霊夢28



霊夢悲恋救済ルート(うpろだ1318、1323、1331)


「貴女のことが好きです」
 唐突に僕が放った言葉に、困惑する霊夢。
 本当はもの凄い心臓の鼓動が激しくて、声なんて絞り出せない位の緊張だった。
 でも、僕は今この瞬間、自分の気持ちを相手に伝えた。

『本当に好きだったら簡単に諦めたりするな!』

 魔理沙の言葉を信じて──
 廃屋の中が、暫く沈黙で包まれる。まるで、どこかの奇術師が時間を止めているかのようだった。
「……」
 困惑する霊夢。何か言いたそうだが、言葉が出てこないようだ。
 瞬間、バッと、霊夢はその場から消え入るように立ち去ってしまった。

「やっぱり、無理だったか……」
 天井を仰ぐ。少し湿り気のあるそれは、今にも水が滴りそうなしみができている。
「そりゃあ、無理に、決まってる、か……」
 まただ。また少しずつ悲しみが、心の底から込み上げる。悲しみはやがて、涙に変わり、僕の頬を伝っていく。
「くっ……う……うぅ……」
 声にならない声が漏れていく。仕方がないことだとわかっているのに、なぜ、僕は──
「ちくしょう……」

『貴女のことが好きです』
 頭の中で、○○が放った言葉が響き続ける。
 本当に驚いた。まさか○○が私の事を好きだったなんて……。
 突然の告白に、霊夢は返す言葉が見つからず、そのまま逃げてしまった。
 今では後悔している。せめて何か一言、言ってあげるべきだったのに。
「でも、どうして……」
 ふと顔を上げると、目の前には●●が立っていた。霊夢を見つけると、笑顔でこっちに向かってくる。
「よっ! 霊夢! どうしたんだそんな顔して?」
「えっ、あ……いや、何でも、ないわ……」
「そうか、ならよかった。今日の夜さ、一緒に飯、食べようよ!」
「え……」
「ん? なんだ? 用事でもあるの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……うん、いいわ。ご一緒しましょ」
 この状況で、突然食事を誘われた霊夢は、さらに困ってしまった。
 まあ、仕方ない。●●は何も知らないのだから。
 それに、気晴らしにもなるだろう。少しは忘れた方がいい。
「もちろん、おごるわよね?」
 いつもの笑顔を取り戻し、●●に問いかける。
「うん! もちろんさ!」

 空が赤く染まり始めた。もうじき、日は落ちて、妖怪の時間が始まる。
 僕はまだ廃屋の中で寝転がっていた。何も考えず、ただ延々と天井を見ているだけだった。
「……○○?」
 外から、小さな声がした。
「○○、いるのか?」
 魔理沙だ。心配して、ここまで来たのだろうか。もしくは偶然か。
「やっぱり、ここにいたんだな……」
 中へ入ってくる。僕は起き上がりもせず、ぼーっと、魔理沙を見つめていた。
 魔理沙は座って、外の夕焼けを見ながら、口を開く。
「駄目、だったのか……?」
「……うん」
「そうか……」
 そう言い終えると、魔理沙は黙り込んだ。

 再び、沈黙が訪れる。

「……あ、あああのさ、今日魔法の森ですげぇキノコ採ったんだぜ? 
 この世のものとは思えないような色しててさ、
 もう毒ってレベルじゃなかったぜあれは。オーラのようなものを感じたよ。うんうん。
 今度、アリスに食べさせてやろうかなーなんてな」
 あまり頭に入ってこなかった。いつもなら、「そりゃ凄いな。見せてくれよ」とか、乗っていくのに、無論、そんな気分にはなれなかった。
「え、えーとそれから、紅魔館から新しい魔導書も借りてきた。借りただけだぜ。
 結構よさそうな魔法書いてあったから、今度使ってみようかなぁとか……」
 必死で魔理沙は僕を慰めているようだったけど、僕にはほとんど届かなかった。
 本当は笑いたいけれど、僕の中の別の感情が、それを抑え込んだ。

