霊夢33
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新ろだ567
最近、霊夢はとても忙しい。
「妖怪退治の依頼が多すぎるのよね、まったく」
そう言って、今日も朝早くから人里へと飛んでいってしまった。
「今日もか……」
広くて静かな神社の中で、僕は家事にいそしみ、彼女の帰りを待つ。
時々霊夢目当てでやってくる客の対応をする以外は、ずっと1人。彼女が帰ってくるまで、ずっとだ。
夜遅くに帰ってくる霊夢が、早々に床につくのを見守った後も、やはり1人で寝る。一緒の布団では寝ない。
こんな日々が、もう1週間も続いていた。
僕こと○○は、幻想郷の外からやってきた、何の力も持たない人間だ。
約1年前、俺は(紫原因の)神隠しに合い、なんやかんやの紆余曲折があって、幻想郷に永住することに決めた。
そう決めた理由は2つ。
1つ目は、この世界が気に入ったため。
外では手に職を持ちながらも、孤独な貧乏生活を送るしかなかったのに比べ、
ここではある程度自分の作る商品が人気だし、やりがいもあった。
両親とはとうの昔に連絡を取らなくなってしまったし、特に外への未練もないため、幻想郷に住むことにはそれほど抵抗がなかった。
2つ目は、自分が居候している博麗神社の主、霊夢の存在だろう。
恥ずかしながら霊夢とは、これまた紆余曲折を経て、一般的に言う「恋仲」という間柄になった。
恋人とはひと時も離れたくはないと思うのは当然のこと。とてもじゃないが外に帰る気にはなれなかった。
そうしてこの神社に、正式に住むことを霊夢に告げた時、彼女は「あらそう。いいわよ」と2つ返事で引き受けてくれたものだ。
今考えれば随分適当な反応だと思うが、その辺りも霊夢の魅力なのだから気にしない。
こうして霊夢との同棲生活が始まり、波も凪もなく穏やかな日々が続き、お互いこの生活に慣れ始めた今時分。
霊夢の仕事が急に増えてきたのだった。
「妖怪退治? また人里で?」
「ええ。畑を荒らす妖怪がまた出たらしいわ。山で食べるものでもなくなったのかしらね」
ある日の朝食の時間、寝巻き姿の霊夢から今日も出かけると聞いて、僕は少し寂しくなりつつも、なんら不満を言うことはなかった。
彼女はここ1週間、朝早くから人里へ出かけ、妖怪退治へと赴いていた。
なんでも妖怪が人里に被害を及ぼすことが多くなったとかで、里の長や慧音が直々に依頼してくるのだ。
面倒くさがりの霊夢だが、妖怪退治で得られる報酬は馬鹿にはできず、毎日毎日奮闘している。
朝早くから夜遅くまで。霊夢がこの神社にいる時間が徐々に少なくなってきた。
それは巫女としてどうなのだろうとも思ったが、異変も起きてないし別にいい、と霊夢は言っていた。
たまには人里で過ごす時間も悪くない、とも。仕事は疲れるようだが。
僕は若干寂しく思うものの、その報酬が重要な収入源である以上、文句など言えない。
今日も今日とて、笑顔で彼女を労い、送り出すだけだ。
「身体に気をつけて。怪我しないようにね」
「あら? 誰に言ってるのかしら? 私は博麗の巫女よ。そう簡単にやられるもんじゃないわ」
「それでもだよ。僕は心配だから」
「はいはい、ありがとう。倉の整理と掃除の方、よろしく」
「りょーかい」
いつも通りに霊夢は僕に仕事を頼む。
母屋の裏手にある倉庫は、異次元空間のようにごちゃごちゃになっているのが、最近になって判明した。
さすがにこれはまずいと思い、中を2人で整理することに決めたのが、1週間ほど前のこと。
結局は僕1人でやってるんだな、と心の中でため息をつくものの、口にはしない。
適材適所。やれる人がやるべきことをやらなければならない。霊夢だって妖怪退治で疲れてるんだから。
朝食を食べた霊夢は、さっそく出かける準備をし始める。
寝巻き姿から着替えるのは、普段着となっているあの紅白の衣装。
持ち物は、陰陽玉や護符、針などの妖怪退治の道具に、僕が作ったお昼のお弁当、その他必要と思われるもの全てを、カバンに詰め込む。
そして胸元には、以前僕がプレゼントした木彫りのお守りがかけられた。
いつもの仕事スタイルに変身した霊夢は、「じゃ、行ってくるわね」と軽く笑みを浮かべ、玄関から外へと出て行った。
僕は手を振り、彼女を見送る。
霊夢はこの秋の空を、それこそ流れ星のように飛んでいった。
霊夢の気配が完全になくなった後、僕は朝食の後片付けをしながら、1人になって静かになった神社を、少し恨めしく思った。
「ふぅ……広いよなあ、やっぱり」
これから夜までの間、僕はずっと1人だ。
倉の掃除や炊事洗濯などの仕事はあるものの、この広い神社で1人というのは、やはり寂しい。
来客でもないものか、と思いながら、僕は食器洗いを済ませ、今日1日のスケジュールを頭の中で組み立てた。
「あー、洗濯と倉の整理と……あ、里から頼まれたアクセサリー、まだ作ってないなあ」
明日が期限だったっけ、と僕は頭を叩き、大事な仕事をすっかり忘れていた自分に渇を入れた。
僕の仕事は主にアクセサリー作りだ。外界にいた頃からそういう仕事についていて、木彫りから宝石を使った装飾品まで、けっこう幅広く作ることができる。
幻想郷では主に人里からの注文を受けて、神社の中で作ることが多い。なかなかの収入になる仕事だった。
ただ幻想郷には宝石類はあまり見かけないため、木彫りや石造りのものが多くなってしまうのが残念だったが。
霊夢がつけていたお守りも、僕が作ったもの。恋仲になった記念にプレゼントしたのだ。
「うーん、デザインはあれでいいか。だったら後は作るだけっと」
アクセ作りについて思考を張り巡らせながら、僕は裏庭で洗濯をする。
外の世界と違って、ここでの洗濯は全て手洗いだ。早めにやっておかないと今日中に乾かない。
ちなみに霊夢の服も僕が洗う。彼女はそういうことをあまり気にしない性質だった。
男として見られてるのか、と最初は疑問に思ったものだ。
「お、○○ー!」
突然後ろから元気はつらつな声が聞こえた。
振り返らなくても誰か分かる。博麗神社の常連さんだ。
「ああ、なんだ、魔理沙か」
「ここにいたのか。探したぜ」
常連さんこと霧雨魔理沙は、たった今ここに到着したのか、少し乱れた髪を整えながら、箒片手にニカッと笑っていた。
霧雨魔理沙は霊夢の友達の1人だ。近くの森に住んでいる普通の魔法使い。
黒白のエプロンドレスと、明るい子猫のような笑顔が眩しい、少し男勝りの少女だ。
ちなみに僕がこの世界に来て、霊夢の次に出会った人間でもある。
「洗濯か? 家事ご苦労さんだな」
「まあ、慣れたよ。霊夢の服を洗うのもね」
「その服で変なことするなよ、変態」
「変なことって……そういうことを思いつく魔理沙の方が変態だと思うけど」
「それもそうだ」
「納得するんかい!」
はははと笑う魔理沙に、僕も釣られて笑ってしまう。
彼女といると、寂しい空気が一気に吹き飛ぶ。こういう時にはありがたい存在だった。
しばらくの間、僕が洗濯をしている姿を、魔理沙が横でじーっと眺める時間が続いた。
さすがに仕事を邪魔する気はないのだろうが、近くで顔をずっと見られると、どうにも気恥ずかしくなる。
残り少なくなってきた洗濯物に目をやりながら、僕は「魔理沙」と彼女に声をかけた。
「なんだ?」
「何か用があったんじゃないのか?」
「んー、まあそうなんだが、洗濯が終わってからでいいか。霊夢もいないし丁度いい……そういや、霊夢は?」
「仕事だよ。人里まで妖怪退治に」
「そうか。ならいいんだ」
どうにも歯切れの悪い魔理沙。彼女にしては珍しかった。いつもはいらぬ事までマシンガンのように喋り続けるのに。
結局彼女は僕が洗濯を終えるまで、僕の横にいた。静かな魔理沙とは少々不気味だ。
洗った服を全部干し終えた後は、一寸休憩を取ることにした。
僕と魔理沙の分のお茶をいれ、残っていた煎餅を振舞い、縁側に座り込む。
魔理沙も隣に座り、束の間の癒しの時間が訪れた。隣にいるのが霊夢でなくて残念だったが。
お茶を口に含みながら、1週間前までは当たり前のようにあった光景を思い出す。
この縁側で、お茶を飲んで和んでいる霊夢。それを横で見ているだけで、とてもほのぼのとした。
僕に見られていると分かった霊夢が、恥ずかしそうに少し眉をひそめるものの、すぐに手をこまねいて僕を呼ぶのが、ルーティンワーク。
仕事の合間に訪れる、そんなちょっとした時間がとても愛おしい。
最近はそんな姿も見てないんだなー、と霊夢に想いを馳せていると、「○○」という真剣味を帯びた声が横から聞こえた。
そのあまりにも厳めしい声色が魔理沙のものだと気付くのに、少し時間がかかってしまった。
「うん? なにか?」
「あのな、少し言いにくいんだが……落ち着いて聞いてくれよ」
魔理沙の表情がいつになくこわばっている。今日は魔理沙の意外な面が現れる日だ。
その表情に嫌な予感がするものの、僕は努めて平静に返事をした。
魔理沙はやはり固い表情のまま、続ける。
「私は、恋色の魔法使いだ。その名に恥じないよう、人の恋はなるべく応援したいと思ってる」
「ああ、そうだね。ただ、あまりに出歯亀すぎるのもどうかと思うけど」
「真面目に聞け! ……けどな、どうしても応援できない恋が1つだけある。○○……何か分かるか?」
「えーと……」
魔理沙の気迫に押されて考えてみるものの、そう簡単に答えは思い浮かばない。
僕が答えあぐねていると、魔理沙はふいと視線を外して、「浮気と不倫だ」と呟いた。
1つじゃないのかよ、と僕は胸の中で突っ込みを入れていた。
だが、次の言葉で僕は頭が真っ白になった。
「○○……私な、霊夢が人里で、男と一緒に歩いてるのを見たんだ!」
魔理沙の話はこうだ。
昨日の午前中、魔法実験のための道具を集めに(買いにではない)、人里を訪れた。
目的のものを集め終え、そろそろ森に帰ろうとした時、偶然道端で霊夢を見かけた。
彼女はいつもの仏頂面を浮かべ、里を歩いていた。
ちょうどいい、なんか奢ってもらおうと思い、声をかけようとした。
だがその時、霊夢はある飲食店の店先に立っていた男に声をかけたのだ。
その男は○○じゃない。どうやら霊夢は男と待ち合わせをしていたようだった。
男と霊夢は、楽しそうに談笑しながら(と言っても霊夢の表情は見えなかったらしいが)、飲食店へと入っていった。
それから1時間ほど、男と霊夢はその店にいた。その後は2人仲良く並びながら、人里の中心部へと消えていったという……
その衝撃的な事実に、思わずその場から立ち去ってしまったので、彼らがどこに行ったかは知らない。
「私も信じられなかったさ。まさかあの霊夢が! ってな。けど、これは真実なんだぜ。
恋色魔法使いの私から見ても、あれは普通の雰囲気じゃなかった。2人はまるで……っと、これは余計だな」
「……」
「○○、落ち込む気持ちは分かるぜ。あれだ、これも倦怠期って奴のせいじゃないか?
