魔理沙17



新ろだ98


 来る春の陽気に誘われて、今宵は久方ぶりの大宴会。
 男子禁制、飲み過ぎ上等。
 女の子たちだけで、たまには羽目を外させろ――というコンセプトでありました。
 場所はいつも通りの博麗神社。
 神社へと続く石段の両脇、境内を囲む並木。そこかしこに植えられているのは、様々な種類の桜たちでした。
 咽返るほどに幽艶な色を湛える桜は、言葉で表現しつくせないほどの美しさで佇んでいます。
 この神社の桜はすでに現界に無く、幻想となったものではないかと言われている……そのような噂が立つほど、
 桜の名所として知られています。
 さて、掃き清めた境内に、大風呂敷を広げてのどんちゃん騒ぎとなりました。
 料理やつまみは紅魔館のメイド長を筆頭に、得意な連中が担当し、それ以外の輩はありったけの酒持って来い酒、ってな具合です。
 紅白巫女の音頭で乾杯。
 思い思いの酒杯やらグラスやらジョッキやらの打ち合わせられる音が、宴会の始まりを告げました。
 待ちかねたかのように、プリズムリバー楽団のアンサンブルが響き渡ります。
 どうやら昨日から泊まり込みで、練習に励んでいたよう。舞台端には夜雀も待機していて、合同演奏会となりそうです。
 本日の特別ゲストは、まだ春を撒き足らなくて、ふよふよ彷徨っていた春告精ことリリー・ホワイト嬢でありました。
 たまたま神社の近くを通りかかったのが運の尽き。
 悪ノリしている酔っぱらいどもに、よってたかって拉致られて、本日最高の酒の肴(もちろん、性てry)にされてしまいましたとさ。
 そんなこんな大騒ぎしているうちに、宴もたけなわ。
 夜も更けてまいりまして、早めに帰るやつは帰り、飲み続けるやつは飲み続け、死屍累々の死して屍拾うものなし。

 おやおや?
 よく見ると、普段は最初からぶっ飛ばして飲みまくり、絡み酒に泣き上戸、
 いのいちばんにグロッキーになっているはずの恋色魔法使い、霧雨魔理沙が、
 神社の縁側に座り込んでぼんやりとしているではありませんか。
 いちおうお猪口は手にしているようですが、ほとんど飲んだ形跡もございません。
 澄みわたる夜空を見上げたまま、何やら考え込んでいるようです。
 はてさて、どうしたことでしょう。
 そもそもこんな騒ぎの場に、独りで居ること自体が稀。
 いつだって彼女の周りは騒がしく、笑いに満ちている――という印象があります。
 しかしながら今宵は存在感もなく、表情も陰りがちであるように思います。
 魔理沙の纏う雰囲気を察しているのかいないのか、いまのところ誰も彼女に話しかけようとはしていません。
 いつのまにか月は妖怪の山裾へと沈み、星は天を満たすがごとくに煌めいています。
 星明りに照らされながら、桜の花びらがひとひら、ふたひらと揺落していく。
 それを、ぼんやりと眺めていた魔理沙が、ふと立ち上がりました。
 彼女は未だ飲み続けている連中へと歩み寄り、

「ちょっといいか、幽々子」

 と、声をかけました。
 名指しで呼ばれたのは、冥界の姫君、西行寺 幽々子嬢であります。
 容姿端麗、ないすばでー。
 かなりの天然&マイペースのおねぃさん系という、それ何てギャルゲ? な亡霊少女でございます。
 宴会がはじまってから先ほどまで、親友とも言うべきスキマ妖怪と飲んでいましたけれども、いささかも酔った気配はありません。
 ほややんとしたほっぺたが、ほんのりと朱に染まっているくらいでしょうか。

「どうしたのかしら?」

 魔理沙の真剣な様子に、すこし訝しがりながらも言葉を返します。

「相談したいことが……あるんだぜ?」

 何やら口調がおかしいのはご愛嬌。
 本人、滅茶苦茶真面目な様子なので、ツッコミは厳禁ですかね。
 いま彼女と一緒にお喋りに興じていたのは、この神社の主と、紅魔館の主。
 話題が合うのか合わないのか、いまいちわからない組み合わせ。
 それぞれの従者たちは、早々に沈没して、そこらに転がっています。
 隙間妖怪は「一旦仮眠してくるわ」と、セルフ神隠しでスキマの狭間に消えていきました。

