どこまでも突き進む
障害など気にせず
誰かに笑われようとも意に介さず
無理を承知の上で
ただただ求める物の為に
そこに諦めるという意思はなく
目標へと手を伸ばす
強く尊い意思

それを、美しいと思った
共に、歩みたいと願った



「あー熱ぃーー……」

「まったく……だらしないわねぇ……」

「だって! 仕方ないじゃないっ!? なんでこんな暑いのよ今日はっ!?」

「なんせ過ごしやすい春は過ぎ去って初夏に入るかどうかという時期ですもの。仕方ないわ」

「文明の利器は!? 冷たいアイスはっ!?」

「そんなものがあるかどうかはここの家主に確認しなさいな、私は用意してないわよ」

「それもそうね。で、どうなのよ? あるの?」

「んな便利なもんはここにはねぇよ。外で買ってくるか涼んでくればいいだろうに」

「メリー! 酷いわか弱い乙女にもっと蒸し暑い外に行けと言う鬼畜が居るわっ!」

「私まで蒸し暑くなってくるわ、止めてちょうだい」

「うちを選んだのはお前らだろうに。文句言うな」

「だって学校から一番近いんだもの……」

「そこまで蒸し暑い日じゃないと思うのだけれども……」

「メリーはなんでそんな涼しげなのよっ!? ……私よりも余計な肉は付いてる癖に」

「蓮子さんや、オヤジ過ぎるぞ……」

「いいのよ○○、──持たざる者の妬みぐらい気にしないわ」

「──メリー、ちょっとお話しましょうか」

──喧しい
毎度のことではあるのであまり気にしていないが、この猛暑の中でも変わらないその様子に思わず溜め息が漏れる

課題が終わらないとかでうちに来るのは、もう慣れきってしまっているがそれでも、毎回毎回本当に元気なものだと思う
場所的に大学に近いうちに入り浸るのは良いんだが俺にも近所付き合いってものがあるのでもう少し落ち着いてもらいたいなぁ……

そんなことを騒がしく話している二人を見ながら思う
後が怖いので思うだけだけれども
わざわざ地雷を踏みに行くほど馬鹿ではない

「余裕そうにしてるけども、○○はもう課題終わったの?」

「俺の講義はそんなに多くなかったからな。適当に終わらせたよ」

「羨ましい話ね……あぁこの山、どうしようかしら」

「少し集中すればすぐでしょうに」

「私の灰色の脳味噌は活動する時間が決まっているのよ」

「まったく自慢になんねーぞ、それ」

俺なんかよりもよっぽど頭が切れるのだから少し頑張ればこんな課題すぐに終わるだろうに……
手が空いたので麦茶でも淹れようかと立ち上がる
確かまだ買い置き分があそこに……

「あ、手伝うわよ。私も一段落ついたし」

「お、そうか。ありがとう助かるよ」

そう言ってメリーも立ち上がる
飲み物を淹れるくらいそんな手間でもないのだが、ありがたく好意を受け取る
それをジト目で蓮子に見咎められる

「なによ二人して……手伝ってくれるとかそういう優しさはないの?」

「お前の分野はさっぱりだからな。それにぎゃーぎゃー騒いでたからだろうに」

「メリー!? ○○がいぢめてくるわっ!?」

「大人しく諦めなさいな。それに──今日も夜は秘封倶楽部の活動をするんでしょう? 時間の流れるのは早いわよ?」

「──それもそうね、課題と違って不思議は待ってはくれないわ」

まったく、課題も待ってくれるものじゃないだろうに……



──秘封倶楽部──

いつからか俺もその活動の中に居た

失われた不思議を追い求めて、そして暴く
それは──とても馬鹿らしくて、とても魅力的な日々
失われゆくものをその手にしようと追い求める彼女たち
その理由は、まだ聞いたことはない

何故──追い求めるのか
何故──暴き立てるのか

理由があるとしたら、きっとそこに不思議があるからなんだろう。自分と、同じ様に




「んでどうよメリー。目立った境目は見える?」

「そうねぇ……今のところは何にも」

「んー今日は失敗かなぁ……○○はどう?」

そう言って蓮子に話を振られる
どうと言われても──

「俺には全く何もわからんよ。そういったのは二人の仕事だろう」

俺にはそんな違和感なんて微塵も感じられなかった
元々俺も二人みたいに便利なもんでもないし

「そっかぁ……今日は失敗だったかしらね」

「まぁ始めから噂話程度のものだったしね──あら?」

そう言ってメリーが何かを見つける
小走りでそこに駆け寄ったメリーが手に取ったものは──小さな石ころ大の物質だった

「なぁに? ……ビードロ?」

「みたいね、誰かの忘れ物かしら」

透き通るような丸いビードロ
それはどこか不思議な懐かしさを感じるものだった

「──ちょっと見してもらっていいかな」

そう言ってメリーから手渡されたそのビードロを空に翳す
小さな『それ』を翳して見る夜空
真っ暗な闇の向こう側に見える青色の世界

そこに見えるものは星空──ではなく青色の晴天

今この時ではないいつかの空
それを手にするのは小さな子供
誰かと共に居るのか一人で遊んでいるのか
それは判らない
判るのは誰かの大切な想いでだということで──



「──観えたの?」

蓮子から声を掛けられる
振り向いて確認すると辺りは先ほどまでと変わらない、宵闇
決して、晴天の空なんかではない

「あぁ、といっても子供が遊んでただけみたいだけどな」

「んー……ハズレかなぁ」

「あら、判らないわよ? その子がもしかしたら噂の子供かもしれないじゃない」

真夜中に誰も居ないはずの神社から遊ぶ声が響く──
今回の活動の大元の噂はそんな内容だった



蓮子が時と場所を確認して
メリーが境目の違和感を見つける
そして──『物の想いでを観ることが出来る』自分が残された想いを知る

これが、最近の秘封倶楽部の調査の仕方だった



気付いたのはいつからだったか
明確には覚えていない
ただ、自然とそれは出来る様になっていた
なんでも、というわけではない
特に強く誰かの想いが込められた物
それを通して世界を見ると、その先に見えるのは現実ではなく──誰かの大切な想いでだった

最初は好奇心
自分だけが誰かの想いを観れるという優越感
次第に戸惑い
何故自分だけなのか、何か理由があるのか
最後は恐怖
自分だけが違う。自分が観ている世界は狂っているのではないかという不安

歳を取るごとに増すその想い
だと言っても誰かに相談出来るものでもない
迂闊に話したとしても通院を進められるだけだ
日に日に増すその焦燥に、だけれどもどうすることも出来ない

そんな時──秘封倶楽部と、出逢った



「しっかし、私達もそうだけど……アンタもほんと、気持ち悪い目をしてるわよね」

「蓮子と一緒にされるのも嫌だけどもそうよね、気持ち悪い目だこと」

「その言葉そっくりそのまま返してやるよ」

星と月を観て、時と場所を知る少女
境目を観て、その先に隠された幻想に触れる少女

それは自分と似通っていて、全く違う存在
その目を今でも気持ち悪いと思うし──とても強い安心を覚える

──この世界に自分一人ではないのだと、実感出来るから

「でもどうしようか、とりあえず今は目立った異変の気配も微塵もないわけだし」

「日にちが悪いとかかねぇ」

「噂じゃ声が響くのは夜中っていうのは共通しているんだけど。それ以外はどうにもまちまちなのよね」

「しばらくは毎日様子を見るしかないかぁ……」

億劫そうに伸びをしながら声を出す蓮子を横目にメリーと共に腰を降ろす
手の中には青色のビードロを持ったまま

「それはもうちょっと観れたりしないの?」

「もう特に観れたりはしないな。そんな便利なもんじゃないよこの目も」

貯蔵された想いでを、この目は観ているのか。一度観てしまうと、もう一度観るということは出来なかった

「回数制限付きとは頼りにならないわねぇ」

「お前だって夜中っていう制限付きだろうに」

「私だってどこでも境目が観れるわけじゃないんだからそんなもんなんでしょう」

何故自分がそんな気持ち悪い目をしているのか
それは未だに判らない
だけど、この二人と出逢えた
それだけは、感謝していた



「○○、今日時間ある?」

「ん? また課題の場所提供か?」

あくる日の放課後、蓮子に声を掛けられる
結局あの日の後は、特に何かが起こったわけでもなく蓮子の課題が終わらなかっただけだった

「それもあるんだけどね。またあの場所に行ってみようと思ってて」

真夜中の人気のない神社
そんな場所に曲がりなりにも女の子である蓮子だけで行かせるわけにもいかないので一緒に行くのは構わないんだけども……

「メリーは今日は予定あるのか?」

「なんか失礼なこと思われてる気がするんだけど……そうなのよね、今日、都合悪い……らしくて」

俺が参加するまでは二人で居ることが常だった彼女たちにしては珍しい
まぁいつでも一緒というわけでもあるまいし、俺も特に予定があるわけではないのだろう
歯切れが少し悪いのが蓮子にしては珍しいのが多少気になったが二人の間でも色々あるのだろうと気にしないことにした

「そっか、判った。構わんよ、現地で集合でもいいのか?」

「ありがと、あー……課題少しでも終わらせたいから家行ってもいい?」

「別に構わないけども……蓮子が断り入れてくるなんて珍しいな」

いつもは二人で勝手に乗り込んでくるのに
まぁ盗られて困るものもないし、二人に対しては信頼しているので気にしてないんだけれども

「いつもはメリーと一緒だからね。さすがに一人だったら確認ぐらいするわよ」

確かに来る時は基本二人ワンセットだったか
ただ蓮子に今更気を使われても、なんか調子が狂うんだが……

「まぁ蒸し暑い我が家でよければいくらでも。もう講義終わらせてるんだったら一緒に行くか?」

「嫌味な言い方ねぇ……うん、それじゃお邪魔させてもらおうかな」



そうして蓮子を家に上げ、珈琲を差し出す
受け取ったそれを冷ましながら飲んでいる蓮子をボーっと見る
改めて考えると、一人暮らしの部屋に女の子を連れ込んでいる状況になるわけだ

黙っていれば蓮子は美人で、同じ大学の仲間内でもそのボーイッシュな感じは人気がある

「──なによ、ゴミでも付いてる?」

「──いや、なんでもないよ」

──と言っても、そのサバサバとした性格と、決めたら突き進むその強さ
それを知っている自分としては、仲間意識以外には特に感じないのだが

「アンタが変なのはとっくに判ってるけど、とうとう頭もおかしくなったのかと思ったわ」

「おかしくなったついでに外に追い出すぞコノヤロウ」

「こんな可愛らしい女の子にそんな酷いこと言うなんて人でなしね」

「可愛らしい女の子はそんな毒舌吐かねーよ」

そう言って珈琲を口に含む
課題をこなしている間は邪魔になっちまうし本でも読むかな……



「あぁそういえば──あの噂なんだけどね、また別の内容を聞いたのよ」

「へぇ、どんな?」

特に何事もなく読み進めていると不意に蓮子が話し出したので
ベットで横になりながらも聞いてみる
もしかしたら、何かしら不思議に対する新しいヒントになるかもしれない

「真夜中で声が聞こえるってのは一緒なんだけどね、それがどうやら女の子と男の子の声らしいのよ」

「いよいよ化物語地味てきたな」

「誰も居ないはずの神社から響く声──素晴らしいじゃない」

ニヤリと不敵に笑う
ほんと、こういった表情がよく似合うもんだ……

「んで、何か条件になりそうなものはあったのか?」

「しいていえば……かなぁ」

どことなく歯切れが悪く感じる
先ほども感じたが、少しでも不思議を暴ける可能性があるのならどこまでも突き進む蓮子にしては珍しい
だが、曲がりなりにも自分も秘封倶楽部の一員として二人の隣に並んでいるのだ
その目で見れるかもしれないのに、二の足を踏んではいられない

「なんでもヒントになりそうなら言ってくれよ、俺だって何か考え付くかもしれないし」

「──ったのよ」

「え? ごめん、聞こえなかった」

「デート中だったらしいのよっ! その目撃者はっ!!」

二の句を出せない
ということはあれか、男女二人だったら子供たちの声が聞こえるかもしれないってことか

「あー……つまりは、だ」

「……さっきも言った通り、私と、貴方で、一緒に神社に行ってみないかってことよ」

そっぽを向いてボソボソと喋る蓮子
その様子がなんだか猫っぽくて思わず笑ってしまう

「……なんで笑ってるのよ」

「いや、悪いちょっとおかしくて。でも確かに人数が引き金ってのもあるかもしれないな。
   昔から不思議なことは一人だったりした時に遭遇しやすいものだし」

勘違いや認識の問題なのかもしれないが、古今東西不思議な目に会うのは個人が多いものだ
三人でダメだったのなら条件を変えてみるのもいいのかもしれない

「それじゃ、今夜は二人で行ってみようか。ちょうどメリーも用事があるってことだし」

「……うん、よろしく」

ウキウキとする自分とは正反対に相変わらず歯切れの悪い蓮子
またなんか変なものでも食ったんだろうか……



「さて──時刻は丑三つ時ね」

「だな、んでその目撃者は何か特別なことしてたとかあるのか?」

蓮子と二人、神社に立つ
だけれどもメリーが居ないので、境目も観えない為にどうしても手探りになってしまう
とにかく何かしら見つけないと俺も役立たずだしなぁ……

「うーん……普通に夜の肝試し程度だったみたいなのよね。
   何かを見つけたってわけでもなかったみたいだし」

「んじゃそこら辺散策するついでに何か起こるのを待ってみるか」

「そうするしかなさそうね──クシュンっ!」

そう可愛らしいくしゃみをした蓮子を見る

普段通りのワイシャツ姿の蓮子
暖かくなってきたとはいえさすがに夜はまだまだ冷える

「さすがに軽装だろうそれは。ほれ、上着着とけ」

なので、蓮子に着ていたジャケットを投げかける
風邪でも引かれたらたまったものではないし後でメリーに何を言われるか怖過ぎるというものだ

「そんな……そしたらアンタが寒いでしょうに」

「これでも多少は肉付いてるから大丈夫だよ。動いて暑くなったら返してもらえばいいさ」

「……あんがと」

どうにも今日は調子が狂う
二人だからということもあるのかもしれないが、まるで借りてきた猫の様に大人しい彼女

「……ほんと変なもんでも食ったか? 調子悪ければ別の日にするけども」

「ううん、大丈夫。なんでもないわ」

そう言って散策に戻ってしまう
まぁ、無理そうならちゃんと言ってくれるだろう、きっと



「しかし、何も起こらないな」

「うーん、失敗だったかしらね」

一時間程、辺りを探してみたが特に何も起こらないまま
さすがに疲れて、近場の石に蓮子と共に腰を降ろす
確かにこの神社が不思議の起こる場所であるはずなんだけども……

「──ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」

「ん? なんかあったか?」

考え事をしていた頭に、隣から声を掛けられたので蓮子の方を見ると、空を見上げていた
どことなく、何かを不安に思っている感じで空を見る彼女
そこに映るものは俺には判らない、観えない