泣くな泣くな、よかったら私の胸を貸してやるから、今日は思いっきり泣いて、」
「あはははは!」
芝居調に慰めてくる魔理沙を尻目に、僕は大きな笑い声をあげていた。幻想郷に来てから初めて出す大笑いだった。
そんな僕を訝しく見つめてくる魔理沙。
「何笑ってるんだよ。これは恋の危機だぜ!」
「くくっ、いやいや、ありえないって。霊夢が浮気? あはははは! あの霊夢が、男と密会って、そりゃないよ!
魔理沙ー、今日はエイプリルフールでもなんでもないよ? それとも幻想郷独特のジョークってやつ? あははは!」
僕はもう腹がよじれるほど笑っていた。
霊夢が浮気? そんな天地がひっくり返ってもありえないことを、魔理沙が真面目に話してくることの方が驚きだった。
こう思うのは、霊夢への信頼だとか2人の愛情だとか、そんなありふれたものだけが根拠ではない。
霊夢は基本的に人への執着心を持たない。何ものにも縛られないし、縛ることもない。
それは「空を飛ぶ程度の能力」を持っているからなのか、それとも彼女本来の性格からなのか、とにかくあまり人と深いレベルで付き合おうとはしないのだ。
「無重力の巫女」と人は呼ぶ。彼女は、人妖分け隔てることはないが、1人を特別扱いすることもない。
そんな彼女と、僕は恋仲になっているわけだが、これに関してはあの八雲紫から「あなたは例外だから」というお墨付きをもらっている。
なんでも僕が外の世界の人間で、さらに霊夢と同じような「無重力の人間」だから、意外な化学反応を起こしたのだそうだ。
馬が合うとでも言うのだろうか。同質の人間だからこそ、分かり合えることがある。
幻想郷の人間ならばそうはいかない。どんなに手を伸ばしても、彼女に手が届くことはないだろう、とは紫の話だ。
そんな霊夢が、人里で男と密会。これいかに。
おそらくその男は幻想郷の人間だろう。最近は外界から人が来たという話はあまり聞かないし、古くからいる外来人はもはや幻想郷の人間と言っても差し支えない。
ならば、無重力の巫女を捕まえられる道理はない、というわけだ。
「冗談じゃないんだぞ! これは本当のことなんだ!」
笑い続けている僕を咎めるように、魔理沙は湯のみを床にたたき付けた。割れるからやめてほしい。
「まあ、百歩譲って男と一緒にいたのが本当だとしようよ。
けど、それってただ単に妖怪退治の依頼人とか、情報提供者とかじゃない?
飲食店で依頼について話して、その後は現場に向かったとかさ」
「ち、違う! 私の勘から言って、あの雰囲気は!」
「あー、はいはい。じゃあ帰ってきたら霊夢に聞いてみるよ。『人里に浮気しに行ったの?』って。
うわあ、絶対殴られるよ。夢想封印かまされるかもね。くくっ」
「むー、分かった! だったら証拠を持ってきてやる! 明日、またここに来てやるからな!」
「はいはーい。期待しないで待ってるよ」
「見てろ! 絶対に私の胸で泣かせてやるからな!」
どうして自分の小さな胸で泣かせることに、そこまでこだわっているんだか。
よく分からない奴だった。
魔理沙は『ブレイジングスター』を発動させ、一気に空に消えていった。
音速の壁を超えた衝撃波で、洗濯物がひらひらと飛んでいってしまい、地面に落ちた。
「おいおい、洗濯物……」
はあ、と僕はため息をついた。どうやら明日は魔理沙が来た後に洗濯をした方がよさそうだった。
その日は魔理沙以外にお客さんは来なかった。
僕は洗濯をやり直し、倉の整理を一通り進めたあと、夜までアクセサリー作りに没頭した。
今回の依頼は1つ。想い人にプレゼントする、ビーズのブレスレットがほしい、とのことだ。
ビーズのブレスレットを作るのはそれほど難しくない。せいぜい手作業で1日かければ完成する。
問題は幻想郷にビーズがあるかどうかだった。ここでのアクセ作りには、特に材料集めで苦労する。
今回は香霖堂で運よくビーズが見つかったので、運が良かった。
と言っても、外界でよく見るようなプラスチックや天然石ではなく、16世紀ぐらいにアフリカ奴隷貿易で使われたトレードビーズなのが、幻想郷らしい。
アフリカ辺りで忘れ去られ、放置されていたビーズが、幻想郷入りしたのだろうか。
「ガラス製のシェブロンビーズとはね……外の世界じゃいくらするんだか」
愛好家が見れば、歴史的価値も含めてウン百万はくだらないであろうビーズの集まりを見ていると、どうにも手が震えてきそうだ。
休憩をいくつか挟みながら製作していると、あっという間に日は暮れていった。
ようやく完成したブレスレットを満足げに眺め、紙袋に入れて包装する。
あとは明日にでも人里に赴き、依頼者に渡すだけだ。
「さて、晩御飯でも作るかね」
アクセ作りに没頭しすぎて昼ごはんを食べるのも忘れていたため、お腹がぺこぺこだった。
ただ、買い物に行っていないので食材があまり残ってない。適当に残り物で済ますしかない。
霊夢は今日も夜遅くなると言っていた。こういう日の彼女は外で食べることが多いため、夕飯は1人分だけ用意すればいい。
気が楽だと思う反面、1人の食卓はやはり寂しい。
「いただきます……っと」
広い食卓に、僕の箸の音だけが虚しく響く。
「無重力の人間」だなんて八雲紫に言われたが、愛しい人が傍にいなければ、当然寂しいと思う。
いや、違う。幻想郷に来てから、霊夢が恋人になってから、こういう感情を初めて感じたのだ。
子供の頃でも、両親が家にいなくて寂しいとは思わなかった。霊夢だけ、彼女だけが、僕を寂しいと感じさせる。
「今日は遅いな……」
遅くはない。ここ最近の霊夢は、僕が眠る頃になって帰ってくることがほとんどだ。
こんな夕飯時に玄関の扉が開くことはない。
それでも遅いと感じてしまう。結局僕は霊夢が恋しいのだ。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
夜も更けた時間、僕が風呂に入り、布団を敷いて寝巻き姿になった頃になって、霊夢はようやく帰ってきた。
僕は急いで玄関に赴き、霊夢の荷物を預かる。
「あー、今日も疲れたわ。仕事が終わらないったら、もう」
「お疲れ様。お風呂には入るかい?」
「うーん、今日はもう寝る。明日の朝にでも水浴びすればいいでしょ。もう今は早く寝たくて仕方ないわ」
「じゃ、寝巻きは寝室に置いてるから。おやすみ」
「おやすみ、○○」
軽く唇を触れるだけの挨拶を交わして、霊夢は寝室へと消えていった。
僕と霊夢の寝る場所は別々だ。お互いに人が隣にいては眠りにくい性質なので、恋仲になってもこれは変わらない。
もちろん、時には恋人らしく一緒に寝ることはある――恋人らしく。
「んー、僕も寝るかー。って、あ、霊夢にあの事聞くの忘れてた」
あの事、とはもちろん魔理沙が言っていたことだ。
霊夢が浮気したなどという、笑い話にしかならないような事。
明日魔理沙が来た時にでもからかう種を仕入れておこうと思っていたが、霊夢が寝たとなっては仕方ない。
それに、こういうことは聞くべきではないかもしれない、と僕は思い始めていた。
それは、霊夢に男のことを尋ねること自体が、彼女に疑いをかけているということになりかねないからだ。
もちろん、僕は疑っていない。霊夢はそういう人じゃないし、愛されているという自信もある。
なのにそんな質問をしては、霊夢に「信頼されてないのか」と思われかねない。
それに、日々頑張って仕事をしている霊夢に失礼というものだ。
僕にもアクセ作りの収入はあるものの、神社での生活はほぼ霊夢の妖怪退治の収入に頼っていると言っても過言ではない。お賽銭は入らないし。
こんなに疲れるまで仕事をしている霊夢に変な質問をしては、さらに疲れさせるだけだ。
ここは大人しく彼女を休ませるに限る。
「魔理沙は適当にやり過ごすか……ふわ~、寝よ」
なんか仕事熱心な夫を甲斐甲斐しく世話する妻、みたいな感じだな、と自分で自分のことを笑いながら、僕は床についた。
明日こそは霊夢と一緒にいれる、と期待に胸を膨らませて。
「え? 今日も妖怪退治なんだ」
「そ。しつこい奴がいるのよ。ほんと、蛸の吸盤かって思うぐらい」
「じゃあ蛸の妖怪なんだ、それ」
「違う違う、ものの喩えよ。そもそも妖怪じゃないしね。あ、今日も夜遅くなると思う。晩御飯はいらないから」
「分かった。1人寂しく食べてるとするよ」
笑いながらもどこか皮肉めいた言葉を吐いてしまったのは、少し失敗だったと思う。
