神子1




Megalith 2013/03/15



1.
今日も昨日もずっとこの頃は朝から風立っていた。
さらさらとした朝陽が差し込む中、玄関の戸をたたく音が聞こえた。
朝早くから誰だろうと思いつつ戸を開けた。
「おはよう。うむ、ちゃんと起きてて感心だな」
……正直、心臓発作を起こさなかった自分の心臓を褒めてやりたい。
尻餅だけですんだのは僥倖というべきだ。
「どうしたの?まだ寝ぼけているのね」
そう言って神子は笑った。

2.
狂気と正常とは、ある明確な一線を境にしてキッカリと左右に峻別されるものではあるまい。
こうして目の前に神子が立っているこの状況が、夢か現実か区別がつかなかった。
「ほら、しっかりしなさい」
そんなことを考えながら軽くめまいを起こしていると、彼女は僕の頬をつねった。
そこで自分がようやく現実に存在しているらしいことを確認することが出来た。
「あ、あの、神子様、なぜここに……?」
「徒歩で」
「いえ、交通手段を聞いてるのではなく……とにかくおあがり下さい」
「失礼させてもらうわ」
とりあえず自分を落ち着かせるため、神子をお茶の間に座らせることにした。
「粗茶ですが、どうぞ」
「そんなに畏まる必要ないわ、別に叱咤しにきたわけじゃないし、
 それにここは君の家でしょう?」
自宅に聖徳太子がいる状況でくつろげる人はそういまい。
「おや?なんだかおいしそうな匂いがしますね」
そういえば、朝食の目玉焼きを作ったまま台所に置きっぱなしであった。
「よろしければ神子様もどうです?」
「いいですね。頂きましょう」
卵焼きを差し出すと、神子はまじまじと見つめ、その後、お箸で器用に分割しながら食べ始めた。
たかが目玉焼きを食べているだけなのに、気品の良さがひしひしと伝わってきた。
「実に良い。庶民的な味ね」
せっかく褒めて頂いたのだが、残念なことに、もう僕の分の卵はどこにも無かった。
朝食を抜く羽目になったが、卵にしてみれば、神子に食べてもらえて本望だったであろう。

3.
「君はいつも熱心に参詣しに来るじゃない?だから今日は私から来てみたわけ」
真夏の正午の陽を浴びて、神子の神は小麦色の光を発し、僕の目をちくちくと射した。
「身に余る光栄です。しかし良かったのですか?」
「何が?」
「いえ、神子様は毎日大層忙しい身の上かと――」
「君は私の行動にけちをつける気なの?」
「滅相も御座いません」
「ふふ、冗談。私にもたまには休日が必要なのよ」
しかし流石に隣に神子を連れて歩いていると、周囲から色々な感情の混じった視線を感じる。
夏の暑さとあいまって、そのことは僕の気を滅入らせた。
「いやぁ、しかし久しぶりに見る里も、たいして変わってないなぁ」
神子があっちこっちに移動するたび、通行中の妖怪達が道をあけたり、逃げ回ったりしていた。
「いやはや、私はなかなかの人気者よのう、あっはっは」
あっけらかんと神子は笑っていたが、僕は気が気でなかった。

4.
このまま神子を好き勝手に歩きまわらせていると、何だか大事になりそうだったため、
『せっかくですから何か食べに行きましょう』と適当な理由をつけて、神子を引っ張って喫茶店へと連れ込んだ。
メニューを渡しに来てくれた店員さんの手は震えていた。
仕方が無いと思う。
僕だって喫茶店で聖徳太子を見かけたらビビる。
いったいどこの阿呆が太子を喫茶店に連れてきたんだ、と。
そして現時点でその阿呆は僕自身である。
神子はそんなことお構いなしに、多彩なケーキの写真が載っているメニューと真剣な眼差しで向かい合っていた。
こんなにもケーキの写真を親の仇が如く眺める女の子を見たのは初めてだった。
「このクラフティーとは何ぞや?」
「確か、さくらんぼの入ったプリンですよ」
「じゃあフロランタンとは?」
「クッキーにキャラメル塗ったようなものです……多分」
「ふぅむ。……ではこのババロアを頼もうかな、名前が私を指してるみたいだし」
僕は危うく、顔が引きつり過ぎて死んでしまうところだった。
こんなときどんな表情をすればいいのか分からなかった。
「笑ってかまわないわ。飛鳥文化ジョークよ」
「飛鳥文化ジョーク?」
「飛鳥文化ジョーク」
そう言って神子は笑った。
僕もつられて(とりあえず)笑った。