「なんでアンタは──秘封倶楽部に参加しようと思ったの?」

こちらを見ないまま問い掛けられる
なんでかって言われたらそれは──

「──救われた、からかな」

その言葉にキョトンとした表情でこちらを見る
まぁ結構恥ずかしいこと言うんだが……

「──誰も、同じ景色を観てくれなかった。誰も、共感してくれなかった。
   ──世界には、自分だけだと思ってた」

観ている世界が違う
観ている景色を共有出来ない

それは抗い様のない孤独感
自分にとっては世界は誰かと共通のものではない
世界が狂っているのか自分が狂っているのか
誰にも認めてもらえなければ、それは間違いなく自分がおかしいのだ

そんな時、彼女たちに出逢った
それぞれ歪な目を持つ──自分と同じ仲間

それにどれだけ救われたか
この世界で一人きり、除け者にされたのではないと実感出来た
その救いに、感謝してもしきれない

だから、もっと同じ景色を観ていたいと思ったのだ
観ている夢を、幻想を、自分だけの空想ではない、誰かと共に在る、現に変える為に

「だから、秘封倶楽部は──俺にとってはとても大切なものなんだよ」

改めて言葉にすると恥ずかしいが、嘘偽りのない本音だ
今確かに、俺はこの為に生きている

「そっか……そんな風に思ってもらえてるなら……嬉しいかな」

その声に隣を見ると嬉しそうに笑う蓮子の表情
──そんな顔を見たのは初めてで、変に意識してしまう

とても大切な秘封倶楽部の一員
その彼女のまだ知らなかった一面を見て──



──待ってよう

そんな、声が響いた



二人して慌てて立ち上がり、周りを見渡す

誰も居ないその場所で、声だけが響く
まだ幼い男の子の声
それはどこかで聞いた覚えがある気がして──

──コトリ──

境内の方から、何かが落ちる音が聞こえる
注意深く二人でその場所に向かうと、そこには──一つのビードロが落ちていた

「……さっきまでは、なかったよな?」

「……えぇ、この辺は二人共探してたから、憶えているわ」

慎重に、壊れない様に、優しくその白色のビードロを手にする
そうして空へと翳してその先を観る
白色の世界の先には──



──ねぇ、知ってる? ここの神社には神様が居るんだって

──神社なんだから、当たり前なんじゃないの?

──ううん、見た人が居るんだって。だから私も絶対に見てやるんだ!

──どんな人なんだろうね、神様って

──わかんない……でもきっと立派な人だと思う

──僕も見てみたいなぁ

──うん、一緒に会おう! 今日みたいに!

──うん、約束だね!

──うん、約束!!



そうして、真っ暗な夜空の世界が戻ってきた
輝きを失ったビードロは手の中に
その姿は観えなかったけども、あの子供たちが噂の原因なんだろう、きっと

「なにか、観えた?」

「あぁ、子供たちだと思う。約束をしてたみたいだった」

「約束?」

「神様を見ようって。二人で、一緒に」

子供の頃の小さな約束
それは果たされたのか、それとも結局出逢えなかったのか
自分には判らない

「場所と要因は外れてなかったみたいね……後は、この神社についても調べてみた方が良さそう」

顎に手を当てて考え込む蓮子
確かに、ここに祭られている神様が何の神様なのかを確認するのもいいのかもしれない
ただ……それ以外にも何かしら気になる点はあったのだが
それが何なのかが判らないまま、頭の片隅に残っていた




「こんにちは、隣いいかしら?」

「あぁ、メリー。まだ食べ始めてないし大丈夫だよ」

学食で、メリーに声を掛けられる
弁当を持参することが多い彼女にしては珍しいと思ったが断る理由もないし
一緒に昼食を食べることになった

「そういや、用事ってなんだったんだ?」

あの声を聞いた日、一緒に居られなかった彼女
境目を観る彼女だったら、あのビードロが落ちてきた時に何かしらを観られたかもしれない
それが、少しだけ残念だった

「用事? ──あぁなるほどね。うん、大した用事でもなかったから気にしないでいいわよ」

どことなく含みある言い方でそう笑うメリー
まぁ、プライベートなことまで突っつくものでもないし気にしないでおいた

「そうそう、今度は私と一緒に神社に行かない? 蓮子は今日はあそこの神様について調べるって言ってたし」

「あぁ、構わないよ。条件的に男女二人ってのが共通項っぽいしな」

「ありがとう。それじゃ、この後お邪魔してもいいかしら?」

「講義がまだ残っているから少し待ってもらうことになっちまうが……鍵、渡しておくから先に上がっておくか?」

帰るとしてまだ2時間程は掛かってしまいそうだった
さすがに、彼女をそれだけ待たせるわけにはいかないし
別にメリーだったら我が家に上がるのも慣れたものだろうと思っての言葉だった

「それはさすがに悪いわよ。大丈夫、私も同じくらいに終わる予定だったから一緒に帰りましょう?」

「なら丁度よかった。それじゃ、また後で連絡するよ」

そうして少しの間昼食を共にして別れる
さて、今夜も不思議と出逢えるのだろうか……



「すまん、待たせちゃったか?」

「大丈夫よ、私も今来たところだから」

言葉だけ聞けば、デートの約束に遅れた男女みたいな状況だけども、生憎とそんな青春話でもない
講義が少し伸びた為に待たせてしまっただけだった

「それなら良かった。今日は何時ぐらいに向かおうか」

「そうね……真夜中ってのは共通してるみたいだし、日付が変わる辺りかしら」

「いつもの活動時間だな」

「えぇ、秘封倶楽部のね」

そう言って笑いあう
いつもの──そう言えるぐらいには、俺も彼女たちの活動に加わって久しい

ただ、今日はメリーと二人だけ
この間の、蓮子と二人だった時もそうだったけれども三人一緒が常だったのでどこかしら不思議な感じがする

「結局、蓮子は調べ終わらなかったのかな」

「あら? 私と二人じゃ不満かしら?」

「そういうわけじゃねーよ……しっかりとエスコートさせてもらうさ」

「それは嬉しいわね、宜しくお願い致しますわ?」

そんな風にふざけながら家へと辿り着く
蓮子と違い片付ける課題も特にない為、夜までの時間潰しをどうするか……


「そういえば、○○はずっとここに住んでいたんだったかしら?」

「いや、形的には上京になるのかな。子供の頃に一度引っ越してるんだよ」

当時、子供心に親に対して物凄く反対したことを朧げに憶えている
住み慣れた場所を離れどこか遠くに
それは、とても悲しく見知った世界を、見知った誰かと離れなければいけないということ
そう、誰かと離れたくないと、強く思っていた気がする
それが誰なのか、何故なのかは今ではもう思い出せないけれども

「……そうなの、やっぱりそういうことってあるものなのね」

「まぁ色々と事情もあったんだろうけどな」

「二人はどうだったっけ、メリーは元々外国に住んでいたんだっけ?」

「いえ、私は生まれも育ちもこの街よ。確か蓮子もそうじゃなかったかしら」

それは初耳だ
大して昔話なんかしてなかったしなぁ……
ん、ということは──

「んじゃもしかしたら昔会ったことがあったのかもしれないな」

忘れられた記憶、想いで
その中に、そんな出逢いが、縁があったのかもしれない
もしそうだったとしたら、その巡り会わせは素晴らしいもので
不思議とそう思いたかった

「そうかもしれないわね、まぁ私もあんまり昔のことは憶えていないから判らないけれども」

「忘れられたものを暴く秘封倶楽部でも捏造は良くないかな」

そう言って笑う
他愛もない雑談程度のものなのだ
だけれども、こちらを見る優しげなメリーの表情に──そう思ってても、いいのかもしれない、と思った


そうして神社へと辿り着く
時間は──と思って今日は蓮子が居ないことに思い至って、腕時計を見る
ちょうど、日付が変わったところだった

「それじゃ、活動開始としますか」

「えぇ、まだ見ぬ不思議を今夜こそ」

今宵響くのは──風の音か
──それとも、怪異の声か




「毎度のことだけど、何も起こらないな」

「そうね……目立った境目も観えないし」

2時間程また辺りを探してみたものの、目立った異変もなく、落ちている物もない
この間の蓮子と同じ様に、二人で腰掛ける
別に急いでいるわけでもなし、果報は寝て待てとも言うのだ

「そういえば──私も聞いてもいいかしら?」

そうして休んでいると、不意にメリーに聞かれる
私も、ということは恐らくこの間の蓮子との会話のことなのだろう

「秘封倶楽部の参加の理由か?」

「それは蓮子に聞いているからいいわ。それとは、別よ──貴方の昔の話を聞いてもいいかしら?」

先程の話の続きということだろうか
昔──それはまだ引っ越す前の幼い頃ということだろう
ただ、その中でも自分の中では幾つかある

──まだ世界が色づいて観えていた頃か
──世界に一人だと自覚した時か
──周りと、距離を取ろうと決めた時か

「特に楽しい思い出ってもんでもないけどな。暇潰しにはいいか」

「えぇ、差し支えなければお願いしたいわね」

そうして、思い出しながら話し出す
遠い昔、残された誰かの世界を初めて観たあの時
その世界が、誰とも共有出来なかった孤独感
自分だけが、取り残された様な気持ち
観てはいけないものを、覗き見てしまっている罪悪感

……思った以上に、歪な幼少期だったなと苦笑が漏れる

「まぁそんなわけで。よく自殺とか狂わなかったものだな、と自分でも思うよ」

「……その気持ちはよく判るわ。誰だって──誰かと一緒なのだと信じたいもの」

歪な目を持つ自分達

何故自分でなければいけなかったのか
何故皆と同じではないのか
何故──

そんな思いをいくらしたのか判らない
ただ──

「だからな──メリー達と出逢えて本当に救われたんだ。感謝してる」

今は違う

少なくても、例え根本的には違っていても
確かに二人は仲間なのだ
それは同じ様な目を持っているからではない
彼女たちが、彼女たちだからこそ
──秘封倶楽部の二人だからこそ、俺は救われているのだ

「……本当、貴方は時々凄く恥ずかしいことを平気で言うわよね」

「……性分なんじゃないかね、きっと」

確かに、この頃恥ずかしい台詞を言うことが多い気がする
まぁそれだけ、二人には本心を伝えたいと思っているということだけれども

さすがに恥ずかしくなりメリーを見ないで済むように空を見上げる

「──そんな貴方だからこそ、私達は……」

「ん? なんか言った──」



──ドウシテ!?



「○○っ!」

「静かにっ!!」

辺りの空気が変わる
確かに、今この場所には俺達しか居ない


──約束したじゃないっ!?


そこに響く声の主は観えない
響くその声が、どこから聴こえるかも反響しているみたいに判らない
──ここに、俺しか居なければ

「メリー、どうだ? 観えるか?」

「なんでいきなりこんな沢山……動かないで、○○。──そこら中にあり過ぎて、境目の数が判らないぐらいなの」

メリーの言葉に従い、ただじっと成り行きを見守る
俺に出来ることは、ただメリーに危険が及ばないか注意を払うしかない


──僕も、嫌なんだよ

──だったらっ!!

──お母さんにも、ずっと言ったんだけども

──約束はどうなるのよっ!? 皆で……三人で絶対にって約束したじゃないっ!!


どうやら子供たち……男の子と女の子が言い争いをしているらしい
引っ越しなどでの別れだろうか……
情景が観えない自分には声の様子だけでしか判らなかった

「──観えたっ! 鳥居の入口辺りね」

「あそこか……」

メリーの声につられてそちらを見やる
俺には観えないその場所に居るであろう、彼ら
その場所を観ている間も、言い争いの声は続く


──……ごめん。謝ることしか出来ない

──そんな言葉聴きたくないっ!

──僕は弱いから。せっかく君たちと友達になれたのに……離れなくちゃいけない

──私達、他の誰とも違う仲間じゃない……離れたく……ないよぅ……


余程、大切な──強い繋がりを持つ友達なのだろう
それは観えなくても、その悲痛な彼女の叫びから伝わってくる
それは身を引き裂く様な苦しさで……


──約束、するよ。絶対に今度は破らない

──やく、そく……?

──うん、約束。絶対にまたここに来る。二人に会いに

──信じて……いいの?

