(作者が思い出すための)登場キャラのおさらい
主要キャラ
○○:外来人。小説家。竹林傍の木造一軒屋にて暮らしている。
小説を書くことに夢中で、他のことが目に入らないこともしばしば。
藤原妹紅:竹林に住む女の子。齢千歳以上の炎の妖術使い。白髪紅目。身体はスレンダー。
普段は粗野でぶっきらぼうで人見知りだが、○○の前では若干女の子っぽい。
○○に想いを寄せており、『代わりに料理をしてもらうため』と下手な言い訳をしては、食料片手に○○の家をよく訪れる。
家事スキルは皆無。竹林の中にある永遠亭とは深い因縁がある。
上白沢慧音:人里の寺子屋教師。半人半獣のワーハクタク。薄い青髪に赤い目。思わず振り向くナイスバディ。
人里一番の人格者。堅い口調で威圧感もあるが、基本的に他人に優しい。ただし一度タガが外れると暴走しやすい。
○○が幻想郷に放り込まれた際の最初の保護者であり理解者。そのため○○からは感謝され、尊敬の念を抱かれている。
妹紅と同じく○○を色々な意味で気に入っている。ただし○○とは浮いた話をするよりも互いに知識を深め合う方が楽しい様子。
霧雨魔理沙:魔法の森に住む魔砲使い。種族人間。金髪金瞳。少女っぽい身体つきで、3人娘の中で一番背が低い。
天性の明るさで周囲を元気にする。お調子者で、いたずら好きのからかい好き。ノリと思いつきで行動し、色々な出来事・騒動を引き起こす。
しかし3人の中では最もハプニングへの耐性があり、暴走する他2人を抑えることもしばしば。
少女らしい淡い恋心を○○に抱いており、アプローチも積極的。「好きな子はいじめる」的な行動を取ることが多い。
サブキャラ
射命丸文:鴉天狗の新聞記者。○○の小説を新聞紙上に掲載している。また、○○が出す本も彼女の協力があって作られている。
3人娘の恋心には気付いている。『裏新聞』なるものを密かに作っているらしいが……?
博麗霊夢:皆大好き博麗神社の巫女さん。魔理沙の友人。
以前○○を神社に泊めたことがあり、それからちょくちょく交友がある。
パチュリー・ノーレッジ:紅魔館大図書館の主。魔女。本が大好き。
○○には資料としてよく本を貸し出している。
レミリア・スカーレット:紅魔館の主。吸血鬼。○○が図書館を訪れた時に知り合う。
○○のことは『妖怪変化に好かれる面白い奴』として気に入っている。
紅美鈴:紅魔館の門番。妖怪。過去に食料を分け与えてくれた○○によく懐いている。
アリス・マーガトロイド:魔法の森に住む魔女。人形師。魔理沙の大親友。
魔理沙の想いを知っているが、応援するかどうかは保留中。
○○のことは好ましく思いながらも、まだ疑念を持っている。
【散歩と買い物】
――○○の家
妹紅「○○ー、起きろー」
○○「すぅすぅ」
妹紅「おーい。昼過ぎだぞー。お昼に焼き鳥持ってきてやったぞー」
○○「すぅすぅ」
妹紅「起きないな……また明け方まで小説書いてたのかな」
○○「すぅすぅ」
妹紅「……仕方ない、ご飯の用意だけでもしといてやるか」
○○「ん、んん……ふわあ。あー、だるい」
○○「さすがに2徹はきつかったか。まだ寝足りない」
○○「んー、あれ? なんか台所から匂いが」
妹紅「あ、○○、起きた?」
○○「妹紅、いつの間に。」
妹紅「さっきだよ。お昼をおすそ分けしようと思ってね。焼き鳥だぞ」
○○「も、妹紅が作ったのか?」
妹紅「いーや、買ってきた奴をお皿に乗せただけだけ」
○○「あ、そうなのか……あはは」
妹紅「心配しなくても、自分の家事能力は分かってる。○○に変なの食べさせるわけないだろ」
○○「は、はは、そういうわけじゃないよ、うん。助かる、ありがと。
妹紅が食べ物くれなきゃ、飢え死にしちゃうもんなあ。ありがたやありがたや」
妹紅「ま、まあ私だって捕まえた魚とか手に余って、○○に料理してもらってるし、持ちつ持たれつだって!
それに○○は小説書いてばっかで買い物行かないから、その……心配で……ゴニョゴニョ」
○○「ん? 最後なんて言った?」
妹紅「なんでもないなんでもない。さ、一緒に食べよ」
○○「ああ、いただきます」
妹紅「いただきます」
かちゃかちゃ(焼き鳥を食べる音)
妹紅「もしかして、また徹夜してた?」
○○「まあ、2日ほど」
妹紅「大丈夫? なんでまたそんなに。仕事溜まってたっけ」
○○「いや、急ぎの仕事は全然ないんだけど、前から書いてた長編が興に乗ってだな」
妹紅「あー、それで夢中になって書いてたら2日経ってたと」
○○「まあ、そんな感じ」
妹紅「相変わらずの猪突猛進っぷりだね、ほんと」
妹紅「○○は今日、ずっと小説書いてるの?」
○○「んー、どうだろ。そんなに急ぎのものはないし……
今日はちょっとゆっくりするかな。人里に買い物にでも行こうかと思う」
妹紅「おっ、出不精の○○がついに買い物かー」
○○「出不精ってわけじゃ……ただ忘れてるだけだよ」
妹紅「はいはい。んー、だったら私もついていこうかな。慧音に会っときたいし」
○○「じゃあ、この焼き鳥のお礼になんか奢るよ」
妹紅「え、いや、別に気にしなくていいけど」
○○「いやいや、妹紅にはお世話になってるし、ここは何か奢らせてくれ。妹紅の好きなところに行ってもいいぞ」
妹紅「……」
妹紅(○○と一緒に茶屋でまったり……)
妹紅「分かった、○○がそこまで言うなら!」
○○「うん、なんでも食べていいからな」
かちゃかちゃ
○○「妹紅?」
妹紅「う、うん?」
○○「どうして焼き鳥の串だけ噛んでるんだ?」
妹紅「あ……いや、これはその、ちょっと慌てただけだ!」
○○「はあ」
妹紅(さっきは冷静に返事できたけど、まだ心臓ドクドクしてる)
妹紅(○○とお出かけか……)
妹紅(……)
妹紅(……)
妹紅(はっ! なんかどっかに飛びかけてた!)
○○「ごちそうさまでした」
妹紅「ごちそうさまでした」
○○「ふー、ちょっと休憩」
妹紅「片付けしようか? 洗い物ぐらいならできるけど」
○○「いや、俺がやるよ。このまま置いといてくれ」
妹紅「ん」
○○「今日はちょっと暑いなあ」
妹紅「だね。まだ春なのに、陽射しが強い」
○○「もうすぐ夏か……」
妹紅「夏だねえ」
妹紅(あ、出かけるなら水持っていかないと駄目か。○○、体力ないからなあ。水分補給はきちんとしてもらわないと)
○○「そういえば射命丸さんに夏にふさわしいエピソード、1本書いてくれって言われてたなあ。
新聞に載せるとしたらさほど字数は取れないし、何を書くか……んー」
妹紅(確か真水よりレモン水の方がいいんだったっけ……あれ? なんか頭が引っ張られてるような)
くいくい
妹紅「はう」
○○「……」
妹紅「ま、○○、ちょっと」
○○「うん?」
妹紅「髪、髪」
○○「おっと。ごめんごめん。無意識に先っぽ触ってたか」
妹紅「い、いや、別に触ってもいいんだけど、せめて声をかけてくれたら、その、心の準備ができていいというか……」
○○「うん?」
妹紅「……○○って私の髪よく触るけど、なんで?」
○○「へ? そうかな。あまり自覚はないんだけど」
妹紅「そうだって! 何か考え事してると思ったら、いつの間にか髪の毛の先っぽ掴んでたりとか、毛先をくるくるして遊んでたりとか!
あと、唐突に頭を撫でてきたりも……って、今も!」
○○「おお! 本当だ!」ナデナデ
妹紅「はふ……や、やめろって!」
○○「ごめんごめん」
妹紅「ふぅ。まったく……無意識に触るって言ったって、なんか私ばっかり被害にあってる気がする」
○○「んー、なんか、妹紅の頭はちょうど俺の視界の下にあってさ。撫でやすいんだよなあ。
ほら、慧音先生は俺と同じぐらいの背丈だし、魔理沙はちょっと低すぎるし。妹紅が一番触りやすい」
妹紅「……むー」(照れくさくて赤面中)
○○「それに妹紅の髪って綺麗だから、触ってて心地良いし」
妹紅「……」(さらに顔が赤くなる)
○○「けど、いきなり触られたら嫌だよなあ。うん、気をつけよう」
妹紅「あっ……ちがっ」
○○「うん?」
妹紅「……」
妹紅(いきなりじゃなかったら、私は構わないし、髪触って○○が落ち着けるなら、むしろ嬉しいというか……う、うぅ、言えない)
○○「どした?」
妹紅「なんでもないなんでもない」
○○「そっか。じゃあ、後片付けしてくる。お茶も出すから、妹紅はくつろいでってくれ」
妹紅「ん……」
妹紅(こ、これで頭撫でてくれなくなったらどうしよう……)
しばらくして……
○○「よし、片付け終わった。戸締りもした。人里に行くか」
妹紅「そうだね。ん。○○、ほら」
○○「竹筒? 何が入ってるんだ?」
妹紅「塩水。今日は暑いから、水分補給はちゃんとしないと」
○○「おお、そうだな。ありがとう、妹紅」
妹紅「途中で倒れたりしないでね」
○○「大丈夫だって。最近は体力つけるために運動してるんだぞ」
妹紅「1日中机に向かってる人が何言ってるんだか」
○○「本当だって。そこらへん散歩したりとかさ。適度な運動は頭を働かせるのにもいいし」
妹紅「ま、息切れせずに人里まで行けたら、信じてもいいよ」
○○「それぐらいなら余裕だ!……多分」
――人里
妹紅「○○ー。早く来いよー」
○○「はぁはぁ……ちょ、ちょっと休憩」
妹紅「ちょっと歩いただけなのに。体力つけてるとか、嘘っぱちだなあ」
○○「今日は徹夜した後だから体力がないだけで、普段はもっと……」
妹紅「はいはい。あ、あそこの茶屋で休憩しよ」
○○「お、おー。ようやく休憩できる……はぁ、せめて自転車でもあったらなあ」
妹紅「自転車?」
○○「あぁ、幻想郷にはなかったか。えーと……1人用の車輪付きの乗り物、かな」
妹紅「牛車じゃなくて?」
○○「牛じゃなくて自分の足で動かすんだよ」
妹紅「どうやって? 自分で車を牽いたって、疲れるだけでしょ」
○○「足だけを動かしたら車輪が動く仕組みがあるんだよ。ちょっと言葉では説明しにくいけど」
妹紅「へー」
――茶屋
○○「ふぅ、一息ついたー」
店員「いらっしゃい。あら、○○さんじゃないの」
○○「あ、どーも。お久しぶりです」
店員「最近里で姿を見ないって聞いてたから、どうしたのかと思ってたわ」
○○「ははは。ちょっと根を詰めてただけですよ。今日は久しぶりに食料の買出しに」
店員「おやおや、かわいい女の子と一緒に? 逢引きかと思ったよ」
妹紅「あいびっ!?」
○○「いやいや、逢引きだったらもっと格好つけてますよ」
店員「確かにねえ。汗びっしょりで今にも倒れそうじゃないの」
○○「体力なくて」
店員「ここで団子でも食べていきなさい。2人共、お茶と団子でいいね」
○○「お願いします」
妹紅「お、お願いします」
店員「じゃ、ちょっと待っといてくれよ」スタスタ
○○「ふう、あのおばちゃんも変わらないなあ」
妹紅「……逢引き」
○○「妹紅?」
妹紅「! ま、○○はあの人とし、知り合いなのか?」
○○「まあね。人里に来るたびにここらへんで力尽きて倒れてるから、顔覚えられたみたい」
妹紅「……なんか不名誉な覚えられ方だね」
○○「先生って呼ばれないだけまだマシだって」
妹紅「どうして? 小説家も『先生』って呼ばれるんじゃないの?」
○○「俺は先生って呼ばれるほど、人に道を教えられるような人間じゃないからなあ」
妹紅「どういうこと?」
○○「『先生とは道を伝え、礼・楽・射・御・書・数などの技能を授け、生き方の迷いを解決するための存在である』
こういう言葉があってだね、俺はその通りだと思ってるわけで」
妹紅「あー、どこかで聞いたことがあるような」
○○「本当か? 韓愈っていう人の本に書いてあるんだけど」
妹紅「うーん、覚えてないや」
○○「そっか。つまりだ、何かしら真理の道を悟った者こそが先生になるべきであって、
俺はそんなのまだまだだってこと。道半ば、まだまだ半人前なのですよ」
妹紅「ふーん……」
店員「お待たせさん。ほら、茶と団子だよ」
○○「お、ありがとうございます」
店員「じゃ、何かあったら声かけてちょうだい。裏に引っ込んどくから」
○○「はいはいー。じゃ、いただきます」
妹紅「いただきます」
ぱくぱく
○○「ここの草団子、おいしいだろ?」
妹紅「ああ。ヨモギの香りがいいな」
○○「この香りとお茶の苦味が、人里まで歩いてきた疲れを癒してくれるんだよなあ」
妹紅「っぷ! くくく!」
○○「な、なんだ?」
妹紅「今、○○が物凄くほんわかした顔してたからさ。なんか面白くって」
○○「面白いって……」
妹紅「いや、かわいい、かな」
○○「それで喜ぶ男は少ないぞ」
妹紅「○○は?」
○○「……うーん、まあまあ嬉しいかな」
妹紅「なにそれ」クスクス
――数分後
??「あれ? もしかして○○さんですか?」
○○「うん?」
妹紅「あ」
??「どうも! ほら、覚えてらっしゃいませんか!」
○○「えーと……紅魔館の門番さん?」
美鈴「そうです! 紅美鈴です!」
妹紅「……」
○○「おー、美鈴さん、お久しぶりです。図書館を訪れた時以来ですね」
美鈴「はい! お変わりなく壮健なようで、何よりです」
○○「美鈴さんも変わらず、お元気なようで。今日は門番の仕事はお休みですか?」
美鈴「はい! 今日1日はお休みを貰いました。たまには人里でお菓子でも食べようかなあ、と。○○さんは、」チラ
妹紅(! 今私を見た?)