5.
我々はゆったりと流れる川のそばに座った。
まさに今青春を謳歌している蝉の声が聞こえてくる他は、静まり返っていた。
夏になってから雨が一度も降っていないせいか、川の水は存在すら消えてしまいそうなほど透き通っており、
魚たちも隠れることを諦めたのか、優雅に泳いでいる。
「ほら、君も浸かってみないか、気持ちいいぞ」
神子は裸足になり、足を川に浸していた。
「では、お言葉に甘えて」
何だか全体的にぼこぼこした僕の足と比べて、神子の足は夏の日差しを浴びカルセドニーの様に輝いていた。
「何?私の足に何かついてる?」
「爪がついてますね」
「くだらぬ。その爪剥ぎ取ってやろうか」
言うなり、神子は僕の足のつま先を自分の足の指でつまみ始めた。
神子の美しい足が、僕のせいで穢れてしまうのではないかと少し不安になった。

6.
神子は足を川に浸けたまま、ヘッドフォンを外し、仰向けになり目を閉じた。
山々の間を通り抜けてくる夏の風が、神子の髪を揺らした。
「本当に静かですね、ここは」
「そう?私には煩過ぎてかなわないわ」
そう言って、神子は顔をしかめた。
「君には聞こえてないだろうけど」
僕はむっとして神子と同じように仰向けになり耳をすました。
木々を揺らしていく風の音は、歌となり我々に何かを聴かせようとしている気がした。
神子は川辺の石を拾い上げ、空にかざした。
「川原の石ひとつにも、この世の全過程が刻印されている」
神子は続けた。
「未練を残し死んだ者は、この世のあらゆる物に憑依する。
 存在理由を無くしても未練の元の欲はいつまでも残り続ける」
まるで回転木馬のデッドヒートだ、と神子は笑った。
我々は欲によって産まれ、欲によって生かされ、欲をめぐる冒険ののち、欲によって殺されるのだ、と。
まるでピンボールの様に弾かれ、永遠に踊らされ続けるのだ。

7.
「何故私が今も生きているか分かるか?」
神子は起き上がり、僕を覗き込んだ。
僕も起き上がり、神子と目を合わせた。
「私の欲は余りにも大きすぎた。大きすぎて数十年、数百年の人生じゃ足りなかったからだ」
神子は手のひらを太陽にかざした。
「欲が私を生かし、私も欲を追い続ける。誰も追いつけないほどに」
神子の手は、どうにかして太陽を掴み取ろうとしているようだ。
「……でもね、それは余りに大きくなりすぎた。本質が見通せないくらい巨大に」
神子は僕の肩に頭を乗せた。
「君が参詣に来たとき、君も同じように追いかけてたんだ。
 私にとっては取るに足らなくても、君にとっては手に余るくらい巨大化した欲が」
神子の獣耳髪(←?)が僕の鼻下にかかった。
「その時ちょっとした悪戯心が芽生えたの。その欲を思わぬ方法で叶えてやろうと」
僕はくしゃみが出そうになるのを必死で抑えた。
神子の髪に唾を吐きかけるようなことをするわけにはいかない。
「けれど、どうやら私も、その欲に飲まれてしまっていたようね」
神は何故このような試練をお与えになるのか。
僕は何の業を背負わされているのか。
「久々だよ。こうして誰かに心情を打ち明けたのは」
世界がひとつになるにはまだまだやらねばならぬことがある。
なのに僕たちが乗り越えなくてはならない試練はどれ程あるというのか。
「黙ってないで感想でも聞かせてくれない?」
こうなったら一か八か、神子の獣耳髪(←もうこれでいいや)を手で押さえつけた。
「ふふ、言葉じゃなくて態度で示すわけね。キザな男」
獣耳髪が跳ね返ってこないように、僕は何度もそれを押さえつけた。
「この豊聡耳神子の頭をなでるなどと不適な……。まぁ、許そう、君だけにはね」
もう跳ね返ってこないのを確認して、僕はほっと一息ついた。