 ガタン!! 魔理沙がものすごい勢いで立ち上がった。床がうるさい位に軋んだ。
 ガバっと振り向いて、魔理沙は僕の肩をつかみ、無理矢理起こし上げた。
「お前……本当にこれでいいのかよ!?」
 あまりにも魔理沙が怒りに震えていたので、僕も少し意識を取り戻す。
「本当は何か、未練があるんじゃないのか!? このままお前は、霊夢の気持ちを伝えずに終わるのか!?」
 肩にある手に、力がこもっていく。女とはいえ、その力は男子顔負けだった。
「……気持ちは、伝えたよ」
 それは本当だった。いいたいことは出し切ったはずだった。
 でも……。魔理沙の言うとおり、僅かに未練は、あるかもしれない。
「もう、済んだことなんだ……。 もう終わったんだよ……何もかも全──」
 バシッ!! 顔に凄い衝撃が走る。はたかれた。魔理沙が手を離したので、床にドスっと倒れこむ形となった。
「ふざけるなよ……。 立ち直ったかと思いきや、家にはいないし、里中探してもいない、
 もしかしてと思って来てみたら案の定、現にお前は今こうやってぼーっとして……。 何なんだよ……」
 怒りをあらわにしていた魔理沙の声は、弱くなり、遂には眼から涙をこぼし始めた。
「立ち直るだって……? こんな短時間で、人の心が元に戻ると思うかよ!? 君には僕の気持ちがわからないのか?
 僕がどれだけ重症なのかも、わからないのか!!」
 反論する僕は、非常に惨めだった。魔理沙が言ってる事を受け入れようとしない、誰の発言も皆間違っている──
 そんな気持ちが、頭の中でごちゃごちゃと駆け回っている。
「……もう、いいぜ……。 お前は結局、このまま終わるん、だな……」
 魔理沙が僕に背を向ける。
「私はもう帰るぜ……。 夜にならないうちに○○も帰ったほうがいい……夜は危険だからな……」
「あ、うん……。 わかった、よ」
「最後に、これだけは言っておくぜ……」
「…?」
「私は……私はまだ、諦めてないからな!!」
 そう叫ぶと魔理沙は、箒に跨って、どこかへ猛スピードで飛んでいってしまった。

 三度、沈黙が訪れた。



───────

 ここは、人里にある和食の食堂。
 食堂という程高級でもなく、居酒屋などというほど、大人の居場所ではない。
 つまりは、一般的な食堂というべきか。
 テーブルを挟んで、向かい合って食事をする一人の青年と、一人の少女。
 一方が話を投げかけては、もう一方が受け答えての、ちぐはぐした会話が繰り返される。
「神社空けちゃって大丈夫なのか?」
 青年の方が、口を開いた。
「平気よ。お賽銭は多分入ってないし、変な奴は萃香あたりが追い出してくれると思うし」
「そうか、なら良いんだけど……」
 再び黙り込む●●と霊夢。ここに入ってから、かれこれ30分が経過しただろうか。
 ふと、隣のテーブルにいる客が去っていったのを見計らって、●●が、待っていたかのように切り出した。
「で……したの? 告白……」
「え……ううん、まだ……」
「そうか……。」
 どういうことか。霊夢と●●は既に付き合っているはず。なのに、霊夢には告白すべき人がいる。