美鈴「お散歩ですか?」
○○「ええ、散歩がてら、食料の買い出しにでも行こうかなと。1か月分ぐらいは買い込む予定です」
美鈴「それはまた、大量の荷物になるのでは?」
○○「そうですね。何度か分けて運ぶか、里の荷役でも頼もうかと」
美鈴「でしたら、私がお手伝いします!」
○○「え?」
妹紅「!」
美鈴「私ならどんな重いものでもいくらでも持てます、ぜひお手伝いさせてください!」
○○「えーと……」
妹紅「……」
○○「美鈴さんに悪いですよ」
美鈴「以前のご恩をまだ返していないのです」
○○「ご恩?」
美鈴「私が咲夜さんの厳しい罰によって激しい空腹に喘いでいた時、○○さんは慈悲深くも私にお菓子を恵んでくださったのです!
ああ! 私はあの時の○○さんが仏様、いえ龍神様に見えました!」
○○「そんな大げさな」
妹紅(○○……なんか嬉しそうだ)
美鈴「大げさではありません! 真実です! 言ったはずです、私は○○さん専属の門番になってもいいと」
○○「けど、俺の家には大きな門なんてありません」
妹紅(私と一緒にお出かけだったのにな……)
美鈴「それは分かっています。なので、そのご恩に今回のお手伝いで報いたいと」
○○「うーん……お礼をしたいと言っているのを無下に断るのもなんだしなあ」
妹紅「!」
妹紅「……」
妹紅「……」スッ
○○「あれ? 妹紅、どこ行くんだ?」
妹紅「慧音のとこ」
○○「そ、そうか。けど団子残ってるけど……」
妹紅「……いらない」
○○「えー、もったないぞ」
妹紅「……くっ!」
妹紅「そこの中華娘にでも食べさせればいい!」ダダダッ
○○「あ、妹紅……」
妹紅(くそ……! どうして私は逃げてるんだ!)
――慧音の家
慧音「○○は私と一緒にお出かけしたはずなのに、他の女のお誘いを受けようとしていた」
妹紅「……」ウジウジ
慧音「けど、ただの○○の人付き合いに口を出せない。ただの友達だから」
妹紅「……」ウジウジ
慧音「それでも○○が他の女性と親しくしているのは見ていられない」
妹紅「……」ウジウジ
慧音「で、逃げてきた、と」
妹紅「……」ウジウジ
慧音「ふぅ、情けない。非常に情けないぞ、妹紅」
妹紅「……」
慧音「○○はその中華娘とやらのお礼を受けるだけだったのだろう。そこに良からぬ思いがあるわけではない。
中華娘も同じだ。食べ物を分けてもらえた恩に報いる。ただそれだけ。むしろ中華娘は良い妖怪ではないか。
お前は3人一緒に○○の買い物を手伝いをすればよかったのだ。逃げてくる理由など何一つない。そうだろう?」
妹紅「けど……」
慧音「けど?」
妹紅「やっぱり、○○と2人で買い物したかったから……」
慧音「それは非常に独善的な考えだ。知っての通り、○○とお前はただの友人。○○の交友に口出しする権利などない」
妹紅「……うぅ」
慧音「しかしな……」
妹紅「……」
慧音「お前の気持ちを理解していないわけではないよ」
妹紅「……?」
慧音「私だってな、独善的な考えを抱いているんだ。
例えば、『どうして○○の買い物に私も誘ってくれなかったのか』とな」
妹紅「それは……」
慧音「ああ。私にも仕事がある。おそらく誘われても断っていただろう。
妹紅がそれを察してくれていたのはよく分かる。しかし、それでもだ」
慧音「私も○○と一緒にいたい……そう思ってしまうのだ。他のことをないがしろにしてでもな」
妹紅「……うん」
慧音「恋というのは時にとても独善的だ。鋭い刃のように相手も自分も傷つけることがある。良いことだけじゃない。辛いことだってたくさんある。
それを分かっていても、それでも恋を諦められないなら、言葉にすることだな」
妹紅「言葉?」
慧音「今回のように逃げたりするな。きちんとお前の気持ちを言葉にしろ」
妹紅「そんなの……そう簡単にはできない」
慧音「何も自分の気持ちの全てをさらけ出せとは言ってないさ。少しだけでいいんだ。
『今日は私と2人でお出かけしてほしい』。この一言でいいんだ』
妹紅「けど」
慧音「私は言うぞ。今度○○と会った時に『一緒に団子でも食べに行かないか』とな」
妹紅「……」
慧音「言葉は良い。ありのままの感情は他人も自分も傷つけてしまう、言わば触れられない刃だが、言葉という鞘に包めば相手も触れることができる。
悲しい時は『悲しい』と言えばいい。怖い時は『怖い』と言えばいい。嬉しい時は『嬉しい』と言えばいい。
言葉にしなければ自分の気持ちは相手に伝わらないんだ」
妹紅「うん……」
慧音「妹紅、お前が今日、感情のままに逃げ出した結果、どうなった? お前自身は後悔し、○○はきっと」
妹紅「心配してる」
慧音「そうだ。だったら、もう分かるな?」
妹紅「うん……」
妹紅「……慧音」」
慧音「なんだ?」
妹紅「なんか説教臭い」
慧音「当たり前だ。これは説教だからな。お前のためを思ってのこと」
妹紅「あー、そっか」
慧音「うん?」
妹紅「慧音って『先生』なんだなあ」
慧音「何を今更」
妹紅「うん、ありがと」
コンコン
慧音「む、誰か来たか。今開けるぞ」
ガチャ
○○「どうも、慧音さん」
慧音「○○!」
妹紅「あ……」
○○「ちょっと人里まで来たのでご挨拶をと……それと」
慧音「ああ、妹紅なら来ているぞ。おい、妹紅、○○がきたぞ」
妹紅「……」おずおず
○○「妹紅……」
妹紅「○○……その」
○○「妹紅」
妹紅「ごめん!」
○○「ごめん!」
妹紅「え?」
○○「え?」
妹紅「いや……どうして○○が謝るかな」
○○「え、だって、今日は妹紅に日頃の感謝を示す日で、妹紅の好きなところに行くって言ったのに、俺が買い物優先にしてたから、怒ったのかと」
妹紅「……あー、なんか違う。いや、だいたい合ってるんだけど、方向性が違うというか」
慧音(○○は相変わらずだな、はぁ)
○○「え、違うのか?」
妹紅(よし、ここははっきり言わないと)
妹紅「わ、私は」
妹紅「○○と一緒にお出かけするの、楽しみにしてたから」
妹紅「あんまり私のこと放っておかれると、その」
妹紅「ちょっと……寂しい」
○○「寂しいって、俺が美鈴さんと話してたのが?」
妹紅「……」コクリ
○○「……なるほど、な」
○○「分かった」
○○「ごめん、妹紅」
妹紅「私もごめん。いきなり飛び出して」
○○「いいんだ。俺が悪かった。妹紅がけっこう寂しがり屋だってこと、忘れてたしな」
妹紅「なっ! 私は、別に寂しがり屋ってわけじゃ……」
○○「いや寂しがり屋だろ。夕飯の誘い断った時とか凄く悲しそうな顔するしなあ」
妹紅「違うって! それは寂しさっていうより……その……!」
○○「?」
慧音(よしよし、それでいいんだぞ、妹紅。そうやって言葉にすれば、伝わるんだから)
慧音(私も……少しは言葉にするべきだろうな、うん)
??「すみませーん」」
妹紅「!」
慧音「うん? これはこれは、紅魔館の門番ではないか」
美鈴「お久しぶりです、上白沢先生。お邪魔します」
○○「あれ、美鈴さん。どうしてここに」
美鈴「○○さんが慌てて走り出したので、追いかけてしまいました。お手伝いすると言いましたしね、気になったもので」
○○「はぁ、そうだったんですか」
美鈴「どこのお店に買い物に行くんでしょうか。私が値切り交渉もしますよー」
妹紅「……○○は今、私と話してるんだ! 中華娘!」
美鈴「む、失礼な! 私には紅美鈴という立派な名前があります!」
妹紅「そのホンミリンが何しにきた! 宣戦布告なら受けて立つ!」
美鈴「ミリンじゃありません! メイリンです!」
妹紅「どっちでもいい!」
美鈴「よくありません!」
妹紅「うー」
美鈴「うー」
○○「慧音さん」
慧音「なんだ」
○○「どうして2人は喧嘩してるんでしょうか」
慧音「さあな」
美鈴「はっ! こんなことをしている場合じゃありませんでした! 藤原さん!」
妹紅「な、なに」
美鈴「ちょっとこちらへ」
トトト
○○「慧音さん」
慧音「なんだ」
○○「どうして2人は離れた場所でヒソヒソ話しているんでしょうか」
慧音「さあな」
妹紅「い、いきなりなんだよ」ヒソヒソ
美鈴「言っておくことがあるんです。聞いてください」ヒソヒソ
妹紅「……なに?」
美鈴「私は○○さんに多大な恩を感じています」
妹紅「それは知ってるけど……」
美鈴「しかし、それは敬慕の情に過ぎません」
妹紅「はあ」
美鈴「つまり、あなたのように恋愛感情を抱いているわけではないのです」
妹紅「わ、私は別に」
美鈴「誤魔化さなくてもいいですよ。あなたの思いは一目瞭然です」
妹紅「……うう」
美鈴「ご安心を私は○○さんを狙ったりしません」
妹紅「……」
妹紅(よかった……これ以上ライバルが増えたらどうしようかと思った)
美鈴「さて、そんな私は恩ある○○さんには幸せになってもらいたいと思っています」
妹紅「……律儀というか情に厚いというか」
美鈴「中途半端な人に○○さんのパートナーを務めていただきたくありません」
妹紅「なんか話の方向がおかしいような」
美鈴「よって、藤原さんが○○さんにふさわしいかどうか、チェックしますからね」
妹紅「うん……って、はい?」
美鈴「まずは炊事洗濯掃除ができるかどうかですね。最低限、家を守れるようにならないと」
妹紅「いや、ちょっと」
美鈴「外見や性格ももちろんチェックします」
妹紅「え、えー」
美鈴「内助の功、というのも忘れてはいけません。夫の仕事を影ながら助けるのも妻の務めです」
妹紅「つつつつ妻!?」
美鈴「ふふふ、覚悟してください。私の目は厳しいですよー」
妹紅「みりんの目が怖い」
美鈴「怖がらなくてもいいですよ。私はアドバイスもしますから。それと私の名前は紅美鈴ですからね!」
妹紅「……」
妹紅(……これが世に言う嫁姑問題なんだろうか)
―半刻後 呉服屋にて―
○○「慧音さん」
慧音「なんだ」
○○「結局2人の話はまとまったみたいですが、どうして俺が皆に服を買ってあげることになったんでしょうか」
慧音「ふむ……甲斐性というやつではないか?」
○○「はあ、甲斐性ですか」
慧音「それとも○○は、女性への贈り物をケチる男だったか?」
○○「別にケチってはないですよ。けどなんか話の展開がよく分かんないというか……」
慧音「駄目だったか?」
○○「いえ……」チラッ
美鈴「ほら、藤原さん! 今度はこれを着てみましょう!」
妹紅「こ、こんな短いやつ履けるかー!」
○○(妹紅の奴、俺たち以外が相手でもちゃんと喋れるじゃないか)
○○「皆楽しそうだし、いいと思います」
慧音「そうか。ちなみに私も楽しい」
○○「新しい服、気に入りました?」
慧音「ああ、勝負服にしようと思う。仕事を後回しにして買いに来た甲斐があった。ありがとう、○○」
○○(青い着物か……うわあ、普通の男ならイチコロだろうなー)
慧音「どうした? 私の身体がそんなに面白いか?」
○○「え、あ、し、失礼しました」
慧音「……ふっ」
慧音「そうだな。この服を着た私を見せるのは○○を最初にしようか」
○○「へ?」
慧音「そうすれば、服のチェックという建前で好きに見ることができるぞ?」
○○「う……け、慧音さん、からかってますよね」
慧音「ああ、○○が面白い顔をするからな」
○○「うぅ、慧音さんには勝てないなあ」
美鈴「ふふふ、やはり白髪には黒い服が映えますねえ。ここはスレンダーな体型を活かしてこの服の方が」
妹紅「や、やめ、そんな着せ替え人形みたいに……!」
慧音「ん? あいつらも出てくるみたいだな」
○○「あ、ほんとだ」
美鈴「ほら! ○○さんに見せてみましょう!」ドン!
妹紅「わ、わわ!」
○○「……」
妹紅「あ、○○……」
○○「……」
慧音(ほう、執事服か。なかなか似合ってるじゃないか)
妹紅「あ、いや、違うんだ、これはみりんが勝手に……」
妹紅(は、恥ずかしい! こんな変な格好○○に見られたら……どんな風に思われるか)
○○「妹紅」
妹紅「!」ビクッ
○○「んー」
妹紅「……」
○○「かっこかわいいな」ナデナデ
妹紅「あ……」
妹紅(頭撫でてくれた……)
妹紅(……かっこかわいい、か)
妹紅(なんか嬉しいかも……)
○○「っと、すまん。また手が勝手に」
妹紅「あっ」
○○「ん?」
妹紅「なんか褒められると嬉しいから……もうちょっと」
○○「……ん、分かった」ナデナデ
妹紅「んん」
美鈴(ふふふ、お2人に喜んでくれて何よりです)
美鈴(これで少しは恩を返せたでしょうか)
美鈴(いえ、まだまだですね。あの時の感謝の気持ち……○○さんにお返ししなくては!)
