屠自古1



Megalith 2015/12/24


非番の日は何時もそこに行くようにしている。
市営の介護施設。と言ってもここにいるのは老人ばかりではない。
何らかの事情で普通に日常を送れないものもそこにいる。この施設を作った市長の意向だ。
見知った職員に持ってきた紙袋を手渡し、あるものを受け取っていつもの場所まで行けばそこに彼女はいた。
「や、屠自古」
「・・・クリスマスにここに来るってことは、よっぽど暇なんだな」
「うるさいな、せっかくいい物持ってきたんだぞ」
車椅子に座る緑髪の女性、蘇我屠自古に声をかける。
名前の響きが随分古いな、と前に冗談半分に言ったら危うく感電死させられかけた。
ガラこそ悪いが人当たりはよく、情に厚いという何とも昔気質な奴である。
「良い物って、いつものちびっ子とじーさん達のお菓子だろ。あたしには何時も何もない」
「バカ野郎、今回あるから言ってんだ」
さっき受け取った紙きれを屠自古に手渡す。
「お前の外出許可証。結構苦労したんだぜ?」
「・・・マジ?」
「大マジ。“太子さん”とも話し合った結果さ」
彼女、蘇我屠自古には足が無い。
事故で無くしたらしいが、当人曰く『もう気にしていない』とのこと。
その前は事故以来この施設で塞ぎこんでおり、それを引っ張り出したのが、俺と彼女の元上司である太子さんだ。
「明日一日、車で連れ回すから覚悟しとけよ。今夜楽しみで眠れなくても知らないぞ」
「冗談。○○の運転する車なんて危なくて寝てられないよ」
「言ってろ。ゴールド免許の底力見せつけてやる」
「・・・どうして急に?」
「は?屠自古遂にボケたkやめろ雷は死ねる」
「まあ・・・明日25日だけどさ。え、それで?」
「当たり前よう。ここは今日パーティーするらしいけど、明日は何もないって聞いたから」
「でも仕事は」
「太子さんに言ってきたからな。布都の奴が連れてけって煩かったから手も打っといた」
「具体的には?」
「墨染桜パフェ ~開花~の完食」
「えっぐいねえ・・・じゃあ布都は今」
「自分の家で腹痛にもだえ苦しんでるよ。あと三日は続くかな」
気の利かない同僚の話に屠自古も苦笑を浮かべる。ふと時計を見れば、もう役所は閉まる時間だ。
「悪い、今日は来るのが遅かったからもう帰るよ」
「早いなあ。これから彼女とアレ?」
屠自古からのからかいの言葉に思わず顔が真っ赤になる。
「おまっ、俺は、その、屠自古一筋だからな!」
あばよ!と捨て台詞を吐き捨ててその場から逃げ出す。
まさか屠自古があんなからかい方をするなんて。思わず本音が出たけど・・・。
これ、明日まともに顔とか見られるのか?

「・・・っしゃあ!!」
そんな中歓喜の雄たけびをあげる屠自古に好機と奇異の視線が向けられるのは、また別の話。

「おはようさん。昨晩は眠れたか?」
「勿論(本当は緊張で全然眠れなかったけど)」
「よっし、じゃあこっちだ」
屠自古の車椅子を押しながら、自分の車の前へ。
車の前に来た瞬間、屠自古がぎょっとした。
「え、これ?」
「凄いだろ、レアものだぜ?」
真っ赤なボディに大きなリアウイング。
そのリアウイングにはタイヤがはめ込んであり、普通の車とは一線を画したデザインである。
「TRD-16の8008モデル。滅茶苦茶人気で買えたのもほぼ奇跡だったんだ・・・」
「・・・すっごいじゃん。いーじゃん!めっちゃかっこいいじゃん!」
「流石屠自古!わかってくれるか!」
「おうともさ!これでどこまで?」
「動物園」
「それちょっとハードル高くない!?」
「何を言っている、今年最後のペンギンのお散歩があるんだぞ」
「早く乗せて」
「まあ慌てるなって」
助手席の扉を開けると、屠自古を抱きかかえてシートに乗せる。
「ってなぜお姫様抱っこ!」
「一番楽だから?」
「いやそれは・・・まあ・・・いいけど・・・」
どんどん声が小さくなっていく屠自古を余所目に車椅子をトランクに収納、運転席に座るとシートベルトをつけた。
「よし出発!」