 実は、かなり前に、こんな出来事があった。

『……●●さん?』
『……霊夢さん……? どうしたの? こんな所まで……』
『急にお邪魔しちゃってごめんなさい。実は、ちょっと相談したい事があって……』
 ある日霊夢は、●●の家まで訪ねに来ていた。急な客に驚く●●。
『へぇ、珍しいね。僕でよかったら聞くよ』
『そうかしら……じゃあ、お願いします』
『気にしないでいいよ。さ、入って』
 霊夢を中に入れて、自室に案内する。
『相談っていうのはね……』
 俯き加減で、霊夢が話し始める。
『その……あなたの友達の○○さんのことなんだけど……』
『ん? ○○がどうかしたのか?』
『うん、実は、私ね……』
 そこまで言って霊夢は言葉に詰まってしまう。恥ずかしいのだろうか。
『どうした? 遠慮しないでいいよ?』
『う、うん……。でも……』
『あ、わかった! 君、もしかして、○○の事が……』
『っ……!!!』
 どきっとして、霊夢は顔が真っ赤になってしまった。
『な、なんで、言う前にわかったのよ……』
『丸見えだよ。喋り方も振舞いもバレバレだって。いや、別に僕にならバレてもいいんじゃ……』
『そ、そうだけど、そういうことは普通自分で言うものなのっ!』
 何かが吹っ切れたらしく、半パニック状態になる霊夢。
『まあまあ、落ち着いて。……それで、いつからなの?』
『うん……始めて会った時に少し気になってて……。だんだん話していくうちに……』
『そうかぁ……結構前からだったんだな……』
『そうなの……。でも、いきなり告白するのは嫌なの。少しずつ関係を深めたくて……』
『なるほどなぁ……。でも、僕は思い切って言った方が──』
『嫌よ! ばっさり振られたらどうするの!』
『えぇ……。それはないと思うんだけどなぁ……』
『何を言ったってそれは私には無理よ……。それでね、一つ、お願いがあるの……』
『ん? なんだ、さりげなく○○に聞いてみるとか?』
『そうじゃないの……。その、あなたには悪いんだけど……』
 また言葉に詰まってしまった。次が核心か。
『あなたと、付き合ってることにして欲しいの』
『……へ?』
 予想外だった。恐らくあの時は、眼が点になっていたに違いない。
『うん、つまりね……私が、あなたのことを好きってことにしておいて、私が○○さんに相談に行くの。
 それで、相手の事を伺うっていうか……』
『やめとけよ! 関係を深めるために嘘をつくなんて……。僕には、できないよ……』
 絶対に良くない。そんなことをしたら、幻想郷中に噂が広まるはずだ。
 確かに霊夢の事は嫌いではない。でも、自分には他に好きな人はいるし、やっぱり、悪い事な気がしてならない。
『それに……相手が勘違いしたらどうするんだ? ○○は結構素直だから、真に受けたりしたら大変だよ?』
『お願い! 責任は私が取るわ……だから、だからお願い……協力して……』
『う……うーん、仕方ない……頼むからあまり大きく広げないでくれよ……』
 霊夢が泣きそうになったので、引き受けざるを得なくなった。

 その後、霊夢は○○に相談に行き、そして僕と霊夢は、付き合うことになった。(嘘だが)
 霊夢に守るように言われたことは、以下のことだった。
 ・一緒にいるときは、ちゃんと付き合っているように振舞うこと。
 ・私が告白するまで、○○には何も話さないこと。
 ・呼ぶときには「さん」を付けない。
『酷い条件だな……特に3つ目が』
『こうでもしないと、ばれちゃうのよ』
『はぁ……あんまり乗らないなあ……』
 そして、今に至る。霊夢は未だ、告白することができない。

「早くしないとまずいよ。このまま僕らが付き合ってることが完璧に定着しちゃったら、
 後々厄介になるって……」
「うん……そうよね……」
 重い空気が生まれる。店の中の客も、知らぬ間に減っていっているようだった。
「今日ね、○○さんに会ったの」
「え? 会った?」
「そう、私とあの人が、初めて会った場所に居たわ。とある、廃屋の中」
「そ、それで……○○は何て……?」
「……」
 一度黙って、静かに深呼吸をする霊夢。流石に、長い時間ここにいるのは疲れたか。
「私の事が、好きだって」
「なっ……!!?」
「初めて会った時から、ずっと、好きだったって……」
「あ……あ……」
 僕は開いた口が塞がらない状態となった。案の定、両思いだったとは。今までの策略は、全部無駄だったのである。
「そ、そ、それで、君は何て返したんだ……」
 質問に対して、首を振る霊夢。
「ま、まさか……」
「うん……びっくりして、逃げてきちゃった……」
 瞬間、ガタンと、●●が立ち上がった。
「……行こう」
「え?」
「○○にちゃんと説明してあげるんだ。今からでも遅くない。○○の所に行くんだ!」
「で、でも……」
「早く!! もし本当に勘違いしていたら──」
 ●●は、無理矢理霊夢を連れて、店を出た。(お金はちゃんと払ったが)
 店の扉を開ける。丁度、入ろうとしていた客とぶつかりそうになった。
 二人は驚いた。その客が、意外な人だったことに。

 ここは空中。すっかり日は落ち、星が次々と散りばめられていく。
 箒に跨るのは、一人の普通の魔法使い。
「はぁ……ちょっときつく言い過ぎたかなあ……」
 魔理沙は考える。○○を酷く叱ったあとに、更に暴力も加えてしまった。(ビンタ一発ではあるが……)
「あいつ……ちゃんと帰っただろうか……」
 もし、あそこに居座ったまま、夜が来て、妖怪に襲われてしまったら──
「……ま、まあ、あいつのことだ。すぐに帰って、泣くなら家で泣いているかもな」
 腹も空いてきた。家まではまだ遠い。里で食事を摂ってしまおう。
 魔理沙は、人里へ降下し、いつも行く和食の食堂へと足を運ぶ。
 店の扉を開けた瞬間、丁度、店から出る客とぶつかりそうになった。
「おっと、悪い──」
 魔理沙は驚いた。その客が、意外な人だったことに。