おしまい
【茶とコーヒー】
――人里
魔理沙「○○ー」
○○「うん? ああ、魔理沙か」
魔理沙「よっ、何してんだ?」
○○「んー、お茶っ葉を買いにな。ちょうど切れたんだ。魔理沙は?」
魔理沙「暇だったから空飛んでただけだぜ」
○○「そうか」
魔理沙「私も一緒に行っていいか?」
○○「お好きに。けど、茶葉の問屋に行くだけだぞ」
魔理沙「暇人は暇を潰すためならなんでもするもんだぜ」
○○「なるほど。じゃあ、行くか」
――茶葉問屋
店主「いらっしゃい。おや、○○先生じゃないですか」
○○「ども。それと先生はやめてくださいとあれほど……」
店主「はっはっはっ」
魔理沙「へー、ここがお茶の専門店かー」
○○「魔理沙は来たことないのか?」
魔理沙「自分で淹れるより人に淹れてもらった方がおいしいんだぜ」
○○「ああ、なるほどね」
魔理沙「けど、霊夢の家に行くと緑茶ばっかり出されるから、緑茶もそんなに嫌いじゃないな」
○○「霊夢さん家のお茶か。確かにおいしかったな。何の茶葉なんだろ」
魔理沙「玉露とかか?」
○○「うーん、そんな高級なのを毎日飲むもんかねえ」
魔理沙「○○はどの茶葉を買いに来たんだ?」
○○「特に決めてないんだけど……店主さん、目が覚めるような苦い奴、あります?」
店主「苦丁茶なんてのがあるね。かなり苦いよ。試飲してみるかい?」
○○「あ、お願いします」
――お茶試飲中
○○「に、苦っ!」
魔理沙「うへえ。私はこんなの飲めないぞ」
店主「ははは、味を楽しむってより健康のために飲むお茶だからねえ」
○○「うーん、さすがにこれは苦すぎるな」
魔理沙「○○の家でこんなの出してたら、誰も寄り付かなくなるぜ」
○○「もうちょっと甘いやつがいいか」
店主「じゃあ、この辺りだね。センブリ茶なんかがおススメだね」
――青年買い物中
店主「ありがとうございやしたー」
○○「ふう。良い買い物ができた」
魔理沙「苦いお茶ばっかり試飲してたな。なんでだ?」
○○「んー、夜中の仕事中に眠たくなった時に、こう1発で目が覚める飲み物が欲しくなるんだよ」
魔理沙「ふーん」
○○「本当はコーヒーがあれば一番いいんだけど……」
魔理沙「こーひー?」
○○「あれ? 飲んだことないのか? 確か、あのお茶屋でも売ってたことあるって聞いたんだけど」
魔理沙「いんや、知らないな。どんな飲み物なんだ?」
○○「んー、真っ黒で苦くて、酸味もある感じか。けど、甘さもある」
魔理沙「……真っ黒な飲み物って、それだけで飲む気なくすんだぜ」
○○「それと、泥水っていう蔑称がある。主に紅茶党の過激派が使う言葉だけど」
魔理沙「ますます飲みたくない」
○○「いや、旨いよ。それにカフェインっていう目を覚まさせる成分がたくさん入ってるから、徹夜にはぴったりだ」
魔理沙「かふぇいん、ねえ」
○○「あのお茶屋だと今売り切れ中らしくてさ。まあ、緑茶でも多少はカフェイン入ってるけど、やっぱりコーヒーが一番だ」
魔理沙「なるほどなー。そんな話聞くと私も飲みたくなってきた」
○○「ま、手に入ったら飲ませてやるよ」
魔理沙「……」
魔理沙(よし)
――数日後 ○○の家
魔理沙「というわけで取ってきた。飲ませてくれ」
○○「またお前は俺が仕事中に飛び込んできて……何を持ってきたんだ?」
魔理沙「これ。○○が何日か前に言ってた『こーひー』」
○○「おおっ、コーヒー豆か。どこで手に入れたんだ?」
魔理沙「内緒だぜ」
○○「まさか盗んできたんじゃ……」
魔理沙「○○に盗んだものをプレゼントするわけないだろ」
○○「そ、そうか」
魔理沙「ちょっと知り合いのツテでな。普段は呼べば飛び出てくるのに今回は出てこなくって、直接出向いてやったんだ。
散々迷ったけど、まあなんとか家まで辿り着いて貰ってきた」
○○「(いったい誰のことなんだ)
○○「そうか……ん? これ外の世界のコーヒー豆か? 包装が明らかにビニールなんだが……」
魔理沙「企業秘密だぜ」
○○「品種は……『ブルーマウンテン』か」
魔理沙「早く飲ませてくれよー」
○○「そうは言ってもなあ。豆挽きはないし、ドリップ器具もないし……どうしたものか」
魔理沙「うん? そのままお湯につけたら飲めるんじゃないのか?」
○○「お茶とは淹れ方が違うんだ。これを粉状にして、お湯でろ過して飲むのが一般的」
魔理沙「ふーん……ろ過なら私の持ってる実験器具貸してやろうか?」
○○「ああ、魔法研究の奴か。頼む。俺はなんとか豆を挽いてみるよ」
魔理沙「りょーかい」
――1刻後
魔理沙「おーい、器具持ってきたぞー」
○○「はあ、はあ……」
魔理沙「ど、どうしたんだ? そんなに汗かいて」
○○「い、いやな。豆をすり鉢とすりこぎでなんとか粉状にしたんだけど、めちゃくちゃ疲れてな……」
魔理沙「うわ! 背中まで汗でびっしょり! あーあ、ほら、これで汗ふけよ」
○○「お、さんきゅ」
魔理沙「まったく……ん? あ……汗の匂い」
○○「汗臭いか? ごめんな」
魔理沙「い、いや、そういうわけじゃなくて……」
魔理沙(……汗臭いってより、なんか……変な感じだぜ。○○って普段は汗かかないからなあ……珍しい感じの匂いで……」
○○「ん? 魔理沙?」
魔理沙(ずっと嗅ぎたいわけじゃないけど、もっと近くに行きたくなるというか……)
○○「おーい」
魔理沙(この匂いに包まれたいというか……)
○○「ちょ、ちょっ、魔理沙。近い近い」
魔理沙「ふへ?」
○○「俺の耳に顔近づけて、どうするつもりだ?」
魔理沙「……」
○○「……魔理沙?」
ボンッ!
魔理沙「ちちちちち違うんだぜ! これはただ、○○の耳の形が変だなあ、とか、耳の穴が2つに見えたから確かめようとしたとか、そういう理由があっただけで」
○○「いやいや、耳の穴が2つあったらホラーだろ。何言ってんだ。ほらタオル返すよ」
魔理沙「とっ……う、こ、これは」
魔理沙(○○の汗を十分に吸い取ったタオル……)
○○「あ、すまん。洗濯してから返すか?」
魔理沙「い、いい! 私が後で洗濯するから!」
○○「そ、そうか? ならいいけど」
魔理沙(どうしよう。扱いに困るな……)
○○「よし、なんとか粉にはできたかな」
魔理沙「で、次はこのろ過装置の出番だな!」
○○「ああ。って、けっこう大きい器具だな。俺の身長の半分って」
魔理沙「どれくらいの規模でやるか分からなかったからなー。家ぐらいの大きさの奴もあるんだぜ?」
○○「本当はテーブルに乗るぐらいの大きさでいいんだけどな。ま、これでやってみるか」
○○「まずはろ紙に粉を入れて、下にガラスの器を置いてっと」
魔理沙「確かお湯を使うんだよな? 温度は?」
○○「沸騰寸前ぐらいでいいよ」
魔理沙「りょーかい」
ブクブク……
○○「よし、良い具合の熱湯だな。まずはちょっとだけお湯を入れて粉を湿らせる」
魔理沙「おっ、なんか香り立ってきたな」
○○「俺は豆を挽いてる時から感じてた匂いだけどな。良い匂いだろ」
魔理沙「んー、ちょっと苦い感じの匂いだ」
○○「ははは。このまま1、2分ほど蒸らして、と」
魔理沙「……」
○○「で、次に粉の中心かららせんを描くように、お湯を入れていく」
魔理沙「なんでらせんなんだ?」
○○「お湯が満遍なく粉の中を通るようにするんだ。1つの箇所だけにお湯を入れると、味が薄くなる」
魔理沙「へー」
○○「ろ紙にかからないよう注意しつつお湯を入れていって……後はろ過されるのを待つだけだな」
魔理沙「早く飲ませろー」
――2、3分後
○○「よし、できたぞー」
魔理沙「おー、ってめちゃくちゃ黒いな」
○○「まあな。今回はブラックで飲むか」
魔理沙「ブラック?」
○○「紅茶で言うストレートと同じだ」
魔理沙「そうか。うー、なんか飲むのに勇気がいる色だぜ……」
○○「じゃあまずは俺から飲もう。いただきますっと」
コクコク
○○「ふー! あー、やっぱりこの苦味がいいなあ。頭がすっきりする」
魔理沙「う、美味いのか?」
○○「ブルーマウンテンはまだ甘い方だからな。コーヒーの味わいが出てて、良い感じだ」
魔理沙「……よし! 私も飲むぞ!」
コクコク
魔理沙「……に、苦い!」
○○「おいおい、噴くんじゃないぞ」
魔理沙「こ、こんな苦いの、よく飲めるな!」
○○「ははは、やっぱり魔理沙みたいな子供にはまだ早かったか」
魔理沙「な、なにおう!」
○○「コーヒーってのは大人の飲み物なのですよ」
魔理沙「く、くぅ! こんなの誰が飲んだって苦いに決まってるぜ!」
○○「んなことはない。大人ならこの苦味と酸味が美味しいと思うもんだ」
魔理沙「わ、私はそこまで子供じゃない!」
○○「はいはい。その台詞はもう少し大きくなってから言いましょうねー。
さて、問題はこの残ったコーヒーだな。ろ過器が大きいから、作った量も多くなっちゃったなー」
魔理沙「うー」
○○「魔理沙? なに唸ってるんだ?」
魔理沙「がう!」
○○「うお!」
魔理沙「この飲み物が苦くて飲める代物じゃないってことを、私が証明してきてやるんだぜ!」
○○「お、おい。ガラス瓶持ってどこに」
○○「って……もう飛んでいったか」
○○「はあ、魔理沙の奴、どこに行くんだか」
――博麗神社
魔理沙「霊夢ー!」
霊夢「あら、魔理沙じゃない。いきなり飛んできて、どうしたのよ」
魔理沙「これを飲め! 今すぐ飲め! 有無を言わずに飲むんだぜ!」
霊夢「はあ? 何よこれ。黒い液体……あんたが作った変な薬じゃないでしょうね」
魔理沙「違う! これは○○が作った『こーひー』だ!」
霊夢「こーひー? うーん、よく分からないけど、飲み物であることは間違いないのね?」
魔理沙「ああ」
霊夢「○○さんが作った、ね……ま、飲んであげてもいいけど、飲み方とかあるの?」
魔理沙「温めた方がいいかもな」
霊夢「だったらこの鍋に1杯分移してちょうだい。温めてくるわ」
――数分後
霊夢「さて、それじゃあいただきます、と」
魔理沙(絶対に『こんなの飲めるか』って言うはずだぜ)
霊夢「……うわ、苦いわねこれ」
魔理沙「だろ! だろ!」
霊夢「舌がぴりぴりするわ」
魔理沙「やっぱり飲めるもんじゃないよな!」
霊夢「んー、けど嫌いじゃない味だわ。お茶とはまた違った苦さで、新鮮だし」
魔理沙「へ?」
霊夢「苦さがあるのは青汁のようなものなのかしら。健康にいいとか。そういう飲み物なの?」
魔理沙「あ、あー、なんか眠気を飛ばすためのものとか」
霊夢「なるほどねえ。机に向かって仕事してる人にとっては最適な飲み物でしょうね」
魔理沙「な、なあ。もしかして……それを美味いと思ってるのか?」
霊夢「そうねえ、美味しいというより味わい深いと言った方がいいわね。時々なら飲んでみたいわ」
魔理沙「……く、くそおー! 霊夢のばっきゃろー!」ドドドドド
霊夢「何を失礼な、って、あら、飛んでちゃった。まったく、何の用だったのかしら」
霊夢「……」
霊夢「もう1杯ぐらい欲しいわね」
霊夢「○○さんの家に行けば貰えるのかしら」
――紅魔館 大図書館
魔理沙「パチュリー!」
パチュ「むきゅ、ま、魔理沙! いつの間に!」
魔理沙「ちょっと用があってきたんだが……ん? 何してたんだ?」
パチュ「え、えーと、手紙を書いてたというか……推薦状というか……」
魔理沙「ちょっと見せてもらうぜ」
パチュ「あっ!」
魔理沙「なになに……『今月のオススメ本』? 宛先は……○○! パチュリー、○○と文通してたのか!? まさか……!」
パチュ「ち、違うわ。ただ同じ本好きとして交流を深めるのと、オススメの本を紹介しようと……」
魔理沙「あーやーしーい」
パチュ「ほ、本当よ! 別にあなた達の間に割って入ろうだなんて」
レミリア「騒がしいわね。何事?」
魔理沙「おっ」
レミリア「……これはまた騒がしい客が来たものね。門番はどうしたのかしら」
魔理沙「門番は吹っ飛ばしてきたぞ」
レミリア「またあいつは……咲夜」
咲夜「ここに」ボワン
魔理沙(相変わらずいきなり出てくるメイドだな)
レミリア「今日の門番の夕食は抜きよ」
咲夜「かしこまりました」
レミリア「さて、で、黒白は何しにきたのかしら。パチェが顔を真っ赤にしているけど、何かしたの?」
パチュ「ま、真っ赤になんかしてないわ」
咲夜「パチュリー様、あまり興奮されると発作が……」
パチュ「うぅ」
魔理沙「今日はだな、これを飲んでほしくてきたんだぜ」
ドン!