8.
あれから数ヶ月間、僕らは何度か顔を合わせた。
僕が参詣で訪れると、神子はニヤリと笑った。
僕も出来る限り綺麗な笑顔を返した。

9.
さらに何週間か後、また神子は僕の家を訪ねてきた。
「ふふ、このあばら家は静かで落ち着くな」
そう言って神子は微笑んだ。
どこかで雨が降っているのか、かすかな遠雷の轟きがしている。
神子と僕は、ちゃぶ台を挟んで色々な出来事を話した。
神子の部下どうしが喧嘩して一人が建屋にとじこもった話。
また別の部下が饅頭の食いすぎでふとった話。
そんな下らない話だが、我々はお互い笑いあっていた。

しばらくして神子は何かを思い出したかのように、顔を曇らせた。
「最近、君は例の妖怪寺に出向いてないようだね」

神子に出会う前、里で『大掃除人手足りず、至急求む』という張り紙を見て、手伝いに行ったことがある。
そこは妖怪寺として有名なのは知っていたが、結構な謝礼が貰えた為、何度か足を運んだ。
周りの妖怪たちも結構良い待遇をしてくれていたが、神子と里を出歩いて以来、なんとなくギクシャクし始めた。
『君が誰と何してようが私はどうでもいいがね、その事を快く思わない連中もいるんだ。悪く思わないでくれ』
ある妖怪がそう告げ口してくれた。
そんなこともあってあの寺からは自然とフェードアウトしていった。

「何故神子様がそのような事をご存知なのです?」
「いや、まぁ、あの寺には知り合い……というか腐れ縁がいるんだよ、ははは」
こほん、と神子は咳払いをした。
「しかしいいのかい?これ以上私と関わっていると、あの連中との縁が完全にきれてしまうよ?」
しばしの沈黙の後、僕は答えた。
「僕は彼らといるより、神子様と一緒にいられる方が嬉しい、それだけのことです」
黄金色に光る神子の目は、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「君はついて来てくれるか、これからも、私と」
神子が僕の手を取る。
「この先何十年、いや、残りの人生すべてをかけて私とともに歩んでくれるか?」
「……貴女が望むなら、いつまでもついて行きますよ。……ですが僕には何も無いんです、神子様を支えられる力が」
「前にも言っただろう、私にも休息が必要だと。私は聖徳太子ではなく、一人の女として、お前の胸で休みたいんだ」
月光は煌々と照らされていた。
我々は抱き合い、唇を重ねた。
我々のすべての欲が、この一瞬で収束しているように感じた。
だがそこから、また新たな欲が広がりつつあるのを、僕も感じることが出来た。
神子は静かに顔を上げ、潤んだ瞳でつぶやいた。
「これからは君の事、妹子って呼んでもいい?」
「嫌ですよ、そんな芋臭い名前」

10.
神子の寝息はとても上品で静かだった。
神子は髪を下ろすと、どこまでも消え入りそうに儚げな少女に見えた。
月の光で黄金に輝く麦畑のような神子の髪を、そっと撫でる。
どこまでも美しい神子の姿は、存在する世界を間違えたかの様だ。
そんな彼女の額に、そっと口づけをする。
「おやすみ、神子」
そして静かに目を閉じた。


