰しもが背負っているものだわ」

「雛もそうなの?」

「えぇ、私は許容出来る厄が多いだけで──幾人も不幸にしてきたわ」

 そう言って自嘲気味に笑う
 その奥にある思いは判らない

「──でも優しいんだね、雛は」

「──え?」

 それでも、そんな悲しそうな雛の顔は見ていたくはなかった

「だってそんな誰もしたくないようなことを率先してやってるんだから」

「別に……それが私の役目なだけよ優しさなんかじゃないわ」

「それでも投げ出さずにこなしているじゃないか、それは凄いことだと思うし──優しいからこそだと思うな」

 だから認めてあげた
 凄いことなんだと──立派なことなんだと

「──ありがとう、そんなことを言われたのは、初めてかもしれないわ」

「偉そうに言うことじゃないけれどね、でもそう思うよ」

 どれ程になるのか判らないけれども、少しでも彼女が自分自身を認められるように──



 彼に言われた言葉を、夜中に一人思い返す
 正直、泣き出さず堪えられたのは自分自身を褒めてあげたかった

 忌み嫌われる私なんかを優しいと──立派だと言ってくれた彼
 きっと、誰に聞いたとしても優しいのは彼だと、その考え方こそが立派なことなのだと言うだろう

 それでも──と思う
 彼が望むのならば、それならば、少しは自分自身を認めても……いいのかもしれない
 ──好きになれるかもしれない
 そんなことを──思った

「貴方を必ず救ってみせる……絶対に」

 そうして隣で安らかに寝息を立てている彼に、改めて誓いながら私も瞳を閉じた



「本当に途方もない量なのね……貴方の厄は」

「実感出来ないけどもそうなんだろうね、まいったなぁ」

 そうして二人して溜息を零す
 目覚めてから再度厄祓いを試してみたが、結果は同じであった
 減ってはいるのだとは思う
 ただ、その総量が多すぎて残りがどれくらいなのかが把握出来ないのだ

「まぁきっと少しづつ改善してくさ、気楽に試していこうよ」

「だといいのだけども……」

 そう笑い掛けてくれる彼
 多かれ少なかれ、不安には思っているだろうにそんな様子は見せまいと振舞ってくれる

 きっと、悲観的に考えるのは私の悪い癖なのだ
 今までの厄祓いの中で救えなかった人達も数知れず、居た
 だからだろう──彼もその厄にまみれて溺れていってしまうのではないかという考えが拭えないのは
 彼をそんな風には、絶対にさせたくはない
 だからこそ、すぐにでも厄を祓いきれない自分が……歯痒い

「雛が俺なんかの為に頑張ってくれてるのは判ってるよ、だからきっとなんとかなるさ」

「えぇ……きっと」

 それが手遅れになってしまわないうちに
 そう、強く思った



「それはそれとして、良かったらこの辺りを案内してくれないかな」

「それは別に構わないけれども……特に面白いものなんてないわよ?」

「俺にとっては全てが新鮮なんだよね、だからここのことがもっと知りたいんだ。
   ──雛と一緒なら散歩でもきっと楽しめると思うし」

 恐らくは深く考えずに言っているのだろう
 それがどれだけ──私を喜ばせているのかを

 自然と綻んだ笑顔を必死に隠しながら、彼と共に家を出た


「あのふわふわ浮いているのはなんだろう」

「あんな形だけども宵闇の妖怪よ、人食いだから近づかないでね」


「女の子に羽根が生えてる……飛んでる……」

「悪戯好きの氷精ね、もし一人で出逢ったら謎解きでも出せば平気よ」


「そこで寝てる人は……外の本で見たことある格好だけども」

「この紅い館の門番ね、敵意がなければ気さくに話し相手になってくれるわよ」


 そんな風に、彼と散策をしながら見かけた妖怪の説明をする
 どうにも、好奇心が彼はだいぶ強いらしい
 危険に感じていないのは外の人間らしいというべきか
 もしも一人だったら、気にせず誰彼かまわず話しかけていたのだと思うと薄ら寒いものを感じる

「あやややや──これは珍しい組み合わせですねー」

 空から、ある意味聞き慣れた声が聞こえる
 目を向けるとそこに居たのはやはりブン屋──文だった

「……私が人と一緒に居るのがおかしいかしら?」

「いえいえ、そんなことはございませんよ。気分を害されてしまったのなら謝ります」

 基本ゴシップ好きの天狗、その中でも文の発行している文々。新聞では私の記述も載っている
 ──正直、酷い書かれようではあるのだが
 自然と言葉にも棘が混じるが彼女にはどこ吹く風の様だ

「それで、そちらの方は? 初めて見掛けますが……」

「こんにちは、○○と言います。ちょっと迷い込んでしまって……雛に助けてもらっているんですよ」

「なるほど、外来人でしたか。射命丸 文と申します、よろしくお願いしますね?
   ──さっそくですが、何かしらネタになるかもしれません。なので、少し取材をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 なにかしら嗅ぎつけたのか、彼に擦り寄る文
 危害などは加えないだろうがもっと悪いことになりそうなので間に入って制止する
 ……なんとなく、距離が近すぎると感じたのもあったが

「彼はこの世界に迷い込んでまだ日が浅いのよ。だから、また今度にしてもらえるとありがたいのだけども」

「それはそれは、さぞかしお困りだと思います。ただ、だからこそ色々とこの世界について知る切っ掛けになるのでは?」

「それは……」

 そう言われては、返す言葉に困ってしまう
 なんせ、そもそも今日はこの世界のことを知りたいと彼に言われて出歩いているのだから

「俺なら別に構わないよ、記者さんだというんだったら色んなことを知ってるだろうし、ぜひお願いしたいかな」

「おぉ! なんてありがたいお言葉。では、同意も取れたということでとりあえずは貴方のことから──」

 彼のお人好し具合から判ってはいたがそのままなし崩し的に取材が始まった
 しばらくは一緒に聞いていたのだが、すぐに手持無沙汰になってしまいその場を静かに一人離れる

 することがないというのもあったが──楽しそうに笑いあっている二人を見るのがどこか嫌に感じる自分がいたから

 そうして一人川辺に座る
 考えるのは、彼の厄について
 正直、どれ程その厄を祓うのにかかるのか判らない
 それ程までにその量は途方もなく、その厄がいつ周りに、そして彼自身に振りかかるのかが気が気でない