「相談……私に?」

 小首を傾げながら、西行寺さんは問います。
 彼女の疑問ももっともな話。
 周囲の知る限り西行寺幽々子と霧雨魔理沙に、接点はあまりないはずです。
 それが、このタイミングを狙っての相談事とは、想像の余地が広すぎるでしょう。
 左右を見回しながら、身を縮めるかのような仕草をする魔理沙。
 彼女の様子から、あまり聞かれたくない話だろうというのがわかったのか、紅白と吸血鬼は知らぬふりを決め込んでいる様子。

「ああ……だからちょっと、耳かせ」

 ごにょごにょごにょ。
 聞いているうちに、西行寺さんの表情が綻んできたのがわかります。
 いったい何を話しているのでしょうか。

「あらあら、明日は妖夢に頼んで、お赤飯かしらね」

 なんということでしょう。

「「ぶふーーーーーーッ!」」

 衝撃の発言に、興味津々に聞き耳を立てていたお二人さま、飲んでたお酒を噴出しました。
 ってか、ちょっと鼻からも出てますよ、お嬢さん方。
 魔理沙は魔理沙で、ナイショ話のつもりが、大暴露会になってしまって顔真っ赤。
 いまにも泣き出しそうな勢いです。

「う、うぁ……」

 というかもう、半泣きでした。
 さすがにマイペースな西行寺さんも、危険な匂いを悟ったのか、あわてて彼女を宥めにかかります。

「ゴメンなさい、内緒の話にしたかったのね。
 でも、ほら、ここにいる二人も彼氏持ちだから、一緒に相談に乗ってもらったらどうかしら?」
「そうね、私にできる範囲でなら」
「――あんな表情されたら、突き放すわけにもいかないじゃない」

 霊夢はもとより、いつもは犬猿の仲であるレミリアにも気遣われています。
 そのことで少しは落ち着きを取り戻したのか、魔理沙は続きをぽつりぽつりと語りだしました。

「この間のことなんだけどな。今夜みたいに綺麗な満月だったから、家の縁側でアイツと月見しながらお喋りしてたんだよ」

 いつもは微妙な男言葉を使って、幻想郷中を飛び回っている彼女ですが、コイバナするときはやはり年相応の女の子。
 恥じらいを含んだ表情は、綻びかけた若芽のよう。
 ああ、いや。ある意味もう開花しちゃったみたいですが、それ言っちゃ野暮でしょう。
 初々しい少女の様子に、周りの空気も自然と暖かなものになります。

「そしたら……その……良い雰囲気になってだな。え、えっと……ごにょごにょ、しちゃったわけだ」
「ビーストモードかしら?」
「ああ、月の光で獣化したのね」
「はじめてなのに、それは辛かったわね」
「ちょっと行って、文句言って来ようかな」

 巫女と吸血鬼が余計な茶々を入れますが、魔理沙にそれをいなす余裕はなさそうです。

「い、いや、そんなことはなかったぞ! アイツは……すごく優しくしてくれたんだけどさ」
「余計な横槍みたいだったかしら」
「ふむふむ――それじゃあ、何が問題だったのよ」
「ほら……お互いがはじめて同士だった所為も、あるかもしれないんだけど……その、なんだ、私が痛がり過ぎちゃったみたいで、な」
「ああ、そっか、そりゃあ仕方ないわね」
「それで、どうなったの?」
「何とか最後まで頑張ったんだけど――」
「わかった」

 ここで、いままでじっと会話に聞き入っていた、西行寺さんが口を挟みました。
 どうやら魔理沙の相談ごとに、見当がついたようですが……。

「たぶん、それから彼氏さんが、いい雰囲気になっても手を出してこなくなった。違ってたかしら?」
「いや、あってる……今までだったら、キスくらいはしてくれるようなときでも、何にもしてこないんだぜ?」
「どういうことかしらね。霊夢はわかる? その理由」
「うーん、ダメね。私だって、そんなに経験あるわけじゃないからさ」
「それでだ、ならば――と思って、私からいろいろやってみたんだ」
「どんなことしたの?」
「風呂上りに、寝てるアイツの布団に潜りこんでみたり」
「ちょっ!? ……思ったより積極的なのね」
「でもさ、どれもグレイズされてるというか、かわされてるんだよな……」

 しゅるしゅるしゅる、と風船がしぼむように、魔理沙は項垂れていきます。
 つい先ほどまで紅潮して声を張っていたかと思うと、次の瞬間にはこれ程までに凹んでいたり。
 不安定な少女の様子に、話を聞いている三人も慎重に為らざるを得ないでしょう。
 少女の吐露は続きます。