──信じて。絶対に二人にまた出逢うよ。どれだけ遅くなったって

──……判った。待ってるよ、また逢えるまで……ずっと、待ってる

──あの子は、時間を守らないことが多いけど。僕たちは、約束の時間には絶対に遅れなかったよね

──うん、私は絶対に貴方が来たら貴方の姿を観るから。約束の時間は、あの子に任せるわ

──約束だよ?

──えぇ、約束……ね



そうして、声は消えた
辺りに漂っていたひりつく様な空気も霧散して、いつもの神社へと戻っていた

──コトン

そうして、何もなかったはずのその場所に──まるで当然であるかの様に──丸いそれは転がっていた

大事に、それを手に取る
彼らの想いが託されたその石
それを翳して──


──あの子も言ってたけど、ここの神様ってどんな人なのかなぁ

──さぁ、わかんないや

──もう……もっとちゃんと考えてよー

──でもきっと、立派な人なんじゃないかなぁ。こんなおっきい神社だし

──ね。三人で探してもいつも全然時間足りないもんね

──あの子いつも遅れてくるからなぁ……でも絶対に三人で見つけようね

──うん、約束っ!

──……間に合うといいなぁ

──ん? 何か言った?

──……ううん、なんでもないよ



それはあの男の子の記憶
幼い頃の淡い思い出
仲の良かった二人との、小さな約束
それは──果たされなかったのだろう。きっと

「……あの子達は、また逢えたのかしら」

「……さぁ、判らないな。でも……出逢えたと、思いたいよ」

メリーの呟きに言葉を返す
思っていることとは反対の言葉を
それは、約束を守れたのだと、願いたいから

たとえ──真実がどうであっても



──えーん、えーん

泣き声が聴こえる
どこか遠くで、だけれどもすぐ近くから
それがどこから聴こえているのかと考えて──自分が、泣いているのだと気付いた

──あぁ、夢か

不思議とはっきりとしている意識で自覚出来た
明晰夢、という奴だろうか
小さな、子供の頃の自分
彼は一人で泣いていた
それがどこなのか、いつなのかは判らない
ただ一人、世界に対して絶望しながら泣いていた

──誰も居ない頃か、世界に

ただただ、世界から拒絶されたと思っていたあの頃
頼れるものもなく、自分だけで抱え込んでいたあの頃

──どうして泣いているの?

そこに、誰かの声が聴こえた
いつの間にか、僕の隣には二人の女の子が居た

透き通るような──力強い黒い目をした少女
輝くような──煌めく金色の目をした少女

その綺麗な二つの目に、僕の意識は釘付けになっていた

──何かが、悲しいの?

金色の子がそんな言葉を投げ掛けてくる
そう悲しい、悲しいのだ
誰も居ないことが
誰とも同じ景色を、世界を観れないことが
一人が──悲しいのだ

──僕はおかしいから。皆と違うから

それは幼い僕には抱えきれなかった思い
重く苦しいその思いに、押し潰されなかったのは……

──じゃあ、私達が友達になってあげるわ
──えぇ、私達も同じ様なものだし

二人が居たから
いつしか忘れてしまっていたけれども、確かにただ一人きりではなく
共に傍に居てくれた、彼女たちが居たから

──ぐすっ……ほんとう?

──えぇ、ほんとうよ

──だって、一人きりは寂しいじゃない

だから僕は狂わずに、絶望せずに
この、不思議に観える世界を生きてこれたのだ

──ありがとう。僕は○○。君たちは?

──私達は──

そうして笑いながら一緒に歩き始めた僕ら
声は少しづつ遠ざかり、世界はだんだんと白に埋め尽くされていき──




──ジリリリリリッ!!──

鳴りやまないベルを憂鬱に止める
だいぶ汗をかいたみたいで、身体中がべたべたとしている
だが、そんなことよりも──

「昔から……だったのかな」

今の夢を思い出す
まだ何も知らない子供だった頃
世界は一人だけのものではなく、確かに助けてくれた人達が居た
それが誰だったのか、上手く思い出せない
ただ、あの神社で感じていた不思議なデジャブはもしかしたら同じ様な出逢いと別れを経験していたからかもしれなかった



「……寝不足みたいだけど、大丈夫?」

「そうね……酷い有様。昨日、ちょっと遅くまで居すぎたかしら?」

「あー……ちょっと寝覚めが悪かっただけだ。平気だよ」

結局目の下の隈は隠しきれず、もしかしたら今の自分はだいぶ憔悴している顔をしているのかもしれない
事実、二人揃って指摘されているし
ただ、心配させる様なものでもないので強がっておいた

「それならいいんだけど……あぁそうそう。あの神社のこと──調べておいたわよ」

「何か判ったことあったか?」

「残念なことに資料があんまり残ってなかったから対しては。
   ただ──気になる点としては、あそこに祭られてる神様はどうやら縁結びの由来があるらしいわね」

「縁結び……ね。だから男女二人だと、ああいった不思議が起こるのかしら」

「祭られてる縁結びの神様全部が異変を起こしてたら、この世は大変なことになっちゃうけどね。
   んで、その御利益なんだけども約束をしたら必ず叶うってものらしいわ。まぁ眉唾物だけども」

必ず叶う──
それならば、あの子達はまた出逢えたのだろうか

「だからカップルに人気があったみたいなんだけども、それもいつしか人知れず廃れていってしまったみたい」

「あそこ、打ち捨てられて結構経ってそうだったものね……」

見捨てられて、忘れられた場所
そんな場所で、また出逢う為に必要なもの

──時間と場所を忘れない気持ちと、そこでまた出逢う為に縁を忘れないままに観続けること
そんなことを、二人の話を聞きながら考えていた

「……ちょっと、本当に大丈夫? きつそうなら別の機会にするわよ?」

「──いや、大丈夫だよ。少し寝ればしっかりするさ」

「無理はするものじゃないわよ。急ぐものでもないし、何より身体が一番大事なんだから」

どうやら、本当に今の自分は酷い顔をしているらしい
夢見のせいなのか、それとも……あの子達の思い出に引っ張られているのか

「私達でも調べることがあるから、○○は今日は休んでていいわよ」

「そうね。いざという時頼れるのは、やっぱり男手だし」

気を使われてるというのは素直にありがたいので、好意にあやかることにする
思えば、この頃夜更かしが過ぎていたのも確かなのだ
身体にガタが来る前に、しっかり休んでおかなければいけない

「判ったよ、そんじゃ今日は大人しくしてるかな。また何か判ったら教えてくれ」

「えぇ、進展があったら伝えるわ」

「お大事に」

そうして二人と別れて一人、あれからずっとポケットの中に忍ばせていたビードロを手の中で転がす
不思議と手に馴染むそれは、ずっと昔に手にしたことがあるような気がしていたからだった



「しかし、ほんと人気のない場所だなここは……」

久々の一人きりの時間を手持無沙汰に過ごしていたが特に何をするでもなく
自然と神社へと足取りは向かっていた

相変わらず何もないその場所で、一人腰を掛ける
ずっと感じていた、デジャブ
それを、思い出そうとしても霞がかったように記憶は蓋をされたまま
昔、まだこの街に居た頃
この場所に来たことがあったかどうか、それすら思い出せなかった

「──約束、か」

別れを前にして紡いだ、その約束
彼らは、それを果たせたのだろうか
それとも、未だに果たされないまま──いつしか忘れ去ってしまったのだろうか

暴かれないまま、秘密に封じられた過去
それを暴くのが──秘封倶楽部ではある
だが、安易にそれを明らかにするのが──果たしていいことなのか

そう考えて、今までも誰かの大切な想いでを盗み観てきた自分が今更何を……と苦笑する

誰かの大切なものの為に保管されてきたものを観る
それはきっと、許されるものではないことなのだ
ずっと昔から感じてきた、その自分自身を忌避する想いを今更ながらに感じながら──



──なぜ、泣いているのかしら?

誰かの、声を聴いた

「まさか……一人なのに!?」

ここには誰も居ないことは、さっきまでの静けさで判っている
蓮子もメリーも、今は居ない
それなのに──声が響くというのは、思ってもいなかった



──とても大切な、友達と離れなくちゃいけないから



声は続く
以前聴いた二人の女の子の声ではない誰か大人の女性の声
それはとても優しげな、聞き覚えのある声で──



──そう、それは寂しいわね

──うん、凄く悲しいの

──また、逢いたいと思う?

──うん、約束もしたんだ。あの子達と……また絶対に逢うって

──でも、不安なんでしょう?

──うん、不安なんだ。憶えてないんじゃないかって。また、逢えないかもしれないって

──そうよね、時の移り変わりは必ず起こるもの。移ろうその中でも強く思い続けるというのは──とても難しいものですわね

──うん……せっかく逢えた、同じ友達なのにそんなの……絶対に嫌なんだよ

──そう、ならば願いなさい。必ず──また逢えると。幾つ年を経ようと、幾つの記憶を重ねようと。──必ず、また巡り合えるのだと

──……うんっ!






そうして、辺りは静まり返った
物音ひとつせず
ただ静かに、風の音だけが流れる
聴いていた体験は、誰の記憶なのか
感じていたデジャブは、誰の想いでなのか
この目は……一体何を観る目だったのか

その全てを、思い出していた

──コトン──

当然であるかの様に、落ちていた紫色のビードロ
それを翳そうと手にして、止めておいた
これは、この縁は、今観るものではないと判っていたから
大切な、同じ目を持つ彼女達との約束を果たすときに、観なければいけないものだったから

「大事な約束をすっ呆けてたんだから……とりあえず謝らないと、だな」

思い出させてくれた大事な場所と、そこに住まうであろう者に一礼をしてその場を後にした




彼との出逢いは、他愛もないある日
その日もいつも通り、真夜中の活動予定を建てていた
私達にとっての日常

不思議を求めて
不思議を探して
不思議を暴いて

それはいつからか決まっていたルーティンワーク
メリーと二人、どちらともなく始めたその活動──秘封倶楽部

何故、それを始めようかと思ったのか
不思議を追い求めたのは──誰の為か

そんなことを、思い出すことすらいつしか忘れていた
大切な約束を、誰かとしていたはずなのに
その思い出を、探していたはずだったのに



「今回もハズレねぇ……」

「んー……やっぱ情報源が曖昧だとダメねぇ」

メリーと二人、その日もカフェテラスで愚痴を零す
いつも通りと言えばいつも通り、大した成果もなく黄昏ていた時──彼と出逢った

大事そうにスプーンを翳す男性
その仕草に不思議と興味を惹かれた

無くしてしまった、忘れられたものを観る様なその視線に
何処かで逢ったことがある様な、自分と似通っている様な、不思議な既視感を感じたから

「なにやってんのかしら……あの人」

珈琲を口にしながら一人零す
別に、返事を期待していたわけではなかったが隣のメリーには聴こえたらしい

「……超能力でも練習してるんじゃない?」

「……とっくにメカニズムが解明されたとはいえ、屋外で試すものでもないと思うけど」

不思議と呼ばれるものが少なくなって久しいこの時代
残っているものといえば、昔話の御伽噺だったり──時計要らずのこの目ぐらいのものだ

「──あ、ちょっと……」

後ろからメリーの制止する声が聞こえるが足取りは止まらない
興味を持ってしまったのだ
その仕草に、不思議を感じてしまったのだ
ならば──それを暴かないなんて、秘封倶楽部の一員として有り得ない

「こんにちは。──お隣、いいかしら?」



そうして、秘封倶楽部の部員は増えた
同じ様な気持ち悪い目を持つ者通し、秘密を暴くその縁は広がりを見せた

それは、世界の状態を定める瞳
それは、世界の真実の姿を観る瞳
それは、世界の繋がりを知る瞳

だけど──知ったのは、世界だけではない

それは、彼と共に観る景色
それは、彼と共に過ごす世界
それは、彼と共に居る時間

私の中で知らなかったその想いは、彼と共に居ることでどんどん増していった
メリーと共に居ることとはまた別の気持ち、想い
それに答えを出すことは、臆病者な私には今でも出来ないままだ
この関係性が破綻してしまうことを──恐れているのだ

だけど、少しの嘘を付いて彼と共にあの日神社へと向かった
このままじゃ悩んでいる自分が嫌いになりそうだったし……何より、初めて出逢ってから感じていた思い出せないモヤモヤが募っていたから

そうして──あの声を聴いた
幼い子供の──子供だった頃の、私の声を

まだ何も知らない、子供の頃
ずっと一緒に居られると純粋に信じ切っていた、あの頃
可愛らしい、今思えば残酷な、約束を彼とした
時の流れの中には小さな想いなんてものは儚すぎて
それでも、思い出したその想いは私にとって、とてもとても大切で

だからあの後、一人であの場所に行ってお願いをした

──彼がまた、約束を思い出してくれますように──と


……彼が思い出したとして、その後どうしたいのかは判らない
それでも、願ってしまった
あの約束が、彼との縁がまだ途切れていないことを願って

──何が悲しくて、泣いているのかしら?

