魔理沙18



新ろだ220


 12月24日の夜。俺は夕食の用意をしながら魔理沙の到着を待っていた。
何しろ今日は年に一度のクリスマスイブ。御馳走を作る腕もなるというものだ。そして用意も粗方終わった頃。
「メリークリスマス!」
 風を切る音が聞こえたと思った直後、勢いよく開いた玄関と共に魔理沙が飛び込んできた。
「メリークリスマス、魔理沙。外は寒かっただろ。炬燵が暖まっ――」
 言い終わる前に唇を塞がれた。
思わず顔を引こうとしたが、首に回された腕に固定されて離れることはできなかった。
そのまま体重を預けてきた魔理沙を今度はしっかりと受け止め、さらに背中に手をまわしてぎゅっと抱き寄せる。
 そのまましばらく触れ合うだけのキスをしていたが、やがてどちらからともなく離れ、お互いに照れたように笑いあう。
改めて見てみれば、今日の魔理沙ははいつもの魔女服ではなくて赤を基調としたドレスを身につけていた。
「そのドレス、前から持ってたのか?」
「いや、今日のためにわざわざ買ってきたんだ。似合ってる?」
「もちろん。すごく可愛いぞ」
「○○がそうして欲しいって言えば、いつもこんな服にしてもいいぜ」
「それもいいかもな。でも俺はいつものお前の服も好きだ、というよりお前はどんな服を着てても可愛いと思うぞ」
「ば、ばか。そんな恥ずかしいこと言うなよ」
 そう言って顔を真っ赤にした魔理沙は、いつもの癖で帽子を下げようとしたのか手をおでこのあたりでふらふらさせて、帽子が無いことを思い出して更に真っ赤になっていた。
思わず抱きしめたくなったが、そんなことをしたら歯止めが利かなくなりそうだったので強引に話を進めるべく。
「御馳走の用意はできてるから早く食べよう」
「へ? ああ、そうだな。そうしよう」
「それじゃあそこに座って待ってろ。今日のは豪華だから見て驚くなよ?」
「本当か!? それは楽しみだぜ」



「ごちそうさま。おいしかったぜ」
「おそまつさまでした」
 一時間ほどかけて料理を食べ終わり、今は二人並んで炬燵でくつろいでいる。
胸にもたれかかっている魔理沙の髪を梳くように撫でてやると、気持ち良さそうに目を細め、額をこすりつけてくる。
しばらくまったりとした時間が流れたが、突然魔理沙がぴょこんと起き上がり
「そうだ、ケーキをまだ食べてないじゃないか。早くしないとクリスマスが終わっちゃう」
と慌てたように催促してきた。クリスマスディナーは俺が作る代わりにケーキは魔理沙が用意する約束だったのだ。
クリスマス当日はまだ来てすらいないんだがなと心の中で思いつつ、魔理沙の手作りケーキを食べたいことに変わりはないので、そんな無粋なことは口に出さず
「それじゃあ今すぐ食べるか。お皿とフォーク出してくるから箱から出しておいてくれ」
と言っておいて、台所へ二人分の食器を取りに行った。

 食器を用意して炬燵に戻ると
「えぐっ…ううっ…」
魔理沙が肩を震わせて俯いていた。
「魔理沙!?どうしたんだ!?」
慌てて魔理沙の隣まで近づくと、その原因がわかった。
おそらく家に来るまでの飛行中に傾けたのだろう、元々は精巧に作られていたであろうケーキが型崩れしていたのだ。
「…ひっく……せっかく……せっかく○○のために一生懸命作ったのに……」
「魔理沙……」
「……だって……早く○○に…会い…会いたかったから…えぐっ……スピード出しすぎて……」
俯いたままの魔理沙に何と声をかけるべきか迷い、それでも何か言わなければと思って。
「魔理沙……」


「……嘘泣きがうまくなったな」


 言った途端にビクッと肩を震わせ、そうっと顔を上げて
「えへ、ばれたか」
ペロッと舌を出しておどけやがった。
「なんで嘘泣きだとわかったんだ? 迫真の演技だと自負してたんだが」
「おまえは覚えてないかも知れんが、3か月前の誕生日の時に同じことをされたんだよ」
「ちっ、覚えてたか。あの時の慌てようが面白かったからもう一度見れないかと思ったんだがな」
「大体、お前は少々型崩れしたぐらいで泣きだすようなタマじゃねえだろ」
実際、型崩れしているとは言っても原型を留めないほど崩れているわけでもなく、食べる分には問題のない範囲だった。