「っ……!」
 魔理沙だった。相手も、自分達と同じような驚いた顔をしている。
 霊夢は忘れていた。魔理沙が、ここの店の常連客だったことに。
 普段は、家で食事を摂る魔理沙だが、気分で、ふらふらとやってきたり、腹が減ってしょうがない時なんかには、よくここに来る。
「魔理沙……」
 霊夢が名前を呼ぶ。表情を無にして、下を向く魔理沙。そして、その真ん中で、少し慌てた顔をした●●。
「魔理沙、これは──」
「お前達、楽しそうで何よりだぜ──」
 それだけ言って、魔理沙は走り去ってしまった。
「魔理沙! 違うの! 話を聞いて!」
 魔理沙の背中を目で追いながら、叫ぶ霊夢。だが、もう聞こえないようだった。
「魔理沙……」
 胸の中でつかえるものが、また一つできてしまった。
「……霊夢、わかるか?」
 ●●が、霊夢に優しく声を掛ける。
「こうしている間にも、誤解は色んなところで生まれてる……。最初から、こんな事はするべきじゃなかったんだ」
「……」
 霊夢は気付いていた。魔理沙が密かに○○を慰めに行っていることも。そして、○○がショックで立ち直れていないことも。
「私……こんなはずじゃ、なかったのに……」
「うん……悔やむのは、後にした方がいい。今は、○○に全部打ち明けることが優先だと思うんだ」
「……そうね、行きましょう──」
 二人は先を急ぐ。○○の住む場所へ。

 ○○の家までは、距離はそこまで遠くなかった。
 ドアをノックする。家の電気がついていない。寝ているのだろうか。
「○○さん! 私!」
 返事がない。だが、ドアの鍵は開いている。
 入ってみる。物音一つ聞こえない。
 ふと、下を見てみる。

 靴が、ない。

「まさか……まだあそこに……!!!」
 二人は家を飛び出す。
「あなたはここで待ってて!」
 ●●に待機の指示を出す霊夢。
「お、おぅ! 気をつけて!」
 一つ頷くと、霊夢は空を飛び始める。全速力。目指すは廃屋。
「お願い……間に合って──」

 魔理沙は自宅に戻っていた。ベッドに寝そべって、天井を仰ぐ。
(やっぱり、仕方ない事、だよな……)
 ○○には無理を言い過ぎてしまった。自分のせいで、余計に複雑な気持ちになってしまったかもしれない。
(とりあえず、さっきの事だけでも謝りに行かないとな……)
 なんだか、空腹などどうでもよくなってしまった。今夜は断食か。
 魔理沙は再び箒に跨る。目指すは○○の住む場所へ。

 ○○の家までは、距離はなかなかあった。。
 ドアをノックする。家の電気がついていない。寝ているのだろうか。
「○○! 私だ!」
 返事がない。だが、ドアの鍵は開いている。
 入ってみる。物音一つ聞こえない。
 ふと、下を見てみる。