そんな声を、その時聞いた覚えがある



そうして一人、部屋で暗闇を見つめている
空が観えないこの部屋では時間の間隔も曖昧になる
そうして虚空を見つめていると、携帯にメールが入る
その内容を目にして、部屋から出る為の支度を始める

──あの場所に来てほしい

簡潔な、彼からのその内容を目にしたから




彼との出逢いは、初めてもその次もどちらも蓮子が先だった
……正確には、初めての時は二人一緒だったのだけれども

一人すすり泣く男の子
それを見た時に、感じた想いは今なら思い出せる
一人きりで泣くその姿に、自分を、蓮子に出逢う前の姿を重ねていたのだ

世界に誰も居ない、孤独感
誰にも理解されない、絶望

それを知っているからこそ──放っておけなかった

伝えたかった
貴方は一人じゃないんだと
世界は苦しいものだけではないのだと
仲間は──居るのだと

そうして、彼と過ごす時間はかけがえのないもので
だからこそ、月日の流れというものは矢の如しで
それは幼かった私には実感出来るはずもない、残酷なお話だった

だからこそ、あの子と一緒に約束を交わした
それは約束を交わしたいというよりも、そのまま離れたくなかったから
楔を結びたかったから
せっかく一緒になれたのに、また別れてしまったら──今度こそ、この子は壊れてしまうのではないか
そんな不安もあったし、そもそも折角見つけられた仲間と、離れたくなかったから

だから、見たこともない神様の話をした
少しでも、興味を持ってくれるんじゃないかと
いつまでも別れないで、傍に居れるんじゃないかと──小さな願いを

当然、幼かった私達に世界の不条理に抗う力なんてあるはずもなくて
当たり前の様に、泣きながら別れの時は訪れた



そうして、あの時
別れを泣きながら悲しんだ蓮子と互いに別れた帰り道
何をするでもなく、またこの場所に来ていた

心に空いた虚無感を感じながら思う
また私達を──私を、迎えに来てくれるんじゃないかって

でも、世界は確かに夕闇に包まれていって
彼との別れは確かにあったんだと理解して
自然と──また涙が溢れていた



──ここには泣き虫な子が、よく来るのね

不意に響いた、よく知っている、けれど一度も聞いた覚えのないその声を、けれど不思議に思わなかった




そうして現に戻る
何故今頃になって昔のことを明確に思い出したのかは判らない
確かに昔、あったことではあるのだけれども──今更それで彼や蓮子との関係性を変えようとも思わない

私達は、今では三人で一つの──秘封倶楽部なのだから

そうして、シャワーでも浴びて胡乱な頭をしっかりさせようとして
──着信を告げる携帯に気付いた

「──繋がりは、縁は、消えることはないのよ。──○○」

誰にでもなく呟き、着替えを手に浴室へと向かう
これからは不思議の時間
──秘封倶楽部の活動の時なのだから




真夜中
日付の変わる境目の時間
それは数限りなく訪れては過ぎ去っていって
その曖昧な時間に、秘密を見つけ封じられていた思い出を暴く
それこそが、自分がここに居る意味であるし──

「こんな時間にレディを呼び出すなんて、マナーがなってないわね」

「蓮子はもう少し慎みを覚えなきゃ、レディとは呼べないんじゃないかしら?」

彼女達の、自分の、秘封倶楽部である意義なのだから

「すまんな。でもまぁ秘封倶楽部はこんな時間が似合うじゃないか。それに──退屈はさせないと思うから勘弁してくれ」

そうしてここに来てくれた──彼女達に声を掛ける
忘れられたままだった想いでを、約束を、今からでも守るために

「考えが確かなら多分もうちょいかかるから、その間……昔話でもしようか」

そうして神社の縁側に腰を掛けなおす
手には3つのビードロ
その大切な想いでの品を手の中で転がす

「考えって……それに昔話……?」

「聞きましょう、蓮子。何かしら思い当たる節があるみたいだし」

「助かるよ。ずっとずっと昔、この場所で一人で泣いてただけの、男の子のお話だ」

そうして語り始める──

確かにあの時、この場所で、見捨てられていた少年は彼女達に救われた
一人ではないと、確かに仲間は居るのだと

それに──どれ程救われたか
世界が──色づいて観えたか
それを──伝えたかった



「それが、○○だっていうのね」

「あぁ、今の今まで忘れちまってたけどな」

「……それを、今更何故思い出したのかしら?」

メリーに言われて、手の中のビードロを──紫色のそれを翳す
モノに宿る想いで──
『モノに宿る縁を観る』為の、その瞳で観る

きっと、今なら──


世界が広がる
自分だけではなく、明確に、二人にも観える様に強く
あの時の時間とその境目と縁を形にする

 
──それは、気の遠くなる様な長い時間かもしれない。
──もしかしたら、ふとした拍子にすぐに出逢えるかもしれない
──でも、憶えていなければそれは果たされないわ。
──だから、信じなさい。貴方のその目は、その為にあるのだから

──ありがとう、お姉さん! ……そういえば、初めて会ったと思うのだけれども、お姉さんはだぁれ?

──私は……そうね、この場所ならばこう言うべきかしら
──神様よ。縁結びの、ね

──神様なんだっ! 凄いや、あの子達にも絶対にまた会って自慢しなきゃ!

──えぇ、話してあげなさい。……そうね、貴方が忘れないように、これをあげましょう

──うわぁ……綺麗。いいの? こんな綺麗なの、もらって

──えぇ、これは想いで。あの子達と貴方との大切な想いでを形に込めた物。そしてこの場所と時間を紡ぐ、縁となるモノ
──また出逢える時には、きっとこれが貴方達の絆となってくれるでしょう

──ありがとう! あ……お姉さんとも、また逢えるかな?

──……そうね、きっと
──また逢えると思うわ

──貴方の目と、彼女たちの目が合わされば
──時と場所と境目と──モノに宿る縁を観る、その目が、想いがあれば



──○○。貴方の願いは、約束は、きっと叶うわ




そうして、世界はイマを取り戻す
役目を終えたビードロは手の中に
消えることなく確かに残ったまま
それを壊れない様に、二度と忘れない様に、大切に握りしめる



「そんなわけで──約束、待たせてすまなかった」

ぼんやりと空を見上げたままだった二人に声を掛ける
実際、思い出したからといって特に何が変わるわけでもない
大切な──秘封倶楽部の仲間であることには変わりがないのだから

「つまり……壮大な遅刻をしてた、ってことなのかしらね」

「まぁ、私は慣れてるからいいんだけど。──それで、待たせた言い訳はそれで終わりなのかしら?」

「もちろん、これからずっと償うつもりでは……」

そう言って謝ろうとすると頭をはたかれた
面喰ってキョトンとして蓮子を見ると

「何言ってんのよ、償いなんていらないわよ。──それより」

「えぇ、待つことなんて慣れてるけども私達は秘封倶楽部。──だから」

「「三人で次の秘密を見つけに行くわよ!」」

声を合わせた、その二人の響きに救われる
あの時も、同じ様に救ってくれたのだ

その変わらない意思と形
それをどこまでも観ていたいと、一緒に居たいと、あの時願ったのだ
例え長く過ぎ去って忘れていたとしても──縁は消えずにここにある

暴いて残ったその先に
また更なる不思議を求めて
歩みは止まらない

──幾つの境目を越えようと
──時間と場所が判る限り
──続いていくその縁の先に

三人で共に進み続ける
強い絆を忘れることなく
消えることのない想いでを胸に秘め

どこまでも──





「そういえば、二人はいつから思い出してたんだ? それとも最初から憶えてた?」

「……当たり前じゃない? 蓮子様を舐めるんじゃないわよ?」

「……なんで疑問形なんだよ。はぁ……メリーは?」

「最初は、不思議と忘れていたわ。あれだけ……掛け替えのないものと思ってたのに。不思議なものよね」

「なるほど。皆、それぞれ唐突に思い出したのか。」

今となっては、なんで忘れていたのか判らないぐらいに鮮烈に心に残っている情景
それを忘れていたのも、思い出せたのも、唐突過ぎて何故なのか判らない
あの場所の問題なのか、手の中に残っているビードロの力なのか、それとも──

「案外、神様が思い出させてくれたのかもな」

ふと口にした言葉は、何故かすんなりと胸に響いた

──忘れられたここの神様がほんの少しだけ手助けをしてくれた
──秘封倶楽部としては、そんな考えを持ちたかった

「縁結びの神様……ね。──そういえば、その神様の御神名。縁の字の当て字が振られてたみたいよ」

「あぁそういえば蓮子はあの神社に関して調べていたわね。それで、どんな当て字?」

「読み違いの色違い。二重の意味を持たせてたみたいね。紫と書いて──」






──縁は繋がり巡りゆく
──例え、忘れ去られようと、幾度の夜を越えようと
──巡り巡って形を変えて、何度でも巡りゆく
──その想いさえ忘れなければきっとその形は響き続ける
──幾星霜が経とうとも


──それは何時の世もとても不思議で
──素晴らしいことなのですわ

────────────────────────────────────────────────────────────────



「付き合ってくれないかしら──?」



変わらないもの
変わり続けるもの

それはいくつもあって

例えば、物であったり
例えば、誰かとの関係だったり
その度にきっと、誰かと巡り合いながら
そして誰かと別れながら
それぞれに想いでとして残っていくものなんだと思う

これは、そんなお話



「あぁぁぁぁぁーーーーっ!! 暑いっ!」

「またかよお前は……」

「しょうがないじゃないっ! 暑いのよっ! 体感温度40度よっ!?」

「そこまで灼熱部屋じゃねーよ……きっと」

そうして、机に突っ伏している蓮子を冷やかな目で見る
毎度毎度、冷房のないこの部屋で騒ぐ蓮子にももうすっかり慣れたものだ
そんなに暑ければ来なければいいのに、と思うけれども口にはしない

──誰だって、見えている地雷を踏みたくはないのだ

「……買いましょうよ、冷房の一つくらい。そんなに高い物でもあるまいし」

「貧乏学生には生活の三種の神器の中の一つくらいしか手が出ないもんなんだよ」

「そんなんで忍耐力鍛えないでほしいわね……こんな部屋で暮らせるなんて人間じゃないわ」

この酷い言われよう
どうしよう、家主としては断固とした態度で追い出すべきなのかもしれない

──ミーンミーン──

抑えきれないその感情は、外から聴こえる蝉の声で掻き消えた
この暑い日にわざわざこんな重いものを外に出すなんて重労働は──

「──○○?」

ニコリと笑う──寒気がするような笑みを浮かべて──蓮子が言う

「ナニモカンガエテイマセンヨ?」

世の中、女尊男卑が常なのだ
きっと、恐らく、局地的に

「でもほんと、猛暑よね……例年通りと言えば例年通りだけども」

「まぁ世界的にだしなぁ、最終的にはいつでも海水浴が出来る様になるさ」

「その前に日干しになる方が先だと思うけどもね」

「そりゃそうだな」

こんな風にいつも通りの掛け合いを交わす
一人足りず、いつも通りじゃない──二人きりで

「あぁ本当にメリーが羨ましいわね。何よ、同じ大学なのに課題で旅行へ行くなんて。差別だわ」

「遊びにいってんじゃないだろうに……多分」

そう言って、メリーを想う
今ここに居ない、もう一人の秘封倶楽部の一員を



「ちょっと、出掛けてくるわ」

「おう、行ってらっしゃい」

「お土産に飲み物よろしくねー」

いつも通り三人で暇をつぶしているとメリーがそんなことを言った
買い物でも行くのかと思っていると、憮然とした表情でこっちを見てくる

「……ちょっとそこまで、じゃないのよ。旅行に行ってくるの」

読んでいた本を閉じてメリーを見る
コンビニまで、というわけではなく夏の旅行の様だ
帰省するとかの話は聞いていないけれども……

「ちょっと、初めて聞いたわよ。どこに行くのよ」

「当然よ、今言ったもの。講義の兼ね合いでね、東北の方まで。まぁそんなに長くはないわ、一週間程度よ」

「民族系の課題かなんかか、大変だな」

「出来れば行きたくはないんだけれどもね……まぁ海も近いらしいしこの暑さだしね。良い気晴らしになるわ」

その言葉に、急激に蓮子が反応した

「海っ! いいわね、このあっつい中では正にオアシスねっ!」

そのテンションの変化に付いていけない
大方、この暑さでやられてしまったのだろう……南無

「……先に言っておくけど、旅費なんて部外者には出ないわよ?」

「……そんなぁ、メリーだけずるいわ」

「遊び三割、課題七割だからね。貴方も取れば良かったのよ」

「私が専攻してるのは統一物理だからねぇ。さすがに畑違いだわ」

「俺も民芸系だけど、さすがに近場でこなせる課題しかないな」

三者三様それぞれ学んでいるものは違う
だから、こういった事もたまにある
それでも折角の夏休み、その間に三人で居れる時間が短くなるのは少し寂しいものだ

「そんなわけだから、戻ってくるまで二人で仲良く過ごしてちょうだい。──ね、蓮子?」

「……貸し一つ、になるのかしらね」

含みのある視線を蓮子に送るメリー
苦虫を噛み潰したような表情をする蓮子
……また何かしら二人で悪巧みでもしているのだろうか

「まぁそんなわけだから、二人で仲良くしていてちょうだい」




そうして、この部屋には今二人きりだ
あの神社での不思議との出逢いの後、三人ではなく彼女達はそれぞれ家に来る事も多くなった
今ではもう慣れたもので、それぞれ専用のカップと紅茶と珈琲を持ち込む始末だ
まぁ、今まで自分が買い込んでいたのでその分の負担は減ったので良いのだけれども

「しかし暇ねぇ……こんな部屋で折角の夏を消費するとか勿体ないわ」

「家主の前でナチュラルに批判すんなっての……でもまぁ確かに、ずっと引き籠りっぱなしってのもなぁ」

毎日こうしているわけでもない
それぞれ都合があるし、逢わない日も勿論ある
だけど、どちらともなく特に何もない日はこうして一緒に居る
仲間であるし、秘封倶楽部の活動の準備もあるし

