霊夢32



新ろだ467


 春が来て毎年おなじみの花見と称した宴会が神社で開かれた。
 どんちゃん騒ぎが好きな住人たちの集まりなので初めはみな気づくことがなかった。
 しかし毎晩宴会が開かれればさすがに異変に気づく者も出てきた。
 最初異変を感じ取ったのは誰であろう? 前にも似たようなことがあったが今回もまたあの鬼の仕業かと思いきや、そうではないらしい。
 むしろ彼女は被害者だと言う。ある意味協力させられているのだから。その主犯は……



 今日も今日とて夜桜を肴に宴会が行われていた。騒ぎの中心から少し離れたところに手酌でちびちびと酒を飲む○○が居た。
 桜の花びらが杯に落ち、それを夜空の月と共に杯の酒の水面に浮かべるとくいっと杯を煽り、ふぅと息をつくとそこに魔理沙が近づいた。

「よぉ、飲んでるか?」
「あぁ、飲んでるよ。というかお前らのペースにつき合わせるな」

 傍にどっかりと腰を下ろすと勝手に一升瓶から自分の杯に酒を注ぎ飲み始める魔理沙。

「勝手に飲むなよ」
「いいじゃないか、ケチケチするな。で、お前はもう気づいてるか? この異変に」
「まぁね、流石に連日宴会ってのはおかしいと思う。いくらみんなが騒ぐのが好きだといってもな」
「前にも似たようなことがあってな。萃香に問いただしたんだが『私はなにも悪くないよー』うおっ!?」

 急に話に割り込まれたので二人は驚くが当事者はどこ吹く風で魔理沙と同じく○○の酒を勝手に飲む。

「あぁっ! 待て萃香! それはまだ私が飲むんだ!」
「ふふ~ん、待たないよ。これは私が貰う~」
「お前らいい加減にしろ。これは俺のだ」

 萃香から一升瓶を取り上げ誰にも取られぬよう抱え込むと先ほどの続きと言わんばかりにジト目で萃香に視線を向ける。

「さっきの話の続きだ。何で萃香は悪くないんだ? 前同じようなことをしたって聞いてるからまたお前の仕業じゃないのかって思っていたんだが」
「ん~、共犯ではあるけれど何故こんなことをしているのか、犯人は分かっていないのさ」
「はぁ? なんだそりゃ、普通異変を起こすにはそれなりの理由があっただろ? 桜を咲かすためとか、信仰を増やすためとか」
「天子が起こした異変と似ているかもしれないね。あれは暇つぶしってとんでもない理由だったけど、こっちは何故起こしているのか、理由がつかない。自分でも整理ができていないんだよ」

 萃香は急に表情をニヤニヤ笑いに変えると呆けていた○○の額を指でツンと突いた。

「今回の異変を解決できるのは○○。アンタ一人だけ。魔法使いも巫女も、誰ひとり解決できはしない」
「はぁ? スペルカードはおろか、弾一つ撃てない俺が何ができるっていうのさ」
「今回の黒幕は霊夢だからさ。いじらしいねぇ、まったく。こんな手のかかることをしなくても口に出してしまえばいいのに」
「あーそうか。じゃ私はただ酒を飲んでいればいいのか。がんばれ○○、ゆっくり解決してくれ」

 首を傾げて考え込んだ○○から注意が逸れたことを察して魔理沙と萃香は一升瓶を奪う。
 ○○は視線を宴会の中心で大盃を飲み干して拍手喝采を受けている霊夢に注がれていた。

 ◆   ◆   ◆

 酔いつぶれたり、帰っていった者がいて今神社では○○一人だけが起きて酒を飲んでいた。
 胡坐をかいたその上に霊夢が頭を乗せてすぅすぅと寝息を立てて眠っている。
 あの後霊夢は何を言うわけでもなくずかずかとやってきて○○に抱きつき離れようとしなかった。
 はらはらと散り始めた桜を見ながら○○はぼんやりと考える。

 ――そういえば最近霊夢と話していないな。

 忙しさにかまけて神社にほとんど来ていなかったことを覚る。
 ほつれた髪を頬から取ってあげるとむぅと、うっとおしそうな声をあげ○○にすり寄ると大きく息を吸い込み幸せそうな表情を浮かべた。

「……そっか、そういうことか」

 何か納得いったのか○○は霊夢を抱きかかえて神社に入り、彼女を布団に寝かせると一人宴会の片付けを始めた。





 翌朝霊夢が目を覚ますと布団の中にいた。途中まで宴会の中心で酒の飲み合いをしていたことまでは思い出せるが、その先が靄がかかったようで考えようとすると頭が痛くなったので止めた。

 ――ああ、片付けしなくちゃ……

 ふらつく足に気合いを入れて何とか立ち上がり乗り気のしない表情のまま障子をあけると縁側に腰をかけお茶を飲みながらほんわかとしている○○を見つけた。
 気配に気がついたのか振り返る○○。見なれた顔だがどこか懐かしい感じがした。こうしてしっかり表情を見つめたのはいつだろうか。

「おはよう、霊夢」
「……うん、おはよう」
「あんた、仕事は?」
「今日は休んだ」
「そう……」

 どうにも言葉が出てこなくて立ちすくんでしまう。

「こっちにくる?」
「えっ、あ、まだ宴会の片付けが」
「俺が代わりにやっておいたよ」
「あ、ありがと」

 出端をくじかれた霊夢は戸惑いながらも○○の隣に腰掛けた。お茶の入った湯のみを渡されて一緒に裏庭を見つめる。
 境内の桜の花びらが風に運ばれて裏庭にまで飛んできていた。
 新緑の木々の中、桜だけが舞う風景はどことなく幻想的だった。

「霊夢、髪ぼさぼさ」
「えっ、やだ、昨日そのまま寝ちゃったから……」

 わたわたと手櫛で寝ぐせを直そうとする霊夢を見て、微笑ましそうにする○○は湯のみを傍らに置くとどこからか櫛を取り出して自分の膝の上を軽く叩いた。

「おいで、髪梳かしてあげる」

 きょとんとしていた霊夢だが、このままではどうしようもないと分かったのかしゅるりとリボンを解き○○の膝の上に座った。
 絹のような黒髪を優しく梳いてくれる○○にどこか心が安らぐ霊夢。さっき起きたばかりだと言うのに気がつくとまた眠ってしまいそうだ。

「ねぇ○○、貴方さとりの親戚じゃないわよね?」
「妖怪を親戚にもったことはないなぁ」
「そうよね」
「でも霊夢のして欲しいことは分かるよ」
「……ばか」

 綺麗に梳かし終えた髪をまたリボンで結わえた霊夢は向かう合うように膝の上で位置を変え、しなだれるようにして○○に全身を預けて眠ってしまった。
 霊夢を抱きかかえ、○○は彼女が起きるまで舞う桜吹雪を見つめていた。
 母に抱かれた幼子のように霊夢の顔は安らいでいた。

 その日を境に宴会は連日行われることはなかった。変わりに霊夢と○○がよく一緒にいる風景をよく見かけるようになったそうな――


最終更新:2010年06月16日 23:16