「でも、○○に会いたくてスピード出してきたのは本当だぜ」
 さっさと切り替えたのか、器用にケーキを切り分けながら魔理沙が打ち明けてくる。
「そんなに急がなくても俺は逃げないぞ」
「お前と一緒にいる時間は逃げるんだよ」
「どうせ一晩中一緒にいるんだから、数分の違いぐらいどうってことないだろ」
「どうってことなくない。好きな人の所には一秒でも早く会いに行きたいと思うのが乙女心だぜ。はいケーキ」
「サンキュ。乙女心ねえ……それじゃあ好きな人に一秒でも早く来てほしいと思うのは何心だ? 紅茶入ったぞ」
「ありがとう。男心でいいんじゃないか?」
「普通だな」
「普通でいいんだよ」
 どうでもいいことをしゃべっている間にケーキも紅茶も準備が整った。二人で声をそろえて
「「いただきます」」
 まずは一口掬って口に運ぶ。その味は――
「うん。おいしい。前の時よりも上達してないか?」
「別に普通だぜ。お世辞言っても何も出ないぞ」
「お世辞じゃないよ。嘘だと思うなら、ほら、食べてみろよ、あーん」
 もうひとかけら掬って、今度は魔理沙の口元に差し出す。
「あーん。むぐむぐ…んっ」
「な? おいしいだろ?」
「これだけじゃわからないな。もう一口くれ、あーん」
「しょうがないな。ほれ、あーん」
 さらにもうひとかけ掬って魔理沙の口の中へ運ぶ。
振りをして直前で引き寄せて自分の口へ放り込んだ。
「あー!」
「むぐ、うん。やっぱりおいしい」
「こら!それは私が食べるケーキだぞ。○○が掬ったケーキを食べていいのは私だけだ!」
「それじゃあ俺が食べれないじゃないか」
「いいんだよ。代わりに私が、あーん」
今度は魔理沙がケーキを掬って突き出してくる
「あーん」
むぐむぐ。ごくり。
「あれ? さっきよりおいしくなってるぞ?」
「本当か? 私にも確かめさせろ」
「ほら、あーん」
「あーん」
「うむむ、さっきよりおいしい」
「じゃあ今度は俺にも。あーん」
「あーん」
「さっきよりもっと美味しくなってる」
「本当か?」
「本当だよ。ほら、あーん」
「あーん。あ、さっきよりももっともっとおいしく――」


 結局、ケーキがなくなるまでずっとこんなことを繰り返していた。何やってんだか。
その後、二人して食いすぎで動けなくなったのは言うまでもない。

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新ろだ252



霧雨邸にてある本を読み終わり、時計を見るとかなりの時間になっていた。

「げぇ、もうこんな時間かよ。そろそろ帰るわ」
「もう帰るのか?」

椅子に座ってごちゃごちゃした机に向かっていた魔理沙が、俺の言葉にくるりと身体を向けながら言った。

「もうってお前……夜中だぞ。いつもなら『まだ帰らないのか』って言われる時間帯じゃねぇか」
「ん……そうだな。もうこんな時間か」
「俺の顔見ながら言うな、時計見て言えよ」
「年明けの宴会も終わって、せっかく落ち着いてきた所なのに」

新年が明ける少し前から、魔理沙の家に行っても寝てるか、酔っ払ってるか、居ないかでこうして会うのは随分と久しぶりだ。
俺もここに来たのが夜からであり、実際にはそこまでの時間居た訳ではない。
しかし、それは去年からずっと続いている事だった。
気が向いた時にここに来て、妖怪が跋扈する時間帯になる前に帰る。
魔理沙の言う"落ち着いてきた"は、俺からすればいつもと同じ日常に戻るという事だ。
ただ、今回は少し長居しすぎた。

「落ち着いてきたからこそ……だろ?」
「…………」
「今は新年って事で、妖怪も浮かれて人を襲わなかったからから毎日のように来れたが、これからはいつもの日常に戻る。今帰っておかないと、いつ帰れるかわからん」
「じゃあ――」
「あぁ、じゃあな」
「じゃあ帰らなきゃ、ずっとここにいてくれるんだな」
「何を言って――って、おわ!」

言葉の意味を取り違えたらしい。
玄関へと向かおうとした時、魔理沙の言葉に振り返った瞬間、押し倒された。


「おい魔理沙、これは流石に――」
「……磨り減るんだ」

やばいだろ、と続けようとしたら遮られてしまった。
言い返そうとしたが、震えていた声と、初めて見る魔理沙の表情に言葉が出なくなる。

「心が磨り減るんだ、お前のせいで」

眼に涙を溜めていた。非難するような、救いを求めるような眼で俺を見下ろしてくる。
涙が俺の頬に落ちてくる。それと同時に、心を溢れ出させる様に、魔理沙は言葉を溢れ出させる。

「毎日来てくれるならいいんだ……でも、○○は気が向かなきゃきてくれない。二日連続で来てくれる事もあった。一週間続けて来ない日もあった」
「いつ来てくれるか分からないから、家も空けられない。すれ違いになるのが嫌だから」

神社に寄った時、霊夢が言っていた。
『最近、魔理沙が来なくなった』と。

「来てくれたら来てくれたで、すぐに帰る。そして、いつも『楽しかった』なんて言葉を残してく。そのせいで、私は○○がまた明日も来てくれるんじゃないかと期待する」
「でも、来てくれないんだ。そうやって私を一人にして、心を磨り減らせるんだ」
「もう私にとって、お前はここにいる事が普通なんだ。居てくれなきゃ、普通じゃないんだ……」
「帰らなくていい、帰らないでくれ、ここに居てくれ……私を一人にしないで、くれよぉ……」

耐え切れなくなったかのように、魔理沙が俺の胸に顔を埋めてくる。
嗚咽する声を漏らしながら、服をしっかりと掴んでいる。

「魔理沙……」

気に入った物は、死ぬまで借りて行くひねくれ者
その癖、根は真っ直ぐで負けず嫌い。隠し事は下手なくせに必死に隠そうとする。
どこか憎めない普通の魔法使い。
本を盗みすぎる、という理由で紅魔館の全員からこてんぱんにされても、涙一つ見せずに懲りなかった少女が泣いている。
俺のせいで心が磨り減る、と。それだけの理由で。