「……悪い方向ばかりに考えてても仕方がないわね」

 出来ることをして、やらなければいけないことをするだけなのだ
 自分の役割として、そして何よりも彼の為に──

「あぁ居た居た。探したよ」

「あ、○○。ごめんなさい、ちょっと涼んでいたの。でも、もう終わったのね。文のことだからもっとかかるかと思ったけども」

 そんなことを考えていると彼に声を掛けられる
 どうやらもう解放されたらしい、そんな長い時間考え込んでいたつもりはないのだけども……

「雛の姿がいつの間にかなかったからね、悪いとは思ったんだけども切り上げさせてもらったんだ」

「そんな……別に良かったのに」

「雛を放ってはおけないからね、また時間を見つけて訪ねてきてくれるらしいから大丈夫だよ」

 そう言って笑う彼
 私のことを心配してくれていたみたいで素直に嬉しく思う

「ありがとう○○。それじゃ、どうしようかしら? また里まで行ってみる?」

「……うーん、里なら昨日で道も判るから大丈夫だよ。別の場所にしようか」

 少し考えてからそう言う彼
 ……きっと、私と一緒だからだろう
 その気遣いを感謝しながらその日は彼と様々な場所へと向かった


「今日は色々連れまわしちゃってごめんね?」

「いいのよ、私も久々に行く場所も多かったから楽しかったわ」

「でも雛は知り合いが多いし物知りなんだね、ここのこと少しだけでも判ったよ」

「長く生きているからだけどもね、でもここが危険なのは変わりないんだから気を付けてね?」

「あはは……善処します……」

 そう言ってバツが悪そうに頭をかく
 その後も下手をすれば命を落としかねない相手に対しても、気軽に話しかける彼に私としては内心ひやひやものであった
 ただ、彼の性格故なのか、皆彼を気にいっていた
 きっと、そんな彼だからこそ厄に呑まれていないのだろう

 ──こんな私とは、正反対だから

 楽しそうに、様々な人と笑いあう彼を見ながら、そんなことをぼんやり考えていた

「どうしたの? ぼーっとしてるけど大丈夫?」

「……あ、うん。なんでもないのよ」

 慌てて言葉を濁す
 彼の性格や人柄に、惹かれるものは確かにある
 だけれどもそれは助けを求める人、救いを与える神
 その繋がりと関係性故のことなのだから
 ──それ以上を求めては、いけない

「そうね、昨日は私とこの世界について話したから……よければ貴方の話を聞いてもいいかしら? 厄の原因も判るかもしれないし」

「俺のことかぁ……別に普通に生きてきただけだから面白くもないだろうけども──」

 そう言って話し始める彼
 普通の人生を歩んできたのだろう──と思っていたので驚いた

「だから困ってたから仕事を変わってあげたんだ、アイツ喜んでたなぁー」

「後はアイツもなんかお金がないっていうから肩代わりしてあげたんだ。アイツ、あの後仕事上手くいってるのかな」

「そういえば住んでた家も親戚が家が狭くて困ってるって言ってたから渡したんだ、満足してもらえてるといいんだけども」

「あぁそういえば──って雛どうしたの!?」

 呆れて言葉も出ないで思わず顔を覆う
 彼はお人好しどころではなく、損得勘定を全く考えていなかった
 話に聞いているだけでどれ程の人を助けてきたのか──その為にどれだけその身を削ってきたのか

 それは美徳ではある
 だが、全てを救うなどということが、人の身で出来うるはずもない
 それは他人が見たら素晴らしいと思うものではあるが──同時に必ず、妬みと恐怖も感じさせる

 なんでも頼める、肩代わりさせられる便利な人
 だが──裏では何を考えているのかは判ったものではない
 いつか──掌を返されるのではないか
 良い様に使ってきた分だけ──相応の対価を求められるのではないか

 ──勝手に背負っておきながらなんて嫌な奴だ──

 それは人のエゴ
 そういった人間ばかりではないということは判る
 だが……確かにそう思う人間も居るのだ
 時が経つほどに、背負わせるものが大きいほどに

 その結果が──彼の途方もない厄だ

 人の分まで背負った不幸
 人から向けられる身勝手な忌避の視線

 私が一回で祓い切れるはずもない
 それは、人の厄の集合体とでも言うべきものなのだから
 そうして私は涙を流していた

 ──その生き方に対して悲観の涙を
 ──その生き様に対して尊敬の涙を

「ごめんなさい、貴方の話を聞いていたらちょっと……」

「そんな泣けるような話じゃなかったはずなんだけども……ごめんね?」

「ううん、でも貴方は本当に立派な人。──だからこそ、危うい人」

 きっと、彼と私は似通っている
 誰かの厄を背負い、そしてそれを当然と思っている
 誰に言われるでもなく、自分で正しいと思っている

 だけど──人と神、その差があるのだ
 彼はこのままではまた誰かの不幸を背負う
 そしてそれを背負ったまま生きていく
 それが、当然のものとして

 いつか──背負いきれなくなって潰れてしまうまで

「誰かを助けてあげるっていうのは素晴らしいことよ、尊敬出来るわ。でも、何よりもまず自分を大事にしなきゃいけない」

「いや、もちろん自分が一番大事だよ。ただちょっと困っている人を見ると放っておけないだけで……」

「それは、別の誰かじゃダメなの……? 貴方だけが苦しまなきゃいけないなんてことは、ないわ」

「苦しいとも思ってないしなぁ……それにきっと、雛と同じなんじゃないかな」

「私……と?」

「うん、雛だって誰に頼まれたわけでもないのに、誰かを助けてあげてるんだろう? それと一緒で、特に理由なんてないんだよ、きっと」

「──私は、役目だからなだけよ。そんな立派なものじゃないわ」

 自然と強く否定してしまう
 そこが私と彼の致命的なまでに違う点だ
 私は、役目として人を助ける
 何故ならば私は厄神なのだから

「でも誰に強制されたわけでもないだろう? ──ならそれは、雛がしてあげたいと思っていることだよ。だから俺と一緒なんじゃないかな」

 それは違う、絶対に違うのだ
 でなければ──私は、弱さを認めなければいけない
 いつも、仕方のないことだと、役目だからこなしているのだと
 役目だから──嫌われるべくして嫌われているのだと、思いこんでいるのだから