 靴が、ない。

「あいつ……もしや……!!!」
 魔理沙は家を飛び出す。もう一度箒に跨る。全速力。目指すは廃屋。
「死ぬにはまだ早いぜ……待ってろよ○○!!」



───────

 気付いた時にはもう夜になっていた。
 僕はまだ廃屋の中にいる。何も考えずボーっとしていたらしい。
『私はまだ、諦めてないからな!!』
 魔理沙のあの言葉。あれはどういう意味だったのだろう。
 まだ僕の為に頑張ってくれているのだろうか。今頃どこにいるだろう。
「あれ……夜って……」
 夜は危険だ。妖怪が自分の住処から溢れ出し、里外をふらつく人間に喰らいついていく。
「やっべ! 早く戻らないと──」
 僕は廃屋から飛び出す。だが、遅かったようだ。
「げっ……!」
 案の定、妖怪が現れてしまった。狼のような体をしたそれは、人間のにおいを嗅ぎつけ、ここまで来たのだろう。
 息を荒げて、こちらの様子を伺っている。
(まずい……!)
 妖怪が襲い掛かってきた。人間とは桁違いの速さで、一気に距離を詰める。
「うわっ!!」
 咄嗟に身を、かわしきれない。妖怪の頭部が、自分の腹に直撃した。
 そのまま、2,3m吹っ飛ぶ。地面に体を打ち付けられる。
「ぐ……」
 仰向けのまま、顔だけ上げようとしたが、妖怪の突進が更に襲い掛かってくる。
「がはっ……!」
 追加で2,3m吹っ飛んだ。少量の吐血。
 更に妖怪の攻撃が来る。爪を立て、自分の腕を引っ掻く。出血。
 意識が遠のいてきた。抵抗する以前に、体が動かない。
「う……」
 妖怪は、僕の体に身を乗り上げ、僕のことを見ている。いよいよ、食事の時間といったところか。
(……まあ……死んだ方がマシかもな……)
 こんな人生を送っていても、意味がない。どうせなら、何も考えずにこの世からいなくなったほうがまだ楽だ。
 妖怪の顔が近づいてくる。
「さよなら……」
 目を瞑る。もう何も未練はない。
 妖怪の口が、開かれた。

 全速力で、空を駆ける。廃屋はもうすぐだ。
「あっ!?」
 廃屋の近くで、何かがうごめいている。妖怪だ。狼のような体をしたそれは、何かの上に身を乗り出している。
 乗り上げられているのは、人間だった。
 そして同時に、よく知っている人間である事でもあった。
「やめてぇっ!!!」
 霊夢は叫びながら、アミュレットを妖怪めがけて発射した。

 全速力で、空を駆ける。自慢のスピードを生かし、一心に目的地を目指す。廃屋が見えてきた。
「あっ!?」
 廃屋の近くで、何かがうごめいている。妖怪だ。狼のような体をしたそれは、何かの上に身を乗り出している。
 乗り上げられているのは、人間だった。
 そして同時に、よく知っている人間である事でもあった。
「やめろぉっ!!!」
 魔理沙は叫びながら、レーザーを妖怪めがけて発射した。

 妖怪の口が、開かれたと同時に、目を閉じていてもわかるくらい、眩しい光が、よぎった。
「……?」
 意識は朦朧としていたものの、その光ははっきりとわかるものだった。
 妖怪が変な叫びをあげ、僕の横に倒れこんでしまった。
「一体何が……」
 考えようとしたが、体力にも限界が来ていた。
 僕の意識は、そこでなくなった。

「○○さん!」
 妖怪は、霊夢のアミュレットによって倒れた。
 発射と同時に、レーザーのようなものが見えたが、気にしている暇がなかった。
 ○○のもとへ駆け寄る。呼吸はしているが、意識がないようだ。
「○○さん! 起きて!」
 揺り起こそうとするが、返事がなかなか返ってこない。
「お願い! 起きて! ○○さん……!」
 必死で名前を呼んだ。回数が増える度、喉につかえる感情が込み上げてくる。
 もし、手遅れだったら──
「目を覚まして……!」
 少し、○○の体が動いた気がした。
「う……ん……」
 ○○が目を覚ました。
「っ……! ○○さん!!」
「あ……博、麗、さん……?」
 ○○は、弱々しい声で、私の名前を呼んだ。
「よかった……間に合った……」
 安堵感が最高潮に達して、目から涙が一気にこぼれ始める。
「どうして……ここに……」
「決まってるでしょう……妖怪退治は、巫女の仕事なの……」
「そう、か……わざわざ、ありがとう……」
「何言ってるのよ! あなたは、死ぬにはまだ早いでしょう……」
「うん……とにかく、ありがとう……」
 ○○は、囁くような小さい声で、私に礼を言った。
「お礼なんて……いらないわよ……」
 しばらくの沈黙。○○は、半開きの目で、夜空を見ている。
「○○さん」
「ん……?」
「実は、あなたに言わなきゃいけないことがあるの……」
「え……?」
「こんな状況だけど、聞いてくれるかしら?」
 いよいよ、私の真意を伝えるときが来た。

