大ナマズ1



Megalith 2012/02/26


むかしむかし。人里の近く、ちょんぼりした沼に大ナマズが住んでおった。
誰から呼び始めたか知らんが、いつの間にか大ナマズ様と呼ばれておったと。
大ナマズ様は日がな一日、ぽんぽこのお腹を上にしてぐぅぐぅ寝こけておったが、時々里人の助けをしてやった。
里の子どもたちは度々やってきて、「ぴーえすぴー」や「あいぽっど」の充電をしてもらっておったとさ。
大人達でも「はいぶりっどかー」を買ったハイカラなもんは、大ナマズ様に助けてもらっておった。
大ナマズ様は人間が好きじゃったから、嫌な顔一つせず充電につきあってやった。
「発電だって頑張っちゃうぞ」と一声すればあら不思議、大人も子どももみんな満足して帰っていくのだった。
里人達もそんな大ナマズ様が大好きだったから、「様」と敬称をつけて親しんでおったとさ。


ある夕暮れの事だった。
○○という青年が大ナマズ様の住む沼を尋ねてきた。
「大ナマズ様、大ナマズ様。僕は一つ困っております。どうか現れて助けていただけるとありがたい。」
それを聞いた大ナマズ様、いつものことだお安い御用とぷかりと浮かんできた。
それを見て○○という青年、ほっと安心してこう言った。
「ありがとう、大ナマズ様。実はこの「えぼるた電池」が切れて困っています。
 これでは自転車のライトが使えず無灯火運転になってしまう。」
大ナマズ様、こころよく電池を受け取り、いつものとおり「発電だって頑張っちゃうぞ」とがんばった。
しかし、がんばりすぎたとさ。
紫電一閃、大ナマズ様の前には黒こげアフロの人間ができあがっておった。
まずい、力をこめすぎたわいと大ナマズ様は必死に謝った。
しかし、○○は全く気にせずライトが点くのを確かめると、礼を言って帰っていった。
大ナマズ様も胸ビレを力なく振って見送るしかできんかったと。


その夜、大ナマズ様は○○のことを考えておった。
あの人間無事に帰り着けたじゃろうか、途中でばったり倒れてはいないか。
考えれば考えるほど不安は大きくなっていった。
もしも自分のせいで何かあったらと気が気ではなかった。
大ナマズ様は本当に人間のことが好きだった。
それにあの○○という青年は特に好ましい感じがしたのだった。
どういうわけか、○○の整った鼻筋を思い起こすと大ナマズ様の胸は高鳴るのだった。
○○のことを考えると、大ナマズ様の黄色いほっぺたも赤くなったとさ。
そこで大ナマズ様、○○の様子を見に行こうと考えた。
○○の様子が心配だからと自分にうそをついて、沼を出ようと考えた。
そうと決まれば沼から出て、人里目指してぺたぺた歩いていったと。


日も落ちて久しく、月も空のてっぺんに輝く頃よ。もう夜も深い。
大ナマズ様は○○の家に着いた。
さすがに寝てしもうたかと思ったが、窓から明かりが漏れておる。
大ナマズ様こっそり覗き込むと、○○がろうそくの明かりの中、縄をなっておった。
明日までに必要なものなのか、夜なべしてまで必要なものなのか、必死に縄を作っておったと。
大ナマズ様は安心した。○○は元気な様子だったからの。
安心すると今度はそのまま吸い込むように○○の横顔を眺めておったと。
ろうそくの明かりに照らされた○○は菩薩もかくやの美男子であったそうな。
大ナマズ様、さすがにたまらずその足で玄関に回り戸を叩いた。
もう沼に戻ることは考えられんかったと。恋いこがれたまま時を過ごすことなんてまっぴら御免だったと。
戸を叩いた後で、大ナマズ様あわてて人間の姿に変身した。
まあ、どこかナマズを思わせる愛嬌ある女性になったそうなよ。
戸を開けた○○も年ごろの娘が急に訪ねてきたのでびっくりした。
お主のことがずっと好きだったのじゃ、一緒にいさせてほしいのじゃ。
大ナマズ様、こんな調子でその場で真心を伝え、愛情を打ち明けたんだと。
○○も戸惑ったが、悪い気はしない。
とりあえずその場は娘を帰したものの、もうその夜を通してその娘のことしか考えられんかったと。


しばらく通ううちに心も深く通じあい、大ナマズ様は○○と暮らすようになった。
○○も、美人とは言えないまでも愛嬌のある頑張りやさんのこの嫁が心底愛おしかった。
どんくさい所があったものの、よく気がつく娘だったと。
娘は里中から電池を集めて、その充電サービスを始めるようになった。
どういう理屈かは知らんが、娘の手にかかるとどんな電池も新品同様になるのだった。
よく働く娘として評判になった。
ちょうど沼の大ナマズ様がいなくなった頃だったから、○○の家にもどんどん財が集まっていった。
ただ不思議なことに、娘は仕事の最中はずっと部屋の戸を閉めきるのだった。
誰も入れんようにしてしばらく経ってから、充電した電池を持って娘が出てくるのだった。
○○も最初はあやしんで尋ねていたが、しばらくするうちにもう聞かないようになった。
どんなに聞かれても、娘がその理由を決して答えようとはせんかったからだと。


