魔理沙16



新ろだ95


「やっぱ旅は夜行列車だな」
「お、ようやく魔理沙も風情が分かるようになったか。1ヶ月前に比べりゃ大きな進歩だ」
「何を言うか。私は最初から風情の分かる魔法使いだぜ」

 八雲紫主催の今回の旅行企画。俺達は魔理沙の『次がいつあるか分からないなら、このチャンスに全力をつぎ込むぜ!』
という宣言のもと、1ヶ月丸々掛けての日本縦断を決行した。

 そして神無月も残す所1日となった今夜、俺達は地方都市発の夜行列車の中にいる。
駅はとうに見えなくなり、窓の外を流れる電灯も次第に速さを増していく。

「初めて新幹線に乗った時は子供みたいにはしゃいでいたのにか?」
「その話はやめてくれ。今思うとかなり恥ずかしい」
照れたように言う魔理沙。はにかんだ笑顔が可愛かったので、意地悪く言い返してみた。
「あの時の魔理沙は可愛かったなー。顔を窓に押し当てて外を見てさー……」
「だからやめろって言ってるだろー!」

 そう言ってポカポカ叩いてくる魔理沙。しかし、本気で嫌がっている訳ではない証拠に、
手にほとんど力が籠っていないし顔も笑みのままだ。
こちらが手を上げて降参すると、満足したのか叩いていた手を止め――

「おっと」
「ふふっ」

 倒れ込むようにして膝の上に体を預けてきた。
しばらくもぞもぞと動いていたが、収まりの良い位置を見つけたのかすっと力を抜いて、
そのままこちらをじっと見つめてくる。
こっちも魔理沙の澄んだ瞳を見つめ返し、無言のにらめっこが始まる。
ずっとそうしていても良かったのだが、魔理沙の頬がじわじわと朱く染まっていき、それでも尚見つめ続けたら
ふいっと目を逸らされてしまった。
 苦笑しながら頬を染めた魔理沙の髪を指で梳くように撫で、逸らされた目線を追って窓に目をやる。
見える景色は大都市の煌々とした光に比べれば幾分か暗く、幻想郷の灯に比べれば大分に明るい町だ。

 二人して無言で外を眺めていると、不意に魔理沙が沈黙を破り
「もうこの旅行も終わりか……。なんだか名残惜しいぜ」
しみじみとした口調で言った。普段と違う様子に面食らいながらも、少しからかいを込めて答える。
「まだ終わった気になるのは早いぞ。おうちに帰るまでが旅行だからな」
「おうちに帰るまで、か……」

そう言って再び沈黙する魔理沙。心なしか元気が無いように見える。
しばらく遠くを見つめて考え込んでいたが、何かを決心したように小さくうなずくと
起き上がって俺の隣に座り直し、こちらの目をまっすぐ見つめて、言った。

「○○。このままこっちの世界に残りたいと思ってないのか? 幻想郷より元の世界の方が良いって思わないのか?」

 不安げな目で見上げてくる。そんな魔理沙を安心させたくて、俺はわざと断言口調で答えた。

「もう何年も前に離れた場所だ、こっちの世界に未練なんてないさ。
 それに、魔理沙だけを幻想郷に帰したら、そっちの方がよっぽど後悔する」
「でも――」
「前にも言っただろ?俺が一番大切なのは魔理沙、お前だって」
「……」

 言い返そうとした言葉を押し切って最後まで言いきると、魔理沙はもう何も言おうとはしなかった。
しかし、まだ納得していないのは見てとれる。俺が本心を隠しているのではないかと疑っているのだろう。
そりゃそうだ。俺自身でさえ心の中にわだかまったもやもやした気持ちをうまく表現できる言葉が見つからないのだから。

 自分の気持ちを表せる言葉を探して、だんだん民家の明かりもまばらになってきた景色に視線を逸らす。
自分がいま何を思っているのか、何をしたいのか、どこへ行きたいのか。
明確な答えが得られないまま、とにかく言葉を紡ごうとしたその時

「――」

こつん、と何かが肩に触れる感触がした。

「――魔理沙?」

思考を中断して見てみれば、魔理沙が肩にもたれかかってきていた。
よく耳を澄ますと、列車のガタンゴトンという音に混じって小さく規則的な寝息も聞こえてくる。

「……さすがに疲れが溜まってたのか」

 何しろこの1ヶ月間、誇張なしに日本全国1周したのだから。
いくら元気印がトレードマークの魔理沙とはいえ、流石に体力が持たなかったのだろう。
あるいは明日で終わりだと思って気が緩み、今まで溜まっていた疲れが一気に出たのか。

「まったくしょうがないな」

 口では悪態をつきつつも、起こさないようにそっと頭の位置を調整してやる。
そして、寝る前に故郷の景色を目に焼き付けようかと窓の外に目をやり――

「ははっ。傑作だな」

 思わず笑ってしまった。
 ちょうどトンネルに入った列車の窓からは外の景色は見えず、
かわりに窓ガラスに映っていたのは、俺にもたれて幸せそうに眠る他ならぬ魔理沙の姿だった。
先程まで悩んでいたことが急に馬鹿らしく思えてくる。俺が悩むまでもなく、答えはとっくに決まっていたようだ。

「絶対にお前を離さないからな」

そっとベッドに寝かせた魔理沙をぎゅっと抱き締めて耳元でそう囁いてから、列車がトンネルを抜ける前にカーテンを閉めた。
愛しい人の横にそっと潜り込んで、起こさないように軽くキスをする。
小さな手を離さないようにしっかり握って目を閉じ、襲ってきた睡魔に意識を手放す。
繋いだ手が握り返してきたように感じたのは、ただの錯覚だろうか。



――そして翌朝

「よお、お久しぶりー」
「お久しぶり」
「一ヶ月ぶりに会うと、結構長く経ったように感じるもんだな」
「ああ。しかも今回は特にな」

 東京の駅前広場の一画、俺達が着いた時にはそこに人と人以外が大集合していた。
固まって喋っている男連中を見つけ、今回の旅行について報告しあう。
 魔理沙はと言うと、少し離れた所でこれまた固まって話に華を咲かせていた霊夢やアリス達を見つけ、
風のように走り寄って行った。


「みんな揃ったようね。では、これより幻想郷に帰還しますわ」

  全員揃った事を確認して、恋人の●●の腕を掴んだ八雲紫が声をかける。
いつの間にか横にいた魔理沙が腕を絡めてくる。周りを見渡すと、どのカップルも手を繋いぐか腕を組むかしている。
紫が腕を軽く振ると、前にスキマが開き、その向こうには懐かしい幻想郷の風景が見える。

「1ヶ月がかりの旅行もお終いか。なんだか終わらせるのが惜しいな」

順番が回ってくるのを待つ間に、横にいる魔理沙に尋ねてみる。きっと同意してくれると思ったのだが、

「違うだろ○○。今言うべきセリフはそれじゃないぜ」

魔理沙はいたずらっぽく笑い

「お家に帰るまでが旅行、だろ?」
「そうだったな、これは1本とられた」
 笑い合っているうちに順番が回ってきた。

 このスキマを潜れば、もうこっちにもどることはできない。

 自分の故郷だった世界を最後にぐるっと見渡し、大きく息を吐くと、軽くスキップでもするように自分の世界に飛び込んだ。

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最終更新:2010年05月15日 00:58