だが霊夢は妖怪退治の準備で忙しいのか、皮肉を皮肉と思わなかったのか、朝食を食べてすぐに自室へと入ってしまった。
さて、と僕は食器を片付けながら考える。
どうやら今日も1人のようだ。めくるめく霊夢とのいちゃいちゃライフはお預けをくらってしまった。
僕は思わずため息をついてしまう。これで何日目だろうか、霊夢と一緒にいられない日々は。
仕事だから仕方ないと思いつつも、残念だと思う気持ちを隠せない。
しかし、そんなに手ごわい妖怪なのだろうか。
霊夢の言葉から考えて、おそらく最近は1匹の妖怪にかかりっきりなのだろう。
博麗の巫女がそこまでてこずる妖怪なんて、存在するのだろうか。
『恋色魔法使いの私から見ても、あれは普通の雰囲気じゃなかった。2人はまるで……』
ふと、僕の頭に昨日の魔理沙の言葉がよぎった。
いやいやありえないだろうと否定しつつも、心の底で何かがくすぶっていて、胸の中心辺りをツンと小突いていた。
霊夢は「無重力の巫女」……そう簡単に人につなぎとめられることはない。
そうだ。一緒にいられるのは、同じように空を飛んでいる人間だけ……
「――――――から、って、○○? ○○ー?」
「あ、はいはい」
どうやら考え込みすぎて、いつの間にか霊夢が自室から出てきたのに気付いていなかったようだ。
僕は急いで霊夢の方に顔を向けた。彼女は僕の様子を不思議そうに見つめていた。あ、首をかしげているのがかわいい。
「聞いてた? 頼みごとしたんだけど?」
「ああ、うん、大丈夫。やっておくよ」
頼みごととは倉の整理の事だろう。2人でやると言っていたのに僕にばかり任せきりで、少し申し訳なく思ったに違いない。
僕が彼女の部屋の向こう側にある倉の方角を顎で差すと、満足そうに頷いたので、間違いなかった。
「じゃあ、私はもう行くわ。今日は境内の掃除もお願いね」
「うわ、あの広いのを1人で? 落ち葉もいっぱいで、重労働だよ」
「○○だから任せられるの。チリ1つ落ちてなかったら、頭でも撫でてあげるわ」
「それは良いご褒美だ」
僕が肩をすくめると、霊夢はふふっと笑った。あ、リボンが絶妙に揺れてるのがかわいい。
「そろそろ今回の仕事も終わりそうなの。終わったら、どこかに出かけよっか?」
「いいね。湖にでも散歩に行こう」
「またチルノでもからかう気? やり過ぎると凍らされるわよ」
「気をつけるよ」
霊夢が玄関の扉の前に立つ。僕はそれを見送る形だ。
霊夢はいつもの妖怪退治セットを手に、靴を履いた。
「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
そうして霊夢は空を飛んでいく。僕は小さく彼女に手を振り、霊夢もそれに答えてくれる。
だが、そこで僕は気がついた。
いつもは彼女の首にかかっている木彫りのお守りが……今日はなかったのを。
僕は朝から境内の掃除をすることにした。
箒を使って丁寧に落ち葉を掃いていると思ったより時間がかかり、昼時近くになってようやく終わった。
博麗神社の境内は、1人で掃除するには広すぎる。僕がここに来る前は霊夢1人やっていたのかと、正直感服したものだ。
箒を片付けると、僕は縁側でお茶を飲んで休憩していた。
まだまだ家の掃除と洗濯が残っている。体力の補充が必要だった。
「……今日はなかった、よな」
だが僕の頭は、今朝見た光景にばかり気をやっていた。
霊夢の首にかかっていなかった。妖怪退治に行く時はいつもかけていたのに、なぜ今日はなかったのか。
恋仲になった日、リスクの高い妖怪退治ばかりしている彼女を心配して作ったお守り。
霊夢は「お守りが必要なほど危なくないんだけど……なんだかほっとするから、かけていくわね」とはにかみながら受け取ってくれた。
ただ単につけていくのを忘れただけかもしれない。確かにそれもありうる。
けれども、僕は多少なりともショックを受けていたようだった。
「○○!」
「うわっ!っと……魔理沙か」
「どうした? ボーッとして」
魔理沙が近くに立っていたのに、全然気付かなかった。
僕は慌てて「なんでもない」と答えていつもの表情を取り繕い、魔理沙にお茶を出してやる。
「いただくぜ」と彼女は早々に一気飲みしてしまった。
「それ、良いお茶なんだからもう少しありがたく飲んでよ」
「考えておくぜ。それよりも、だ。昨日の話なんだが……」
ギクリと僕の心が震えた。
魔理沙が来た時点で、この話が出るのは分かっていたことだ。
しかし、聞きたくないと心のどこかで叫び声がした。反対に聞きたい、という声が、別の場所からも出てきた。
聞きたいけど、聞きたくない。
矛盾した僕の心に、魔理沙の言葉が深く突き刺さる。
「あの後、人里を探索してたら、やっぱり男と一緒にいた霊夢がいたぜ? やっぱり、あれは怪しいぞ、うん」
「……そうなのか」
「ああ。って、今日は昨日みたいに笑わないんだな。証拠だって見せてやろうと思ってたのに、張り合いないぜ」
「証拠?」
どくんと僕の心臓が鳴った。
証拠がある。それは、魔理沙の仮説が正しいということに繋がる。
つまり、霊夢は僕以外の男と……
「……見せてくれるかい?」
僕は息切れしそうな胸をなんとか落ち着かせ、その言葉だけを紡いだ。
魔理沙はそんな僕の様子には気付かず、軽やかに煎餅を口に放り込んで立ち上がった。
「ああ、いいぜ。ほら」
差し出された彼女の右手を、僕は凝視した。
しかし彼女の手のひらには何も乗せられていない。
「……何もないけど」
「論より証拠、習うより慣れろ、百聞は一見に如かず。
人里まで連れてってやるよ。霊夢が男と一緒にいるのを、自分の目で見てみろ。何よりの証拠だぜ」
「なるほど……と言いたいけど、却下」
「えー、なんでだよー」
僕がむげに申し出を断ると、魔理沙は唇を突き出して抗議した。
微妙にかわいく思えてしまうのが癪だ。
「なんでも何も、僕はまだ洗濯とか掃除とかの仕事があるんだよ。
それを放り出して人里まで行ってたら、家事が進まないったら」
「おいおい、恋人の真実と家事と、どっちが大事なんだ?」
「証拠がないなら行く気はないね」
「その証拠を見せてやるって行ってるだろ? 人里で」
「行かない」
「行け」
話が進まない。証拠がないと動かない僕と、動けば証拠を見せるという魔理沙。
そんな不毛な言い争いを5分ほど続けていた所で、僕はあることを思い出した。
それは昨日作ったばかりのビーズのブレスレットだ。
人里の男性に頼まれた品で、今日中に彼に届けなければ、報酬はなしという約束だった。
しまった、と僕は自分の頭を呪った。朝、霊夢が妖怪退治に行くと聞いて、ついでに渡してくれるよう頼むつもりだったのを、すっかり忘れていたのだ。
となれば、自分で届けるしかない。だが、人里までは遠い。途中で妖怪に襲われる可能性だってある。1人は危険だ。
「……」
「な、なんだよ」
僕は魔理沙の顔をじっと見つめた。彼女は魔法使い。箒に乗って空を飛ぶ。
その速さは幻想郷でも最速クラス。鴉天狗ほどではないものの、音速を超えることもある。
「……」
「うー……なんだよぅ」
僕がずっと見つめ続けていたからか、魔理沙の頬が徐々に赤くなっていく。
誰だって自分の顔を凝視されたら恥ずかしいものだ。僕はそのことにはっと気付いて、視線を逸らしつつも、彼女の右手を取った。
「う、うわ!」
魔理沙が反射的に右手を引っ込めた。突然触れられて心底驚いた様子だ。
「い、いきなり触るなよ、馬鹿!」
「連れて行ってくれるんじゃないのか?」
冷静に返すと、魔理沙は一瞬キョトンとした表情になるが、すぐに見慣れたニヤケ顔を浮かべた。
「ああ。そうだな。行くのか?」
「ちょうど用事もできたし、ついでってことで。用事が済んだらすぐに戻るから」
「ふーん、素直じゃないな、まったく」
魔理沙がニヤリと笑う。僕はそれを軽く受け流し、人里へ向かう準備を始めた。
魔理沙の運転は荒い。暴走族もなんのその、ジェットコースターのように宙返りしたり、弾丸のように回転したりと、落ち着きがまったくなかった。
人里まで数分で到着する速さは見事なものだが、地面に降りた僕は「箒酔い」で、しばらくその場にうずくまざるを得なかった。
「うげ……ひ、ひどい運転だな」
「これでも安全運転第一だぜ」
「嘘つけ……ふぅ、少し落ち着いた」
「じゃあ、早速霊夢を探すか」