──何より、それが当たり前だと思っているから

「んでもさすがにこうしているままじゃ、ほんとにミイラにでもなっちまうな。どっか行くか」

「そうね。──埋もれるなら退屈な日常じゃなくて、まだ見ぬ不思議の中に、ね」

そう、俺達は秘封倶楽部
殺されるのは、退屈ではなく己の好奇心の果てにだ

「っても、何も候補はないんだが……」

「そうなのよねぇ……あぁ、課題の海に心が沈む……」

「何時までも片付けない蓮子は愚かで身勝手である、ってな。課題の海か……あぁそれじゃメリーじゃないけれども海にでも行ってみるか?」

大した考えもない思い付きの言葉だった
ただ、こうしていても何も決まらない
時間は有限である
退屈に埋もれるぐらいなら動き出すだけだ

「海って……水着なんて持ってきてないわよ?」

「さすがに俺も用意はないよ。まぁ泳がなくても行くだけで涼しめるだろう、きっと」

幸いにも、足はある
いつもは三人だから乗らないが愛車の用意はあるのだ
今からだったら、きっと昼過ぎには辿り着くだろう

「……判った。それじゃ、出掛けようかしら」

「何かしら不思議なことが起こるかもしれないしな、待ってるだけなんて性に合わない」

そうして、我が家を後にした
まだ明るい空には燦燦と照り付ける太陽と、少し欠けた遠くに観える月
少し蓮子の顔に赤みが差していたのはきっと、この蒸し暑い部屋だからだろう



──海にでも行ってみるか

彼から言われたその言葉に、内心では小躍りしたいくらいだった

きっと、彼には自覚はないんだろうけど……男の子と二人で出掛ける
行先は、海
世間一般で言うなれば──デートなのだから

○○──彼には、私は惹かれている
それは同じ秘封倶楽部の仲間であるし
同じ様な気持ち悪い目を持つ者通しだし

──何より、男性として惹かれている

メリーがどう思っているのかは判らない
でも、出掛ける前のあの言葉からしたら、きっと憎からず思っていると思う

自然と輪の中に加わっていた彼
それを不思議に思わない自分が初めから居た
それはあの別れと、出逢いを経たからこそなのかもしれないし
今思えば変わらないままだった彼の人柄故なのかもしれない

誰にでも、気軽に気さくに接する
だけれども、適度な距離感を保つ
その居心地の良さに、私は甘えている

だけれども、もっと──と考えてしまう私も居る

変わることは怖い
今の関係が大切だ

それでも──

彼のバイクに乗りながら、そんなことを考えていた



響く波の音
照り付ける日差しは、更に強まっていたが靡く波風で心地よく感じる
特に理由もなく訪れたこの場所は、海開きもまだなのか辺りには誰も居ない

「たまにこうして、誰も居ないところに来たくなるんだよなぁ」

「隠居するには早いんじゃないの? まぁ……その気持ちは判るけど」

砂浜で蓮子と二人、座り込んでゆっくりと話す

喧騒もなく、ただ響く音だけを聴く
時たま、こんな風に一人で誰も居ない場所を訪れたくなる
それは、自分の観ている景色を否定されない為

──世界は、観えている通りなのだと思いたい為

誰かの、残された想いでなんか何もなく
縁すら、残す者が誰も居ない場所
そんな場所は、こんな目を持つ自分には酷く落ち着けるものだった

「ま、でも今日は蓮子と一緒だしな。昔は遠出なんて出来るはずもなかったし。
   誰かと出掛けるってのもたまにはいいもんだよ」

今は、少しだけ違う
誰かと、居れること
誰かと、同じ景色を共有出来ること

それは、素晴らしいことなんだと彼女達が教えてくれたから
──今も、昔も

「そうね、昔は近所の探索程度だったしね。──まぁ、それもアンタと一緒なら楽しかったんだけど」

「ん? なんか言ったか?」

「……なんでもないわ。でもこんな落ち着いた場所じゃ不思議なことも特には起こらなそうね」

「んー……まぁそうだなぁ。調べてきたわけでもないしそんなもんだろう」

不思議を求めて、不思議を暴いて、不思議を形にする
それが秘封倶楽部──ではあるが、さすがにいつもそういった事にぶち当たるというわけでもない
むしろ、空振りする方が多い
当たり前の話ではあるのだけれども

「いいんじゃない? たまには秘封倶楽部も夏休みを満喫するべきよ」

「だな、いつでも活動中じゃいつか疲れちまう」

そう言って笑いあう

不思議がなくとも一緒に居る──一緒に居れる
それは、とても大切なことだと判っているから

「でも帰ったら蓮子は課題の海が残っているからな、溺れないようにしろよ?」

「思い出させないでよ……手伝ってくれるんでしょう?」

「集中出来る場所の提供くらいならいくらでも。分野は畑違い過ぎて無理だけどな」

「さいですか……──んじゃ、別のお願いをしようかしら」

「ん? お願い?」

悪戯を思いついたかの様にニンマリと笑う蓮子
……嫌な予感しかしない

「そ、お願い。──また、こんな風に一緒に出掛けてくれる?」

どんな無理難題が来るのか……と身構えていると、言われたのはそんな言葉で思わず拍子抜けしてしまう
でも、蓮子の表情はどこか真剣なものを含んでいて──

「アッシーで良ければいくらでも。メリーと三人でも、また来たいしな」

そう言って笑う

三人離れず、いつまでも傍に
それは自分が一番望んでいることだし、あの夜約束したことだ
今度こそ、待たせることも破ることもしないと誓った──大切な約束なのだから

「……そうね、また三人で来ましょう。絶対に」

嬉しい様な、どこか切ない様な顔をする蓮子にその時は気付けなかった



だいぶ回りくどく、でも──勇気を振り絞って言ったその言葉
きっと、彼は言葉通りにしか受け取っていないと思う

彼の中では、私とメリーは大切な仲間なんだろう
勿論、私もそう思っている
彼とメリー、どちらが欠けても私という存在はきっと壊れてしまうと思う
それぐらい大事な、掛け替えのない存在

──それだけで我慢出来なくなってきたのは、きっと思い出したから

あの時泣いていた男の子、そして別れの時泣いていた彼女達
消えるはずだったその縁はあの夜、また巡り合った
それを思い出した時、どれだけ嬉しかったか
どれだけ、喜んだか

──そして、求めてしまったか

きっと、この気持ちは消え去ることはないと思う
いつか、溢れ出してしまうと思う
その時、彼は、メリーは──私は、どうなるのか

それが、今は少し──怖い



「結構話し込んだな、そろそろ帰ろうか」

「そうね、少し暗くなってきたみたいだし」

楽しい時間っていうのはやっぱりあっという間で
日も沈み始めてきていた
時間は有限で、待ってはくれない
この二人きりの時間も過ぎ去っていつの日か、忘れてしまうかもしれない
だから──

「お、ちょうどいいのがあったな。──ほれ」

「ん? なによ──これって……」

蓮子にその拾った物を投げる
綺麗な三日月の様な形をした紫色の貝殻
砂浜だったら、どこにでも落ちてきそうなものだ
でも、そういった物を渡すことが大事なのだ

その想いでを込める為に
またいつの日か思い出せる為に
新たな次の縁を、紡ぐ為に

「簡単なもんだけどな。ここに来た思い出作りみたいなもんだよ。思い付きだからそんなもんで悪いんだけど──」

「──ううん、凄く……嬉しい。──ずっと大事に、するわね」

両手でしっかりと、その貝殻を抱える蓮子
渡しておきながら、そんなもので良いのかと思いもしたけれども喜んでくれているのなら嬉しい

そうして、メリーの居ない二人だけでの秘封倶楽部の旅はこうして終わった──はずだった



日が落ちた帰り道
バイクに乗って彼の背中を掴みながら、ポケットの中の貝殻を思う

彼から物をもらったのは、思えば初めてのことで
思わず顔が綻んでしまう

今、彼から表情を見られないで良かった
きっと、今の私は凄い嬉しい顔をしていて

──素直じゃない私は、きっと彼に指摘されたら必死になって否定してしまうだろうから

いつか、メリーに言われた覚えがある

『もっと慎みを覚えなければレディとは言えないわよ』

昔から、興味を覚えたことにはとにかく一直線に突き進む性格だった
周りの目を気にしたこともないし、幸いにも付いてきてくれるメリーも居たので
自分とメリーだけが世界の全てだったと思っていたと思う

だけど、今は考えてしまう
もっと、大人しい性格の子の方が彼は好きなんじゃないかって
そう例えば──メリーの様な

──いつからだろう、彼と話すメリーを羨ましく見る様になったのは
──いつからだろう、彼にもっと私を見てほしいと思うようになったのは

きっと、彼にもメリーにも、こんな事を話したら笑って馬鹿だな、と言われると思う
それでも私は──

そんな行先のない悩みを考えていると、不意にバイクが止まった
まだ帰り着くには早いと不思議に思っていると、彼がこちらを振り向いた

「──なぁ蓮子、今の時間と場所判るか?」



やっちまったかな……
目的もないまま辿り着いた場所
そこから帰るのも地図なんかなくても簡単だと思ってたのだが、どうやら道を間違えてしまったらしい
辺りには何もなく、暗闇と星空だけが広がっている

本当に、一人じゃなくてよかった
何しろ──

「もしかして迷ったの? もう、しっかりしてよね……今は二十時三十五分十五秒、場所は──」

背中には蓮子が居てくれる
星と月を観て、時間と場所を知る彼女
自分が判らなくても彼女が居てくれれば、何も心配は──

「場所は──何……ここ」

そう言って彼女の言葉が止まる
どうしたのかと不思議に思っていると──

「──場所は、判らない……わ」

そんな、有り得ないことを言った

予想していなかったその言葉に、驚いて蓮子をしっかりと見る
傍目から見て、判る程に青ざめているその表情
何が起こったか判らなくて今にも倒れそうな勢いの蓮子の肩を、慌てて掴む

「──とりあえず、落ち着け。そこの道まで行くから」

「……うん」

そうして、とりあえずバイクを路肩に止めて
改めて蓮子を見る
相変わらず──先程よりも、より顔を青ざめて──震えている蓮子をとりあえず座らせる

そうして落ち着くまで待っていると、蓮子が口を開く

「……ごめんね、みっともないところ……見せちゃって」

「気にすんな。それで、大丈夫そうか……?」

多少落ち着いて、強がりを見せる彼女
でも判る──その肩がまだ少し、震えていることに

「ううん、ごめん。未だに……判らないの」

「そっかまぁ、でも、うん。……たまにはそういうこともあるんじゃないのか」

──嘘だ

同じ様な目を持っているからこそ判る

今まで生きてきて、付き合ってきたからこそ
この忌み嫌ってきた目は、一度もその束縛から抜け出してはくれなかった

だからこそ、今まで当然であったからこそ
今蓮子の世界は、きっとどこまでも朧げなものに観えているのだろう
今までがおかしかったのか──それとも今が、おかしいのか
そう不安に思うのは、当然のことだった

「不思議よね。今まで、こんな目なんかない方が良いって、ずっと思ってたのにね……」

「……」

「メリーが居て、○○が居て、やっとこの目も好きになれそうだったのに……」

「…………」

「あはは、これじゃもう……秘封倶楽部の活動も足手纏いになっちゃうかな──」

「……──てぃ」

「いたっ」

蓮子の頭に軽くチョップを振り下ろす
今まで沈んだ顔をしていた蓮子がキョトンとして、自分を見る

まったく、何をふざけたことを言ってるんだコイツは──

「──蓮子に一つ聞いておくよ。蓮子はメリーが、俺が、気持ち悪い目を持ってるから──秘封倶楽部をしてたのか?」

「──っ!? そんなことないわ! 私は、貴方達だからこそ──」

そんなこと、とっくに知っている
蓮子はあの時だって、ただ一人泣いていた自分を救ってくれたのだ
だから今度は──自分の番だ

「当たり前だろう。俺だって、二人がそんな目を持っているからって一緒に居るんじゃない。
   お前がお前だから、一緒に居るんだ。だから、そんなこと──二度と言うな」

不安に泣いているのなら、傍に居よう
時間が判らないなら、教えよう
場所が判らないのなら、一緒に探そう

──掛け替えのない、仲間なのだから

じっと見つめていると、バツが悪そうに蓮子は顔を伏せる

「──ごめん、少し混乱しちゃってたみたい」

「いいさ、気にすんな。それより、こうしてここに居ても埒があかない。
   幸いにも、深夜って時間じゃないんだし少しこの辺りを調べてみよう」

そう言って蓮子を立たせる
落ち着かせる為にも、とりあえず民家とかを探さなければ

歩き出したその真上
空には星々と、どこか歪な──丸い月が輝いていた



バイクを押す彼の背中を追う
空を見上げると未だに空には今の時間を告げる星々と──有り得ない現在地を告げる月が観える

実際、今の場所というのは観えてはいるのだ
判っては、いるのだ
ただ──そこが有り得ない場所だというだけ
それ程遠出をしたわけではない
いくらバイクといったって、行ける範囲に限界がある

私の目が示す場所は、その行ける場所を易々と越えている場所なだけ
なんせ、京都の街並みどころか一秒ごとに、その場所が変わっているのだ

まるで存在していないかの様に──あやふやに
だからこそ今まで正確に読み取れたこの目を疑い、混乱しているのだ

──おかしくなってしまったのだろう、きっと

今までがおかしかったのは承知の上だ
だけどそれでも、何とか折り合いを付けてこられた

──二度とそんなこと言うな──

彼のその言葉が、とても嬉しかった
この目もひっくるめて、私という存在をを認めてくれる言葉だったから

仲間としての言葉だったのだと思う
それでも、ただただ嬉しかったのだ

彼もきっとメリーも、私がこの目を例え無くしたとしても傍に居てくれるのだろう

「……なんだ、ここ……」

彼から聞こえたその言葉に、考え込んでいた視線を向けると──

「……ここ、日本……よね?」

目の前には、東洋の島国には似合わない──西洋風の館がそびえ建っていた



一目見て思ったのは違和感
確かにここは日本で、来る時には民家なんかも幾つか見た
その中に──こんな建物があった憶えは当然ないし、こんな名所になりそうな場所を聞いた憶えもなかった