 それが違うのであれば……
 誇れるものであるのならば……

 人に絶望してしまいそうだから

「でもそう言ってもらえると嬉しいよ、誰かに認めてもらえるんだから」

 思考の泥沼に漬かりそうになっていた私に、彼の声が届く
 残酷なまでに優しい彼
 誰にでも分け隔てなく、自分すら省みず救おうとするその姿勢

「……えぇ、いくらでも認めるわ。貴方は素晴らしい人」

「あはは、そんな風に言われると照れるね。でもありがとう、嬉しいよ」

 その気持ちに、その思いに、その生き方に
 ──どうしようもなく惹かれている自分に気付いた、気付いてしまった

 人と神という間柄を意識したままに



「でもそうするとだ、結局誰かを助ける限り背負ってる厄ってやつは減らないってことなのかな」

「少なくとも私が減らすことは出来るんだけども……いたちごっこになるわね、きっと」

 うーん、どうするべきか……
 無い頭を捻って考える
 雛の言う分には、どうやら誰かを助けすぎて厄が増えていってるらしい
 かと言って今更自分の生き方を変えてくれ、と言われても普通に生きてきた分だけ難しいものがある
 なんせ特に気にせず困ってる人が居たから力になってきた、ぐらいの気持ちなのだから

 あぁそういえば……

「雛は厄を受け取った後にどうしてるんだい? 雛自身がそれを消しているの?」

 厄神という存在である雛、彼女が背負った厄はそのまま消えていくのだろうか
 そんなことを思ったので聞いてみる

「私も多少なら消し去ることは出来るけども、基本的にはもっと上の神様に献上する形ね」

「なるほど、結局は多すぎるとダメなのか」

「えぇ、もちろん人よりかは多くを許容出来るんだけどもね」

 んじゃ結局は俺の生き方を変えなきゃダメかぁ……難しいなぁ

 しばらく考えたが、どうにも一朝一夕では出来そうにもない
 『貴方の生き方が原因です、歪なので変えてください』って言われてもどうすればいいかなんて検討もつかない

「まぁなるようになるか。気を付けてみるよ」

「私も出来る限りで助けさせてもらうわ、長くなるとは思うんだけども……」

「うん、助けてもらうと思う。でも雛に助けてもらえるなら凄い心強いよ、ありがとう」

 そう笑い掛けると、俯いてしまう
 心なしか顔も赤くなってるけども体調でも悪くなったのだろうか

「ちょっとごめんね、よっと──」

「え──ちょっ!?」

 どうやら熱があるとかではないようだ
 体温とかが人と一緒かどうかは判らないけども

「大丈夫そうだね、雛も無理はしないでね?」

「……もう、まったく。貴方はきっと、誰にでもそうなんでしょうね」

 そんなことを、ジト目がちに言われた



「こんばんわー! 清く正しい射命丸ですっ!」

「あぁこんばんわ。すみません、何もないところですが」

 数日が経ったある日、元気よく文さんが訪ねてきた
 初めて会った時の印象通り、元気のいい人だなぁ……

「いえいえ、お構いなく。……おや? 今日はお一人なので?」

「えぇ、厄を祓いに行ってくるということで。夜には帰ってくると言ってましたね」

 毎日共に居ると、どうしても彼女の役目が疎かになってしまう
 それは自分としてもごめんだったので渋る彼女に出歩いたりしないから、と言って厄祓いに向かわせた
 訪れた一人きりの時間を物寂しく感じていたところではあったので、文の来訪は嬉しいものだった

「なるほどなるほど。しかし……雛さんもすっかり通い妻が板についているみたいですね」

「通い妻って……でも彼女には、本当に助けてもらってますよ。自分だけじゃここで暮らすなんて無理だったと思いますし」

「ほほぅ……では今日はその辺りのことについて詳しく聞かせてもらいたいですね」

「えぇ、全然構いませんよ」

 その時彼女の目が俄かに鋭くなったことには、彼は気付く素振りもなかった


「なるほど……いや、良いお話を聞かせていただきましたありがとうございます」

「いえいえ、こんなんでよければ」

 結構長い時間話し込んでいてしまっていたみたいで、話し始めた時は夕方ぐらいだったのにもう陽が沈み切っていた
 そろそろ雛も帰ってくる頃かな
 あぁそういえば──

「よければ、一つだけ聞いてもいいですか?」

「もちろん構いませんよ、どんなことでしょうか?」

「──誰かを助けすぎていると言われたのですが、そんな時はどうすればいいのでしょうか?」

「ふむ、先程の話にもあった件ですね。……そうですねぇ──」

 未だに、考えてはいた
 だが、自分ではどうすればいいのかが未だに判らなかった
 なので問い掛けてみる
 判らなかったら人に聞く
 昔の人も良いことを言うもんだ

「私とは全く正反対の考えなので、参考になるか判りませんが無理して変える必要もないのでは?」

「そうなんですよねぇ、でもそうすると雛にも迷惑掛けちゃうし……」

「──まずはそこなのではないでしょうか? 誰かに助けを求める。それは当然のことですから別にいいのでは?」

「迷惑は掛けるべきだと?」

「もちろん、身勝手に振る舞うのはダメだとは思いますよ。でも、助けてくれる人が居るのなら肩を借りるべきでしょう」

「度が過ぎてるのが問題なだけなんですよねぇ……」

「えぇ、やはり心配に思ってしまう身近な方も居ますからね。でもそれならば、少しでもその方に恩返しすればいいと思いますよ。
   心配されないように。持ちつ持たれつ、というやつです」