「いや、まずはこのアクセサリーを依頼人に渡さないと。確かこっちの方の家だったはずだけど……」
僕達が降り立った所は、人里の中でも家や商店などが立ち並ぶ、外の世界で言えば歓楽街に近い場所だった。
通行人も多いし、それらの客を呼び込む声も活気がある。僕達は人の波を掻き分けながら、目的の家を捜し求めて歩いた。
数十分ほど歩いて、その家は見つかった。
「お、ここだ」
「ふーん。で、今日はどんなアクセサリーなんだ?」
「ただのビーズのブレスレットだよ。盗るなよ?」
「盗ったことなんてないぜ」
そう言って僕の部屋にあるアクセの素材を奪い取っていったのは誰なんだか。
気を抜くとこの商品も持っていかれるに違いない。気をつけないと。
僕は魔理沙に気を配りながら、木造の家の扉をノックした。
「すいませーん! 以前依頼を受けた○○ですけどー!」
商品は無事渡すことができた。依頼人は普通の人里の男性で、なんでも知り合いの妖怪にそのブレスレットをプレゼントするのだとか。
なんともまあ、辛い恋をしている人が多いことで。僕も人のことは言えないが。
僕は受け取った報酬をポケットに入れ、再び騒がしい人里の界隈へと戻った。
「さて、じゃあお楽しみタイムだぜ」
「お楽しみって……それは魔理沙にとっては、だろ」
ウキウキとした表情で僕を先導し始めた魔理沙。
なんでも一昨日も昨日も、同じ飲食店で待ち合わせしていたので、今日もその場所にいるはずだ、と言うのだ。
しかし、一般的に言って浮気をするために逢瀬を繰り返している2人が、何度も同じ場所で待ち合わせするものだろうか。
人の目のある人里だ。回数を重ねる内に、知り合いに目撃される可能性を考慮しないのか。
ましてや霊夢は人里でも有名人。考慮して当然だと思う。というか人里で会うこと自体がおかしくないか。
実際、魔理沙に目撃されているし、秘密の関係にしてはどうも迂闊だと思う。
やはり魔理沙の勘違いか冗談なのだろうか、と僕が道を歩いていると、
「お、いたぜ、霊夢だ」
魔理沙が柱の影に隠れたので、僕もそれにならった。
指差す方向には、確かに霊夢がいた。飲食店(どうやら普通の茶屋のようだ)の前で、腕を組んで壁にもたれかかっている。
その姿はとても絵になっている。紅白の衣装が茶色の壁に映え、風に揺れるリボンはとても幻想的で……
これだけの人波の中で、彼女だけが光を放っているようだった。
「おい、見とれるのはいいけど、くだんの男が来たぜ」
「ん、どこ?」
「ほら、あれだ。あの男」
道の向こう側から、1人の男がのらりくらりと霊夢に近づいてきた。
すらりとした長身で、ゆったりした茶色の甚平を羽織っており、顔は――残念ながら自分よりも整っていた。
男は霊夢に近づくと、「よう」とでも言ったのか、軽く右手をあげて会釈をした。
霊夢もそれに返答するように、浅く頭を下げた。表情は……ちょうど背を向けてしまって見えない。
「お、やっぱり店に入るのか」
「……」
「霊夢、秘密の男と茶屋に入り密会ってか」
実況しているかのような魔理沙の言葉には反応せず、僕はじっと2人の動向を見定めていた。
霊夢と男は、少し会話を交わした後、茶屋に入っていった。さすがに外からでは2人の様子は分からない。
店に入るわけにもいかず、僕と魔理沙は2人が出てくるのを待つしかなかった。
「どうだ? 証拠になっただろ?」
「……まだだよ。依頼人っていう可能性も、ないわけじゃ、ない」
そう魔理沙に言い返しながらも、僕の心は先ほどからざわめき立っていた。
「男は依頼人である」とは、僕自身にも言い聞かせている仮説だ。
そうに違いない。でなければ、お守りを忘れた霊夢が男とこうやって外で会い、仲むつまじく茶屋で話をするなど、ありえないのだから。
そう、ありえない。無重力の巫女は、同じ無重力の人間でなければ一緒にいられないのだ……
「出てきたぜ。追いかけるか」
「ああ」
30分ほどして、男と霊夢は連れ立って店から出てきた。
そこで初めて霊夢の表情が見えたが、彼女はいつもの仏頂面だったので、少しだけ僕の心に安心をもたらしてくれた。
少なくとも、僕と一緒にいる時みたいに薄い微笑みを浮かべてはいない。
それほどの関係ではない、ということだ。
少し心が楽になったものの、やはり2人は親しい者同士のようで、気楽な様子で何かを話している。
話の内容までは聞こえない。男が笑顔を浮かべて話しかけるのを、霊夢が気だるそうに返している。
霊夢が人里の、しかも男と話をしているなんて、久しぶりに見た。
霊夢が微笑みを浮かべるような関係ではないけれども、まったくの他人同士というわけでもないのか。
言うなれば、行きずりの関係、遊び、身体だけの……という単語が出てきた所で、僕は慌てて頭を振り、妙な妄想を振り払った。
それこそありえない。あの霊夢が、僕以外の男とそんな行為に及ぶだなんて、想像もつかない。
男と霊夢は並んで歩き始める。人里の中心部へと向かっているようだ。
「手をつないだりしたら、決定的な証拠になるんだがなー」
「……めったなこと言うな」
霊夢たちの後ろを追跡する、2つの影。僕と魔理沙。
魔理沙はいつの間にか帽子を脱ぎ、箒もどこかにしまったようだ。
さすがにそのままでは目立つと思ったのだろう。
僕はそんな魔理沙に感心しつつ、物陰から見る霊夢に想いを馳せた。
最近は朝と夜の短い時間にしか見られなかった彼女。
こんなに近くにいるのに、声もかけられず、ただ僕は見ていることしかできない。
彼女の隣に、僕の知らぬ男がいるのを、僕は見ている。
惨め。そんな単語が僕の頭の中に浮かんだ。
だが、それも魔理沙の次の言葉で消し飛んでいく。
「あれ? おい、待てよ、このまま行くと、向こうは確か……」
「……え?」
霊夢と男は、あるひとつの建物を目指しているようだった。
木造立てで、他の家屋と比べて格段に大きい。
看板に「宿屋」の文字があるのを、僕は見た。見てしまった。
「え……」
僕は見た。霊夢と男が、その看板を確かめるかのように一度見上げ、門をくぐっていくのを
男が、うやうやしくエスコートするように扉を開け、霊夢を先に入れたのを。
そして男も続いて入ると、扉はガシャンと閉まる。僕の目を拒絶するかのように。
あのかわいいリボンは、もう見えない。
「……」
「……」
魔理沙も僕も、二の句を告げられなかった。
目前で起こった事態が信じられず、目を何度もこすり、建物の看板を見直した。
宿屋。
その文字は無情にも僕の目に飛び込んでくる。
これは、つまり、そういうことなのだろう。
「……○○、いや、あのさ、これは」
魔理沙が僕の背中に優しく手を置いた。
胸の中に渦巻く感情を和らげようとしてくれているだろう、それがとてもありがたく、しかしそれでも僕はその感情の波に飲み込まれていった。
「……魔理沙」
「う、うん?」
「帰ろう」
もうここにはいたくない。
神社に戻った僕は、洗濯と掃除、倉の整理の続きをした。
珍しく魔理沙も手伝ってくれて、いつもよりも早く仕事が終わり、太陽が沈みそうになった頃には夕飯の準備も終わってしまった。
魔理沙はまだ神社にいた。居間でゴロゴロと寝転び、黙りこくったまま何事かを考えている。
僕はその横で、次の仕事の材料となる香木の研磨をしていた。
香木は主に扇子の製作に使われている。天然のままでは形や肌触りが悪いため、香霖堂で手に入れた研磨紙で丁寧に磨かなくてはならないのだ。
商品に値するほど滑らかにするには根気と集中力のいる作業で、他のことを考えている暇なんてなくなる。
よく霊夢には「それやってると静か過ぎて不気味」と言われたが、今はその没頭する時間が欲しかった。
あまり他のことは考えたくない。
「なあ、○○」
「……」
「いいさ、聞いてるんだろ。勝手に喋るから」
寝転んでいる魔理沙からの言葉に、僕は意識の3分の1ほどを向け、残りは作業に注ぎ込む。
薄くなってきた木の板が割れそうで、少し怖かった。
「霊夢を問いただすかどうかは、お前の自由だと思うぜ。結局はお前と霊夢の問題なんだからな。
私は私で、明日にでも人里に行って、あの男のことを調べてみようと思う。お前の言う通り、依頼人だっていう可能性もあるわけだし……」
霊夢がただの依頼人と、2人っきりで宿屋に入ったとでも言うのか。
仕事とは何の関係もなさそうな、人里の中心部の宿屋だぞ。
そこで妖怪退治なんてするとでも? 妖怪なんて里の外で出るものなのに?