「不安になるんだよ。私なんてさ、レミリアみたいに綺麗じゃないし、幽々子みたいにスタイル良くないし、
 霊夢みたいに何でもできるわけじゃないし――だから、アイツに理由を聞くのが怖くて、こわくて……」

 いちど大きくしゃくりあげますが、それでも言葉を止めずに、

「私のこと嫌いになったんじゃないか、とか、私の身体がおかしかったんじゃないか、とか、考え出したら止まらないんだよ」

 決壊した堰は、なかなかもとに戻すことはできない。
 とめどなく零れる雫を拭おうともせずに、魔理沙は喋り続けます。
 そこへ、

「……そう、本当に不安だったのね」

 いつのまにか魔理沙の隣に移動していた西行寺さんが、ぽつりと言いました。
 ふわり、と包み込むように泣き続ける少女を抱きしめます。
 赤子をあやすように、薄い硝子の心が壊れてしまわないように、と。
 豊かな金髪を手櫛で撫でつけながら、西行寺さんは口を開きます。

「大丈夫よ。あなたは彼に愛されているわ。あなたが思っている以上に、ね」
「どういうことだ?」

 抱きしめられた少女の声は今だか細い。

「あなたの彼はね、あなたを傷つけたことを後悔しているのよ」
「私を? そんなはずはない!」
「思い込んでるだけなんだけどね。さいしょ、すごく痛かったーって言ってたわよね」
「ああ――ちょっと泣くくらいにな」
「そのせいねー。痛かった、泣かせたイコール嫌なことをした、と、思い込んじゃったのよ」
「そんなわけないのにな」
「でも、そういうことなのよ。愛する人と抱き合うことに、ひとつになることに、嫌悪感なんて抱くはずがないのに」
「そうだな……ああ、そういうことだったのか」
「たぶん、正解。お互いに臆病だったの、あなたたちは。言葉にしないと伝わらないこともあるのよ。
 だから一度、ゆっくり話し合ってみるといいわ。お互いのために、ねー」
「ありがとよ、幽々子」

 そう言って笑った魔理沙は、まだ涙の跡は乾いてないけれど、いつも通りの不敵な表情でした。

/

 その後すぐ、安心したのか、魔理沙は西行寺さんの腕のなかで眠ってしまいました。
 しどけない表情。
 可愛らしいというか、微笑ましいですね。
 レミリアは神社に泊まっていくようです。
 従者どもがあの様子じゃ、昼過ぎまでは動きようがないわ――と、愚痴っていました。

「なんか、まったく役に立ってなかったわね、私たち」
「逆に勉強させてもらった感が強いかしら」

 なんて会話をしながら、社務所の奥に引っ込んでいったのが印象に残っています。

 もう、境内に残っているのは、潰れて寝ている輩と西行寺さんだけのようです。
 遥かに広がる星空を望みながら、手酌で飲んでいました。
 ふ、と、手を止めて、

「紫、こういう話題のときは、聞き耳立てるの止めたほうがいいと思うわよ」

 虚空に向けて、言葉を放ちました。
 どうやら、スキマ妖怪がスキマを使っていたのでしょう。

「そんなことばっかりやってるから、耳年増とか言われちゃうのよ」

 どこにいるのかはわかりませんが、西行寺さんと会話しているようです。

「恥ずかしがらずに会話に加わればいいじゃない」
「べつに彼氏がいないからーって、ああいう話に加われないわけじゃないのよ。自分の意見を言えばいいじゃないの、
 いつもみたいに余裕ぶって、ね。まったく――でも、そんなあなただからこそ、可愛らしいと思うのよ、私はね」
「はいはい、それじゃあお休みなさい」

 会話は終わったようです。
 しかし、内容は恐ろしいというべきか、意外というべきか、判断に苦しむもの。
 ひとつわかったことは、西行寺さんの口調が、霊夢たちに対するのと比べて幾分か砕けていたことでしょうか。
 やはり仲が良いというのは、本当のことでした。