ある日のことだった。○○がいつもより早く外から帰ってくると、居間から声がする。
「あらびあのろれんす」だった。それと重なっていびきの音がする。
「さては映画を見ている最中で嫁が寝てしまったに違いない。ここは一つテレビを消してやるとするか」
○○が居間の扉を開けると、そこには天井まで届くようなナマズが寝ころんでおった。
布団の山を枕にしてぐうぐうと高いびきをかいておる。
○○もぽかんとしばらく見ていたが、ナマズが歯ぎしりをしたところで呼びかけた。
「どうか起きてください。これはいかような妖怪変化かと見ましたが、
 よくよく見れば日頃お姿を見せぬあの大ナマズ様。この家でいったい何をなさっているのか。」
その声で大ナマズ様は目を覚まし、驚いて飛び上がって天井の梁にしたたか頭を打ち付けた。
そのままどすんと落下して家をきしませると、黙っておった。
大ナマズ様は嘘をつくことはできぬと観念したか、やがて○○の嫁の姿になった。
今度は○○の方が驚いた。
「もうわかったじゃろうが、わしは沼に住んでいた大ナマズじゃ。
 お前さんを恋い慕うあまり、人の姿になって嫁いだのじゃ。
 気を抜いて変身を解いたまま寝てしまったとは不覚。
 こんな姿を見られたからには、これで夫婦生活もおしまいじゃ。二度と会うこともあるまい、楽しかったぞ。」
大ナマズ様は一筋涙を流すと、しゅるしゅる体を縮めながら裏の勝手口の方へ駆けていった。
○○もあわてて後を追ったが、ついに追いつくことはできんかったそうな。
家の裏の小川に何かが飛び込む様がみえただけだったと。
それ以降、娘はもう戻って来なんだと。沼に住んでおった大ナマズ様も二度と姿を現さんかったと。


時は流れて、大ナマズ様は紅魔館近くの湖に住むようになった。
○○と別れて以来、人里になぞ寄る気も起きんかった。だから、なるべく人里離れた場所でひっそりと暮らしておった。
最初の頃は涙で湖のかさを増やす毎日だった。あんまりひどく泣いたから、紅魔館が床上浸水するほどだったと。
もっとも時薬とはよく言うたもの。○○を失った悲しみから次第に立ち直ってきた。
大ナマズ様が人里を去ってから、五回目の秋が来たときのことだった。
大ナマズ様と同じ大きさの雄ナマズが湖にやってきた。
二匹は似たもの同士、感じるところがあったのか、すぐに仲が良くなった。
しばらくすると、雄ナマズの方から求婚したんだと。
大ナマズ様もまんざらではなかった。相手もしっかりした性格ではあったし、稀に見る美ナマズであった。
しかし、人里で別れた○○のことが気にかかっていた。
○○のことを考えるとまだ胸が苦かったし、一人と一匹の幸せな生活を急に終わらせてしまったことを悔やんでおった。
もしこの雄ナマズと結婚するのならば、○○に会って話をして区切りをつけてからにしよう。
大ナマズ様はそう考えた。
考える時間が欲しい、と雄ナマズに伝えると大ナマズ様は湖を離れ人里に向かったんだと。


ひさびさの人里も全く変わっておらんかった。かつてとった姿とは別の娘に変身すると、まっすぐに○○の家に向かった。
○○の家にさしかかると、女と子どもの声が家の中から聞こえてきたんだと。
胸を痛めながら、大ナマズ様は戸を叩いた。すぐに戸は開けられた。
○○はいますかのう、と大ナマズ様は聞いたが、戸を開けた女は訳がわからんといった顔。
うちに○○なんて人はおりませんよ、と言う。
いやそんなはずはないじゃろう、と大ナマズ様はさらに食い下がった。
もしかしたら、と女は付け加えた。私がここに来る前に里からいなくなった人のことかしら、と言った。
それから大ナマズ様が聞いたところによると、確かに○○という人間はこの里にいた。
しかし、五年前のある朝、姿を消してしまったという。
女は新しく里に来たからわからないが、噂で聞いたことがあるという。
なんでも、○○はその妻が姿を消した時からみるみるやせ衰え、何日かして里からいなくなったとのこと。
大ナマズ様は、がぁんと衝撃を受けた。○○にひどいことをしたと思うと、涙が止まらんかったそうなよ。
力なく湖に戻ってくると、深く深く湖の底に沈みながら考えた。
これでわしもおしまいじゃ、こんなわしに幸せになる資格はない、あの雄ナマズの求婚は断ろう、とな。