「……いつの間にか、迷い込んでたのかね」

「判らないわ……でも──!」

蓮子の声に力が入るのを感じる
当然だ、こんな目に見える不思議を前にして──

「あぁ!──聞くまでもないだろうけどっ!!」

「えぇ、秘封倶楽部の活動──スタートよっ!」

こんなあからさまな舞台を用意されて暴かないなんて、秘封倶楽部じゃない

きっと、今自分もとても嬉しそうな顔をしていると思う

例えこの目を無くしたって
何時、何処なのか判らなくたって

──俺達は秘密を求める、仲間なのだから



そうして、館の前に立つ

改めて近くから見ると、その異質さがよく判る
まるで血の色で塗りたくられた様な、その紅い館
空には館の色が映っているのか紅く輝く丸い月

当然であるかの様に人の気配はなく、二人で落ち着いてその扉を叩く
期待など最初からしてなかったが、反応はない
そして、鍵のかかってないその扉を開ける

「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「西洋風なんだから、悪魔かポルターガイストかもしれないわよ?」

先程までの沈んだ様子はどこへやら
期待を抑えきれない様子で蓮子が歩みを進める
中には奥へと進む為の階段と手入れの行き届いている様子の内装

「誰か、住み着いてはいるのかしらね」

「……判らん。とりあえず呼びかけてみるか」

そうして誰か居ないかと叫んでみるが、その呼び掛けは空しく反響するだけだった

「……とりあえず、中を見てみましょう。誰か見掛けたら、謝ればいいわ」

「不法侵入で前科一般は勘弁してもらいたいもんなんだけどな」

そうして上へと進む
何かに誘われるかの様に
そうして暫く歩いて、館の最奥であろう場所へと辿り着く

一際紅く塗られた、その扉
その前に二人で立ったその時──

「──こんな時間に来訪者とは珍しいわね、お入りなさいな」

部屋の中から、声が響く

思わず蓮子と二人、固まってしまう
そして互いに目を合わせる

──どうする?

──決まっているわ!

ここまで来て、逃げ帰るなんて選択肢は有り得ない
意を決して、その扉に手を掛ける
まるでそれが自然であるかの様にその扉は開き──

「──ようこそ、御客人。歓迎するよ」

中には、十字架を象った様な肖像と
その肖像が月からの光を浴びてまるで羽の様に紅く見える影を背負った、女の子が居た

威厳を持ったその少女に、思わず身じろぐ

ただ笑っているだけなのに、次の瞬間には身を引き裂かれる様なその威圧
初めて感じるその威圧に、言葉を無くしていると少女が語り掛けてくる

「こんな辺境にようこそ、迷い人かな?」

「──えぇ、帰り道に迷ってしまって。よければ、ここが何処か教えてくださらないかしら?」

落ち着いた様子で蓮子が問い掛ける
実際は恐怖を感じているだろうに、微塵もそんな様子は見せなかった

「ここはコウマカン。私はここの主さ。たまに貴方達みたいに迷い込む子が居るのよ
   とりあえずは、これからディナーの時間だからよければ貴方達も食べていくといいよ」

見た感じ幼さの残る見た目の主からその名前を聞いても、やはりこの場所に聞き覚えはない
緊張した面持ちで様子を伺っていると、ニヤリと笑って館の主は指を鳴らす
誰か呼ぶのだろうか──そう思った時には

「──ようこそいらっしゃいました、御案内致しますのでどうぞこちらへ」

何時入ってきたのか
自分達の隣にはこの国では不釣り合いな格好をした従者らしき女性が居た

驚いて二の句を告げない
自分でも判る、ここは──

「──ありがとうございます、御世話にならせていただきます」

「何、捕って食おうってわけじゃないから心配しなくていいさ。──くつろいで行くといい」

そうして現れた女性の後を、付いていく蓮子
様々なことが一度に起こり過ぎて状況に付いていくのが難しい
とりあえず、進んでいくメイドの後に続くことにした



「──御土産が、必要かな。いつかの様な」

誰も居なくなった部屋の中で、紅い月に照らされた主の声だけが響いた



「それでは、こちらの部屋は御自由にお使い下さいませ」

「ありがとうございます、御世話にならせていただきますね」

「どうぞごゆるりと。──あぁ、僭越ながら御忠告を。──あまり外を出歩かないよう、ご注意下さいませ」

そう言って、メイド服を着こなした女性は部屋を後にした

「──ふぅ、疲れたぁ」

「いつから──迷い込んだんだろうな」

言われた言葉通りにベットに飛び込みくつろぎ始めた蓮子に──ほんと、凄いなコイツは──問い掛ける

メリーの居ない今、境目が観えない
その中で秘密を越えた──越えてしまった

今まで、あの神社以外ではそういった出来事というのは遭遇したことがなかった
彼女達が二人だった時は、色々とあったみたいだけれども
いざ巻き込まれると、中々状況に頭が追い付かない

だからこそ、彼女の強さがよく判る
今この場所で自分一人だけだったら、みっともなく慌てふためくだろう
誰かが──蓮子が一緒に居てくれる
これ程、心強く感じることはない

「……判らないわ。何かしらの兆候があったのかもしれないし、いともたやすく越えてしまったのかもしれない」

「メリーのこと笑えなくなるな。でも、越えてしまったのなら──することは一つだな」

そう言って蓮子を見ると、彼女も同じ気持ちなのか期待を隠し切れない表情をしていた

「えぇ──世界を、秘密を、暴くわよ!」

「だな、なんせ俺達は──」

「「秘封倶楽部なんだからっ!」」



そう言って笑いあう
最初に感じていた不安はいつの間にか掻き消えていた
私一人なら、孤独や恐怖に押し潰されていたと思う
場所も知らない所に一人きりなんて、想像することすら嫌だ

──でも、一人じゃない

それだけで、幾らでも力が湧いてくる

だから、これからは活動の時間だ
例え誰からも忘れ去られた場所だったって、私が彼を憶えている
彼が私を観ていてくれる
なら、怖いものなどなにもないのだ



さて、とりあえずは案内された客室に居るわけだけども……
調べるにしても安易に踏み出していいものか迷う
実際、忠告はされたわけだ

──出歩くと、危険だと

それでも、このままここに居ても進展があるとは思えない
危険を承知で何かを探すか──

そんなことを蓮子と話していると、扉をノックする音が響く
二人して緊張して様子を伺っていると外から声が聞こえる

「──御食事の御用意が出来ましたので御呼びに来ました。どうぞ、お越し下さいませ」

どうやら、先程のメイド服の女性らしかった
意識していなかったが、思えば何も食べていなくて確かに自分の腹からは、音が鳴りそうな具合だった

「……どうする?」

「……このまま籠城なんて出来るはずもないし……行くしかないんじゃない?」

確かに、夜明けまでこのまま、というのは出来るはずもなかったし好意を無碍にするのも憚られた
なので、とりあえずは有難く申し出を受けることにした

「主より久方ぶりの御客人ですのでもてなす様に仰せつかっております、どうぞ御期待下さいませ」

一部の隙もないその彼女に連れられて、立派な食卓へと案内されると先程の少女──主はもうすでに席に就いていた

「お、やっと来たね。どうぞ遠慮せずに食べていくといい。色々と外の話も聞いてみたいしね」

「またレミィの気紛れね……ご愁傷様」

「随分な言い方だねパチェ。私は特に何もしてないさ。──私は、ね」

そう言われて読んでいた本を閉じるパチェと呼ばれた少女
どうやら、この館に住まう住人らしい

病的なまでに白いその肌に、一瞬目を奪われる
どこか倒れてしまいそうな、その危うさに目を惹かれて──

「……座っても、よろしいかしら?」

蓮子が、主の少女に声を掛ける
釣られて慌てながら自分もそちらを見る
……どことなく、不機嫌な声色の蓮子が多少気になったが

「ふふ、お前たちは本当に退屈しなさそうだね。構わないよ、どこでも掛けるといい」

促され、席へと座る
そうして、少し待っていると次々と料理が運ばれてくる
その色とりどりに並べられた料理に少し面を喰らってしまう

「あの……こんな豪勢な御食事をいただいてもいいのでしょうか?」

「御客人を持てなすのは住まう者として当然のことだからね。気にせず召し上がるといいよ」

「ありがとうございます、いただきます」

そうして御馳走にあずかる
どれもこれも、今まで食べたことがないような美味しさで思わず舌鼓を打つ
恐らく、主の傍らに佇むメイドが振舞ったのだろう

「本当に美味しいです、ありがとうございます」

「御口に合ったのなら恐悦でございますわ」

そうして食事も落ち着いた頃、主が口を開いた

「それじゃ、そろそろ聞かせてもらおうかな。──どうしてこんな辺鄙な所に来たんだい?」

「それが、海へと出掛けた帰り道迷い込んでしまって……途方に暮れていた所に、この館を見掛けたのです」

「……海、ね」

静かに食べ終わった後、本を読んでいた少女が声を出す
静かに透き通るその声は、部屋の中で不思議と響いた

「おや、パチェは思い当たることがあるのかい? この迷い子さん達について」

「──いえ、恐らくはレミィも思っている通りだから。いいわ」

「なんだい面白くない。運命の巡り会わせなんてもんは幾らでも変わっていくというのに」

「知らなければそれは素晴らしいことなんでしょうけどね。──疲れたから、先に失礼させてもらうわ」

そう言って席を立つ少女
正直、言っている意味が少しも理解出来なかった

去り際に、少女が扉の前で止まる
そうしてこちらを振り向いて──

「──そこの貴方。よければ、後で図書館に来るといいわ。少し話も聞いてみたいしね」

その言葉だけ残し、少女は出ていった
どうにも、捉えどころのない不思議な感じの少女だった

「悪いね、どうにも人付き合いってもんが苦手な奴なんだ」

「いえ、気にしないでください」

「──単刀直入に、聞かせてもらうわ。ここは何処なのかしら?」

そう言って珈琲を飲んでいた蓮子が、鋭く主を睨みながら言う

どう考えても、ここが現の世界だとは思えない
幻想に或るであろうこの場所
それをはっきりさせれば、まだ対処も考えられる

「そうだね──ここは紅魔館。紅い悪魔が住まう、幻想の館さ」

「悪魔……」

「まぁ、こんなに綺麗な紅い月が輝く夜なんだ。どうにかしようとは思ってないから安心していいよ」

「……その言葉を、信じろと?」

「どう思おうが自由さ。私は──私の観える運命の赴くままに楽しむだけだ」

紅い月の悪魔──
告げられたその言葉を、けれど笑い飛ばすことは出来ない
それは、目の前に居る不敵に笑いながらも威厳を纏った少女から感じる畏怖の気持ちがあるからなのか
この館の何をも飲み込むような紅い雰囲気からなのか

恐らくは、その両方なのだろう

「……信じさせてもらうわ。それで、私達はいつまでここに居ればいいのかしら?」

「お前たちが迷い込んだのは一夜の幻。明日には、また元の場所へ戻れるだろうよ」

「なら、安心ね」

「──御節介な奴もついているみたいだしね」

ボソリと、零す主
その言葉の意味を聞こうとして──

「まぁそれはそれとして。──貴女、よければ二人だけでお話してくださらないかしら?」

そう、蓮子が指名される
思わず蓮子と互いの顔を見合わす
いくら何でも、危険ではないか──

「……御指名ならば、客人として応えないわけにはいかないわね」

そう言葉を返す蓮子
良いのかと不安に思っていると、ぎゅっと手を握られる
強く握られたその手に、どうしようかと考えていると主から助け舟を出される

「大丈夫、心配しないでいいよ。それに……貴方はパチェの方が用があるみたいだったからね。案内させよう──咲夜」

「畏まりました。──どうぞ、こちらへ」

そう言っていつの間に移動したのか、扉の前に居たメイドに扉を開かれる

「──何かあったら、大声出せ。絶対に、助けに行くから」

「お互いにね。──信じてる、わよ」

そうして、促されるまま扉を進む
少しの不安と、必ず駆け付けるという決意を固めて



「怖がっていないわけではないだろうに、信頼してるのね」

「これでも腐れ縁ですから。──それで、わざわざ二人きりで話したいことって何かしら?」

そうして、主の少女と向き合う
正直、不安で堪らない
今すぐにでもここから逃げ出して彼と共に居たい

それをしないのは、抑えきれない興味の為
どこまで行っても、どこに居ても、私は──私達は、不思議を暴かずにはいられないのだ

「ふふ、臆病な癖に知らずにはいられない──やっぱり人間はとても面白いね」

パチン、と指を鳴らす
そうして次の瞬間、淹れたてであろう湯気を立てた珈琲と赤いワインが用意されていた

その異質さも、もう慣れたものだ
静かに口に含む
今まで飲んだことのない様な、素晴らしい味わいが広がる

「口に合うなら幸いだよ。──さて、聞きたいことというのは他ならぬ貴女のこと」

「素晴らしいわね、有難う。──私の事なんて、そんなに面白いこともないと思うけどね」

最大限に警戒しながら、会話を進める
恐らくは、気分一つで私の命が無くなることなんて彼女からしたら容易いのだろう

──それはきっと彼も同じく

「そうでもないさ。──いつかの客人の様に、その身に異能を宿す人間なんて興味を惹かれて当たり前だろう?」

やはり、私の歪さなんかは重々承知の上なのだろう
人として有り得ない──その瞳
悪魔に魅入られる理由としては十分過ぎるものだ

「確かに、そんなぽんぽんと居るもんじゃないわよね。……人間が居るか知らないけれども、ここでもそうなのかしら?」

「そうね、色々と人間も居るけれども貴女達みたいなのはそんなに多くはないわね」

彼女達の世界──私達とは違う理のある世界
そこならば、私達も正常なのだろうか
歪を、許容されるのであろうか

──考えるまでもないことだ

「──でも、私が興味を惹かれたのはもっと別の運命。──貴女が抱える悩みの方ね」

そう言ってワインを含む彼女をみながら考える
──私の、悩み

「大丈夫、ここには誰も居ないよ。──貴女より永く生きている身として、話を聞いてあげよう」

そうして私は、ワインと珈琲と共に悪魔の誘惑に耳を傾ける──



「こちらとなります、それでは私はここで──」

案内されたその部屋の前で、隣に居たメイドは初めから居なかったかの様に掻き消えた
さて、鬼が出るか蛇が出るか──

「失礼します」

古びたその扉は、しかし手入れが行き届いているのか重みを感じさせず開かれた

──なんだ、ここ

まず目に飛び込んできたのは数え切れないほど高く聳え立った本棚
幾つの本が収まっているのか検討も付かない──図書館

次に飛び込んできたのは圧倒的な──想いで
そのどれもが、大切に、大切に読まれてきたのかそれぞれに強い想いが込められていた
パンクしそうな程のその想い達に、卒倒しそうになったその時──