僕の手は、木の板を削りすぎていた。
「……○○、私もこんなことになるとは思ってなかったんだ。
せいぜいお前を不安にさせて、ちょっとしたトラブルでも起こして見物しようと思ってたんだが……
だって、霊夢だぜ? お前以外の男と一緒にいるなんて、私だって信じられないし……」
「無重力の巫女」は地面には縛られない。
けれども、巫女自身が地面に降り立つことはある。無重力であるがゆえ、空を飛び続けることにも拘束されない。
一緒に飛んでいると思っていたのは、僕の錯覚だったのか。
ポキッ、という音が鳴った。
香木の板が折れた音だった。
「いいよ」
僕は折れた板をゴミ箱に捨て、魔理沙と目を合わせた。彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
他人の恋路だというのに、感受性の高い少女だ。その表情が、僕の心を少しだけ癒してくれる。
「明日も魔理沙と一緒に行くよ。もし明日も霊夢があの男と会うんだったら……」
その目の前に姿を現して、霊夢を驚かせてみよう。
きっと彼女は目を見開き、「どうしてここに」と呟くだろう。
それからどうなるかは、なりゆき次第だ。
魔理沙はそんな僕の意思を理解しているようで、コクリと小さく頷いた。
「○○……」
「あーあ、僕ってほんと、霊夢の事が好きなんだなあ。思った以上にショック受けちゃってるよ」
「そりゃあ……前からそうだったろ、お前は。霊夢の事が大好きで」
「そうだね。けど、霊夢にはあんまりそういう事言わなかったから……もしかしたら、それで愛想尽かされちゃったかな。
多分、何かしら僕に悪い所があったんだと思う。じゃなければ、霊夢がそんな、ね」
「お前に悪い所なんてない。私が保証する」
魔理沙がギュっと僕の手を握った。その暖かさに、僕は思わずうなってしまいそうだった。
金色の瞳が僕を見つめている。数秒か、それとも数分か。彼女は僕を見つめ続ける。
揺れる心を、その視線が落ち着かせてくれている。
短くも長い間視線を絡ませていると、魔理沙はふいと目を逸らし、立ち上がった。
「そろそろ帰るぜ」
「ああ。また明日」
「明日は羊羹でも用意しててくれ」
「善処するよ」
魔理沙は箒を取り出し、縁側から外に出るともう一度僕の方に振り返った。
「泣きたくなったら私の胸を貸してやるぜ!」
「それはどうも……感謝してるよ」
「へへ、じゃあな!」
箒から魔力のとぼしりが噴き出し、物凄い勢いで空へと舞い上がった魔理沙は、数秒で音速の壁を突破する。
さすがに今度は洗濯物の近くでは飛ばなかったようで、服が空に舞い上がることはなかった。
「そういや、あいつがこの時間までいて夕飯食べないのも珍しいな……」
てっきり食べていくと思って2人分作っていた夕飯を思い出し、僕はそんなことを呟きながら魔理沙の影が見えなくなるのを見送った。
魔理沙なりに気を利かせてくれたのだろうか。昨日今日と、魔理沙の意外な一面が見られたような気がした。
「……食べるか」
しかし魔理沙がいなくなって不意に隙間風が強くなったように感じ、僕の心に深い慟哭をもたらした。
外の世界では1人でいることに慣れていたのに、ここで暮らすようになってから、
いや厳密に言えば霊夢が仕事で忙しくなってきてから、たびたびこういう心の叫びが僕の胸を突き刺す。
弱くなったとか、強くなったとか、そういう問題ではない。
地面から離れている間には感じられなかった「人のぬくもり」を知ってしまったからなのだ。
それはただ1人、霊夢に向けられた「求め」。
結局僕は、霊夢を愛しているのだ。
「はあ……」
夕食の準備を進めながら、僕は暗くなってきた空を縁側から見上げた。
まだまだ、霊夢が帰ってくるまでは長い。しかし、帰ってきたら、僕はどんな顔をして迎えればいいのだろうか。
「ただいま」
夜も更け、夜雀の歌声が遠くから聞こえてくる中、霊夢の声が玄関から響いた。
自室でじっと座っていた僕は、とろとろと玄関まで歩き、「おかえり」と短く彼女を迎えた。
霊夢はとてもうんざりとした表情で、僕に仕事道具を渡した。
「今日も疲れたわ。さっさと寝て、明日に備えないと」
「明日も妖怪退治?」
「そ。けど、もう少しで終わりそう。この仕事が終わったらしばらく妖怪退治したくないわね、まったく」
霊夢は頭のリボンを外して髪をほどき、手早く居間の鏡で身だしなみを整えている。
僕はその後ろで淡々と仕事道具を箪笥や押入れなどに収納する。
霊夢が変わらず愚痴をこぼし続けているが、僕は「そう」「うん」「へえ」と気の無い言葉だけを返さなかった。
霊夢の仕事がもう少しで終わる?
そろそろ密会のことがばれそうだから、ほとぼりが冷めるまで会うのをやめるつもりなのか。
疲れたのは本当に妖怪退治をしていたから?
何か別の、とても疲れるような行為に及んでいたんじゃないのか?
そんな鬱屈した思いが、僕の口をさらに閉ざしていった。
「○○?」
「……なに?」
「何か変というか……何かあった? 元気ないわね」
やはり霊夢は勘がいい。いや、ここまで露骨なら馬鹿でも気付くか。
僕はなるべく感情をひた隠し、落ち着いた声で答えた。
「いや、特に何もないよ。装飾品の仕事続きで僕も疲れたのかな」
「そう……」
「今日は僕ももう寝るよ。霊夢も早く寝た方がいいよ」
「あ、ちょっと待って」
霊夢が、自室に入ろうとした僕の目の前に立つ。
いつもはかわいいと思う彼女の目を、今日は正視する気にはなれなかった。
「週末に温泉に行かない? 里で慧音と会って聞いたんだけど、今回の重労働のお礼にタダで泊めてもらえるらしいわ。
タダよタダ。行かない手はないと思わない?」
本当は、誰と行きたい?
そんな質問が口をついて出そうになったけど、我慢した。
「……そうだね。行こうか」
「決まりね。あ、それと、頼んでた事なんだけど」
倉のことか、と僕は思った。
「続けてるけど、まだ終わりそうにない。ごめん、それもあって本当に疲れてるんだ。もう寝るから。おやすみ」
「え、うん、おやすみなさい……」
ピシャン、と襖が閉める。最後に垣間見えた霊夢の表情は、とても驚いていた様子だった。
それもそうだろう。結局僕は、一度だって霊夢とまともに顔を合わせなかった。
横を向いたり俯いたりして、決して視線を絡ませなかった。
こんな冷たい態度を取ったことは今まで一度も無かった。
自分でも驚いている。どうしてこうなってしまうのだろうか。
いや、逆に霊夢の顔を直視した瞬間、僕はどうなるのだろうか。
怒るのか、泣き出すのか、それとも何の感情も示さず空虚な目で見つめるのか。
どうなるのかが自分でも分からない。
そこで僕は思い至った。
結局僕は、霊夢を見るのが怖いんだ。
「……霊夢が好きなのに、霊夢が怖い、か。なんか変な感じだな」
布団にくるまり出てきた独り言は、暗闇に溶けて消えてしまう。
僕の声に応えてくれる人は、今隣にいない。
「○○」
その声に、がばっ、と僕は驚き飛び起きた。
声は襖の外から。おそらく霊夢がそこに立っているのだろう。
襖を隔てたすぐそばに、彼女がいる。
けど、僕の口はピクリとも動かなかった。
それどころか再び布団にくるまり、自分の身体を両腕で抱きしめて、何かに耐えるように心を閉ざした。
「……寝たの?」
僕が何も答えないので寝ていると思ったのか、霊夢が襖が少しだけ開ける気配がした。
「寝たのね……」
僕の様子を確かめたのか、そのまま襖は静かに閉められた。それに伴い、霊夢の足音が徐々に離れていく。
僕はそれでも何も言えない。身体も起こせない。
去り際に聞こえた霊夢の「一緒に寝――」なんて言葉も、僕の心を動かしはしない。
そういえば、
今日はおやすみのキスをしていなかった。
真っ白い部屋の中に、霊夢がいた。
そのすぐ傍に、人里で見たあの男が立っていた。
「霊夢……」
「――さん」
どうして男が霊夢を抱きしめているのだろうか。
「君をこの手に抱きしめられるなんて夢のようだ」
「それなら、私をこの腕で夢の世界に引き止めて……一晩中でも」
やめてくれ。
「けど、君には○○が……」
「今はそれを言わないで。私の目の前にいるのは――さんだけ。夢の世界ではそれで十分なの」
やめろ。
「君がそれを望むのなら、僕はいつまでも君を抱くよ。……どうして泣いてるんだい?」
「私はあなたに引き寄せられ、捕まった。縛り付けられた。私はそれが嬉しいの……」
駄目だ。そいつの顔に近づくな。
「霊夢」
「――さん」
お願いだ。僕の作ったお守りを外さないでくれ。
ジャマだからって放り投げないでくれ。
「ん……」
「んん……」
霊夢、僕は君がいなければ、また1人に……!