神子は眠り続けた。
この色あせた僕の世界で、神子だけが輝き続けていた。
僕は墓守のように、神子の傍を離れなかった。
一年、二年、五年、十年、半世紀――
僕の体は少しづつ機能を失っていく。
それでも神子は眠り続けるのだ、あの初めて抱き合ったままの姿で――


ふと、頬に何かがふれる感触で目が覚めた。
神子は黄金色に光る美しい瞳をこちらに向けながら、僕の頬に手をあて目の下を拭った。
僕はそこでようやく、自分が涙を流していることに気がついた。
「悲しい夢を、見てました」
言い訳するように、僕は小さく呟いた。
「夢は欲の制御装置よ。膨らんでいく欲を悲しい夢で押さえつけてるの」
神子は僕の後頭部に手を回した。
「だから、何も心配要らないわ」
神子は、僕をその小さな胸に抱え込んだ。
神子の胸から歌われる心音を聴きながら、僕は眠りへと誘われた。
「おやすみ、○○」
神子は静かに呟いた。




1.神子様に朝起こしに来て貰いたい
2.神子様と食事をともにしたい
3.神子様と一緒に街中を歩きたい
4.神子様と喫茶店を満喫したい
5.神子様と乳繰り合いたい
6.神子様と人生を語り合いたい
7.神子様の頭ぽんぽんしたい
8.神子様に特別扱いして貰いたい
9.神子様とちゅっちゅしたい
10.神子様と末永く暮らしていけますように


   \戯れは終わりじゃ!/
     }ゝ、,_,r'{
     ),'´⌒ ^^ヽ,
     j イノノ人))ノ 「 7
     ((和リ゚ ヮ゚ノ). |/
        /iヽ丱ノi_ロつ
     =(ノ_/ハヽ>=*
     ``i_ラi_ラ´


Megalith 2017/02/13


夜、蝋の光の灯る部屋に男が窓から侵入した。
別に取り決めをしたものではないが、部屋の主と男の間では窓を開けているという事は入ってもいいと言っているのと同意義である。
部屋の主は寝具を纏いベットに腰かけ、後は寝るだけと言った格好をしていた。


ぱたん


窓を閉めてカーテンを閉じる。この異空間では関係ないのだろうが、薄着の彼女は視覚的に肌寒さを感じて心配してしまう。
耳の良いはずの彼女が空間をじっと見つめたまま反応しなかったので、一応 コンコンと窓の囲いを叩いて入室を知らせる。

「見事な式礼だった」

「ありがとう」

こちらの挨拶に神子は少しだけ振り返って返事をした。

「・・・?」

彼女と会うのはこれが初めてではない。この時間、ここで、いつもの密会。今日も始まりは窓際で迎えてくれるはずだった。
だが今日はどこかよそよそしく、傍に居るのにどこか遠くで見ているような雰囲気に不安を感じた。

「だ、だってな・・・」

「だって?」

彼女の能力でこちらの考えていることは大方聞かれる。
それを理解させた上での応答なので彼女もこちらの心の疑問に躊躇なく返事をする。
こちらも欲を読ませて会話のペースを上げているようなもので、初めのころは慣れなかったが今は別段気にすることではなかった。

「いや、うん。まあいいんだ 気にしないでくれ」

わざとじゃないのか・・・? 足元を見て柔らかそうな唇をそう動かしたのが聞こえた。




「弟子達やファンは大喜びだったろう。よかったな」

「んー・・・ふむ・・・嫉妬してるだろう」

「うん」

ベッド脇の椅子に腰かけ話し始める。初めての密会の時からこのポジションは変わらない。
こうして神子と膝を突き合わせられるのは俺ぐらいだ。そんな優越感は既に薄れ、焦りが心を支配している。