「……○○?」

小さな身体を抱きしめてやると、魔理沙が顔を上げた。

「言っておくが、俺は霊夢に負けないくらいグータラしてるぞ」
「!」

驚くほどに似合わない、涙で腫らした顔。
俺はその顔に笑いながら答えてやる。

「それに、ここに居続けるって事は、稼ぎがなくなるって事だ」
「わ、私はこれでも生活力、あるんだ」
「そうだったな、盗みが大好きな魔法使いさんだもんな」
「か、借りてるだけだぜ……死ぬまでな」

真っ赤な顔に、笑みがこぼれる。
不覚にも、いつもより可愛いと思ってしまった。

「さて、いつもの調子に戻った所で離してくれないか? これじゃ動けない」
「……帰るって言わないか?」

心配そうな顔で、掴んでいた服に力を込める。
自分でさっき言ったくせに、と思いながら答えてやる。

「何言ってるんだよ――もう帰ってるだろ?」
「!!」

その言葉をすぐに理解した魔理沙が、嬉しそうな顔を見せたかと思うと思いっきりくっついてきた。
離れて欲しかったのに、逆効果だった。





「で、魔理沙さん」
「なんだよ」
「同じベッドに男女二人密着ってまずくないすかね」
「私の磨り減った心が治るまでは我慢してくれ」
「完治の予定はいつ頃ですか?」
「私の心は消耗品なんだぜ」
「治んねぇじゃん……」
「…………」
「…………」
「……なぁ、○○」
「ん?」
「私な、欲しい物は手に入れないと気が済まないんだ」
「あぁ、知ってる」
「誰の物でもないなら私の物にする。人の物なら借りなきゃ気が済まない」
「盗まない分、合理的だな」
「だから、借りてくぜ」
「何をだよ」
「○○を」
「別に良いけど、死ぬまで返してくれないんだろ?」
「こればっかりは、死んだって返せない」
「それは世に言う"盗み"って奴だぞ」
「じゃあ、盗んだぜ。だから――」
「○○は私の物だ。他の女にデレっとしたらマスタースパークだからな」

俺はとんでもない彼女を持ってしまったのかもしれない。

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新ろだ410


「またきたぜ!」
 乱暴という言葉すら幼稚に聞こえる勢いで、今日も我が家の扉は――
「あのね……君もうら若き乙女なら、ノックして入ってくるくらいはしようね?」
「お邪魔するぜ!」
 ――吹き飛んだ。それも粉々に。

 紅魔館からさほど離れていない、山中に設けられた小さな家。
 私の半生の思い出を詰め込……いや、四半生だったか?
 詳しくは自分でも忘れてしまったが、とりあえず築数百年のオンボロであることは間違いない。
「だからといって、ぽんぽん壊されるのは困りものなんだけどね……」
 溜め息片手間に使い魔を呼び出し、今日も今日とて粉々になった扉を簡単に補修させる。
 最近、ドアの修理ばかりさせている気がする。嗚呼、わかったからそんなに恨めしそうな目をするな。

 奥の書斎をきらきらとした目で眺めて回っている少女に視線を移す。
 ここ最近――とは言えど数ヶ月前からだが――私の家に定期的にやってきては、
 仕様もない蔵書を読み漁っては帰る、という行為を繰り返している。
 初対面はそれこそ最悪に等しかったが、今では半ば放置という状態に落ち着いている。
 ここに私の家があると情報を漏らした麓の洋館には、いずれ修理費でも請求せねばなるまい。

「そう何冊も一度に出すんじゃない。
 どうせそんなに読みきれないんだから」
 埃に塗れた本を好奇心の赴くままに引き出す彼女は、
 見るも無残に埃塗れとなっている。
 それでも手を止めないあたりの知的好奇心には感嘆の想いだが、
 見た目を気にしないのは女性としてどうなのだろうか。
 キッチンに置いてあったタオルを僅かに湿らせ、彼女の元へと歩む。
「ほら、こっち向いて」
「ん」
 せめて顔だけでもと思い、湿っている部分で彼女の顔を拭く。

 やや薄黒くなっていた顔が多少はマシになった。
「はい、終わり。君も女の子なんだから、
 もうちょっと淑やかさというものを身に着けた方がいいよ、魔理沙」
「う……気をつけるぜ」
 頬を僅かに赤らめる彼女にそのままタオルを渡し、足をキッチンへと向ける。
 タオル……明日には雑巾に成り果てているだろうか。
 哀れな彼(?)の運命を儚みつつお茶の用意を終えると、
 彼女の本選びも終わったようで、キッチンに併設したテーブルに腰掛けていた。

「いつもので良かった?」
「……ありがと」
 礼を言うのもそこそこに、本を黙々と読み進める魔理沙。
 そんな彼女を眺めつつ、真向かいに座り、お茶を飲む。
 嵐のような挨拶の後は、こうして彼女の傍に座り、
 時々発せられる質問に答える事が最早日課となりつつある。
 見た目や扱う術式とは裏腹に彼女の魔法に対する造詣はとても深く、
 私にとっても暇つぶしにはもってこいの相手だった。