頬を伝う温かいものに刺激され、僕の瞳は急速に光を取り込んでいった。
朝だった。襖の上の欄間から光が差し込んでいた。
僕は泣いていた。
「……霊夢があんなセリフ吐くわけないだろ、馬鹿」
思わず突っ込みを入れたくなるような、荒唐無稽な夢だった。
あれでは外の世界の昼ドラだ。あんな馬鹿な夢を作り出した自分の脳に、渇を入れてやりたかった。
僕は涙をぬぐい、布団から出て自室を出た。
どうやらかなり長い間眠っていたようだ。太陽が真上近くまで昇っていた。
居間に入ると、そこには虫除けの籠がかぶせてある皿がいくつかあった。上には卵焼き、漬け物、白ご飯が乗っている。
隣には霊夢の文字が書かれた白い紙があった。
『疲れてるみたいだから、今朝は私が作りました。今日は家の掃除と洗濯だけでいいから、ゆっくり休むこと。
夜までには戻ってくるから、晩御飯はよろしくね』
淡白ながらも霊夢の心遣いが感じられる置手紙だった。
霊夢がご飯を作るとは、何時以来のことだろう。僕と同居し始めてからは、料理の一切を僕に任せていたのに。
お箸を持ち、いただきますと声に出してから、卵焼きをそっと口に運ぶ。
とても甘味が強かった。砂糖の分量を間違えたのだろう。霊夢自身がこれを食べて顔をしかめる様が目に浮かぶ。
「やっぱり、確かめないと……かな」
霊夢が炊いたのだろう、少し粘り気の強い白ご飯を箸でつまみながら、僕はまた独り言を口にする。
僕は自分自身に言い聞かせていた。
昨日のように逃げるのはやめよう。真相を確かめたら今の霊夢との関係が壊れるなどと、恐れるのはやめよう。
霊夢が浮気なんてしていないなら、それでいい。
もし本当に浮気していたなら、霊夢に僕の想いを伝えて、決断してもらおう。
僕と一緒にいるのか、いないのかを。
「○○ー!」
ちょうどいいタイミングで魔理沙がやってきた。
乗り込んでやろう、彼女達がいる建物に。
謎の男がなんだ。僕よりちょっとかっこいいからなんだ。
僕は霊夢が好きなんだ。その想いで負けはしない。
「ここで待ってればまた霊夢たちが来るはずだ」
「そうだね」
昨日とまったく同じ場所で、茶屋の前を張り込む僕と魔理沙。
霊夢たちはまだ現れない。少し早めに来てしまったようだった。
「で、だ。昨日の夜と、今日お前を迎えに行く前に、人里であの男について聞き込みしたんだがな」
「……根気あるね」
「魔法も恋も聞き込みも、根気が大事なんだぜ」
魔理沙がニカッと笑い、親指をぐっと立てた。かっこいい奴め。
「けっこうな数の人に聞いたけど、どうにも正体が掴めないんだ。
この人里に住んでる人間じゃなくて、他の場所からやってきたんだとさ」
「他の場所? まさか外の世界とか?」
「いや、それならもっと話題になってるぜ。お前みたいに」
「確かに……」
この世界の人間にとって、現代世界の人間はかなり珍しい存在らしい。
僕が幻想郷にやってきた時も、あの鴉天狗の新聞記者に追い回されて困ったものだ。
こんな近くの人里に外界の人間が現れたとなれば、絶対に噂のひとつでも耳に入るはず。
「だったらこの幻想郷の、どこかから来たってわけか」
僕が確かめるように言うと、魔理沙が軽く頷いた。
「そういうことだな。慧音と何か話してる姿も目撃されてるが、それほど親密でもないらしい」
「ふーん……」
僕は茶屋の方に目を向けた。霊夢たちはまだ来ない。昨日彼女達を見かけた時間はとうに過ぎていた。
「……なあ、○○?」
「うん?」
「お前、怒らないんだな」
「怒る?」
思いもよらない魔理沙の質問に驚き、僕は茶屋に向けていた視線を彼女の方へ移した。
魔理沙は神妙な顔つきで僕を見つめていた。
「怒るって、僕が?」
「ああ。だって、もしかしたら霊夢が浮気してるんだぜ?
霊夢なりあの男なりに、『裏切られた!』『人の彼女を奪った!』って怒らないのか?」
「……なるほど、確かに僕は怒ってない」
改めて考えてみると、それはとても不思議だった。
僕はどうして霊夢を怒ろうとしないのだろうか。
普通、浮気をした恋人に対しては、嫉妬心と失望からこれ以上ないほどどす黒い感情がこみ上げてくるはずだ。
信頼を裏切られた心は、必然的に怒りを生む。
相手の男に対しても同じ。恋人を奪われるというのは、自分の半身を切り削がれることに近い。怒っていいはずだ。
だが、僕の心にはそんなもの、これっぽっちも生まれなかった。
「んー、なんだろ、それよりも悲しいってのが先にあるのかも。霊夢がどっかに行っちゃうと思って、なんかそれが悲しくって。
それに、僕ってあまり他人に対して怒ったりとかしないし」
「確かにな。私もお前には、文句は言われても怒られたことはない」
「うん、不思議だね。魔理沙の次の研究テーマにでもしてみたら?」
「考えておくぜ。研究するなら、24時間密着で観察するからな」
「前言撤回。それは困る」
「男に二言があっちゃいけないんだぜ。っと、霊夢が来た」
「ん」
道の向こう側から、霊夢がやってきた。昨日と同じように茶屋の前に立ち止まり、誰かを探すように辺りを見回した後、壁によりかかったまま動かなくなった。
待ち人まだ来ず、といったところか。
霊夢の表情はあまりすぐれない。視線は下向きで、いつもの飄々とした態度もなりを潜めている。
今日で男との逢瀬も最後だから、なのだろうか。
また変なことを考える自分の頭を、僕は軽く叩いて戒めた。
待ち人は5分と経たず現れた。昨日と同じような着流しを着て、霊夢に声をかけると、そのまま2人は里の中心部へと歩き出す。
見つからないように後をつける。昨日と同じ道、同じような2人の雰囲気。彼らは結局、あの「宿屋」に向かっているようだ。
「あの宿屋は、家族連れよりも恋人同士が使うことが多いんだってさ。
ほら、里の中心部だけど、少し辺ぴなところにあるだろ。
人の目につきにくいから、そういう目的で入っても恥ずかしくない」
「へえ、って、お前、なんでそんなこと知ってるんだよ」
「前に里の人に話を聞いただけだよ。思い出したんだ」
僕が霊夢の恋人だと知った里の人が、「うひひ、お前に良い情報を教えてやるぜ」と下卑た笑みを浮かべながら、あの宿屋の実態を教えてくれた。
曰く、恋人同士の逢瀬によく使われている、と。
2人暮らしをしている僕には役に立たないと忘れかけていたが、今はとてもの有益な情報だった。いつかお礼のアクセサリーでもあげよう。
「ほんっと、冷静だな、お前」
「誉め言葉、どうも。さて、それじゃあ……」
僕は宿屋の入り口に改めて目を向けた。
霊夢たちは、結局あの宿屋に入っていってしまった。
昨日と同じように、男が霊夢をエスコートし、霊夢はとことこと建物の中に入っていった。
どうしたものか、と思う。
彼らの真実を明らかにし、霊夢に僕と一緒にいるのか決めてもらうと意気込んでみたものの、やはり現場に乗り込むのは尻込みしてしまう。
息巻いて突入したものの、「あなたなんていらないわ。この人の方がいい」なんて霊夢に冷たく言われた日には、僕の意識は無限の彼方に飛んでいってしまう自信がある。
僕は怖い。霊夢に必要とされなくなるのが。
「お、おい、どうした?」
「え?」
「なんでいきなり泣いてるんだよ」
「あ、え? うわ、ほんとだ」
いつの間にか僕の目から温かい涙が流れていた。
まったく気がつかなかった。泣いているのに気付かないなんて、本当にあったのか。
僕は慌てて涙をぬぐい、取り繕う。
「……うっ、いや、なんか、霊夢が僕のことをもう求めてないとか考えたせいか、あはは」
あからさまなまでに強がりの笑い声をあげてしまう僕。女性の前で泣くなんて、恥ずかしくて仕方なかった。
また「私の胸で泣くか?」とからかわれてしまいそうだ。
だが予想に反して、魔理沙は笑ってくる様子もなく、機嫌悪そうに眉をひそめるだけだった。
「……くそっ」
「魔理沙?」
「○○がこんなに……なのに霊夢の奴」
魔理沙の様子がおかしい。明るくはつらつとした彼女には珍しく、怒気のオーラが立ち上っている。
「○○! いくぞ!」
「え? まさか中に?」
「当たり前だ! 私も一言言ってやらないと気がすまなくなってきた!」
「お、おい」
「乗れ! 一気に突っ切るぜ!」
僕を無理やり箒に乗せると、あろうことか宿屋に向かって全速力でぶっ飛んでいった。
「うわ!」
洒落にならない爆発音で、建物全体が大きく揺れた。
魔理沙が扉を魔法でぶち破ったのだ。中に侵入した僕達は、廊下を猛スピードで突っ走る。
まるで室内ジェットコースターだ。景色がめまぐるしく変わり、僕は必死になって魔理沙にしがみついた。
魔理沙は霊夢の気配を探しているのか、何度かぐるぐると宿屋全体を回ると、唐突に「あそこだ!」とひとつの部屋を指差した。
宿屋の中でも一番奥にある部屋だった。周辺に部屋もない所から見て、おそらくかなり広い部屋なのだろう。
魔理沙は「いくぜ!」と短く告げ、マスタースパーク(もちろん最小パワーで)を扉にぶっ放し、もうもうと上がる煙の中を突入した。
「いて!」
急ブレーキをかけた箒から振り落とされてしまい、僕は慌てて受け身を取った。
幸運なことに怪我もせず、もうもうと上がる煙のせいで何も見えない中、畳の上を立ち上がる。
「ごほ、ごほ! 魔理沙、強引過ぎるぞ!」
「な、なに? 誰なの?」
霊夢の声が聞こえて、僕はその場に固まった。
この部屋に彼女がいる。見えないけれども確かに。
「霊夢」
僕は思わず彼女の名前を口にした。
「○○? ○○なの? ど、どうしてここに」
「霊夢ー!」
「この声は魔理沙? あなたもここにいるの?」
「お前なー! どうしてこんな所にいるんだよ、この馬鹿やろう!」
「なに言ってんのよ、○○も魔理沙もどこに、って、あーもう、何も見えないじゃない!」
僕は手探りで窓を探し当て、思いっきり開けてやった。
すると窓から破られた扉へと猛烈な風が吹き、視界を隠していた煙を散らせていった。
視界がクリアになった部屋の中。
僕の目の前に、求めてやまない人物が現れた。
「……霊夢」
「○○、なんで」
驚く霊夢の胸に、やはり木彫りのお守りはなかった。
そして彼女の隣には、僕よりも近い距離であの男が立っていた。
その距離が、僕の心を苛める。
霊夢、やっぱり僕は君の隣にいられないのかな?