「うーん……自分が雛に出来ることかぁ……」

「大丈夫、雛さんも貴方も似た者通しですから。助け合えばいいのですよ」

 もっと頼られればいいということだろうか
 難しい……

「ありがとうございます、参考になりました」

「いえいえ、こんなことでよければいくらでも。──では、そろそろ失礼させていただきますね」

「あ、はい。引き留めてしまってすみませんでした」

「とんでもない、最初にお願いしたのはこちらですから」

 そうして文と別れる
 さて、雛が帰ってくるまでに家事を片付けておかなければ──



「──さて、そんな感じでお悩みの様子ですがどうでしょうか?」

 彼の家から出て、少し離れた位置に居た彼女に問い掛ける
 随分と長い間待たせてしまったようだ
 ──まぁ気付いて敢えて彼の話を引き延ばしていたのだが

「余計なお世話……というわけでもないわね」

「彼の性格は大体理解出来ていますよ。恐らくは、彼だけでは解決出来ないでしょうね」

 度が付く程のお人好しである
 その生き方は、聖人じみていて酷く歪だ
 彼女の言う通り遅かれ早かれ……最終的にはその身を滅ぼすだろう

 だからといって、第三者の私に出来ることはないし、何かしらしようとも思わないが
 私は彼らの様に好き好んで、厄介事に取材以外で首を突っ込もうとは思わない

「──私は、彼に幸せになってもらいたい、報われてもらいたいのよ」

 それは願い
 厄神としての、そして彼女としての

「お熱いことです。でもそれは、今の彼じゃ難しいでしょうね」

「──えぇ、そんなことは判ってるわ」

 あやや……少し逆鱗に触れてしまいましたかね
 彼女の纏う空気が若干変わるのを感じる
 可愛らしいものだ、神様と言っても少女であることには変わりがない

「長く生きている身として一つだけ。ああいったタイプは手綱を握っておけば大丈夫ですよ」

「──私の都合で彼を縛るつもりはないわ」

 本当にこの二人は似た者通しだ
 お互いに気遣っている癖に、お互いに寄り掛からせようとしていない
 初々しいなぁ……

「了解しました、聞き流してください」

「……様子を見ていてくれたことには感謝しているわ」

 おやおや、お見通しでしたか
 まぁ取材というのも本音なのですがね

「では、私は記事にしなければいけないのでこれで。またお伺いさせていただきますね」

 とりあえず今しばらくは見守っていよう
 この不器用な二人の行く末を
 その先にある結末がどんなものであろうとも


 そうして飛び立っていく文を見送る

 彼女の言うことは、十分に理解している
 きっと彼は生き様を変えることはなく
 もし変わったとしたら──それはきっと彼ではないのだろう
 だけど──

「それでも、彼を不幸にはさせたくないのよ」

 誰も居なくなった家の前で、自分でもどうしたいのか判らない思いを一人呟いた



「あぁおかえり。お疲れ様」

「ありがとう、大丈夫だった?」

 帰ってきた雛は疲れているのか少し浮かない顔をしていた
 ──また誰かに、あの視線を向けられたのかもしれない
 理不尽な、忌避の視線を

「もちろん、来客もあったしね」

「そうだったの、なら良かったわ」

「よければ、雛の話も聞いてもいいかい?」

「……面白いものではないわよ?」

「雛の話だったら聞いてて楽しいもんなんだよ、嫌だったら止めとくけども」

「いえ……良かったら聞いてもらってもいいかしら?」

「もちろん、聞かせてもらうよ」

 そうして彼女の話に耳を傾ける
 楽しそうに、時には辛そうに話す彼女

 その様子に時折相槌を打ちながら考える
 会ったばかりの頃は落ち着いた──悪く言えば何事にも諦めていた様子の彼女
 今は、だいぶ表情豊かに笑うようになった
 それが嬉しい
 信頼してもらえている、というのもあるし彼女の支えに少なからずなれていると思っているから

 でもそれだけなんだろうか?

 彼女の笑顔を見ていられると嬉しい
 彼女が楽しそうにしていると楽しい
 彼女の悲しそうな顔を見ていると悲しい
 彼女が傷ついているのなら怒るだろうし、絶対に助けになりたい

 彼女の──

 あぁ、もしかしたら自分は──

「……やっぱりつまらなかったかしら?」

「──あぁいや、そんなことはないよ。やっぱり雛は立派だなぁと思っててさ」

 密かに自覚した淡い想い
 今は、それを自分の中だけにそっと仕舞い込んでおく
 いつか──言葉に出来ればと思いながら



 寝静まった彼を見ながら一人耽る
 彼と短い間ではあるが、共にして生活も変わった
 一人で居るのが当然であった自分に、誰かと笑いあえる温もりを与えてくれた彼
 それは私なんかには過ぎた幸せで、だからこそ求めてしまう心が止められない

 ──それが彼を不幸にしてしまう物なのだと、解っているのに

 彼は私に笑顔を与えてくれる
 彼は私を楽しい気持ちにしてくれる
 彼は私が悲しむと共に悲しんでくれる
 彼は私が傷つくとさりげなく慰めてくれる

 彼は──

 それに甘えてしまっている自分に気付いてはいる
 あぁ自分は──

「……それでも、私は誰をも不幸にしてしまう存在だから」

 判り切っている、ことなのだ
 それでも、割り切れない想いなのだ
 いつからか自覚していた気持ちを、自分の中で必死に仕舞い込む
 いつか来るであろう──別れを見たくないままに

 人知れず、涙を零した



「あちゃあ……今日は雨かぁ」

「生憎の空模様ね、こんな日は出歩きたくはないのだけど」

「それでも行くんだろう?」

「本当に悪いわね……出来るだけすぐに帰るようにはするから」

「うん、ご飯用意して待ってるよ。いってらっしゃい、気を付けてね」

 いつだって、彼女に助けを求める人々は待ってはくれない
 それは自分以外にももちろん居て、だからこそ彼女のその立派な志を見送って、家で一人ぼんやりと過ごす

 あれから日を追うごとに自分の中で彼女──雛に対する想いは募っていく
 一度自覚してしまえば当然のことで、それでも自分の中に閉じ込める
 それはいつかその厄を祓いきった時、感謝と共に伝えたいと思っているのが一つ
 もう一つは──

「やっぱり迷惑に思われるかなぁ、人間なんかに好意を寄せられても」

 そんな、自信を持てない自分に対してだった
 誰にでもなくボヤいた呟きに──

「悩める若人よ、よければ神様に相談なんかはいかがかな?」

 誰も居なかったはずの部屋に返される
 この世界に来た当初だったら、驚いて部屋から飛び出ていたのだろうけども
 慣れてしまった身の上だと落ち着いたものだ

「神様なら間に合っているんですが……どちら様でしょうか?」

「あっはっは、豪胆なことだねぇ。単純に危機感がないだけかもしれないけど。──よっと。
   私は洩矢 諏訪子、山の上の神社の一柱だよ」

 そう言って地面から生える様に飛び出てきた特徴的な帽子を被った少女、──諏訪子様は面白そうに笑い掛けてきた



 厄を祓い終わった帰り道、いつもの思いを考える

 彼と過ごす時間は本当に、私なんかにはかけがいのない時間だ
 彼の優しさに触れる度にもっと、と思ってしまう
 私と彼の間にある差を……考えたく無くなるほどに

「……それでも、なのよね」

 それでも、なのだ
 全てを投げ打ってでも彼と共に居れれば──そう思う自分も確かに居る
 だが、厄神としての生き方を変えられる自信はない
 厄神でなくなった自分なんて想像も出来やしない
 結局は──

「随分と気落ちしているじゃないか、大丈夫かい?」

 堂々巡りに陥りそうだった思考に、不意に聞き覚えのある声が聞こえた

「──八坂様、どうしてこんなところに?」

 山坂と湖の権化──八坂 神奈子様がそこには居た
 守矢の神社なら判るのだけれども何故こんな所に……?