/




「――最後に、天狗の新聞屋さん。いるんでしょう?」
「あやややや、やっぱりバレてましたか」
「そりゃあ、ねー」
「スキマに気付かれるようでしたから、わたしに気付かないわけないとは思っていましたが」
「さっきのお話の、最初から聞いてましたわね。まさかとは思うけど、記事にするつもりなのかしら?」
「それこそ、まさか、ですよ。わたし自身が同じ状況だったとき、って考えると、そんなことできるわけないじゃないですか」
「……ごめんなさい、あなたの良識を疑って」
「いいえ、構いません。会話に加わるのに出遅れたうえに、
 タイミングを逃してそのまま聞き続けてたっていうのが本当のところですから。
 あんまりピンチになるようなら、加勢しなきゃなーとは思ってましたけど、その必要もなかったみたいですし」
「そうねぇ、今回はたまたま、上手くいっただけよ」
「またまた、謙遜しちゃって。西行寺さんのお話、良かったですよ」
「――幽々子でいいのよ?」
「うーん、わかりました。では、幽々子さん、で」
「ええ」
「そういえば、男性陣もこーりん堂で飲み会なんですよね」
「らしいですわね。たぶん、向こうでも似たような話題になって、似たようなこと言われてるんでしょうね」
「上手くいくと、いいですね」
「同意、しておきますわ」

 静かに夜は更けていきます。
 そろそろ空が白み始めるでしょうか。
 幽々子さんは、立ち上がり、舞い始めました。
 それが何を意味するのかは聞かなかったけど、聞かなくて良いような気もします。
 昨日より今日が、今日より明日が、より良い一日になりますようにと願いながら、
 わたしは最後に残ったお猪口の中身で喉を潤しました。

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新ろだ152


「う…うぅ………」


茸採集を開始してから僅かに10秒。
最初に見つけたのは目的の茸でもなければ珍しい茸でもなく、人。
それもこの森独特の瘴気にやられて瀕死の状態になっている人間だった。


「………………」


まさかこんなモノを見つけることになろうとは欠片も思っていなかったが、
しかし見つけてしまったものは仕方がない。
このまま放置していれば確実にコイツは死ぬだろうし、このまま死なれたのでは目覚めが悪い。
そう思った私はこの倒れている人間を手当てする事に。
と言ってもここに何時までも留まっていては手当ての意味がないので、
しぶしぶ茸採集を中止して自宅へ連れて行くことにした。




















「あの、どちら様ですか?」


これが手当てを終えて意識を取り戻した奴の第一声。
ムカついたのでとりあえず一発殴っておく。


「私は『霧雨 魔理沙』だ。で、お前は?」

「イタタタ……あっ、僕は○○と言います」


自己紹介もそこそこに、私は早速○○に何故魔法の森にいたのかを聞くことにした。
先程も言ったが魔法の森には独特の瘴気が広範囲にわたって常に漂っており、
何らかの対抗手段を持たずに足を踏み入れれば確実に死に至る。
まかり間違っても○○のような一般人が足を踏み入れていい場所では……ん?


「そう言えば○○って変わった服を着てるな」


ふと気付いたのだが、○○の着ている服はあまり見慣れない感じだった。
人里で普通に着られている物とは明らかに違うし、
かといって自分の知り合い達が着ているような独特なものともまた違う。
そう言えば前に香霖堂で似たような物を見た気がするな。
あの時は大して気にも留めなかったが、もしかして○○は………


「えっと、その、僕自身もまだよく判っていないんですけど…」


そして○○がしどろもどろになりながら始めた説明は、私の推測を裏付けるものだった。
どうやら○○は幻想郷の外の世界…こっちで言うところの外界からやって来たようだ。
もっとも強制的に拉致されたというのが正しいかな。あのスキマ妖怪め。
しかしまぁ、これはさっさと霊夢のところに連れて行ったほうが良さそうだな。


「とりあえず博麗神社にで…「ぐぅ~~~♪」…も………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………腹が減ってるみたいだし、飯くらいはご馳走してやるよ」

「えっ? あの、今のは僕ではなくて魔理沙さんの…「○○は腹が減ってるんだよなッ!!!」…ハイ」

「そうそう。人間素直が一番だぜ」


まぁあれだ。
腹が減っては戦は出来ぬって言うし、とりあえず昼飯くらいはご馳走してやろう。




















魔法の森で○○を拾ってから一週間経ったが、○○は相変わらず私の家にいた。
もちろんこれは家主である私も了承している事であり、○○も納得した上での結果だ。


「おはよう、魔理沙。朝ごはんもうすぐ出来るからね」


私が寝ぼけた半覚醒状態でダイニングに足を踏み入れると、
朝食の準備をしている○○が作業の手を止めて私に挨拶してきた。
出会った頃と比べて口調がかなり柔らかいものになっているが、私としてはこっちの方がいい。
次いで○○が作っているであろう料理の良い匂いが私の鼻腔をくすぐり、残っていた眠気が吹き飛ぶ。