「おい、博麗!」
例の男が叫んだ。だがその前に、僕は「それ」に気がついていた。
霊夢の後ろに見える黒い影。
幻想郷に来てから、特に危険への反応が過敏になった僕は、それが霊夢に襲い掛かろうとしているのを直観した。
考えるよりも早く動く身体。
僕は霊夢を抱え、黒い影の襲撃をその身に受けた。
「ぐっ!」
「○○!」
霊夢の悲鳴にも似た声が聞こえた。
彼女が傍にいる、捕まえたというのが実感できて、とても満足したのを覚えている。
霊夢、君はこうされて嫌じゃないのかな?
そこから僕の記憶はない。意識が持っていかれたのだ。
よって、ここからは後に魔理沙から聞いた話である。
「○○! ○○!」
床に倒れたまま動かない僕の身体を霊夢は何度も揺さぶり、名前を呼び続けていた。
だが、僕が返事をすることはない。その瞬間の霊夢は顔面蒼白で、手先がかすかに震えていたという。
「博麗! まずはこっちだ! 早くしろ!」
一方、突然現れた黒い影は、再び霊夢に襲い掛かろうとしていた。
だが、それをあの浮気相手の男が食い止めていた。
彼は護符を片手に霊夢の後ろに立ち、援護を求めた。
魔理沙は慌ててその男の援護をしようと、呆然としていた頭を奮い立たせた。
八卦炉で吹き飛ばすべきか、まずは○○を助けるべきか。
そうやって迷っていた所で、ふと霊夢の表情を見た時、魔理沙は取り出した八卦炉を思わず落としてしまった。
『無表情になったかと思ったら、瞬きする間に怒りと憎しみの鬼に変わった』
これは魔理沙が、後に身体を震わせながら言った言葉だ。
「よくも……○○を……」
霊夢は僕の身体を優しく床に横たわらせると、ゆっくりとした動作で後ろを振り返った。
そこではまだ男が黒い影を食い止めていたが、彼もまた霊夢の表情を見ると驚愕し、自然と彼女に道を空けた。
護符によるジャマが入らなくなった黒い影は、これ幸いと霊夢を襲おうとするが、それはあまりにも無謀だった。
「私の大切な人を傷つけたこと……後悔しなさい」
冷たく言い放った霊夢の手から、何枚もの護符がばらまかれた。
護符は空中に浮かび、淡い光を放っていた。
さらに霊夢は特殊な足さばきでも使っているのか、ゆっくりと分身しているかのように残像を残しながら、黒い影へと近づく。
そうして彼女の位置がよく掴めないまま、さらに大量の護符が空中にばらまかれる。
「夢想封印――瞬」
彼女がそう宣言すると、部屋中を埋め尽くしていた護符が一斉に黒い影へと襲いかかった。
弾幕ごっこと違って逃げる隙間もないほど濃密な攻撃は、どんな者でもなすすべもなく受けてしまう。
半分以上の護符が影を覆った後も、敵の断末魔が聞こえようとも、その攻撃は慈悲の心を一片も見せることなく、降り注がれていく。
黒い影がなんとか反撃しようするものの、霊夢はその全てに先手を打ち、護符を叩き込んでいく。
霊夢に対峙した敵はその存在全てを否定され、塵も残さず消滅した。
「すげえ……」
魔理沙が思わずそう呟いてしまうほど、強烈な攻撃だった。
弾幕ごっこでは決して見せない彼女自身の「怒り」は、見る者を圧倒させた。
そんな恐ろしい攻撃を放った少女は、しかしすでに怒りの鼓動を沈め、静かに僕の傍へと座り込んだ。
何度か僕の顔を撫でると、「行ってくる」と誰に告げたのかも分からない小さな呟きと共に、僕を抱え、窓を潜り抜けて空高く飛び上がった
そのあまりにも急な展開に呆然としていた魔理沙は、慌てて箒を駆ってその後を追おうとするものの、すでに霊夢は後姿すら残していなかった。
「は、はええ」
自分よりも、まさか鴉天狗よりも速いんじゃないだろうかと、疑いたくなる速さだった。
頭を掻き、首をひねって、どこに行ったのかと方角を確かめてみる。
すると彼女の行動が全て理解できた。
霊夢が向かった先には、あの迷いの竹林がある。
そしてその中には、かの天才薬師がいることだろう。
「そっか」
魔理沙は納得し、霊夢に僕のことを任せて、自分は再び宿屋へと戻ることにした。
1人残されたあの男に、事情を聞いてみようと思ったからだった。
「仕事は、あの宿屋の部屋に憑りついた、強力な悪霊のお払い。
あの男は悪霊専門の退魔師で、久しく悪霊と戦ってない自分をサポートするために、慧音が呼んでくれた……というわけか」
「そうよ」
「ってことは、やっぱり僕達の勘違いだったんだ」
「当たり前でしょ。まったく、後始末が大変だったわ」
あの出来事があってから丸1日経ち、僕は博麗神社にて目を覚ました。
外を見ると夕焼けが下界を照らしていて、最初は1日経ったことが分からず、どうして神社にいるのか分からなかったものだ。
布団の中で目覚めた僕に気付いた霊夢は、少し驚いた表情をした後、ふわりと花の咲いたような笑顔を見せてくれた。
「霊夢が笑ってる」と僕が呟くと、彼女は「そうよ」と軽く僕の頭を指でつつき、僕の身体を起こしてくれた。
湯のみ一杯の水を貰い、今こうして全ての事情を話してもらってるところだ。
ちなみに、僕の怪我は物凄く軽かったらしい。
あの永遠亭の永琳がわざわざ診察してくれたようで、軽い打撲と脳震とうだけだったとか。
当たり所が良かったのか、悪霊の力がそれほどだったのか、どちらかなのだろう。
自宅で2,3日静養しなさい、と永琳は霊夢に意地の悪い笑みを浮かべながら言ったのだとか。
霊夢は僕の傍に座ると、はあ、と大きなため息をついた。どうもいつも以上に疲れている様子だった。
「あなたをここで寝かせた後に、宿屋の主人と慧音がここに押しかけてきたのよ。
『どうしてあんなことになったんだ!』って。破壊された宿屋のことよ。
とりあえずは悪霊が暴れて壊したって言い訳しておいたけど、 あの様子じゃ、まだまだ追求されそうだわ。
魔理沙と○○のせいだって言っちゃおうかしら」
なんともまあ、それは辛い時間だっただろう。特に慧音にはお説教でもされたに違いない。
その騒動の原因は自分と魔理沙にあるので、僕は申しわけなく思ったものの、「けど」と少し言い訳もしたくなった。
「僕もそんなことになってるって聞いてたら、宿屋にも行かなかったよ。
悪霊が出たなんて噂もなかったし、僕はただの妖怪退治だと思ってて……」
「宿屋で悪霊が出たなんて話が広まったら、営業に差し障るって口止めされてたのよ。
それに私、最後の仕事が外での妖怪退治じゃないって言わなかった?」
言っていた……かもしれない。
「言ったような言わなかったような……霊夢のことで頭が一杯で、あまり覚えてない」
「そう言われたら怒るに怒れないじゃない、もう」
霊夢の頬が少し赤くなった。かわいい、と不謹慎ながら思ってしまった。
彼女はそれを隠すようにしばらく顔を背け、落ち着きを取り戻すと、あそこで何があったかの説明を続ける。
「あの悪霊、すごく狡猾でしぶとかったのよ。部屋のどこかに潜んでて、なかなか尻尾を出さない。
無理やり払おうとしても部屋が壊れちゃうから駄目だったし、根気よくあの部屋で出てくるのを待つしかなかったの。
あの退魔師の力を借りて、煙でいぶり出すみたいにね……で、ようやく出てきたと思ったら、あなた達が乱入してきたってわけ」
「面目ない……あ、けどそれじゃあ、お守りは?」
「お守り? それって……まさかそれも聞いてなかったの?」
霊夢が呆れたようにため息をつく。
僕は何が何やら分からず首を傾げると、霊夢は「待ってて」と、突然部屋を出て行ってしまった。
しばらく待っていると、彼女は手に何かを持って戻ってきた。
「ほら、これ」
霊夢の手には、あの木彫りのお守りが乗せられていた。
ただし、紐を通す穴の部分が割れていて、首飾りとして役に立たなくなっていた。
「壊れたから直してって、私の部屋に置いておくからって、前に言ったじゃない。
1日ぐらいで直ると思ってたら、全然手付かずのままだったし……やっぱり聞いてなかったのね」
「うっ……そうだったのか……」
心ここにあらずの状態が続いていたので、霊夢からの大事な話を全部聞き流していたようだ。
それほど僕はショックを受けていたのかと思う反面、霊夢との大切な時間をないがしろにしてきたのだと、自分を責めたくて仕方なかった。
「はあ……まったく、私のことを信じてなかったわけ?」
「いや、そんなことはないですよ、はい」
「嘘っぽい」
「……ごめんなさい」
「反省しているなら、よろしい」
霊夢は満足げに頷き、僕の頭を優しく撫でた。
霊夢から僕にそうやって触れてくるのは滅多にないことで、僕は思わずその優しさに溺れてしまいそうになった。
「で」
しかし、その手が急に僕の頭をガシリと掴んだ。
霊夢は変わらず微笑んでいるが、目が笑っていない。というか、怒っている?