「なあ○○、ここなんだけど――」
「そこの術式はね、こう――」
「そうか!それじゃあここの式に星の術式を組み合わせて――」
「うん、それもいいけど、こっちも――」




「――○、○○ってば!」
 ゆさゆさ、と揺さぶられる感触と、どこか悲痛にも思える呼びかけで目を覚ます。
「ん……あれ、寝ちゃってたか」
 静かに意識を覚醒させ、周囲に目をやる。
 安堵したような表情の少女が視界に映った。
 いつのまにか横に来ていた魔理沙が、私を揺すって起こそうとしていただけのことだった。
 質問を待つうちに微睡んでいたらしい。
 僅かに頬に垂れていた涎を袖で拭い去る。
 ふと窓を見ると、既に日は落ち、真っ暗になっていた。

「もう夜か……」
「揺すっても全然起きないから、ちょっと心配したんだぜ」
 憤慨だ、と言わんばかりに両手を腰に手を当てアピールされる。
「はは、ごめんごめん……最近どうにも眠くてね」
 近頃午睡の時間が増えたものだ、と自覚はしていたが、
 まさか人の気配を感じていながら転寝するとは思ってもみなかった。
 頬を掻きながら横を見やる。
 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、彼女は伏し目がちに俯いていた。

「……魔理沙?」
 いつも元気な彼女にしては珍しい表情に戸惑いを覚え、自然と手を伸ばす。
 僅かに頬に指が触れ、びく、と彼女が震えた。
 それでも抵抗する様子はなく、緩やかにウェーブを描く髪を梳く。
 日頃粗雑に扱われている割にはとても通りがよく、心地のよい感触が指に返る。
 しばらく髪の感触を楽しんでいると、不意に魔理沙が口を開いた。
「なあ、○○」
「うん?」
 制止の声かと思い手を離そうとすると、不意に強く掴まれた。
 そのまま私の手は彼女の胸の前に引き寄せられ、握り締められた。まるで縋るように。
「○○は、どこにも行かないよな?
 明日も、明後日も、ずっといてくれるよな?」
 いきなり何を、と笑おうと思ったが、彼女の視線がそうはさせてくれない。

 今にも泣き出しそうな人の前で冗談が言える程、私は会話に熟達していない。

 空いているもう片方の手で、魔理沙の頭を優しく撫でる。
「この家に、かれこれ何百年いると思ってるのかな。
 他に行く当ても無い以上はここにいるだろうさ」
「……本当か?」
 無難に答えたつもりだが、まだ納得の行かないような視線。
「それに、君という得難い話相手もいることだしね」
 偽りのない言葉を口にする。
 毎回毎回ドアを吹き飛ばされるのは勘弁願いたいが、
 彼女との何気ないやり取りは、私にとってはとても楽しいものなのだから。
 彼女を抱き寄せ、あやすようにぽん、ぽんと背中を叩く。
 最初は身動ぎをしていたが、何度か繰り返しているうちに静かな寝息が聞こえ始めた。
 立ち上がろうと思ったのだが、右腕はしっかりと彼女に抱きしめられたまま解けそうもない。
「仕様のない子だ……よっと」
 片腕の力のみで抱き上げ、膝の上へと移動させる。
 久方ぶりの人の温もりを満喫しつつ、静かに眠りへと落ちていった。


新ろだ531


暖かい日差し
透き通る空
爽やかな風
大きな緑の海原

里を、神社を、山々を、湖を、館を一望できる高台
一部のものしか知らない秘密の場所
そこには一組の男女


「いい天気だなぁ。魔理沙」
「ほんとだな。○○」

二人は背中合わせに座り空を眺める
周りに人はいない
二人だけの空間

冷やかす人間も、襲おうとする妖怪もいない
平和な時間と場所


二人は自然と手をつなぎ、握り合う
優しく、強く、互いの存在を確かめ会うように

「な、なぁ。ま、○○?」
「んー、何?魔理沙」

顔を紅くし恥じらう魔理沙
普段の口調と違う
まさに乙女そのもの

ゆったりする○○
マイペースかつ天然
そして彼女を好いている

「○○は、れ、霊夢たちがしてるみたいに、その、あの、キキキ,キスとかはしないのか?」
「んー?…んー」

霊夢は相方できて以来、人目もかまわずイチャついている。色ボケ巫女め!
そのためよく文屋にネタにされる。本人は気にしていないらしいが
周りはある意味大迷惑である。場所を考えろ!(独り身、談

「んー、してもいいけどこっちの方が俺は好きかな?」
「どうして?」
「んんー…暖かいから」

○○はキスやそこまでよ!的な行為はあまりしようとしない
代わりによく、魔理沙とこうしてくっついていることが多い

「え?」
「キスなんかよりも直接、魔理沙を温かみを感じることができるからね。
 だからこうしてくっついている方が好きだなぁ。それに長い間一緒にいられるしね」
「…うん」

より強く手を握りしめる
ゆったりとした甘く甘くない時間
二つの人影
空には大きな雲と鳥、そして暖かな太陽


二人は手を握り締めあったまま、眠りにつく
暖かさが眠りを誘う


「んんー、好きだよー魔理沙ぁ…んん」
寝ぼけているのか寝言を言う○○


「私もだぜ。○○。大好きなんだぜ」
寝ているのか起きているのかはわからないけどそれに答える魔理沙




その後上空より捉えられた写真により、魔理沙と○○の背中合わせの姿は幻想郷中に出回ったとの事
ちなみにその後、焼き鳥ができたとかできてないとか

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糖分控えめ。ていうかイチャ?