「今日の朝はなんなんだ?」


私は席に着きながら○○に今朝の献立を尋ねた。
この匂いからしておそらくは煮物系だろう。


「今日は御飯とお味噌汁とほうれん草のおひたし。メインはあっさり風味の肉じゃがだよ」


作業を再開した○○から背中越しに答えが返ってきた。
予想通りだな。


「あと少しだけ待っててね」

「可能な限り急いでくれよ」


この流れから想像がつくとは思うが、○○の料理の腕は達人を通り越して神の域にあった。
それをまざまざと見せ付けられたのは○○を助けた日の昼食の時である。
助けてもらったお礼がしたいという○○の申し出を受けた私は、
キッチンの使い方を教えて○○に昼食を作ってもらった。
その出来栄えたるや、とても口では説明しきれないほど見事なものだった。
ただ、あまりにも見事すぎたため私の女としてのプライドは木っ端微塵になってしまったが…


「なんで炊くだけの御飯の味まで違うんだ?」

「何か言った?」

「ん、なんでもないぜ」


ともかく○○の作る料理はどれも筆舌尽くしがたいほどに絶品だ。
そんな一度食べれば即虜になるであろう料理の犠牲?者第一号は勿論私だが、
実は既に第二号と三号が存在していた。


「……で、何で霊夢とアリスがさも当然のようにここにいるんだ?」

「細かい事を気にしてちゃダメよ、魔理沙」

「私達友達でしょう?」


一週間前に○○が作った夕食を味わって以来、食事の度に顔を出すようになった霊夢。
四日前に○○が作った昼食を味わって以来、食事の度に顔を出すようになったアリス。
それぞれ食事の材料はキチンと持ってくるので大した負担ではないが、
それでも毎日毎食の度にとなるとさすがに言いたくもなる。


「いいじゃないか、魔理沙。食事は皆で食べた方が美味しいよ」


しかし結局のところ、料理を作っている○○本人がこれなので私の言葉は無意味だろう。
それはどうでもいいとして、どうやら朝食が完成したようだ。
食欲をそそる匂いを立ち昇らせる料理が○○の手によって次々にテーブルへと並べられていく。
配膳を手伝ったりしないのかって?
生憎と私達はこの料理を凝視しながらどんな味なのかを想像するので忙しいんだよ。


「それじゃあ食べようか。いただきます」

「「「いただきます」」」


そして○○の声を合図に食事が始まる。
悪いけどここから先は一切無言だからそのつもりでいてくれ。
理由? 蟹とか食べる時何故か皆無言になるだろ。それと一緒だ。




















魔法の森で○○を拾ってから一ヶ月が経ったこの頃、
私の家は○○の手によって劇的な変化を遂げていた。


「しかし、あの物置同然だった家が変われば変わるものよね」

「ホント。これが一ヶ月前と同じ家だなんて信じられないわ」

「お前ら喧嘩売ってるのか?」


○○の作った和菓子を食べながら失礼極まりない発言をする霊夢とアリス。
悲しいかな私自身も割と本気でそう思っているためこれ以上強くは言えなかった。


「天才料理人にして天才お掃除人って訳か。○○さんって多芸よね」


そう、霊夢の言うとおり○○は多芸だったのだ。
それが驚異的な料理技能に勝るとも劣らないお掃除技能。
一ヶ月前までは至る所にゴミ…もとい蒐集した物が溢れていた我が家は既に見る影もなく。
一体何処にしまったのかと本気で首を捻りたくなるほどキッチリと片付けられていた。


「一家に一人の必需品って感じね。魔理沙、私に○○さん譲ってくれない?」

「誰が譲るか。そもそも○○は物じゃないんだ。そんな言い方はするな」


アリスの物言いに思わず本気で噛み付いてしまう私。
何故かは知らないが、最近○○に関する事に過剰に反応している気がする。


「もう、冗談に決まってるじゃないの」

「冗談だからこそ言っちゃいけない事があるんじゃないか?」

「……そうね。ごめんなさい」


今だってそうだ。
アリスが○○の事を本気で物扱いしてるなんて思ってないのに、
私の口をついて出る言葉にはアリスに対する露骨な敵意が含まれている。
自分の感情を制御出来ないなんて、何だか嫌な気分だぜ。