「ちょっくら散歩がてらに出歩いていたらお前さんの沈んだ顔を見掛けたからね、悩み事だったらよければ相談してみればいい」

「そんな……八坂様に相談するようなことではありませんよ」

「そう言いなさんな、近頃じゃ神様なんて困った時だけ頼るような便利なもんなのさ。それに私はフランクさを売りにしているしね」

 そう言ってにっこりと笑う
 私なんかとは格が違う彼女に話していいようなことではない
 ……内容的にも下世話な話だし

「いえ、申し訳ないですよ。取るに足らないありふれた悩みですし」

「他でもない自分のことなのにそんなんじゃいけないよ、それに神様だから悩んじゃいけないなんてことはないんだから」

「……では、よければ聞いてもらってもいいでしょうか?」

 神様である彼女なら、私と同じ神様である彼女なら、この悩みにどう考えるのだろう
 どう、答えを出すのだろう

 そうして私は弱音を零す
 自分では抑えきれないその想いを──




「なるほどねぇ、いやぁ若いっていいねぇ」

「見た目的には貴方の方が全然若そうですけどね……」

 話し終えてけろけろと笑う彼女にお茶を入れなおす
 隠し事なんて、人の身である自分には出来るはずもなく、またする意味もないので包み隠さず全てを話した
 淡く儚くても──彼女が大切だということに嘘はなかったから

「まぁ神様だからってそんな立派なもんじゃないさ、人が居てくれるからこそ存在出来る身だしね」

「それでも、俺は彼女の重荷にはなりたくないんです」

「ふむ……」

 そう、ただでさえ自分で背負いきれない厄の為に、雛には迷惑を掛けてしまっている
 その上、この想いまで伝えたらきっと、更に彼女を悩ませてしまう
 それが解っているからこそ、自分の中で抑えているのだ

「──つまり君は、雛を信じていないってことかな?」

「──はっ?」

 言われた言葉の意味が、よく判らなかった
 何故そういうことになるんだろう?

「だってそうだろう? 君は雛が厄を祓う為だけに君を助けていると、そして祓い終わったら君とは一緒に居てくれないと」

「いや、それは違います。彼女は単純に俺を心配してくれていて、だからこそ厄を祓い終わったら感謝と共に伝えたいんです」

 彼女の負担にならないように
 彼女を助けてあげられるように
 彼女と──共に居れるように

「なら素直に伝えるといい。大丈夫、彼女は強くて良い子だよ。だからこそ、誰かに助けてもらわなきゃいけない」

「でも俺は、彼女を助けてあげられる程、強くないです」

「やる前から弱音を吐いちゃいけないね、大丈夫。なんせ──神様のお墨付きなんだから」

 けろけろと笑う彼女に言葉も出ない
 神様は基本、気紛れで身勝手だとは聞いてはいたが……

「それにね、君が遠慮をしているってことはきっと彼女も気付いている。そしてそれこそ、彼女にとっては一番傷つくことなんじゃないかな?」

「そう……でしょうか……」

「あぁ、きっとね。いいじゃないか、迷惑を掛けたって。聖人君主じゃないんだ、思うことがあるのなら言葉にしないと伝わらないよ?」

 素直な想い……か
 いいんだろうか? 自分なんかが彼女に想いを伝えても

「──ありがとうございます、大変為になるお言葉でした」

「あぁ畏まった態度なんていらないよ、年寄りの冷水だとでも思っててよ」

「それはさすがに思えませんって……」

 威厳はあるのだが……どうにも捉えどころのない諏訪子様に困ってしまう

「もちろん、十二分に悩まなきゃいけない。そしてそれが自分にとって後悔のない選択だと思ったら、その時こそ伝えてあげればいいよ」

 そうして立ち上がる
 どうやら、もう帰るらしい

「君は話に聞いていた通り、とても優しくて立派な人だよ。だからこそ──優しさは時に人を傷つけるってことをよく考えてね」

 そう言って、現れた時と同じ様に彼女はその姿を消した
 さて、どうしたものやら……
 一人残された部屋で、考え始めた



「なるほどねぇ、いやぁその男も雛みたいなイイ女を射止めるなんて幸せ者だね」

「そんな、私なんて……」

 今まで隠していたその想いは堰を切ったように言葉として溢れた
 思えば、かなり長い間話し込んでしまっていたみたいだ

「──どうやら、アンタはまずその考え方を改めないといけないね。献身的なのは素晴らしいことさ、でも自分を犠牲にしちゃいけない」

 諭す様に、あやす様に、優しく語り掛ける神奈子様
 同じ神様として、もっと自分勝手になれと言っている
 だけど──

「それでも私は、彼に幸せを掴んでもらいたいんです。あんないい人が苦労しなければいけないなんて……間違っています」

「うん、確かに誰かの為に優しく出来る彼は、幸せになるべきだ。そこに間違いはないさ」

「それには私が居ては不幸に──」

「──そこだよ。何故雛と共に居ると不幸になると決まってしまうんだい?」

 だってそうだろう、私は厄神。人の業を背負う者
 大なり小なり必ず人の身に災いを招く身なのだ
 だからこそ、人の近くには居られない身なのだ


「人と厄神、その繋がりだけならば確かにそうなってしまうだろうさ。──でも彼と雛だったら違う未来もあるんじゃないかい?」

「私と……彼……」

「あぁ、そうさ。貴女はいい人だけが苦労するなんて間違っていると言ったがね、それは貴女にも言えることなのよ?」

 そんなことはない、私は幸せになんてなれるわけがない
 私と彼では違うのだ
 だってそうじゃないか、じゃないと私は──

「私にも、未来なんて大層なもんは見れないからね、もちろん先のことなんて判らない。
   それでも、貴方だって幸せになれるはずなんだよ。流される雛は、沈まずに掬われたっていいんだ」