新ろだ548


じっとりと汗ばむような陽気のある日、俺と魔理沙は博麗神社に向かって飛んでいた
「霊夢ー! 遊びに来たぜ!」
神社の裏手に着地するなり縁側に座る霊夢に声を張り上げる
霊夢がこちらを一瞥して口を開きかけた瞬間
「あーっ!だぜだー!」
「だぜだー!」
神社の横手から霊夢の子供達が走り出てきた。勢いそのまま魔理沙に飛び付こうとする姉妹。
「だぜだー!」
便乗して俺も飛び掛かってみた。
バシッ。
最後の瞬間に見えたのは、目の前に迫る箒だった。

「前にも言っただろ。私の名前は魔理沙だぜ」
「だぜだー!」
「だぜだ!」
キャッキャと絡み付く姉妹と魔理沙。
「なぜだ……」
その足下に蹲る俺。長く一緒にいる俺には分かる。魔力こそ込めていなかったが、今の一撃は本気だった!
「なぜだって……お前に抱き付かれても暑苦しいだけだし」
止めまで刺された。
「うわーんれいむぅぅ!魔理沙に嫌われたぁぁ!」
傷心の俺は霊夢に泣き付く。
「はいはい可哀相に」
ぞんざいに言った霊夢はすっと立ち上がると、未だ魔理沙にじゃれついている娘たちに境内の掃除に戻るように
命じ
「それで、あんたたちは何しに来たのよ?」
と半目で尋ねた。
「新茶とお茶受けをたかりに来ただけだぜ」
平然と答える魔理沙。霊夢のジト目を気にした風もない。
出涸ししかないわよといいつつも奥にお茶の用意をしに引っ込む霊夢。いつものことと諦めているのかもしれな
い。
遠慮なく縁側から上がり込んだ俺と魔理沙は、いつものように柱を背に座る。
「……たった今本気で叩いておいて仲が良いわね」
お盆を手に戻ってきた霊夢が呆れたような顔で冷たい視線を送ってきた。
「これくらい普通だよな?」
「ああ。別に普通だぜ」
膝の上に座る魔理沙と頷き合う。軽くもたれかかってくる魔理沙の重さが心地良い。
「魔法使い用の結界でも張ろうかしら」
霊夢が辟易したような表情でズズッと緑茶をすする。
今日もおおむね平和だった。


Star Prism -星鏡-(新ろだ605)




今日は文月の七日、世間一般で言う七夕だ。
……まだ昼だけど。

まぁ、それとはまったく関係なくて悪いんだけど。
魔法の森の霧雨邸はいつも通りの雰囲気で、相変わらずの散らかり様だ。
今、僕は霧雨邸で、魔理沙のスペカをのんびり眺めていた。

自分の能力をしっかり発揮させる手がかりにならないかと思ったのだ。
魔理沙のカードをトランプの様に扇状に開いてみる。


恋符「マスタースパーク」
恋風「スターライトタイフーン」
彗星「ブレイジングスター」
星符「メテオニックシャワー」
魔空「アステロイドベルト」
魔符「スターダストレヴァリエ」
魔符「イリュージョンスター」
魔符「ミルキーウェイ」


んー……。

「ねえ、魔理沙」

僕は前から疑問に思っていた事を魔理沙に訊いてみる事にした。

「んあ? 何だよ」

キノコの選別をしている魔理沙は、こちらを振り返らずに無愛想に言った。

「何で魔理沙のスペカって大体が星をモチーフにしたものなの?
 通常弾も星の形してるの多いし、マスパとかなんてまるでビッグバンだし」

魔理沙の手が止まった。

「あー……。
 ……なんとなくだ」

……しばらくの沈黙。

「……魔理沙にしては下手な嘘だね」

沈黙に耐えかねて、僕は率直な感想を言った。

「悪かったな。
 お前が急に変な事言うから、咄嗟に良い嘘が浮かばなかったんだよ」

こちらに向き直りながら。
最初から嘘は付くつもりだったのか。
眉間に皺を寄せて、不機嫌そうにむくれた顔で魔理沙はそう言った。
魔理沙のむくれた顔って意外と可愛いんだな……。

「別にわざわざそこで嘘つかなくても。
 第一、そこまで変な事?」

「ああ、変だ。
 私にとってはだけどな」

腕を組んでどっかりと床に胡坐をかく魔理沙。
表情を見るとまだ気分は良くないらしい。
ついでに今のも嘘っぽい、ていうか嘘。

「……」

僕は魔理沙が何かを話すまで黙っている事にした。
今、僕と魔理沙は1メートルほどの距離で向かい合って胡坐をかいている。
魔理沙は腕を組んで俯き、何かを考えているようだ。