パチュ「これは……コーヒー? 珍しい飲み物を持ってるのね」
魔理沙「知ってるのか!?」
パチュ「紅魔館でも望めば出して貰えるのよ。まあ、注文する人は滅多にいないけど。特に当主様が、ね」
レミリア「……コーヒーか」
魔理沙「おっ、レミリアはこれ飲んだことあるのか?」
レミリア「何度かね。あまり好きではないわ。紅茶の方が上品だし、奥が深い」
魔理沙「よーし、だったら飲んでみてくれ。そして私に自信をつけさせてくれ」
パチュ「自信?」
レミリア「どういうわけだが知らないけど、くれると言うなら飲みましょう。咲夜、用意を」
咲夜「かしこまりました」
――少女温め中
咲夜「お待たせしました」
レミリア「ふむ……香りはまあまあね」
パチュ「これって魔理沙が作ったの?」
魔理沙「いや、○○だぜ」
レミリア「○○? ああ、あの小説家か」
パチュ「……○○さんが」
魔理沙「とにかく飲め飲め」
レミリア「では、頂きましょう」
コクコク
魔理沙「……どうだ?」
レミリア「……普通。むしろ美味しくないわね」
魔理沙「だよな! だよな! 普通はこんなの飲めないよな!」
レミリア「コーヒーも紅茶も淹れ立てが一番おいしいのだから、温めなおせば風味も味も落ちる。
当たり前だと分かってはいたけど、あの奇人が作ったのなら、何か予想外の仕掛けがあると思ったのにね……」
魔理沙「……あれ? なんか望んでた感想と違うような」
パチュ「けど、作って時間が経っていてこれだけ味が深いなら、淹れ立てはもっと良いのではないかしら」
レミリア「ふむ、確かに。このコーヒーは癖がなく飲みやすいわ。すっと喉を通っていく。人里で売っている豆とは一味違う」
パチュ「外の世界の豆ということ?」
レミリア「外来人の奴ならそれもありえるわ。幻想郷の豆ならもっとアクが強い」
パチュ「興味深いわね……外の世界の飲み物か」
レミリア「ええ。面白いわ。件の小説家を紅魔館のお茶会に招き、目の前でコーヒーを淹れさせてやりましょうか」
パチュ「それはいい考えね。渡したい本もあるし」
魔理沙「……」
魔理沙「あれー?」
パチュ「どうしたのよ魔理沙。そんなひょっとこみたいな顔をして」
魔理沙「いや、あのさ……この飲み物さ、お前らは飲めるのか?」
レミリア「はあ? どういうこと?」
魔理沙「苦くて飲めたもんじゃないとか、人が飲むもんじゃないとか、思わないのかなあ、と」
パチュ「ブラックコーヒーなのだから、苦くて当たり前でしょうに」
レミリア「むしろ甘いブラックコーヒーなんてあるのかしら」
魔理沙「……」
魔理沙(待てよ、レミリアもパチュリーも長い間生きてるんだよな。人間だったら大人だと言っていいほど)
魔理沙(○○はこーひーを『大人の飲み物』だって言ってた。苦さを楽しめるのは大人だけだって)
魔理沙(……)
魔理沙(ということは、これを飲めたもんじゃないって思ってる私は、まだまだ子供ってことか……?)
魔理沙「そんなわけない!」
パチュ「むきゅ!」
レミリア「な、何よいきなり」
魔理沙「待てよ……」
魔理沙「そうか! 長く生きてて『こんなの飲めるか』って言う奴を探せばいいのか!」
魔理沙「そうしたら、大人な私が飲めなくてもおかしくなくなる!」
魔理沙(長く生きてる奴……あいつらだ!)
魔理沙「よし! 善は急げだぜ!」
ピュー!
パチュ「……行っちゃったわ」
レミリア「嵐のような奴ね」
パチュ「難しい顔をしていたけど、何か悩み事でもあったのかしら」
レミリア「たとえそうだとしてもどうでもいいことで悩んでるんしょうね。それよりも……咲夜」
咲夜「はい」
レミリア「ちょっとお使いに行ってきてちょうだい。この手紙と……そうね、いくつか手土産を持っていくといいわ」
咲夜「かしこまりました」
――人間の里
魔理沙「慧音! 妹紅!」
慧音「ん? 魔理沙?」
妹紅「どうしたんだ? そんな慌てて」
魔理沙「頼みがある。今暇か?」
慧音「まあ、少し散歩してただけだが」
妹紅「魔理沙が頼みだなんて珍しい。なに?」
魔理沙「……これを飲んでくれ!」
ダンッ!
慧音「なんだ、この黒い液体は」
魔理沙「飲み物だ。『こーひー』っていう」
慧音「ほう」
妹紅「ふーん、これを私達に飲んでほしいと」
魔理沙「そうだ! 頼む!」
慧音「ふむ……」
妹紅「えー、なんかやだ」
魔理沙「どうして」
妹紅「どうせ魔理沙が変な実験で作った薬とかでしょ。そういうのは飲みたくない」
魔理沙「お前、薬系効かないだろ」
妹紅「それでも飲みたくない。その飲み物だってなんか嫌な色してるし、匂いも変で……」
魔理沙「○○が作った飲み物だぜ」
妹紅「なら飲む」
魔理沙「……」
慧音「……」
妹紅「うん? どうかした?」
魔理沙「ちょっとな……」
慧音「妹紅は○○のことを信頼しているのだな、とな」
魔理沙「いやいや、信頼っていうより溺愛って言った方が」
妹紅「な、ななにを!」
慧音「まったく、その気持ちを○○の前で素直に出せないのが不思議だ」
魔理沙「妹紅って○○の前じゃ不自然につんけんしてるもんなあ」
妹紅「そんなことは……」
慧音「あるぞ」
魔理沙「あるぜ」
妹紅「うぅ……だったら慧音と魔理沙だって○○の前だといつもと違う感じで」
魔理沙「はいはい、そんなことよりも、これを飲むのか? 飲まないのか?」
妹紅「飲む」
慧音「そうだな。では私の家に行こうか。カップも用意しよう」
――慧音の家
慧音「用意できたぞ」
魔理沙「おっし! 2人共、飲め飲め」
妹紅「どうしてそんなに急かすかな……じゃ、じゃあ、○○の作った『こーひー』、いただきます」
慧音「いただきます」
コクコクコクコク
魔理沙「……ど、どうだ?」
妹紅「……なんか苦い」
魔理沙「お、美味しいか?」
妹紅「うー、美味しいか美味しくないかなら、美味しくないかも……○○の作ったものなのになあ」
魔理沙「! そ、そうか! 慧音は?」
慧音「ふむ……これはあれだ、淹れ立てを飲むのが一番美味しいのではないか?」
魔理沙「へ?」
慧音「確かコーヒーは、豆を粉状にしてろ過したものなのだろう? ○○に聞いたことがある」
魔理沙「そ、そうだぜ」
慧音「紅茶もそうだが、こういう飲み物は淹れ立てを飲まなくては本当のおいしさが分からないはず」
魔理沙「んー……レミリア達もそんなこと言ってたような……」
妹紅「じゃあ、本当はもっとおいしいかもしれないってこと?」
慧音「そうだな。このコーヒーはお世辞にもさほど美味しくないが……おそらく淹れてからかなり時間が経っているのでは?」
魔理沙「あー」
魔理沙(確かにもう半日以上経ってるか……)
妹紅「だったら、私は本当の『こーひー』が飲みたいなあ」
慧音「それなら簡単だ。よし、○○の家に行こうか」
魔理沙「へ? 今からか?」
慧音「当たり前だ。善は急げ。幸い、私達にはこれから何の用事もない」
妹紅「やった。○○の家だ」
魔理沙「ちょ、ちょっと待て、って本当に行くのか! おい!」
――○○の家
慧音「ついたか……ん? ○○の家に誰か来ているようだな」
妹紅「へー、珍しい。誰だろ」
魔理沙「うー……」
魔理沙(まだ『こーひーが人の飲めるもんじゃない』っていう証明ができてないのに戻ってくるとは……)
妹紅「○○ー、邪魔するよー」
慧音「こら、了承も得ずに入るとは失礼だぞ」
魔理沙(はあ、気が重い……)
魔理沙「ってあれ? 霊夢? 咲夜?」
霊夢「へー。こうやって淹れる飲み物なのね」
咲夜「外の世界もコーヒーの淹れ方は変わらないのですね」
○○「ええ。あ、妹紅に慧音さん、それに魔理沙。どうも」
霊夢「あら、あんた達」
咲夜「お先にお邪魔しているわ」
妹紅「巫女にメイド? どうして○○の家に」
霊夢「私はこーひーっていう飲み物に興味があって来ただけよ」
咲夜「私はお嬢様のお使いで、○○さんへ手紙を。それだけですので、藤原妹紅さん、どうか炎をお仕舞いください」
妹紅「……むー」
慧音「こら妹紅、人に会って早々威嚇するんじゃない」
妹紅「だって……なんかなあ」
魔理沙(妹紅は、何か変なことが起きるとすぐに○○を守ろうと動き出す)
魔理沙(だから溺愛だって言われること、妹紅は自覚してないんだろうなあ)
魔理沙(それぐらいに○○のことを大切に思ってるんだろうけど)
魔理沙(……)
魔理沙(まあ、私も似たようなもんか)
○○「2人共、コーヒーの淹れ方を見学したいとのことで、実際に今から淹れる所だったんです」
慧音「ほう。それは興味深い。私も見させてもらおう」
妹紅「あ、だったら私も」
魔理沙「……」
魔理沙(なんか私は入りづらいな……)
○○「じゃあ淹れますよー」
霊夢「面白いわねー。お茶とはまた違う淹れ方で」
咲夜「外の世界の豆は、こちらとはまた違った香りなのですね」
慧音「ろ過の器具はありふれたものなのだな……」
妹紅「早く淹れようよ」
魔理沙(あんな啖呵切った手前、○○の前に顔出しにくい……)
魔理沙(私も見てみたいんだけどなあ。できない)
魔理沙(……なんか私らしくないな、はは)
○○「よし、できた!」
霊夢「おー」
咲夜「香り高いですね」
慧音「色は変わらないのだな」
妹紅「飲んでみたいなあ」
○○「ちょっと待っててくれ。これは……魔理沙!」
魔理沙「へ?」
トン(○○が魔理沙の目の前にコーヒーカップを置く)
○○「ほら。飲んでみてくれ」
魔理沙「……分かってるんだろ。私は子供だから、こんな苦いのは飲めないって」
○○「うん? ああ、苦いのは苦手だったな。けど、これなら飲めるだろ?」
魔理沙「これならって……あれ? 色が茶色くなってる……」
○○「ミルクと砂糖を入れたんだよ」
魔理沙「こーひーに?」
○○「ああ。咲夜さんがお土産にミルクと砂糖をくれたんだ。コーヒーに入れてはどうかって」
コーヒーも紅茶と同じで、そのまま飲むと苦いって人にはミルクと砂糖を入れるもんなんだよ」
魔理沙「そうなのか……」
○○「せっかく魔理沙が豆を手に入れてくれたってのに、お前全然飲んでくれないんだもんなあ」
魔理沙「あー」
○○「だからミルクと砂糖があれば、まだ飲めるかなと。ほら、お前が1番に飲んでくれないと」
魔理沙「……」
魔理沙「貰うぜ」
○○「どうぞ」
コクコクコク
魔理沙「……飲みやすくなってる」
○○「ああ。そりゃあな」
魔理沙「美味しい」
○○「そりゃよかった」
魔理沙「……私は子供じゃないんだぜ」
○○「ああ、分かってるよ」ニコ
魔理沙(なんか○○には全部見抜かれてるような気がする)
魔理沙(……)
魔理沙(まあいっか。『こーひー』が美味いしな)
魔理沙「○○」
○○「うん?」
魔理沙「その……『こーひー』、ありがと、だぜ」
○○「ああ。また飲んでくれよな」
魔理沙「お、おう」
魔理沙(くそ、あんな笑顔向けられたら顔が赤くなるぜ……)
魔理沙(……)
魔理沙(またマヨヒガまで行ってくるかな)
魔理沙(そしたらまた○○に『こーひー』淹れてもらえるし)
魔理沙(それに)
魔理沙(……○○が喜んでくれるし、な)
魔理沙(って)
魔理沙(○○のために食料持ってくるって)
魔理沙(これじゃあ妹紅と似たようなもんだぜ、私……)
魔理沙(はあ、仕方ないか)
魔理沙(好き、だもんな、うん)
○○「ぶは! も、妹紅! 砂糖入れすぎ!」
妹紅「あはは、○○が噴いたー」
慧音「ほら、○○、これで口を拭け」
霊夢「ねえ、魔理沙」
魔理沙「ん? なんだ?」
霊夢「あんたがここに入り浸る理由、なんとなく分かってきたわ」
魔理沙「はあ?」
霊夢「ここ、暖かいわね」
魔理沙「……」
霊夢「本当なら、あんた達3人の気持ちがぶつかりあって気まずくなったりするはずなのに」
霊夢「ここにはそういうのがない」
霊夢「むしろ、ほんわかしてるわ」
咲夜「確かに、私も不思議だわ」
魔理沙「咲夜」
咲夜「私も含め、人間の感情とは独りよがりなものだと思ってた」
咲夜「……まあ、特殊な人間が2人ほどいるけど」
咲夜「それでも、あなた達はなんだか違う」
咲夜「この場は、落ち着ける空気に満ちてるわ」
魔理沙「……」
魔理沙「ああ」
魔理沙「こういう楽しい時間は最高、だぜ」
○○「あー、甘かった」
妹紅「こういう飲み物もたまにはいいね」
慧音「こら、1人で飲みすぎだぞ。魔理沙、お前も飲まないのか?」
○○「そうだ、魔理沙には1番飲んでもらわないと」
魔理沙「ん?」
○○「ほら、魔理沙」
魔理沙「お、よし、今からいっぱい飲んでやるよ!」
魔理沙(本当に……最高だ)
おまけ
○○「いやーいいコーヒーができた」
妹紅「そう言えば、○○、紅魔館の吸血鬼から手紙貰ったんだっけ」
魔理沙「咲夜の用件はそれだったな。何書いてんだ?」
咲夜「私は知らされていませんが」
○○「んーちょっと待ってくれよ……」ゴソゴソ
『○○へ
暇だったら次の満月の夜、紅魔館に来なさい。あなたをお茶会に招待するわ。
ただし今回持ってきたコーヒーの豆を持ってくること。私にとっておきの一杯を淹れてもらうわ。
もし私を満足させられたら、ご褒美として私の下僕にしてあげる。
追伸:例の失礼な不死鳥娘は連れてこないこと。
私と咲夜、パチェ、あなたの4人だけの慎ましやかなお茶会だから、楽しみにしてなさい』
妹紅「……」
慧音「……」
魔理沙「……」
霊夢「相変わらずねえ」
咲夜「お嬢様……」
○○「……あはは」
妹紅「よし、その手紙は燃やそう」
慧音「いや、逆に招待を受けようではないか」
魔理沙「なるほど、私達も乗り込むって寸法か」
妹紅慧音魔理沙「ふふふふ」
霊夢(恋する乙女は怖いわね)
咲夜(後片付けは私がするんでしょうね……はあ)
○○(そういや、今日はコーヒーの飲みすぎで、みんな寝られないんじゃないだろうか……)
○○の予想は当たり、その日の夜は不眠気味になった彼女らと共に夜通し宴会する羽目になったのだった
おしまい
新ろだ2-265
───────────────────────────────────────────────────────────
「地獄を見に行きたい?」
目を丸くして驚いている慧音さんに、俺は力強く頷いた。
「はい。前々から思っていたんです。何でも幻想郷では彼岸へと至る道があるのだとか」
「三途の川のことか。確かに行けないことはないが……どうしてまた地獄を見たいなどと」
「知的好奇心というやつですね」
うんうんと頷く俺。
地獄。それは外界の歴史上、在るかどうか分からないとされてきながらも、多かれ少なかれ人に恐れられてきた場所。
西洋と東洋で子細な違いはあるが、罪を犯した人間が放り込まれ、責め苦が与えられるという点は同じ。
この概念は人の規範を整えるためにあらゆる宗教に根付いている。曰く、地獄という死後の刑罰を避けるために、人は善行を積むべきだと。
人の歴史と心に大きく影響を与え続けてきたこの場所が、なんと幻想郷では幾分か身近にあるらしい。
聞くところによると、博麗の巫女さんや紅魔館のメイドさんなどは地獄の入り口まで行ってきたとか。
そうと聞いてはいてもたってもいられないのが、俺の本性。
自分の家でいつものメンバーと食事をしている時分、ふと慧音さんに「地獄を見学するにはどうすればいいですか」と尋ねてみたのだった。
「むぅ」
だが慧音さんの反応は悪かった。大きくため息をつき、ご飯の盛られた茶碗と箸を置く。
呆れた、とでも言わんばかりの表情だった。
「○○。以前から思っていたのだが、そう何でもかんでも興味を持つのは危険だ。悪いことではないが、好奇心が身を滅ぼすこともある。
以前も向日葵畑の主に1人で取材をするなどという愚を犯したではないか」
「あれは……反省しています。はい」
俺は頭を垂れるしかなかった。
向日葵畑の主、風見幽香に取材をしたのはいつのことだったか。
「どうしてそんな危険な真似を!」と、妹紅と慧音さんにこっぴどく叱られたのは記憶に新しい。
それでも色々な場所を訪れようとしてしまうのは、小説家としての本能なのだろうか。やめられないとまらない。
「だから、一度慧音さんに尋ねてみようかと……実際に地獄に行けるのかどうか」
「あそこは生者の行くべき場所ではない」
一刀の下に断じられてしまった。
しかしここで折れてしまうような根性は持ち合わせていない。
俺はちゃぶ台に手を置いて深々と頭を下げた。
「なんとかなりませんか? せめて裁判所の主という方にお手紙を」
「閻魔様に手紙とは……なんとも非常識な。そもそもだな、死後の世界に足を踏み入れるということはだ」
「無駄だって、慧音。こうなった○○は止められないって分かってるでしょ。って、魔理沙、私の刺身まで食べるなって」
「そうそう。○○は私と同じ、知的好奇心の塊っていう愚か者だからな。ちょっ、サンマ! 不公平だぜ!」
お説教が始まりそうな雰囲気を感じ取ったのか、黙ってご飯の取り合いをしていた妹紅と魔理沙が口をはさんだ。
刺身と天ぷらが2人の箸の間を舞っているのを、慧音さんがじろりと見つめる。(2人は食事の度におかずを奪い合っている。もう少し静かに食べてほしいものだ)。
それにしても魔理沙、『好奇心の塊という愚か者』っていうのはなかなか的確なフレーズだ。後でメモしておこう。
「しかし……」
説教の矛先を見失った慧音さんが考え込み始める。
対照的にあっけらかんとした表情で魚の天ぷらをもぐもぐ食べている妹紅が、くいっと肩をすくめた。
「別にいいと思うよ。見学するぐらいなら」
「……地獄は危険な場所だ。特に此岸と彼岸の狭間には化け物も住むと聞く」
「私がついていけば大丈夫。それぐらいやっつけるしさ」
え、妹紅がついてくる?