「──こっちよ、来なさい」

思わず片膝を付きそうになった身体を必死に耐える
あれだけ荒れ狂っていた想いは、その声一つで霧散していた

「……人の身で、そんなモノを抱えてたら仕方ないのかしらね。案内してあげなさい」

「判りましたー」

必死で呼吸を整えている中、そんな声が聞こえる
そしてパタパタと走る音がして、赤髪の少女が走ってくる
ここの司書なのか──整えられた衣服を身にまとったその少女が傍に近寄った

「ようこそ──ヴワルへ。案内させていただきますね」

ニコニコと笑うその少女に連れられて、本の海の先へと行く
そうして辿り着いたその最奥に、先程の少女が座りながら本を読んでいた

「……よく来たわね、少し待ってて。もう読み終わるから」

言われた通り、ソファへと腰を降ろす
赤髪の少女が、手際よく用意してくれた紅茶を飲み干す
思った以上に、呼吸は荒く、必死に落ち着かせる

「──お待たせ。ようこそ、ヴワルへ。歓迎するわ」

「ありがとうございます──それで、話とはなんでしょうか」

社交儀礼もそこそこに、用件を伺う
なんせ、蓮子を一人にしてしまっているのだ
すぐにでも……戻らなければ

「その必死さは忘れて久しいものだから懐かしいわね。──心配しなくても、悪魔は盟約は破らないわよ」

「──それでも、心配なんです」

こんな異質な場所だから、どうしても想像してしまう
──最悪な、想像を

「それもそうよね。それじゃあ単刀直入に──貴方、どこでそんな目を手に入れたの?」

正直、予想はしていた
どこにでも居る様なこんな人間に興味を惹かれる要素なんてこの目以外には、考え付かなかった

「──判りません、初めからだったかもしれないし……子供の頃何かあったのかもしれないです」

生まれた時から付き合ってきたのかは判らない
ただ判るのは、彼女達と出逢うその前から、世界は想いを伝えてきていたということ
こちらの意志など、お構いなしに

「……そう、判ったわ。ありがとう」

「──もっと、細かく聞かないんですか?」

思わず拍子抜けして尋ね返してしまう
事細かく、知っている限りのことを尋ねられると思っていたのだが……

「知識欲は魔女として持っているものだからね、知りたいと思う欲求はあるわ」

「魔女……ですか」

「えぇ、私は七曜を司る魔女。──知らないモノを埋めて記していく者」

知らないモノを識る
知識を、欲求を埋めていく

観えないモノを観る
不思議を、秘密を暴いていく

そんな、自分達の活動原理と似ている彼女に──少し興味を持った

「知ることが貴女だというのなら、余計にこの目について聞いたりしないんですか?」

「愚問ね──観れないモノは、知っても意味がないわ」

「観れないからこそ、知ろうと思うのではないですか?」

「それは時間がない人の身の論理だわ。永い寿命を持つ私達は先人の知識を知る事が出来る、埋めることが出来る。
   初めから観えない──記されてないモノ以外は、ね」

「それを、知ろうとは思わないんですか?」

「記されていないモノを知ろうとするのは求道者ね。──私は知識の探究者、先へ進むのではなく後へと遺す者だから」

少しの違い、けれど大きな違い
知りたいと思う者と暴きたいと思う者

きっと、人とそうではないものとの違いなのだと思う
──納得は、出来ないけれども

「くすくす──今日は随分と饒舌ですね。パチュリー様?」

隣で控えていた赤髪の少女が口元を抑えて笑う
いつの間にか傍らに居たのか気付かなかった
どうやら思った以上に、彼女──パチュリーとの会話にのめり込んでしまっていたみたいだった

「そうね、今日は喘息の調子も良いし──たまにはこういう機会もいいものね」

「普段は喧しい人間ばかりですものね」

「あの子達も見ていて飽きないけど、ね」

そうして仲良さそうに語り合う
それは傍から見ていても判る信頼感
まるで、自分達三人の様な──

「……そうね、永く生きている人ではない身として一つだけ。──その目は、人の身には過ぎた代物。例え妖の身であっても稀有なモノよ」

「それでも、付き合っていかなければいかないモノですから」

「えぇ、そうね。何の因果か知らないけれどもその縁に魅入られてしまったのなら、折り合いを付けていかなければ……いつか、破綻してしまうわ」

「破綻……ですか」

それはいつか来るであろう結末
死ぬ間際か、それとも明日か──それは判らない
けれども必ず訪れる未来のこと

「だから──分け合いなさい。貴方は、それが出来る縁に恵まれているのだから」

「分け合う……?」

「えぇ、同じ境遇の仲間が──彼女達が居るのでしょう? ならば、頼りなさい。助け合いなさい。大丈夫、巡り合った理由は確かにあるわ」

恐らく蓮子達の事を言っている、ということは判る
でも、その分け合うということが上手く理解出来ない

「難しく考える事はないわ。今まで通り、傍に居ること──それだけで、運命なんて簡単に変わるものよ」

──私と、レミィの様にね
ボソリとそんな言葉を呟いて紅茶を口にする
結局、今一理解するには及ばなかったけれども彼女なりに気を使ってくれているのかもしれない

「──ありがとうございます。……何故、こんな話を聞いてくれたんですか?」

最初から気になっていた事を聞いてみる
興味を持ったのはこの目の事だと判る
ただ、その後に語らってくれたのは──

「──同好の志、だからかしらね。本を愛し、読み解く仲間だと一目見て理解出来たからよ。……まぁ言ってしまえば気紛れなのだけれども」

「なるほど……確かに、ここの蔵書には胸踊らされますね」

「貴方に理解出来るものなんて、ほんの一握りなものだけどね。
   ──どうやら、もう少し掛かるみたいね。良ければ用意させるから読んでいきなさい。終わればレミィの方から使いを寄こすはずだしね」

閉ざされた扉は未だ開かず
蓮子の身の上を心配はしたが、彼女の話からは嘘を吐いている気配は感じられなかった
なので今は、その言葉に甘えることにした



「なるほど。──何とも甘酸っぱい、人間らしいお話じゃないか」

「人間らしく、怖気づいているだけよ。──悪魔である貴女には、判らないかもしれないけれどもね」

勧められたワインを、また一息に飲み干す
今まで味わったことのない、血の様に濃いその色合いと味わいが広がる
少し覚束なくなってきた頭でぼんやりと考えながら

──何故私は、年端もいかない少女にこんな話をしているのだろうか……?


初めは、この目についてのことだった
時間と場所を──今は場所については曖昧だけれども──知るこの目
大層気持ち悪いこの目を、しかし彼女は面白そうに笑った

──今の人間は、皆そんな面白い目を持っているもんなのかね

そんなことを言われても、私はそんな奇特な人間は二人しか知らない
今は遠くに居る彼女と──近くても傍に居ない彼
彼女の興味が、今ここに居るもう一人──彼に向くのは当然のことだった

「そんなことはないさ。私だってこれでも永く生きる身だ。今までそういったことの一つや二つあったさ」

あくまで幽雅に、余裕を持ったその仕草
それはどこかメリーを思い出させて──

「それでも……こんな風にぐちぐち悩んだりなんて……しないでしょうに」

空になると、どこからか途端に注ぎ足されるワインをまた口にする
──今、何杯目だったっけ……

「そうだね、悩んだりなんてしないよ。欲しいものは──何があっても手に入れるからね」

「それで、何かが変わってしまっても……?」

「変わるのなんて当たり前だろう? その為に、何かを欲するのだから」

「それが例え──望まない変化だったとしても?」

結局、私は怖いのだ
今の関係が変わることが
二人と──一緒に居られなくなってしまうかもしれないことが

「私からしてみれば馬鹿らしい話だね。──そんな柔なことで変わる縁だったら、それまでという話さ」

それは、強い者の台詞だ
そんな強さ、私には……ない

「そう。──きっと、貴女には怖いものなんてないんでしょうね」

考えてみれば悪魔なのだから当然の話だ
私みたいな弱い人間とは根本からして違う
だからまたワインを飲もうとして──

「──そんなことないさ。私にだって、どうしようもなく、怖いことがあるよ」

思わず手を止める
絶対の自信を携えた彼女からはとても信じられないその言葉
だから……好奇心を抑えられず、聞いてしまった

「──よければ、聞いても?」

その言葉に、手の中でグラスを転がしながら──どこか届かない遠くを観る様にしながら、彼女は言った

「友や……家族、それらと──理解を交わせないことね」

友というのは、先程の少女やメイドのことだろうか
ただ家族と言われて思い浮かぶ者は他には居なかった

「聞いてばかりだとなんだね。私からも相談をしてみようか。
   ──もしも、半身を分けた様な存在と判りあえないことが定められているとしたら──貴女ならどうする?」

理解を交わせない
判りあえない

それは、例えば──メリーや彼と
二人と同じ景色を観れないと決められているとしたら……

「──それこそ、馬鹿らしいわね。──誰かが決めた運命なんてクソくらえよ。私の運命は私が決める。
   もしも誰かが無理なんて言うのだったら……それを笑い飛ばして判りあえるまで、傍に居るわ」

何よりも私の為に

誰かに決められた事を気にせず
判らないことを恐れず
ただただ突き進む
暴き続ける

──それこそが私、宇佐見 蓮子であり
──私達、秘封倶楽部なのだから

「──くっくっく……観えないからこそ恐れず突き進む、か。矛盾したその在り方こそが、人なんだろうね」

場所も判る
境目も観える
過去も識れる

──未来は、知らない方が楽しめる

「だから貴女が全て観えているというのなら──それを越えてみなさい。決められたことなんて……絶対に、ないのよ」

「考え方一つで変わることもある、か。忘れて久しいことではあるけれども──あの子に対しての接し方もそろそろ考えなきゃダメなのかもね」

「……偉そうに言って悪かったわね」

「気にしなさんな。貴女に殊勝な態度は似合わないよ」

「……蓮子、よ」

今更ながら、名前を告げる
永遠に幼い紅い悪魔に

それは、彼女の在り方に敬意を表して
全てを識って、それでも──誰かを大切に思えるその気持ちに

「蓮子か、良い名前だね。──私も告げるべきなんだろうけども、本来悪魔は契約の時にしか告げないものなんだ」

そんな話は、聞いたことがある
真名を告げることにより、交わされる盟約
私は彼女とそんなものは結ばない──

「でもそうだね、今夜はこんなにも綺麗な月と素敵な来訪者が来てくれているんだ。──蓮子の願いを叶えてあげるよ」

そう笑いながら言われる

急にそんなことを言われても……と、戸惑ってしまう
願い事なんて……それに悪魔に安易に願っていいのかしら?