霊夢が怒る? そんなことがありえるのか?
「どうして魔理沙が一緒にいたのかしら?」
「え、いや、その……魔理沙には色々相談に乗ってもらったり、協力してくれたりとかで」
「ふーん……なるほどねえ。じゃあ、おとといの夕ご飯が2人分あったのも、魔理沙がここに来てたから?」
「う、うん。結局食べて帰らなかったけど……れ、霊夢?」
「何よ」
「怒ってる?」
「怒ってないわよ」
そう言いながらも、霊夢はとても不機嫌そうなオーラをかもし出している。笑顔のままなのがとても不気味だ。
何をそんなに怒っているのだろうか。
魔理沙と一緒に何かをするなんて、これまでにも何度かあったことだろうに。
「いや怒ってるって、イタ、イタタタタ!」
「私の浮気を疑う前に、自分のその無自覚な心をなんとかしなさいよね、まったく……」
こめかみを押さえられるととても痛い。短い人生でそう経験できないことだろう。
その痛みに泣きそうになるが、次に突然感じられた柔らかい感触と良い香りに、僕はびっくりして固まってしまった。
霊夢が僕の胸によりかかってきたのだ。
「……」
「……」
僕も霊夢も何も言えなかった。霊夢の体温がとても暖かくて、いつまでも浸っていたい気分だった。
肩をとり、強く抱きしめると「ん……」と霊夢がかすかに声を出した。
「心配だったんだからね……」
ぽつりと霊夢が呟いた。
「僕もだよ」
「私の方が心配してた。あんなこと、もうしないでよね」
「あれはとっさに身体が動いたから……約束しても守れるかどうか」
「馬鹿」
とんっ、と胸を小突かれた。
「……私は、あなたが大事」
「うん」
「おとといの夜のあなたは、なんだか冷たかった。大事な人に嫌われたのかと思った」
「あれは……僕も、霊夢に嫌われてるのかと思って、まともに顔を合わせられなかったんだ」
「そのせいで仕事も調子が出なかったわ」
「ごめん」
「ねえ、○○」
「うん?」
「○○も、私のことが大事?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、あんなことしなかった」
「あそこに来たのは、あの人に嫉妬してたから?」
「嫉妬というよりも……悲しかったかな。霊夢がいなくなると思って」
「いなくならないわよ。ずっと、○○と一緒」
霊夢の顔が近づく。唇に柔らかい感触。
僕は彼女の身体を引き寄せ、強引に布団に押し倒した。
紅白の衣装がふわりと舞う。霊夢が少し赤みがかった顔で僕を見つめているのが、とても幻想的な光景だった。
彼女の上に乗りかかりながら、僕は彼女の唇に触れるか触れないかまでの距離まで顔を近づけた。
「霊夢」と呼びかけると、「ん?」と返事が。
「一緒に寝る?」
「……おとといに言って欲しかったわ、そのセリフ」
「ごめんね」
「いいわよ。その代わり……優しくしてね」
「うん」
オレンジ色の夕焼けを避けるように、僕は障子を閉めた。
「で、元の鞘に収まった、ってわけか」
「そもそも刀と鞘が離れていたわけじゃなかったんだけどね」
翌朝の博麗神社にて、僕は縁側でお茶を嗜みながら、朝早くからやってきた魔理沙の話し相手をしていた。
魔理沙も今回の事の顛末をあの退魔師の男から聞いていたようで、「いやー、私の勘違いだったぜ、ははは」と、本当に邪気のない笑い声をあげていた。
少しは先走ったことを反省してほしいものだ。
僕も人のことは言えないが。
魔理沙は僕の隣に座り、出されたお茶を一気に飲み干してしまった。
だからもっと大事に飲んで欲しい。
「まあ、よかったじゃないか。浮気は誤解で、霊夢の仕事も終わり、当分は甘々な生活が送れるんだぜ?」
「境内の掃除をするのが甘い生活と言えるかどうか」
僕は掃き箒を持ち、一息ついていた掃除を再開することにした。
霊夢から指示された今日の仕事はこれだけだった。洗濯もご飯の用意も倉の掃除も、「私がやるわ」と言って霊夢が全て引き受けてしまったのだ。
軽傷でも怪我をしたんだから無理せず休みなさいとは、今日の朝、僕の隣で目覚めた霊夢が言った言葉。
「愛されてるねえ」と魔理沙に言われるまでもなく、霊夢の優しさがとても嬉しかった。
「あーあ、私も心配してくれる恋人が欲しいもんだぜ」
「恋色の魔法使いのくせに、自分の恋には臆病なのか?」
「うっさい。色々あるんだよ、私にも」
唇をつきだして拗ねる魔理沙。あ、やっぱりこの表情を浮かべてる魔理沙はかわいいと思う。
昨日の夜の霊夢にはさすがに勝てないが。
魔理沙は煎餅をかじると何かを思い出したようで、僕を見るなり意地の悪い笑みを浮かべた。
「まあ今回は良いもの見れたな。怒った霊夢とか……泣いてる○○とか」
うっ、と僕は言葉に詰まる。宿屋に突入しようとした直前のことを言っているのだろう。
自分でもあんな所で泣くとは思わなかった。一緒の不覚だ。
「あれは忘れてくれ。恥ずかしい。自分のふがいなさで泣けてくる」
「だったら、私の胸で泣くか?」
「……そのまな板が霊夢より成長したらな」
「なっ!!」
思わぬ僕の切り替えしに、魔理沙の顔が突発的に赤くなった。
ざまあみろ。人の痛いところばかり突っついてくるからだ。
だが、魔理沙の思考は少し変なところに飛んでしまったようだ。
もじもじと胸の前で指を回し始めた彼女は、たいそう聞きにくそうに質問してきた。
「れ、霊夢ってそんなに大きいのか?」
「……はあ?」
「そ、それに、大きさを知ってるってことは、もしかして、その……そういうことをしたってことで……うぅー」
赤い顔をさらに赤くし、俯いて黙ってしまった魔理沙。
なるほど。魔理沙はこういう直接的な話に耐性がないようだ。
からかうネタができて万々歳。ただ、この手のネタは僕もあまり口に出したくない。恥ずかしい。
「ま、まあ、大きい小さいとかそんな問題じゃないさ。大事なのは形だって言うし……って、何言ってんだ僕」
ぽりぽりと頭を掻き、いまだ顔をあげない魔理沙を見てなおさら恥ずかしくなってきて、ふいと視線を魔理沙の後ろの方にやってみた。
「あ」
「楽しそうな話してるわね、○○、魔理沙」
ちょうどお茶のおかわりを持ってきたらしい霊夢が、喜々一色となった顔を僕と魔理沙に向けていた。
しかし、騙されてはいけない。彼女は笑顔で人を威圧することのできる人物であることを。
その笑顔の怖さを知っているのは魔理沙も同じなのか、僕達は2人して恐れをなし、霊夢の前で身体を小さくすることしかできなかった。
「ねー、魔理沙ー」
「な、なにかな、霊夢さん?」
よほど怖いのか、魔理沙の口が震えている。
そんな彼女の後ろから首に腕を回し、抱きかかえるようにして密着する霊夢。
「あなたが、○○に変なこと教えたのよねー。浮気してるだとか何だとか」
「い、いや、私はありのままの事実を話しただけでな」
「宿屋に突撃して、壁やら扉やら壊したのは魔理沙なのに、慧音にお説教されたのは私なのよねー」
「あははは、私もあの宿屋には悪いと思ってるんだぜ? 本当だぜ?」
「なら一度成仏して、反省してきなさい」
「ちょ、首はダメ! 息が詰まる! ギブギブ!」
チョークスリーパーホールドをかける霊夢と、必死になってタップしている魔理沙。
ほほえましい光景だが、一瞬だけこっちを見た霊夢の目が、「あんたも覚悟しなさい」と言っている気がして、僕は嫌な汗をかいてしまった。
「極楽にいけー!」
「死ぬ死ぬ! まだ亡霊にはなりたくないぜ!」
魔理沙とじゃれあう霊夢の胸には、あの木彫りのお守りがある。
僕が昨日の晩に、急いで直したのだ。
無重力の巫女は、僕の隣にいてくれている。
あのお守りは、無重力の僕と彼女の絆を結んでいる。
僕達はきっと、手をつないで空を飛んでいるのだろう。
できることなら、ずっと一緒に――
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最終更新:2011年02月27日 00:24