 不思議と透き通る様に、私の中にその言葉は染み込んでいく
 神奈子様の神徳故のものなのかは判らない
 でも、その言葉はとても大切に感じるもので──

「……この頃、涙を流す機会が多くて──困ってしまいます」

「人であろうと妖怪であろうと──たとえ神様であろうと、泣きたい時には泣けばいいんだよ」

「──ぐすっ、ありがとう、ございます」

 溢れ出る雫
 それは私が流す涙で
 きっと、少しだけ、自分自身を許せた結果なのかもしれなかった

「なぁに、大丈夫さ。こんなイイ女を泣かせるぐらいなんだ、もし不幸にするようなことがあったら私が神罰を与えてやるよ」

 そう、豪胆に笑う神奈子様にぎこちなくも笑みを返す
 なんて大きな神様なんだろうと──尊敬を込めて

「──さて、向こうもいい感じにけしかけ終わったみたいね」

「え?」

「あぁなんでもないさ。それじゃ、私はそろそろ行くよ」

「あ、はい。お時間をお取りしてしまって申し訳ありませんでした」

「私から誘った時間だからね、気にしないで。──いい結果を期待しているよ?」

 そうにんまりと笑って、神奈子様は消えていった

 伝えることを怖がらないようにしよう
 誰に強制されたわけではない。
 なによりも自分が、今のこの想いを、伝えたいのだから──




 扉の開く音がする
 随分と長い時間考え込んでしまっていたみたいだ
 結局、これだという上手い言い回しが思い浮かんだわけではなかった
 あれこれ悩むのは苦手だというのもある
 結局は──本心をそのまま伝えるしかないよな
 そう、思った

「おかえり、お疲れ様。疲れているところ悪いんだけどもちょっといいかい?」

「ただいま、えぇ私も貴方に伝えたいことがあったの」

 伝えたいこと……厄の目途が経ったなどだろうか?
 ならばいいタイミングなのかもしれない

「それじゃ先に伝えさせてもらおうかな」

「うん、判った。私も、長くなるかもしれないけど……聞いてもらいたいから」

 そうして二人、向かい合う
 いざ、面と向かうと中々言葉が出てこない
 なんせ想いを伝えるなんて、今まで生きてきてしたことがなかったのだ
 雰囲気やらなにやらが大事なのかもしれないが……如何せんよく判らない

「あー……えっとね……」

「……?」

 小首を傾げるその仕草
 綺麗な緑の髪と瞳
 彩られる様なそのリボンと可愛らしい衣装
 そして献身的なその性格

 あぁ、そうか──

「──迷惑を掛けている今、こんなことを言われても迷惑かもしれない」

 その全て、雛の全てが──

「それでも、自分の中で確かな想いなんだ」

 こんなにも放っておけないと、傍に居たいと──

「今まで助けてもらっててこんなこと今更かもしれないけれども」

 確かにこの子のことが好きなんだと──

「──雛のことが好きなんだ、厄を祓い終わっても──傍に居てもらいたいんだ」

 ──そんな、ずっと自分の中にあった想いを、口にした


 一瞬にも、永遠にも感じられる時間だった
 なんせ……一世一代の告白だ
 断られるのも覚悟の上だし、それで恨むつもりなんて毛頭ない
 だけどもこの静寂は堪えるな……

「──私は」

 どれぐらいの時間が経ったのか判らなかったが、雛が口を開く
 どんな答えでも後悔だけはしないように──身構える

「私は、厄神。誰であろうと……その身に厄を振り撒いてしまう存在」

 俯いたその顔からは表情を読み取れない
 迷惑に感じているのか、断りづらいのか
 それとも──

「だから誰とでも、距離を取ってきた。救いを求められれば助けて、そしてその度に忌避されてきたから」

 心情を吐き出すように、静かに語る彼女の言葉をただ聞く
 聞かなければいけないのだと、思った

「それを悲しいと感じていた、でも仕方ないとも思っていた。──だって誰だって、好き好んで不幸に見舞われたくはないのだから」

 誰にも助けを求めず、ただ救いだけを振り撒く少女
 嫌われようとも、厄介者扱いされても
 ただ必死に、純粋に
 それはある種、歪な生き方で

「だから──嫌わないでくれた、誰かと一緒に居てもいいと──そう言ってくれた貴方に、とても救われた」

 きっと、彼女は随分と自分と似通っているんだろうな──と、今更ながらに思った

「でも……私は厄神だから。貴方に、厄を振り撒く身だから」

 きっと、優しすぎるんだと思う
 ただ、誰かを大切に思える一人の──優しい女の子

「だから、貴方に好意を向けられるなんてあり得ないって──そう、思ってた」

 一筋、涙が流れる
 それが何よりも綺麗だと思って──

「──あ」

「大丈夫、どんな厄災に見舞われたって。たとえ、身を滅ぼすことになったって」

 何を考えるよりも先に彼女を抱きしめていた
 優しい、傷付きやすい彼女を怯えさせないように
 それでも──決して離したりしないように

「厄神だなんて関係ない、雛が雛だから、俺は雛が好きになったんだ」

 たとえ不幸が起ころうと
 たとえ誰かに後ろ指を指されようと
 たとえこの先、死に絶えることがあろうと

「後悔なんてしないよ、なんせ──神様が傍に居てくれるんだから」

 他でもない、彼女と共に居たいのだ
 彼女に、笑っていてもらいたいのだ
 それが何よりも──自分の幸せなのだ

「だから、これからも一緒に居てくれないか?」

 いつか、厄を祓い終えたその先も
 いつまでも傍に──



 そうして、泣きじゃくる雛を落ち着かせて向き合う
 見つめ合うその彼女の緑色の綺麗な瞳が閉じられて──

 パシャ──

 そんな音が、閉じた暗闇の向こうから、聞こえた




 喧騒が響く
 沢山の人妖入り乱れての宴会
 見掛けた憶えがある人達も、沢山参加しているみたいだ
 皆、誰もかれもが幸せそうに盃を傾けている
 雛も顔見知りとの輪に参加していて、そんな中一人お猪口を傾ける

「宜しければ、ご同伴してもいいでしょうか?」

 ふと呼ばれた声に顔を向けると、文さんと諏訪子様達が居た

「もちろん大丈夫ですよ、まずは一献」

「ありがとうございます、いただきますね」

「しかしほんと礼儀正しい子だねぇ、早苗にも見習わせたいよ」

「アンタが悪影響を与えてるんでしょうに……あぁ、初めましてだね。神奈子というんだ、よろしく頼むよ」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いしますね」