「…それはそうと魔理沙。○○さんはどこにいるの?」


少し暗くなった空気を変えるつもりだろう霊夢がそう言った。
残念ながら私の機嫌は更に悪くなった。
今日、○○はここにはいないのだから。


「○○は紅魔館だ」


そこで聞きつけたのかは知らないが、
あそこのメイド長が是非○○に料理を習いたいと頼みに来て、○○がそれを了承した。
ついでにレミリアからも○○の料理を食べてみたいという要望もあったそうなので、
今日は向こうで夕食を作りそのまま泊まってくるとの事。
ただそれだけ、なのにどうして私はこんなにイラついているのだろう。


「紅魔館? 大丈夫なの?」

「○○に何かあったら屋敷ごと吹き飛ばすって念を押しといたからな」


レミリアに限って自分から招待した人間をどうこうしたりはしないだろう。
しかし戦闘力皆無の○○にとっては危険が多い事に違いはない。


「そんなに心配なら、どうして同行しなかったのよ」

「………どうしても外せない研究があったんだよ」


メイド長が○○を迎えに来た時に言ったのと同じ台詞を返す。
誤解のないように言っておくがこれは嘘じゃない。
最近継続して行っている研究が架橋に入っており、長時間ここから離れる事が出来ないのだ。
もし失敗すればやり直しに3ヶ月は掛かってしまう。
さすがにもう一度繰り返す気にはならない。


「………それだけ?」


何処か釈然としない感じの霊夢。
アリスも似たような表情で私を見ていた。
別に私は嘘なんかついてないぜ?


「………それだけだ」


だって○○がメイド長と話してた時に鼻の下を伸ばしていたように見えて、
私には見せた事がないような笑顔をメイド長に向けていた気がして、
何故かそんな○○の態度が気に食わなかったからなんて……そんなのが理由な訳無いじゃないか。




















霊夢達が帰ってからさらに半日。
私は○○が作っておいてくれた食事を一人で食べた。
そう言えば一人で食事をするのは○○が家に来て以来初めてだったと気付く。
まぁ、別にどうでもいい事だ。
○○が来る前はずっとそうだったんだからな。


「………………」


私は無言のまま、淡々と料理を食べていく。
いつもと同じように美味しいはずなのに、いつもと違って全然美味しく感じなかった。




















○○が紅魔館に行ってから丸一日。
いつもより重い足取りでダイニングにやって来た私を○○が出迎えてくれた。


「おはよう。それからただいま、魔理沙」


いつの間に帰ってきたのか、普段と変わらぬように朝食の仕度をしている○○。
丸一日見なかった○○の姿。
丸一日聞かなかった○○の声。
たったそれだけで私の心は何か温かい気持ちでいっぱいになっていった。


「………………」


そして同時に物凄く恥ずかしくなってしまう。
細かい事は自分でも解らないが、とにかくこれ以上ないくらいに恥ずかしい。
それはいつもと変わらないはずの○○を直視できないほどだった。
思わず俯いてしまう。


「………魔理沙? どうかしたの?」


無言になった私の様子が気に掛かったのか、料理の手をとめてこちらに近づいてくる○○。
マズイ、マズイぜ。
○○が一歩近づいてくるたびに恥ずかしさがドンドン強くなっていく。
私は一体どうしちまったんだ?


「顔が真っ赤だよ? もしかして熱でもあるのかい?」


そしてコツン…と、私の額に何かが触れた。
何事かと私が目線をあげると、そこにはかつて無いほどに近づいた○○の顔が……
それがその場で私の覚えている最後の記憶。
次に私が意識を取り戻したとき、
目の前にあったのは半壊した我が家と瓦礫に埋まって気を失っている○○の姿だった。




















○○と一緒に暮らし始めてから二ヶ月。
私はこの一ヶ月の間に自分の中で起こっていた異常事態の原因をついに突き止めた。
どうやらその、私は○○の事をす………すすすすす好きになってしまったらしいんだぜ?
言葉は疑問系になってしまったがこの気持ちは本物だ。
だけど、そこで新たな悩みが出来てしまった。


「魔理沙、今日のお昼ご飯は何が食べたい?」


それは○○の私に対する態度。
解りやすく言うと、○○は私の事を異性として意識していないのではなかろうかという事だ。


「…○○の作ってくれるものなら何でもいいぜ」


この想いを自覚して以来、少しでも○○の気を引くために色々な事をやってみた。
しかしどれも空しさしか残らないという散々な結果に終わっていた。
中でも極め付けなのが3日前、風呂上りにバスタオル一枚という姿で迫ってみた時の事だ。
○○の気を引くというより私自身の気が触れそうだったが、そこは何とか気合で堪えた。