「そろそろ俺と一緒にならない?」

「馬鹿者」

そんな俺の誘いに ぺち と笏を額に置くように叩いて返した。
プライドの高さのせいか彼女が折れてくれた事はなく、その度にちょっとがっかりする。
プライドなどのせいだけではない。信頼してくれる部下やこれまでの自分を裏切って俺を取ることは出来ないと、そう言っているのだ。
神子にとっての俺の価値の方が低いとかそういう訳ではなく、答えのない問題なのだ。

もっと俺が徳を積んで、彼女に釣り合う男になるのが一番の近道なのだろう。

「駄目か。 どうしてもか」

「うっ・・・・・・・・・駄目」

食い下がると迷ってくれる。いつも真剣に迷い、いつも一つの答えを返してくる。だがそれが嬉しかった。
彼女と話をするだけで楽しい。彼女との時間を思い出すだけで楽しい。いつもはそれだけで満たされていた。
いつもは。

「残念だ」

もう何度目かの冗談のような本音 同じようなフレーズで同じような問答で だが今日は冗談の成分を抜くつもりだった。







「それで、」

会話の中、ずっと彼女の顔を凝視していると、ついにその質問が飛んできた。

「なんで今日は口元ばかり見るんだ?」

そう言って少し顔をそむけた。だがこちらの視線はそのまま、唇へ

「気付いているんだろう?」

便利な能力があるじゃないか。こちらの目的にはもう気付いている筈だ。心の中でそう伝える。
やっぱりわざとじゃないか 小さくそう愚痴る神子の顔に朱がさした。

「駄目だ。絶対駄目。」

そう言って笏で口元を隠そうとした神子の手を押さえ、腰を上げて

「・・・今日は本気だ」

次に彼女の隣に手を置く。本当に真面目な話だと目で伝える

すると驚いた様子で神子は上体を揺らし、視線はそのままに えっ と逃げ腰になる。
腕に体重をかけて近づくと、それに伴って神子が離れる。そうやって彼女は今まで通りの一定距離を保とうとしていた。

「今日の式礼のお陰か弟子がまた増えたらしいな」

「・・・」

笏を優しく取り上げシーツの上に置いた。いやいやと逃げる神子の視線がゆらゆらと宙を泳ぐ。

「またちょっとお前が離れてしまったわけだ」

「・・・」

次に膝を彼女の細脚の間に置いて。そうやって少しずつ前に、その細身の体を覆うように出していく。
黙って目を背けたままの神子に構わず、目で、言葉で圧していく。

「このままじゃ俺がどう修行してもイタチごっこだな。」

「・・・なっ・・・何が言いたい」

そうして少しずつ貪欲な心を彼女に開いていく。いや、彼女も里で弟子達の前に立っていた時から察知していたはずだ。
口元に視線を送り、強い欲を放って彼女を見つめていたことにも ずっと気付いていたはず。
神子が欲しい。もっと。長い事鳴りを潜めていた我慢とわがままが形となり、神子に迫る。
逃げていく視線が、何かへの恐怖を浮かべているのを感じる。

「聞きたいか」

「・・・っ」

その何かは十分理解できるものだった。そのうえで彼女への庇護欲と加虐心が同時に湧き起って、
表現のしようもないドロドロとした感情が、この綺麗な関係を汚せ と語り掛けている。


神子の背に壁が当たり、下がれなくなった。もう逃げられない 神子の顔が破裂しそうなくらい赤くなっている。
顔を覗こうと完全に距離を詰めてしまうが、彼女に自分の影が差して表情が隠れてしまう。
壁に前腕を置いて、彼女の顔に蝋の明かりを通すようにのぞき込んだ。一瞬目が合ったが磁石の様にそらされ、心の中の何かが
焦れったいと声を上げたのが聞こえてくる。