「その……本当はね……」
「……」
「あなたのことが、好き」
「……!!」
「●●、いいえ、●●さんと付き合ったのは、あなたの様子を伺う為、
 私が相談したのも、●●さんに宴会で叫ばせたのも、全部、あなたの為だったの……」
「そんな……」
「でも、それは間違っていることに気付いた……。あなた、ショックだったでしょう?
 私がやったことは、逆にあなたを傷付けってしまった……本当に、ごめんなさい……」
「……」
「おまけに、あなたは私の事が好きだった……。ずっと、タイミングを伺っていて……」
「うん……君が相談に来た時、僕は君に告白しようとした……。でも、君は……」
 驚いた。あの時の相談は全てハッタリだったとは。すれ違いだ。
「そう、あれも嘘……全部私の、無駄な作戦……」
「……そうだったなんて……」
「そして今日、あなたに告白された時は、その、凄いびっくりしちゃって……知らなかったの……
 あなたがまさか、私を好きだったなんて……その……それも、ごめんなさい……」
「……」
 一方的に謝る霊夢。それでも僕は、ほとんど何も言わず、彼女の話を聞いてあげた。
「もう、落ち込むことはないの……だから……お願いだから……もう自分から死のうとか、思わないで……!!」
 霊夢から放たれた言葉は、相当重いものだった。泣いていて、力の入った声は出ていないけれど、それでも、
 心に突き刺さる一言だった。
「私……あなたが死んじゃったらどうしようって……心配で……」
「博麗、さん……」
「ごめんなさい……今まで本当に、ごめんなさい……」
 ここまで必死に謝って、泣いている霊夢を見るのは初めてだった。本来なら強気で、のんびりやの霊夢であったが、
 今は感情の糸が切れたせいか、涙は止まらず、頬を流れ落ちていく。
「博麗さん」
 今度は、僕がちゃんと、思いを伝えなきゃいけない。
「その……前にも言った通り、僕は、あなたの事が、好きです……
 こんな僕で、よろしければ……」
「……あなたは、私を……嘘をついた私を、許してくれるの……?」
 今までいろんな事があった。辛いことも、泣きたくなるようなこともあった。けれど──
「昔の事は、気にしないです……」
 終わりよければ全てよし、なのだから──
「……ありがとう………」
「はい……」

 木陰で、魔理沙は全部の話を聞いた。
 これで、全てが解決した。
「まさか、こんな展開になるとは……流石の私も、びっくりだぜ」
 独り言。ここで出てきてしまうのは、明らかに場の空気を読めていないと思った。
「とにかく、おめでとう……○○……」
 魔理沙は再び、箒に跨り、二人に見つからないよう、静かに去っていった。

 ○○の家の前に突っ立っている●●には、廃屋の建つ場所から、光が見えた。
「間に合った、か……」
 ホッと、胸を撫で下ろす。
「よかったな……○○……」
「あれー?●●ー?」
 ふと、里の住民が●●に話しかけてきた。
「いつも一緒にいる可愛い子はいないのかぁ?」
 ああそうか。里の人はまだ、本当のことを知らない。
 ●●はニヤリとすると、全てを話し始めた。
「ああ、あれは実は──」

──ある日の博麗神社。
「両腕の複雑骨折と多量出血。あばら骨にもヒビ。頭も打ったが、脳に異常はないらしい」
「そう。わざわざご苦労様ね」
 里の病院で治療を受け、退院した僕は、自分の足で神社まで来ていた。両腕は利かないが、歩く事はできる。
「完治まではどのくらいかしら?」
 霊夢は、神社周辺の掃き掃除をしていた。しかし、箒はもう飾りそのものだ。手が動いていない。
「うーん……3ヶ月……ぐらい?」
「へぇ……腕、痛いの?」
「うーん……動かしたりぶつかったりすると危ないかなぁ……」
「そう……じゃあ」
 霊夢が箒を置いた。こっちに歩いてくる。

 そのまま霊夢は、
 僕に抱きついてきた。

「おわっ!?」
「これで、痛いかしら?」
「ん……割と、大丈夫、かも……」
「なぁんだ……じゃあ、もう少し」
 ぎゅーっと腕に力を入れる霊夢。
「……大好き」
 霊夢が言った。
「ああ……僕もだ……霊夢さん」
 そのあとも、「霊夢でいいって言ってるでしょ」だとか、「やっぱり、痛いです……」だとか、
 僕と霊夢は、抱き合ったまま暫く会話を続けた。

 晴れた幻想郷の午前。空は蒼く、雲はいつものように流れている。

 まるで、「昔の事は、気にしないです……」とでも言っているかのように。



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最終更新:2010年05月14日 01:09