『魔理沙、お風呂上りだからっていつまでもそんな格好してると風邪引くよ?』


そんな私の姿を見た○○の第一声がこれである。
さすがに凹んだ。
いくらなんでもこれは凹まざるを得なかった。


『それに顔が真っ赤じゃないか。もしかしてのぼせたのかい?』


そして容赦の無い追撃にしてトドメの一撃。
想いを寄せている異性に対する羞恥を、
よりにもよって長湯したためにのぼせたと勘違いされてしまったのだ。
そりゃあこの姿と今の状況を考えればそうとれなくもないかもしれない。
だけど、せめてちょっとくらいは動揺するとかの反応が欲しかった。


「ああもう、こうなったら仕方がない」


こんな遠回しにアピールしていても○○には通用しない。
ならばいっその事正々堂々と告白してしまおう。
そもそもうじうじと悩んだりちまちまと小細工したりって言うのは私の性に合わないんだ。
うん、そうだ、そうしよう………………でも、断られたらどうしよう。




















○○と一緒に暮らし始めてから三ヶ月。
ついに私は○○に告白する決意を固めた。
告白すると決めてから決意するまでに時間が掛かりすぎじゃないかって?
馬鹿野郎、これでも急ぎすぎなくらいだ。


「へぇ~、綺麗なところだね」

「あ、ああ。私のお気に入りの場所なんだ」


そんな訳で私は○○と一緒にとっておきの場所へとやって来ていた。
うっそうと茂る魔法の森の中にポッカリとあいた小さな広場。
上を見上げれば空いっぱいに広がる満天の星。
足元を見れば月の光を受けた珍しい花々が神秘的な輝きを放っている。
それに魔法の森の中で唯一瘴気が発生していない場所でもあるため、○○も安心だ。
雰囲気を盛り上げると言う意味では最高の場所だった。


「ありがとう、魔理沙。こんな素敵な場所に連れてきてくれて」

「いや、別に。○○には色々と世話になってるしな」


お膳立ては整った。
後は私の想いを○○に伝えるだけ。
恥ずかしさなんてものはこの際無視だ。


「……なぁ、○○。聞いて欲しい事があるんだけど、いいか?」


○○の目を真っ直ぐに見つめながら私は話し始める。
魔法の森で○○を見つけてから始まった今の生活。
最初は家事が異常に得意な居候が一人増えたくらいにしか考えていなかった。


「でも、○○の存在は私の知らない間にどんどん大きいものになっていったんだ」


○○の事になると過剰に反応している自分がいた。
メイド長と話してた時の○○の態度が何故だか無性に気に食わなかった。
一ヶ月ぶりに一人で食べた食事は全然美味しくなかった。
そして紅魔館から帰ってきた○○を見て、声を聞いて、初めて自分の想いに気がついた。


「…つっても、自覚したのはもうちょっと後なんだけどな」


想いを自覚した後、少しでも○○の気を引きたくて色々な事をした。
でも、そんな私の努力は何の成果も生まなかった
むしろ○○が私の事を異性として意識していないのではと感じ、凄く悲しかった。
それでも○○への想いは消えるどころかますます募っていった。


「だからさ、もう覚悟を決めて全部言っちまおうって思ったんだ」


そう、私の全部を伝えるために今日この場所に○○を連れてきたんだ。


「………………」


○○はただ驚きながら私の話を聞いているようだった。
そりゃあ大して意識していなかった相手からこんな事を言われたら誰だって驚くか。
でも○○、まだなんだぜ?


「私からこんな事言われたら迷惑かも知れないけどさ、○○」


もうほとんど告白しちまったようなもんだけど、それでも一番大切な言葉が残ってるんだぜ?


「私は、○○の事が………」


………なのに、どうして私はその言葉が言えないんだ。
もう私の気持ちは伝えたみたいなもんじゃないか。
私がこの後なんて言うのかなんて、○○にも解りきってる事じゃないか。
なのになんでこの言葉だけが言えないんだ? どうしてこんなに怖いんだ?
この言葉を言ってしまったら、それが決定的なものになってしまうって怯えてるのか?
私の馬鹿、もうどっちにしたって今までみたいな関係じゃいられないじゃないか!