 そうして四人で酒を酌み交わす
 そんなに強い方ではないので、彼女たちのペースにびっくりしてしまうがそれでも楽しく盃を交わす

「そういえば、特ダネありがとうございました。大盛況でしたよ?」

「だいぶ誇張されてましたよね……というか、あの写真何時撮ったんですか……」

 にやにやと笑う文に苦笑いを返す

 あの日の後、早朝に放り込まれた新聞を見て雛と二人開いた口が塞がらなかった

 ──あの厄神に熱愛発覚! お相手は外来人!!──

 そんな、見出しと共に雛と自分のあの時の写真が載っていた
 あの時の目に見える程に厄いオーラを漂わせた雛を、必死に引き留めたのは忘れられない

「なんせ二人とも奥手だからねぇ、柄にもなく引っ掻き回しちゃったよ」

「アンタはただ面白がってただけでしょうに……」

 けろけろと面白そうに笑う諏訪子様に、神奈子様が溜息を漏らす
 どうやら、随分と色んな人に心配されていたみたいだ
 感謝の言葉でも伝えようかな──と思っていると

「ちょっと、○○が迷惑そうじゃないの、離れてよ」

 どうやら、輪から抜け出してきたらしい雛が戻ってきた
 でもだいぶ酔っているようで、若干目が据わっている

「おやおや、嫉妬させてしまいましたかね」

「ちょ、文さん──」

 楽しそうに、擦り寄ってくる文
 これは拙いか……と思っていると不意に衝撃がきた

「ダメよ。──誰にも渡さないんだから」

 抱き着くように飛び込んでくる雛を慌てて受け止める
 周りからは、生暖かい視線とにやにやとした表情が刺さるように送られる
 それを気にしないようにしながら、彼女を優しく抱き寄せる

「……だいぶ酔ってるみたいだね、大丈夫?」

「貴方が傍に居てくれるなら──ね?」

 そうして猫の様にすやすやと寝息を立て始めた
 起こさないように、優しく髪を梳く
 決して、離したりしないように

「おぉ熱い熱い。では、邪魔者は退散しましょうかね」

「だねぇ、馬に蹴られたくはないしね」

「あんまり雛を心配させるんじゃないよ。それじゃ、またね」

 そうして二人残される
 先程まで大きく聞こえていた喧騒は。どこか遠くに響き、胸の中の温もりを確かめる

 静かに彼女の幸せを願う
 それが、自分の幸せなのだと噛み締めながら

「──ねぇ、○○?」

「──うん?」

 焦点の定まらない夢現の表情のまま、幸せそうに言葉を零す
 何よりも安心しきっている、その彼女の表情に救われる

「貴方とこうしていられて──私、幸せなの」

「──うん、幸せだ」

「──ありがとう」

「──こちらこそ」



 厄をその身に宿すモノ
 厄をその身から祓うもの

 それはくるくると回り続ける
 人と厄神との関係性
 それでも、止まり続けることなく
 彼と彼女は回り続ける
 止まることなく、ずっと、ずっと

 回り続けるその先に、これからも二人で居れるように
 今はただ、二人静かに身を寄せ合っていた


うpろだ0047







 今日がどんな日か、それを答えられない人は少ない。
 七月七日。天の川。彦星。織姫。笹。短冊。願い事。
 これだけの言葉を並べればおのずと分かること、それは今日が七夕ということ。
 この日がどんな意味を持つのか、なぜなのかを説明することも必要無い。誰しもが理解していることを長々と説明はしない。
 単純な話、笹に願い事を書いて夜空を見上げる。彦星と織姫が天の川で出会う日。以上である。

 だが、理解はしていてもそれを実行するかはまた別の話である。
 今を生きる人達――――――ここから見た外の世界ではそんなことを気にする人は少ない。
 皆自分のことで手一杯、他に目を移したりすることなどない。三百六十五日のうちの今日が意味のある日だとは知っている。
 しかし、意味があると知っていた所で何かをするか、というのは個人の自由。だからこそ七夕にすることをしないのだ。
 俺とて例外ではなく、今日は七夕だ、という認識しかしていなかったということだ。



 「雛、帰って来たよ」



 竹林から拝借したものを運び終え、帰るべき場所へと帰って来た後のこと。
 "竹を持ってきてくれない?"というお願いにより、家を出て目的のものを持ち帰って来た。
 道中で妖怪に襲われたり、襲われなかったり…………ということがあったりはしたが無事に帰ってこられた。



 「ええ、ありがとう。そこに立てかける場所があるから、立てかけておいてくれるかしら?」

 「分かった」



 指を向けた方向にある場所、縁側の片隅へと竹を立てかけた。
 今更ながら持ってきたものを見ると、随分立派なものだなと感じた。
 いつもは遠くで眺めるか、そもそも本物を見ることなく終わることだって珍しいことじゃなかった。
 だから、今こうして目の前にあるものをこんなにも近くで見られる、そんなことを考えたこともなかった。 

 現代人が忘れていること、でも昔には確かにあったもの。
 知ってはいる、でも実際にはやったことがないもの。
 写真とかでしか見たことの無い現実が今ここにある、と思えば少し感動もする。
 そうして見ていると、部屋の奥から雛がこちらに向かって出てきた。



 「…………随分立派な竹ね?」

 「道中で無くなりそうだったからそれなりに大きい奴を貰って来たんだ………でもそんな必要無かったか」



 二人分にしてはあまりにも無駄が多すぎるのではないか、と誰しもが思うであろう竹だ。
 一応考えてこの竹を選んだのだが、そんなことは杞憂で終わってしまったようだ。
 とはいえ失うことなく家にまで持ち帰れたのだから、目的自体は達成されたことはいいことである。
 むしろ竹をちゃんと届けられたことを褒めてほしい。普段なら無くなっていたかもしれなかったから。
 人も妖怪も浮かれているから大丈夫だったのかな、と今になってそんな感想を持った。



 「でも短冊はいっぱい付けることが出来そうね」

 「一人一つじゃないの? 欲張りだね」

 「いいじゃない、紙は余っているのよ。どうせならたくさん願いましょう」



 いいのか、それで? という突っ込みをしても、多分話を聞かないで勝手に付けるのだろう。
 雛の強引さに少し呆れつつも、見栄えが良くないし、仕方ないよなと結論を出して同じことをすることにした。

 奥へ引っ込んだ雛と共に俺も部屋へと入れば、テーブルの上に置かれた紙とここに似つかわしくない筆記用具類があった。
 いつの間にかペンを入手したのかは知らないが、多分また拾ったのかもしれない。カチカチと動くあたり、壊れてはいないようだ。
 使えるのか? という疑問を持ちながらも、紙にペンを恐る恐る押し当ててみる。そしてそのまま文字を書いてみる。
 いつも通り、黒いインクがなぞった個所を黒く染めていく。俺が思っていた文字が、そのまま写し出されていった。