「ちょ、ちょっと 待って・・・」

小さく唇が震えている。予期せぬ事態に少しパニックになっているようだ。だがここまでやったらもう退くことはできない。

「駄目だ。」

頬に手を置いてこちらを見させる。揺れる綺麗な瞳がこちらの影を映しているのがようやく見えた。
そうして今日、耳元へ ずっと言いたかった台詞を

「結婚しよう、神子」

吐いた。




それを聞いて女は息を呑んだ。天が揺れたかのような錯覚が、頭がぐらっとした衝撃を感じた。
ここまで真っ直ぐな言葉で求められたことはあっただろうか。
これほど熱を持った視線を向けられたことがあっただろうか。
いや、ない。初めてだ。今まで受けた事が無い思いの塊に圧され、否応を考えるどころか言葉を選ぶこともできない。

(うわあああああああああああっ!!!!???)

これはなんだ、頬が湯を沸かしたように熱い。まさかそんな事を言われるなんて思ってもいなかった。

「・・・そ、そっそそそそれは・・・」

一応・・・一応だ。言葉の意味を確かめようとした所で、

「その・・・ふっ、んっ・・・」

○○が口元の動きを遮り神子の唇を奪った。短い間の事だがたしかに、二人の関係は男によって新しい段階へ渡っていった・・・




二人の顔が離れる。脈が上がってしまい、○○にはもうほとんど思考能力は残っていなかった。
すると逆に神子の方から○○に口づけを返してきた。ガッと軽く歯が当たる音が聞こえたがお構いなしで体重をかけてしがみつく。
それはさっきのものより長く、深く、濃い味をしたもので、お互いに毒を盛られたような熱さが頭を中心に侵食していく。
頭も肺も他の器官の全てが熱で処理限界を超えていた。
次第に少しずつ余裕を取り戻してきた○○はチカチカする視界を通し、小さく震える瞼を見た。彼女の心が伝わってきているようだ。
そんな姿に愛おしい気持ちがこみあがってきて、ゆっくりと両手を動かした。
輪郭に添って優しく頭を包み込み、再び自分の目を見させる。首を曲げて口元を繋げなおし、零距離の静かな交わりを再開する。
しばらくして愛を纏う呼気の交換は、ほんの刹那を挟んで 一度目のような口づけを最後に この色事に区切りをつけた。




肩で息をしながらどちらのものかも分からなくなった唾液を拭い、ぽーっと手首を眺めている。
自身の反撃の行動に自分でも驚いているようだった。などと思ったら次第に口角が上がってきて、こちらに湿った視線を向けてくる。

「・・・困るな」

先ほどの話の続きだろう。ふーっと大きな呼吸をして、そう断ってきた。だがその言葉の意味とは裏腹に
今は吹っ切れたような清々しい顔をしている。
ああ、彼女のような能力を持たずともどう考えているのか手に取るように分かった。
(勝った)
そう思っているのだろう。

目的を達したが手痛い反撃を喰らった。
試合に勝ったが勝負に負けた。そんな気分だった。

「立場上か。」

「・・・立場上だ。」

続くオウム返し。一連の凄まじい反撃にもう手の打ちようがない。
次に心からこう思って、伝えた。

「難儀だな」

「ああ・・・難儀だね」

参った。俺の負けだもう勘弁してくれ と諦めた顔をして手を挙げ、降伏のサインを送った。
それを見て神子は○○もろともに横倒れになり、ふふ、うふふと男の胸にだらしない顔をぐりぐりと擦りつける。
自我でせき止めていた感情が決壊したような、もう我慢出来ないとでも言いたげな勢いで額の摩擦が胸元の温度を上げていく。

ここにきて初めて神子が見せた一面だった。幼子が親に甘えるような、子猫のじゃれつきにも近い様子に
もしかして勝ったのは俺の方だったのかもしれないな などと思い 男は幸福な笑みを浮かべてその体を好きにさせていた。



月並みだけど禁断の恋っていいよね

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最終更新:2017年05月08日 21:15