「こら、お前はまたそうやって○○を甘やかす。好奇心を我慢させることも必要だ」
「私は○○が行きたいって言うならついていくだけだよ。どこでも、何でも」
「それが悪い行いでもか? 妹紅は最近○○に甘すぎる」
「○○は悪いことなんてしない」
「そういう問題ではなくてだな」
「あのー、あっちの許可さえ取れれば1人で行くつもりだったんだけど」
「「それはダメだ」」
2人同時に断言されては、俺はぐうの音も出なかった。
まさか2人がこんなことで言い争いを始めてしまうとは思わず、「一緒にいく」「ダメだ」の押し問答を呆然と見ていることしかできない。
おーおー、と観戦モードに入っている魔理沙が楽しそうに笑い、俺の刺身をパクリと食べた。
「愛されてるねえ。どっちも○○の身の安全を心配して、言い争ってるんだぜ?」
俺は力無くうなだれる。
「俺には子供の教育問題で口論してる夫婦に見える」
「間違いじゃないな。色々と」
色々? と俺が首を傾げるも、相手の反応を気にしない魔理沙は話を続ける。
「でだ、そんなに地獄を見てみたいのか?」
「まあ、そうだな。魔理沙も確か、三途の川に行ったことがあるんだったか?」
「あるにはある。けど、ただ行って暴れ回っただけだからなあ。何があったかなんてとんと覚えちゃいないな」
「そうか。残念だ。話を聞いてみたかったけど」
「なんだったら霊夢に聞いてみたらどうだ? あいつならどうやって彼岸と連絡が取れるか知っているかもな」
「なるほど、霊夢さんか」
確かに博麗の巫女さんなら、幻想郷の専門家として色々教えてくれるかもしれない。
魔理沙みたいに暴れるだけで何も覚えちゃいない、なんてこともないだろう。
「ま、暇だったら私もついていってやるよ。たまにゃ地獄でどんちゃん騒ぎも悪くないからな」
「ありがとう」
貴重な意見、かつ協力の約束をしてくれた魔理沙に感謝し、頭を下げる。
魔理沙はぶっきらぼうに「いいってことよ」と顔を背けた。顔が赤いのを見ると、礼を言われるのが照れくさいようだ。
俺はくすりと笑い、考える。明日にでも神社に行ってみるか、と。
まだ口論している慧音さんと妹紅の声をバックに、俺は明日の未知なる出来事に胸を沸かせるのであった。
※
3日後。
巫女さんの「三途の川でサボってる死神にでも聞いてみたら」というアドバイスを実行するために、俺は魔理沙の箒にぶらさがっていた。
彼岸の入り口である三途の川は相当遠いところにあるらしく、飛んで行かなければとてもではないか日帰りはできない。
もちろん飛行能力皆無の俺は魔理沙にお願いし、揺りかごよろしく、数本のロープで箒に吊された籠で揺られているのだった。
俺の家から妖怪の山を高速で抜け、何やらよく分からない場所の空を飛び。
すでに出発から半刻ほど経ち。
俺たち「4人」はたわいない世間話をしながら空を飛んでいる。
「そういや、○○、今日はいつもの着流しじゃないんだな」
箒に乗る魔理沙が、下にいる俺に笑顔を向けた。
彼女は久々の皆での遠出が楽しいらしく、朝からウキウキしていた。
「まあ、さすがにお願いする立場だからな。身綺麗にしとかないと」
「へー。ま、似合ってるぜ?」
「そりゃどうも」
俺は少し照れくさくなり、着ているジャケットの皺を伸ばして誤魔化す。
この服はお出かけ用のとっておきだ。誰かに取材する時ぐらいにしか着ない。
「それって外の世界の服だったけ。『ふぉーまる』な『じゃけっと』とかなんとか」
籠の真横を飛んでいる妹紅が、俺のジャケットを物珍しそうに見ている。俺はまあねと答えた。
妹紅は空を飛んでいる間、ずっと俺の横を飛んでいた。まるで守ってくれてるかのように。
彼女も魔理沙と同じく、今回の遠出を楽しんでいるようだ。いつもよりテンションが高い。
「どこかで買ったとか?」
「香霖堂で見つけたやつ。さすがに着物は落ち着かないからな」
「へー。私もそういう服着てみるかな。ちょっとかっこいい」
妹紅がジャケットか。悪くはない。
「確かに妹紅にゃ男物の方が似合いそうだぜ」
魔理沙がからかうように言うと、妹紅がぴくりと反応した。
「魔理沙、それって喧嘩売ってる?」
「いんや? 妹紅はかっこいい感じだから、そう思っただけだぜ?」
「……女物が似合わないっていう風に聞こえたけど」
不機嫌そうに唇を尖らせる妹紅と、ひょうひょうとしている魔理沙。ばちばちと火花を散らしかねない2人。
しかし俺には2人を止める余裕がなかった。
魔理沙の意識が他方に向いたせいで箒の操作が雑になり、籠がゆらゆらと揺れ始めたからだ。
「ちょ、魔理沙」
落ち着いてもらおうと声をかけるも気付いてくれない。
どうしたものかと思っていると、ふと籠のぐらつきが収まり、安定した。
籠の後ろの部分を慧音さんがつかんでくれていたのだ。
「あ、すみません、慧音さん」
「いや、いい」
しばらくして魔理沙が気付き「おっと、すまん」と安定飛行に移ると、慧音さんはそっと籠から手を離し、また後ろの方へと戻っていった。
その顔は憂いに満ちている。あまり遠出を楽しんでいるようには見えない。
慧音さんは今回の地獄訪問に最後まで反対していた。
俺が「せめて死神さんとお話できれば」と何度も主張すると、渋々認めてくれたのだ。
「お前にそうお願いされると、どうにもな」
慧音さんは大きく肩を落とすと、自分もついていくと言った。
寺子屋の仕事が忙しいのに申し訳ないと断るも、彼女はかたくなに同行を望んだ。
「友人が地獄の化け物に食べられてほしくない」とは彼女の言。
今回はつくづく慧音さんに迷惑をかけてしまったと思う。
俺のわがままに付き合って貴重な時間を割いてくれるとは、本当に申し訳ない。
他の2人も同じだ。「私たちが望んでついていくだけだ」と妹紅と魔理沙は笑っていたが、そもそも彼女らは今回の地獄訪問が俺1人では無理だと知っていたに違いない。
三途の川に行くには妖怪の山を抜けなければならない。それは俺1人では絶対にできない。歩いて行けば天狗か妖怪に襲われてそれで終わりだからだ。
だから魔理沙たちは一緒にきてくれた。だというのに恩着せがましいことは何も言わず、ただ「望んでついていく」と言ってくれる。付き添いをしてくれている。俺のわがままに協力してくれている。
俺は心底感謝した。彼女らの心遣いに。
慧音さんも含め、皆に今回のお礼はきちんとしなくてはなるまい。
おいしい料理をご馳走したり、何かプレゼントしたり……彼女たちにはたくさんの恩を返さなくては。
「お、○○、下を見てみろよ」
「ん?」
魔理沙の声に従い、顔だけを外に出して下を見てみると、そこには何やら長く大きい道があった。
横幅としては2,30メートルほどだろうか。何もない白い土地に、灰色の道が浮かび上がっている。
そして驚いたことに、道沿いには夏祭りで見るような出店がいくつも並んでいた。食べ物やアクセサリーや雑貨、色々な種類の店がある。
「何か祭りでもあるのか? けっこうな人出だしさ」
俺の疑問に、慧音さんがすかさず答えてくれた。
「あれは『中有の道』と言ってな。死者の霊が三途の川に向かうための道だ」
「ということは、あの出店は幽霊相手に商売してるということですか?」
「そうだ。屋台の主は地獄の罪人で、ここで地獄を出るための卒業試験をやらされている。善き商売ができれば、晴れて転生できるというわけだ」
「はー、なるほど」
幽霊ってお金を持ってるんだろうか。ああ、三途の川を渡るための渡し賃でも使うのかもしれない。
慧音さんはさらに説明を続ける。
「最近は見物に来た生者相手にも商売しているようだが……どうにも評判はよくない。釣銭をごまかされることもよくあるらしい」
「私もあったなー、すぐに注意して返してもらったぜ」
魔理沙の場合は注意だけで済まなさそうだ。
それからさらに飛ぶこと4半刻。
「そろそろ見えてきたぞー」
「ん、ほんとか?」
魔理沙の声に反応して俺は慌てて意識を外に向け、真正面をじっと見据えた。
いつの間にか周囲は霧に囲まれ、何も見えなくなっている。どこだ?