「まあ、今はお宝探し(トレジャーハント)の相棒になってくれてる事だし。
 お前になら話してもいいか、口も堅いしな」

一応信用されてる様で安心した。
……でも、こうなるとちょっと意地悪したくなったりする。

「魔理沙が言い触らして欲しいなら言い触らすけど?」

ニカニカと歯を見せて笑いながら言ってみた。

「やりたきゃやってみな。
 でも、言った瞬間黒焦げだぜ?」

僕と同じニカニカした笑いで笑う魔理沙。
うん。やっぱり魔理沙に暗い雰囲気は似合わないな。
この笑顔が僕は好きだ。

「調子、戻った?」

一目瞭然だけど、一応聞いてみる。

「ああ。全力全壊だぜ?
 今なら紅魔館の門番を100回単位でぶっ飛ば――」

「それはやめてお願い。
 最近はなぜか僕の方に苦情が来るようになったから」

物騒な事を言い出す魔理沙の科白を遮って言った。

苦情は紅魔館から。
居候している永遠亭の方にわざわざ伝書コウモリまで使って。

【これからはあなたが魔理沙を何とかして頂戴。
 破壊の事後処理や館の修繕費がやたら嵩む上に、
 お嬢様とパチュリー様の機嫌も悪くなる一方よ。
 それに美鈴の命だって無限じゃないわ。
 あなたに依頼する方が安く済みそうだしね。

 あと、たまにはウチに遊びに来なさい。
 大歓迎するわよ。
 ……と、お嬢様が言ってたわ。
               咲夜お姉ちゃんより】

……新しい仕事が増えた瞬間だった。
その上連日連夜仕事で一杯一杯の(一応)人間に夜遊びしろってか?
まぁ、休みが取れたら行ってみるか……。
……じゃなくて。

「……で、魔理沙のスペカだけど。
 何でまた星属性系のスペカばかりなの?」

やっと本題に戻せた。

「……まぁ、あれだ。
 私の魔砲って花火みたいだろ?」

「確かにそれっぽいけど……」

「英語じゃ花火は『スターマイン』って言うじゃないか。
 だから星なんだよ」

……。

「う……。
 何だよ、嘘はついてないぜ?」

ジットリとした目で見つめる僕に魔理沙は怯んだのか、ボロを出した。


<嘘「は」ついてないぜ?>


……つまり、嘘はついてないけど、まだ肝心な部分は隠してるって事だね。

「おーい、○○ー。
 勘弁してくれよー……乙女には秘密ってものがあるんだぞー」

「……それなら、だぜ口調を直したら?」

「うふふ時代に戻れってか?
 今更それは、流石に恥ずかしいぜ?」

……さて。
魔理沙の家に来てずっと思っていた違和感。
大体、大のお祭り好きでれっきとした日本人を自称する魔理沙なのに、
今日これをやらないのはおかしいだろう。

「それで。
 なんで魔理沙の家には、

 『 短 冊 を つ る す 笹 』

 がないの?
 洋贔屓のアリスの家や紅魔館でさえ、『一応、郷に入れば郷に従えって言うじゃない?(byアリス&レミリア)』とちゃんと笹があったのに」

「……ぐ」

……ようやく核心部分を突けたっぽい。
スペカにはミルキーウェイ、つまり天の川があるのに、笹が魔理沙の家にない。
去年もそうだった。
博麗神社での宴会でも、魔理沙の短冊だけはいつもなかった。
その時は。

<願いってのは自分で掴み取るもんだぜ?>

……と言われて納得してしまったけど。
今思えば違和感バリバリだ。
レミリアさんとかならまだわかるけど。

「……ちっ。
 お前の洞察力にゃ適わないな。
 わかったよ。本当の理由を教えてやる。
 ……誰にも言うんじゃねーぞ? もし言ったらドラゴンメテオ百発だ」

蓬莱人でもなければ消し炭になります。

「言わないよ。
 顧客情報の守秘義務はちゃんとしてるつもりなんだから」

「なんだ、私もまだ客扱いなのか?
 そいつは流石に神経の太さに自信のある私でも傷つくぜ?」

「そういうつもりじゃ」

さっきちょっと苛めた仕返しかな。
……あはは。

「それはまあ、今はいいや。
 一度しか言わないから良く聞いとけよ」

「うん」



「7月7日はな、私の誕生日なんだよ」



「……」

「……」

沈黙がその場を支配した。
耐えきれず僕は言葉を発してしまった。

「……それで?」

「それだけ」

……は?
ああ、いや。
色々と辻褄は合うんだけど。
肝心の部分が無いぞ。

「いや、誕生日なら尚更はしゃぐもんじゃないの?」

「……ああ、そうか。
 お前にゃ、私の身の上をちゃんと話してなかったな」

「阿求ちゃんの幻想郷縁起である程度は知ってるけど」

「それには書いてない話だ。
 香霖と霊夢とアリス、あと多分紫くらいしか知らないと思うぜ」

……ふむ。

「……魔理沙が良いなら教えて欲しい、けど」

流石に無遠慮に立ち入り過ぎたと思った僕は、今更だが少し遠慮がちに言った。
でも魔理沙は「気にすんな」とでも言う感じで、いつものニカッっとした笑顔を見せて。

「よっし。
 私の過去を知る貴重な一人に選ばれたんだ、光栄に思いな! ……だぜ☆」

冗談めかして。
そして魔理沙の過去話が始まった。

「私の母さんはさ、人間の魔法使いだったんだ。
 魔法の事故で若くして死んじまったけどな。
 ……でも、母さんが死んだ後。
 親父は母さんの遺品をいきなり全部処分するって言い出したんだ。
 だから、私は……母さんの遺品を全部持って家出した」