あくる日、雄ナマズに胸の内を打ち明けた。
過去にある人間を好きになったこと、一人と一匹の生活は幸せそのものであったこと、
自分のせいで別れなければならなかったこと、今でもその人間を忘れられないこと、全てを雄ナマズに打ち明けた。
だから求婚をあきらめてほしいと涙ながらに語ったんだと。涙はこぼれるはしから湖にとけていった。
雄ナマズの方も本当に大ナマズ様を好いておったから、納得いかん様子で食い下がった。
「僕はそんなところも含めて君が好きだ。少しでも君のそばにいたいんだ。
 忘れられないうちは無理しなくっていい。だから僕のそばにいてくれないか。」
「すまんのう、今は何も考えられん。まるで胸にぽっかり穴が開いたようじゃ。」
「君が幸せにならなくってどうする。○○という人もそれを望んでいるんじゃないのかな。」
「知ったようなことを言うんじゃないわい。」
「知ってるんだよ。」
「?」
「なぜなら、僕がその○○だからさ。」
大ナマズ様は相手が何を言っとるのかわからんかった。
相手の雄ナマズはぽかんとしておる大ナマズ様なぞ関係なし、とさらに続ける。
「君がいなくなった後、守矢の神様にお願いに行ったんだ。僕の姿をずっとナマズに変えてくださいってね。
 きっと君のことだから、あの日のことを気に病んでナマズの姿のままでいると思ったんだ。
 その後は幻想郷の川や湖を一つ一つ探したんだ。いやあ疲れたよ。」
「にわかには信じられん…」
「疑うのかい。君が猫舌なのも知ってるし、包丁のあつかいがおそろしく不器用だったのも知ってる。
 爪切りが苦手で毎回深爪してたね。髪をとかすのはもっと苦手で毎朝お古の絵筆みたいな髪型になってた。
 でも、全部一生懸命にがんばってくれてた。君の姿に何度はげまされたかわからないよ。」
全て当たっておった。確かにそのことを知っておるのは○○だけ。大ナマズ様は絶句してわなわな震えたそうな。
多少ナマズらしくなってはいるが、よくよく聞いてみると声は○○その人のもの。
「…ほ、ほんとうに○○なんじゃな?」
「さっきからそう言ってるだろ。魚料理だけはできない、って毎回泣いてたね。
 好きな芸能人は何て言ったかな、魚の着ぐるみを頭に乗せたあの…。」
そこまで聞くと、もうどんな言葉でも語り尽くせなく感じて○○の胸に飛び込んでおったんじゃと。
「○○、会いたかったんじゃぞ…。」
「僕もだよ。」
「でも、これでお前さんはもう陸には…。」
「よくある話でさ、鶴とか狐が人間になって恩返しに来るじゃない。最後、正体を現した奥さんに逃げられるやつ。
 僕はああいった話が嫌いなんだ。何で人間は追いかけていかないのさ。何で人間を捨てて一緒にならないのさ。
 僕はいま、ナマズになれてすごく満足してるんだ。
 君のおかげであんなに幸せだったんだから、君を幸せにするためならどんなことだってできる。
 言ってしまえば、僕はこうやって恩返しに来たんだ。…それとも、僕じゃだめかな?」
大ナマズ様はそれには答えず、ただただ泣いてぐいぐいと顔を○○の胸に押しつけておった。
○○はいつまでも優しく寄り添っておったんだと。


それから紅魔館近くの湖では仲むつまじく並んで泳ぐ二匹のナマズが見られるようになった。
天気のいい日には、二匹とも幸せそうに笑っておるのが見える。
夫婦円満の象徴として拝む人もいるとかいないとか、徳の高さから近々神の使いに召し上げられる噂もあるとかないとか。
全て全てはこれからのお話。
めでたしめでたし、どんどはれ。



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付録

――渚にて。
「ナマズでさえ幸せそうねえ、美鈴。」
「そうですねえ、咲夜さん。」
「秘訣は何なのかしら。」
「まだ引きずってるんですか?」
サクリ
「気にしてるんだからズケズケ言うんじゃないの。」
「痛いです。…思いやりじゃないですか?」
「私にもあったわよ。」
「咲夜さんの思いやりは重たいだけじゃないですか。
 先回りして彼氏の仕事を全部片付けちゃうのってよくないですよ。いくら有能だからって。」
サクリ
「痛いです。」
「刺されるようなこと言うんじゃないの。」
「そもそも刺さないでください。」
「私の何がいけなかったのかしら。」
「……」
サクリ
「何か言いなさいよ。」
「どのみち刺されるんじゃないですか。
 別れるとき相手は何て言ってたんです?」
「…貧乳は嫌いだって。」
「何だ、その程度のことですか。
 気にすることないですよ、実にちっぽけなことじゃないですか!胸だけにププー!」


「あら咲夜、美鈴は?」
「埋めました。」


劇終


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最終更新:2012年03月17日 06:49