「霧の向こうの、灰色の場所だ」という慧音さんのありがたい指示に軽く頭を下げ、じっと目を凝らす。
確かに、かすかだが灰色の地面のようなものが見えていた。
あれが彼岸への入り口かと思うと心が踊った。
※
「ほい、到着」
「ご苦労様だな、魔理沙。ありがとう」
「いいってことよ。さーて、陰気臭い場所だな、ここは」
籠から降りて、細かな石が敷き詰められた地面を足で踏みしめると、ぞくりと怖気が走ったような気がした。
どくどくと激しく鳴る心臓を押さえつけ、ゆっくりと顔を上げると、目の前に広がる異様な風景に「ふあ」と声が出て、新鮮な感覚が心を包んだ。
「大きい川だな……」
視線を遠くにやって大きく息を吐いた。こんな川は見たことがなかった。
向こう岸の見えない、水平線だけが左右に伸びている川。灰色の空と川が遠くで1つに交わっている。
外の世界で言う、中国の長江や黄河並の幅があるのだろうか。いや、ここまで距離感が全く掴めない川は外の世界にはなかった。
水は汚くないようだが、底は見えない。なんとも不思議な色をしている。
「殺風景な場所だね」
妹紅がとことこと川辺は歩いている。彼女の言葉通り、河原には何もない。
拳より少し小さめの石が敷き詰められた河原。
ところどころ木や草が生えているが、申し訳程度でしかない。
風がそよぎ、ざぶんと川岸に打ち上げられた水が、寂しげな雰囲気を漂わせる。
「空気が淀んでいるな……○○、瘴気に気をつけるんだぞ」
慧音さんの忠告に俺は頷く。確かに三途の川全体が暗めだった。
まるで曇りの日の工業地帯のようだ。太陽の光は届かず、薄い灰霧が空間を覆っている。
有害ではないようだが、ただの人間である俺はちょっとした瘴気でも簡単に身体を壊す。気をつけておかなくては。
「私はこういう陰気臭いところは苦手だぜ。気が滅入る」
魔理沙がずかずかと河原を歩いていく。
その後を俺たちはついていった。
「巫女の話だとこの辺りでサボってる死神がいるって話だけど」
妹紅がきょろきょろと周囲を見渡すが、一見したところ誰もいない。
そうタイミングよく死神がいるはずもない。さすがに四六時中サボってるわけでもないだろうに。
これは長期戦になるか? と思っていると、1人で先へ先へと進んでいた魔理沙の呼ぶ声がした。
「おーい。こっちだ、来い来い!」
「なんだ? 何かあったのか……って、誰か寝てる」
魔理沙のいる、3メートルはあろうかという大岩の懐にやってくると、そこには1人の女性が石に寄りかかり寝息を立てていた。
赤い髪を2つくくりにし、変形着物を着た、身体つきが非常に女性らしい人。
彼女の傍には、身の丈を超える巨大な鎌が無造作に置かれていた。
「くー、くー」
「えーと、この人は?」
俺が戸惑い気味に尋ねると、魔理沙は当然のように答える。
「死神」
「寝てるんだけど」
「だからサボりがちな奴だって言ってたろ」
それにしたって、こんな所で寝てしまう死神がいていいのだろうか。
三途の川って、死神がいないと幽霊が彼岸に渡れないというのに……
常識がまた1つ壊れたような気がした。幻想郷に来ていったいいくつの常識が壊れたやら。
「こんな所で寝られるものなんだ」
妹紅が感心深げに、死神さんの前にしゃがみこむ。
「たるんでいるものだな、死神も」
慧音さんがため息をつき、呆れていた。
「まるで紅魔館の門番さんみたいだ……」
あの人も昼寝してたなあ。あれで門番が務まるのかと思ったものだが、幻想郷はその辺りがゆるゆるなのだろう。
「ふあ? 誰かいるのかい……?」
俺たちの話し声で目が覚めてしまったようだ。死神さんがあくびをして、ゆっくりと目を開けた。
「んん」と眠たそうに瞼をこすり、俺たちのことをぼんやりと見つめると、すぐさま驚きの表情を浮かべる。
「ありゃ? 幽霊、でもないね」
「よお、小町。相変わらずサボってるんだな。映姫に怒られないか?」
「おや、この前無縁塚で暴れまわった魔法少女かい」
見知らぬ人間がいると見て慌てて立ち上がった死神さんだが、魔理沙に気付くとすぐに緊張を解いた。
どうやら魔理沙と死神さんは顔見知りのようだ。気軽な調子で死神さんは魔理沙に話しかける。
「今日は何だい。見物かい?」
「いんや、用があるのはこっち。私はただの付き添いだぜ」
と、魔理沙がぽんと俺の背中を押した。ここからは俺のターンというわけだ。
俺はぴりっと姿勢を整え、死神さんの前に立った。
「どうも、はじめまして。○○と申します」
「はあ。あたいは小野塚小町だけど……三途の川の死神に用って、どういうことだい? 死者に会いにでも?」
「いえ、実はお願いがあってきました。生きている人間がこのようなお願いをするのはおかしいことかもしれませんが……」
ゆっくりと言葉を吐き出す。
「俺を向こう岸に連れて行ってくれませんか?」
「……はあ?」
それは誤解を招く、という慧音さんの呆れ声が後ろから聞こえた気がした。
※
「びっくりしたよ、若い身空で何言ってんだと思った」とは後々の小野塚さんの感想。
数十分かけて、俺が小説家であること、取材のために地獄を見学したいこと、それをどこに願い出ればいいか教えてほしいこと、などを説明した。
「ふーん、小説家ねえ」
小野塚さんが俺のことをじろじろと見つめる。どうにも反応が鈍い。
俺自身に興味は示してくれても、地獄見学を積極的に受け入れてはくれなさそうだった。
ならば説得だ、と俺はとにかく頭を下げ続けることにした。
「後学のためにもぜひ」
「そう言われてもねえ。三途の川は死者が渡る川だから、たとえ私の舟に乗っても、生者のあんたじゃ向こう岸に辿り着けないもんだよ?」
「飛んでいっても駄目なのですか?」
「無理無理。延々と飛び続けるだけ。閻魔様ぐらいならともかく、普通は舟に乗らなきゃねえ」
むぅ、と俺は首を捻る。生者である俺が舟に乗っても無駄。飛んでいっても無駄。多分泳いで行っても無駄だろう。
こればっかりはどうしようもないのか。生者が死者の領域に入ることは不可能なのだろうか。
何か方法はないものかと考えてみる。
「ふーん……あんた、考え込むとけっこう良い男になるね」
「へ?」
突然の小野塚さんの褒め言葉に、俺は思わず変な声を出してしまった。
それがまた大層面白いのか、小野塚さんは「ははは!」と大きな声で笑う。
「幻想郷で小説家ねえ。面白い! あんたになら地獄も見せてやってもいいとか思い始めてきちゃったよ」
「それはどうも……」
「ああ、小町、言っておくけど○○は駄目だからな」
後ろから魔理沙がよく分からないことで小野塚さんに注意する。何が駄目なのだろうか?
小野塚さん自身は理解できているのか、「はいはい」と適当に手を振って応え、俺との話を続ける。
「私の人を見る目は確かだからね。あんたが悪い人間じゃないことは分かるよ」
「ありがとうございます」
「そうだねえ。四季様に直接頼めば、なんとかなったりするかもだね」
「四季様というのは?」
「閻魔様。あの人が許可してくれりゃ、多分向こう岸にも渡られると思うよ」
閻魔様……死んだ人間の魂を裁き、天国行きか地獄行きかを決める裁判官か。
さぞかし威厳たっぷりな大男なのだろう。少し怖いが、その人に許可を貰わなければならないなら是非もない。
「閻魔様にはどうすればコンタクトが取れますか?」
「そうさねえ。そろそろ来たりするんじゃないかね」
「来るって、三途の川に? 閻魔様が?」
「待ってれば来るよ。ああ、私が仕事してないのはあんた達の相手してたからってことで頼むよ」
小野塚さんは軽い調子で笑っているが、俺は半信半疑だった。
本当に閻魔様が来るのだろうか。いったいこんな所に何をしに?
俺が首を捻っていると、すでにリラックスモードに入っている小野塚さんは俺の後ろにいる3人に注目し始めた。
「で、後ろの見たことない方々は誰だい?」
そう言えば紹介していなかったと思い、俺は慧音さんと妹紅に目配せする。
2人はそれぞれ軽く頭を下げた。
「上白沢慧音と申します。今日は○○の付き添いでこちらへ」
「……藤原妹紅」
「ほお」
小野塚さんは手を顎にやり、感心深そうに2人を眺めた。
「なるほどなるほど。そっちのは人里の守護者だね。で、そっちは……んんー?」
小野塚さんは突然難しい顔をして、妹紅のことをじろじろと眺め始めた。
何かに悩んでいるのか、腕を組み、うーんと悩ましい声をあげている。
「あんたはどこかで見たことあるねえ。なんだったか……1度死んだことあったりするかい?」
「……」
「ははは、冗談冗談。けど、ほんと見たことあるよ」
「……死神とは縁遠いはずだけどね」
妹紅がぽつりと呟いたのとほぼ同時に、「来たぞー」と近くの石に座っていた魔理沙が空の一方を指差した。
俺たちはその方角に注目する。まだ遠いが、確かに空の一点に黒い点がぽつんと浮いている。誰かが飛んできているようだ。
どんどんと近づいてくる点は、人の姿になり、少女の姿になり、派手な服装をした少女となる。
「小町ー!」
かわいらしい少女は、鬼のような形相で小野塚さんの名前を叫んでいた。
まさか、あの少女が閻魔様?
「おお、こわいこわい。あんたたち、話を合わせといておくれよ」
「はあ」
小野塚さんのウインクに、俺は気の抜けた返事をしておいた。
間もなく、空を飛んできた少女が俺たちの目の前、小野塚さんの隣に着地した。
そしてやおら小野塚さんに、手に持っていた板状の木(悔悟棒だったか?)をビシッと差し向けた。
「小町! 霊がやってこないと思ったら、こんな所でサボっているのですか!」
「四季さま、違いますよー。この人たちの相手をしていただけですって」
「何を……?」
少女は俺たちのことに気付くと、他人の前だからか急速に怒気を収めていった。
そして説明を求める目を小野塚さんに向ける。きょとんとしている顔が少しかわいい。
「この方たちは?」
「見学希望ですよ。地獄の」
「はあ?」
「○○、この方が四季映姫様。冥界の裁判官だよ」
どうやらこの少女が閻魔様で間違いなさそうだ。
緑の髪をした、黒っぽいヒラヒラ服を着た少女。外見はほとんど小学生だった。
また1つ、常識が壊れた気がした。閻魔様はもっと大きな体をした巨人だと思っていたのに。
そしてあちらも、驚いた顔で俺たちのことを見つめているのだった。
※
「話は分かりました」
俺が事の次第を説明すると、閻魔様――四季映姫様は厳格に頷いた。
冥界の裁判官であり、幻想郷担当の閻魔様だという彼女は、外見に反して非常に気配が強い。
俺とて幻想郷に来て以来様々な人間、超人、妖怪と出会ってきたが、四季様はその中でもトップクラスの強さだ。オーラが違う。
「ふむ」
四季様はその鋭い目で俺を、慧音さんを、魔理沙を順々に射抜いていく。
そして最後に妹紅を見ると、一際目を細めた。
「……蓬莱人ですか」
「四季さまー? どうかしました?」
「小町、気付かなかったのですか?」
「何がですか?」
「……まあ、構いません。ただの付添い人ということで、見逃しましょう」
四季様が何に眉をひそめているのか分からないようで、小野塚さんはさっぱりとでも言いたげに肩をすくめた。
俺も小野塚さんと同じだ。閻魔様は妹紅と何か因縁でもあるのだろうか。
妹紅の方は顔を背けたままで、何も言わない。
四季様は少しの間考え込むと、ふと俺の顔を見上げた。
「さて、○○さん。地獄の見学がしたいということですが」
「はい」
「許可できません。お帰りください」
笑顔ひとつない無表情。にべもない答えに俺は息が詰まりかけた。
取り付く島もないとはこのことか。
空気が死に、静寂が訪れる。四季様のかもし出す威厳はどこまでも俺を威圧している。
閻魔様の姿が段々と怖くなってきて、俺は言葉を失う。
だが、そんな空気を振り払うかのように、魔理沙が俺の横に並んだ。
「おいおい、少しは『検討してみる』っていうお役所言葉を使ってみろよ」
「できないものはできません」
魔理沙の茶化すような言葉にも、四季様の表情は変わらない。
かなり堅いお人だ。波長が合わないとでも言えばいいか。
「生者には生者の世界があり、死者には死者の世界がある。これが世の理。何人たりとも背くことはできません」
「……どうしても駄目ですか?」
「○○さん、あなたは少し好奇心が過ぎる。時に好奇心は最も下卑た感情であることをもっと理解しなくては」
『なんでもかんでも知りたがるのは下品である』と閻魔様は言っているのだろう。
ぐさっと俺の心にその言葉が刺さる。実際、自分の好奇心の下品さは自覚している。だからこのお説教には反論できない。
これは困った。本当に駄目かもしれない。そもそも俺自身、これ以上お願いする勇気が出ない。
悩む。悩むけれども打開策は見つからない。八方塞がりか?
と、四季様の後ろにいた小野塚さんが俺にウインクをした。なんだ?
「四季さまー」
「なんですか、小町。今は大事な話をしているところです」
「いえ、『世の理』って言ってましたけど、見学者自体は何度か来たころありませんでしたっけー?」
「む……」
四季様がかすかに顔をゆがめた。
構わず小野塚さんは言葉を続ける。
「確かダンテさんとか言う人だったようなー」
「小町、余計なことは言わない!」
「きゃん!」
叱られながらも、小野塚さんは悪びれない。
彼女が口にした名前に聞き覚えがあった。
ダンテ……まさか『神曲』の作者の?
俺が呆然としているのに気付いたのか、四季様は大きくため息をついて、説明をしてくれた。
「こほん……確かに長い歴史上、地獄の恐ろしさを人間に伝えるために、人間の中でも表現力の高い者に地獄を見学させ、罪を犯すことの愚かさを一般の方に説かせることもままあります」
「驚いた。本当に見学してたんですね」
「あの方の場合は少々自宗教の脚色をつけすぎていましたが」
俺の後ろで妹紅と魔理沙が、何の話? さあ? とヒソヒソ話しているのが聞こえるが、彼女らに説明するのは後だ。
こんな所で文学史の真実を知ることになるとは思いもよらず、俺は衝撃を受けていた。
そしてさらに、前例があるということは可能性がないわけではない、ということも分かり、希望も持てた。
「しかし!」
だが、四季様が釘を刺すように言う。
「それはあくまで特例です。詩家のように非常に表現力の高い人間で、かつ人々に影響力を持てる者でなければおいそれとは」
「○○は小説家で、幻想郷ではけっこう売れっ子だぞー」
魔理沙の煽りに四季様がうっ、と唸った。
どうやら俺が小説家であることを忘れていたと見える。
「……もう1つ、地獄側が『見学者の必要あり』と判断を下さなくてはなりません」
「じゃあ、あたいがちょっくら聞いてみますねー。手紙送っときますんで」
小野塚さんがパッパッと紙に何やら記し、紙飛行機にして川の方へと飛ばした。
というか、紙飛行機? あれで向こう岸に届くのか?