~ここからはダイジェストでお送りいたします~

「動物園なんて久々だな」
「たまに来ると楽しいぞ。そら、出撃!」

「おお・・・ライオン虎と猛獣が・・・!」
「あれ屠自古その辺り好きなの?」
「かっこいいじゃん」
「分からなくもない」

「ゴツさはサイが一番だな。なんたってあの安定感」
「象も好きだけど私は」
「あの辺のごっついのは安心感ある」
「次いこ次!」

「ふれあいコーナーも大丈夫だってさ」
「大丈夫かな、電気で逃げられたり・・・」
「多分だいじょう・・・あ」
チョロチョロ スカッ
「・・・・・・(手を伸ばす)」
チョロチョロ スルッ
「・・・次行こう」
「何かごめんな屠自古・・・」

「お待たせしましたメインイベント、ペンギンお散歩」
「ねえ○○」
「何だ?」
「ちょっとさっきみたいに抱えて」
「え、どったの急に」
「近くで見たいの!」
「別に車椅子でも・・・」
「い い か ら や る !(バチバチバチバチ」
「・・・ハイ」

「最後は爬虫類館ねえ・・・」
「俺蛇とかマジでダメなんだが」
「大の男が情けないねえ。ほらそこ蛇」
「うわー!やめろ!マジでやめてくれ!」
「可愛いじゃん」
「いや無理ィィィィ!!!」

~ダイジェストここまで~

「いやー、楽しかった!」
「そ、それは重畳・・・」
最後の蛇で完全にグロッキーと化し、真っ青になりながら施設まで戻ってきた。
その一方で屠自古はにこにこ笑顔である。
「こうしてあんたと出掛けるのもいいねえ、今度は登山とか良いかな」
「車椅子登山は無理じゃね?」
「だから○○が抱えて登るのさ。きっと最高だと思うわ」
「勘弁してくれよ・・・」
「・・・鈍いな」
「え?」
「ここまで言っておきながらまだ気づかないかこの朴念仁。ちょっと歯ぁ食いしばれ」
「やめろ、運転中は危なンアーッ!」

結局運転中に屠自古から鉄拳を喰らい、タンコブをさすりながら施設に戻ってきた。
乗る時と同じように屠自古を抱えて車椅子に乗せ、入口まで押していく。
「じゃ、また来るよ。もうすぐ仕事納めだから、年末もう一回来れるかな」
「暇なんだな」
「うるせえ。じゃ」
「待ちなよ」
「何だ?」
「わたしだけプレゼント貰ってあんたに無しってのは、不平等だと思わないのか?」
「・・・え、まさか」
「ほら、プレゼント」
ずっと持っていた鞄から取り出したのはマフラー。緑と白の毛糸で編みこまれた手作りだ。
「え、手作りマフラー?しかもすっげえ暖かそう・・・」
「巻いてみれば?」
「貰っていいの!?」
「当たり前じゃん。それとも・・・嫌だった?」
「そんな訳あるか!一生大事にするから!」
早速巻いてみれば予想通りとても暖かい。まだまだ寒くなるこの時期には最高のプレゼントだ。
「・・・ありがとう、な。こうして出かけるのも久々だったから。
面倒じゃなかったか?ずっと私こんなだから・・・」
「・・・屠自古、昨日行ったこと忘れたか?」
「昨日?・・・・・・あ」
「俺は屠自古一筋だからな。こんなことで嫌いになるわけないだろ」
「・・・そう言って貰えると、とても嬉しい」
「来年もまたどっか行こうぜ。太子さんやアホの布都も誘って」
「二人きりは無し?」
「勿論あるに決まってる。いろんなところ行って、目指せ日本制覇だ」
「ありがとう・・・本当に、ありがとう」
「おいおい泣くなよ、化粧崩れるぞ」
「いいんだ・・・なあ○○」
「何だ?」
「ちょっとだけ、胸貸してくれ」
「・・・いいぞ。ちょっとだけな」
それから暫く泣き止むまで、優しく屠自古の頭を抱きしめるのだった。



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最終更新:2016年01月23日 14:30