「この紅い月とスカーレットの名の下に誓って叶えよう。──なんでも、願うといいさ」

ニヤニヤと机に腕を組み笑いながら言う、紅い悪魔
その彼女に私が願うことは──



「──あら、もういいのね」

その声に顔を上げると、彼女の傍らには一匹の蝙蝠
寄り添う様に彼女の周りを親しげに飛んでいた
気付けば、背後の扉も開いてメイドが佇んでいた

「どうやらレミィも、終わったみたいね。心配でしょう? 行ってあげなさい」

「判りました、ありがとうございます」

「別に礼を言われる様なことはしてないわよ。──でもそうね、最後に一つだけ」

そう言って手元にある栞に何か書いて手渡される
受け取ってみるが、生憎と何が書いてあるかは判らなかった

「御守りみたいなものよ。それがあれば明日ここから出た後、元の場所へ帰れるはずよ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にしないで。久々のまともな人間と話せて楽しかったのは私もだから。
   ──大事な存在が居るならば、いつまでも傍に居てあげなさい。失ってからでは、遅いのだから」

「はい、肝に命じます──また、逢えるでしょうか?」

思わず聞いてしまう
本来ならば有り得ないはずだった縁
それはここで終わり、二度と交わらないはずだ
それでもいつかまた、と願ってしまう

不思議を求める、秘封倶楽部として
同好の志と言ってくれた、彼女に対して

「さぁ、どうかしらね。観えない私には判らないわ。──でも、貴方が巡り合いを探し続けるのなら、可能性は0ではないと思うわよ」

そうして笑い、本へと視線を戻す
その姿に一礼をして、急いで扉へと向かう
今、何よりも心配な蓮子の元へ──



「あんなことを言うなんて、私も歳を取ったのかしら?」

「パチュリーなんて、私より全然年下じゃない」

蔵書の奥の暗闇から──声が響く
ずっと閉じ込められていた、まだ何も知らない少女の声が

「それでも、妹様よりは色々と知っているわよ?」

ずっとこちらを観ていたのは知っていた
姿を現さなかったのは、きっと初めてみる人間の男が怖かったのだろう
その外見通りの臆病さが少し可笑しい
その気になれば──私も含め──一瞬で灰に出来るというのに

「……何がおかしいのよ」

「知らないということ、知っているということ。──どちらも面白いことだと思っただけよ」

「……パチュリーの言っていることは、良く判らないわ」

「貴女はそのままでいいのよ、今はまだ……ね」

そうして興味を無くしたのか、気配は消え失せた
そう、彼女を解放するのは私の役目ではない
家族の問題は、家族で解決しなければいけないのだから

「──少し、新しい風が入ってくれるといいんだけどね」

彼と彼女──
本来巡り合うはずのなかったその存在

それがこの館に少しの変化を起こすことを願いながら、また私の世界へと没頭していった──



「──失礼します」

部屋の前へと立ち、ノックをする
やはり、少し緊張してしまう

「──あぁ、お待たせ。どうぞ、入りなさいな」

中から響いたその言葉に剣呑な響きが混じっていなくて安堵する
そうして、扉を開くと──

「──さて、コイツをどうにかしてもらおうか?」

「……何があったか判りませんが、とりあえずゴメンナサイ」

散乱され、転がったビンとその中の一本を抱きしめながら眠りこけている蓮子の姿だった



「はれ……○○……? ちょっと、足りないわよお替わり~!」

「なんでそんな酔っぱらってんだお前は……」

あの後、土下座する勢いで謝る自分に、館の主は腹を抱えて大笑いしていた
そうして、そのままだと邪魔だし風邪を引くからと言って、メイドに運ばせようとしたがそれは誠心誠意お断りして部屋へと担ぎ込んだ

──意外と軽くて細いその身体に、少し戸惑いもしたが

そうしてベットへと放り投げる
むぎゃ、という潰れた声が響くが気にしないことにする

「うぁ~~……世界が回るぅ~~……」

どれだけ空けたのか……
酒豪なのは知っていたが、それでも二人で飲める量ではなかったのは確かだ

「ほら、水貰っておいたから飲め」

「うーん……」

少し寝させておかないとダメかな……
そんなことを考えていると──

「──飲ませて?」

そんなことを上気した上目づかいで言われて、思わずグラスを落としそうになってしまう

「な、何言ってんだよっ……」

「立てないのよぅ~~……。──ね、お願い?」

ワインの甘い匂いが鼻腔をくすぐる
それはこの場所の様な魔性の香りで抗う術なんて持ち合わせてなくて──

「──素面に戻った時に殴るなよ?」

「──えへへ、ありがとっ」

震える手をしっかりと押さえながら、グラスを口元へと差し出す
こちらの手を取りながら、両手でコクリと飲む蓮子
その悩めかしく動いた喉をしっかりと──見てしまった

「……あんまり、勢いよく飲むなよ」

「その時は、ちゃんと拭き取ってね」

目線を逸らす
今まで女性に飲ませるという経験をしたことがなかったのもあるし
……相手は、蓮子なのだ
大切な、仲間なのだ

だから、こんな風に艶めかしい仕草を見たこともなかったし
──そんな一面がある、なんてことも知らなかった

「──ねぇ、○○?」

「……な、なんだ?」

落ち着かない気持ちが言葉に伝わって思わず口ごもってしまう
そんなこちらにはお構いなしの蓮子は、とても幸せな表情をしていて

「──付き合ってくれないかしら?」

そんな、思いもしなかった言葉を──言われた



「──なるほどね、それが貴女の、蓮子の願いなのね?」

「子供っぽ過ぎると笑うかしら?」

「まさか。悩みなんてものは誰しも持っているものさ。そしてそれがどれだけ大きいものなのかなんて──当人にしか測れないものだよ」

そう言って笑う彼女に釣られて、私も笑う
彼女なら、笑い飛ばさず聞いてくれる
短い会話ではあったけれども、それだけは確かなものだと感じられた

「そうね……実際、私がその願いを叶えるのは簡単。その運命を手繰り寄せればいいのだから」

「有難い申し出だけど──」

「えぇ、判っているわ。──貴女が、それを願わないことぐらい」

理解が早くて助かる
彼女が言う通り、悩みなんてものは当人が抱えて──当人が解決しなければいけないものなのだ

それは、例えば恋の悩みだったり
それは、例えば家族との接し方だったり

誰かに相談するのはいい、だけれども最後は自分自身で解決しなければ……それはいつか後悔となりえる

「でも、手助けくらいはさせて頂戴。──御節介焼きなのは、アイツだけじゃないのだから」

「悪魔の口添えをもらえるなんて身に余る光栄なのかしらね」

「えぇ、人の身では過ぎたことね。でも、友の助けになりたいと思う気持ちに、種族は関係ないさ」

そうして、彼女から指輪を手渡される
それは私なんかでも理解出来る程に立派な、それでも派手になり過ぎない装飾の品だった

「──これは?」

「私と貴女の運命を紡ぐモノ。──それを持っていれば、貴女に勇気が足りない時に力を貸してあげるわよ」

「私から渡せるモノなんてないのにいいのかしら?」

「貴女からは、退屈を埋めてもらったからね。永く生きている者にとっては何よりもの対価さ」

そう言って笑う彼女
その言葉の裏にある意味も判る

退屈──停滞を埋めて変化させた
それは観えている運命が変わったということなんだろう
それが、彼女達にとって良い方向に向くことを祈りながら、遂に酔いに耐えきれなくなって意識を手放した──



そうして、目を覚ます
隣には、寝転んでいる彼
ズキズキと痛む頭を落ち着かせようと傍らにあった水差しから水を飲む

そうして落ち着いて、なんでこんな所で寝ていたのかを思い出す

「あの後……憶えてないわね、意識飛ばしちゃったのかしら」

それなりに強いのは自覚しているが、さすがに二人で飲むには過ぎた量だったと今では思う
その量を思い出そうと思って──止めておいた
何より楽しかったあの語らいを汚してしまいそうで
それと──

「──幸せそうに、眠りこけちゃって」

隣で幸せそうに眠る、彼の表情を見たから

そのまま起きるまで見ていても良かったが、少し悪戯心が沸いた

「いい夢観てるんだろうなぁ……」

そうして、眠る彼へと顔を近付ける
御伽噺は、逆だった気がしたけども──

「勇気のない私には──これが精一杯なのよ」

そうして、彼の額へと口づけをする
少しの勇気と──ありったけの想いを込めて

今はまだ、変わることが怖い
それでも、彼女の様にいつかは勇気を込めて──

そうして、まだ起きない彼に寄り添う様に横になる
起きたらどんな表情を見せてくれるんだろうか──そんなことを考えながら、私も夢へと落ちていった



「……どうしてこうなってるんだっけか」

目覚めてすぐ感じたのは、自分ではない誰かの温もり
それを離したくなくて抱き寄せて──身じろぎする蓮子に気付いた

慌てて飛び起きて、未だに眠っている彼女に安心する
そうして落ち着く為に水を飲んで、昨夜の夜の事を思い出す

彼女を主の部屋から運んで、横にさせて
それからのことが──よく憶えていない
何か……大事なことを言われた気がするんだけれども、霞がかった記憶は朧げなままだ

「……覚えてないだろうけども、起きたら聞いてみるか」

大切なその言葉は、いつか彼女自身から
そんなことを、幸せそうに眠る彼女を撫でながら思った



「本当に、御世話になりました」

「構わないさ。館の主として当然のことをしたまでよ」

館の門の前で、そう蓮子と二人声を掛ける
一夜を過ごさせてもらった上に見送りまでしてもらっているのだ
どれだけ感謝してもしたりなかった

……悪魔に感謝する、というのも変な話ではあるのだが

「また来ることがあるのなら、お勧めの本でも持参してもらえるとありがたいわね」

「はい、その時があれば是非とも」

魔女にお勧め出来る本があるかどうかは判らないですが──そんな風に笑う

なんせ、彼女の蔵書に無い本があるかどうかさえ判らないぐらいなのだ
それでもいつかまた巡り会わせが、縁が繋がることを願って──

そうして、館を後にする
振り返ると当たり前の様に──後ろには森が広がっているだけだった

「一夜の夢……だった、のかな」

「狐に摘ままれた、ってのも夢がある話だけどね」

それでも、確かにあの巡り会わせはあった
消えずに残っている胸の栞の感触を確かめてそう思う

いつかまた巡り合う時が来るのなら──

「今度は──こっちに招待したいな」

「そうね、メリーも一緒に。皆で」

そう言って笑いあう
不思議は暴けなかったけれども
確かに残った縁はある
その縁がいつかまた繋がることを願って──



「私がせっせと勉学に励んでいる間に、そんな面白そうな体験を二人でしてたわけね」

そう不機嫌そうに頬を膨らませてメリーが言う

実際、励んでいたのかは知らないが

我が家に三人揃うのも、大分久々の気がする
やっぱり、三人居てこそなのだと不思議な安堵感が胸に広がる

「えぇ、とても有意義な体験だったわよ。私の目も今では無事、絶好調だしね」

「それなら良かったわ、気持ち悪い目を持っていない蓮子なんて逆に不気味よ」

「──ねぇ、メリー。もし……もしもよ? 私が、ずっとこの目を無くしたら──」

「──まぁ例え持っていなくたって、不思議を探し続けるんでしょう? しょうがないから付き合うわよ──ねぇ?」

「当たり前の話だな」

メリーに話題を振られて、当然頷く
そう、当たり前なのだ
例え俺達の誰かがその目を失ったって──俺達は秘封倶楽部なのだから
観えなくなったのなら、また観えるまで探すだけだ

「……なんか、一人で悩んで馬鹿みたいね、私。……ありがと」

ボソリと小さく呟いた蓮子の言葉は、二人で聞こえない振りをしておいた

「それで、私にも見せてくれないかしら? その『三つ』の想いでの品を」

そうメリーが言うが……三つ?
自分の栞と、蓮子の指輪の二つじゃないのか……? と不思議に思っていると、蓮子が少し顔を赤くしていた

「……私のは、さっき来る前に見せたじゃない」

「えぇ、でも改めて見たいのよ。──初めてのプレゼントをね」

幽雅に──けれど意地悪く言うメリー
プレゼント……プレゼント……

「──あぁ、あれか。あんなもんで悪いと思ったんだけども……もしかしてまだ持ってるのか?」

恐らくは、あの貝殻だろう
砂浜で見つけた、綺麗な形だったのを憶えている

「……はぁ。捨てるわけ……ないでしょうに」

「まぁ確かに。結構綺麗な貝殻だったからな」

「……思ったより強敵みたいね、蓮子?」

「……煩いわよメリー」

憮然として不機嫌そうにする蓮子
そんな値打ちのありそうなもんだろうか……あれ

「まぁいいわ。それで、見せてもらっていいかしら?」

「判ったわ、ちょっと待ってね……」

そうして、それをテーブルに置く
──紅く彩られた、満月の様に丸い貝殻を

「……こんな色合いだったっけ?」

「……見た時は、紫色の貝殻だったわね。ついでに言うと、こんな石みたく丸くはなかったわ」

そう言って二人笑いあう
きっと、これがあの不思議な体験と出逢わせてくれたのだろう

──あの、紅い月の様な悪魔と、本の海に住み着く魔女との縁を

一人理解出来ずに居るメリーが立ち上がる
それを横目で見て、彼女の表情から理解する
どうやら蓮子も同じ気持ちだった様で──

「二人だけずるいわ──今度は、三人で観るわよ」

その言葉にニヤつく顔を隠し切れないまま立ち上がる

そう、短い人の身では時間は待ってはくれない
先の事なんて判らない
決まっているかもしれない運命なんて笑い飛ばしていく

──次の不思議を探しに行こう



夢を観た
大事な大事な──想いを伝えた夢を

でもそれは夢だ
現の私ではない
それに彼がなんて答えたかは憶えていない

それで良い

幻想の存在ではなく、イマを生きる私は
私の意志のままに
後悔をしない様に

それでも、迷った時は誰かの力を借りながら──いつかこの想いを伝えるのだ
その時を夢観ながら
私は私の日常へと戻っていく──

いつかきっとまた──
そう、想いながら──



──お話をしましょうか

大事な大事な親友の
少しばかりの勇気を込めた
大切な家族と仲直りする為のお話を

それは決して起こりえないはずだったこと
運命として、定められていたこと

──それを変えたのは、一人の女の子

彼女の悩みを一緒に悩み
そして、背中を押した少女

それは例えば水面に落ちた小石の様に小さな波紋
けれど、永く生きてきた彼女達にとっては古びた時計を動かす様なとても大きな切っ掛け

それはある意味奇蹟の様なことで──
それもまた──一つの縁なのだろう

──フラン? 少しお話したいのだけれど

──あら、珍しいわね。お姉様がこんな地下深くになんて
──何の御用かしら?

──貴女のこと、私のこと
──それに一人の女の子についてのお話をしたいの

──少しの間だけ、付き合ってちょうだい

その先に在る運命が、どの様なものなのかは……観えない私には判らない
それでもこの海の中で願いましょう

──願わくば、友とその家族に幸あらんことを──

そうして私はまた、世界へと落ちていく
いつかまた
巡り合ったその時に
二人の笑顔を観れる様にと願いながら──


うpろだ0045,0048
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最終更新:2013年11月23日 00:32