しかし小野塚さんがさも当然のように飛ばしているのを見るに、彼女の何か特殊な能力で紙飛行機を彼岸に届けているのかもしれない。
飛んでいく紙飛行機を四季様がおろおろと見送る。
「こ、小町? どうしてそんな」
「面白そうかなあ、って」
「面白そうって、あのですね」
「断る理由も特にないですし」
「くっ、あなたはいつもいつもそうやってぇ」
何だろうか。四季様の表情が徐々に崩れ始めてきたように感じる。
特に小野塚さんに攻められ始めてからは、今までの無表情が完全に消えてしまっていた。もう外見相応の少女に見える。
もしかすると、攻められると弱いタイプなのかもしれない。
動揺を隠すかのように、四季様が「もう1つ!」と付け加えた。
「私が見た所、○○さんは見学者にふさわしいほどの人格者には見えません。普通の……普通の人です」
「はあ、確かに普通の人間です」
俺は深く頷く。小説家だろうと何だろうと、俺は普通の人間だ。
他の幻想郷の有名人と比べて、人格的に劣ると言われれば反論できない。
四季様は我が意を得たりとばかりに饒舌に話を進める。
「見学者は人格の完成したものでなくてはなりません。罪とは何か、己とは何かについて常日頃から考えていないようでは、地獄を見ても何の意味も」
「お言葉ですが、閻魔様」
しかしそれに口をはさんだのは、今まで会話に入ってこなかった慧音さんだった。
慧音さんは俺の横に並ぶと、一回り小さい四季様をきっと見据える。
「○○は確かに普通です。しかし彼には内省の心があります。常日頃から己を見つめ、己を磨き上げ、己の作品をよりよいものにする努力をしています。
それは彼が優れた人間だからではなく、普通であるからこそ持ち得る素質です。そういう者こそ地獄を見て大衆に伝えるべきものを見出せると思います」
「慧音さん……」
俺は感激していた。
あれほど地獄見学に反対していたというに、彼女は懐深く俺の味方をしてくれている。
慧音さんは俺を見て目で頷いた。その時、俺は彼女の優しさに触れたような気がした。
「む、むぅ、確かにそれはそうですが……」
四季様がさらに唸っている。その様はまるで子供が悩んでいるかのようだ。最初の威厳はどこにもない。
これはもしかするとOKが出るのではないか?
と、ここで川の向こう岸から紙飛行機が返ってきた(いったいどうやって川を渡っているのだろう。謎だ)。
小野塚さんが紙飛行機を華麗にキャッチする。
「四季さまー。是非曲直庁から返事きましたよー」
「ちょ、ちょうどいい! 許可は出ないはずです。小町、手紙を読みなさい」
「はいはい。えー、『まあいいんじゃない? 最近の地獄って経営難だし、宣伝になるっしょ』だそうです」
沈黙が流れた。四季様ですら完全に呆けてしまっている。
ただ、俺やは手紙の内容よりもその文面に驚いている。あれ? 冥界ってそんなに軽いところ?
「慧音さん、地獄もこんな感じなんでしょうか」
「……さあな」
慧音さんも少し呆れ顔だった。
一方でハッと気を持ち直した四季様は、手に持っている木板を握りつぶしかねない勢いで怒リ始めた。
「わ、私が冥界の裁判官としての常識を見せているというのに、広報局の馬鹿たちはもーー!」
「四季さまー、落ち着きましょうよー」
「おおお落ち着いていられますか! 冥界とはもっと人間に畏怖されるようなですね!」
顔を赤くしてぷりぷり怒っている四季様が、1番威厳がないように見えるのは気のせいではない。
「まったくもう、まったく!」
「四季さまー。許可も出たことですし、見学させてやってもいいんじゃないですかー?」
「むむむ」
四季様が唸る。
俺はここが正念場だと感じ、勢いよく頭を下げた。
「お願いします! ここで見たことは絶対に無駄にはしません!」
「ほらー、こんなにも熱意があるんですし、どうですか?」
小野塚さんの援護もあり、ようやく四季様が諦めたように「ふぅ」と息を吐いた。
怒りは収まったようで、冷静な目を俺に向ける。
「……もう1つ条件があります」
「なんでしょうか」
「少し歩きましょう。その後で説明しますので。ついてきてください」
そう言って四季様は三途の川の河原を歩き始めた。
いったいなんだろうと慧音さんたちと顔を見合わせ、俺たちはその後を追う。
「いったいなんでしょうかね、慧音さん」
「さあな。閻魔様の考えることは私は分からん」
「なんかどうでもいいことで渋ってるんだぜ、あの閻魔さんはお堅いからな」
魔理沙の言うことは半分当たり、半分外れのような気がする。
四季様は自分の職務に忠実なだけで、本当はもっと優しい人のような……そんな気がした。
四季様、小野塚さん、俺たち、という順番で河原をゆらりゆらりと歩いていく。
三途の川は寂しいところだ。最初は物珍しさで楽しんでいたが、5分もすると代わり映えのしない景色に飽きてくる。
俺は前を歩いている四季様の背筋の伸びた後ろ姿に注目してみる。彼女はいったいどこに連れて行こうとしているのだろうか。
「やあやあ、○○」
唐突に、小野塚さんがにまにまと笑みを浮かべながら、俺の横にやって来た。
俺は先ほどの援護のお礼をすることにした。
「小野塚さん、さっきはありがとうございました」
「いいっていいって。あたいは面白い話は大歓迎だからね。それよりもだよ」
本当に面白そうな顔をしている小野塚さんは、顎で後ろにいる慧音さんたちを指した。
「あのコらはさあ、あんたとどういう関係なんだい?」
「はあ、友達ですよ」
「えー、本当かい? そうは見えないんだけどねえ」
小野塚さんは少し俺に近づいてきた。
なんだか彼女の豊満な胸が当たりそうで、ドキドキしてきた。距離がとても近い。
しかし小野塚さんは気にせず、ひそひそと俺の耳元で囁く。
「あのいたずら好きの魔理沙が何もせずに、あんたに付き従ってる。それだけでもう驚きだよ」
「……多分魔理沙は小野塚さんと同じように、この状況を楽しんでるだけだと思いますよ」
「そうかい? だったらもう1人、人里の守護者はあんたをよく理解し、好意を持って味方をしてるよ?」
「慧音さんは優しい人ですから」
「ふーん。けどねえ、極めつけはあの白髪の奴」
1番後ろを歩いている妹紅をちらりと見た小野塚さんは、ニヤケ顔をさらに強くした。
「あんたは気付いてないかもしれないけどね、あの白髪のは、あんたが四季様と話してる間も……
いんや、あたいと初めて顔を突き合わせてからずっと、周囲を警戒してたんだよ? 話に入ってこないのはそのせいだね」
「そうなんですか?」
「あたいに対しても神経尖らさせてたしねえ。今だってあんたに近づいてるからか、警戒心ビンビンぶつけてきて、背中が痛いぐらいだよ」
俺は軽く後ろを振り返って妹紅の様子を伺う。
するとちょうどこちらを見ていたらしい妹紅と目が合った。
「あっ」
妹紅はすぐに目を逸らす。
だが、またちらりと俺を見て、今度は少しだけ微笑んだ。なんだか心がほんわかした。
と思ったら、瞬時に妹紅の顔が険しくなった。それは小野塚さんが俺の右耳に口を寄せてきたのが原因だ。
小野塚さんはそよそよと俺の首筋に息を吹きかけながら、囁く。
「他の2人も一緒。ずっとあんたに危険が及ばないか注意して、気を張ってる。
おー、怖い怖い。多分あたいがあんたに少しでも危害を加えたら、3人にまとめて叩き潰されるんだろうねえ」
「あの……近いです」
「おっと、すまないね。後ろの3人の反応を見てると、なんだか楽しくってね」
「はあ」
死神だというのに、この人はとてもお気楽だ。
全然怖くないのは何故だろうか。ああ、答えは『幻想郷だから』で片付くか。
「あんた、ほんとに大切に思われてるよ。あたいには分からない魅力があるんだろうねえ」
「……みんなが優しいだけですよ」
「そういうことにしといておくよ」
結局小野塚さんはニヤケ顔を最後までやめずに、前にいる四季様の隣へと戻っていった。
からかわれただけか、と俺は思いつつも、彼女のサバサバした態度に憎たらしさも見出せず、むしろすがすがしい思いで困った笑みを浮かべることができた。
「○○」
後ろから声をかけられ振り返る。妹紅だった。彼女はたたっと俺の左隣に移動してきて、心配そうに俺の腕をちょこんと掴んだ。
「何か死神に変なことを言われた?」
「いや特には……」
何もないと答えようとすると、
「○○が変な顔で笑う時は、困ってる時、なんだぜ?」
「だな」
魔理沙が右隣に、慧音さんが妹紅の左隣にやってきて、それぞれ気遣うような目を俺に向ける。
なるほど、俺が少し難しそうな顔をしていたから、気にかけてくれたのか。
本当に、と俺は目を瞑り、実感する。この人たちは……どうしてそんなにも俺の味方でいてくれるのだろう。
優しさが嬉しくて、ちょっと泣きそうになった。
「大丈夫。三途の川について教えてもらっただけだから」
努めて明るく言うと、3人はあからさまにホッとした顔をした。
「ならいいけど」
「案外、小町を口説いてたりしたんじゃないか?」
「ふむ、○○はああいう女性が好みなのか」
「あー、ノーコメント。あと、魔理沙は話を変な方向に持っていくなって」
あっという間にいつもの俺たちに戻る。
たとえ三途の川であろうとも変わらずにいられるのは、やっぱり彼女らが一緒にいてくれるおかげなんだな、と俺は思った。
※
「四季さまー、あの4人、ほんと仲良しですよねー」
「……」
「なんか羨ましいですよねー。三途の川が砂糖水になりそうですけど」
「……ブツブツ」
「あたいにも良い男が現れないかなあ……四季さま?」
「ここは冥界の手前だというに、あの者たちには緊張感が足りていない……あのようにイチャイチャと」
「四季さま? 何をぶつぶつと」
「1度思い知らさなければ。地獄と閻魔の威厳を見せ付けなければ。ふ、ふふふ」
「あちゃー、なんか変なスイッチが入ったのかね。んー、ちょっとまずいかも?」
※
「着きました」
四季様が突然立ち止まったのは、先ほどの場所と代わり映えしない河原の上だった。
目的地を知らない以上、着いたと言われても、俺たちにはどこに着いたのか全く分からない。
「えと、特に何もありませんが」
「いえ、ここで合っています……さて、○○さんとその付き添いの3名方」
「なんか○○と愉快な仲間たち、みたいな感じだな」
さっそく話の腰を折る魔理沙。両手を頭の後ろにやって緊張感の全くない笑顔を浮かべ、四季様を挑発している。
俺は一応、これ以上茶化さないように「こら」と注意しておいた。
魔理沙は悪びれず、目だけで応えて笑った。あまり効果がなさそうだった。
四季様は魔理沙を一睨みした後、話を再開する。
「先に言っておきます。地獄は危険な場所です。屈強な鬼や妖怪が数多くいる」
「見学者にも襲いかかるのか?」
魔理沙の疑問も最もだ。許可を受けた見学者にも危害が及ぶほどに、地獄は厳しいのだろうか。
四季様は淡々と説明を続ける。
「地獄もまた独立した1つの世界です。我々側が管理し、罪人に責め苦を与える場所として使っている地域はありますが、それ以外は秩序が行き届いていない。
そのような区域には、責め苦から逃げ出した悪の魂、管理から離れた鬼、冥界から強引に入ってきた妖怪などが、跳梁跋扈している。
ゆえに、例えば移動時にそのような者たちが襲い掛かってくることも少なからずあります」
地獄にも治安が悪い場所があるということか。
「もちろん護衛はつけます。が、それでも危険はある。最低限自分の身の安全を守れる力を持っていなくてはいけません」
「私たちがいるんだから、○○は安心していいよ」
妹紅が自信ありげに言う。確かに彼女らが守ってくれるなら安心できるだろう。男としては情けないことこの上ないが。
そこで四季様が目を細め、三白眼で俺たちを睨みつけた。
「では、試してみましょう」
「試す?」
話が変な方向に行き出した、と俺は思った。
「ええ。今から出すモノをあなたたちに退けることができたなら、地獄見学を認めます」
「へえ、つまりそいつと戦って勝てばいいってことか。話が簡単になって助かるぜ」
「お、おい、魔理沙」
魔理沙が箒を取り出し、臨戦態勢を取る。
そういうことをしに来たわけではないというのに。
「じゃ、ちゃっちゃと終わらせよう」
「妹紅?」
「……まあ、任せておけ、○○」
「慧音さんまで」
女性陣はやる気満々だった。どうにも幻想郷の女性は喧嘩っ早い。
話し合いでなんとかならないかと思うものの、四季様ですら不気味なオーラを出している始末。
「ふっ……これを見ても、そのような軽口を叩けるか見物ですね。小町!」
「はーい。本当にいいのかねえ」
四季様の合図と共に、小野塚さんがパンッと手を叩いた。
すると突然、河原の地面がぐらぐらと揺れ出した。
「おわ」
何事かと慌てていると、轟音と共に前方約50メートル離れた場所の土が盛り上がり始めた。
まるで餅が膨らむかのように土はどんどんと高くなっていき、4階建ての建物ほどの高さになったところで停止。
そこで徐々に土の形が変化していく。頭が生え、手足が生え、人の形を取っていく。
30秒ほどで、巨大な人型の土人形が俺たちの目の前に現れた。
ドンっとその場で足踏みをし、地面が揺れた。
「おー! すげえ!」
魔理沙が目を輝かせ、感激したような声をあげた。
太い手足に質量がありそうな体躯。まるでマッチョな人がそのまま巨大になったような外見。
魔理沙の大好きそうな、パワー第1主義っぽい巨大土人形だった。
俺たちは今、この巨大な土人形の影の下にいる。あまりにも巨大なため、土人形の顔の部分を見上げるのに首が痛くなりそうだった。
「これは地獄の門番である牛頭と馬頭――」
四季様の説明に、俺はうん? と首を傾げる。牛頭と馬頭は、頭が牛と馬になってる鬼の一種だったはずだが。
「――が長期休暇を取っている間、代わりの門番として働いている土細工の『デク』君です」
思わずずっこけそうになった。
「……鬼にも長期休暇があるんですか」
「もちろんです。是非曲直庁の勤務条件は超優良ですので」
四季様が胸を張る。どうやら地獄の門番は公務員であるらしい。
「その割には給料が……」
「何か言いましたか、小町」
「い、いえいえ!」
「そうですか」
四季様は満足そうに頷き、改めて土細工のデク君を見上げた。
「これを倒せば、見学を認めましょう」
俺は閻魔様にツッコミをいれそうになった。
ビル4階ほどの大きさ相手に、人間サイズ4人(1人は非常に貧弱)がどうやって立ち向かえと言うのだろうか。
いくらなんでもこれは無理がありすぎる。不可能だ。
穏便に抗議をいれようか悩んでいると、魔理沙たちがずいっと俺の前に立った。
「んじゃま、さっさと始めるか」
懐から八卦炉を取り出す魔理沙。
「弾幕ごっこは1対1。まずは誰からいく?」
ポケットからお札を取り出す妹紅。
「土細工か。壊さないように気をつけていこう」
慧音さんも余裕しゃくしゃくだった。
そうか、と俺は納得する。弾幕ごっこならば体格差は関係ない。いやむしろ弾の当たる面積が大きい分、土人形の方が不利なのだ。
ならば勝てるかもしれない。彼女らは弾幕ごっこでの強者なのだから。
そう安心した時だった。
「弾幕ごっこ? 何を寝ぼけているのです」
四季様の厳しい声。
「ここは冥界。幻想郷のルールが通用するとでも思っているのですか?」
「え? それじゃあ」
俺が聞き返そうとしたその時。
土人形の腕が上がり、そのまま物凄いスピードで俺たちのいる場所へと振り下ろされてきた。
まるでビルが倒れてくるかのように、巨大な物体が真上から落ちてくる。
圧倒的な圧力に俺は脚がすくみ、動けない。
「○○!」
これは3人のうちの誰の声だろうか。
確かめる間もなく、俺の身体に衝撃が襲ってくる。
四肢は動かなくなり、鼻には土の匂いがぷんと伝わってきた。
何だ? 何が起こっている?