「……私も母さんと一緒で魔法使いを目指してたから」

……そうだったのか。

「今となっては、親父がなぜそうしたかはわかってるんだけどな。
 魔法の道具(マジックアイテム)で母さんを亡くした。
 だから同じ理由で私まで失いたくなかったんだと思う」

「独学での魔法の研究は最初のうちは全然ダメだった。
 それを見かねた香霖は、

 『独りで研究するのは大変だろう。
  僕は魔法の知識はないから手伝えないが、
  道具なら用意できる。
  魔理沙、これを持って行くといいよ』

 って、作ったミニ八卦炉を私にくれたんだ。
 それで、ここの森のキノコから魔力の素が採れるから、ここを根城にして。
 今では幻想郷一の魔砲使いってわけだ」

……これで終わりか?
いや……まだ、だ。
魔理沙は本当の本心を言っていない。
僕は魔理沙の金色の目をじっと見た。

「……な、なんだよ」

「魔理沙。
 ……僕は誕生日と七夕を祝わない理由を聞きたいんだよ?」

「……」

俯いて黙ってしまう魔理沙。
仕方ない……気は進まないが、突っ込むか。

「……離れてしまった両親。スペルカードの名前。
 七夕が誕生日なのに両方祝わない……この3つが示すこ――」

「――○○」

魔理沙の目が僕の目を射抜いた。
明らかに怒っている。

「……ごめん、他人の内側に深く立ち入り過ぎた……本当にごめん」

「……『他人』じゃねーよ」

「……は?」

思わず呆けた顔をしてしまう僕。

「私はお前の『相棒』だろ?」

「……そうだったね、ごめん」

「まったく……それと、いちいち謝んな。
 なんかまるで私が悪い事してる気分になるじゃないか」

苦笑いする魔理沙。
やっと笑ってくれた……ちょっと安心した。

「ホント、『恋人』じゃないのが残念だよなー。
 私も純真な乙女だしなー。
 恋色魔砲使いを自称してるんだし、恋もしたいなー。
 でも好きな奴にはもう恋人いるしなー」

うわ、うぜっ!
……いや、まぁ、気持ちはわかります、すみません。

とか思ってたら魔理沙の顔がずいっと至近距離にきた。
息がかかる距離。

「んじゃ、特別にお前にだけ、さっきの答えを教えてやるぜ」

「対価は?」

「秘密だぜ?」

うわー、嫌な予感しかしない。

「私が誕生日と七夕を祝わないのは……」

「祭りに浮かれて、自分を生んでくれた親父とお袋を忘れない為」
「祭りに浮かれて、自分を生んでくれた親父とお袋を忘れない為」

同音異口で僕と魔理沙はさっきの答えを出した。

「……大正解だぜ」

「そりゃどーも」

「つーわけで、対価とご褒美タイムッ!」

ちゅーっ!

深く唇を重ねて中身を吸い取る様な強い魔理沙のキス。
なんとなく恋色の甘い味がした。

「ふーっ、スッキリしたぜ」

「……何かを吸い取られた気分。主に生命力系」

彼女持ちの男にこう言う事できるなんて、魔理沙の度胸は凄いな……これだけは本気で感心できる。
やり方とかはともかくね。
……とりあえず、彼女になんて言い訳しよう。

「よっしゃ。
 今夜はお前んちが宴会会場だ、毎回神社じゃ飽きるしな。
 ああ、私が勝手に話付けとくから、お前さんはいつも通りでいいぜ?」

「いや、勝手に話を……」

「うんにゃ。
 こういうのは勝手に進めちまうに限るってもんだ」

……はぁ。
でもいつもの魔理沙に戻ったみたいで良かった。

「っと……そうだ、○○」

何かを言い忘れた様に言う魔理沙。

「何?」

「あいつの方が許してくれるなら、私は二股でも別に構わないぜ?」

うぉーい。
……って言うか、二股でもどういう意味だ。
しかも今のあの子なら簡単に許しそうだし……。

「あのー、魔理沙?」

「開封したものの返品は受け付けないぜ?」

意味のわからない事を言う魔理沙に思わず突っ込んでしまった。

「何を開封したって言うんだよ!」

「私が着ている服。
 しかも中身を見ただろ?」

……げ、実際に見てしまっていたのがバレてた。
ていうか見たくて見たんじゃないんだって何度言えば……無理だ、諦めよう。

「……ていうか、僕は開封してない。
 魔理沙が自分で開封してたんでしょうが」

「私は包装中だったんだぜー?
 さすがにタイミング良すぎるよなー?」

ニカニカとからかう表情の魔理沙。

意味がわからんっ。
……ぐぐぐ。

「参った、降参だよ……好きな様にしていい。
 ただ、何かするなら彼女に先に知らせてよ?
 それだけは絶対、お願い。
 それからならいいよ」

両手を上げて降参のポーズ。
ただ、彼女との大事な約束があるから、それだけは破れない。

「わかってるさ。
 あいつの方が許してくれるなら、って言ったろ。
 お前らの仲を裂くのは、恋色魔砲使いの本分じゃないぜ。
 ただ……さ、できるなら私も受け止めてくれればそれが……嬉しいんだ」

そう言ってにっこりと微笑む魔理沙。
いつもの少年の様な笑顔ではなく、少女らしい可愛らしい笑顔。
普段見られない魔理沙の一面に思わず見惚れてしまった。

「……んんっ、さすがにハズいなこう言うのは」

咳ばらいしながら照れ隠しする魔理沙。

「ははは……まぁ、僕は魔理沙の事もちゃんと好きだよ」

「とりあえず、その言葉で満足するか。
 んじゃ、宴会の準備始めっから、そのキノコ仕分けしといてくれよー」

タタタタ……バタン。
ヒュー……ゴゥッ!