「○○の……○○の、事、が…………」


○○の顔を真っ直ぐ見れなくなり、視線を明後日の方向に飛ばしてしまう。
ダメだ、泣くんじゃない。
こんなところで泣いたら全部台無しになるじゃないか。


「……ねぇ、魔理沙」

「………えっ?」


不意に響いた○○の声に反応し、思わず視線を○○の方へと戻す。
そこにいたのは今まで見たことがないくらいに真剣な表情の○○だった。
でも、真剣な表情のはずなのに何故か優しく笑っているような気がして


「実は僕も聞いて欲しい事があるんだけど、いいかな?」


そして○○の口から紡がれた言葉は………………




















「……なるほど。それがお二人の付き合い始めた切欠なんですね」

「へへっ、まぁな」


ブン屋のインタビューに答えながら、私はあの時の事を振り返る。
驚いた事に○○もまた私の事が好きだったというのだ。
私への思いを自覚したのはやはり紅魔館から帰ってきたあの日。
たった一日しか離れていないはずの私の姿を見た時に酷く安心し、
どうしようもないほどの温かい気持ちで心が満たされていくのを感じたらしい。
そして額を合わせたときはさり気なくドキドキしながらだったと言う。
私に対する態度についてだが、これもまた私の思っていた事と全く同じ理由。
つまり、○○は私に異性として見られていないのではないかと思っていたのだ。
中でも○○は私が風呂上りにバスタオル一枚で現れたときの事を例に挙げて、


『あんな無防備な姿を見せるのは、僕を男だと思ってないからとしか考えられないよ』


という風に言っていた。
あの時は私も自分の事で手一杯だったため気付かなかったが、言われてみればそういう見方もある。
だからと言ってそのくらい察しろよ鈍感!……とは、とてもじゃないが言えなかった。
私も○○と同じだったのだから。


「射命丸さん、インタビューは終わりましたか?」


キッチンからお茶と和菓子を持ってきた○○。
もはや当然の事ではあるが、○○は今も私の家で暮らしている。
家主と居候ではなく、愛し合う恋人同士という関係でな。


「ええ、もうほとんど終わりましたよ」

「でも、僕達の事が記事になるなんて、何だか恥ずかしいなぁ」


それについては私も同感である。
何が悲しくて○○との大切な思い出を世間に晒さにゃならんのだ。
ん? それならどうして全部喋ったのかって? そりゃお前、あれだよ。


『幻想郷一のカップルであるお二人を是非とも取材させて頂きたいと思いまして』


こんな事言われたらついOKしちまうだろ?
幻想郷一の最高最強ラブラブカップルなんて事実を言われたら……そこまでは言われてないって?
と、とにかくだ、恥ずかしくはあるがせっかく取材に来てくれたのに追い返すのは失礼だろ。


『魔理沙さんのような素敵な人に想われてる○○さんは幻想郷一の幸せ者ですね』


という本当の事も言われたし。
べ、別に乗せられたわけじゃないんだからな! 勘違いするなよ!!!


「ところで、結局魔理沙さんは○○さんに好きだと言ったのですか?」

「……へ?」

「そう言えば僕が告白し返したせいで有耶無耶になって、結局『好き』って言葉は聞かなかったな」


改めて考えてみると私は未だに○○に『好き』という言葉を伝えていない。
告白の時も○○が私と同じ気持ちだったって事に舞い上がって、
そのまま○○に抱きついて泣きじゃくってしまったっけな。
………なんだよ、私が泣きじゃくってたら悪いって言うのか?


「ふむ。それならこの場で言ってしまわれるのはどうでしょうか?」

「なっ!? ななななにを言い出すんだよお前は!!!」

「ふむ。それはいい考えだな」

「○○!?」


お、おいおい、何だか妙な展開になってきたぞ?
○○と二人っきりならともかく第三者がいる状況で『好き』と言えってのか?


「ちょ、ちょっと待て! 大体○○だって言ってないじゃないか!!!」


そうだ。
私が感極まって抱きついてしまった所為で、○○だって私に『好き』って言ってない。
私だけ追い詰められて恥ずかしがるなんてのは不公平だ。
こうなったら○○も恥ずかしさで身悶えし………


「あっ、そう言えばそうだったね」


しかし○○は私の予想の斜め上を逝っていた。
私の瞳を真っ直ぐに見つめながら満面の笑みで、


「愛してるよ、魔理沙」




















「………わ、私もあ………………愛、してるぜ、○○」


私はそれだけ言い返すのが精一杯だった。

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最終更新:2011年02月26日 22:55