視界が目まぐるしく変わる。先ほどまで地面にいたはずなのに、今では空へと飛び上がっている。俺は空を飛べないはずなのに。
河原の灰色、川の透明な色、空の灰色と、視界に入る色は次々に流れては消えていく。
さらには強烈な圧力に継続的に襲われる。身体全体が何かに押さえつけられているような感覚に、息が苦しくなった。
意識を保とうと努力している間に、圧力は段々と弱まり、視界も安定してきた。
「う、わ……」
そこで俺は自分が土に囲まれ空を飛んでいることに気付き、ようやく事態を理解した。
俺は、土人形の手に捕えられてしまったのだ。
先ほどから感じている圧力は、土人形の腕が動くたびに加速度が生じ、Gがかかっているから。
「く、ふぅ」
まずい、また土人形が腕を動かした。意識が遠のく……
「ほら、弱い者から捕まるのも当然。これは真剣勝負なのですから」
四季様の声がかすかに聞こえたのを最後に、俺は真っ黒になっていく視界に溶け込んでいくのだった。
※
四季さま、暴走しちゃってるなあ。
あたいは心の中でそう呟き、この行過ぎた状況にため息をついていた。
デクの右手に捕まった○○はくてっとして動かない。どうやら気を失ってしまったようだ。
だが怪我をさせてはいないはずだ。こちら側で相手に怪我をさせないよう命令している。特に普通の人間である○○には。
にしても四季さまが門番代理を出してくるとは思わなかった。よほど、あの4人に冥界の威厳を見せたかったのだろうか。
「1度こらしめれば2度と冥界を侮るような真似はしないはずです。ふふふ」
四季さまはご機嫌だ。4人のイチャイチャっぷりに苛立ちがあったに違いない。
珍しいことだ、四季さまがここまでやってしまうのは。いつもはもう少し冷静だというのに。閻魔様も独り身で寂しいのだろうか。
「んー」
どうしたものか、と思う。
適当なところで切り上げて、デクに○○を解放させておくべきか。
いや、そう言えばあの3人はいったいどうしたのか、とあたいは変に静かな娘たちを変に思った。
怒ってるのか慌てているのか。まだ何もアクションがないようだが。
視線を四季さまから3人のいる方へ移すと。
「ひっ!」
そこには鬼が3人いた。
「し、四季さま! 四季さま!」
「なんですか小町。今、私は彼らにどのような説教をしようかと思索中で」
「あ、あれを! 魔理沙たちが!」
「だから何が……ひぅ!」
四季さまがらしくない悲鳴をあげてしまうほどに、思わず逃げてしまいそうなほどに。
彼女らには凄みがあった。
後ろからでは彼女らの表情は窺い知れないが、それがかえって恐怖を煽る。
「……」
「……」
「……」
彼女らの身体からは魔力やら妖力やらが際限なく噴出し、周囲を覆っていた。
少しでもそれらを感知できる者ならば卒倒するであろう量と質。
もはや5,6メートル先は阿修羅のいる空間だった。
四季さまの腕にしがみついていないと、気を失いそうだった。
「弾幕ごっこじゃない。そうか。だったら本気でやってもいいわけだ」
魔法少女は、普段のおちゃらけた姿からは想像できない、怒りを押し殺した声を腹の底からしぼりだし、
「まずは○○だ。腕を潰すぞ。妹紅、できるな」
温厚な里の守護者は、絶対に子供には聞かせられない声色を使い、
「……もちろん」
威圧感たっぷりの白髪少女の背中には、うっすらと赤い翼が見えている。
ああ、なんだかこの世の終わりが来たような気がした。
「んじゃ、私が体勢を崩すからその間に頼むぜ、妹紅」
「分かった」
「いくぜデク人形!」
掛け声と共に、魔理沙が箒に跨って空を飛んだ。
凄まじい速さでデクに迫り、追い抜く。Uターンし、デクの振り上げた腕を避ける。
ぎゅんぎゅんと、蜂のように飛び回る魔理沙。
そのスピードに目が追いつかない。いったいどれだけの速さなのか見当もつかない。
「同じ門番でも、昼寝するあっちの方がまだ速いぜ!」
「!!!」
デクが翻弄されて敵を見失ったのを見計らい、魔理沙が懐から八卦炉を取り出して構えた。
マスタースパーク――気付いた時にはすでにそれは撃たれていた。弾幕ごっこの時と違い、チャージの時間がほとんどなく、威力も倍々だ。
極太の魔砲は右足に直撃し、デクは完全に体勢を崩されてしまった。
「……」
次に現われたのは炎の翼を持つ少女、藤原妹紅だった。
彼女はいつの間にかデクの右肩に乗っていた。不安定な足場の上を悠然と立ち上がっている。
「……ふぅ」
もんぺのポケットに手を突っ込み、軽く息を吐いて、デクの右手に捕えられている○○をジッと見る。
「こんな汚い手で○○に――」
彼女は右手だけをポケットから出し、軽く屈んで、右腕を振りかぶった。
炎の翼がゆっくりと消えていく。空を飛ぶ妖力すら彼女の身体からは感じられない。
全ての力は右手に集められ、炎へと変換され、圧縮される。
「――触るな!」
炎を帯びた右手がデクの右肩に振り下ろされた。
たったそれだけのこと。なのに巨大な爆発が生じた。
赤い炎が弾け、茶色の土くれが爆散する。衝撃波がここまで届き、あたいは四季さまの腕にさらにしがみついた。
どうやら藤原妹紅の右手に収縮された妖力がデクの右肩内部にねじ込まれ、急速に膨張し、炸裂したようだった。
「!!!」
尋常ではない爆発音と共に、デクの右肩は丸々消失した。
必然、腕から先は重力に従い、落ちていく。○○を捕えた右手と共に。
しかし、その時地面を走る者がいた。上白沢慧音だ。
「無茶をする!」
そう言いながらも、彼女は慌ててはいない。
的確に○○が落ちてくるであろう場所を見極め、その真下に陣取る。
「せーの!」
掛け声と共に、上白沢慧音は垂直に飛び上がった。
飛んだ先は○○がいる右手の部分の土塊だ。そこに頭から直撃。
土の中に侵入し、今度は反対側から飛び出してくる。
もちろん、その腕の中には気を失っている○○の姿があった。
「うわぁ……」
土塊が落ちる音が盛大に響く中、あたいはひくひくと頬を引きつらせた。
土煙をバックに地面に降り立った3人の少女。まるで現実味がない。
そうだ、ありえない。たったの数十秒で巨大土人形の右腕を破壊し、○○を救い出してしまうだなんて。
トコトコとこちらに歩いてきた上白沢慧音が、ちょうど腰ぐらいの高さの大石に、○○を大事そうにもたれかけさせた。
藤原妹紅もそれを手伝い、○○の頭を固定する。その顔は先ほどの迫力ある無表情と違って、とても慈悲深いものだった。
「大丈夫かな」
「怪我はなさそうだ。気を失っているだけだろう」
「よかった」
ああ、そうなんだ、怪我がなかったんだ。良かったねえ。
確かに○○は穏やかそうに眠っている。ああ、そりゃあんな美女2人に寝かせつけられりゃ穏やかにもなるか、あはは。
「なななな」
他方、四季さまは唖然としていた。仮にも地獄の門番代理が、こんなにもあっさりと倒されてしまうとは夢にも思わなかったのだろう。
口から泡を吹きかねないほどに慌てている。
「ど、どうしてこんな」
「そりゃあなあ、こうなるもんだぜ?」
びくりと体を震わせ、後ろを振り向くあたいと四季さま。
そこには魔理沙が笑顔で立っていた。とても爽やかな笑顔であたいらを見ていた。
ただし目は笑っていないが。
「好きな人が危険な目にあったら、怒るのは当然だろ?」
「好きなって、あなたたちが彼を?」
「もちろん」
って、四季さま、気付いてなかったんですか?
「さてと、この怒りを誰に向けたものかなー」
魔理沙がじろりとあたいらを見る。
その圧力に気を失いそうになった。まずい、死神なのに人間に気圧されるなんて。
「ま、あの土人形をばらばらにするってところで手を打ってやるよー」
笑顔でとんでもないことをのたまう魔理沙。
あんまりな言葉にあたいも四季さまも何も言えなかった。
「んじゃなー」
魔理沙は最後までニコニコしながら去っていった。やっぱり目だけは笑ってなかったけど。
「あうあう……」
四季さまが現実逃避をしていらっしゃる。
あたいもそうしたいけれども、デクへと飛んでいく3人の後ろ姿が怖くて、無理やり現実に引き戻されてしまう。
どごんどごんと響く破壊音。
三途の川に舞う土煙。
どんどんと小さくなっていく土人形。
哀れデク君。
ああ、やっぱり人の恋路を邪魔するとひどい目に会うものなんだなあ、と長い死神生活で初めて実感したのであった。
※
目が覚めた時、何故か俺は魔理沙の移動用籠の中に押し込まれていた。
「あ、あれ?」
「おっ、起きたか。○○、身体は大丈夫か?」
「え、あ、うん。特に何もないけど……」
少し心配そうな魔理沙に受け答えしつつ、俺は周囲をみぎひだりと眺める。
箒にぶら下がり、ゆらりゆらりと揺れる籠。
すでに空は夕焼け、下はオレンジ色に照らされた山々が広がっている。
どうやらいつの間にか三途の川から幻想郷に帰ってきたようだ。
俺はぼんやりとした頭を抱えながら、現状把握に努めた。
おかしい。確か俺は土人形のデク君に捕まっていたはずだ。
「なあ、いったい何が起こって」
俺の疑問に、すかさず横を飛んでいる妹紅が答える。
「んー、なんか、あの土人形の重みに河原の地面が耐え切れなくなって、穴が空いちゃってさ。うやむやになったんだ」
「はあ。どうして俺は無傷?」
「それは私たちが頑張って助けたからね」
妹紅がえっへんとでも言いたげに手を腰にやった。
ああ、なるほど。つまり俺はまた彼女らに助けられたわけだ。
「ちなみにだけどな、○○」
上からの魔理沙の声。
「地獄見学は三途の川の補修工事が終わるまで保留だそうだぜ。しばらく生者は立ち入り禁止だ」
「そうなのか。仕方ない、また後日にお願いしに行くかな」
「お、その意気だぜ」
工事で立ち入り禁止とあっては仕方ない。また時期が来たら、小野塚さんと四季様に会いに行こう。
それにしても三途の川の地面ってそんなに脆かったのか。
だったらどうしてあそこでデク君を出したのだろうか。
四季様ほどの人ならば、その辺りのこともちゃんと計算しているはずなのに。
悩む俺。よく分からない。
「○○には本当のことを言うべきでは……私たちのせいで地面に穴が開いたんだと」
「いいと思うよ。あの死神にだって、『勝手にデク君使って壊されたなんてバレたらクビだから、黙っててくれ』って頼まれたわけだしさ」
「むぅ……」
後ろから聞こえるヒソヒソ話。妹紅と慧音さんが何か話しているようだ。
「慧音さん? 妹紅? どうかした?」
「い、いや、何もないぞ」
「そうそう、何もない何もない」
「?」
慌てる2人を訝しげに思うが、何もないと言っているならそれでいい。
「とこでさあ、今日の晩ご飯どうする?」
魔理沙に言われて、もう夜に近いことに気付く。
家には何も用意していない。適当に外で済ませようと思っていたからだ。
「腹減ったぞー。今日付き添いした礼でなんか喰わせろー」
「はいはい、分かってるよ。俺の奢りで何か食べにいくか」
途端に魔理沙が「お! いいねえ!」とテンションを上げる。
おそらく目いっぱい食べるつもりなのだろう。奢りの時の彼女の胃袋は恐ろしい。
「だったら鍋とか?」
「人里に良い店があると聞く。そこに行こうか」
妹紅と慧音さんも乗り気だ。
鍋か。悪くない。4人仲良くつつくにはちょうどいい。
「なあ、妹紅。味噌鍋でいいよな?」
「私はしゃぶしゃぶの方が……慧音は?」
「皆の好きなものにすればいいさ。ああ、シラタキは必ず入れるからな」
さっそく鍋談義を始める3人。
三途の川から帰還した後とは思えない和やかな空気。やっぱりこの辺りも幻想郷か。
けれどこういう空気が1番好きだ。
俺は小さく笑い、籠の中で深呼吸。幻想郷の空気を思いっきり吸い込むのだった。
Megalith 10/11/06
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最終更新:2011年01月15日 12:44