……行ったみたいだ。
はぁ、そんじゃ依頼を片付けますかね。

ゴーッ……キキッ。
タタタタ……バタン!

「って大事なもん忘れてた!」

魔理沙が戻ってきた。
大急ぎだったのか、髪がほつれて乱れている。

「どうしたの?」

「む」

いや、そこでむくれられても。

「いや、何を忘れたのかって」

「……」

徐々に魔理沙の怒りの色が濃くなる。

「すんません、ヒントください」

土下座でお願いしました。

「……はぁ、私の秘密を知ったお前ならわかるだろ?」

ああ、そっか。

「誕生日おめでとう、魔理沙」

「よしっ、正解!
 やっと聞けたぜその科白……10年振りかな、とにかくありがとな!」

ニカッといつもの眩しい笑顔。
言っている事は辛い内容なのだが、それを気にさせない笑顔だ。

「あ、でも後でアイツと一緒にプレゼントくれよ?」

「はいはい。
 でも、彼女には話してもいいの?」

「いいよ。
 私たちはお前を通して繋がった『仲間』だからな。
 じゃ、今度こそ行ってくるぜー」

軽い足取りで外に出てホウキに乗った魔理沙。
こりゃホウキの最高速度記録の更新をするかもしれん。
ま、喜んでるし……いいか。

さて、仕事仕事ー……。
……って、宴会までに終わる量じゃないぞこれ。
追加料金ふんだくってやる……覚えてろ魔理沙。


END


新ろだ636


7月。梅雨
空を覆う雨雲は幻想郷全土に雨を降らせ、それはここ魔法の森とて例外ではなかった。
3日前から振り始めた雨は弱まるどころかますます強まり、ざあっという雨が屋根を打つ音が絶え間なく響いて
いる。

「まったく……いつまで降る気だよこの雨は」
窓際で外を眺めていた魔理沙が悪態をつきながらソファーに倒れ込む。
「あ゛ー暇だー。やる事がないー」
「昨日までやってた実験は終わったのか?」
少し離れた机で本を読んでいた○○は本から顔を上げ、視線を送りつつ尋ねた。
「茸のストックを全部使っちゃった。今度からもっと貯めとかなきゃな」
魔理沙はソファーに顔をうずめたまま○○を見ようともせずに答える。その後も足をばたばたさせて「暇だー」
と駄々をこねる様に繰り返す。
「そんなに暇ならここを教えて欲しいんだけど」
「どこだー? ちょっと見せてみろ」
「ここの所なんだけどさ。イマイチよく分からなくて――」
○○は本を持って立ち上がると、座り直した魔理沙の横に腰を降ろした。
それからしばらく魔理沙が精霊魔法を説明する。時折○○の質問を挟みつつ、半刻ほどで説明は終わった。
「なるほど。つまりまず使役したい妖精を呼び出してから魔力を与えれば良いんだ……魔理沙?」
反応が無い事を疑問に思って○○が視線を本から隣に座る魔理沙に移す。同時、軽い音と共に肩に重さがかかる
。微かに聞こえてくるのは規則正しい魔理沙の寝息。
「……昨日も遅くまで実験してたからな」
今度から夜更かしをさせないようにしなければなと思う。
ベッドに運ぼうとも思ったが、いつの間にか魔理沙の手が○○の腕に回されていて外す事もできない。
動く事ができないので、金色の髪を梳くようにして撫ぜる。魔理沙の薄く開かれた口から、んっという溜め息が
漏れ、腕に絡められた手にも更に力が込められる。
髪に顔を近付けると、魔理沙の薫りが鼻腔をくすぐる。同じシャンプーを使っているはずなのに魔理沙だけ良い
薫りがするのは謎だな、と○○は心の中で思う。一度調査してみる価値があるな、とも。
髪を梳いていた手で今度は顎のラインを滑るように撫で、そのまま指で唇に触れる。しっとりと湿った唇は軽い
弾力で指を押し返してくる。
不意に魔理沙の両瞼に力が篭り、やがてゆっくりと開かれた。唇を触られたことで起きてしまったようだ。
しばらく眠そうに辺りを見回していたが、○○の姿を捉えると自分が何をしていたか思い出して急速に覚醒し。
「ご、ごめん○○!悪気があったわけじゃないんだ。えっと、精霊魔法についてだけど――」
「いいよ魔理沙。ここしばらくあまり寝ていないんだろ?続きは後でいいからベッドで寝てこいよ」
「ありがとう。でも――もう少しこのままでいい?」
クラッと来た。
上目遣いで、しかも寝起きのぼうっとした目で言われたら断れるはずもない。
返事の代わりにそっと肩を抱き寄せる。抵抗なくしなだれかかってきた魔理沙は間も無く寝息をたて始める。
ふと窓の外を見ると雨足が大分弱まっていた。
明日には梅雨が開けるかもしれない。そう思いながら○○もまどろみに沈んでいった。


最終更新:2011年02月26日 23:01