 書くことは一つだけ。シンプルに纏めたそれは、心の底から願うこと。彦星と織姫が願ったことと同じだ。



 「………書けたわ。じゃあとりあえず一つ飾ってみましょうか」

 「そうだね」



 俺が書き終えたと同時に、雛も書き終えたようだ。
 見ると事前に短冊には紐が通してあった。実に用意のいいことだ。俺が来るまでに準備でもしていたのだろう。
 それを葉のついた竹の適当な場所に結んで、ずれ落ちたりしないようにしっかりと固定する。

 大丈夫だなと横を向いたとき、俺よりも背の低い雛は、踵を上げて高い場所へと手を伸ばして結ぼうとしていた。
 見ている限りだと、短冊は笹についていない。まだ手の中にあることから未だに上手く結べていないらしい。
 可愛い光景ではあるが、雛からすれば困っていることだ。ちょっと惜しいとは思いつつも雛に話しかける。 



 「………雛、俺がやってあげようか?」

 「……………駄目よ、見られたらお願いが叶わなくなっちゃうじゃない」



 一人一つの願い事については無視したのにいいのかよ、という突っ込みをしたい。
 だがそんなことを言っても聞く耳を持たない。まあ、俺にとっては嬉しい限りだ。

 出会った当初は我儘さえ言わなかった。でも今はこうして自分のやりたいことをはっきりと言えるくらいにまでなった。
 それが全てに対してなのか、俺に対してだけなのかは知らない。けれどそうしてモノが言えるようなったことはいいことだ。
 ずっと一人だった雛が、そうやって当たり所を見つけたのならば。それが俺なら、俺は特別ってことだから。
 いつだったかに言った、お互い様という言葉の通りなのだろう。



 「……………っと、こんなものかしらね」



 見ていない間に、無事につけ終えることが出来たらしい。
 飛んでいったり無くなったりしないか心配だが、勝手に触ったりすると怒られるので止めた。
 さあ次だ、そう言わんばかりにまた奥へと帰る雛と共に俺も戻る。二つ目の短冊を掲げるために。



 「何を願ったの?」

 「あら、聞く必要があるの?」



 問いかけに問いかけで返された。さも不思議そうな顔でこちらを見る雛は、当然じゃないという顔をしていた。 
 いらない質問だったかもしれないが、一応聞いておきたいこともあるのだ。言葉にして分かることもあるのだ。
 自分の短冊の内容を知るのは自分だけだ。だからこそ見えないものに想像を働かせる。
 俺はただ、間違っていないかという確認が欲しいだけかもしれない。



 「そうだね、別にいらないか」

 「…………聞かないのね」

 「いいでしょ、どうせ分かっているんだし」

 「そうね」



 しかし、敢えてそれをしないでおいた。
 だって、もうその答えで何を言いたいのかは分かったから。一番に願っていることが何なのかはもう理解したから。
 その内容は、その願いは、その紙に書いたことは、見なくてもいい。



 「さて、どんどん書きましょう。ほら、あなたも書いて」

 「はいはい」


 渡される紙とペン。次に願うことは何にしようかなと思いつつも、最初の願い事が叶ってくれることしか考えていない。
 あとは全部おまけみたいなもんだ、だから正直な話どうでもいいというのが本音だ。
 だから結局適当なことしか書けなかった、実に欲の無いことだ。



 「書いた?」

 「うん。じゃあまたつけようか」



 後何枚、俺は書けばいいのかな?
 そんなことを思いつつも笑う雛を見ると、そんな気もしなくなった。
 ……………こんな日も悪くない、と。


避難所>>294


昔よくあったゲームの攻略本風に

TIQ(東方イチャイチャクエスト)質問コーナー
 ※攻略本袋綴じの中。「どうしても行き詰ったときだけ開けよう!」と書いてある。

Q.雛ルートのHAPPY ENDに辿り着けません。
  竹林でてゐを助けて「超幸運のお守り」をもらってから雛に告白することで
  GOOD END『死が二人を分かつまで』には到達できるのですが、
  他にも必要なものがあるのでしょうか。

A.ポイントはずばり、「超幸運のお守り」を取らないこと。
  (てゐを助けた場合でも、最後までお礼を断れば大丈夫)。

  愛情値を80まで上げた状態でお守りがあれば雛に受け入れてもらえるが、
  最大値の100まで上げるとお守りなしでもOKが貰える。
  ただしこうなると『厄状態』のままゲームが継続することになり
   ・他キャラの友情値が上がりにくくなる
   ・野良妖怪とのエンカウント率が上がる
   ・ギミックや戦闘でライフが0になった場合、通常なら自宅に戻されるところ
    そのままBAD END『そして厄神様は今日も一人』到達の扱いになる
  等々、様々なデメリットが発生することになる。

  下準備として、
   ・魔理沙、にとりの友情値を上げる
   ・無縁塚で「壊れた玩具:ベルト?」を拾っておく
   ・青娥の友情値を上げないようにする
  これらに気を付けること。後は「博麗のお札」「守矢のお守り」「霧雨魔法薬」などをできるだけ買っておこう。
  TIQの仕様上、一部を除いて一人の愛情値を上げ始めると他キャラは友情値のみが上昇するので、
  念のため、雛の初期イベントをこなしてからにするのが望ましい。

  準備を整え『厄状態』になったら、神霊廟傍の隠し階段から「邪仙の裏仙洞」に入れる
  (このとき、青娥の友情値が高いと本人に止められ、絶対に入れなくなる)。
  内部は凶悪な罠やエネミーに溢れており、ほとんどのキャラは友情値を高めてパーティを組んでいても帰ってしまうが、
  好奇心旺盛な魔理沙は別。是非一緒に来てもらおう(残念ながら雛は自ルートも含めパーティ加入しない)。
  なお、上げにくいが芳香の友情値が高いと少しショートカットできる。

  最深部で重要アイテム「厄喰らいの種火」が手に入るが、これをそのまま使ってはダメ。
  暴走した○○を雛が存在と引き換えに止めるBAD END『バケモノの抜け殻と壊れた人形』に入ってしまう。
  友情値を上げたにとりに「厄喰らいの種火」「壊れた玩具:ベルト?」を渡すのが正解。
  出来上がった「カラミティドライバー」を装備して、雛のところへ会いに行くと……?
  HAPPY END『厄払いのめおとびな』までの道のりは、君の眼で確かめてほしい。


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最終更新:2024年08月12日 00:51